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特開2024-4273黒色ステンレス鋼材及びその製造方法、黒色化熱処理用ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに加工品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024004273
(43)【公開日】2024-01-16
(54)【発明の名称】黒色ステンレス鋼材及びその製造方法、黒色化熱処理用ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに加工品
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/14 20060101AFI20240109BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240109BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240109BHJP
   C23C 8/18 20060101ALI20240109BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240109BHJP
【FI】
C23C8/14
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C23C8/18
C21D9/46 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022103862
(22)【出願日】2022-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】若村 麻衣
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FB00
4K037FF00
4K037FF03
4K037FG00
(57)【要約】
【課題】加工性に優れ、加工時に素地が露出し難く、加工時に素地が部分的に露出しても耐食性が良好な黒色ステンレス鋼材を提供する。
【解決手段】素地の表面に酸化皮膜を有する黒色ステンレス鋼材である。素地は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Nb:0.05~0.50%を含み、残部がFe及び不純物である組成を有し、且つ平均結晶粒径が80μm以下である。酸化皮膜は、キャリア密度が2.00×1020個/cm3以下、L***表色系における明度指数L*が50.0以下、クロマネチックス指数a*及びb*が±5.00以内である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
素地の表面に酸化皮膜を有する黒色ステンレス鋼材であって、
前記素地は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Nb:0.05~0.50%を含み、残部がFe及び不純物である組成を有し、且つ平均結晶粒径が80μm以下であり、
前記酸化皮膜は、キャリア密度が2.00×1020個/cm3以下、L***表色系における明度指数L*が50.0以下、クロマネチックス指数a*及びb*が±5.00以内である黒色ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記素地は、質量基準で、Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下、B:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項1に記載の黒色ステンレス鋼材。
【請求項3】
前記酸化皮膜は、以下の特徴:
(a)Cr23内層の厚みが50nm以上である
(b)全体厚みが300~1000nmである
から選択される1つ以上を有する、請求項1又は2に記載の黒色ステンレス鋼材。
【請求項4】
質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Nb:0.05~0.50%を含み、残部がFe及び不純物である組成を有し、
Nb系析出物の分布数が10個/mm2以上である黒色化熱処理用ステンレス鋼材。
【請求項5】
質量基準で、Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下、B:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項4に記載の黒色化熱処理用ステンレス鋼材。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の黒色化熱処理用ステンレス鋼材を、O2濃度が1~10体積%、水蒸気濃度が5~20体積%であり、且つ以下の式(1):
2×O2濃度+水蒸気濃度 ・・・(1)
で表される値が15~30である雰囲気下、500~900℃の温度範囲を15℃/秒以上の昇温速度及び900~1000℃の温度範囲を10℃/秒以下の昇温速度で昇温し、900~1100℃の温度で30~120秒の黒色化熱処理を行う黒色ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項7】
質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Nb:0.05~0.50%を含み、残部がFe及び不純物である組成を有するスラブを熱間圧延して焼鈍及び酸洗した後、冷間圧延を行う黒色化熱処理用ステンレス鋼材の製造方法であって、
前記焼鈍後に、1100~900℃の温度範囲を30℃/秒以下の速度で冷却する、黒色化熱処理用ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項8】
前記スラブは、質量基準で、Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下、B:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項7に記載の黒色化熱処理用ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の黒色ステンレス鋼材の加工品であって、
