(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024042743
(43)【公開日】2024-03-29
(54)【発明の名称】pH及びモル濃度特定方法とその装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/416 20060101AFI20240322BHJP
G01N 27/26 20060101ALI20240322BHJP
【FI】
G01N27/416 341G
G01N27/26 381A
G01N27/416 353F
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022147520
(22)【出願日】2022-09-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許願
(71)【出願人】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(72)【発明者】
【氏名】野田俊彦
(72)【発明者】
【氏名】泉保賢汰
(72)【発明者】
【氏名】木村安行
(72)【発明者】
【氏名】澤田和明
(57)【要約】
【課題】
濃度が希薄な溶液の性質を分析する場合、イオン濃度が低く、電気伝導度も低いために、電気化学計測の際に、対象とする溶液内に起電流が発生し、溶液の状態を擾乱してしまうという課題がある。
【解決手段】
pHセンサアレイによる溶液のpH測定時の溶液電位とイオンセンサ出力電位との関係を表す掃引特性を利用して溶液のモル濃度を特定する。モル濃度はイオンセンサの掃引特性における掃引利得から特定することができる。また、溶液が強電解質であれば、電気伝導度の変化も推定することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
pHセンサアレイを構成するpHセンサ素子iの出力電圧Voi及び参照電極により印加される溶液電位VrmよりpHセンサ素子iが接触する試料溶液のpH及びモル濃度を特定する方法であって、
pHセンサ素子iの出力電圧Voiを次式で規定し、
Voi=Si×pHi+Gi×Vrm+Ci (1)
(ここに、前記pHセンサ素子iに接する試料溶液のpHをpHi、試料溶液の電位をVrmとし、SiとGiを感応係数、Ciは定数とする) pHセンサアレイをpH標準溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧Voi及び参照電極により印加される溶液電位VrmからpHセンサ素子i固有の感応係数Si、Gi及び定数Ciを特定する第1キャリブレーションステップと、
モル濃度が特定された複数のpH標準溶液の希釈溶液を用いて、上記第1キャリブレーションステップと同等の工程を行う第2キャリブレーションステップと、
第2キャリブレーションステップで特定した感応係数Giをモル濃度Cの関数として次式で規定し、
Gi=Voi / Vrm=k3 / (1+k2 / sqrt(C)) (2)
(ここに、k2、k3はモル濃度に依存しない定数である)
Voi、Vrm及びCから定数k3及びk2を特定するモル濃度検量ステップと、
pHセンサアレイを試料溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧Voiを測定する測定ステップと、
測定ステップで測定された出力電位Voi及び溶液電位Vrmからモル濃度検量ステップで特定したVoiとVrmの比からモル濃度を特定するモル濃度特定ステップと、
を含むpH及びモル濃度特定方法。
【請求項2】
pHセンサアレイを構成するpHセンサ素子iの出力電圧Voi及び参照電極により印加される溶液電位VrmよりpHセンサ素子iが接触する試料溶液のpH及びモル濃度を特定するpH及びモル濃度特定装置であって、
pHセンサ素子iの出力電圧Voiを次式で規定し、
Voi=Si×pHi+Gi×Vrm+Ci (1)
(ここに、前記pHセンサ素子iに接する試料溶液のpHをpHi、試料溶液の電位をVrmとし、SiとGiを感応係数、Ciは定数とする)
pHセンサアレイをpH標準溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧Voi及び参照電極により印加される溶液電位Vrmから特定されたpHセンサ素子i固有の感応係数Si、Gi及び定数Ciを保存する第1の保存部と、
モル濃度が特定された複数のpH標準溶液の希釈溶液を用いて、pHセンサアレイをpH標準溶液の希釈溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧Voiから特定されたpHセンサ素子iの感応係数Si、Gi及び定数Ciを保存する第2の保存部と、
