IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-チタン製刃物およびチタン板 図1
  • 特開-チタン製刃物およびチタン板 図2
  • 特開-チタン製刃物およびチタン板 図3
  • 特開-チタン製刃物およびチタン板 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043373
(43)【公開日】2024-03-29
(54)【発明の名称】チタン製刃物およびチタン板
(51)【国際特許分類】
   B26B 9/00 20060101AFI20240322BHJP
   C22C 14/00 20060101ALI20240322BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240322BHJP
   C22F 1/18 20060101ALN20240322BHJP
【FI】
B26B9/00 Z
C22C14/00 Z
C22F1/00 613
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 631B
C22F1/00 673
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 684B
C22F1/00 684C
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/18 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022148535
(22)【出願日】2022-09-16
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 一浩
(72)【発明者】
【氏名】大澤 弘
【テーマコード(参考)】
3C061
【Fターム(参考)】
3C061AA02
3C061BA03
3C061BA19
3C061EE13
(57)【要約】
【課題】切れ味およびその持続性に優れるチタン製刃物およびそれに用いられるチタン板を提供する。
【解決手段】チタン合金からなる刃物10であり、刃物10の柄2から刃1の切っ先1cに向かう方向をL方向、L方向に直交し、刃1の峰1aから刃先1bに向かう方向をT方向としたとき、L方向およびT方向におけるヤング率が110GPa以上であり、L方向およびT方向におけるヤング率において、低い方のヤング率の値に対する高い方のヤング率の値の比が1.15以上であり、かつ刃1の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値が300~450HV1である、チタン製刃物。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン合金からなる刃物であり、
前記刃物の柄から刃の切っ先に向かう方向をL方向、前記L方向に直交し、前記刃の峰から刃先に向かう方向をT方向としたとき、
前記L方向および前記T方向におけるヤング率が110GPa以上であり、
前記L方向および前記T方向におけるヤング率において、低い方のヤング率の値に対する高い方のヤング率の値の比が1.15以上であり、かつ
前記刃の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値が300~450HV1である、
チタン製刃物。
【請求項2】
前記チタン合金の化学組成が、質量%で、
Al:4.0~8.7%、
C:0.100%以下、
N:0.050%以下、
H:0.016%以下、
O:0.30%以下、および
Si:0~0.50%、を含有し、かつ
Fe、Cr、Ni、V、Cu、Mo、Mn、NbおよびCoから選択される1種以上を合計で0.3~5.0%含有し、
残部がTiおよび不純物である、
請求項1に記載のチタン製刃物。
【請求項3】
前記チタン合金の化学組成が、前記Tiの一部に代えて、質量%で、
SnおよびZrから選択される1種以上を合計で3.0%以下含有する、
請求項2に記載のチタン製刃物。
【請求項4】
前記チタン合金の化学組成が、前記Tiの一部に代えて、質量%で、
Pd、Pt、RhおよびRuから選択される1種以上を合計で0.25%以下含有する、
請求項2または請求項3に記載のチタン製刃物。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれかに記載のチタン製刃物の素材として用いられるチタン板であって、
前記チタン板の厚さ方向に垂直な第1方向、ならびに前記厚さ方向および前記第1方向に垂直な第2方向におけるヤング率が110GPa以上であり、
前記第1方向および前記第2方向におけるヤング率において、低い方のヤング率の値に対する高い方のヤング率の値の比が1.15以上であり、かつ