加工部における素地露出面積率が15%以下である加工品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒色ステンレス鋼材及びその製造方法、黒色化熱処理用ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに加工品に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼材は、耐食性に優れた素材であり、光沢のある銀白色の地肌を活かし、内装建材、外装建材、排気系部品などの各種部品に用いられている。また、ステンレス鋼材の意匠性を高める目的で、化学発色法、塗装法、酸化処理法などの方法を用いて、黒色を代表とする色調が付与されることも多い。例えば、特許文献1には、酸化処理法によってステンレス鋼材の表面に黒色皮膜(酸化皮膜)が形成された黒色ステンレス鋼材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2019-178392号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
黒色ステンレス鋼材を用いて各種製品を製造する場合、曲げ加工、溶接、研磨などの各種加工が行われる。特許文献1などに記載された従来の黒色ステンレス鋼材は、加工性が十分とはいえないため、加工条件(例えば、曲げ半径が大きい曲げ加工など)によっては、ステンレス鋼材の表面に形成された酸化皮膜が割れ又は剥離して素地が部分的に露出することがある。黒色ステンレス鋼材の素地が露出した部分は、酸化皮膜が表面に存在しないため、耐食性が低下し、腐食の原因となる。
【0005】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、加工性に優れ、加工時に素地が露出し難く、加工時に素地が部分的に露出しても耐食性が良好な黒色ステンレス鋼材及びその製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、黒色化熱処理によって上記のような特性を有する黒色ステンレス鋼材を製造することが可能な黒色化熱処理用ステンレス鋼材及びその製造方法を提供することを目的とする。
さらに、本発明は、耐食性が良好な加工品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、黒色ステンレス鋼材について鋭意研究を行った結果、所定の組成及び平均結晶粒径を有する素地の表面に所定の特性を有する酸化皮膜を形成することにより、上記の問題を解決し得ることを見出した。また、本発明者らは、この黒色ステンレス鋼材が、所定の組成及び特性を有する黒色化熱処理用ステンレス鋼材を所定の条件で黒色化熱処理することによって製造され得ることを見出した。本発明は、これらの背景に基づいて完成されるに至ったものである。
【0007】
すなわち、本発明は、素地の表面に酸化皮膜を有する黒色ステンレス鋼材であって、
前記素地は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Nb:0.05~0.50%を含み、残部がFe及び不純物である組成を有し、且つ平均結晶粒径が80μm以下であり、
前記酸化皮膜は、キャリア密度が2.00×1020個/cm3以下、L***表色系における明度指数L*が50.0以下、クロマネチックス指数a*及びb*が±5.00以内である黒色ステンレス鋼材である。
【0008】
また、本発明は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Nb:0.05~0.50%を含み、残部がFe及び不純物である組成を有し、
Nb系析出物の分布数が10個/mm2以上である黒色化熱処理用ステンレス鋼材である。
【0009】
また、本発明は、前記黒色化熱処理用ステンレス鋼材を、O2濃度が1~10体積%、水蒸気濃度が5~20体積%であり、且つ以下の式(1):
2×O2濃度+水蒸気濃度 ・・・(1)
で表される値が15~30である雰囲気下、500~900℃の温度範囲を15℃/秒以上の昇温速度及び900~1000℃の温度範囲を10℃/秒以下の昇温速度で昇温し、900~1100℃の温度で30~120秒の黒色化熱処理を行う黒色ステンレス鋼材の製造方法である。
【0010】
また、本発明は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Nb:0.05~0.50%を含み、残部がFe及び不純物である組成を有するスラブを熱間圧延して焼鈍及び酸洗した後、冷間圧延を行う黒色化熱処理用ステンレス鋼材の製造方法であって、
前記焼鈍後に、1100~900℃の温度範囲を30℃/秒以下の速度で冷却する、黒色化熱処理用ステンレス鋼材の製造方法である。
【0011】
さらに、本発明は、前記黒色ステンレス鋼材の加工品であって、
加工部における素地露出面積率が15%以下である加工品である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、加工性に優れ、加工時に素地が露出し難く、加工時に素地が部分的に露出しても耐食性が良好な黒色ステンレス鋼材及びその製造方法を提供することができる。
また、本発明によれば、黒色化熱処理によって上記のような特性を有する黒色ステンレス鋼材を製造することが可能な黒色化熱処理用ステンレス鋼材及びその製造方法を提供することができる。
さらに、本発明によれば、耐食性が良好な加工品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、上記の観点に基づいて完成された本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0014】
<黒色ステンレス鋼材>
本発明の実施形態に係る黒色ステンレス鋼材は、素地と、素地の表面に形成された酸化皮膜(黒色皮膜)とを有する。
ここで、本明細書において「ステンレス鋼材」とは、ステンレス鋼から形成された材料のことを意味し、その材形は特に限定されない。材形の例としては、板状(帯状を含む)、棒状、管状などが挙げられる。また、断面形状がT形、I形などの各種形鋼であってもよい。
【0015】
素地は、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Nb:0.05~0.50%を含み、残部がFe及び不純物である組成を有する。
ここで、本明細書において「不純物」とは、ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、不純物には、不可避的不純物も含まれる。不純物としては、例えばOが挙げられる。また、各元素の含有量に関して、「xx%以下」を含むとは、xx%以下であるが、0%超(特に、不純物レベル超)の量を含むことを意味する。
【0016】
