(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024041398
(43)【公開日】2024-03-27
(54)【発明の名称】光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2273 20180101AFI20240319BHJP
G01K 11/30 20060101ALI20240319BHJP
【FI】
G01N23/2273
G01K11/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022146202
(22)【出願日】2022-09-14
(71)【出願人】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100162156
【弁理士】
【氏名又は名称】村雨 圭介
(72)【発明者】
【氏名】木下 郁雄
(72)【発明者】
【氏名】前川 貴洋
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA07
2G001BA08
2G001CA03
2G001EA03
2G001GA16
2G001LA02
2G001NA12
(57)【要約】 (修正有)
【課題】温度精度が改善され、実用的な温度測定に適した、光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法を提供する。
【解決手段】規格化された試料表面の光電子スペクトルにおいて、エネルギー範囲Rのうち負側のR
Lにおける面積S
Lに対する正側のR
Uにおける面積S
Uの比を面積比r
exと定義したとき、Rの幅を変更しながら複数の面積比r
exを算出することと、複数の面積比r
exに対して、式(1)の関数FDGから、式(2)を用いて計算される面積比関数r
th(E
C)をフィッティングすることにより、試料表面の熱力学温度Tとブロードニング幅ΔEとを同時に決定する。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法であって、
試料表面の光電子スペクトルを測定することと、
測定された前記光電子スペクトルからフェルミ・ディラック(FD)分布以外の要素に起因する強度変化を排除し、さらに規格化することと、
規格化された前記光電子スペクトルにおいて、フェルミ準位を基準零点として電子エネルギーEの軸方向の正側のエネルギーE
Cと負側のエネルギー-E
Cとの間に一対形成される範囲(-E
C<E<E
C)をRと定義し、Rのうち正側の範囲(0<E<E
C)であるR
Uにおける光電子スペクトルの面積をS
Uと定義し、Rのうち負側の範囲(-E
C<E<0)であるR
Lにおける光電子スペクトルの面積をS
Lと定義し、S
Lに対するS
Uの比S
U/S
Lを面積比r
exと定義したとき、エネルギーE
Cを変化させ、Rの幅を変更しながら複数の面積比r
exを算出することと、
算出された複数の面積比r
exに対して、下記式(1)で表される、FD分布関数にガウス関数を畳み込み積分した関数FDGから、下記式(2)を用いて計算される面積比関数r
th(E
C)をフィッティングすることにより、前記試料表面の熱力学温度Tとブロードニング幅ΔEとを同時に決定することと、
を含む方法。
【数1】
ここで、上記式(1)の関数FDGは、熱力学温度Tを変数に持つFD分布関数に対して、ブロードニング幅ΔEを変数に持つガウス関数をブロードニング関数として畳み込み積分した関数である。上記式(1)において、Eは電子エネルギー、E
Fはフェルミ準位、k
Bはボルツマン定数、εは畳み込み積分における媒介変数を表す。
【数2】
ここで、上記式(2)の面積比関数r
th(E
C)は、上記式(1)で得られる理論上のスペクトル強度を与える関数を用いて、フェルミ準位下(-E
C<E<0)の範囲のスペクトルの面積に対してフェルミ準位上(0<E<E
C)の範囲のスペクトルの面積の比を表す変数E
Cの関数である。
【請求項2】
前記FD分布以外の要素に起因する強度変化が、電子の状態密度(DOS)による強度変化である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
下記式(3)を用いて前記光電子スペクトルの規格化を行う、請求項1に記載の方法。
【数3】
ここで、上記式(3)において、Iは光電子スペクトルの強度、Aは振幅、Bはベースを表す。fはFD分布関数を用いてよい。
【請求項4】
複数の面積比rexを算出することは、規格化された前記光電子スペクトルをエネルギーで微分し、ガウス関数をフィッティングすることにより得られる標準偏差σを用いて、エネルギーECの上限値を決めて面積比rexを算出することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
最小二乗法を用いて、前記熱力学温度Tを決定することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
下記式(4)で定義されるχ
2を用いて、下記式(5)を用いて計算される偏差Δχ
2に基づき前記熱力学温度Tの温度精度dTを決定する、請求項5に記載の方法。
【数4】
ここで、上記式(4)において、nはデータ数、mはパラメータ数を表す。T^はフィッティングで決定されたTの最適値、S(T)は、最小二乗法で計算されたT以外の3つのフィッティングパラメータを最適値に固定し、Tの関数としての最小二乗の和を表す。S
