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特開2024-43393チップシール用樹脂組成物及びスクロール型冷媒圧縮機用チップシール
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  • 特開-チップシール用樹脂組成物及びスクロール型冷媒圧縮機用チップシール 図1
  • 特開-チップシール用樹脂組成物及びスクロール型冷媒圧縮機用チップシール 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043393
(43)【公開日】2024-03-29
(54)【発明の名称】チップシール用樹脂組成物及びスクロール型冷媒圧縮機用チップシール
(51)【国際特許分類】
   C08L 71/08 20060101AFI20240322BHJP
   C08K 3/013 20180101ALI20240322BHJP
   C08K 7/06 20060101ALI20240322BHJP
   F16J 15/3284 20160101ALI20240322BHJP
【FI】
C08L71/08
C08K3/013
C08K7/06
F16J15/3284
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022148561
(22)【出願日】2022-09-16
(71)【出願人】
【識別番号】000107619
【氏名又は名称】スターライト工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100177264
【弁理士】
【氏名又は名称】柳野 嘉秀
(74)【代理人】
【識別番号】100074561
【弁理士】
【氏名又は名称】柳野 隆生
(74)【代理人】
【識別番号】100124925
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 則夫
(74)【代理人】
【識別番号】100141874
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 久由
(74)【代理人】
【識別番号】100163577
【弁理士】
【氏名又は名称】中川 正人
(72)【発明者】
【氏名】北川 達也
(72)【発明者】
【氏名】菊谷 慎哉
(72)【発明者】
【氏名】下川路 朋紘
(72)【発明者】
【氏名】絹川 智哉
【テーマコード(参考)】
3J043
4J002
【Fターム(参考)】
3J043AA15
3J043CB06
3J043CB14
3J043CB24
3J043CB30
3J043DA01
4J002BD152
4J002CH091
4J002CP032
4J002DA017
4J002DE076
4J002DL006
4J002FA047
4J002FA086
4J002FD016
4J002FD017
4J002FD172
4J002GM00
4J002GT00
(57)【要約】
【課題】スクロール部材の回転速度が従来より大きい場合であっても、良好な耐熱性、耐摩耗性を有する射出成形物を形成可能であると同時に、薄肉で長尺のチップシールの射出成形による成形性が良好なチップシール用樹脂組成物、及び、当該チップシール用樹脂組成物の射出成形物であるスクロール型冷媒圧縮機用チップシールを提供すること。
【解決手段】ポリエーテルエーテルケトン樹脂を70~90重量%、モース硬度4以上且つ熱伝導率60[W/m・K]以下の無機充填剤を2~20重量%、残部に固体潤滑剤と炭素繊維を含むチップシール用樹脂組成物。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエーテルエーテルケトン樹脂を70~90重量%、モース硬度4以上且つ熱伝導率60[W/m・K]以下の無機充填剤を2~20重量%、残部に固体潤滑剤と炭素繊維を含むチップシール用樹脂組成物。
【請求項2】
前記無機充填剤のモース硬度が7未満である請求項1記載のチップシール用樹脂組成物。
【請求項3】
前記無機充填剤が、ガラス球及び酸化マグネシウムから選択される少なくとも1種である請求項1又は2に記載のチップシール用樹脂組成物。
【請求項4】
前記固体潤滑剤が、フッ素樹脂及びシリコーン樹脂から選択される少なくとも1種である請求項1又は2に記載のチップシール用樹脂組成物。
