(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043798
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】固体高分子形燃料電池及び多孔金属ガス拡散層
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20240326BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20240326BHJP
H01M 8/1004 20160101ALI20240326BHJP
【FI】
H01M4/86 M
H01M8/10 101
H01M8/1004
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022148989
(22)【出願日】2022-09-20
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2020年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業/水素利用等高度化先端技術開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100195327
【弁理士】
【氏名又は名称】森 博
(72)【発明者】
【氏名】山本 浩太郎
(72)【発明者】
【氏名】野田 志云
(72)【発明者】
【氏名】安武 昌浩
(72)【発明者】
【氏名】吉川 誠
(72)【発明者】
【氏名】林 灯
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一成
【テーマコード(参考)】
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
5H018AA06
5H018BB07
5H018DD03
5H018DD08
5H018EE02
5H018EE05
5H018EE10
5H018HH03
5H126AA02
5H126BB06
(57)【要約】
【課題】多孔金属ガス拡散層を備えた固体高分子形燃料電池を提供する。
【解決手段】固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソード触媒層と、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノード触媒層と、を有する膜電極接合体と、前記カソード触媒層とアノード触媒層のそれぞれに積層された一対のガス拡散層と、前記ガス拡散層を介して前記膜電極接合体を挟持する一対のセパレータと、を備え、前記一対のガス拡散層の少なくとも一方が、片面又は両面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなる多孔金属ガス拡散層である固体高分子形燃料電池。当該固体高分子形燃料電池は、高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートを配置することにより、高導電性物質を固着していない多孔金属シートを使用した場合と比較して、過電圧が低減し、発電特性(IV特性)に優れる。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソード触媒層と、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノード触媒層と、を有する膜電極接合体と、前記カソード触媒層とアノード触媒層のそれぞれに積層された一対のガス拡散層と、前記ガス拡散層を介して前記膜電極接合体を挟持する一対のセパレータと、を備え、
前記一対のガス拡散層の少なくとも一方が、片面又は両面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなる多孔金属ガス拡散層であることを特徴とする固体高分子形燃料電池。
【請求項2】
前記多孔金属ガス拡散層が、片面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなり、
当該多孔金属ガス拡散層を、前記高導電性物質が固着された一方面が前記カソード触媒層及び/又は前記アノード触媒層に接触し、前記高導電性物質が固着されていない他方面が前記セパレータに接触するように配置した請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項3】
前記多孔金属ガス拡散層が、両面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなり、
当該多孔金属ガス拡散層を、前記高導電性物質が固着された一方面が前記カソード触媒層及び/又は前記アノード触媒層に接触し、前記高導電性物質が固着された他方面を前記セパレータに接触するように配置した請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項4】
前記メッシュ状の多孔金属シートが、ステンレス、又はチタン若しくはチタン合金からなる請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項5】
前記高導電性物質が、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、チタン(Ti)、スズ(Sn)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、コバルト(Co)又は炭素(C)である請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項6】
前記メッシュ状の多孔金属シートの厚みが、20μm以上300μm以下である請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項7】
前記高導電性物質が、アークプラズマ蒸着によって多孔金属シートに固着された請求項1から6のいずれかに記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項8】
