(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043265
(43)【公開日】2024-03-29
(54)【発明の名称】バリア層構造の製造方法およびバリア層構造
(51)【国際特許分類】
B05D 7/24 20060101AFI20240322BHJP
B05D 3/06 20060101ALI20240322BHJP
B05D 5/00 20060101ALI20240322BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20240322BHJP
【FI】
B05D7/24 302A
B05D3/06 102Z
B05D5/00 Z
B32B9/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022148356
(22)【出願日】2022-09-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ACS Appl.Nano Mater.,2021,vol.4,no.10,p.10344-10353
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「マテリアル×プロセスイノベーションによる革新的ソフト3D界面の創製とやわらかものづくり革命への展開に関する国立大学法人山形大学による研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】硯里 善幸
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 樹
【テーマコード(参考)】
4D075
4F100
【Fターム(参考)】
4D075AE03
4D075BB26Z
4D075BB42Z
4D075BB46X
4D075BB46Z
4D075BB53Z
4D075BB65X
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4D075BB93Z
4D075BB94Z
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4D075DC36
4D075EA07
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4D075EB22
4D075EB33
4D075EB42
4D075EB43
4F100AK25C
4F100AK52C
4F100AK53C
4F100AK79B
4F100AT00A
4F100BA02
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4F100BA08
4F100BA42B
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4F100EJ52A
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4F100JB13C
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4F100JD02
4F100JN18B
4F100YY00B
(57)【要約】
【課題】ポリシラザン化合物に波長230nm以下の紫外光を照射することにより、バリア性の高い窒化ケイ素系バリア層構造を製造する方法およびバリア層構造を提供する。
【解決手段】Si-Nを主骨格とするポリシラザン化合物を含む溶液を対象物に塗布または印刷する工程1と、窒素雰囲気下に、波長230nm以下の紫外光を対象物上のポリシラザン化合物に照射し、窒化ケイ素系層を形成する工程2とを有することを特徴とするバリア層構造の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si-Nを主骨格とするポリシラザン化合物を含む溶液を対象物に塗布または印刷する工程1と、
窒素雰囲気下に、波長230nm以下の紫外光を対象物上のポリシラザン化合物に照射し、窒化ケイ素系層を形成する工程2と
を有することを特徴とするバリア層構造の製造方法。
【請求項2】
前記ポリシラザン化合物が、パーヒドロポリシラザン(PHPS)であることを特徴とする請求項1に記載のバリア層構造の製造方法。
【請求項3】
前記波長230nm以下の紫外光が、波長100~190nmの真空紫外光であり、
照射する紫外光の積算光量が6000~24000J/cm2であることを特徴とする請求項1に記載のバリア層構造の製造方法。
【請求項4】
波長100~190nmの真空紫外光に加えて、波長200~230nmの紫外光をさらに照射することを特徴とする請求項3に記載のバリア層構造の製造方法。
【請求項5】
前記工程1および工程2に加えて、さらに、紫外線硬化性ポリシロキサン、アクリル樹脂およびエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも一種を含む溶液を、対象物上の窒化ケイ素系膜に塗布または印刷し、光または熱により硬化させて樹脂層を形成する工程3を有することを特徴とする請求項1に記載のバリア層構造の製造方法。
【請求項6】
前記工程1~工程3をこの順に複数回行い、窒化ケイ素系層と前記樹脂層とを交互に積層させることを特徴とする請求項5に記載のバリア層構造の製造方法。
【請求項7】
前記工程2において、波長230nm以下の紫外光を15~40℃の温度下に照射することを特徴とする請求項5に記載のバリア層構造の製造方法。
