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特開2024-43761アルミニウム合金成形体及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043761
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】アルミニウム合金成形体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20240326BHJP
   C22C 21/02 20060101ALI20240326BHJP
   B22F 10/28 20210101ALI20240326BHJP
   B22F 10/25 20210101ALI20240326BHJP
   B22F 10/34 20210101ALI20240326BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20240326BHJP
   C22F 1/043 20060101ALI20240326BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALI20240326BHJP
   B33Y 10/00 20150101ALI20240326BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240326BHJP
【FI】
C22C21/00 M
C22C21/02
B22F10/28
B22F10/25
B22F10/34
C22F1/04 F
C22F1/043
B33Y80/00
B33Y10/00
C22F1/00 621
C22F1/00 628
C22F1/00 630C
C22F1/00 650A
C22F1/00 687
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022148928
(22)【出願日】2022-09-20
(71)【出願人】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】399054321
【氏名又は名称】東洋アルミニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】谷津倉 政仁
(72)【発明者】
【氏名】長尾 隆史
(72)【発明者】
【氏名】田代 継治
(72)【発明者】
【氏名】楠井 潤
(72)【発明者】
【氏名】村上 勇夫
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA15
4K018AA16
4K018CA44
4K018EA51
4K018EA60
(57)【要約】
【課題】優れた造形性と熱安定性を有するアルミニウム合金成形体及びその製造方法を提供する。より具体的には、造形時の割れを引き起こす残留応力を抑制し、250℃程度の高温環境下において65HV以上の硬度を維持するアルミニウム合金積層成形体及びその簡便かつ効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】積層造形法によって成形してなるアルミニウム合金積層成形体であり、X質量%のFeおよびY質量%のSiを含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、前記Feおよび前記Siの含有量が式(1)及び式(2)を満たし、相対密度が99.5%以上であり、母相(Al)、AlFeSi系化合物およびSiからなる金属組織を有していること、を特徴とするアルミニウム合金成形体。3.5≦X (1),2X-7.6<Y≦12 (2)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
積層造形法によって成形してなるアルミニウム合金積層成形体であり、
X質量%のFeおよびY質量%のSiを含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、
前記Feおよび前記Siの含有量が式(1)及び式(2)を満たし、
相対密度が99.5%以上であり、
母相(Al)、AlFeSi系化合物およびSiからなる金属組織を有していること、
を特徴とするアルミニウム合金成形体。
3.5≦X (1)
2X-7.6<Y≦12 (2)
【請求項2】
Feの含有量が7質量%以下であること、
