(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043270
(43)【公開日】2024-03-29
(54)【発明の名称】溶解性評価装置、溶解性評価方法及び溶解性評価プログラム
(51)【国際特許分類】
G16Z 99/00 20190101AFI20240322BHJP
【FI】
G16Z99/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022148363
(22)【出願日】2022-09-16
(71)【出願人】
【識別番号】000006507
【氏名又は名称】横河電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今村 優佑
(72)【発明者】
【氏名】松林 伸幸
【テーマコード(参考)】
5L049
【Fターム(参考)】
5L049DD02
(57)【要約】
【課題】初期配座に対する分子シミュレーション結果を適切に評価して、初期配座の違いによる溶解性特徴量の計算結果のバラつきを抑制する。
【解決手段】初期配座設定部11は、複数の初期配座を設定する。初期配座毎に実行された分子シミュレーション毎に溶解性特徴量を算出する。部分立体構造情報取得部14は、各分子シミュレーションでの分子の部分立体構造情報を算出する。部分構造特定部15は、分子シミュレーション毎の溶解性特徴量と部分立体構造情報とを基に、溶解性特徴量のバラつきに対応する部分構造を特定する。バラつき評価部17は、部分構造を基に溶解性特徴量を分類したグループ毎の熱力学的安定性を基にグループを選択して溶解性特徴量のバラつきを算出する。バラつき判定部18は、バラつきがバラつきの目標値以上の場合、新たな複数の初期配座の設定を行わせる。出力部19は、バラつきがバラつきの目標値未満の場合に評価結果を出力する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子の異なる複数の初期配座を設定する初期配座設定部と、
前記初期配座設定部により設定された各前記初期配座に対して分子シミュレーションを実行する分子シミュレーション実行部と、
前記分子シミュレーション実行部による前記分子シミュレーションの実行結果に基づき、溶解性特徴量を算出する溶解性特徴量算出部と、
各前記分子シミュレーションに対する前記分子の1つ又は複数の立体的な部分構造を表す部分立体構造情報を算出する部分立体構造情報取得部と、
前記溶解性特徴量算出部により算出された前記溶解性特徴量と前記部分立体構造情報取得部により算出された前記部分立体構造情報とを基に、前記溶解性特徴量のバラつきに対応する前記部分構造を特定する部分構造特定部と、
前記部分構造特定部により特定された前記部分構造を基に前記溶解性特徴量を分類してグループを作成し、前記グループ毎に熱力学的安定性を評価する熱力学的安定性評価部と、
前記熱力学的安定性評価部による評価を基に1つ又はいくつかの前記グループを選択し、選択した前記グループにおける前記溶解性特徴量のバラつきを算出するバラつき評価部と、
前記バラつき評価部により算出された前記バラつきがバラつきの目標値以上の場合、前記初期配座設定部に新たな複数の初期配座の設定を行わせるバラつき判定部と、
前記バラつき評価部により算出された前記バラつきが前記バラつきの目標値未満の場合、その場合の前記バラつきの算出に用いられた前記溶解性特徴量を基に溶解性の評価結果を出力する出力部と
を備えたことを特徴とする溶解性評価装置。
【請求項2】
前記分子シミュレーション実行部は、分子動力学シミュレーションを用いることを特徴とする請求項1に記載の溶解性評価装置。
【請求項3】
前記溶解性特徴量算出部は、溶解性特徴量として溶媒和自由エネルギーを用いることを特徴とする請求項1に記載の溶解性評価装置。
【請求項4】
前記部分立体構造情報取得部は、部分立体構造情報として角度に関する立体構造を用いることを特徴とする請求項1に記載の溶解性評価装置。
【請求項5】
前記部分立体構造情報取得部は、部分立体構造情報として二面角分布を用いることを特徴とする請求項4に記載の溶解性評価装置。
【請求項6】
前記部分構造特定部は、前記部分立体構造情報を説明変数とし且つ前記溶解性特徴量を目的変数とした回帰分析により前記部分構造を特定することを特徴とする請求項1に記載の溶解性評価装置。
【請求項7】
前記部分構造特定部は、前記部分立体構造情報として二面角分布の平均値を説明変数として統計解析又は機械学習により前記回帰分析を行い、前記溶解性特徴量に相関した前記二面角分布に基づいて部分構造を特定することを特徴とする請求項6に記載の溶解性評価装置。
【請求項8】
前記バラつき評価部は、前記熱力学的安定性評価部により最も熱力学的に安定であると評価された前記グループを選択することを特徴とする請求項1に記載の溶解性評価装置。
【請求項9】
前記初期配座設定部は、前記バラつき評価部により選択された前記グループに属する追加初期配座を前記複数の初期配座に追加して前記新たな複数の初期配座の設定を行うことを特徴とする請求項1に記載の溶解性評価装置。
【請求項10】
溶解性評価装置が、
分子の異なる複数の初期配座を設定し、
設定した各前記初期配座に対して分子シミュレーションを実行し、
前記分子シミュレーションの実行結果に基づき、溶解性特徴量を算出し、
各前記分子シミュレーションに対する前記分子の1つ又は複数の立体的な部分構造を表す部分立体構造情報を算出し、
前記溶解性特徴量と前記部分立体構造情報とを基に、前記溶解性特徴量のバラつきに対応する前記部分構造を特定し、
特定した前記部分構造を基に前記溶解性特徴量を分類してグループを作成し、前記グループ毎に熱力学的安定性を評価し、
前記評価を基に1つ又はいくつかの前記グループを選択し、選択した前記グループにおける前記溶解性特徴量のバラつきを算出し、
算出した前記バラつきがバラつきの目標値以上の場合、新たな複数の初期配座を設定して、前記分子シミュレーションの実行、前記溶解性特徴量の算出、前記部分立体構造情報の算出、前記部分構造の特定、前記熱力学的安定性の評価及び前記バラつきの算出の処理を前記新たな複数の初期配座に基づき実行し、