0(T^)は、4つのパラメータすべてが最適値で固定された最小二乗の和を表す。
【数5】
ここで、上記式(5)のΔχ
2はTの関数として計算されるχ
2の偏差を表す。
【請求項7】
前記試料が、前記試料の融点以下の温度範囲下にある、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法に関し、詳細には、試料表面についてフェルミ準位近傍の電子エネルギー分布を測定することにより得られたフェルミ・ディラック分布に基づき、試料表面の熱力学温度を決定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
試料表面の温度を測定する方法は、接触法と非接触法とに大別される。接触法は、熱電対及び抵抗温度計に代表される温度測定装置により実行される。非接触法は、赤外放射温度計に代表される温度測定装置により実行される。
【0003】
接触法に用いられる熱電対及び抵抗温度計は、装置の構成が簡便であることから、広い技術分野で使用されている。しかし、装置のセンサー部のサイズが大きく、センサー部が試料表面と接触する等の理由から、清浄な表面、薄膜製造プロセスにおける薄膜表面、又はナノメートルオーダーで制御された試料の表面等に対しては、有効な測定手段とはいい難い。近年では、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy:AFM)のチップの端部に熱電対又は抵抗温度計を取り付けた走査型熱顕微鏡(Scanning Thermal Microscope:SThM)により、局所的な温度測定を行うことも試みられている。しかし、SThMにより熱的に測定される物理量は定義が曖昧であり、温度測定の定量性や再現性の低さに問題がある。また、SThMは、装置の構成も複雑であることから、他の表面解析測定との同時多機能測定が不可能である。
【0004】
非接触法に用いられる赤外放射温度計は、試料表面からの熱放射光を測定し、その波長分布や強度から試料表面の温度を決定するものである。赤外放射温度計は、実用温度計として広く普及している。しかし、実在の物質は、理想的な黒体放射源ではないため、試料表面からの熱放射量は、その表面の熱光学特性(放射率)に依存する。そのため、試料を構成する物質の放射率に関する詳細情報がなければ、試料表面の温度を精確に決定することができない。
【0005】
上述した問題を鑑み、表面分析の分野やナノ測定の分野における測定ニーズである局所性(表面選択性)、非接触性、及び同時多機能計測性の3つの条件をすべて満たす実用的な温度測定手段が求められている。
【0006】
ところで、物質中の熱平衡状態における電子状態の占有率は、フェルミ・ディラック(FD)分布により熱力学温度の関数として記述される。FD分布は、フェルミ分布関数とも呼ばれ、下記式で定義される。下記式において、Tは熱力学温度、EFはフェルミ準位、kBはボルツマン定数を表す。関数f(E,T)は、熱力学温度Tにおける熱平衡状態の電子ガスにおいて、あるエネルギーEの電子状態が占有される確率を表す。
【0007】
【0008】
FD分布は、熱力学温度Tにのみ依存する関数である。本発明者らは、試料表面についてフェルミ準位近傍の電子エネルギー分布を高分解能で測定することにより得られたFD分布に基づき熱力学温度を決定する方法を開発すれば、上記の3つの条件を満たす温度測定が可能となるという知見を得た。
【0009】
従来、試料表面の電子状態を測定する方法としては、走査型トンネル分光法(STM)、紫外光電子分光法(UPS)等が知られている。STMは、試料表面の局所的な電子状態密度を測定するのに適している。しかし、測定により得られたトンネル電流の強度は、試料表面の電子状態と針金状の金属の電子状態との積分値であり、試料表面について、フェルミ準位近傍の電子エネルギー分布を直接測定することはできない。UPSは、紫外あるいは真空紫外域の単色光を試料表面に照射し、試料表面から放出される励起電子の運動エネルギーを測定する方法である。UPSでは励起電子の試料からの脱出深さは数原子層であり、試料表面に局在した電子のエネルギー分布を測定する。UPSで測定される光電子スペクトルの高エネルギー端部(フェルミ端部)は、試料表面のフェルミ準位からの光電子放出であり、光電子スペクトルの立ち上がりの光電子強度は、試料のFD分布を反映する。UPSによる試料表面の温度測定は、例えば、非特許文献1及び非特許文献2に記載されている。しかし、実用的な温度測定に求められる温度分解能(温度精度)が1K未満であるのに対して、非特許文献1及び非特許文献2に記載されている温度精度は数10Kと大きく、実用的ではない。
【0010】
