(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024041282
(43)【公開日】2024-03-27
(54)【発明の名称】神経活動計測デバイスとその製造方法及び計測方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/294 20210101AFI20240319BHJP
A61B 5/262 20210101ALI20240319BHJP
A61B 5/311 20210101ALI20240319BHJP
A61B 5/388 20210101ALI20240319BHJP
A61B 5/263 20210101ALI20240319BHJP
【FI】
A61B5/294
A61B5/262
A61B5/311
A61B5/388
A61B5/263
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022145999
(22)【出願日】2022-09-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行者名 公益財団法人 応用物理学会 刊行物名 第83回応用物理学会 秋季学術講演会 講演予稿集 ページ 11-460 発行年月日 令和4年8月26日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「新規極微細神経電極を用いた測定困難部位からの長期in vivo神経活動計測技術の確立-自由行動下の脊髄後角からの記録-」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(71)【出願人】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(71)【出願人】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095430
【弁理士】
【氏名又は名称】廣澤 勲
(72)【発明者】
【氏名】歌 大介
(72)【発明者】
【氏名】久米 利明
(72)【発明者】
【氏名】河野 剛士
(72)【発明者】
【氏名】山下 幸司
(72)【発明者】
【氏名】清水 快季
(72)【発明者】
【氏名】大澤 匡弘
【テーマコード(参考)】
4C127
【Fターム(参考)】
4C127AA04
4C127JJ03
4C127LL07
4C127LL08
(57)【要約】
【課題】脊髄後角浅層において正確かつ容易に神経活動を計測することができる神経活動計測デバイスとその製造方法及び計測方法を提供する。
【解決手段】フィルム基板12上に形成された導電体のリード部14と、リード部14の端部に、リード部14と交差する方向に結晶成長した半導体による芯20bから成るプローブ20を有する。プローブ20の先端部20aの直径が5μm以下であり、先端部20aに測定電極22aを備え、測定電極22aとリード部14が電気的に接続している。フィルム基板12の表面からプローブ20の先端21までの長さが、計測対象の動物の脊髄Sにプローブ20を穿刺した状態で、脊髄後角浅層P1に先端部20aが位置する長さである。プローブ20の基端部20cが位置した部分のフィルム基板12が、脊髄後角浅層P1にプローブ20を穿刺する際のストッパになる。プローブ20は、VLS成長により形成したシリコン単結晶半導体の芯20bを有し、表面に金属薄膜を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィルム基板と、フィルム基板上に形成された導電体のリード部と、このリード部の端部に前記リード部と交差する方向に結晶成長させた半導体によるプローブが形成され、
前記プローブは、その先端部の直径が5μm以下に形成されて前記リード部と電気的に接続され、基端から先端までの長さが、計測対象の動物の脊髄に前記プローブを穿刺した状態で、脊髄後角浅層に前記先端部が位置する長さに形成され、
前記プローブの基端部が位置した前記フィルム基板が、前記脊髄後角浅層に前記プローブを穿刺する際のストッパになることを特徴とする神経活動計測デバイス。
【請求項2】
