(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024041505
(43)【公開日】2024-03-27
(54)【発明の名称】溶接トーチ、アーク溶接装置及びアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/32 20060101AFI20240319BHJP
B23K 9/29 20060101ALI20240319BHJP
【FI】
B23K9/32 J
B23K9/29 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022146360
(22)【出願日】2022-09-14
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】下田 陽一朗
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001LD07
4E001LH06
4E001NA01
(57)【要約】
【課題】作業環境及び溶接作業性を向上させることができる溶接トーチ、アーク溶接装置及びアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】溶接トーチ10は、母材に溶接ワイヤ12を供給する溶接トーチ本体部と、溶接ワイヤ12を案内するコンタクトチップ13と、コンタクトチップ13の周囲を囲み、少なくともコンタクトチップ13との間にシールドガス供給路14を構成するノズル15と、ノズル15の周囲を囲む第1筒状部材16と、を有する。第1筒状部材16は、母材側の先端に母材に当接される当接部17と、当接部17から離隔し、ノズル15の外周面に対向する位置に形成された第1ガス排出口18と、を有する。また、ノズル15と第1筒状部材16との間に、第1ガス排出口18に連通する第1排出路19が構成されている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材に溶接ワイヤを供給する溶接トーチ本体部と、
前記溶接ワイヤを案内するコンタクトチップと、
前記コンタクトチップの周囲を囲み、少なくとも前記コンタクトチップとの間にシールドガスの供給路を構成するノズルと、
前記ノズルの周囲を囲む第1筒状部材と、を有し、
前記第1筒状部材は、前記母材側の先端に前記母材に当接される当接部と、前記当接部から離隔し、前記ノズルの外周面に対向する位置に形成された第1ガス排出口と、を有し、前記ノズルと前記第1筒状部材との間に、前記第1ガス排出口に連通する第1排出路が構成されていることを特徴とする、溶接トーチ。
【請求項2】
前記当接部は、前記母材に当接される位置に弾性シール部材を有することを特徴とする、請求項1に記載の溶接トーチ。
【請求項3】
前記ノズルは、前記母材側の先端が、前記当接部と略同一面上となる位置まで延出した延出部を備え、
前記延出部は、前記第1排出路に連通するノズル側ガス排出口を有し、
前記延出部の先端面は、前記シールドガス及び前記溶接ワイヤを通過させるノズル先端穴と、前記ノズル先端穴を中心とした凹面部と、を有することを特徴とする、請求項1に記載の溶接トーチ。
【請求項4】
さらに、前記第1筒状部材の周囲を囲む第2筒状部材を有し、
前記第2筒状部材は、第2ガス排出口を有し、前記第1ガス排出口と前記第2ガス排出口との間に、前記第1排出路に連通する第2排出路が構成されていることを特徴とする、請求項1に記載の溶接トーチ。
【請求項5】
前記第2ガス排出口は、前記第1ガス排出口よりも前記母材側の位置において、前記第1筒状部材と前記第2筒状部材との間に構成され、前記第1筒状部材は、前記第2ガス排出口よりも前記母材側に、前記第1筒状部材の円周方向外方に延出するフランジ部を有することを特徴とする、請求項4に記載の溶接トーチ。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の溶接トーチと、
前記第1排出路を通流したガスを回収する集塵装置と、を有することを特徴とする、アーク溶接装置。
【請求項7】
溶接ワイヤの先端にシールドガスを供給しつつ、溶接ワイヤと母材との間にアークを発生させて母材を溶接するアーク溶接方法であって、
前記母材の表面から、前記母材の表面に対して垂線方向に所定の間隔で離隔した位置までの領域において、前記シールドガスを遮蔽する遮蔽空間が形成されていることを特徴とする、アーク溶接方法。
【請求項8】
