(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043828
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】ヒユ科の苗、その生産方法、及び、菌の培養材
(51)【国際特許分類】
A01G 7/00 20060101AFI20240326BHJP
A01G 24/23 20180101ALI20240326BHJP
C12N 1/14 20060101ALI20240326BHJP
【FI】
A01G7/00 605Z
A01G24/23
C12N1/14 C
C12N1/14 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022149029
(22)【出願日】2022-09-20
(71)【出願人】
【識別番号】000204985
【氏名又は名称】大建工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504203572
【氏名又は名称】国立大学法人茨城大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阿部 美聡
(72)【発明者】
【氏名】石黒 成紀
(72)【発明者】
【氏名】馬場 大輔
(72)【発明者】
【氏名】成澤 一彦
【テーマコード(参考)】
2B022
4B065
【Fターム(参考)】
2B022AA01
2B022AB11
2B022AB13
2B022AB17
2B022BA14
2B022BA18
2B022EA10
4B065AA58X
4B065BB03
4B065BB08
4B065BC50
4B065CA47
(57)【要約】
【課題】ヒユ科の苗を安定して生育できるようにする。
【解決手段】堆肥化されていない針葉樹の木材砕片に、硫酸鉄およびクエン酸を含有させることによって改質処理した木質培地を主体とする培養材で、Cladophialophora chaetospiraに属する菌を培養する。培養材は、堆肥化されていない針葉樹の木材をエクストルーダーで砕くことによって爆砕処理した木質培地を主体としてもよい。これら培養材を用いてヒユ科の植物の育苗を行う。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cladophialophora chaetospiraに属する菌を培養するための培養材であって、
堆肥化されていない針葉樹の木材砕片に、硫酸鉄およびクエン酸を含有させることによって改質処理した木質培地を主体とした、培養材。
【請求項2】
Cladophialophora chaetospiraに属する菌を培養するための培養材であって、
堆肥化されていない針葉樹の木材をエクストルーダーで砕くことによって爆砕処理した木質培地を主体とした、培養材。
【請求項3】
請求項1または2に記載の培養材において、
前記菌が、受領番号:NITE AP-03738の菌である、培養材。
【請求項4】
ヒユ科の苗であって、
Cladophialophora chaetospiraに属する菌が根に接種されている、ヒユ科の苗。
【請求項5】
請求項4に記載のヒユ科の苗において、
前記菌が、受領番号:NITE AP-03738の菌である、ヒユ科の苗。
【請求項6】
ヒユ科の苗の生産方法であって、
前記苗の根に、Cladophialophora chaetospiraに属する菌を接種するステップを含む、ヒユ科の苗の生産方法。
【請求項7】
請求項6に記載のヒユ科の苗の生産方法において、
前記ステップで、前記菌が培養された状態の所定の培養材を用いて育苗する処理を行う、ヒユ科の苗の生産方法。
【請求項8】
請求項7に記載のヒユ科の苗の生産方法において、
堆肥化されていない針葉樹の木材砕片に、硫酸鉄およびクエン酸を含有させることによって改質処理した木質培地を、前記所定の培養材に用いる、ヒユ科の苗の生産方法。
【請求項9】
請求項7に記載のヒユ科の苗の生産方法において、
堆肥化されていない針葉樹の木材をエクストルーダーで砕くことによって爆砕処理した木質培地を、前記所定の培養材に用いる、ヒユ科の苗の生産方法。
【請求項10】
請求項6に記載のヒユ科の苗の生産方法において、
前記ステップで、前記菌を含む水溶液を前記苗の根に付着させる処理を行う、ヒユ科の苗の生産方法。
【請求項11】
請求項6~9のいずれか1つに記載のヒユ科の苗の生産方法において、
前記菌に、受領番号:NITE AP-03738の菌を用いる、ヒユ科の苗の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