前記フィルム基板上に、前記リード部と、シリコン単結晶半導体を芯に有し表面に金属薄膜が形成された前記プローブとが一体的に形成され、前記フィルム基板表面と前記プローブ先端との距離が、前記脊髄後角浅層の深さに設定されている請求項1記載の神経活動計測デバイス。
【請求項3】
フィルム基板と、このフィルム基板に形成された導電体のリード部と、このリード部の端部に前記リード部から突出する方向に結晶成長させた半導体によって形成されるプローブとを備え、前記プローブを計測対象の動物の脊髄に穿刺することにより、前記動物の脊髄後角浅層に前記プローブの先端を到達させて神経活動を計測するデバイスであって、
前記リード部は、基端部がコンタクトパッドに連続され、このコンタクトパッドを除く部分が、前記フィルム基板の表裏を構成する樹脂によって絶縁されて成るものであり、
前記プローブは、先端部の直径が5μm以下に形成され、かつ表面が導電材料によって被覆されるとともに、基端側において前記リード部の先端と電気的に接続されるものであり、
前記プローブの導電材料は、前記先端部を除く全体表面が樹脂被覆されて絶縁されており、
前記フィルム基板表面のうちの前記プローブの基端の周辺には、そのプローブの前記導電材料を被覆する樹脂によって環状のストッパが、前記フィルム基板表面から隆起させた状態で形成されていることを特徴とする神経活動計測デバイス。
【請求項4】
半導体単結晶を結晶成長させて先端部の断面の直径が5μm以下のプローブを形成し、前記プローブの基端に、前記プローブの長手方向と交差する方向にフィルム基板を形成し、このフィルム基板上に導電体のリード部を形成し、前記リード部と前記プローブの前記先端部とを電気的に接続し、結晶成長させる前記半導体の前記プローブの先端から前記フィルム基板までの長さを、計測対象の動物の脊髄後角浅層に前記先端部が位置する長さに形成することを特徴とする神経活動計測デバイスの製造方法。
【請求項5】
前記半導体単結晶の前記プローブは、VLS成長により形成し、その後前記プローブの長手方向と交差する方向にフィルム基板を形成する請求項4記載の神経活動計測デバイスの製造方法。
【請求項6】
フィルム基板上に形成された導電体のリード部と、このリード部の端部に前記リード部と交差する方向に結晶成長して先端部の直径が5μm以下に形成された半導体の芯を有するプローブとを用いて、
計測対象の動物の脊髄に前記プローブを穿刺し、前記プローブの基端部が位置した前記フィルム基板が前記脊髄の表面に接するまで前記プローブを挿入し、前記脊髄の脊髄後角浅層の神経活動を、前記プローブと前記リード部を介して計測することを特徴とする神経活動計測方法。
【請求項7】
前記フィルム基板上に、シリコン単結晶半導体を芯に有する前記プローブが一体的に設けられ、前記プローブを前記脊髄後角浅層に穿刺し、前記フィルム基板を脊髄に沿って配置して前記脊髄後角浅層の神経活動を外部から計測する請求項6記載の神経活動計測方法。
【請求項8】
前記プローブと前記フィルム基板を前記計測対象の動物の脊髄に沿って埋植し、前記脊髄後角浅層の神経活動を継続的に計測する請求項6又は7記載の神経活動計測方法。
【請求項9】
前記プローブと前記フィルム基板を前記計測対象の動物の前記脊髄に沿って埋植し、前記リード部を経た出力を処理する処理回路と、前記処理回路の出力を送信する無線回路と、前記各回路の電源とを一体に備えた計測装置を、前記計測対象の動物に取り付けて、前記脊髄後角浅層の神経活動を、前記無線回路からの無線信号により継続的に計測する請求項8記載の神経活動計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、脊髄後角浅層に穿刺して、神経活動における電位を計測し神経活動記録等を取るための神経活動計測デバイスとその製造方法及び計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
痛みは生体防御に必要不可欠な感覚であるが、必要以上の痛みや持続する痛み(慢性疼痛)は患者に苦痛をもたらし生活の質(QOL)の著しい低下を招く。特に慢性疼痛は発症メカニズムが未だ解明されておらず、有効な治療法・治療薬も確立されていないことからその開発が急務となっている。これまでの研究で、慢性疼痛時に脊髄後角浅層の神経伝達が亢進していることが示唆されている。
