(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043467
(43)【公開日】2024-03-29
(54)【発明の名称】耐炎化繊維束の製造方法、炭素繊維束の製造方法、および耐炎化繊維束
(51)【国際特許分類】
D01F 9/21 20060101AFI20240322BHJP
D01F 6/18 20060101ALI20240322BHJP
【FI】
D01F9/21
D01F6/18 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023028968
(22)【出願日】2023-02-27
(31)【優先権主張番号】P 2022148624
(32)【優先日】2022-09-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】谷口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】森下 卓也
(72)【発明者】
【氏名】松下 光正
(72)【発明者】
【氏名】坂倉 夏
(72)【発明者】
【氏名】成田 麻美子
(72)【発明者】
【氏名】國友 晃
(72)【発明者】
【氏名】重光 望
【テーマコード(参考)】
4L035
4L037
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035BB02
4L035MB09
4L037CS02
4L037CS03
4L037FA01
4L037PA67
4L037PA68
4L037PA70
4L037PS02
4L037PS10
4L037PS11
4L037UA09
(57)【要約】
【課題】耐炎化後の脆化が抑制され、張力付加しながら行う炭化処理時に繊維の切断が抑制された耐炎化繊維束の製造方法、および耐炎化繊維束の提供。
【解決手段】アクリルアミド系ポリマー繊維束を、加熱ゾーンが2つ以上のゾーンに分割され、各ゾーンごとに温度を設定することが可能な連続式熱処理装置で加熱処理を行う耐炎化繊維束の製造方法であり、加熱ゾーンは、設定温度が300℃未満の低温ゾーンと、設定温度が300℃以上の高温ゾーンと、を有し、アクリルアミド系ポリマー繊維束4が最初に通過する加熱ゾーン211が低温ゾーンであり、かつ最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所での低温ゾーンと高温ゾーンの温度差を120℃以内とする、耐炎化繊維束の製造方法。また、アクリルアミド系ポリマーに由来し、配向度が44以上である耐炎化繊維束。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリルアミド系ポリマー繊維束を、加熱ゾーンが2つ以上のゾーンに分割され、各ゾーンごとに温度を設定することが可能な連続式熱処理装置で加熱処理を行う耐炎化繊維束の製造方法であり、
前記加熱ゾーンは、設定温度が300℃未満の低温ゾーンと、設定温度が300℃以上の高温ゾーンと、を有し、前記アクリルアミド系ポリマー繊維束が最初に通過する加熱ゾーンが低温ゾーンであり、かつ最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所での前記低温ゾーンと前記高温ゾーンの温度差を120℃以内とする、耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項2】
前記低温ゾーンの設定温度の範囲を200℃~295℃とする、請求項1に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項3】
前記高温ゾーンの設定温度の範囲を300℃~400℃とする、請求項1に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項4】
配向度が44以上である耐炎化繊維束を製造する、請求項1に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項5】
赤外吸収スペクトルから算出した、1350~1380cm-1の範囲に確認されるナフチリジン環に由来する吸収ピークのピーク強度の、1640~1660cm-1の範囲に確認されるアクリルアミド基に由来する吸収ピークのピーク強度に対する比である、耐炎化度が1.10以上である耐炎化繊維束を製造する、請求項1に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載の耐炎化繊維束の製造方法により耐炎化繊維束を得る工程と、前記耐炎化繊維束に炭化処理を施す工程と、を含む炭素繊維束の製造方法。
【請求項7】
アクリルアミド系ポリマーに由来し、配向度が44以上である耐炎化繊維束。
【請求項8】
前記耐炎化繊維束の赤外吸収スペクトルから算出した、1350~1380cm-1の範囲に確認されるナフチリジン環に由来する吸収ピークのピーク強度の、1640~1660cm-1の範囲に確認されるアクリルアミド基に由来する吸収ピークのピーク強度に対する比である、耐炎化度が1.10以上である請求項7に記載の耐炎化繊維束。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、耐炎化繊維束の製造方法、炭素繊維束の製造方法、および耐炎化繊維束に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、軽量で力学特性に優れるため、炭素繊維複合材料は金属材料を置き換える素材として注目されている。炭素繊維の製造方法としては、ポリアクリロニトリルを紡糸して得られる繊維束に耐炎化処理を施した後、炭化処理を施す方法が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、炭素繊維前駆体繊維を空気中で耐炎化させてなる耐炎化繊維を不活性雰囲気中で炭化させてなる炭素繊維の製造方法、が開示されている。
また、特許文献2には、ポリアクリロニトリル骨格を有する耐炎ポリマーを構成成分とする繊維に、繊維の乾燥重量当たりの油剤成分付着量が0.1~5重量%となるように、シリコーン系油剤を付与して炭素繊維用前駆体繊維を得る炭素繊維用前駆体繊維の製造方法、およびこの炭素繊維用前駆体繊維を不活性雰囲気中300℃~3000℃の温度で炭化する炭素繊維の製造方法、が開示されている。
【0004】
一方、炭素繊維の前駆体としてアクリルアミド系モノマーを含有するアクリルアミド系ポリマーは、水溶性のポリマーであり、重合、紡糸等を行う際に、安価であり、且つ環境負荷の小さい水を溶媒として使用することができるため、炭素繊維の製造コストの削減が期待される。
【0005】
例えば、特許文献3には、アクリルアミド系モノマー単位50~99.9モル%とシアン化ビニル系モノマー単位0.1~50モル%とを含有するアクリルアミド/シアン化ビニル系共重合体からなる炭素材料前駆体に耐炎化処理を施し、さらに炭化処理を施す炭素材料の製造方法、が開示されている。
また、特許文献4には、重量平均分子量が1万~200万であり、かつ、分子量の多分散度(重量平均分子量/数平均分子量)が5.0以下であるアクリルアミド系ポリマーからなる炭素材料前駆体に耐炎化処理を施し、次いで、炭化処理を施す炭素材料の製造方法、が開示されている。
【0006】
またアクリルアミド系ポリマーを用いた耐炎化繊維の製造方法として、例えば、特許文献5には、アクリルアミド系ポリマー繊維に、0.07~15mN/texの張力を付与しながら、酸化性雰囲気下、200~500℃の範囲内の耐炎化処理温度で加熱処理を施す耐炎化繊維の製造方法、が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006-183159号公報
【特許文献2】特開2008-202208号公報
【特許文献3】特開2019-26827号公報
【特許文献4】特開2019-167516号公報
【特許文献5】特開2021-46629号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
長尺の耐炎化繊維束を短時間、低コストかつ大量に製造するためには、バッチ式の熱処理装置よりも連続式の熱処理装置の使用が適している。連続式の熱処理装置を用いて、アクリルアミド系ポリマーから耐炎化繊維束や、さらに炭素繊維束を製造する場合において、耐炎化後の耐炎化繊維束の脆化を抑制し、炭化時に繊維の破断がなく炭化処理可能な耐炎化繊維束を安定的に連続製造する技術が求められる。
しかし、特許文献4や特許文献5では、連続式の熱処理装置を用いて、脆化を抑制し、炭化時の破断を防止した耐炎化繊維束を安定的に連続製造する技術は開示されていない。
【0009】