また、素地は、Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下、B:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含むことができる。
上記の各元素の含有量の限定理由を説明する。
【0017】
(C:0.100%以下)
Cは、黒色ステンレス鋼材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)や加工性などの特性に影響を与える元素である。ただし、Cの含有量が多すぎると、黒色ステンレス鋼材の加工性及び耐粒界腐食性が低下してしまう。そのため、Cの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.060%である。一方、Cの含有量の下限値は、特に限定されないが、Cの含有量を過剰に少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Cの含有量の下限値は、好ましくは0.0003%、好ましくは0.0005%である。
【0018】
(Si:1.00%以下)
Siは、黒色ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させる元素である。ただし、Siの含有量が多すぎると、加工性及び溶接部靭性が低下する。そのため、Siの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Siの含有量の下限値は、特に限定されないが、Siによる効果を得る観点から、好ましくは0.005%、より好ましくは0.01%、更に好ましくは0.015%である。
【0019】
(Mn:0.05~1.00%)
Mnは、酸化皮膜(黒色皮膜)の色調を担保するのに有効な元素である。特に、MnはCrとの複合酸化物を形成することで、黒色の色調を与える。ただし、Mnの含有量が多すぎると、腐食起点となるMnSを生成し易くなるとともに、フェライト相を不安定化させる。そのため、Mnの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.95%、より好ましくは0.90%である。一方、Mnの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られないことがある。そのため、Mnの含有量の下限値は0.05%、好ましくは0.055%、より好ましくは0.06%である。
【0020】
(P:0.100%以下)
Pは、黒色ステンレス鋼材の溶接性や加工性などの特性に影響を与える元素である。Pの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Pの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.060%である。一方、Pの含有量の下限値は、特に限定されないが、Pの含有量を過剰に少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Pの含有量の下限値は、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%である。
【0021】
(S:0.100%以下)
Sは、腐食起点となるMnSを生成し、黒色ステンレス鋼材の溶接部靭性などの特性に影響を与える元素である。Sの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Sの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.060%である。一方、Sの含有量の下限値は、特に限定されないが、Sの含有量を過剰に少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Sの含有量の下限値は、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0002%である。
【0022】
(Cr:16.00~25.00%)
Crは、黒色ステンレス鋼材の耐食性及び耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。また、Crは、酸化皮膜(黒色皮膜)の色調を担保するのに有効な元素でもある。ただし、Crの含有量が多すぎると、黒色ステンレス鋼材の靭性が低下するとともに、酸化皮膜の成長を阻害し、黒色の色調を有する酸化皮膜を形成できない。そのため、Crの含有量の上限値は、25.00%、好ましくは24.50%、より好ましくは24.00%である。一方、Crの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られない。そのため、Crの含有量の下限値は、16.00%、好ましくは16.25%、より好ましくは16.50%である。
【0023】
(Ni:1.00%以下)
Niは、黒色ステンレス鋼材の耐食性及び溶接部靭性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Niの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Niの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Niの含有量の下限値は、特に限定されないが、上記の効果を得る観点から、好ましくは0.005%、より好ましくは0.01%である。
【0024】
(Cu:1.00%以下)
Cuは、黒色ステンレス鋼材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Cuの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Cuの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Cuの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.005%、より好ましくは0.01%である。
【0025】
(Mo:2.00%以下)
Moは、黒色ステンレス鋼材の耐食性及び耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Moの含有量が多すぎると、黒色ステンレス鋼材の加工性の低下及び製造コストの上昇を招く。そのため、Moの含有量の上限値は、2.00%、好ましくは1.95%、より好ましくは1.90%である。一方、Moの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、好ましくは0.005%である。
