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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024004251
(43)【公開日】2024-01-16
(54)【発明の名称】地盤補強構造及びその設計方法
(51)【国際特許分類】
   E02D 17/20 20060101AFI20240109BHJP
【FI】
E02D17/20 106
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022103830
(22)【出願日】2022-06-28
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】307042385
【氏名又は名称】ミサワホーム株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】598027847
【氏名又は名称】株式会社設計室ソイル
(71)【出願人】
【識別番号】596091428
【氏名又は名称】報国エンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090033
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 博司
(72)【発明者】
【氏名】川崎 淳志
(72)【発明者】
【氏名】高田 徹
(72)【発明者】
【氏名】塚本 英
【テーマコード(参考)】
2D044
【Fターム(参考)】
2D044EA01
(57)【要約】
【課題】優れた補強効果を得ることができる地盤補強構造及びその設計方法を提供する。
【解決手段】擁壁20の背面側に位置する擁壁背面地盤10を補強する地盤補強構造1であって、擁壁背面地盤10に埋設され、下端部が当該擁壁背面地盤10のすべり面12よりも深く設置されるパイプ2を複数備えており、複数のパイプ2は、パイプ2の最大曲げモーメント(曲げ縁応力度σb)が許容曲げモーメント(許容曲げ応力度σa)を下回るという第一条件と、パイプ2の最大せん断力(せん断応力度τs)が許容せん断力(許容せん断応力度τa)を下回るという第二条件と、パイプ2の根入れ部前面地盤の受働土圧Qpがパイプ2の作用水平力(負担水平力H’)を上回るという第三条件と、の少なくとも一つを満たす間隔Wで、擁壁20の設置方向(左右方向)に並んで配置されている。
【選択図】図25
【特許請求の範囲】
【請求項1】
擁壁の背面側に位置する擁壁背面地盤を補強する地盤補強構造であって、
前記擁壁背面地盤に埋設され、下端部が当該擁壁背面地盤のすべり面よりも深く設置されるパイプを複数備え、
複数の前記パイプは、前記パイプの最大曲げモーメントが許容曲げモーメントを下回るという第一条件と、前記パイプの最大せん断力が許容せん断力を下回るという第二条件と、前記パイプの根入れ部前面地盤の受働土圧が前記パイプの作用水平力を上回るという第三条件と、の少なくとも一つを満たす間隔で、前記擁壁の設置方向に並んで配置されていることを特徴とする地盤補強構造。
【請求項2】
請求項1に記載の地盤補強構造において、
前記擁壁背面地盤に埋設され、前記擁壁の設置方向に並ぶ複数の前記パイプを結合する結合部材を備え、
前記結合部材は、略水平に設置され、前記設置方向に沿って長尺な部材であり、前記パイプの上端部と接合部材によって接合されていることを特徴とする地盤補強構造。
【請求項3】
請求項1に記載の地盤補強構造において、
前記擁壁の設置方向に沿って一列に並ぶ複数の前記パイプを備える補強ユニットを複数有し、
複数の前記補強ユニットは、前記設置方向に直交する方向に並んで配置されており、
当該地盤補強構造が有する前記補強ユニットの数、及び前記パイプの前記設置方向における間隔は、前記第一条件と前記第二条件と前記第三条件の少なくとも一つを満たす組合せの数及び間隔に設定されていることを特徴とする地盤補強構造。
【請求項4】
請求項1に記載の地盤補強構造において、
前記パイプとして、互いに平行でない第一パイプ及び第二パイプを備え、
前記第一パイプ及び前記第二パイプは、上端部同士が結合されて、下端部同士が前記設置方向に直交する前後方向に離れており、
前記第一パイプに対する前記第二パイプの角度、及び前記パイプの前記設置方向における間隔は、前記第一条件と前記第二条件と前記第三条件の少なくとも一つを満たす組合せの角度及び間隔に設定されている特徴とする地盤補強構造。
【請求項5】
請求項4に記載の地盤補強構造において、
前記第一パイプは、下端部が、上端部を通る仮想の鉛直線よりも前側に位置する状態で設置されており、
前記第二パイプは、下端部が、上端部を通る仮想の鉛直線よりも後側に位置する状態で設置されていることを特徴とする地盤補強構造。
【請求項6】
請求項1に記載の地盤補強構造において、
前記パイプの長さ、及び前記パイプの前記設置方向における間隔は、前記第三条件を満たす組合せの長さ及び間隔に設定されていることを特徴とする地盤補強構造。
【請求項7】
擁壁の背面側に位置する擁壁背面地盤を補強する地盤補強構造の設計方法であって、
前記地盤補強構造は、下端部が前記擁壁背面地盤のすべり面よりも深く設置されるパイプを複数備えており、
複数の前記パイプは、前記擁壁の設置方向に所定間隔で並んで配置されており、
前記所定間隔を、
前記パイプの最大曲げモーメントが許容曲げモーメントを下回るという第一条件と、
前記パイプの最大せん断力が許容せん断力を下回るという第二条件と、
前記パイプの根入れ部前面地盤の受働土圧が前記パイプの作用水平力を上回るという第三条件と、の少なくとも一つを満たす間隔とすることを特徴とする設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、擁壁背面地盤を補強する地盤補強構造及びその設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、切土又は盛土の斜面においては、その斜面を安定させるために擁壁を設ける場合がある。擁壁の背面側に位置する擁壁背面地盤は、工事の際に掘削・埋戻しを行っているため、地盤の沈下により起こる建物の不同沈下が度々問題となる。また、擁壁背面地盤は、過去に掘削・埋戻しを行っているため地震力に対する抵抗力が小さい。
そのため、例えば特許文献1には、擁壁背面地盤を補強する補強構造及び補強方法が開示されている。特許文献1の補強構造は、鋼管からなる杭本体と杭本体の先端かつ周面に螺旋状に設けられた螺旋状羽根とを備え、杭本体の先端が地盤のすべり面より深く設置される第1の杭及び第2の杭と、地盤の上部において第1の杭の杭頭と第2の杭の杭頭を結合する結合部と、を備えており、第1の杭は、鉛直方向又は杭本体の先端が既設擁壁に向かう斜め方向に地盤内に設置され、第2の杭は、既設擁壁に沿って斜め方向に地盤内に設置される。そして、二つの補強構造の間隔、すなわち第1の杭同士の間隔は、例えば杭径の5~10倍となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第5455869号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
杭同士の適切な間隔は、杭の特性や地盤の特性によっても異なる。すなわち、杭の特性や地盤の特性を考慮して杭同士の間隔を決めないと、十分な補強効果を得ることができないおそれがある。
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた補強効果を得ることができる地盤補強構造及びその設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の発明は、例えば図1図6図25図41に示すように、
擁壁20の背面側に位置する擁壁背面地盤10を補強する地盤補強構造1であって、
前記擁壁背面地盤10に埋設され、下端部が当該擁壁背面地盤10のすべり面12よりも深く設置されるパイプ2を複数備え、
複数の前記パイプ2は、前記パイプ2の最大曲げモーメント(曲げ縁応力度σb)が許容曲げモーメント(許容曲げ応力度σa)を下回るという第一条件と、前記パイプ2の最大せん断力(せん断応力度τs)が許容せん断力(許容せん断応力度τa)を下回るという第二条件と、前記パイプ2の根入れ部前面地盤の受働土圧Qpが前記パイプ2の作用水平力(負担水平力H’)を上回るという第三条件と、の少なくとも一つを満たす間隔Wで、前記擁壁20の設置方向(左右方向)に並んで配置されていることを特徴とする。
【0007】
請求項1に記載の発明によれば、地盤補強構造1は、擁壁背面地盤10に埋設され、下端部が当該擁壁背面地盤10のすべり面12よりも深く設置されるパイプ2を複数備えており、パイプ2は、パイプ2の最大曲げモーメント(曲げ縁応力度σb)が許容曲げモーメント(許容曲げ応力度σa)を下回るという第一条件と、パイプ2の最大せん断力(せん断応力度τs)が許容せん断力(許容せん断応力度τa)を下回るという第二条件と、パイプ2の根入れ部前面地盤の受働土圧Qpがパイプ2の作用水平力(負担水平力H’)を上回るという第三条件と、の少なくとも一つを満たす間隔Wで、擁壁20の設置方向(左右方向)に並んで配置されているので、パイプ2の曲げ抵抗、パイプ2のせん断抵抗、地盤の受働抵抗の少なくとも一つによって地すべり抑止力を高めることができる。すなわち、パイプ2の間隔(擁壁20の設置方向における間隔)が、パイプ2の特性や地盤の特性を考慮した間隔Wに設定されているので、優れた補強効果を発揮することが可能となる。
【0008】
請求項2に記載の発明は、例えば図1図6に示すように、
請求項1に記載の地盤補強構造1において、
前記擁壁背面地盤10に埋設され、前記擁壁20の設置方向(左右方向)に並ぶ複数の前記パイプ2を結合する結合部材3を備え、
前記結合部材3は、略水平に設置され、前記設置方向に沿って長尺な部材であり、前記パイプ2の上端部と接合部材(クランプ(あるいはワイヤ等))によって接合されていることを特徴とする。
【0009】
請求項2に記載の発明によれば、地盤補強構造1は、擁壁背面地盤10に埋設され、擁壁20の設置方向(左右方向)に並ぶ複数のパイプ2を結合する結合部材3を備えているので、擁壁20の設置方向に並ぶ複数のパイプ2が結合されていない場合に比べて一体感が高まり、地すべりに対して効率よく抵抗することが可能となる。
また、擁壁20の設置方向(左右方向)に沿って略水平に設置された結合部材3に、パイプ2の上端部を接合するだけで、擁壁20の設置方向に並ぶ複数のパイプ2を結合することができるので、施工性を向上することができる。
さらに、地盤補強構造1は、パイプ2だけでなく結合部材3も擁壁背面地盤10に埋設されている。すなわち、地盤補強構造1は、その全体が地中にあるので、土地利用の障害とならないし、また、擁壁20の天端排水施設も容易に設置できる。
【0010】
請求項3に記載の発明は、例えば図1図4図5図25図41に示すように、
請求項1に記載の地盤補強構造1において、
前記擁壁20の設置方向(左右方向)に沿って一列に並ぶ複数の前記パイプ2を備える補強ユニット4A,4Bを複数有し、
複数の前記補強ユニット4A,4Bは、前記設置方向に直交する方向(前後方向)に並んで配置されており、
当該地盤補強構造1が有する前記補強ユニット4A,4Bの数、及び前記パイプ2の前記設置方向における間隔は、前記第一条件と前記第二条件と前記第三条件の少なくとも一つを満たす組合せの数n及び間隔Wに設定されていることを特徴とする。
【0011】
請求項3に記載の発明によれば、地盤補強構造1は、擁壁20の設置方向(左右方向)に沿って一列に並ぶ複数のパイプ2を備える補強ユニット4A,4Bを複数有しており、当該地盤補強構造1が有する補強ユニット4A,4Bの数、及びパイプ2の間隔(擁壁20の設置方向における間隔)は、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす組合せの数n及び間隔Wに設定されている。したがって、例えば補強ユニット4A,4Bの数を1つとした場合に第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす間隔Wが実現困難な値となっても、補強ユニット4A,4Bの数を複数にして、補強ユニット4A,4Bの数及びパイプ2の間隔の組合せによって、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たすようにすることで、パイプ2の間隔を実現容易な間隔Wとすることが可能となり、優れた補強効果を確実に発揮することが可能となる。
【0012】
請求項4に記載の発明は、例えば図2図5図6に示すように、
請求項1に記載の地盤補強構造1において、
前記パイプ2として、互いに平行でない第一パイプ(谷側パイプ)及び第二パイプ(山側パイプ)を備え、
前記第一パイプ及び前記第二パイプは、上端部同士が結合されて、下端部同士が前記設置方向(左右方向)に直交する前後方向に離れており、
前記第一パイプに対する前記第二パイプの角度、及び前記パイプ2の前記設置方向における間隔は、前記第一条件と前記第二条件と前記第三条件の少なくとも一つを満たす組合せの角度2α及び間隔Wに設定されている特徴とする。
【0013】
