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特開2024-41480内歯車加工用ブローチおよびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024041480
(43)【公開日】2024-03-27
(54)【発明の名称】内歯車加工用ブローチおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23F 21/26 20060101AFI20240319BHJP
   B23P 15/42 20060101ALI20240319BHJP
   B24C 1/10 20060101ALI20240319BHJP
【FI】
B23F21/26
B23P15/42
B24C1/10 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022146317
(22)【出願日】2022-09-14
(71)【出願人】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100192614
【弁理士】
【氏名又は名称】梅本 幸作
(74)【代理人】
【識別番号】100158355
【弁理士】
【氏名又は名称】岡島 明子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 嗣紀
(72)【発明者】
【氏名】上田 志津代
(57)【要約】
【課題】内歯車加工用ブローチ素材の表面に硬質皮膜を被覆しなくても、当該内歯車加工用ブローチの耐摩耗性を向上させて、切削加工時における被削材との潤滑性を保持できる内歯車加工用ブローチおよびその製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明の内歯車加工用ブローチは、複数の切れ刃が円周方向および軸方向に形成されており、これらの切れ刃の表面に窒化処理を施して、かつ切れ刃の逃げ面またはすくい面の少なくともいずれか一方に直径1μm以上10μm以下の複数の凹部X2を備える。この場合、切れ刃の表面における圧縮残留応力の絶対値を1200MPa以上1600MPa以下の範囲とする。
【選択図】図4

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の切れ刃が円周方向および軸方向に形成されている内歯車加工用ブローチであって、前記切れ刃の表面には窒化処理が施されており、かつ前記切れ刃の逃げ面またはすくい面の少なくともいずれか一方に直径1μm以上10μm以下の複数の凹部を備えていることを特徴とする内歯車加工用ブローチ。
【請求項2】
前記切れ刃の表面における圧縮残留応力の絶対値は1200MPa以上1600MPa以下であることを特徴とする請求項1に記載の内歯車加工用ブローチ。
【請求項3】
請求項1または2に記載の内歯車加工用ブローチの製造方法であって、高速度工具鋼製の内歯車加工用ブローチ母材にショットピーニング処理を行う第1工程と、前記第1工程後に、前記高速度工具鋼製の内歯車加工用ブローチ母材をリン酸系水溶液に浸漬する第2工程と、前記第2工程後に前記高速度工具鋼製の内歯車加工用ブローチ母材へ窒化処理を行う第3工程と、を有することを特徴とする内歯車加工用ブローチの製造方法。
【請求項4】
前記リン酸系水溶液は、ピロリン酸塩およびメタリン酸カリウムの混合水溶液であることを特徴とする請求項3に記載の内歯車加工用ブローチの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、素材の内面に歯車加工を行う内歯車加工用ブローチおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、TiAlNやAlCrNなどに代表される硬質皮膜を被覆した工具について、これらの硬質皮膜を工具の素材表面に被覆することで工具の耐摩耗性を高めている。
【0003】
例えば、特許文献1に開示されているように、工具素材が高速度工具鋼である場合に、工具素材である高速度工具鋼を薬剤に浸漬し、表面の炭化物を溶かす(溶出する)ことで炭化物を除去した後、工具の表面に硬質皮膜を被覆する方法がある。
【0004】
また、特許文献2に開示されているように、工具素材の表面にショットピーニング法等の機械的な処理を施すことで工具素材の表面に圧縮応力を付与することで、工具表面に硬質皮膜を被覆した際に密着強度を向上させる方法もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005-186227号公報
【特許文献2】特開昭62-278224号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に示す方法にて炭化物を除去する際に使用した薬剤は、工具素材W100の表面に一部だけ表出している炭化物(図5に示すB1部分)や工具素材W100の表面より深い位置にある炭化物(図5に示すC1部分)まで工具素材W100の表面に存在する微小クラックから入り込んで溶出させる(図6および図7に示すA2,B2,C2)。その後に、工具素材W100の表面に対して窒化処理などを行い、表面硬化層d100を施す場合もある。
【0007】
そのため、工具素材の表面に硬質皮膜を被覆しても、これらの空隙は工具素材に残存した状態となり、工具の使用時にはこれらの空隙部分が起点となって、最終的には硬質皮膜が破壊され、寿命低下の一因となっていた。
【0008】
一方、特許文献2で示す方法にて炭化物を除去すると、工具素材の表面に大きく露出した炭化物は除去できるが、工具素材の表面に一部だけ表出している炭化物(図5に示すのB1部分)や工具素材の表面より深い位置にある炭化物(図5に示すC1部分)は除去できず、硬質皮膜と工具素材の密着性低下を引き起こす恐れがあった。
【0009】
そこで、本発明は工具(内歯車加工用ブローチ)素材の表面に硬質皮膜を被覆しなくても、工具(内歯車加工用ブローチ)の耐摩耗性が向上し、切削加工時の潤滑性を保持できる内歯車加工用ブローチおよびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