本発明者らは、熱力学温度測定に特化した電子エネルギー分析器を提案した(特許文献1)。また、本発明者らは、既存の光電子分光装置を用いて、10~300Kの温度範囲にあるCu(110)表面の電子エネルギー分布の測定を行った。これにより、FD分布のみでは精確な熱力学温度Tを決定できないこと、より精確な熱力学温度Tを決定するためには、光電子スペクトルから、熱力学温度Tと同時に光電子スペクトルの広がり、すなわちブロードニング幅ΔEを決定し、これを考慮する必要があることを見出した(本発明者らによる非特許文献3)。その後、本発明者らは、100Kの温度付近にあるAu(110)表面の高エネルギー分解能光電子分光測定を行った。これにより、ガウス関数とローレンツ関数とを線形結合させた関数をブロードニング関数としてフィッティングを行うことで、熱力学温度Tとブロードニング幅ΔEとを同時に決定できること、このようにして決定した熱力学温度Tは、温度センサーにより測定された温度値98.5±0.5Kに対して99±2.1Kの精度であることを見出した(本発明者らによる非特許文献4)。さらに、本発明者らは、ブロードニング関数を詳細に議論するために、測定された光電子スペクトルからフーリエ変換を用いてブロードニング関数を導出することを見出した(本発明者らによる非特許文献5)。そして、本発明者らは、光電子スペクトルから電子の状態密度(density of states:DOS)による強度変化を排除することでガウス関数をブロードニング関数として扱うことができることを見出した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】S. S. Mann, B. D. Todd, J. T. Stuckless, T. Seto, and D. A. King, Pulsed laser surface heating: nanosecond time-scale temperature measurement, Chem. Phys. Let. 183, 529 (1991)
【非特許文献2】J. Kroger, T. Greber, T. J. Ktrutz, and J. Osterwalder, The photoemission Fermi edge as a sample thermometer?, J. Electr. Spec. Rel. Phenom. 113, 241 (2001)
【非特許文献3】I. Kinoshita and J. Ishii, Preliminary Experiments of Photoelectron Thermometry, Temperature: Its Measurement and Control in Science and Industry, 8, 915 (2013)
【非特許文献4】I. Kinoshita, C. Tsukada, K. Ouchi, E. Kobayashi, and J. Ishii, A method for atomic-level noncontact thermometry with electron energy distribution, Jap. J. Appl. Phys. 56, 048004 (2017)
【非特許文献5】T. Nishida, I. Kinoshita, J. Ishii, Temperature-Dependent Broadening of the Ultraviolet Photoelectron Spectrum of Au(110), Sensors 21, 5969 (2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記知見に基づき、本発明者らは、光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法として、熱力学温度Tを変数に持つFD分布に対して、ブロードニング幅ΔEを変数に持つガウス関数をブロードニング関数として畳み込み積分した関数(後述する式(1))を試料表面のフェルミ準位近傍の光電子スペクトルにフィッティングすることにより、フィッティング変数である熱力学温度Tとブロードニング幅ΔEとを同時に決定する方法を見出した。
【0014】
しかし、上記方法を既存の高分解能の電子エネルギー分析器を用いて十分な積算回数で測定された光電子スペクトルに適用した場合、温度精度は2~3K程度であり、実用的な温度測定に求められる温度精度の目安である1Kには至っていないのが現状である。
【0015】
実用的な温度測定に必要な十分な温度精度及び信頼性を得るための方法の1つとして、光電子スペクトルのS/N比(信号/ノイズ比)を向上させることが考えられる。S/N比は、光電子スペクトルの積算回数が増えれば増えるほど高くなり、光電子スペクトルが平均化する。しかし、光電子スペクトルのS/N比を向上させるために積算回数を増加させると、測定時間が長くなることにより、試料表面の温度が変化するおそれもある。また、そもそも、積算回数の増加による光電子スペクトルの平均化には限界があり、測定ノイズを完全に排除することは不可能である。バンドパスフィルタを用いてノイズ除去する方法もあるが、バンドパスフィルタによる光電子スペクトルの波形の平滑化は、電子エネルギー分布の形状をも変えてしまうおそれがある。電子エネルギー分布の形状が変わると、決定される温度値も変わってしまう。
【0016】
本発明は上述のような事情に基づいてなされたものであり、温度精度が改善され、実用的な温度測定に適した、光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、光電子スペクトルの面積を利用して熱力学温度を決定する方法を提供する。測定ノイズをもつ光電子スペクトルに対し、スペクトルの強度ではなく、スペクトルの面積比をフィッティングの対象とすることで、光電子スペクトルがもつ電子エネルギー分布の情報を損なうことなく、測定ノイズの影響を抑えることができる。それにより、高い精度と信頼性で熱力学温度が決定することができる。
【0018】
