(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024004110
(43)【公開日】2024-01-16
(54)【発明の名称】高極性反応生成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 51/00 20060101AFI20240109BHJP
C07C 53/02 20060101ALI20240109BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20240109BHJP
【FI】
C07C51/00
C07C53/02
C07B61/00 300
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022103590
(22)【出願日】2022-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】芳田 嘉志
(72)【発明者】
【氏名】町田 正人
【テーマコード(参考)】
4H006
4H039
【Fターム(参考)】
4H006AA02
4H006AC46
4H006BA25
4H006BA55
4H006BB11
4H006BB31
4H006BC10
4H006BC11
4H006BE20
4H006BE41
4H039CA65
(57)【要約】
【課題】温和な条件下で低極性ガス同士を反応させて、高効率に高極性反応生成物を合成できる方法を提供する。
【解決手段】耐圧容器10内に、二酸化炭素40と共に二酸化炭素膨張液体の相60を形成しうる低極性溶媒20と、高極性溶媒30とを導入し、低極性溶媒20と高極性溶媒30とが相分離している状態で、二酸化炭素40を含む複数種の低極性ガス50,40を加圧しながら導入することにより、低極性溶媒20及び二酸化炭素40が二酸化炭素膨張液体の相60を形成し、かつ、高極性溶媒を含有する相70と相分離すること、二酸化炭素膨張液体の相60において、複数種の低極性ガス50,40のうち、少なくとも二種の低極性ガス同士が反応して、高極性反応生成物80が生成すること、及び、高極性反応生成物80が二酸化炭素膨張液体の相60から高極性溶媒を含有する相70に移行すること、を含む、高極性反応生成物の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
低極性ガス同士を反応させて、高極性反応生成物を合成する、高極性反応生成物の製造方法であって、
耐圧容器内に、二酸化炭素と共に二酸化炭素膨張液体の相を形成しうる低極性溶媒と、前記低極性溶媒と相分離しうる高極性溶媒とを導入し、前記低極性溶媒と高極性溶媒とが相分離している状態で、二酸化炭素を含む複数種の低極性ガスを加圧しながら導入することにより、
前記低極性溶媒及び前記二酸化炭素が二酸化炭素膨張液体の相を形成し、かつ、高極性溶媒を含有する相と相分離すること、
前記二酸化炭素膨張液体の相において、前記複数種の低極性ガスのうち、少なくとも二種の低極性ガス同士が反応して、高極性反応生成物が生成すること、及び、
前記高極性反応生成物が、前記二酸化炭素膨張液体の相から前記高極性溶媒を含有する相に移行すること、
を含む、製造方法。
【請求項2】
前記高極性溶媒が水である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記低極性溶媒のオクタノール/水分配係数(logPow)が2.0~8.0である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記複数種の低極性ガスが少なくとも水素を含む、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記複数種の低極性ガスが二酸化炭素及び水素を含み、
前記高極性反応生成物がギ酸を含む、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記耐圧容器内に触媒を導入する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項7】
前記触媒が疎水性の触媒である、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記低極性溶媒が炭化水素である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項9】