を特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金成形体。
【請求項3】
250℃におけるビッカース硬度が65HV以上であること、
を特徴とする請求項1又は2に記載のアルミニウム合金成形体。
【請求項4】
250℃における引張強度が200MPa以上であること、
を特徴とする請求項1又は2に記載のアルミニウム合金成形体。
【請求項5】
メルトプール境界部を除く領域の前記AlFeSi系化合物の平均間隔が200nm以下であること、
を特徴とする請求項1又は2に記載のアルミニウム合金成形体。
【請求項6】
X質量%のFeおよびY質量%のSiを含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、
前記Feおよび前記Siの含有量が式(1)及び式(2)を満たし、
前記原料を積層造形法によって成形し、アルミニウム合金積層成形体を得る積層成形工程と、
前記アルミニウム合金積層成形体を250~350℃に保持し、残留応力を低減する熱処理工程と、を有すること、
を特徴とするアルミニウム合金成形体の製造方法。
3.5≦X (1)
2X-7.6<Y≦12 (2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルミニウム合金成形体及びその製造方法に関し、より具体的には、優れた耐熱性が要求される部材として好適に使用することができるアルミニウム合金積層成形体及びその簡便かつ効率的な製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Al-Fe系アルミニウム合金は高い比強度と優れた熱伝導性を有していることに加え、リサイクル性も良好であることから、電気自動車、航空機等の輸送用機器、LED照明及び各種電子電気機器等のヒートシンク材を始めとして、幅広い用途が期待されている。
【0003】
このような状況下において、Al-Fe系アルミニウム合金の強度や熱伝導性を向上させるために種々の検討がなされている。例えば、特許文献1(特開2013-204087号公報)においては、8mass%(以下%)<Si<11%、0.2%<Mg<0.3%、0.3%<Fe<0.7%、0.15%<Mn<0.35%、1<Fe+Mn×2、0.005%<Sr<0.020%、Cu<0.2%、Zn<0.2%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、鋳造後に200℃<T<250℃で0.1~1時間保持することを特徴とする室温における引張耐力が200MPa以上の高強度でかつ熱伝導率145W/K・m以上であるアルミニウム合金部材とその製造方法、が開示されている。
【0004】
上記特許文献1に記載のアルミニウム合金部材とその製造方法においては、不純物を含む合金組成を最適化することで流動性の確保と焼き付防止の改善、かつ鋳造後の共晶Si粒状化による熱伝導率の改善による熱処理時間の短縮化により、室温における引張耐力が200MPa以上の高強度でかつ熱伝導率145W/mK以上の高熱伝導性を示すことを見出した、とされている。
【0005】
また、特許文献2(特開2015-127449号公報)においては、質量%で、Si:0.15%以下、Fe:1.00~1.60%、Ti:0.005~0.02%、Zr:0.0005~0.03%、必要に応じてMn:0.01~0.50%を含有し、残部アルミニウムと不可避不純物の組成を有し、平均結晶粒径25μm以下である熱伝導性に優れた高成形用アルミニウム合金板材、が開示されている。
【0006】
上記特許文献2に記載の高成形用アルミニウム合金板材においては、Si、Fe、Ti、Zrの含有量を好ましい範囲として平均結晶粒径を25μm以下としているため、伸びの値が高く、高成形性に優れるとともに、必要な引張強さと耐力を備え、熱伝導性にも優れたアルミニウム合金板材を得ることができる、とされている。
【0007】
更に、特許文献3(特開2020-33598号公報)においては、FeとErを含み、残部がAl及び不可避の不純物であり、Feが、約5重量%~約15重量%であり、Erが、約0.2重量%~約1.2重量%であることを特徴とする、Al-Fe-Er系アルミニウム合金、が開示されている。
【0008】
上記特許文献3に記載のAl-Fe-Er系アルミニウム合金においては、Erを約0.2重量%から約1.2重量%添加することで、不純物を除去してAlを用いてL12析出物を形成し、析出促進効果を高めることで溶融物の品質を向上させる効果がある。その結果、熱安定性及び可塑性に優れたAl-Fe-Er系アルミニウム合金を提供することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2013-204087号公報