【請求項8】
前記工程1に先立ち、対象物を真空紫外光またはUVオゾン洗浄により表面改質することを特徴とする請求項1に記載のバリア層構造の製造方法。
【請求項9】
前記バリア層構造の膜厚が150~250nmであることを特徴とする請求項1に記載のバリア層構造の製造方法。
【請求項10】
対象物上に形成された窒化ケイ素系層構造において、
対象物に近い部分の屈折率が1.50~1.6であり、
対象物から遠い部分であり、窒化ケイ素系層の表面付近の屈折率が1.6~1.9であることを特徴とするバリア層構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空紫外光をポリシラザン化合物に照射することにより、窒化ケイ素系バリア層構造を製造する方法およびそのバリア層構造に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスバリア膜は包装やエレクトロニクスなど、幅広い分野で使用されている。特にエレクトロニクス製品では、水蒸気に対する高いバリア性能が要求される。水蒸気に対するバリア性能の指標は、水蒸気透過度(WVTR;Water Vapor Transmission Rate)であり、有機EL素子や太陽電池などの半導体デバイスでは、水蒸気透過度が10-3~10-6g/m2/dayのバリア性能が求められる。
【0003】
原子層堆積法(ALD)や化学気相成長法(CVD)などの真空プロセスで作製した無機バリア膜は、非常に低い水蒸気透過度を達成している。また、前記無機バリア膜の応力を緩和するため、応力緩和層としてポリマーを導入した、無機バリア膜と応力緩和層との無機/有機交互積層構造を有するバリア構造も提案されている。しかしながら、真空プロセスでは材料利用効率が低く、大気圧/真空の気圧差のあるプロセスを繰り返すことによる異物の付着等の問題もある。また、成膜速度も、ウェットプロセスと比べると遅い。交互積層構造においては、ポリマーは一般に塗布により作製されるため、真空プロセスと塗布プロセスとを交互に行わなければならず、製造コストが高くなる。
【0004】
一方、ウェットプロセスで応力緩和層と無機バリア膜とを作製するガスバリア層も報告されている。全溶液プロセスでは、高い資源効率および高い処理量(スループット)を実現でき、かつ、製造コストを低く抑えることができる。しかしながら、一般的なゾルゲル法などによる全溶液プロセスによる膜の水蒸気透過度は3~350g/m2/dayであり、その緻密性およびバリア性は真空プロセスに比べて低い。
【0005】
真空プロセスによるバリア膜の成膜では、成膜速度などのスループットが低いことが課題である。そこで、パーヒドロポリシラザン(PHPS)を用いて、真空プロセスとウェットプロセスとを組み合わせた成膜方法が検討されている。
パーヒドロポリシラザン(PHPS)はSi-N結合を主骨格とする反応性高分子であり、塗布などのウェットプロセスでの成膜が可能である。大気中で加熱すると、酸素との酸化反応によりSiO2膜に変換されるが、加熱せずに、大気下で真空紫外光(VUV)を照射しても、SiO2膜に変換することができる。パーヒドロポリシラザンから得られたSiO2膜のバリア性は10-1~10-2g/m2/dayであり、作製条件によっては10-3g/m2/day程度まで水蒸気透過度を低くすることができる。
【0006】
しかしながら、SiO2膜のバリア性は低く、水蒸気に敏感なエレクトロニクスに応用し難い。パーヒドロポリシラザンは窒素雰囲気下で真空紫外光を照射することで、窒化ケイ素(Si3N4)系膜への変換が可能である。そこで、本発明者らは、ウェットプロセスでコートしたパーヒドロポリシラザン(PHPS)膜に窒素雰囲気下で真空紫外光(VUV)を照射して硬化させることで、高い水蒸気バリア性を有する窒化ケイ素系膜が得られることを報告した(非特許文献1)。
【0007】
非特許文献1では、応力緩和層にSi-O結合を主骨格とするポリジメチルシロキサン(PDMS)、バリア層にパーヒドロポリシラザン(PHPS)を用いた全溶液プロセスで作製されたガスバリア層が報告されており、水蒸気透過度は10-3g/m2/dayを達成している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】ACS Appl. Mater. Interfaces 11 (46), 43425-43432 (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
この低い水蒸気透過度は、真空紫外光(VUV)の照射による緻密化によって実現される。しかしながら、パーヒドロポリシラザン膜に対する真空紫外光の進入長が短いために、真空紫外光処理後のパーヒドロポリシラザン膜の緻密性には分布があり、パーヒドロポリシラザン膜の内部の密度と比べて、基板から約90nmの表面付近は非常に密度が高い。
パーヒドロポリシラザン膜は、真空紫外光の照射を受けると、Si-H結合やN-H結合が切断されるだけでなく、主鎖のSi-N結合が切断-再結合を繰り返すことによる原子再配置によって空隙率が減少し、緻密化が進行する。
【0010】
そこで、本発明は、真空紫外光の波長および照射量を調節することで、膜を均一に緻密化し、かつ、水蒸気透過度が10-3g/m2/dayを下回るバリア性能を有するバリア層構造の形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は以下の事項からなる。