請求項4に記載の発明によれば、地盤補強構造1は、パイプ2として、互いに平行でない第一パイプ(谷側パイプ)及び第二パイプ(山側パイプ)を備えており、第一パイプ及び第二パイプは、上端部同士が結合されて、下端部同士が擁壁20の設置方向(左右方向)に直交する前後方向に離れているので、第一パイプ及び第二パイプのうち、一方のパイプ(谷側パイプ)の上端部に、他方のパイプ(山側パイプ)の引抜き抵抗Rt(具体的には、引抜き抵抗Rの谷側パイプに対する直角成分R)が作用することとなる。すなわち、他方のパイプによって、一方のパイプの上端部を押さえることができるので、擁壁背面地盤10をより効果的に補強することが可能となる。
さらに、第一パイプに対する第二パイプの角度、及びパイプ2の間隔(擁壁20の設置方向における間隔)は、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす組合せの角度2α及び間隔Wに設定されている。したがって、例えば第一パイプ及び第二パイプを平行とした場合に第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす間隔Wが実現困難な値となっても、第一パイプ及び第二パイプを互いに平行でない状態にして、第一パイプに対する第二パイプの角度及びパイプ2の間隔の組合せによって、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たすようにすることで、パイプ2の間隔を実現容易な間隔Wとすることが可能となり、優れた補強効果を確実に発揮することが可能となる。
【0014】
請求項5に記載の発明は、例えば図2図5図6に示すように、
請求項4に記載の地盤補強構造1において、
前記第一パイプ(谷側パイプ)は、下端部が、上端部を通る仮想の鉛直線よりも前側(擁壁20側)に位置する状態で設置されており、
前記第二パイプ(山側パイプ)は、下端部が、上端部を通る仮想の鉛直線よりも後側(建物30側)に位置する状態で設置されていることを特徴とする。
【0015】
請求項5に記載の発明によれば、第一パイプ及び第二パイプは互いに向かうように斜めに設置されている、すなわち第一パイプ及び第二パイプはΛ型に結合されているので、地盤補強構造1の設置場所が狭くても、第一パイプに対する第二パイプの角度2αを大きくすることができる。第一パイプに対する第二パイプの角度2αが大きいほど(90度に近いほど)、第一パイプの上端部を押さえる力(直角成分R(=R・sin2α))が大きくなるので、擁壁背面地盤10をより効果的に補強することが可能となる。
【0016】
請求項6に記載の発明は、例えば図1図6図25図41に示すように、
請求項1に記載の地盤補強構造1において、
前記パイプ2の長さ、及び前記パイプ2の前記設置方向(左右方向)における間隔は、前記第三条件を満たす組合せの長さL及び間隔Wに設定されていることを特徴とする。
【0017】
請求項6に記載の発明によれば、パイプ2の長さ及びパイプ2の間隔(擁壁20の設置方向(左右方向)における間隔)は、第三条件を満たす組合せの長さL及び間隔Wに設定されている。したがって、例えばパイプ2の長さをLaとした場合に第三条件を満たす間隔Wが実現困難な値となっても、パイプ2の長さをLaよりも長くして、パイプ2の長さ及びパイプ2の間隔の組合せによって、第三条件を満たすようにすることで、パイプ2の間隔を実現容易な間隔Wとすることが可能となり、優れた補強効果を確実に発揮することが可能となる。
【0018】
請求項7に記載の発明は、例えば図25図41に示すように、
擁壁20の背面側に位置する擁壁背面地盤10を補強する地盤補強構造1の設計方法であって、
前記地盤補強構造1は、下端部が前記擁壁背面地盤10のすべり面12よりも深く設置されるパイプ2を複数備えており、
複数の前記パイプ2は、前記擁壁20の設置方向(左右方向)に所定間隔で並んで配置されており、
前記所定間隔を、
前記パイプ2の最大曲げモーメント(曲げ縁応力度σb)が許容曲げモーメント(許容曲げ応力度σa)を下回るという第一条件と、
前記パイプ2の最大せん断力(せん断応力度τs)が許容せん断力(許容せん断応力度τa)を下回るという第二条件と、
前記パイプ2の根入れ部前面地盤の受働土圧Qpが前記パイプ2の作用水平力(負担水平力H’)を上回るという第三条件と、の少なくとも一つを満たす間隔Wとすることを特徴とする。
【0019】
請求項7に記載の発明によれば、地盤補強構造1が備えるパイプ2の間隔(擁壁20の設置方向(左右方向)における間隔)を、パイプ2の最大曲げモーメント(曲げ縁応力度σb)が許容曲げモーメント(許容曲げ応力度σa)を下回るという第一条件と、パイプ2の最大せん断力(せん断応力度τs)が許容せん断力(許容せん断応力度τa)を下回るという第二条件と、パイプ2の根入れ部前面地盤の受働土圧Qpがパイプ2の作用水平力(負担水平力H’)を上回るという第三条件と、の少なくとも一つを満たす間隔Wとすることが可能であるので、パイプ2の曲げ抵抗、パイプ2のせん断抵抗、地盤の受働抵抗の少なくとも一つによって地すべり抑止力を高めることができる。すなわち、パイプ2の間隔(擁壁20の設置方向における間隔)を、パイプ2の特性や地盤の特性を考慮した間隔Wとすることが可能であるので、優れた補強効果を発揮することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、優れた補強効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】擁壁背面地盤に設置された地盤補強構造(II型タイプ)の一例を示す図であって、(a)は立面図であり、(b)は平面図である。
図2】擁壁背面地盤に設置された地盤補強構造(Λ型タイプ)の一例を示す図であって、(a)は立面図であり、(b)は平面図を示す図である。
図3】擁壁背面地盤に設置された地盤補強構造(II型タイプ)の変形例を示す図である。
図4】擁壁背面地盤に設置された地盤補強構造(II型タイプ)の変形例を示す図である。
図5】擁壁背面地盤に設置された地盤補強構造(Λ型タイプ)の変形例を示す図である。
図6】擁壁背面地盤に設置された地盤補強構造(Λ型タイプ)の変形例を示す図である。
図7】(a)は模型土槽実験装置及び使用機器・機材一覧を示す図であり、(b)は実験Caseと計測方法を示す図である。
図8】補強仕様を示す図である。
図9】(a)は引抜き試験装置を示す図であり、(b)は引抜き試験結果を示す図である。
図10】(a)(b)は鉛直荷重と擁壁変位量の関係を示す図であり、(c)は最大荷重と擁壁変位量の関係を示す図である。
図11】鉛直荷重と擁壁傾斜角の関係を示す図である。
図12】(a)は計測装置の概要を示す図であり、(b)は画像解析の測定原理を示す図である。
図13】無補強での擁壁が倒壊する直前での荷重(鉛直荷重Mv=231.9N,水平荷重Mh=48.8N)時の地盤及び擁壁の画像解析による水平変位を示す図である。
図14】最大荷重時の地盤及び擁壁の画像解析による水平変位を示す図である。
図15】破壊領域の推移を示す図である。
図16】模型土槽側面から見た最大荷重時の土の変位量を示す図である。
図17】模型土槽上面から見た最大荷重時の土の変位量を示す図である。
図18】最大荷重時の土と補強材の変位量を示す図である。
図19】鉛直荷重と載荷板沈下量の関係を示す図である。
図20】(a)は解析パラメータを示す図であり、(b)は擁壁、載荷板と地盤間ジョイント要素パラメータを示す図であり、(c)は補強材と地盤間ジョイント要素パラメータを示す図である。
図21】鉛直荷重と擁壁変位の関係を示す図である。
図22】変位コンター図である。
図23】塑性域図である。
図24】(a)II型タイプの地すべり抵抗メカニズムを示す図であり、(b)はΛ型タイプの地すべり抵抗メカニズムを示す図である。
図25】地盤補強構造の設計方法の一例を示すフローチャートである。
図26】「地盤定数の設定」の一例を説明する図である。
図27】「常時・地震時に対する円弧すべり計算」の一例を説明する図である。
図28】「常時・地震時に対する円弧すべり計算」の一例を説明する図である。
図29】「パイプの材質・寸法・強度特性の設定」の一例を説明する図である。
図30】「パイプ配置などの仮定」の一例を説明する図である。
図31】「パイプ配置などの仮定」の一例を説明する図である。
図32】「水平地盤反力係数、特性値の計算」の一例を説明する図である。
図33】「最大曲げモーメント・せん断力の計算」の一例を説明する図である。
図34】「最大曲げモーメント・せん断力の計算」の一例を説明する図である。
図35】「曲げ応力・せん断応力の照査」の一例を説明する図である。
図36】「曲げ応力・せん断応力の照査」の一例を説明する図である。
図37】「パイプの根入れ長・全長の計算」の一例を説明する図である。
図38】「水平変位の計算」の一例を説明する図である。
図39】「水平変位の計算」の一例を説明する図である。
図40】「パイプ根入れ地盤の降伏破壊の照査」の一例を説明する図である。
図41】補強仕様の一例を示す図である。
図42】地盤補強構造の施工手順の一例を示す図である。
図43】地盤補強構造の施工手順の一例を示す図である。
図44】地盤補強構造の施工手順の一例を示す図である。
図45】抑え杭設計法とせん断杭設計法の違いを説明する図である。
図46】計算条件図である。
図47】(a)は背面地盤条件を示す図であり、(b)は擁壁条件を示す図であり、(c)は荷重条件を示す図であり、(d)は不動層の地盤条件を示す図であり、(e)はパイプ引抜き抵抗力を示す図である。
図48】すべり範囲の分解図である。
図49】すべり計算結果の詳細を示す図である。
図50】抑え杭設計法とせん断杭設計法の比較結果の一例を示す図である。
図51】模型土槽実験と抑え杭設計法による計算の比較結果の一例を示す図である。
図52】補強タイプの比較結果の一例を示す図である。
図53】直線すべり計算と円弧すべり計算を比較する場合における計算条件の一例を示す図である。
図54】直線すべり計算と円弧すべり計算の比較結果の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。ただし、以下に述べる実施形態には、本発明を実施するために技術的に好ましい種々の限定が付されているが、本発明の技術的範囲を以下の実施形態及び図示例に限定するものではない。
なお、以下の実施形態及び図示例における方向は、あくまでも説明の便宜上設定したものである。本実施形態においては、擁壁20の設置方向を左右方向とし、擁壁20の高さ方向を上下方向とし、左右方向及び上下方向の双方に直交する方向を前後方向としている。
【0023】
《地盤補強構造》
図1及び図2において符号1は、地盤補強構造を示す。この地盤補強構造1は、擁壁背面地盤10を補強するために、擁壁背面地盤10の地中に設置されている。
擁壁背面地盤10は、擁壁20の背面側(後側)に位置する地盤(例えば盛土地盤)である。すなわち、擁壁背面地盤10は、法面(前面)に擁壁20が設けられた地盤である。そして、擁壁背面地盤10上には、擁壁20に近接して建物30が設けられている。なお、本実施形態における擁壁20はブロック積擁壁であるが、これに限られるものではなく、擁壁20の形式は、もたれ式擁壁、逆T型擁壁、L型擁壁等であってもよい。
【0024】
地盤補強構造1は、複数本のパイプ2と、パイプ2同士を結合する結合部材3と、を備えて構成される。本実施形態の地盤補強構造1は、所定高さ(例えば3m以下の高さ)の擁壁20の背面側に位置する擁壁背面地盤10に、補強材としてパイプ2を所定の深度まで鉛直又は斜めに回転貫入し、パイプ2の強度(曲げ強度・せん断強度)と地すべり線(すべり面12)よりも下部にある地盤(不動層)の受働抵抗によって、地すべりに対する必要安全率(抵抗力)を確保しようとするものである。また、建物30の安息対応(安息角対応)も兼ねる。
【0025】
パイプ2は、擁壁20の底版21を避ける位置に、移動層と不動層との境界であるすべり面12を上下に突き抜けるように設置される。本実施形態では、パイプ2として直径48.6mmの細径鋼管(通称「単管パイプ」)を用いるが、これに限られるものではない。また、本実施形態では、パイプ2の肉厚(厚さ寸法)を2.4mmとするが、これに限られるものではない。
結合部材3は、例えば建物30の幅寸法(左右方向の寸法)よりも長い長尺部材であり、擁壁20と建物30の間に、擁壁20の設置方向(左右方向)に略沿って略水平に設置される。本実施形態では、結合部材3として鋼管(例えば単管パイプ)を用いるが、これに限られるものではない。
【0026】
地盤補強構造1には、図1に示すII型タイプの地盤補強構造1と、図2に示すΛ型タイプの地盤補強構造1と、がある。II型タイプの地盤補強構造1において、パイプ2は鉛直方向(上下方向)に対して略平行に設置されており、Λ型タイプの地盤補強構造1において、パイプ2は鉛直方向(上下方向)に対して斜めに設置されている。
【0027】
II型タイプの地盤補強構造1は、前後方向に並ぶ2つの補強ユニット4Aと、補強ユニット4A同士を連結する連結部材5と、を備える。補強ユニット4Aは、略鉛直に設置された複数本のパイプ2と、当該複数本のパイプ2の上端部同士を結合する1本の結合部材3と、パイプ2の上端部と結合部材3とを接合する接合部材(クランプ(あるいはワイヤ等))と、からなる。
連結部材5は、一端部が前側の補強ユニット4Aにおける結合部材3とクランプ(あるいはワイヤ等)によって接合されているとともに、他端部が後側の補強ユニット4Aにおける結合部材3とクランプ(あるいはワイヤ等)によって接合されている。本実施形態では、連結部材5として鋼管(例えば単管パイプ)を用いるが、これに限られるものではない。
【0028】
