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特開2024-41956動物細胞の浮遊培養用の添加物、浮遊培養用培地および浮遊培養方法
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  • 特開-動物細胞の浮遊培養用の添加物、浮遊培養用培地および浮遊培養方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024041956
(43)【公開日】2024-03-27
(54)【発明の名称】動物細胞の浮遊培養用の添加物、浮遊培養用培地および浮遊培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/02 20060101AFI20240319BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20240319BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20240319BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240319BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20240319BHJP
【FI】
C12N5/02
C12N5/0735
C12N5/074
C12N5/10
C12N1/00 G
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024005427
(22)【出願日】2024-01-17
(62)【分割の表示】P 2020532521の分割
【原出願日】2019-07-26
(31)【優先権主張番号】P 2018141909
(32)【優先日】2018-07-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100158724
【弁理士】
【氏名又は名称】竹井 増美
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】風呂光 俊平
(72)【発明者】
【氏名】大矢 裕介
(72)【発明者】
【氏名】樋口 拓哉
(57)【要約】      (修正有)
【課題】動物細胞を研究、物質生産、医療などに応用するために、効率よく増殖させる培養方法を提供する。
【解決手段】インスリンを含有する幹細胞の浮遊培養用培地にて、攪拌、振とう、還流または気体通気を行って幹細胞を浮遊培養することを含む幹細胞の浮遊培養において、攪拌、振とう、還流または気体通気による培地中のインスリンの析出を抑制するために、ポリビニルアルコール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマーおよびポリオキシエチレンソルビタンモノ脂肪酸エステルからなる群より選択される1種または2種以上を使用する方法を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
インスリンを含有する幹細胞の浮遊培養用培地にて、攪拌、振とう、還流または気体通気を行って幹細胞を浮遊培養することを含む幹細胞の浮遊培養において、攪拌、振とう、還流または気体通気による培地中のインスリンの析出を抑制するために、ポリビニルアルコール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマーおよびポリオキシエチレンソルビタンモノ脂肪酸エステルからなる群より選択される1種または2種以上を使用する方法。
【請求項2】
幹細胞が、成体幹細胞、胚性幹細胞および人工多能性幹細胞からなる群より選択される1種または2種以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
幹細胞の浮遊培養用培地が、幹細胞を未分化の状態で維持するための維持培地である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
幹細胞の浮遊培養用培地が、幹細胞の分化を誘導する分化誘導培地である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
幹細胞の浮遊培養用培地がフィーダーフリー培地である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
幹細胞の浮遊培養用培地が無血清培地または低アルブミン培地である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
幹細胞の浮遊培養用培地がゼノフリー培地である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
ポリビニルアルコール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマーおよびポリオキシエチレンソルビタンモノ脂肪酸エステルからなる群より選択される1種または2種以上が、培養時における終濃度として0.1μg/mL~10mg/mLの濃度となるように添加される、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
細胞塊を形成させて幹細胞を浮遊培養する、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物細胞の浮遊培養用の添加物、浮遊培養用培地、および浮遊培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
胚性幹細胞、人工多能性幹細胞等の幹細胞をはじめ、多くの動物細胞は、マトリジェルや、ビトロネクチン、ラミニン等のヒト型リコンビナントのマトリックス等を足場材料として使用した接着培養により、増殖維持されてきた。
しかし、動物細胞を研究、物質生産、医療などに応用するために、効率よく増殖させる培養方法が求められている。動物細胞を大量に培養する方法としては、撹拌羽根で撹拌して浮遊培養する手法、ペリスタルティックポンプを用いて培地を還流させて培養する手法、底面よりスパージャーを用いて気体通気を行いながら培養する手法などが広く用いられている。
また、多くの動物細胞の培養において、未知の因子やプリオン、ウイルス等が含まれる可能性のある血清を含有しない無血清培地や、アルブミン含有量の少ない低アルブミン培地が用いられるが、かかる培地を用いて、上記のような撹拌等を伴う浮遊培養を行うと、培地中に析出を生じることが報告されており、該析出物は、無血清培地や低アルブミン培地に、細胞の成長に必要な因子として添加されたインスリンが、撹拌、還流、気体通気などによる物理的な刺激により析出したのではないかと考察されている(非特許文献1)。
かかる培地成分の析出が生じると細胞の増殖率が低下するため、効率的な動物細胞の培養を行うためには、そのような析出を抑制することが望ましい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】D. Massai et al., Sci. Rep. 7 3950 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記状況のもとになされた。本発明者らは、無血清培地や低アルブミン培地を用いた浮遊培養において、物理的刺激により生じる析出物がインスリンであることを、マトリックス支援レーザー-脱離イオン化法-飛行時間型質量分析法(MALDI-TOFMS)により確認した。
従って、本発明の目的は、動物細胞の浮遊培養において、撹拌、振とう、還流、気体通気等の物理的刺激によるインスリン等の培地成分の析出を抑制し、動物細胞の培養効率および培養細胞の品質を向上させ得る動物細胞の浮遊培養用の添加物、浮遊培養用培地、および浮遊培養方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、本発明者らは、インスリン等を含有する動物細胞の浮遊培養用培地に、水溶性ポリマーを添加することにより、物理的刺激により生じるインスリン等の培地成分の析出を良好に抑制できることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]水溶性ポリマーを含有する、動物細胞の浮遊培養用添加物。
[2]水溶性ポリマーが、界面活性を有する非イオン性の水溶性ポリマーである、[1]に記載の添加物。
[3]界面活性を有する非イオン性の水溶性ポリマーが、ポリビニルアルコール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマーおよびポリオキシエチレンソルビタンモノ脂肪酸エステルからなる群より選択される1種または2種以上である、[2]に記載の添加物。