前記チタン板の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値が300~450HV1である、
チタン板。
【請求項6】
厚さが2.0~7.0mmである、
請求項5に記載のチタン板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン製刃物およびチタン板に関する。
【背景技術】
【0002】
包丁またはナイフなどの刃物の素材として、鋼またはステンレス鋼が多く使われている。それに加えて、軽量で錆びることがなく、金属イオンの溶出が極めて少ないチタンも、刃物の素材としてしばしば用いられている(例えば、特許文献1を参照。)。刃物は、厚さが薄い刃先に力を集中させることで、対象物を切断する。そのため、刃物には硬さが求められ、チタンを素材とする刃物は、チタン合金製であることがほとんどである。
【0003】
チタン合金としてよく知られているのがTi-6Al-4Vである。しかし、Ti-6Al-4Vは硬度が十分とは言えないため、単に刃物に適用しても、切れ味およびその持続性が十分ではない。そこで、例えば、特許文献2では、時効熱処理によって硬質化したβ型チタン合金が刃物の素材として用いられている。特許文献2によれば、20%以上の冷間加工と所定の時効処理を行うことで、HCR45以上の硬度を有する刃先を持つチタン合金刃物を製造することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】実全昭63-083211号公報
【特許文献2】特開昭63-250445号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
チタンのヤング率は鋼の約半分であるため、刃先が弾性域にて反ってしまい、刃先の直進性が損なわれて、切れ味が十分ではなくなる。従来、切れ味を向上させるため、上述の特許文献2等に開示されているように、刃先を硬質化することに重点が置かれてきた。
【0006】
しかしながら、切れ味を向上させるためには、硬質化だけでなく剛性が求められ、すなわちヤング率を高める必要がある。特許文献2に開示されるβ型チタン合金はヤング率が低いため、時効処理を施すことでヤング率が高まるものの十分ではない場合があり、刃先の直進性を維持できず、切れ味を十分には向上できない。また、時効処理によって微細なα相が析出し、その析出強化によって硬度が高まるが、一方で靭性や延性が低下してしまうために後述のように、刃欠けが生じやすい。特に、冷間加工後に時効処理を行うと、冷間加工のひずみが局在した部位にα相がより多く析出するため、靭性や延性の低下が顕在化し、刃欠けがより顕著になってしまう。
【0007】
また、チタン合金では、硬質であるほど靱性および延性が顕著に低下する。特に、切断対象物内に微小硬質物が含まれている場合、刃先に局所的に大きな負荷がかかるため、刃先が硬質であると、刃欠けが生じる結果となる。使用時の刃欠けは切れ味の顕著な低下を引き起こすため、切れ味の持続性を担保することができなくなる。
【0008】
本発明は、上記の課題を解決し、切れ味およびその持続性に優れるチタン製刃物およびそれに用いられるチタン板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のチタン製刃物およびチタン板を要旨とする。
【0010】
(1)チタン合金からなる刃物であり、
前記刃物の柄から刃の切っ先に向かう方向をL方向、前記L方向に直交し、前記刃の峰から刃先に向かう方向をT方向としたとき、
前記L方向および前記T方向におけるヤング率が110GPa以上であり、
前記L方向および前記T方向におけるヤング率において、低い方のヤング率の値に対する高い方のヤング率の値の比が1.15以上であり、かつ
前記刃の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値が300~450HV1である、
チタン製刃物。
【0011】
(2)前記チタン合金の化学組成が、質量%で、
Al:4.0~8.7%、
C:0.100%以下、
N:0.050%以下、
H:0.016%以下、
O:0.30%以下、および
Si:0~0.50%、を含有し、かつ
Fe、Cr、Ni、V、Cu、Mo、Mn、NbおよびCoから選択される1種以上を合計で0.3~5.0%含有し、
残部がTiおよび不純物である、
上記(1)に記載のチタン製刃物。
【0012】
(3)前記チタン合金の化学組成が、前記Tiの一部に代えて、質量%で、
SnおよびZrから選択される1種以上を合計で3.0%以下含有する、
上記(2)に記載のチタン製刃物。
【0013】
(4)前記チタン合金の化学組成が、前記Tiの一部に代えて、質量%で、
Pd、Pt、RhおよびRuから選択される1種以上を合計で0.25%以下含有する、
上記(2)または(3)に記載のチタン製刃物。
【0014】
(5)上記(1)から(4)までのいずれかに記載のチタン製刃物の素材として用いられるチタン板であって、