II型タイプの地盤補強構造1において、パイプ2は千鳥状に配置されている。すなわち、隣り合う2つの補強ユニット4Aのうち、一方の補強ユニット4A(例えば前側の補強ユニット4A)におけるパイプ2と、他方の補強ユニット4A(例えば後側の補強ユニット4A)におけるパイプ2と、は擁壁20側から見て(前後方向から見て)重ならないように配置されている。
なお、II型タイプの地盤補強構造1が有する補強ユニット4Aの数は2つに限られるものではない。II型タイプの地盤補強構造1は、例えば図3に示すように1つの補強ユニット4Aを有するものであってもよいし、例えば図4に示すように3つの補強ユニット4Aを有するものであってもよいし、4つ以上の補強ユニット4Aを有するものであってもよい。無論、II型タイプの地盤補強構造1が有する補強ユニット4Aの数が1つである場合には、当該地盤補強構造1は、図3に示すように、連結部材5を備えていない。
【0029】
ここで、一の補強ユニット4Aにおいては、擁壁20の設置方向(左右方向)に所定間隔で並ぶ複数本のパイプ2が、1本の結合部材3によって結合されている。そして、この所定間隔は、後述する設計方法(図25図41)によって決定された値(パイプ間隔W)に設定されている。具体的には、一の補強ユニット4Aを構成するパイプ2同士の間隔は、第一条件(ステップS9で算出した曲げ縁応力度σb(具体的にはステップS8で算出した最大曲げモーメントMmaxに基づき算出した曲げ縁応力度σb)がステップS5で設定した許容曲げ応力度σaよりも小さいという条件)と、第二条件(ステップS9で算出したせん断応力度τs(具体的にはステップS8で算出した最大せん断力Smaxに基づき算出したせん断応力度τs)がステップS5で設定した許容せん断応力度τaよりも小さいという条件)と、第三条件(ステップS13で算出した受働土圧QpがステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’よりも大きいという条件)と、の全てを満たす間隔Wに設定されている。
なお、パイプ間隔(杭間隔)Wは、第一条件と第二条件と第三条件の全てを満たす間隔に限られるものではなく、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす間隔であればよい。
【0030】
また、II型タイプの地盤補強構造1は、所定個数の補強ユニット4Aを有している。そして、この所定個数は、後述する設計方法(図25図41)によって決定された値(パイプ列数n)に設定されている。具体的には、II型タイプの地盤補強構造1が有する補強ユニット4Aの数は、第一条件(ステップS9で算出した曲げ縁応力度σb(具体的にはステップS8で算出した最大曲げモーメントMmaxに基づき算出した曲げ縁応力度σb)がステップS5で設定した許容曲げ応力度σaよりも小さいという条件)と、第二条件(ステップS9で算出したせん断応力度τs(具体的にはステップS8で算出した最大せん断力Smaxに基づき算出したせん断応力度τs)がステップS5で設定した許容せん断応力度τaよりも小さいという条件)と、第三条件(ステップS13で算出した受働土圧QpがステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’よりも大きいという条件)と、の全てを満たす数nに設定されている。
なお、パイプ列数(杭列)nは、第一条件と第二条件と第三条件の全てを満たす数に限られるものではなく、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす数であればよい。
【0031】
また、II型タイプの地盤補強構造1においては、パイプ2の長さが所定長さ以上となっている。そして、この所定長さは、後述する設計方法(図25図41)によって決定された値(パイプ設計長L)に設定されている。具体的には、II型タイプの地盤補強構造1を構成するパイプ2の長さは、第三条件(ステップS13で算出した受働土圧QpがステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’よりも大きいという条件)を満たす長さL以上に設定されている。
【0032】
Λ型タイプの地盤補強構造1は、1つの補強ユニット4Bを備える。補強ユニット4Bは、複数本のパイプ2と、当該複数本のパイプ2の上端部同士を結合する1本の結合部材3と、パイプ2の上端部と結合部材3とを接合する接合部材(クランプ(あるいはワイヤ等))と、からなる。そして、補強ユニット4Bは、パイプ2として、下端部が、上端部を通る仮想の鉛直線よりも擁壁20側(前側)に位置する状態で設置されたパイプ2(以下「谷側パイプ」と称する)を複数本備えているとともに、下端部が、上端部を通る仮想の鉛直線よりも建物30側(後側)に位置する状態で設置されたパイプ2(以下「山側パイプ」と称する)を複数本備えている。
【0033】
本実施形態では、仮想の鉛直線と谷側パイプがなす角度と、仮想の鉛直線と山側パイプがなす角度と、が略等しく設定されているが、これに限られるものではない。谷側パイプ及び山側パイプは、上端部同士が結合部材3を介して結合されていて、下端部同士が前後方向に離れた状態であれば、仮想の鉛直線と谷側パイプがなす角度よりも、仮想の鉛直線と山側パイプがなす角度の方が大きくてもよいし、あるいは逆に、仮想の鉛直線と谷側パイプがなす角度よりも、仮想の鉛直線と山側パイプがなす角度の方が小さくてもよい。具体的には、例えば、山側パイプが鉛直方向に対して略平行に設置されて、谷側パイプが鉛直方向に対して斜めに設置されていてもよいし、あるいは逆に、山側パイプが鉛直方向に対して斜めに設置されて、谷側パイプが鉛直方向に対して略平行に設置されていてもよい。
また、Λ型タイプの地盤補強構造1が有する補強ユニット4Bの数は1つに限られるものではない。Λ型タイプの地盤補強構造1は、例えば図5に示すように2つの補強ユニット4Bを有するものであってもよいし、3つ以上の補強ユニット4Bを有するものであってもよい。また、Λ型タイプの地盤補強構造1が有する補強ユニット4Bの数が複数である場合には、当該地盤補強構造1は、図5に示すように、補強ユニット4B同士を連結する連結部材5を備えていてもよい。
また、一の補強ユニット4Bを構成する谷側パイプ及び山側パイプの本数は同じでなくてもよい。例えば図6に示すように、山側パイプの本数は、谷側パイプの本数よりも少なくてもよい。
【0034】
ここで、一の補強ユニット4Bにおいては、擁壁20の設置方向(左右方向)に並ぶ複数本の山側パイプと、擁壁20の設置方向(左右方向)に所定間隔で並ぶ複数本の谷側パイプと、が1本の結合部材3によって結合されている。そして、この所定間隔は、後述する設計方法(図25図41)によって決定された値(パイプ間隔W)に設定されている。具体的には、一の補強ユニット4Bを構成する谷側パイプ同士の間隔は、第一条件(ステップS9で算出した曲げ縁応力度σb(具体的にはステップS8で算出した最大曲げモーメントMmaxに基づき算出した曲げ縁応力度σb)がステップS5で設定した許容曲げ応力度σaよりも小さいという条件)と、第二条件(ステップS9で算出したせん断応力度τs(具体的にはステップS8で算出した最大せん断力Smaxに基づき算出したせん断応力度τs)がステップS5で設定した許容せん断応力度τaよりも小さいという条件)と、第三条件(ステップS13で算出した受働土圧QpがステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’よりも大きいという条件)と、の全てを満たす間隔Wに設定されている。
なお、パイプ間隔(杭間隔)Wは、第一条件と第二条件と第三条件の全てを満たす間隔に限られるものではなく、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす間隔であればよい。
【0035】
また、Λ型タイプの地盤補強構造1は、所定個数の補強ユニット4Bを有している。そして、この所定個数は、後述する設計方法(図25図41)によって決定された値(パイプ列数n)に設定されている。具体的には、Λ型タイプの地盤補強構造1が有する補強ユニット4Bの数は、第一条件(ステップS9で算出した曲げ縁応力度σb(具体的にはステップS8で算出した最大曲げモーメントMmaxに基づき算出した曲げ縁応力度σb)がステップS5で設定した許容曲げ応力度σaよりも小さいという条件)と、第二条件(ステップS9で算出したせん断応力度τs(具体的にはステップS8で算出した最大せん断力Smaxに基づき算出したせん断応力度τs)がステップS5で設定した許容せん断応力度τaよりも小さいという条件)と、第三条件(ステップS13で算出した受働土圧QpがステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’よりも大きいという条件)と、の全てを満たす数nに設定されている。
なお、パイプ列数(杭列)nは、第一条件と第二条件と第三条件の全てを満たす数に限られるものではなく、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす数であればよい。
【0036】
また、一の補強ユニット4Bにおいては、仮想の鉛直線と谷側パイプがなす角度と、仮想の鉛直線と山側パイプがなす角度と、の和が所定角度となっている。そして、この所定角度は、後述する設計方法(図25図41)によって決定された値(パイプ相互角度2α)に設定されている。具体的には、一の補強ユニット4Bを構成する谷側パイプと山側パイプがなす角度(谷側パイプに対する山側パイプの角度)は、第一条件(ステップS9で算出した曲げ縁応力度σb(具体的にはステップS8で算出した最大曲げモーメントMmaxに基づき算出した曲げ縁応力度σb)がステップS5で設定した許容曲げ応力度σaよりも小さいという条件)と、第二条件(ステップS9で算出したせん断応力度τs(具体的にはステップS8で算出した最大せん断力Smaxに基づき算出したせん断応力度τs)がステップS5で設定した許容せん断応力度τaよりも小さいという条件)と、第三条件(ステップS13で算出した受働土圧QpがステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’よりも大きいという条件)と、の全てを満たす角度2αに設定されている。
なお、パイプ相互角度2αは、第一条件と第二条件と第三条件の全てを満たす角度に限られるものではなく、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす角度であればよい。
【0037】
また、Λ型タイプの地盤補強構造1においては、パイプ2の長さが所定長さ以上となっている。そして、この所定長さは、後述する設計方法(図25図41)によって決定された値(パイプ設計長L)に設定されている。具体的には、Λ型タイプの地盤補強構造1を構成するパイプ2(少なくとも谷側パイプ)の長さは、第三条件(ステップS13で算出した受働土圧QpがステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’よりも大きいという条件)を満たす長さL以上に設定されている。
【0038】
図1図6に示すように、地盤補強構造1は、擁壁背面地盤10の内部に全体が埋まるように設置される。したがって、地盤補強構造1全体が地中にあるため、土地利用の障害とならないし、また、擁壁20の天端排水施設も容易に設置できる。例えば、本実施形態の補強工法に類似の工法としてセメントミルクを用いるルートパイル工法(補強土工法)があるが、既存の擁壁20の背面側に位置する擁壁背面地盤10を補強する場合、セメントミルクを用いる工法では、固化時の膨張により既存の擁壁20に影響を及ぼすおそれがある。また、セメントミルクを用いる工法では、地盤面上で頭部のキャッピングが必要になるため狭隘な宅地においては土地利用の制約となる。さらに、擁壁20に近接してセメントミルクを使用すると、擁壁20の水抜き孔の機能に影響を及ぼすことも考えられる。これに対し、本実施形態の補強工法(地盤補強構造1(II型タイプの地盤補強構造1、Λ型タイプの地盤補強構造1)を用いる工法)は、これらの課題を解決できる特徴がある。
なお、地盤補強構造1は、擁壁背面地盤10に建物30を建てる前に設置することも可能であるし、建物30を建てた後に設置することも可能である。また、地盤補強構造1を、建物30を建てる前に設置する場合には、地盤補強構造1の直上に建物30を建築することも可能である。
【0039】
《地盤補強構造の検討》
〔1 はじめに〕
2016年4月の熊本地震を始めとして、これまで震度6強を超える大地震などでは、高さ3m以下の擁壁被害と同時に擁壁背面に位置する住宅に顕著な被害が見られた。擁壁の構造種別では、RC擁壁以外の注意を要する既存不適格擁壁において被害率が高くなっている。これらの既存不適格擁壁は安全性に対する検討が十分されているとは限らず、再び同程度以上の地震が起きた時には同様の被害が発生することが予測され、このような擁壁を補強し、既存住宅の安全を確保することが急務である。
【0040】
既存擁壁を補強する工法として抑止杭工法、地山補強土工法、グラウンドアンカー工法等が挙げられるが、敷地制限等で戸建住宅の宅地擁壁の補強に適用できる例は少ない。また、敷地に余裕がなくても施工可能な工法として、比較的小型の機械で擁壁背面から放射状に削孔した穴にモルタルと鉄筋を挿入した工法もある。しかしながら、既存擁壁背面を補強する場合、セメントミルクを用いる工法では、固化時の膨張により既存擁壁に影響を及ぼすおそれがある。また、地盤面上で頭部のキャッピングが必要な場合は、狭隘な宅地においては土地利用の制約となる。さらに、宅地は所有者が変更となる場合には更地に戻すなど、地中構造物の撤去が要求される場合がある。そこで、本発明者らは、より簡便で、小型機械での施工が可能な工法として、直径48.6mmの細径鋼管(単管パイプ)を使用した擁壁の補強工法の開発に取り組んできた。