[4]動物細胞が幹細胞である、[1]~[3]のいずれかに記載の添加物。
[5]幹細胞が、成体幹細胞、胚性幹細胞および人工多能性幹細胞からなる群より選択される1種または2種以上である、[4]に記載の添加物。
[6]培地成分の析出を抑制するための添加物である、[1]~[5]のいずれかに記載の添加物。
[7]培地成分がインスリンである、[6]に記載の添加物。
[8]水溶性ポリマーを含有する、動物細胞の浮遊培養用培地。
[9]水溶性ポリマーが、界面活性を有する非イオン性の水溶性ポリマーである、[8]に記載の培地。
[10]界面活性を有する非イオン性の水溶性ポリマーが、ポリビニルアルコール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマーおよびポリオキシエチレンソルビタンモノ脂肪酸エステルからなる群より選択される1種または2種以上である、[9]に記載の培地。
[11]幹細胞の浮遊培養用である、[8]~[10]のいずれかに記載の培地。
[12]幹細胞が、成体幹細胞、胚性幹細胞および人工多能性幹細胞からなる群より選択される1種または2種以上である、[11]に記載の培地。
[13]培地成分の析出が抑制されている、[8]~[12]のいずれかに記載の培地。
[14]培地成分がインスリンである、[13]に記載の培地。
[15]水溶性ポリマーを含有する培地にて動物細胞を浮遊培養することを含む、動物細胞の浮遊培養方法。
[16]水溶性ポリマーが、界面活性を有する非イオン性の水溶性ポリマーである、[15]に記載の培養方法。
[17]界面活性を有する非イオン性の水溶性ポリマーが、ポリビニルアルコール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマーおよびポリオキシエチレンソルビタンモノ脂肪酸エステルからなる群より選択される1種または2種以上である、[16]に記載の培養方法。
[18]動物細胞が幹細胞である、[15]~[17]のいずれかに記載の培養方法。
[19]幹細胞が、成体幹細胞、胚性幹細胞および人工多能性幹細胞からなる群より選択される1種または2種以上である、[18]に記載の培養方法。
[20]撹拌、振とう、還流または気体通気を行って浮遊培養する、[15]~[19]のいずれかに記載の培養方法。
[21]培地成分の析出が抑制された培地にて動物細胞を浮遊培養する、[15]~[20]のいずれかに記載の培養方法。
[22]培地成分がインスリンである、[21]に記載の培養方法。
[23]細胞塊を形成させて動物細胞を浮遊培養する、[15]~[22]のいずれかに記載の培養方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、インスリン等を含有する動物細胞の浮遊培養用培地に添加することにより、撹拌、振とう、還流、気体通気等の物理的刺激により生じるインスリン等の培地成分の析出を良好に抑制することのできる添加物を提供することができる。
また、本発明により、インスリン等を含有する動物細胞の浮遊培養用培地であって、撹拌、振とう、還流、気体通気等の物理的刺激が付加されても、インスリン等の培地成分の析出が良好に抑制された動物細胞の浮遊培養用培地を提供することができ、インスリン等を含有する動物細胞の浮遊培養用培地を用いて、撹拌、振とう、還流、気体通気等を行いながら、動物細胞の浮遊培養を行うことができる。
その結果、大きさの制御された細胞塊を効率よく形成させることができ、動物細胞の培養効率および培養細胞の品質を向上させることができる。
特に、幹細胞等の未分化細胞について、維持培地での維持培養時、および分化誘導培地での分化誘導時のいずれにおいても培地成分の析出が抑制され、維持培養時の未分化維持率、分化誘導時の分化率の双方を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、実施例2において、ポリビニルアルコール(PVA)およびポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)の各添加濃度が、インスリンの析出抑制効果に及ぼす影響を示す図である。図中のバーは、500μmを示す。
図2図2は、実施例3において、ポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)の添加濃度が、ヒトiPS細胞の細胞増殖率、細胞生存率および未分化維持率に及ぼす影響を示す図である。
図3図3は、実施例4において、ポロキサマー(Kolliphor P407)の添加濃度が、ヒトiPS細胞の細胞増殖率に及ぼす影響を示す図である。
図4図4は、実施例5において、ポリビニルアルコール(PVA)の添加濃度が、ヒトiPS細胞の細胞増殖率に及ぼす影響を示す図である。
図5図5は、実施例6において、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Kolliphor PS20)の添加濃度が、ヒトiPS細胞の細胞増殖率に及ぼす影響を示す図である。
図6図6は、実施例7において、撹拌によるインスリンの析出に対するポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)の効果を示す図である。図中のバーは、100μmを示す。
図7図7は、実施例8において、還流によるインスリンの析出に対するポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)およびポリビニルアルコール(PVA)の効果を示す図である。上段の図中のバーは、500μmを示す。下段の図は上段の図を拡大した図であり、図中のバーは100μmを示す。
図8図8は、実施例9において、撹拌によるインスリンの析出に対するポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)およびポリビニルアルコール(PVA)の効果を示す図である。図中のバーは500μmを示す。
図9図9は、実施例10において、ポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)の添加が、ヒトiPS細胞の分化誘導に及ぼす影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、インスリン等を含有する動物細胞の浮遊培養用培地に添加される、動物細胞の浮遊培養用の添加物(以下、本明細書にて「本発明の添加物」とも称する)を提供する。
本発明の添加物は、水溶性ポリマーを含有する。
【0010】
本発明において、「水溶性ポリマー」とは、分子内に親水性基を有し、水に混和しまたは溶解するポリマーをいう。本発明においては、25℃における水に対する溶解度が5重量%以上であるものが好ましく用いられる。
また、水溶性ポリマーとしては、特に限定されるものではないが、通常、サイズ排除クロマトグラフィーにより測定される重量平均分子量が1,000~100,000程度の水混和性または水溶性を示すポリマーが用いられる。
【0011】
かかる水溶性ポリマーとして、たとえば、カルボキシビニルポリマー;ポリビニルアルコール;ポリビニルピロリドン;ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン多価アルコール脂肪酸部分エステル(ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸部分エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸部分エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸部分エステル等)、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンアルキルアミン等のポリオキシエチレン型非イオン性界面活性剤;ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンランダムコポリマー、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマー(ポロキサマー)、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル等のポリオキシエチレンポリオキシプロピレン型非イオン性界面活性剤;ポリグリセリン脂肪酸エステル等のポリグリセリン型非イオン性界面活性剤等が例示される。
【0012】