本開示は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、耐炎化後の脆化が抑制され、張力付加しながら行う炭化処理時に繊維の切断が抑制された耐炎化繊維束の製造方法、および耐炎化繊維束、並びに前記耐炎化繊維束の製造方法により得られる耐炎化繊維束を用いる炭素繊維束の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、以下の知見を得た。
連続式熱処理装置にて、300℃以上の高温雰囲気に、いきなりアクリルアミド系ポリマー繊維束を搬送すると、アクリルアミド系ポリマー繊維束が急速加熱され、結晶構造の乱れやボイドが発生するためか、得られた耐炎化繊維束が脆化する。炭化工程は、張力を付与しながら行われるため、耐炎化繊維束が脆弱であると、炭化処理中に破断する恐れがある。
これに対し、温度が異なる加熱ゾーンを2つ以上設けることが可能な連続式熱処理装置を用い、低温ゾーン(300℃未満)と高温ゾーン(300℃以上)がそれぞれ1つ以上存在し、最初の加熱ゾーン(1ゾーン目)は低温ゾーンであり、かつ最初に低温ゾーンと高温ゾーンとが隣接する箇所(換言すると最初の高温ゾーンとその1つ手前の低温ゾーン)の温度差が120℃以内である条件で加熱処理を行うことで、耐炎化繊維束の脆化を抑制し、炭化処理に耐えられる耐炎化繊維束を短時間で得られることを見出した。
これは、低温ゾーンと高温ゾーンの温度差を小さくすることで、急激な耐炎化反応による結晶構造の乱れやボイドの発生を抑制し、耐炎化繊維束の脆化を抑制できるためと考えられる。
【0011】
またアクリルアミド系ポリマー繊維束を急速加熱すると、結晶構造の乱れが生じ、得られた耐炎化繊維束の配向度が低下するため、耐炎化繊維束の脆化が発生することを見出した。その結果、耐炎化繊維束の配向度を44以上に制御することで、耐炎化繊維束の脆化は抑制され、炭化処理にも耐えられる耐炎化繊維束が得られることを見出した。
【0012】
さらに、耐炎化繊維束の赤外吸収スペクトルから算出した耐炎化度を1.10以上とし、つまり耐炎化繊維束の耐炎化を十分に行うことで、炭素繊維束を得る際の炭化処理の熱に耐えることができ、炭化処理中の繊維の破断を抑制できることを見出した。
【0013】
すなわち、本開示の耐炎化繊維束の製造方法、炭素繊維束の製造方法、および耐炎化繊維束は、以下の通りである。
【0014】
<1>
アクリルアミド系ポリマー繊維束を、加熱ゾーンが2つ以上のゾーンに分割され、各ゾーンごとに温度を設定することが可能な連続式熱処理装置で加熱処理を行う耐炎化繊維束の製造方法であり、
前記加熱ゾーンは、設定温度が300℃未満の低温ゾーンと、設定温度が300℃以上の高温ゾーンと、を有し、前記アクリルアミド系ポリマー繊維束が最初に通過する加熱ゾーンが低温ゾーンであり、かつ最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所での前記低温ゾーンと前記高温ゾーンの温度差を120℃以内とする、耐炎化繊維束の製造方法。
<2>
前記低温ゾーンの設定温度の範囲を200℃~295℃とする、<1>に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
<3>
前記高温ゾーンの設定温度の範囲を300℃~400℃とする、<1>に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
<4>
配向度が44以上である耐炎化繊維束を製造する、<1>に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
<5>
赤外吸収スペクトルから算出した、1350~1380cm-1の範囲に確認されるナフチリジン環に由来する吸収ピークのピーク強度の、1640~1660cm-1の範囲に確認されるアクリルアミド基に由来する吸収ピークのピーク強度に対する比である、耐炎化度が1.10以上である耐炎化繊維束を製造する、<1>に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
<6>
<1>に記載の耐炎化繊維束の製造方法により耐炎化繊維束を得る工程と、前記耐炎化繊維束に炭化処理を施す工程と、を含む炭素繊維束の製造方法。
<7>
アクリルアミド系ポリマーに由来し、配向度が44以上である耐炎化繊維束。
<8>
前記耐炎化繊維束の赤外吸収スペクトルから算出した、1350~1380cm-1の範囲に確認されるナフチリジン環に由来する吸収ピークのピーク強度の、1640~1660cm-1の範囲に確認されるアクリルアミド基に由来する吸収ピークのピーク強度に対する比である、耐炎化度が1.10以上である<7>に記載の耐炎化繊維束。
【発明の効果】
【0015】
本開示によれば、耐炎化後の脆化が抑制され、張力付加しながら行う炭化処理時に繊維の切断が抑制された耐炎化繊維束の製造方法、および耐炎化繊維束、並びに前記耐炎化繊維束の製造方法により得られる耐炎化繊維束を用いる炭素繊維束の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】連続式熱処理装置の一例を示す断面図である。
【
図2】連続式熱処理装置の一例を示す断面図である。
【
図3】連続式熱処理装置の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本開示の一例である本実施形態について説明する。これらの説明及び実施例は実施形態を例示するものであり、実施形態の範囲を制限するものではない。
【0018】
本実施形態中に段階的に記載されている数値範囲において、一つの数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本実施形態中に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本実施形態において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
本実施形態において実施形態を図面を参照して説明する場合、当該実施形態の構成は図面に示された構成に限定されない。また、各図における部材の大きさは概念的なものであり、部材間の大きさの相対的な関係はこれに限定されない。
本実施形態において各成分は該当する物質を複数種含んでいてもよい。本実施形態にお
いて組成物中の各成分の量について言及する場合、組成物中に各成分に該当する物質が複数種存在する場合には、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数種の物質の合計量を意味する。
【0019】
先ず、本開示に用いられるアクリルアミド系ポリマー及びアクリルアミド系ポリマー繊維束について説明する。
【0020】
(アクリルアミド系ポリマー)
本開示に用いられるアクリルアミド系ポリマーとしては、アクリルアミド系モノマーの単独重合体であっても、アクリルアミド系モノマーと他の重合性モノマーとの共重合体であってもよいが、炭素繊維束の引張弾性率が向上し、さらに、炭化収率が向上するという観点から、アクリルアミド系モノマーと他の重合性モノマーとの共重合体が好ましい。
【0021】
前記アクリルアミド系モノマーと他の重合性モノマーとの共重合体におけるアクリルアミド系モノマー単位の含有量の下限としては、前記共重合体の水性溶媒又は水系混合溶媒に対する可溶性が向上するという観点から、50mol%以上が好ましく、55mol%以上がより好ましく、60mol%以上が特に好ましい。また、アクリルアミド系モノマー単位の含有量の上限としては、炭素繊維束の引張弾性率が向上し、さらに、炭化収率が向上するという観点から、99.9mol%以下が好ましく、99mol%以下がより好ましく、95mol%以下が更に好ましく、90mol%以下が特に好ましく、85mol%以下が最も好ましい。
【0022】
前記アクリルアミド系モノマーと他の重合性モノマーとの共重合体における他の重合性モノマー単位の含有量の下限としては、炭素繊維束の引張弾性率が向上し、さらに、炭化収率が向上するという観点から、0.1mol%以上が好ましく、1mol%以上がより好ましく、5mol%以上が更に好ましく、10mol%以上が特に好ましく、15mol%以上が最も好ましい。また、他の重合性モノマー単位の含有量の上限としては、前記共重合体の水性溶媒又は水系混合溶媒に対する可溶性が向上するという観点から、50mol%以下が好ましく、45mol%以下がより好ましく、40mol%以下が特に好ましい。
【0023】