ここでは、3通りの補強仕様それぞれの擁壁の補強効果について検討した結果を説明する。具体的には、(1)1/10モデルの実験土槽にて、建物荷重に相当する「鉛直荷重」及び地震力を想定した「水平荷重」を載荷した時の擁壁の変位の測定結果と各配置方法による補強効果、(2)2D画像相関法により土槽側面から計測・解析した擁壁背面の土の挙動、(3)FEM試解析について説明する。
【0041】
〔2 模型載荷実験の概要〕
〔2.1 実験概要〕
高さ3m、幅400mm、勾配70度、裏込め材のない既存不適格の石積擁壁から、1.5m離れた位置に住宅が建設されている宅地を想定し、実験モデルを作製した。比較実験は上記想定宅地の1/10モデルとして、直径5mm、長さ600mmのアルミニウム管を補強材としてパイプ2に見立て、傾斜角70°に積み上げた8個の40mm×40mm×195mmのアルミニウム製棒材を擁壁20に見立てた。また、140mm×195mm×12mmの鉄板(以下、載荷板と称する)を建物30の基礎として想定し、鉛直荷重及び水平荷重を載荷した。
【0042】
〔2.2 実験装置〕
実験に用いた実験土槽の概要を図7(a)に示す。幅1500mm×深さ1000mm×奥行200mmの5面が厚さ30mmのアクリル板の土槽と載荷装置、計測装置及びこれらを固定する架台で構成されている。載荷は、擁壁背面地盤に載荷板を設置し錘を重ねる方法で段階的に鉛直方向に与え、同時にすべり面を発生させやすくするために水平方向にも与えた。具体的には、鉛直載荷は載荷板の上に一定荷重(約22N)の鉄板を順次重ねる方法にて、水平載荷は載荷板をピアノ線で水平に鉛直荷重の0.2倍の荷重に調整した鉄板にて引き寄せる方法にて載荷した。擁壁の変位はレーザー変位計を擁壁の上段、下段2カ所の正面に設置して計測した。また、水平力を載荷しており、載荷板は徐々に水平移動するためダイヤルゲージによる変位の測定が困難であることから、載荷板の変位は画像解析を用いて計測した。擁壁は型枠にアルミニウム製棒材を固定し、擁壁背面の地盤材料を充填した後に型枠から外し地盤に接地させた。
【0043】
〔2.3 地盤材料〕
地盤材料には気乾状態の豊浦砂(ρdmax=1.652g/cm、ρdmin=1.369g/cm)を用いた。実験土槽の上部は相対密度Dr=30%(ρd=1.443g/cm)、下部はDr=50%(ρdmax=1.497g/cm)になるよう、空中落下法により二層の地盤を作製した。これは、原地盤に、擁壁築造のため盛土された地盤状況を想定している。相対密度調整のため、Dr=30%は高さ40cm、Dr=50%は高さ70cmからV型漏斗を水平に移動させながら豊浦砂を自由落下させている。地盤材料とアクリル板との摩擦による影響を極力排除するため、底面及び側面のアクリル板にはシリコンオイルを塗布している。
【0044】
〔2.4 実験ケース〕
実験ケース(数量・補強仕様)とその計測方法を図7(b)に示す。
補強材(アルミニウム管)の周面は、完全粗の状態とすべく、あらかじめ両面テープを巻き付けた状態のものを、その状態のまま静的圧入により設置するものとした。なお、実験ケースCase0として、補強材なし、すなわち水平載荷を伴わない実験を加えた。
【0045】
〔2.5 補強材の配置条件及び載荷方法〕
補強効果の比較のため、(i)補強材なしの場合と、(ii)長さ600mmの補強材を擁壁と建物の中間点に、40mm間隔で擁壁と平行に1列に配置する補強方法(以下、I型補強と称する。図8(a)参照)、(iii)補強材を20mm間隔で千鳥状に2列に配置する補強方法(以下、II型千鳥補強と称する。図8(b)参照)、(iv)2本の補強材を自在クランプにてΛ型に接合し、40mm間隔で配置する補強方法(以下、Λ型補強と称する。図8(c)参照)の4通り補強方法について検討した。これらは、想定している実施工サイズの1/10の仕様となっている。図8にそれぞれの実験仕様の位置関係を示す。載荷は段階載荷方式である。
なお、I型補強は、1つの補強ユニット4Aを備えるII型タイプの地盤補強構造1(例えば、図3)に相当し、II型千鳥補強は、複数の補強ユニット4Aを備えるII型タイプの地盤補強構造1(例えば、図1図4)に相当し、Λ型補強は、Λ型タイプの地盤補強構造1(例えば、図2図5図6)に相当すると言える。
【0046】
〔3 補強材の引抜き試験〕
補強材と作製した土槽地盤のせん断抵抗力、及び第二パイプ(山側パイプ)の役割となる補強材の引抜き抵抗力を確認するため、図9(a)に示す引抜き試験を同じ仕様で2回実施した。その結果を図9(b)に示す。引抜き荷重から推定された摩擦力は1.45~1.75kN/mとなった。
【0047】
〔4 模型土槽載荷試験結果〕
〔4.1 模型土槽擁壁の変位〕
レーザー変位計は、実験開始時には擁壁に対して直角に設置し土槽に固定されているが、擁壁が変位するごとに角度が徐々に変化する。そこで、擁壁は直線を保つと仮定し、擁壁上段と下段の変位量から、レーザー変位計と擁壁の角度を考慮して補正した水平変位量を図10(a)(b)に示し、図10(c)にまとめた。図10(a)は擁壁上段端部から5mm下の変位で、図10(b)は擁壁下端から5mm上の変位である。本実験では、建物荷重に相当する鉛直荷重及び地震力を想定した水平荷重の増加とともに擁壁が変位し、最終的に擁壁倒壊に至りレーザー変位計で測定不能となるまで測定を継続した。図10(a)(b)は、設備最大の載荷まで擁壁は倒壊しなかったΛ型補強を除き、測定できた段階までの結果と、それより先を矢印と×印で示した。なお、測定できた段階までの荷重を以下「最大荷重」と称す。
【0048】
図10(a)(b)に示すように最大荷重段階での擁壁の変位は、すべての補強タイプで、下段よりも上段の方が大きい。I型補強、II型千鳥補強の上段の水平変位は下段の約4倍と大きく、擁壁が全体的に水平移動しながら擁壁下端を中心として回転するような動きが見られた。一方、Λ型補強では、上段の水平変位は下段の約2倍であり、回転しながらの移動も少ない。また、I型補強及びII型千鳥補強では、鉛直荷重300N付近から擁壁の変位量は急激に大きくなり、擁壁上段の変位が30mm前後、下段では約8mmでともに最大荷重に達し、その後に倒壊した。Λ型補強において鉛直荷重と擁壁の水平変位量の関係を見ると、鉛直荷重300N付近まで擁壁変位量はほぼ直線的な増加であった。同じ荷重段階で比較すると、Λ型補強は、I型補強やII型千鳥補強より上段、下段ともに小さい変位量であった。なお、水平方向に加力せず鉛直荷重のみ載荷した実験(実験ケースCase0)を実施したが、鉛直荷重426.6Nの段階で擁壁が倒壊した。倒壊直前の擁壁上段と下段の変位差が2.74mm、倒壊前角度は約70.3度であった。これが本実験での擁壁倒壊のしきい値と考えられる。
【0049】
〔4.2 模型土槽擁壁の傾斜角〕
図11は鉛直荷重と擁壁の傾斜角との関係を示した。鉛直荷重231.9N付近で、I型補強とII型千鳥補強は先に示した水平方向の加力なしの擁壁傾斜角のしきい値70.3度を超える結果となった。しかし、無補強ではしきい値に達する前に擁壁が倒壊した。I型補強とII型千鳥補強は鉛直荷重の増加に伴い擁壁傾斜角のしきい値70.3度を超え、74.6度に達した後に倒壊した。I型補強とII型千鳥補強は補強材が配置されているため、補強体の効果でしきい値70.3度を超えても擁壁は倒壊しなかったと考えられる。
【0050】
図11の鉛直荷重と擁壁傾斜角の関係はΛ型補強のみ異なった傾向を示した。鉛直荷重341.1Nで擁壁傾斜角は約70.3度に達する結果となり、その後の擁壁傾斜の進行は他のケースと比較すると緩やかであった。実験装置の鉛直載荷限界である875Nの段階では、擁壁傾斜角は71.5度であった。一方、擁壁下段変位はI型補強とII型千鳥補強が倒壊した下段の変位8mmを超えて約9mmまで達しており、滑動はするものの倒壊には至らなかったと考えられる。I型補強とII型千鳥補強と同じく補強材がすべり土塊に抵抗することに加え、特に上部の土の動きに抵抗していると考えられる。
【0051】
〔4.3 模型土槽載荷実験考察〕
鉛直最大荷重は、Λ型補強>II型千鳥補強>I型補強>無補強の順であり、荷重からみるとΛ型補強の補強効果が大きいと考えられる。
図10(a)(b)に示す鉛直荷重と擁壁変位の関係から、I型補強、II型千鳥補強は、両方とも粘りがあるような挙動に見えるが、両者に明確な差は見られていない。また、Λ型補強は、他の実験ケースより変位が抑えられ擁壁背面土が一体化となっているような状況が見られ、Λ型補強だけ挙動が違っている。
実験は支持力問題と土圧問題が複合していると考えられるが、補強材を抑止杭的に使用するのであれば、本実験は補強材の効果が確認できていると考える。
【0052】
〔5 2D画像相関法による土槽内地盤の挙動解析〕
〔5.1 計測概要〕
2D画像相関法とは、測定対象物体表面を図12(a)に示すようにデジタルカメラで撮影した画像を解析することにより、計測範囲全体にわたって変位とひずみを直接検出する方法である。デジタルカメラはアクリル正面から1.5m離れた位置と擁壁と載荷板の真上0.5mの2か所に据え付けた。デジタル画像は鉛直荷重の1段階ごと(約22kN)に擁壁が倒壊するまで、又は実験装置の最大荷重まで正面方向と真上から同時に撮影を行った。なお、図中の「X」、「Y」は後に示す解析画像の変位の方向を示す。
基本原理は、測定対象物体表面を撮影した変形前後の画像を比較し、変形前の物体表面の点が変形後に移動した場所を探し出すことで変位を求めるものである。その概念図を図12(b)に示す。移動した場所を探し出す方法として、まずアクリル板表面の砂の雲母等の有色粒子の散らばり方が、変形前後の特徴として保存される。そこで、サブセットと呼ばれる複数の画素からなる計算領域の変形前の輝度値分布(光強度分布)を求め、変形後の画像の中からそのサブセットと相関が高い輝度値分布を有する領域を検索することによって、サブセットの変位と移動した方向を決定する。検索結果は実画像に重ねて色分けしたコンター図がアウトプットされるが、ここでは補強方法ごとの比較を明瞭にするため、コンター図を取り出して表示した。
【0053】
〔5.2 画像解析の精度〕
画像解析の精度確認のため、画像解析により求めた変位量とレーザー変位計との計測値を比較した。具体的には、画像解析用に白黒斑模様を描いた40mmの角パイプを、ボルトの回転により約0.4mmずつ押し出し、5mm程度まで変位させた。角パイプ先端付近を第一着目点、根元付近を第二着目点として変位量を求め、レーザー変位計の測定値と比較した。確認のため2回実験を行ったが、画像解析から求めた変位量は、レーザー変位計の測定値と比較するとやや大きい結果となったが、概ね相関している結果となった。画像解析により求めた変位量については、試験結果の定性的な比較のために用いることができると考えられる。
【0054】
〔5.3 画像解析による測定結果〕
図13は、無補強の擁壁が倒壊する直前の荷重時(鉛直荷重231.9N、水平荷重48.8N)において、土槽側面から撮影した画像を先に示した2D画像相関法により解析した水平方向の変位コンター図を示したものである。各補強材の設置位置を破線で描き加えている。
【0055】
無補強及び各補強タイプの変位コンター図をみると、載荷板直下から擁壁側に変位量を示す領域があり、地中になるほど変位量が小さくなる傾向が読みとれる。無補強の場合は比較的に等間隔の縞状に変位が分布しているが、これに対して補強材が配置されている場合は補強材を境にしてコンターの角度がほぼ水平になるように、補強材を境として変位分布が変化している。また、3.75mm以上で水平方向に変位している領域を比較すると、I型補強とII型千鳥補強との変位の差は大きくはないが、Λ型補強の場合は同じ鉛直荷重でありながら最大の水平変位は2.25mmと、Λ型補強が擁壁背面の土の動きを最も抑制していることがわかる。なお、擁壁の水平変位は擁壁頂点部分で比較すると無補強>I型補強≒II型千鳥補強>Λ型補強の順の変位量となっている。
【0056】
図14は無補強、I型補強、II型千鳥補強の場合は擁壁倒壊直前時、Λ型補強の場合は最大荷重時、の水平変位のコンター図を示したものである。ここで、載荷板直下に解析コンターが抜けている部分があるが、この部分は土粒子間の変形が大きく、結合を失い破壊している領域(塑性領域)を示している。また、図14に破線で示した補強材は、補強材先端が載荷初期と変わらないと仮定し、最終の補強材頭部の位置と結び加筆した。また、想定すべり線を実線で加筆した。
無補強の場合は、破壊している範囲は曲率の大きい円弧を描いて擁壁下端付近まで達していて、円弧すべり破壊の様相を示している。一方、補強材が設置された場合は、破壊された範囲が補強材の位置で止まっていて、補強材と擁壁の間には三角形の土塊が形成されている。この土塊の大きさを比較すると明らかにI型補強<II型千鳥補強<Λ型補強の関係にあり、図10に示す擁壁の補強効果と一致している。
【0057】
図15は先に示した土粒子の結合が失っていると思われる範囲を出力画像からトレースしたもので、鉛直荷重を加えるごとの推移を示したものである。