前記チタン板の厚さ方向に垂直な第1方向、ならびに前記厚さ方向および前記第1方向に垂直な第2方向におけるヤング率が110GPa以上であり、
前記第1方向および前記第2方向におけるヤング率において、低い方のヤング率の値に対する高い方のヤング率の値の比が1.15以上であり、かつ
前記チタン板の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値が300~450HV1である、
チタン板。
【0015】
(6)厚さが2.0~7.0mmである、
上記(5)に記載のチタン板。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、切れ味およびその持続性に優れるチタン製刃物およびそれに用いられるチタン板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本実施形態のチタン製刃物の形状の一例を模式的に示した図である。
図2図2は、ビッカース硬さの測定位置を説明するための図である。
図3図3は、チタン板から刃になる部分を切り出す際の刃の方向を説明するための図である。
図4図4は、本実施例で用いられる刃物の形状を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、チタン製刃物の切れ味およびその持続性について検討を行い、以下の知見を得た。
【0019】
(a)刃先の直進性を維持して、切れ味を向上させるためには、素材となるチタン板の硬度および剛性をある程度高める必要がある。
【0020】
(b)一方、硬度および剛性が過剰であると、切断対象物内に微小硬質物が含まれている場合に、刃欠けが生じ、切れ味の持続性が劣化する。
【0021】
(c)刃物の柄から刃の切っ先に向かう方向と、刃の峰から刃先に向かう方向とにおいて、剛性に差を出すことによって、刃先が切断対象物内の微小硬質物に接触した際に、刃先が剛性の低い側の方向に回避することで刃欠けを抑制しつつ、剛性が高い側の方向で刃先の直進性を維持することが可能となる。
【0022】
本発明の一実施形態に係るチタン製刃物およびそれに用いられるチタン板は、上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本実施形態のチタン製刃物およびチタン板の各要件について詳しく説明する。
【0023】
1.チタン製刃物
本実施形態に係るチタン製刃物は、チタン合金からなる刃物である。図1は、本実施形態のチタン製刃物の形状の一例を模式的に示した図である。図1に例示しているように、刃物10は、刃1および柄2を含む。また、刃1は、峰1a、刃先1bおよび切っ先1cを含む。本明細書においては、刃物10の柄2から刃1の切っ先1cに向かう方向をL方向、L方向に直交し、刃1の峰1aから刃先1bに向かう方向をT方向と呼ぶ。
【0024】
本実施形態に係るチタン製刃物においては、刃先の直進性を維持して、切れ味を向上させるため、刃1のL方向およびT方向におけるヤング率を110GPa以上とするとともに、刃1の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値を300~450HV1とする。
【0025】
刃1のL方向およびT方向におけるヤング率を110GPa以上にすることによって、切断時の刃先のたわみを抑制し、刃先の直進性を維持することが可能となる。それに加えて、刃1の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値を300HV1以上とすることで、切れ味を向上させるとともに、刃欠けを抑制することができる。一方、刃1の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値が450HV1を超えると、過剰に硬質であるため、チタン合金の靱性および延性が損なわれ、却って刃欠けが生じやすくなる。
【0026】
刃1のL方向およびT方向におけるヤング率はいずれも114GPa以上であることが好ましい。また、刃1の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値は330~420HV1であることが好ましい。
【0027】
刃物におけるヤング率の測定方法の例は、以下の通りである。平行部長さ12mm、平行部幅6.25mm、標点間距離10mm、肩R6mmの引張試験片を、刃のL方向およびT方向から採取する。試験片形状に加工する前に、板厚がおよそ0.5~1.5mmまで研磨することで平行部を平板状とする。引張試験片の平行部中央にゲージ長3mmのひずみゲージを貼り付け、ストローク速度0.25mm/分で100~400MPaの応力負荷を5回繰り返し、その平均値とする。なお、刃の部分が小さく、上記の試験片が採取できない場合には、平行部を比例で縮小した引張試験片を用いてもよい。
【0028】