算出した前記バラつきが前記バラつきの目標値未満の場合、その場合の前記バラつきの算出に用いた前記溶解性特徴量を基に溶解性の評価結果を出力する
処理を実行することを特徴とする溶解性評価方法。
【請求項11】
分子の異なる複数の初期配座を設定し、
設定した各前記初期配座に対して分子シミュレーションを実行し、
前記分子シミュレーションの実行結果に基づき、溶解性特徴量を算出し、
各前記分子シミュレーションに対する前記分子の1つ又は複数の立体的な部分構造を表す部分立体構造情報を算出し、
前記溶解性特徴量と前記部分立体構造情報とを基に、前記溶解性特徴量のバラつきに対応する前記部分構造を特定し、
特定した前記部分構造を基に前記溶解性特徴量を分類してグループを作成し、前記グループ毎に熱力学的安定性を評価し、
前記評価を基に1つ又はいくつかの前記グループを選択し、選択した前記グループにおける前記溶解性特徴量のバラつきを算出し、
算出した前記バラつきがバラつきの目標値以上の場合、新たな複数の初期配座を設定して、前記分子シミュレーションの実行、前記溶解性特徴量の算出、前記部分立体構造情報の算出、前記部分構造の特定、前記熱力学的安定性の評価及び前記バラつきの評価の処理を前記新たな複数の初期配座に基づき実行し、
算出した前記バラつきが前記バラつきの目標値未満の場合、その場合の前記バラつきの算出に用いた前記溶解性特徴量を基に溶解性の評価結果を出力する
処理をコンピュータに実行させることを特徴とする溶解性評価プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶解性評価装置、溶解性評価方法及び溶解性評価プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に分子動力学で用いられる分子シミュレーションでは、分子の初期構造や初期配座に依存するため、初期構造や初期配置の差異により異なるシミュレーション結果が与えられることがある。この原因の1つとして、初期配座によって平衡化される系の局所安定状態が異なることで、シミュレーション中にサンプリングされる立体構造やエネルギー状態が初期構造によりばらつくことが考えらえる。そのため、分子シミュレーションによる計算結果を示す際には、初期配座による結果のバラつきも併せて考慮してシミュレーション結果を提示することが好ましい。
【0003】
また、分子動力学法においては、ヒートアニーリング法をはじめとしたより安定な局所安定状態に遷移させる方法や、レプリカ交換法のようにサンプリング効率を向上させる手法により、計算の初期配座依存性を低減することができる。一方で、これらの手法を導入した場合においても、最終的な計算結果において、異なる初期配座に対する結果のバラつきを評価することは、計算結果の信頼性、計算モデル及び手順の堅牢性を示す上で依然として重要である。
【0004】
例えば、計算化学におけるシミュレーションの技術として、高分子材料の分子鎖の切断に関するシミュレーション方法が提案されている(例えば、特許文献1)。また、ポリマーモデルを用いた分子動力学計算の時系列データより応力データ、緩和弾性率及び粘弾性を算出する機能を有する物性値算出装置が提案されている(例えば、特許文献2)。これらは、分子シミュレーションの結果を用いて物性値を評価する技術である。また、分子動力学シミュレーション結果の時間平均値及び時間ゆらぎを用いて熱伝導の計算の精度を向上させる技術が提案されている(例えば、特許文献3)。さらに、薬物を対象とした分子動力学の計算結果を高速且つ高精度に評価して分類する技術が提案されている(例えば、特許文献4)。この技術では、分子の立体構造の変動情報(RMSD:Root Mean Square Deviation)とラベル付けされた計算結果とをSVM(Support Vector Machine)により学習させることで、分子動力学の結果の分析を効率化している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-101354号公報
【特許文献2】特開2015-203682号公報
【特許文献3】特開2005-233752号公報
【特許文献4】米国特許出願公開第2021/0375399号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の分子シミュレーションの技術では、初期配座を適切に評価して、初期配座の違いによる溶解性特徴量の計算結果のバラつきを抑制することは困難である。例えば、上述した分子シミュレーションの結果を用いて物性値を評価する技術では、計算結果の初期配座依存性については考慮されていない。また、分子動力学シミュレーションの時間的なゆらぎ(時間的なバラつき)を活用して物性値計算の精度を向上させる技術は、単一のシミュレーションを前提とした手法であり、初期配座依存性については同じく考慮されていない。
【0007】
また、分子の立体構造の変動情報(RMSD)を指標として計算結果を好ましいものとそうでないものに分類する技術の場合、分子全体の類似度を示すRMSDを用いた分類では、初期配座の溶解度特徴量の計算結果の影響を適切に考慮することは困難である。したがって、この技術を用いても、初期配座を適切に評価して、初期配座の違いによる計算結果のバラつきを抑制することは困難である。
【0008】
本発明の一側面は、初期配座を適切に評価して、初期配座の違いによる溶解性特徴量の計算結果のバラつきを抑制する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