【請求項5】
前記固体潤滑剤を3~10重量%、炭素繊維を5~20重量%含む請求項1又は2に記載のチップシール用樹脂組成物。
【請求項6】
前記チップシール用樹脂組成物の、温度400℃、せん断速度1000[1/sec]における溶融粘度が、100~250[Pa・s]である請求項1又は2に記載のチップシール用樹脂組成物。
【請求項7】
前記チップシール用樹脂組成物の熱伝導率が、0.30~0.45[W/m・K]である請求項1又は2に記載のチップシール用樹脂組成物。
【請求項8】
請求項1又は2に記載のチップシール用樹脂組成物の射出成形物であるスクロール型冷媒圧縮機用チップシール。
【請求項9】
前記射出成形物が、スクロール型冷媒圧縮機のスクロール部材の隔壁の端面に沿う長さ方向と、該長さ方向に直交する断面方向とを有し、断面積が2.5mm以下、長さが120mm以上である請求項8記載のスクロール型冷媒圧縮機用チップシール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チップシール用樹脂組成物、及び、当該チップシール用樹脂組成物の射出成形物であるスクロール型冷媒圧縮機用チップシールに関するものである。
【背景技術】
【0002】
スクロール型冷媒圧縮機は、例えば図1、2に示すように、本体側に取り付ける固定側スクロール部材1に対して可動側スクロール部材2を組み付け、両スクロール部材1、2の渦巻形状の隔壁5、6の端面に沿って装着した薄肉で長尺のチップシール(スクロール型冷媒圧縮機用チップシール)3、4で相手部材に対してシールする。そして、外部動力を利用して可動側スクロール部材2を固定側スクロール部材1の軸線の周りで公転させ、隔壁5、6間に形成された圧縮室が渦巻形状の中心側に移動してガス等の冷媒の圧縮が行われる。この際、圧縮室の密閉性は、前述のように、両スクロール部材1、2の端面に沿って設けられ、それらに対向するスクロール部材の底面9、8と接触して摺動するチップシール3、4により確保される。
【0003】
スクロール型冷媒圧縮機に用いられるチップシールは、前述のように、スクロール部材の底面と接触して摺動し、圧縮室の密閉性を確保するため、摺動時の耐摩耗性、シール性(密閉性)が求められる。また、圧縮室を通過する冷媒と接し、冷凍機油(潤滑油)の存在下で摺動させるため、冷媒と冷凍機油(潤滑油)への耐性(耐薬品性)が求められる。また、図1、3に示すように、チップシールは薄肉で長尺な形状を有するため、射出成形時の成形性も要求される。
【0004】
このようなスクロール型冷媒圧縮機に用いられるチップシールとして、例えば、特許文献1には、所定の冷媒と冷凍機油を用いるスクロール型コンプレッサに用いられ、所定の炭素繊維5~30体積%、所定の四フッ化エチレン樹脂1~30体積%、残部が芳香族ポリエーテルケトン系樹脂である樹脂組成物を渦巻形状に成形してなり、樹脂組成物の溶融粘度が所定条件で50~300Pa・sであるスクロール型コンプレッサ用渦巻形状チップシールが記載されている。このチップシールによれば、スクロール型冷媒圧縮機の冷媒をフロンや代替フロンから炭酸ガスへ変更しても、従来よりも耐荷重性、耐摩耗性、相手材の非損傷性に優れ、かつ成形性に優れたチップシールの提供が可能であるとされている。また、樹脂組成物にはモース硬度3以下の無機化合物を含み得ることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4482262号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、スクロール型冷媒圧縮機は、例えば自動車のエアコンディショナー(エアコン)や家庭用電気機器などで熱交換を行う機器に使用されている。前述のように、スクロール型冷媒圧縮機は、可動側スクロールを外部動力を利用して公転させている。自動車のエアコン等の場合、この外部動力として、エンジンベルト駆動のベルト式が採用されるのが一般的であった。しかし、近年、一次停止時にエンジンのアイドリングを行わないようにしたり、主に加速時の走行への影響をなくす等の目的や、電気自動車の世界的な製造販売の増加等のため、スクロール型冷媒圧縮機の外部動力として、エンジンベルト駆動のベルト式ではなくモーター駆動の電動式が採用されつつある。また、近年の自動車では様々な機能が電動化されており、多くの電子基板が搭載されているが、これらの電子基板の冷却のためにもエアコンが使用されている。