また、素材となる板におけるヤング率の測定方法の例は、以下の通りである。JIS Z 2241:2011の13B引張試験片(平行部幅12.5mm、平行部長さ60mm、標点間距離50m)を作製する。引張試験片の平行部中央にゲージ長3mmのひずみゲージを貼り付け、ストローク速度0.25mm/分で100~400MPaの応力負荷を5回繰り返し、その平均値とする。
【0029】
刃1の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値の測定方法を、図2を参照しながら説明する。任意の位置にて、L方向に平行な厚さ断面(L断面と呼ぶ)と、T方向に平行な厚さ断面(T断面と呼ぶ)を切り出し、L断面とT断面にて、厚さ方向の中央位置にて各々、5か所について測定する。
【0030】
そして、得られた10点でのビッカース硬さの測定値を平均することによって、刃1の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値を求める。なお、「HV1」とは、試験力を9.8N(1kgf)として、ビッカース硬さ試験を実施した場合の「硬さ記号」を意味する(JIS Z 2244-1:2020を参照)。
【0031】
本実施形態に係るチタン製刃物においては、刃1のL方向およびT方向におけるヤング率において、低い方のヤング率の値に対する高い方のヤング率の値の比を1.15以上とする。上述のように、L方向とT方向とで剛性に差を出すことによって、刃先が切断対象物内の微小硬質物に接触した際に、刃先が剛性の低い側の方向に回避することで刃欠けを抑制しつつ、剛性が高い側の方向で刃先の直進性を維持することが可能となる。
【0032】
なお、L方向におけるヤング率が高くても、T方向におけるヤング率が高くてもいずれでも構わない。L方向およびT方向におけるヤング率の比は1.20以上であることが好ましい。上限を特に設ける必要はないが、工業上実現可能な上限は1.30である。
【0033】
2.チタン板
本実施形態に係るチタン板は、上述したチタン製刃物の素材として用いられる。そのため、素材となるチタン板は上述したチタン製刃物と同様の機械的特性を備える。すなわち、チタン板の厚さ方向に垂直な方向を第1方向とし、厚さ方向および第1方向に垂直な方向を第2方向とした場合に、第1方向および第2方向におけるヤング率が110GPa以上であり、第1方向および第2方向におけるヤング率において、低い方のヤング率の値に対する高い方のヤング率の値の比が1.15以上であり、かつチタン板の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値が300~450HV1である。
【0034】
第1方向および第2方向におけるヤング率は114GPa以上であるのが好ましく、第1方向および第2方向におけるヤング率の比は1.20以上であるのが好ましく、チタン板の厚さ方向中央位置におけるビッカース硬さの平均値は330~420HV1であるのが好ましい。
【0035】
本実施形態に係るチタン板の厚さについては特に制限はないが、刃物の素材として用いるため、2.0~7.0mmの範囲内であることが好ましい。
【0036】
3.化学組成
本実施形態に係るチタン製刃物を構成するチタン合金およびその素材となるチタン板の種類については、上述した機械的特性を有する範囲において特に制限はない。ただし、上述したように、β型チタン合金は一般的にヤング率が低いため、α型チタン合金またはα+β型チタン合金を用いることが好ましい。
【0037】
また、チタン合金およびチタン板の化学組成についても特に制限はないが、チタン合金とは、一般的に、Tiを70質量%以上含む合金を指す。α型チタン合金としては、例えば、高耐食性合金(JIS規格の11種~13種、17種、19種~22種、およびASTM規格のGrade7、11、13、14、17、30、31で規定されるチタン合金、または、さらに種々の元素を少量含有させたチタン合金)、Ti-5Al-2.5Sn(ASTM規格のGrade6)、Ti-0.5Cu、Ti-1.0Cu、Ti-1.0Cu-0.5Nb、Ti-1.0Cu-1.0Sn-0.3Si-0.25Nb等がある。
【0038】
α+β型チタン合金としては、例えば、Ti-3Al-2.5V、Ti-5Al-1Fe、Ti-6Al-4Vなどがある。β型チタン合金としては、例えば、Ti-3Al-8V-6Cr-4Mo-4Zr、Ti-13V-11Cr-3Al、Ti-15V-3Al-3Cr-3Sn、Ti-20V-4Al-1Sn、Ti-22V-4Al等がある。
【0039】
以下、より具体的に本実施形態に係るチタン合金およびチタン板の好適な化学組成について説明する。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0040】
Al:4.0~8.7%
