(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024041030
(43)【公開日】2024-03-26
(54)【発明の名称】鉄鋼材料の温度の推定方法、抵抗スポット溶接部の後通電方法、抵抗スポット溶接継手の製造方法、及び抵抗スポット溶接装置
(51)【国際特許分類】
B23K 31/00 20060101AFI20240318BHJP
B23K 11/25 20060101ALI20240318BHJP
B23K 11/24 20060101ALI20240318BHJP
【FI】
B23K31/00 Z
B23K11/25 512
B23K11/24 315
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023076130
(22)【出願日】2023-05-02
(31)【優先権主張番号】P 2022144982
(32)【優先日】2022-09-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】谷口 大河
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
(57)【要約】
【課題】予め抵抗特性を調査することなく、抵抗値に基づいて鉄鋼材料の温度を推定する方法、並びに、当該推定方法を用いた抵抗スポット溶接部の後通電方法、抵抗スポット溶接継手の製造方法、及び抵抗スポット溶接装置を提供する。
【解決手段】一対の電極を用いて、時間当たりの入熱量を一定として鉄鋼材料を通電加熱しながら抵抗値Rを測定する工程と、通電加熱の開始からの経過時間t及び抵抗値Rの時間微分値dR/dtの相関関係を特定する工程と、当該相関関係と、第一、第二、及び第三の近似式とを対比する工程とを備え、近似式に含まれるdρ
T1/dT、dρ
T2/dT、及びdρ
T3/dTを定数とみなし、当該相関関係が第一、第二、又は第三の近似式によって近似される時期における鉄鋼材料の温度Tを、第一の温度範囲、第二の温度範囲、又は第三の温度範囲にある値と推定する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極を用いて、時間当たりの入熱量を一定として鉄鋼材料を通電加熱しながら、前記鉄鋼材料の抵抗値Rを測定する工程と、
前記通電加熱の開始からの経過時間t、及び、前記抵抗値Rの時間微分値dR/dtの相関関係を特定する工程と、
dR/dt及びtの前記相関関係と、式1によって定義される第一の近似式、式2によって定義される第二の近似式、及び式3によって定義される第三の近似式とを対比する工程と、
を備え、
【数1】
Tは、前記鉄鋼材料の温度であり、
dρ
T1/dTは、前記鉄鋼材料の前記温度Tが第一の温度範囲にあるときの前記鉄鋼材料の固有抵抗ρ
T1の温度微分値であり、
dρ
T2/dTは、前記鉄鋼材料の前記温度Tが前記第一の温度範囲よりも高い第二の温度範囲にあるときの前記鉄鋼材料の固有抵抗ρ
T2の温度微分値であり、
dρ
T3/dTは、前記鉄鋼材料の前記温度Tが前記第二の温度範囲よりも高い第三の温度範囲にあるときの前記鉄鋼材料の固有抵抗ρ
T3の温度微分値であり、
A及びBは定数であり、
dρ
T1/dT、dρ
T2/dT、及びdρ
T3/dTを、dρ
T2/dT>dρ
T1/dT>dρ
T3/dTの関係を満たす定数とみなし、
dR/dt及びtの前記相関関係が前記第一の近似式によって近似される時期における前記鉄鋼材料の前記温度Tを、前記第一の温度範囲にある値と推定し、
dR/dt及びtの前記相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期における前記鉄鋼材料の前記温度Tを、前記第二の温度範囲にある値と推定し、
dR/dt及びtの前記相関関係が前記第三の近似式によって近似される時期における前記鉄鋼材料の前記温度Tを、前記第三の温度範囲にある値と推定する
鉄鋼材料の温度の推定方法。
【請求項2】
dρT1/dT=0.10とし、
dρT2/dT=0.15とし、
dρT3/dT=0.05とする
ことを特徴とする請求項1に記載の鉄鋼材料の温度の推定方法。
【請求項3】
前記第一の温度範囲を、600℃未満とし、
前記第二の温度範囲を、600℃以上750℃未満とし、
前記第三の温度範囲を、750℃以上とする
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の鉄鋼材料の温度の推定方法。
【請求項4】
前記dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの前記相関関係を、前記鉄鋼材料の前記温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の鉄鋼材料の温度の推定方法。
【請求項5】
前記dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの前記相関関係を、前記鉄鋼材料の前記温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外する
ことを特徴とする請求項3に記載の鉄鋼材料の温度の推定方法。
【請求項6】
一対の電極を用いて、時間当たりの入熱量を一定として、重ねられた複数の鋼板を接合する抵抗スポット溶接部を通電加熱しながら、前記抵抗スポット溶接部の抵抗値Rを測定する工程と、
前記通電加熱の開始からの経過時間t、及び、前記抵抗値Rの時間微分値dR/dtの相関関係を特定する工程と、
dR/dt及びtの前記相関関係と、式1によって定義される第一の近似式、式2によって定義される第二の近似式、及び式3によって定義される第三の近似式を対比する工程と、
を備え、
【数2】
Tは、前記抵抗スポット溶接部の温度であり、
dρ
T1/dTは、前記抵抗スポット溶接部の前記温度Tが第一の温度範囲にあるときの前記抵抗スポット溶接部の固有抵抗ρ
T1の温度微分値であり、
dρ
T2/dTは、前記抵抗スポット溶接部の前記温度Tが前記第一の温度範囲よりも高い第二の温度範囲にあるときの前記抵抗スポット溶接部の固有抵抗ρ
T2の温度微分値であり、
dρ
T3/dTは、前記抵抗スポット溶接部の前記温度Tが前記第二の温度範囲よりも高い第三の温度範囲にあるときの前記抵抗スポット溶接部の固有抵抗ρ
T3の温度微分値であり、
A及びBは定数であり、
dρ
T1/dT、dρ
T2/dT、及びdρ
T3/dTを、dρ
T2/dT>dρ
T1/dT>dρ
T3/dTの関係を満たす定数とみなし、
前記抵抗スポット溶接部の前記通電加熱を終了した時点が、dR/dt及びtの前記相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期に属しているか否かを判定する
抵抗スポット溶接部の後通電方法。
【請求項7】
dR/dt及びtの前記相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期において、前記抵抗スポット溶接部の前記通電加熱を終了することを特徴とする請求項6に記載の抵抗スポット溶接部の後通電方法。
【請求項8】
前記dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの前記相関関係を、前記抵抗スポット溶接部の前記温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外する
ことを特徴とする請求項6に記載の抵抗スポット溶接部の後通電方法。
【請求項9】
前記dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの前記相関関係を、前記抵抗スポット溶接部の前記温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外する
ことを特徴とする請求項7に記載の抵抗スポット溶接部の後通電方法。
【請求項10】
重ねられた複数の鋼板に本通電して、複数の前記鋼板を接合する抵抗スポット溶接部を形成する工程と、
前記抵抗スポット溶接部に後通電する工程と、
を備え、
前記後通電を、請求項6~9の何れか一項に記載の抵抗スポット溶接部の後通電方法とする
抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項11】
請求項10に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法のための抵抗スポット溶接装置であって、
一対の前記電極と、
一対の前記電極の間に、鋼板を溶融可能な入熱量で本通電する本通電部と、
一対の前記電極の間に、時間当たりの入熱量を一定とした状態で後通電する後通電部と、
一対の前記電極の間の抵抗値Rを測定する抵抗値取得部と、
前記抵抗値Rの時間微分値dR/dtと、前記後通電の開始からの経過時間tとの相関関係を特定する相関特定部と、
dR/dt及びtの前記相関関係、並びに前記第一の近似式、前記第二の近似式、及び前記第三の近似式に基づいて、抵抗スポット溶接部の前記通電加熱を終了した時点が、dR/dt及びtの前記相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期に属しているか否かを判定する通電終了時期判定部と、