片面又は両面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなる多孔金属ガス拡散層。
【請求項9】
前記メッシュ状の多孔金属シートが、ステンレス、又はチタン若しくはチタン合金からなる請求項8に記載の多孔金属ガス拡散層。
【請求項10】
前記高導電性物質が、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、チタン(Ti)、スズ(Sn)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、コバルト(Co)又は炭素(C)である請求項8に記載の多孔金属ガス拡散層。
【請求項11】
前記メッシュ状の多孔金属シートの厚みが、20μm以上300μm以下である請求項8に記載の多孔金属ガス拡散層。
【請求項12】
前記高導電性物質が、アークプラズマ蒸着によって多孔金属シートに固着された請求項8から11のいずれかに記載の多孔金属ガス拡散層。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池等の電極部材として使用されるガス拡散層及びこれを備えた固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(PEFC)は、電解質膜と前記電解質膜の両面に積層された電極触媒層(アノード触媒層及びカソード触媒層)とを含む膜電極接合体(MEA)と、前記膜電極接合体の両面に積層されたガス拡散層(GDL)とからなる発電モジュールを、ガス流路が形成された2つのセパレータで挟んだ構造のセルを基本単位として構成されている。
PEFCにおいて燃料極(アノード)には水素が供給され、(反応1)2H2 → 4H++4e-によって、生成したプロトン(H+)は固体高分子電解質膜を介して空気極(カソード)に供給され、また、生成した電子は外部回路(図示せず)を介して空気極(カソード)へ供給され、(反応2)O2+4H++4e-→2H2Oによって、酸素と反応して水を生成する。この燃料極(アノード)と空気極(カソード)の電気化学反応によって両電極間に電位差を発生させる。
【0003】
PEFCの構成部材は、一般的に、セパレータは金属材料や炭素材料で形成されており、ガス拡散層は多孔質の炭素材料(典型的にはポリアクリロニトリル系炭素繊維)が使用されている。また、電極触媒層は、担体の表面にPt等の貴金属微粒子が担持された構造を有し、担体やガス拡散層には主に炭素材料が使用されている(例えば、特許文献1,2)。一方、PEFCの膜電極接合体(MEA)の電解質膜で使用されるナフィオン(Nafion)は酸性(pH=0~3)であるため、PEFCの電極材料は超強酸性条件で使用されることになる。また、通常運転しているときのセル電圧は0.4~1.0Vであるが、起動停止時にはセル電圧が1.5Vまで上昇するため、カソードでは、炭素系担体が電気化学的に酸化されてCO2に分解する反応が起こり、炭素系担体が腐食されて触媒活性成分である貴金属粒子が脱落するという問題があり、アノードにおいても運転初期等に燃料ガスが不足すると、その部分での電圧低下、あるいは濃度分極が生じて局部的に通常と反対の電位となり、炭素系担体の電気化学的酸化分解反応が起こることがある。
上述した炭素系担体の腐食の問題に対し、本発明者らは担体として、強酸性条件、高電位においても安定な電子伝導性酸化物(例えば、酸化スズ(SnO2))を使用し、これに選択的に電極触媒を担持した電極触媒材料を開発している(特許文献3,4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-87993号公報
【特許文献2】特許第368364号公報
【特許文献3】特許第5322110号公報
【特許文献4】特許第6598159号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一方、上述のように、PEFCの構成部材には、金属材料(セパレータ)や炭素材料(ガス拡散層、電極触媒層)、酸化物材料(電極触媒層)が用いられているが、電子伝導率は一般に、金属材料>炭素材料>酸化物材料の関係にある。そして、セパレータや、ガス拡散層、電極触媒層は異なる材料が用いられているため、それぞれの構成部材間における接触抵抗も生じ、PEFCの性能を低下させる一因になっていた。
【0006】
伝統的に炭素材料が使用されてきた電極触媒層-ガス拡散層の導電パスを酸化物材料や炭素材料からより導電性の高い金属材料にすることで電気抵抗要因をさらに低減できる可能性がある。しかしながら、上述の通り、PEFCにおいて、膜電極接合体(MEA)に用いられるナフィオンは超強酸性であり、また、PEFCでは起動停止時等に高電位にさらされるため、炭素材料の腐食の問題がある。また、PEFCと同様の固体高分子電解質膜を使用した水電解装置に使用される電極やその構成部材においても、上述のPEFCと同様の課題があった。
【0007】
かかる状況下、本発明の目的は、多孔金属ガス拡散層を備えた固体高分子形燃料電池及び多孔金属ガス拡散層を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、下記の発明が上記目的に合致することを見出し、本発明に至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
<1> 固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソード触媒層と、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノード触媒層と、を有する膜電極接合体と、前記カソード触媒層とアノード触媒層のそれぞれに積層された一対のガス拡散層と、前記ガス拡散層を介して前記膜電極接合体を挟持する一対のセパレータと、を備え、
前記一対のガス拡散層の少なくとも一方が、片面又は両面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなる多孔金属ガス拡散層である固体高分子形燃料電池。