上記課題を解決するために、第一に本発明は、光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法であって、試料表面の光電子スペクトルを測定することと、測定された前記光電子スペクトルからフェルミ・ディラック(FD)分布以外の要素に起因する強度変化を排除し、さらに規格化することと、規格化された前記光電子スペクトルにおいて、フェルミ準位を基準零点として電子エネルギーEの軸方向の正側のエネルギーECと負側のエネルギー-ECとの間に一対形成される範囲(-EC<E<EC)をRと定義し、Rのうち正側の範囲(0<E<EC)であるRUにおける光電子スペクトルの面積をSUと定義し、Rのうち負側の範囲(-EC<E<0)であるRLにおける光電子スペクトルの面積をSLと定義し、SLに対するSUの比SU/SLを面積比rexと定義したとき、エネルギーECを変化させ、Rの幅を変更しながら複数の面積比rexを算出することと、算出された複数の面積比rexに対して、下記式(1)で表される、FD分布関数にガウス関数を畳み込み積分した関数FDGから、下記式(2)を用いて計算される面積比関数rth(EC)をフィッティングすることにより、前記試料表面の熱力学温度Tとブロードニング幅ΔEとを同時に決定することと、を含む方法を提供する(発明1)。
【0019】
【0020】
ここで、上記式(1)の関数FDGは、熱力学温度Tを変数に持つFD分布関数に対して、ブロードニング幅ΔEを変数に持つガウス関数をブロードニング関数として畳み込み積分した関数である。上記式(1)において、Eは電子エネルギー、EFはフェルミ準位、kBはボルツマン定数、εは畳み込み積分における媒介変数を表す。
【0021】
【0022】
ここで、上記式(2)の面積比関数rth(EC)は、上記式(1)で得られる理論上のスペクトル強度を与える関数を用いて、フェルミ準位下(-EC<E<0)の範囲のスペクトルの面積に対してフェルミ準位上(0<E<EC)の範囲のスペクトルの面積の比を表す変数ECの関数である。
【0023】
かかる発明(発明1)によれば、温度精度が改善され、実用的な温度測定に適した、光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法を提供することができる。
【0024】
上記発明(発明1)においては、前記FD分布以外の要素に起因する強度変化が、電子の状態密度(DOS)による強度変化であってもよい(発明2)。
【0025】
上記発明(発明1,2)においては、下記式(3)を用いて前記光電子スペクトルの規格化を行うことが好ましい(発明3)。
【0026】
【0027】
ここで、上記式(3)において、Iは光電子スペクトルの強度、Aは振幅、Bはベースを表す。通常、fはFD分布関数を用いてよい。
【0028】
上記発明(発明1-3)において、複数の面積比rexを算出することは、規格化された前記光電子スペクトルをエネルギーで微分し、ガウス関数をフィッティングすることにより得られる標準偏差σを用いて、エネルギーECの上限値を決めて面積比rexを算出することを含む(発明4)。
【0029】
上記発明(発明1-4)は、最小二乗法を用いて、前記熱力学温度Tを決定することをさらに含んでいることが好ましい(発明5)。
【0030】
上記発明(発明5)においては、下記式(4)で定義されるχ2を用いて、下記式(5)を用いて計算される偏差Δχ2に基づき前記熱力学温度Tの温度精度dTを決定することが好ましい(発明6)。
【0031】
【0032】
ここで、上記式(4)において、nはデータ数、mはパラメータ数を表す。T^はフィッティングで決定されたTの最適値、S(T)は、最小二乗法で計算されたT以外の3つのフィッティングパラメータを最適値に固定し、Tの関数としての最小二乗の和を表す。S0(T^)は、4つのパラメータすべてが最適値で固定された最小二乗の和を表す。
【0033】
【0034】
ここで、上記式(5)のΔχ2はTの関数として計算されるχ2の偏差を表す。
【0035】
上記発明(発明1-6)においては、前記試料が、前記試料の融点以下の温度範囲下にあることが好ましい(発明7)。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、温度精度が改善され、実用的な温度測定に適した、光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】フェルミ準位を基準としたAu(110)単結晶表面の光電子スペクトルを示す全体図とフェルミ準位近傍を拡大した図である。
【
図2】Au(110)単結晶表面のフェルミ準位近傍の光電子スペクトルを示す図である。
【
図3】
図2の光電子スペクトルを規格化した図である。
【
図4】第一原理電子構造計算(バンド計算)により求めたAu(110)単結晶の電子のバンド構造を示すバンド曲線(E-k曲線)の一部を示す図である。
【
図5】
図4のバンド曲線を10meVごとに状態数を計数することで得た電子の状態密度(DOS)を表す図である。
【
図6】電子のDOSによる光電子スペクトルの変化の排除及び式(3)を用いた規格化の手順を説明する図である。
【
図7】エネルギーE
Cに対して、範囲R、正側の範囲R
U、負側の範囲R
L、面積S
U、及び面積S
Lを説明するための図である。
【
図8】面積比r
exを計算する際のE
Cの上限値を決定する方法を説明するための図である。
【
図9】規格化した光電子スペクトルからE
Cを変化させながら算出した複数の面積比r
exをプロットしたグラフである。
【
図10】面積比関数r
th(E