を備える抵抗スポット溶接装置。
【請求項12】
dR/dt及びtの前記相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期において、前記後通電を終了する後通電終了部をさらに備える請求項11に記載の抵抗スポット溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼材料の温度の推定方法、抵抗スポット溶接部の後通電方法、抵抗スポット溶接継手の製造方法、及び抵抗スポット溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
抵抗溶接は、溶接継手部に大電流を流し、ここに発生する抵抗熱によって加熱し、圧力を加えて行う溶接である。抵抗溶接は短時間で実行可能であるので、様々な機械部品の製造のために用いられている。抵抗溶接によって形成された溶接部には、後熱電流が流される場合もある。後熱電流とは、抵抗溶接において、溶接を行った後、溶接部に対して焼戻し、焼なまし、及び偏析緩和等の熱処理を行う目的で流す電流のことである。後熱電流の通電は、後通電とも称される。
【0003】
後通電が利用される材料の例として、高強度鋼板が挙げられる。高強度鋼板は、機械部品の軽量化及び安全性を高めるために、様々な技術分野に適用されている。しかしながら高強度鋼板には、抵抗溶接部が脆化しやすいという課題がある。通常の鋼板から構成される溶接継手においては、鋼板の強度が高い程、十字引張強さ(CTS)が高くなる。しかし、高強度鋼板から構成される溶接継手においては、鋼板の強度が高いほど、CTSが低くなる現象が見られる。
【0004】
抵抗溶接によって形成された溶接部の特性を向上させるために、これまで種々の技術が検討されている。
【0005】
特許文献1には、高強度鋼板のスポット溶接方法において、スポット溶接時の電流と電極間電圧を計測し、計測した電流と電極間電圧および材料物性値を用いて熱伝導モデルに基づいた数値計算を行い、溶接通電終了後の冷却中に前記計算結果に基づいて、電極を鋼板から離す時期の決定、溶接通電終了後に継続する後通電における後通電電流の調整、溶接通電終了後の冷却中に開始した後通電における後通電電流と後通電時間の調整、電極加圧力の調整のうちの1又は2以上を行うことを特徴とする高強度鋼板のスポット溶接方法が開示されている。
【0006】
特許文献2には、本溶接と、該本溶接に先立つテスト溶接とを行うものとし、該テスト溶接の後通電では、テスト溶接の本通電の電極間電圧の平均値:Vtmおよび後通電の電極間電圧の平均値:Vtpが、tc<800msの場合:0.5≦Vtp/Vtm≦2.0の関係を、800ms≦tc<1600msの場合:0.5-0.3×(tc-800)/800≦Vtp/Vtm≦2.0-0.5×(tc-800)/800の関係を、tc≧1600msの場合:0.2≦Vtp/Vtm≦1.5の関係を満足する条件で、定電流制御により通電し、上記本溶接の本通電では、適応制御溶接を行い、また、上記本溶接の後通電では、上記テスト溶接の後通電の電流値をItp、上記本溶接の後通電の電流値をImpとしたとき、0.8×Itp≦Imp≦1.2×Itpの関係を満たす条件で、定電流制御による通電を行う抵抗スポット溶接方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002-103054号公報
【特許文献2】国際公開第2020/004115号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
金属の熱処理においては、温度履歴の管理が非常に重要である。加熱炉、及び冷媒などの熱処理装置を用いることより、加熱開始温度、加熱保持温度、冷却開始温度、冷却停止温度、及び冷却速度等の熱処理パラメータを精密に管理することができる。上述の後通電は、溶接部に通電加熱することによって、溶接部に焼戻し、焼なまし、及び偏析緩和等を行うものである。従って、後通電は、金属の熱処理の一種である。
【0009】
しかしながら、抵抗スポット溶接装置を用いた後通電においては、熱処理パラメータの管理が極めて困難である。何故なら、溶接部の温度を、後通電の際に測定することができないからである。
【0010】
さらに抵抗溶接及び後通電は、外乱の影響を受けやすい。外乱とは、溶接部の特性に影響を与える要素であって、抵抗溶接の際に管理することが困難なものをいう。外乱の例として、被溶接物間の隙間、及び電極の損耗等々が挙げられる。同一の溶接パラメータに基づいて抵抗溶接及び後通電を実施して得られた複数の溶接部において、接合強度が異なる場合は少なくない。これは、外乱が溶接部の熱履歴に影響を及ぼすからであると推定される。
【0011】
上述の通り、溶接部の温度を後通電の際に測定することができない。従って、外乱が溶接部の温度履歴に及ぼす影響を、後通電の実施中に検出することはできない。従って、外乱の影響を緩和することは極めて困難である。
【0012】
また、溶接部の接合強度を正確に測定するためには十字引張試験等の破壊試験を行う必要がある。後通電された溶接部の接合強度は不安定である一方で、溶接部の接合強度が許容範囲内であるか否かを評価することは難しい。これらの事柄が、後通電の実施を難しくしている。
【0013】
特許文献1の技術によれば、量産現場で適用することのできる安定性を有した溶接方法を提供することができると説明されている。しかしながら、特許文献1の技術においては、スポット溶接の前に、熱伝導モデルに基づいた数値計算を事前に行う必要がある。
【0014】
特許文献2の技術によれば、外乱によらず一定のナゲット径を得ることが可能となると説明されている。しかしながら、特許文献2の技術においては、本溶接に先立つテスト溶接を行い、本溶接を適切に実施するための基準値を取得する必要がある。
【0015】
特許文献1及び2のいずれも、スポット溶接をする前に、好適なスポット溶接条件を探索する工程が必須である。しかしながら、様々な形状を有する機械構造部品の製造を迅速に行うためには、好適なスポット溶接条件を探索する工程を省略可能であることが好ましい。
【0016】
以上の事情に鑑みて、本発明は、テスト溶接等によって予め抵抗特性を調査することなく、抵抗値に基づいて鉄鋼材料の温度を推定する方法、並びに、当該推定方法を用いた抵抗スポット溶接部の後通電方法、抵抗スポット溶接継手の製造方法、及び抵抗スポット溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0018】
(1)本発明の第一の態様に係る鉄鋼材料の温度の推定方法は、一対の電極を用いて、時間当たりの入熱量を一定として鉄鋼材料を通電加熱しながら、前記鉄鋼材料の抵抗値Rを測定する工程と、前記通電加熱の開始からの経過時間t、及び、前記抵抗値Rの時間微分値dR/dtの相関関係を特定する工程と、dR/dt及びtの前記相関関係と、式1によって定義される第一の近似式、式2によって定義される第二の近似式、及び式3によって定義される第三の近似式とを対比する工程と、を備え、
【数1】
Tは、前記鉄鋼材料の温度であり、dρ
T1/dTは、前記鉄鋼材料の前記温度Tが第一の温度範囲にあるときの前記鉄鋼材料の固有抵抗ρ
T1の温度微分値であり、dρ
T2/dTは、前記鉄鋼材料の前記温度Tが前記第一の温度範囲よりも高い第二の温度範囲にあるときの前記鉄鋼材料の固有抵抗ρ
T2の温度微分値であり、dρ
T3/dTは、前記鉄鋼材料の前記温度Tが前記第二の温度範囲よりも高い第三の温度範囲にあるときの前記鉄鋼材料の固有抵抗ρ
T3の温度微分値であり、A及びBは定数であり、dρ
T1/dT、dρ
T2/dT、及びdρ
T3/dTを、dρ
T2/dT>dρ
T1/dT>dρ
T3/dTの関係を満たす定数とみなし、dR/dt及びtの前記相関関係が前記第一の近似式によって近似される時期における前記鉄鋼材料の前記温度Tを、前記第一の温度範囲にある値と推定し、dR/dt及びtの前記相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期における前記鉄鋼材料の前記温度Tを、前記第二の温度範囲にある値と推定し、dR/dt及びtの前記相関関係が前記第三の近似式によって近似される時期における前記鉄鋼材料の前記温度Tを、前記第三の温度範囲にある値と推定する。
(2)上記(1)に記載の鉄鋼材料の温度の推定方法では、好ましくは、dρ
T1/dT=0.10とし、dρ
T2/dT=0.15とし、dρ
T3/dT=0.05とする。
(3)上記(1)又は(2)に記載の鉄鋼材料の温度の推定方法では、好ましくは、前記第一の温度範囲を、600℃未満とし、前記第二の温度範囲を、600℃以上750℃未満とし、前記第三の温度範囲を、750℃以上とする。
(4)上記(1)又は(2)に記載の鉄鋼材料の温度の推定方法では、好ましくは、前記dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの前記相関関係を、前記鉄鋼材料の前記温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外する。