<2> 前記多孔金属ガス拡散層が、片面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなり、
当該多孔金属ガス拡散層を、前記高導電性物質が固着された一方面が前記カソード触媒層及び/又は前記アノード触媒層に接触し、前記高導電性物質が固着されていない他方面が前記セパレータに接触するように配置した<1>に記載の固体高分子形燃料電池。
<3> 前記多孔金属ガス拡散層が、両面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなり、
当該多孔金属ガス拡散層を、前記高導電性物質が固着された一方面が前記カソード触媒層及び/又は前記アノード触媒層に接触し、前記高導電性物質が固着された他方面を前記セパレータに接触するように配置した<1>に記載の固体高分子形燃料電池。
<4> 前記メッシュ状の多孔金属シートが、ステンレス、又はチタン若しくはチタン合金からなる<1>から<3>のいずれかに記載の固体高分子形燃料電池。
<5> 前記高導電性物質が、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、チタン(Ti)、スズ(Sn)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、コバルト(Co)又は炭素(C)である<1>から<4>のいずれかに記載の固体高分子形燃料電池。
<6> 前記メッシュ状の多孔金属シートの厚みが、20μm以上300μm以下である<1>から<5>のいずれかに記載の固体高分子形燃料電池。
<7> 前記高導電性物質が、アークプラズマ蒸着によって多孔金属シートに固着された<1>から<6>のいずれかに記載の固体高分子形燃料電池。
【0010】
<A1> 片面又は両面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなる多孔金属ガス拡散層。
<A2> 前記メッシュ状の多孔金属シートが、ステンレス、又はチタン若しくはチタン合金からなる<A1>に記載の多孔金属ガス拡散層。
<A3> 前記高導電性物質が、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、チタン(Ti)、スズ(Sn)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、コバルト(Co)又は炭素(C)である<A1>または<A2>に記載の多孔金属ガス拡散層。
<A4> 前記メッシュ状の多孔金属シートの厚みが、20μm以上300μm以下である<A1>から<A3>のいずれかに記載の多孔金属ガス拡散層。
<A5> 前記高導電性物質が、アークプラズマ蒸着によって多孔金属シートに固着された<A1>から<A4>のいずれかに記載の多孔金属ガス拡散層。
【0011】
<B1> 片面又は両面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなる多孔金属ガス拡散層の製造方法であって、
前記高導電性物質の固着を、アークプラズマ蒸着法によって行う工程を有する多孔金属ガス拡散層の製造方法。
<B2> 前記メッシュ状の多孔金属シートが、前記メッシュ状の多孔金属シートが、ステンレス、又はチタン若しくはチタン合金からなる<B1>に記載の多孔金属ガス拡散層の製造方法。
<B3> 前記高導電性物質が、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、チタン(Ti)、スズ(Sn)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、コバルト(Co)又は炭素(C)である<B1>または<B2>に記載の多孔金属ガス拡散層の製造方法。
<B4> 前記メッシュ状の多孔金属シートの厚みが、20μm以上300μm以下である<B1>から<B3>のいずれかに記載の多孔金属ガス拡散層の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、多孔金属ガス拡散層を備えた固体高分子形燃料電池及び多孔金属ガス拡散層が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の固体高分子形燃料電池の構造概略図である。
【
図4】金属未固着のステンレスメッシュシート(SUS316 977mesh)の微細構造観察結果である。
【
図5】Au固着のステンレスメッシュシートの微細構造観察結果であり、(a)は蒸着1000回(片面500回ずつの両面、ガス拡散層4)、(b)は蒸着10000回(片面5000回ずつの両面固着、ガス拡散層6)、である。
【
図6】ガス拡散層1(Au固着、片面(MEA側))、ガス拡散層1(Au固着、片面(セパレータ側))、ガス拡散層4(Au固着、両面)、比較例(未固着)及び参考例(カーボンペーパー)を使用したPEFC単セルの電流電圧特性の評価結果である。
【
図7】ガス拡散層1(Au固着、片面(MEA側))、ガス拡散層1(Au固着、片面(セパレータ側))、ガス拡散層4(Au固着、両面)、比較例(未固着)及び参考例(カーボンペーパー)を使用したPEFC単セルのオーミック過電圧の評価結果である。
【
図8】ガス拡散層1(Au固着、片面(MEA側))、ガス拡散層1(Au固着、片面(セパレータ側))、ガス拡散層1(Au固着、片面(セパレータ側))、ガス拡散層4(Au固着、両面)、比較例(未固着)及び参考例(カーボンペーパー)を使用したPEFC単セルの濃度過電圧の評価結果である。
【
図9】ガス拡散層1(Au固着、片面(MEA側))、ガス拡散層1(Au固着、片面(セパレータ側))、ガス拡散層4(Au固着、両面)、比較例(未固着)及び参考例(カーボンペーパー)を使用したPEFC単セルの活性化過電圧の評価結果である。
【
図10】ガス拡散層4(Au固着、両面)、ガス拡散層10,12(Sn固着、両面)、比較例(未固着)及び参考例(カーボンペーパー)を使用したPEFC単セルの電流電圧特性の評価結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について例示物等を示して詳細に説明するが、本発明は以下の例示物等に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において任意に変更して実施できる。なお、本明細書において、「~」とはその前後の数値又は物理量を含む表現として用いるものとする。