すべり線の角度はいずれもほぼ同様の傾斜で載荷板の山側端部から破壊領域が始まり、鉛直荷重を増すごとにこの破壊領域が下方へと進行していくが、補強材までで止まっている。また、先に示した補強材と擁壁の間にある土塊は、三角形の頂部から削られるように縮小し、さらに破壊領域が広がっている。このことから補強材が土塊を形成し、その土塊がすべり破壊の抵抗要素となっていることがわかる。なお、Λ型補強の載荷板は最終荷重時においては他の補強材の配置方法とは逆の方向に傾いている。これは擁壁が倒壊するまでに鉛直力(31.3kN/m)により支持力破壊していたと推測する。
【0058】
図16は擁壁倒壊まで(ただし、Λ型補強は最大荷重まで)の土槽内のある点の変位とその方向を、土槽横から見た軌跡を示したものである。無補強の場合は、擁壁倒壊直前までは擁壁斜め下が水平変位は最大であった。その後、擁壁倒壊時においては載荷板の山側端部から擁壁下端に向かった線に沿って大きく変位していて、周りと大きな差となっている。したがって、この位置が境界ですべり、擁壁下端付近から倒壊したと思われる。
一方、補強材が設置された場合の載荷板直下の軌道を見ると、Λ型補強の方がI型補強、II型千鳥補強と比較し鋭角に深い方向へと移動している。これは斜めに設置された補強材が抵抗となり、土粒子が下方に移動しているように観察される。しかし、I型補強、II型千鳥補強については、共に載荷板から擁壁側へ土粒子が移動している様子が観察されるが、補強材を通過しても変位量の変化は見られない。すなわち、補強材が載荷荷重による土の移動の抵抗にはならず、直接擁壁に水平力が働いたと思われる。また、I型補強、II型千鳥補強の場合は土槽表面に近いほど土の移動量は大きいが、Λ型補強の場合は土槽表面から擁壁高さの1/2強までほぼ同じ移動量となっている。上記のことから補強材の効果により、I型補強、II型千鳥補強の場合は擁壁下部付近に、Λ型補強の場合は擁壁背面に形成された土塊が抵抗となっているため、土の移動が抑制されているものと推測する。
【0059】
さらに、図17にI型補強、II型千鳥補強、Λ型補強における変位とその方向を、土槽上から見た土粒子及び補強材の移動の軌跡で示す。ここでは、補強材の動きは破線で示している。また、図18に、それぞれの測定位置での平均値を示す。
上から見た土粒子及び補強材の移動は横から見た場合と同様、I型補強とII型千鳥補強では大きな差はみられないが、Λ型補強はI型補強とII型千鳥補強の1/2程度となっている。また、補強材間の土粒子の移動はI型補強とII型千鳥補強では補強材の変位量より小さいが、Λ型補強は補強材の変位量より大きくなっている。このことから、Λ型補強の補強材は土粒子の水平移動に、すなわち擁壁への水平力に対して抵抗していることが分かる。
【0060】
以上、2D画像相関法による土槽内地盤の挙動解析から、擁壁の高さの1/2の距離に鉛直荷重とその0.2倍の水平荷重が作用した時、無補強で自立している擁壁は、本実験仕様で8.2kN/mと比較的小さい値の鉛直力でもすべり破壊を起こす。これに対して補強材が載荷板と擁壁の間に配置されている場合は、補強材が抵抗となってすべり破壊は起こらない。しかし、I型補強及びII型千鳥補強では、さらに鉛直力及び水平力が大きくなると、補強材の上端は周辺の土と動きに抵抗することなく、補強材のたわみに従って擁壁に水平力が負荷されることにより倒壊したと思われる。一方、Λ型補強は補強材のたわみは小さいことから、他の補強方法に比べて水平力に抵抗している力は大きく、また、深部まで、土の変位に差が少ないことから水平力は分散して擁壁に負荷しているため倒壊までに至らなかったと考察する。
【0061】
本発明では、建物の被害を防止することを目的の一つとしているため、基礎を模した載荷板の荷重-沈下曲線を画像解析により求めた。図19は画像解析より計測した載荷板中央部の沈下量と鉛直荷重の関係を示したものである。実験による擁壁上段及び下段変位の測定結果と同様、I型補強、II型千鳥補強は300N付近のピークを超えると変位は大きく増加し、Λ型補強は載荷が進んでも変曲点が確認できなかった。すなわち、I型補強及びII型千鳥補強は、明確な変曲点を示し、ピークを超えると大きく沈下した。一方、Λ型補強での沈下は直線的である。この結果より、Λ型補強は特に、擁壁への影響低減効果と合わせ、基礎(載荷板)の沈下軽減にも効果があることが分かった。
【0062】
〔6 FEM試解析〕
〔6.1 FEM解析モデル〕
3次元弾塑性FEM解析モデルを用い、模型土槽実験を再現したモデルを作成した。模型地盤、擁壁を模したアルミブロック、載荷板(18cm×14cm×1cm)はソリッド要素、補強材(直径5mm、長さ60cm)は梁要素としてモデル化した。擁壁及び載荷板と地盤間の摩擦としてジョイント要素を作成している。境界条件は、底面は完全固定、側面は摩擦なしのローラー境界としている。
【0063】
解析パラメータは実験に用いた豊浦標準砂の土質試験結果を基に定め、擁壁背面土はDr=30%、下部地盤はDr=50%の値を用いた。載荷板は鋼材、擁壁及び補強材はアルミニウムの値を適用している。解析に用いた材料パラメータを図20(a)に、擁壁及び載荷板と地盤の間のジョイント要素のパラメータを図20(b)に示す。また、補強材と地盤間にも同様に、図20(c)に示すパラメータのジョイント要素を作成した。法線剛性Kは水平地盤反力係数Kとして、せん断剛性K及び最大せん断力は補強材の引抜き試験結果から計算した値を用いた。
【0064】
〔6.2 解析方法〕
載荷板に模型実験と同等の鉛直荷重504N(20kN/m)、水平荷重約100Nを20ステップに分けて載荷し、各ケースの荷重と擁壁の変位量の関係について比較を行った。補強材の配置は実験と同様、無補強、I型補強、II型千鳥補強、Λ型補強の4ケースについて解析を実施した。
【0065】
〔6.3 解析結果〕
図21に擁壁上部及び下部の変位を抽出したグラフを示す。同じ荷重で比較すると実験結果と同様、補強材をΛ型に配置した場合の変位量が小さく、擁壁への影響が低減している結果となった。I型補強及びII型千鳥補強はやや補強効果が見られたが、変位量にあまり差がない結果となった。
各解析ケースについて、土槽をY方向の中央部で切断した断面の最終荷重段階の合成変位コンターを図22に示す。Λ型補強を他のケースと比較すると、擁壁方向への影響が小さくなっていることが読み取れる。
【0066】
図23に変位コンター図と同じ断面から見た場合の、各補強タイプの塑性域図を示す。丸でプロットされた箇所が塑性化した要素を示している。塑性域は、無補強では塑性化した要素が擁壁まで達しており、これはI型補強及びII型千鳥補強も同様であった。一方、Λ型補強においては斜めに打設した補強材に沿った範囲で止まっている。また、無補強は載荷板から擁壁方向へ向かって滑るような挙動を示しており、これはI型補強及びII型千鳥補強も同様であった。Λ型補強においては、載荷板直下から補強材に沿うように塑性域が地盤下部へ伸びているため、擁壁方向への影響が少なくなったと推測できる。
【0067】
〔6.4 まとめ〕
FEM解析により、実験結果及び画像解析結果と同様、Λ型補強が最も有効な補強であることがわかった。
【0068】
〔7 設計法〕
〔7.1 従来の擁壁対策〕
〔7.1.1 安息角対策〕
既存擁壁の近傍に住宅を建築する際、住宅の荷重が作用しても擁壁の安全性に問題ないことを確認するには、擁壁及び背面地盤や支持地盤の調査・診断を行う必要がある。ただし、この作業にはかなりのコストや手間が掛かることから安全性の確認作業を断念し、擁壁が崩壊・変状しても建物に被害が及ばないような対策、いわゆる「安息角対策」を施すことが多い。
安息角対策の例としては、建物荷重が擁壁に作用(影響)しないように、深基礎、部分表層改良、柱状改良、鋼管杭等によって安息角ラインよりも下部の地盤に建物荷重を伝達する方法が採用される。
ただし、安息角対策は擁壁崩壊に伴う建物の倒壊は防止できるとしても、悪影響のないことを必ずしも保証するものではない。
【0069】
〔7.1.2 宅地擁壁と建物の安全性を確保する対策〕
既存擁壁の安全性を高めるための補強対策の例としては、(1)背面地盤を軽量土で置換又は固化、(2)地すべり抑止杭、補強土工法として、(3)ソイルネイリング+法枠工、(4)ルートパイルなど様々な工法がある。
ただし、従来の工法では、施工時における擁壁の安全性、施工スペースの確保、施工機械の制約、工事コストなどの課題があり、小規模の宅地擁壁への採用はかなり難しい。
そのため、既存宅地擁壁の耐震化が進んでいないのが現状である。
【0070】
〔7.2 既存宅地擁壁の補強対策の提案〕
〔7.2.1 補強対策の考え方〕
本実施形態の補強工法は主にブロック積擁壁を対象とし、後述するように、地すべり抑止杭の考え方を応用したものである。その原理はブロック積擁壁の背面地盤に特殊メッキにより防食処理を施した単管パイプを所定の深度まで鉛直又は斜めに回転貫入し、単管パイプの曲げ強度やせん断強度及び地すべり線より下部地盤まで根入れした単管パイプ前面地盤の受働抵抗によって地すべりに対する安全率(抵抗力)を高めて、常時及び地震時における安全性(必要安全率)を確保しようとするものである。
この補強により擁壁の安全性を高めることは言うまでもないが、擁壁背面地盤に建物を建築しても(建物荷重が作用しても)常時及び地震時における必要安全率を確保できるような、一種の安息角対策も兼ねるものとする。
図1図6に提案する補強対策のイメージ図を示すが、パイプ2(単管パイプ)を鉛直に設置するII型タイプの地盤補強構造1(図1図3図4)と互いに向かうように斜めに設置するΛ型タイプの地盤補強構造1(図2図5図6)の2タイプが考えられる。それぞれの地すべり抵抗メカニズムを図24に示す。
【0071】
II型タイプの地盤補強構造1は、パイプ2(単管パイプ)を鉛直に設置し、想定される地すべり線より上部(移動層)の土圧(滑動力)に対してパイプ2の曲げ・せん断抵抗とすべり線より下部(不動層)まで根入れした単管パイプ前面地盤の受働抵抗によって地すべり抑止力を高めるものである。この際、パイプ前面の移動層の抵抗は考慮しない。
II型タイプの地盤補強構造1は、形状がシンプルで設計・施工も容易であるが、パイプ2(単管パイプ)は径48.6mmと極細径であるため曲げ強度が高くなく、見付け高さ2mを超える擁壁への適用は難しい(パイプ間隔Wやパイプ列数nが現実離れ)。
【0072】
Λ型タイプの地盤補強構造1は、II型タイプの弱点を補うために考案したもので、互いに向かうように斜めに設置したパイプ2のうち、谷側パイプ及び山側パイプには、それぞれ以下の役割を分担させるものとする。
谷側パイプ:滑動力に対する曲げ・せん断抵抗要素として作用する。
山側パイプ:引抜き抵抗Rの谷側パイプに対する直角成分Rが谷側パイプのすべり抵抗要素として作用する。
この配置により谷側パイプに作用する水平力が減少するので、谷側パイプに生じる曲げモーメントやせん断力を低減させることができる。
Λ型タイプの地盤補強構造1は、II型タイプより施工はやや複雑になるが、パイプ間隔Wやパイプ列数nを合理化できるメリットがある。
【0073】
〔7.2.2 地すべり抑止杭の考え方〕
地すべり抑止杭には、「せん断杭」と「抑え杭」の考え方がある。今回提案する補強対策は、安全性に配慮し「抑え杭」の考え方と設計法を準用する。
せん断杭は、すべり面での杭のせん断抵抗力のみで地すべりに対する安定化を図ろうとする考え方で設計する。せん断杭を採用できるのは、杭前面地盤の受働領域を十分確保できることが条件となる。杭に発生する曲げモーメントを考慮した抑え杭に比べて危険側の設計になることが多い。
抑え杭は、すべり面より上方の杭を片持ち梁として扱う考え方で設計する。つまり、杭谷側の移動層による抵抗力を期待できないものとして設計する。地すべり抑止杭の設計法として一般的に採用されている。せん断杭に比べると安全側ではあるが、杭のせん断耐力は満足していても曲げ耐力がネックとなり、杭の曲げ強度を高めたり設置間隔を狭めたりする必要がある。
【0074】
〔7.2.3 抑え杭の設計法〕
本実施形態の設計法では、以下の4項目について照査・検討する。
(1)曲げモーメント(応力度)の照査
…杭の最大曲げモーメント(応力度)が許容曲げモーメント(応力度)を下回るか
(2)せん断(応力度)の照査
…杭の最大せん断力(応力度)が許容せん断力(応力度)を下回るか
(3)必要根入れ長の計算
…杭として水平力に抵抗可能な不動層への根入れ深さの計算
(4)根入れ地盤の降伏破壊の検討
…杭の根入れ部前面地盤の受働土圧が杭の作用水平力を上回るか
なお、上記4項目に加えて、水平変位量の照査(杭の頭部に発生する水平変位量が許容変位量を下回るか)を行うようにしてもよい。
【0075】
〔7.2.4 補強対策の設計フロー〕
本実施形態の補強対策の設計フローを図25に示す。すなわち、図25を用いて本実施形態における地盤補強構造1の設計方法の一例を説明する。
まず、擁壁背面地盤10の地盤調査や土質試験を行う(ステップS1)。具体的には、地盤調査として、例えばSPT試験(標準貫入試験)やSWS試験(スクリューウエイト貫入試験)を行う。また、土質試験として、例えば一軸圧縮試験や三軸圧縮試験を行う。
次いで、現況安全率を0.95~1.00と設定する(ステップS2)。具体的には、例えば、現況安全率を0.95~1.00と設定し、その後、すべり面強度(c,φ)のうち、粘着力C,CをステップS1の試験結果等(例えばすべりの平均層厚)から推定して、逆計算により内部摩擦角φ,φを算出する。あるいは、経験値やN値から内部摩擦角φ,φを推定して、粘着力C,Cを逆算するようにしてもよい。
【0076】