Alは、α相安定化元素であり、固溶強化によってチタン合金の強度を高める。Al含有量が4.0%以上であればこの効果が十分に得られる。このため、Al含有量は、4.0%以上であるのが好ましく、より好ましくは4.5%以上であり、さらに好ましくは5.0%以上である。一方、Al含有量が8.7%を超えると、高温および室温での延性および冷間加工性が低下してしまう場合がある。したがって、Al含有量は、8.7%以下であるのが好ましく、より好ましくは8.0%以下であり、さらに好ましくは7.5%以下である。
【0041】
C:0.100%以下
Cは、不純物であり、多量に含有させると、延性、冷間加工性および熱間加工性を低下させるおそれがある。したがって、C含有量は、0.100%以下であるのが好ましく、より好ましくは0.090%以下であり、さらに好ましくは0.080%以下である。
【0042】
N:0.050%以下
Nは、不純物であり、その含有量は0.050%以下とすることが好ましい。さらに、延性および冷間加工性を高めるために、N含有量は0.020%以下とすることがより好ましい。
【0043】
H:0.016%以下
Hは、不純物であり、その含有量は0.016%以下とすることが好ましい。さらに、延性および冷間加工性を高めるために、H含有量は0.010%以下とすることがより好ましい。
【0044】
O:0.30%以下
Oは、硬さを高めるために添加される場合がある。しかしながら、延性および冷間加工性を損なわないために、O含有量は0.30%以下とすることが好ましい。さらに、延性および冷間加工性を高めるために、O含有量は0.25%以下とすることがより好ましく、0.20%以下とすることがさらに好ましい。
【0045】
Si:0~0.50%
Siは、不純物であるが、微量に含有させることで耐酸化性および強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Siを多量に含有すると、延性、冷間加工性および熱間加工性を低下させるおそれがある。したがって、Si含有量は、0.50%以下であるのが好ましく、より好ましくは0.40%以下であり、さらに好ましくは0.30%以下である。上記の効果を得たい場合は、Si含有量は、0.001%以上であるのが好ましく、より好ましくは0.01%以上であり、さらに好ましくは0.10%以上である。
【0046】
Fe、Cr、Ni、V、Cu、Mo、Mn、NbおよびCoから選択される1種以上:合計で0.3~5.0%
Fe、Cr、Ni、V、Cu、Mo、Mn、NbおよびCoは、β相安定化元素として、固溶強化によってチタン合金の強度を高めるだけでなく、熱間加工性および冷間加工性の向上にも寄与する。そのため、これらの元素から選択される1種以上の合計含有量は0.3%以上であるのが好ましく、より好ましくは0.5%以上であり、さらに好ましくは0.7%以上である。一方、これらの元素の合計含有量が過剰であると凝固偏析の問題が生じるおそれがある。したがって、上記合計含有量は、5.0%以下であるのが好ましく、より好ましくは4.5%以下であり、さらに好ましくは4.0%以下である。
【0047】
なかでも、Fe、Cr、Vは、より顕著に強度、熱間加工性および冷間加工性の向上効果を発揮する。そのため、Fe、CrおよびVから選択される1種以上を合計で0.3%以上含有することが好ましい。
【0048】
本実施形態に係るチタン合金およびチタン板は、上記の元素に加えて、さらにSn、Zr、Pd、Pt、RhおよびRuから選択される1種以上を含有してもよい。
【0049】
SnおよびZrから選択される1種以上:合計で3.0%以下
SnおよびZrはチタン合金の硬度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、SnおよびZrを過剰に含有させると、割れが生じやすくなる場合がある。したがって、SnおよびZrから選択される1種以上の合計含有量は3.0%以下であるのが好ましく、より好ましくは2.5%以下であり、さらに好ましくは2.0%以下である。上記の効果を得たい場合は、上記合計含有量は、0.1%以上であるのが好ましく、より好ましくは0.2%以上であり、さらに好ましくは0.3%以上である。
【0050】
Pd、Pt、RhおよびRuから選択される1種以上:合計で0.25%以下
Pd、PtおよびRuは、耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、これらの元素を過剰に含有させると、製造コストが増加する。このため、Pd、Pt、RhおよびRuから選択される1種以上の合計含有量は、0.25%以下とするのが好ましい。Pd、Pt、RhおよびRuから選択される1種以上の合計含有量は、0.20%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、0.04%以上とするのが好ましい。
【0051】
