(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024042762
(43)【公開日】2024-03-29
(54)【発明の名称】近赤外発光有機ELデバイス
(51)【国際特許分類】
H10K 50/10 20230101AFI20240322BHJP
【FI】
H05B33/14 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022147550
(22)【出願日】2022-09-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度からの国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)「日本-ドイツ国際産学連携共同研究」(オプティクス・フォトニクス)『小型全有機近赤外発光・分光センサシステムの開発』委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】佐野 健志
(72)【発明者】
【氏名】花山 貴則
(72)【発明者】
【氏名】笹部 久宏
(72)【発明者】
【氏名】城戸 淳二
【テーマコード(参考)】
3K107
【Fターム(参考)】
3K107AA01
3K107BB00
3K107CC04
3K107CC07
3K107CC12
3K107CC14
3K107CC21
3K107CC45
3K107DD53
3K107DD64
3K107DD67
3K107FF13
(57)【要約】
【課題】高い発光効率と信頼性とを備えた近赤外発光有機ELデバイスを提供する。
【解決手段】陽極と陰極との間に、少なくとも、ホール輸送層と、発光層と、電子輸送層とを有し、前記発光層が、ホスト材料、アシストドーパント及び近赤外発光材料の3成分系で構成され、かつ、前記アシストドーパントがりん光発光材料であり、700~2500nmの近赤外域に発光スペクトルを有することを特徴とする近赤外発光有機ELデバイス。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極と陰極との間に、少なくとも、ホール輸送層と、発光層と、電子輸送層とを有し、
前記発光層が、ホスト材料、アシストドーパント及び近赤外発光材料の3成分系で構成され、かつ、前記アシストドーパントがりん光発光材料であり、
700~2500nmの近赤外域に発光スペクトルを有することを特徴とする近赤外発光有機ELデバイス。
【請求項2】
前記アシストドーパントが、りん光発光性のイリジウム錯体であることを特徴とする請求項1に記載の近赤外発光有機ELデバイス。
【請求項3】
前記近赤外発光材料が、りん光発光性のプラチナ錯体であることを特徴とする請求項1に記載の近赤外発光有機ELデバイス。
【請求項4】
前記アシストドーパントの規格化したフォトルミネッセンススペクトルの波長領域と、
前記近赤外発光材料の規格化した吸収スペクトルの波長領域と
が重なることを特徴とする請求項1に記載の近赤外発光有機ELデバイス。
【請求項5】
前記アシストドーパントの規格化したフォトルミネッセンススペクトルのピーク高さの半値以上の波長領域と、前記近赤外発光材料の規格化した吸収スペクトルのピーク高さの半値以上の波長領域とが重なり、かつ、
両スペクトルのうち一方のピーク波長を含む波長領域が、他方のスペクトルのピーク高さの半値以上の波長領域に含まれることを特徴とする請求項4に記載の近赤外発光有機ELデバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近赤外域で発光し、高い発光効率と長寿命を備えた有機ELデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近赤外線は、およそ700nmから2500nmの波長領域の光であり、赤色光よりもやや波長の長い電磁波である。近赤外線は、赤外線カメラや、人感センサー、家庭用のリモコン、赤外線通信など、さまざまな用途で用いられている。また、近赤外線は、生体に対して一定の透過性を有しており、その一方で、血液中の酸化及び還元ヘモグロビンは近赤外線を吸収するため、脈波センサーや酸素飽和度センサー、静脈認証や虹彩センサーなどにも用いられている。さらには、近赤外線は、可視光では判別できない物質の判別等に利用できるため、布地判別、液体判別、糖度センサー、近赤外分光分析装置など、幅広い応用が考えられている。
【0003】
近赤外線を発する光源としては、現在、ハロゲンランプとLEDが主に用いられている。ハロゲンランプは、白熱電球の封入ガス中に不活性ガスと微量のハロゲンを注入したもので、およそ350nmから3500nmまで幅広い発光スペクトルを有する。しかし、ハロゲンランプは寿命がおよそ2000時間程度と短く、電球が切れれば交換が必要なこととや発熱することなどが課題である。ハロゲンランプは、分光分析装置の光源としても用いられるが、ランプの光量が安定化するまで、例えば約30分の暖機運転が必要であったり、長時間の使用での光量の低下が大きかったり、ランプ交換の度に光量が変動するといった課題を有している。
【0004】
LEDは、近赤外域で発光する製品が既に開発されており、ハロゲンランプに比べてサイズが小さく、消費電力や発熱が少なく長寿命であるため、酸素飽和度センサーなどの小型機器などで用いられている。一方、無機半導体のバンド間遷移による発光であるため、一般的に発光スペクトルの幅が狭く、分光分析装置の光源などの幅広い発光スペクトルが必要とされる用途には、適していない。また、点光源に近い発光デバイスであるため、回路的に電流集中による発熱には注意する必要がある。形状的には、面発光やフレキシブルな発光体へは適用が難しい。
【0005】
有機ELは、超薄型、軽量、低消費電力、面発光であることなどを特徴とする自発光デバイスであり、既に携帯電話用のディスプレイとして広く普及している。有機ELは、LEDと同様、直流、低電圧で駆動する低消費電力の発光デバイスであるが、それに加えて、LEDでは実現が難しい、超薄型、面発光、フレキシブルなどの新しい価値を提供できる。有機ELでは、これまで、赤色、緑色、青色、白色など、可視光域をカバーする発光デバイスが主として開発され、実用化されてきたが、近赤外域で発光する有機ELデバイスは報告例が少なく、実用化にも至っていなかった。それは、近赤外域で実用に耐える発光効率や寿命を示す有機ELデバイスが、これまで実現できていなかったことが一因である。
【0006】
近赤外域で発光する有機ELデバイスの基礎研究としては、りん光材料、熱活性化遅延蛍光材料(TADF)、蛍光材料など、さまざまな種類の材料が検討されてきた。例えば、非特許文献1には、2019年までに報告された主な近赤外発光有機ELの研究結果がまとめられているが、近赤外域では、波長が長くなるほど発光効率が大きく低下していくことが示されている。例えば、発光ピーク波長が750nm以上の近赤外発光有機ELにおいては、外部量子効率が10%を超える報告はほとんど見受けられない。例えば、発光ピーク波長772nmでは外部量子効率8.5%、900nmでは3.8%、1000nm以上では0.28%が最大であり、近赤外域で高い発光効率を示す有機ELを実現することが困難であったことが分かる。また、近赤外発光有機ELの寿命の報告例は少なく、近赤外域にほど近い発光ピーク波長が670nm~690nm付近である深赤色有機ELでは、10時間~100時間程度の寿命が報告されている。近赤外発光有機ELで最も長寿命な素子の例としては、発光ピーク波長769nmで、発光効率最大6.3%(0.1mA/cm2時)、連続駆動時間450時間(40mA/cm2時)で初期輝度の90%を保持(外挿により1000時間以上の寿命を推定)したとの報告がある(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Andrea Zampetti, Alessandro Minotto, and Franco Cacialli, “Near-Infrared (NIR) Organic Light-Emitting Diodes (OLEDs): Challenges and Opportunities”, Advanced Functional Materials, 2019, 29,1807623.