前記低極性溶媒がアルカンである、請求項8に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高極性反応生成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脱炭素社会の実現に向けた二酸化炭素(CO2)の有効利用技術の開発が望まれている。二酸化炭素(CO2)の回収・貯留(CCS)の技術は、大型プラントや製鉄所、発電所などの稼働に伴い大量に二酸化炭素(CO2)を排出する産業での活用が期待される。水素(H2)は石油精製の副産物として大量に生産されていることから、石油化学コンビナートにおける排出二酸化炭素(CO2)と排出水素(H2)を利用すれば、物流コストが発生しないため、安価なギ酸(CHOOH)合成プロセスが求められている。
【0003】
さらに、常温で液体のギ酸(CHOOH)は、アンモニア(NH3)や有機ハイドライドと共に次世代水素社会におけるエネルギーキャリアとして注目されている。
【0004】
例えば、非特許文献1には、水系の反応場において、TiO2に担持されたPdAg合金ナノ粒子を触媒として、二酸化炭素(CO2)及び水素(H2)からギ酸を得る方法が開示されている。この方法においては、1.0MのNaHCO3水溶液にPdAg合金ナノ粒子の触媒存在下、CO2(1MPa)、H2(1MPa)を加圧してギ酸が合成され、24h当たりの触媒回転数(TON)は2495(すなわち、触媒回転頻度(TOF)に換算すると10h-1)、塩基を加えなかったときの24h当たりの触媒回転数(TON)は12(触媒回転頻度(TOF)に換算すると1h-1)であったことが記載されている。
非特許文献2には、塩基不存在の水系の反応場において、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APT)とグルタルアルデヒドから合成されたPdAg支持試料が高い触媒活性を示すことが開示されている。この方法においては、CO2(2MPa)、H2(2MPa)を加圧してギ酸が合成され、24h当たりの触媒回転数(TON)は241(すなわち、触媒回転頻度(TOF)に換算すると10h-1)であったことが記載されている。
【0005】
低極性ガス同士を反応させて、高極性反応生成物を合成する例として、他に、非特許文献3には、Cu-Fe系のZSM-5触媒を用いて、H2O2水溶液中で、メタン(CH3)と酸素(O2)からメタノール(CH3OH)を合成する方法が開示されている。
非特許文献4には、H-ZMS-5(HZ)担体のミクロポアに個別に固定されたRu原子を備えた触媒を用いて、希硫酸溶液中で、窒素(N2)及び水素(H2)からアンモニア(NH3)を合成する方法が開示されている。
非特許文献5には、Cu/CeO2を触媒として、二酸化炭素(CO2)及び水素(H2)からメタノール(CH3OH)を得る方法が開示されている。
【0006】
ギ酸、メタノール、アンモニア等の高極性化合物(すなわち、親水性化合物)が液相で生成する反応では、目的生成物が触媒表面から脱離するために、反応場となる液相に目的生成物が溶解する必要がある。高極性化合物の生成反応に疎水性の有機相を用いることは、この点で大きく矛盾することから、これまでほとんど研究例がない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】K. Mori et al. J. Am. Chem. Soc. 140 (2018) 8902-8909.
【非特許文献2】S.Masuda et al. ACS Appl. Energy Mater. 3 (2020) 5847-5855.
【非特許文献3】Tao Yu et al. ACS Catal. 11 (2021) 6684-6691.
【非特許文献4】Xiuyun Wang et al. ACS Catal. 10 (2020) 9504-9514.
【非特許文献5】Leon G.A. van de Water et al. J. Catal. 364 (2018) 57-68.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、二酸化炭素(CO2)、水素(H2)、メタン(CH3)、酸素(O2)、窒素(N2)等の低極性ガスから、ギ酸(CHOOH)、メタノール(CH3OH)、アンモニア(NH3)等の高極性反応生成物を合成する従来の技術では、高温高圧が必要なことから工業生産に向かない、反応効率が低い、等の課題を有していた。