(5)上記(3)に記載の鉄鋼材料の温度の推定方法では、好ましくは、前記dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの前記相関関係を、前記鉄鋼材料の前記温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外する。
【0019】
(6)本発明の第二の態様に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法は、一対の電極を用いて、時間当たりの入熱量を一定として、重ねられた複数の鋼板を接合する抵抗スポット溶接部を通電加熱しながら、前記抵抗スポット溶接部の抵抗値Rを測定する工程と、前記通電加熱の開始からの経過時間t、及び、前記抵抗値Rの時間微分値dR/dtの相関関係を特定する工程と、dR/dt及びtの前記相関関係と、式1によって定義される第一の近似式、式2によって定義される第二の近似式、及び式3によって定義される第三の近似式を対比する工程と、を備え、
【数2】
Tは、前記抵抗スポット溶接部の温度であり、dρ
T1/dTは、前記抵抗スポット溶接部の前記温度Tが第一の温度範囲にあるときの前記抵抗スポット溶接部の固有抵抗ρ
T1の温度微分値であり、dρ
T2/dTは、前記抵抗スポット溶接部の前記温度Tが前記第一の温度範囲よりも高い第二の温度範囲にあるときの前記抵抗スポット溶接部の固有抵抗ρ
T2の温度微分値であり、dρ
T3/dTは、前記抵抗スポット溶接部の前記温度Tが前記第二の温度範囲よりも高い第三の温度範囲にあるときの前記抵抗スポット溶接部の固有抵抗ρ
T3の温度微分値であり、A及びBは定数であり、dρ
T1/dT、dρ
T2/dT、及びdρ
T3/dTを、dρ
T2/dT>dρ
T1/dT>dρ
T3/dTの関係を満たす定数とみなし、前記抵抗スポット溶接部の前記通電加熱を終了した時点が、dR/dt及びtの前記相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期に属しているか否かを判定する。
(7)上記(6)に記載の抵抗スポット溶接部の後通電方法では、好ましくは、dR/dt及びtの前記相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期において、前記抵抗スポット溶接部の前記通電加熱を終了する。
(8)上記(6)に記載の抵抗スポット溶接部の後通電方法では、好ましくは、前記dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの前記相関関係を、前記抵抗スポット溶接部の前記温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外する。
(9)上記(7)に記載の抵抗スポット溶接部の後通電方法では、好ましくは、前記dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの前記相関関係を、前記抵抗スポット溶接部の前記温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外する。
【0020】
(10)本発明の第三の態様に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法は、重ねられた複数の鋼板に本通電して、複数の前記鋼板を接合する抵抗スポット溶接部を形成する工程と、前記抵抗スポット溶接部に後通電する工程と、を備え、前記後通電を、上記(6)~(9)の何れか一項に記載の抵抗スポット溶接部の後通電方法とする。
【0021】
(11)本発明の第四の態様に係る抵抗スポット溶接装置は、上記(10)に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法のための抵抗スポット溶接装置であって、一対の前記電極と、一対の前記電極の間に、鋼板を溶融可能な入熱量で本通電する本通電部と、一対の前記電極の間に、時間当たりの入熱量を一定とした状態で後通電する後通電部と、一対の前記電極の間の抵抗値Rを測定する抵抗値取得部と、前記抵抗値Rの時間微分値dR/dtと、前記後通電の開始からの経過時間tとの相関関係を特定する相関特定部と、dR/dt及びtの前記相関関係、並びに前記第一の近似式、前記第二の近似式、及び前記第三の近似式に基づいて、抵抗スポット溶接部の前記通電加熱を終了した時点が、dR/dt及びtの前記相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期に属しているか否かを判定する通電終了時期判定部と、を備える。
(12)上記(11)に記載の抵抗スポット溶接装置は、好ましくは、dR/dt及びtの前記相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期において、前記後通電を終了する後通電終了部をさらに備える。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、テスト溶接等の前工程を行うことなく溶接部の温度を推定可能な鉄鋼材料の温度の推定方法、並びに、当該推定方法を用いた抵抗スポット溶接部の後通電方法、抵抗スポット溶接継手の製造方法、及び抵抗スポット溶接装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法における、dR/dt及びtの相関関係、第一の近似曲線、第二の近似曲線、及び第三の近似曲線の模式図である。
【
図2】鉄鋼材料における、固有抵抗ρと温度Tとの関係を示すグラフの模式図である。
【
図3A】最高加熱温度が第一の温度範囲にある後通電における、dR/dt及びtの相関関係のグラフの模式図である。
【
図3B】最高加熱温度が第二の温度範囲にある後通電における、dR/dt及びtの相関関係のグラフの模式図である。
【
図3C】最高加熱温度が第三の温度範囲にある後通電における、dR/dt及びtの相関関係のグラフの模式図である。
【
図4A】電流比0.50の後通電の実施例における、dR/dt及びtの相関関係のグラフである。
【
図4B】電流比0.65の後通電の実施例における、dR/dt及びtの相関関係のグラフである。
【
図4C】電流比0.80の後通電の実施例における、dR/dt及びtの相関関係のグラフである。
【
図5】通電加熱の初期段階でS及びlの変動が無視できない程度に大きい事例における、dR/dt及びtの相関関係のグラフである。
【
図6】第二実施形態に係る後通電方法における、制御ロジックの好適な一例である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(1.鉄鋼材料の温度の推定方法)
まず、本発明の第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法について説明する。
【0025】
(S1 鉄鋼材料の抵抗値Rの測定)
第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法では、まず一対の電極を用いて、時間当たりの入熱量を一定として鉄鋼材料を通電加熱する。一対の電極とは、例えばスポット溶接用電極である。そして、通電加熱と同時に、鉄鋼材料の抵抗値Rを測定する。抵抗値Rは、一対の電極の間の電流値及び電圧値に基づいて求めることができる。
【0026】
通電加熱は、時間当たりの入熱量を一定とした状態で行われる。この場合、鉄鋼材料の温度Tと、通電加熱の開始からの経過時間tとの関係を、以下のT-t理論式によって近似することができる。
【数3】
上述のT-t理論式における符号a及びbは、定数である。
【0027】
T-t理論式は、「静止熱源による一次元の熱伝導」(安藤弘平、溶接学会誌、第39巻(1970)第11号、p1146)に示された温度上昇の理論式4・16に基づく。T-t理論式は、安藤の理論式に含まれる種々の定数項を、定数a及びbに集約することにより得られた。なお、安藤の理論式は、t=0における温度上昇が零であり、入熱量が一定であるという前提で、一次元の熱伝導を表現したものである。しかし本発明者らがスワンテックソフトウェア アンド エンジニアリングス製の抵抗溶接シミュレーションソフトウェア「SORPAS」を用いて検証を行ったところ、T-t理論式は、三次元空間における温度上昇も良好に近似できることが確認された。
【0028】
(S2 dR/dt及びtの相関関係の特定)
鉄鋼材料の温度が上昇するほど、鉄鋼材料の抵抗値Rは増大する。抵抗値Rの実測値に基づいて、抵抗値Rの変化速度、即ち、抵抗値Rの時間微分値dR/dtを求めることができる。tとは、通電加熱の開始からの経過時間のことである。さらに、抵抗値Rの実測値に基づいて得られた抵抗値Rの時間微分値dR/dtと、通電加熱の開始からの経過時間tとの相関関係を特定する。これにより、例えば
図1に実線で示されるような、横軸がtであり縦軸がdR/dtであるグラフが、抵抗値Rの実測値に基づいて得られる。
【0029】
なお、鉄鋼材料の抵抗値Rは、下記式によって表される。
【数4】
上述の式に含まれる符号の定義は以下の通りである。
ρ:鉄鋼材料の固有抵抗
S:電流経路の断面積
l:電流経路の長さ
【0030】
S及びlは、鉄鋼材料の熱膨張等によってわずかに変化しうる。しかしながら、ρの温度依存性は、S及びlの温度依存性よりはるかに大きい。そのため、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法において、S及びlは原則的に定数とみなすことができる。S及びlを定数とみなし、且つ上述のT-t理論式を用いることにより、dR/dtは下記の理論式によって近似することができる。