【特許文献2】特開2015-127449号公報
【特許文献3】特開2020-33598号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
Al-Fe系アルミニウム合金からなる部材は高温に保持される使用態様も多く、Al-Fe系アルミニウム合金には熱安定性も期待される。しかしながら、上記特許文献1のアルミニウム合金部材及び上記特許文献2の高成形用アルミニウム合金板材では熱安定性が考慮されていない。
【0011】
また、上記特許文献3のAl-Fe-Er系アルミニウム合金では熱安定性の付与が目的の一つとされているが、希土類元素であるErの添加によって高価になることに加え、Al-Fe系アルミニウム合金のリサイクル性も低下してしまう。
【0012】
更に、Al-Fe系アルミニウム合金のレーザ積層造形ではFeの含有量の増加に伴ってメルトプール境界近傍に粗大なAlFe系化合物が多数晶出するとともに、溶融凝固領域における残留応力が増加し、造形時の割れが顕著になり、良好なアルミニウム合金積層成形体を得ることが困難となる。
【0013】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、優れた造形性と熱安定性を有するアルミニウム合金成形体及びその製造方法を提供することにある。より具体的には、造形時の割れを引き起こす残留応力を抑制し、250℃程度の高温環境下において65HV以上の硬度を維持するアルミニウム合金積層成形体及びその簡便かつ効率的な製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、アルミニウム合金成形体及びその製造方法について鋭意研究を重ねた結果、3.5質量%以上のFeを含有し、溶融凝固領域の残留応力を抑制してFeの含有量とSiの含有量を最適化すること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0015】
即ち、本発明は、
積層造形法によって成形してなるアルミニウム合金積層成形体であり、X質量%のFeおよびY質量%のSiを含有し、
残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、
前記Feおよび前記Siの含有量が式(1)及び式(2)を満たし、
相対密度が99.5%以上であり、
母相(Al)、AlFeSi系化合物およびSiからなる金属組織を有していること、
を特徴とするアルミニウム合金成形体、を提供する。
3.5≦X (1)
2X-7.6<Y≦12 (2)
【0016】
本発明のアルミニウム合金成形体においては、Fe含有量(X質量%)を3.5質量%以上とすることで、250℃における硬さを65HV以上とすることができる。また、Siの含有量(Y質量%)を12質量%以下とすることでSiの晶出物が多く形成されることが抑制されており、(2X-7.6)質量%超とすることで、残留応力を十分に低下させることができる。
【0017】
3.5質量%以上のFeを含むアルミニウム合金材を積層造形法によって急冷凝固させることで、本発明のアルミニウム合金成形体には微細なAlFeSi系化合物が大量に分散している。その結果、転位の移動が抑制され、当該効果が高温まで維持されることから、本発明のアルミニウム合金成形体は高温における機械的性質の低下が少なく、優れた熱安定性を有している。ここで、メルトプールの境界領域(メルトプールの境界からの距離が5μmまでの領域)以外のAlFe系化合物の平均粒径は、20~100nmであることが好ましい。
【0018】
また、(2X-7.6)質量%超のSiを含有することで、溶融凝固領域における残留応力が250MPa以下となり、積層造形時に発生する割れを効果的に抑制することができる。その結果、99.5%以上の高い相対密度を有すると共に割れ等の欠陥が抑制されたアルミニウム合金成形体を得ることができる。ここで、溶融凝固領域の残留応力を250MPa以下とすることで、割れの発生が顕著に抑制されることは、本発明者らの実験結果によって得られた知見である。
【0019】
また、本発明のアルミニウム合金成形体においては、Feの含有量が7質量%以下であること、が好ましい。Feの含有量を7質量%以下とすることで、より確実に溶融凝固領域の残留応力を低下させることができ、アルミニウム合金成形体の割れを抑制することができる。
【0020】