開示する技術は、ヒユ科の苗(移植前の幼い植物)、その生産方法、及び、その苗の生産に好適な菌の培養材に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒユ科の植物には、例えば、ホウレンソウ、フダンソウ、アマランサス、甜菜などが有る。ホウレンソウは、食材として広く利用されている。フダンソウ、アマランサスも、ホウレンソウほどではないが、食材として利用されている。
【0003】
甜菜は、サトウダイコンとも言われるように、砂糖(甜菜糖)の原料として利用されている。甜菜は、サトウキビと異なり、比較的寒さに強いことから、主に寒冷地で栽培されている。ヒユ科の植物には、センニチコウやケイトウなどもある。
【0004】
ところで、土壌には、細菌や真菌などの多種多様な微生物が棲息している。そして、植物の多くは、これら微生物と互いに補完し合いながら共生していることが知られている。
【0005】
このような共生微生物の利用により、特定の植物の成長を促進させたり、病害や環境への耐性を付与したりすることが行われている。その代表例として、VA菌根菌が広く知られている。
【0006】
VA菌根菌が植物に感染すると、その植物にVA菌根が形成される。VA菌根の形成により、栄養素の吸収性の改善、病害や環境への耐性の発現などの効果が認められる。そのため、VA菌根菌の植物栽培への利用については、これまでも様々な検討が行われている(特許文献1、非特許文献1)。
【0007】
開示する技術に関し、トマト苗に、根部エンドファイト(NITE AP-01933の受領番号を有するVeronaeopsis simplexに属する菌に属する菌株)を接種することにより、放射性セシウムの吸収を抑制する技術が開示されている(特許文献2)。エンドファイトとは、特定の植物の成長を促進させたり、病害や環境への耐性を付与したりできる共生微生物のことである。
【0008】
本出願人は、農業や園芸等に好適な木質培土について開発を行っており、これまでも様々な技術を開示している。例えば、特許文献3では、クエン酸鉄アンモニウムを含有させることで、植物が良好に生育できる木質培土(堆肥化していない木材を素材とした培土)が得られることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特公平7-61257号公報
【特許文献2】特許第6315195号公報
【特許文献3】特許第6469142号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】小川 眞著,「VA菌根とその働き」,森林立地XXX(2),1988,P57-65
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
VA菌根菌は、多くの植物に感染してVA菌根を形成するが、一部の限られた植物に対しては、ほとんど感染せずにVA菌根も形成しないことが知られている。
【0012】
例えば、特許文献1には、VA菌根菌が感染し難い植物として、アブラナ科、アカザ科の植物が挙げられている(現在、アカザ科はヒユ科に統合されており、ヒユ科アカザ亜科となっている)。
【0013】
また、非特許文献1には、VA菌根を作らない草本植物として、イラクサ科、タデ科、アカザ科、ヒユ科、ツルナ科、スベリヒユ科、ナデシコ科、アブラナ科が挙げられている。
【0014】
すなわち、上述した、ホウレンソウなどのヒユ科の植物は、VA菌根菌を有効活用することは難しい。そのため、ヒユ科の苗は、その生育条件の影響により、生育が不安定になるおそれがある。
【0015】
例えば、塩類濃度の高い土壌でホウレンソウの苗を栽培すると、塩類の濃度障害によって生育が阻害され易いし、異常気象等によってこれらの苗が高温に曝されると、温度障害によって生育が阻害される場合がある。
【0016】
ところで、真菌には、Cladophialophora chaetospira(以下、C.chaetospiraともいう)という属に分類される菌が存在する。C.chaetospiraに属する菌は、エンドファイトとしての利用の可能性が考えられる。
【0017】
そのため、C.chaetospiraに属する菌は、実験的に単離されてはいるが、ピートモスを主体とした一般的な有機培地では、菌糸が伸長し難い、つまり培養が難しいという課題がある。C.chaetospiraに属する菌の実用化につながる培養方法や活用方法については、充分に検討できていないのが現状である。
【0018】
そこで、開示する技術の主たる目的は、安定した生育を実現できるヒユ科の苗を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
開示する技術の1つは、Cladophialophora chaetospiraに属する菌を培養するための培養材に関するものであり、堆肥化されていない針葉樹の木材砕片に、硫酸鉄およびクエン酸を含有させることによって改質処理した木質培地を主体とすることを特徴とする。また、堆肥化されていない針葉樹の木材をエクストルーダーで砕くことによって爆砕処理した木質培地を主体としてもよい。