次いで、例えば図26に示すように、地盤定数を設定する(ステップS3)。具体的には、例えば、ステップS1の試験結果(及びステップS2の算出結果)等に基づいて、移動層の地盤定数として粘着力C、内部摩擦角φ、単位体積重量γを設定(入力)するとともに、不動層の地盤定数として粘着力C、内部摩擦角φ、単位体積重量γ、N値、ヤング率Eを設定(入力)する。
すなわち、ステップS1(及びステップS2)は、ステップS3において設定する地盤定数を求めるための処理である。したがって、ステップS1において行う試験(地盤調査、土質試験)は、ステップS3において設定する地盤定数を求めることができる試験であれば、上述の試験に限られるものではない。
【0077】
次いで、例えば図27に示すように、常時及び地震時に対する円弧すべり計算を行う(ステップS4)。具体的には、例えば、ステップS3で設定した地盤定数等に基づいて、常時に対する円弧すべり計算を行って、常時の最小安全率(現況安全率)Fsmin、常時の最小安全率Fsminとなる円弧半径r、常時の最小安全率Fsminとなる滑動モーメントM等を求める。また、ステップS3で設定した地盤定数等に基づいて、地震時に対する円弧すべり計算を行って、地震時の最小安全率(現況安全率)Fsmin、地震時の最小安全率Fsminとなる円弧半径r、地震時の最小安全率Fsminとなる滑動モーメントM等を求める。なお、本実施形態では、地震時の水平震度khをkh=0.25とするが、これに限られるものではない。
【0078】
その後、例えば図28に示すように、必要抑止力Pを算出する。
具体的には、常時の最小安全率Fsminとなる滑動モーメントMと、常時の最小安全率Fsminとなる円弧半径rと、に基づいて常時の最小安全率Fsminとなるすべり力(滑動力)Tを算出した後に、常時の必要安全率Fsと、常時の最小安全率Fsminと、常時の最小安全率Fsminとなるすべり力Tと、に基づいて常時の必要抑止力(不足抵抗力)Pを算出する。なお、本実施形態では、常時の必要安全率FsをFs=1.50とするが、これに限られるものではない。
【0079】
また、地震時の最小安全率Fsminとなる滑動モーメントMと、地震時の最小安全率Fsminとなる円弧半径rと、に基づいて地震時の最小安全率Fsminとなるすべり力(滑動力)Tを算出した後に、地震時の必要安全率Fsと、地震時の最小安全率Fsminと、地震時の最小安全率Fsminとなるすべり力Tと、に基づいて地震時の必要抑止力(不足抵抗力)Pを算出する。なお、本実施形態では、地震時の必要安全率FsをFs=1.00とするが、これに限られるものではない。
また、本実施形態では、ステップS4において常時及び地震時に対する円弧すべり計算を行って必要抑止力Pを求めるが、これに限られるものではなく、ステップS4においては常時及び地震時に対する直線すべり計算を行って必要抑止力Pを求めてもよい。
【0080】
次いで、例えば図29に示すように、パイプ2の材質と寸法と強度特性を設定する(ステップS5)。具体的には、例えば、パイプ2の材質と、パイプ2の寸法として直径(杭径)D、肉厚t、断面積Aと、パイプ2の強度特定として基準強度F、許容曲げ応力度σa、許容せん断応力度τa、断面2次モーメントI、断面係数Z、ヤング率Eと、を設定(入力)する。
本実施形態では、パイプ2として、一般構造用炭素鋼鋼管(JIS G 3444 STK500)を用いるので、図29に示すように、ステップS5においては、一般構造用炭素鋼鋼管の材質と寸法と強度特性を設定する。なお、パイプ2は、一般構造用炭素鋼鋼管に限られるものではない。
【0081】
次いで、例えば図30図31に示すように、パイプ2の配置等を仮定する(ステップS6)。具体的には、例えば、パイプ間隔(杭間隔)Wとパイプ列数(杭列)nとパイプ相互角度2αを仮定する。II型タイプの場合は、パイプ相互角度2αを2α=0と仮定(設定)する。
なお、本実施形態では、II型タイプの地盤補強構造1において、補強ユニット4Aを複数設ける場合(すなわちパイプ列数nが2以上である場合)に、補強ユニット4A同士の間隔J(m)をJ=0.25とするが、これに限られるものではない。
また、本実施形態では、Λ型タイプの地盤補強構造1において、補強ユニット4Bを複数設ける場合(すなわちパイプ列数nが2以上である場合)に、補強ユニット4B同士の間隔J(m)をJ=0.25とするが、これに限られるものではない。
【0082】
その後、例えば図30図31に示すように、仮定したパイプ間隔W、パイプ列数n及びパイプ相互角度2αと、パイプ2の許容引抜抵抗Rtと、ステップS4で算出した必要抑止力Pと、ステップS4におけるすべり計算等によって得られたすべり面12の傾斜角θと、に基づいてパイプ2の荷重条件を算出する。本実施形態では、パイプ2の許容引抜抵抗RtをRt=Ru/3(Ru:パイプ2の極限引張力)とするが、これに限られるものではない。
具体的には、パイプ2の荷重条件として、パイプ1本あたりの負担水平力H’と、パイプ1本あたりの負担鉛直力V’と、を算出する。すなわち、必要抑止力Prと、傾斜角θと、パイプ相互角度2αと、に基づいて単位幅あたりの負担水平力Huを算出した後に、当該算出した単位幅あたりの負担水平力Huと、パイプ間隔Wと、パイプ列数nと、パイプ2の許容引抜抵抗Rtと、パイプ相互角度2αと、に基づいてパイプ1本あたりの負担水平力H’を算出する。また、必要抑止力Prと、傾斜角θと、パイプ相互角度2αと、パイプ間隔Wと、パイプ列数nと、パイプ2の許容引抜抵抗Rtと、に基づいてパイプ1本あたりの負担鉛直力V’を算出する。
【0083】
また、ステップS6では、ステップS4で設定した擁壁20の見え高hと、パイプ2の埋込み長Ld(m)と、に基づいてパイプ2の有効長Leを算出する。本実施形態では、擁壁背面地盤10の上面(天端)からパイプ2の上端までの距離であるパイプ2の埋込み長(空打ち深さ)LdをLd=0.5とするが、これに限られるものではない。
また、ステップS6では、パイプ2の許容引抜抵抗Rtと、パイプ相互角度2αと、パイプ2の有効長Leと、単位幅あたりの負担水平力Huと、パイプ間隔Wと、パイプ列数nと、パイプ1本あたりの負担水平力H’と、に基づいて合力の作用点高さLs’を算出する。本実施形態では、算出した合力の作用点高さLs’の値が0未満である場合には、算出した値の代わりに、代用値(例えば0.01)を合力の作用点高さLs’として設定するが、これに限られるものではない。
【0084】
次いで、例えば図32に示すように、水平地盤反力係数kとパイプ2の特性値βを計算する(ステップS7)。
具体的には、係数αと、ステップS3で設定した不動層のヤング率Eと、ステップS5で設定したパイプ2の直径Dと、に基づいて水平地盤反力係数kを算出する。本実施形態では、不動層が粘性土である場合には係数αをα=60とし、不動層が砂質土である場合には係数αをα=80とするが、これに限られるものではない。
また、当該算出した水平地盤反力係数kと、ステップS5で設定したパイプ2の直径D、ヤング率E及び断面2次モーメントIと、に基づいてパイプ2の特性値βを算出する。
【0085】
次いで、例えば図33図34に示すように、最大曲げモーメントMmaxと最大せん断力Smaxを計算する(ステップS8)。
具体的には、ステップS7で算出したパイプ2の特性値βと、ステップS6で算出した合力の作用点高さLs’と、に基づいて最大曲げモーメント発生深さLmを算出した後に、当該算出した最大曲げモーメント発生深さLmと、ステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’と、ステップS7で算出したパイプ2の特性値βと、ステップS6で算出した合力の作用点高さLs’と、に基づいて最大曲げモーメントMmaxを算出する。Λ型タイプの場合は、ステップS8において、最大曲げモーメントMmax(不動層部における最大曲げモーメントMmax)に加えて、移動層部における最大曲げモーメントMmax1も求める。
また、ステップS7で算出したパイプ2の特性値βと、ステップS6で算出した合力の作用点高さLs’と、に基づいて不動層部における最大せん断力発生深さLs2を算出した後に、当該算出した最大せん断力発生深さLs2と、ステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’と、ステップS7で算出したパイプ2の特性値βと、ステップS6で算出した合力の作用点高さLs’と、に基づいて不動層部における最大せん断力Smax2を算出する。そして、移動層部における最大せん断力Smax1(すなわち、ステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’)と、不動層部における最大せん断力Smax2と、を比較して大きい方を最大せん断力Smaxとして設定する。
【0086】
次いで、例えば図35図36に示すように、曲げ応力とせん断応力の照査を行う(ステップS9)。
具体的には、ステップS8で算出した最大曲げモーメントMmaxと、ステップS5で設定したパイプ2の断面係数Zと、ステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担鉛直力V’と、ステップS5で設定したパイプ2の断面積Aと、に基づいて曲げ縁応力度σbを算出し、当該算出した曲げ縁応力度σbがステップS5で設定したパイプ2の許容曲げ応力度σaよりも小さいという第一条件を満たすか否か判定する。Λ型タイプの場合は、移動層部における最大曲げモーメントMmax1を用いて移動層部における曲げ縁応力度σb1を算出するとともに、最大曲げモーメントMmax(不動層部における最大曲げモーメントMmax)を用いて不動層部における曲げ縁応力度σb2を算出して、当該算出した曲げ縁応力度σb1,σb2のうち大きい方がパイプ2の許容曲げ応力度σaよりも小さいか否か判定する。
また、応力集中係数κと、ステップS8で設定した最大せん断力Smaxと、ステップS5で設定したパイプ2の断面積Aと、に基づいてせん断応力度τsを算出し、当該算出したせん断応力度τsがステップS5で設定したパイプ2の許容せん断応力度τaよりも小さいという第二条件を満たすか否か判定する。なお、本実施形態では、応力集中係数κをκ=2とするが、これに限られるものではない。
【0087】
そして、第一条件及び第二条件の両方を満たさない場合、あるいは第一条件及び第二条件の一方を満たさない場合には(ステップS10;No)、ステップS6へ移行して、パイプ間隔Wとパイプ列数nとパイプ相互角度2α(II型タイプの場合は2α=0)を再度仮定(見直し)する。
一方、第一条件及び第二条件の両方を満たす場合には(ステップS10;Yes)、ステップS11へ移行する。
【0088】
ステップS11では、例えば図37に示すように、パイプ2の根入れ長Lrと全長Lを計算する(ステップS11)。
具体的には、ステップS7で算出したパイプ2の特性値βに基づいて、パイプ2の必要根入れ長Lrを算出する。図37に示す例では、パイプ2の必要根入れ長Lrとして、Lr=1.5×π/βにより算出される値を設定しているが、必要根入れ長LrはLr≧1.5×π/βを満たす値であればよい。
また、当該算出した必要根入れ長Lrと、ステップS6で算出したパイプ2の有効長Leと、に基づいてパイプ2の全長Lを算出する。図37に示す例では、パイプ2の全長Lとして、L=Le+Lrにより算出される値を設定しているが、全長LはL≧Le+Lrを満たす値であればよい。
さらに、ステップS11では、パイプ設計長Lも算出する。本実施形態では、パイプ設計長Lとして、全長Lの小数点以下を切り上げた値を設定するが、これに限られるものではない。
【0089】
次いで、例えば図38図39に示すように、水平変位を計算する(ステップS12)。
具体的には、ステップS7で算出したパイプ2の特性値βと、ステップS6で算出した合力の作用点高さLs’と、ステップS5で設定したパイプ2のヤング率E及び断面2次モーメントIと、ステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’と、に基づいてすべり面での変位量δ1を算出する。
また、ステップS7で算出したパイプ2の特性値βと、ステップS6で算出した合力の作用点高さLs’と、ステップS5で設定したパイプ2のヤング率E及び断面2次モーメントIと、ステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’及びパイプ2の有効長Leと、に基づいてすべり面での撓み角による変位量δ2を算出する。
また、ステップS6で算出したパイプ1本当たりの負担水平力H’及び有効長Leから算出する底面での荷重度Pと、有効長Leと、ステップS5で設定したパイプ2のヤング率E及び断面2次モーメントIと、に基づいて移動層部の撓み変位量δ3を算出する。
【0090】
次いで、例えば図40に示すように、パイプ根入れ地盤の降伏破壊の照査を行う(ステップS13)。
具体的には、安全率Fsと、ステップS5で設定したパイプ2の直径Dと、ステップS3で設定した不動層の粘着力C、内部摩擦角φ及び単位体積重量γと、ステップS3で設定した移動層の単位体積重量γと、ステップS11で算出したパイプ2の必要根入れ長Lrと、ステップS6で算出したパイプ2の有効長Leと、に基づいてパイプ前面の受働土圧Qpを算出し、当該算出した受働土圧QpがステップS6で算出したパイプ1本あたりの負担水平力H’よりも大きいという第三条件を満たすか否か判定する。本実施形態では、安全率FsをFs=1.5とするが、これに限られるものではない。