第2の保存部に保存された感応係数Giをモル濃度Cの関数として次式で規定し、
Gi=Voi / Vrm=k3 / (1+k2 / sqrt(C)) (2)
第2の保存部に保存された感応係数Gi及びCから係数k3及びk2を特定するモル濃度検量部と、
pHセンサアレイを試料溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧Voi及び参照電極により印加される溶液電位Vrmから特定されたpHセンサ素子iの感応係数Giと第2の保存部に保存された感応係数Giと比較してモル濃度を特定するモル濃度特定部と、
pHセンサ素子iの出力電圧Voiから特定された感応係数Si、Gi及び定数CiからpHを特定するpH特定部と、
を備えるpH及びモル濃度特定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はpHセンサ素子を用いた溶液のモル濃度特定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
CMOS型イオンイメージセンサ(非特許文献1)は溶液のpHもしくは水素イオン濃度の変化を検出する構造であり、pHセンサアレイとして利用される。水素イオン感応膜として五酸化タンタル(Ta2O5)膜や窒化シリコン(Si3N4)膜等が用いられる。生物・生命科学分野では、乳酸、ATP、グルコース等の神経伝達物質・代謝関連物質の検出手段として検出対象物質の酸化還元酵素を有機樹脂膜に添加した酵素添加膜を水素イオン感応膜上にさらに形成する。または、電解質イオンの検出手段として有機樹脂膜にイオノフォアを担持させたイオノフォア担持膜を水素イオン感応膜上にさらに形成する。これらの検出対象はpHセンサアレイを培養液または緩衝液で浸透させて検出するが、溶液のモル濃度は10mM~50mM(10m mol/L~50m mol/L)程度が標準であり、精度よくpH等を計測できる。
【0003】
農業分野においても、水耕栽培等の養液に浸透させてpH、各種イオン濃度や電気伝導度を評価する。しかしながら、これら養液の塩濃度は低く希薄であり、モル濃度では1mM程度が一般的である。この場合、信頼度のある測定結果を得るためには、溶液のモル濃度を把握しておく必要がある。本発明では、以上の事情を鑑み、希薄溶液のモル濃度及びpHを精度よく計測する方法及びその装置を提供する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2001-516024号公報
【特許文献2】特表2021-517247号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】M. Futagawa, and et al., "Fabrication of 128×128 Pixels Charge Transfer Type Hydrogen Ion Image Sensor," IEEE Trans. on Electorn Devices, col. 60, no. 8, pp. 2634-2639, (2013).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1には、イオン濃度が低く、電気伝導度が低い溶液内で電気化学測定を行うための方法が示されている。一定に保持された基準電極電位に対して、試験片(電極)の電位が制御されている状態で、溶液内に置かれた試験片と対極との間を流れる電流を測定することで電気伝導度を検出する。対極および試験片は、相互に接近して配置され、電流は対向して配置されている対向面との間のギャップを横切って流れる。基準電極と試験片との間の電位差は、試験片と対極との間の電界の外側で測定される。
【0007】
特許文献2には、流体の電解質電導度(本明細書の電気伝導度に相当する)を検知する方法が示されている。酸化電極、還元電極及び親水性材料、多孔質材料等からなる膜で電池を構成し、当該膜に流体を浸透させ、当該電池の性能から流体の電解質電導度を推定する。
【0008】
しかしながら、特許文献1に係わる方法では、溶液の電気伝導度が低いことを想定して、試験片及び対極は直径1mm程度に、試験片及び対極の対向面の間隔は5~10μmに設定されている。係る配置精度を実現するには、光学機器等で使用される高精度な機械的調整機能が必要であり、装置の維持、管理にも留意する必要がある。
【0009】
