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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043135
(43)【公開日】2024-03-29
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240322BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240322BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240322BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D9/46 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022148152
(22)【出願日】2022-09-16
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】田口 篤史
(72)【発明者】
【氏名】寺岡 慎一
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037FA02
4K037FA03
4K037FB00
4K037FC04
4K037FC05
4K037FE01
4K037FE02
4K037FE06
4K037FF05
4K037FG00
4K037FH00
4K037FJ01
4K037FJ05
4K037FJ06
(57)【要約】
【課題】製造コストを増大することなく、常温加工性を維持し高温強度に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供することを課題とする。
【解決手段】質量%で、Cr:11.0%以上30.0%以下、C:0.010%以下、Si:0.50%以下、Mn:0.80%以下、P:0.020%以上0.100%以下、S:0.0100%以下、Al:0.50%以下、N:0.020%以下、さらに、Ti:0.10%以上0.50%以下を含み、残部Feおよび不純物からなり、Pの析出量Ppが0.010%以上、P含有析出物の内、長径と短径の平均サイズが0.02μm以上0.20μm未満のP含有析出物の個数密度が1~100個/μmであることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Cr:11.0%以上30.0%以下、
C :0.010%以下、
Si:0.50%以下、
Mn:0.80%以下、
P :0.020%以上0.100%以下、
S :0.0100%以下、
Al:0.50%以下、
N :0.020%以下、
Ti:0.10%以上0.50%以下、
Sn:0.50%以下、
Ni:1.00%以下、
Co:0.50%以下、
V :0.50%以下、
Zr:0.50%以下、
Sb:0.50%以下、
B :0.0025%以下、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下
Y :0.20%以下、
Hf:0.20%以下、
REM:0.10%以下、
Nb:0.5%以下、
Mo:0.5%以下、
Cu:2%以下、および
W :0.5%以下、を含み、
残部Feおよび不純物からなり、
P含有析出物に含まれるPの析出量Ppが0.010%以上であり、
P含有析出物の内、長径と短径の平均値であるP含有析出物平均サイズが0.02μm以上0.20μm未満のP含有析出物の個数密度が1~100個/μmであることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
粒界の単位長さ当たりの、前記P含有析出物平均サイズが0.02μm以上0.20μm未満のP含有析出物の個数が10個/μm以下であることを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
質量%で、
Sn:0.005%以上0.50%以下、
Ni:0.05%以上1.00%以下、
Co:0.05%以上0.50%以下、
V :0.05%以上0.50%以下、
Zr:0.05%以上0.50%以下、
Sb:0.005%以上0.50%以下、
B :0.0001%以上0.0025%以下、
Ca:0.0002%以上0.0050%以下、
Mg:0.0002%以上0.0050%以下
Y :0.001%以上0.20%以下、