その結果、エアコンの処理容量を増加させるために、スクロール型冷媒圧縮機の可動側スクロール部材の回転速度を、従来よりも大きくする必要がある。特に、電動式では、エンジンベルト駆動のベルト方式より、スクロール部材の回転速度を大きくすることが可能なため、ベルト方式のスクロール部材に装着されているチップシールに対する負荷よりも大きな負荷がかかり、回転速度が従来より大きくなっても圧縮室の密閉性を維持できるよう対応が求められる。特に、このようなスクロール部材の高速回転の結果、チップシールが溶融したり、摩耗したりするのを抑制することが、従来にも増して求められる。また、スクロール部材は、軽量化のためにアルミ合金が使用され、更にスクロール部材同士の同材摺動を避けることを主な目的として片方のスクロール部材にアルマイト処理が施される。このアルマイト処理が施された処理面は比較的粗い面となる。チップシールの摺動面となる底面(図1、4の符号8、9)は、このように比較的粗い面であるため、高速回転による摩耗が一層助長されることが懸念される。
【0007】
例えば特許文献1に記載のチップシールは、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂を母材としているため、高速回転時の溶融は抑制可能と考えられる。しかし、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂は、一般に成形性が良くないことが知られており、スクロール型冷媒圧縮機に用いられるチップシールのように、断面積が小さく薄肉で長尺の形状のものを射出成形により成形するのは必ずしも容易ではない。また、特許文献1には、当該樹脂に対して、炭素繊維と四フッ化エチレン樹脂を所定量含むことが記載されているが、このようにしても、前述のような高速回転に対応できるだけの耐摩耗性を有すると同時に、断面積が小さく薄肉で長尺のチップシールの射出成形による成形性を確保するのは困難であるのが現状である。
【0008】
そこで、本発明の目的は、スクロール部材の回転速度が従来より大きい場合であっても、良好な耐熱性、耐摩耗性を有する射出成形物を形成可能であると同時に、薄肉で長尺のチップシールの射出成形による成形性が良好なチップシール用樹脂組成物、及び、当該チップシール用樹脂組成物の射出成形物であるスクロール型冷媒圧縮機用チップシールを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、前述の課題解決のために鋭意検討を行った。その結果、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、所定の特性を有する無機充填剤をそれぞれ所定範囲で含有し、さらに固体潤滑剤と炭素繊維を含むチップシール用樹脂組成物を採用し、これを射出成形することで、前述の課題が解決可能であることを見出した。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0010】
本発明の第一は、ポリエーテルエーテルケトン樹脂を70~90重量%、モース硬度4以上且つ熱伝導率60[W/m・K]以下の無機充填剤を2~20重量%、残部に固体潤滑剤と炭素繊維を含むチップシール用樹脂組成物に関する。
【0011】
本発明の実施形態では、前記無機充填剤のモース硬度が7未満であってもよい。
【0012】
本発明の実施形態では、前記無機充填剤が、ガラス球及び酸化マグネシウムから選択される少なくとも1種であってもよい。
【0013】
本発明の実施形態では、前記固体潤滑剤が、フッ素樹脂及びシリコーン樹脂から選択される少なくとも1種であってもよい。
【0014】
本発明の実施形態では、前記固体潤滑剤を3~10重量%、炭素繊維を5~20重量%含むものであってもよい。
【0015】
本発明の実施形態では、前記チップシール用樹脂組成物の、温度400℃、せん断速度1000[1/sec]における溶融粘度が、100~250[Pa・s]であってもよい。
【0016】
本発明の実施形態では、前記チップシール用樹脂組成物の熱伝導率が、0.30~0.45[W/m・K]であってもよい。
【0017】
本発明の実施形態では、前述の実施形態の各構成を任意に組み合わせて有することができる。
【0018】