また、本発明のアルミニウム合金成形体においては、残留応力が250MPa以下であること、が好ましい。本発明のアルミニウム合金成形体は微小な溶融凝固領域の接合体であるところ、残留応力を250MPa以下とすることで、割れを抑制することができる。溶融凝固領域の残留応力は240MPa以下とすることがより好ましく、230MPa以下とすることが最も好ましい。溶融凝固領域の残留応力を230MPa以下とすることで、積層造形時の割れを確実に抑制することができる。
【0021】
また、本発明のアルミニウム合金成形体においては、250℃におけるビッカース硬度が65HV以上であること、が好ましい。250℃で65HV以上のビッカース硬度を有することで、高温に保持されるエンジンピストン、ターボインペラ及びヒートシンク材等の用途に好適に用いることができる。また、エンジンピストンでは冷却性能が求められることがあり、高熱伝導で高温高強度材の適用が好ましい。ここで、250℃におけるより好ましい硬度は80HV以上であり、最も好ましい硬度は100HV以上である。
【0022】
また、本発明のアルミニウム合金成形体においては、250℃における引張強度が200MPa以上であること、が好ましい。より好ましい引張強度は230MPa以上であり、最も好ましい引張強度は260MPa以上である。本発明のアルミニウム合金成形体においては、極めて微細なAlFeSi系化合物が大量かつ均一に分散していることから、高い引張特性を有している。アルミニウム合金成形体がこれらの引張特性を有していることで、強度及び信頼性が要求される用途においても好適に用いることができる。
【0023】
更に、本発明のアルミニウム合金成形体においては、メルトプール境界部を除く領域の前記AlFeSi系化合物の平均間隔が200nm以下であること、が好ましい。AlFeSi系化合物同士の間隔が200nm以下となっていることで、転位の移動を効率的に阻害してアルミニウム合金成形体に良好な熱安定性を付与することができる。また、粗大なAlFeSi系化合物は脆性的な性質を示し、アルミニウム合金成形体の靭性及び延性を低下させる原因となるが、AlFeSi系化合物の平均粒径を200nm以下とすることで、これらの悪影響を抑制することができる。
【0024】
また、本発明のアルミニウム合金成形体は積層造形法で得られたものであり、多数の急冷凝固領域の接合によって形成されていることから、鋳物等と比較して成形体全体としては均質な元素分布となっている。その結果、アルミニウム合金成形体の全体に極めて微細なAlFeSi系化合物が均一に大量分散している。
【0025】
なお、本発明のアルミニウム合金成形体の不可避不純物としては、Si、Cu、Mn、Mg、Zn、Cr及びTiを例示することができる。
【0026】
本発明は、
X質量%のFeおよびY質量%のSiを含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、
前記Feおよび前記Siの含有量が式(1)及び式(2)を満たし、
前記原料を積層造形法によって成形し、アルミニウム合金積層成形体を得る積層成形工程と、
前記アルミニウム合金積層成形体を250~350℃に保持し、残留応力を低減する熱処理工程と、を有すること、
を特徴とするアルミニウム合金成形体の製造方法、も提供する。
3.5≦X (1)
2X-7.6<Y≦12 (2)
【0027】
本発明のアルミニウム合金成形体の製造方法は積層造形法を用いるものであり、原料となるアルミニウム合金材のFe含有量(X質量%)を3.5質量%以上とすることで、250℃における硬さを65HV以上とするアルミニウム合金成形体を得ることができる。
【0028】
3.5質量%以上のFeを含有するアルミニウム合金材を積層造形法によって成形することで、主としてAlFeSi系化合物とアルミニウム母材からなる急冷凝固組織が形成され、その後、250~350℃に保持することで、造形時に蓄積された残留応力を十分に低減することができる。また、熱処理温度を350℃以下とすることで、AlFeSi系化合物の粗大化を抑制してアルミニウム合金成形体のビッカース硬度等の機械的性質が低下することを防ぐことができる。
【0029】
また、アルミニウム合金材のSiの含有量(Y質量%)を12質量%以下とすることでSiの晶出物が多く形成されることが抑制されており、(2X-7.6)質量%超とすることで、溶融凝固領域の残留応力を250MPa以下とすることができ、積層造形時に発生する割れを効果的に抑制することができる。その結果、99.5%以上の高い相対密度を有すると共に割れ等の欠陥が抑制されたアルミニウム合金成形体を簡便かつ効率的に得ることができる。