C)の例として、ΔEを30meVと仮定し、Tを50K、100K、300Kとしたときに算出される面積比関数r
th(E
C)を示したグラフである。
【
図11】偏差Δχ
2とフィッティングで決定した温度最適値TからのずれΔTの確率分布との関係を示す図である。
【
図12A】実施例1について、E
Cを変化させながら算出した複数の面積比r
exに対して、面積比の関数r
th(E
C)を最小二乗法でフィッティングした結果を示す図である。
【
図12B】実施例1について、偏差Δχ
2とフィッティングパラメータTとの関係を示す図である。
【
図13A】実施例2について、E
Cを変化させながら算出した複数の面積比r
exに対して、面積比の関数r
th(E
C)を最小二乗法でフィッティングした結果を示す図である。
【
図13B】実施例2について、偏差Δχ
2とフィッティングパラメータTとの関係を示す図である。
【
図14A】実施例3について、E
Cを変化させながら算出した複数の面積比r
exに対して、面積比の関数r
th(E
C)を最小二乗法でフィッティングした結果を示す図である。
【
図14B】実施例3について、偏差Δχ
2とフィッティングパラメータTとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明の光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法の実施の形態について、適宜図面を参照して説明する。以下に説明する実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであって、何ら本発明を限定するものではない。
【0039】
光電子スペクトルは、電子のDOSを反映し、試料の電子構造を明らかにする。
図1は、フェルミ準位を基準としたAu(110)単結晶表面の試料表面垂直方向で測定された光電子スペクトルを示す全体図である。表面(110)の垂直方向での測定は電子構造における波数Γ-K方向の電子状態を測定している。
図1において、横軸は電子エネルギー(eV)、縦軸は光電子強度(任意単位)を示す。
図1に示すように、Au(110)単結晶表面の試料表面垂直方向における光電子スペクトルには、-2eVから-8eVの間に、高い電子密度を有するdバンドと、スペクトル中に広く分布する低い電子密度を有するs/pバンドとが観測される。また、電子エネルギーが零(ゼロ)付近、すなわち、フェルミ準位近傍では、階段状のエッジが観察される。
図1には、フェルミ準位付近を拡大したスペクトルが挿入されている。
図1の挿入図は、後述する
図2に対応している。このような特徴は、Au以外の貴金属の光電子スペクトルにも見られ、DOS中の電子の占有率を表している。バンド計算によれば、フェルミ準位近傍の波数Γ-K方向の電子のDOSはほぼ一定である。光電子スペクトルの階段状のエッジの形状を作っているのは、主にFD分布であり、この階段状の関数は、試料表面の熱力学的温度Tに強く依存する。このような理由から、UPSは、熱力学温度を測定する方法として使用されうる。
【0040】
本実施形態にかかる光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法は、試料表面の光電子スペクトルを測定すること(ステップ1)と、測定された光電子スペクトルからFD分布以外の要素に起因する強度変化を排除し、さら規格化すること(ステップ2)と、規格化された光電子スペクトルにおいて、フェルミ準位を基準零点として、あるエネルギーECに対して、電子エネルギーEの軸方向の正側と負側とに一対形成される範囲(-EC<E<EC)をRと定義し、Rのうち正側の範囲(0<E<EC)RUにおける面積をSUと定義し、Rのうち負側の範囲(-EC<E<0)RLにおける面積をSLと定義し、SLに対するSUの比SU/SLを面積比rexと定義したとき、エネルギーECを変化させ、Rの幅を変更しながら複数の面積比rexを算出すること(ステップ3)と、算出された複数の面積比rexに対して、下記式(1)で表される、FD分布関数にガウス関数を畳み込み積分した関数FDGから、下記式(2)を用いて計算される面積比関数rth(EC)をフィッティングすることにより、試料表面の熱力学温度Tとブロードニング幅ΔEとを同時に決定すること(ステップ4)と、を含む。
【0041】
【0042】
ここで、上記式(1)の関数FDGは、熱力学温度Tを変数に持つFD分布に対して、スペクトル広がり幅、すなわちブロードニング幅ΔEを変数に持つガウス関数をブロードニング関数として畳み込み積分した関数FDG(E;T,ΔE)である。上記式(1)において、Eは電子エネルギー、EFはフェルミ準位、kBはボルツマン定数、εは畳み込み積分の媒介変数を表す。
【0043】
【0044】
ここで、上記式(2)の面積比関数rthは、上記式(1)で得られる理論上のスペクトル強度を与える関数を用いて、フェルミ準位下(-EC<E<0)の範囲のスペクトルの面積に対してフェルミ準位上(0<E<EC)の範囲のスペクトルの面積の比を表す変数ECの関数である。
【0045】
当該方法に適用される試料として、Au(110)及びCu(110)等の金属又は半導体が挙げられる。
【0046】
当該方法は、UPSが実施できる温度領域、すなわち試料の温度が試料の融点未満の温度範囲下にある試料表面の熱力学温度Tを知るために有効である。例えば、当該方法により、液体窒素冷却温度下、液体ヘリウム冷却温度下、及び室温下における試料表面の熱力学温度Tを精確に決定することができる。