【0026】
(N:0.100%以下)
Nは、耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)や加工性などの特性に影響を与える元素である。ただし、Nの含有量が多すぎると、黒色ステンレス鋼材の耐粒界腐食性や加工性が低下する。また、Nの含有量が多くなると、TiNが析出し易くなって鋼中の固溶Ti量が減少し、黒色化熱処理後に黒色皮膜の形成が阻害される。また、形成された窒化物は、腐食の起点になり易く、耐食性を低下させる。そのため、Nの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.095%、より好ましくは0.090%である。一方、Nの含有量の下限値は、特に限定されないが、Nの含有量を過剰に少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Nの含有量の下限値は、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%である。
【0027】
(Ti:0.08~0.50%)
Tiは、耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)に影響を与える元素である。また、Tiは、酸化皮膜(黒色皮膜)の色調を担保するのに有効な元素でもある。特に、TiはCrとの複合酸化物を形成することで、黒色の色調を与えるとともに、表面にTi酸化物(TiO2)を形成することで酸化皮膜の割れや剥離を抑制することもできる。ただし、Tiの含有量が多すぎると、黒色ステンレス鋼材の加工性及び表面品質が低下する。そのため、Tiの含有量の上限値は、0.50%、好ましくは0.45%、より好ましくは0.40%である。また、Tiの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られない。そのため、Tiの含有量の下限値は、0.08%、好ましくは0.085%、より好ましくは0.09%である。
【0028】
(Nb:0.05~0.50%)
Nbは、耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)などの特性に影響を与える元素である。また、Nbは、Nb系析出物(例えば、Nbの炭窒化物)を形成し、そのピン止め効果によって結晶粒の粗大化を抑制(すなわち結晶粒を微細化)するのに有効な元素でもある。ただし、Nbの含有量が多すぎると、黒色ステンレス鋼材の加工性及び表面品質が低下する。そのため、Nbの含有量の上限値は、0.50%、好ましくは0.45%、より好ましくは0.40%である。また、Nbの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られない。そのため、Nbの含有量の下限値は、0.05%、好ましくは0.10%、より好ましくは0.15%である。
【0029】
(Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下)
Al、Zr、Co、V及びWは、黒色ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Al、Zr、Co、V及びWの含有量が多すぎると、黒色ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに、製造コストの上昇につながる。そのため、Al、Zr、Co、V及びWの含有量の上限値はいずれも、1.00%、好ましくは0.95%、より好ましくは0.90%である。一方、Al、Zr、Co、V及びWの含有量の下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0005%である。
【0030】
(REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下)
REM及びCaは、黒色ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。ただし、REM及びCaの含有量が多すぎると、黒色ステンレス鋼材の製造コストの上昇につながる。そのため、REM及びCaの含有量の上限値はいずれも、0.100%、好ましくは0.090%、より好ましくは0.080%である。一方、REM及びCaの下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0003%である。
なお、REMは、Sc、Y及びランタノイドの合計17元素の総称であり、希土類金属を意味する。具体的には、La、Ce、Ndなどが挙げられ、これらのうち1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて含有させることができる。含有される希土類元素が2種以上である場合、上記REM含有量は、これら希土類元素の総含有量を意味する。
【0031】
(Sn:0.100%以下)
Snは、黒色ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Snの含有量が多すぎると、Snが偏析し、製造性が低下する。そのため、Snの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.090%、より好ましくは0.080%である。一方、Snの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.002%である。
【0032】
(B:0.0100%以下)
Bは、黒色ステンレス鋼材の二次加工性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Bの含有量が多すぎると、黒色ステンレス鋼材の疲労強度が低下する。そのため、Bの含有量の上限値は、0.0100%、好ましくは0.0090%、より好ましくは0.0080%である。一方、Bの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0003%である。
【0033】
素地は、平均結晶粒径が80μm以下である。その限定理由を説明する。
黒色ステンレス鋼材の加工時における酸化皮膜の割れや剥離の原因は、黒色ステンレス鋼材の加工部に生じる結晶粒に沿った凹凸である。そのため、素地の平均結晶粒径を小さくすることにより、加工時に酸化皮膜の割れや剥離を抑制し、素地を露出し難くすることができる。このような効果を得る観点から、素地の平均結晶粒径を80μm以下とする。素地の平均結晶粒径は、上記の効果を安定して得る観点から、75μm以下であることが好ましく、70μm以下であることがより好ましい。一方、素地の平均結晶粒径の下限値は、特に限定されないが、例えば1μm、好ましくは5μm、より好ましくは10μmである。