そして、第三条件を満たさない場合には(ステップS14;No)、ステップS6へ移行して、パイプ間隔Wとパイプ列数nとパイプ相互角度2α(II型タイプの場合は2α=0)を再度仮定(見直し)する。また、パイプ間隔Wとパイプ列数nとパイプ相互角度2αの見直しに加えて(あるいは代えて)、ステップS11においてパイプ2の根入れ長Lr(Lr≧1.5×π/β)を再度設定(見直し)するようにしてもよい。
【0091】
一方、第三条件を満たす場合には(ステップS14;Yes)、最新のステップS6で仮定(設定)したパイプ間隔Wとパイプ列数nとパイプ相互角度2αを取得する。また、最新のステップS11で算出(設定)したパイプ設計長Lを取得する。
これにより、パイプ2の最大曲げモーメントが許容曲げモーメントを下回るという第一条件と、パイプ2の最大せん断力が許容せん断力を下回るという第二条件と、パイプ2の根入れ部前面地盤の受働土圧がパイプ2の作用水平力を上回るという第三条件と、の全てを満たすパイプ間隔Wとパイプ列数nとパイプ相互角度2αとパイプ設計長Lを取得することができる。
図41に、図26図40に示す例において取得された、パイプ設計長L、パイプ間隔W、パイプ列数n、パイプ相互角度2αを示す。
【0092】
〔7.2.5 地盤補強構造の施工例〕
上述のようにして取得したパイプ設計長Lを有するパイプ2を、取得したパイプ間隔Wとパイプ列数nとパイプ相互角度2α(II型タイプの場合は2α=0)で擁壁背面地盤10内に設置して、地盤補強構造1を構築する。
例えば図41におけるΛ型タイプのように、取得した値(パイプ間隔W、パイプ列数n、パイプ相互角度2α、パイプ設計長L)が常時と地震時とで異なる場合には、常時における値を採用してもよいし、地震時における値を採用してもよい。例えば、常時におけるパイプ間隔Wと地震時におけるパイプ間隔Wが異なる場合には、いずれのパイプ間隔Wを採用してもよいが、より安全側(より狭い方)のパイプ間隔W(図41におけるΛ型タイプの場合は常時のパイプ間隔W)を採用することが好ましい。また、常時におけるパイプ設計長Lと地震時におけるパイプ設計長Lが異なる場合には、いずれのパイプ設計長Lを採用してもよいが、より安全側(より長い方)のパイプ設計長Lを採用することが好ましい。また、常時におけるパイプ列数nと地震時におけるパイプ列数nが異なる場合には、いずれのパイプ列数nを採用してもよいが、より安全側(より多い方)のパイプ列数nを採用することが好ましい。また、常時におけるパイプ相互角度2αと地震時におけるパイプ相互角度2αが異なる場合には、いずれのパイプ相互角度2αを採用してもよいが、より安全側(より大きい方)のパイプ相互角度2αを採用することが好ましい。
【0093】
地盤補強構造1を構築する際には、まず、取得したパイプ設計長L以上の長さを有するパイプ2を用意する。
次いで、図42に示すように、擁壁背面地盤10の天端を掘って穴部14(空打ち部分)を形成する。
【0094】
次いで、図43に示すように、穴部14内に結合部材3を配設した後に、用意したパイプ2を穴部14から押し込む。この押込作業を、取得したパイプ相互角度2α、パイプ間隔W、パイプ列数nに従って行う。なお、この結合部材3の設置順は問うものではない。
具体的には、例えば、打設機を擁壁20に対して平行に設置し、リーダーを所定の角度傾ける。本実施形態の場合、Λ型タイプにおいては、仮想の鉛直線と谷側パイプがなす角度と、仮想の鉛直線と山側パイプがなす角度と、が略等しいので、リーダーを傾ける角度を角度α(=パイプ相互角度2α/2)に設定する。そして、(1)ドリフター中央部に用意したパイプ2を差し込み、ドリフターをリーダー最上部まで移動させる。(2)パイプ2をドリフターに取付け、圧入又は打撃若しくはバイブロなどにてパイプ2の押し込みを行う。その後、押し込んだパイプ2の反対方向にリーダーを所定の角度(本実施形態の場合は、角度α)傾けて、(1)~(2)と同様の手順でパイプ2の押し込みを行う。
【0095】
次いで、図44に示すように、パイプ2を結合部材3に接合部材(クランプ(あるいはワイヤ等))によって接合する。図43及び図44では、Λ型タイプの場合を例示しているが、II型タイプの場合も同様である。
最後に、図1図6に示すように、穴部14を埋戻す。これにより、擁壁背面地盤10の地中に地盤補強構造1が設置される。
なお、Λ型タイプにおいては、谷側パイプ及び山側パイプを対称に設置した、すなわち谷側パイプの鉛直方向に対する角度と山側パイプの鉛直方向に対する角度を同じにしたが、これに限られるものではない。すなわち、取得したパイプ相互角度2αを満たすのであれば、例えば、両方を斜めに設置するのではなく、谷側パイプを斜めに設置して山側パイプを鉛直に設置するようにしてもよいし、山側パイプを斜めに設置して谷側パイプを鉛直に設置するようにしてもよい。
【0096】
〔7.3 設計法の比較(抑え杭とせん断杭)〕
補強タイプII型千鳥補強とΛ型補強において、抑え杭やせん断杭といった設計法の違いが、パイプ2の配置(パイプ列数n、パイプ間隔W)にどの程度影響するのかを検証した。本実施形態の設計フロー(図25)は「抑え杭設計法」の設計フローである。また、図45に「せん断杭設計法」の設計フローの一例を示す。
せん断杭の設計法では、例えば、最大曲げモーメントMmaxと最大せん断力Smaxを計算する処理(ステップS8)と、水平変位を計算する処理(ステップS12)を行わない。また、曲げ応力とせん断応力の照査を行う処理(ステップS9)に代えて、せん断応力τs(ここでは、τs=H’/A)の照査を行う処理(ステップS15)を行って、第二条件(せん断応力度τsが許容せん断応力度τaよりも小さいという条件)を満たす場合に(ステップS16;Yes)、ステップS11へ移行する。すなわち、せん断杭の設計法では、曲げ応力の照査を行わないので、第一条件(曲げ縁応力度σbが許容曲げ応力度σaよりも小さいという条件)を満たさない場合がある。
【0097】
〔7.3.1 直線すべり法によるすべり安全率Fsと必要抑止力Prの計算〕
(1)計算条件
計算条件図(図46)における背面地盤条件、擁壁条件、荷重条件、不動層の地盤条件、パイプ引抜き抵抗力を図47(a)~(e)に示す。
(2)直線すべり計算結果
直線すべり計算は、図48に示すように、すべり範囲を4分割と3分割の2種類に分割し行った。また、すべり角θを図46に示すように5°~60°まで変化させ、常時及び地震時における滑動力、抵抗力、安全率、必要安全率、必要抑止力を計算した。すべり計算結果を図49に示す。
【0098】
〔7.3.2 まとめ〕
図49に示すすべり計算結果(常時:滑動力Ts=66.5kN、抵抗力R=80.1kN、安全率Fs=1.20、必要安全率Fsn=1.50、必要抑止力Pr=19.7kN、傾斜角θ=30°、地震時:滑動力Ts=95.3kN、抵抗力R=75.4kN、安全率Fs=0.79、必要安全率Fsn=1.00、必要抑止力Pr=19.9kN、傾斜角θ=30°)を用いて求めた、抑え杭設計法におけるパイプ列数n及びパイプ間隔Wと、せん断杭設計法におけるパイプ列数n及びパイプ間隔Wと、を図50に示す。パイプ2の配置を比較すると、明らかに抑え杭による設計法の方が、パイプ2のピッチ(パイプ間隔W)が狭く安全側で設計ができることがわかる。
以上のことから、本実施形態では、設計法として「抑え杭設計法」を採用している。
なお、設計法として「せん断杭設計法」を採用してもよい。すなわち、パイプ列数n及びパイプ間隔W(Λ型タイプの場合はパイプ列数n、パイプ間隔W及びパイプ相互角度2α)は、第一条件と第二条件と第三条件のうち少なくとも第二条件を満たすものであってもよい。
また、パイプ列数n及びパイプ間隔W(Λ型タイプの場合はパイプ列数n、パイプ間隔W及びパイプ相互角度2α)は、第一条件と第二条件と第三条件のうち少なくとも第一条件を満たすものであってもよい。
また、パイプ列数n及びパイプ間隔W(Λ型タイプの場合はパイプ列数n、パイプ間隔W及びパイプ相互角度2α)は、第一条件と第二条件と第三条件のうち少なくとも第三条件を満たすものであってもよい。
【0099】
〔7.4 抑え杭設計法による補強効果の検証〕
〔7.4.1 抑え杭設計法による模型土槽実験の検証〕
模型土槽実験Case2~4の最大荷重時の補強体ピッチと抑え杭設計法により求めた補強体列数n及び補強体ピッチWの比較を図51に示す。
計算に用いる土質定数(c,φ)は、無補強時Case1における最大荷重時の安全率FsがFs=1.00であるとして、逆計算により求めた。逆計算の結果、移動層の内部摩擦角φ1=33°、粘着力C1=1.25kN/mが得られた。この土質定数を用いて計算を行い、模型土槽実験における補強体ピッチWと抑え杭設計法で計算した補強体ピッチWとを比較した。
【0100】
図51に示すように、I型補強とII型千鳥補強においては、模型土槽実験と抑え杭設計法で計算した補強体ピッチWは、ほぼ合うことが確認できた。また、Λ型補強においては抑え杭設計法での計算の方が補強体ピッチWは狭く、抑え杭設計法は安全側で設計できることが確認できた。
以上のことから、直線すべり計算により必要安全率を求め、「抑え杭設計法」を用いることで、本実施形態の補強工法の設計は可能であると言える。
【0101】
〔7.4.2 同じ荷重状態における補強効果の比較〕
土槽模型実験I型補強(実験ケースCase2)の最大の荷重段階(鉛直荷重:P=Mv=405.3N、水平荷重:H=Mh=85.6N)での、各補強工法における補強体列数n及び補強体ピッチWを図52に示す。
図52に示すように、II型千鳥補強の補強体ピッチWは80mmで補強体列数nは2列であり、I型補強の補強体ピッチWは40mmで補強体列数nは1列である。したがって、II型千鳥補強とI型補強の補強体ピッチWは同じといえる。また、Λ型補強は、I型補強より2.0倍の補強体ピッチW(配置間隔)となる。
以上のことから、荷重状態が同じであれば、Λ型補強>II型千鳥補強=I型補強の順で補強効果が期待できるといえる。Λ型補強で補強効果が大きい理由としては、山側パイプの引抜き抵抗Rt(ここでは、Rt=0.015×抵抗効率η=0.010kN:η=0.682)が大きく関係している。
【0102】
〔7.5 直線すべりと円弧すべりの安全率比較〕
抑え杭設計法において必要抑止力を算出する方法には、「直線すべり」と「円弧すべり」の2つの方法が考えられる。ここでは両者の安全率にどれくらいのバラツキが見られるかを検証する。具体的には、1つの計算条件において安全率を比較した。
【0103】
〔7.5.1 計算条件〕
直線すべりと円弧すべりの計算条件を図53に示す。地盤条件としては、地盤を2層に分割し、上層・下層それぞれ「砂質」「粘性」「中間土」と土質を変え、常時と地震時において計算を行った。
【0104】
〔7.5.2 安全率比較〕
安全率の比較図を図54に示す。直線すべりの安全率と円弧すべりの安全率は、概ね相関している結果となった。具体的には、上層が粘土で下層が砂質の組合せ(四角プロット)では円弧すべりの方が、上層が砂質で下層が粘土の組合せ(丸プロット)では直線すべりの方が、安全率が大きくなる傾向にある。これは、すべり面長さとすべり面の角度で、ある程度は説明できると考える。また、中間土(星プロット)は比較的ばらついている。
【0105】
《効果》
本実施形態によれば、擁壁20の背面側に位置する擁壁背面地盤10を補強する地盤補強構造1は、擁壁背面地盤10のすべり破壊に対する抵抗力を高めるための地盤補強構造であり、擁壁背面地盤10に埋設され、下端部が当該擁壁背面地盤10のすべり面12よりも深く設置されるパイプ2を複数備えており、パイプ2は、パイプ2の最大曲げモーメント(曲げ縁応力度σb)が許容曲げモーメント(許容曲げ応力度σa)を下回るという第一条件と、パイプ2の最大せん断力(せん断応力度τs)が許容せん断力(許容せん断応力度τa)を下回るという第二条件と、パイプ2の根入れ部前面地盤の受働土圧Qpがパイプ2の作用水平力(負担水平力H’)を上回るという第三条件と、の少なくとも一つを満たす間隔Wで、擁壁20の設置方向(左右方向)に並んで配置されているので、パイプ2の曲げ抵抗、パイプ2のせん断抵抗、地盤の受働抵抗の少なくとも一つによって地すべり抑止力を高めることができる。すなわち、パイプ2の間隔(擁壁20の設置方向における間隔)が、パイプ2の特性や地盤の特性を考慮した間隔Wに設定されているので、簡便で、小型機械での施工が可能なパイプ2(細径鋼管)を使用して、優れた補強効果を発揮することが可能となる。
既存擁壁を補強する工法として抑止杭工法、地山補強土工法、グランドアンカー工法などがあるが、戸建住宅の宅地は狭隘であり既存家屋が施工の障害となることから、宅地擁壁の補強に適用できる例は少ない。
また、既存家屋がなくても施工可能な工法として、比較的小型の機械で擁壁背面から放射状に掘削した穴にセメントミルクと鉄筋を挿入する工法があるが、既存擁壁を補強する場合、セメントミルクを用いる工法では、セメントミルクの膨張や水抜き穴の閉塞により、既存擁壁に影響を及ぼすおそれがある。
さらに、地盤面上で補強体頭部のキャッピングが必要な工法もあるが、キャッピングが障害物となり、狭隘な宅地では土地利用の制約となる。
これに対し、本実施形態の地盤補強構造1を用いる工法は、これらの課題を解決できる特徴もある。
【0106】
また、本実施形態によれば、地盤補強構造1は、擁壁背面地盤10に埋設され、擁壁20の設置方向(左右方向)に並ぶ複数のパイプ2を結合する結合部材3を備えているので、擁壁20の設置方向に並ぶ複数のパイプ2が結合されていない場合に比べて一体感が高まり、地すべりに対して効率よく抵抗することが可能となる。
また、擁壁20の設置方向(左右方向)に沿って略水平に設置された結合部材3に、パイプ2の上端部を接合するだけで、擁壁20の設置方向に並ぶ複数のパイプ2を結合することができるので、施工性を向上することができる。