本発明の第二は、前述の本発明の第一に係るチップシール用樹脂組成物の射出成形物であるスクロール型冷媒圧縮機用チップシールに関する。
【0019】
本発明の実施形態では、前記射出成形物が、スクロール型冷媒圧縮機のスクロール部材の隔壁の端面に沿う長さ方向と、該長さ方向に直交する断面方向とを有し、断面積が2.5mm以下、長さが120mm以上であってもよい。
【0020】
本発明の実施形態では、前述の本発明の第一に係るチップシール用樹脂組成物は、その各実施形態の構成を単独又は任意に組み合わせたものを用いることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、スクロール部材の回転速度が従来より大きい場合であっても、良好な耐熱性、耐摩耗性を有する射出成形物を形成可能であると同時に、薄肉で長尺のチップシールの射出成形による成形性が良好なチップシール用樹脂組成物、及び、当該チップシール用樹脂組成物の射出成形物であるスクロール型冷媒圧縮機用チップシールを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】スクロール型冷媒圧縮機の部分分解斜視図である。
図2】固定側スクロール部材と可動側スクロール部材を組み付けた状態の断面図である。
図3】チップシールの斜視図である。
図4】スクロール部材にチップシールを装着した状態の部分拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
(チップシール用樹脂組成物)
本発明の実施形態に係るチップシール用樹脂組成物(以下、「樹脂組成物」と称する場合がある。)は、ポリエーテルエーテルケトン(以下、「PEEK」と称する場合がある。)樹脂を70~90重量%、モース硬度4以上且つ熱伝導率60[W/m・K]以下の無機充填剤(以下、「無機充填剤」と称する場合がある。)を2~20重量%、残部に固体潤滑剤と炭素繊維を含む。
【0024】
このようにPEEK樹脂を母材とすることで、スクロール部材を従来よりも高速に回転させるような過酷な条件においても、例えば従来のPPS系の樹脂組成物よりも良好な耐熱性をスクロール型冷媒圧縮機用チップシール(以下、「チップシール」と称する場合がある。)に付与することができる。また、PEEK樹脂の特性に基づく良好な耐薬品性をチップシールに付与することができる。また、当該母材に対して、所定の無機充填剤、固体潤滑剤及び炭素繊維を組み合わせて用いることで、(1)一般に成形性が良くないことが知られているPEEK樹脂を用いた場合でも、補強材として機能する炭素繊維の高い熱伝導性に起因する射出成形時の樹脂組成物の流動性の低下を、所定の無機充填剤により抑制して、量産に好適な射出成形による成形性を確保することができる、(2)チップシールの摺動面となるスクロール部材の底面が比較的粗い表面状態であっても、所定の無機充填材によりある程度研磨されることで表面粗さが緩和されるとともに、固体潤滑剤により摺動面に潤滑性が付与されることで、従来よりも過酷な条件となる高速回転であってもチップシールの耐摩耗性を確保することができる。
【0025】
以下、樹脂組成物の各成分について説明する。
【0026】
PEEK樹脂は、一般に融点が343℃、200~300℃の加熱熱水中での連続使用が可能とされており耐熱性が高く、スクロール部材の高速回転時においても溶融しにくい。また、耐薬品性にも優れている。即ち、スクロール型冷媒圧縮機で用いられる各種の冷媒及び潤滑剤に対して耐久性を有する。したがって、冷媒及び潤滑剤と接触しながら従来よりも高速回転となり得るスクロール部材の母材樹脂として好適である。PEEK樹脂は、このような耐熱性、耐薬品性を有し、射出成形時に流動性を確保可能な程度の溶融粘度を有するものであれば特に限定はない。このような溶融粘度としては、樹脂温度400℃、せん断速度1000[1/sec]において、70~200[Pa・s]が好ましい。
【0027】
PEEK樹脂の樹脂組成物中の含量は、70~90重量%である。70重量%より少ない場合、つまり無機充填剤、固体潤滑剤及び炭素繊維を含む他の成分の総量が30重量%を超える場合、薄肉成形性が低下する傾向にあり、90重量%より多い場合、つまり前述の他の成分の総量が10重量%未満の場合、薄肉成形性は良いが、十分な摩耗特性が得られない傾向にある。
【0028】