[1]大気下または窒素雰囲気下に、Si-Nを主骨格とするポリシラザン化合物を含む溶液を対象物に塗布または印刷する工程1と、窒素雰囲気下に、波長230nm以下の紫外光を対象物上のポリシラザン化合物に照射し、窒化ケイ素系層を形成する工程2とを有することを特徴とするバリア層構造の製造方法。
[2]前記ポリシラザン化合物が、パーヒドロポリシラザン(PHPS)であることを特徴とする[1]に記載のバリア層構造の製造方法。
[3]前記波長230nm以下の紫外光が、波長100~190nmの真空紫外光であり、前記紫外光の積算光量が6000~24000J/cm2であることを特徴とする[1]に記載のバリア層構造の製造方法。
[4]波長100~190nmの真空紫外光に加えて、波長200~230nmの紫外光をさらに照射することを特徴とする[3]に記載のバリア層構造の製造方法。
[5]前記工程1および工程2に加えて、さらに、紫外線硬化性ポリシロキサン、アクリル樹脂およびエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも一種を含む溶液を、対象物上の窒化ケイ素系層に塗布または印刷し、光または熱により硬化させて樹脂層を形成する工程3を有することを特徴とする[1]に記載のバリア層構造の製造方法。
【0012】
[6]前記工程1~工程3をこの順に複数回行い、窒化ケイ素系層と前記樹脂層とを交互に積層させることを特徴とする[5]に記載のバリア層構造の製造方法。
[7]前記工程3において、波長230nm以下の紫外光を15~40℃の温度下に照射することを特徴とする[5]に記載のバリア層構造の製造方法。
[8]前記工程1に先立ち、対象物を真空紫外光またはUVオゾン洗浄により表面改質することを特徴とする[1]に記載のバリア層構造の製造方法。
[9]前記バリア層構造の膜厚が150~250nmであることを特徴とする[1]に記載のバリア層構造の製造方法。
[10]対象物上に形成された窒化ケイ素系層構造において、対象物に近い部分の屈折率が1.50~1.6であり、対象物から遠い部分であり、窒化ケイ素系層の表面付近の屈折率が1.6~1.9であることを特徴とするバリア層構造。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、対象物にポリシラザン化合物を含む溶液を塗布または印刷し、窒素雰囲気下で、波長100~190nmの真空紫外光を照射し、6000~24000J/cm2の積算光量でポリシラザン化合物被膜に照射することで、水蒸気透過度10-4~10-6g/m2/dayの高いバリア性能を有する窒化ケイ素系バリア層構造を得ることができる。
波長100~190nmの真空紫外光は、その多くが層表面で吸収されるため、層内部に比べて表面が高密度化するが、波長200~230nmの紫外光でさらに照射することで、層内部が高密度化し、層構造全体が均一に密度化したバリア層構造を得ることができる。
本発明によれば、ポリシラザン化合物を用いた塗布型の高純度シリコンコーティング材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、PHPS膜厚とVUV積算光量とバリア性能との関係を表す棒グラフである。
【
図2】
図2(a)は、膜厚約350nmのPHPS膜にVUV光を照射したときの屈折率分布(膜厚方向)を示し、
図2(b)は、PHPS膜厚200nmにおけるVUV積算光量とWVTRの関係を示し、
図2(c)は、VUV積算光量12,000mJ/cm
2におけるPHPS膜厚とWVTRとの関係を示す。
【
図3】
図3は、代表的な条件におけるクラックや剥離のSEM画像と水蒸気透過率を表す。
【0015】
【
図4】
図4は、波長222nmのエキシマランプで照射した時の分光エリプソメトリーによる屈折率分布の結果を表す。
【
図5】
図5は、波長172nmのエキシマランプで照射した時の分光エリプソメトリーによる屈折率分布の結果を表す。
【
図6】
図6は、波長172nmの光照射後(6,000mJ/cm
2)、波長222nmの光を照射した場合の屈折率分布を表す。
【
図7】
図7は、大気下および窒素下のプロセスで得られたPDMS表面の水の濡れ性を接触角で表している。
【
図8】
図8は、ウェットコートを窒素下および大気下で行ったときのPHPS層の屈折率分布を表す。
【
図9】
図9は、60℃/90%RH下に保存した有機EL素子の発光曲線(倍率50倍、視野2mm×1.5mm)を表す。
【
図10】
図10は、実施例4で作製した有機EL素子の層構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のバリア層構造の製造方法は、Si-Nを主骨格とするポリシラザン化合物を含む溶液を対象物に塗布または印刷する工程1と、窒素雰囲気下に、波長230nm以下の紫外光を対象物上のポリシラザン化合物に照射し、窒化ケイ素(SixNy)系層を形成する工程2とを有する。
【0017】
工程1では、Si-Nを主骨格とするポリシラザン化合物を含む溶液を対象物に塗布または印刷する。
ポリシラザン化合物には、ヘキサメチルジシラザン(HMDS)などのオルガノポリシラザンの他、パーヒドロポリシラザン(PHPS)またはその変性物などが用いられる。これらのうち、-SiH2-NH-で表される繰り返し単位を有するパーヒドロポリシラザン(PHPS)またはその変性物が好ましい。ポリシラザン化合物の数平均分子量は、通常は100~5万である。パーヒドロポリシラザンは、鎖状、環状、または分子内にこれらの構造を同時に有するものがあり、単独または二種以上混合して用いることができる。なお、パーヒドロポリシラザン(PHPS)は、半導体シリコンウエハーの製造プロセスで表面処理剤として使用され、シリコンウエハー表面を疎水性に改質して、水分除去やフォトレジストの密着を高める働きをする。