さらに、地盤補強構造1は、パイプ2だけでなく結合部材3も擁壁背面地盤10に埋設されている。すなわち、地盤補強構造1は、その全体が地中にあるので、土地利用の障害とならないし、また、擁壁20の天端排水施設も容易に設置できる。
なお、本実施形態では、一つの補強ユニット4A,4Bに対し、1本の結合部材3を設けることとしたが、これに限られるものではない。例えば、結合部材3によって複数本のパイプ2の上端部同士を結合するのであれば、一つの補強ユニット4A,4Bに対し、複数本の結合部材3を設けることとしてもよい。
また、地盤補強構造1は、少なくとも複数本のパイプ2を備えていればよい。すなわち、補強構造1は結合部材3を備えないものであってもよい。
【0107】
また、本実施形態によれば、地盤補強構造1は、擁壁20の設置方向(左右方向)に沿って一列に並ぶ複数のパイプ2を備える補強ユニット4A,4Bを複数有しており、当該地盤補強構造1が有する補強ユニット4A,4Bの数、及びパイプ2の間隔(擁壁20の設置方向における間隔)を、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす組合せの数n及び間隔Wに設定することが可能である。したがって、例えば補強ユニット4A,4Bの数を1つとした場合に第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす間隔Wが実現困難な値となっても、補強ユニット4A,4Bの数を複数にして、補強ユニット4A,4Bの数及びパイプ2の間隔の組合せによって、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たすようにすることで、パイプ2の間隔を実現容易な間隔Wとすることが可能となり、優れた補強効果を確実に発揮することが可能となる。
【0108】
また、本実施形態によれば、地盤補強構造1(Λ型タイプの地盤補強構造1)は、パイプ2として、互いに平行でない第一パイプ(谷側パイプ)及び第二パイプ(山側パイプ)を備えており、第一パイプ及び第二パイプは、上端部同士が結合されて、下端部同士が擁壁20の設置方向(左右方向)に直交する前後方向に離れているので、第一パイプ及び第二パイプのうち、一方のパイプ(谷側パイプ)の上端部に、他方のパイプ(山側パイプ)の引抜き抵抗Rt(具体的には、引抜き抵抗Rの谷側パイプに対する直角成分R)が作用することとなる。すなわち、他方のパイプによって、一方のパイプの上端部を押さえることができるので、擁壁背面地盤10をより効果的に補強することが可能となる。
さらに、第一パイプに対する第二パイプの角度、及びパイプ2の間隔(擁壁20の設置方向における間隔)を、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす組合せの角度2α及び間隔Wに設定することが可能である。したがって、例えば第一パイプ及び第二パイプを平行とした場合に第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たす間隔Wが実現困難な値となっても、第一パイプ及び第二パイプを互いに平行でない状態にして、第一パイプに対する第二パイプの角度及びパイプ2の間隔の組合せによって、第一条件と第二条件と第三条件の少なくとも一つを満たすようにすることで、パイプ2の間隔を実現容易な間隔Wとすることが可能となり、優れた補強効果を確実に発揮することが可能となる。
なお、本実施形態では、第一パイプ(谷側パイプ)及び第二パイプ(山側パイプ)は、上端部同士が結合部材3を介して結合されているが、これに限られるものではなく、第一パイプ及び第二パイプは、例えば、上端部同士が直接結合されていてもよい。第一パイプ及び第二パイプの上端部同士を直接結合する手法としては、例えばクランプ(あるいはワイヤ等)を用いて直接結合してもよいし、あるいは、溶接等によって直接結合してもよい。また、第一パイプ及び第二パイプの上端部同士を直接結合する場合は、結合部材3を備えていなくてもよい。第一パイプ及び第二パイプの上端部同士を直接結合する場合であって、結合部材3を備える場合には、当該結合部材3は、複数の第一パイプ同士の結合するものであってもよいし、複数の第二パイプ同士を結合するものであってもよい。
【0109】
また、本実施形態によれば、Λ型タイプの地盤補強構造1において、第一パイプ(谷側パイプ)を、下端部が、上端部を通る仮想の鉛直線よりも前側(擁壁20側)に位置する状態で設置するとともに、第二パイプ(山側パイプ)を、下端部が、上端部を通る仮想の鉛直線よりも後側(建物30側)に位置する状態で設置することが可能である。したがって、第一パイプ及び第二パイプは互いに向かうように斜めに設置されている、すなわち第一パイプ及び第二パイプはΛ型に結合されているので、地盤補強構造1の設置場所が狭くても、第一パイプに対する第二パイプの角度2αを大きくすることができる。第一パイプに対する第二パイプの角度2αが大きいほど(90度に近いほど)、第一パイプの上端部を押さえる力(直角成分R(=R・sin2α))が大きくなるので、擁壁背面地盤10をより効果的に補強することが可能となる。
【0110】
また、本実施形態によれば、地盤補強構造1において、パイプ2の長さ及びパイプ2の間隔(擁壁20の設置方向(左右方向)における間隔)を、第三条件を満たす組合せの長さL及び間隔Wに設定することが可能である。したがって、例えばパイプ2の長さをLaとした場合に第三条件を満たす間隔Wが実現困難な値となっても、パイプ2の長さをLaよりも長くして、パイプ2の長さ及びパイプ2の間隔の組合せによって、第三条件を満たすようにすることで、パイプ2の間隔を実現容易な間隔Wとすることが可能となり、優れた補強効果を確実に発揮することが可能となる。
【0111】
また、本実施形態の設計方法は、擁壁20の背面側に位置する擁壁背面地盤10を補強する地盤補強構造1の設計方法、具体的には擁壁20及び擁壁背面地盤10のすべり破壊に対して所定の安全率以上を確保するための地盤補強の設計方法であって、地盤補強構造1は、下端部が擁壁背面地盤10のすべり面12よりも深く設置されるパイプ2を複数備えており、複数のパイプ2は、擁壁20の設置方向(左右方向)に所定間隔で並んで配置されている。そして、当該所定間隔を、パイプ2の最大曲げモーメント(曲げ縁応力度σb)が許容曲げモーメント(許容曲げ応力度σa)を下回るという第一条件と、パイプ2の最大せん断力(せん断応力度τs)が許容せん断力(許容せん断応力度τa)を下回るという第二条件と、パイプ2の根入れ部前面地盤の受働土圧Qpがパイプ2の作用水平力(負担水平力H’)を上回るという第三条件と、の少なくとも一つを満たす間隔Wとすることが可能であるので、パイプ2の曲げ抵抗、パイプ2のせん断抵抗、地盤の受働抵抗の少なくとも一つによって地すべり抑止力を高めることができる。すなわち、パイプ2の間隔(擁壁20の設置方向における間隔)を、パイプ2の特性や地盤の特性を考慮した間隔Wとすることが可能であるので、優れた補強効果を発揮することができる。
さらに、Λ型タイプの場合は、すべり力に対して、第一パイプ(谷側パイプ)にはその曲げ強度とせん断強度及びすべり面以深のパイプ前面の受働抵抗、第二パイプ(山側パイプ)にはパイプの引抜抵抗によって、第一パイプ頭部の水平変位を抑制するとともに、第一パイプに発生する最大曲げモーメントと最大せん断力を低減する役割に期待することができる。
【0112】
また、本実施形態によれば、擁壁背面地盤10に埋設された複数のパイプ2を備える地盤補強構造1の設計方法であって、擁壁背面地盤10の必要抑止力を計算する必要抑止力計算ステップ(ステップS4)と、パイプ2のパイプ条件を設定するパイプ条件設定ステップ(ステップS5)と、擁壁背面地盤10の地盤条件を設定する地盤条件設定ステップ(ステップS3)と、パイプ2の設置間隔W及び設置列数nに関する仮定値を設定する仮定ステップ(ステップS6)と、必要抑止力、パイプ条件、地盤条件、及び仮定値に基づいて、応力度σ,τを計算する応力度計算ステップ(ステップS9)と、パイプ条件及び地盤条件に基づいて、パイプ2の設置長さLを決定する設置長さ決定ステップ(ステップS11)と、を有し、パイプ条件設定ステップで設定したパイプ条件に含まれる許容応力度σ,τと応力度計算ステップで計算した応力度σ,τとを仮定値を変えて比較し、当該比較結果に基づいてパイプ2の設置間隔W及び設置列数nを決定する(図25参照)。
【0113】
すなわち、地盤条件及びパイプ条件に基づいてパイプ2の設置間隔W、設置列数n、設置長さLを決定するので、対象となる擁壁背面地盤10の地盤条件と、使用するパイプ2のパイプ条件と、に応じた地盤補強構造1の設計が可能となり、信頼性の高い地盤補強構造1を構築することができる。したがって、本実施形態の設計方法で設計した地盤補強構造1で擁壁背面地盤10を補強することによって、パイプ2の曲げ強度やせん断強度によって地すべりに対する安全率(抵抗力)を高め、常時及び地震時における安全率(必要安全率)を確保することができる。これにより、常時及び地震時において擁壁20背面にある建物30の不同沈下を防止することが可能となる。
【0114】
また、擁壁背面地盤に建物を建築する場合には、(1)擁壁と建物との離隔距離を十分に確保する、(2)建物の基礎の根入れを深くする、(3)建物直下に杭を打つ、などの「近接擁壁に対する対応(安息角対応)」が必要になる。これに対し、擁壁背面地盤10に、本実施形態の設計方法で設計した地盤補強構造1を設置して補強することによって、パイプ2のすり抜け抵抗によって擁壁20に作用する土圧を軽減できるので、上記の「近接擁壁に対する対応」と同等の効果が期待できる。すなわち、地盤補強構造1が設置された擁壁背面地盤10においては、擁壁と建物との離隔距離を十分に確保することなく、建物の基礎の根入れを深くすることなく、建物直下に杭を打つことなく、建物を建築することが可能となり、敷地(擁壁背面地盤10の天端)を有効活用することができる。
【0115】
また、本実施形態によれば、地盤補強構造1の設計方法において、パイプ条件、地盤条件、及び仮定値に基づいて、パイプ2の負担水平力H’を計算する負担水平力計算ステップ(ステップS6)と、パイプ条件、地盤条件、及び仮定値に基づいて、パイプ2の受働土圧Qを計算する受働土圧計算ステップ(ステップS13)と、を有し、負担水平力計算ステップで計算した負担水平力H’と受働土圧計算ステップで計算した受働土圧Qとを仮定値を変えて比較し、当該比較結果に基づいてパイプ2の設置間隔W及び設置列数nを決定する(図25参照)。
すなわち、応力度だけでなく負担水平力及び受働土圧も考慮してパイプ2の設置間隔W、設置列数nを決定するので、より信頼性の高い地盤補強構造1を構築することが可能となる。
【0116】
また、本実施形態によれば、地盤補強構造1の設計方法において、仮定ステップ(ステップS6)では、パイプ2の設置間隔Wとして、W≦8D(D:パイプ2の直径)を満たす値を仮定するように構成することが可能である。
このように構成することによって、決定したパイプ2の設置間隔WがW≦8D(D:パイプ2の直径)を満たすこととなるので、隣接するパイプ2同士の間を土塊がすり抜ける土塊の中抜けを防止することが可能となる。
【0117】
また、本実施形態によれば、地盤補強構造1には、パイプ2を鉛直に設置する第一タイプ(II型タイプ)と、パイプ2を斜めに設置する第二タイプ(Λ型タイプ)と、があり、擁壁背面地盤10の高さ(擁壁20の高さh)に基づいてタイプを決定するように構成することが可能である。具体的には、例えば、h≦2.0mである場合にはII型タイプを選択し、2.0m<h<3.0mである場合には条件によりII型タイプ又はΛ型タイプを選択し、3.0m≦hである場合にはΛ型タイプを選択するように構成することが可能である。
このように構成することで、より信頼性の高い地盤補強構造1を構築することが可能となる。
【0118】
また、本実施形態によれば、地盤補強構造1の設計方法において、地盤補強構造1が第二タイプ(Λ型タイプ)である場合には、仮定ステップ(ステップS6)で、パイプ2の設置角度2α、設置間隔W、及び設置列数nに関する仮定値を設定し、比較結果に基づいてパイプ2の設置角度2α、設置間隔W、及び設置列数nを決定する。
すなわち、地盤補強構造1が第二タイプ(Λ型タイプ)である場合には、地盤条件及びパイプ条件に基づいてパイプ2の設置角度2αも決定するので、より信頼性の高い地盤補強構造1を構築することが可能となる。
【0119】
また、本実施形態によれば、パイプ2は単管パイプである。
したがって、パイプ2として細径のパイプである単管パイプを用いるので、施工性が良く、地盤を乱すことがなくパイプの抵抗力(周面摩擦力)を確保できる。
また、細径のパイプである単管パイプを用いるので、大掛かりな建設機械を使用せずとも施工することができる。すなわち、狭小地での施工が可能である。したがって、敷地内(擁壁背面地盤10の天端)に建物30が既に建っていても、敷地内での施工が可能であるので、隣地を使用することなく地盤補強構造1を構築できる。
【符号の説明】
【0120】
1 地盤補強構造
2 パイプ
3 結合部材
4A,4B 補強ユニット
10 擁壁背面地盤
12 すべり面
20 擁壁
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
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図54