IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本精工株式会社の特許一覧

特開2024-41528転がり軸受の異常診断装置、異常診断方法、およびプログラム
<>
  • 特開-転がり軸受の異常診断装置、異常診断方法、およびプログラム 図1
  • 特開-転がり軸受の異常診断装置、異常診断方法、およびプログラム 図2
  • 特開-転がり軸受の異常診断装置、異常診断方法、およびプログラム 図3
  • 特開-転がり軸受の異常診断装置、異常診断方法、およびプログラム 図4
  • 特開-転がり軸受の異常診断装置、異常診断方法、およびプログラム 図5
  • 特開-転がり軸受の異常診断装置、異常診断方法、およびプログラム 図6
  • 特開-転がり軸受の異常診断装置、異常診断方法、およびプログラム 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024041528
(43)【公開日】2024-03-27
(54)【発明の名称】転がり軸受の異常診断装置、異常診断方法、およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01M 13/045 20190101AFI20240319BHJP
【FI】
G01M13/045
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022146394
(22)【出願日】2022-09-14
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】小野 晃一朗
(72)【発明者】
【氏名】伴野 将大
(72)【発明者】
【氏名】北内 征士郎
【テーマコード(参考)】
2G024
【Fターム(参考)】
2G024AC01
2G024AC05
2G024BA27
2G024CA13
2G024DA09
2G024FA04
2G024FA06
2G024FA15
(57)【要約】
【課題】バンドパスフィルタを用いることなく、高精度に転がり軸受の異常診断を行うことが可能な方法を提供する
【解決手段】転がり軸受の異常診断装置は、転がり軸受の振動情報を取得する振動情報取得手段と、前記振動情報から、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)処理により、第1の振動情報を分離する分離手段と、前記第1の振動情報を用いて周波数分析を行う分析手段と、前記転がり軸受に生じる損傷に対応する理論周波数を取得する理論周波数取得手段と、前記分析手段にて分析された周波数と、前記理論周波数取得手段にて取得された理論周波数とを比較することにより、前記転がり軸受の異常診断を行う診断手段と、を有する。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の振動情報を取得する振動情報取得手段と、
前記振動情報から、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)処理により、第1の振動情報を分離する分離手段と、
前記第1の振動情報を用いて周波数分析を行う分析手段と、
前記転がり軸受に生じる損傷に対応する理論周波数を取得する理論周波数取得手段と、
前記分析手段にて分析された周波数と、前記理論周波数取得手段にて取得された理論周波数とを比較することにより、前記転がり軸受の異常診断を行う診断手段と、
を有することを特徴とする転がり軸受の異常診断装置。
【請求項2】
前記分離手段は、前記振動情報のスペクトログラムに対し、周波数方向にメディアンフィルタを適用することで、前記第1の振動情報を分離することを特徴とする請求項1に記載の異常診断装置。
【請求項3】
前記理論周波数取得手段は、前記転がり軸受を構成する複数の部位それぞれにて生じる損傷に対応した理論周波数および当該理論周波数の高調波を取得することを特徴とする請求項1に記載の異常診断装置。
【請求項4】
前記診断手段による診断結果を出力する出力手段を更に有し、
前記出力手段は、前記転がり軸受における異常の有無、異常が生じている部位、異常の種類、前記第1の振動情報のうちの少なくとも1つを含めて出力する、請求項1に記載の異常診断装置。
【請求項5】
転がり軸受の振動情報を取得する振動情報取得工程と、
前記振動情報から、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)処理により、打楽器音成分に対応する第1の振動情報を分離する分離工程と、
前記第1の振動情報を用いて周波数分析を行う分析工程と、
前記転がり軸受に生じる損傷に対応する理論周波数を取得する理論周波数取得工程と、
前記分析工程にて分析された周波数と、前記理論周波数取得工程にて取得された理論周波数とを比較することにより、前記転がり軸受の異常診断を行う診断工程と、
を有することを特徴とする転がり軸受の異常診断方法。
【請求項6】