【0009】
本発明は上述した事情に照らし、温和な条件下で低極性ガス同士を反応させて、高効率に高極性反応生成物を合成できる高極性反応生成物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の態様を含む。
[1] 低極性ガス同士を反応させて、高極性反応生成物を合成する、高極性反応生成物の製造方法であって、
耐圧容器内に、二酸化炭素と共に二酸化炭素膨張液体の相を形成しうる低極性溶媒と、前記低極性溶媒と相分離しうる高極性溶媒とを導入し、前記低極性溶媒と高極性溶媒とが相分離している状態で、二酸化炭素を含む複数種の低極性ガスを加圧しながら導入することにより、
前記低極性溶媒及び前記二酸化炭素が二酸化炭素膨張液体の相を形成し、かつ、高極性溶媒を含有する相と相分離すること、
前記二酸化炭素膨張液体の相において、前記複数種の低極性ガスのうち、少なくとも二種の低極性ガス同士が反応して、高極性反応生成物が生成すること、及び、
前記高極性反応生成物が、前記二酸化炭素膨張液体の相から前記高極性溶媒を含有する相に移行すること、
を含む、製造方法。
【0011】
[2] 前記高極性溶媒が水である、[1]に記載の製造方法。
[3] 前記低極性溶媒のオクタノール/水分配係数(logPow)が2.0~8.0である、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4] 前記複数種の低極性ガスが少なくとも水素を含む、[1]~[3]のいずれか一項に記載の製造方法。
[5] 前記複数種の低極性ガスが二酸化炭素及び水素を含み、
前記高極性反応生成物がギ酸を含む、[4]に記載の製造方法。
[6] 前記耐圧容器内に触媒を導入する、[1]~[5]のいずれか一項に記載の製造方法。
[7] 前記触媒が疎水性の触媒である、[6]に記載の製造方法。
[8] 前記低極性溶媒が炭化水素である、[1]~[7]のいずれか一項に記載の製造方法。
[9] 前記低極性溶媒がアルカンである、[8]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、温和な条件下で低極性ガス同士を反応させて、高効率に高極性反応生成物を合成できる高極性反応生成物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1(A)~
図1(D)は、本発明に係る実施形態の高極性反応生成物の製造方法を示す模式図である。
【
図2】実施例の高極性反応生成物の製造方法によるギ酸合成における、反応温度の影響を示すグラフである。
【
図3】実施例の高極性反応生成物の製造方法によるギ酸合成における、二酸化炭素の加圧効果を示すグラフである。
【
図4】実施例の高極性反応生成物の製造方法によるギ酸合成における、低極性溶媒のオクタノール/水分配係数(logPow)の影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<高極性反応生成物の製造方法>
以下、本発明の高極性反応生成物の製造方法について詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。本発明は、以下に示す実施形態に限定されるものではない。
【0015】
図1(A)~
図1(D)は、本発明に係る実施形態の高極性反応生成物の製造方法を示す模式図である。
本実施形態の高極性反応生成物の製造方法は、低極性ガス同士を反応させて、高極性反応生成物を合成する方法であって、耐圧容器10内に、二酸化炭素40と共に二酸化炭素膨張液体の相60を形成しうる低極性溶媒20と、低極性溶媒20と相分離しうる高極性溶媒30とを導入し、低極性溶媒20と高極性溶媒30とが相分離している状態で、二酸化炭素40を含む複数種の低極性ガス50,40を加圧しながら導入することにより(
図1(A))、低極性溶媒20及び二酸化炭素40が二酸化炭素膨張液体の相60を形成し、かつ、高極性溶媒を含有する相70と相分離すること(
図1(A)~
図1(B))、二酸化炭素膨張液体の相60において、複数種の低極性ガス50,40のうち、少なくとも二種の低極性ガス同士が反応して、高極性反応生成物80が生成すること(
