IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 公益財団法人鉄道総合技術研究所の特許一覧

<>
  • 特開-すり板 図1
  • 特開-すり板 図2
  • 特開-すり板 図3
  • 特開-すり板 図4
  • 特開-すり板 図5
  • 特開-すり板 図6
  • 特開-すり板 図7
  • 特開-すり板 図8
  • 特開-すり板 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024042511
(43)【公開日】2024-03-28
(54)【発明の名称】すり板
(51)【国際特許分類】
   B60L 5/26 20060101AFI20240321BHJP
【FI】
B60L5/26 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022147277
(22)【出願日】2022-09-15
(71)【出願人】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100104064
【弁理士】
【氏名又は名称】大熊 岳人
(72)【発明者】
【氏名】森本 文子
(72)【発明者】
【氏名】上田 洋
【テーマコード(参考)】
5H105
【Fターム(参考)】
5H105AA08
5H105BB01
5H105CC12
5H105DD04
5H105DD27
5H105EE03
5H105EE13
(57)【要約】
【課題】すり板がトロリ線と摺動して上昇したすり板の最高温度を、銅の体積分率を低減しつつ、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度と同程度に維持することができるすり板を提供する。
【解決手段】すり板1は、トロリ線と摺動する第1面13aと、第1面13aと反対側の第2面13bと、を含み、且つ、カーボンを主成分として含有する基体13と、第1面13aから第2面13bにそれぞれ達する複数の貫通孔14と、複数の貫通孔14の各々にそれぞれ埋め込まれ、且つ、それぞれ銅を主成分として含有する複数の柱状導体15と、を有する。すり板1の全体積に対する複数の柱状導体15の体積の総和の比である柱状導体15の体積分率は、5%以上である。
【選択図】図7

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トロリ線から集電する集電装置に備えられ、且つ、前記トロリ線と摺動するすり板において、
前記トロリ線と摺動する第1面と、前記第1面と反対側の第2面と、を含み、且つ、カーボンを主成分として含有する基体と、
前記第1面から前記第2面にそれぞれ達する複数の貫通孔と、
前記複数の貫通孔の各々にそれぞれ埋め込まれ、且つ、それぞれ銅を主成分として含有する複数の柱状導体と、
を有し、
前記すり板の全体積に対する前記複数の柱状導体の体積の総和の比である柱状導体の体積分率は、5%以上である、すり板。
【請求項2】
請求項1に記載のすり板において、
前記柱状導体の体積分率は、5~18%である、すり板。
【請求項3】
請求項1に記載のすり板において、
前記柱状導体の体積分率は、9~15%である、すり板。
【請求項4】
請求項2に記載のすり板において、
前記第1面に沿った第1方向における熱伝導率に対する、前記第1面に垂直な第2方向における熱伝導率の比である熱伝導率比は、6~15である、すり板。
【請求項5】
請求項4に記載のすり板において、
前記第2方向における電気抵抗率に対する、前記第1方向における電気抵抗率の比である電気抵抗率比は、120~310である、すり板。
【請求項6】
請求項1に記載のすり板において、
前記複数の柱状導体の平均半径は、5~76μmであり、
前記複数の柱状導体の平均中心間隔は、60~300μmであり且つ前記複数の柱状導体の平均半径の2倍よりも大きい、すり板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トロリ線から集電する集電装置に備えられ、且つ、トロリ線と摺動するすり板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、トロリ線に沿って移動する車両に搭載されトロリ線から集電するパンタグラフ等の集電装置に備えられ、且つ、車両がトロリ線に沿って移動する際にトロリ線と摺動するすり板として、銅粉又は鉄粉が主成分として含有され潤滑材としてスズ粉又はカーボン粉などが混合された焼結合金製のすり板に代えて、炭素材料(カーボン)よりなる基材に金属が含有された炭素系材料よりなるすり板、即ち所謂カーボン系すり板が使われるようになってきている。カーボン系すり板を用いることにより、カーボンが有する潤滑性により、すり板自身の摩耗、及び、相手材であるトロリ線の摩耗が少なく、設備の保守経費を節減するために有効である。このようなカーボン系すり板として、すり板を構成する炭素系材料の基材に種々の金属又は合金を含浸させることにより、摩損及び離線アークによる材質劣化をいっそう低減させたものが実用化されている。
【0003】
特開平11-341603号公報(特許文献1)には、集電すり板において、軽金属の溶湯が含浸しうる空隙を内部に有する多孔質カーボンから形成される摺動部と、軽金属よりなる補強部から構成され、カーボン中の空隙内部に補強部と同一材質の軽金属を含侵させ、摺動部と補強部を結合させた技術が開示されている。
【0004】
特開2016-226180号公報(特許文献2)には、導電性摺動部材において、マトリックス中に炭素繊維及び黒鉛を含有する基材と、この基材中に層状に配設され、金属を主成分とし、表裏に貫通する複数の開口を規則的に有する1又は複数の導電層とを備え、導電層が、複数の開口に基材を構成する材料が充填されるよう基材中に埋没し、1又は複数の導電層の端面が少なくとも摺動面に露出し、1又は複数の導電層が摺動面に略垂直に配設されている技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11-341603号公報
【特許文献2】特開2016-226180号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】寺田賢二郎、外1名、「均質化法入門」、丸善株式会社、2003年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように、現用のパンタグラフ等の集電装置に備えられるすり板であって、カーボン系すり板と称されるすり板の材料即ち現用材として、銅とカーボンとの複合材料が用いられている。現用材の銅とカーボンとの複合材料としては、銅含浸カーボン材料(多孔質カーボンに銅が含浸された材料)、銅とカーボンとの焼結材料、及び、金属含浸C/C複合材料(炭素繊維/炭素複合材料に銅合金が含浸された材料)が挙げられる。