【0034】
ここで、本明細書において、素地の平均結晶粒径は、JIS G0551:2013に準じ、素地の金属組織を光学顕微鏡で観察することによって求めることができる。光学顕微鏡による観察は、JIS G0551:2013に準じ、光学顕微鏡画像上の任意の位置に直線を引き、直線と結晶粒界との交点の数を計測し、平均切片長さを結晶粒径とする。結晶粒径の測定は、複数の視野にて20本以上の直線を引いて計測することにより行い、それらの平均値を平均結晶粒径とする。
【0035】
なお、素地の金属組織はフェライト系である。ここで、本明細書において「フェライト系」とは、常温で金属組織が主にフェライト相であるものを意味する。
【0036】
酸化皮膜は、キャリア密度が2.00×1020個/cm3以下、L***表色系における明度指数L*が50.0以下、クロマネチックス指数a*及びb*が±5.00以内である。また、酸化皮膜は、Cr23内層の厚みが50nm以上であること、及び/又は全体厚みが300~1000nmであることが好ましい。これらの限定理由を説明する。
【0037】
(キャリア密度:2.00×1020個/cm3以下)
金属の腐食は、金属溶解(アノード反応)と金属溶解部周辺の酸素還元(カソード反応)とが対で起こることによって進行する。これはアノード反応で発生した電子をカソード反応で消費することで電気的な中性が保たれるためである。したがって、黒色ステンレス鋼材におけるカソード反応を抑制することができれば、アノード反応(金属溶解)も抑制することができる。
カソード反応は、水が存在する環境において、アノード反応で生じた電子が金属内を移動し、表面で水中の溶存酸素と反応することで起こる。そのため、カソード反応は、電子が移動し難い絶縁性物質で金属の表面を被覆することによって抑制することができる。ただし、Cr23を主体とする酸化皮膜は、構造欠陥(例えば、酸素空孔や、Crと価数の異なる金属)が電子の移動を担うキャリアとなるため、絶縁性が十分とはいえず、カソード反応を十分に抑制することができない。したがって、黒色ステンレス鋼材におけるカソード反応を十分に抑制するためには、酸化皮膜のキャリア密度を制御することが重要となる。
【0038】
酸化皮膜のキャリア密度の上限値は、上記の理由から、2.00×1020個/cm3、好ましくは1.00×1020個/cm3である。また、酸化皮膜のキャリア密度の上限値を上記のように設定することで、加工時に素地が部分的に露出しても腐食が起こり難くなる。一方、酸化皮膜のキャリア密度の下限値は、小さいほどカソード反応を抑制する効果が高くなるため特に限定されないが、一般的に1.00×1014個/cm3、好ましくは1.00×1015個/cm3である。
ここで、本明細書において、酸化皮膜のキャリア密度は、電気化学インピーダンス測定によって測定することができる。
【0039】
(明度指数L*:50.0以下、クロマネチックス指数a*及びb*:±5.00以内)
酸化皮膜は、L***表色系における明度指数L*が50.0以下、クロマネチックス指数a*及びb*が±5.00以内である。明度指数L*、クロマネチックス指数a*及びb*が上記範囲内であれば、所望の黒色色調が得られているということができる。
ここで、本明細書において「明度指数L*」及び「クロマネチックス指数a*及びb*」は、JIS Z8722:2009に準拠して測定することができる。
【0040】
(Cr23内層の厚み:50nm以上)
酸化皮膜は、厚みが50nm以上のCr23内層を有する。
Cr23内層は、酸化皮膜の素地側に形成される層であり、酸化皮膜のバリア性(素地の保護能)を担保する機能を有する。この機能を確保する観点から、Cr23内層の厚みの下限値は、50nm、好ましくは60nm、更に好ましくは70nmである。一方、Cr23内層の厚みの上限値は、特に限定されないが、好ましくは900nm、より好ましくは800nmである。
【0041】
(全体厚み:300~1000nm)
酸化皮膜の全体厚みは、色調に影響を与える。所望の黒色の色調を付与する観点から、全体厚みの下限値は、300nm、好ましくは310nm、より好ましくは320nmである。一方、全体厚みが大きくなると、黒色ステンレス鋼材の加工時に酸化皮膜の割れや剥離が生じ易くなる。そのため、全体厚みの上限値は、1000nm、好ましくは950nm、より好ましくは900nmである。
【0042】
ここで、本明細書において、酸化皮膜の全体厚みは、グロー放電発光分光法(GD-OES)を用いて得られた深さ方向の成分濃度プロファイルにおいて表面からO(酸素)が最大値の1/4となるポイントまでの深さとする。また、Cr23内層の厚みは、酸化皮膜中で、Cr濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Mn濃度+Ti濃度)×100が70%以上の範囲となる部分とした。各元素の濃度は、グロー放電発光分光法(GD-OES)によって求めることができる。
【0043】
酸化皮膜は、Mn及びCrの複合酸化物(Mn-Crスピネル酸化物)を表層に有することが好ましい。このようなMn及びCrの複合酸化物を表層に設けることにより、酸化皮膜のキャリア密度を上記の範囲に制御し易くなる。
【0044】
本発明の実施形態に係る黒色ステンレス鋼材は、上記のような特徴を有する素地及び酸化皮膜を有するため、加工性に優れ、加工時に素地が露出し難く、加工時に素地が部分的に露出しても耐食性が良好である。したがって、本発明の実施形態に係る黒色ステンレス鋼材は、様々な加工品の製造に用いるのに好適である。
【0045】
<黒色化熱処理用ステンレス鋼材>
本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材は、上記の黒色ステンレス鋼材を製造するための原材料として用いられる。すなわち、本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材は、黒色化熱処理することにより、上記の黒色ステンレス鋼材を製造することができる。
【0046】
本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材は、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Nb:0.05~0.50%を含み、残部がFe及び不純物である組成を有する。