本実施形態の化学組成において、残部はTiおよび不純物である。ここで「不純物」とは、チタン合金を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。具体的に例示すれば、精錬工程等で混入するCl、Na、Mg、Ca、Bおよびスクラップ等から混入するZr、Sn、Taであるが、これらには限られない。不純物は、各元素の含有量が0.1%以下、かつ総量で0.5%以下であれば問題ないレベルである。
【0052】
なお、上記化学組成は、表面から深さ方向に0.1mm以上内部の平均の化学組成である。各元素の含有量については、不活性ガス溶融赤外線吸収法、不活性ガス溶融熱伝導度法、高周波燃焼赤外線吸収他、誘導結合プラズマ(ICP)発光分析法により、測定すればよい。
【0053】
4.製造方法
本実施形態のチタン製刃物は、例えば、以下のような製造方法により、安定して製造することができる。
【0054】
上述した化学組成を有するチタン合金スラブに対して、板形状に熱間圧延(熱延)を施す。具体的には、チタン合金スラブをβ変態点+30℃~β変態点+150℃の温度範囲まで加熱した後、圧延率が85%以上となる条件で、熱延の仕上温度をβ変態点-50℃~β変態点-170℃の温度範囲として、熱延を施す。熱延の圧延率は90%以上とするのが好ましく、95%以上とするのがより好ましい。上記の条件で一方向に熱延を施すことによって、熱延方向に垂直な方向おけるヤング率が高まり、熱延方向とそれに垂直な方向とのヤング率の比を1.15以上に制御することが可能となる。
【0055】
なお、β変態点は、チタン合金材自体の化学組成に加え、CALPHAD(Computer Coupling of Phase Diagrams and Thermochemistry)法により取得することができ、例えば、Thermo-Calc Software AB社製の総合型熱力学計算システムであるThermo-Calcおよび所定のデータベース(TI3)を用いることで、確認することができる。
【0056】
熱延の仕上圧延後は、空冷または注水によって冷却する。熱延後は必要に応じて焼鈍および冷間圧延(冷延)を施してもよい。ただし、過剰な加工度で冷延を施すと、熱延方向と熱延方向に垂直な方向とのヤング率の比が低下するおそれがある。そのため、冷延を施す場合には、冷延の圧延率は30%以下とすることが好ましい。
【0057】
以上によって得られたチタン板から刃になる部分を切り出す。図3は、チタン板から刃になる部分を切り出す際の刃の方向を説明するための図である。図3に示しているように、刃物のL方向がT方向よりヤング率が高くなるように切り出してもよいし、T方向がL方向よりヤング率が高くなるように切り出してもよい。
【0058】
また、チタン板の方向ごとのヤング率を事前に把握するため、チタン板から種々の角度で試験片を切り出し、ヤング率の測定を行ってもよい。この場合、例えば熱延方向のような所定の方向を基準方向として、当該基準方向から15°間隔で0~90°の方向についてヤング率を測定することが好ましい。そして、得られたヤング率の方向分布に基づき、刃になる部分を切り出す方向を決定すればよい。
【0059】
続いて、研磨などによって刃先の形状を形成することで刃物が得られる。その他、必要に応じて、窒化、炭化、物理蒸着(PVD)、化学蒸着(CVD)などの表面処理を施してもよい。
【0060】
以下、実施例によって本発明に係るチタン製刃物をより具体的に説明するが、本実施形態はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0061】
表1に示す化学組成を有するチタン合金スラブを用意し、表2に示す条件で熱間圧延を施してチタン板とした。一部は、さらに冷間圧延を加えた。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
続いて、用いたチタンの合金のタイプ(型)を次の方法で識別した。特に、β型チタン合金か否かを判別するためである。板厚×10mm×10mmの試験片を切り出し、β相単相となるβ変態点を超える温度1100℃で1時間加熱して、水冷した。この熱処理によって、β型チタン合金は体心立方晶構造(bcc)からなるβ相が主体となる。この熱処理を施した試験片にて、Cu管球を用いたθ-2θのX線回折を測定した。測定には、株式会社リガク製のX線回折装置SmartLabを用いた。
【0065】
X線回折の測定面は、コロイダルシリカによる研磨で仕上げを行った。2θが10~100度の範囲でX線回折強度を測定した。得られたX線回折にて検出されたピークの角度から、bccであるβ相からのピークと、最密六方晶構造(hcp)であるα相からのピークを同定し、各々のピーク強度を比較した。最大強度の回折ピークがβ相に起因するものであり、それ以外の相に起因するピーク強度がその1/10以下であるものを、β型チタン合金と判別した。また、最大強度の回折ピークがα相に起因するものであり、それ以外の相に起因するピーク強度がその1/10以下であるものを、α+β型チタン合金と識別した。