請求項1~5のいずれか1項に記載の溶接トーチを使用し、前記溶接ワイヤと前記母材との間にアークを発生させて前記母材を溶接する工程を有するアーク溶接方法であって、
前記母材を溶接する工程において、前記第1筒状部材の当接部を前記母材に当接させた状態で、前記ノズルの先端から前記溶接ワイヤの先端に供給された前記シールドガスを、前記第1排出路を介して排出させることを特徴とする、アーク溶接方法。
【請求項9】
請求項3に記載の溶接トーチを使用し、前記溶接ワイヤと前記母材との間にアークを発生させて前記母材を溶接する工程を有するアーク溶接方法であって、
前記母材を溶接する工程は、前記第1筒状部材の当接部を前記母材に当接させた状態で、前記ノズルの先端から前記溶接ワイヤの先端に供給された前記シールドガスを、前記第1排出路を介して排出させる工程と、
前記延出部の先端面で溶接金属の形状を制御する工程と、を有することを特徴とする、アーク溶接方法。
【請求項10】
請求項4又は5に記載の溶接トーチを使用し、前記溶接ワイヤと前記母材との間にアークを発生させて前記母材を溶接する工程を有するアーク溶接方法であって、
前記母材を溶接する工程において、前記第1筒状部材の当接部を前記母材に当接させた状態で、前記ノズルの先端から前記溶接ワイヤの先端に供給された前記シールドガスを、前記第1排出路及び前記第2排出路を介して前記第2ガス排出口から排出させることを特徴とする、アーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接トーチ、該溶接トーチを有するアーク溶接装置、及びアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、広い分野でガスシールドアーク溶接が実施されており、溶接時の溶接作業性についても、種々の検討が行われている。例えば、特許文献1には、溶接士にとって不都合な物質が取り出されるように溶接作業を行うための装置等が提案されている。上記特許文献1に記載の装置は、溶接作業を行うための装置であって、溶接ワイヤを内部において案内できる中心部材と、溶接士にとって不都合な物質を取り出すための、中心部材の外側に配置された取出し部材と、ガスを供給するための、取出し部材の外側に配置されたガス供給部材と、を備えるものである。上記装置の構成によると、溶接時に発生したヒュームは、ヒュームガス出口路及び排気導管を介して排気されるため、ヒュームが周囲に飛散することを抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に記載の装置を使用した場合に、取り出し部材の構造及び吸引の条件によっては、シールドガスの流れ状態を悪化させるため、シールド性が悪化し、大気を巻き込むことで気孔欠陥の発生に繋がることがある。
また、溶接作業者の環境及び溶接作業性を悪化させる要因としては、ヒュームのみでなく、スパッタやアーク光も挙げられるが、上記従来の溶接装置を使用しても、スパッタ及びアーク光を完全に防止することはできない。
【0005】
さらに、アルミニウム又はアルミニウム合金材をミグ(MIG:Metal Inert Gas)アーク溶接により溶接する際には、特有の強い光に加えて、スマットとよばれるMg酸化物等からなる煤(すす)が表面に付着する。したがって、作業環境及び施工後の外観が悪化するという問題点が発生する。
そこで、一般的には、必要に応じて、スマットを削る工程や、酸洗浄する工程等により、スマットを除去する処理が必要となる。
【0006】
また、アルミニウム合金板を下板とし、穴を有する鋼板を上板として、穴が形成された位置に対してミグアークスポット溶接(ASW:Arc Spot Welding)によりリベット形状の溶接金属を形成する場合に、鋼板の表面に電着塗装が施されていると、この電着塗装被膜は金属との濡れ性が悪いため、溶接金属が広がりにくくなる。その結果、リベット形状の溶接金属の頭部が穴から抜けやすくなり、接合強度が低下することがある。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、作業環境及び溶接作業性を向上させることができ、好ましくは接合強度の低下を防止することができる溶接トーチ、及び該溶接トーチを有するアーク溶接装置、並びにアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記目的は、溶接トーチに係る下記(1)の構成により達成される。
【0009】
(1) 母材に溶接ワイヤを供給する溶接トーチ本体部と、
前記溶接ワイヤを案内するコンタクトチップと、