図1(B)~
図1(C))、及び、高極性反応生成物80が二酸化炭素膨張液体の相60から高極性溶媒を含有する相70に移行すること(
図1(C)~
図1(D))、を含む。
【0016】
図1(A)において、耐圧容器10内に、導入口12から、低極性溶媒20と、高極性溶媒30とを導入し、低極性溶媒20と高極性溶媒30とが相分離している状態で、二酸化炭素40を含む複数種の低極性ガス50,40を加圧しながら導入する。
【0017】
低極性溶媒20としては、二酸化炭素40と共に二酸化炭素膨張液体の相60を形成しうる溶媒であれば、限定されない。低極性とは、二酸化炭素40と共に二酸化炭素膨張液体の相60を形成しうる程度に低極性であればよく、無極性であってもよい。低極性溶媒20と高極性溶媒30とが存在する耐圧容器10内に二酸化炭素40が加圧しながら導入されると、二酸化炭素40は無極性であるので、二酸化炭素40は低極性溶媒20と二酸化炭素膨張液体の相60を形成する。
【0018】
低極性溶媒20としては、高極性反応生成物80が二酸化炭素膨張液体の相60から高極性溶媒を含有する相70に移行し易いことから、低極性溶媒20のオクタノール/水分配係数(logPow)は2.0以上が好ましく、3.0以上がより好ましく、3.5以上がさらに好ましい。高極性溶媒30との組み合わせを選択し易いことから、低極性溶媒20のオクタノール/水分配係数(logPow)は2.0~8.0が好ましく、3.0~7.0がより好ましく、3.5~6.0がさらに好ましい。
【0019】
低極性溶媒20として、例えば、n-デカン(logPow=5.89,bp=174.0℃)、n-ヘキサン(logPow=3.90,bp=68.7℃)、シクロヘキサン(logPow=3.40,bp=81.0℃)、トルエン(logPow=2.69,bp=111.0℃)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】
低極性溶媒20として、炭化水素が好ましく、アルカンがより好ましい。アルカンの炭素数は、5~15が好ましく、6~14がより好ましい。
【0021】
高極性溶媒30としては、低極性溶媒20と相分離しうる、低極性溶媒20よりも高極性の溶媒であれば、限定されない。
【0022】
高極性溶媒30としては、プロトン性の高極性溶媒であってもよく、非プロトン性の高極性溶媒であってもよい。
プロトン性の高極性溶媒として、水、メタノール、エタノール等の炭素数1~8のアルコール、ギ酸、酢酸等の有機酸等が挙げられ、取り扱いの容易性等の理由から水が好ましい。
高極性溶媒30として水を用いることにより、二酸化炭素を吸収して膨張した二酸化炭素膨張液体の相の密度は、約1.00g/cm3の水相(すなわち、高極性溶媒を含有する相)の密度よりも小さくなり、二酸化炭素膨張液体の相が上相、水相が下相となって、両者を分離し易くなる。これにより、例えば、高極性反応生成物が溶解した下相の水相のみを流通させる連続槽型反応器を設計することにより連続的な生産が可能となり、工業化における高い優位性を有する。
非プロトン性の高極性溶媒として、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等が挙げられる。
【0023】
複数種の低極性ガス50,40は、二酸化炭素40を含む。複数種の低極性ガス50,40は、少なくとも二種の低極性ガス同士が反応して、高極性反応生成物80が生成しうる組合せであれば限定されない。複数種の低極性ガス50は少なくとも水素を含むことが好ましい。
【0024】
複数種の低極性ガス50,40の組み合わせが、二酸化炭素(CO2)及び水素(H2)であれば、高極性反応生成物80としてギ酸(CHOOH)を合成できる。
CO2+H2⇒CHOOH
【0025】
耐圧容器10内に触媒を導入することが好ましい。上記の低極性ガス同士が反応して、高極性反応生成物を生成させる公知の触媒を選択することができる。
【0026】
二酸化炭素(CO2)及び水素(H2)から、ギ酸(CHOOH)を合成する触媒としては、例えば、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)等の白金族触媒が挙げられる。
【0027】