前記アクリルアミド系モノマーとしては、例えば、アクリルアミド;N-メチルアクリルアミド、N-エチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-n-ブチルアクリルアミド、N-tert-ブチルアクリルアミド等のN-アルキルアクリルアミド;N-シクロヘキシルアクリルアミド等のN-シクロアルキルアクリルアミド;N,N-ジメチルアクリルアミド等のジアルキルアクリルアミド;ジメチルアミノエチルアクリルアミド、ジメチルアミノプロピルアクリルアミド等のジアルキルアミノアルキルアクリルアミド;N-(ヒドロキシメチル)アクリルアミド、N-(ヒドロキシエチル)アクリルアミド等のヒドロキシアルキルアクリルアミド;N-フェニルアクリルアミド等のN-アリールアクリルアミド;ジアセトンアクリルアミド;N,N’-メチレンビスアクリルアミド等のN,N’-アルキレンビスアクリルアミド;メタクリルアミド;N-メチルメタクリルアミド、N-エチルメタクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-n-ブチルメタクリルアミド、N-tert-ブチルメタクリルアミド等のN-アルキルメタクリルアミド;N-シクロヘキシルメタクリルアミド等のN-シクロアルキルメタクリルアミド;N,N-ジメチルメタクリルアミド等のジアルキルメタクリルアミド;ジメチルアミノエチルメタクリルアミド、ジメチルアミノプロピルメタクリルアミド等のジアルキルアミノアルキルメタクリルアミド;N-(ヒドロキシメチル)メタクリルアミド、N-(ヒドロキシエチル)メタクリルアミド等のヒドロキシアルキルメタクリルアミド;N-フェニルメタクリルアミド等のN-アリールメタクリルアミド;ジアセトンメタクリルアミド;N
,N’-メチレンビスメタクリルアミド等のN,N’-アルキレンビスメタクリルアミドが挙げられる。これらのアクリルアミド系モノマーは1種を単独で使用しても2種以上を併用してもよい。また、これらのアクリルアミド系モノマーの中でも、水性溶媒又は水系混合溶媒への溶解性が高いという観点から、アクリルアミド、N-アルキルアクリルアミド、ジアルキルアクリルアミド、メタクリルアミド、N-アルキルメタクリルアミド、ジアルキルメタクリルアミドが好ましく、アクリルアミドが特に好ましい。
【0024】
前記他の重合性モノマーとしては、例えば、シアン化ビニル系モノマー、不飽和カルボン酸及びその塩、不飽和カルボン酸無水物、不飽和カルボン酸エステル、ビニル系モノマー、オレフィン系モノマー等が挙げられる。前記シアン化ビニル系モノマーとしては、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、2-ヒドロキシエチルアクリロニトリル、クロロアクリロニトリル、クロロメタクリロニトリル、メトキシアクリロニトリル、メトキシメタクリロニトリル等が挙げられる。前記不飽和カルボン酸としては、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、シトラコン酸、メサコン酸、クロトン酸、イソクロトン酸等が挙げられ、前記不飽和カルボン酸の塩としては、前記不飽和カルボン酸の金属塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等)、アンモニウム塩、アミン塩等が挙げられ、前記不飽和カルボン酸無水物としては、マレイン酸無水物、イタコン酸無水物等が挙げられ、前記不飽和カルボン酸エステルとしては、アクリル酸メチル、メタクリル酸メチル、アクリル酸2-ヒドロキシエチル、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル等が挙げられ、前記ビニル系モノマーとしては、スチレン、α-メチルスチレン等の芳香族ビニル系モノマー、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、ピバル酸ビニル等のカルボン酸ビニル、塩化ビニル、ビニルアルコール等が挙げられ、前記オレフィン系モノマーとしては、エチレン、プロピレン等が挙げられる。これらの他の重合性モノマーは1種を単独で使用しても2種以上を併用してもよい。また、これらの他の重合性モノマーの中でも、アクリルアミド系ポリマーの紡糸性及び炭化収率が向上するという観点からは、シアン化ビニル系モノマーが好ましく、アクリロニトリルが特に好ましく、前記共重合体の水性溶媒又は水系混合溶媒に対する可溶性が向上するという観点からは、不飽和カルボン酸及びその塩が好ましく、耐炎化処理時のアクリルアミド系ポリマー繊維束の融着防止性が向上するという観点からは、不飽和カルボン酸、不飽和カルボン酸無水物が好ましく、アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、マレイン酸無水物がより好ましい。
【0025】
本開示に用いられるアクリルアミド系ポリマーの重量平均分子量の上限としては、特に制限はないが、通常500万以下であり、アクリルアミド系ポリマーの紡糸性が向上するという観点から、200万以下が好ましく、100万以下がより好ましく、50万以下が更に好ましく、30万以下がまた更に好ましく、20万以下が特に好ましく、13万以下がまた特に好ましく、10万以下が最も好ましい。また、アクリルアミド系ポリマーの重量平均分子量の下限としては、特に制限はないが、通常1万以上であり、耐炎化繊維束及び炭素繊維束の強度が向上するという観点から、2万以上が好ましく、3万以上がより好ましく、4万以上が特に好ましい。なお、前記アクリルアミド系ポリマーの重量平均分子量はゲルパーミエーションクロマトグラフィーを用いて測定されるものである。
【0026】
また、本開示に用いられるアクリルアミド系ポリマーは、水性溶媒(水、アルコール等、及びこれらの混合溶媒)及び水系混合溶媒(前記水性溶媒と有機溶媒(テトラヒドロフラン等)との混合溶媒)のうちの少なくとも一方に可溶なものであることが好ましい。これにより、アクリルアミド系ポリマーを紡糸する際には、前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒を用いた乾式紡糸、乾湿式紡糸、湿式紡糸、又はエレクトロスピニングが可能となり、低コストで安全に耐炎化繊維束及び炭素繊維束を製造することが可能となる。また、前記アクリルアミド系ポリマーに後述する添加成分を配合する場合に、前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒を用いた湿式混合が可能となり、前記アクリルアミド系ポリマーと後述する添加成分とを均一かつ低コストで安全に混合することが可能となる。なお、前記水系混
合溶媒中の有機溶媒の含有量としては、前記水性溶媒に不溶又は難溶な前記アクリルアミド系ポリマーが有機溶媒を混合することによって溶解する量であれば特に制限はない。また、このようなアクリルアミド系ポリマーの中でも、より低コストで安全に耐炎化繊維束及び炭素繊維束を製造することが可能となるという観点から、前記水性溶媒に可溶なアクリルアミド系ポリマーが好ましく、水に可溶な(水溶性の)アクリルアミド系ポリマーがより好ましい。
【0027】
このようなアクリルアミド系ポリマーを合成する方法としては、ラジカル重合、カチオン重合、アニオン重合、リビングラジカル重合等の公知の重合反応を、溶液重合、懸濁重合、沈殿重合、分散重合、乳化重合(例えば、逆相乳化重合)等の重合方法によって行う方法を採用することができる。前記重合反応の中でも、前記アクリルアミド系ポリマーを低コストで製造できるという観点から、ラジカル重合が好ましい。また、溶液重合を採用する場合、溶媒としては、原料のモノマー及び得られるアクリルアミド系ポリマーが溶解するものを使用することが好ましく、低コストで安全に製造できるという観点から、前記水性溶媒(水、アルコール等、及びこれらの混合溶媒等)又は前記水系混合溶媒(前記水性溶媒と有機溶媒(テトラヒドロフラン等)との混合溶媒)を使用することがより好ましく、前記水性溶媒を使用することが特に好ましく、水を使用することが最も好ましい。
【0028】
前記ラジカル重合においては、重合開始剤として、アゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル、4,4’-アゾビス(4-シアノ吉草酸)、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム等の従来公知のラジカル重合開始剤を使用することができるが、溶媒として前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒を使用する場合には、4,4’-アゾビス(4-シアノ吉草酸)、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム等の前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒(好ましくは前記水性溶媒、より好ましくは水)に可溶なラジカル重合開始剤が好ましい。また、アクリルアミド系ポリマーの紡糸性の向上と、前記アクリルアミド系ポリマーの前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒に対する溶解性の向上という観点から、前記重合開始剤に代えて又は加えて、テトラメチルエチレンジアミン等の従来公知の重合促進剤やn-ドデシルメルカプタン等のアルキルメルカプタン等の分子量調節剤を用いることが好ましく、前記重合開始剤と前記重合促進剤とを併用することが好ましく、過硫酸アンモニウムとテトラメチルエチレンジアミンとを併用することが特に好ましい。