本発明の目的には、水溶性ポリマーとして、界面活性を有する非イオン性の水溶性ポリマーが好ましく用いられ、ポリビニルアルコール、ポリオキシエチレン型非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレン型非イオン性界面活性剤およびポリグリセリン型非イオン性界面活性剤が好ましい水溶性ポリマーとして例示される。なかでも、ポリビニルアルコール、ポリオキシエチレン多価アルコール脂肪酸部分エステルおよびポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマー(ポロキサマー)がより好ましく用いられ、ポリビニルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタンモノ脂肪酸エステル(ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート等)、およびポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマー(ポロキサマー)が特に好ましく用いられる。
【0013】
本発明の添加物には、水溶性ポリマーは1種を選択して単独で用いてもよく、2種以上を選択して併用することもできる。
本発明の添加物における水溶性ポリマーの含有量は、培地に添加した際の培地組成物中における水溶性ポリマーの含有量が、後述する含有量の範囲内となるように設定される。
【0014】
本発明においては、上記した水溶性ポリマーをそのまま本発明の添加物としてもよく、また、水、多価アルコール等の溶媒に溶解もしくは分散し、水溶液、分散液等の液状の形態、あるいは賦形剤、結合剤等の一般的に製剤化に用いられる添加剤と混合し、整粒、造粒、打錠等して、粉末状、顆粒状、錠剤状等の固形状の形態の添加物としてもよい。
また、上記した水溶性ポリマーを、炭水化物、無機塩等の以下に述べる培地成分の一部と混合して、本発明の添加物として調製してもよい。
動物細胞の浮遊培養用培地への添加が簡便で、培地との混和も容易であるとの観点から、本発明の添加物は、好ましくは液状、粉末状、顆粒状、錠剤状等の形態で提供される。
【0015】
本発明の添加物は、滅菌処理して調製することが好ましい。滅菌処理の方法は特に制限されず、たとえば、121℃で20分間のオートクレーブ滅菌、放射線滅菌、エチレンオキサイドガス滅菌、フィルターろ過滅菌等が挙げられ、本発明の添加物の形態等により、適宜選択することができる。
【0016】
本発明の添加物は、後述する動物細胞の浮遊培養用培地の成分に添加して、動物細胞の浮遊培養用培地の調製に用いることができ、また、後述する動物細胞の浮遊培養用培地に添加して用いることができる。
【0017】
本発明の添加物を、インスリン等を含有する動物細胞の浮遊培養用培地に添加することにより、特に、前記動物細胞の浮遊培養用培地が無血清培地または低アルブミン培地である場合に、撹拌、振とう、還流、気体通気等の物理的刺激により生じるインスリン等の培地成分の析出を良好に抑制することができ、大きさの制御された細胞塊の効率的な形成が可能で、動物細胞の培養効率および培養細胞の品質を向上させることができる。
本発明の添加物は、幹細胞等の未分化細胞の維持培地や分化誘導培地に添加することにより、維持培養および分化誘導時の培地成分の析出を抑制することができ、維持培養時の未分化維持率、分化誘導時の分化率の双方を向上させることができる。
【0018】
本発明はまた、動物細胞の浮遊培養用培地(以下、本明細書にて「本発明の培地」とも称する)を提供する。
ここで、動物細胞としては、哺乳動物由来の正常細胞、幹細胞および前駆細胞が挙げられる。
【0019】
哺乳動物由来の正常細胞としては、精子、卵子等の生殖細胞や、生体を構成する体細胞が挙げられる。
生体を構成する体細胞の例としては、以下に限定されるものではないが、線維芽細胞、骨髄細胞、Bリンパ球、Tリンパ球、好中球、赤血球、血小板、マクロファージ、単球、骨細胞、骨髄細胞、周皮細胞、樹状細胞、脂肪細胞、間葉細胞、上皮細胞、表皮細胞(たとえば、角化細胞(ケラチノサイト)、角質細胞等)、内皮細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞、軟骨細胞、卵丘細胞、神経細胞、グリア細胞、オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)、マイクログリア(小膠細胞)、アストロサイト(星状膠細胞)、心臓細胞、食道細胞、筋肉細胞(たとえば、平滑筋細胞、骨格筋細胞)、膵臓ベータ細胞、メラニン細胞および単核細胞等が挙げられる。
当該体細胞には、たとえば皮膚、腎臓、脾臓、副腎、肝臓、肺、卵巣、膵臓、子宮、胃、結腸、小腸、大腸、膀胱、前立腺、精巣、胸腺、筋肉、結合組織、骨、軟骨、血管組織、血液(臍帯血を含む)、骨髄、心臓、眼、脳、神経組織などの任意の組織から採取される細胞が含まれる。
【0020】
幹細胞とは、自己複製能と、別の種類の細胞に分化する能力を持ち、際限なく増殖できる細胞をいう。
たとえば、造血幹細胞、衛星細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞、乳腺幹細胞、嗅粘膜幹細胞、神経冠幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞、腸管幹細胞、毛包幹細胞等の成体幹細胞;胚性幹細胞(ES細胞)、胚性腫瘍細胞、胚性生殖幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞;癌幹細胞等が挙げられる。
【0021】
前駆細胞とは、前記幹細胞から特定の体細胞や生殖細胞に分化する途中の段階にある細胞であり、衛星細胞、膵前駆細胞、血管前駆細胞、血管内皮前駆細胞、造血前駆細胞(臍帯血由来のCD34陽性細胞等)が挙げられる。
【0022】
本発明の培地は、好ましくは幹細胞の浮遊培養用培地として提供され、より好ましくは成体幹細胞、胚性幹細胞および人工多能性幹細胞の浮遊培養用培地として提供され、さらに好ましくは胚性幹細胞および人工多能性幹細胞の浮遊培養用培地として提供される。
【0023】
本発明の培地は、上記した動物細胞の浮遊培養に通常用いられる培地成分とともに、水溶性ポリマーを含有する。
本発明の培地に含有される水溶性ポリマーについては、本発明の添加物において上記した通りであり、本発明の培地には、水溶性ポリマーは1種を単独で、または2種以上を組み合わせて含有させることができる。
本発明においては、水溶性ポリマーは、上記した本発明の添加物として調製された状態で、前記培地成分とともに含有されてもよく、または培地成分に対して直接添加されてもよい。
本発明の培地における水溶性ポリマーの含有量は、培養時における終濃度として、通常0.1μg/mL~10mg/mLであり、好ましくは1μg/mL~5mg/mLであり、より好ましくは10μg/mL~5mg/mLであり、さらに好ましくは10μg/mL~1mg/mLである。
【0024】
本発明の培地に含有させ得る培地成分としては、動物細胞の培養に通常用いられる培地成分を挙げることができ、たとえば、グルコース、フルクトース、スクロース、マルトース等の糖;アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸等のアミノ酸;アルブミン、トランスフェリン等のタンパク質;グリシルグリシルグリシン、大豆ペプチド等のペプチド;血清;ビタミンA、ビタミンB群(チアミン、リボフラビン、ピリドキシン、シアノコバラミン、ビオチン、葉酸、パントテン酸、ニコチンアミド等)、ビタミンC、ビタミンE等のビタミン;オレイン酸、アラキドン酸、リノール酸等の脂肪酸;コレステロール等の脂質;塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、硫酸マグネシウム、リン酸二水素ナトリウム等の無機塩;亜鉛、銅、セレン等の微量元素;N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-2-アミノエタンスルホン酸(N,N-bis(2-hydroxyethyl)-2-aminoethanesulfonic acid(BES))、4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid(HEPES))、N-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン(N-[tris(hydroxymethyl)methyl]glycine(Tricine))等の緩衝剤;アンホテリシンB、カナマイシン、ゲンタマイシン、ストレプトマイシン、ペニシリン等の抗生物質;Type I コラーゲン、Type II コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン等の細胞接着因子および細胞外マトリックス成分;インターロイキン、線維芽細胞増殖因子(FGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、トランスフォーミング増殖因子(TGF)-α、トランスフォーミング増殖因子(TGF)-β、血管内皮増殖因子(VEGF)、アクチビンA等のサイトカインおよび増殖因子;デキサメサゾン、ヒドロコルチゾン、エストラジオール、プロゲステロン、グルカゴン、インスリン等のホルモン等が挙げられ、培養する動物細胞の種類に応じて適切な成分を選択して用いることができる。