【0003】
痛みは神経を通し、脊髄を経て脳に伝達されるものであり、痛みの情報が最初に伝達される脊髄での神経活動を計測することにより、痛みを抑制する方法を見出せる可能性がある。そこで、脊髄の神経活動を検知するために、脊髄に電極を穿刺して計測する方法があるが、従来の電極(ガラス電極、タングステン電極など)では脊髄への侵襲性が高いものであった。その他、低侵襲性のプローブ刺入デバイスにより神経活動を計測する手段としては、特許文献1,2に開示されているように、脳の神経活動を低侵襲で計測するプローブ刺入デバイスが提案されている。
【0004】
特許文献1に開示されたプローブ刺入デバイスは、測定対象である被験動物等の内部に挿入し、被験動物の体内にある刺入対象である脳や臓器等にプローブを刺入することにより、脳波をはじめとする電気信号を取得するのに用いられる。このプローブ刺入デバイスは、平板形状を呈する可撓性フィルムと、可撓性フィルムから突出して形成されたプローブと、プローブの全体を被覆する被覆体とを備えている。プローブは、可撓性フィルムに支持され、可撓性フィルムから突出して形成された構造体である。プローブは、可撓性フィルム内に埋設された支持材によって可撓性フィルムに固定され、導体によって被覆されている。
【0005】
特許文献2に開示されたプローブ刺入デバイスは、基材と、基材から突出して形成された低侵襲のプローブとを有し、コネクタとプローブとが略平行に延びているものや、プローブが、コネクタの伸長方向に対して略垂直に伸長するよう形成されたものでもよい。プローブを支持する基材は、例えば、半導体シリコン等とすることができ、シリコンウェハを1mm×1mmのシリコンブロックに切断したものを用いることができる。プローブは、基材に支持され、基材から突出して形成された構造体であり、導体によって被覆されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2019-195511号公報
【特許文献2】特開2020-96720号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1,2に開示されたようなプローブ刺入デバイスを用いた既存の計測技術では、痛みの伝達に重要である脊髄後角(とりわけ脊髄後角浅層)におけるニューロンの機能的変化を正確に記録することが極めて難しく、プローブの穿刺位置を正確に特定して穿刺する熟練の技術が必要であり、その習得に長期間要することが課題となっている。また、穿刺の深さを正確に制御して、微小なプローブを製造することが難しく、上記特許文献1,2に開示されたようなプローブは、構造が複雑で比較的大型のものである。従って、脊髄後角浅層に正確に穿刺して、in vivoで長期間計測可能な小型で扱いやすいデバイスが求められていた。
【0008】
この発明は、上記従来の背景技術に鑑みて成されたもので、脊髄後角浅層において正確かつ容易に神経活動を計測し記録することができる神経活動計測デバイスとその製造方法及び計測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明は、フィルム基板と、フィルム基板上に形成された導電体のリード部と、このリード部の端部に前記リード部と交差する方向に結晶成長した半導体によるプローブが形成され、前記プローブは、その先端部の直径が5μm以下に形成されて前記リード部と電気的に接続され、基端から先端までの長さが、計測対象の動物の脊髄に前記プローブを穿刺した状態で、脊髄後角浅層に前記先端部が位置する長さに形成され、前記プローブの基端部が位置した前記フィルム基板が、前記脊髄後角浅層に前記プローブを穿刺する際のストッパになる神経活動計測デバイスである。
【0010】
前記フィルム基板上に、前記リード部とシリコン単結晶半導体を芯に有する前記プローブとが一体的に形成され、前記フィルム基板表面と前記プローブ先端との距離が、前記脊髄後角浅層の深さに設定されているものである。
【0011】