一側面に係る溶解性評価装置は、以下の各部を有する。初期配座設定部は、異なる複数の初期配座を設定する。分子シミュレーション実行部は、前記初期配座設定部により設定された各前記初期配座に対して分子シミュレーションを実行する。溶解性特徴量算出部は、前記分子シミュレーション実行部による前記分子シミュレーションの実行結果に基づき、溶解性特徴量を算出する。部分立体構造情報取得部は、各前記分子シミュレーションに対する前記分子の1つ又は複数の部分構造を表す部分立体構造情報を算出する。部分構造特定部は、前記溶解性特徴量算出部により算出された前記溶解性特徴量と前記部分立体構造情報取得部により算出された前記部分立体構造情報とを基に、前記溶解性特徴量のバラつきに対応する前記部分構造を特定する。熱力学的安定性評価部は、前記部分構造特定部により特定された前記部分構造を基に前記溶解性特徴量を分類してグループを作成し、前記グループ毎に熱力学的安定性を評価する。バラつき評価部は、前記熱力学的安定性評価部による評価を基に1つ又はいくつかの前記グループを選択し、選択した前記グループにおける前記溶解性特徴量のバラつきを算出する。バラつき判定部は、前記バラつき評価部により算出された前記バラつきがバラつきの目標値以上の場合、前記初期配座設定部に新たな複数の初期配座の設定を行わせる。出力部は、前記バラつき評価部により算出された前記バラつきが前記バラつきの目標値未満の場合、その場合の前記バラつきの算出に用いられた前記溶解性特徴量を基に溶解性の評価結果を出力する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、初期配座に対する分子シミュレーション結果を適切に評価して、初期配座の違いによる溶解性特徴量の計算結果のバラつきを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態に係る溶解性評価装置のブロック図である。
【
図3】初期配座と溶解性特徴量及び部分立体構造情報との関係の一例を示す図である。
【
図4】溶解性特徴量のバラつきの評価結果を示す図である。
【
図5】実施形態に係る溶解性評価装置による障害対応作業支援処理のフローチャートである。
【
図6】実施形態に係る溶解性評価装置により提供される溶解性特徴量の評価結果の一例を示す図である。
【
図7】溶解性評価装置のハードウェア構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ溶解性評価装置、溶解性評価方法及び溶解性評価プログラムの実施形態について説明する。なお、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明は適宜省略する。また、各実施形態は、矛盾のない範囲内で適宜組み合わせることができる。
【0013】
[全体構成]
図1は、実施形態に係る溶解性評価装置のブロック図である。溶解性評価装置1は、例えば、フロー合成で使用する溶質と溶媒との組み合わせにおける化合物の溶解性の評価を行う装置である。
【0014】
例えば、フロー合成では数ミリメートル以下の細い流路を用いるため、反応物や生成物の低溶解性が根本的な主要因である流路の閉塞が運用上の大きな問題となる。一般的に、化合物の溶解性は実際に溶解度試験を実施することにより、溶液が飽和する際の濃度を定量することで判断される。
【0015】
一方、ペプチド合成のような最終目的物を全合成するまで複数回の反応が必要となる場合、溶質と溶媒との組み合わせ数が反応ステップ数の累乗で増加する。加えて、溶解度試験には溶質をあらかじめ一定量以上準備しておく必要があるため、反応ステップ毎にその中間体を別途合成する必要がある。そのため、フロー合成で発生する可能性が有る全ての中間体に対して溶解度試験を実施することは、開発工数や試験に費やす時間の観点から現実的ではない。そこで、溶解度試験を用いない溶解性予測技術が望まれている。
【0016】
また、計算化学を用いた溶解性予測手法は、溶質と溶媒の分子間相互作用による溶媒効果を統計熱力学理論ベースで解析する手法であり、溶媒和自由エネルギーをはじめとした溶解性特徴量を算出する。溶解性予測における計算手法としては分子動力学法や分子軌道法及び密度半関数法などの量子科学計算が用いられる。計算により溶解性特徴量をはじめとした物理量を確からしく算出するためには、初期配座に依存した溶解性特徴量の計算結果のバラつきを低減することが望ましい。特に、溶媒和自由エネルギーをはじめとした溶解性特徴量は溶質と溶媒という複数の分子種の相互作用により決まる物理量であるため、一部の部分構造の立体的な差分により大きく値が変化する可能性がある。そのため、溶解性特徴量の計算結果のバラつきと対応する部分構造を特定する手法の導入が、溶解性特徴量の初期配座依存に由来するバラつきの評価と低減に寄与すると期待される。
【0017】
そこで、本実施形態に係る溶解性評価装置1は、溶解性特徴量の初期配座依存に由来する溶解性特徴量の計算結果のバラつきを低減させた溶解度試験を用いない溶解性予測技術を実現する。以下では溶解性特徴量の計算結果のバラつきを、溶解性特徴量のバラつきと呼ぶ。
【0018】
溶解性評価装置1は、
図1に示すように、初期配座設定部11、分子シミュレーション実行部12、溶解性特徴量算出部13、部分立体構造情報取得部14、部分構造特定部15、熱力学的安定性評価部16、バラつき評価部17、バラつき判定部18及び出力部19を有する。
【0019】
初期配座設定部11は、溶解性評価の対象とする溶媒及び溶質の情報を有する。例えば、フロー合成を用いて複数の反応ステップで化合物を合成する場合、初期配座設定部11は、反応ステップ毎に用いることが可能な組み合わせの溶媒及び溶質の情報を保持する。初期配座設定部11は、実際には全ての溶媒及び溶質の組合せについて以下の初期配座の設定を行うが、以下の説明では、そのうちの1つである特定の溶媒及び特定の溶質について説明する。
【0020】
初期配座設定部11は、溶質分子と溶媒分子から成る溶液系を分子数とともに設定し、複数の異なる初期配座を設定する。初期配座設定部11は、各分子の初期配座を乱数により生成する。例えば、初期配座設定部11は、対象とする分子における官能基の構造を異ならせることで異なる初期配座を生成する。より具体的には、例えば、カルボキシル基を官能基として有する分子であれば、初期配座設定部11は、炭素と酸素との二重結合に対する水酸基の相対的な位置を異ならせることにより、異なる初期配座を生成することができる。そして、初期配座設定部11は、生成した初期配座群を分子シミュレーション実行部12へ出力する。
【0021】
その後、以下に説明する溶解性特徴量のバラつき評価によりバラつきが大きいと判定された場合、初期配座設定部11は、初期配座の再設定の指示をバラつき判定部18から受ける。そして、初期配座設定部11は、以前に設定した初期配座群以外の初期配座をランダムに複数生成して、以前に設定した初期配座群に加えて分子シミュレーション実行部12へ出力する。このように、溶解性特徴量のバラつきが小さくなるまで、初期配座設定部11は、初期配座を増加させて分子シミュレーションを繰り返させる。