触媒は、低極性溶媒20及び二酸化炭素40を含む二酸化炭素膨張液体の相60に偏在するよう、疎水性の触媒、より具体的には、疎水性担体である活性炭(C)を用いた触媒であることが好ましい。例えば、二酸化炭素(CO2)及び水素(H2)から、ギ酸(CHOOH)を合成する疎水性の触媒として、パラジウム炭素(Pd/C)が挙げられる。
【0028】
複数種の低極性ガス50,40の組み合わせが、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)及び酸素(O2)であれば、高極性反応生成物80としてメタノール(CH3OH)を合成できる。
CH4+(1/2)O2⇒CH3OH
メタン(CH4)及び酸素(O2)から、メタノール(CH3OH)を合成する触媒としては、例えば、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)等の白金族触媒が挙げられる。
白金族元素を活性炭(C)などの疎水性担体に担持した触媒がより好ましい。
【0029】
複数種の低極性ガス50,40の組み合わせが、二酸化炭素(CO2)、窒素(N2)及び水素(H2)であれば、高極性反応生成物80としてアンモニア(NH3)を合成できる。
N2+3H2⇒2NH3
窒素(N2)及び水素(H2)から、アンモニア(NH3)を合成する触媒としては、例えば、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)等の白金族触媒が挙げられる。
【0030】
複数種の低極性ガス50,40の組み合わせが、二酸化炭素(CO2)、一酸化炭素(CO)及び水素(H2)であれば、高極性反応生成物80としてメタノール(CH3OH)を合成できる。
CO+2H2⇒CH3OH
一酸化炭素(CO)及び水素(H2)から、メタノール(CH3OH)を合成する触媒としては、例えば、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)等の白金族触媒が挙げられる。
【0031】
図1(B)に示される様に、低極性溶媒20及び二酸化炭素40が二酸化炭素膨張液体の相60を形成し、かつ、高極性溶媒を含有する相70と相分離する。二酸化炭素膨張液体の相60は、比較的小さな圧力で複数種の低極性ガス50,40を吸収することができるので、圧力条件を過度に高くすることなく、低極性ガス同士の反応を高効率に進行させることができる。水素(H
2)、酸素(O
2)等の爆発性ガスを用いる場合であっても、高圧条件を避けることができ、危険性を低減できる。
図1(B)では、二酸化炭素膨張液体の相60が上部に、高極性溶媒を含有する相70が下部に相分離している様子を示しているが、この態様に限定されない。二酸化炭素膨張液体の相60、及び、高極性溶媒を含有する相70が相分離していればよく、両者を撹拌して混濁させた状態であってもよい。
【0032】
図1(C)に示される様に、二酸化炭素膨張液体の相60において、複数種の低極性ガス50,40のうち、少なくとも二種の低極性ガス同士が反応して、高極性反応生成物80が生成する。複数種の低極性ガス50,40は、高極性溶媒を含有する相70よりも二酸化炭素膨張液体の相60とより親和性がよい。したがって、複数種の低極性ガス50,40は、二酸化炭素膨張液体の相60に偏在し、二酸化炭素膨張液体の相60が複数種の低極性ガス同士の反応場となる。複数種の低極性ガス50,40が加圧しながら導入されることで、二酸化炭素膨張液体の相60への溶解が促進され、触媒回転数(TON)及び触媒回転頻度(TOF)の向上に寄与する。
【0033】
一方、高極性反応生成物80は、二酸化炭素膨張液体の相60よりも高極性溶媒を含有する相70とより親和性がよい。
【0034】
したがって、
図1(D)に示される様に、高極性反応生成物80が二酸化炭素膨張液体の相60から高極性溶媒を含有する相70に移行する。
高極性反応生成物80が反応場に留まる場合、反応場における高極性反応生成物80の濃度が増大することで反応速度の低下が懸念される。従来の多くの水相でのギ酸合成プロセスでは、ギ酸生成に伴うpH低下が反応阻害要因となることから、添加剤として塩基が加えられていた。しかしながら、本実施形態の高極性反応生成物の製造方法は、高極性反応生成物80が二酸化炭素膨張液体の相60から高極性溶媒を含有する相70に移行するので、塩基等の添加剤を必要とすることなく、二酸化炭素膨張液体の相60における高極性反応生成物80の濃度は過剰になることが防止できる。したがって、生成した高極性反応生成物80が高極性溶媒を含有する相70に移行することは、さらに、触媒回転数(TON)及び触媒回転頻度(TOF)の向上に寄与する。