【0018】
本発明においては、前記したようなポリシラザン化合物を含む溶液を適当な対象物にコートした後、形成された被膜を波長230nm以下の紫外光で照射する。
ポリシラザン化合物を溶解させる溶媒は、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、ジエチルベンゼン、トリメチルベンゼンおよびトリエチルベンゼンなどの芳香族化合物;ペンタン、2-メチルブタン、ヘキサン、2-メチルペンタン、ヘプタン、2-メチルヘキサン、オクタン、2,2,4-トリメチルペンタン、ノナン、デカンおよび2-メチルノナンなどの鎖状炭化水素化合物;エチルシクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、シクロヘキサン、p-メンタン、デカヒドロナフタレンおよびジペンテンなどの環状炭化水素化合物;ジプロピルエーテル、ジブチルエーテル(DBE)およびメチル-t-ブチルエーテル(MTBE)などのエーテル類;ならびにメチルイソブチルケトン(MIBK)などのケトン類である。これらは一種を単独でも、溶媒の蒸発速度の調整のため、二種以上を混合して用いてもよい。
【0019】
ポリシラザン化合物の溶液の濃度は、通常は5~95重量%、好ましくは5~20重量%である。
前記ポリシラザン化合物の溶液には、本発明の効果を損なわない範囲内において、充填剤、レベリング剤、帯電防止剤および紫外線吸収剤などの添加剤を含有してもよい。充填剤の添加量はポリシラザン化合物1重量部に対して、通常は0.05~10重量部、好ましくは0.2~3重量部である。
【0020】
対象物には、特に限定されるものではないが、バリアの観点から透湿性を有するものが選択されやすく、例えば、ポリイミド(PI)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリエチレン(PE)およびポリカーボネート(PC)などが用いられる。
或いは、用途に応じて、厚み10~150μm程度の薄膜ガラスなどを用いてもよい。薄膜ガラスは、単体でもよいし、薄膜ガラスにアルミニウム箔などの金属箔や樹脂フィルムを積層またはラミネートしたものでもよい。またステンレス箔やアルミニウム箔、銅箔などの金属箔を用いても良い。
【0021】
ポリシラザン化合物の溶液を対象物にコートする方法は、塗布および印刷のいずれでもよい。塗布または印刷の方法は、例えば、スピンコート法、ロールコート法、フローコート法、インクジェット法、スプレーコート法、ディップコート法、流延成膜法、バーコート法、ダイコート法、グラビア印刷法、およびスクリーン印刷法などである。塗布または印刷の前に、対象物の表面を脱脂または洗浄しておくと、ポリシラザン化合物が付着しやすくなる。
塗布または印刷は、室温で、窒素などの不活性雰囲気下に行ってもよいし、大気下に行ってもよい。密閉系となる不活性ガス雰囲気下で行う必要がなく、室温・大気下で行うことができることは、省力・低コストにつながる。
【0022】
工程1に先立ち、対象物である基板を真空紫外光または紫外光によるオゾン洗浄により表面改質してもよい。真空紫外光または紫外線により発生したオゾンから分離した活性酸素が、基板表面に衝突して表面の有機汚染物質を分解して除去する。オゾン洗浄により表面改質された基板は濡れ性が向上し、ポリシラザンの溶液が塗布または印刷しやすくなる。また酸素が共存しない真空紫外光または紫外線照射においても、基板表面に付着している有機物の分解により基板の濡れ性が向上し、印刷・塗工しやすくなる。
【0023】
工程2では、窒素雰囲気下に、波長230nm以下の紫外光(UV)を対象物上のポリシラザン化合物に照射し、窒化ケイ素を形成する。大気下に紫外光を照射した場合、窒化ケイ素ではなく酸化ケイ素(IV)が形成される。
【0024】
照射する紫外線の積算光量は、6000~24000J/cm2が好ましく、10000~15000J/cm2がより好ましい。積算光量(mJ/cm2)は紫外線強度(mW/cm2)×硬化時間(sec)で求められる。
また、工程2は、室温(概ね15~40℃)で行うことができる。例えば、100~120℃の加温下に行ってもよいが、室温でも同等の効果が得られる。
【0025】
波長230nm以下の紫外光(UV)は、具体的に言うと、波長100~190nmの真空紫外光(VUV)である。波長100~190nmの真空紫外光(VUV)の照射は、通常、市販のエキシマランプ(波長172nm)を用いて行う。
【0026】
本発明では、対象物にポリシラザン化合物の溶液を塗布し、波長100~190nmの真空紫外光(VUV)を照射した後、さらに、波長200~230nmの紫外光を照射することが好ましい。波長100~190nmの真空紫外光(VUV)を照射することで、塗布膜の表面に近い部分のSiN化が進んで、緻密化する。このとき、バリア層の表面に近い部分の屈折率は1.6~1.9、好ましくは1.65~1.76となり、バリア層の対象物に近い部分の屈折率は1.50~1.6、好ましくは1.50~1.54となる。すなわち、SiNバリア層の対象物に近い内部と表面に近い部分とで緻密度が異なる。なお、ここで屈折率は分光エリプソメトリーから求めることができる。屈折率分布は表面にわずかに形成されるSiO2層を入れた4層での解析モデルでの値である。
【0027】