【0022】
分子シミュレーション実行部12は、初期配座群の情報の入力を初期配座設定部11から受ける。次に、分子シミュレーション実行部12は、初期配座毎に分子シミュレーションを実行する。そして、分子シミュレーション実行部12は、初期配座毎の分子シミュレーションの結果を溶解性特徴量算出部13へ出力する。また、分子シミュレーション実行部12は、各分子シミュレーションに用いた初期配座の情報を部分立体構造情報取得部14へ出力する。
【0023】
溶解性特徴量算出部13は、初期配座毎の分子シミュレーションの結果の入力を分子シミュレーション実行部12から受ける。そして、溶解性特徴量算出部13は、分子シミュレーションの結果を用いて溶解性特徴量を計算する。溶解性特徴量は、溶質と溶媒とがどのくらい溶け合っているかを示す指標である。
【0024】
溶解性特徴量算出部13は、溶解性特徴量として、例えば溶媒和自由エネルギーや溶解自由エネルギーなどを用いることができる。例えば、溶解性特徴量算出部13は、分子シミュレーションとして分子動力学シミュレーションを行い、分子動力学計算の結果を利用して、自由エネルギー計算法により溶媒和自由エネルギーや溶解自由エネルギーなどの自由エネルギーを計算することができる。溶解性特徴量算出部13は、自由エネルギー計算法として、例えば、熱力学的積分法、自由エネルギー摂動法又はエネルギー表示法などを用いることができる。その後、溶解性特徴量算出部13は、分子シミュレーション毎の計算結果である溶解性特徴量を部分構造特定部15へ出力する。
【0025】
部分立体構造情報取得部14は、分子シミュレーション毎のシミュレーションに用いられた初期配座の情報の入力を分子シミュレーション実行部12から受ける。そして、部分立体構造情報取得部14は、初期配座毎の分子シミュレーション結果における分子の立体的な部分構造を表す部分立体構造情報を算出する。部分立体構造情報には、1つの部分構造の情報が含まれても良いし、複数の部分構造の情報が含まれてもよい。このように、部分立体構造情報取得部14は、初期配座毎に、分子の全体ではなく一部の立体的な構造を取得する。
【0026】
例えば、部分立体構造情報取得部14は、分子の部分構造の二面角分布や、三面角分布や、結合角など3次元空間での角度に関する情報を部分立体構造情報として用いることができる。他にも、部分立体構造情報取得部14は、分子の部分構造内もしくは部分構造間の原子間の距離などを部分立体構造情報として用いてもよい。部分立体構造情報取得部14は、対象とする分子の分子構造の数に応じて複数の部分立体構造情報を算出ことができる。
【0027】
図2は、部分立体構造情報の一例を示す図である。例えば、部分立体構造情報取得部14は、1つの分子シミュレーションの結果に対して
図2に示す部分構造P1~PNまでのN個の部分構造の二面角分布を部分立体構造情報として取得する。
図2の部分構造P1~PNのグラフは横軸で二面角を表し、縦軸で確率分布を表す。部分構造P1~PNは、それぞれが、1つの分子の異なる部分構造を表す。以下では、部分立体構造情報取得部14が、対象とする分子の初期配座の部分立体構造情報として二面角分布を算出する場合で説明する。
【0028】
このように、部分立体構造情報取得部14は、分子シミュレーションの結果のそれぞれに対応する1つまたは複数の二面角分布を算出する。そして、部分立体構造情報取得部14は、分子シミュレーションの結果毎の初期配座の部分立体構造情報である二面角分布を部分構造特定部15へ出力する。
【0029】
部分構造特定部15は、分子シミュレーションの結果毎の溶解性特徴量の入力を溶解性特徴量算出部13から受ける。また、部分構造特定部15は、分子シミュレーションの結果毎の初期配座の部分立体構造情報である二面角分布の入力を部分立体構造情報取得部14から受ける。そして、部分構造特定部15は、部分立体構造情報を説明変数とし且つ溶解性特徴量を目的変数とした重回帰分析により、初期配座に依存して発生する溶解性特徴量のバラつきに対応する部分構造を特定する。例えば、部分構造特定部15は、二面角分布の平均値を説明変数として統計解析又は機械学習により重回帰分析を行い、溶解性特徴量に相関した二面角分布に基づいて部分構造を特定する。
【0030】
図3は、初期配座と溶解性特徴量及び部分立体構造情報との関係の一例を示す図である。
図3では、溶解性特徴量をΔμと表す。
図3の表101に示すように、初期配座毎に、溶解性特徴量Δμ及び部分構造P1~PNが存在する。以下に、部分構造特定部15による二面角分布を用いた部分構造の特定について具体的に説明する。
【0031】
部分構造特定部15は、部分構造P1~PNからそれぞれの二面角分布の平均値を算出する。そして、部分構造特定部15は、算出した二面角分布の平均値に基づき、溶解性特徴量Δμのバラつきに対応した部分構造を特定する。例えば、部分構造特定部15は、目的変数を溶解性特徴量Δμ、説明変数を部分構造毎の二面角分布の平均値とし、重回帰分析の回帰係数が最も大きい部分構造を選択する。また、部分構造特定部15は、溶解性特徴量Δμのバラつきに対応する部分構造を複数選択してもよく、例えば、予め決められた回帰係数閾値以上の回帰係数を有する所定数の部分構造を選択してもよい。回帰係数が大きいということは目的変数に対する影響が大きいということを表し、部分構造特定部15は、回帰係数が大きい部分構造を選ぶことで、溶解性特徴量Δμのバラつきに大きな影響を与える部分構造を選ぶことができる。
【0032】
次に、部分構造特定部15は、表101の分類の項に示すように、溶解性特徴量Δμの値に対応した部分構造の二面角の平均値に基づき、初期配座毎の分子シミュレーションの結果を分類する。例えば、部分構造特定部15は、表101において初期配座毎の溶解性特徴量Δμのバラつきに対応する部分構造として、部分構造P3を選択する。この場合、部分構造特定部15は、初期配座a及び初期配座cの部分構造P3の値が0であり、初期配座b及び初期配座dの部分構造P3の値が180であると特定する。そして、部分構造特定部15は、初期配座a及び初期配座cの分子シミュレーションの結果をグループAに分類し、初期配座b及び初期配座dの分子シミュレーションの結果をグループBに分類する。その後、部分構造特定部15は、初期配座の分子シミュレーションの結果の分類結果を熱力学的安定性評価部16へ出力する。また、部分構造特定部15は、各分子シミュレーションの結果の初期配座の情報を熱力学的安定性評価部16へ出力する。