Hf:0.001%以上0.20%以下、
REM:0.001%以上0.10%以下、
Nb:0.01%以上0.5%以下、
Mo:0.01%以上0.5%以下、
Cu:0.01%以上2%以下、および
W :0.01%以上0.5%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフェライト系ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の排気マニホールドやフロントパイプ、センターパイプなどの排気系部材は、エンジンから排出される高温の排気ガスを通すため、排気部材を構成する材料には耐酸化性、高温強度、熱疲労特性など多様な特性が要求される。排ガス温度は、高いものだと800~900℃程度が多くなってきており、車種やエンジン構造によって異なるものの、800℃以上の温度域において必要な強度、耐酸化性を有する材料が求められている。
【0003】
ステンレス鋼の中でオーステナイト系ステンレス鋼は、加工性や耐熱性に優れているが、Ni等の高価な合金元素を多分に含むことで材料コストが高くなることに加え、熱膨張係数が大きく、排気マニホールドのように加熱・冷却を繰り返し受ける部材に適用した場合、熱疲労破壊が生じやすい。
【0004】
一方、フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べてNiなどの含有合金元素が少なく材料コストが低いことに加え、熱膨張係数が小さいため熱疲労特性や耐スケール剥離性に優れている。但し、フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて、高温強度が低いために、高温強度を向上させる技術が開発されてきた。
【0005】
例えば、SUS430J1(Nb含有鋼)、Nb-Si含有鋼、SUS444(Nb-Mo含有鋼)がある。これらは、NbやMoの固溶強化や、NbCやLaves相による析出強化によって高温強度を高くするものである。しかし、Nbを含有すると再結晶温度の高温化に伴う焼鈍温度上昇や、深絞り性の指標となるr値が低くなる。さらにNbやMoも比較的高価である。
【0006】
NbやMo以外に高温強度向上に寄与する合金としてAl、Si、Cuも知られている。AlおよびSiは、固溶強化により高強度化するものであり、常温での強度も向上させて延性を低下させるため加工性が劣化する。Cuについては、Cu析出物による析出硬化を利用して600℃~800℃の温度域における高温強度を向上させる技術が開示されている(特許文献1~4)。しかし、Cu析出物は長時間高温に曝された場合、析出物の凝集・合体による粗大化が急速に生じるため、析出強化能が著しく低下してしまう問題がある。また高温強度を向上するためにはCuを1質量%程度以上含有する必要があり、材料コストが高くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2014/136866号
【特許文献2】特表2015-526593号公報
【特許文献3】特開2011-202257号公報
【特許文献4】特開2009-197307号公報
【特許文献5】国際公開第2019/188094号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
安定した高温強度を有するフェライト系ステンレス鋼の需要は旺盛であるが、上述したように比較的高価な合金元素を含むものが多い。昨今の国際情勢下で合金元素価格も高騰していることから、比較的低コストで安定した高温強度を有するフェライト系ステンレス鋼が求められている。そこで本発明の課題は、フェライト系ステンレス鋼板において、比較的安価な元素を含有し、加工性を維持しつつ高温強度(特に800℃以上の高温強度)を確保することであり、このようなフェライト系ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
高温強度を向上させる析出物として、不可避的に混入するC、N、S、Pなどの炭窒化物、硫化物、リン化物がある。これらは、C、N、S、Pを無害化するためにTiやNbなどの安定化元素を含有した結果生成するものである。これらのうちC、N、Sは精錬工程で可能な限り低減するため、活用できる析出物の体積率が小さいので効果は限定的である。
【0010】