【0029】
重合開始剤を添加する際の温度としては特に制限はないが、アクリルアミド系ポリマーの加工性(紡糸性)の向上という観点から、25℃以上が好ましく、30℃以上がより好ましく、35℃以上が更に好ましく、40℃以上が特に好ましく、45℃以上が最も好ましい。また、前記重合反応の温度としては特に制限はないが、前記アクリルアミド系ポリマーの前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒に対する溶解性の向上という観点から、40℃以上が好ましく、60℃以上がより好ましく、70℃以上が最も好ましい。
【0030】
(アクリルアミド系ポリマー繊維束)
本開示に用いられるアクリルアミド系ポリマー繊維束は、前記アクリルアミド系ポリマーからなるものであり、酸等の添加成分を配合せずに、そのまま耐炎化繊維束及び炭素繊維束の製造に使用することが可能であるが、耐炎化繊維束および炭素繊維束の引張弾性率が向上するという観点から、前記アクリルアミド系ポリマー繊維束には、前記アクリルアミド系ポリマーに加えて、酸及びその塩からなる群から選択される少なくとも1種の添加成分が含まれていることが好ましい。なお、本開示に係る耐炎化繊維束及び炭素繊維束においては、前記添加成分及びその残渣の少なくとも一部が残存していてもよい。また、耐炎化繊維束に前記添加成分を加えて炭化処理を行ってもよい。
【0031】
このような添加成分の含有量としては、耐炎化処理時のアクリルアミド系ポリマー繊維束の融着が抑制され、また耐炎化繊維束の高温での耐荷重性、強度、弾性率及び炭化収率が
向上し、さらに炭素繊維束の引張弾性率が向上するという観点から、前記アクリルアミド系ポリマー100質量部に対して0.05~100質量部が好ましく、0.1~50質量部がより好ましく、0.3~30質量部が更に好ましく、0.5~20質量部が特に好ましく、1.0~10質量部が最も好ましい。
【0032】
前記酸としては、リン酸、ポリリン酸、ホウ酸、ポリホウ酸、硫酸、硝酸、炭酸、塩酸等の無機酸、シュウ酸、クエン酸、スルホン酸、酢酸等の有機酸が挙げられる。また、このような酸の塩としては、金属塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩)、アンモニウム塩、アミン塩等が挙げられ、アンモニウム塩、アミン塩が好ましく、アンモニウム塩がより好ましい。特に、これらの添加成分のうち、耐炎化繊維束の高温での耐荷重性、強度、弾性率及び炭化収率が向上し、さらに、炭素繊維束の引張弾性率が向上するという観点から、リン酸、ポリリン酸、ホウ酸、ポリホウ酸、硫酸、及びこれらのアンモニウム塩が好ましく、リン酸、ポリリン酸、及びこれらのアンモニウム塩が特に好ましい。
【0033】
また、前記アクリルアミド系ポリマー繊維束においては、前記添加成分のほか、本開示の効果を損なわない範囲内において、塩化ナトリウム、塩化亜鉛等の塩化物、水酸化ナトリウム等の水酸化物、カーボンナノチューブ、グラフェン等のナノカーボン等の各種フィラーが含まれていてもよい。
【0034】
前記添加成分は、前記水性溶媒及び前記水系混合溶媒のうちの少なくとも一方(より好ましくは前記水性溶媒、特に好ましくは水)に可溶なものであることが好ましい。これにより、アクリルアミド系ポリマー繊維束を製造する際に、前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒を用いた湿式混合が可能となり、前記アクリルアミド系ポリマーと前記添加成分とを均一かつ低コストで安全に混合することが可能となる。また、前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒を用いた乾式紡糸、乾湿式紡糸、湿式紡糸、又はエレクトロスピニングが可能となり、低コストで安全に炭素材料を製造することが可能となる。
【0035】
このようなアクリルアミド系ポリマー繊維束は以下のようにして作製(製造)することができる。先ず、前記アクリルアミド系ポリマー又は前記アクリルアミド系ポリマーと前記添加成分とを含有するアクリルアミド系ポリマー組成物を紡糸する。このとき、溶融状態の前記アクリルアミド系ポリマー又は前記アクリルアミド系ポリマー組成物を用いて溶融紡糸、スパンボンド、メルトブロー、遠心紡糸してもよいが、前記アクリルアミド系ポリマー又は前記アクリルアミド系ポリマー組成物が前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒に可溶な場合には、紡糸性が高まるという観点から、前記アクリルアミド系ポリマー又は前記アクリルアミド系ポリマー組成物を前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒に溶解し、得られた水性溶液又は水系混合溶液を用いて紡糸すること、或いは、前述の重合後のアクリルアミド系ポリマーの溶液又は後述する湿式混合で得られるアクリルアミド系ポリマー組成物の溶液をそのまま若しくは所望の濃度に調整した後、紡糸することが好ましい。このような紡糸方法としては、乾式紡糸、湿式紡糸、乾湿式紡糸、ゲル紡糸、フラッシュ紡糸、又はエレクトロスピニングが好ましい。これにより、所望の繊度及び平均繊維径を有するアクリルアミド系ポリマー繊維またはアクリルアミド系ポリマー繊維束を低コストで安全に作製(製造)することができる。また、より低コストで安全にアクリルアミド系ポリマー繊維束を製造することができるという観点から、溶媒として前記水性溶媒を使用することがより好ましく、水を使用することが特に好ましい。
【0036】
また、前記水性溶液又は前記水系混合溶液における前記アクリルアミド系ポリマーの濃度としては特に制限はないが、生産性向上とコスト低減の観点から、20質量%以上の高濃度が好ましい。なお、前記アクリルアミド系ポリマーの濃度が高くなりすぎないよう制御することで、前記水性溶液又は前記水系混合溶液の粘度が低減され、紡糸性が高められるため、前記水性溶液又は前記水系混合溶液の濃度を、粘度を指標として、紡糸が可能な
濃度に調整することが好ましい。
【0037】
前記アクリルアミド系ポリマー組成物を製造する方法としては、溶融状態の前記アクリルアミド系ポリマーに前記添加成分を直接混合する方法(溶融混合)、前記アクリルアミド系ポリマーと前記添加成分とをドライブレンドする方法(乾式混合)、前記添加成分を含有する水性溶液又は水系混合溶液、或いは前記アクリルアミド系ポリマーは完全溶解していないが前記添加成分は溶解している溶液に繊維状に成形した前記アクリルアミド系ポリマーを浸漬したり、通過させたりする方法等を採用することも可能である。ただし、使用する前記アクリルアミド系ポリマー及び前記添加成分が前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒に可溶な場合には、前記アクリルアミド系ポリマーと前記添加成分とを均一に混合することができるという観点から、前記アクリルアミド系ポリマーと前記添加成分とを前記水性溶媒又は前記水系混合溶媒中で混合する方法(湿式混合)が好ましい。また、湿式混合としては、前記アクリルアミド系ポリマーの合成に際し、前述の重合を前記水性溶媒中又は前記水系混合溶媒中で行った場合に、重合後等に前記添加成分を混合する方法も採用することができる。さらに、得られる溶液から前記溶媒を除去することによって前記アクリルアミド系ポリマー組成物を回収し、これを前記アクリルアミド系ポリマー繊維束の製造に用いることができるほか、前記溶媒を除去することなく、得られる溶液をそのまま前記アクリルアミド系ポリマー繊維束の製造に用いることもできる。また、前記湿式混合においては、より低コストで安全に前記アクリルアミド系ポリマー組成物を製造できるという観点から、溶媒として前記水性溶媒を使用することが好ましく、水を使用することがより好ましい。さらに、前記溶媒を除去する方法としては特に制限はなく、減圧留去、再沈殿、熱風乾燥、真空乾燥、凍結乾燥等の公知の方法のうちの少なくとも1つの方法を採用することができる。
【0038】