また、本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材は、Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下、B:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含むことができる。
なお、本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材の組成は、上記の黒色ステンレス鋼材の組成と基本的に同じであるため、その説明は省略する。
【0047】
本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材は、Nb系析出物の分布数が10個/mm2以上である。この限定理由を説明する。
黒色化熱処理は、高温で長時間行われることが多いため、結晶粒が粗大化し易く、加工性が低下するとともに加工部の酸化皮膜の割れや剥離が生じ易い。そのため、黒色化熱処理が行われる材料には、黒色化熱処理が行われても微細な結晶粒が維持されていることが要求される。
そこで、本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材は、微細な結晶粒を維持する観点から、ピン止め効果によって結晶粒の粗大化を抑制するNb系析出物を分布させている。
黒色化熱処理用ステンレス鋼材の加工性を向上させるとともに、加工部の酸化皮膜の割れや剥離を抑制するためには、Nb系析出物の分布数が10個/mm2以上であることが必要である。この効果を安定して得る観点からは、Nb系析出物の分布数は、20個/mm2以上であることが好ましく、30個/mm2以上であることがより好ましい。一方、Nb系析出物の分布数の上限値は、特に限定されないが、好ましくは300個/mm2、より好ましくは250個/mm2である。
【0048】
ここで、Nb系析出物の分布数は、FE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)装置を用いて析出物を検出し、その部分をさらに、EDX(エネルギー分散型X線分析)装置で点分析することにより求めることができる。このときEDXの半定量分析においてNb≧1%の析出物をNb系析出物とした。
【0049】
なお、Nb系析出物の大きさは、特に限定されないが、一般的に0.5~5.0μmの直径を有する。ここで、Nb系析出物の直径とは、Nb系析出物の「(最大長さ+最小長さ)/2」のことを意味する。
【0050】
本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材は、冷延材、又は冷延後に研磨仕上した冷延材であることが好ましい。
【0051】
本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材は、Nb系析出物の分布数を制御することにより結晶粒を微細化しているため、黒色化熱処理を行っても微細な結晶粒が維持される。そのため、加工性に優れ、加工時に素地が露出し難く、加工時に素地が部分的に露出しても耐食性が良好な黒色ステンレス鋼材を製造することができる。
【0052】
<黒色ステンレス鋼材の製造方法>
本発明の実施形態に係る黒色ステンレス鋼材の製造方法は、上記の特徴を有する黒色ステンレス鋼材を製造可能な方法であれば特に限定されない。例えば、本発明の実施形態に係る黒色ステンレス鋼材の製造方法は、上記の黒色化熱処理用ステンレス鋼材を、O2濃度が1~10体積%、水蒸気濃度が5~20体積%であり、且つ以下の式(1)で表される値が15~30である雰囲気下、500~900℃の温度範囲を15℃/秒以上の昇温速度及び900~1000℃の温度範囲を10℃/秒以下の昇温速度で昇温し、900~1100℃の温度で30~120秒の黒色化熱処理を行うことによって実施される。
2×O2濃度+水蒸気濃度 ・・・(1)
【0053】
黒色化熱処理時の雰囲気が上記の条件でないと、酸化皮膜のキャリア密度を上記の範囲に制御することができない。
例えば、O2濃度が10体積%を超えると、酸化皮膜中のMn及びFeの酸化物の量が増大し、キャリア密度が高くなる。一方、O2濃度が1体積%未満であると、所定の厚みの酸化皮膜が形成し難くなる。O2濃度は、酸化皮膜のキャリア密度を上記の範囲に安定して制御する観点から、好ましくは1.5~9.5体積%、より好ましくは2~9体積%である。
水蒸気濃度が5~20体積%の範囲外であると、酸化皮膜中の格子欠陥が増大し、キャリア密度が高くなる。水蒸気濃度は、酸化皮膜のキャリア密度を上記の範囲に安定して制御する観点から、好ましくは6~19体積%、より好ましくは7~18体積%である。
式(1)で表される値が15~30の範囲外であると、酸化皮膜中の格子欠陥が増大し、キャリア密度が高くなる。式(1)で表される値は、酸化皮膜のキャリア密度を上記の範囲に安定して制御する観点から、好ましくは15.5~29、より好ましくは16~28である。
【0054】
黒色化熱処理の温度(900~1100℃)までの昇温速度は、素地の平均結晶粒径と関係する。
具体的には、500~900℃の温度範囲の昇温速度が遅すぎると、黒色化熱処理用ステンレス鋼材に付与された歪が除去されてしまい、素地の結晶粒が粗大化してしまう。そのため、500~900℃の温度範囲の昇温速度を15℃/秒以上、好ましくは16℃/秒以上、より好ましくは18℃/秒以上とする。なお、500~900℃の温度範囲の昇温速度の上限値は、特に限定されないが、例えば100℃/秒、典型的に50℃/秒である。
また、900~1000℃の温度範囲の昇温速度が速すぎると、再結晶が促進されず、素地の結晶粒が粗大化してしまう。そのため、900~1000℃の温度範囲の昇温速度を10℃/秒以下、好ましくは9℃/秒以下とする。なお、900~1000℃の温度範囲の昇温速度の下限値は、特に限定されないが、例えば1℃/秒、典型的に3℃/秒である。
【0055】
黒色化熱処理の温度が900℃未満及び時間が30秒未満であると、酸化皮膜が十分に成長せず、所望の厚みの酸化皮膜を形成することができない。また、黒色化熱処理の温度が1100℃超過及び120秒超過であると、酸化皮膜の厚みが大きくなりすぎたり、結晶粒が粗大化したりしてしまう。
黒色化熱処理の温度は、所望の厚みの酸化皮膜を安定して形成する観点から、好ましくは910~1100℃、より好ましくは930~1100℃である。
また、黒色化熱処理の時間は、所望の厚みの酸化皮膜を安定して形成する観点から、好ましくは40~120秒、より好ましくは50~120秒である。
【0056】
<黒色化熱処理用ステンレス鋼材の製造方法>