【0025】
動物細胞が幹細胞等の未分化細胞である場合、幹細胞等を未分化の状態で維持するための維持培地には、幹細胞等の分化を抑制する成分を添加することができる。
また、幹細胞等の分化を誘導する分化誘導培地には、幹細胞等の分化を誘導もしくは促進する成分を添加することができる。
幹細胞等の分化を抑制する成分としては、たとえば、胚性幹細胞の分化抑制因子である白血病阻害因子(leukemia inhibitory factor,LIF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、トランスフォーミング増殖因子(TGF)-β、神経幹細胞の分化を抑制する骨形成因子(bone morphogenetic protein; BMP)やNotchタンパク質、胚性幹細胞やiPS細胞の分化を抑制するポリコーム複合体等が挙げられる。
幹細胞等の分化を誘導もしくは促進する成分としては、たとえば、胚性幹細胞を内胚葉系細胞に誘導するアクチビンA、レチノイン酸、iPS細胞の神経外胚葉への分化を誘導する骨形成因子(BMP)阻害剤(ノギン等)、トランスフォーミング増殖因子(TGF)-β、iPS細胞の中胚葉への分化を誘導する細胞外分泌糖タンパク質(WNT)、iPS細胞の中胚葉や内胚葉への分化を誘導するアクチビン、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3(GSK3)阻害剤等が挙げられる。
外胚葉系細胞、中胚葉系細胞、内胚葉系細胞に初期分化させた後、各臓器や組織の細胞に分化させる際には、分化誘導しようとする臓器や組織に応じて、必要な増殖因子や栄養因子等を添加することができ、たとえば、脳神経由来神経栄養因子(BDNF)、グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、骨形成因子(BMP)、肝細胞増殖因子(HGF)等が用いられる。
【0026】
なお、血清には未知の因子やプリオン、ウイルス等が含まれる可能性があるため、本発明の培地は、培地成分として血清を含有しないことが好ましい。また、本発明の培地が、ヒトの細胞の培養用培地として調製される場合には、ヒト以外の動物由来成分を含有しないことが好ましい。
【0027】
また、本発明においては、水溶性ポリマーは、上記した哺乳動物由来の正常細胞、幹細胞および前駆細胞等の動物細胞の浮遊培養用として汎用される培地に含有させて、本発明の培地としてもよい。
哺乳動物細胞由来の正常細胞の培養に用いられる培地としては、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)(DMEM)、ハムF12培地(Ham’s Nutrient Mixture F12)、DMEM/F12培地、マッコイ5A培地(McCoy’s 5A medium)、最小必須培地(Minimum Essential Medium)(MEM)、イーグル最小必須培地(Eagle’s Minimum Essential Medium)(EMEM)、α改変型イーグル最小必須培地(alpha Modified Eagle’s Minimum Essential Medium)(αMEM)、ロズウェルパーク記念研究所(Roswell Park Memorial Institute)(RPMI)1640培地、イスコフ改変ダルベッコ培地(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)(IMDM)、MCDB131培地、ウィリアム培地E(William’s Medium E)、フィッシャー培地(Fischer’s Medium)等が挙げられる。
【0028】
幹細胞の培養に用いられる培地としては、STEMPRO(登録商標) hESC SFM培地(ライフテクノロジーズ(Life Technologies)社)、mTeSR1培地(ステムセルテクノロジーズ(STEMCELL Technologies)社)、TeSR2培地(ステムセルテクノロジーズ(STEMCELL Technologies)社)、TeSR-E8培地(ステムセルテクノロジーズ(STEMCELL Technologies)社)、Essencial 8培地(ライフテクノロジーズ(Life Technologies)社)、HEScGRO(商標) Serum-Free Medium for hES cells(ミリポア(Millipore)社)、PluriSTEM(商標) Human ES/iPS Medium(イーエムディー ミリポア(EMD Millipore)社)、NutriStem(登録商標) hESC XF培地(バイオロジカル インダストリーズ イスラエル ベイト-ヘメク(Biological Industries Israel Beit-Haemek)株式会社)、NutriStem(商標) XF/FF Culture Medium(ステムジェント(Stemgent)社)、AF NutriStem(登録商標) hESC XF培地(バイオロジカル インダストリーズ イスラエル ベイト-ヘメク(Biological Industries Israel Beit-Haemek)株式会社)、S-medium(DSファーマバイオメディカル株式会社)、StemFit(登録商標) AK03N培地(味の素株式会社)、hESF9培地、hESF-FX培地、CDM培地、DEF-CS 500 Xeno-Free 3D Spheroid Culture Medium(セラルティス(Cellartis)社)、StemFlex培地(サーモフィッシャー サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社)等が挙げられる。
【0029】
前駆細胞の培養に用いられる培地としては、HPGM(商標)(ケンブレックス社)、QBSF-60(クオリティバイオロジカル社)等が挙げられる。
【0030】
また、本発明においては、幹細胞等の分化誘導培地に水溶性ポリマーを添加してもよい。
幹細胞等の分化誘導培地としては、TeSR-E6培地(ステムセルテクノロジーズ(STEMCELL Technologies)社)、TeSR-E7培地(ステムセルテクノロジーズ(STEMCELL Technologies)社)、Essential 6(サーモフィッシャー サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社)などが挙げられる。
【0031】
本発明の目的には、フィーダーフリーの動物細胞培養用培地を用いることが好ましく、さらに無血清培地または低アルブミン培地を用いることがより好ましく、また、ヒトの細胞の培養用培地に用いるには、ヒト以外の動物由来成分を含有しないもの(ゼノフリー培地)が好ましい。
また、本発明の効果がより顕著に得られることから、本発明の培地は、無血清培地または低アルブミン培地であって、インスリンを含有するものであることが好ましい。
【0032】
さらに、動物細胞の浮遊培養に用いるという観点からは、本発明の培地は、溶液、分散液等の液状の形態とすることが好ましい。
【0033】
本発明の培地は、公知の組成に従って、上記した培地成分から適宜選択される成分を、水溶性ポリマーとともに水等の溶媒に添加し、溶解または分散して調製することができる。
また、本発明の培地は、各社・各機関から提供されている上記した動物細胞培養用培地に、水溶性ポリマーを添加して溶解または分散して調製することができる。
さらに、本発明の培地は、使用時の濃度よりも濃縮した状態や、凍結乾燥された粉末状の状態で調製し、使用時に水等の溶媒で希釈し、または水等の溶媒に溶解して用いる態様とすることもできる。
本発明の培地は、上記したような滅菌処理を施して調製されることが好ましい。
【0034】
本発明の培地を用いて動物細胞を浮遊培養する際、撹拌、振とう、還流、気体通気等の物理的刺激により生じるインスリン等の培地成分の析出を良好に抑制することができ、大きさの制御された細胞塊の効率的な形成が可能で、動物細胞の培養効率および培養細胞の品質を向上させることができる。