コンピュータに、
転がり軸受の振動情報を取得する振動情報取得工程と、
前記振動情報から、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)処理により、打楽器音成分に対応する第1の振動情報を分離する分離工程と、
前記第1の振動情報を用いて周波数分析を行う分析工程と、
前記転がり軸受に生じる損傷に対応する理論周波数を取得する理論周波数取得工程と、
前記分析工程にて分析された周波数と、前記理論周波数取得工程にて取得された理論周波数とを比較することにより、前記転がり軸受の異常診断を行う診断工程と、
を実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、転がり軸受の異常診断装置、異常診断方法、およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、機械装置は転がり軸受を備える。転がり軸受の状態を監視し、その状態に応じた制御を行うことで、機械装置の不具合などを防止し、より適切に動作させることが行われている。転がり軸受の状態監視に用いられる情報としては、振動、音、もしくは回転速度などが用いられている。例えば、転がり軸受に傷が生じた場合、傷が生じている部位(内輪、外輪、転動体、保持器など)に応じて、特定の間隔で音振動が発生する。この音振動発生周波数(理論周波数)は、回転速度情報および軸受内部諸元から算出することができる。得られた音振動データをエンベロープ処理して周波数分析したスペクトルのピークと、理論周波数とを比較照合することで軸受の異常を診断することができる。
【0003】
特許文献1では、転がり軸受から測定した振動信号をエンベロープ処理して周波数分析することによって、軸受の異常診断を行っている。このとき、特許文献1では、バンドパスフィルタを用いて測定した振動信号から非損傷軸受成分をノイズとして除去している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2016-170085号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
診断精度を向上させるために、エンベロープ処理の前にバンドパスフィルタを用いて軸受の固有振動数に対応した特定周波数帯域を抽出し、非損傷軸受成分をノイズとして除去する方法も用いられている。一般に、軸受の固有振動数は不明であるため、固有振動数を予め求めてバンドパスフィルタで抽出するべき周波数帯域を決定することが必要となる。特許文献1では、追加で打撃試験および打撃により発生した音響の周波数分析が必要となる。
【0006】
上記課題を鑑み、本願発明は、バンドパスフィルタを用いることなく、非損傷軸受成分をノイズとして除去し、高精度に転がり軸受の異常診断を行うことが可能な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本願発明は以下の構成を有する。すなわち、転がり軸受の異常診断装置であって、
転がり軸受の振動情報を取得する振動情報取得手段と、
前記振動情報から、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)処理により、第1の振動情報を分離する分離手段と、
前記第1の振動情報を用いて周波数分析を行う分析手段と、
前記転がり軸受に生じる損傷に対応する理論周波数を取得する理論周波数取得手段と、
前記分析手段にて分析された周波数と、前記理論周波数取得手段にて取得された理論周波数とを比較することにより、前記転がり軸受の異常診断を行う診断手段と、
を有する。
【0008】
また、本願発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、転がり軸受の異常診断方法であって、
転がり軸受の振動情報を取得する振動情報取得工程と、
前記振動情報から、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)処理により、打楽器音成分に対応する第1の振動情報を分離する分離工程と、
前記第1の振動情報を用いて周波数分析を行う分析工程と、
前記転がり軸受に生じる損傷に対応する理論周波数を取得する理論周波数取得工程と、
前記分析工程にて分析された周波数と、前記理論周波数取得工程にて取得された理論周波数とを比較することにより、前記転がり軸受の異常診断を行う診断工程と、
を有する。
【0009】
また、本願発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、プログラムであって、
コンピュータに、
転がり軸受の振動情報を取得する振動情報取得工程と、
前記振動情報から、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)処理により、打楽器音成分に対応する第1の振動情報を分離する分離工程と、
前記第1の振動情報を用いて周波数分析を行う分析工程と、