本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材の製造方法は、上記の特徴を有する黒色化熱処理用ステンレス鋼材を製造可能な方法であれば特に限定されない。例えば、本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材の製造方法は、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:2.00%以下、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Nb:0.05~0.50%を含み、残部がFe及び不純物である組成を有するスラブを熱間圧延して焼鈍及び酸洗した後、冷間圧延を行うことによって実施される。また、冷間圧延後には必要に応じて研磨を行ってもよい。なお、所定の歪量を維持するために、冷間圧延又は研磨後に焼鈍は行うべきではない。
【0057】
スラブは、Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下、B:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含むことができる。
なお、本発明の実施形態に係る黒色化熱処理用ステンレス鋼材の製造方法に用いられるスラブの組成は、上記の黒色ステンレス鋼材などの組成と基本的に同じであるため、その説明は省略する。
【0058】
上記の製造方法において、焼鈍後に、1100~900℃の温度範囲を30℃/秒以下の速度で冷却する。このような条件で冷却を行うことにより、Nb系析出物(特に、Nb炭化物)の析出時間を確保できるため、Nb系析出物の分布数を10個/mm2以上に制御することが可能となる。このような効果を安定して得る観点から、冷却速度は、好ましくは28℃/秒以下、より好ましくは25℃/秒以下である。なお、冷却速度の下限値は、特に限定されないが、例えば1℃/秒、典型的に5℃/秒である。
【0059】
なお、熱間圧延、冷却圧延などの条件については、特に限定されず、スラブの組成などに応じて適宜調整すればよい。
【0060】
<加工品>
本発明の実施形態に係る加工品は、上記のステンレス鋼材の加工品である。
ここで、本明細書において、ステンレス鋼材の加工品とは、ステンレス鋼材を公知の各種方法によって加工された製品を意味する。加工方法としては、特に限定されないが、例えば、プレス、研磨、ロールフォーミングなどが挙げられる。
【0061】
本発明の実施形態に係る加工品は、加工部における素地露出面積率が15%以下である。この範囲に素地露出面積率を制御することにより、加工部に素地露出部があったとしても当該素地露出部の腐食を抑制することができる。
ここで、本明細書において、素地露出面積率とは、各種加工を行った際に、加工部において素地が露出した部分の面積の割合のことを意味する。また、加工部の大きさは、φ5mm以内であることが好ましい。
【0062】
本発明の実施形態に係る加工品は、加工性に優れ、加工時に素地が露出し難く、加工時に素地が部分的に露出しても耐食性が良好な黒色ステンレス鋼材を素材として用いているため、耐食性が良好であり、耐食性が要求される各種製品に用いることができる。加工品の例としては、特に限定されないが、例えば、マフラーなどの排気系部品、取り付け治具と接合される外装建材パネルなどが挙げられる。
【実施例0063】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0064】
表1に示す組成(残部はFe及び不純物である)を有するステンレス鋼を溶製して得られたスラブを熱間圧延して厚みが3mmの熱延板とした後、1100℃で焼鈍し、表2に示す冷却速度で冷却した。冷却速度は、炉温度の調整や空冷などによって制御した。次に、得られた熱延焼鈍板を酸洗し、厚みが1mmとなるまで冷間圧延して冷延板(黒色化熱処理用ステンレス鋼材)を得た。
【0065】
上記で得られた冷延板の圧延面を鏡面処理した後、FE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡:株式会社日立ハイテク製SU-5000)装置を用いて析出物を検出し、その部分をさらに、EDX(エネルギー分散型X線分析)装置で点分析することにより、析出物の組成及び分布数を測定した。このときEDXの半定量分析においてNb≧1%の析出物をNb系析出物とした。これらの測定は、装置の自動分析機能を用いて行った。また、これらの測定において、測定面積を5mm2(2.0mm×2.5mm)、観察倍率を200倍(1視野範囲が0.48mm×0.64mm)とし、観察視野を5%オーバーラップさせつつ18視野を測定して上記の測定面積とした。この測定で検出対象の最小粒子径は0.47μmであり、EDXの分析ビーム径は0.05μmである。その結果を表2に示す。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
次に、上記で得られた冷延板(黒色化熱処理用ステンレス鋼材)を表3に示す雰囲気下、表3に示す昇温速度で昇温し、1100℃の温度で120秒の黒色化熱処理を行うことによって黒色ステンレス鋼板(黒色ステンレス鋼材)を得た。黒色化熱処理では、雰囲気炉内でO2ガス、N2ガス及び水蒸気の導入比を調整することで所定のO2濃度及び水蒸気濃度に制御した。得られた黒色ステンレス鋼板から300mm(圧延方向)×100mm(幅方向)の試験片を切り出した。
【0069】
【表3】
【0070】
上記で得られた試験片について以下の評価を行った。
【0071】
(素地の平均結晶粒径)
試験片から10mm角の試験片を切削によって切り出した後、圧延方向断面が観察面となるように樹脂埋めを施した。次に、樹脂埋めを行った試験片を湿式研磨によって鏡面処理した後、フッ硝酸でエッチングして現出させた金属組織を光学顕微鏡で観察した。光学顕微鏡による観察は、JIS G0551:2013に準じ、光学顕微鏡画像上の任意の位置に直線を引き、直線と結晶粒界との交点の数を計測し、平均切片長さを結晶粒径とした。結晶粒径の測定は、複数の視野にて20本以上の直線を引いて計測することにより行い、それらの平均値を平均結晶粒径とした。
【0072】
(酸化皮膜の全体厚み及びCr23内層の厚み)
試験片から50mm角の測定用試験片を切り出し、表面をアセトンで脱脂させた。次に、JIS K0144:2018に準拠するグロー放電発光分光法(GD-OES)を用いて前処理皮膜の分析を行った。