【0015】
本発明の固体高分子形燃料電池は、固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソード触媒層と、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノード触媒層と、を有する膜電極接合体と、前記カソード触媒層とアノード触媒層のそれぞれに積層された一対のガス拡散層と、前記ガス拡散層を介して前記膜電極接合体を挟持する一対のセパレータと、を備え、
前記一対のガス拡散層の少なくとも一方が、片面又は両面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなる多孔金属ガス拡散層であることを特徴とする。
【0016】
図1は本発明の固体高分子形燃料電池の構造概略図、
図2はカソード側の説明図である。PEFCのガス拡散層に求められる主な機能としては、固体高分子電解質膜の保湿と電極触媒層からの排水、電極触媒層とセパレータの間の電子伝導、そしてガス輸送がある。従来、これらの機能を満たす材料として、ポリアクリロニトリル系の炭素繊維が用いられている。しかしながら、ポリアクリロニトリル系炭素繊維は軽さや化学的安定性に優れている一方で、金属材料等と比較して高価かつ機械的強度や導電性が低いという欠点がある。また、ガス拡散層の電極触媒層に接する面に、より細孔が細かい層であるマイクロポーラス層(MPL)を製膜して、集電性や保水性を制御することも多い。
また、特に厚さが1mm程度のPEFCの中において、厚さ0.2mm程度の炭素繊維系ガス拡散層は両電極に隣接して2枚使われているが、炭素繊維系の材料は導電性の低さや薄板化に伴う機械的強度の低下、コストの高さなどを課題として有している。
【0017】
本発明のガス拡散層は、機械的強度や導電性に優れる多孔金属シートから構成されるため、厚さを20μm程度まで薄くすることができ、ガス拡散層に起因する電気抵抗を低減することができる。特に固体高分子形燃料電池は、通常、その基本構成である単セルを発電性能に応じた基数を積層し、燃料電池スタックとして使用されるため、従来の炭素繊維系ガス拡散層に代えて、メッシュ状の多孔金属シートからなる多孔金属ガス拡散層とすることで、燃料電池スタックの厚みを大幅に低減することが可能となる。
【0018】
さらに高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートを配置することにより、高導電性物質を固着していない多孔金属シートを使用した場合と比較して、過電圧が低減し、発電特性(IV特性)に優れる。
【0019】
なお、本明細書において、「高導電性物質の固着」は、メッシュ状の多孔金属シートを構成する金属線の表面に、高導電性物質が容易に脱離(剥離)しない程度に固定されていることを意味する。固着された高導電性物質の形態は、本発明の目的を損なわない限り、薄膜状、島状、粒子状等の形態をとりうるが、薄膜状であることが好ましい。
【0020】
高導電性物質の固着は、本発明の目的を損なわない限り任意の方法を用いることができるが、アークプラズマ蒸着法で行われることが好ましい。アークプラズマ蒸着については詳細後述する。
【0021】
高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートからなる多孔金属ガス拡散層は、カソード側とアノード側の片方、又は両方に配置することができる。
【0022】
本発明の固体高分子形燃料電池の第1の態様は、カソード側及びアノード側に配置する多孔金属ガス拡散層の少なくとも一方として、片面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートを使用した態様である。
多孔金属ガス拡散層として、片面固着の多孔金属シートを使用する場合、当該多孔金属ガス拡散層を、前記高導電性物質が固着された一方面が前記カソード触媒層及び/又は前記アノード触媒層に接触し、前記高導電性物質が固着されていない他方面が前記セパレータに接触するように配置してもよい。
このように片面固着の多孔金属シートを、膜電極接合体の電極触媒層(カソード触媒層及び/又はアノード触媒層)に高導電性物質が固着された面が接触するように配置すると、後述の実施例に示されるように、高導電性物質未固着の多孔金属シートの場合と比較して、過電圧(特に活性化過電圧、濃度過電圧)が低減し、発電特性(IV特性)に優れる。
また、多孔金属ガス拡散層として、片面固着の多孔金属シートを使用する場合、当該多孔金属ガス拡散層を、前記高導電性物質が固着された一方面が前記セパレータに接触し、前記高導電性物質が固着されていない他方面が前記カソード触媒層及び/又は前記アノード触媒層に接触するように配置してもよい。
このように片面固着の多孔金属シートを、セパレータに高導電性物質が固着された面が接触するように配置すると、後述の実施例に示されるように、高導電性物質未固着の多孔金属シートの場合と比較して、過電圧(特にオーミック過電圧)が低減し、発電特性(IV特性)に優れる。
【0023】
本発明の固体高分子形燃料電池の第2の態様は、カソード側及びアノード側に配置する多孔金属ガス拡散層の少なくとも一方として、両面に高導電性物質が固着されたメッシュ状の多孔金属シートを使用した態様である。
多孔金属ガス拡散層として、両面固着の多孔金属シートを使用する場合、当該多孔金属ガス拡散層を、前記高導電性物質が固着された一方面が前記カソード触媒層及び/又は前記アノード触媒層に接触し、前記高導電性物質が固着された他方面を前記セパレータに接触するように配置する。
このように両面固着の多孔金属シートを配置すると、高導電性物質が固着された面が電極触媒層(カソード触媒層、アノード触媒層)側とセパレータ側の両方に接触することになり、高導電性物質が片面に固着された多孔金属シートを使用した場合と比較して、より過電圧(オーミック過電圧、活性化過電圧、濃度過電圧)が低減し、さらに発電特性(IV特性)に優れる。
【0024】