本発明の培地は、幹細胞等の未分化細胞の維持培養用の培地として、また、分化誘導用培地として好適に用いることができ、幹細胞等の未分化細胞の維持培養または分化誘導の際に、培地成分の析出を抑制することができ、維持培養時の未分化維持率、分化誘導時の分化率の双方を向上させることができる。
【0035】
さらに、本発明は、動物細胞の浮遊培養方法(以下、本明細書にて「本発明の培養方法」とも称する)を提供する。
本発明の培養方法は、水溶性ポリマーを含有する動物細胞の浮遊培養用培地にて、動物細胞を浮遊培養することを含む。
【0036】
「水溶性ポリマーを含有する動物細胞の浮遊培養用培地」については上記した通りであり、本発明において、動物細胞の浮遊培養用培地に含有される水溶性ポリマーは、上記した本発明の添加物として調製されて添加されたものでもよく、水溶性ポリマー自体が直接添加されたものでもよい。
また、本発明においては、水溶性ポリマーは、培養時における終濃度として、通常0.1μg/mL~10mg/mLの濃度となるように培地に添加され、1μg/mL~5mg/mLの濃度になるように培地に添加されることが好ましく、10μg/mL~5mg/mLの濃度となるように培地に添加されることがより好ましく、10μg/mL~1mg/mLの濃度となるように培地に添加されることがさらに好ましい。
【0037】
本発明の培養方法において、動物細胞の浮遊培養は、通常の浮遊培養の方法に従って行うことができる。すなわち、培養スケールに応じて適宜細胞培養用プレート、細胞培養フラスコ、バイオリアクター等の培養器具または培養装置を用い、上記した本発明の培地または本発明の添加物を添加した動物細胞の浮遊培養用培地に動物細胞を播種して、通常25℃~39℃、好ましくは33℃~39℃で、通常4体積%~10体積%、好ましくは4体積%~6体積%の二酸化炭素存在下、また通常1体積%~25体積%、好ましくは4体積%~20体積%の酸素存在下にて、通常1日間~30日間、好ましくは2日間~14日間培養を行う。なお、2~3日間ごとに培地交換を行う。
培地交換は、遠心分離やろ過により動物細胞と培地とを分離した後、新しい培地を動物細胞に添加すればよい。あるいは、遠心分離やろ過を行うことにより動物細胞を適宜濃縮した後、新しい培地をこの濃縮細胞液に添加すればよい。
上記遠心分離の際の重力加速度(G)は、通常50G~1,000G、好ましくは、100G~500Gであり、ろ過に用いるフィルターの細孔の大きさは、通常10μm~200μmである。
【0038】
本発明の培養方法は、撹拌、振とう、還流、気体通気等を行って実施することができる。
撹拌は、バイオリアクター、撹拌羽根付き培養槽等を用いて行うことができる。
撹拌は、通常10rpm~2,000rpm、好ましくは40rpm~1,000rpmの撹拌速度で行う。
振とうは、振とう機や振とう培養機を用いて行うことができる。
振とうは、通常10rpm~500rpm、好ましくは50rpm~250rpmの振とう速度で行う。
還流は、ペリスタルティックポンプ、チュービングポンプ等を用いて行うことができる。還流用チューブとしては、シリコーン、ネオプレン(クロロプレンゴム)、マープレン(ポリプロピレン・エチレンプロピレンゴム)製等のペリスタルティックポンプ用チューブ、チュービングポンプ用チューブ等を用いる。
還流は、通常10μL/分~1000mL/分、好ましくは1mL/分~100mL/分の流速で行う。
気体通気は、マイクロスパージャー、フィルタースパージャー等、各種スパージャーを用いて行うことができる。
気体通気は、通常1mL/分~1000mL/分、好ましくは50mL/分~200mL/分の通気量で行うことができる。
大きさの制御された細胞塊を効率よく得るためには、動物細胞の浮遊培養は、撹拌または振とうを行って実施することが好ましい。
【0039】
培養された動物細胞は、遠心分離またはフィルターを用いたろ過により回収することができる。
遠心分離は、50G~1,000G、好ましくは100G~500Gで1分間~10分間程度行う。
また、ろ過は、10μm~200μm程度の細孔を有するフィルターを用いて行うことができる。
【0040】
培養された動物細胞は、ステム-セルバンカー(STEM-CELLBANKER)(日本全薬工業株式会社)等の凍結保護剤を含有する凍結用培地を用いて、液体窒素中で保存することが好ましい。
【0041】
本発明の培養方法により、撹拌、振とう、還流、気体通気等を行って動物細胞の浮遊培養を実施した際、物理的刺激により生じるインスリン等の培地成分の析出を良好に抑制することができ、大きさの制御された細胞塊を形成させて浮遊培養を行うことができる。その結果、動物細胞の培養効率および培養細胞の品質を向上させることができる。
本発明の培養方法は、幹細胞等の未分化細胞の維持培養、および分化誘導のいずれにも好適に用いることができ、幹細胞等の未分化細胞の維持培養または分化誘導の際に、培地成分の析出を抑制することができ、維持培養時の未分化維持率、分化誘導時の分化率の双方を向上させることができる。
【実施例0042】
以下、本発明について、実施例によりさらに詳細に説明する。
【0043】
以下の実施例において、下記幹細胞培養用培地と、下記の水溶性ポリマーを用い、幹細胞として未分化のヒトiPS細胞(hiPSC)を用いて、次の通り撹拌による浮遊培養を行った。
【0044】
(1)幹細胞培養用培地としては、Essential 8培地 (サーモフィッシャー サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社、A1517001)、StemFit(登録商標)AK03N培地(味の素株式会社)、および後述する分化誘導培地を用いた。
【0045】
(2)水溶性ポリマーとしては、ポリビニルアルコール(PVA)(日本合成化学工業株式会社、EG-03P)、ポロキサマー(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(27)ブロックコポリマー)(コリフォア(Kolliphor)(登録商標)P188 BIO)(ビーエーエスエフ(BASF)社)、ポロキサマー(ポリオキシエチレン(202)ポリオキシプロピレン(56)ブロックコポリマー)(コリフォア(Kolliphor)(登録商標)P407)(ビーエーエスエフ(BASF)社)、ポロキサマー(ポリオキシエチレン(20)ポリオキシプロピレン(20)ブロックコポリマー)(コリソルブ(Kollisolv)P124)(ビーエーエスエフ(BASF)社)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート(コリフォア(Kolliphor)PS 20(ビーエーエスエフ(BASF)社)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノパルミテート(コリフォア(Kolliphor)PS 40)(ビーエーエスエフ(BASF)社)、およびポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレエート(コリフォア(Kolliphor PS 80)(ビーエーエスエフ(BASF)社)を用いた。
【0046】
(3)撹拌による培地中のインスリンの析出の評価
撹拌培養器材として、シングルユースバイオリアクター5mL容量(エイブル株式会社(ABLE Corporation)、S-1467)を用いた。前記培養器材に培地を5mL添加し、37℃、5体積%二酸化炭素および20体積%酸素の条件下で、120rpmにて24時間撹拌を行った。その後、培地を6ウェル細胞培養プレートに移し、倒立顕微鏡(「CKX41」、オリンパス株式会社(Olympus Corporation)、倍率=40倍)で観察し、写真撮影を行った。
【0047】
(4)未分化ヒトiPS細胞(hiPSC)の撹拌による浮遊細胞培養
未分化ヒトiPS細胞(hiPSC)としては、1210B2株のhiPS細胞(Nakagawa, M.et al., Sci. Rep. 4, 3594, 2014参照)を用いた。
撹拌による浮遊細胞培養は、培養器材として、シングルユースバイオリアクター5mL容量(エイブル株式会社(ABLE Corporation)、S-1467)を用いて行った。
上記バイオリアクターに10μMのRho結合キナーゼ阻害剤(Y-27632)(富士フイルム和光純薬株式会社、034-24024)を含有する培地5mLを添加し、シングルセル化したhiPSCを添加して、37℃、5体積%二酸化炭素および20体積%酸素の条件下で、80rpmにて撹拌培養を行った。
2日目以降には培地交換を行った。培地交換は、各実施例に記載の量の培地上清を抜き取り、200G、5min遠心分離し、上清を除去後、同量の新しい培地を添加し、ペレットを懸濁後バイオリアクターに添加して行った。