【0033】
熱力学的安定性評価部16は、分子シミュレーションの結果の分類結果及び各分子シミュレーションの結果の初期配座の情報の入力を部分構造特定部15から受ける。次に、熱力学的安定性評価部16は、分類されたグループ毎に熱力学的安定性を評価する。例えば、熱力学的安定性評価部16は、溶媒和自由エネルギーと分子の内部自由エネルギーの和により熱力学的安定性を算出する。
【0034】
この熱力学的安定性は、分類毎の部分構造の成立し易さに関する値である。溶媒和自由エネルギーは、溶解性特徴量Δμに基づく値である。溶媒和自由エネルギーは溶質と溶媒間の相互作用の安定性を表すことができる。また、分子の内部自由エネルギーは、溶質分子に対して単独で分子シミュレーションを実行することで得られる値であり、溶質の立体構造の安定性を表す値である。この場合の熱力学的安定性は、負の方向に大きいほど安定性が高く、その状態の分子が実現されやすいことを表す。すなわち、熱力学的安定性評価部16は、熱力学的に安定性がより高いと判定される分子の部分立体構造を選ぶことで、より実現され易い分子の部分立体構造を持つ分子シミュレーション結果を選ぶことができる。熱力学的安定性評価部16は、算出した分類されたグループ毎の熱力学的安定性の情報をバラつき評価部17へ出力する。
【0035】
バラつき評価部17は、分子シミュレーションの結果の分類結果及びグループ毎の熱力学的安定性の情報の入力を熱力学的安定性評価部16から受ける。次に、バラつき評価部17は、熱力学的安定性評価部16により評価された熱力学的安定性が最も優位なグループを、最安定構造を有するグループとして選択する。バラつき評価部17は、熱力学的安定性が最も優位なグループを選ぶことで、最も実現可能性が高いグループ、すなわち、溶媒及び溶質を混合させる場合に最も多く存在し易い分子の部分立体構造を有するグループを選ぶことができる。
【0036】
そして、バラつき評価部17は、最安定構造を有するグループにおける溶解性特徴量ΔμのバラつきσΔμを評価する。例えば、バラつき評価部17は、最安定構造を有するグループにおける初期配座の違いに由来する標準誤差などをσΔμとして用いることができる。その後、バラつき評価部17は、最安定構造を有するグループの溶解性特徴量ΔμのバラツキσΔμ及び分子シミュレーションの結果をバラつき判定部18へ出力する。
【0037】
ここで、本実施形態では、バラつき評価部17は、最安定構造を有するグループを選択して溶解性特徴量ΔμのバラつきσΔμを評価したが、いくつかのグループを選択してもよい。例えば、バラつき評価部17は、熱力学的安定性が予め決められた安定性閾値よりも優位であれば、熱力学的に十分に安定していると判定して、安定性閾値よりも熱力学的安定性が優位であるグループを選択してもよい。他にも、バラつき評価部17は、上位2つ又は3つといった予め決められた数のグループを選択してもよい。
【0038】
図4は、溶解性特徴量のバラつきの評価結果を示す図である。
図4の表102では、熱力学的安定性をEと表した。表102に示すように各グループの熱力学的安定性Eが求められた場合、バラつき評価部17は、熱力学的安定性Eが負の方向に最も大きいグループBを、最安定構造を有するグループとして選択する。そして、バラつき評価部17は、グループBにおける、溶解性特徴量Δμのバラつきσ
Δμを1.7と算出する。ここで、
図4では、他のグループの溶解性特徴量Δμのバラつきσ
Δμも示したが、バラつき評価部17は、最安定構造を有するグループの溶解性特徴量Δμのバラつきσ
Δμを算出すれば、他のグループの溶解性特徴量Δμのバラつきσ
Δμは算出しなくてもよい。
【0039】
バラつき判定部18は、最安定構造を有するグループの溶解性特徴量ΔμのバラつきσΔμ及び分子シミュレーションの結果の入力をバラつき評価部17から受ける。バラつき判定部18は、バラつきの目標値σΔμ-setを予め有する。そして、バラつき判定部18は、バラつき評価部17の評価により得られた最安定構造を有するグループの溶解性特徴量ΔμのバラつきσΔμがバラつきの目標値σΔμ-set未満か否かを判定する。
【0040】
最安定構造を有するグループの溶解性特徴量ΔμのバラつきσΔμがバラつきの目標値σΔμ-set以上の場合、バラつき判定部18は、溶解性特徴量Δμのバラつきが大きいと判定する。そして、バラつき判定部18は、初期配座の再設定を初期配座設定部11に指示する。
【0041】
これに対して、最安定構造を有するグループの溶解性特徴量ΔμのバラつきσΔμがバラつきの目標値σΔμ-set以上の場合、バラつき判定部18は、溶解性特徴量Δμのバラつきが小さいと判定する。そして、バラつき判定部18は、溶媒及び溶質の情報と共に溶解性特徴量Δμの情報を出力部19へ出力する。
【0042】
ここで、本実施形態では、ランダムに初期配座を増やしたが、初期配座の増やし方は他の方法であってもよい。例えば、バラつき判定部18は、最安定構造を有するグループを初期配座の情報を増やす対象グループとして、初期配座の情報を増やす対象グループの情報と共に初期配座の再設定を初期配座設定部11に指示してもよい。これにより、初期配座設定部11は、最安定構造を有するグループの構造のように特定の構造を持つ初期配座を選択的に増加させることが可能となる。
【0043】
出力部19は、溶媒及び溶質の情報と共に最安定構造を有するグループの溶解性特徴量の入力をバラつき判定部18から受ける。そして、出力部19は、溶媒及び溶質の情報に対応させて最安定構造を有するグループの溶解性特徴量に基づく溶解性の評価結果を表示装置に表示させるなどして、利用者に提供する。
【0044】
出力部19は、溶解性特徴量として溶媒和自由エネルギーなど溶媒と溶質との関係性を表す情報を提供することができる。例えば、出力部19は、ある溶質に対する溶媒毎の溶媒和自由エネルギーを比較可能に表示装置に表示させてもよい。
【0045】
[溶解性評価処理の流れ]