また、本開示のアクリルアミド系ポリマー繊維束としては、アクリルアミド系ポリマー繊維束に対し、強度と耐湿性の向上および繊維同士の融着の抑制の観点から、電子線、紫外線、熱等による架橋処理を行ったアクリルアミド系ポリマー架橋繊維束も好ましく用いることができる。さらに本開示のアクリルアミド系ポリマー繊維束は、集束性の向上および繊維同士の融着の抑制の観点から、シリコーン系油剤等の従来公知の油剤を表面に塗布したものを用いてもよい。本開示においては、このようなアクリルアミド系ポリマー繊維束(アクリルアミド系ポリマー架橋繊維束も含む)をアクリルアミド系ポリマー繊維束として使用する。前記アクリルアミド系ポリマー繊維束における1糸条あたりのフィラメント数としては特に制限はないが、耐炎化繊維束及び炭素繊維束の高生産性及び機械特性が向上するという観点から、50~96000本が好ましく、100~48000本がより好ましく、500~36000本が更に好ましく、1000~24000本が特に好ましい。1糸条あたりのフィラメント数が前記上限以下であることで、耐炎化処理時に焼成ムラの発生を抑制することができる。
【0039】
〔耐炎化繊維束の製造方法〕
次に、本開示に係る耐炎化繊維束の製造方法について説明する。
本開示に係る耐炎化繊維束の製造方法は、アクリルアミド系ポリマー繊維束を、加熱ゾーンが2つ以上のゾーンに分割され、各ゾーンごとに温度を設定することが可能な連続式熱処理装置で加熱処理を行う耐炎化繊維束の製造方法である。加熱ゾーンは、設定温度が300℃未満の低温ゾーンと、設定温度が300℃以上の高温ゾーンと、を有する。そして、アクリルアミド系ポリマー繊維束が最初に通過する加熱ゾーン(つまり1ゾーン目)が低温ゾーンであり、かつ最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所での低温ゾーンと高温ゾーンの設定温度の温度差を120℃以内とする。耐炎化繊維束の配向度を高める観点から、最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所での低温ゾーンと高温ゾーンの設定温度の温度差は、15~110℃が好ましく、20~100℃がより好ましく、25~95℃が更に好ましく、30~90℃が特に好ましい。
【0040】
なお、低温ゾーンの次に高温ゾーンが隣接する箇所が複数ある場合、最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所だけでなく、低温ゾーンの次に高温ゾーンが隣接する箇所のうち2つ以上の箇所で、低温ゾーンと高温ゾーンの設定温度の温度差を120℃以内とすることが好ましく、15~110℃とすることがより好ましく、20~100℃とすることが更に好ましく、25~95℃とすることが更に好ましく、30~90℃とすることが
特に好ましい。さらには、低温ゾーンの次に高温ゾーンが隣接する箇所の全てにおいて、低温ゾーンと高温ゾーンの設定温度の温度差を120℃以内とすることが好ましく、15~110℃とすることがより好ましく、20~100℃とすることが更に好ましく、25~95℃とすることが更に好ましく、30~90℃とすることが特に好ましい。
【0041】
ここで、「加熱ゾーン」とは、内部に搬送されたアクリルアミド系ポリマー繊維束を加熱する領域であって、それぞれ別々に設定温度を設定することが可能な、個別の領域を意味する。隣接する加熱ゾーンの間は、アクリルアミド系ポリマー繊維束が搬送される窓を設けた隔壁によって隔たれていてもよいし、こうした隔壁を設けていなくてもよい。また、1つの加熱ゾーンを通過したアクリルアミド系ポリマー繊維束が次の加熱ゾーンに入るまでに、一旦加熱ゾーンの外に出る構成であってもよい。
また、「設定温度」とは、連続式熱処理装置においてそれぞれの加熱ゾーンに対して設定される温度を意味する。つまり、アクリルアミド系ポリマー繊維束が通過する際における、各加熱ゾーン内の雰囲気の目標温度を指す。
【0042】
ここで、連続式熱処理装置および加熱ゾーンについて、
図1を用いて説明する。
【0043】
図1は、連続式熱処理装置の一例を示す断面図であり、横方向において分割された5つの加熱ゾーンを有する連続式熱処理装置を示す図である。連続式熱処理装置2Aは、送り出しロール6と巻取りロール8を有する。送り出しロール6および巻取りロール8の間には、途中に複数の搬送ロールを介して、アクリルアミド系ポリマー繊維束4がかけ渡されている。アクリルアミド系ポリマー繊維束4は、送り出しロール6と巻取りロール8の回転により、送り出しロール6側から巻取りロール8側に搬送される。連続式熱処理装置2Aは、送り出しロール6と巻取りロール8との間に加熱装置20Aを有する。加熱装置20Aは、横方向において分割された5つの加熱ゾーン211、212、213、214、215を有する。加熱ゾーン211、212、213、214、215は、それぞれ別々に設定温度を設定することが可能である。アクリルアミド系ポリマー繊維束4は、加熱ゾーン211の入口から加熱装置20A内に入り、加熱ゾーン211、212、213、214、215内を順次搬送されて、加熱ゾーン215の出口から巻取りロール8側に排出される。
【0044】
耐炎化繊維束の製造においては、加熱ゾーン211、212、213、214、215において、設定温度が300℃未満である低温ゾーンと、設定温度が300℃以上の高温ゾーンと、を設ける。そして、アクリルアミド系ポリマー繊維束4が最初に通過する加熱ゾーン211(つまり1ゾーン目)を低温ゾーン(300℃未満)に設定する。また、最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所での低温ゾーンと高温ゾーンの設定温度の温度差を120℃以内とする。
【0045】
例えば、加熱ゾーン211、212を低温ゾーン(300℃未満)に設定し、加熱ゾーン213、214、215を高温ゾーン(300℃以上)に設定した場合であれば、最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所、つまり加熱ゾーン212と加熱ゾーン213との設定温度の温度差を120℃以内とする。
また、加熱ゾーン211、213を低温ゾーン(300℃未満)に設定し、加熱ゾーン212、214、215を高温ゾーン(300℃以上)に設定した場合であれば、最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所、つまり加熱ゾーン211と加熱ゾーン212との設定温度の温度差を120℃以内とする。なお、もう一つの低温ゾーンの次に高温ゾーンが隣接する箇所、つまり加熱ゾーン213と加熱ゾーン214との設定温度の温度差も120℃以内とすることが好ましい。
【0046】
次いで、別の態様の連続式熱処理装置および加熱ゾーンについて、
図2を用いて説明する。
【0047】
図2は、連続式熱処理装置の一例を示す断面図であり、縦方向において分割された3つの加熱ゾーンを有する連続式熱処理装置を示す図である。連続式熱処理装置2Bは、送り出しロール6と巻取りロール8を有する。送り出しロール6および巻取りロール8の間には、途中に複数の搬送ロールを介して、アクリルアミド系ポリマー繊維束4がかけ渡されている。アクリルアミド系ポリマー繊維束4は、送り出しロール6と巻取りロール8の回転により、送り出しロール6側から巻取りロール8側に搬送される。連続式熱処理装置2Bは、送り出しロール6と巻取りロール8との間に加熱装置20Bを有する。加熱装置20Bは、縦方向において分割された3つの加熱ゾーン221、222、223を有する。つまり、加熱ゾーン221、222、223は縦方向に3つの加熱ゾーンが段状に積み重ねられた構成を有する。加熱ゾーン221、222、223は、それぞれ別々に設定温度を設定することが可能である。アクリルアミド系ポリマー繊維束4は、加熱ゾーン221の入口から加熱装置20B内に入り、加熱ゾーン221内を搬送された後、加熱ゾーン221の出口から一旦外に排出される。次いで、アクリルアミド系ポリマー繊維束4は、2つ目の加熱ゾーン、つまり加熱ゾーン222の入口から再び加熱装置20B内に入り、加熱ゾーン222内を搬送された後、加熱ゾーン222の出口から一旦外に排出される。さらに、アクリルアミド系ポリマー繊維束4は、3つ目の加熱ゾーン、つまり加熱ゾーン223の入口から再び加熱装置20B内に入り、加熱ゾーン223内を搬送された後、加熱ゾーン223の出口から巻取りロール8側に排出される。
【0048】
耐炎化繊維束の製造においては、加熱ゾーン221、222、223において、設定温度が300℃未満である低温ゾーンと、設定温度が300℃以上の高温ゾーンと、を設ける。そして、アクリルアミド系ポリマー繊維束4が最初に通過する加熱ゾーン221(つまり1ゾーン目)を低温ゾーン(300℃未満)に設定する。また、最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所での低温ゾーンと高温ゾーンの設定温度の温度差を120℃以内とする。