【0048】
また、下記の各実施例において、培養された幹細胞における細胞塊数と長径の測定、細胞数および生存率の測定、細胞の未分化維持率ならびに胚体内胚葉細胞への分化率の測定は、以下の通り行った。
【0049】
(1)細胞塊数と長径の測定
細胞塊を含む培地上清を24ウェルプレートに500μL分取した。細胞塊を振とうして分散させたのち、BZ-X蛍光顕微鏡(株式会社キーエンス(Keyence))でウェル全体を撮影した。撮影した画像に対してマクロセルカウントを行うことで、細胞塊の個数と長径の平均を求めた。
【0050】
(2)細胞数および生存率の測定
細胞塊を含む培地上清を全量回収し、500G、5min遠心分離した。上清を除去後、10回タッピングを行い、1mLの細胞分離/分散溶液(Accumax(ミリポア(Millipore)社、SCR006)を添加し、細胞塊ペレットを懸濁した。室温で5minインキュベートした後、ピペッティングにより細胞塊を再懸濁した。再度室温で5minインキュベートした後、ピペッティングにより細胞塊をシングルセル化した。4mLの培地を添加し、500G、5min遠心分離した。上清を除去後、10回タッピングを行うことでペレットを破砕し、1mLのRho結合キナーゼ阻害剤(Y-27632)を含有する培地を添加してピペッティングすることにより細胞を再懸濁した。懸濁液を40μmのセルストレーナー(BD Falcon(コーニング社)、2-1919-02)に通し、さらに1mLのRho結合キナーゼ阻害剤(Y-27632)を含有する培地でセルストレーナーを共洗いした。回収した細胞懸濁液を生死細胞オートアナライザー Vi-CELL XR(ベックマン・コールター株式会社)で分析することで、細胞数と生存率の測定を行った。
回収した細胞中の生細胞数を回収した全細胞数で除して、細胞の生存率を求め、生細胞数を播種した細胞数で除して細胞の増殖率(倍)を求めた。
【0051】
(3)細胞の未分化維持率の測定
培養後シングルセル化した細胞を、細胞固定化/細胞透過化溶液(BD Cytofix/Cytoperm(商標) Kit(ビー ディー バイオサイエンス(BD Biosciences)社、554714))により固定化した。具体的には、200μLのCytofix/Cytopermを添加し、氷上で20分静置することでhiPSCの固定を行った。
次いで、1mLのBD Perm/Wash buffer(商標)(ビー ディー バイオサイエンス(BD Biosciences)社、554723)を添加し、5,000rpm、2min遠心分離を行い、上清を除いた。次に、適当量のBD Perm/Wash buffer(商標)に懸濁し、二重染色用サンプル、単染色用サンプル、isotype control用サンプル、非染色用サンプルに分けてそれぞれ遠沈管に分注し、5,000rpm、2min遠心分離を行い、上清を除去した。
二重染色および単染色は1:5(5倍)希釈のAlexa Fluor(登録商標) 488 mouse anti-oct3/4(ベクトン・ディッキンソン(Becton Dickinson)社、560253)および1:10(10倍)希釈のAlexa Fluor(登録商標) 647 mouse anti―SSEA-4(ベクトン・ディッキンソン(Becton Dickinson)社、560796)の両方、もしくは一方をBD Perm/Wash buffer(商標)に添加した溶液を100μL添加し、室温、遮光下で20minインキュベーションすることで行った。
Isotype control用サンプルには1:20(20倍)希釈のAlexa Fluor(登録商標) 488 Mouse IgG1 κ Isotype Control(ベクトン・ディッキンソン(Becton Dickinson)社、557721)または1:20(20倍)希釈のAlexa Fluor(登録商標) 647 Mouse IgG3、κ Isotype Control(ベクトン・ディッキンソン(Becton Dickinson)社、560803)を添加したBD Perm/Wash buffer(商標)を100μL加え、同様に室温、遮光下で20minインキュベーションした。
上記の各反応後、500μLのBD Perm/Wash buffer(商標)を添加して5,000rpm、2min遠心分離し、上清を除去した。各サンプルにFocusing fluid(サーモフィッシャー サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社、4488621)を1mL添加し、再度5,000rpm、2min遠心分離を行った上で200μLのFocusing fluid(サーモフィッシャー サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社、4488621)に懸濁した。調製したサンプルは、Attune NxT Flow Cytometer(サーモフィッシャー サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社)で解析を実施した。Alexa Fluor(登録商標) 488はBL1、Alexa Fluor(登録商標) 647はRL1で検出を行った。
細胞の未分化維持率は、培養された細胞におけるOct3/4/SSEA4陽性率により表すことができる。
【0052】
(4)hiPSCの胚体内胚葉細胞への分化率の測定
培養後シングルセル化した細胞を、5,000rpm、2min遠心分離した。細胞ペレットを100μLのBD Perm/Wash buffer(商標)(ビー ディー バイオサイエンス(BD Biosciences)社、554723)に懸濁し、1μLのBD Pharmingen(商標) APC Mouse Anti-Human CD184(ビー ディー バイオサイエンス(BD Biosciences)社、560936)または1 μLのBD Pharmingen(商標) APC Mouse IgG2a, κ Isotype Control(ビー ディー バイオサイエンス(BD Biosciences)社、555576)を添加し、室温、遮光下で20minインキュベーションすることで染色を行った。染色した細胞は1000μLのFACS bufferで一度洗浄した後、再度遠心分離してペレットとし、細胞固定化/細胞透過化溶液(BD Cytofix/Cytoperm(商標) Kit(ビー ディー バイオサイエンス(BD Biosciences)社、554714))により固定化した。具体的には、200μLのCytofix/Cytopermを添加し、氷上で20分静置することで細胞の固定を行った。
次いで、1mLのBD Perm/Wash bufferを添加し、5,000rpm、2min遠心分離を行って上清を除き、200μLのBD Perm/Wash buffer(商標)に懸濁した。1μLのBD Pharmingen(商標)PE Mouse anti-Human Sox17 (ビー ディー バイオサイエンス(BD Biosciences)社、561591)またはBD Pharmingen(商標)PE Mouse IgG1,κ Isotype Control( ビー ディー バイオサイエンス(BD Biosciences)社、400139)を添加し、室温、遮光下で20minインキュベーションして反応させた。
上記の反応後、500μLのBD Perm/Wash buffer(商標)を添加して5,000rpm、2min遠心分離し、上清を除去した。各サンプルにFocusing fluid(サーモフィッシャー サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社、4488621)を1mL添加し、再度5,000rpm、2min遠心分離を行った上で200μLのFocusing fluid(サーモフィッシャー サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社、4488621)に懸濁した。調製したサンプルは、Attune NxT Flow Cytometer(サーモフィッシャー サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社)で解析を実施した。PEはBL1、APCはRL1で検出を行った。
細胞の分化率は、培養された細胞におけるCXCR4またはSOX17陽性率により表すことができる。
【0053】
[実施例1]各種水溶性ポリマーのインスリン析出に対する効果の検討