図5は、実施形態に係る溶解性評価装置による障害対応作業支援処理のフローチャートである。次に、
図5を参照して、本実施形態に係る溶解性評価装置1による溶解性評価処理の流れを説明する。
【0046】
初期配座設定部11は、乱数を用いて溶質分子と溶媒分子から成る溶液系を分子数とともに設定し、複数の異なる初期配座を設定する(ステップS1)。
【0047】
分子シミュレーション実行部12は、初期配座設定部11により生成された初期配座群を取得する。次に、分子シミュレーション実行部12は、初期配座毎に分子シミュレーションの計算を実行する(ステップS2)。
【0048】
溶解性特徴量算出部13は、初期配座毎の分子シミュレーションの結果の入力を分子シミュレーション実行部12から受ける。そして、溶解性特徴量算出部13は、分子シミュレーションの結果を用いて溶解性特徴量Δμを算出する(ステップS3)。
【0049】
部分立体構造情報取得部14は、分子シミュレーション毎の用いられた初期配座の情報の入力を分子シミュレーション実行部12から受ける。そして、部分立体構造情報取得部14は、分子シミュレーションの結果毎に、分子シミュレーション結果における分子の一部の構造を表す部分立体構造情報を算出する(ステップS4)。
【0050】
部分構造特定部15は、分子シミュレーションの結果毎の溶解性特徴量の入力を溶解性特徴量算出部13から受ける。また、部分構造特定部15は、初期配座毎の分子シミュレーションの結果における部分立体構造情報の入力を部分立体構造情報取得部14から受ける。そして、部分構造特定部15は、部分立体構造情報から溶解性特徴量Δμのバラつきに相関する部分構造を特定する。次に、部分構造特定部15は、溶解性特徴量Δμの値に対応した部分構造に基づき、初期配座毎の分子シミュレーションの結果を分類する(ステップS5)。
【0051】
熱力学的安定性評価部16は、分子シミュレーションの結果の分類結果及び各分子シミュレーションの結果の初期配座の情報の入力を部分構造特定部15から受ける。次に、熱力学的安定性評価部16は、分類されたグループ毎に熱力学的安定性を評価する(ステップS6)。
【0052】
バラつき評価部17は、分子シミュレーションの結果の分類結果及びグループ毎の熱力学的安定性の情報の入力を熱力学的安定性評価部16から受ける。次に、バラつき評価部17は、熱力学的安定性評価部16により評価された熱力学的安定性が最も優位なグループを、最安定構造を有するグループとして選択する。そして、バラつき評価部17は、最安定構造を有するグループにおける溶解性特徴量ΔμのバラつきσΔμを評価する(ステップS7)。
【0053】
バラつき判定部18は、最安定構造を有するグループのバラつきσΔμ及び分子シミュレーションの結果の入力をバラつき評価部17から受ける。次に、バラつき判定部18は、最安定構造を有するグループのバラつきσΔμがバラつきの目標値σΔμ-set未満か否かを判定する(ステップS8)。
【0054】
最安定構造を有するグループの熱力学的安定性の溶解性特徴量ΔμのバラつきσΔμがバラつきの目標値σΔμ-set以上の場合(ステップS8:否定)、バラつき判定部18は、初期配座の再設定を初期配座設定部11に指示する。初期配座設定部11は、初期配座の再設定の指示をバラつき判定部18から受けて、新たな初期配座をランダムに複数生成して以前に生成した初期配座群に追加して、初期配座を新たに設定する(ステップS9)。その後、溶解性評価処理は、ステップS2へ戻る。
【0055】
これに対して、最安定構造を有するグループの溶解性特徴量ΔμのバラつきσΔμがバラつきの目標値σΔμ-set以上の場合(ステップS8:肯定)、バラつき判定部18は、溶解性特徴量Δμのバラつきが小さいと判定する。そして、バラつき判定部18は、溶媒及び溶質の情報と共に分子シミュレーションの結果を出力部19へ出力する。出力部19は、溶媒及び溶質の情報と共に最安定構造を有するグループの溶解性特徴量Δμの入力をバラつき判定部18から受ける。そして、出力部19は、溶媒及び溶質の情報に対応させて最安定構造を有するグループの溶解性特徴量Δμに基づく溶解性の評価結果を表示装置に表示させるなどして、利用者に提供する(ステップS10)。
【0056】
[効果]
以上に説明したように、実施形態に係る溶解性評価装置は、溶媒及び溶質の組合せについて初期配座を複数設定して溶解性を評価する分子シミュレーションを実行し、その分子シミュレーションの結果を分子の一部の部分構造で分類する。次に、実施形態に係る溶解性評価装置は、分類したグループのうち最も熱力学的安定性が高いグループを特定し、そのグループにおける分子シミュレーションの結果のバラつきを評価する。そして、バラつきが閾値以上であれば、初期配座を追加するなどして再設定したうえで、バラつきが閾値未満に収まるまで分子シミュレーション及び分子シミュレーションの結果のバラつきの評価を繰り返す。
【0057】
これにより、存在する可能性が高く且つ分子シミュレーションの結果のバラつきを抑えることが可能な初期配座を利用した分子シミュレーションを実行して、分子シミュレーションの結果を得ることができる。これにより、初期配座に対する分子シミュレーション結果を適切に評価して、初期配座の違いによる計算結果のバラつきを抑制し、適切な溶解性評価を実施することが可能となる。したがって、計算化学を利用した溶解性予測の精度を向上させることができる。
【0058】
図6は、実施形態に係る溶解性評価装置により提供される溶解性特徴量の評価結果の一例を示す図である。
図6のグラフ111は、初期配座の選択を行わない場合の溶解性特徴量の評価結果を示す図である。また、グラフ112は、本実施形態に係る溶解性評価装置1を用いた場合の溶解性特徴量の評価結果を示す図である。
【0059】
グラフ111及び112のいずれも、特定の溶質と溶媒#1~#6から成る溶液を計算化学により算出した溶媒和自由エネルギーを表すグラフである。グラフ111及び112のいずれも、横軸で溶媒の種類を表し、縦軸で溶媒和自由エネルギーを表す。また、グラフ111及び112のいずれも、下に向かうほど安定性が向上することを表す。例えば、本実施形態に係る溶解性評価装置1の出力部19は、グラフ112を表示装置に表示させる。
【0060】