前記転がり軸受に生じる損傷に対応する理論周波数を取得する理論周波数取得工程と、
前記分析工程にて分析された周波数と、前記理論周波数取得工程にて取得された理論周波数とを比較することにより、前記転がり軸受の異常診断を行う診断工程と、
を実行させる。
【発明の効果】
【0010】
本願発明により、バンドパスフィルタを用いることなく、高精度に転がり軸受の異常診断を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態に係る装置構成の例を示す概略図。
図2】本発明の一実施形態に係る異常診断装置の機能構成の例を示すブロック図。
図3】本発明の一実施形態に係る損傷個所に対応する部位と周波数の関係を示す図。
図4】本発明の一実施形態にて扱う振動情報の波形の例を示すグラフ図。
図5】本発明の一実施形態にて扱う調波音と打楽器音の分離の例を示すグラフ図。
図6】本発明の一実施形態にて扱う振動情報の分析結果の例を示すグラフ図。
図7】本発明の一実施形態に係る異常診断処理のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本願発明を実施するための形態について図面などを参照して説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本願発明を説明するための一実施形態であり、本願発明を限定して解釈されることを意図するものではなく、また、各実施形態で説明されている全ての構成が本願発明の課題を解決するために必須の構成であるとは限らない。また、各図面において、同じ構成要素については、同じ参照番号を付すことにより対応関係を示す。
【0013】
<第1の実施形態>
以下、本発明の第1の実施形態について説明を行う。なお、以下の説明においては、転がり軸受として玉軸受を例に挙げて説明するが、これに限定するものではなく、本発明は他の構成の転がり軸受にも適用可能である。例えば、本発明が適用可能な転がり軸受の種類としては、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、円錐ころ軸受、円筒ころ軸受、自動調心ころ軸受などが挙げられる。
【0014】
[装置構成]
図1は、本実施形態に係る装置の全体構成の一例を示す概略構成図である。図1には、本実施形態に係る異常診断方法が適用される軸受ユニット100と、異常診断方法を実行する異常診断装置200の構成が示されている。図1では、説明を簡略化するために1の軸受ユニット100に1の転がり軸受101が備えられた構成を示しているが、1の軸受ユニット100に複数の転がり軸受101が設けられてもよい。また、軸受ユニット100は、転がり軸受101以外の部位を備えてよく、ここでは説明を簡略化するために、本実施形態に係る構成のみを示す。
【0015】
転がり軸受101は、回転軸(不図示)の軸端を回転自在に支持する。回転軸は、回転部品である転がり軸受101を介して、回転軸の外側を覆うハウジング(不図示)に支持される。転がり軸受101は、回転軸に外嵌される回転輪である内輪104、ハウジングに内嵌される固定輪である外輪102、内輪104及び外輪102との間に配置された複数の転動体103である複数の玉(ころ)、および転動体103を転動自在に保持する保持器105を備える。ここでは、外輪102を固定した構成を例に挙げて説明するが、内輪104を固定した構成であってもよい。また、保持器105の案内方式についても特に限定するものではなく、外輪案内、内輪案内、または転動体案内のいずれであってもよい。
【0016】
また、転がり軸受101において、所定の潤滑方式により、内輪104と転動体103の間、および、外輪102と転動体103の間の摩擦が軽減される。潤滑方式は特に限定するものではないが、例えば、グリース潤滑や油潤滑などが用いられる。また、潤滑剤の種類についても特に限定するものではない。
【0017】
軸受ユニット100のハウジングには、振動センサ106が、ハウジングを介して伝達される転がり軸受101からの振動を検出可能なように設置される。振動センサ106は、ハウジングからの振動を検出し、振動情報として異常診断装置200に出力する。振動センサ106は、振動を検出可能なものであればよく、マイク、加速度センサ、AE(Acoustic Emission)センサ、超音波センサ、及びショックパルスセンサ等、検出される音、加速度、速度、歪み、応力、変位型等、振動を電気信号化できるものであればよい。また、ノイズが多いような環境に位置する装置に取り付ける際には、絶縁型を使用する方がノイズの影響を受けることが少ないためより好ましい。さらに、振動センサ106が、圧電素子等の振動検出素子を使用する場合には、この素子をプラスチック等にモールドして構成してもよい。
【0018】