以下、本発明の固体高分子形燃料電池の構成要素について説明する。
なお、本発明に係る固体高分子形燃料電池において、本発明のガス拡散層以外の構成要素については、公知の固体高分子形燃料電池と同様である。
【0025】
(多孔金属ガス拡散層)
本発明の固体高分子形燃料電池に使用されるガス拡散層は、片面又は両面に高導電性物質による蒸着が施されたメッシュ状の多孔金属シートからなる多孔金属ガス拡散層(以下、「本発明のガス拡散層」と称する場合がある。)である。
【0026】
本発明のガス拡散層は、固体高分子形燃料電池のガス拡散層として好適である。
【0027】
本明細書において、「メッシュ状の多孔金属シート」は、金属の細線を編んで形成されたシート状の部材であり、その編まれた細線の間の空間が金属メッシュを厚さ方向に貫通する貫通空間(貫通孔)となる。
なお、本明細書において、「メッシュ状の多孔金属シート」を、「メッシュメタルシート」と同義で使用する場合がある。また、単に「多孔金属シート」と記載する場合がある。
【0028】
本発明のガス拡散層を構成する金属としては、PEFCの運転条件で十分な耐久性と電子伝導性を併せ持つ金属を選択すればよい。
ここで、本明細書において、PEFCの運転条件は、PEFCのカソード条件及びアノード条件の両方を含む。PEFCのカソード条件とは、PEFCの通常運転時のカソードにおける条件であり、温度が室温~150℃程度、空気等の酸素を含むガスが供給される条件(酸化雰囲気)を意味し、アノード条件とは、PEFCの通常運転時のアノードにおける条件であり、温度が室温~150℃程度、水素を含む燃料ガスが供給される条件(還元雰囲気)を意味する。
【0029】
本発明のガス拡散層において、メッシュメタルシートからなるシート状多孔体の材質は、本発明の目的を損なわない限り制限はないが、好適には、ステンレス(例えば、SUS304、SUS316、SUS316L、SUS340)、金属Ti(チタン)またはTi合金が挙げられる。
【0030】
メッシュメタルシートの厚みや貫通孔の孔径、孔密度、大きさは、本発明の目的を損なわず、強度が保てる範囲で適宜設計すればよい。好適には、メッシュメタルシートは、150~2300メッシュ、線径が10μm以上150μm以下、厚みが20μm以上300μm以下である。
【0031】
メッシュメタルシートは自作しても市販品を使用してもよい。
【0032】
高導電性物質は、上記のメッシュ状の多孔金属シート(メッシュメタルシート)の片面又は両面に固着され、当該多孔金属シートの導電性を向上させる。また、詳細な理由は現在のところ明確でないが、実施例に示すように、各種過電圧を低減させる効果を有する。
【0033】
高導電性物質としては、本発明の目的を損なわない限り限定されず、多孔金属シートと同じ物質を用いても、異なった物質を用いてもよいが、好ましくは多孔金属シートを構成する金属よりも導電性が高い物質を使用することが好ましい。
高導電性物質としては、具体的には、例えば、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、チタン(Ti)、スズ(Sn)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、コバルト(Co)又は炭素(C)等が挙げられ、好適には金(Au)、チタン(Ti)、スズ(Sn)、タンタル(Ta)又はコバルト(Co)である。この中でも、金(Au)は、導電性に優れる共に、実施例に示すように、各種過電圧を低減させる効果を有するため好ましい。
【0034】
また、高導電性物質の固着量は、本発明の目的を損なわない範囲で決定される。高導電性物質の固着量が少なすぎると、メッシュメタルシートの導電性や過電圧改善効果がほとんど得られないおそれがある。
【0035】
高導電性物質をメッシュメタルシートに固着させる方法としては、蒸着法が好ましく、特にアークプラズマ蒸着法が好ましい。
メッシュ状の多孔金属シートを構成する金属線の表面は酸化膜が形成されている場合があるが、アークプラズマ蒸着の際にプラズマにより酸化膜を貫通し、酸化膜が残存した状態であっても金属線に直接高導電性物質を固着させることができるため、導電性が向上する。
【0036】
図3にアークプラズマ蒸着装置の概念図を示す。アークプラズマ蒸着装置の動作原理を簡単に説明すると、トリガー電極より沿面放電により電子を発生させてトリガーをかけ、外部のコンデンサに充填させた電荷を一気にカソード電極に放電させて、ターゲットをプラズマにして被固着対象物に飛来・付着(固着)させる。この充放電の繰り返し動作のため、被固着対象物への蒸着粒子の付着は間欠的に行われる。
アークプラズマ蒸着法では、電子の発生にガスを用いず、超高真空環境を保つことができ、プラズマのイオン化率が高く、ターゲットを構成する原材料と同様の組成の蒸着粒子を被固着対象物に密着性よく固着することができる。
【0037】
アークプラズマ蒸着装置としては、市販の装置を使用することができ、例えば、実施例で使用したアークプラズマ成膜装置を挙げることができる。
【0038】
ターゲットは、上述した高導電性物質の構成原料からなり、アークプラズマ蒸着法に適した形状(例えば、ペレット状)に加工して使用される。
【0039】
以下、本発明の固体高分子形燃料電池における本発明のガス拡散層以外の構成要素について説明するが、本発明のガス拡散層以外は、公知の固体高分子形燃料電池と同様であるため、簡略に説明する。
【0040】
本発明の固体高分子形燃料電池を構成する膜電極接合体(MEA)は、固体高分子電解質膜と、前記固体高分子電解質膜の一方面に接合されたカソード触媒層と、前記固体高分子電解質膜の他方面に接合されたアノード触媒層と、を有する。
【0041】
アノード触媒層及びカソード触媒層は従来公知の電極触媒層(例えば、貴金属微粒子を担持した炭素系担体、貴金属微粒子を担持した酸化物担体等からなる電極触媒層等)を利用できるため、詳細な説明を省略する。
【0042】
固体高分子電解質膜としては、プロトン伝導性を有し、化学的安定性及び熱的安定性を有するものであれば公知のPEFC用電解質膜を用いればよい。固体高分子電解質膜を構成する電解質材料としては、フッ素系電解質材料、炭化水素系電解質材料が挙げられる。特にフッ素系電解質材料で形成されている電解質膜が、耐熱性、化学的安定性などに優れているため好ましい。