【実施例0035】
以下、具体的実施例により、本発明についてさらに詳しく説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
【0036】
[実施例1]
耐圧容器内に、トルエン(低極性溶媒、9mL)と、超純水(高極性溶媒、6mL)と、パラジウム炭素(Pd/C)(触媒、10mg)と撹拌子を導入し、50℃まで昇温し、気相を水素置換した後、5MPaの二酸化炭素(CO2)及び1MPaの水素(H2)を導入しながら、50℃で、3h、1000rpmで撹拌した。パラジウム炭素(Pd/C)は、パラジウム炭素(Pd/C)の全質量に対するパラジウムの質量割合が、10質量%に調整したものである。
【0037】
撹拌を止めると、下側の水相と上側の二酸化炭素膨張液体の相とが、分離した。常温常圧に戻して、水相を下記の条件でHPLC分析したところ、触媒1g当たり2.8mmolのギ酸(CHOOH、溶出時間:7-9min)が検出された。メタノール(CH3OH、溶出時間:6-7min)やホルムアルデヒド(HCHO、溶出時間:5-6min)は検出されなかった。
【0038】
(HPLC分析条件)
分析装置:HPLC(日本分光株式会社製、LC-200 Plus)
カラム :Shodex RSpak DE-413L(昭和電工株式会社製)
溶出液 :リン酸水溶液(10mmol/L)
送液速度:0.6mL/min
検出装置:UV検出器
検出波長:250nm
【0039】
[比較例1]
実施例1の実験において、トルエン(低極性溶媒)を導入しなかったこと以外は実施例1と同様にして、比較例1の実験を行った。
水相を同じ条件でHPLC分析したところ、触媒1g当たり0.8mmolのギ酸(CHOOH)が検出された。メタノール(CH3OH)やホルムアルデヒド(HCHO)は検出されなかった。
多くの先行研究では、比較例1の実験と同様に、二酸化炭素(CO2)及び水素(H2)からの液相ギ酸合成の反応場として水相が用いられているが、気体反応物、特に水素(H2)の溶解度が小さいために、水素(H2)の、気相から水相への移行が律速となっている。
比較例1の実験では、触媒の取扱いにおいて、触媒と反応生成物のギ酸が同一反応場(水相)に存在するため反応後にこれらの分離プロセスを要する。
【0040】
[比較例2]
実施例1の実験において、水(高極性溶媒)を導入しなかったこと以外は実施例1と同様にして、比較例2の実験を行った。
比較例2の実験では、トルエン(低極性溶媒)が二酸化炭素膨張液体の相を形成した。
反応後に常温常圧に戻し、撹拌を止めて、反応器に超純水9mLを導入し、マグネティックスターラーにより、30sほど、1000rpmの条件で十分攪拌した後に、水相を同じ条件でHPLC分析したところ、ギ酸(CHOOH)、メタノール(CH3OH)、ホルムアルデヒド(HCHO)はいずれも検出されなかった。
【0041】
[比較例3]
パラジウム炭素(Pd/C)(触媒、10mg)を導入した耐圧容器内に、5MPaの二酸化炭素(CO2)及び1MPaの水素(H2)を、50℃で、3h、導入した。
気相をHPLC分析したところ、ギ酸(CHOOH)、メタノール(CH3OH)、ホルムアルデヒド(HCHO)はいずれも検出されなかった。
気相反応では、通常、高温・高圧の条件を必要とする。5MPaの二酸化炭素(CO2)及び1MPaの水素(H2)が、50℃の条件では反応は進まないことが確かめられた。
【0042】
実施例1、比較例1~3の結果を表1に示した。
本発明の高極性反応生成物の製造方法に係る実施例1では、低極性ガスである二酸化炭素と水素とから、ギ酸を高効率に合成できた。パラジウム炭素(Pd/C)は低極性であるので、二酸化炭素及びトルエン(低極性溶媒)を含む二酸化炭素膨張液体の相に、パラジウム炭素(Pd/C)が良く分散する。低極性ガスの水素は、二酸化炭素膨張液体の相に高濃度に溶解する。触媒上に生成したギ酸は触媒から脱離する必要があるが、脱離したギ酸は二酸化炭素膨張液体の相よりも水相と親和性が良いので、徐々に、ギ酸は二酸化炭素膨張液体の相から水相に移行したと考えられる。これらの点が、実施例1でギ酸を高効率に合成できた要因であったと考えられる。