異常診断装置200は、例えば、PC(Personal Computer)などの情報処理装置から構成されてよい。異常診断装置200は、IF(Interface)部201、処理部202、記憶部203、UI(User Interface)部204、および通信部205を含んで構成される。IF部201は、振動センサ106に接続され、振動センサ106にて検出された振動情報を取得する取得手段として機能する。処理部202は、CPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、DSP(Digital Single Processor)、または専用回路などから構成されてよい。記憶部203は、HDD(Hard Disk Drive)、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)等の揮発性および不揮発性の記憶媒体により構成され、処理部202からの指示により各種情報の入出力が可能である。処理部202は、例えば、記憶部203に格納されたプログラムや各種データを読み出して実行することで、本実施形態に係る異常診断処理を実行させてよい。
【0019】
UI部204は、スピーカやライト、或いは液晶ディスプレイ等の表示デバイス等から構成され、処理部202からの指示により利用者への報知を行う。UI部204による報知方法は特に限定するものではないが、例えば、音声による聴覚的な報知であってもよいし、画面出力による視覚的な報知であってもよい。通信部205は、通信機能を備えたネットワークインターフェースであり、ネットワーク(不図示)を介した外部装置(不図示)へのデータ送信により通信処理を行う。
【0020】
なお、軸受ユニット100に対する回転動作の制御を行う制御装置(不図示)と一体となって、異常診断装置200が設けられてもよいし、制御装置と異常診断装置200とが別個の装置にて構成されてもよい。ここでは、制御装置と異常診断装置200とが別個の装置として構成された例を示す。
【0021】
[機能構成]
図2は、本実施形態に係る異常診断装置200の機能構成の例を示すブロック図である。図2に示す各部位は、例えば、異常診断装置200の処理部202が記憶部203に記憶されたプログラムやデータを読み出して実行することで実現されてよい。
【0022】
異常診断装置200は、振動情報取得部211、調波打楽器音分離部212、打楽器音分析部213、動作情報取得部214、理論周波数計算部215、比較照合部216、および診断結果出力部217を含んで構成される。なお、ここに示す部位は一例であり、1の部位が複数に分割されて構成されてもよいし、複数の部位がまとめて構成されてもよい。また、他の機能を提供する部位が備えられてもよい。
【0023】
振動情報取得部211は、振動センサ106により検出した振動情報を取得する。このとき、振動情報取得部211は、A/D変換器(不図示)などを用いて、所望のデジタル信号に変換するような構成であってよい。振動情報は、振動センサ106が検出した際にリアルタイムで取得する構成であってもよいし、検出結果を記憶部203等に一旦記憶しておき、その記憶された情報が取得されるような構成であってもよい。
【0024】
調波打楽器音分離部212は、振動情報を調波音と打楽器音に分離する。本実施形態において、振動情報の分離処理は、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)の技術を用いる。HPSSのアルゴリズムについては、例えば、J. Driedger, M. Muller, and S. Disch, “Extending harmonic-percussive separation of audio signals,” in 15th International Society for Music Information Retrieval Conference, Taipei, Taiwan, Oct. 2014.などに詳しい。本実施形態において、転がり軸受101にて生じる振動情報のうち、正常動作時に発生する振動を調波音とし、異常(例えば、傷など)が生じた場合に発生する振動を打楽器音に対応させて分離処理を行う。ここでは、便宜上、分離された各振動情報のうち、打楽器音に対応する振動情報を第1の振動情報とも記載し、調波音に対応する振動情報を第2の振動情報とも記載する。本実施形態にて利用可能な振動情報の具体例については後述する。
【0025】
なお、HPSSのアルゴリズムは上記に限定するものではなく、他のHPSSの手法であってもよい。例えば、メディアンフィルタを利用したもの(Fitzgerald, D. (2010). Harmonic/Percussive Separation using Median Filtering. 13th International Conference on Digital Audio Effects (DAFX10), Graz, Austria, 2010.)や、スペクトログラムの時間変化に基づくもの(橘秀幸, 小野順貴, 嵯峨山茂樹.(2009). スペクトルの時間変化に基づく音楽音響信号からの歌声成分の強調と抑圧. 研究報告音楽情報科学 (MUS), 2009(12), 1-6.)、スペクトログラムの滑らかさの異方性に基づくもの(Tachibana, H., Ono, N., Kameoka, H., & Sagayama, S. (2014). Harmonic/percussive sound separation based on anisotropic smoothness of spectrograms. IEEE/ACM Transactions on Audio, Speech, and Language Processing, 22(12), 2059-2073.)などが用いられてよい。