【0047】
以下、当該方法について、
図2から
図11を参照しつつ詳説する。
【0048】
(ステップ1)
ステップ1において、試料表面の光電子スペクトルが測定される。本実施形態において、光電子スペクトルとは、紫外線光電子分光法(UPS)により得られる電子のエネルギー分布を意味する。
図2は、Au(110)単結晶表面の光電子スペクトルを示す図である。
図2において、横軸は測定電子の運動エネルギー(eV)、縦軸は光電子強度(任意単位)を示す。
【0049】
(ステップ2)
ステップ2において、ステップ1で測定された光電子スペクトルからFD分布以外の要素に起因する強度変化を排除し、さらに規格化する。
図3は、
図2の光電子スペクトルを規格化した図である。
図3において、横軸はフェルミ準位を基準とした(E
F=0)電子エネルギー(eV)、縦軸は規格化された光電子強度(任意単位)を示す。
【0050】
本実施形態において、FD分布以外の要素に起因する強度変化は、電子のDOSによる強度変化である。したがって、ステップ2では、ステップ1で測定された光電子スペクトルから、電子のDOSによる強度変化を排除する。言い換えると、光電子スペクトルを電子のDOSで割ることにより光電子強度のDOSによる強度変化を排除する。ここで、電子のDOSは、例えば、以下に説明する方法により求めることができる。
図4は、第一原理電子構造計算(バンド計算)により求めたAu(110)単結晶のΓ-K方向の電子のバンド構造を示すバンド曲線(E-k曲線)の一部を示す図である。
図5は、
図4のバンド曲線から、フェルミ準位下‐500meVからフェルミ準位上500meVまでのエネルギーの範囲で10meVごとに電子の状態数を計数することで得た図である。得られたDOSは適当な関数でフィッティングすることで関数化する。このようにすることで、Au(110)単結晶の電子エネルギーに対するDOSを求めることができる。
【0051】
電子のDOSによる強度変化を排除した後の光電子スペクトルの規格化は、具体的には、下記式(3)で示す関数I(E:T,EF,A,B)を用いて行うことができる。
【0052】
【0053】
上記式(3)において、Iは光電子スペクトルの強度、Aは振幅、Bはベースを表す。通常、fはFD分布関数を用いる。
【0054】
図6は、電子のDOSによる強度変化の排除と上記式(3)を用いた規格化の手順を説明する図である。
図6(a)は
図2に対応している。すなわち、
図6(a)は、ステップ1で得られたAu(110)単結晶の光電子スペクトルを示している。まず、上記式(3)を用いて、
図6(a)にIをフィッティングして、仮のフェルミ準位E
Fを決定し、これを電子のDOSで割る。これにより、
図6(b)が得られる。再度、上記式(3)を用いて、
図6(b)にIをフィッティングすることにより、フェルミ準位E
Fを決定すると同時に光電子スペクトルの光電子強度を規格化する。
図6(c)は、このようにして得られた規格化された光電子スペクトルを示している。
図6(c)は
図3に対応している。
【0055】
(ステップ3)
次に、規格化された光電子スペクトルにおいて、フェルミ準位を基準零点として、ある電子エネルギーECに対して電子エネルギーEの軸方向の正側と負側とに一対形成されるエネルギー範囲(-EC<E<EC)をRと定義し、Rのうち正側の範囲(0<E<EC)のRUにおける面積をSUと定義し、Rのうち負側の範囲(-EC<E<0)のRLにおける面積をSLと定義し、SLに対するSUの比SU/SLを面積比rexと定義する。ステップ3において、ECを変化させ、Rの幅を変更しながら複数の面積比rexが算出される。
【0056】
図7は、ある電子エネルギーE
Cを設定したときの、エネルギー範囲R、正側の範囲R
U、負側の範囲R
L、面積S
U、及び面積S
Lを説明するための図である。
図7は、
図3の規格化後の光電子スペクトルについてR等を示した図である。
図7に示すように、エネルギー範囲Rとは、ある電子エネルギーE
Cを設定したときのフェルミ準位を基準零点として電子エネルギーEの軸方向の正側と負側とに一対形成される範囲である。そのため、エネルギー範囲Rは、電子エネルギー軸方向における正側の範囲R
Uと負側の範囲R
Lとに対応している。すなわち、Rの幅=R
Uの幅+R
Lの幅、かつ、R
Uの幅=R
Lの幅が満たされる。面積S
Uは、
図7の正側の範囲R
Uにおいて光電子スペクトルが占める面積である。面積S
Lは、
図7の負側の範囲R
Lにおいて光電子スペクトルが占める面積である。
【0057】
本実施形態において、ステップ3は、ECの変化の上限値を決定することを含む。規格化された光電子スペクトルをエネルギーで微分し、ガウス関数をフィッティングすることにより標準偏差σを算出し、ECの変化の上限値を決めることができる。
【0058】
図8は、E
Cの変化の上限値を決定する方法を説明するための図である。
図3の規格化された光電子スペクトルをエネルギーで微分することにより、
図8が得られる。
図8にガウス関数をフィッティングすることにより、標準偏差σを求め、E
Cの変化の上限値を決めることができる。上限値は、例えば、σであってもよく、3σであってもよく、5σであってもよい。
【0059】
図9は、E
Cを変化させながら算出した複数の面積比r
exをプロットしたグラフである。
図9は、面積比r
exとE
Cとの関係を示している。
【0060】
(ステップ4)