またこの発明は、フィルム基板と、このフィルム基板に形成された導電体のリード部と、このリード部の端部に前記リード部から突出する方向に結晶成長させた半導体によって形成されるプローブとを備え、前記プローブを計測対象の動物の脊髄に穿刺することにより、前記動物の脊髄後角浅層に前記プローブの先端を到達させて神経活動を計測するデバイスであって、前記リード部は、基端部がコンタクトパッドに連続され、このコンタクトパッドを除く部分が、前記フィルム基板の表裏を構成する樹脂によって絶縁されて成るものであり、前記プローブは、先端部の直径が5μm以下に形成され、かつ表面が導電材料によって被覆されるとともに、基端側において前記リード部の先端と電気的に接続されるものであり、前記プローブの導電材料は、前記先端部を除く全体表面が樹脂被覆されて絶縁されており、前記フィルム基板表面のうちの前記プローブの基端の周辺には、そのプローブの前記導電材料を被覆する樹脂によって環状のストッパが、前記フィルム基板表面から隆起させた状態で形成されている神経活動計測デバイスである。
【0012】
またこの発明は、半導体単結晶を結晶成長させて先端部の断面の直径が5μm以下のプローブを形成し、前記プローブの基端に、前記プローブの長手方向と交差する方向にフィルム基板を形成し、このフィルム基板上に導電体のリード部を形成し、前記リード部と前記プローブの前記先端部とを電気的に接続し、結晶成長させる半導体の前記プローブの先端から前記フィルム基板までの長さを、計測対象の動物の脊髄後角浅層に前記先端部が位置する長さに形成する神経活動計測デバイスの製造方法である。
【0013】
前記半導体単結晶の前記プローブは、VLS成長により形成し、その後前記プローブの長手方向と交差する方向にフィルム基板を形成するものである。
【0014】
またこの発明は、フィルム基板上に形成された導電体のリード部と、このリード部の端部に前記リード部と交差する方向に結晶成長して先端部の直径が5μm以下に形成された半導体の芯を有するプローブとを用いて、計測対象の動物の脊髄に前記プローブを穿刺し、前記プローブの基端部が位置した前記フィルム基板が前記脊髄の表面に接するまで前記プローブを挿入し、前記脊髄の脊髄後角浅層の神経活動を、前記プローブと前記リード部を介して計測する神経活動計測方法である。
【0015】
前記フィルム基板上に、シリコン単結晶半導体を芯に有する前記プローブが一体的に設けられ、前記プローブを前記脊髄後角浅層に穿刺し、前記フィルム基板を脊髄に沿って配置して前記脊髄後角浅層の神経活動を外部から計測するものである。
【0016】
特に、前記プローブと前記フィルム基板を前記計測対象の動物の脊髄に沿って埋植し、前記脊髄後角浅層の神経活動を継続的に計測するものである。
【0017】
さらに、前記プローブと前記フィルム基板を、前記計測対象の動物の前記前記脊髄に沿って埋植し、前記リード部を経た出力を処理する処理回路と、前記処理回路の出力を送信する無線回路と、前記各回路の電源とを一体に備えた計測装置を、前記計測対象の動物に取り付けて、前記脊髄後角浅層の神経活動を、前記無線回路からの無線信号により継続的に計測するものである。
【発明の効果】
【0018】
この発明の神経活動計測デバイスとその製造方法及び計測方法によれば、脊髄後角浅層における神経活動を低侵襲で容易且つ正確に計測し、長期間継続的に記録することができる。従って、これまで熟練の技術が必要であった脊髄後角浅層における神経活動の測定を比較的容易に可能となり、より多くの研究者による計測が可能となり、痛み等の神経活動のメカニズムの解明や低減に大きく寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】この発明の一実施形態の神経活動計測デバイスの斜視図(a)と、長手方向の中心の縦断面図(b)である。
【
図3】この発明の一実施形態の神経活動計測デバイスの各製造工程を示す各々の斜視図である。
【
図4】この発明の一実施形態の神経活動計測デバイスの次の各製造工程を示す各々の斜視図である。
【
図6】この発明の神経活動計測デバイスを利用する脊髄の断面図と、神経活動計測デバイスを脊髄後角浅層に穿刺した状態の脊髄断面を示す部分拡大断面図である。
【
図7】この発明の一実施例の神経活動計測デバイスの処理回路の基板を含む計測装置の全体画像(a)と、計測装置の先端部の神経活動計測デバイスを示す拡大写真(b)である。