インスリンを含有するEssential 8培地に、上記した水溶性ポリマー各1mg/mLを添加し、上記した通り、撹拌培養器材中で120rpmにて24時間撹拌を行った。その後、培地の状態を倒立型顕微鏡で観察し、培地中のインスリンの析出の程度により、水溶性ポリマーのインスリン析出抑制効果を下記評価基準により評価した。
なお、比較のため、水溶性ポリマーを添加せずに同様に処理して、培地中のインスリンの析出の程度を評価した。
結果を表1に示した。
<評価基準>
非常に良好である(インスリンの析出が完全に抑制されている);++
良好である(インスリンの析出がほぼ抑制されている);+
抑制効果なし(インスリンの析出が認められる);-
【0054】
【表1】
【0055】
表1に示されるように、ポリビニルアルコール、各種ポロキサマー、および各種ポリオキシエチレンソルビタンモノ脂肪酸エステルを添加した場合には、撹拌によるインスリンの析出は良好に抑制されることが認められた。
実施例1の上記結果から、ポリビニルアルコール等の水溶性ポリマーをインスリン含有培地に添加することで、培地を撹拌した際に生ずるインスリンの析出を抑制できることが明らかになった。
【0056】
[実施例2]インスリン析出抑制効果に及ぼすポリビニルアルコールおよびポロキサマーの各添加濃度の影響の検討
インスリンを含有するEssential 8培地に、500ng/mL~10mg/mLのポリビニルアルコール(PVA)、または100ng/mL~1mg/mLのポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)を添加し、上記の通り、5mLのバイオリアクター中で120rpmにて24時間撹拌を行った。24時間撹拌後に培地を倒立型顕微鏡で観察した。
なお、比較のため、ポリビニルアルコールおよびポロキサマーを添加せずに同様に処理し、倒立顕微鏡下にて写真撮影を行った。
顕微鏡下に撮影した写真を図1に示した。
【0057】
図1に示されるように、インスリンを含有するEssential 8培地をバイオリアクター中で撹拌すると、インスリンの析出が認められた。これに対し、各濃度のポリビニルアルコール(PVA)およびポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)をそれぞれ添加した場合は、いずれの濃度においても、インスリンの析出が抑制されることが確認された。
実施例2の上記結果より、ポリビニルアルコールを500ng/mL以上、またポロキサマー(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(27)ブロックコポリマー)を100ng/mL以上インスリン含有培地に添加することで、培地を撹拌することにより生じるインスリンの析出を抑制できることが明らかになった。
【0058】
[実施例3]hiPSCの増殖に対するポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)の効果の検討
インスリンを含有するEssential 8培地に、0.1μg/mL~1mg/mLのポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)を添加し、hiPSCを4日間撹拌浮遊培養して、各濃度のポロキサマーの効果を評価した。
1210B2株のhiPSCを5mLのバイオリアクターに1x10細胞播種し、上記の通り、80rpmの撹拌速度で撹拌培養を行った。3日目に3.5mLの培地交換を行い、4日目に細胞塊を破砕し、細胞の増殖率、生存率および未分化維持率を求めた。結果を図2に示した。
【0059】
図2に示されるように、各濃度のポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)を添加した培地でhiPSCの撹拌浮遊培養を行うと、細胞の増殖率、生存率および未分化維持率が向上した。
実施例3の上記結果より、ポロキサマー(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(27)ブロックコポリマー)(Kolliphor P188 BIO)を、0.1μg/mL~1mg/mLの濃度で培地に添加してhiPSCの撹拌浮遊培養を行うことにより、培地中のインスリンの析出が抑制されるとともに、細胞塊の成長を促し、状態の良いhiPSCを効率よく増殖させることが可能となることが明らかになった。
【0060】
[実施例4]hiPSCの増殖に対するポロキサマー(Kolliphor P407)の効果の検討
インスリンを含有するEssential 8培地に、1μg/mL~1mg/mLのポロキサマー(Kolliphor P407)を添加し、hiPSCを5日間撹拌浮遊培養して、各濃度のポロキサマーの効果を評価した。
1210B2株のhiPSCを5mLのバイオリアクターに1x10細胞播種し、上記の通り、80rpmの撹拌速度で撹拌培養を行った。2、3日目に3.5mLの培地交換を行い、5日目に細胞塊を破砕し、細胞の増殖率を求めた。結果を図3に示した。
【0061】
図3に示されるように、1μg/mL~1mg/mLのポロキサマー(Kolliphor P407)を添加した培地で培養を行うと、細胞の増殖率が向上した。
実施例4の上記結果より、ポロキサマー(ポリオキシエチレン(202)ポリオキシプロピレン(56)ブロックコポリマー)(Kolliphor P407)を1μg/mL~1mg/mLの濃度で培地に添加してhiPSCの撹拌浮遊培養を行うことにより、培地中のインスリンの析出が抑制されるとともに、細胞塊の成長を促し、状態の良いhiPSCを効率よく増殖させることが可能となることが明らかになった。
【0062】
[実施例5]hiPSCの増殖に対するポリビニルアルコール(PVA)の効果の検討
インスリンを含有するEssential 8培地に50μg/mL~5mg/mLのポリビニルアルコール(PVA)を添加し、hiPSCを4日間撹拌培養して、各濃度のポリビニルアルコールの効果を評価した。
1210B2株のhiPSCを5mLのバイオリアクターに1x10細胞播種し、上記の通り、80rpmの撹拌速度で撹拌浮遊培養を行った。培養2日目に3.5mLの培地交換を行い、4日目に細胞塊を破砕し、細胞の増殖率を求めた。結果を図4に示した。
【0063】
図4に示されるように、50μg/mL~5mg/mLのポリビニルアルコール(PVA)を添加した培地で培養を行うと、細胞の増殖率が向上した。
実施例5の上記結果より、ポリビニルアルコール(PVA)を50μg/mL~5mg/mLの濃度で培地に添加してhiPSCの撹拌浮遊培養を行うことにより、培地中のインスリンの析出が抑制されるとともに、細胞塊の成長を促し、状態の良いhiPSCを効率よく増殖させることが可能となることが明らかになった。
【0064】
[実施例6]hiPSCの増殖に対するポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Kolliphor PS 20)の効果の検討
インスリンを含有するEssential 8培地に100ng/mL~10μg/mLのポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Kolliphor PS 20)を添加し、hiPSCを4日間撹拌培養して、各濃度のポリオキシエチレンソルビタンモノラウレートの効果を評価した。
1210B2株のhiPSCを5mLのバイオリアクターに1x10細胞播種し、上記の通り、80rpmの撹拌速度で撹拌浮遊培養を行った。2日目に3.5mLの培地交換を行い、3日目に細胞塊を破砕し、細胞の増殖率を求めた。結果を図5に示した。
【0065】
図5に示されるように、100ng/mL~10μg/mLのポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Kolliphor PS 20)を添加した培地で培養を行うと、細胞の増殖率が向上した。
実施例6の上記結果より、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Kolliphor PS 20)を100ng/mL~10μg/mLの濃度で培地に添加してhiPSCの撹拌培養を行うことにより、培地中のインスリンの析出が抑制されるとともに、細胞塊の成長を促し、状態の良いhiPSCを効率よく増殖させることが可能となることが明らかになった。
【0066】
[実施例7]撹拌羽根を用いた撹拌によるインスリンの析出に対するポロキサマーの効果の検討
撹拌培養器材として、液量2Lの動物細胞培養槽(下部マグネット撹拌型)(エイブル株式会社(ABLE Corporation))およびステンレス鋼(SUS316L)製撹拌羽根を用いて、撹拌によるインスリンの析出に対するポロキサマーの効果を評価した。