グラフ111における、例えば線分121などの各溶媒#1~#6の溶媒度自由エネルギーを表す帯の先端に付された線分は、各溶媒#1~#6における算出される溶媒度自由エネルギーのバラつきの幅を表す。同様に、グラフ112における線分122などの各線文も、各溶媒#1~#6における算出される溶媒度自由エネルギーのバラつきの幅を表す。グラフ111のバラつきに比べて、グラフ112のバラつきが少ない。例えば、グラフ111では、溶媒#2の方が溶媒#4に比べて溶媒和自由エネルギーが負に大きい可能性が存在する。これに対して、グラフ112では、溶媒#2の方が溶媒#4に比べて溶媒和自由エネルギーが負に小さいことが確認できる。そのため、例えば溶媒#2と溶媒#4とのいずれかを選ぶ場合に、本実施形態に係る溶解性評価装置1から提供されるグラフ112を利用することで、確実に安定性が高い溶媒を選ぶことが可能となる。例えば、10回の反応ステップによる合成を行う場合に、各反応ステップにおける安定性を適切に評価でき、溶解性の高い最適なルートを選択することが可能となる。
【0061】
ここで、
図6では、溶質を固定して溶解性の溶媒への依存性を表したが、本実施形態に係る溶解性評価装置1は、溶媒を固定して溶解性の溶質への依存性を表す情報を提供することも可能である。ただし、溶媒を固定した場合、溶質の固体の状態によって溶けやすさが変化することが考えられる。そのため、溶媒を固定して溶解性の溶質への依存性を表す情報を提供する場合には、溶解性評価装置1は、溶質の固体の状態を考慮したうえで溶解性特徴量の評価を行い、その評価結果の評価を提供することが好ましい。
【0062】
なお、分子動力学の計算結果を分析する手法として、分子の立体構造の変動情報(RMSD)を指標として計算結果を好ましいものとそうでないものに分類する技術が考えられる。ただし、この技術では分子の立体構造の情報として、分子全体の立体構造の類似度を表すRMSDが用いられている。RMSDは2つの立体構造において、対応する2点の距離の2乗を相加平均の平方根として定義されるため、立体構造の全体としての類似性の指標としてよく用いられるものの、特定の部分構造の違いを抽出する目的には不向きである。溶解性特徴量のバラつきには分子の部分構造が大きく影響するため、初期配座の違いによる計算結果のバラつきを低減するためには、計算結果のバラつきに対応した部分構造を特定し、その部分構造毎に分類することが効果的である。立体構造情報として分子全体の類似度を示すRMSDを用いた分類を行うに留まり、部分構造を考慮しなければ、溶解性特徴量のバラつきに応じた分子の構造による分類を行なうことは難しい。
【0063】
これに対して、本実施形態に係る溶解性評価装置は、計算結果のバラつきに対応した分子の立体的な部分構造を特定し、その部分構造毎に分類を行っており、溶解性特徴量のバラつきを抑える構造を特定することが容易である。したがって、本実施形態に係る溶解性評価装置は、RMSDを指標として分子を分類する技術と異なり、初期配座を適切に評価して、初期配座の違いによる計算結果のバラつきを抑制し、適切な溶解性評価を実施することが可能である。
【0064】
[システム]
上記文書中や図面中で示した処理手順、制御手順、具体的名称、各種のデータやパラメータを含む情報については、特記する場合を除いて任意に変更することができる。
【0065】
また、図示した各装置の各構成要素は機能概念的なものであり、必ずしも物理的に図示の如く構成されていることを要しない。すなわち、各装置の分散や統合の具体的形態は図示のものに限られない。つまり、その全部または一部を、各種の負荷や使用状況などに応じて、任意の単位で機能的または物理的に分散・統合して構成することができる。
【0066】
さらに、各装置にて行なわれる各処理機能は、その全部または任意の一部が、CPU(Central Processing Unit)および当該CPUにて解析実行されるプログラムにて実現され、あるいは、ワイヤードロジックによるハードウェアとして実現され得る。
【0067】
[ハードウェア]
次に、溶解性評価装置1のハードウェア構成例を説明する。
図7は、溶解性評価装置のハードウェア構成図である。
図7に示すように、溶解性評価装置1は、プロセッサ91、メモリ92、通信装置93及びHDD(Hard Disk Drive)94を有する。また、プロセッサ91は、バスを介してメモリ92、通信装置93及びHDD94と接続される。
【0068】
通信装置93は、ネットワークインタフェースカードなどであり、他の情報処理装置との通信に使用される。
【0069】
HDD94は、補助記憶装置である。HDD94は、初期配座設定部11、分子シミュレーション実行部12、溶解性特徴量算出部13、部分立体構造情報取得部14、部分構造特定部15、熱力学的安定性評価部16、バラつき評価部17、バラつき判定部18及び出力部19の機能を実現するためのプログラムを含む各種プログラムを格納する。
【0070】
プロセッサ91は、HDD94に格納された各種プログラムを読み出してメモリ92に展開して実行する。これにより、プロセッサ91は、初期配座設定部11、分子シミュレーション実行部12、溶解性特徴量算出部13、部分立体構造情報取得部14、部分構造特定部15、熱力学的安定性評価部16、バラつき評価部17、バラつき判定部18及び出力部19の機能を実現する。
【0071】
このように、溶解性評価装置1は、プログラムを読み出して実行することで各種処理方法を実行する情報処理装置として動作する。また、溶解性評価装置1は、媒体読取装置によって記録媒体から上記プログラムを読み出し、読み出された上記プログラムを実行することで上記した実施形態と同様の機能を実現することもできる。なお、ここでいうプログラムは、溶解性評価装置1によって実行されることに限定されるものではない。例えば、他のコンピュータまたはサーバがプログラムを実行する場合や、これらが協働してプログラムを実行するような場合にも、本発明を同様に適用することができる。
【0072】
このプログラムは、インターネットなどのネットワークを介して配布することができる。また、このプログラムは、ハードディスク、フレキシブルディスク(FD)、CD-ROM、MO(Magneto-Optical disk)、DVD(Digital Versatile Disc)などのコンピュータで読み取り可能な記録媒体に記録され、コンピュータによって記録媒体から読み出されることによって実行することができる。