ステップ4において、電子エネルギーECを変化させて算出した複数の面積比rexに対して、下記式(1)で表されるFD分布関数にガウス関数を畳み込み積分した関数FDGから、下記式(2)を用いて計算される面積比関数rth(EC)をフィッティングすることにより、試料表面の熱力学温度Tとブロードニング幅ΔEとを同時に決定する。
【0061】
【0062】
ここで、上記式(1)は、熱力学温度Tを変数に持つFD分布に対して、スペクトル広がり幅、すなわちブロードニング幅ΔEを変数に持つガウス関数をブロードニング関数として畳み込み積分した関数FDG(E;T,ΔE)である。上記式(1)において、Eは電子エネルギー、EFはフェルミ準位、kBはボルツマン定数、εは畳み込み積分の媒介変数を表す。
【0063】
【0064】
ここで、上記式(2)の面積比関数rth(EC)は、上記式(1)で表されるFD分布関数にガウス関数を畳み込み積分した関数FDGから、フェルミ準位下(-EC<E<0)の範囲のスペクトルの面積に対してフェルミ準位上(0<E<EC)の範囲のスペクトルの面積の比を表す変数ECの関数である。
【0065】
図10は、ΔE=30meVを仮定したときのT=50K,100K,300Kの面積比関数r
th(E
C)を例として示したグラフである。
図10は、面積比r
thとE
Cとの関係を示している。ステップ4では、
図9の規格化された光電子スペクトルから算出した面積比r
exとE
Cとの関係に対して、面積比関数r
th(E
C)をフィッティングすることにより、試料であるAu(110)単結晶表面の熱力学温度Tとブロードニング幅ΔEとを同時に決定することができる。
【0066】
(ステップ5)
本実施形態に係る方法は、最小二乗法を用いて、熱力学温度Tを決定すること(ステップ5)を含んでいてもよい。
【0067】
ステップ5において、下記式(4)で定義されるχ2を用いて、熱力学温度Tの温度精度dTを決定してもよい。
【0068】
【0069】
ここで、上記式(4)において、nはデータ数、mはパラメータ数を表す。T^はフィッティングで決定されたTの最適値、S(T)は、最小二乗法で計算されたT以外の3つのフィッティングパラメータを最適値に固定し、Tの関数としての最小二乗の和を表す。S0(T^)は、4つのパラメータすべてが最適値で固定された最小二乗の和を表す。
【0070】
偏差Δχ2は、下記式(5)のように示され、Tの関数として計算される。
【0071】
【0072】
図11は、偏差Δχ
2とフィッティングパラメータTの最適値からのずれΔTの確率分布との関係を示す図である。Δχ
2の値と信頼度の関係とを表1に示す。
【0073】
【0074】
表1に示すように、ステップ5では、偏差Δχ2=1とすることで、信頼度が68.3%として熱力学温度Tの温度精度dTを決定することが可能である。
【0075】
上記実施形態に係る方法において、試料表面の光電子スペクトルは、例えば、特許文献1に記載の電子エネルギー分析器を用いて取得することができる。
【0076】
上記実施形態に係る方法を、表面分析装置、材料評価装置、表面反応制御装置等に適用した場合には、試料表面の熱力学温度を含む同時多機能計測が可能となる。これらの装置は、半導体産業をはじめとした先端材料開発、電子デバイス開発、化学分析等の技術分野で広く普及している。そのため、当該方法の適用は、これらの装置の高機能化や信頼性向上に貢献する。また、上記実施形態に係る方法は、温度定点等による目盛校正を必要としない絶対温度計であり、測定領域が物質の原子層レベルでの表面に限定されるため、計量標準分野における新たな標準温度測定方法(表面温度測定方法)として利用可能である。
【0077】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記各実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物をも含む趣旨である。例えば、上記実施形態では、試料がAu(110)単結晶である場合を例として説明しているが、試料はAu(110)単結晶に限られない。例えば、試料は、Au(110)単結晶以外の金属又は半導体であってもよい。
【実施例0078】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は以下の例によってなんら限定されるものではない。
【0079】
[実施例1]
実施例1では、上記実施形態に係る方法を用いて、液体窒素冷却温度下でAu(110)単結晶表面の光電子スペクトルを測定し、熱力学温度T及びブロードニング幅ΔEを決定した。
【0080】
図12Aは、実施例1について、光電子スペクトルからE
Cを変えて算出した複数の面積比r
exに対して、面積比関数r
th(E
C)をフィッティングした結果を示す図である。フィッティングにより、実施例1のAu(110)単結晶表面の最適な熱力学温度T及びブロードニング幅ΔEは、T=98.97K、ΔE=19.20meV、と決定された。結果を表2に示す。
【0081】
次に、上記式(5)を用いて、決定された熱力学温度Tの評価を行った。
図12Bは、実施例1について、偏差Δχ
2とフィッティングパラメータTとの関係を示す図である。
図12Bから、実施例1について、偏差Δχ
2=1として信頼度が68.3%となるように決定した熱力学温度Tの温度精度dTは、±0.60Kであった。結果を表2に示す。
【0082】