前記コンタクトチップの周囲を囲み、少なくとも前記コンタクトチップとの間にシールドガスの供給路を構成するノズルと、
前記ノズルの周囲を囲む第1筒状部材と、を有し、
前記第1筒状部材は、前記母材側の先端に前記母材に当接される当接部と、前記当接部から離隔し、前記ノズルの外周面に対向する位置に形成された第1ガス排出口と、を有し、前記ノズルと前記第1筒状部材との間に、前記第1ガス排出口に連通する第1排出路が構成されていることを特徴とする、溶接トーチ。
【0010】
また、溶接トーチに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の(2)~(5)に関する。
【0011】
(2) 前記当接部は、前記母材に当接される位置に弾性シール部材を有することを特徴とする、(1)に記載の溶接トーチ。
【0012】
(3) 前記ノズルは、前記母材側の先端が、前記当接部と略同一面上となる位置まで延出した延出部を備え、
前記延出部は、前記第1排出路に連通するノズル側ガス排出口を有し、
前記延出部の先端面は、前記シールドガス及び前記溶接ワイヤを通過させるノズル先端穴と、前記ノズル先端穴を中心とした凹面部と、を有することを特徴とする、(1)又は(2)に記載の溶接トーチ。
【0013】
(4) さらに、前記第1筒状部材の周囲を囲む第2筒状部材を有し、
前記第2筒状部材は、第2ガス排出口を有し、前記第1ガス排出口と前記第2ガス排出口との間に、前記第1排出路に連通する第2排出路が構成されていることを特徴とする、(1)~(3)のいずれか1つに記載の溶接トーチ。
【0014】
(5) 前記第2ガス排出口は、前記第1ガス排出口よりも前記母材側の位置において、前記第1筒状部材と前記第2筒状部材との間に構成され、前記第1筒状部材は、前記第2ガス排出口よりも前記母材側に、前記第1筒状部材の円周方向外方に延出するフランジ部を有することを特徴とする、(4)に記載の溶接トーチ。
【0015】
また、本発明の上記目的は、アーク溶接装置に係る下記(6)の構成により達成される。
【0016】
(6) (1)~(5)のいずれか1つに記載の溶接トーチと、
前記第1排出路を通流したガスを回収する集塵装置と、を有することを特徴とする、アーク溶接装置。
【0017】
また、本発明の上記目的は、アーク溶接方法に係る下記(7)~(10)の構成により達成される。
【0018】
(7) 溶接ワイヤの先端にシールドガスを供給しつつ、溶接ワイヤと母材との間にアークを発生させて母材を溶接するアーク溶接方法であって、
前記母材の表面から、前記母材の表面に対して垂線方向に所定の間隔で離隔した位置までの領域において、前記シールドガスを遮蔽する遮蔽空間が形成されていることを特徴とする、アーク溶接方法。
【0019】
(8) (1)~(5)のいずれか1つに記載の溶接トーチを使用し、前記溶接ワイヤと前記母材との間にアークを発生させて前記母材を溶接する工程を有するアーク溶接方法であって、
前記母材を溶接する工程において、前記第1筒状部材の当接部を前記母材に当接させた状態で、前記ノズルの先端から前記溶接ワイヤの先端に供給された前記シールドガスを、前記第1排出路を介して排出させることを特徴とする、アーク溶接方法。
【0020】
(9) (3)に記載の溶接トーチを使用し、前記溶接ワイヤと前記母材との間にアークを発生させて前記母材を溶接する工程を有するアーク溶接方法であって、
前記母材を溶接する工程は、前記第1筒状部材の当接部を前記母材に当接させた状態で、前記ノズルの先端から前記溶接ワイヤの先端に供給された前記シールドガスを、前記第1排出路を介して排出させる工程と、
前記延出部の先端面で溶接金属の形状を制御する工程と、を有することを特徴とする、アーク溶接方法。
【0021】
(10) (4)又は(5)に記載の溶接トーチを使用し、前記溶接ワイヤと前記母材との間にアークを発生させて前記母材を溶接する工程を有するアーク溶接方法であって、
前記母材を溶接する工程において、前記第1筒状部材の当接部を前記母材に当接させた状態で、前記ノズルの先端から前記溶接ワイヤの先端に供給された前記シールドガスを、前記第1排出路及び前記第2排出路を介して前記第2ガス排出口から排出させることを特徴とする、アーク溶接方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、ヒューム、スパッタ及びスマットが周囲に飛散することを防止できるとともに、アーク光が溶接作業者に悪影響を及ぼすことを防止でき、これにより、作業環境及び溶接作業性を向上させることができる溶接トーチ、アーク溶接装置及びアーク溶接方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】