例えば、加熱ゾーン221を低温ゾーン(300℃未満)に設定し、加熱ゾーン222、223を高温ゾーン(300℃以上)に設定した場合であれば、最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所、つまり加熱ゾーン221と加熱ゾーン222との設定温度の温度差を120℃以内とする。
【0049】
さらに、別の態様の連続式熱処理装置および加熱ゾーンについて、
図3を用いて説明する。
【0050】
図3は、連続式熱処理装置の一例を示す断面図であり、横方向に5分割且つ縦方向に3分割された計15個の加熱ゾーンを有する連続式熱処理装置を示す図である。連続式熱処理装置2Cは、送り出しロール6と巻取りロール8を有する。送り出しロール6および巻取りロール8の間には、途中に複数の搬送ロールを介して、アクリルアミド系ポリマー繊維束4がかけ渡されている。アクリルアミド系ポリマー繊維束4は、送り出しロール6と巻取りロール8の回転により、送り出しロール6側から巻取りロール8側に搬送される。連続式熱処理装置2Cは、送り出しロール6と巻取りロール8との間に加熱装置20Cを有する。加熱装置20Cは、横方向に5分割且つ縦方向に3分割された計15個の加熱ゾーン231、232、233、234、235、236、237、238、239、240、241、242、243、244、245を有する。つまり、横方向に5分割された加熱ゾーン231、232、233、234、235と、加熱ゾーン236、237、238、239、240と、加熱ゾーン241、242、243、244、245とが、さらに縦方向に3段積み重ねられた構成を有する。加熱ゾーン231、232、233、234、235、236、237、238、239、240、241、242、243、2
44、245は、それぞれ別々に設定温度を設定することが可能である。アクリルアミド系ポリマー繊維束4は、加熱ゾーン231の入口から加熱装置20C内に入り、加熱ゾーン231、232、233、234、235内を順次搬送されて、加熱ゾーン235の出口から一旦外に排出される。次いで、アクリルアミド系ポリマー繊維束4は、6~10個目の加熱ゾーン内を搬送される。つまり加熱ゾーン236の入口から再び加熱装置20C内に入り、加熱ゾーン236、237、238、239、240内を搬送された後、加熱ゾーン240の出口から一旦外に排出される。さらに、アクリルアミド系ポリマー繊維束4は、11~15個目の加熱ゾーン内を搬送される。つまり加熱ゾーン241の入口から再び加熱装置20C内に入り、加熱ゾーン241、242、243、244、245内を搬送された後、加熱ゾーン245の出口から巻取りロール8側に排出される。
【0051】
耐炎化繊維束の製造においては、加熱ゾーン231、232、233、234、235、236、237、238、239、240、241、242、243、244、245において、設定温度が300℃未満である低温ゾーンと、設定温度が300℃以上の高温ゾーンと、を設ける。そして、アクリルアミド系ポリマー繊維束4が最初に通過する加熱ゾーン231(つまり1ゾーン目)を低温ゾーン(300℃未満)に設定する。また、最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所での低温ゾーンと高温ゾーンの設定温度の温度差を120℃以内とする。
【0052】
例えば、加熱ゾーン231、232、233を低温ゾーン(300℃未満)に設定し、加熱ゾーン234、235、236、237、238、239、240、241、242、243、244、245を高温ゾーン(300℃以上)に設定した場合であれば、最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所、つまり加熱ゾーン233と加熱ゾーン234との設定温度の温度差を120℃以内とする。
また、例えば、加熱ゾーン231、232、233、および加熱ゾーン236を低温ゾーン(300℃未満)に設定し、加熱ゾーン234、235、加熱ゾーン237、238、239、240および加熱ゾーン241、242、243、244、245を高温ゾーン(300℃以上)に設定した場合であれば、最初に低温ゾーンと高温ゾーンが隣接する箇所、つまり加熱ゾーン233と加熱ゾーン234との設定温度の温度差を120℃以内とする。なお、もう一つの低温ゾーンの次に高温ゾーンが隣接する箇所、つまり加熱ゾーン236と加熱ゾーン237との設定温度の温度差も120℃以内とすることが好ましい。
【0053】
低温ゾーンの設定温度は300℃未満とする。特にアクリルアミド系ポリマー繊維束が最初に通過する加熱ゾーン(つまり1ゾーン目)の設定温度を300℃未満とすることで、アクリルアミド系ポリマー繊維束を耐炎化する際、急速加熱することを避けることができ、配向度の低下を抑制することができる。
なお、低温ゾーンの設定温度はさらに200℃~295℃とすることが好ましい。
【0054】
高温ゾーンの設定温度は300℃以上とする。高温ゾーンの設定温度を300℃以上とすることで、アクリルアミド系ポリマー繊維束を十分に耐炎化することができる。
なお、高温ゾーンの設定温度はさらに300℃~400℃とすることが好ましい。
【0055】
耐炎化処理の時間(つまりアクリルアミド系ポリマー繊維束が加熱ゾーン内を搬送される時間)としては特に制限はなく、1~120分間が好ましく、2~60分間がより好ましく、3~50分間が更に好ましく、4~40分間が特に好ましい。
【0056】
耐炎化繊維束の製造方法においては、アクリルアミド系ポリマー繊維束に、張力を付与しながら、または、張力を付与した後に、連続式熱処理装置の加熱ゾーン内に搬送することが好ましい。これにより、耐炎化処理時のアクリルアミド系ポリマー繊維束の融着防止
性が向上し、高温での耐荷重性に優れ、高い強度、高い弾性率及び高い炭化収率を有する耐炎化繊維束が得られる。アクリルアミド系ポリマー繊維束に付与する張力としては特に制限はないが、0.002~30mN/dtexが好ましく、0.004~20mN/dtexがより好ましく、0.007~5mN/dtexが更に好ましい。なお、アクリルアミド系ポリマー繊維束に付与する張力(単位:mN/dtex)は、アクリルアミド系ポリマー繊維束の単位繊度当たりの張力である。アクリルアミド系ポリマー繊維束に付与する張力は、例えば連続式熱処理装置の加熱装置の入口側、出口側等でロードセル、バネ、重り等によって調整することができる。
【0057】
耐炎化繊維束の製造方法においては、アクリルアミド系ポリマー繊維束に延伸処理を施しながら連続式熱処理装置の加熱ゾーン内を搬送させてもよい。この際の延伸倍率としては、1.3~100倍が好ましく、1.7~50倍がより好ましく、2.0~25倍が更に好ましく、3.0~10倍が特に好ましい。加熱ゾーン内を搬送させながら延伸処理を施す際の延伸倍率が前記下限以上であることで、アクリルアミド系ポリマー繊維束の融着が十分に抑制され、耐炎化繊維束の高温での耐荷重性、強度、弾性率及び炭化収率が高められる。他方、延伸倍率が前記上限以下であることで、加熱ゾーン内の搬送中の糸切れの発生が抑制される。
【0058】
なお、このような延伸倍率は、連続式熱処理装置に導入されるアクリルアミド系ポリマー繊維束の送り速度(導入速度)と連続式熱処理装置から引出されるアクリルアミド系ポリマー繊維束の送り速度(引出速度)の比(引出速度/導入速度)によって決定することができる。また、アクリルアミド系ポリマー繊維束と耐炎化繊維束の長さの比(耐炎化繊維束の長さ/アクリルアミド系ポリマー繊維束の長さ)によって決定することもできる。このような延伸倍率は、アクリルアミド系ポリマー繊維束と耐炎化繊維束の送り速度の比(引出速度/導入速度)や繊維束に付与する張力、延伸処理時の温度、アクリルアミド系ポリマー繊維束の水分量等を調整することによって制御することができる。例えば、延伸処理時の温度やアクリルアミド系ポリマー繊維束の水分量が同じであっても、アクリルアミド系ポリマーの組成、アクリルアミド系ポリマー繊維束における添加成分の有無やその添加量によって延伸倍率が変化するため、アクリルアミド系ポリマー繊維束の送り速度の比(引出速度/導入速度)や繊維束に付与する張力(重りやバネ等によって制御)を調整することによって、所望の延伸倍率に調節することができる。
【0059】
また、本開示の耐炎化繊維束の製造方法に先立って、アクリルアミド系ポリマー繊維束に対し前処理を施してもよい。例えば、前処理としてアクリルアミド系ポリマー繊維束に特定の温度条件下で延伸処理を施してもよい。
【0060】
本開示に係る耐炎化繊維束の製造方法によれば、耐炎化繊維束における配向度を後述する範囲に制御し易くなる。
また、本開示に係る耐炎化繊維束の製造方法によれば、耐炎化繊維束における耐炎化度も後述する範囲に制御し易くなる。
【0061】
〔耐炎化繊維束〕
次に、本開示に係る耐炎化繊維束について説明する。