【
図8】
図7(b)の画像のプローブ部分全体のSEM画像(a)、プローブ先端部のSEM画像(b)、プローブ基端部のSEM画像(c)である。
【
図9】従来のタングステン電極で脊髄後角浅層の神経活動を記録した際の波形例(a)と、その矢印位置の拡大図(b)、及び従来のタングステン電極を用いた、皮膚へのフォンフライフィラメント(vFF 1.0g)刺激した際の波形例(c)である。
【
図10】この発明の一実施例の神経活動計測デバイスで脊髄後角浅層の神経活動を記録した際の波形例(a)と、その矢印位置の拡大図(b)、及びこの発明の一実施例の神経活動計測デバイスを用いた、皮膚へのフォンフライフィラメント(vFF 1.0g)刺激した際の波形例(c)である。
【
図11】In vivo記録法を用いた、従来のタングステン電極とこの発明の一実施例の神経活動計測デバイス(新規微細電極)を使用して、脊髄後角浅層細胞から得られた脊髄後角浅層細胞での各々の自発発火頻度を示すグラフである。
【
図12】In vivo記録法を用いた、従来のタングステン電極とこの発明の一実施例の神経活動計測デバイス(新規微細電極)を使用して、脊髄後角浅層細胞での機械的痛み刺激に対する各々の発火頻度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、この発明の一実施形態の神経活動計測デバイスとその製造方法及び計測方法について説明する。この実施形態の神経活動計測デバイス10は、
図1,
図2に示すように、フレキシブルなフィルム基板12上に形成された金(Au)等の導電体のリード部14と、このリード部14の一端部に、リード部14と交差する方向に結晶成長したSi半導体による芯20bを有するプローブ20が形成されている。プローブ20は、後述するようにパリレン膜12cにより被覆され、プローブ20の先端21に、Au薄膜22が露出した測定電極22aが位置している。
【0021】
フィルム基板12は、生体との適合性の高いパリレン(parylene)を、後述する方法により蒸着して形成した膜から成る。フィルム基板12は、実験用のマウスの脊髄に設置可能なように、例えば幅が400μm、長さが4000μmである。フィルム基板12上のリード部14は、シリコン単結晶半導体を芯20bとして有するプローブ20の表面に形成されたAu等の金属薄膜と連続して一体的に形成され、リード部14とプローブ20の先端21の測定電極22aが電気的に接続して設けられている。フィルム基板12の表面と、プローブ20の先端21との距離は、後述するように、脊髄後角浅層の深さに設定されている。
【0022】
プローブ20は、その先端部20aの直径が5μm以下に形成され、基端部20cが位置したフィルム基板12の表面からプローブ20の先端21までの長さが、計測対象の動物の脊髄にプローブ20を穿刺した状態で、脊髄後角浅層に先端部20aが位置する長さに形成されている。従って、フィルム基板12上に設けられたプローブ20の基端部20cが位置した部分のフィルム基板20の表面は、脊髄後角浅層にプローブ20を穿刺する際の位置決め部材でありストッパとして機能する。脊髄後角浅層の神経細胞の位置は、例えば実験動物のマウスの場合、脊髄表面から15~200μmであり、プローブ20の突出長さを、例えば150μmに設定する。神経活動計測デバイス10は、マウス脊髄後角浅層からのin vivo神経活動記録を目的としたもので、プローブ20の直径は、脊髄後角浅層の組織損傷および長期安定記録を実現するためのものである。従って、従来の神経細胞計測電極の直径40μm以上のものから、本願発明では、これを大幅に下回る5μm以下を実現した。
【0023】
リード部14は、フィルム基板12の長手方向に沿って形成され、上述の通り一端部がプローブ20の表面に一体的に形成されたAu薄膜22に連続し、他端部にはコンタクトパッド14aが連続して形成されている。リード部14は、後述するように、フィルム基板12を構成するパリレン膜12a,12c間に保持され、コンタクトパッド14aがパリレン膜12cから露出している。
【0024】
次に、この実施形態の神経活動計測デバイス10の製造方法について、
図3,
図4を基に以下に説明する。
【0025】