次に、電池を用いる方法では、流体中でイオンが発生し、結果として生じる電流、電圧値等の電池性能の変化を検出する必要がある。有機酸やアルコール等の弱電解質が溶解する流体では、イオン化が僅かな場合もあり、適切な方法ではない。
【0010】
特許文献1、2に開示された方法では、電気伝導度を特定する際に、計測対象とする溶液に電流が流れ、溶液状態を擾乱してしまうという課題もある。電流発生は新たにイオン化が生じたことに起因するからである。電気伝導度ではなくイオン濃度もしくはモル濃度を特定することが溶液状態を擾乱せずに評価する方法として好適である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らは、前記の事情を鑑み、希薄溶液のpH測定によりモル濃度を特定する方法を開示する。
【0012】
pHセンサアレイによる溶液のpH測定時の溶液電位とイオンセンサ出力電位との関係を表す掃引特性を利用してモル濃度を特定する。モル濃度は掃引特性における掃引利得に依存することから特定することができる。農業分野では、単一素子でpH及びモル濃度を同時に評価することは有益である。
【0013】
pHセンサアレイを構成するpHセンサ素子iを試料溶液に接触させた際に、pHセンサ素子iの出力電圧Voiは、式(1)で表される。
Voi=Si×pHi+Gi×Vrm+Ci (1)
ここで、pHiは試料溶液のpH、Vrmは試料溶液の電位、SiとGiは感応係数である(本明細書では、SiをpH感度、Giを掃引利得と記述することがある)。pH感度Siは溶液のpHが変化した場合のpHセンサ素子iの出力電圧の変化を表し、掃引利得Giは溶液電位が変化した場合のpHセンサ素子iの出力電圧の変化を表す。溶液電位は参照電極により印加する。式(1)において、Si、Gi、Ciは未知数であるが、Voi及びVrmは計測できる電圧値であり、pHiはpHが定められた基準溶液を用いることで特定される。
【0014】
次に、式(1)の感応係数Gi、Siについてモル濃度依存性を考察する。掃引利得Giは1となると考えられる。すなわち、溶液電位をpHセンサ素子iが直接検出するからである。しかしながら、実際には、溶液とpHセンサ素子iの感応膜表面で発生する電気二重層を考慮する必要がある。電気二重層は静電容量を有し、pHセンサ素子iの感応膜の寄生容量と電気二重層の静電容量とで分圧された電位をpHセンサ素子iは検出する。
【0015】
ここで、電気二重層(Electrical Double Layer)とは、流体などの荷電粒子が比較的自由に動ける系において、物体の界面に電位が与えられたときに形成される2層の構造である。帯電状態によって、2つの異なる物質が接する界面には電位差が生じる。どちらかの物質内で荷電粒子が移動可能であれば、界面には電気二重層が形成される。例えば、電気分解を行う際の電解溶液と電極の界面や半導体のpn接合面が挙げられる。電気二重層は、正電荷の表面に固定吸着された陰イオンから成る非常に薄い層と、静電引力の中で拡散しつつ濃度分布が生じる拡散層の2層から成っている。このように、電極と電解質溶液間の界面はイオンの吸着及び界面における分子の配向の影響で通常は帯電しているため、界面付近には電場が存在する。電解質溶液中では界面近傍の電場を解消しようとイオンの分布が変化し、イオンの濃度分布が形成される。これが電気二重層であり、その広がりはおおよそデバイ長で表される。
【0016】
生物・生命科学分野で使用する培養液のモル濃度、例えば、10mMであれば、電気二重層厚は数nm程度であり、静電容量としては極めて大きくなる。したがって、溶液電位はpHセンサ素子にほぼ全て印加され、掃引利得は1と近似できる。モル濃度が低い希薄溶液では電気二重層の静電容量が無視できない。
【0017】
溶液とセンサ表面間に発生する電気二重層の静電容量を導出する。電気二重層の厚み1/ κは式(a)、式(b)から導出できる。
κ=sqrt[(2nz2e2)/(εkT)] (a)
n=1000NAC (b)
ここで、zはイオン価数、nは数密度、NAはアボガドロ定数、Cはモル濃度(mol/L)、εは誘電率、kはボルツマン定数、1/κは電気二重層の厚み、sqrt()は()内の引数の平方根を求める関数である(以下同じである)。
したがって、電気二重層の静電容量は式(c)で表される。
CEDL=ε0εr×S×κ (c)
ここで、Sはセンシング領域の面積である。εrは溶液の比誘電率であり、本明細書では水の比誘電率78.55(25℃)を使用する。
【0018】
図1に電気二重層の厚み1/κとモル濃度Cの関係を図示する。計算に使用した定数は、イオン価数z=1、アボガドロ定数N
A=6.022×10
23 [1/mol]、素電荷量e=1.602×10
-19 [C]、誘電率ε