無機充填材は、モース硬度4以上且つ熱伝導率60[W/m・K]以下の特性を有するものである。前述のように、モース硬度が4以上であることで、チップシールの摺動面で接する相手面の表面粗さを研磨効果により緩和し、表面を均して、高速回転時であってもチップシールの耐摩耗性を確保することができる。また、摺動面で接する相手面を必要以上に研磨するのを防止する観点から、モース硬度は7.0未満が好ましい。また、炭素繊維の高い熱伝導性の影響を抑制し、射出成形時の金型内での樹脂組成物の温度低下による流動性の低下を抑制して、成形性を確保する観点から、熱伝導率は低いほど良いため、下限は特にない。
【0029】
モース硬度4以上且つ熱伝導率60[W/m・K]以下の無機充填材としては、例えば、ガラス球(モース硬度4~6.5、熱伝導率0.55~1.1W/m・K)、酸化マグネシウム(モース硬度4~6、熱伝導率42~60W/m・K)、チタン酸バリウム(モース硬度4、熱伝導率1.4W/m・K)、アルミナ(モース硬度8~9、熱伝導率20~30W/m・K)等が挙げられる。このような無機充填材は、1種単独で用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。これらの無機充填材のうち、ガラス球及び酸化マグネシウムから選択される少なくとも1種が好ましく、熱伝導率が低いという点でガラス球が特に好ましい。
【0030】
モース硬度は、10種類の硬さの異なる標準鉱物でこすった場合に、標準鉱物への傷つきの有無で判別でき、市販のモース硬度計を用いることができる。熱伝導率は、熱線法及び定常熱流法、レーザーフラッシュ法などにより測定することができる。
【0031】
無機充填剤の樹脂組成物中の含有量は、2~20重量%である。2重量%より少ないと耐摩耗性が不十分となる傾向にあり、20重量%より多いと、溶融粘度および熱伝導率が高くなる傾向にある。
【0032】
固体潤滑剤は、チップシールの摺動時に潤滑性を付与可能なものを使用可能である。このような固体潤滑剤としては、例えば、フッ素樹脂、シリコーン樹脂、黒鉛等が挙げられる。このような固体潤滑剤は、1種単独で用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。これらの固体潤滑剤のうち、薄肉成形性の観点から、熱伝導率が60[W/m・K]以下であるものが好ましく、例えば、フッ素樹脂、シリコーン樹脂が挙げられる。以上のことから、好ましい固体潤滑剤は、フッ素樹脂及びシリコーン樹脂から選択される少なくとも1種である。
【0033】
フッ素樹脂は、固体潤滑剤として一般的に使用されているものを採用することができる。このようなフッ素樹脂としては、例えば、テトラフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン、ビニリデンフルオライド、ヘキサフルオロプロピレン、パーフルオロアルキルビニルエーテル等のフッ素含有モノマーの単独重合体又は共重合体や、前記フッ素含有モノマーとエチレン、プロピレン、(メタ)アクリレート等の共重合性モノマーとの共重合体等が挙げられる。より具体的には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリビニリデンフルオライド、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体、エチレン-クロロトリフルオロエチレン共重合体等が挙げられる。これらのフッ素樹脂は1種単独で用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。フッ素樹脂を混合して使用する場合は、各フッ素樹脂の固体潤滑剤を組み合わせて使用してもよいし、樹脂成分としてフッ素樹脂の混合物を用いたものでもよい。このようなフッ素樹脂のうち、摩擦特性、摩耗特性、耐熱性の観点から、PTFEが特に好ましい。
【0034】
PTFEは、特に限定はなく、懸濁重合或いは乳化重合で得られた粉体、これらを焼結処理或いは電子線処理を行ったものである所謂再生PTFEの粉体などを採用可能である。懸濁重合或いは乳化重合で得られたPTFEは僅かな圧縮剪断力でフィブリル化し易く、樹脂組成物の流動性が低下する傾向にあるため、再生PTFEを用いるのが好ましい。
【0035】