【0043】
セパレータとしては、公知のセパレータを用いることができ、例えば、金属製セパレータ、カーボン製セパレータ等が挙げられる。
【0044】
本発明の固体高分子形燃料電池(単セル)は、発電性能に応じた基数だけ積層された燃料電池スタックが形成され、ガス供給装置、冷却装置などその他付随する装置を組み立てることにより使用される。
【0045】
以上、本発明の実施形態について述べたが、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。特に、今回開示された実施形態において、明示的に開示されていない事項、例えば、燃料電池の運転条件、各種パラメータ、構成物の寸法、重量、体積などは、当業者が通常実施する範囲を逸脱するものではなく、通常の当業者であれば、容易に想定することが可能な値を採用することができる。
【0046】
また、本発明の固体高分子形燃料電池において、ガス拡散層として、メッシュ状の多孔金属シートの片面又は両面に高導電性物質が固着して使用しているが、これらに代えて以下を使用することができる。
【0047】
(自立型マイクロポーラス層)
本発明の自立型マイクロポーラス層は、従来のMPL付の炭素繊維系ガス拡散層で使用されている、マイクロポーラス層(MPL)で使用する材料(例えば、カーボンブラック(90重量%程度)、テフロン(10重量%程度)の混合物)に、メッシュ状の多孔金属シートを埋設させたものである。
このようにメッシュ状の多孔金属シートを埋設する構成を有することにより、本発明の自立型マイクロポーラス層は、マイクロポーラス層(MPL)の厚み(20~120μm程度)であっても、十分な機械的強度と、導電性、撥水性を有するため、これを電極触媒層と、セパレータの間に配置することによって、PEFCの高性能化が図れる。また、カーボンブラックの一部をカーボンナノチューブ(10重量%程度)に置換することで、集電性とガス拡散性をさらに高めることができる。
【0048】
(金属繊維シート)
本発明の金属繊維シートは、片面又は両面に高導電性物質が固着された金属繊維シートである。「金属繊維シート」は、多数の金属繊維を所定の圧縮方向に圧縮することで成形されるシート状多孔体である(例えば、特開2013-78556号公報、特開2021-75795号公報参照)。金属繊維としてはチタンまたはチタン合金を使用できる。金属繊維シートは自作しても市販品を使用してもよい。
【0049】
金属繊維シートを構成する金属繊維の繊維径、アスペクト比、厚み、空隙率は、本発明の目的を損なわず、強度が保てる範囲で適宜設計すればよい。例えば、繊維径10~50μm、アスペクト比、厚さ30~200μm、空隙率50~80%である。
【0050】
高導電性物質は、上記の金属繊維シートの片面又は両面に固着される。高導電性物質をメッシュメタルシートに固着させる方法としては、蒸着法が好ましく、特にアークプラズマ蒸着法が好ましい。
【0051】
高導電性物質としては、具体的には、例えば、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、チタン(Ti)、スズ(Sn)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、コバルト(Co)又は炭素(C)等が挙げられる。また、高導電性物質の固着量は、本発明の目的を損なわない範囲で決定される。
【実施例0052】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0053】
<1.金属固着ガス拡散層の作製>
(ステンレスメッシュシート)
以下のガス拡散層1~12の製造には、ステンレスメッシュシートとして、株式会社ニラコ ステンレスSUS316/金網(977mesh、品番788977)を使用した。
図4にステンレスメッシュシートの外観写真を示す。当該ステンレスメッシュシートは、一層の綾織メッシュにより構成されており、線径φ13μm、厚さ28μmである。
【0054】
ガス拡散層1:(Au、片面、アークプラズマ蒸着回数500回)
ターゲットとしてAu(10mmφ×17mmペレット)を用いて、アークプラズマ成膜装置(アルバック理工株式会社、型番:APD-1P-N2-S)により、上記ステンレスメッシュシートの片面(一方面)に対して、アークプラズマ蒸着(電圧:100V、圧力:10-3Pa、充放電周波数:3Hz)を500回行い、ステンレスメッシュシートの片面にAuが蒸着されたガス拡散層1を得た。
【0055】
ガス拡散層2:(Au、片面、アークプラズマ蒸着回数2000回)
Au固着量をアークプラズマ蒸着回数2000回にした以外はガス拡散層1と同じ方法で、ステンレスメッシュシートの片面にAuが蒸着されたガス拡散層2を得た。
【0056】
ガス拡散層3:(Au、片面、アークプラズマ蒸着回数5000回)
Au固着量をアークプラズマ蒸着回数5000回分にした以外はガス拡散層1と同じ方法で、ステンレスメッシュシートの片面にAuが蒸着されたガス拡散層3を得た。
【0057】
ガス拡散層4:(Au、両面、アークプラズマ蒸着回数1000回)
ステンレスメッシュシートの両面に、Au固着を行った以外はガス拡散層1と同じ方法で、ステンレスメッシュシートの両面にアークプラズマ蒸着回数1000回(片面500回ずつで合計1000回)のAuが蒸着されたガス拡散層4を得た。
【0058】
ガス拡散層5:(Au、両面、アークプラズマ蒸着回数4000回)
Au固着量をアークプラズマ蒸着回数4000回(片面2000回ずつで合計4000回)にした以外はガス拡散層4と同じ方法で、ステンレスメッシュシートの両面にAuが蒸着されたガス拡散層5を得た。
【0059】
ガス拡散層6:(Au、両面、アークプラズマ蒸着回数10000回)
Au固着量をアークプラズマ蒸着回数10000回(片面5000回ずつで合計10000回)にした以外はガス拡散層4と同じ方法で、ステンレスメッシュシートの両面にAuが蒸着されたガス拡散層6を得た。
【0060】
ガス拡散層7:(Sn、片面、アークプラズマ蒸着回数500回)