先ず、
図3(a)に示すように、Si(111)基板30の表面のSiO
2層30aの表面に、レジストを設けフォトリソグラフィにより、例えば直径6μm、厚さ200nmのディスク形状、好ましくは直径5μm以下で、Auの触媒32を形成するためのパターンニングを行う。そして、Auを蒸着し、Au触媒32の形成部以外のAuをリフトオフにより除去する。この後、Au触媒32が残る部分の基板30の表面にシリコン半導体の単結晶から成るプローブ20の芯20bを、結晶成長させて形成する。プローブ20の芯20bの結晶成長は、VLS(Vapor Liquid Solid)成長により行う。プローブ20の長さは、実験対象動物の脊髄後角浅層に達する長さであり、例えば140~150μmまで結晶成長させる。
【0026】
次に、
図3(b)に示すように、フィルム基板12を形成するパリレンCを全体に5μm蒸着させ、パリレン膜12aを形成する。
【0027】
この後、スピンコーターによりSi基板30のみにレジストをつけ、
図3(c)に示すように、プローブ20の芯20bの表面のパリレンをリアクティブイオンエッチングする。そして、
図3(d)に示すように、裏面との絶縁のために、パリレンCを1μm厚に蒸着してパリレン膜12bを形成し、プローブ20のSi芯20bと、後に形成する金属配線を絶縁する。従って、Au触媒32と半導体から成る芯20bは、後の計測で電気的に利用されるものではない。
【0028】
次に、レジストを設けフォトリソグラフィにより、金属配線となるAuのリード部14のパターンニングを行い、Auをスパッタリングし、
図4(a)に示すように、プローブ20の表面のAu薄膜22とリード部14の配線部分以外のAu薄膜をリフトオフにより除去する。
【0029】
この後、
図4(b)に示すように、パリレンCを5μm厚に蒸着してパリレン膜12cを形成し、プローブ20とSi基板30の表面を被覆する。そして、レジストを設けフォトリソグラフィによりパターンニングを行い、
図4(c)に示すように、リード部14のコンタクトパッド14aと、プローブ20の先端21のAu薄膜22の測定電極22aが露出するようにエッチングする。
【0030】
最後に、メスで四隅に切り込みを入れて、Si基板30からフィルム基板12をプローブ20とともに剥離し、
図4(d)に示すように、神経活動計測デバイス10が完成する。
【0031】
この実施形態の神経活動計測デバイス10の使用方法は、後に詳述する実験結果のように、例えば、
図5に示す実験用のマウスMの背中を切開して、脊髄Sの脊髄後角Pにプローブ20を穿刺する。このときプローブ20の長さは、脊髄後角浅層P1の深さに設定され、プローブ20の基端部20cが位置した部分のフィルム基板20の表面が、脊髄後角浅層にプローブ20を穿刺する際の位置決め部材でありストッパとして機能する。従って、フィルム基板12が脊髄Sの表面に接触するまで、プローブ20を挿入することにより、正確に脊髄後角浅層P1に、プローブ20の先端21のAu薄膜22による測定電極22aが位置する。フィルム基板12はごく短いものであり、脊髄Sに沿って配置することができる。
【0032】
この状態で、マウスMの脊髄後角浅層P1における神経活動を、プローブ20とリード部14を介して、電気的出力を計測する。また、プローブ20とフィルム基板12を、計測対象のマウスMの脊髄Sに沿って埋植し、脊髄後角浅層P1の神経活動を継続的に計測することが好ましいものである。計測対象の電圧は、プローブ20の測定電極22aと図示しない不関電極(この実験の場合、測定部位からやや離れた位置の脊髄Sに接触させている。)との電位差を計測するものである。
【0033】
さらに、リード部14を経た電気的出力を処理する処理回路と、処理回路の出力を送信する無線回路と、各回路の電源とを一体に備えた図示しない計測装置を、計測対象の動物であるマウスM等に取り付けて、脊髄後角浅層P1の神経活動を、無線回路からの無線信号により継続的に計測すると良いものである。
【0034】