一方、波長100~190nmの真空紫外光(VUV)を照射後に、波長200~230nmの紫外光を続いて照射すると、内部まで光が進入する。これは200~230nmの紫外光は、ポリシラザンの吸収係数が低いため内部まで進入し、かつSiN化反応を起こすことができる波長である。結果として、塗布膜の内部のSiN化が進んで、緻密化し、塗布膜全体が均一にSiN化されて、屈折率が全体として1.6~1.9となる。本発明では、波長100~190nmの真空紫外光(VUV)と、波長200~230nmの紫外光とを併用し、それぞれ1回~数回照射することにより、膜表面から内部まで高密度化されたバリア層構造を形成することが可能となる。波長200~230nmの紫外光の照射は、通常、市販のエキシマランプ(波長222nm)を用いて行う。
【0028】
本発明のバリア層構造の製造方法では、前記工程1および工程2に加えて、さらに、硬化性ポリシロキサン、アクリル樹脂およびエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも一種の樹脂を含む溶液を、対象物上の窒化ケイ素系被膜に塗布または印刷し、光または熱により硬化させる工程3を有することが好ましい。
【0029】
硬化性ポリシロキサンは、シリコーン樹脂であり特にポリジメチルシロキサン(PDMS)が好ましく、変性されたPDMSでもよい。また紫外線硬化性PDMSが好ましい。紫外線硬化性PDMSは一般的に粘度が高く低分子シロキサンにより希釈しても良い。低分子シロキサンの例として4~20個のケイ素原子を有する環状または直鎖状シロキサンである。紫外線硬化性ポリシロキサンとしては、紫外線照射で硬化するものであれば、特に限定されることはなく、例えば、シロキサン鎖の両末端にアクリル基を有する化合物であってもよい。市販品には、例えば、環状オクタメチルシクロテトラシロキサン(D4)、デカメチルシクロペンタシロキサン(D5)、ドデカメチルシクロヘキサシロキサン(D6)、テトラデカメチルシクロヘプタシロキサン(D7)、直鎖状シロキサン類(L4~L14)(いずれも信越化学工業(株)製)などがある。沸点が高い低分子シロキサンはPDMSと共存することでシリコーンゲルを形成する。これにより強度や柔らかさを調整しても良い。
【0030】
この樹脂層の形成は窒素および大気のいずれの雰囲気下で行うこともできるが、大気下で行うことが好ましい。この理由は、大気下で形成された樹脂層は、窒素下で形成された樹脂層に比べて、接触角計にて測定した水の濡れ性が大幅に小さく(
図7)、ポリシラザン化合物の溶液をウェットコートしやすいためである。また、大気下で行う方がコストの面でも優れている。
【0031】
本発明の好ましい形態では、バリア構造は、SiN層を形成した前もしくは後に、紫外線硬化性ポリシロキサン、アクリル樹脂、またはエポキシ樹脂を有機溶剤に溶解させた溶液を塗布または印刷して、光または熱硬化させて、SiN層の上もしくは下に樹脂層を形成する。SiN層の上もしくは下に樹脂層を形成することで、バリア層の応力が緩和され、歪みの発生を防止し、バリア層が破断するのを抑えることができる。
【0032】
前記工程1~工程3はこの順に1回~複数回行い、窒化ケイ素系膜と前記樹脂膜とを交互に積層させてもよい。SiN層と樹脂層とからなる層を1ユニットとすると、1ユニットでも十分に応力緩和の効果を発揮するが、5ユニット程度でもよく、1~3ユニット程度がより好ましい。バリア層構造の膜厚は、150~250nmが好ましく、200~250nmがより好ましい。
【0033】
波長172nmのエキシマランプ、好ましくは、波長172nmおよび波長222nmのエキシマランプを併用した場合の照射時間は、用いるエキシマランプの強度に依存するが、例えば対象物に85mW/cm2で照射できるエキシマランプを用いた場合にはバリア層一層当たり1~3分である。3ユニットでは3~9分となる。なお、非特許文献1では、PHPSバリア層一層当たり5分の照射時間が必要であり、10-3g/m2/dayを達成した3ユニットでは、合計15分の長い処理時間が必要である。
【0034】
本発明のバリア層構造は、対象物の上に形成され、バリア層の外表面に近い部分の屈折率が1.6~1.9、好ましくは1.65~1.76であり、バリア層の対象物に近い部分の屈折率が1.50~1.6、好ましくは1.50~1.54である。本発明のバリア層構造の水蒸気透過率(WVTR)は5×10-5~5×10-4g/m2/dayであり、従来は3×10-3g/m2/day程度であったバリア性能より2桁小さく、大幅に向上している。水蒸気透過率(WVTR)は、単位時間(1日)および単位面積(m2)当たりの水蒸気量(g)である。
【0035】
本発明のバリア層構造のバリア性能を決定する重要なパラメータは、膜厚やVUV照射量であると推測される。
図1に示すように、前記バリア層構造は、膜厚が200~250nm、積算光量6000~12000J/cm
2の積算光量のとき、水蒸気透過率(WVTR)が最も低い。
【実施例0036】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例により制限されるものではない。
【0037】
[実施例1]
<屈折率の測定>
洗浄したシリコンウエハー上に、パーヒドロポリシラザン(PHPS)の20wt%ジブチルエーテル(DBE)溶液(信越化学工業(株)製)をスピンコート法により成膜した。表1に示すように、膜厚は、溶液濃度およびスピンコート回転数を調整して制御した(実験例1~24)。溶液の調製およびスピンコートは、窒素を充填したグローブボックス(水および酸素の濃度は<10ppmとする)内で行った。さらにグローブボックス中に設置したエキシマランプにて窒素下172nmの真空紫外光(VUV光)を照射して、光緻密化したPHPS層をシリコンウエハー上に形成した。エキシマランプには、浜松ホトニクス(株)製 FLAT EXCIMER(照射強度20mW/cm2)または(株)エム・ディ・コム製 MEIRHA-MS-1-152-H(照射強度85mW/cm2)を使用した。VUV照射量は、紫外線積算光量計(浜松ホトニクス(株)製 C9536-センサヘッドH9535-172)を用いて算出した。