【非特許文献2】Carsten Borek, Kenneth Hanson, Peter I. Djurovich, Mark E. Thompson, Kristen Aznavour, Robert Bau, Yiru Sun, Stephen R. Forrest, Jason Brooks, Lech Michalski, and Julie Brown, “Highly Efficient, Near-Infrared Electrophosphorescence from a Pt-Metalloporphyrin Complex”, Angewandte Chemie International Edition, 2007, 46, pp. 1109 - 1112.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明では、従来の近赤外発光有機ELにおいて、十分な発光効率が実現されてこなかった要因を見直し、主に発光材料や発光層の構成を見直すことで、実用レベルの発光効率を有した近赤外発光有機ELデバイスを提供することを目的とする。
【0009】
また、本発明では、連続発光試験等の信頼性試験で、例えば数年以上といった、十分な信頼性を有する、長寿命な近赤外発光有機ELデバイスを提供することを目的とする。
【0010】
加えて、本発明では、上述のような実用レベルの発光効率と寿命を有する近赤外発光有機ELデバイスの製法を提供することを目的とする。さらには、駆動電圧が低く、低消費電力の近赤外発光有機ELデバイスの製法についても提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
[1]陽極と陰極との間に、少なくとも、ホール輸送層と、発光層と、電子輸送層とを有し、前記発光層が、ホスト材料、アシストドーパント及び近赤外発光材料の3成分系で構成され、かつ、前記アシストドーパントがりん光発光材料であり、700~2500nmの近赤外域に発光スペクトルを有することを特徴とする近赤外発光有機ELデバイス。
[2]前記アシストドーパントが、りん光発光性のイリジウム錯体であることを特徴とする[1]に記載の近赤外発光有機ELデバイス。
[3]前記近赤外発光材料が、りん光発光性のプラチナ錯体であることを特徴とする[1]に記載の近赤外発光有機ELデバイス。
[4]前記アシストドーパントの規格化したフォトルミネッセンススペクトルの波長領域と、前記近赤外発光材料の規格化した吸収スペクトルの波長領域と
が重なることを特徴とする[1]に記載の近赤外発光有機ELデバイス。
[5]前記アシストドーパントの規格化したフォトルミネッセンススペクトルのピーク高さの半値以上の波長領域と、前記近赤外発光材料の規格化した吸収スペクトルのピーク高さの半値以上の波長領域とが重なり、かつ、両スペクトルのうち一方のピーク波長を含む波長領域が、他方のスペクトルのピーク高さの半値以上の波長領域に含まれることを特徴とする[4]に記載の近赤外発光有機ELデバイス。
【発明の効果】
【0012】
本発明の近赤外発光有機ELデバイスでは、発光層にりん光アシストドーパントを用いた3成分系の発光層を導入することにより、実用レベルの発光効率と寿命を両立した近赤外発光有機ELデバイスが実現可能となった。また駆動電圧も同時に低減することができ、低消費電力化を実現することができる。本発明により、近赤外発光有機ELデバイスの応用先としての近赤外センサーや近赤外発光・分光分析装置、近赤外イメージング装置などへの導入が可能となる。発光効率と寿命、さらには低消費電力や薄型化、フレキシブル化が求められる応用分野に近赤外発光光源としての近赤外発光有機ELデバイスを提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、ホスト材料またはアシストドーパントのPLスぺクトルと、近赤外発光材料の光吸収スペクトルとの重なり積分の大きさを示す図である。
【
図2】
図2は、実施例1及び4の有機ELデバイスの構造を表す。
【
図3】
図3は、実施例1の有機ELデバイスの電流密度-電圧の関係(3a)及び放射輝度-電圧の関係(3b)を表すグラフである。
【
図4】
図4は、実施例1の有機ELデバイスの外部量子効率-電流密度の関係(4a)及びELスペクトル(4b)を表すグラフである。
【
図5】
図5は、比較例1の有機ELデバイスの電流密度-電圧の関係(5a)及び放射輝度-電圧の関係(5b)を表すグラフである。
【
図6】
図6は、比較例1の有機ELデバイスの外部量子効率-電流密度の関係を表すグラフである。
【
図7】
図7は、実施例2の有機ELデバイスの電流密度-電圧の関係(7a)及び放射輝度-電圧の関係(7b)を表すグラフである。
【
図8】
図8は、実施例2の有機ELデバイスの外部量子効率-電流密度の関係(8a)及びELスペクトル(8b)を表すグラフである。
【
図9】
図9は、実施例3の有機ELデバイスの電流密度-電圧の関係(9a)及び放射輝度-電圧の関係(9b)を表すグラフである。
【
図10】
図10は、実施例3の有機ELデバイスの外部量子効率-電流密度の関係(10a)及びELスペクトル(10b)を表すグラフである。
【
図11】
図11は、実施例4の有機ELデバイスの放射輝度-電圧の関係を表すグラフである。
【
図12】
図12は、実施例4の有機ELデバイスの外部量子効率-電流密度の関係を表すグラフである。
【
図13】
図13は、実施例1及び4の有機ELデバイスにおけるエネルギーバンド図である。
【
図14】
図14は、実施例1の有機ELデバイスの輝度寿命を表すグラフである。
【
図15】
図15は、比較例1の有機ELデバイスの輝度寿命を表すグラフである。
【
図16】
図16は、実施例3の有機ELデバイスの輝度寿命を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の近赤外発光有機ELデバイスは、陽極と陰極との間に、少なくとも、ホール輸送層と、発光層と、電子輸送層と、電子注入層とを有し、前記発光層が、ホスト材料、アシストドーパント及び近赤外発光材料の3成分系で構成され、かつ、前記アシストドーパントがりん光発光材料であり、700nm~2500nmの近赤外域に発光スペクトルを有する。
本発明の近赤外発光有機ELデバイスにおいて、発光層はホスト材料と、アシストドーパントと、近赤外発光材料との少なくとも3成分から構成される。すなわち、本発明に係る発光層では、ホスト材料に加えて、アシストドーパントと近赤外発光材料とが特定の組み合わせで用いられている。