【0008】
上記した銅とカーボンとの複合材料のうち銅含浸カーボン材料は、多孔質のカーボンよりなる基材に溶融した銅が含浸されてなるものであり、銅含浸カーボン材料の全体積に対する銅の体積の総和の比である銅の体積分率は、15~18%程度である。このような体積分率で銅を含浸することにより、銅含浸カーボン材料の強度及び電気伝導率を向上させている。
【0009】
ところが、使用時の通電、摩擦又は離線アークにより、カーボン系すり板の表面温度が上昇して銅の融点である1083℃に達すると、カーボン系すり板の表面から銅が溶出してカーボン系すり板の強度が低下し、カーボン系すり板の摩耗量が増加するおそれがある。
【0010】
このような銅含浸カーボン材料を含む銅とカーボンとの複合材料は、複数の材料で構成された複合材料であるので、構成材料の組合せ、割合及び配置などの微視的構造が、材料全体の特性及び挙動に影響する。しかしながら、微視的構造を変更させた銅とカーボンとの複合材料よりなるすり板を作製し、変更させた微視的構造の全てについて測定を行って材料全体の特性及び挙動を評価することは容易ではない。そのため、集電装置が搭載された車両が走行する際にすり板がトロリ線と摺動することにより上昇したすり板の最高温度を、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度よりも低下させることは、困難である。また、集電装置が搭載された車両が走行する際にすり板がトロリ線と摺動することにより上昇したすり板の最高温度を、銅の体積分率を低減しつつ、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度と同程度に維持することは、困難である。
【0011】
また、上記した課題は、銅含浸カーボン材料のみならず、銅とカーボンとの焼結材料、及び、金属含浸C/C複合材料を含めた銅とカーボンとの複合材料全般に共通する課題である。
【0012】
本発明は、上述のような従来技術の問題点を解決すべくなされたものであって、トロリ線と摺動するすり板において、すり板がトロリ線と摺動することにより上昇したすり板の最高温度を、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度よりも低下させることができるか、又は、銅の体積分率を低減しつつ、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度と同程度に維持することができるすり板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願において開示される発明のうち、代表的なものの概要を簡単に説明すれば、次のとおりである。
【0014】
本発明の一態様としてのすり板は、トロリ線から集電する集電装置に備えられ、且つ、トロリ線と摺動するすり板である。当該すり板は、トロリ線と摺動する第1面と、第1面と反対側の第2面と、を含み、且つ、カーボンを主成分として含有する基体と、第1面から第2面にそれぞれ達する複数の貫通孔と、複数の貫通孔の各々にそれぞれ埋め込まれ、且つ、それぞれ銅を主成分として含有する複数の柱状導体と、を有する。すり板の全体積に対する複数の柱状導体の体積の総和の比である柱状導体の体積分率は、5%以上である。
【0015】
また、他の一態様として、柱状導体の体積分率は、5~18%であってもよい。また、他の一態様として、柱状導体の体積分率は、9~15%であってもよい。
【0016】
また、他の一態様として、第1面に沿った第1方向における熱伝導率に対する、第1面に垂直な第2方向における熱伝導率の比である熱伝導率比は、6~15であってもよい。また、他の一態様として、第2方向における電気抵抗率に対する、第1方向における電気抵抗率の比である電気抵抗率比は、120~310であってもよい。
【0017】
また、他の一態様として、複数の柱状導体の平均半径は、5~76μmであり、複数の柱状導体の平均中心間隔は、60~300μmであり且つ複数の柱状導体の平均半径の2倍よりも大きくてもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の一態様を適用することで、トロリ線と摺動するすり板において、すり板がトロリ線と摺動することにより上昇したすり板の最高温度を、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度よりも低下させることができるか、又は、銅の体積分率を低減しつつ、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度と同程度に維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】実施の形態のすり板が備えられる集電装置及びトロリ線の一例を示す斜視図である。
図2】比較例1のすり板の一部分の材料分布を表すモデルを示す図である。
図3】解析例1のすり板の一部分の材料分布を表すモデルを示す図である。
図4】すり板を含む集電舟を表すFEMモデルを示す図である。
図5】比較例1のすり板の熱伝導解析結果を示すグラフである。
図6】解析例1のすり板の熱伝導解析結果を示すグラフである。
図7】実施の形態のすり板の一部断面を含む斜視図である。
図8】実施の形態のすり板の一部分の材料分布を表すモデルを示す図である。
図9】解析例2-1乃至解析例2-23及び比較例2-1乃至比較例2-8における最高温度の銅の体積分率依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の各実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0021】
なお、開示はあくまで一例にすぎず、当業者において、発明の主旨を保っての適宜変更について容易に想到し得るものについては、当然に本発明の範囲に含有されるものである。また、図面は説明をより明確にするため、実施の態様に比べ、各部の幅、厚さ、形状等について模式的に表される場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。
【0022】
また本明細書と各図において、既出の図に関して前述したものと同様の要素には、同一の符号を付して、詳細な説明を適宜省略することがある。
【0023】
更に、実施の形態で用いる図面においては、断面図であっても図面を見やすくするためにハッチング(網掛け)を省略する場合もある。また、平面図であっても図面を見やすくするためにハッチングを付す場合もある。
【0024】
なお、以下の実施の形態においてA~Bとして範囲を示す場合には、特に明示した場合を除き、A以上B以下を示すものとする。
【0025】
(実施の形態)
<集電装置>
初めに、図1を参照し、本発明の一実施形態である実施の形態のすり板が備えられる集電装置について説明する。図1は、実施の形態のすり板が備えられる集電装置及びトロリ線の一例を示す斜視図である。