図1は、本発明の第1実施形態に係る溶接トーチを示す模式図である。
【
図3】
図3は、本発明の第2実施形態に係る溶接トーチの一部を拡大して示す断面図である。
【
図4】
図4は、本発明の第3実施形態に係るアーク溶接装置を示す模式図である。
【
図5】
図5は、第1実施例において発明例を評価するためのスポット溶接方法を示す斜視図である。
【
図6】
図6は、第1実施例において発明例を評価するためのスポット溶接方法を示す側面図である。
【
図7】
図7は、第1実施例において発明例を評価するためのスポット溶接方法を示す上面図である。
【
図8】
図8は、発明例の溶接金属及びその周辺の様子を示す図面代用写真である。
【
図9】
図9は、比較例の溶接金属及びその周辺の様子を示す図面代用写真である。
【
図10】
図10は、各試験材の溶接金属の外観及び断面を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係る溶接トーチ、アーク溶接装置及びアーク溶接方法の実施形態について、図面に基づいて詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。また、本発明は、以下に説明する第1実施形態~第3実施形態の各構成を適宜組み合わせたものも含まれるものとする。
【0025】
[第1実施形態]
<溶接トーチ>
図1は、本発明の第1実施形態に係る溶接トーチを示す模式図である。また、
図2は、
図1の一部を拡大して示す断面図である。
図1及び
図2を用いて、第1実施形態に係る溶接トーチについて説明する。
【0026】
溶接トーチ10は、溶接トーチ本体部11と、コンタクトチップ13と、ノズル15と、第1筒状部材16と、第2筒状部材21とを有する。溶接トーチ本体部11は、母材(鋼板1及びアルミニウム合金板2)に向かって溶接ワイヤ12及びシールドガス35を供給する。コンタクトチップ13は、溶接トーチ本体部11に支持され、溶接トーチ本体部11から供給された溶接ワイヤ12を母材における所定の位置に案内する。円筒状のノズル15は、コンタクトチップ13と同様に、溶接トーチ本体部11に支持されており、コンタクトチップ13の周囲に、コンタクトチップ13を囲むように配置されている。そして、ノズル15とコンタクトチップ13との間に、シールドガス供給路14が構成されている。
【0027】
円筒状の第1筒状部材16はノズル15に取り付けられており、ノズル15の周囲を囲むように配置されている。また、第1筒状部材16は、母材側の先端における全周方向に耐熱ゴムからなる弾性シール部材20を有し、弾性シール部材20は、母材に当接される当接部17を有する。したがって、当接部17を母材に当接させると、第1筒状部材16の内側には、第1筒状部材16の一方の端面、すなわち、当接部17が形成されている面が母材で閉塞された遮蔽空間S1が形成される。
【0028】
さらに、第1筒状部材16には、当接部17から離隔した位置であって、ノズル15の外周面に対向する複数の位置に、第1筒状部材16の厚さ方向に貫通する第1ガス排出口18が形成されている。そして、遮蔽空間S1から第1ガス排出口18との間に、第1排出路19が構成されている。
【0029】
第1筒状部材16よりも大径の円筒状の第2筒状部材21は、第1筒状部材16における溶接トーチ本体部11側で第1筒状部材16に取り付けられている。第2筒状部材21は、第1筒状部材16の周囲を囲み、少なくとも第1ガス排出口18が隠れるように配置されている。したがって、第2筒状部材21の母材側の端部は、第1ガス排出口18よりも母材側に位置して開放されており、この端部と第1筒状部材16の外周面との間に、第2ガス排出口22が構成されている。一方、第2筒状部材の母材と反対側の端部は、第1筒状部材に取り付けられて閉塞している。そして、第1ガス排出口18と第2ガス排出口22との間に、第1排出路19に連通する第2排出路23が構成されている。
【0030】
なお、ノズル15の外周面における所定の位置に、雄ねじ部15aが形成されているとともに、第1筒状部材16の内周面における所定の位置に、雌ねじ部16bが形成されており、これらが螺合されることにより、第1筒状部材16がノズル15に取り付けられている。また、第1筒状部材16の雌ねじ部16bが形成されている位置に対向する外周面には、雄ねじ部16aが形成されており、第2筒状部材21の内周面における所定の位置に、雌ねじ部21bが形成されており、これらが螺合されることにより、第2筒状部材21が、第1筒状部材16を介してノズル15に取り付けられている。したがって、第1筒状部材16及び第2筒状部材21は、それぞれノズル15から取り外し可能に構成されている。