一方、Pはフェライト系ステンレス鋼の原料であるフェロクロムに多く含まれる上、精錬工程で脱リンが困難なため比較的多く含有している。加えて、PはFeTiPやFeNbP、Fe(Ti、Nb)Pという形で析出することが知られている。これらリン化物は析出物に母材のFeを含むため、Pの含有量に対して活用できる析出物の体積率が比較的大きくなる。例えば、特許文献5には結晶粒微細化を目的としてリン化物を活用した技術が開示されているが、リン化物を高温強度向上に活用した事例はない。そこで、本発明者らは、本発明の課題を解決するため、フェライト系ステンレス鋼中のPを利用し、リン化物の析出による高温強度向上を想起し開発を進めた。フェライト系ステンレス鋼板の金属組織中におけるP含有析出物の析出状態と高温強度の関係を調査した結果、本発明者らは、P含有析出物により高温強度を向上することが可能であることを知見し、本発明を成すに至った。本発明の要旨は以下の通りである。
【0011】
(1)
質量%で、
Cr:11.0%以上30.0%以下、
C:0.010%以下、
Si:0.50%以下、
Mn:0.80%以下、
P:0.020%以上0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.50%以下、
N:0.020%以下、さらに、
Ti:0.10%以上0.50%以下を含み、
残部Feおよび不純物からなり、
P含有析出物に含まれるPの析出量Ppが0.010%以上であり、
P含有析出物の長径と短径の平均値であるP含有析出物平均サイズが0.02μm以上0.20μm未満のP含有析出物の個数密度が1~100個/μm
であることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
(2)
前記P含有析出物平均サイズが0.02μm以上0.20μm未満のP含有析出物のうち結晶粒界に存在するものの、粒界の単位長さ当たりの個数が10個/μm以下であることを特徴とする(1)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
(3)
さらに、A群~C群の1群または2群以上を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
A群:
質量%で、Sn:0.50%以下、Ni:1.00%以下、Co:0.50%以下、V:0.50%以下、Zr:0.50%以下、Sb:0.50%以下の1種または2種以上。
B群:
質量%で、B:0.0025%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下の1種または2種以上。
C群:
質量%で、Y:0.20%以下、Hf:0.20%以下、REM:0.10%以下の1種または2種以上。
(4)
さらに、D群を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
D群:
質量%で、Nb:0.5%以下、Mo:0.5%以下、Cu:2%以下、W:0.5%以下の1種または2種以上。
(5)
さらに、D群を含有することを特徴とする(3)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
D群:
質量%で、Nb:0.5%以下、Mo:0.5%以下、Cu:2%以下、W:0.5%以下の1種または2種以上。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、高価な元素を含有することなく、高温強度の高いフェライト系ステンレス鋼板を提供することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[化学成分]
化学成分の限定理由を以下に説明する。特に断りのない限り、各元素の含有量や析出量に関する「%」表示は「質量%」を意味する。また、下限を規定していない場合や下限が0%となっているものは、含有しない場合(0%)も含む。
【0014】
<Cr:11.0%以上30.0%以下>
Crは、ステンレス鋼の基本特性である耐食性を向上する元素である。含有量が少ないと十分な耐食性は得られないため下限は11.0%とする。耐食性の観点から、好ましくは14.0%上、さらに好ましくは16.0%以上である。一方、過度な含有はσ相当の金属間化合物の生成を促進して製造時の割れや加工性低下を助長するため上限は30.0%とする。安定製造性(歩留まり、圧延疵等)の観点から25.0%以下が好ましく、さらに好ましくは20.0%以下である。
【0015】
<C:0.010%以下>
Cは、加工性(r値)を低下させる元素であるため少ない方が好ましく、上限を0.010%とする。加工性の観点から0.007%以下が好ましい。下限を特に限定しないが、過度な低減は精錬コストの上昇を招くため0.001%以上が好ましく、さらに好ましくは0.002%以上である。