【数5】
上述の理論式における符号c及びdは、定数である。
【0031】
(S3 dR/dt及びtの相関関係と、近似式との対比)
当該相関関係を、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式と対比する。第一の近似式は、下記式1によって定義され、第二の近似式は、下記式2によって定義され、第三の近似式は、下記式3によって定義される。
【数6】
式1~式3に含まれる符号の定義は以下の通りである。
T:鉄鋼材料の温度
dρ
T1/dT:鉄鋼材料の温度Tが第一の温度範囲にあるときの鉄鋼材料の固有抵抗ρ
T1の温度微分値
dρ
T2/dT:鉄鋼材料の温度Tが第一の温度範囲よりも高い第二の温度範囲にあるときの鉄鋼材料の固有抵抗ρ
T2の温度微分値
dρ
T3/dT:鉄鋼材料の温度Tが第二の温度範囲よりも高い第三の温度範囲にあるときの鉄鋼材料の固有抵抗ρ
T3の温度微分値
A:定数
B:定数
式1~式3は、上述したT-t理論式に基づいて導出されたものである。導出にあたり、電流経路の断面積S、及び電流経路の長さlは定数とみなしている。
【0032】
第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法の極めて顕著な特徴は、式1~式3に含まれるdρT1/dT、dρT2/dT、及びdρT3/dTそれぞれを、dρT2/dT>dρT1/dT>dρT3/dTの関係を満たす定数とみなす点にある。
【0033】
本発明者らは、種々の鉄鋼材料の固有抵抗ρの温度依存性を調査した。その結果、鉄鋼材料の固有抵抗ρはその化学成分に影響されることが確認された。一方で、鉄鋼材料の固有抵抗ρと温度Tとの相関関係をグラフに示すと、約600℃未満の温度範囲、約600℃以上約750℃未満の温度範囲、及び約750℃以上の温度範囲それぞれにおいて、グラフの傾きdρ/dTは鉄鋼材料の化学成分に影響されないことが確認された。以下、約600℃未満の温度範囲を第一の温度範囲と称し、約600℃以上約750℃未満の温度範囲を第二の温度範囲と称し、約750℃以上の温度範囲を第三の温度範囲と称する。
【0034】
図2は、鉄鋼材料の固有抵抗ρと温度Tとの相関関係を模式的に示すグラフである。鉄鋼材料の固有抵抗ρは、主に鉄鋼材料に含まれる合金元素、鉄原子の格子振動、及び磁気特性に影響される。合金元素の影響を受けるので、固有抵抗ρは鋼種に応じた様々な値となる。一方、本発明者らが確認したところでは、合金元素は、グラフの傾きであるdρ/dTにほとんど影響を及ぼさなかった。本発明者らは、鉄原子の格子振動、及び磁気特性がdρ/dTの支配因子であると推定している。第二の温度範囲では、dρ/dTに対して鉄原子の格子振動が最も支配的な因子となり、第三の温度範囲では、dρ/dTに対して磁気特性が最も支配的な因子となると考えられる。以上の理由により、固有抵抗ρと温度Tとの相関関係を模式的に示すグラフは、約600℃及び約750℃の位置において変曲点を有すると推定される。
【0035】
dρ
T1/dT、dρ
T2/dT、及びdρ
T3/dTそれぞれを定数とみなした場合、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式それぞれを、式1~式3に代えて下記式4~6を用いて定義することができる。
【数7】
式4は式1を変形したものであり、式5は式2を変形したものであり、式6は式3を変形したものである。式4~式6に含まれるC
T1、C
T2、及びC
T3は定数である。
【0036】
第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法では、抵抗値Rの実測値に基づいて得られるdR/dt及びtの相関関係を、上述の手順により導出された3つの近似式と対比する。以下、
図1に示される概略図を参照しながら、対比の方法を説明する。ただし、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法を実施するにあたり、
図1に示されるようなグラフの作成は必須ではない。
【0037】
上述の通り、
図1に示される実線は、抵抗値Rの実測値に基づいて得られた抵抗値Rの時間微分値dR/dtと、通電加熱の開始からの経過時間tとの相関関係を示すグラフである。そして
図1に示される3本の破線は、第一の近似式に基づく第一の近似曲線、第二の近似式に基づく第二の近似曲線、及び第三の近似式に基づく第三の近似曲線である。dρ
T2/dT>dρ
T1/dT>dρ
T3/dTであるので、第二の温度範囲に適用される第二の近似曲線が最も上に位置し、第三の温度範囲に適用される第三の近似曲線が最も下に位置する。第一の温度範囲に適用される第一の近似曲線は、両者の間に位置する。
【0038】
時間当たりの入熱量を一定として鉄鋼材料を第一の温度範囲から通電加熱する場合、鉄鋼材料の温度は、通電加熱の開始からしばらくの間は、第一の温度範囲にある。従って、dR/dt及びtの相関関係は、第一の近似式によって近似される。そのため、dR/dt及びtの相関関係を示すグラフは、第一の近似曲線と重なる。
【0039】
しかし、鉄鋼材料の温度が第二の温度範囲まで上昇すると、dR/dt及びtの相関関係は、第二の近似式によって近似されるようになる。従って、dR/dt及びtの相関関係を示すグラフは、第二の近似曲線に重なるように上方に遷移する。
【0040】
さらに、鉄鋼材料の温度が第三の温度範囲まで上昇すると、dR/dt及びtの相関関係は、第三の近似式によって近似されるようになる。従って、dR/dt及びtの相関関係を示すグラフは、第一の近似曲線及び第二の近似曲線の両方よりも下に位置する、第三の近似曲線に重なるように下方に遷移する。
【0041】
鉄鋼材料におけるdR/dt及びtの相関関係を利用することにより、鉄鋼材料の温度Tが第一の温度範囲、第二の温度範囲、及び第三の温度範囲のいずれに属するのか、推定することが可能となる。具体的には、dR/dt及びtの相関関係を示すグラフが、第一の近似曲線と重なる時期において、鉄鋼材料の温度Tは第一の温度範囲にあると推定される。dR/dt及びtの相関関係を示すグラフが、第二の近似曲線と重なる時期において、鉄鋼材料の温度Tは第二の温度範囲にあると推定される。dR/dt及びtの相関関係を示すグラフが、第三の近似曲線と重なる時期において、鉄鋼材料の温度Tは第三の温度範囲にあると推定される。また、dR/dt及びtの相関関係を示すグラフが第一の近似曲線から第二の近似曲線へと遷移する間の鉄鋼材料の温度Tは、第一の温度範囲と第二の温度範囲の境界値付近にあると推定され、dR/dt及びtの相関関係を示すグラフが第二の近似曲線から第三の近似曲線へと遷移する間の鉄鋼材料の温度Tは、第二の温度範囲と第三の温度範囲の境界値付近にあると推定される。
【0042】
例えば、
図1に示される模式図においては、dR/dt及びtの相関関係を示す実線のグラフを、以下の通り近似曲線にあてはめることができる。
(期間1)tが0秒~1.0秒 :実線のグラフを第一の近似曲線にあてはめ可能
(期間2)tが1.3秒~1.8秒:実線のグラフを第二の近似曲線にあてはめ可能
(期間3)tが2.1秒以上 :実線のグラフを第三の近似曲線にあてはめ可能
鉄鋼材料におけるdR/dt及びtの相関関係が
図1に示される実線のグラフのような形状となっている場合、少なくとも期間1において鉄鋼材料の温度Tは第一の温度範囲にあり、期間2においてTは第二の温度範囲にあり、期間3においてTは第三の温度範囲にあったと推定することができる。
【0043】
ただし、dR/dt及びtの相関関係を、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式の全てに当てはめる必要はない。例えば鉄鋼材料の温度Tが第三の温度範囲に達する前に通電加熱を停止した場合、dR/dt及びtの相関関係を示すグラフは、第一の近似曲線及び第二の近似曲線と部分的に重なる。しかしながら、当該グラフにおいて、第三の近似曲線と重なる部分は現れない。この場合も、当該グラフの形状に基づいて、通電を停止した時点における鉄鋼材料の温度Tが第二の温度範囲にあったと推定することができる。
【0044】
なお、式1~式3に含まれる定数A及び定数Bは、通電加熱の開始前の時点では未知である。従って、通電加熱の開始前の時点では、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式は特定されていない。しかしながら、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式は、極めて単純な指数関数である。従って、様々な手段を用いて、dR/dt及びtの相関関係と、近似式との対比を行うことができる。以下に、対比の具体的手段を例示的に説明する。
【0045】