【0026】
打楽器音分析部213は、調波打楽器音分離部212にて分離された打楽器音に対応する第1の振動情報を分析する。つまり、非損傷軸受成分(すなわち、第2の振動情報)がノイズとして除去された状態である第1の振動情報を、着目する損傷軸受成分として分析対象とする。ここでの分析方法は特に限定するものでは無いが、例えば、エンベロープ処理、FFT(Fast Fourier Transform)による周波数分析、などが挙げられる。
【0027】
動作情報取得部214は、転がり軸受101の回転速度や荷重情報、転がり軸受101の諸元情報などを取得する。回転速度や荷重の情報は、回転速度センサなどの不図示のセンサにて取得されてよい。また、諸元情報は、記憶部203に予め記憶された情報を読み出して取得してよい。動作情報取得部214にて取得された各種情報は、理論周波数計算部215へ提供される。
【0028】
理論周波数計算部215は、転がり軸受101に異常(例えば、傷)が生じた場合に発生する理論周波数を、動作情報取得部214にて取得した各種情報を用いて算出する。上述したように、転がり軸受101は複数の部位で構成され、異常が生じた箇所に応じて生じる周波数は異なる。図3は、転がり軸受101を構成する部位それぞれにて傷が発生した際に生じる振動の理論周波数を算出するための式を示す。ここでは、転がり軸受101における内輪、外輪、転動体、および保持器それぞれに傷が生じた場合に発生する理論周波数の算出式を示している。
【0029】
比較照合部216は、打楽器音分析部213にて分析して得られた周波数と、理論周波数計算部215にて計算された理論周波数とを比較し、転がり軸受101にて異常が生じている箇所を特定する。比較では予め規定された閾値を用いてよく、閾値は、記憶部203に保持される。閾値は、予め規定された固定値であってもよいし、後述する理論周波数から導出される値であってもよい。また、着目する周波数に対して1の閾値を設定してもよいし、複数の閾値を設定してもよい。ここで、比較照合部216は、異常が生じている箇所に加え、異常の程度や種類などを特定してもよい。この場合、理論周波数計算部215は、異常の程度や種類を判定するための理論周波数を算出するような構成であってもよい。
【0030】
診断結果出力部217は、比較照合部216の比較結果に基づく異常診断を行い、その診断結果を出力する。ここでの出力は、異常の有無、異常発生の箇所、異常の種類などが出力されてよい。また、打楽器音分析部213にて分析した結果や、動作情報取得部214にて取得した動作情報も併せて出力してもよい。出力方法についても特に限定するものではなく、任意のUI(User Interface)画面をUI部204にて表示してもよいし、通信部205を介して外部装置へ通知してもよい。
【0031】
[振動情報の分離]
上述したように、本実施形態では、振動センサ106にて検出した振動情報を、HPSSの手法により、打楽器音に対応する第1の振動情報と、調波音に対応する第2の振動情報に分離する。そして、第1の振動情報に着目し、異常診断を行う。
【0032】
入力信号としての振動信号のスペクトログラムに対し、時間方向にメディアンフィルタを適用すると、時間方向に連続的な成分が残り、これが調波音成分(すなわち、非損傷軸受成分、第2の振動情報)として分離される。一方、振動信号のスペクトログラムに対し、周波数方向にメディアンフィルタを適用すると、周波数方向に連続的な成分が残り、これが打楽器音(すなわち、損傷軸受成分、第1の振動情報)として分離される。なお、ここで用いるフィルタの種類は特に限定するものではなく、他のフィルタが用いられてもよい。
【0033】
図4は、本実施形態に係る振動センサ106にて検出され得る振動情報の例を示すグラフ図である。図4において、横軸は時間[s]を示し、縦軸は振幅[m/s]を示す。図4に示すような振動情報が調波打楽器音分離部212に提供され、HPSS処理により分離される。図4に示す振動情報では、転がり軸受101に異常が生じ、それに伴って損傷軸受成分が含まれている例を示す。
【0034】
図5は、図4に示す振動情報に対してHPSS処理を適用することによって得られる各成分を示す。図5において、横軸は時間[s]を示し、縦軸は振幅[m/s]を示す。図5(a)は分離された調波音成分の例を示し、図5(b)は分離された打楽器音成分を示す。
【0035】
[診断結果例]