シリコーン樹脂は、粉体状を形成可能なものを用いることができる。また、液体状のものもシリカ等といった多孔質性微粒子の担体に担持させることにより樹脂組成物からのブリードを抑制できるため用いることができる。このようなシリコーン樹脂は、ポリシロキサンを含むものを用いることができる。このようなポリシロキサンとしては、例えば、ポリジメチルシロキサン、ポリジフェニルシロキサン、ポリアルキルメチルシロキサン、ポリジメチルシロキサン-ジフェニルシロキサン共重合体、アルキルメチルシロキサン-アリールアルキルメチルシロキサン共重合体、ポリ(3,3,3-トリフルオロプロピルメチルシロキサン)、3,3,3-トリフルオロプロピルメチルシロキサン-ジメチルシロキサン共重合体、ポリメチルシルセスキオキサンなどのポリオルガノシロキサン(オルガノシロキサンの単独重合体又は共重合体など)またはこれらの混合物が挙げられる。ポリシロキサンとしては、官能基化されたポリシロキサンも挙げられる。また、特開2008-143980号に記載されているようなシリコーン組成物や、ジメチルシロキサン-アクリル酸ブチルゴム、ポリジメチルシロキサン系ゴム、ジメチルシロキサン-ジフェニルシロキサン共重合体系ゴムといった共重合体も用いることができる。さらに、作業性の向上と樹脂組成物からのブリードを抑制するという理由により、例えば上述のシリコーン樹脂をシリカ(二酸化ケイ素)等といった多孔質性微粒子の担体に担持させたものを用いることができる。シリカ以外の担体としては、炭酸カルシウム、炭酸バリウムなどの炭酸塩、ケイ酸カルシウム、ケイ酸バリウム、ケイ酸マグネシウムなどのケイ酸塩、リン酸カルシウム、リン酸バリウム、リン酸マグネシウム、リン酸ジルコニウム、アパタイトなどのリン酸塩、アルミナなどの金属酸化物、黒鉛、ゼオライト、層状粘土鉱物等、ポリエチレン、ポリウレタン、セルロース、ポリアミド、ポリビニルホルマール、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、尿素樹脂等が挙げられる。このうち、シリカとしては、ヒュームドシリカ、沈殿シリカ、微粉砕シリカ又は/及び焼成シリカを担体として用いることができる。シリコーン樹脂をシリカに担持させたものの市販品として、例えば、旭化成ワッカーシリコーン製GENIOPLAST 登録商標Pellet S、東レダウコーニング製TREFIL F-202等が挙げられる。
【0036】
固体潤滑剤の形態は特に限定はなく、粉末状、顆粒状等いずれでもよいが、均質な特性を付与する観点からは粉末状が好ましい。
【0037】
固体潤滑剤の樹脂組成物中の含有量は、潤滑性を有効に付与する観点から、3~10重量%であるのが好ましい。尚、炭素繊維、任意の成分との合計でPEEK樹脂及び無機充填剤の残部となる範囲である。
【0038】
炭素繊維は、チップシールの繊維状補強材として機能するものである。また、スクロール部材の底面に対する攻撃性が低く、圧縮室の密閉性を維持すると同時にチップシールを補強することが可能である。炭素繊維の種類は、ピッチ系、PAN系など、補強材として一般に使用可能なものを採用することが可能である。補強効果の観点からは、PAN系が好ましい。炭素繊維の大きさは、補強材としての効果及び熱伝導性の観点から、アスペクト比100~1000であるのが好ましい。
【0039】
炭素繊維の樹脂組成物中の含有量は、補強材として機能するとともに射出成形時の成形性を確保する観点から、5~20重量%であるのが好ましい。尚、固体潤滑剤、任意の成分との合計でPEEK樹脂及び無機充填剤の残部となる範囲である。
【0040】
樹脂組成物には、前述の成分以外に、射出成形時の成形性などに影響がない範囲で、必要に応じて他の成分(任意の成分)を添加することができるが、PEEK樹脂及び無機充填剤の残部は、固体潤滑剤と炭素繊維であり、他の成分は含まないのが好ましい。
【0041】
樹脂組成物は、前述の各成分を所定の配合で混合し、混錬することで得ることができる。混練手段は従来公知のものを用いることができる。例えば、ヘンシェルミキサー等を用いて乾式混合した後、二軸混練押出機により溶融混練し、成形用ペレットとして樹脂組成物を得ることができる。
【0042】