比較例1の実験では水相に反応生成物であるギ酸と共に触媒が分散していることからギ酸と触媒を分離する操作が必要になる。また、従来の多くの水相でのギ酸の生成研究では、ギ酸生成に伴うpH低下が反応阻害要因となることから、添加剤として塩基が加えられる。
これに対して、実施例1では、二酸化炭素膨張液体の相に触媒が偏在し、二酸化炭素膨張液体の相でギ酸が合成されるが、徐々に、ギ酸は二酸化炭素膨張液体の相から水相に移行するので触媒からのギ酸の分離は容易であり、かつ、塩基を加える必要がないので、連続的かつ、効率的なギ酸の生産が期待できる。
【0043】
【0044】
[実施例2~4]
実施例1の実験において、50℃で、3h、1000rpmでの撹拌を、30℃(実施例2)、80℃(実施例3)、100℃(実施例4)で、3h、1000rpmでの撹拌に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例2~4の実験を行った。
水相を同じ条件でHPLC分析したところ、触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量は、
図2に示される結果となった。
図2において、横軸は反応温度[℃]であり、縦軸は触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量[mmol・g
-1]である。メタノール(CH
3OH)やホルムアルデヒド(HCHO)は検出されなかった。
【0045】
実施例1~4の実験から、本発明における高極性反応生成物の製造方法におけるギ酸の生成反応は低温ほど反応速度が大きく、外部加熱を全く必要せず、加圧と撹拌のみで反応が進行することがわかった。
また、ギ酸の生成に伴い水相のpHは低下すると考えられるが、主たる反応場である二酸化炭素膨張液体の相への影響は小さく、塩基等の添加剤を用いることなく連続的に反応が進行することがわかった。
【0046】
[実施例5~6]
実施例1の実験において、トルエン(低極性溶媒、9mL)の導入を、n-ヘキサン(低極性溶媒、9mL)の導入に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例5の実験を行った。
また、実施例5の実験(n-ヘキサン)において、50℃で、3h、1000rpmでの撹拌を、30℃(実施例6)で、3h、1000rpmでの撹拌に変更したこと以外は実施例5と同様にして、実施例6の実験を行った。
水相を同じ条件でHPLC分析したところ、触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量は、
図2に示される結果となった。
なお、実施例6の実験(n-ヘキサン、30℃)のギ酸(CHOOH)の生成量11.4mmol/gの結果は、触媒回転数(TON)に換算すると73に相当し、触媒回転頻度(TOF)に換算すると24h
-1に相当する。
メタノール(CH
3OH)やホルムアルデヒド(HCHO)は検出されなかった。
【0047】
[実施例7~10]
実施例1の実験において、トルエン(低極性溶媒、9mL)の導入を、n-デカン(低極性溶媒、9mL)の導入に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例7の実験を行った。
また、実施例7の実験(n-デカン)において、50℃で、3h、1000rpmでの撹拌を、30℃(実施例8)、80℃(実施例9)、100℃(実施例10)で、3h、1000rpmでの撹拌に変更したこと以外は実施例7と同様にして、実施例6の実験を行った。
水相を同じ条件でHPLC分析したところ、触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量は、
図2に示される結果となった。メタノール(CH
3OH)やホルムアルデヒド(HCHO)は検出されなかった。
【0048】
[実施例11~13]
実施例1の実験(トルエン、50℃)において、5MPaの二酸化炭素(CO
2)の導入を、1MPa(実施例11)、6MPa(実施例12)、7MPa(実施例13)の二酸化炭素(CO
2)の導入に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例11~13の実験を行った。
水相を同じ条件でHPLC分析したところ、触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量は、
図3に示される結果となった。