本開示の耐炎化繊維束は、アクリルアミド系ポリマーに由来し、配向度が44以上である。
炭素繊維束を得るための炭化工程は、張力を付与しながら行われるため、耐炎化繊維束が脆弱であると、炭化処理中に破断する恐れがある。これに対し、耐炎化繊維束の配向度を44以上に制御することで、耐炎化繊維束の脆化が抑制され、炭化処理にも耐えられる耐炎化繊維束を提供することができる。
【0062】
なお、アクリルアミド系ポリマーに「由来」するとは、アクリルアミド系ポリマー繊維束を耐炎化して得られた耐炎化繊維束であることを意味する。
【0063】
本開示に係る耐炎化繊維束は、アクリルアミド系ポリマー繊維束を耐炎化して得られた耐炎化繊維束である。
【0064】
・配向度
本開示の耐炎化繊維束は、配向度が44以上である。配向度を44以上とすることで、耐炎化繊維束の脆化が抑制され、炭化処理にも耐えられる耐炎化繊維束が提供できる。
耐炎化繊維束の脆化抑制および炭化後の強度向上の観点から、配向度の下限値はさらに46以上であることが好ましく、50以上であることがより好ましい。
一方で、耐炎化繊維束の柔軟性確保の観点から、配向度の上限値は、98以下であることが好ましく、95以下であることがより好ましい。
【0065】
耐炎化繊維束の配向度を44以上に制御する観点で、アクリルアミド系ポリマー繊維束を耐炎化する際、急速加熱することを避けることで結晶構造の乱れを抑制して、配向度の低下を抑制することが好ましい。
また、耐炎化繊維束の配向度を44以上に制御する観点で、温度が異なる加熱ゾーンを2つ以上設けることが可能な連続式熱処理装置を用い、低温ゾーン(300℃未満)と高温ゾーン(300℃以上)がそれぞれ1つ以上存在し、最初の加熱ゾーン(1ゾーン目)は低温ゾーンであり、かつ最初に低温ゾーンと高温ゾーンとが隣接する箇所の温度差が120℃以内である条件で加熱処理を行うことが好ましい。低温ゾーンと高温ゾーンの温度差を小さくすることで、急激な耐炎化反応による結晶構造の乱れやボイドの発生を抑制し、配向度の低下を抑制することができ、その結果耐炎化繊維束の脆化を抑制できる。
【0066】
本開示における耐炎化繊維束の配向度は、広角X線散乱測定により得られた2次元強度分布図から算出したものである。2θ:20~30°の円周方向強度分布を求め、得られた円周方向強度分布をGaussianフィッティングした後、散乱線の半値幅W1、W2(°)を求め、次式より配向度を算出する。
配向度=100×(360-(W1+W2))/360
【0067】
・耐炎化度
本開示における耐炎化度は、耐炎化繊維束の赤外吸収スペクトルにおける、1350~1380cm-1の範囲に確認されるナフチリジン環に由来する吸収ピークのピーク強度の、1640~1660cm-1の範囲に確認されるアクリルアミド基に由来する吸収ピークのピーク強度に対する比を示した数値である。耐炎化繊維束の耐炎化度は、1.10以上であることが好ましい。耐炎化度を1.10以上とし、つまり耐炎化を十分に行うことで、耐熱性に優れる耐炎化構造を形成させ、炭化処理の際の高い張力付与および炭化処理の高温に耐えることができ、炭化処理中の繊維の破断を抑制できる。
炭化処理中の繊維の破断を抑制する観点から、耐炎化度の下限値はさらに、1.15以上であることが好ましく、1.20以上であることがより好ましい。
一方で、過剰な熱処理による熱分解の抑制の観点から、耐炎化度の上限値は、2.00以下であることが好ましく、1.80以下であることがより好ましい。
【0068】
耐炎化繊維束の耐炎化度を1.10以上に制御する観点で、アクリルアミド系ポリマー繊維束を耐炎化する際、300℃以上の設定温度で加熱を行うことが好ましく、315℃以上の設定温度で加熱を行うことがより好ましい。
【0069】
耐炎化繊維束の耐炎化度の測定方法については、後述する。
【0070】
なお、耐炎化繊維束において、単繊維の平均繊維径としては特に制限はないが、1~50μmが好ましく、2~40μmがより好ましく、3~30μmが更に好ましく、4~25μmが特に好ましく、5~20μmが最も好ましい。耐炎化繊維束の単繊維の平均繊維径が前記下限以上であることで、糸切れの発生が抑制され、安定した巻取りや炭化処理を行なえる。他方、前記上限以下であることで、得られる炭素繊維束の単繊維において、表層付近と中心付近との間で構造が大きく異なることが抑制され、引張強度や引張弾性率を高められる。
【0071】
〔炭素繊維束の製造方法〕
次に、本開示に係る炭素繊維束の製造方法について説明する。
本開示の炭素繊維束の製造方法は、前記本開示の耐炎化繊維束の製造方法により耐炎化繊維束を得る工程と、耐炎化繊維束に炭化処理を施す工程と、を含む。
【0072】
前記本開示の耐炎化繊維束の製造方法により耐炎化繊維束を得る工程については、既に記載した通りであるため、説明を省略する。
【0073】
耐炎化繊維束に炭化処理を施す工程について説明する。例えば、耐炎化繊維束に対し、不活性雰囲気下(窒素、アルゴン、ヘリウム、キセノン等の不活性ガス中)で、前記本開示の耐炎化繊維束の製造方法における温度よりも高い温度で加熱処理を施す(炭化処理)。これにより、耐炎化繊維束が炭化し、所望の炭素繊維束が得られる。
炭化処理における加熱温度(最高温度)としては1000℃以上が好ましく、1100℃以上がより好ましく、1200℃以上が更に好ましく、1300℃以上が特に好ましい。また、加熱温度の上限としては3000℃以下が好ましく、2500℃以下がより好ましく、2000℃以下が更に好ましい。なお、本開示にかかる「炭化処理」には、一般的に、不活性ガス雰囲気下、2000~3000℃で加熱することによって行われる「黒鉛化処理」を含んでいてもよい。前記炭化処理における加熱時間としては特に制限はないが、30秒~60分間が好ましく、1~30分間がより好ましい。
【0074】
また、炭素繊維束の製造方法においては、炭化処理の前に、1000℃未満の温度で加熱処理(予備炭化処理)を行うことが好ましい。また、予備炭化処理は、耐炎化繊維束に延伸処理を施しながら行ってもよい。
【0075】
さらに、炭素繊維束の製造方法においては、耐炎化繊維束に、予備炭化処理を施した後、炭化処理を施し、さらに、黒鉛化処理を施すといったように、複数回の加熱処理を行うことも可能である。
【0076】
こうして得られる炭素繊維束において、単繊維の平均繊維径としては特に制限はないが、1~50μmが好ましく、2~40μmがより好ましく、3~30μmが更に好ましく、4~25μmが特に好ましく、5~20μmが最も好ましい。炭素繊維束の単繊維の平均繊維径が前記下限以上であることで、樹脂等をマトリックスとして複合材料を作製する場合に、マトリックスの粘度が高い場合でも炭素繊維束中への樹脂等の含浸が十分に生じ、複合材料の引張強度を高められる。他方、前記上限以下であることで、炭素繊維束の引張強度や引張弾性率を高められる。
【0077】
また、炭素繊維束の製造方法においては、炭素繊維束の表面を改質し、樹脂との密着性を適正化するために、炭素繊維束に電解処理を施すことが好ましい。これにより、炭素繊維束は、樹脂との複合材料を形成した場合に、強密着により複合材料が脆性破壊したり、繊維軸方向の引張強度が低下したり、繊維軸方向に垂直な方向における強度特性が発現しないといったことが解消され、強度特性が繊維軸方向とそれに垂直な方向とにバランスの
取れた複合材料が得られる。
【0078】
電解処理に用いられる電解液としては、酸、アルカリ、又はそれらの塩を含有する水溶液が挙げられる。酸としては、硫酸、硝酸、塩酸等が挙げられ、アルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム等が挙げられる。
【0079】
また、電解処理を施した炭素繊維束には、水洗処理を施して電解液を除去し、乾燥処理を施した後、樹脂との密着性を向上させるために、サイジング剤を付与してもよい。このようなサイジング剤としては、複数の反応性官能基を有する化合物が好ましい。反応性官能基としては特に制限はないが、カルボキシ基や水酸基と反応可能な官能基が好ましく、エポキシ基がより好ましい。サイジング剤において、前記化合物1分子中に存在する反応性官能基の個数としては、2~6個が好ましく、2~4個がより好ましく、2個が特に好ましい。反応性官能基の個数が上記範囲であることで、炭素繊維束と樹脂との密着性が向上し、かつサイジング剤を構成する化合物の分子間架橋密度が小さくなり、サイジング剤により形成される層が脆くなることが抑制され、炭素繊維束と樹脂との複合材料の引張強度を高められる。
【実施例0080】
以下、本開示の実施例について説明するが、本開示は以下の実施例に限定されるものではない。なお、以下の説明において、特に断りのない限り、「部」及び「%」はすべて質量基準である。
【0081】
(調製例1)
・アクリルアミド系ポリマー繊維束(a-1)