図6は、振動情報に対して周波数分析を行った結果の例を示すグラフ図である。図6において、横軸は周波数[Hz]を示し、縦軸は振幅[dB]を示す。また、図6において破線は、理論周波数(ここでは、15Hz)とその高調波を示している。図6(a)は、図4に示す振動情報、すなわち、HPSS処理を行わない振動情報に対して、エンベロープ処理および周波数分析を行った結果の例を示す。また、図6(b)は、図5(b)に示す振動情報、すなわち、打楽器音として抽出された第1の振動情報に対して、エンベロープ処理および周波数分析を行った結果の例を示す。
【0036】
図6(a)に示す分析結果では、理論周波数およびその高調波において、明確なピークを特定することができず、転がり軸受101の異常(傷などの損傷)を特定することが困難である。一方、図6(b)に示す分析結果では、理論周波数およびその高調波の位置において、ピークを明確に特定することができ、転がり軸受101の異常を特定することが可能となる。
【0037】
[処理フロー]
図7は、本実施形態に係る異常診断処理のフローチャートである。本処理は、異常診断装置200により実行され、例えば、異常診断装置200が備える処理部202が図2に示した各部位を実現するためのプログラムを記憶装置から読み出して実行することにより実現されてよい。ここでは説明を簡単にするため、処理主体を異常診断装置200としてまとめて記載する。
【0038】
S701にて、異常診断装置200は、振動センサ106にて検出された振動情報を取得する。
【0039】
S702にて、異常診断装置200は、S701にて取得した振動情報に対してHPSS処理を適用し、打楽器音成分に相当する第1の振動情報を分離して取得する。ここで得られる第1の振動情報が、図5(b)に示したような振動情報に相当する。
【0040】
S703にて、異常診断装置200は、S702にて取得した第1の振動情報に対してエンベロープ処理を適用する。エンベロープ処理の方法は特に限定するものではなく、公知の方法が用いられてよい。
【0041】
S704にて、異常診断装置200は、S703の処理が行われた振動情報に対して、周波数分析を行う。ここで得られる分析結果が、図6(b)に示したような分析結果に相当する。
【0042】
S705にて、異常診断装置200は、転がり軸受101の諸元情報や動作情報に基づいて、理論周波数を取得する。理論周波数は、例えば図3に示すような算出式を用いて算出する。
【0043】
S706にて、異常診断装置200は、S704にて得られた分析結果と、S705にて得られた理論周波数とを比較照合する。このとき、異常診断装置200は、比較のために予め設定された閾値を用いてよい。例えば、理論周波数に対応する分析結果の値(振幅)が閾値を超えていた場合には、異常が生じていると判定してよい。また、複数の閾値に対して、段階的に比較、照合を行ってもよい。
【0044】
S707にて、異常診断装置200は、S706の比較照合結果に基づいて、異常診断を行う。ここでの診断は、異常の有無や程度、異常の種類などを部位ごとに行ってもよいし、包括的に診断してもよい。
【0045】
S708にて、異常診断装置200は、S707での異常診断結果を出力する。出力する内容としては、異常の有無や程度、異常の種類などを含めてよい。また、図6(b)に示したような理論周波数と第1の振動情報から分析した分析結果との比較結果を示すグラフや、第1の振動情報などを出力してもよい。出力方法は特に限定するものではなく、UI部204の表示部にて視覚的に表示してもよいし、スピーカなどにより聴覚的に出力してもよい。また、通信部205を介して外部装置に報知してもよいし、記憶部203に履歴情報として記録してもよい。そして、本処理フローを終了する。
【0046】
以上、本実施形態により、バンドパスフィルタを用いることなく、非損傷軸受成分をノイズとして除去し、高精度に転がり軸受の異常診断を行うことが可能となる。例えば、本実施形態に係る手法では、バンドパスフィルタを用いた手法では必要であった、打撃法等の動作を行う必要がなくなる。また、転がり軸受の回転速度に関わらず、本実施形態に係る手法は適用可能である。
【0047】
<その他の実施形態>
また、本願発明において、上述した1以上の実施形態の機能を実現するためのプログラムやアプリケーションを、ネットワーク又は記憶媒体等を用いてシステム又は装置に供給し、そのシステム又は装置のコンピュータにおける1つ以上のプロセッサがプログラムを読出し実行する処理でも実現可能である。
【0048】
また、1以上の機能を実現する回路(例えば、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field Programmable Gate Array))によって実現してもよい。
【0049】
このように、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【0050】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 転がり軸受(例えば、101)の振動情報を取得する振動情報取得手段(例えば、106、201、211)と、