通電加熱の開始の時点の温度Tが既知であれば、通電加熱の開始直後のdR/dt及びtの相関関係を、第一、第二、及び第三の近似式のいずれにあてはめるべきであるかを判定可能である。例えば通電加熱の開始の際の鉄鋼材料の温度Tが十分に低い値(例えば200℃以下)である場合、通電加熱の開始直後のdR/dt及びtの相関関係は第一の近似式によって近似可能である。従って、通電加熱の開始直後のdR/dt及びtの相関関係に基づいて、式1に含まれる定数A×(dρT1/dT)、及び定数Bを特定可能である。特定された定数Bを式2及び式3に適用することにより、第二の近似式、及び第三の近似式の特定を容易にすることができる。通電加熱の開始の時点の温度Tが600℃超である場合も、同様の手順で近似式を特定することができる。
【0046】
加えて、dρT1/dT=0.10とし、dρT2/dT=0.15とし、dρT3/dT=0.05としてもよい。これらの値は、本発明者らが種々の鉄鋼材料の固有抵抗ρの温度依存性を調査することによって得られたものである。鉄鋼材料の固有抵抗ρは鉄鋼材料の成分に影響されるが、dρ/dTは鉄鋼材料の成分に影響されない。従って、種々の鉄鋼材料に対して、これらの値を適用可能である。
【0047】
これらの値を用いることにより、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式の作成が一層容易となり、また、あてはめを精度よく実施することが可能となる。例えば通電加熱の開始の際の鉄鋼材料の温度Tが十分に低い値(例えば200℃以下)である場合、通電加熱の開始直後のdR/dt及びtの相関関係を第一の近似曲線にあてはめ、且つdρT1/dTを0.10とみなすことにより、式1に含まれる定数A及び定数Bの両方を特定することができる。そして、これらの定数A及びBを式2及び式3に適用することにより、第二の近似曲線、及び第三の近似曲線を一層正確に特定することができる。
【0048】
もっとも、定数A及び定数Bを特定することは、あてはめの実施のために必須の手順ではない。dR/dt及びtの相関関係を示すグラフの形状に着目することにより、式1~式3に含まれる定数A及び定数Bを特定することなく、あてはめを実施することができる。以下に、
図1を用いながら、グラフの形状に基づくあてはめ方法を説明する。
【0049】
図1の実線のグラフにおいては、t=1.0秒の段階で変曲点が生じ、グラフの傾きが増大している。そして、t=1.3秒の段階でも変曲点が生じ、グラフの傾きが減少している。これらの変曲点に着目することにより、tが1.0秒~1.3秒の間に、グラフが第一の近似曲線から第二の近似曲線へと遷移し、鉄鋼材料の温度Tが第一の温度範囲から第二の温度範囲に遷移したと推定することができる。このように、dR/dt及びtの相関関係を表すグラフの形状に基づいて、dR/dt及びtの相関関係を第一の近似曲線、第二の近似曲線、及び第三の近似曲線にあてはめることも可能である。この方法によるあてはめの実施にあたっては、dρ
T1/dT、dρ
T2/dT、及びdρ
T3/dTを定数とみなせば足りる。これらの値を具体的に特定する必要はないし、また、定数A及び定数Bを特定する必要もない。
【0050】
図1においては、dR/dt及びtの相関関係、及び第一~第三の近似式が通常のグラフとしてプロットされている。そのため、各近似式に対応するグラフは指数曲線である。一方、dR/dt及びtの相関関係、及び各近似線を片対数グラフにプロットしてもよい。この場合、各近似式は、傾きが異なる直線として表される。これにより、dR/dt及びtの相関関係と、各近似式との対比が、一層容易となる。
【0051】
グラフや片対数グラフを作成することは、dR/dt及びtの相関関係を目視で分析する際に有用である。その一方で、推定の際に、
図1に例示されるようなグラフを作成する必要はない。dR/dt及びtの相関関係と、各近似式との間の相関係数を算出し、これに基づいて推定を行ってもよい。
【0052】
以上、dR/dt及びtの相関関係と、近似式とを対比するための具体的方法を例示的に説明した。しかしながら、対比は様々な手段を用いて実行可能である。上述の技術思想に基づいた種々の対比方法を、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法は採用することができる。
【0053】
(第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法の作用効果)
第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法においては、鉄鋼材料が、時間当たりの入熱量を一定として通電加熱されている必要がある。一方、それ以外の条件は限定されない。例えば、鉄鋼材料の化学成分、機械特性、形状、及び入熱量は、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法において限定されない。様々な鉄鋼材料に対して、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法を適用することが可能である。
【0054】
この作用効果は、例えば第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法が抵抗スポット溶接部の後通電に適用された場合に、極めて有利な結果をもたらす。
【0055】
抵抗スポット溶接部の抵抗値Rに基づいて、抵抗スポット溶接部の後通電条件を制御する試みは、従来から行われていた。しかし、従来技術において提案された後通電方法においては、後通電を行う前に、テスト通電やシミュレーションを行うことにより、抵抗スポット溶接部の抵抗特性を求める必要があった。従来の後通電方法では、予め求められた抵抗特性と、後通電の間の抵抗値Rとを対比することにより、後通電の適否を判断していた。この抵抗特性は、抵抗スポット溶接部のナゲット径、厚さ、化学成分等に応じて容易に変動する。そのため、従来の後通電方法は、抵抗特性が不明の抵抗スポット溶接部には適用することができなかった。
【0056】
しかし、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法は、抵抗特性が不明の鉄鋼材料にも適用することができる。第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法は、電流経路の断面積S、電流経路の長さl、及び鉄鋼成分の化学成分に影響されない値であるdρ/dTから導出された近似式を用いて温度を推定している。そのため、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法において、抵抗スポット溶接部のナゲット径、厚さ、化学成分、及びその他の抵抗値Rに影響しうる要素を考慮する必要がない。従って、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法を用いた後通電においては、予め抵抗スポット溶接部の抵抗特性を求める必要が無いのである。
【0057】
(第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法の一層好ましい態様)
以上、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法の最も基本的な態様について説明した。以下、さらに好ましい態様について説明する。
【0058】
(dρT1/dT、dρT2/dT、及びdρT3/dTの具体的数値)
本発明者らが種々の鉄鋼材料の固有抵抗ρの温度依存性を調査したところ、いずれの鋼種においても、dρT1/dTは約0.10であり、dρT2/dTは約0.15であり、dρT3/dTは約0.05であった。従って、上述の通り、dρT1/dT=0.10とし、dρT2/dT=0.15とし、dρT3/dT=0.05としてもよい。これらの値を用いることにより、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式の作成が一層容易となり、また、近似を精度よく実施することが可能となる。
【0059】
ただし、dρT1/dT、dρT2/dT、及びdρT3/dTの測定値は、あらゆる鋼種で完全に一致していたわけではなかった。測定値には若干のばらつきがあった。そのため、dρT1/dT、dρT2/dT、及びdρT3/dTを、上述の値に近い任意の値に設定してもよい。例えばdρT1/dTを0.08~0.12の範囲内の値としてもよい。dρT2/dTを0.13~0.17の範囲内の値としてもよい。dρT3/dTを0.03~0.07の範囲内の値としてもよい。
【0060】
また、上述の通り、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法は、dρT1/dT、dρT2/dT、及びdρT3/dTの具体的数値を設定することなく実行可能である。dρT1/dT、dρT2/dT、及びdρT3/dTの具体的数値を設定することではなく、dρT1/dT、dρT2/dT、及びdρT3/dTを一定値とみなすことが、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法におけるきわめて重要な技術思想である。
【0061】
(第一の温度範囲、第二の温度範囲、及び第三の温度範囲それぞれの具体的数値)
第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法では、第一の温度範囲を、600℃未満と設定し、第二の温度範囲を、600℃以上750℃未満と設定し、第三の温度範囲を、750℃以上と設定してもよい。本発明者らが種々の鉄鋼材料の固有抵抗ρの温度依存性を調査したところ、600℃及び750℃は、