【0015】
ホスト材料としては、2,4-ジフェニル-6-ビス(12-フェニルインドロ)[2,3-a]カルバゾール-11-イル)-1,3,5-トリアジン(DIC-TRZ)([化1])、4,4’-ビス(N-カルバゾリル)-1,1’-ビフェニル(CBP)([化1])、N,N’-ジ(1-ナフチル)-N,N’-ジフェニル-(1,1’-ビフェニル)-4,4’-ジアミン(NPD)([化1])、3,3’-ジ(9H-カルバゾール-9-イル)-1,1’-ビフェニル(mCBP)([化2])、1,3-ビス(N-カルバゾリル)ベンゼン(mCP)([化2])、2,9-ビス(ナフタレン-2-イル)-4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン(NBphen)([化2])などを用いることができる。実施例1~4ではDIC-TRZを用いているが、これに限らず、アシストドーパントあるいは近赤外発光材料にエネルギー移動させることができ、有機ELデバイスの中で求められる一定の電荷輸送性を有する材料であれば、ホスト材料として用いることができる。DIC-TRZは、TADF性を有する材料であり、三重項励起エネルギーの非放射失活によるロスを低減する効果も期待できるような良好なホスト材料として今回用いている。また、発光層におけるキャリアバランスは重要であり、ホスト材料を選定する上では、発光層へのホール注入や電子注入のしやすさ、及び、アシストドーパントや発光材料との組合せの中でのホール注入と電子注入のバランスを考慮して、適切なHOMO/LUMO及び電荷輸送性を有した材料を選択する。
【化1】
【化2】
【0016】
アシストドーパントとしては、りん光発光材料を用いる。具体的には、りん光発光性のイリジウム錯体を用いる。りん光発光材料を用い、アシストドーパントを発光層中に加えることによって、発光効率の向上を実現する。りん光発光性のイリジウム錯体の具体例としては、トリス(1-フェニルイソキノリン)イリジウム(III)錯体(Ir(piq)3)が挙げられる。また、ビス(1-フェニルイソキノリン)(アセチルアセトネート)イリジウム(III)錯体(Ir(pq)2)(acac)や、ビス(2,3-ジフェニルキノキサリン)(ジピバロイルメタン)イリジウム(III)錯体((DPQ)2Ir(dpm))などを用いることもできる。
【0017】
【0018】
それ以外のりん光発光材料でも、組み合わせる近赤外発光材料の吸収スペクトルと重なりのあるフォトルミネッセンス(PL)スペクトルを示すような材料であれば、アシストドーパントとして用いることができる。りん光のPLスペクトルと、近赤外発光材料の主たる吸収スペクトルとの重なりは大きい方が好ましい。りん光材料の中では、イリジウム錯体がりん光のPL量子収率が高く、実用上でも多く使われており、発光効率や信頼性などの特性や実績を鑑みると、イリジウム錯体が最も実用可能性が高いと考えられる。それ以外にも、レニウム(I)、ルテニウム(II)、オスミウム(II)、ロジウム(III)、イリジウム(III)、プラチナ(II)、パラジウム(II)を中心金属(括弧内は中心金属のイオンの価数)とする金属錯体は、重原子効果により、室温において比較的強いりん光を発することができ、配位子の種類によって、PLスペクトルの位置が調整できるため、アシストドーパントとして用いることができる。特に、イリジウム錯体は、りん光寿命が短くりん光のPL量子効率が高いため、非輻射遷移の割合が少なく、高効率な有機ELデバイスを得ることに寄与する。
【0019】
アシストドーパントとしては、そのPLスペクトルが、組み合わせる近赤外発光材料の吸収スペクトルと重なりがあるものを選定する。本発明では、アシストドーパントとしてりん光発光材料を用いており、実施例1~4の場合、アシストドーパントのりん光のPLスペクトルが、用いた近赤外発光材料のPt(tpbp)の主たる吸収スペクトルと重なりがあるよう、アシストドーパントの種類を選定した。Pt(tpbp)のようなポルフィリン金属錯体の場合は、紫外~青色波長領域にソーレー帯、可視光の赤色波長域にQ帯と2つの大きな吸収ピークを有しているが、そのいずれかの吸収スペクトルと重ねる必要がある。Pt(tpbp)の場合、ソーレー帯の吸収ピーク波長が429nm、半値幅が約25nm、半値を与える波長範囲は414nmから439nmであり、Q帯の吸収ピーク波長が612nm、半値幅が約19nm、半値を与える波長範囲は603nmから622nmであった。ここで短波長のソーレー帯の方に合わせるには、材料技術的に難しい短波長の青色有機ELが必要で、駆動電圧も高くなりエネルギーロスがあるため、実施例1~4においては、長波長のQ帯の方にアシストドーパントのPLスペクトルが重なるものを選定した。
【0020】
近赤外発光材料(ゲスト材料)としては、700nmから2500nmまでの近赤外域に発光ピーク波長を有するものを用いる。実施例1~4では、700nm以上の近赤外域に発光ピーク波長を有するりん光発光性の白金(プラチナ)錯体を用いている。具体例としては、5,10,15,20-テトラフェニルテトラベンゾポルフィリンプラチナ(II)錯体(Pt(tpbp))(発光ピーク波長:769nm)([化4])が挙げられる。ポルフィリン誘導体の白金錯体に限られず、近赤外域(700~2500nm)において、蛍光もしくは、りん光発光スペクトルを有するものであれば、近赤外発光材料として用いることができる。特に、レニウム(I)、ルテニウム(II)、オスミウム(II)、ロジウム(III)、イリジウム(III)、プラチナ(II)、パラジウム(II)を中心金属(括弧内は中心金属のイオンの価数)とする金属錯体は、室温において比較的強いりん光を有し、配位子の種類によって、近赤外発光材料として用いることができる。例えば、ポルフィリンとそれらの金属の錯体は、ポルフィリンのπ共役系が広がっていることから比較的長波長で発光する材料が得られる。また、ポルフィリン金属錯体に限らず、類似の構造を有するフタロシアニン金属錯体等、π共役系の広がった分子を用いることで、近赤外発光材料を得ることができる。
【0021】