【0026】
図1に示すように、本実施の形態のすり板1は、トロリ線2に沿って移動する車両3(図1では車両の屋根の一部のみを表示)に搭載されトロリ線2から集電するパンタグラフ等の集電装置4に備えられ、且つ、車両3がトロリ線2に沿って移動する際にトロリ線2と摺動するすり板である。集電装置4は、例えば集電舟5と、パンタグラフ6と、カバー7と、を備えている。集電舟5は、すり板1を含む。パンタグラフ6は、例えば車両3に碍子(図示は省略)を介して取り付けられた下側アーム6aと、下側アーム6aの上端にヒンジ6bを介して取り付けられた上側アーム6cと、を含み、集電舟5は、上側アーム6cの上端に取り付けられ、パンタグラフ6は、集電舟5を昇降させる。カバー7は、パンタグラフ6の下部を覆う。
【0027】
<すり板における技術的思想>
次に、図2乃至図4を参照し、本実施の形態のすり板における技術的思想について、比較例1及び解析例1のすり板を参照しながら説明する。図2は、比較例1のすり板の一部分の材料分布を表すモデルを示す図である。図3は、解析例1のすり板の一部分の材料分布を表すモデルを示す図である。図4は、すり板を含む集電舟を表すFEMモデルを示す図である。
【0028】
前述したように、パンタグラフ等に備えられるすり板として、近年、銅粉又は鉄粉が主成分として含有され潤滑材としてスズ粉又はカーボン粉などが混合された焼結合金製のすり板に代えて、炭素材料(カーボン)よりなる基材に金属が含有された炭素系材料よりなるすり板、即ち所謂カーボン系すり板が使われるようになってきている。カーボン系すり板を用いることにより、カーボンが有する潤滑性により、すり板自身の摩耗、及び、相手材であるトロリ線の摩耗が少なく、設備の保守経費を節減するために有効である。このようなカーボン系すり板として、すり板を構成する炭素系材料の基材に種々の金属又は合金を含浸させることにより、摩損及び離線アークによる材質劣化をいっそう低減させたものが実用化されている。
【0029】
従前、結晶構造が未発達の多孔質炭素材料よりなるすり板が用いられていた。この多孔質炭素材料よりなるすり板は、コークス又は黒鉛などを原料にコールタールピッチなどを加えて練り成形し焼成されることにより、製造されていた。焼成したままの多孔質炭素材料は、その抵抗率が30μΩm程度であり、すり板としても使用可能ではあるものの、焼成前の原料粉の段階又は焼成後の炭素に金属を含有させることにより、強度を約2倍、導電性を約10倍に高めることができる。そして、これらの金属が含有された炭素系材料よりなるすり板が、前述したカーボン系すり板と称されている。
【0030】
また、前述したように、カーボン系すり板と称されるすり板の材料即ち現用材として、銅とカーボンとの複合材料が用いられている。また、前述したように、現用材の銅とカーボンとの複合材料としては、銅含浸カーボン材料(多孔質カーボンに銅が含浸された材料)、銅とカーボンとの焼結材料、及び、金属含浸C/C複合材料(炭素繊維/炭素複合材料に銅合金が含浸された材料)である。
【0031】
上記した銅とカーボンとの複合材料のうち銅含浸カーボン材料は、多孔質のカーボンよりなる基材に溶融した銅が含浸されてなるものであり、銅含浸カーボン材料の全体積に対する銅の体積の総和の比である銅の体積分率は、15~18%程度である。このような体積分率で銅を含浸することにより、銅含浸カーボン材料の強度及び電気伝導率を向上させている。
【0032】
ところが、使用時の通電、摩擦又は離線アークにより、カーボン系すり板の表面温度が上昇して銅の融点である1083℃に達すると、カーボン系すり板の表面から銅が溶出してカーボン系すり板の強度が低下し、カーボン系すり板の摩耗量が増加するおそれがある。
【0033】
このような銅含浸カーボン材料を含む銅とカーボンとの複合材料は、複数の材料で構成された複合材料であるので、構成材料の組合せ、割合及び配置などの微視的構造が、材料全体の特性及び挙動に影響する。しかしながら、微視的構造を変更させた銅とカーボンとの複合材料よりなるすり板を作製し、変更させた微視的構造の全てについて測定を行って材料全体の特性及び挙動を評価することは容易ではない。そのため、集電装置が搭載された車両が走行する際にすり板がトロリ線と摺動することにより上昇したすり板の最高温度を、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度よりも低下させることは、困難である。また、集電装置が搭載された車両が走行する際にすり板がトロリ線と摺動することにより上昇したすり板の最高温度を、銅の体積分率を低減しつつ、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度と同程度に維持することは、困難である。
【0034】
一方、微視的構造から物性が計算により評価できれば、特性向上のための材料開発において、目的の物性を持つ材料構造を容易に提案することができ、試作回数の削減による開発の効率化が期待できる。また、摩擦・摩耗現象には、摩擦面近傍の材料が受ける力及び熱が大きく影響するため、微視的なスケールでの応力及び温度の分布を計算で把握することにより、現象の理解が進み、優れた摩擦特性を有する材料の向上策の提案につながると期待される。
【0035】
そこで本発明者らは、鉄道用材料の特性向上のための材料開発において、設計指針の方向性を示すことを目指して、微視的な構造を考慮した材料のモデル化及び物性評価を行った。
【0036】
具体的には、現用材よりなるすり板として、銅とカーボンとの複合材料よりなるすり板を模擬した微視的構造を有するすり板を、比較例1のすり板とした。現用材である比較例1のすり板の材料は、多孔質のカーボンよりなる基材中に銅が含有されてなるものであり、硬さ及び導電性を向上させた材料である。そして、比較例1のすり板の材料について、微視的構造モデルを作成し、非特許文献1に記載された均質化法による解析を行って、弾性定数、熱伝導率及び電気抵抗率を算出した。
【0037】
また、比較例1のすり板について作成した、一辺の長さが300μmである立方体形状を有するモデルの例を、図2に示す。図2の左側にモデル102を示し、図2の右側にモデル102中に含有された導体105を示している。モデル102は、多孔質のカーボンよりなる基材103中に銅よりなる導体105が含有されてなる材料を示している。導体105は、銅球105a及び銅円柱105bを含む。現用材を模擬するため、モデル102の全体積に対する銅の体積分率を16%とした。また、銅球105aの半径Rsを100μmとし、銅円柱105bの半径Rcを16.7μmとした。
【0038】
なお、図2に示すx方向及びy方向は、すり板のトロリ線と摺動する面であるすり板の上面にそれぞれ沿い且つ互いに直交する方向であり、図2に示すz方向は、すり板の上面に垂直な方向である(後述する図3及び図8においても同様)。