【0030】
アルミニウム合金材の形状及びサイズは用いる積層造形法に応じて適当なものを選択すればよく、粉末状のアルミニウム合金材やワイヤー状のアルミニウム合金材を好適に用いることができる。
【0031】
また、本発明の効果を損なわない限りにおいて、積層造形法は特に限定されず、従来公知の種々の積層造形法を用いることができる。積層造形法は原料金属を堆積することで所望の形状を有する成形体を得ることができる方法であり、例えば、粉末床溶融結合法や指向性エネルギー堆積法を挙げることができる。また、原料金属を溶融させるための熱源も本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の熱源を用いることができ、例えば、レーザや電子ビームを好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、優れた造形性と熱安定性を有するアルミニウム合金成形体及びその製造方法を提供することができる。より具体的には、造形時の割れを引き起こす残留応力を抑制し、250℃程度の高温環境下において65HV以上の硬度を維持するアルミニウム合金積層成形体及びその簡便かつ効率的な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】本発明のアルミニウム合金成形体の断面マクロ組織の模式図である。
図2】比較例3の組成を有するアルミニウム合金成形体の外観写真である。
図3】Feの含有量と250℃硬さの関係を示すグラフである。
図4】実施アルミニウム合金成形体のメルトプール内部のSEM観察結果である。
図5図4の化合物に対するEDS分析で得られたスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、図面を参照しながら本発明のアルミニウム合金成形体及びその製造方法についての代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、表された各構成要素の寸法やそれらの比は実際のものとは異なる場合もある。
【0035】
1.アルミニウム合金成形体
本発明のアルミニウム合金成形体は、積層造形法によって成形してなるアルミニウム合金積層成形体であり、主として、高温硬度(高温強度)及び造形性の観点からFe及びSiの含有量が規定されていることを特徴としている。以下、アルミニウム合金成形体の組成、組織及び各種物性について詳細に説明する。
【0036】
(1)組成
本発明のアルミニウム合金成形体は、FeおよびSiを含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とするものである。以下、各成分元素について説明する。
【0037】
(1-1)必須の添加元素
Fe:3.5質量%以上
Siと共にFeを3.5質量%以上含有することで、AlFeSi系化合物の形成によりアルミニウム合金成形体の強度及び硬度の増加、熱安定性の向上を図ることができる。ここで、AlFeSi系化合物の粗大化に起因するアルミニウム合金成形体の靭性及び延性の低下を抑制するという観点から、Feの含有量は7質量%以下とすることが好ましい。
【0038】
Si:2X-7.6<Y≦12
但し、X:Feの含有量(質量%)、Y:Siの含有量(質量%)
Feと共にSiを含有することで、AlFeSi系化合物の形成によりアルミニウム合金成形体の強度及び硬度の増加、熱安定性の向上を図ることができる。ここで、Siの含有量を12質量%以下とすることでSiの晶出物が多く形成されることを抑制でき、(2X-7.6)質量%超とすることで、溶融凝固領域の残留応力を250MPa以下とすることができる。加えて、Feの含有量が多くなると積層造形時に割れが発生しやすくなるところ、Siを添加することにより、積層造形時の割れを極めて効果的に抑制することができる(優れた造形性を付与することができる)。
【0039】
(1-2)不可避不純物
本発明のアルミニウム合金成形体の不可避不純物としては、Cu、Mn、Mg、Zn、Cr及びTiを例示することができる。
【0040】
(2)組織
図1に、本発明のアルミニウム合金成形体の断面マクロ組織を模式的に示す。本発明のアルミニウム合金成形体2は積層造形法によって成形されたものであり、複数のメルトプール4が接合されたマクロ組織を有している。
【0041】
アルミニウム合金成形体2の鉛直方向及び水平方向におけるメルトプール4の個数は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、アルミニウム合金成形体2が所望のサイズ及び形状となるように適宜調整すればよい。