処理回路は、例えば、脊髄後角浅層P1で検知した電気的信号をフィルター処理するフィルター回路や、信号の増幅回路、増幅した信号をデジタル信号に変換するAD変換回路等である。また、無線回路は、デジタル信号に変換された信号を所定の無線規格の信号に変換して出力するもので、例えば既存のBluetooth(登録商標)等の規格に変換して出力する。電源は、超小型バッテリーを回路基板に取り付ける。これにより、自由に行動する実験動物であるマウスMの脊髄後角浅層P1の活動記録を長期間継続的に記録することができる。
【0035】
この実施形態の神経活動計測デバイスとその製造方法及び計測方法によれば、実験動物であるマウスMの脊髄後角浅層P1における神経活動を、低侵襲で容易且つ正確に計測し、長期間継続的に記録することができる。マウスMへの装着に際しても、これまで熟練の技術が必要であった脊髄後角浅層P1への電極であるプローブ20の穿刺を、フィルム基板12が脊髄Sの表面に接するまで差し込めば、フィルム基板12が穿刺深さを規制する位置決め用のストッパになり、正確に脊髄後角浅層P1にプローブ20の先端部20aが位置する。従って、熟練者ではない多くの研究者による脊髄後角浅層P1の神経活動の計測が容易且つ正確に可能となる。これにより、痛み等の神経活動のメカニズムの解明や、痛みを低減する方法の開発に大きく寄与する。
【0036】
次に、この発明の実施形態の変形例について説明する。前述の実施形態の説明において示したとおり、プローブ20の基端部20cは、フィルム基板12の表面から隆起した状態となる(
図2および
図8参照)。この基端部20cの隆起は、プローブ20の表面に蒸着したAu薄膜(導電材料)のうち、プローブ20の先端21を除いた範囲をパリレンC(樹脂)によって絶縁する際に形成されるものである。そこで、予め結晶成長により形成させたプローブ20の芯20bに対し、穿刺すべきプローブ20の長さを最終的に調整すべき場合には、基端部20cの肉厚(蒸着量)を所定の厚さに変更させて、プローブ20の穿刺長さを調節すると良い。この場合の基端部20cは、穿刺の際のストッパとして機能させるため、適度な大きさの径を有する構成とする。径の大きさとしては、例えば、直径がフィルム基板12の幅寸法と同程度とすることができる。または、基端部20cが形成される領域についてのみフィルム基板12の幅を大きくし、その幅寸法全体に基端部20cを形成してもよい。
【0037】
上記のような構成とする場合、結晶成長によって形成されるプローブ20の芯20bは、適度な長さとしておき、測定対象の動物に応じて、基端部20cの肉厚を変更することにより、各種の動物について適用可能となる。これは、結晶成長により作製されるプローブの長さが、成長時間に応じて調整できるとしても、正確な長さに制御することが難しいためである。これに対しパリレンC(樹脂)の蒸着による肉厚調整は比較的制御が容易であることに起因する。なお、上記実施形態において、プローブ20に使用する導電材料としてAu薄膜を例示したが、その他の材料を使用してもよい。また、絶縁のための樹脂としてパリレンCを例示したが、これに限定されるものでもない。
【実施例0038】
以下に、本発明の神経活動計測デバイスを用いてマウスMの脊髄後角浅層P1の神経活動を計測した実施例を、以下の通りの実験結果として説明する。
【0039】
まず、本発明の神経活動計測デバイス10のプローブ20により、目的とする神経活動記録が可能であるかを確認するため、測定用の電極である本発明の実施例の構造のプローブ部分を金属製のピン24に固定し、
図5に示すように、既存のマウスMの脊髄後角Pに穿刺した。これにより、本発明のプローブ20により、マウスMの脊髄後角浅層P1の神経活動を記録可能であることを確認した。
【0040】
次に、マウスMの体内への埋め込みを可能とするため、上記実施形態で説明した通り、Auの測定電極22aを有し、VLS成長技術により作製した半導体シリコン単結晶のプローブ20と、生体適合性の高い高分子材料であるパリレン膜のフレキシブルなフィルム基板12から成る神経活動計測デバイス10を用いて、マウスMの脊髄後角浅層P1の神経活動の計測を行った。
【0041】
この実施例の神経活動計測デバイス10は、