ちなみに、ポルフィリン錯体は、ヘモグロビンのヘムやクロロフィルなどにも含まれていることが知られており、類似の構造を有するフタロシアニン色素は、新幹線の車体の塗料や感光体、光ディスクの記録媒体などにも使われる強靭かつ有用な色素である。ポルフィリン誘導体やその金属錯体、フタロシアニン色素などの光吸収スペクトルは、学術的に調べられており、紫外~青色波長領域に、ソーレー帯(Soret band)と呼ばれる光吸収ピーク、可視光緑色~赤色波長域にQ帯(Q band)と呼ばれる光吸収ピークの2つが存在することが報告されている。さまざまな金属イオンとポルフィリンの金属錯体の光吸収スペクトルが調べられているが、その中でもポルフィリン白金錯体は、最も長波長の領域にQ帯と呼ばれる吸収スペクトルを有し、白金の重原子効果により室温でも観測できるレベルのりん光発光を示すため、近赤外発光材料として有効な材料である。
【0022】
【0023】
本発明における発光層を構成するホスト材料、アシストドーパント及び近赤外発光材料の配合比は、例えば、Pt(tpbp)の濃度を1wt%とした場合、ホストとアシストドーパントとで1~99wt%:99~1wt%と広い範囲が許容されるが、好ましくは50~90wt%:50~10wt%である。なお、ホストとアシストドーパントの合計を100wt%とする。
本発明の有機ELデバイスで最も外部量子効率が高いのは、発光層において、3成分の合計100wt%中、DIC-TRZが64wt%、Ir(piq)3が35wt%、Pt(tpbp)が1wt%の時である。
【0024】
[本発明に至った経緯]
近赤外発光有機ELデバイスにおいて、可視光域で発光する有機ELと比べて十分な発光効率が実現されてこなかった理由は、主に以下の3点であると考えられる。1つは、近赤外発光材料のフォトルミネッセンス(PL)量子収率が、長波長になるにつれて低下していく問題で、この現象はエネルギーギャップ・ローという名前で呼ばれており、物理的な問題として、非特許文献1などの学術論文でも議論されている。エネルギーギャップ・ローとは、発光材料のエネルギーギャップが一般の可視光域で発光する蛍光色素等に比べて狭い場合、すなわち、基底状態と励起状態のエネルギー差が比較的小さい場合、分子自身が持つ振動準位との重なりが影響を及ぼすため、励起状態から基底状態に戻る際に光を放出するような放射失活の割合が減り、振動準位等をつたって光を放出せずに基底状態に戻るような非放射失活の割合が増える原理・現象のことを示している。この現象は、有機分子の場合、700nm以上の波長域、すなわち近赤外域で顕著であり、非特許文献1には従来の実験報告例も含めてその現象が記されている。
【0025】
発光効率が低い2つめの理由としては、近赤外発光材料の濃度消光が挙げられる。近赤外発光材料の分子構造は、波長域を広げるためπ共役系が平面的に広がった分子が多い。そのような分子は、平面性が影響して、凝集あるいは相互にスタックしやすく、凝集状態では、π共役系の電子が相互に影響してエネルギーギャップが小さくなったり、PLの消光が起きやすくなったりする。近赤外発光材料の濃度を上げれば上げるほど、発光効率が低下していく現象が見られる。
【0026】
3つめの理由としては、近赤外発光有機ELデバイスに適したデバイス構造が、これまで十分に開発されてこなかったことが挙げられる。上述した通り、近赤外発光材料は濃度消光を起こしやすいため、ホスト-ゲスト方式を用いて、ホスト材料の中に少量の近赤外発光材料を混ぜる方式で、濃度を薄めて用いる必要があるが、近赤外発光に特化した最適のホスト材料とゲスト材料の組合せがこれまで見出されていなかったことが考えられる。
【0027】
物理的な観点で言えば、ホスト-ゲスト方式による有機ELでは、ホストからゲスト(ドーパントともいう)へのエネルギー移動が重要であると考えられているが、近赤外発光材料は、従来の可視光域で発光する色素に比べて、光吸収スペクトルの位置が長波長側に大きくシフトしている。そのことが原因で、次に述べるように、スペクトルの位置が離れ離れになり、エネルギーの受け渡しがうまくいかず、発光効率が低くなった可能性が考えられる。
【0028】
エネルギー移動の効率に関しては、ホストとゲスト(ドーパント)との間で、ドーパントの吸収スペクトルとホストのPLスペクトルの重なり積分が大きいほど、効率的なエネルギー移動が起こるとされている。これまでの近赤外発光有機ELデバイスでは、ドーパントの吸収スペクトルが、最適な位置よりも長波長にずれてしまったため、ホストのPLスペクトルの重なりが少なくなり、エネルギー移動の効率が低下していた可能性がある。
【0029】
実際に、非特許文献2においては、ホスト材料として、Alq3、ドーパントとして、近赤外発光材料のPt(tpbp)(濃度:6wt%)が用いられているが、ドーパントの吸収スペクトルと、ホストのPLスペクトルを重ね合わせたところ、ちょうどドーパントの吸収のない波長領域に、ホストのPLスペクトルのピークが位置していることが分かった。すなわち、ドーパントの吸収とホストのPLのスペクトルの重なりが小さい状態であった。非特許文献2の中で、Pt(tpbp)の光吸収スペクトルが示されているが、ピークトップの半値幅を示す波長範囲をもって光吸収ピークの波長域を数値化したところ、紫外から青色領域である414nmから439nmの波長範囲と、赤色領域である603nmから622nmの波長範囲の2ヵ所に大きな吸収ピークを有していた。一方、ホスト材料として用いたAlq3は緑色発光材料として知られているが、シグマアルドリッチジャパン株式会社、「有機EL素子の基礎及びその作製技術」、材料科学の基礎、Vol. 1、No. 1、SAJ1146, 2009. 10.にもそのPLスペクトルが示されており、PLスペクトルの半値幅を示す波長範囲をもって発光ピークの波長域を数値化したところ、緑色領域の496nmから581nmの波長範囲にピークを有していた。すなわち、ホスト材料であるAlq3のPLスペクトルピークは、ドーパントであるPt(tpbp)の主たる2ヵ所の光吸収ピークとは重なっていなかった。
【0030】
そのような状況でも、非特許文献2の中で、Pt(tpbp)からの発光が得られていた理由としては、ドーパントであるPt(tpbp)の光吸収スペクトルのショルダーやテールの一部がわずかではあるが、Alq3のPLスペクトルと重なっていたからとの可能性が考えられる。もしくは、Pt(tpbp)のドープ濃度が6wt%と高いため、直接、Pt(tpbp)に電荷が注入され発光したから、との可能性も考えられる。しかし、6wt%という濃度は、濃度消光が危惧されるような濃いドープ濃度であり、エネルギー移動の効率を上げることで、例えばもう少し低いドープ濃度でも、より効率的に近赤外発光が得られるのではないかと考えた。
【0031】
[本発明に関する物理的な観点での説明]