表2には、温度センサー(LakeShore社製、シリコンダイオードセンサーDT-670-SD)を用いて、液体窒素冷却温度下で測定したAu(110)単結晶表面のセンサー温度TRもあわせて示す。
【0083】
[実施例2]
実施例2では、上記実施形態に係る方法を用いて、液体ヘリウム冷却温度下でAu(110)単結晶表面の光電子スペクトルを測定し、熱力学温度T及びブロードニング幅ΔEを決定した。
【0084】
図13Aは、実施例2について、光電子スペクトルからE
Cを変えて算出した複数の面積比r
exに対して、面積比関数r
th(E
C)をフィッティングした結果を示す図である。フィッティングにより、実施例2のAu(110)単結晶表面の最適な熱力学温度T及びブロードニング幅ΔEは、T=16.77K、ΔE=14.48meV、と決定された。結果を表2に示す。
【0085】
次に、上記式(5)を用いて、決定された熱力学温度Tの評価を行った。
図13Bは、実施例2について、偏差Δχ
2とフィッティングパラメータTとの関係を示す図である。
図13Bから、実施例2について、偏差Δχ
2=1として信頼度が68.3%となるように決定した熱力学温度Tの温度精度dTは、±0.34Kであった。結果を表2に示す。
【0086】
表2には、温度センサー(LakeShore社製、シリコンダイオードセンサーDT-670-SD)を用いて、液体ヘリウム冷却温度下で測定したAu(110)単結晶表面のセンサー温度TRもあわせて示す。
【0087】
[実施例3]
実施例3では、上記実施形態に係る方法を用いて、室温下でAu(110)単結晶表面の光電子スペクトルを測定し、熱力学温度T及びブロードニング幅ΔEを決定した。
【0088】
図14Aは、実施例3について、光電子スペクトルからE
Cを変えて算出した複数の面積比r
exに対して、面積比関数r
th(E
C)をフィッティングした結果を示す図である。フィッティングにより、実施例3のAu(110)単結晶表面の最適な熱力学温度T及びブロードニング幅ΔEは、T=296.70K、ΔE=32.22meV、と決定された。結果を表2に示す。
【0089】
次に、上記式(5)を用いて、決定された熱力学温度Tの評価を行った。
図14Bは、実施例3について、偏差Δχ
2とフィッティングパラメータTとの関係を示す図である。
図14Bから、実施例3について、偏差Δχ
2=1として信頼度が68.3%となるように決定した熱力学温度Tの温度精度dTは、±0.60Kであった。結果を表2に示す。
【0090】
表2には、温度センサー(LakeShore社製、シリコンダイオードセンサーDT-670-SD)を用いて、室温下で測定したAu(110)単結晶表面のセンサー温度TRもあわせて示す。
【0091】
【0092】
[比較例1]
比較例1では、液体窒素冷却温度下でAu(110)単結晶表面の光電子スペクトルを測定し、上記式(1)のFDG関数を直接規格化された光電子スペクトルにフィッティングすることで熱力学温度TCを決定した。比較例1のAu(110)単結晶表面の熱力学温度TCは、TC=90K、と決定された。結果を表3に示す。
【0093】
次に、実施例1と同様の方法により、決定された熱力学温度TCの評価を行った。比較例1について、偏差Δχ2=1として信頼度が68.3%となるように決定した熱力学温度TCの温度精度dTCは、±3.2Kであった。結果を表3に示す。
【0094】
表3には、Au(110)単結晶表面のセンサー温度TRもあわせて示す。
【0095】
[比較例2]
比較例2では、液体ヘリウム冷却温度下でAu(110)単結晶表面の光電子スペクトルを測定し、上記式(1)のFDG関数を直接規格化された光電子スペクトルにフィッティングすることで熱力学温度TCを決定した。比較例2のAu(110)単結晶表面の熱力学温度TCは、TC=35K、と決定された。結果を表3に示す。
【0096】
次に、実施例2と同様の方法により、決定された熱力学温度TCの評価を行った。比較例2について、偏差Δχ2=1として信頼度が68.3%となるように決定した熱力学温度TCの温度精度dTCは、±1.9Kであった。結果を表3に示す。
【0097】
表3には、Au(110)単結晶表面のセンサー温度TRもあわせて示す。
【0098】
[比較例3]
比較例3では、室温下でAu(110)単結晶表面の光電子スペクトルを測定し、上記式(1)のFDG関数を直接規格化された光電子スペクトルにフィッティングすることで熱力学温度TCを決定した。比較例3のAu(110)単結晶表面の熱力学温度TCは、TC=296K、と決定された。結果を表3に示す。
【0099】
次に、実施例3と同様の方法により、決定された熱力学温度TCの評価を行った。比較例3について、偏差Δχ2=1として信頼度が68.3%となるように決定した熱力学温度TCの温度精度dTCは、±3.2Kであった。結果を表3に示す。
【0100】
表3には、Au(110)単結晶表面のセンサー温度TRもあわせて示す。
【0101】
【0102】
表2と表3との比較から分かるように、実施例は比較例に比べて、温度精度が大幅に改善されていた。また、実施例は比較例に比べて、センサー温度により近い値であった。このように、本発明によれば、温度精度が改善され、実用的な温度測定に適した、光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法を提供することができる。
本発明の光電子スペクトルに基づき試料表面の熱力学温度を決定する方法は、試料表面の熱力学温度を高い精度で決定することができるため、その産業上の利用可能性は大きい。