アクリルアミド(AM)/アクリロニトリル(AN)/アクリル酸(AA)三元共重合体(AM/AN/AA=60mol%/35mol%/5mol%)
AM60mol%、AN35mol%及びAA5mol%からなるモノマー100質量部とテトラメチルエチレンジアミン5質量部とをイオン交換水400質量部に溶解し、得られた水溶液に、窒素雰囲気下で撹拌しながら、過硫酸アンモニウムを添加した後、80℃で150分間加熱して重合を行った。得られた水溶液をメタノール中に滴下して共重合物を析出させ、これを回収して80℃で12時間真空乾燥させ、水溶性のAM/AN/AA(60mol%/35mol%/5mol%)共重合体を得た。AM/AN/AA共重合体100質量部とリン酸3質量部をイオン交換水に溶解し、得られた水溶液を用いて、アクリルアミド系ポリマー繊維束を構成する単繊維の繊度が約0.4tex/本、平均繊維径が約20μmとなるように乾式紡糸を行い、アクリルアミド系ポリマー繊維束(a-1)(800本/束)を作製した。以下の方法により、前記アクリルアミド系ポリマー繊維束を構成する単繊維の繊度及び平均繊維径を求めたところ、繊度は0.4tex/本であり、平均繊維径は20μmであった。
【0082】
(調製例2)
・アクリルアミド系ポリマー繊維束(a-2)
アクリルアミド(AM)/アクリロニトリル(AN)/アクリル酸(AA)三元共重合体(AM/AN/AA=63mol%/35mol%/2mol%)
AM63mol%、AN35mol%及びAA2mol%からなるモノマー100質量部とテトラメチルエチレンジアミン4質量部とをイオン交換水567質量部に溶解し、得られた水溶液に、窒素雰囲気下で撹拌しながら、過硫酸アンモニウムを添加した後、70℃で150分間加熱して重合を行った。得られた水溶液をメタノール中に滴下して共重合物を析出させ、これを回収して80℃で12時間真空乾燥させ、水溶性のAM/AN/AA(63mol%/35mol%/2mol%)共重合体を得た。AM/AN/AA共重
合体100質量部とリン酸3質量部をイオン交換水に溶解し、得られた水溶液を用いて、アクリルアミド系ポリマー繊維束を構成する単繊維の繊度が約0.4tex/本、平均繊維径が約20μmとなるように乾式紡糸を行い、アクリルアミド系ポリマー繊維束(a-2)(800本/束)を作製した。以下の方法により、前記アクリルアミド系ポリマー繊維束を構成する単繊維の繊度及び平均繊維径を求めたところ、繊度は0.4tex/本であり、平均繊維径は20μmであった。
【0083】
<アクリルアミド系ポリマー繊維の繊度>
得られたアクリルアミド系ポリマー繊維束(800本/束)の質量を測定して、1000m当たりの質量を繊維束の繊度[tex]として算出し、前記繊維束を構成する単繊維の繊度(前記アクリルアミド系ポリマー繊維の繊度)を求めた。
【0084】
<アクリルアミド系ポリマー繊維の平均繊維径>
乾式自動密度計(マイクロメリティックス社製「アキュピックII 1340」)を用いて、80℃で12時間真空乾燥後の前記アクリルアミド系ポリマー繊維束の密度を測定し、
式:D={(Dt×4×1000)/(ρ×π×n)}1/2
〔前記式中、Dは繊維束を構成する単繊維の平均繊維径[μm]を表し、Dtは繊維束の繊度[tex]を表し、ρは繊維束の密度[g/cm3]を表し、nは繊維束を構成する単繊維の本数[本]を表す。〕
により前記繊維束を構成する単繊維の平均繊維径(前記アクリルアミド系ポリマー繊維の平均繊維径)を求めた。
【0085】
<電子線照射>
調製例1、2で得られたアクリルアミド系ポリマー繊維束(800本/束)の表面に油剤(KP-420、信越化学工業社製)を塗布して得たアクリルアミド系ポリマー繊維束について、NHVコーポレーション社製の電子線照射装置EBC800-35を用い、搬送速度10m/分とし、加速電圧800kV、線量600kGyで連続処理を空気雰囲気下、常温で行ってアクリルアミド系ポリマー架橋繊維束を得た。
【0086】
<アクリルアミド系ポリマー架橋繊維束の延伸処理と耐炎化処理>
電子線照射後のアクリルアミド系ポリマー架橋繊維束を、
図1の連続式熱処理装置を用いて延伸処理と耐炎化処理を同時に行い、連続的に耐炎化繊維束を作製した。延伸倍率は入口側のロール(送り出しロール6)の速度と出口側のロール(巻取りロール8)の速度の比で調整した。表1に従い、実施例1~9、比較例1~2のサンプルを作製した。つまり、表1に記載の熱処理時間で1~5ゾーン(つまり加熱ゾーン211、212、213、214、215)を搬送させた。なお、実施例7、8では、事前に230℃に設定した連続式熱処理装置を用い、2倍の延伸倍率で延伸処理を行った後、3倍の延伸倍率で延伸処理しながら耐炎化を行ったため、累計延伸倍率は6倍となった。実施例9では、実施例8で得られた繊維束に対し、更に、連続式熱処理装置を用いて表1に示す熱処理条件で耐炎化処理を行って耐炎化繊維束を得た。
【0087】
<耐炎化繊維束の配向度の評価>
耐炎化繊維束の広角X線散乱測定を、リガク社製「Nano-Viewer」)を用い、透過法により測定した。耐炎化繊維束を鉛直配置し、カメラ長64mm、露光時間15分、室温の条件で測定した。得られた2次元強度から2θ:20~30°の円周方向強度分布を求めた。得られた円周方向強度分布をGaussianフィッティングした後、散乱線の半値幅W1、W2(°)を求め、次式より配向度を算出した。
配向度=100×(360-(W1+W2))/360
【0088】
<耐炎化繊維束の耐炎化度の評価>
耐炎化繊維束の赤外吸収スペクトルをフーリエ変換赤外分光光度計(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製「Nicolet 8700FT-IR」)を用いて全反射測定法(ATR結晶:Zn-Se、測定波数範囲:650~4000cm-1、分解能:0.482cm-1)により測定した。また、得られた赤外吸収スペクトルに基づいて、耐炎化度(1350~1380cm-1の範囲に確認されるナフチリジン環に由来する吸収ピークのピーク強度/1640~1660cm-1の範囲に確認されるアクリルアミド基に由来する吸収ピークのピーク強度)を求めた。なお、耐炎化度を算出する際、ベースライン補正等はせず、得られた赤外吸収スペクトルのピーク強度をそのまま用いた。
【0089】
<耐炎化繊維束の脆性評価>
各耐炎化繊維束の脆性を評価するため、耐荷重試験を行った。得られた耐炎化繊維束(800本/束)の連続繊維から長さ20cmの繊維束を切り出し、耐炎化繊維束(800本/束)の末端に200gの重りを吊り下げ、耐炎化繊維束が破断するかを確認した。
〇:耐炎化繊維束は破断しなかった。
×:耐炎化繊維束は破断した。
【0090】
<耐炎化繊維束の炭化耐性の評価>
各耐炎化繊維束(800本/束の耐炎化繊維束を4束束ねて3200本/束としたもの)に50gfの張力を付与した状態のまま、窒素気流下で800℃に温調した熱処理装置内に搬送して炭化処理(3分間)を行い、得られた炭素繊維束(幅5mm、長さ3m)について、破断箇所の有無を目視にて評価した。
〇:目視での確認において、破断箇所が存在しない。
△:目視での確認において、幅0.5mm未満の部分破断箇所が1つ以上存在する。
×:目視での確認において、幅0.5mm以上の部分破断箇所が1つ以上存在する。
【0091】
【0092】
最初に低温ゾーンと高温ゾーンとが隣接する箇所での両者の温度差が120℃以内である実施例1~3、5~9は、耐炎化繊維束の脆化は起きておらず、炭化処理も問題なく行
うことができた。
実施例4は、最初に低温ゾーンと高温ゾーンとが隣接する箇所での両者の温度差が120℃以内で、耐炎化繊維束の脆化は起きていない。ただし、耐炎化度が1.10以下のため、炭化処理時に0.5mm未満ではあるが、部分破断が生じた。
実施例7と8は、累計延伸倍率を高くしたため、配向度がより高くなった。さらに、実施例9は、実施例8の繊維束に追加で耐炎化処理を行ったため、さらに配向度が高くなった。
一方、最初に低温ゾーンと高温ゾーンとが隣接する箇所での両者の温度差が120℃より大きい比較例1、2では、配向度が43以下となっており、耐炎化繊維束の脆化が起きた。また、炭化処理時に0.5mm以上の部分破断が生じた。
以上説明したように、本開示によれば、耐炎化後の脆化が抑制され、張力付加しながら行う炭化処理時に繊維の切断が抑制された耐炎化繊維束の製造方法、および耐炎化繊維束、並びに前記耐炎化繊維束の製造方法により得られる耐炎化繊維束を用いる炭素繊維束の製造方法を提供することができる。
さらに、このような炭素繊維束は、軽量性、剛性、強度、弾性率、耐腐食性等の各種特性に優れているため、例えば、航空用材料、宇宙用材料、自動車用材料、圧力容器、土木・建築用材料、ロボット用材料、通信機器材料、医療用材料、電子材料、ウェアラブル材料、風車、ゴルフシャフト、釣竿等のスポーツ用品等の各種用途の材料として広く使用することができる。