【0031】
また、本実施形態においては、第2筒状部材21と第1筒状部材16との螺合の度合いによって、第2筒状部材21の高さを変化させると、第2ガス排出口22の幅が変化するように構成されており、第2ガス排出口22からのガスの排出の度合いを制御することができる。
【0032】
<アーク溶接方法>
次に、上記第1実施形態に係る溶接トーチを使用したアーク溶接方法について、
図2を用いて説明する。
【0033】
(母材を準備する工程)
まず、母材としてアルミニウム合金板2の上に鋼板1を重ね合わせたものを準備する。鋼板1におけるアルミニウム合金板2との接合予定位置には、予め穴1aを設けている。
【0034】
(母材を溶接する工程)
次に、溶接ワイヤ12が鋼板1の穴1aの中心に位置するように溶接トーチ10を母材(鋼板1及びアルミニウム合金板2)の上方から配置する。その後、第1筒状部材16の弾性シール部材20における当接部17を鋼板1の上面に当接させた状態で、
図2中に矢印で示すように、コンタクトチップ13とノズル15との間のシールドガス供給路14を介して、溶接ワイヤ12の先端に向けて、シールドガス35を供給する。これにより、第1筒状部材16に囲まれた遮蔽空間S1がシールドガス35で充填される。なお、シールドガス35を供給し続けることにより、遮蔽空間S1内のシールドガス35は、ノズル15と第1筒状部材16との間の第1排出路19、第1筒状部材16に設けられた第1ガス排出口18、及び第1筒状部材16と第2筒状部材21との間の第2排出路23を介して、第2ガス排出口22から外部に排出される。
【0035】
そして、遮蔽空間S1に向けてシールドガス35を流しつつ、溶接ワイヤ12及びアルミニウム合金板2に電圧を印加し、両者の間にアークを発生させる。これにより、アルミニウム又はアルミニウム合金製の溶接ワイヤ12及びアルミニウム合金板2を溶融させ、穴1aを不図示の溶接金属で充填するとともに、穴1aよりも大きい径の溶接金属を穴1aの上方及び鋼板1の上面に形成し、アルミニウム合金板2と鋼板1とを溶接金属によって接合する。
【0036】
上記第1実施形態に係る溶接トーチ及びアーク溶接方法においては、第1筒状部材16の当接部17が母材に当接している。このため、母材の表面から、母材の表面に対して垂線方向に所定の間隔で離隔した位置までの領域、具体的には、母材の表面から第1筒状部材16の第1ガス排出口18までの領域において、シールドガス35を遮蔽する遮蔽空間S1が形成されている。そして、溶接はこの遮蔽空間S1内で行われるため、溶接時に発生するヒューム、スパッタ及びスマットが第1筒状部材16から外側に飛散することを抑制することができる。また、第2筒状部材21が、第1筒状部材16に形成された第1ガス排出口18が隠れるように配置されているため、溶接作業者の視野の範囲内でアーク光が発生することによる作業環境の劣化を防止することができる。
【0037】
また、本実施形態において、第1筒状部材16及び第2筒状部材21は、ノズル15から取り外し可能に構成されているため、仮に、第1筒状部材16の内表面にヒューム、スパッタ及びスマット等が付着しても、容易に取り外して清掃又は交換することができる。したがって、溶接作業性を向上させることができる。
【0038】
さらに、本実施形態においては、第2筒状部材21と第1筒状部材16との螺合の強度を変化させることにより、第2ガス排出口22からのガスの排出量を制御することができるため、必要に応じてガスの排出量を増減させ、遮蔽空間S1へのシールドガス35の充填量を調整することができる。
【0039】
なお、上記第1実施形態においては、第1筒状部材16の母材側の先端に弾性シール部材20が取り付けられており、これにより、第1筒状部材16の当接部17と鋼板1とを隙間なく密着させることができる。その結果、ヒューム、スパッタ及びスマットの飛散を防止する優れた効果を得ることができる。ただし、本発明においては、弾性シール部材20を取り付けず、第1筒状部材16の母材側の先端面を当接部17とすることができ、このような構成であっても、鋼板1の表面形状及び溶接姿勢等によっては、ヒューム、スパッタ及びスマットの飛散を十分に防止することができる。
【0040】