【0039】
また、均質化法による解析に用いた材料定数を、表1に示す。表中の炭素(C)の物性は、カーボンよりなる基材の物性を再現するように決定し、銅(Cu)の物性は、公称値を用いた。
【0040】
【表1】
【0041】
すり板は、トロリ線と接する上面側から下面側(車両側)へ電気を通す部材である。電気抵抗率の低い銅が上下方向につながっていると、電流を効率的に車両側へ流すことができると考えられる。そこで、解析例1のすり板の材料のモデルとして、上下方向に一軸異方性を有する銅とカーボンとの複合材料のモデル(以下、「一軸異方性モデル」とも称する。)を作成して物性を算出し、現用材である比較例1のすり板の材料のモデル(以下、「等方性モデル」とも称する。)と比較した。
【0042】
解析例1のすり板の材料のモデルとして、一辺300μmの立方体形状の一軸異方性モデルを作成した。一軸異方性の方向はz方向とした。作成された一軸異方性モデルを、図3に示す。図3は、モデル112を示している。モデル112は、カーボンよりなる基材113中に、銅よりなる柱状導体115が埋め込まれてなる材料を示している。比較例1のすり板の材料のモデルと比較するため、解析例1のすり板の材料のモデルの全体積に対する銅の体積分率は、17%とした。柱状導体115の半径を69μmとした。モデル112は、基材113中に、柱状導体115が1本のみ埋め込まれてなるものとし、柱状導体115は、x方向及びy方向に300μmの間隔でマトリクス状に配列されているものとした。
【0043】
このようにして作成された比較例1のすり板の材料のモデル(等方性モデル)及び解析例1のすり板の材料のモデル(一軸異方性モデル)について、モデルの構成割合と均質化法により、すり板の材料の物性値を算出した。算出された物性値を、表2に示す。表2には、比較例1のすり板の材料のモデル(等方性モデル)について、炭素(炭素よりなる基材)及び銅(銅よりなる導体)の体積分率、並びに、熱伝導率及び電気抵抗率の物性値が記載されている。また、表2には、解析例1のすり板の材料のモデル(一軸異方性モデル)について、炭素(炭素よりなる基材)及び銅(銅よりなる導体)の体積分率、並びに、熱伝導率及び電気抵抗率の物性値が記載されている。
【0044】
【表2】
【0045】
解析例1の一軸異方性モデルの結果をz方向とx方向及びy方向との間で比較すると、x方向及びy方向の物性値に対するz方向の物性値は、熱伝導率において14倍、電気抵抗率において0.003倍であった。炭素の物性値に対する銅の物性値は、表1に示すように、熱伝導率において約110倍、電気抵抗率において約0.0004倍であり、炭素と銅で差がある物性値ほど異方性が高くなった。
【0046】
また、解析例1の一軸異方性モデルの結果と比較例1の等方性モデルの結果とを比較すると、一軸異方性モデルのz方向の物性値は、等方性モデルの物性値に比べ、熱伝導率において4.7倍、電気抵抗率において0.15倍であった。一方、x方向及びy方向の物性値は、等方性モデルの物性値に比べ、熱伝導率において0.33倍、電気抵抗率において43.8倍であった。同じ体積分率の等方性モデルに比べ、銅をz方向に連続的に配置することにより、電気抵抗率は、z方向において下がりx方向及びy方向において上がるため、一方向に電流を流す機能を重視する場合に有効である。
【0047】
熱伝導率に関しては、z方向において上がる一方、x方向及びy方向において下がるため、すり板のx方向及びy方向の温度上昇が大きくなる可能性が考えられる。そこで、次に、表1に示した物性値、及び、図4に示すすり板を含む集電舟を表すFEM(Finite Element Method)モデルを用いて、すり板の表面温度の解析を行った。この際、摺動範囲であるすり板の上面に、摩擦及び接触抵抗により空間的及び時間的に均一に熱が与えられ、電流が均一に与えられると仮定して、すり板の表面温度の解析(熱伝導解析)を行った。
【0048】
図4は、熱伝導解析の解析条件を説明するための図でもある。図4に示すように、摩擦及び接触抵抗によりすり板1の上面に与えられる熱をQとし、トロリ線からすり板1に流れる電流をIとし、集電舟における熱伝達をhとし、集電舟5における熱輻射をεとし、すり板1に設けられたシャント8における電位をVとしたとき、図4に示すように、また前述したように、摺動範囲であるすり板1の上面に、摩擦及び接触抵抗により空間的及び時間的に均一に熱Qが与えられ、電流Iが均一に与えられると仮定した、定常熱伝導解析を行った。このときの解析条件は、以下の通りである。
I=400A
h=80W/m
ε(熱放射率)=0.2
inf(雰囲気温度)=15℃
Q=2600W
【0049】
また、走行速度を100km/hとし、摩擦係数を0.2とし、接触抵抗を20mΩとし、押し付け力を64Nとし、αfr(摩擦熱のすり板側への配分率)=0.2とし、α(接触抵抗ジュール熱のすり板側への配分率)=0.8とした。なお、摩擦熱は、摩擦係数×押付力×摩擦速度で算出し、接触抵抗ジュール熱は、接触抵抗×通電電流の二乗で算出した。
【0050】
図5は、比較例1のすり板の熱伝導解析結果を示すグラフである。図6は、解析例1のすり板の熱伝導解析結果を示すグラフである。
【0051】
図5及び図6に示すように、比較例1のすり板における最高温度は493℃であり、解析例1のすり板における最高温度が410℃であり、一軸異方性モデルにより表される材料である解析例1のすり板における最高温度の方が、等方性モデルにより表される材料である比較例1のすり板における最高温度よりも低くなった。
【0052】
図5及び図6に示す結果から、本発明者らは、等方性モデルにより表され且つ現用材である比較例1のすり板の材料を、炭素の電気抵抗率よりも低い電気抵抗率を有する銅が上下方向につながるように配置した一軸異方性モデルにより表される解析例1のすり板の材料に変更することにより、電流を効率的に車両側へ流すことができ、すり板の最高温度を80~90℃程度下げることができることを見出した。
【0053】
また、本発明者らは、現実的に作製が可能な材料として、カーボンを主成分として含有する基体中に、上面から下面に貫通する柱状導体を形成した場合において、柱状導体の半径及び柱状導体同士の間隔を変更しながら、均質化法による熱伝導率及び電気抵抗率等の物性値の算出、並びに、算出された物性値に基づいてFEMモデルによるすり板の表面温度の解析(熱伝導解析)を行った。その結果、後述する表3乃至表5及び図9を用いて説明するように、すり板の最高温度は、柱状導体の半径及び柱状導体同士の間隔にはほとんど依存せず、すり板中の銅の体積分率に主として依存することを見出した。また、すり板の最高温度を、現用材である比較例1のすり板の材料よりも低下させることができる銅の体積分率の範囲を見出した。
【0054】
<すり板>
次に、図7を参照し、本発明の一実施形態である実施の形態のすり板について説明する。図7は、実施の形態のすり板の一部断面を含む斜視図である。