【0016】
<Si:0.50%以下>
Siは、高温強度および耐酸化性向上元素であるが過剰な含有は原料コストの増大につながり、室温での加工性低下を招くため0.50%を上限とする。加工性の観点から0.30%以下が好ましい。下限を特に限定しないが、過度の低下は原料コストの増加を招くため0.01%以上が好ましく、さらに好ましくは0.05%以上である。
【0017】
<Mn:0.80%以下>
Mnの多量含有は加工性の低下を招くため上限を0.80%とする。加工性の観点から0.30%以下が好ましい。下限を特に限定しないが、過度の低下は原料コストの増加を招くため0.01%以上が好ましく、さらに好ましくは0.05%以上である。
【0018】
<P:0.020%以上0.100%以下>
Pは、本発明において高温強度を向上するために重要な元素であり、その効果を得るために0.020%を下限とする。高温強度の観点から0.025%以上が好ましく、さらに好ましくは0.030%以上である。過度な含有はリン化物の粗大化を招き、高温強度向上効果が得られにくくなる。さらに、Tiと共にP含有析出物を形成するため固溶Tiを減少させ、加工性(r値および伸び)低下を招くため、上限を0.100%とする。加工性の観点から0.080%以下が好ましく、さらに好ましくは0.070%以下である。
【0019】
<S:0.0100%以下>
Sは不純物元素であり、耐食性を劣化させ、製造時の割れを助長するため少ない方が好ましく、上限を0.0100%とする。耐食性および製造性の観点から0.0030%以下が好ましく、さらに好ましくは0.0020%以下である。下限は0%が好ましいものの特に限定しないが、過度の低下は精錬コストの上昇を招くため0.0003%以上が好ましく、さらに好ましくは0.0004%以上である。
【0020】
<Al:0.50%以下>
Alは、高温強度および耐酸化性を向上させる元素であるが、過剰な含有は原料コストの増大につながり、さらに室温での加工性低下を招くため0.50%を上限とする。加工性の観点から0.30%以下が好ましい。下限は特に限定しないが、過度の低下は原料コストの増加を招くため0.005%以上が好ましく、さらに好ましくは0.01%以上である。
【0021】
<N:0.020%以下>
Nは、Cと同様に加工性(r値)を低下させる元素であるので、上限を0.020%とする。加工性の観点から0.015%以下が好ましい。下限は特に限定しないが、過度な低減は精錬コストの上昇につながるため、0.002%以上が好ましく、精錬コストの観点から0.005%以上がさらに好ましい。
【0022】
<Ti:0.10%以上0.50%以下>
Tiは、本発明で重要なP含有析出物を形成する元素であり、高温強度向上に寄与するだけでなく、C、Nを析出物として固定化することでr値および製品伸びの向上による加工性向上効果をもたらす。これらの効果を得るため、下限を0.10%とする。加工性の観点から0.12%以上が好ましく、さらに好ましくは0.15%以上である。一方、過度な含有は合金コストの上昇やP含有析出物の粗大化に伴う伸びの低下を招くため、上限は0.50%とする。合金コストおよび加工性の観点から、0.40%以下が好ましく、さらに好ましくは0.30%以下である。
【0023】
さらに、本実施形態のステンレス鋼は、これらの元素に加えて、Feの一部に代えて、以下に示す元素を含有してもよい。これらの元素は含有しなくてもよいが、含有することによりさらなる効果を得ることができる。
【0024】
<A群元素:Sn:0.50%以下、Ni:1.00%以下、Co:0.50%以下、V:0.50%以下、Zr:0.50%以下、Sb:0.50%以下>
Sn、Ni、Co、V、Zr、Sbは、耐食性あるいは耐酸化性を高めるのに有効な元素であり、これら元素の1種または2種以上を必要に応じて含有してもよい。これら元素の過度な含有は合金コストの上昇や製造性を阻害することにつながるため、Niの上限は1.00%とし、Sn、Co、V、Zr、Sbの上限は0.50%とするとよい。一方、それぞれの元素含有量の下限は特に限定せず0%(含まない)でもよいが、それぞれの元素の効果を確実に得るため、SnおよびSbは0.005%以上、Ni、Co、V、Zrは0.05%以上としてもよい。
【0025】
<B群元素:B:0.0025%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下>