図2に示される固有抵抗ρと温度Tとの関係式の変曲点と概ね一致する。第一、第二、及び第三の温度範囲を具体的な数値で規定することにより、鉄鋼材料の温度Tを具体的な数値で推定することができる。
【0062】
また、各温度範囲を、上述の値より狭い範囲に設定してもよい。例えば、鉄鋼材料の温度が600℃である場合、dR/dt及びtの相関関係を示すグラフは、第一の近似線から第二の近似線へと遷移する途中にある可能性がある。従って、第一の温度範囲を595℃以下、又は590℃以下と設定してもよい。また、第二の温度範囲を605℃以上、又は610℃以上と設定してもよい。第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法の用途、及び求められる予想精度等に応じて、第一の温度範囲、第二の温度範囲、及び第三の温度範囲を適宜変更することができる。
【0063】
一方、第一の温度範囲、第二の温度範囲、及び第三の温度範囲を具体的な数値で規定することなく、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法はその効果を発揮することができる。後述するように、第二の温度範囲は偶然にも、抵抗スポット溶接部の後通電に適した温度範囲と一致する。従って、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法を用いて後通電をする場合は、後通電の際の最高温度が第二の温度範囲内にあるか否かを判定すれば足りる。この場合、第一、第二及び第三の温度範囲の具体的な上下限値を設定する必要はない。第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法を抵抗スポット溶接装置の制御ロジックに組み込む場合、第一、第二及び第三の温度範囲の上下限値を抵抗スポット溶接装置に入力することなく、後通電の成否を判定したり、後通電を終了する時点を決定したりすることができる。
【0064】
(温度推定の根拠とされない期間)
第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法では、dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの相関関係を、鉄鋼材料の温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外することが好ましい。例えば、
図5に示される事例においては、t=約0.6秒の時点でdR/dtが最大となる。この事例において、t=0~約0.6秒の期間におけるdR/dt及びtの相関関係を、鉄鋼材料の温度Tの推定にあたって除外することが好ましい。その理由について、以下に説明する。
【0065】
図1に示される概念図、並びに上述された第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式は、電流経路の断面積S及び電流経路の長さlを定数とみなした上で導出されている。電流経路の断面積S及び電流経路の長さlを定数とみなした場合、通電加熱の初期段階では、dR/dt及びtの相関関係は第一の近似式によって近似される。そして、通電加熱の初期段階では、dR/dtは、時間経過とともに減少する。
【0066】
しかしながら、通電加熱の初期段階において、S及びlの変動が無視できない程度に大きい場合がある。具体的には、通電加熱の初期段階において、鉄鋼材料が軟化して電極が鉄鋼材料に押し込まれ、これにより電流経路の断面積Sが経時的に増大し、且つ電流経路の長さlが経時的に減少する場合がある。例えば、鉄鋼材料がめっき層を有している場合に、このような現象が生じやすい傾向を本発明者らは確認した。ただし、この場合であっても、通電加熱が進展することによりS及びlの変動は飽和する。
【0067】
上述した通り、S及びlを定数とみなした場合、dR/dtは下記の理論式によって近似することができる。下記の理論式における符号c及びdは、定数である。
【数8】
一方、S及びlの変動を考慮すると、dR/dt理論式は以下のように書き換えられる。具体的には、第2項「dl/dt×ρ/S」、及び第3項「-dS/dt×ρl/S
2」が、dR/dt理論式に付加される。
【数9】
電流経路の長さlは、通電加熱によって経時的に減少する。そのため、第2項「dl/dt×ρ/S」は負の数となる。また、電流経路の断面積Sは、通電加熱によって経時的に増大する。そのため、-dS/dt×ρl/S
2は負の数となる。従って、通電加熱によるS及びlの変動は、dR/dtを減少させる。
【0068】
図5は、通電加熱によってS及びlが大きく変動する事例における、dR/dt及びtの相関関係のグラフである。このグラフが得られた実験において、サンプリング周期は50μsecとし、近似曲線の作成のために用いた測定点は20点とした。
図5のグラフにおいて、t=0秒~約0.6秒の期間では、S及びlの変動に起因して、dR/dtが低い値となっている。そのため、
図5のグラフにおいて、t=0秒~約0.6秒の期間は、第一の近似式によって近似することができない。
【0069】
従って、t=0秒~約0.6秒の期間における、dR/dt及びtの相関関係は、鉄鋼材料の温度の推定にあたって無視することが好ましい。一方、t=約0.6秒の時点において、dR/dtは最大となり、S及びlの変動は概ね飽和する。t=約0.6秒以降の期間においては、S及びlの変動を無視することが可能となり、近似式を用いた温度の推定が可能となる。従って、
図5のグラフにおいては、dR/dtが最大となる時点より後で対比を開始することが好ましい。これにより、鉄鋼材料の温度の推定の精度を、一層向上させることができる。
図5に示される事例では、t=約0.6秒の時点以降におけるdR/dt及びtの相関関係は、dR/dt=46.19exp(-1.733t)との近似式によって良好に近似することができた。この式が、
図5に示される事例における第一の近似式にあたる。
【0070】
dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの相関関係を、鉄鋼材料の温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外するための具体的手段は、特に限定されない。例えば、
図5に示されるようなグラフを作成することにより、dR/dtが最大である時点を容易に特定し、且つ、dR/dtが最大である時点以前の期間におけるdR/dt及びtの相関関係を、データ集合から除外することができる。また、後述する
図6のフローチャートに従って、dR/dtが最大である時点以前の期間におけるdR/dt及びtの相関関係を、データ集合から除外することもできる。
【0071】
(2.抵抗スポット溶接部の後通電方法)
次に、本発明の第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法について説明する。第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法では、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法と同様に、dR/dt及びtの相関関係と、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式とを対比する。一方、第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法では、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法とは異なり、温度の推定は行われない。以下、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法と同様の構成については、説明を簡潔な内容にとどめる。
【0072】
(s1 抵抗スポット溶接部の抵抗値Rの測定)
第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法では、まず一対の電極を用いて、時間当たりの入熱量を一定として、重ねられた複数の鋼板を接合する抵抗スポット溶接部を通電加熱する。そして、通電加熱と同時に、鉄鋼材料の抵抗値Rを測定する。抵抗値Rは、一対の電極の間の電流値及び電圧値に基づいて求めることができる。当然のことながら、重ねられた複数の鋼板を接合する抵抗スポット溶接部は、鉄鋼材料の一種である。
【0073】
(s2 dR/dt及びtの相関関係の特定)
次に、抵抗値Rの実測値に基づいて、抵抗値Rの変化速度、即ち、抵抗値Rの時間微分値dR/dtを求める。抵抗値Rの時間微分値dR/dtを求める目的は、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法の説明において述べた通りである。
【0074】
(s3 dR/dt及びtの相関関係と、近似式との対比)