また、上記第1実施形態に係る溶接トーチ10は、第1筒状部材16の周囲を囲む第2筒状部材21を有しているが、第2筒状部材21は必ずしも必要ではない。具体的には、遮蔽空間S1内のシールドガス35を、ノズル15と第1筒状部材16との間の第1排出路19を介して、第1筒状部材16に設けられた第1ガス排出口18から外部に排出されるものであってもよい。このような構成であっても、第1筒状部材16が取り付けられていない従来の溶接トーチと比較して、ヒューム、スパッタ及びスマットの飛散を防止するとともに、アーク光による作業環境の劣化を防止することができる。
【0041】
[第2実施形態]
<溶接トーチ>
図3は、本発明の第2実施形態に係る溶接トーチの一部を拡大して示す断面図である。
図3に示す第2実施形態において、
図2に示す第1実施形態と同一物には同一符号を付して、溶接トーチ及びアーク溶接方法の詳細な説明は省略又は簡略化する。また、
図3に示す第2実施形態に係る溶接トーチ40の全体図は、
図1と同様であるため、図示を省略する。
【0042】
第2実施形態において、ノズル15は、母材側の先端が、第1筒状部材16の当接部17と略同一面上となる位置まで延出した延出部25を有する。この延出部25はノズル15と同一の銅製であって、先端近傍にノズル側ガス排出口24が形成されており、ノズル側ガス排出口24は、ノズル15と第1筒状部材16との間に形成された第1排出路19に連通している。また、延出部25の先端面25aは、シールドガス35及び溶接ワイヤ12を通過させるノズル先端穴26と、ノズル先端穴26を中心とした凹面部27と、を有する。
【0043】
また、第2実施形態において、第1筒状部材16には、第2ガス排出口22よりも母材側に、第1筒状部材16の円周方向外方に延出するフランジ部28が形成されている。
【0044】
<アーク溶接方法>
上記第2実施形態に係る溶接トーチ40を使用したアーク溶接方法について、
図3を用いて説明する。なお、母材を準備する工程は、第1実施形態と同様であるため、記載を省略する。
【0045】
(母材を溶接する工程)
第1実施形態に係るアーク溶接方法と同様に、第1筒状部材16の弾性シール部材20における当接部17を鋼板1の上面に当接させた状態で、遮蔽空間S1をシールドガス35で充填しつつ、溶接を実施する。本実施形態において、シールドガス供給路14を通過したシールドガス35は、ノズル側ガス排出口24を介して、遮蔽空間S1に充填される。また、遮蔽空間S1は、第1筒状部材16により遮蔽されているため、シールドガス35は、ノズル先端穴26を介して、凹面部27と鋼板1及びアルミニウム合金板2との間の矮小空間S2にも供給される。その後、矮小空間S2内のシールドガス35は、ノズル先端穴26及びノズル側ガス排出口24を介して、遮蔽空間S1に移動する。遮蔽空間S1以降のシールドガス35の通路は、第1実施形態と同様である。
【0046】
その後、溶接ワイヤ12とアルミニウム合金板2との間にアークを発生させ、鋼板1の穴1aの内部及び鋼板1の上面に溶接金属を形成する。このとき、延出部25の先端面25aで溶接金属の形状を制御する。
【0047】
上記第2実施形態に係る溶接トーチ40及びアーク溶接方法においても、第1筒状部材16によって遮蔽空間S1が形成されているため、溶接時に発生するヒューム、スパッタ及びスマットが第1筒状部材16から外側に飛散することを抑制することができるとともに、溶接作業者の作業環境を良好に保つことができる。また、鋼板1の上面に電着塗装が施されている場合に、電着塗装被膜は金属との濡れ性が悪いため、溶接金属が広がりにくくなる。一方、本実施形態によると、延出部25の先端面25aが凹面部27を有しており、この凹面部27で溶融金属の頭部を鋼板1の上面に平行な方向に拡大させ、形状を整えることができるため、優れた接合強度を得ることができる。なお、本実施形態において、延出部25は銅製であるため、溶融金属と延出部25の先端面25aとが接合されることはなく、凹面部27の形状に沿って優れた形状を有する溶接金属を得ることができる。
【0048】
ここで、例えば第1実施形態に係る溶接トーチ10を用いて溶接を実施した場合に、第2排出路23を通過して第2ガス排出口22から排出されるシールドガス35に、溶接ワイヤ12中のMg等が酸化物となって混在していると、この酸化物がシールドガス35とともに排出されて、スマットが発生することがある。本実施形態においては、第1筒状部材16に、その円周方向外方に延出するフランジ部28が形成されているため、第2ガス排出口22から母材側に向けて排出されたMg酸化物等をフランジ部28の上面で受けることができる。したがって、本実施形態によると、第1筒状部材16の外側に拡散されるおそれがある微量のスマットも完全に防止することができる。