【0020】
上述したように、C.chaetospiraに属する菌は、ピートモスを主体とした一般的な有機培地では、菌糸が伸長し難いのに対し、本発明者らは、これら改質処理品又は爆砕処理品の培養材であれば、菌糸が伸長し易い、つまり効率的に培養できることを見出した。
【0021】
しかも、これら改質処理品又は爆砕処理品の培養材は、堆肥化されていない木材を主体としているので、必要な時に必要な量を短時間で取得できる。つまり扱い易く、利便性に優れる。
【0022】
開示する技術の他の1つは、ヒユ科の苗に関するものであり、Cladophialophora chaetospiraに属する菌が根に接種されていることを特徴とする。
【0023】
詳細は後述するが、ヒユ科の苗の根に、C.chaetospiraに属する菌を接種することで、耐塩性が付与される効果が認められた。すなわち、ヒユ科の苗は、C.chaetospiraに属する菌を有効活用できる。
【0024】
ヒユ科の苗の根が、C.chaetospiraに属する菌に感染すれば、耐塩性が付与される効果だけでなく、様々な耐性の付与効果も期待できる。従って、従来の栽培方法では良好な生育を示さない生育条件でも、ヒユ科の苗を安定して生育させることができる可能がある。
【0025】
開示する技術のまた他の1つは、ヒユ科の苗の生産方法に関するものであり、前記苗の根に、C.chaetospiraに属する菌を接種するステップを含むことを特徴とする。
【0026】
前記ステップでは、前記菌が培養された状態の所定の培養材を用いて育苗する処理を行ってもよいし、前記菌を含む水溶液を前記苗の根に付着させる処理を行ってもよい。
【0027】
いったん、これら苗の根にC.chaetospiraに属する菌が感染してしまえば、その後は、この菌との共生により、成長促進や耐性付与などの有利な効果を得ることが可能になる。
【0028】
前記所定の培養材には、上述した改質処理品又は爆砕処理品を用いるのが好ましい。そうすれば、扱い易いうえに、C.chaetospiraに属する菌を効率的に培養できる。
【0029】
上述した菌は、本発明者らによって所定機関に寄託された、受領番号:NITE APー03738の菌であってもよい。
【0030】
この菌であれば、ヒユ科の苗に有効なC.chaetospira属の菌として特定されており、入手も可能である。従って、開示する技術を容易に適用できる。
【発明の効果】
【0031】
開示する技術によれば、不適切な生育条件でも、ヒユ科の苗を安定して生育させることができるので、ホウレンソウ等の食用植物や、ケイトウ等の観賞植物の生育性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】菌糸の伸長速度の測定方法を説明するための図である。
【
図2】菌糸の伸長速度の測定結果をまとめたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、開示する技術を説明する。ただし、以下の説明は本質的に例示に過ぎない。
【0034】
<ヒユ科の苗、C.chaetospiraに属する菌>
本発明者らは、C.chaetospiraに属する菌に着目し、ヒユ科の苗に、C.chaetospiraに属する菌を接種する試験を行った。
【0035】
その結果、高塩濃度の過酷な条件下においても、この苗において、成長促進効果が認められた。その具体的な試験内容について説明する。
【0036】
(菌の準備)
C.chaetospiraに属する菌は、真菌である。C.chaetospiraに属する菌には、複数の菌株が存在する。そのうち、入手可能な特定の菌株として、「MNB12」と称する菌株(「MNB12菌株」ともいう)、「H4007」と称する菌株(「H4007菌株」ともいう)、および「OGR3」と称する菌株(「OGR3菌株」ともいう)がある。
【0037】
「MNB12菌株」は、本発明者らが発見したものであり、本発明者らによって独立行政法人製品評価技術基盤機構の特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託されている(受領日:2022年8月30日、受領番号:NITE AP-03738)。
【0038】
「H4007菌株」は、農業生物資源ジーンバンクに、MAFF番号238955で登録されている。「OGR3菌株」も、同様に、MAFF番号238957で登録されている。従って、これら3種の菌株は所定の機関を通じて入手できる。
【0039】
試験には、これら3種の菌株、すなわちMNB12菌株、H4007菌株、および、OGR3菌株を使用した。
【0040】
(菌の調製)
コーンミールアガー:8.5g、麦芽エキス:10g、酵母エキス:1.0g、寒天:10.5gを水1Lに溶解したものを、高圧蒸気滅菌処理(121℃、20分)した後、20mLずつ滅菌シャーレに分注し、寒天培地を作製した。これら寒天培地に、菌を接種し、培養チャンバーにて25℃の温度下で2週間培養した。