そして、当該相関関係を、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式と対比する。第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式は、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法において用いられた式1~式3によって定義される。ただし、式1~式3に含まれる符号の定義において、「鉄鋼材料」は、「抵抗スポット溶接部」と読み替えられる。即ち、式1~式3に含まれる符号の定義は以下の通りである。
T:抵抗スポット溶接部の温度
dρT1/dT:抵抗スポット溶接部の温度Tが第一の温度範囲にあるときの抵抗スポット溶接部の固有抵抗ρT1の温度微分値
dρT2/dT:抵抗スポット溶接部の温度Tが第一の温度範囲よりも高い第二の温度範囲にあるときの抵抗スポット溶接部の固有抵抗ρT2の温度微分値
dρT3/dT:抵抗スポット溶接部の温度Tが第二の温度範囲よりも高い第三の温度範囲にあるときの抵抗スポット溶接部の固有抵抗ρT3の温度微分値
また、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法と同様に、式1~式3に含まれるdρT1/dT、dρT2/dT、及びdρT3/dTそれぞれを、dρT2/dT>dρT1/dT>dρT3/dTの関係を満たす定数とみなす。
【0075】
第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法では、dR/dt及びtの相関関係と近似式との対比は、鉄鋼材料の温度Tを推定するために行われる。一方、第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法では、dR/dt及びtの相関関係と近似式との対比は、後通電の適否を判断するために行われる。抵抗スポット溶接部の温度Tを推定する必要はない。
【0076】
上述の通り、第二の温度範囲は、約600℃以上約750℃未満の温度範囲である。そして、鉄鋼材料の後通電において好ましい最高加熱温度もまた、約600℃以上約750℃未満の温度範囲にある。従って、後通電において抵抗スポット溶接部の温度が最大となる時点、即ち、通電加熱を終了した時点が、第二の近似式によって近似される時期に属している場合は、後通電は適切に行われていると推定される。
【0077】
抵抗スポット溶接部の通電加熱を終了した時点が、dR/dt及びtの相関関係が前記第二の近似式によって近似される時期に属しているか否かを判定する方法は、特に限定されない。例えば、第一実施形態に係る鉄鋼材料の温度の推定方法の説明において、dR/dt及びtの相関関係と、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式とを対比するための具体的手段を例示した。これらの手段を、第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法に適用することにより、後通電が適切に行われているか否かを判定することができる。
【0078】
グラフの形状に基づいて後通電の際の最高加熱温度が適切であるか否かを判定する方法の一例を、
図3A~
図3Cを参照しながら説明する。
【0079】
図3Aは、後通電の際の最高加熱温度が第一の温度範囲にある場合の、dR/dt及びtの相関関係を模式的に示すグラフである。このグラフは1つの指数曲線から構成されており、変曲点を含まない。従って、このグラフの終点は、第一の近似式によって近似される時期に属すると推定される。dR/dt及びtの相関関係が、
図3Aのような形状となる後通電では、最高加熱温度が不足しているおそれがある。
【0080】
図3Bは、後通電の際の最高加熱温度が第二の温度範囲にある場合の、dR/dt及びtの相関関係を模式的に示すグラフである。このグラフは2つの指数曲線と、これらの間の遷移領域とから構成されている。従って、このグラフの終点は、第二の近似式によって近似される時期に属すると推定される。dR/dt及びtの相関関係が、
図3Bのような形状となる後通電では、最高加熱温度が適切であると考えられる。
【0081】
図3Cは、後通電の際の最高加熱温度が第三の温度範囲にある場合の、dR/dt及びtの相関関係を模式的に示すグラフである。このグラフは3つの指数曲線と、これらの間の遷移領域とから構成されている。従って、このグラフの終点は、第三の近似式によって近似される時期に属すると推定される。dR/dt及びtの相関関係が、
図3Cのような形状となる後通電では、最高加熱温度が過剰であるおそれがある。
【0082】
(第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法の作用効果)
第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法は、抵抗スポット溶接部の後通電が適切に行われていたか否かを判定することができる。この際、抵抗スポット溶接部が、時間当たりの入熱量を一定として通電加熱されている必要がある。一方、それ以外の条件は限定されない。例えば、抵抗スポット溶接部の化学成分、機械特性、形状、及び入熱量は、第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法において限定されない。様々な抵抗スポット溶接部に対して、第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法を適用することが可能である。
【0083】
抵抗スポット溶接部の抵抗値Rに基づいて、抵抗スポット溶接部の後通電条件を制御する試みは、従来から行われていた。しかし、従来技術において提案された後通電方法においては、後通電を行う前に、テスト通電やシミュレーションを行うことにより、抵抗スポット溶接部の抵抗特性を求める必要があった。しかし、第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法は、抵抗特性が不明の抵抗スポット溶接部にも適用することができる。第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法では、電流経路の断面積S、電流経路の長さl、及び鉄鋼成分の化学成分に影響されない値であるdρ/dTから導出された近似式を用いて、後通電の際の最高加熱温度の良否を推定している。そのため、第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法において、抵抗スポット溶接部のナゲット径、厚さ、化学成分、及びその他の抵抗値Rに影響しうる要素を考慮する必要がない。従って、第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法においては、予め抵抗スポット溶接部の抵抗特性を求める必要が無いのである。
【0084】
(第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法の一層好ましい態様)
以上、第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法の最も基本的な態様について説明した。以下、さらに好ましい態様について説明する。
【0085】
(後通電の終了の時期)
第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法では、dR/dt及びtの相関関係が第二の近似式によって近似される時期において、抵抗スポット溶接部の通電加熱を終了してもよい。即ち、dR/dt及びtの相関関係のグラフが
図3Bに示されるような形状をなした時点で、抵抗スポット溶接部の通電加熱を終了してもよい。これにより、後通電を適切な時期に終了し、後通電における最高加熱温度を適正化し、後通電後の抵抗スポット溶接部の接合強度を安定的に高めることができる。
【0086】
(温度推定の根拠とされない期間)
第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法では、dR/dtが最大である時点以前の期間における、dR/dt及びtの相関関係を、抵抗スポット溶接部の温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外することが好ましい。例えば、
図5に示される事例においては、t=約0.6秒の時点でdR/dtが最大となる。この事例において、t=0~約0.6秒の期間におけるdR/dt及びtの相関関係を、抵抗スポット溶接部の温度Tの推定にあたって除外することが好ましい。dR/dtが最大である時点以前の期間、即ちdR/dtが最初に増大傾向を示す期間においては、スポット溶接部に電極が押し込まれることにより電流経路の断面積Sが経時的に増大し、且つ電流経路の長さlが経時的に減少している蓋然性が高い。温度予測の精度を一層高める観点からは、このような期間におけるdR/dt及びtの相関関係に対しては、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式のあてはめを行わないことが好ましい。
【0087】
(後通電の制御ロジックの一例)
第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法を実施するための制御ロジックは特に限定されないが、好適な一例を
図6のフローチャートに示す。