そこで今回、近赤外発光材料へのエネルギー移動の効率の改善と、近赤外発光有機ELデバイスの発光効率向上のため、発光層の構成を見直した。具体的には、従来、ホスト材料とゲスト材料の2成分系であった発光層に、第3の材料として、りん光発光性を有するアシストドーパントを加えた。その結果、3成分系の発光層となり、目的としては、ホスト材料からアシストドーパントを経て、ゲスト発光材料へと段階的にかつ効率的にエネルギー移動を起こすこと、もしくは、アシストドーパントの方に直接電荷が注入された場合でも、ホスト材料とのバランスの中で、効率的にゲスト材料である近赤外発光材料を光らせることを目指した。特に、アシストドーパントと、最終的なゲスト発光材料である近赤外発光材料の両方にりん光材料を用いることで、高効率かつ長寿命な近赤外発光有機ELの実現を目指した。
【0032】
3成分系の発光層という考え方は、これまで、蛍光材料を用いた3成分系、熱活性化遅延蛍光(TADF)材料を増感剤として用いた3成分系や、エキサイプレックスを用いた3成分系など、いくつかの例が報告されているが、アシストドーパントと最終的な近赤外ゲスト発光材料の両方にりん光材料を用いた報告例はない。
【0033】
蛍光材料を用いた3成分系では、緑色発光材料から黄色発光材料、さらに最終的な赤色材料への段階的なエネルギー移動を期待した系や、ホスト材料におけるホール輸送と電子輸送のバランスを調整するために、ホスト材料としてホール輸送性材料と電子輸送性材料の両方を混合したものを用いた系などが報告されている。TADF材料を増感剤として用いた例では、TADFで三重項エネルギーから一重項へのアップコンバージョンを行い、そこから最終的な発光材料にエネルギー移動させることで、三重項励起エネルギーを回収しつつ、最終的な発光材料としての蛍光材料を活用したものである。エキサイプレックスを用いた3成分系では、ドナー性のホストとアクセプター性のホストの2種類の材料を混合してどちらの材料よりも長波長のPLが得られるようなエキサイプレックスホストが得られる系を用い、最終的な発光材料へのエネルギー移動の効率を高める工夫がされているが、ドナー性のホストとアクセプター性のホストにはそれぞれ蛍光材料を用い、最終的な発光材料1ヵ所のみにりん光材料が用いられた系が報告されている。
【0034】
エネルギー移動の機構としては、フェルスター機構によるもの(フェルスター共鳴エネルギー移動ともいう)と、デクスター機構によるものとの2種類が知られている。蛍光材料における、一重項-一重項間の効率的なエネルギー移動は、フェルスター機構によるものが多く、わずかなドープ量でも、ホストの発光スペクトルとゲストの吸収スペクトルの重なりが大きい場合は共鳴して、距離が少し離れた分子間でもエネルギーが直接移動することができる。一方、デクスター機構は、近接した分子間での電子移動を伴うエネルギー移動であり、必然的に効率的なエネルギー移動を起こすためのドープ量は、フェルスター機構のものより多くなる可能性がある。禁制の考え方から、三重項を伴うエネルギー移動、特に三重項-三重項間のエネルギー移動としては、デクスター機構を想定した。
【0035】
本発明で特徴的な発光層の構成は、アシストドーパントにりん光材料、最終的な近赤外発光材料にもりん光材料を用いた組合せであるが、このような構成は、これまで例がない。従来の、蛍光材料のみを用いた3成分系、TADFを増感剤として用いた3成分系、及び、エキサイプレックスを用いた3成分系は、基本的に一重項-一重項間のエネルギー移動、すなわち、フェルスター機構によるエネルギー移動を利用しているが、今回は全く異なる動作機構として考える必要がある。本発明の構成では、アシストドーパントの三重項励起状態から、近赤外発光材料の三重項励起状態への、三重項-三重項エネルギー移動が期待できる。エネルギー移動の形態としては、デクスター機構が主となる可能性が考えられる。また、デクスター機構は近接した分子間でのエネルギー移動を前提としているものであるから、分子を近接させるため、アシストドーパントに求められるドープ濃度としては、従来のフェルスター機構による組合せよりも高い濃度が求められるはずである。
【0036】
[スペクトルの重なりの大きさの評価]
重なりの大きさに関しては、ゲストとして用いる発光材料の吸収スペクトルと、ホストまたはアシストドーパントとして用いる材料のPLスペクトルの重なり積分の大きさを、いくつかのケースに分類して考えた(
図1)。
図1は両スペクトルのそれぞれの強度を規格化して重ねたものである。まず、(1)ピークトップの波長が同じで半値幅が同じ場合、重なりが極大になる。異なる材料で、ピークトップの波長と半値幅の両方を完全に一致させることは難しいが、それらが近いほど、重なりは大きくなる。次に、(2)一方のスペクトルの半値を与える波長範囲の中に、もう一方のスペクトルの半値を与える波長範囲が完全に含まれる場合には、重なりが大きい。あるいは、(3)一方のスペクトルの半値を与える波長範囲の中に、もう一方のスペクトルのピークトップが位置する場合にも、重なりが大きい。すなわち、ピークの半値より上の部分(ピーク上部)で2つのスペクトルが重なっている場合は、重なりの面積としては大きくなる。それ以外では、(4)一方のスペクトルの半値を与える波長範囲と、もう一方のスペクトルの半値を与える波長範囲が、ピークトップは含まずに部分的に重なっている場合があるが、重なりとしては中程度である。(5)ピーク半値以下のテールの一部だけが重なる場合には、スペクトルの重なりの面積としては小さくなる。最後に、(6)スペクトルが全く重ならない場合、重なりとしては極小である。この分類をもって2つのスペクトルの重なり具合をおおよそ定義することが可能である。
【0037】
表1には、実施例1~4において、アシストドーパントとして用いた、りん光発光性のイリジウム錯体(Ir(piq)
3、Ir(pq)
2acac、(DPQ)
2Ir(dpm))のPLピーク波長、半値幅、半値を与える波長域をそれぞれ示す。また、今回ホスト材料として用いたDIC-TRZ及び、非特許文献2においてホスト材料として用いられたAlq
3のPLピーク波長、半値幅、半値を与える波長域を併せて示す。続いて、波長域の重なりを確認するため、今回、近赤外発光材料として用いたPt(tpbp)のソーレー帯及びQ帯の吸収ピーク波長、半値幅、半値を与える波長域をそれぞれ示す([表2])。さらに、ホストまたはアシストドーパントのPLスペクトルと、ゲスト発光材料の光吸収スペクトル(今回、Pt(tpbp)のQ帯の吸収スペクトル)の重なり方について、
図1に示す6種類の重なり方のうち、どの分類に入るのかについて示す(表3)。
【0038】
【0039】
【0040】
【0041】