分光エリプソメトリー(ジェー・エー・ウーラム・ジャパン(株)製 VASE32)により、シリコンウエハー上の光緻密化されたPHPS層の膜厚方向における屈折率分布を測定した。エリプソメトリー測定では、入射光の角度を45°から75°まで5°刻みで変化させた。実験的エリプソメトリックパラメータ(ΨとΔ)で表される光の偏光状態を、SiO2を含む4層光学モデルとガウス振動子を含む3つの単層モデルを用いて解析した。なお、屈折率測定では、バリア層(SiN層)となる光緻密化したポリシラザン層の屈折率を厳密に測定するため、シリコンウエハー上にポリシラザン層を1層だけコートし測定した。
【0038】
<バリア膜の作製とバリア性能の測定>
ポリイミドフィルム(PIフィルム:Xenomax、Ra:~0.5nm、厚み:38μm、サンプルサイズ:50mm×50mm、ゼノマックスジャパン(株)製)上に、応力緩和層となる、UV硬化型ポリジメチルシロキサン(PDMS)のオリゴマーと架橋剤(信越化学工業(株)製 X-34-4184 A and B)と低分子環状デカメチルシクロペンタシロキサン(D5)(信越化学工業(株)製)とを、オリゴマー:架橋剤:D5=1:1:16(重量比)の割合で自転公転ミキサー(2000rpm、4分)にて混合し、PDMS-D5溶液を調製した。グローブボックス中で窒素雰囲気下、PDMS-D5溶液を6000rpm、30秒でポリイミドフィルム上にスピンコートし、高圧水銀灯を用いてUVを1分間照射し、UV硬化型PDMS層を硬化させた。その後、VUVを窒素下3分間照射し、PDMSの表面をSiO2化させ、膜厚約150nmのPDMS硬化体層を形成した。
PDMS硬化体層の上に、20wt%PHPSのDBE溶液を窒素下でスピンコートし、VUV光照射して、バリア層となるPHPS硬化体層を得た。PHPS硬化体層の形成方法は<屈折率の測定>におけるPHPSコートと同様である。
ポリイミドフィルムおよびPDMS硬化体層の上に形成されたバリア層をガス透過率測定装置((株)MORESCO製Super-Detect)にて性能評価した。測定条件は40℃/90%RHとした。バリア層の性能評価としては、サンプルをセットし、水蒸気透過率が定常状態になった値をそのバリア層構造の水蒸気透過率(WVTR)とした。
【0039】
<バリア膜表面の観察>
バリア層構造の表面観察を走査型電子顕微鏡(SEM)(日本電子(株)製JSM-IT100)にて行った。帯電防止のため、イオンコーターにてPtをバリア層の表面に薄く(<2nm)コートした。
結果を表1に示す。
【0040】
【表1】
表1中、PHPS膜厚(nm)は分光エリプソメトリーにより求めた総厚である。
VUV積算光量(mJ/cm
2)は、VUV光量×時間によって求めた。
バリア性能(WVTR)は40℃/90%RHにおける水蒸気透過率である。
バリア性能が~10
-4g/m
2/dayを〇とし、~10
-3g/m
2/dayを△とし、>10
-2g/m
2/dayを×とした。
屈折率(MAX)には分光エリプソメトリーにより得られた4層モデルにおいて最も高い屈折率を表記した。組成が同じ場合、屈折率は密度と相関することから、屈折率が高いことは密度が高いことを示す。
クラックの有無は走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した結果を示している。クラックは無い方が、水蒸気を透過し難いといえる。
【0041】
実験例1~24の結果を三次元の棒グラフにまとめたものを
図1に示す。X-Y軸はPHPSの膜厚(nm)とVUV光の積算光量(mJcm
-2)であり、Z軸は水蒸気透過率WVTR(g/m
2/day)である。
【0042】
水蒸気透過率WVTR(g/m
2/day)が小さいほど、バリア性能は高い。
図1より、最も高いバリア性能を示すのはPHPS膜厚が200~250nmかつVUV積算光量が12,000mJ/cm
2の時であることがわかる。このときバリア性能は2×10
-4g/m
2/dayである。
【0043】
この理由を各種分析から明らかとした。
膜厚約350nmのPHPS膜にVUV光を照射したときの屈折率分布(膜厚方向)を
図2(a)に示す。本来はVUV光の吸収によりPHPSの光緻密化は連続的に起こるが、屈折率および膜厚を高精度に得るため、バリア層を4層に分け、4層でのフィッティングを行った。
図2(a)は、各層の平均的な屈折率とその膜厚を示している。またSIMS分析から、最表層はSiO
2層が形成されていることが明らかであるため、最表層に関してはSiO
2層としてフィッティングした。
【0044】
VUV光を照射することで、特に表面(Top)の屈折率が向上した。照射なしの屈折率1.54から72,000mJ/cm2のVUV光照射で1.76まで向上している。この屈折率向上は密度上昇を示している。またTop層ほどではないが、バリア層の中間部にあるMid層においても、屈折率が向上した。72,000mJ/cm2照射時に1.65まで向上している。一方で、シリコン基板の表面にあるBot層ではほとんど屈折率の向上が見られなかった。これは表面層でVUV光(λ=172nm)が吸収されるため、Bot層までVUV光が届いていないことを示している。
【0045】
ここで、屈折率が向上するTop層とMid層の膜厚に着目する。Top層+Mid層の総膜厚は160~170nmである。