【0049】
ノズル15の延出部25が、第1筒状部材16の当接部17と同一面上となる位置まで延出していると、延出部25の先端は、第1筒状部材16と同様に、鋼板1の上面に当接されるため、優れた形状の溶接金属を得ることができる。ただし、ノズル15の延出部25は、第1筒状部材16の当接部17と完全に同一面上である必要はなく、例えば、第1筒状部材16の当接部17を鋼板1の上面に当接させた状態で、延出部25の先端が鋼板1の上面から若干離隔していても、溶接金属の形状を制御する効果を十分に得ることができる。
【0050】
[第3実施形態]
<アーク溶接装置>
図4は、本発明の第3実施形態に係るアーク溶接装置を示す模式図である。
図4に示す第3実施形態において、
図2に示す第1実施形態と同一物には同一符号を付して、溶接トーチ及びアーク溶接方法の詳細な説明は省略又は簡略化する。また、
図4に示す第3実施形態における溶接トーチ50の全体図は、
図1と同様であるため、図示を省略する。
【0051】
第3実施形態において、アーク溶接装置51は、溶接トーチ50と、溶接トーチ50に連結された集塵装置34とを有する。溶接トーチ50において、第1筒状部材16の周囲を囲む第2筒状部材21は、下側部材29と上側部材30とにより構成されている。下側部材29は、第1筒状部材16の第1ガス排出口18よりも母材側の端部において第1筒状部材16に固定され、閉塞しており、第1ガス排出口18よりも母材と反対側の端部は開放されている。上側部材30は、母材側の端部で下側部材に取り付けられており、他方の端部でノズル15に取り付けられ、閉塞している。また、上側部材30の側面には、第2ガス排出口31となる貫通穴が設けられているとともに、この貫通穴が形成された位置に、外方に突出するホース接続部32が設けられている。さらに、ホース接続部32は、ホース33によって集塵装置34に連結されている。
【0052】
<アーク溶接方法>
上記第3実施形態に係るアーク溶接装置51を使用したアーク溶接方法が、第1実施形態で説明したアーク溶接方法と異なる点は、シールドガス35の流路のみであり、その他の工程は第1実施形態とほとんど同様である。したがって、第1実施形態と異なる部分について、以下に第3実施形態に係るアーク溶接方法について説明する。
【0053】
(母材を溶接する工程)
溶接ワイヤ12とアルミニウム合金板2との間にアークを発生させる前に、シールドガス供給路14を介して、溶接ワイヤ12の先端に向けてシールドガス35を供給し、第1筒状部材16に囲まれた遮蔽空間S1をシールドガス35で充填する。その後、遮蔽空間S1内のシールドガス35を、ノズル15と第1筒状部材16との間の第1排出路19、第1筒状部材16に設けられた第1ガス排出口18、第1筒状部材16と第2筒状部材21との間の第2排出路23及び第2ガス排出口31から排出させ、ホース33を介して集塵装置34によって回収する。
【0054】
上記第3実施形態に係るアーク溶接装置51を使用した溶接方法においても、第1実施形態と同様の効果を得ることができる。また、本実施形態によると、第1排出路を通流するシールドガス35を、溶接により発生するMg等の酸化物とともに、第1ガス排出口18及び第2排出路23を介して、第2ガス排出口31から排出させ、集塵装置34により完全に回収することができるため、第1筒状部材16の外側にスマットが拡散されることを完全に防止することができる。
【0055】
なお、第3実施形態に係るアーク溶接装置51におけるノズル15は、第2実施形態に示すような延出部25を有していてもよい。これにより、上面に電着塗装被膜が形成された鋼板1を使用した場合であっても、優れた形状の溶接金属が得られ、高い接合強度を得ることができる。
【0056】
次に、本実施形態において使用することが好適である溶接方法、母材及び溶接ワイヤについて、以下に説明する。
【0057】
<溶接方法>
本発明に係る溶接トーチ及びアーク溶接装置は、溶接ワイヤと母材との間にアークを発生させて溶接するガスシールドアーク溶接方法に適用されるものであり、その他の溶接条件等について特に限定されない。例えば、MIGアーク溶接のように、特有の強いアーク光やスマットが発生される溶接方法に対して、特に好適に使用することができる。また、第2実施形態に係る溶接トーチは、上板の穴にリベット形状の溶接金属を形成することにより上板と下板とを接合するミグアークスポット溶接において、上板とされる鋼板の表面に電着塗装が施されている場合に、特に好適である。