0=8.85×10
-12 [F/m]、水の比誘電率ε
r=78.55、ボルツマン定数k=1.38×10
-23 [J/K]、温度T=300 [K]である。モル濃度100nM~10mMの範囲で電気二重層の厚みは約1μm~3nmの範囲をとる。
【0019】
図2は電気二重層の静電容量を計算した結果である。表面積はpHセンサアレイ単画素分のセンシング領域の面積5.9μm×15.1μmとした。モル濃度100nM~10mMの範囲で電気二重層の静電容量は約0.1pF~10pFの範囲となる。
【0020】
pHセンサ素子の寄生容量CSENSは、非特許文献1に示されるCMOS型構造では、ゲート酸化膜(SiO2膜:膜厚50nm)、pH感応膜(Si3N4膜:膜厚130nm)の合成容量がセンサ容量となる。掃引利得Giは、式(d)に示すように電気二重層の静電容量とpHセンサ素子iの寄生容量との分圧比に一致する。
Gi=Voi / Vrm=CEDL /(CSENS+CEDL) (d)
【0021】
式(a)~式(d)を整理すると、掃引利得Giのモル濃度依存性が求められる。
Gi=Voi / Vrm=k3 / (1+k2 / sqrt(C)) (2)
式(2)より掃引利得がモル濃度の1/2乗の関数であることが示される。ここで、掃引利得Giは、pHセンサ素子iの出力電圧Voiと試料溶液の電位Vrmの比である。
【0022】
図3はpHセンサ素子の掃引特性における掃引利得Giのモル濃度依存性を計算した結果である。モル濃度が高い領域では掃引利得はほぼ一定であるが、モル濃度が100μM以下付近から低下する。
【0023】
次にpH感度について述べる。pH感度Siがモル濃度に依存しないことを確認する。異なるpHを持つ溶液の界面には電位差Eが発生し、発生する電位はネルンスト(Nernst)の式から求められる。
E=(RT/zF)×ln([Co]/[Ci])=(RT/zF)×ln10×log([Co]/[Ci]) (e)
pH=-log[H+] (f)
E=Const×(pHi-pHo), Const=(RT/zF)×ln10 (g)
式(g)においてConstはモル濃度の関数となっていないことが判る。
ここで、Fはファラデー定数、Rは気体定数、[Co]、[Ci]はそれぞれの領域のイオン濃度である。また、[H+]は水素イオン濃度である。pHはモル濃度を示す指標であり、式(1)における感応係数Siは溶液のモル濃度が変化しても一定である。
【0024】
以上により、センサ出力電圧Voiを求める式(1)において、掃引利得Giはモル濃度の1/2乗の関数であり、pH感度Siはモル濃度によらず一定である。したがって、基準とするモル濃度で検量することで、任意のモル濃度を特定することが可能となる。
【0025】
この発明の第1の局面は、
pHセンサアレイを構成するpHセンサ素子iの出力電圧VoiよりpHセンサ素子iが接触する試料溶液のpH及びモル濃度を特定する方法であって、
pHセンサ素子iの出力電圧Voiを次式で規定し、
Voi=Si×pHi+Gi×Vrm+Ci (1)
pHセンサアレイをpH標準溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧VoiからpHセンサ素子i固有の感応係数Si、Gi及び定数Ciを特定する第1キャリブレーションステップと、
モル濃度が特定された複数のpH標準溶液の希釈溶液を用いて、上記第1キャリブレーションステップと同等の工程を行う第2キャリブレーションステップと、
第2キャリブレーションステップで特定した感応係数Giをモル濃度Cの関数として次式で規定し、
Gi=Voi / Vrm=k3 / (1+k2 / sqrt(C)) (2)
Voi、Vrm及びCからk3及びk2を特定するモル濃度検量ステップと、
センサアレイを試料溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧Voiを測定する測定ステップと、
測定ステップで測定された出力電位Voi及び参照電極電圧Vrmからモル濃度検量ステップで特定したVoiとVrmの比からモル濃度を特定するモル濃度特定ステップと、
を含む希薄溶液のpH及びモル濃度を特定する方法。
【0026】
第1キャリブレーションステップでは、求める未知数は3であるので、pH標準溶液は3種類以上を準備することが望ましい。また、第2キャリブレーションステップでは、求める未知数は2であるのでモル濃度の異なる希薄溶液は2種類準備することが望ましいが、高濃度時に特定した掃引利得を利用すれば希釈溶液は1種類でも構わない。
【0027】