【0042】
また、メルトプール4のサイズ及び形状も特に限定されないが、メルトプール4が大きくなると凝固時の冷却速度が低下する。即ち、アルミニウム合金成形体2の結晶粒微細化及びAlFeSi系化合物微細化の観点からは、冷却速度が大きくなるようにメルトプール4のサイズを小さくすることが好ましい。また、メルトプール4のサイズを低減すること自体もアルミニウム合金成形体2を高強度化することに加え、アルミニウム合金成形体2を均質化することができる。一方で、メルトプール4を小さくし過ぎるとアルミニウム合金成形体2の形成に必要なメルトプール4の数が増加するため、生産効率の観点からは、AlFeSi系化合物が十分に微細化される限りにおいて、メルトプール4のサイズは大きくすることが好ましい。
【0043】
メルトプール4の内部には、微細なAlFeSi系化合物が大量に分散している。その結果、転位の移動が抑制され、当該効果が高温まで維持されることから、本発明のアルミニウム合金成形体は高温における機械的性質の低下が少なく、優れた熱安定性を有している。
【0044】
ここで、メルトプールの境界領域(メルトプールの境界からの距離が5μmまでの領域)以外のAlFeSi系化合物の平均粒径は、20~100nmであることが好ましい。なお、メルトプール4の境界領域ではAlFeSi系化合物が粗大化する場合が存在するが、本明細書における「AlFeSi系化合物の間隔」及び「AlFeSi系化合物の平均粒径」は、アルミニウム合金成形体2の大部分を占めるメルトプール4の内部におけるAlFeSi系化合物を対象としている。AlFeSi系化合物の平均粒径を100nm以下とすることで、AlFeSi系化合物の間隔を狭くすることができることに加えて、AlFeSi系化合物の粗大化に伴うアルミニウム合金成形体2の靭性及び延性の低下を抑制することができる。
【0045】
また、メルトプール境界部を除く領域のAlFeSi系化合物の平均間隔は200nm以下であることが好ましい。AlFeSi系化合物の平均間隔を200nm以下とすることで、転位の移動が効果的に抑制され、当該効果が高温まで維持される。その結果、高温における機械的性質の低下が抑制され、本発明のアルミニウム合金成形体に優れた熱安定性を付与することができる。
【0046】
AlFeSi系化合物の間隔及び平均粒径を求める方法は、本発明の効果を損なわない限り特に限定されず、従来公知の種々の方法で測定すればよい。例えば、アルミニウム合金成形体2を任意の断面で切断し、得られた断面試料を走査型電子顕微鏡で観察し、メルトプール4の内部におけるAlFeSi系化合物の間隔及び粒径の平均値を算出することで求めることができる。なお、観察手法に応じて、断面試料には機械研磨、バフ研磨、電解研磨及びエッチング等を施せばよい。
【0047】
(3)物性
アルミニウム合金成形体2の残留応力は250MPa以下であることが好ましい。残留応力が250MPa以下となることで、積層造形時に発生する割れを効果的に抑制することができる。その結果、99.5%以上の高い相対密度を有すると共に割れ等の欠陥が抑制されたアルミニウム合金成形体を得ることができる。アルミニウム合金成形体2の残留応力は240MPa以下であることがより好ましく、230MPa以下であることが最も好ましい。
【0048】
アルミニウム合金成形体2の250℃におけるビッカース硬度は65HV以上であることが好ましい。250℃で65HV以上のビッカース硬度を有することで、高温に保持されるエンジンピストン、ターボインペラ及びヒートシンク材等の用途に好適に用いることができる。また、エンジンピストンでは冷却性能が求められることがあり、高熱伝導で高温高強度材の適用が好ましい。ここで、250℃におけるより好ましい硬度は80HV以上であり、最も好ましい硬度は100HV以上である。
【0049】
また、アルミニウム合金成形体2の250℃における引張強度は200MPa以上であることが好ましい。より好ましい引張強度は230MPa以上であり、最も好ましい引張強度は260MPa以上である。アルミニウム合金成形体2は極めて微細なAlFeSi系化合物が大量かつ均一に分散していることから、高い高温強度を有している。アルミニウム合金成形体2がこれらの引張特性を有していることで、高温強度及び信頼性が要求される用途においても好適に用いることができる。
【0050】
2.アルミニウム合金成形体の製造方法