このようにして得られる樹脂組成物としては、射出成形時の成形性の観点から、樹脂組成物の温度400℃、せん断速度1000[1/sec]における溶融粘度が、100~250[Pa・s]であるのが好ましい。また、射出成形時の金型内での温度の低下を抑制し、流動性を確保する観点から、樹脂組成物の熱伝導率が、0.30~0.45[W/m・K]であるのが好ましい。これらの特性は、前述の各成分組成を調整することで実現することができる。溶融粘度は、例えば前述の成形用ペレットを用いて測定することができる。成形用ペレット以外のその他の各種の樹脂組成物を用いて測定することもできる。これらの測定値は、いずれの場合も実質的な差異はない。熱伝導率は、後述する樹脂組成物の射出成形物を用いて測定した値を採用することができる。また、熱伝導率の測定値は、後述する射出成型物の熱伝導率の測定方法で測定した場合、樹脂組成物と射出成形物とで実質的な差異はない。尚、溶融粘度及び熱伝導率は、例えば、後述する方法で測定することができる。
【0043】
(スクロール型冷媒圧縮機用チップシール)
本発明の実施形態に係るスクロール型冷媒圧縮機用チップシールは、前述の樹脂組成物、例えば前述の成形用ペレット等を用いて、射出成形により成形することで得られる射出成形物である。チップシールの形状は、スクロール型冷媒圧縮機のスクロール部材の端面の形状に対応する構造を有し、スクロール型冷媒圧縮機が例えば図1、2に示すような構造の場合は、図3に示すように、薄肉で長尺の渦巻形状とすることができる。図3は可動側スクロール部材2に適用されるチップシール4を示したものであるが、図1に示すように固定側スクロール部材1に適用されるチップシール3も同様の薄肉の渦巻形状を有する。このような渦巻形状のチップシール4は、図4に示すように、スクロール部材2の渦巻形状の隔壁6の端面に形成された溝7に、チップシール4が僅かに突出するように装着される。図4は可動側スクロール部材2およびこれに適用されるチップシール4を示したものであるが、図1に示すように固定側スクロール部材1とこれに適用されるチップシール3も同様の構成を有する。
【0044】
このように、チップシールは、スクロール部材の隔壁の端面に沿って連続して形成される長尺の構造を有する。この隔壁の端面に沿う方向を長さ方向とすると、チップシールの長さは、スクロール部材の大きさに応じて決定することができる。また、その長さ方向に直交する断面方向における断面積は、圧縮室の密閉性を維持する点等を考慮して決定することができるが、長さ方向に対して厚みが大幅に小さい薄肉の構造を有する。チップシールの長さと断面積は、これらの点を考慮して決定することができるが、断面積が2.5mm以下、長さが120mm以上の場合に、前述の樹脂組成物を用いて射出成形する意義を享受することができる点で好ましい。
【0045】
チップシールは、例えば図3に示す形状に対応するキャビティを有する金型を用い、射出成形機により前述の樹脂組成物を溶融状態にしてキャビティ内に溶融状態の樹脂組成物を射出して、金型内で冷却させながらキャビティ内全体に充填し、所定の温度で脱型することで射出成形物として得ることができる。キャビティ内へ溶融した樹脂組成物を充填する際には、ゲートは、チップシールの一方端部に対応する位置に1つ設けることが好ましい。複数ゲートを設けると、ウエルドが形成されるため、(a)ウエルドの部分で強度が低下する、(b)チップシールが長さ方向に波打つことで、渦巻形状の場合は平面性が得られず、密閉性が低下する傾向にある、(c)スクロール部材の端面に形成された溝にチップシールを嵌め込む際の作業性が低下する、などの不具合が生じる可能性がある。したがって、チップシールにはウエルドが形成されていないものが好ましい。尚、図1、3に示すような断面積が小さく薄肉で長尺の渦巻形状のチップシールを成形する場合、ゲートは、渦巻形状の外側の端部に設けてもよいし、その内側の端部に設けてもよい。このように、ゲートをチップシールの一方端部に設けても、前述の樹脂組成物は、金型内での温度の低下が抑制されて流動性が維持されているため、チップシールの一方端に対応する位置に設けられてゲートから溶融した樹脂組成物が充填されても、他方端部に亘り断面積が小さく薄肉で長尺なキャビティ内全体に充填され、ウエルドのないチップシールの射出成形物が得られる。また、得られたチップシールは、前述の樹脂組成物の配合と同じ含有率で各成分が含まれ、スクロール部材が従来より高速で回転する場合であっても良好な耐摩耗性、耐熱性、耐薬品性を有する。
【0046】
以上のようなチップシールは、各種のスクロール型冷媒圧縮機に適用可能であるが、スクロール部材が従来よりも高速で回転する電動式の場合により好適である。また、このような電動式のスクロール型冷媒圧縮機としては、車載用、特に電気自動車用に好適である。
【実施例0047】