この発明の第2の局面は、pHセンサアレイを構成するpHセンサ素子iの出力電圧Voi(及び参照電極により印加される溶液電位Vrm)よりpHセンサ素子iが接触する試料溶液のpH及びモル濃度を特定する装置であって、
pHセンサ素子iの出力電圧Voiを次式で規定し、
Voi=Si×pHi+Gi×Vrm+Ci (1)
(ここに、前記pHセンサ素子iに接する試料溶液のpHをpHi、試料溶液の電位をVrmとし、SiとGiを感応係数、Ciは定数とする)
pHセンサアレイをpH標準溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧Voi及び参照電極により印加される溶液電位Vrmから特定されたpHセンサ素子i固有の感応係数Si、Gi及び定数Ciを保存する第1の保存部と、
モル濃度が特定された複数のpH標準溶液の希釈溶液を用いて、pHセンサアレイをpH標準溶液の希釈溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧Voiから特定されたpHセンサ素子iの感応係数Si、Gi及び定数Ciを保存する第2の保存部と、
第2の保存部に保存された感応係数Giをモル濃度Cの関数として次式で規定し、
Gi=Voi / Vrm=k3 / (1+k2 / sqrt(C)) (2)
第2の保存部に保存された感応係数Gi及びCから係数k3及びk2を特定するモル濃度検量部と、
pHセンサアレイを試料溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧Voi及び参照電極により印加される溶液電位Vrmから特定されたpHセンサ素子iの感応係数Giと第2の保存部に保存された感応係数Giと比較してモル濃度を特定するモル濃度特定部と、
pHセンサ素子iの出力電圧Voi及び参照電極により印加される溶液電位Vrmから特定された感応係数Si、Gi及び定数CiからpHを特定するpH特定部と、
を備えるpH及びモル濃度特定装置。
【発明の効果】
【0028】
本願発明により、水耕栽培等で利用する養液など、希薄な溶液のpH及びモル濃度を特定することができる。また、モル濃度を特定することにより、希薄な溶液の電気伝導度を推定できる。本願発明では、溶液中に酸化還元電流を発生させることなく、電流発生に伴う新たなイオン化も生じないために、希薄な溶液の状態を擾乱させることがない。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】電気二重層厚のモル濃度依存性をプロットしたグラフである。
【
図2】電気二重層による静電容量のモル濃度依存性をプロットしたグラフである。
【
図3】掃引特性における掃引利得のモル濃度依存性をプロットしたグラフである。
【
図4】本実施形態に係る希薄溶液のモル濃度を特定する方法を示すフローチャート図である。
【
図5】本願発明の実施形態に係わるモル濃度特定装置の概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
(実施形態)
本願発明の実施形態について説明する。
図4は、本実施形態に係る希薄溶液のモル濃度を特定する方法を示すフローチャート図である。
【0031】
図4に示すフローチャートを参照して、本実施形態に係るモル濃度を特定する方法を述べる。フローチャートは、第1キャリブレーションステップ、第2キャリブレーションステップ、モル濃度検量ステップ、計測ステップ、モル濃度特定ステップの5ステップから成っている。
【0032】
最初にpHセンサ素子iの感応係数Si、Gi及びCiを特定する。pHが既知の標準溶液にpHセンサ素子iを接触させる。この時、pHセンサ素子iとともに測定用の参照電極も標準溶液に接触させ、その電位を安定させる。参照電極はガラス電極とすることが望ましい。pH標準溶液として、pH 4.01、6.86、9.18の3種を用いた。モル濃度は数mM~10mM程度とし、それぞれにセンサ出力電圧と参照電極電位を求め、測定結果から感応係数及び定数を特定しておく。未知数は3変数であるので、3種類の標準溶液による測定結果により3変数を決定することができる。第1キャリブレーションステップで求める掃引利得は高濃度なモル濃度を持つ溶液での感応係数であり、高濃度なモル濃度領域ではほぼ一定である。
【0033】
次に、第2キャリブレーションステップとして、前記標準溶液を1/10~1/10,000程度に希釈した希薄標準溶液を用い、第1キャリブレーションステップと同等の手順を繰り返し、モル濃度を特定した状態で感応係数Giを求める。第1キャリブレーションステップで求めた感応係数Giは電気二重層の影響を受け難い領域で求めたものであり、第2キャリブレーションステップで求めた感応係数Giはモル濃度の低下に伴い低下する。この時、感応係数Si及び定数Ciは、第1キャリブレーションステップで求めた値を用いても構わない。