B、Ca、Mgは熱間加工性や二次加工性を向上させる元素であり、これら元素の1種または2種以上を含有してもよい。これら元素の過度な含有は製造性を阻害することにつながるため、Bの上限は0.0025%、CaおよびMgの上限は0.0050%とするとよい。製造性の観点から、Bは0.0012%以下が好ましく、CaおよびMgは0.0010%以下が好ましい。一方、それぞれの元素含有量の下限は特に限定せず0%(含まない)でもよいが、それぞれの元素の効果を確実に得るため、Bは0.0001%以上、さらには熱間加工性および二次加工性の観点からBは0.0003%以上が好ましく、CaおよびMgは0.0002%以上が好ましい。
【0026】
<C群元素:Y:0.20%以下、Hf:0.20%以下、REM:0.10%以下>
Y、Hf、REMは、熱間加工性や鋼の清浄度を向上ならびに耐酸化性改善に対して有効な元素であり、1種または2種以上を必要に応じて含有してもよく、含有する場合、YおよびHfの上限は0.20%、REMの上限は0.10%とするとよい。一方、それぞれの元素含有量の下限は特に限定せず0%(含まない)でもよいが、清浄度および耐酸化性の観点から含有する場合の0.001%以上にすることが好ましい。ここで、REMは原子番号57~71に帰属する元素であり、例えば、La、Ce、Pr、Nd等である。
【0027】
<D群元素:Nb:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Cu:2.00%以下、W:0.50%以下>
Nb、Mo、Cu、Wは高価であるが、従来から知られている高温強度を向上させる元素である。本発明はこれらの高価な元素を使用しなくともP含有析出物を活用することで高温強度を向上可能であるので積極的にこれらD群元素を含有する必要はない。従って、それぞれの元素含有量の下限は特に限定せず0%(含まない)でよい。しかし、これら元素を必ずしも排除するものではなく、含有してもよい。
【0028】
Nbは高温強度向上だけでなく、C、Nを析出物として固定化させてr値および製品伸びの向上による加工性向上をもたらす効果がある。さらに、NbはP含有析出物の形成を促進し、P含有析出物の粗大化抑制効果も併せ持ち、長時間時効した際の高温強度低下を抑制する。一方、Nbの過度な含有は合金コストの増大だけでなく加工性の低下を招くため、含有したとしても上限を0.50%とするとよく、0.30%以下、または0.10%以下が好ましい。Nbの効果を確実に得るために0.01%以上含有するとよく、好ましくは0.03%以上であるとよい。
【0029】
Moは高温強度向上だけでなく、耐食性向上に寄与する元素である。一方、Moの過度な含有は合金コストの増大だけでなく加工性の低下を招くため、含有したとしても上限を0.50%とするとよく、0.30%以下、または0.10%以下が好ましい。Moの効果を確実に得るために0.01%以上含有するとよく、好ましくは0.05%以上であるとよい。
【0030】
Cuは高温強度向上だけでなく、耐食性向上に寄与する元素である。一方、Cuの過度な含有は合金コストの増大だけでなく加工性の低下を招くため、含有したとしても上限を2.00%とするとよく、1.50%以下、1.00%以下、または0.50%以下が好ましい。Cuの効果を確実に得るために0.01%以上含有するとよく、耐食性の観点から好ましくは0.05%以上であるとよい。
【0031】
Wは高温強度向上だけでなく、耐酸化性向上に寄与する元素である。一方、Wの過度な含有は合金コストの増大だけでなく加工性の低下を招くため、含有したとしても上限を0.50%とするとよく、0.30%以下、または0.10%以下が好ましい。Wの効果を確実に得るために0.01%以上含有するとよく、耐酸化性の観点から好ましくは0.05%以上であるとよい。
【0032】
以上説明した各元素の他にも、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることができるが、高価な元素であるためできる限り含有しないことが好ましい。従って、それぞれの元素含有量の下限は特に限定せず0%(含まないこと)でもよい。例えば、Bi、Pb、Se、H、Ta等は可能な限り低減することが好ましいが、本発明の効果に影響を及ぼさない範囲で、Bi、Pb、Se、Hは、それぞれ100ppm以下、Taは500ppm以下を含有してもよい。
【0033】
本発明の鋼板の化学成分において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0034】
[金属組織]
<Pの析出量Pp:0.010質量%以上>