【0055】
前述したように、本実施の形態のすり板1は、トロリ線2(図1参照)に沿って移動する車両3(図1参照)に搭載されトロリ線2から集電する集電装置4(図1参照)に備えられ、且つ、車両3がトロリ線2に沿って移動する際にトロリ線2と摺動するすり板である。
【0056】
好適には、本実施の形態のすり板は、トロリ線に沿って移動する鉄道車両に搭載されトロリ線から集電する集電装置としてのパンタグラフに備えられ、且つ、鉄道車両がトロリ線に沿って移動する際にトロリ線と摺動するすり板である。しかし、本実施の形態のすり板は、鉄道車両に搭載されたパンタグラフに備えられるすり板に限られず、例えばトロリーバス又は無軌条電車に搭載された集電装置に備えられるすり板、及び、モノレール又は単軌鉄道に搭載された集電装置に備えられるすり板にも適用可能である。
【0057】
図7に示すように、本実施の形態のすり板1は、基体13と、複数の貫通孔14と、複数の柱状導体15と、を有する。基体13は、トロリ線と摺動する第1面13aと、第1面と反対側の第2面13bと、を含み、且つ、カーボンを主成分として含有する。なお、カーボンを主成分として含有するとは、重量分率で50%以上のカーボンを含有することを意味する。また、導体とは、電気抵抗率が1μΩm程度以下であることを意味する。
【0058】
なお、本実施の形態のすり板1は、所謂カーボン系すり板である。前述したように、カーボン系すり板とは、炭素材料(カーボン)よりなる基材(本実施の形態における基体13に相当)に金属が含有された炭素系材料よりなるすり板である。従って、基体13として、コークス又は黒鉛などの原料にコールタールピッチなどを加えて練り成形し焼成されてなる多孔質炭素材料よりなる基体、又は、炭素繊維強化炭素複合材(C/C複合材)よりなる基体、を用いることができる。
【0059】
複数の貫通孔14は、第1面13aから基体13をそれぞれ貫通して第2面13bにそれぞれ達する。複数の柱状導体15は、複数の貫通孔14の各々にそれぞれ埋め込まれ、且つ、それぞれ銅を主成分として含有する。なお、銅を主成分として含有するとは、重量分率で50%以上の銅を含有することを意味する。また、図7では、理解を簡単にするために、x方向において3本の柱状導体15が配列され、y方向において20本の柱状導体15が配列された状態を図示しているものの、実際には、x方向及びy方向のいずれにおいても多数本の柱状導体15が配列されることができる。
【0060】
前述したように、上記した銅とカーボンとの複合材料のうち銅含浸カーボン材料は、多孔質のカーボンよりなる基材に溶融した銅が含浸されてなるものであり、銅含浸カーボン材料の全体積に対する銅の体積の総和の比である銅の体積分率は、15~18%程度である。このような体積分率で銅を含浸することにより、銅含浸カーボン材料の強度及び電気伝導率を向上させている。
【0061】
ところが、使用時の通電、摩擦又は離線アークにより、カーボン系すり板の表面温度が上昇して銅の融点である1083℃に達すると、カーボン系すり板の表面から銅が溶出してカーボン系すり板の強度が低下し、カーボン系すり板の摩耗量が増加するおそれがある。
【0062】
また、前述したように、このような銅含浸カーボン材料を含む銅とカーボンとの複合材料は、複数の材料で構成された複合材料であるので、すり板がトロリ線と摺動することにより上昇したすり板の最高温度を、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度よりも低下させることは、困難である。また、集電装置が搭載された車両が走行する際にすり板がトロリ線と摺動することにより上昇したすり板の最高温度を、銅の体積分率を低減しつつ、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度と同程度に維持することは、困難である。
【0063】
一方、本実施の形態のすり板1は、一軸異方性を有する複数の柱状導体15を有する。これにより、すり板1の全体積に対する複数の柱状導体15の体積の総和の比である体積分率(銅の体積分率)が現用材における銅の体積分率と同程度の場合(15~18%)、現用材より温度上昇を抑制することができる。また、銅の体積分率が現用材における銅の体積分率より少ない場合(5~15%)でも、現用材より温度上昇を抑制することができる。そのため、本実施の形態では、現用材に比べ、すり板の摩耗量が増加することを防止又は抑制しつつ、トロリ線から集電される電流の電流量を容易に大きくすることができ、車両の速度を容易に高速化することができる。
【0064】
また、すり板1の全体積に対する複数の柱状導体15の体積の総和の比である柱状導体15の体積分率(銅の体積分率)は、5%以上である。このような場合、後述する表3乃至表5及び図9を用いて説明するように、銅の体積分率が5%未満の場合に比べて、すり板の最高温度を、現用材よりなる比較例1のすり板を用いる場合の最高温度(比較例1の最高温度)と同程度である500℃程度又は比較例1の最高温度以下にすることができる。即ち、本実施の形態のすり板によれば、トロリ線と摺動するすり板において、すり板がトロリ線と摺動することにより上昇したすり板の最高温度を、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度よりも低下させることができるか、又は、銅の体積分率を低減しつつ、現用材よりなるすり板を用いた場合における最高温度と同程度に維持することができる。
【0065】
好適には、柱状導体15の体積分率(銅の体積分率)は、5~18%である。銅の体積分率が5%以上の場合、前述したように、すり板の最高温度を、現用材よりなる比較例1のすり板を用いる場合の最高温度(比較例1の最高温度)と同程度である500℃程度又は比較例1の最高温度以下にすることができる。また、銅の体積分率が18%以下の場合、銅の体積分率を、現用材よりなる比較例1のすり板における銅の体積分率程度以下にすることができるので、すり板中のカーボンの含有率を現用材よりなる比較例1のすり板におけるカーボンの含有率と同程度以上にすることができ、すり板の最高温度を低減しつつトロリ線と摺動する際の潤滑性を向上させることができる。
【0066】
また、銅の体積分率が高くなるとすり板のヤング率が高くなるので、例えばトロリ線の摩耗量が増加するおそれがある。一方、銅の体積分率を低くすることにより、すり板のヤング率が高くなることを防止又は抑制することができ、トロリ線の摩耗量が増加することを防止又は抑制することができる。
【0067】
好適には、柱状導体15の体積分率(銅の体積分率)は、9~15%である。銅の体積分率が9%以上の場合、後述する表3乃至表5及び図9を用いて説明するように、すり板の最高温度を、現用材よりなる比較例1のすり板を用いる場合の最高温度よりも確実に低くすることができる。また、銅の体積分率が15%以下の場合、銅の体積分率を、現用材よりなる比較例1のすり板における銅の体積分率よりも確実に少なくすることができるので、すり板中のカーボンの含有率を現用材よりなる比較例1のすり板におけるカーボンの含有率よりも確実に高くすることができ、すり板の最高温度を低減しつつトロリ線と摺動する際の潤滑性を確実に向上させることができる。