【0073】
開示される技術的特徴の組合せのいくつかの例をいかに記載する。
【0074】
(1)
分子の異なる複数の初期配座を設定する初期配座設定部と、
前記初期配座設定部により設定された各前記初期配座に対して分子シミュレーションを実行する分子シミュレーション実行部と、
前記分子シミュレーション実行部による前記分子シミュレーションの実行結果に基づき、溶解性特徴量を算出する溶解性特徴量算出部と、
各前記分子シミュレーションに対する前記分子の1つ又は複数の立体的な部分構造を表す部分立体構造情報を算出する部分立体構造情報取得部と、
前記溶解性特徴量算出部により算出された前記溶解性特徴量と前記部分立体構造情報取得部により算出された前記部分立体構造情報とを基に、前記溶解性特徴量のバラつきに対応する前記部分構造を特定する部分構造特定部と、
前記部分構造特定部により特定された前記部分構造を基に前記溶解性特徴量を分類してグループを作成し、前記グループ毎に熱力学的安定性を評価する熱力学的安定性評価部と、
前記熱力学的安定性評価部による評価を基に1つ又はいくつかの前記グループを選択し、選択した前記グループにおける前記溶解性特徴量のバラつきを算出するバラつき評価部と、
前記バラつき評価部により算出された前記バラつきがバラつきの目標値以上の場合、前記初期配座設定部に新たな複数の初期配座の設定を行わせるバラつき判定部と、
前記バラつき評価部により算出された前記バラつきが前記バラつきの目標値未満の場合、その場合の前記バラつきの算出に用いられた前記溶解性特徴量を基に溶解性の評価結果を出力する出力部と
を備えたことを特徴とする溶解性評価装置。
(2)
前記分子シミュレーション実行部は、分子動力学シミュレーションを用いることを特徴とする(1)に記載の溶解性評価装置。
(3)
前記溶解性特徴量算出部は、溶解性特徴量として溶媒和自由エネルギーを用いることを特徴とする(1)又は(2)に記載の溶解性評価装置。
(4)
前記部分立体構造情報取得部は、部分立体構造情報として角度に関する立体構造を用いることを特徴とする(1)~(3)のいずれか一つに記載の溶解性評価装置。
(5)
前記部分立体構造情報取得部は、部分立体構造情報として二面角分布を用いることを特徴とする(4)に記載の溶解性評価装置。
(6)
前記部分構造特定部は、前記部分立体構造情報を説明変数とし且つ前記溶解性特徴量を目的変数とした回帰分析により前記部分構造を特定することを特徴とする(1)~(5)のいずれか一つに記載の溶解性評価装置。
(7)
前記部分構造特定部は、前記部分立体構造情報として二面角分布の平均値を説明変数として統計解析又は機械学習により前記回帰分析を行い、前記溶解性特徴量に相関した前記二面角分布に基づいて部分構造を特定することを特徴とする(6)に記載の溶解性評価装置。
(8)
前記バラつき評価部は、前記熱力学的安定性評価部により最も熱力学的に安定であると評価された前記グループを選択することを特徴とする(1)~(8)のいずれか一つに記載の溶解性評価装置。
(9)
前記初期配座設定部は、前記バラつき評価部により選択された前記グループに属する追加初期配座を前記複数の初期配座に追加して前記新たな複数の初期配座の設定を行うことを特徴とする(1)~(8)のいずれか一つに記載の溶解性評価装置。
(10)
溶解性評価装置が、
分子の異なる複数の初期配座を設定し、
設定した各前記初期配座に対して分子シミュレーションを実行し、
前記分子シミュレーションの実行結果に基づき、溶解性特徴量を算出し、
各前記分子シミュレーションに対する前記分子の1つ又は複数の立体的な部分構造を表す部分立体構造情報を算出し、
前記溶解性特徴量と前記部分立体構造情報とを基に、前記溶解性特徴量のバラつきに対応する前記部分構造を特定し、
特定した前記部分構造を基に前記溶解性特徴量を分類してグループを作成し、前記グループ毎に熱力学的安定性を評価し、
前記評価を基に1つ又はいくつかの前記グループを選択し、選択した前記グループにおける前記溶解性特徴量のバラつきを算出し、
算出した前記バラつきがバラつきの目標値以上の場合、新たな複数の初期配座を設定して、前記分子シミュレーションの実行、前記溶解性特徴量の算出、前記部分立体構造情報の算出、前記部分構造の特定、前記熱力学的安定性の評価及び前記バラつきの算出の処理を前記新たな複数の初期配座に基づき実行し、
算出した前記バラつきが前記バラつきの目標値未満の場合、その場合の前記バラつきの算出に用いた前記溶解性特徴量を基に溶解性の評価結果を出力する
処理を実行することを特徴とする溶解性評価方法。
(11)
分子の異なる複数の初期配座を設定し、
設定した各前記初期配座に対して分子シミュレーションを実行し、
前記分子シミュレーションの実行結果に基づき、溶解性特徴量を算出し、
各前記分子シミュレーションに対する前記分子の1つ又は複数の立体的な部分構造を表す部分立体構造情報を算出し、
前記溶解性特徴量と前記部分立体構造情報とを基に、前記溶解性特徴量のバラつきに対応する前記部分構造を特定し、
特定した前記部分構造を基に前記溶解性特徴量を分類してグループを作成し、前記グループ毎に熱力学的安定性を評価し、
前記評価を基に1つ又はいくつかの前記グループを選択し、選択した前記グループにおける前記溶解性特徴量のバラつきを算出し、
算出した前記バラつきがバラつきの目標値以上の場合、新たな複数の初期配座を設定して、前記分子シミュレーションの実行、前記溶解性特徴量の算出、前記部分立体構造情報の算出、前記部分構造の特定、前記熱力学的安定性の評価及び前記バラつきの評価の処理を前記新たな複数の初期配座に基づき実行し、
算出した前記バラつきが前記バラつきの目標値未満の場合、その場合の前記バラつきの算出に用いた前記溶解性特徴量を基に溶解性の評価結果を出力する
処理をコンピュータに実行させることを特徴とする作業支援プログラム。
【符号の説明】
【0075】
1 溶解性評価装置
11 初期配座設定部
12 分子シミュレーション実行部
13 溶解性特徴量算出部
14 部分立体構造情報取得部
15 部分構造特定部
16 熱力学的安定性評価部
17 バラつき評価部
18 バラつき判定部
19 出力部