図7(a)に示すように、計測した神経活動の電圧が入力されてフィルター処理するフィルター回路や、信号の増幅回路、増幅した信号をデジタル信号に変換するAD変換回路等を有する回路基板を備えた計測装置26に取り付けられる。無線回路は、上記の通り、デジタル信号に変換された信号を所定の無線規格の信号に変換して出力するもので、例えば既存のBluetooth(登録商標)等の規格に変換して出力する。電源は、超小型バッテリーを回路基板に取り付ける。
【0042】
神経活動計測デバイス10は、
図7(b)に示すように、
図7(a)の計測装置26の先端部に設けられ、プローブ20は、
図8(a)に示すプローブ20全体のSEM画像の通りであり、プローブ20の先端部20aは
図8(b)に示す通り、先端が5μm以下に形成されている。プローブ20の基端部20cも
図8(c)のSEM画像に示す通りの構造を有する。
【0043】
これにより、脊髄後角浅層P1へのプローブ20の穿刺に際して、フィルム基板12が穿刺深さを規制する位置決め用のストッパになり、穿刺を正確に行うことができる。さらに、極細のプローブ20により、穿刺による組織損傷が少なく、神経活動計測デバイス10の体内への埋め込みも容易に行うことができる。ここで用いたフィルム基板12は、幅400μm、長さは4000μmである。作製した神経活動計測デバイス10のインピーダンスは、1kHzにおいて、神経活動の記録を可能とする600kΩ以下、電圧の入出力比は90%以上をそれぞれ示した。
【0044】
計測は、神経活動計測デバイス10を用いて、
図5に示すように、マウスMの脊髄後角浅層細胞からの自発発火の記録を行い、従来の電極(タングステン電極)と比較した。実験では、まず、マウスMをウレタン深麻酔下で胸部椎弓切除を行い、脳脊髄固定装置にセットし顕微鏡下に硬膜、くも膜、軟膜を除去し電極刺入スペースを確保した。脊髄表面には37℃で加温し酸素付加した人工脳脊髄液を灌流した。その後、従来のタングステン電極とこの発明による神経電極である神経活動計測デバイス10を用いて、脊髄後角浅層細胞から神経活動の記録を行った。
【0045】
その結果、従来のタングステン電極で記録した場合、単一細胞にける神経活動の計測が電圧の変動として計測可能であった(
図9(a),(b),(c))。次に、この発明の神経活動計測デバイス10を用いて、同様の実験を行ったところ、上記タングステン電極と同様に、単一細胞における神経活動の計測が電圧変動の波形として測定できた(
図10(a),(b),(c))。
【0046】
両方の計測デバイスから記録された神経活動の解析を行った結果、
図11に示すように、従来のタングステン電極を用い場合と、今回用いた神経活動計測デバイスを使用した場合とで、脊髄後角浅層細胞から得られた自発発火頻度には有意な差は認められなかった(タングステン電極:0.11 ± 0.08 Hz、n = 9、神経活動計測デバイス:0.10 ± 0.06 Hz、n = 8、P = 0.90)。健常動物の脊髄後角浅層細胞では自発発火はほとんど見られないことから、得られた結果は、過去の報告と一致していた。
【0047】
従来、タングステン電極ではその電極の自体の長さから記録の場所を制御することが困難で脊髄後角浅層細胞から神経活動の記録を行うには非常に高度な技術が必要であった。しかし、この発明の神経活動計測デバイス10は、測定電極22aを備えたプローブ20の長を例えば150μm以下の所定の長さに正確に設定できたことで、容易に脊髄後角浅層細胞から神経活動の記録を行うことが可能となった。また、
図9,
図10を比較して分かるように、タングステン電極よりもノイズレベルの低減にも成功している。
【0048】
さらに、皮膚への機械的痛み刺激に対する応答性についても、従来のタングステン電極と今回用いた神経活動計測デバイス10を使用し検討を行った。脊髄後角浅層細胞から神経活動の記録を行い、皮膚受容野に対してピンセットを用いて機械的痛み刺激を行ったところ、発火頻度の著明な増加が見られた。両電極から記録された神経活動の解析を行った結果、
図12に示すように、得られた神経活動に有意な差は認められなかった(タングステン電極:12.4 ± 1.8 Hz、n = 10、新規極微細電極:13.0 ± 1.9 Hz、n = 10、P = 0.61)。
本発明は、従来困難であった脊髄後角浅層からの記録が容易になったことで、慢性疼痛の発症メカニズムの解明につながり、新規治療薬・治療法の開発に大いに貢献できると考えられる。