GD-OESでは、得られた深さ方向の成分濃度プロファイルにおいて表面からO(酸素)が最大値の1/4となるポイントまでの深さを酸化皮膜の厚みとした。また、酸化皮膜中で、Cr濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Mn濃度+Ti濃度)×100が70%以上の範囲となる部分をCr23内層の厚みとした。各元素の濃度は、GD-OESによって得られた深さ方向の成分濃度プロファイルから算出した。
【0073】
(酸化皮膜のキャリア密度)
試験片から20mm×15mmの測定用試験片を切り出し、一端に導線をスポット溶接して接続し、試験面10mm×10mm以外の部分をシリコーン樹脂(信越化学工業株式会社製の一液縮合型RTVゴムKE44)で被覆した。次に、試験液として0.1モル/LのNa2SO4水溶液を使用し、Ar脱気雰囲気下、30℃で電気化学インピーダンス測定を行った。電気化学インピーダンス測定は、北斗電工株式会社製の電気化学測定システムHZ-7000を用い、所定の電位で正弦波を印加することでインピーダンス変化を測定し、酸化皮膜の静電容量Cを測定した。測定電位は-0.2~0.5V vs.SSE(SSEは、飽和KCl銀塩化銀電極型照合電極を示す)、正弦波1Hz~100kHz、振幅10mVとした。得られたCを元にMott-Schottkyプロットと呼ばれる1/C2-V曲線のグラフにおいて、0~-0.4Vにおけるグラフの傾きAを最小二乗法で導出した。傾きAとキャリア密度Nqは下記式の関係で表されるため、この式に基づいて傾きAから酸化皮膜のキャリア密度を導出した。
【0074】
【数1】
【0075】
上記式中、Nqはキャリア密度であり、AはMott-Schottkyプロットの傾きであり、eは電気素量(1.62×10-19C)であり、εは酸化皮膜の比誘電率(12)であり、ε0は真空の誘電率(8.854×10-12F/m)である。
【0076】
(色調)
酸化皮膜の任意の5箇所について、測定径3mmφの分光測色計を用いてJIS Z8722:2009に準拠した色調測定を行い、平均値をJIS Z8781-4:2013に準拠するCIELAB(L***表色系)である明度指数L*、クロマネチックス指数a*、b*で示した。
【0077】
上記の色調の測定条件は、以下の通りとした。
装置:コニカミノルタ 分光測色計 CM-700d
光源:パルスキセノンランプ
受光素子:デュアル36素子シリコンフォトダイオードアレイ
ターゲットマスク:φ3mm
測定:10°視野
補助イルミナント:D65 昼光、色温度6504K
正反射処理モード:SCI
【0078】
(加工性:素地露出面積率)
試験片から100mm(圧延方向)×50mm(幅方向)のサンプルを切り出し、圧延方向の中央部で圧延方向と垂直に突き曲げ加工を行った。突き曲げ加工は、曲げ半径を5mmφ、曲げ速度を10cm/分として行った。次に、曲げ加工部の頂部を中央とした5mm×5mmの範囲の任意の3箇所を、デジタルマイクロスコープを用いて観察し、3箇所における素地露出面積率をそれぞれ求め、それらの平均値を結果とした。この評価において、素地露出面積率が15%以下であれば、加工性が良好であると判断することができる。
【0079】
(耐食性:CCT試験)
加工性の評価で作製したサンプルを用い、複合サイクル(CCT)試験によって耐食性を評価した。70mm×150mmのベークライト板の上に、サンプルの曲げ加工部の頂部が水平面に対して垂直となるように配置した後、5%塩水噴霧(35℃、2時間)、乾燥(60℃、25%RH、4時間)、湿潤(50℃、95%RH、2時間)を1サイクルとして10サイクル行った。その後、サンプルを水洗及び乾燥し、曲げ加工部の表面における発銹面積率を評価した(JIS Z2371:2015に準拠)。この評価において、レイティングナンバ(R.N.)が8.0超過(発銹面積率が0.25%未満に相当)であれば耐食性が良好、R.N.が8.0以下であれば耐食性が劣ると判断することができる。
上記の結果を表4に示す。
【0080】
【表4】
【0081】
表1~4に示されるように、No.1-1~1-5の黒色ステンレス鋼板(本発明例)は、所定の組成を有し、平均結晶粒径が80μm以下である素地と、キャリア密度が2.00×1020個/cm3以下、L***表色系における明度指数L*が50.0以下、クロマネチックス指数a*及びb*が±5.00以内である酸化皮膜とを有しているため、加工性が良好であり(加工時に素地が露出し難く)、露出した素地の耐食性も良好であった。
【0082】
これに対して試験No.2-1の黒色ステンレス鋼板(比較例)は、焼鈍後の冷却速度が速すぎたため、Nb系析出物の分布数が少なくなり、黒色化熱処理時に結晶粒が粗大化してしまった。その結果、加工性が低下し(加工時に素地の露出面積が大きくなり)、露出した素地の耐食性も十分でなかった。
試験No.2-2の黒色ステンレス鋼板(比較例)は、黒色化熱処理時に500~900℃の温度範囲の昇温速度が遅すぎたため、結晶粒が粗大化してしまった。その結果、加工性が低下し(加工時に素地の露出面積が大きくなり)、露出した素地の耐食性も十分でなかった。
試験No.2-3の黒色ステンレス鋼板(比較例)は、黒色化熱処理時に900~1000℃の温度範囲の昇温速度が速すぎたため、結晶粒が粗大化してしまった。その結果、加工性が低下し(加工時に素地の露出面積が大きくなり)、露出した素地の耐食性も十分でなかった。
試験No.2-4の黒色ステンレス鋼板(比較例)は、黒色化熱処理の雰囲気条件が適切でなかったため、酸化皮膜のキャリア密度が高くなりすぎてしまった。その結果、所望の耐食性が得られなかった。
【0083】
試験No.2-5の黒色ステンレス鋼板(比較例)は、素地のNb含有量が少なすぎたため、Nb系析出物が十分に析出せず、結晶粒が粗大化してしまった。その結果、加工性が低下し(加工時に素地の露出面積が大きくなり)、露出した素地の耐食性も十分でなかった。
試験No.2-6の黒色ステンレス鋼板(比較例)は、素地がTiを含んでいないため、所望の黒色色調が得られなかった。
試験No.2-7の黒色ステンレス鋼板(比較例)は、素地のCr含有量が少なすぎたため、キャリア密度が高くなりすぎてしまった。その結果、所望の耐食性が得られなかった。
【0084】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、加工性に優れ、加工時に素地が露出し難く、加工時に素地が部分的に露出しても耐食性が良好な黒色ステンレス鋼材及びその製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、黒色化熱処理によって上記のような特性を有する黒色ステンレス鋼材を製造することが可能な黒色化熱処理用ステンレス鋼材及びその製造方法を提供することができる。さらに、本発明によれば、耐食性が良好な加工品を提供することができる。