内歯車加工用ブローチの発明は、複数の切れ刃が円周方向および軸方向に形成されている内歯車加工用ブローチにおいて、当該切れ刃の表面に窒化処理を施して、当該切れ刃の逃げ面またはすくい面の少なくともいずれか一方に直径1μm以上10μm以下の複数の凹部を備えている。また、これら切れ刃の表面における圧縮残留応力の絶対値を1200MPa以上1600MPa以下の範囲にすることもできる。
【0011】
次に、内歯車加工用ブローチの製造方法の発明は、高速度工具鋼製の内歯車加工用ブローチ母材(素材)にショットピーニング処理を行う第1工程、高速度工具鋼製の内歯車加工用ブローチ母材をリン酸系水溶液に浸漬する第2工程および高速度工具鋼製の内歯車加工用ブローチ母材へ窒化処理を行う第3工程から形成する。
【0012】
この場合に、リン酸系水溶液としてピロリン酸塩およびメタリン酸カリウムの混合水溶液を使用することもできる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の内歯車加工用ブローチは、硬質皮膜を被覆する替わりに窒化処理によって当該ブローチの表面が硬化されており、切れ刃の逃げ面またはすくい面には複数の凹部が設けられている。そのため、切削加工時に外部から供給される切削油剤が当該凹部に溜まり、当該凹部は油だまりの役割を果たす。その結果、各切れ刃の凹部から切削油剤が切れ刃に絶え間なく供給されることで各切れ刃の潤滑性が保持できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の製造方法に係る第1工程前の工具素材W1の模式断面図である。
図2】本発明の製造方法に係る第1工程後の工具素材W1の模式断面図である。
図3】本発明の製造方法に係る第2工程後の工具素材W1の模式断面図である。
図4】本発明の製造方法に係る第3工程後の工具素材W1の模式断面図である。
図5】従来の工具素材W100の表面状態(炭化物溶出前)を示す模式図である。
図6】従来の工具素材W100の表面状態(炭化物溶出後)を示す模式図である。
図7】従来の工具素材W100の表面状態(窒化処理後)を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法の一実施形態について説明する。本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法は、大きく分けて以下の三工程から構成される。すなわち、工具素材(高速度工具鋼製の内歯車加工用ブローチ母材)の表面への圧縮応力の付与とクラックの除去を目的として工具素材に対してショットピーニング処理を行う第1工程、当該第1工程後に炭化物の溶解除去を目的として薬剤(リン酸系水溶液)を用いて炭化物を溶出する第2工程、当該第2工程後に工具素材の表面に対して窒化処理を行う第3工程である。
【0016】
本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法を用いた工具素材W1の表面状態の変化の模式図を図1~4に示す。工具素材(高速度工具鋼)W1に硬質皮膜を被覆する前の表面状態は、図1に示す様に工具素材W1の表面に大きく出ている炭化物(図1中のX1部分)、一部のみが表面に出ている炭化物(図1中のY1部分)、表面近傍に存在しており微小なクラックで表面とつながっている炭化物(図1中のZ1部分)など種々の形態が存在する。
【0017】
図1に示す工具素材W1の表面に対して、まず本発明の第1工程として図2に示す様にショットピーニングSによりあらかじめ工具素材W1の表面に圧縮残留応力を付与する。同時に、工具素材W1の表面の微小なクラックを押しつぶして、次の工程における薬液が侵入する経路を消失させる役割を果たす。ショットピーニングにより工具素材(特に切れ刃)の表面における圧縮残留応力の絶対値は1200MPa以上1600MPa以下とすることが好ましい。なお、切れ刃の圧縮残留応力は、X線回折装置などの各種機器を使用して測定できる。
【0018】
また、ショットピーニングについては、例えばエアーブラストサクション式(エア圧:0.1~2.5MPa)やインペラ式などが使用できる。使用するメディアは、各種金属製メディア(平均粒子径:2~200μm)やジルコニア等のセラミック製メディア(平均粒子径:0.1~400μm)が使用できる。
【0019】
次に、本発明の第2工程として工具素材をリン酸系水溶液に浸漬して、図1に示すX1部分に存在する炭化物を除去する。この際、一部のみが表面に出ている炭化物(図1中のY1部分)も溶出するが、当該炭化物が溶出した後に工具素材W1の表面は圧縮応力が解放されて、結果的にその空隙は塞がれる。
【0020】
一方、工具素材の内部の存在する炭化物(図1中のZ1部分)は、薬液の侵入する経路も第1工程のショットピーニングによって塞がれているため溶出しない。なお、リン酸系水溶液としてピロリン酸塩とメタリン酸カリウムの混合水溶液を用いるのが好ましい。また、リン酸系水溶液への浸漬後に引き続き、過酸化水素水溶液に浸漬することもできる。
【0021】
この第2工程の後に、第3工程として工具素材W1に対して窒化処理を行うことで表面が硬化して、表面硬化層d1が形成される(表面硬化処理)。なお、図4に示すように当初炭化物の一部が表出していた部分(図1に示すX1部分、図3に示すX2部分)であり、第2工程により凹部X2が形成される。当該窒化処理を行っても工具素材W1に表面硬化層d1は形成されるが、凹部X2の形状は何ら変化しない。
【0022】
本発明の製造方法により製造した内歯車加工用ブローチの切れ刃の表面には窒化処理が施されることで硬化処理されており、切れ刃の逃げ面またはすくい面の少なくともいずれか一方に直径1μm以上10μm以下の複数の凹部を備えている。そのため、切削加工時に外部から供給される切削油剤が当該凹部に溜まり、当該凹部は油だまりの役割を果たすので、各切れ刃の凹部から切削油剤が切れ刃に絶え間なく供給されることで各切れ刃の潤滑性が保持できるという効果が期待できる。
【0023】
なお、凹部は高速度工具鋼中の炭化物が溶出してできたくぼみであり、その大きさは高速度工具鋼中の炭化物の大きさとほぼ等しい。これら炭化物がほぼ直径1μm以上10μm以下であることから、凹部の大きさを上記の範囲とした。また、凹部の数は、例えば顕微鏡による視野範囲(50μm四方)の中で少なくとも20個以上存在することが望ましい。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7