ターゲットとしてSn(10mmφ×17mmペレット)を用いて、アークプラズマ成膜装置(アルバック理工株式会社、型番:APD-1P-N2-S)により、上記ステンレスメッシュシートの片面(一方面)に対して、アークプラズマ蒸着(電圧:100V、圧力:10-3Pa、充放電周波数:3Hz)を500回行い、ステンレスメッシュシートの片面にSnが蒸着されたガス拡散層7を得た。
【0061】
ガス拡散層8:(Sn、片面、アークプラズマ蒸着回数2000回)
Sn固着量をアークプラズマ蒸着回数2000回にした以外はガス拡散層7と同じ方法で、ステンレスメッシュシートの片面にSnが蒸着されたガス拡散層8を得た。
【0062】
ガス拡散層9:(Sn、片面、アークプラズマ蒸着回数5000回)
Sn固着量をアークプラズマ蒸着回数5000回分にした以外はガス拡散層7と同じ方法で、ステンレスメッシュシートの片面にSnが蒸着されたガス拡散層9を得た。
【0063】
ガス拡散層10:(Sn、両面、アークプラズマ蒸着回数1000回)
ステンレスメッシュシートの両面に、Sn固着を行った以外はガス拡散層7と同じ方法で、ステンレスメッシュシートの両面にアークプラズマ蒸着回数1000回(片面500回ずつで合計1000回)のSnが蒸着されたガス拡散層10を得た。
【0064】
ガス拡散層11:(Sn、両面、アークプラズマ蒸着回数4000回)
Sn固着量をアークプラズマ蒸着回数4000回(片面2000回ずつで合計4000回)にした以外はガス拡散層10と同じ方法で、ステンレスメッシュシートの両面にSnが蒸着されたガス拡散層11を得た。
【0065】
ガス拡散層12:(Sn、両面、アークプラズマ蒸着回数10000回)
Sn固着量をアークプラズマ蒸着回数10000回(片面5000回ずつで合計10000回)にした以外はガス拡散層10と同じ方法で、ステンレスメッシュシートの両面にSnが蒸着されたガス拡散層12を得た。
【0066】
作製したガス拡散層1~12の微細構造観察を行ったところ、ステンレスメッシュの表面に薄膜状のAuが固着していた。代表例として、
図5(a)にガス拡散層4(蒸着1000回(片面500回ずつの両面固着)、
図5(b)にガス拡散層6(蒸着10000回(片面5000回ずつの両面固着)のSEM像を示す。
【0067】
<2.電気抵抗及び電気抵抗率の評価>
1cm四方の各種金属GDLを、同形状のカーボンペーパー(EC-TPI-060T, ElectroChem Inc., Raynhan MA, USA)2枚の間に挟み込み、フルセル評価用治具に挟んで電気抵抗率の測定評価を行った。まず電気化学特性評価装置を用いた電気化学インピーダンス(EIS)測定によって各種金属GDLの電気抵抗を測定し、GDL厚さをもとに電気抵抗率を算出した。また、算出結果を各種金属材料の物性値と比較し評価した。装置内部の加湿や昇温は行わず、いずれの測定も常温・常圧で行った。
【0068】
表1に、ガス拡散層1~12の電気抵抗の測定結果、及び各ガス拡散層の厚み、並びに電気抵抗及び厚みから算出した電気抵抗率を示す。なお、表1には比較例のガス拡散層として、未蒸着処理のステンレスメッシュシート(SUS316、977mesh)、参考例のガス拡散層として、ガス拡散層として汎用されているカーボンペーパー(EC-TPI-060T, ElectroChem Inc., Raynhan MA, USA)についても併せて示す。
なお、表1の蒸着量は、アークプラズマ蒸着回数から推定される参考値である。
【0069】
また、ガス拡散層に使用されている各種金属(Au,Sn、ステンレス(SUS316))及びカーボンの電気抵抗率(物性値)を表2に示す。
【0070】
【0071】
【0072】
表1に示す通り、Au又はSnを片面又は両面に蒸着したステンレスメッシュシート(ガス拡散層1~12)では、いずれも未蒸着のステンレスメッシュシート(比較例)と比較してガス拡散層の電気抵抗、及び電気抵抗率(電気抵抗と厚みから算出)が小さくなった。
【0073】
Auを片面に蒸着したガス拡散層1~3、Snを片面に蒸着したガス拡散層7~9ではアークプラズマ蒸着回数(充放電回数)を、500回、2000回、5000回と増加させると、ガス拡散層の電気抵抗(及び電気抵抗率)が小さくなった。特にAuはSnと比較してガス拡散層の電気抵抗(及び電気抵抗率)の低減効果が大きいことがわかった。
一方で、Auを片面に固着したガス拡散層では蒸着回数2000回で、電気抵抗率(算出値)が0.806Ωcmとなり、蒸着回数を増加(5000回)させてもそれ以上の電気低減効果は認められず、カーボンペーパー(参考例)の電気抵抗率(0.181Ω・cm)より大きい値であった。
【0074】
Auを両面に蒸着したガス拡散層4~6では、Auを片面に固着したガス拡散層1~3と比較して電気抵抗(及び電気抵抗率)の低減効果が大きかった。Auを両面に固着する場合、アークプラズマ蒸着回数が少なくても電気抵抗(及び電気抵抗率)の低減効果が大きく、蒸着回数1000回(片面500回)であっても、電気抵抗率は0.169Ωcmであり、カーボンペーパー(参考例)とほぼ同等にまで低く抑えられた。
【0075】
Snを固着したステンレスメッシュシート(ガス拡散層7~12)は、Au固着ステンレスメッシュシート(ガス拡散層1~6)ほど電気抵抗率は低下しなかったものの、片面固着(ガス拡散層7~9)より両面固着(ガス拡散層10~12)の方が、電気抵抗率は低く抑えられ、アークプラズマ蒸着回数の増加に伴って、電気抵抗率は低く抑えられた。
【0076】
これらの結果から、多孔質金属GDLの表面に高導電性金属をコーティングさせることによって電気抵抗が低減することが認められ、特に高導電性金属の両面固着により、電気抵抗が大幅に低減(導電性が大幅に向上)することが確認された。
Au固着(両面)の場合、蒸着1000回(片面500回ずつ)で十分な導電性を有し、Sn固着(両面)では、蒸着10000回(片面5000回ずつ)で導電性向上が見込めると判断した。
【0077】
なお、表1に示す通り、カーボンペーパーの電気抵抗と厚みから算出した電気抵抗率(0.181Ω・cm)は、同様に算出したステンレスメッシュシート(SUS316 977mesh)の電気抵抗率(27.8Ω・cm)の1%以下であった。