【0068】
好適には、第1面13aに沿った第1方向(図7におけるx方向又はy方向)における熱伝導率に対する、第1面13aに垂直な第2方向(図7におけるz方向)における熱伝導率の比である熱伝導率比は、6~15である。熱伝導率比が6以上の場合、後述する表4及び表5を用いて説明するように、熱伝導率比が6未満の場合に比べて、すり板の最高温度を、現用材よりなる比較例1のすり板を用いる場合の最高温度(比較例1の最高温度)と同程度である500℃程度又は比較例1の最高温度以下にすることができる。また、熱伝導率比が15以下の場合、銅の体積分率を、現用材よりなる比較例1のすり板における銅の体積分率程度以下にすることができるので、すり板中のカーボンの含有率を現用材よりなる比較例1のすり板におけるカーボンの含有率と同程度以上にすることができ、すり板の最高温度を低減しつつトロリ線と摺動する際の潤滑性を向上させることができる。
【0069】
好適には、第1面13aに垂直な第2方向(図7におけるz方向)における電気抵抗率に対する、第1面13aに沿った第1方向(図7におけるx方向又はy方向)における電気抵抗率の比である電気抵抗率比は、120~310である。電気抵抗率比が120以上の場合、後述する表4及び表5を用いて説明するように、電気抵抗率比が120未満の場合に比べて、すり板の最高温度を、現用材よりなる比較例1のすり板を用いる場合の最高温度(比較例1の最高温度)と同程度である500℃程度又は比較例1の最高温度以下にすることができる。また、電気抵抗率比が310以下の場合、銅の体積分率を、現用材よりなる比較例1のすり板における銅の体積分率程度以下にすることができるので、すり板中のカーボンの含有率を現用材よりなる比較例1のすり板におけるカーボンの含有率と同程度以上にすることができ、すり板の最高温度を低減しつつトロリ線と摺動する際の潤滑性を向上させることができる。
【0070】
なお、後述する表4及び表5を用いて説明するように、複数の柱状導体15の平均半径は、5~76μmとすることができるものの、複数の柱状導体15の平均半径は、5~76μmの範囲に限定されるものではなく、それ以外の値であってもよい。また、後述する表4及び表5を用いて説明するように、複数の柱状導体15の平均中心間隔は、60~300μmであり且つ複数の柱状導体15の平均半径の2倍よりも大きくすることができるものの、複数の柱状導体15の平均中心間隔は、特に限定されるものではなく、それ以外の値であってもよい。また、複数の柱状導体15の半径及び間隔等の形状を評価する評価方法として、X線CT(Computed Tomography)を用いることができる。
【0071】
また、本実施の形態のすり板を製造する製造方法としては、特に限定されないものの、例えば以下のような製造方法を用いることができる。
【0072】
まず、コークス粉又は黒鉛粉等とコールタールピッチとが混合されることによりカーボンを主成分とした前駆体としてのプリプレグシートを作製する。このとき、プリプレグシートの面内にカーボンよりも低温で溶融又は蒸発可能な樹脂繊維が一方向に延在している状態で多数本配置されるように、プリプレグシートを作成する。
【0073】
次に、多数のプリプレグシートを積層し、多数のプリプレグシートが積層された状態でCIP(Cold Isostatic Pressing)により成形し、例えば1300℃程度の高温で焼成し、樹脂繊維を溶融又は蒸発させることにより、樹脂繊維が延在していた方向における両側の端面である第1面と第2面とを含み、カーボンを主成分として含有する基体を作製する。このとき、樹脂繊維が溶融又は蒸発することにより、基体には、第1面から基体をそれぞれ貫通して第2面にそれぞれ達する複数の貫通孔が形成される。
【0074】
次に、基体に溶融した銅を主成分として含有する金属を含浸させ、貫通孔の各々にそれぞれ埋め込まれ、且つ、それぞれ銅を主成分として含有する複数の柱状導体を形成する。これにより、基体と、複数の貫通孔と、複数の柱状導体と、を有するすり板を容易に製造することができる。
【0075】
<すり板の熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析>
次に、本実施の形態のすり板について熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析を行って求められた結果を、比較例のすり板の熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析を行って求められた結果と比較しながら説明する。以下では、本実施の形態のすり板として、熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析を行った例を、解析例2-1乃至解析例2-23とする。また、比較例のすり板として、熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析を行った例を、比較例2-1乃至比較例2-8とする。なお、前述した解析例1は、解析例2-19と同一の解析例であり、前述した比較例1は、比較例2-3と同一の比較例である。
【0076】
なお、比較例2-1乃至比較例2-8及び解析例2-1乃至解析例2-23の熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析については、前述した図2及び図3並びに表1及び表2を用いて説明した比較例1及び解析例1の熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析と同様の方法により行った。
【0077】
まず、x方向、y方向及びz方向の各々における一辺の長さが300μmである立方体形状を有し且つカーボンよりなる基材の空隙部分に銅が埋め込まれてなるモデルにおいて、比較例1のすり板をベースとして、モデルの全体積に対する複数の銅よりなる導体の体積の総和の比である導体の体積分率(銅の体積分率)を2.4~21.5の範囲で変化させた場合に、熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析を行った例を、比較例2-1乃至比較例2-8とした。
【0078】
また、x方向、y方向及びz方向の各々における一辺の長さが300μmである立方体形状を有し且つカーボンよりなる基体としての基材に、半径がRμmである円柱形状を有し且つ銅よりなる柱状導体が、x方向及びy方向の各々にそれぞれ中心間隔dμmで配列されるように埋め込まれた一軸異方性モデルにおいて、d=75μm(一定)とし、Rを5~20μmの範囲で変化させた場合に、熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析を行った例を、解析例2-1乃至解析例2-8とした。