本発明の近赤外発光有機ELデバイスは、少なくとも、陽極、ホール孔輸送層、発光層、電子輸送層、及び陰極を備える。また、一つの好ましい実施形態では、電子輸送層と陰極との間に電子注入層を備える。発光層以外の層について説明する。
基板には、透明かつ平滑であって、少なくとも70%以上の全光線透過率を有する材料、例えば、0.1mm厚~3mm厚のガラス基板、フレキシブルな透明基板である、数μm厚~100μm厚のガラス基板や特殊な透明プラスチック等が用いられる。
【0042】
陽極には、正孔が注入しやすいように、仕事関数が4.5eV以上の金属酸化物、金属、合金及び導電性材料が用いられるが、発光した光を透過させる観点から、全光線透過率が80%以上であることが好ましい。具体的には、ITO(酸化インジウムスズ)やZnO(酸化亜鉛)等の透明導電性セラミックスや、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)/ポリ(4-スチレンスルホン酸)(PEDOT/PSS)等の透明導電性材料が用いられる。
【0043】
陰極には、電子が注入しやすいように、仕事関数がおおよそ4eV以下の金属や合金などが用いられる。具体的には、アルミニウム、リチウム、ナトリウム、カリウム、カルシウム及びマグネシウムまたはこれらの合金などである。合金を使用した陰極としては、これらの金属とアルミニウムもしくは銀などの金属との合金からなる電極、または、これら低仕事関数の金属とアルミニウムもしくは銀などの金属とを積層した構造の電極などが挙げられる。
【0044】
ホール注入層は、高分子材料を用いる場合には、ポリマーバッファー層とも呼ばれ、有機ELデバイスの駆動電圧を下げる効果を発揮する。ホール注入層は、例えば、PTPD-1:PPBI([化5])、ポリ(アリーレンエーテルケトン)含有トリフェニルアミン(KLHIP:PPBI)、1,4,5,8,9,11-ヘキサアザトリフェニレンヘキサカルボニトリル(HATCN)及びPEDOT-PSS等で形成される。
【0045】
ホール輸送層には、イオン化ポテンシャルが小さいもの、すなわち、HOMOから電子が励起されやすく、ホールが生成されやすい材料が用いられる。具体例としては、4,4’-ビス[フェニル(1-ナフチル)アミノ]ビフェニル(NPB)、ヘキサフェニルベンゼン誘導体(4DBTHPB)、ポリ(9,9-ジオクチルフルオレン-アルト-N-(4-ブチルフェニル)ジフェニルアミン)(TFB)、4,4’-シクロヘキシリデンビス[N,N-ビス(4-メチルフェニル)ベンゼンアミン](TAPC)、N,N’-ジフェニル-N,N’-ジ(m-トリル)ベンジジン(TPD)、4,4’,4’’-トリ-9-カルバゾリルトリフェニルアミン(TCTA)及び4,4’,4’’-トリス[フェニル(m-トリル)アミノ]トリフェニルアミン)等が挙げられる。
【0046】
電子輸送層には、電子親和力が大きいもの、すなわち、LUMOのエネルギーが小さく、励起電子が存在しやすくする材料が用いられる。具体例を挙げると、2,9-ジ(2-ナフチル)-4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン(ET1)、3,3”,5,5’-テトラ(3-ピリジル)-1,1’;3’,1”-ターフェニル(B3PyPB)、4,6-ビス(3,5-ジ(ピリジン-3-イル)フェニル)-2-メチルピリミジン(B3PyMPM)、2-(4-ビフェニリル)-5-(p-t-ブチルフェニル)-1,3,4-オキサジアゾール(tBu-PBD)、1,3-ビス[5-(4-t-ブチルフェニル)-2-[1,3,4]オキサジアゾリル]ベンゼン(OXD-7)、3-(ビフェニル-4-イル)-5-(4-t-ブチルフェニル)-4-フェニル-4H-1,2,4-トリアゾール(TAZ)、バソクプロイン(BCP)、2,9-ビス(ナフタレン-2-イル)-4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン(NBphen)及び1,3,5-トリス(1-フェニル-1H-ベンズイミダゾール-2-イル)ベンゼン(TPBi)等である。
【0047】
電子注入層には、例えば、フッ化リチウム(LiF)、8-ヒドロキシキノリノラト-リチウム(Liq)([化6])及びリチウム2-(2’,2’’-ビピリジン-6’-イル)フェノラート(Libpp)等が用いられる。
【0048】
有機EL層素子を構成する各層は、真空蒸着法、スパッタリング法、プラズマ法、イオンプレーティング法等の乾式成膜法や、スピンコーティング法、ディッピング法、フローコーティング法、インクジェット法等の湿式成膜法等、公知の方法で形成することができる。
【実施例0049】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例により制限されるものではない。
【0050】
[近赤外発光有機ELデバイスの作製]
[実施例1]
ホスト材料として(DIC-TRZ)、アシストドーパントとしてIr(piq)3 、ゲストの近赤外発光材料としてPt(tpbp)を用いた3成分系の発光層を有する有機ELデバイスを作製した。基板としては、30mm角のガラス基板上に、130nm程度の膜厚のインジウム錫酸化物(ITO)からなる透明電極がスパッタ成膜された後、エッチングにより2mm幅のストライプ状にITOがパターニングされた、ガラス/ITO基板を準備した。ガラス/ITO基板の洗浄工程としては、最初に、クロロホルムやアセトンなどの溶剤を用いてITO表面を洗浄した後、純水で希釈した洗剤を用いてITO表面をこすり洗浄した。超純水を用いて洗剤を完全に洗い落とした後、アセトンやイソプロピルアルコール等の溶剤を用いてさらに基板及びITO表面を洗浄した。洗浄した基板は完全に乾燥させた。最後に、乾燥させた基板に対してUV-オゾン処理を行い、UV-オゾン処理の直後に次の成膜工程を行った。
【0051】
成膜工程としては、最初に、PTPD-1を主成分とするポリマーバッファー層をスピンコート法により成膜した。ポリマーバッファー層の溶液の製法としては、PTPD-1(20mg)を安息香酸エチル(1mL)に溶かし、加温しながら完全に溶解させた。次に、その溶液中にPPBIを8mg混ぜ、完全に溶解させた。UV-オゾン処理によって洗浄したガラス/ITO基板をスピンコーターにセットし、そのPTPD-1:PPBI混合溶液をピペットを用いてITO表面上に滴下し、2000rpmの回転速度で30秒間スピンコートした。その後、スピンコート膜の付いたガラス/ITO基板を、ホットプレート上に移し、60℃で5分間プリベークした後、不要部分の膜を綿棒などでふき取り、最後にホットプレート上で、200℃で30分間ベークした。本成膜工程により成膜されたポリマーバッファー層の膜厚は約20nmであった。