図3において、横軸は二酸化炭素(CO
2)の分圧[MPa]であり、縦軸は触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量[mmol・g
-1]である。メタノール(CH
3OH)やホルムアルデヒド(HCHO)は検出されなかった。
二酸化炭素の分圧の増加に伴い、ギ酸(CHOOH)の生成量が増加した。
【0049】
[実施例14~18]
実施例6の実験(n-ヘキサン、30℃)において、5MPaの二酸化炭素(CO
2)の導入を、1MPa(実施例14)、2MPa(実施例15)、3MPa(実施例16)、4MPa(実施例17)、6MPa(実施例18)の二酸化炭素(CO
2)の導入に変更したこと以外は実施例6と同様にして、実施例14~18の実験を行った。
水相を同じ条件でHPLC分析したところ、触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量は、
図3に示される結果となった。メタノール(CH
3OH)やホルムアルデヒド(HCHO)は検出されなかった。
【0050】
[実施例19]
実施例1の実験において、トルエン(低極性溶媒、9mL)の導入を、シクロヘキサン(低極性溶媒、9mL)の導入に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例19の実験を行った。
水相を同じ条件でHPLC分析し、触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量を測定した。実施例19の測定結果を、実施例1、実施例5、実施例7の測定結果と共に、
図4に示す。
図4において、横軸はオクタノール/水分配係数(logPow)であり、縦軸は触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量[mmol・g
-1]である。メタノール(CH
3OH)やホルムアルデヒド(HCHO)は検出されなかった。
【0051】
図4に示される通り、低極性溶媒のオクタノール/水分配係数(logPow)とギ酸の生成量に良好な正の相関を得た。触媒表面に生成するギ酸が極性を発現することから、この結果は、高極性反応生成物が低極性溶媒及び二酸化炭素膨張液体の相との親和性が低いほど、触媒からのギ酸の脱離や、ギ酸の二酸化炭素膨張液体の相から水相への移行が促進されることを示唆している。
【0052】
[実施例20]
実施例6の実験(n-ヘキサン、30℃)において、5MPaの二酸化炭素(CO2)及び1MPaの水素(H2)の導入を、4MPaの二酸化炭素(CO2)及び4MPaの水素(H2)の導入に変更したこと以外は実施例6と同様にして、実施例20の実験を行った。
水相を同じ条件でHPLC分析したところ、触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量は、23.1mmol/gであった。この結果は、触媒回転数(TON)に換算すると148に相当し、触媒回転頻度(TOF)に換算すると49h-1に相当する。メタノール(CH3OH)やホルムアルデヒド(HCHO)は検出されなかった。
【0053】
[実施例21]
実施例7の実験(n-デカン、30℃)において、5MPaの二酸化炭素(CO2)及び1MPaの水素(H2)の導入を、4MPaの二酸化炭素(CO2)及び4MPaの水素(H2)の導入に変更したこと以外は実施例7と同様にして、実施例21の実験を行った。
水相を同じ条件でHPLC分析したところ、触媒1g当たりのギ酸(CHOOH)の生成量は25.5mmol/gであった。この結果は、触媒回転数(TON)に換算すると163に相当し、触媒回転頻度(TOF)に換算すると55h-1に相当する。メタノール(CH3OH)やホルムアルデヒド(HCHO)は検出されなかった。
【0054】
実施例19~21の結果を、二酸化炭素(CO2)及び水素(H2)からギ酸を合成する先行研究の結果と比較して、表2に示した。
実施例19~21に開示された、二酸化炭素(CO2)及び水素(H2)からギ酸を合成する方法は、反応温度が30℃の実験としては、先行研究よりも触媒回転頻度(TOF)で格段に優れていることが示された。
【0055】
10…耐圧容器、20…低極性溶媒、30…高極性溶媒、40…二酸化炭素、50…低極性ガス、60…二酸化炭素膨張液体の相、70…高極性溶媒を含有する相、80…高極性反応生成物