【0079】
ここで、解析例2-1乃至解析例2-8のすり板について作成した、一辺300μmの立方体形状のモデルの例を図8に示す。図8は、実施の形態のすり板の一部分の材料分布を表すモデルを示す図である。図8は、図7に示した実施の形態のすり板の一部分を拡大して示している。また、図8は、モデル22を示し、モデル22は、カーボンよりなる基体としての基材23中に、銅よりなる柱状導体25が埋め込まれてなる材料を示している。なお、図8は、解析例2-3(d75R15)の例を例示している。
【0080】
また、x方向、y方向及びz方向の各々における一辺の長さが300μmである立方体形状を有し且つカーボンよりなる基体としての基材に、半径がRμmである円柱形状を有し且つ銅よりなる柱状導体が、x方向及びy方向の各々にそれぞれ中心間隔dμmで配列されるように埋め込まれた一軸異方性モデルにおいて、R=17μm(一定)とし、dを60~150μmの範囲で変化させた場合に、熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析を行った例を、解析例2-9乃至解析例2-11とした。
【0081】
また、x方向、y方向及びz方向の各々における一辺の長さが300μmである立方体形状を有し且つカーボンよりなる基体としての基材に、半径がRμmである円柱形状を有し且つ銅よりなる柱状導体が、x方向及びy方向の各々にそれぞれ中心間隔dμmで配列されるように埋め込まれた一軸異方性モデルにおいて、d=300μm(一定)とし、Rを20~76μmの範囲で変化させた場合に、熱伝導率、電気抵抗率及び表面温度の解析を行った例を、解析例2-12乃至解析例2-23とした。
【0082】
このようにして解析された比較例2-1乃至比較例2-8及び解析例2-1乃至解析例2-23の解析結果を、表3乃至表5及び図9に示す。
【0083】
表3は、等方性モデルである比較例2-1乃至比較例2-8について、Cu体積、C体積、推定密度、推定比熱、熱伝導率λ、電気抵抗率ρ及び最高温度を示している。表4は、解析例2-1乃至解析例2-11について、Cu体積、C体積、推定密度、推定比熱、熱伝導率λ=λ、熱伝導率λ、電気抵抗率ρ=ρ、電気抵抗率ρ及び最高温度を示している。表5は、解析例2-12乃至解析例2-23について、Cu体積、C体積、推定密度、推定比熱、熱伝導率λ=λ、熱伝導率λ、電気抵抗率ρ=ρ、電気抵抗率ρ及び最高温度を示している。なお、表3において、例えばモデル名のRs110Rcy18.3は、銅球105a(図2参照)の半径Rsが110μmであり、y方向の銅円柱105b(図2参照)の半径RcであるRcyが18.3μmであることを意味する。また、表4及び表5において、例えばモデル名のd75R5は、中心間隔dが75μmであり、半径Rが5μmであることを意味する。
【0084】
図9は、解析例2-1乃至解析例2-23及び比較例2-1乃至比較例2-8における最高温度の銅の体積分率依存性を示すグラフである。なお、図9では、比較例2-1乃至比較例2-8を、Cu球+Cu円柱_Rcy=Rs/6(等方性)と表記し、解析例2-1乃至解析例2-8を、Cu円柱異方性d75と表記し、解析例2-9乃至解析例2-11を、Cu円柱異方性R17と表記し、解析例2-12乃至解析例2-23を、Cu円柱異方性R300と表記している。
【0085】
【表3】
【0086】
【表4】
【0087】
【表5】
【0088】
表4、表5及び図9に示すように、解析例2-1乃至解析例2-8を表すプロット、解析例2-9乃至解析例2-11を表すプロット、及び、解析例2-12乃至解析例2-23を表すプロットが、略同一の曲線上に配置され、解析例2-1乃至解析例2-23のすり板における最高温度は、複数の柱状導体15(図7参照)の半径R及び中心間隔d(図8参照)には依存せず、柱状導体15(図7参照)の体積分率(銅の体積分率)のみに依存することを見出した。また、表4、表5及び図9に示すように、柱状導体15の体積分率(銅の体積分率)が高いほど熱伝導率が高くなり、電気抵抗率が低くなることを見出した。
【0089】
表4、表5及び図9に示すように、解析例2-1乃至解析例2-23のうち、柱状導体15(図7参照)の体積分率(銅の体積分率)が5.3%以上の場合、すり板の最高温度を491℃以下、即ち略500℃以下にすることができる。一方、表3及び図9に示すように、銅の体積分率が、比較例2-1乃至比較例2-8のうち、銅の体積分率が現用材における銅の体積分率に近い比較例2-2及び比較例2-3における16.4~18.3%の場合、すり板の最高温度は475~493℃、即ち略500℃程度である。そのため、柱状導体15(図7参照)の体積分率(銅の体積分率)が5%以上である場合、柱状導体15の体積分率(銅の体積分率)が5%未満の場合に比べて、すり板の最高温度を、現用材よりなる比較例2-2及び比較例2-3のすり板を用いる場合の最高温度(比較例2-2及び比較例2-3の最高温度)と同程度である500℃程度又は比較例2-2及び比較例2-3の最高温度以下にできることが明らかになった。
【0090】
また、銅の体積分率をRCu%とし、すり板の最高温度をTMax℃とし、解析例2-1乃至解析例2-23のうち、柱状導体15(図7参照)の体積分率(銅の体積分率)が4.0%以下の解析例のプロットを直線近似すると、下記式(数1)となり、解析例2-1乃至解析例2-23のうち、銅の体積分率が15.9~24.8%の解析例のプロットを直線近似すると、下記式(数2)となる。
Max=-59.3RCu+745 (数1)
Max=-2.60RCu+453 (数2)
【0091】
ここで、上記式(数1)及び上記式(数2)で表される直線が、RCu=5.1%で交差している。従って、柱状導体15(図7参照)の体積分率(銅の体積分率)が5%未満の場合、銅の体積分率が5%を超える場合に比べて、銅の体積分率の減少に伴って最高温度が急激に増加する点において、好ましくないことが分かる。
【0092】
また、表4、表5及び図9に示すように、解析例2-1乃至解析例2-23のうち、柱状導体15(図7参照)の体積分率(銅の体積分率)が18%以下の場合、銅の体積分率を、現用材よりなる比較例2-2及び比較例2-3のすり板における銅の体積分率程度以下にすることができ、すり板を容易に製造することができる。
【0093】
なお、すり板が銅含浸カーボン材料よりなる場合には、多孔質カーボン中の空孔率が20%程度以下であるため、銅の体積分率も20%程度以下である。一方、すり板が銅とカーボンとの焼結材料よりなる場合には、銅の体積分率は、20%以上であることができ、実際には24%以下であることができる。そのため、柱状導体15(図7参照)の体積分率(銅の体積分率)が24%以下の場合、銅の体積分率を、銅とカーボンとの焼結材料よりなる現用材のすり板における銅の体積分率以下にすることができ、すり板を容易に製造することができる。