P含有析出物により高温強度を向上するため、P含有析出物をPの析出量Ppに換算して0.010質量%以上にするとよい。高温強度を確実に得る観点からPpは好ましくは0.015質量%以上であるとよい。P析出量Ppの上限は特に限定しないが、過剰に増加するとP含有析出物が粗大化して高温強度向上に寄与しなくなるため、Ppは0.080質量%以下が好ましく、さらに好ましくは0.070質量%以下であるとよい。
【0035】
P析出量Ppは次のような手法により測定する。測定対象鋼板から30mm角程度の大きさに切り出した試料を全面#600湿式研磨した後、10%無水マレイン酸および2%テトラメチルアンモニウムクロライドのメタノール溶液中で-100mVの定電位で電解することによりステンレス母材1g分を溶解する。この後溶解液を200μmメッシュのフィルタに通し、溶解せずに残存した析出物をフィルタを用いて捕捉し、純水で洗浄および乾燥した後、王水と過塩素酸により溶解させICPを用いて元素分析を行う。得られたP量を電解による試料の質量変化量で割ることによりPpを算出する。
【0036】
<P含有析出物平均サイズ:0.02μm以上0.20μm未満>
P含有析出物が小さすぎると高温強度向上に寄与しないため、P含有析出物の長径と短径の平均値(P含有析出物平均サイズ。以下、単に平均サイズと呼ぶ場合がある。)が0.02μm以上であるとよく、好ましくは0.03μm以上、0.04μm以上、または0.05μm以上であるとよい。一方、P含有析出物が大きすぎても高温強度向上効果が小さくなるため、P含有析出物平均サイズを0.20μm未満にするとよく、好ましくは0.19μm以下、0.18μm以下、0.17μm以下、0.16μm以下、または0.15μm以下であるとよい。
【0037】
P含有析出物サイズは次のように測定する。測定対象となる鋼板から切り出した試料において、圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面に対し、SPEED法によるエッチングを施した後に走査電子顕微鏡(FE-SEM)にて30000倍の倍率で観察し、析出物の最長長さを長径とし、それに直交する析出物の長さ(幅)のうち最大となるものを短径とし、長径と短径の平均値をP含有析出物平均サイズとする。
【0038】
<P含有析出物平均サイズ0.02μm以上0.20μm未満のP含有析出物の個数密度:1~100個/μm
P含有析出物が高温強度に寄与する際、その個数密度、特に高温強度に有効なサイズである平均サイズ0.02μm以上0.20μm未満のP含有析出物の個数密度が重要である。転位が移動する際にP含有析出物が転位の移動を阻止するためと考えられるからである。高温強度向上効果が得られるためには1個/μmを下限とするとよく、好ましくは3個/μm以上であるとよい。一方、P含有析出物の個数密度を増加するために、過度な個数密度の増加は製造負荷の増大につながるため、P含有析出物の個数密度は100個/μmを上限とするとよく、好ましくは80個/μm以下であるとよい。
【0039】
P含有析出物の個数密度は次のように測定する。測定対象となる鋼板から切り出した試料において、圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面に対し、SPEED法によるエッチングを施した後に走査電子顕微鏡(FE-SEM)にて7000倍の倍率で観察し、平均サイズが0.02μm以上0.2μm未満のP含有析出物の個数を計上し、観察面積で除して密度を算出する。
【0040】
<粒界の単位長さ当たりのP含有析出物個数:10個/μm以下>
高温強度向上のためにはP含有析出物が結晶粒界よりも結晶粒内に分散していることが好ましい。結晶粒界上に析出しているP含有析出物のうち、P含有析出物平均サイズが0.02μm以上0.20μm未満のP含有析出物の個数が結晶粒界単位長さ当たり10個/μm以下であることが好ましく、さらにさらに好ましくは8個/μm以下であるとよい。
【0041】
結晶粒界の単位長さ当たりのP含有析出物個数は次のように算出する。測定対象となる鋼板から切り出した試料において、圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面に対し、SPEED法によるエッチングを施した後に電子顕微鏡にて10000倍の倍率で5視野観察し、観察可能な結晶粒界上のP含有析出物の個数を計上し、JIS G 0551に記載の方法で測定した結晶粒の平均直径dを算出し、観察視野ごとに結晶粒界長さで除して算出した。