一方、表2に示すように、物性値としてのカーボンの電気抵抗率(1.60×10-3Ω・cm)であり、ステンレス(SUS316)の電気抵抗率(7.71×10-5Ω・cm)の20倍以上大きい。このことから、ステンレスメッシュシート表面の接触抵抗が電気抵抗率の増加に大きく影響し、高導電性金属の固着によりこれが改善することが示唆された。
【0078】
<3.電気化学的評価(単セル、初期性能評価)>
下記構成のPEFC(単セル)を作製し、発電実験(IV測定)を行った。
(固体電解質膜)
ナフィオン膜(デュポン社製、ナフィオン212 厚さ51μm)
(アノード)
・電極触媒層: Pt/C 触媒(田中貴金属工業株式会社製)
・ガス拡散層:炭素繊維系ガス拡散層
(カソード)
・電極触媒層:Pt/C 触媒(田中貴金属工業株式会社製)
・ガス拡散層:ガス拡散層1,4(Au固着ステンレスメッシュシート)、ガス拡散層10,12(Sn固着ステンレスメッシュシート)
【0079】
測定対象のPEFC(単セル)を組み込んだ単セル発電評価用治具(自作)を80℃に設定した恒温槽内に設置し、以下の条件で発電試験を行った。なお、燃料電池評価装置(東陽テクニカ社製、型番:PE-8900K)およびポテンショ/ガルバノスタット(Solatron社製、型番:SI1287)を用いた。
(アノード条件)
電極面積:1cm2
供給ガス種 :100% H2
ガス供給速度 :139mL/分
供給ガス加湿温度 :80℃(相対湿度:100%)
(カソード条件)
電極面積:1cm2
供給ガス種 :Air
ガス供給速度 :332mL/分
供給ガス加湿温度 :80℃(相対湿度:100%)
【0080】
(Au固着多孔金属GDL(ガス拡散層1,4)を用いたPEFCの電気化学評価)
Au固着多孔金属GDLであるガス拡散層1(片面、蒸着回数500回)、ガス拡散層4(両面、蒸着回数1000回)をカソード側GDLとして用いたPEFC(単セル)を用いて電気化学評価を行った(3回測定)。
また、比較のため、比較例のガス拡散層(未蒸着処理のステンレスメッシュシート(SUS316、977mesh)、参考例のガス拡散層(カーボンペーパー(EC-TPI-060T, ElectroChem Inc., Raynhan MA, USA))についても同様に評価を行った。
【0081】
図6に電流-電圧(IV)特性の結果を示す。
図6に示す通り、Auを片面又は両面に固着したガス拡散層を用いたPEFCはいずれも比較例(未蒸着のステンレスメッシュシート)より優れたIV特性を示した。特にAuを両面に固着したガス拡散層4は、カーボンペーパー(参考例)に匹敵する性能を示した。
【0082】
図7にオーミック過電圧、
図8に濃度過電圧、
図9に活性化過電圧の結果を示す。
なお、オーミック過電圧は、セル全体の電気抵抗に相当し、濃度過電圧は、電極における反応物質および反応生成物の補給・除去が遅くなることにより電極反応が阻害されることに基づく過電圧であり、活性化過電圧は反応物質の活性化に消費されるエネルギーに相当する過電圧に相当する。
【0083】
図7に示す通り、Auを両面に固着したガス拡散層4、Auを片面に固着したガス拡散層1(Au固着面をセパレータ側に配置)については、比較例(未蒸着のステンレスメッシュシート)と比較してオーミック過電圧が低減し、カーボンペーパー(参考例)と同等の性能を示した。これに対し、ガス拡散層1(Au固着面をMEA側に配置)の場合は、比較例と比較してオーミック過電圧の低減効果が小さかった。
このように、Auを片面に固着したステンレスメッシュシートにおけるAu固着面をMEA側とセパレータ側のいずれかの面に配置することでもオーミック過電圧の低減効果が認められた。
【0084】
一方、
図8に示す通り、Auを片面に固着したガス拡散層1(Au固着面をセパレータ側に配置)では、低電流密度域(800 mA cm
-2未満)においても濃度過電圧の増加が顕著に認められた。これに対し、Auを片面に固着したガス拡散層1(Au固着面をMEA側に配置)では、セパレータ側に配置した場合と比較して、濃度過電圧の増加は小さかった。また、Auを両面に固着したガス拡散層4(Au固着面をMEA側及びセパレータ側に配置)では、濃度過電圧は標準セルに用いられているカーボンペーパー(参考例)と同程度であった。
【0085】
また、
図9に示すように、活性化過電圧に関しても、Auを片面に固着したガス拡散層1(Au固着面をMEA側に配置)では、セパレータ側に配置した場合と比較して、活性化過電圧が低減した。
【0086】
Au固着面をMEA側に配置したガス拡散層1、Auを両面に固着したガス拡散層4(Au固着面をMEA側及びセパレータ側に配置)について活性化過電圧の低減効果が認められ、特にガス拡散層4の活性化過電圧はカーボンペーパー(参考例)と同程度であった。
【0087】
表3に、ガス拡散層1、ガス拡散層4及び比較例のガス拡散層における電流密度500mAcm-2における活性化過電圧をまとめて示す。
【0088】
【0089】
以上の結果から、Au固着面をMEA側に配置することにより、MEA側表面に存在するAuより触媒層とGDL間の接触抵抗が低減することでMEAの触媒層(カソード触媒層)中の触媒がより有効に利用され、電極反応に関連する過電圧(活性化過電圧、濃度過電圧)の低減に寄与していると判断した。
【0090】
<3-2.Sn固着多孔金属GDLを用いたPEFCの電気化学評価>
Sn固着多孔金属GDLであるガス拡散層10(両面、蒸着回数1000回)、ガス拡散層12(両面、蒸着回数10000回)をカソード側GDLとして用いたPEFC(単セル)を用いて電気化学評価を行った。
図10に電流-電圧(IV)特性を示す。
図10には比較のため、ガス拡散層4(Au、両面、蒸着回数1000回)、比較例のガス拡散層(未蒸着処理のステンレスメッシュシートと、参考例のガス拡散層(カーボンペーパー)の結果も併せて示す。
図10に示す通り、Snを両面に固着したガス拡散層10,12を用いたPEFCはいずれも発電を行えることが確認され、Snの蒸着回数1000回のガス拡散層10では、比較例(未蒸着のステンレスメッシュシート)より性能が低かったが、蒸着回数10000回のガス拡散層12では、ガス拡散層4(Au、両面、蒸着回数1000回)にはおよばないものの、比較例より優れたIV特性を示した。