本発明のアルミニウム合金成形体の製造方法は、適量のFeおよびSiを含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、積層造形法によってアルミニウム合金積層体を得る積層成形工程と、残留応力を低減する熱処理工程と、を有している。以下、各工程について詳細に説明する。
【0051】
(1)積層成形工程
積層成形工程は、3.5質量%以上のFeと2X-7.6<Y≦12(但し、X:Feの含有量(質量%)、Y:Siの含有量(質量%))のSiを含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、積層造形法を用いてアルミニウム合金積層成形体を得るための工程である。
【0052】
積層成形法は3D-CADデータから得られる二次元(スライス)データに基づいて、溶融凝固領域を1層ずつ積み上げて加工する方法である。本発明のアルミニウム合金成形体の製造方法においては、例えば、原料としてアルミニウム合金粉末を使用し、堆積させた金属粉末をレーザ等の照射によって溶融凝固させながら、1層ずつ積層することで、三次元の成形体を得ることができる。
【0053】
ここで、アルミニウム合金材のFeの含有量が多くなると積層造形時に割れが発生しやすくなるところ、Siを添加することにより積層造形時の割れを極めて効果的に抑制することができる。即ち、Feに加えてSiを添加することで、積層造形時の割れの抑制、アルミニウム合金積層成形体の高強度化及び信頼性の付与を同時に達成することができる。
【0054】
本発明の効果を損なわない限りにおいて、積層造形法は特に限定されず、従来公知の種々の積層造形法を用いることができる。また、原料金属を溶融させるための熱源も本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の熱源を用いることができ、例えば、レーザや電子ビームを好適に用いることができる。
【0055】
ここで、アルミニウムはレーザを吸収し難く、高い熱伝導率に起因して熱が拡散しやすいため、積層造形法によって高い密度を有するアルミニウム合金成形体を得ることが困難である。よって、アルミニウム合金成形体2の密度を増加させるためには、波長が短いレーザを用いることが好ましく、例えば、Ybファイバーレーザを好適に用いることができる。
【0056】
(2)熱処理工程
熱処理工程は、積層造形法を用いて得られたアルミニウム合金積層成形体を適当な温度で熱処理し、AlFeSi系化合物を析出させると共に残留応力を低減するための工程である。
【0057】
Fe及びSiを含有するアルミニウム合金材を積層造形法によって成形することで、主としてAlFeSi系化合物とアルミニウム母材からなる急冷凝固組織が形成される。その後、当該アルミニウム合金積層成形体を250~350℃に保持することで、造形時に蓄積された残留応力を低減することができる。保持時間はアルミニウム合金積層成形体のサイズ及び形状に応じて適宜調整すればよいが、1~4時間とすることが好ましい。
【0058】
熱処理温度を250℃以上とすることで、残留応力を100MPa以下とすることができる。また、熱処理温度を350℃以下とすることで、AlFeSi系化合物の粗大化を抑制してアルミニウム合金成形体2のビッカース硬度等の機械的性質が低下することを防ぐことができる。より好ましい熱処理温度は270~300℃である。
【0059】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0060】
≪実施例≫
レーザを用いた粉末床溶融結合方式の積層造形機を用い、表1に示す実施例1~実施例4の組成(質量%)を有するアルミニウム合金の急冷凝固組織を得た。
【0061】
また、表1にはFe含有量(X質量%)に対するSi含有量(Y質量%)の閾値である2X-7.6の値も示している。全ての実施例において、Fe含有量は3.5質量%以上であり、Si含有量は2X-7.6の値よりも大きくなっている。
【0062】
【表1】
【0063】
使用した造形機はYbファイバーレーザを備える松浦機械製作所製のLUMEX Avance-25であり、レーザ出力:400~440W、走査速度:1100~1300mm/s、走査ピッチ:0.14mm、雰囲気:不活性ガス、とした。
【0064】
[評価試験]
(1)割れの観察
得られたアルミニウム合金溶融凝固部の外観を目視及び実体顕微鏡で観察し、割れが認められなかった場合は〇、割れが認められた場合は×とした。
【0065】
(2)残留応力測定
リガク社製微小部X線応力測定装置AutoMateIIを用い、得られた実施アルミニウム合金溶融凝固部の残留応力を測定した。
【0066】