図2(c)にVUV積算光量12,000mJ/cm
2におけるPHPS膜厚とWVTRとの関係を示す。このグラフから明らかなように、膜厚が150nm以下では高いバリア性能は得られない。これは高密度化するPHPS膜厚は160~170nmであるため、膜厚が足りないためと考えられる。
図2(c)のグラフより、200nm前後が最も特性が得られる膜厚であることがわかる。
【0046】
一方で、VUV積算光量が増えるほど屈折率(密度)が上昇することから、バリア性能は単調増加すると予想される。
図2(b)にPHPS膜厚200nmにおけるVUV積算光量とWVTRの関係を示す。VUV積算光量は12,000mJ/cm
2を境としてさらに照射することで、バリア性能が低下することがわかった。
【0047】
その理由を明らかとするために、走査型電子顕微鏡(SEM)による表面観察を行った。代表的な結果を
図3に示す。
図3中のRegion(iii~v)は
図1のi~vを表している。SEM画像からわかるように、表面にクラック(ひび割れ)もしくは剥離が起こっていた。条件によって異なるが、クラック幅や剥離サイズは、水蒸気透過率(WVTR)に相関があることが見て取れる。すなわち、クラック幅や剥離サイズが大きい場合には、そこからの水蒸気の浸入があるため、バリア性能は低い。表1にクラックの有無のみを記載している。クラック幅が小さい場合にはバリア性能の低下は少ないので、高いバリア性能を得るためには、クラックが無いバリア層構造を作製する必要がある。
【0048】
これらクラックや剥離が起こる理由であるが、PHPSの光焼成反応に起因する。以下にPHPSのVUV光反応を示す。VUV光によりPHPSのSi-HやN-Hが光開裂を受け、水素が脱離する。すなわち、PHPSのVUV光反応は体積収縮の系である。VUV光を照射することで、PHPSの高密度化が進行するが同時に内部応力が発生し増大する。そのため、強照射条件では、クラックが発生したと考えられる。またクラックは膜厚や下層との密着性にも依存する。特に厚膜の条件である膜厚500nmの条件では、下層との界面までVUV光が届かないために低密着性であることに加え、PHPS層の内部でも応力の大小があることから、クラックが起きやすい条件になったと思われる。
【0049】
【化1】
これらのことから、PHPS層の膜厚は200~250nm、VUV積算光量は12,000mJ/cm
2近辺がバリア性能として最適であることがわかった。
【0050】
[実施例2]
VUV照射源として、172nmのエキシマランプに加え、222nmのエキシマランプも併用し、屈折率測定と表面観察を行った。用いた装置は(株)エム・ディ・コム製MEIRHA-MS-1-152-Hであり、172nmと222nmのランプが併設された装置である。それ以外は、実施例1と同様である。
分光エリプソメトリーによる屈折率分布の結果を、222nm照射を
図4に、172nm照射を
図5に示す。
【0051】
図4および
図5から、222nm照射では、172nm照射と比較すると、PHPSの中央(Mid層)の屈折率が向上することがわかる。これは各波長における吸光度に大きく影響することを示している。すなわち、222nmの吸光度は172nmの吸光度に比較して低いため、表面で光が吸収されず、内部まで光が進入し高密度化する。172nmと222nmの光源を組み合わせることで、膜内部まで高密度化することが可能となる。
【0052】
そこで、172nm光照射後、222nm光照射した。その結果を
図6に示す。
図6から、Top層とMid層に同程度に高い屈折率を有した構造を作製できることがわかる。さらにこのサンプルのSEM観察では、クラックを見つけることができず、高いバリア性能が達成されると考えられる。
【0053】
[実施例3]
実施例1および2では、グローブボックス内で窒素下に、応力緩和層であるPDMS層とバリア層であるPHPS層とをスピンコート成膜し、VUV光照射を行ったが、実施例3では、PDMS層の形成は、全てのプロセスを大気下(酸素、水蒸気存在下)で行い、PHPS層の形成は、ウェットコートプロセスを大気下、VUV光照射プロセスを窒素下で行った。
応力緩和層であるUV硬化型ポリジメチルシロキサン(PDMS)のオリゴマーと、架橋剤(信越化学工業(株)製 X-34-4184 A and B)と、低分子環状デカメチルシクロペンタシロキサン(D5)(信越化学工業(株)製)とを、オリゴマー:架橋剤:D5=1:1:16(重量比)の割合で自転公転ミキサー(2000rpm、4分)にて混合し、PDMS-D5溶液を調製した。大気中または窒素中でPDMS-D5溶液を6000rpm、30秒で基板上にスピンコートした膜に高圧水銀灯にてUVを1分間照射し、UV硬化型PDMS層を硬化させた。その後、VUV光を大気下または窒素下で3分間照射した。
【0054】
分光エリプソメトリーにより測定した各プロセス条件での屈折率および膜厚を表2に示す。PDMS層には、PHPSのような屈折率分布は見られなかった。表2から、ウェットプロセス条件(ウェットコート・UV硬化)とVUV条件を酸素・水蒸気が存在する大気下で行っても、屈折率および膜厚に大きな違いは見られなかった。なお、大気下は温度25℃、湿度50%のクリーンルーム中で行った。
【表2】
【0055】
さらに、大気下および窒素下のプロセスで得られたPDMS表面の水の濡れ性を接触角計にて測定した(
図7)。大気下プロセスでは水の接触角が大幅に小さくなり、表面自由エネルギーが大きくなっていることがわかる。これは上層にあたるPHPS層のウェットコートが行いやすいことを示している。上層のPHPS層をウェットコートしやすいことは、PHPS層がコートできなかったピンホールの抑制につながることから、高いバリア性能を達成できる。