【0058】
<母材>
本発明に係るアーク溶接方法において、母材の種類は特に限定されないが、鋼板やアルミニウム又はアルミニウム合金板を使用することができる。
【0059】
<溶接ワイヤ>
本発明に係るアーク溶接方法において、溶接ワイヤの種類は特に限定されず、母材や要求される溶接金属の性能に合わせて、適宜選択することができる。なお、Al-Mg系の溶接ワイヤを使用した場合に、スマットが発生することが知られている。したがって、Al-Mg系の溶接ワイヤを使用する場合に、広範囲にスマットが発生することを抑制することができる本発明は特に好適である。
【実施例0060】
[第1実施例]
<スポット溶接>
発明例として、
図2に示す溶接トーチ10を使用してスポット溶接を実施し、溶接金属の周囲におけるスマットの付着について評価した。
図5は、第1実施例において発明例を評価するためのスポット溶接方法を示す斜視図であり、
図6はその側面図、
図7はその上面図である。
図5~
図7に示すように、アルミニウム合金板2の上に、複数の穴1aを設けた鋼板1を重ねて配置し、アルミニウム合金板2の下には不図示の裏板を配置して、各穴1aに対してスポット溶接を実施した。鋼板1及びアルミニウム合金板2の種類、並びに溶接条件を以下に示す。
【0061】
鋼板1:GA980MPa級鋼鈑、板厚1.4mm
アルミニウム合金板:6000系アルミニウム合金板、板厚2.0mm
溶接機電源:パルスMAG/MIG溶接電源 Welbee Inverter P500L、株式会社ダイヘン製
電流-電圧(指令値):150A-25V
電流-電圧(実測値):153A-25V
アークタイム:2.0秒
シールドガス:100%Ar
溶接ワイヤ:A-5356WY、ワイヤ径1.2mm
その他:ワイヤ供給制御あり(シンクロフィードモード)
【0062】
なお、鋼板1及びアルミニウム合金板2は、上面視で長方形である。鋼板1は、幅が150mm、長手方向の長さが500mmであり、幅方向に30mm間隔で4個ずつ、長手方向に30mm間隔で15列で、合計60個の直径が9mmの穴1aを形成した。そして、鋼板1の長手方向端面に最も近い4個の穴1aに対して順番に溶接金属を形成し、その後、図隣り合う列の4個の穴1aに対して溶接金属を形成し、これを繰り返して8列目まで進み、合計32個の穴1aに対して溶接を実施した。
【0063】
比較例としては、1個の穴を有する鋼板をアルミニウム合金板の上に配置し、第1筒状部材16及び第2筒状部材21等が取り付けられていない従来の溶接トーチを使用して、スポット溶接を実施した。
【0064】
<スマット及び作業環境の評価>
図8は、発明例の溶接金属及びその周辺の様子を示す図面代用写真である。
図8における矢印は、溶接開始から8番目の穴までの溶接の順序を示しており、その後も同様の順序で溶接を実施している。また、
図9は、比較例の溶接金属及びその周辺の様子を示す図面代用写真である。
図8に示すように、本発明に係る溶接トーチを使用して溶接を実施した場合に、第1筒状部材16の内側においては、溶接金属60の周囲にスマット61が付着したが、第1筒状部材16から外側にはスマットがほとんど付着しなかった。また、溶接時においても、溶接作業者からはアーク光が見えず、優れた作業環境で溶接することができた。なお、32箇所全ての溶接において、同様の優れた結果が得られたため、溶接は32箇所で終了した。
【0065】
一方、
図9に示すように、従来の溶接トーチを使用して溶接を実施した比較例については、溶接金属70の周囲にスマット71が広範囲に拡散して付着した。また、溶接時に強いアーク光が発生し、作業環境が悪いものとなった。
【0066】
[第2実施例]
<スポット溶接>
アルミニウム合金板2の上に、穴1aを有し、表面に電着塗装被膜1bを形成した鋼板1を重ねて配置した母材を2組準備し、異なる溶接トーチを使用してスポット溶接を実施し、溶接金属の形状について評価した。具体的に、試験材No.1は、
図2に示す溶接トーチ10を使用し、試験材No.2は、
図3に示す溶接トーチ40を使用した。溶接条件等は、上記第1実施例と同様とした。
【0067】
<溶接金属の形状の評価>
図10は、各試験材の溶接金属の外観及び断面を示す図面代用写真である。
図10に示すように、試験材No.1は、電着塗装被膜1bが形成されていない第1実施例の溶接金属60と比較して、溶接金属62の頭部の広がりが小さくなった。これに対して、
図3に示す溶接トーチ40を使用した試験材No.2は、試験材No.1と比較して、溶接金属63の頭部が広がり、優れた強度を有する接合部が形成された。