【0042】
[製造方法]
次に本発明のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法を説明する。
【0043】
<熱間圧延>
所定の成分を含有するステンレス鋼スラブを加熱後に粗圧延および仕上圧延からなる熱間圧延を実施し、熱延板とする。ステンレス鋼の精錬方法、スラブ鋳造方法、熱間圧延(熱延)方法は常法に従うとよい。
【0044】
<熱延前スラブ加熱温度>
熱延前のスラブ加熱温度が1250℃を超えるとTi炭硫化物(Ti)が加熱中に溶解し、固溶炭素の増加や、熱間圧延過程で再析出することで再結晶が遅れるといった現象が生じる。これらの現象は、仕上熱延後の再結晶不良に起因するローピング発生を招く。また、スラブ加熱中に結晶粒が著しく肥大化してしまい、粗大展伸粒が熱間圧延工程で形成され、製品板の加工性劣化やローピング発生を引き起こす。一方、スラブ加熱温度が1100℃未満の場合は、表面疵発生の原因となり、疵部からの発銹による耐食性劣化をもたらす。このため、熱延前スラブ加熱温度は、1100~1250℃が好ましい。さらに、圧延ロール焼き付きによる生産性低下などを考慮すると、スラブ加熱温度は、下限が1130℃に、上限は1230℃にすることが好ましい。
【0045】
<熱延仕上温度>
熱延仕上温度FTが950℃を下回ると仕上圧延後にP含有析出物が粗大に析出し、仕上焼鈍後に微細析出させることが困難になるため、FTが950℃以上で仕上げることが好ましい。また熱延仕上温度を過度に上げると、熱延板の再結晶が進行し、熱延歪の低減を招き、仕上焼鈍前の総歪量が少なくなるため、熱延仕上温度FTは1050℃以下の温度で行うことが好ましい。さらに好ましくは1000℃以下である。
【0046】
<熱延仕上終了直後の冷却速度>
熱延仕上終了直後に鋼板が高温に長時間晒されると歪の回復や再結晶が起こることで熱延蓄積歪が解放されることに加え、P含有析出物が析出することにつながり、仕上焼鈍後のP含有析出物の析出サイズが粗大化する。熱延仕上終了直後5秒以内に600℃以下まで低下するように冷却することが好ましい。再結晶の観点からより好ましくは3秒以内に600℃以下の温度まで低下させるとよい。
【0047】
<巻取温度>
巻取温度が高いと熱延コイルが徐々に冷えていく過程でP含有析出物の析出や歪の回復や再結晶が起こり、仕上焼鈍後のP含有析出物の粗大化につながるため、巻取温度は600℃以下とすることが好ましい。回復、再結晶の観点からより好ましくは550℃以下である。
【0048】
<熱延板焼鈍省略>
熱延板焼鈍を行うと、製造コスト増大だけでなく、再結晶に伴う熱延蓄積歪が開放され、仕上焼鈍時のP含有析出物の粗大化につながるため、熱延板焼鈍は実施しない。
【0049】
<脱スケール処理>
表面スケールが形成され、後工程にて表面疵等の問題が生じる場合、必要に応じて酸洗等による脱スケール処理を施すことが好ましい。
【0050】
<冷間圧延>
必要に応じて実施する脱スケール処理に続いて、所定の板厚まで冷間圧延を実施する。後工程の焼鈍過程において、冷間圧延後の蓄積歪が多いほど、P含有析出物を微細に析出させることが可能である。仕上焼鈍後のP含有析出物平均サイズを0.20μm未満とするために、冷間圧延率は80%以上とすることが好ましく、より好ましくは85%以上であるとよい。
【0051】
<仕上焼鈍(最終焼鈍)>
以上のような冷間圧延を施したのち、再結晶およびP含有析出物の析出を目的とした仕上焼鈍を施す。P析出量Ppを0.010%以上とし、高温強度向上に必要な0.02μm以上の析出サイズにするため、720℃以上で焼鈍することが好ましく、さらに好ましくは750℃以上であるとよい。焼鈍温度が高すぎるとPが固溶するためP含有析出物の体積率の低減および粗大化を招くため、焼鈍温度は950℃以下が好ましく、さらに好ましくは900℃以下であるとよい。また工業生産における生産性を考慮して、熱処理時間は3分以内とすることが好ましい。一方、熱処理時間が短すぎると析出量を十分に確保できず、高温強度向上効果が得られないため、熱処理時間は30秒以上とすることが好ましい。以上の条件で析出量および析出サイズを制御することで析出密度を1~100個/μm2の範囲に制御することが可能である。
【0052】
さらに、仕上焼鈍における昇温速度が遅すぎるとP含有析出物が結晶粒界に優先的に析出し、粒界の単位長さ当たりの析出物個数が10個/μmを超え、高温強度向上に効果のある粒内析出物密度が低下することにつながるため、60℃/min以上で昇温することが好ましい。
【実施例0053】