【0052】
【0053】
次に、真空一貫型蒸着装置を用いて、近赤外発光りん光有機 ELデバイスを作製した。素子構造は、[ITO(130nm) /ポリマーバッファー層(20nm)/NPD(20nm) / DIC-TRZ:Ir(piq)
3:1wt%,3wt%,5wt%Pt(tpbp)(30nm)/NBphen(70nm)/ Liq(1nm) / Al(80nm)]とした。(
図2)。Liqは、(8-キノリノラト)リチウムである([化6])。
【化6】
【0054】
各層の成膜方法としては、NPD層、DIC-TRZ:Ir(piq)3:Pt(tpbp)発光層、NBphen層、Liq層の各有機層は、モリブデン製の抵抗加熱ボートを用い、真空中で蒸着源の抵抗加熱による真空蒸着を行った。水晶振動子を用いた膜厚モニターを用い、各蒸着源からの蒸着レートをモニターしながら蒸発の速度を制御した。NPDの蒸着においては、蒸着レートが約0.1nm/秒となるよう制御し、基板シャッターを用いて設計した膜厚となるまで成膜した。DIC-TRZ:Ir(piq)3:Pt(tpbp)の3成分からなる発光層については、まず、DIC-TRZの蒸着レートが約0.05nm/秒となるよう制御し、Ir(piq)3の蒸着レートが目的とするドープ割合となるよう制御した。実施例1においては、DIC-TRZとIr(piq)3の重量比が80:20となるよう、Ir(piq)3の蒸着レートを制御した。同時にPt(tpbp)の蒸着源からの蒸着レートについて、DIC-TRZとIr(piq)3を合わせた蒸着レートに対して目的とするドープ割合となるよう蒸着レートを制御した。3つの蒸着源からの蒸着レートが整った時点で基板シャッターを開け、設計した膜厚となるまで成膜した。NBphenの蒸着においては、蒸着レートが約0.1nm/秒となるよう制御した。Liqの蒸着においては、蒸着レートが約0.01nm/秒から0.02nm/秒の間で成膜した。最後に、Alについては、ITOのストライプと直交するような2mm幅のメタルマスクをセットした後、有機膜上に蒸着した。蒸着レートは、最初の10nmについては、約0.1nm/秒から0.15nm/秒の蒸着レート、膜厚10nmから80nmまでは、約0.15nm/秒から0.6nm/秒となるよう、蒸着レートを制御した。
【0055】
Al蒸着まで終わった素子は、真空蒸着装置と連結された窒素パージグローブボックスの方へ引出し、別に用意した掘り込み付のガラスキャップを用いて、接着剤により発光エリアの外側の領域を接着し、有機ELデバイスの発光部分に外気が接しないよう封止を行った。封止が完了した有機ELデバイスは、グローブボックスの外部に取出し、放射輝度-電流密度-電圧特性や、定電流電源を用いた連続駆動信頼性試験等を行い評価した。
【0056】
このようにして作製された有機ELデバイスの特性(発光開始電圧、外部量子効率、発光ピーク波長)を表4に示す。また、電流密度-電圧特性、放射輝度-電圧特性のグラフを示す(
図3)。ここで、発光開始電圧については、放射輝度が0.1W/sr・m
2を示した時の電圧値を記録した。外部量子効率-電流密度特性及び有機ELデバイスの発光スペクトルについても示す(
図4)。発光ピーク波長については、4Vの電圧で駆動した時の有機ELデバイスの発光スペクトルを測定して確認した。
外部量子効率においては、0.1mA/cm
2の時に、7.87%の値が得られ(
図4a)、750nmを超える波長の近赤外発光有機ELデバイスとしては、過去の報告例と比べても、極めて高い発光効率を示した。
【0057】
【0058】
[比較例1]
比較例としては、アシストドーパントを用いない系、すなわち、発光層が2成分からなる有機ELデバイスを作製した。発光層に用いる材料として、DIC-TRZとIr(piq)
3の2成分のみとした他は、実施例1と全く同じ方法で有機ELデバイスを作製し、評価を行った。Pt(tpbp)の濃度は、実施例1と同じく、1wt%,3wt%,5wt%の3段階とした。得られた有機ELデバイスの特性を以下に示す(表5、
図5、
図6)。得られた特性の表やグラフから明らかなように、アシストドーパントを用いない、2成分の発光層からなる系では、実施例1と比べて外部量子効率が2分の1から3分の1以下と、大幅に発光効率が低下した。また、駆動電圧が実施例1と比べて、0.6Vから0.9V上昇した。
【0059】
【0060】
[実施例2]
実施例2においては、アシストドーパントとして、実施例1で用いたIr(piq)
3に替えて、Ir(pq)
2acacを用いた他は、実施例1と全く同じ方法で有機ELデバイスを作製し、評価を行った。得られた有機ELデバイスの特性を以下に示す(表6、
図7、
図8)。本実施例2においては、実施例1に次いで十分に高い、7.15%の外部量子効率が得られた(
図8a)。発光開始電圧も2.4Vと低かった。比較例1と比べて、明らかに高い発光効率が得られた。
【0061】
【0062】
[実施例3]
実施例2においては、アシストドーパントとして、実施例1で用いたIr(piq)
3に替えて、(DPQ)
2Ir(dpm)を用いた他は、実施例1と全く同じ方法で有機ELデバイスを作製し、評価を行った。得られた有機ELデバイスの特性を以下に示す(表7、
図9、
図10)。本実施例3においては、実施例1や実施例2と比べて、外部量子効率の値としては低かった。また、発光開始電圧も3.3Vとやや高かった。発光スペクトルにおいては、Pt(tpbp)の濃度が1wt%の時に、アシストドーパントによると思われる小さな発光ピークが短波長側に観測された。
【0063】
【0064】
[実施例4]
実施例1、2、3による検証で、最も発光効率(外部量子効率)が高かった、実施例1のIr(piq)3に注目し、そのアシストドーパントとしての濃度の最適化を図るため、Pt(tpbp)の濃度を1wt%に固定し、Ir(piq)3の濃度を、10wt%から99wt%まで段階的(10wt%、20wt%、25wt%、30wt%、35wt%、40wt%、50wt%、99wt%)に変化させた実験を行った。ここで、99wt%とは、Ir(piq)3が99wt%、Pt(tpbp)が1wt%であり、この場合のみDIC-TRZを発光層に含まない2成分系の発光層である。それ以外は実施例と同じ方法で有機ELデバイスを作製し、特性の評価を行った。素子構造は、具体的な素子構造は、[ITO(130nm)/ポリマーバッファー層(20nm)/ NPD(20nm) / DIC-TRZ:10wt%,20wt%,25wt%,30wt%,35wt%,40wt%,50wt%,99wt%Ir(piq)3:1wt%Pt(tpbp)(30nm) / NBphen(70nm) / Liq(1nm) / Al(80nm)]である。