【0034】
モル濃度検量ステップでは、第2キャリブレーションステップで求めた掃引利得Giとモル濃度Cから式(2)を満たすように定数k2、k3を数値計算で定める。希釈した標準溶液は複数種類用意してもよい。
【0035】
なお、異なる標準溶液のモル濃度が同一濃度であり、同一割合で希釈した場合、希釈した標準溶液間で掃引利得Giは一定となるため、第1キャリブレーションステップを省略し、第2キャリブレーションステップからモル濃度特定を始めてもよい。
【0036】
非特許文献1に示したCMOS型イオンイメージセンサは、センシング部で発生する電荷を電荷転送により浮遊拡散層に蓄積する。この場合、センシング部の静電容量と浮遊拡散層の静電容量の比により出力電圧を増大させることができる。すなわち、掃引利得Giは1以下には限定されない。
【0037】
最後に、未知のモル濃度を持つ希薄溶液にpHセンサ素子i及び参照電極を希薄溶液に接触させてpHセンサ素子iの出力電圧と参照電極電位を計測し、掃引利得Giを求め、モル濃度検量ステップで求めた関係式によりモル濃度を特定する。なお、pHについても併せて特定することが可能である。
【0038】
本願発明では、pH及びモル濃度を特定する方法を開示したが、電気伝導度の推定について述べる。電解質溶液の電気伝導度σと1 mol当たりの電気伝導度、モル伝導度Λの関係は次式であらわされる。
Λ=σ/ C (h)
ここで、Cはモル濃度であり、mol/L単位であればmol/m3単位に変換する(mol/m3=10-3 mol/L)。強電解質の場合、コールラウシュ(F. Kohlrausch)の法則により、モル伝導度とモル濃度の関係は次式で表現できる。
Λ= Λo-k1×sqrt(C) (i)
ここで、ΛOは極限モル伝導度であり、k1は定数である。モル濃度が高い場合、イオン間の相互作用によってイオンの動きが妨げられる。このために強電解質溶液では濃度が低いほど電気を通し易くなる。本願発明が想定する利用分野である、水耕栽培での養液管理等、特定の養液を継続監視する場合は、極限モル伝導度及び定数k1を特定しておくことで、電気伝導度を推定することができる。この場合、電解質は強電解質型に限られる。
【0039】
電解質には2種類の型がある。ここで、モル濃度の増加に伴いモル伝導度が減少する電解質を強電解質といい、酢酸のように急激にモル伝導度が減少する電解質を弱電解質という。強電解質とは、NaClやKCl等の塩類に見られるもので、溶液中の電解質が殆どイオン化し、モル濃度と伝導度との関係はほぼ直線となる。ただし、低濃度領域に比べ高濃度になるほど濃度に対して伝導度は大きくならない。濃度が高くなるほどイオン同士が力を及ぼし合い、電気が流れにくくなるためである。また、弱電解質は、酢酸等の有機酸にみられるもので、濃度が非常に低い領域では伝導度と直線関係であるが、濃度が高くなるにつれイオン化する割合が減少し、高濃度では電解質のごく一部だけがイオン化し、殆どは分子状態で溶液中に溶けている。
【0040】
図5において、記憶装置10には、pHセンサ素子iの出力電圧を保存する出力保存部11、第1キャリブレーションステップで求めたpHセンサ素子iの感応係数Si及びGi並びに定数Ciを保存する第1の保存部12、第2キャリブレーションステップで求められたpHセンサ素子iの感応係数Si及びGi並びに定数Ciを保存する第2の保存部13、特定された試料溶液の電位を保存する電位保存部14が備えられる。ここで、感応係数Si及び定数Ciは第1及び第2の保存部の両方に保存してもよい。
【0041】
制御装置20には、第2の保存部13に保存された感応係数Si、Gi及び定数Ciから試料溶液のモル濃度を検量するモル濃度検量部22と、電位特定部21で特定された電位Vrm並びに第2の保存部に保存された感応係数Si、Gi及び定数CiからpHセンサ素子iに接する試料溶液のpHiを特定するpH特定部23及びモル濃度を特定するモル濃度特定部24が備えられる。
【0042】
本発明は前記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載の趣旨を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【符号の説明】
【0043】
1 pH及びモル濃度特定装置
2 pHセンサアレイ
10 記憶装置
11 出力保存部
12 第1の保存部
13 第2の保存部
14 電位保存部
20 制御装置
21 電位特定部
22 モル濃度検量部
23 pH特定部
24 モル濃度特定部