次に本発明の実施例を示す。
表1に示す成分を有するステンレス鋼を溶製し、表2に記載の条件で熱間圧延および冷間圧延した後、仕上焼鈍(最終焼鈍)を施して製品板を製造した。得られたフェライト系ステンレス鋼板から試料を切り出し、評価した金属組織および機械的特性を表3に示す。
【0054】
<特性評価方法>
[P析出量Pp]
30mm角程度の大きさに切り出した試料を全面#600湿式研磨した後、10%無水マレイン酸および2%テトラメチルアンモニウムクロライドのメタノール溶液中で-100mVの 定電位で電解することによりステンレス母材1g分を溶解し、溶解液を200μmメッシュのフィルタに通し、溶解せずに残存した析出物を、フィルタを用いて捕捉し、純水で洗浄および乾燥した後、王水と過塩素酸により溶解させICPを用いて元素分析を行った。得られたP量を電解による試料の質量変化量で割ることによりPpを算出した。高温強度向上が認められるPpが0.010%以上を合格とした。
【0055】
[P含有析出物の平均サイズ]
各試料の圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面に対し、SPEED法によるエッチングを施した後に電子顕微鏡にて30000倍の倍率で3視野撮影した組織写真から析出物の長径と短径の平均サイズが最大となるP含有析出物の前記平均サイズを算出し、視野中の析出物の平均値を算出した。高温強度向上効果の認められる0.02μm以上0.20μm未満を合格とした。
【0056】
[P含有析出物の個数密度]
仕上焼鈍鋼板の圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面に対し、SPEED法によるエッチングを施した後に電子顕微鏡にて7000倍の倍率で5視野撮影した組織写真からP含有析出物のうちP含有析出物の平均サイズが0.02μm以上0.20μm未満のP含有析出物の個数を計上し、撮影面積で除して密度を算出した。高温強度向上効果の認められる1個/μm2以上100個/μm2以下を合格とした。
【0057】
[粒界の単位長さ当たりの析出物個数]
試料において圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面に対し、SPEED法によるエッチングを施した後に電子顕微鏡にて10000倍の倍率で5視野観察し、観察可能な結晶粒界上のP含有析出物の個数を計上し、JIS G 0551に記載の方法で測定した結晶粒の平均直径d算出し、各観察視野ごとに結晶粒長さで除して算出した。高温強度向上効果が顕著になる粒界の単位長さ当たりのP含有析出物個数10個/μm以下を合格とした。
【0058】
[高温強度(850℃の0.2%耐力)]
高温強度は850℃における0.2%耐力で評価する。評価方法は、JIS Z 2241 13B号試験片を圧延方向に平行に採取し、850℃で引張試験を実施し、0.2%耐力を測定した(JIS G 0567に準拠)。850℃の0.2%耐力が従来品レベルの16MPa以上で合格とした。
【0059】
[常温の一様伸び]
加工性の指標として常温での一様伸びを評価した。JIS Z 2241 13B号試験片を圧延方向に平行に採取した。さらに、これらの試験片について引張試験機を用いて引張試験を実施し、一様伸びを測定した(JIS Z 2241に準拠)。複雑形状の加工に必要な18%以上を合格とした。高温強度(850℃の0.2%耐力)を達成するだけでなく、常温での加工性も確保する観点からである。
【0060】
<特性評価>
表3の発明例C1~C17に示す通り、成分およびP析出量Pp、P含有析出物の析出サイズ、個数密度を適正に制御することで高温強度および常温の伸びを制御することができ、合金コストを増大することなく常温での加工性および高温強度を両立することが可能である。
【0061】
比較例c1、c5、c10、c12はC、Nが既定の範囲外のため、P析出量PpおよびP含有析出物の個数密度を十分確保できず、850℃の0.2%耐力が低い。
比較例c2、c3、c4、c7、c8、c11、c12はSi、Mn、P、Cr、Al、Tiが既定の範囲外のため、伸びが低い。
c6はSが過剰なため熱延中に板が割れ、冷延焼鈍鋼板を製造できなかった。
c9は製造条件が好ましい範囲外のため、P含有析出物が粗大であり、個数密度が低く、850℃の0.2%耐力が低い。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は自動車、建築物、機械装置をはじめとするあらゆる産業において利用することができる。