前記振動情報から、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)処理により、第1の振動情報を分離する分離手段(例えば、202、212)と、
前記第1の振動情報を用いて周波数分析を行う分析手段(例えば、202、213)と、
前記転がり軸受に生じる損傷に対応する理論周波数を取得する理論周波数取得手段(例えば、202、215)と、
前記分析手段にて分析された周波数と、前記理論周波数取得手段にて取得された理論周波数とを比較することにより、前記転がり軸受の異常診断を行う診断手段(例えば、202、216)と、
を有することを特徴とする転がり軸受の異常診断装置(例えば、200)。
この構成によれば、バンドパスフィルタを用いることなく、非損傷軸受成分をノイズとして除去し、高精度に転がり軸受の異常診断を行うことが可能となる。
【0051】
(2) 前記分離手段は、前記振動情報のスペクトログラムに対し、周波数方向にメディアンフィルタを適用することで、前記第1の振動情報を分離することを特徴とする(1)に記載の異常診断装置。
この構成によれば、振動情報から、HPSS処理における打楽器音として、メディアンフィルタを用いて着目すべき振動情報を分離、抽出することが可能となる。
【0052】
(3) 前記理論周波数取得手段は、前記転がり軸受を構成する複数の部位それぞれにて生じる損傷に対応した理論周波数および当該理論周波数の高調波を取得することを特徴とする(1)または(2)に記載の異常診断装置。
この構成によれば、異常診断を行うための理論周波数およびその高調波を、転がり軸受を構成する部位ごとに取得して用いることが可能となる。また、これにより、部位ごとに高精度に異常診断を行うことが可能となる。
【0053】
(4) 前記診断手段による診断結果を出力する出力手段(例えば、203、204、205、217)を更に有し、
前記出力手段は、前記転がり軸受における異常の有無、異常が生じている部位、異常の種類、前記第1の振動情報のうちの少なくとも1つを含めて出力する、(1)~(3)のいずれかに記載の異常診断装置。
この構成によれば、診断結果およびその診断に用いた情報を所望の出力方法にて出力することが可能となる。
【0054】
(5) 転がり軸受(例えば、101)の振動情報を取得する振動情報取得工程(例えば、S701)と、
前記振動情報から、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)処理により、打楽器音成分に対応する第1の振動情報を分離する分離工程(例えば、S702)と、
前記第1の振動情報を用いて周波数分析を行う分析工程(例えば、S703、S704)と、
前記転がり軸受に生じる損傷に対応する理論周波数を取得する理論周波数取得工程(例えば、S705)と、
前記分析工程にて分析された周波数と、前記理論周波数取得工程にて取得された理論周波数とを比較することにより、前記転がり軸受の異常診断を行う診断工程(例えば、S706、S707)と、
を有することを特徴とする転がり軸受の異常診断方法。
この構成によれば、バンドパスフィルタを用いることなく、非損傷軸受成分をノイズとして除去し、高精度に転がり軸受の異常診断を行うことが可能となる。
【0055】
(6) コンピュータ(例えば、200)に、
転がり軸受(例えば、101)の振動情報を取得する振動情報取得工程(例えば、S701)と、
前記振動情報から、HPSS(Harmonic/Percussive Sound Separation)処理により、打楽器音成分に対応する第1の振動情報を分離する分離工程(例えば、S702)と、
前記第1の振動情報を用いて周波数分析を行う分析工程(例えば、S703、S704)と、
前記転がり軸受に生じる損傷に対応する理論周波数を取得する理論周波数取得工程(例えば、S705)と、
前記分析工程にて分析された周波数と、前記理論周波数取得工程にて取得された理論周波数とを比較することにより、前記転がり軸受の異常診断を行う診断工程(例えば、S706、S707)と、
を実行させるためのプログラム。
この構成によれば、バンドパスフィルタを用いることなく、非損傷軸受成分をノイズとして除去し、高精度に転がり軸受の異常診断を行うことが可能となる。
【符号の説明】
【0056】
100 軸受ユニット
101 転がり軸受
102 外輪
103 転動体
104 内輪
105 保持器
200 異常診断装置
201 IF部
202 処理部
203 記憶部
204 UI部
205 通信部
211 振動情報取得部
212 調波打楽器音分離部
213 打楽器音分析部
214 動作情報取得部
215 理論周波数計算部
216 比較照合部
217 診断結果出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7