上記動物細胞培養槽に、インスリンを含有するEssential 8培地500mL、および1mg/mLのポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)を添加して、37℃で150rpmにて8時間撹拌を行った。その後、培地を6ウェル細胞培養プレートに移し、倒立顕微鏡(「CKX53」、オリンパス株式会社(Olympus Corporation))で観察し(倍率=100倍)、写真撮影を行った。
なお、比較のため、ポロキサマーを添加せずに同様に処理し、倒立顕微鏡下にて写真撮影を行った。
顕微鏡下に撮影した写真を図6に示した。
【0067】
図6に示されるように、培地の撹拌により、インスリンが析出することが認められたが、ポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)の添加によって、インスリンの析出が抑制された。
実施例7の上記結果より、ポロキサマー(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(27)ブロックコポリマー)を1mg/mLの濃度で、インスリンを含有する培地に添加することにより、撹拌羽根を用いて培地を撹拌する場合にも、それにより生じるインスリンの析出を抑制できることが明らかになった。
【0068】
[実施例8]還流によるインスリンの析出に対する水溶性ポリマーの効果の検討
培地還流用器材として、ペリスタルティックポンプ(「ぺリスタ・バイオミニポンプ AC-2120」(アトー株式会社(ATTO Corporation))を用いて、還流によるインスリンの析出に対する水溶性ポリマーの影響を評価した。還流用チューブとしては、内径=3mm、外径=5mmのシリコーンチューブを用いた。
50mL容量のプラスティックチューブに、インスリンを含有するEssential 8培地45mL、およびポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)およびポリビニルアルコール(PVA)各1mg/mLをそれぞれ添加し、上記ペリスタルティックポンプにより、室温で5mL/分の流速にて、24時間還流を行った。その後、培地を6ウェル細胞培養プレートに移し、倒立顕微鏡(「CKX41」、オリンパス株式会社(Olympus Corporation))で観察し(倍率=40倍および100倍)、写真撮影を行った。
なお、比較のため、ポロキサマーおよびポリビニルアルコールを添加せずに同様に処理し、倒立顕微鏡下にて写真撮影を行った。
顕微鏡下に撮影した写真を図7に示した。
【0069】
図7に示されるように、培地を還流することにより、インスリンの析出が生じるが、ポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)またはポリビニルアルコール(PVA)を培地に添加することにより、インスリンの析出が抑制された。
実施例8の上記結果より、ポロキサマー(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(27)ブロックコポリマー)およびポリビニルアルコールをそれぞれ1mg/mLの濃度で、インスリンを含有する培地に添加することにより、培地を還流する際に生じるインスリンの析出を抑制できることが明らかになった。
【0070】
[実施例9]幹細胞の分化誘導培地におけるインスリン析出に対する水溶性ポリマーの効果の検討
インスリンを含有する分化誘導培地(4(w/v)%のTeSR-E6培地中のサプリメント(ステムセルテクノロジーズ(STEMCELL Technologies)社)を添加したRPMI1640培地)に、1mg/mLのポリビニルアルコール(PVA)、1mg/mLのポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)を添加し、上記の通り、5mLのバイオリアクター中で80rpmにて48時間撹拌を行った。その後、培地を倒立型顕微鏡CKX41で観察した。
なお、比較のため、ポリビニルアルコールおよびポロキサマーを添加せずに同様に処理し、倒立顕微鏡下にて観察した。
上記にて、顕微鏡下に撮影した写真を図8に示した。
【0071】
図8に示されるように、インスリンを含有する分化誘導培地をバイオリアクター中で撹拌すると、インスリンの析出が認められた。これに対し、ポリビニルアルコール(PVA)およびポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)各1mg/mLを添加した場合には、いずれもインスリンの析出が抑制された。
実施例9の上記結果より、ポロキサマー(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(27)ブロックコポリマー)およびポリビニルアルコールをそれぞれ1mg/mLの濃度で、インスリンを含有する分化誘導培地に添加することにより、培地を撹拌することにより生じるインスリンの析出を抑制できることが確認された。
【0072】
[実施例10]hiPSCの胚体内胚葉細胞への分化誘導に対するポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)の効果の検討
30mL容量のバイオリアクターに、StemFit(登録商標)AK03N培地(味の素株式会社)を30mL添加し、1210B2株のhiPSCを6×10細胞播種し、120rpmにて6日間撹拌浮遊培養を行い、hiPSCの細胞塊を形成させた。5mL分の細胞塊を5mL容量のバイオリアクターに移し、0.1mg/mLのポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)を添加した分化誘導培地(4(w/v)%のTeSR-E6培地中のサプリメント(ステムセルテクノロジーズ(STEMCELL Technologies)社)、2μMのグリコーゲン生成キナーゼ3阻害剤(CHIR99021)、100ng/mLのアクチビンA(Activin A)を添加したRPMI1640培地)中、80rpmにて5日間撹拌浮遊培養を行い、胚体内胚葉細胞への分化を誘導した。
なお、比較のため、ポロキサマーを添加せずに、同様に撹拌浮遊培養を行い、胚体内胚葉細胞への分化を誘導した。
分化誘導後、細胞塊を破砕し、上記の通り、生細胞数および細胞生存率を測定した。また、上記したフローサイトメトリー解析により、胚体内胚葉細胞のマーカーであるCXCR4およびSOX17のそれぞれについて、陽性細胞の割合を定量した。
結果を図9に示した。
【0073】
図9に示されるように、ポロキサマー(Kolliphor P188 BIO)を添加した分化誘導培地にてhiPSCを撹拌浮遊培養し、分化誘導を行うと、生細胞数および細胞生存率の向上が認められた。
また、胚体内胚葉細胞マーカーであるCXCR4およびSOX17のそれぞれについて、陽性である細胞の割合が増加した。
実施例10の上記結果より、ポロキサマー(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(27)ブロックコポリマー)を含有する分化誘導培地にてhiPSCを撹拌浮遊培養することにより、細胞の増殖率および生存率が向上し、胚体内胚葉細胞への分化も促進されることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0074】
以上、詳述したように、本発明により、インスリン等を含有する動物細胞の浮遊培養用培地に添加することにより、撹拌、振とう、還流、気体通気等の物理的刺激によるインスリン等の培地成分の析出を良好に抑制することのできる添加物を提供することができる。
また、本発明により、インスリン等を含有する動物細胞の浮遊培養用培地であって、撹拌、振とう、還流、気体通気等の物理的刺激が付加されても、インスリン等の培地成分の析出が良好に抑制された動物細胞の浮遊培養用培地を提供することができ、インスリン等を含有する動物細胞の浮遊培養用培地を用いて、撹拌、振とう、還流、気体通気等を行いながら、動物細胞の浮遊培養を行うことができる。
その結果、本発明により、大きさの制御された細胞塊を形成させて動物細胞の浮遊培養を行うことができ、動物細胞の培養効率および培養細胞の品質を向上させることができる。
特に、幹細胞等の未分化細胞について、維持培地での維持培養時、および分化誘導培地での分化誘導時のいずれにおいても培地成分の析出が抑制され、維持培養時の未分化維持率、分化誘導時の分化率の双方を向上させることができる。
【0075】
本願は、日本国で出願された特願2018-141909を基礎としており、その内容は本明細書にすべて包含されるものである。
図1
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