図6のフローチャートに従うことにより、dR/dt及びtの相関関係が第二の近似式によって近似される時期において抵抗スポット溶接部の通電加熱を終了し、且つ、dR/dtが最大である時点以前の期間におけるdR/dt及びtの相関関係を抵抗スポット溶接部の温度Tの推定のために用いられるデータ集合から除外することができる。
【0088】
図6のフローチャートに示される制御ロジックについて、以下に詳細に説明する。まず、dR/dtの最大値(dR/dt)
maxを検出する。次いで、(dR/dt)
maxが検出された時点から所定時間内の測定結果に基づいて、第一の近似曲線を作成する。所定時間とは、例えばdR/dtの測定周期(サンプリング周期)がs秒である場合、2s~30s秒の範囲内とすることが好ましい。
【0089】
次いで、第一の近似曲線における定数B(以下、便宜のためにB1と称する)が0超か否かを判定する。
【0090】
B1が0以下である場合、第一の近似曲線は経時的に増大する形状をなす。この場合、S及びlの大きな変動が生じている蓋然性が高い。従って、当該第一の近似曲線を破棄する。また、この場合、上記(dR/dt)maxを超過するdR/dtが検出されているので、これを新たな(dR/dt)maxとみなし、第一の近似曲線を再度作成する。これらの処理を繰り返した結果、B1が0超になることなく後通電が終了した場合、当該後通電は不良であったと判定する。
【0091】
B1が0超である場合、第一の近似曲線が正常に作成されたと判断する。そして、dR/dtとtとの相関関係が、第一の近似曲線から逸脱するか否かをリアルタイムモニタリングする。ここで「近似曲線からの逸脱」とは、近似曲線によって推定されるdR/dtに対して±20%以上の乖離が、実測されたdR/dtに生じることを意味する。
【0092】
第一の近似曲線から、dR/dtとtとの相関関係が逸脱した場合、遷移曲線を作成する。遷移曲線とは、例えば
図1に示されている実線のグラフが(1)の一点鎖線(即ち第一の近似曲線)から(2)の破線(即ち第二の近似曲線)へと遷移する期間の曲線である。遷移曲線は、作業者が自由に定義することができる関数である。さらに、遷移曲線から逸脱したら、遷移曲線を逸脱した時点のdR/dtを起点とした第二の近似曲線を作成する。そして、第二の近似曲線における定数B(以下、便宜のためにB2と称する)とB1との大小関係を比較する。
【0093】
B1<B2であった場合、第二の近似曲線が正常に作成されたと判断し、通電を終了する。これにより、後通電が正常に終了する。一方、B1<B2と一旦判定されたが、通電の終了が遅延し、その結果として第二の近似曲線からdR/dtとtとの相関関係が逸脱した場合、後通電は不良であったと判定する。さらに、B1≧B2と判定された場合も、後通電は不良であったと判定する。
【0094】
(3.抵抗スポット溶接継手の製造方法)
次に、本発明の別の態様に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法について説明する。第三実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法は、重ねられた複数の鋼板に本通電して、複数の鋼板を接合する抵抗スポット溶接部を形成する工程と、抵抗スポット溶接部に後通電する工程と、を備える。ここで、後通電を、第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法とする。
【0095】
第二実施形態に係る抵抗スポット溶接部の後通電方法は、様々な抵抗スポット溶接部に適用することができる。従って、当該後通電方法を利用する第三実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法において、本通電の条件は特に限定されない。また、抵抗スポット溶接継手を構成する鋼板の枚数、厚さ、及び成分なども特に限定されない。鋼板の表面にめっきが配されており、抵抗スポット溶接部にめっき成分が混入していてもよい。
【0096】
(第三実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法の作用効果)
第三実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法は、抵抗スポット溶接部の後通電が適切に行われていたか否かを判定し、好ましくは、抵抗スポット溶接部の後通電における最高加熱温度を適正化することができる。この際、抵抗スポット溶接部が、時間当たりの入熱量を一定として通電加熱されている必要がある。一方、それ以外の条件は限定されない。例えば、抵抗スポット溶接部の化学成分、機械特性、形状、及び入熱量は、第三実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法において限定されない。第三実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法は、様々な構成の板組及び本通電条件を採用することが可能である。加えて、第三実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法においては、予め抵抗スポット溶接部の抵抗特性を求める必要が無い。
【0097】
(4.抵抗スポット溶接装置)
次に、本発明の第四実施形態に係る抵抗スポット溶接装置について説明する。第四実施形態に係る抵抗スポット溶接装置は、第三実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法のための抵抗スポット溶接装置であって、一対の電極と、一対の電極の間に、鋼板を溶融可能な入熱量で本通電する本通電部と、一対の電極の間に、時間当たりの入熱量を一定とした状態で後通電する後通電部と、一対の電極の間の抵抗値Rを測定する抵抗値取得部と、抵抗値Rの時間微分値dR/dt及び通電の開始からの経過時間tの相関関係を特定する相関特定部と、dR/dt及びtの相関関係、並びに第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式に基づいて、抵抗スポット溶接部の通電加熱を終了した時点が、dR/dt及びtの相関関係が第二の近似式によって近似される時期に属しているか否かを判定する通電終了時期判定部と、を備える。好ましくは、第四実施形態に係る抵抗スポット溶接装置は、dR/dt及びtの相関関係が第二の近似式によって近似される時期において、後通電を終了する後通電終了部をさらに備える。
【0098】
(第四実施形態に係る抵抗スポット溶接装置の作用効果)
第四実施形態に係る抵抗スポット溶接装置によれば、第三実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法を適切に実施することができる。
【実施例0099】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0100】
重ねられた複数の鋼板に本通電して、これらを接合する抵抗スポット溶接部を形成した。さらに、抵抗スポット溶接部に後通電をした。ここで、本通電の電流値I1及び後通電の電流値I2から算出される電流比I1/I2を、(i)0.50、(ii)0.65、及び(iii)0.80の三種類とした。電流比が大きいほど、後通電における入熱量が大きく、後通電の際の抵抗スポット溶接部の最高加熱温度も高い。
【0101】
後通電の際には、時間当たりの入熱量を一定とした。さらに、後通電の際には、抵抗スポット溶接部の抵抗値Rを測定し、通電加熱の開始からの経過時間t、及び抵抗値Rの時間微分値dR/dtの相関関係を特定した。電流比が(i)0.50の場合の、当該相関関係のグラフを
図4Aに示し、電流比が(ii)0.65の場合の、当該相関関係のグラフを
図4Bに示し、電流比が(iii)0.80の場合の、当該相関関係のグラフを
図4Cに示す。
【0102】
電流比0.50の後通電を示す
図4Aのグラフにおいては、ノイズに起因する屈曲は多くみられるものの、第一の近似曲線から第二の近似曲線への遷移を示す変曲点は見受けられなかった。
図4Aに示される後通電では、抵抗スポット溶接部の温度が十分に上昇せず、第二の温度範囲に到達しなかったと推定される。なお、
図4Aのグラフにおいてノイズの影響が大きい理由は、昇温速度が小さく、dR/dtが小さかったからであると推定される。
【0103】
電流比0.65の後通電を示す
図4Bのグラフにおいては、第一の近似曲線及び第二の近似曲線に対応する部分が明瞭に認められた。
図4Bに示される後通電では、抵抗スポット溶接部の最高加熱温度は第二の温度範囲にあったと推定される。
【0104】
電流比0.80の後通電を示す
図4Cのグラフにおいては、第一の近似曲線、第二の近似曲線、及び第三の近似曲線それぞれに対応する部分が明瞭に認められた。
図4Cに示される後通電では、抵抗スポット溶接部の最高加熱温度は第三の温度範囲に達したと推定される。
【0105】
図4A~
図4Cのグラフによれば、dR/dt及びtの相関関係には、第一の近似式、第二の近似式、及び第三の近似式それぞれによって近似される領域が明瞭に含まれることがわかる。即ち、本発明によれば鉄鋼材料の温度が予測可能であり、ひいては後通電後の抵抗スポット溶接継手の接合強度を予測可能であることが、
図4A~
図4Cのグラフによって示されている。