【0066】
図4は、本実施例で用いられる刃物の形状を説明するための図である。作製したチタン板から、刃物を作製するために、研削および研磨にて厚さ1mmとした。そして、図4(a)に示すように切っ先1cの角度は45°であり、図4(b)に示すような断面形状の刃先1bを有する刃物を作製した。
【0067】
次に、上記刃物を用いて、上記した方法により、刃物のL方向およびT方向におけるヤング率、ならびにビッカース硬さの測定を行った。加えて、以下に示す切れ味の持続性および直進性の評価試験を行った。
【0068】
まず、平均粒径が約0.2μmのシリカ粉末を、体積比で30%添加した透明樹脂を固めて、切りつけ試験用台を作製した。切りつけ試験用台のコーナー部は、Rを約12.5mm付けており、このコーナー部に後述するように作製した刃物を切りつける。なお、この試験用台は、刃先への負荷を加速するためのものである。
【0069】
次に、厚さ0.09mm(約90μm)のコピー紙を3枚重ねて、山折り部が100mm長となるように二つ折りにして、上記の刃物を用いて切断し、初期の切れ味を確認した。続いて、上記の切りつけ試験用台のコーナー部に対して、刃物を約20mmの振幅で、10往復切りつけた。そして、再度、厚さ0.09mmのコピー紙を3枚切断することで、切れ味の持続性の評価を行った。なお、切れ味およびその持続性の評価基準は以下のとおりである。
【0070】
○:初期と切れ味が変わらず、コピー紙の切断部を50倍の拡大鏡にて観察した結果、千切れたような様相(毛羽立った様相)が初期と同程度であった。
△:コピー紙の切断部を目視で観察したところ、千切れたような様相が初期と同程度であったが、50倍の拡大鏡にて観察した結果、千切れたような様相が初期より多く認められた。
×:コピー紙を切断する際の抵抗が明らかに高くなり、コピー紙の切断部を目視で観察した結果、千切れたような様相が初期よりも顕著に認められるようになった。
【0071】
また、刃物の切っ先側(図4(a)の1c)の刃先を、同上の手順で、切りつけ試験用台に切りつけた後、布粘着テープ、所謂、ガムテープ(TANOSEE布テープTGK-KKT50)を10枚重ねて切断することで、刃先の直進性の評価を行った。布粘着テープは厚さが約0.21mmで幅が約50mmのものを用いて50mm長さとして、ゴム製下敷きの上に、布粘着テープの方向を90度交互に変えながら10枚を重ねて貼り付けた。その10枚重ねの布粘着テープの50mm×50mmの対角線上を、プラスチック製の定規を添えて、評価する刃物で切断した。布粘着テープには、布の繊維が配合されており、その繊維が直進性を阻害する役割を担うため、刃先の直進性の評価指標として用いた。なお、直進性の評価基準は以下のとおりである。
○:布粘着テープの切断枚数が10枚
△:布粘着テープの切断枚数が8~9枚
×:布粘着テープの切断枚数が7枚以下
【0072】
金属組織の観察結果、機械的特性の測定結果、および切れ味の評価結果を表3および4にまとめて示す。なお、表4における、試験No.39~56の刃物は、それぞれ、試験No.1~18と同一のチタン板から切り出す方向を90°変えて採取されたものである。
【0073】
【表3】
【0074】
【表4】
【0075】
表3および4に示されるように、本発明の規定を全て満足する本発明例は、初期の切れ味、その持続性および刃先の直進性に優れる結果となった。これに対して、本発明の規定を満足しない比較例では、少なくともいずれかが劣化する結果となった。
【0076】
具体的には、試験No.19は、合金元素の含有量が少ないため、十分な硬度が得られなかった。試験No.20~23は、β型チタン合金であったため、ヤング率が低く、また刃物のL方向とT方向とで剛性に差を出すことができなかった。
【0077】
試験No.24および25では、冷延の圧延率が過剰であったため、熱延によって高められた刃物のL方向とT方向とのヤング率の比が低下した。試験No.26および27では、熱延時の加熱温度が過剰であり、また試験No.27では、それ加えて、熱延の圧延率が低く、仕上温度が高くなった。試験No.30でも、同様に、熱延の圧延率が低く、仕上温度が高くなった。試験No.38では、一般的な製法である、所謂クロス圧延を行った。そのため、これらの例では、刃物のL方向とT方向とのヤング率の比を高めることができなかった。
【0078】
ヤング率が低い、または本発明のようにL方向とT方向とでヤング率の高い方向がないと、刃物の直線性が良くないため、切りつけ試験用台への切りつけの際に、刃先のたわみが大きくなり、刃先への負荷が局所的に大きく、微細な刃欠けが生じやすい。そのため、切りつけ後のコピー紙に切れ味が低下して、持続性の評価が×である。また、切りつけ後の布粘着テープでの切れ味も悪く、直進性の評価が×である。
【符号の説明】
【0079】
1.刃
1a.峰
1b.刃先
1c.切っ先
2.柄
10.刃物
図1
図2
図3
図4