【0094】
また、表4、表5及び図9に示すように、解析例2-1乃至解析例2-23のうち、柱状導体15(図7参照)の体積分率(銅の体積分率)が8.8%以上の場合、すり板の最高温度を450℃以下にすることができる。一方、表3及び図9に示すように、銅の体積分率が、現用材における銅の体積分率に近い比較例2-2及び比較例2-3における16.4~18.3%の場合、すり板の最高温度は475~493℃である。そのため、銅の体積分率が9%以上である場合、すり板の最高温度を、現用材よりなる比較例2-2及び比較例2-3のすり板を用いる場合の最高温度よりも確実に低くすることができることが明らかになった。
【0095】
また、表4、表5及び図9に示すように、柱状導体15(図7参照)の体積分率(銅の体積分率)が15%以下である場合、銅の体積分率を、現用材よりなる比較例2-2及び比較例2-3のすり板における銅の体積分率よりも確実に少なくすることができる。
【0096】
また、表4、表5及び図9に示すように、解析例2-1乃至解析例2-23のうち、第1面13a(図7参照)に沿った第1方向(図7及び図8におけるx方向又はy方向)における熱伝導率に対する、第1面13aに垂直な第2方向(図7及び図8におけるz方向)における熱伝導率の比である熱伝導率比が6以上の場合、銅の体積分率が5%以上となり、熱伝導率比が6未満の場合に比べて、すり板の最高温度を、現用材よりなる比較例2-2及び比較例2-3のすり板を用いる場合の最高温度(比較例2-2及び比較例2-3の最高温度)と同程度又は比較例2-2及び比較例2-3の最高温度以下にすることができる。
【0097】
また、表4、表5及び図9に示すように、解析例2-1乃至解析例2-23のうち、第1方向(図7及び図8におけるx方向又はy方向)における熱伝導率に対する、第2方向(図7及び図8におけるz方向)における熱伝導率の比である熱伝導率比が15以下の場合、銅の体積分率を、18%以下、即ち現用材よりなる比較例2-2及び比較例2-3のすり板における銅の体積分率程度以下にすることができる。
【0098】
また、表4、表5及び図9に示すように、解析例2-1乃至解析例2-23のうち、第1面13a(図7参照)に垂直な第2方向(図7及び図8におけるz方向)における電気抵抗率に対する、第1面13a(図7参照)に沿った第1方向(図7及び図8におけるx方向又はy方向)における電気抵抗率の比である電気抵抗率比が120以上の場合、銅の体積分率が5%以上となり、電気抵抗率比が120未満の場合に比べて、すり板の最高温度を、現用材よりなる比較例2-2及び比較例2-3のすり板を用いる場合の最高温度(比較例2-2及び比較例2-3の最高温度)と同程度である500℃程度又は比較例2-2及び比較例2-3の最高温度以下にすることができる。
【0099】
また、表4、表5及び図9に示すように、解析例2-1乃至解析例2-23のうち、第2方向(図7及び図8におけるz方向)における電気抵抗率に対する、第1方向(図7及び図8におけるx方向又はy方向)における電気抵抗率の比である電気抵抗率比が310以下の場合、銅の体積分率を、18%以下、即ち現用材よりなる比較例2-2及び比較例2-2のすり板における銅の体積分率程度以下にすることができる。
【0100】
また、前述したように、解析例2-1乃至解析例2-23のすり板における最高温度は、複数の柱状導体15(図7参照)の半径R及び中心間隔d(図8参照)には依存せず、柱状導体15の体積分率(銅の体積分率)のみに依存する。また、解析例2-1乃至解析例2-23において、複数の柱状導体15の各々の半径Rは、5~76μmの範囲であり、複数の柱状導体15の中心間隔dは、60~300μmで且つ半径Rの2倍よりも大きい範囲である。そのため、表4及び表5に示すように、複数の柱状導体15の各々の半径Rは、少なくとも5~76μmの範囲とすることができ、複数の柱状導体15の中心間隔dは、少なくとも60~300μmで且つ半径Rの2倍よりも大きい範囲とすることができる。なお、中心間隔dが半径Rの2倍よりも大きいとは、互いに隣り合う2つの柱状導体15が互いに離れていることを意味する。しかし、複数の柱状導体15の各々の半径Rは、5~76μmの範囲以外の場合にも適用可能であり、複数の柱状導体15の中心間隔dは、60~300μmの範囲以外の場合にも適用可能である。
【0101】
また、解析例2-1乃至解析例2-23のすり板における最高温度は、複数の柱状導体15(図7参照)の半径R及び中心間隔d(図8参照)には依存せず、柱状導体15の体積分率(銅の体積分率)のみに依存する。そのため、複数の柱状導体15の各々の半径が互いに等しい場合における平均半径及び平均中心間隔を、複数の柱状導体15の各々の半径が互いに等しくなく例えば正規分布を有する場合における平均半径及び平均中心間隔に置き換えても同様の傾向が得られることが明らかになった。
【0102】
このように、本発明者らは、一軸異方性を有する銅とカーボンとの複合材料についての構造モデルを用い、円柱の半径及び間隔を変更しながらすり板の最高温度の解析を行うことにより、すり板の最高温度については、主として銅の体積分率に依存するものの、円柱の半径及び間隔にはあまり依存しないことを見出した。また、本発明者らは、すり板の最高温度の解析を行うことにより、従来の材料よりもすり板の最高温度を著しく低減できる銅の体積分率の範囲であって、且つ、軽量化及び耐摩耗性等の観点で有利な銅の体積分率の範囲を見出した。
【0103】
以上、本発明者によってなされた発明をその実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
【0104】
本発明の思想の範疇において、当業者であれば、各種の変更例及び修正例に想到し得るものであり、それら変更例及び修正例についても本発明の範囲に属するものと了解される。
【0105】
例えば、前述の各実施の形態に対して、当業者が適宜、構成要素の追加、削除若しくは設計変更を行ったもの、又は、工程の追加、省略若しくは条件変更を行ったものも、本発明の要旨を備えている限り、本発明の範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明は、トロリ線から集電する集電装置に備えられ、且つ、トロリ線と摺動するすり板に適用して有効である。
【符号の説明】
【0107】
1 すり板
2 トロリ線
3 車両
4 集電装置
5 集電舟
6 パンタグラフ
6a 下側アーム
6b ヒンジ
6c 上側アーム
7 カバー
8 シャント
13 基体
13a 第1面
13b 第2面
14 貫通孔
15 柱状導体
22、112 モデル
23、113 基材
25、115 柱状導体

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9