(3)微細組織
観察には走査電子顕微鏡(日本電子製,JSM-7200F型)を用い、断面のマクロ組織及びメルトプール内に分散しているAlFeSi系化合物を観察した。加えて、メルトプール内に分散している化合物の組成をEDSによって分析した。
【0067】
(4)ビッカース硬度測定
250℃におけるビッカース硬度を測定した。高温ビッカース硬さはニコン製QM-2を用いて測定し、測定荷重を100~500gf、保持時間を10秒とした。また、試料の昇温速度を20℃/分とし、温度到達後5分保持後に測定を開始した。
【0068】
≪比較例≫
表1に比較例1~比較例5として示す組成のアルミニウム合金を用いたこと以外は実施例と同様にして、アルミニウム合金の急冷凝固組織を得た。また、得られたアルミニウム合金溶融凝固部について実施例と同様の評価を行った。なお、比較例1及び比較例2はFeの含有量が3.5質量%未満であり、表1に2X-7.6の値を示していない。
【0069】
得られたアルミニウム合金溶融凝固部における割れの観察結果を表2に示す。実施例の組成を有するアルミニウム合金溶融凝固部では割れが発生していない。これに対し、Feの含有量が3.5質量%以上である比較例3~5の組成を有するアルミニウム合金溶融凝固部では、顕著な割れの発生が認められた。比較例3の組成を有する場合の外観写真を図2に示すが、大きな割れが発生していることが確認できる。
【0070】
アルミニウム合金溶融凝固部における残留応力の測定値を表2に示す。Feの含有量をX質量%、Siの含有量をY質量%とし、測定された残留応力との関係を回帰分析したところ、残留応力を250MPa以下とするための条件として「5X-2.5Y+6<25」が得られた。当該回帰式は、Siの含有量(Y質量%)は2X-7.6よりも大きくする必要があることを示している。
【0071】
残留応力の測定値から求められた回帰式を用いて得られた残留応力の計算値を表2に示す。実施例の組成を有するアルミニウム合金溶融凝固部の残留応力は測定値と計算値の両方で250MPa以下となっていることが分かる。一方で、比較例の組成を有するアルミニウム合金溶融凝固部においては、Feの含有量が少ない比較例1及び比較例2の組成を有するもの以外は、測定及び/又は計算値が250MPaよりも大きな値となっている。
【0072】
【表2】
【0073】
各アルミニウム合金溶融凝固部の250℃硬さの値を表2に示す。実施例の組成を有する全てのアルミニウム合金溶融凝固部において、250℃硬さが65HV以上となっている。一方で、Feの含有量が少ない(1.2質量%)比較例1の組成を有するアルミニウム合金溶融凝固部の250℃硬さは43HV、Feの含有量が2.5質量%の比較例2の組成を有する場合は59HVとなっており、何れも65HV未満の低い値となっている。
【0074】
Feの含有量と250℃硬さの関係を図3に示す。Feの含有量と250℃硬さには線形関係が認められ、3.5質量%以上のFeを添加することで、アルミニウム合金成形体に65HV以上の250℃硬さを確実に付与できることが分かる。また、図3は、250℃硬さに及ぼすSi含有量の影響は、Fe含有量の影響と比較して小さく、65HV以上の250℃硬さを実現するためにはFe含有量の制御が効果的であることを示している。
【0075】
実施例1として示す組成のアルミニウム合金粉末を原料として得られた溶融凝固部におけるAlFeSi系化合物の観察結果を図4に示す。平均粒径が20~100nmの極めて微細な化合物が均一かつ大量に分散しており、化合物同士の間隔は200nm以下となっている。
【0076】
図4の化合物に対するEDS分析で得られたスペクトルを図5に示す。Al、Fe及びSiに起因するピークが明瞭に観察され、当該化合物はAlFeSi系化合物であることが分かる。
【0077】
以上の結果より、FeおよびSiを含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、FeとSiの含有量を最適化することによって、残留応力の低減により割れのないアルミニウム合金成形体が得られることに加え、優れた熱安定性を有するアルミニウム合金成形体を得ることができることが分かる。より具体的には、3.5質量%以上のFeを含有させることで、250℃程度の高温環境下においても65HV以上の硬度を維持し、Siの含有量をFeの含有量に合せて厳密に調整することで、残留応力が250MPa以下となるアルミニウム合金成形体を得ることができる。
【符号の説明】
【0078】
2・・・アルミニウム合金成形体、
4・・・メルトプール。
図1
図2
図3
図4
図5