【0065】
実験結果を以下に示す(
図11、
図12)。また、本実施例4の中で、最も外部量子効率が高かったデバイスの特性を表で示す(表8)。最も外部量子効率が高かったのは、アシストドーパントとして用いたIr(piq)
3の濃度が35wt%の時、すなわち、発光層の3成分の割合が、64wt%DIC-TRZ:35wt%Ir(piq)
3:1wt%Pt(tpbp)となった時であった。その時の発光開始電圧は、2.5V、外部量子効率は、最大で10.5%(0.1mA/cm
2時)であった。10%を超える外部量子効率は、この波長域の近赤外発光有機ELとしては、これまで報告された中でも最も高い効率である。
【0066】
このアシストドーパント濃度で最大の効率が得られた理由をエネルギーバンド図(
図13)から考察した。Ir(piq)
3は、HOMOの準位がDIC-TRZよりも浅いため、ホールが注入しやすいことが考えられ、これは3成分系が2成分系よりも発光開始電圧が低いとの結果とも一致する。すなわち、アシストドーパントのIr(piq)
3を35wt%ドープした場合、発光層にホールがより多く注入しやすい状態となっているが、この状態で、良好なキャリアバランスが実現できていることが推測され、それにより、高い外部量子効率が実現できたものと考えられる。また、アシストドーパントのLUMOの準位がホストよりも低いことから、発光層への電子注入も起こしやすくなっていることが考えられ、アシストドーパントの存在が、少なくとも一方の電荷の注入を助け、低電圧化に寄与していると考えられる。
【0067】
【0068】
[連続発光試験による信頼性評価]
[実施例5]
実施例1、比較例1、実施例3で作製した近赤外発光有機ELデバイスを、有機ELデバイスの連続発光信頼性試験装置にセットし、2mm角の各素子に一定電流を流し続け、輝度や電圧の変化を測定する方法で、信頼性試験を行った。今回の連続発光試験においては、電流密度が100mA/cm
2となるよう、定電流電源をそれぞれセットした。有機ELデバイスは、通常せいぜい1~10mA/cm
2程度の電流範囲で使用するため、10mA/cm
2以上(例えば、20mA/cm
2や40mA/cm
2の試験)は加速試験に相当し、100mA/cm
2は加速係数の大きい加速試験にあたる。寿命は、用途に応じて、初期輝度の90%まで輝度が低下した時間(T
90)や、初期輝度から輝度が半減するまでの時間(T
50)などの表し方がある。
図14、
図15、
図16に実験結果のグラフを示す。
【0069】
連続駆動試験の結果、実施例1で作製した、[DIC-TRZ:20wt%Ir(piq)
3:1wt%,3wt%,5wt%Pt(tpbp)]の3成分系の発光層を有する近赤外発光有機ELデバイスは、極めて高い安定性を示した(
図14)。Pt(tpbp)の濃度が1wt%の時、100mA/cm
2でT
90が約3000時間であり、3wt%と5wt%の時は、T
90が少なくとも5000時間以上あることが分かった。加速係数はデバイスによって実験して評価する必要があるが、仮に、既に論文等で報告されている加速係数1.7を用いて計算すれば、10mA/cm
2の電流密度では、少なくとも15万時間以上の寿命を有していることが推定される。
【0070】
比較例1で作製した、アシストドーパントを用いない、2成分系の発光層を有する有機ELデバイスでは、輝度半減寿命として、それぞれ200時間、400時間、700時間を得た(
図15)。実施例1の各有機ELデバイスと比較して明らかに寿命が短いことが判明した。
【0071】
実施例3で作製したデバイスは、発光効率は実施例1や実施例2で作製したデバイスに比べて低かったものの、連続発光試験では、十分に安定な特性を示した。1wt%のデバイスは実験が完了しておらず正確な比較はできないが、3wt%と5wt%のデバイスは、1000時間後も劣化が少なく、長寿命が期待できる(
図16)。
【0072】
[まとめ]
りん光アシストドーパントを用いた3成分系発光層を有する近赤外発光有機ELデバイスにおいて、外部量子効率7.87%を実現した。比較対象となる2成分系の素子(アシストドーパントのない素子)と比べて2~3倍の効率を示し、効率的なエネルギー移動がアシストドーパントを介して得られたと考えられる。素子構造の最適化を行ったところ、最大外部量子効率:10%を実現することができた。実用化の目途となる外部量子効率5%を超える外部量子効率を実現した。さらには、高い電流密度での信頼性加速試験で3000時間以上、一般の使用条件に換算して10万時間以上の寿命を実現することができた。
【0073】
本発明では、りん光アシストドーパントを用いることで、ホスト材料からゲスト発光材料へのエネルギー移動、もしくは電荷移動の仲介役として機能させることができ、高効率化が実現された。さらには、予想を超えるレベルの長寿命化が実現でき、りん光アシストドーパントを導入した3成分系の発光層の材料組み合わせの妙によるものと考えられる。また、3成分系の近赤外発光有機ELデバイスでは、駆動電圧の低減も観測され、発光効率向上との相乗効果で、駆動時の消費電力低減も実現できた。
【0074】
本発明を用いて、例えば、近赤外分光分析装置の小型化が実現できる。近赤外有機EL光源を用いることができれば、電源オンと同時に安定した光量が得られること、面発光で均一な発光が得られること、駆動電圧が低く発熱も少ないこと、サイズが大幅に薄くできること、寿命が長くランプ交換の必要がないことなど、多数のメリットが考えられる。さらには近赤外イメージングや、近赤外センサー、酸素飽和度センサーなど、多数の応用が期待される。
【0075】
本発明の構造(りん光アシストドーパントを用いた3成分系の発光層)を導入することにより、実用レベルの発光効率と寿命を両立した近赤外発光有機ELデバイスが実現可能となった。また駆動電圧の低減も同時に図られ、低消費電力化が実現できた。本発明により、近赤外発光有機ELデバイスの応用先としての近赤外センサーや近赤外発光・分光分析装置、近赤外イメージング装置などへの導入が可能となる。発光効率と寿命、さらには低消費電力や薄型化、フレキシブル化が求められる応用分野に、近赤外発光光源としての近赤外発光有機ELデバイスを提供可能である。