以下、本発明に係るチップシールの実施形態について、実施例に基づき説明する。
【0048】
(実施例1~7、比較例1~7)
表1に示す配合比で各成分を、定法に従ってヘンシェルミキサーで混合した後、二軸混練押出機で溶融混錬し、直径2.5mmのダイを通してストランドを作製し、水冷した後、ストランドカッターを用いて成形用ペレットとして樹脂組成物を得た。得られた各成形用ペレットをインライン式射出成形機にて、射出成形し、後述する評価用の射出成形物(試験体)を得た。
【0049】
実施例及び比較例で用いた各成分は下記のとおりである。
(1)PEEK樹脂
ビクトレックス社製、PEEK90P、溶融粘度90Pa・s(樹脂温度400℃、せん断速度1000[1/sec])
(2)無機充填剤
・ガラス球
ポッターズ・パロティーニ社製、GB301SA、モース硬度4.0~6.5、熱伝導率1.0W/m・K、
・酸化マグネシウム
協和化学工業株式会社製、キョーワマグ30、モース硬度4.0~6.0、熱伝導率40~60W/m・K、
・タルク
日本タルク株式会社製、MS-P、モース硬度1.0、熱伝導率5~10W/m・K、
(3)固体潤滑剤
・PTFE樹脂
株式会社喜多村製、KT-600M、熱伝導率0.25W/m・K、
・シリコーン樹脂
旭化成ワッカーシリコーン株式会社製、genioplast pellet S、熱伝導率0.25W/m・K、
・黒鉛
株式会社中越黒鉛工業所製、CPB100、熱伝導率70W/m・K以上、
(4)繊維状補強材
・炭素繊維
帝人株式会社製、HT-C217-6MM、
・ガラス繊維
オーウェンスコーニングジャパン社製、03MA409C
【0050】
(評価)
<溶融粘度>
実施例1~7及び比較例1~7で調製した成形用ペレットについて、キャピラリーレオメータ(レオ・ラボ製、RHEOGRAPH 20)、温度400℃、せん断速度1000[1/sec]にて溶融粘度を測定した。
【0051】
<熱伝導率>
実施例1~7及び比較例1~7で調製した成形用ペレットから射出成形した平板形状サンプル(ファンゲート、幅50mm、厚さ3.5mm、流動長120mm)について、熱線と流動方向が平行になる条件にて迅速熱伝導率計(京都電子工業株式会社製、QTM-500)を用いて、薄膜法モードによる熱伝導率を測定した。
【0052】
<薄肉成形性>
実施例1~7及び比較例1~7で調製した成形用ペレットを用い、渦巻形状のキャビティを有する射出成形用金型(断面積2.04mm(幅1.7mm、厚さ1.2mm)、長さ120mm)にて、バレル温度400℃、金型温度200℃で無理のない標準的な条件で射出成形したとき、射出充填ピーク圧が100~250MPaを「○」、常時250MPaを超えるときを「×」とし2段階に評価した。
【0053】
<アルミ合金との摺動性>
実施例1~7及び比較例2~5で調製した成形用ペレットを用い、定法に従って、表2に示す大きさ、形状の射出成形物(試験体)を得た。得られた試験体を用いて、スラスト式摩擦摩耗試験機(高千穂精機製、IIIT-2000N-5000N)により、表2に示す試験条件にて摩擦摩耗試験を行い、摩耗高さ、平均摩擦係数を測定した。また、その試験後に試験体の耐摩耗性及び相手材質への攻撃性、即ち相手攻撃性について評価した。耐摩耗性は、試験時間50時間後の試験体の高さ減少量が0~30μmのとき「○」、30μmを超えるとき「×」として2段階に評価し、相手攻撃性は、試験時間50時間後のアルミ合金製相手摺動部材の摺動部の損傷深さが0~30μmのとき「○」、30μmを超えるとき「×」として2段階に評価した。尚、比較例1、6、7は、薄肉成形性が困難なため、当該試験は行っていない。比較例2、3、4は、表面粗さが相対的に低い表面処理無しの相手材で耐摩耗性もしくは相手攻撃性が大きかったため、アルマイト処理での評価は行わなかった。
【0054】
以上の評価結果を表1に示す。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
表1に示すように、所定の成分組成の樹脂組成物を用いることで、薄肉で長尺な形状であっても良好な成形性を有し、当該樹脂組成物を用いて得られる射出成形体は、良好な耐摩耗性を有し、高速で回転するスクロール部材に設けられるチップシールとして好適であることが分かる。
【符号の説明】
【0058】
1 固定側スクロール部材
2 可動側スクロール部材
3、4 チップシール
5、6 隔壁
7 溝
8、9 底面
図1
図2
図3
図4