【0056】
ここで、PHPSはSi-N結合を主鎖に有するポリマーであるため、大気中の酸素および水蒸気と反応しSiO
2化する。またVUV光照射を大気下で行うと、かなり早い反応でSiO
2化することも知られている。そこで、PHPSのウェットコートのみ、大気下に行い、VUV光照射を窒素下に行うことが可能か検討を行った。
その結果を
図8に示す。大気下および窒素下でコートした際のPHPSの屈折率は全く変わらなかった。なお、エリプソメトリー測定は15分以内で行った。すなわち、PHPSは大気中の酸素、水蒸気と反応する反応性ポリマーであるが、短時間では酸化反応は起こらず安定である。さらに大気下、窒素下でコートしたPHPS薄膜を、両方とも窒素下でVUV照射を行った。その結果、4層モデルにおける屈折率分布にはほとんど違いが見られなかった。このことから上述の通り、PHPSは短い時間であれば安定であり、仮に表面に水蒸気や酸素が吸着されていたとしても、ほとんど膜質には影響がないことが示された。
【0057】
これらのことを総合すると、本発明では、全てのプロセスを窒素下で行ってもよいし、VUV光照射プロセス以外は、低コストな大気下で行ってもよいことがわかる。
【0058】
[実施例4]
実施例1~3では、PDMS層のウェットコート条件は、UV硬化型ポリジメチルシロキサン(PDMS)のオリゴマーと、架橋剤(信越化学工業(株)製 X-34-4184 A and B)と、低分子環状デカメチルシクロペンタシロキサン(D5)(信越化学工業(株)製)との溶液を用いるが、実施例4では低分子環状シロキサンに対する検討を行った。デカメチルシクロペンタシロキサン(D5)は、室温で蒸発する溶剤としての機能を有するが、その沸点は210℃と高いため、若干PDMSに残り、シリコーンゲルを形成することがある。
そこで、以下の環状シリコーン(D4~6)および直鎖シリコーン(L4~6)を用いて、各種低分子シリコーンの検討を行った。
【0059】
【0060】
大気中にて、UV硬化型PDMSのオリゴマーと、架橋剤と、6種類の低分子シリコーンとを表3に記載の割合で自転公転ミキサー(2000rpm、4分)にて混合させ、グローブボックス中にて6000rpm、30秒でシリコンシリコンウエハー上にその混合物をスピンコートし、UVを1分間照射してその膜を硬化させた。その後、VUVを3分間照射した。得られた膜の膜厚を分光エリプソメトリーにて測定した(表3)。それぞれの低分子シリコーンの沸点や粘度が異なることから、膜厚は異なったが、屈折率は1.42~1.45でほぼ同じであった。
各種低分子シリコーンを用いた時のPDMS層の膜厚を表3に示す。
【0061】
【0062】
これらのPDMS層とPHPS層との交互積層構造のバリア性能を確認するため、有機EL素子の上部にバリア層構造を作製し、有機EL素子の発光像から、バリア性能を確認した。
有機EL素子は、特に有機層/電極界面において水蒸気からの酸化を受けやすい。界面酸化が起こった場合、電荷注入・輸送が起こらないため、非発光エリアが増大する。この非発光エリア(シュリンケージ)の増大を観察することで、バリア性能を確認することが可能である。
【0063】
有機EL素子として、3cm×3cmガラス基板上にパターニングされた透明電極ITO上に
図10に示す有機EL素子を作製した。以下に示す有機材料を真空蒸着法により成膜し有機EL素子を作製した。有機EL素子の発光エリアは2mm×2mmである。PDMS/PHPSの交互積層膜によるバリア構造をTFE(Thin Film Encapsulation:薄膜封止)と呼ぶ。作製した有機ELの上にスピンコートにてPDMS/PHPSの交互積層膜TFE構造を作製した。作製は窒素下で行った。PHPS層の膜厚は150nm(VUV照射6,000mJ/cm
2)であり、PDMS層の膜厚は表3に示す膜厚である。PDMS/PHPS層のユニットを1ユニットとし、トータル3ユニット(計6層)形成した。
【0064】
【0065】
得られた有機EL素子を恒温恒湿槽(60℃/90%RH)に保管し、有機ELの発光像を光学顕微鏡により観察した。
図9にその結果を示す。ここで、Bare OLEDはTFE構造が無いものである。作製直後(0時間)では、全ての素子で均一な発光を示しているが、TFE構造が無いBare OLED素子では、67時間後も発光が得られなかった。これは水蒸気による界面酸化が素子全面で起こった結果と思われる。各種シリコーンで保存性能は異なるが、D5だけでなく、L5、L6、D6で高い性能が得られた。D5においては504時間で発光が得られなくなった。その中でも特にD6、L5において高い保存性能を示した。すなわち、PHPSバリア層は同一であっても、応力緩和層として機能するPDMS層によってバリア性能が異なることが示された。この理由としては被覆特性に関連していると考察している。PDMS層の膜厚だけであれば、表3に示す通り、D6、L6が優位であるが、結果的にはそれだけでは説明できない。有機EL素子の上には凹凸や異物が存在するが、この凹凸や異物に対して、D6やL5を用いたPDMS層ではきれいに被覆された結果であると考えている。
【0066】
本発明においては、ウェットプロセスによるバリア層構造が、水蒸気に弱いとされている有機EL素子に有効に働くことが示され、加えて応力緩和層であるPDMS層の希釈溶液である低分子シリコーンの種類においても被覆特性の面から影響があることが示された。特にD6やL5において高い保存性(1,300時間以上、60℃/90%RH)を達成した。