【0041】
(基材の調製)
代表的な真菌であるキノコ類は、針葉樹の「おがこ(切り屑)」に、米糠などを添加した培養材を用いた菌床栽培によって量産化されている。ところが、本発明者らが試験したところ、堆肥化されていない針葉樹のおがこを主体とするその培養材では、菌床栽培と同様に配合しても、C.chaetospiraに属する菌(例えばMNB12菌株)は良好に培養できなかった。
【0042】
また、おがこの代替物として、ピートモスが使用される場合がある。そこで、おがこをピートモスに代えてみたが、ピートモスを主体とした培養材でも、C.chaetospiraに属する菌(例えばMNB12菌株)は、良好に培養できなかった。
【0043】
そこで、本発明者らは、新たな培養材について検討した結果、針葉樹の木材を砕いて形成された木材砕片に、微量の硫酸鉄および微量のクエン酸を含有させ、それによって木材砕片を改質することで、C.chaetospiraに属する菌の培養に好適な木質培地が得られることを見出した。
【0044】
試験では、培養材の基材として、その木質培地をサンプルに使用した(実施例1)。具体的には、カッターミルを用いて、杉の端材を切削粉砕した。4mmのメッシュで篩に掛け、そのメッシュを通過した、4mm以下のサイズの木材の粉砕物(木材砕片)を取得した。なお、ここでのメッシュサイズの定義は、JIS Z 8801-1に規定される試験用ふるいの公称目開き同等のものをいう。
【0045】
得られた木材砕片に対し、改質処理を行い、上述した木質培地を作製した。その改質処理では、木材砕片の絶乾重量に対し、硫酸鉄七水和物を0.15wt%、クエン酸を0.02wt%、炭酸水素アンモニウムを0.10wt%、炭酸カリウムを0.10wt%、界面活性剤を0.30wt%、それぞれ添加した。
【0046】
本発明者らはまた、堆肥化されていない針葉樹の木材をエクストルーダーで砕くことによって爆砕することでも、C.chaetospiraに属する菌の培養に好適な木質培地が得られることを見出した。
【0047】
試験では、培養材の基材として、その木質培地を使用した(実施例2)。すなわち、杉の端材をエクストルーダーで砕くことによって爆砕処理を行い、上述した木質培地を作製した。エクストルーダーで処理することにより、杉の端材は、高圧下で粉砕ないし摩砕した後、大気圧下に排出される。その結果、カッターミル等の切断による粉砕とは異なった状態の木質培地が得られる。
【0048】
試験ではまた、比較例として、改質処理を行わないで粉砕しただけの木材砕片をサンプルとした(比較例1)。また、培養材の基材としては一般的なピートモス(株式会社エマタ製無調整ピートモス)も比較例のサンプルとした(比較例2)。
【0049】
(培養材の調製)
実施例および比較例の各サンプルに対し、所定量の栄養材(糠)および水分を添加することにより、培養材を調製した。具体的には、各サンプルに所定の割合で米糠、ふすま(小麦の糠)を混合し、所定量の水を加えた。
【0050】
詳細には、MNB12菌株およびH4007菌株用の各サンプルでは、サンプル:米糠:ふすまが、6:2:2(体積比)となるよう混合した。その混合物に加水することにより、含水率が絶乾重量に対して215%となるように水分調整した。
【0051】
OGR3菌株用のサンプルでは、サンプル:米糠:ふすまが、8:1:1(体積比)となるよう混合した。その混合物に加水することにより、含水率が絶乾重量に対して195%となるように水分調整した。
【0052】
そうして得た各サンプル(培養材)を、オートクレーブで高圧蒸気滅菌処理(121℃40分)した後、30mLずつ滅菌シャーレに分取し、試験に供した。
【0053】
(菌の接種、培養)
寒天培地での培養で形成されたコロニーから、柄付針で、直径約5mmの大きさで菌塊および寒天培地を切り出し、各サンプルの表面に載置することで菌を接種した。菌を接種した各サンプルを、培養チャンバーにて、25℃の温度条件下で15日間、培養した。
【0054】
(菌糸の伸長速度の測定、結果)
図1に示すように、培養後、各サンプルの滅菌シャーレの蓋に、コロニーの略中心の上で直交するように2本の基準線を設定した。これら基準線に基づき、
図1に矢印で示すようにして、コロニーの直径を測定した。
【0055】
初期値(接種時の菌塊の直径)と培養期間(15日)から、各サンプルでの、一日あたりの菌糸の平均伸長速度(mm/日)を算出した。比較例2についてはMNB12菌株のみ実施した。その結果を
図2に示す。
【0056】
MNB12菌株の場合、比較例1(改質処理していない木質培地)では、菌糸の平均伸長速度は0.31(mm/日)であった。また、比較例2(ピートモス)では、0.08(mm/日)となり、ほぼ菌糸の伸長は見られなかった。
【0057】
それに対し、実施例1(改質処理した木質培地)では、菌糸の平均伸長速度は0.63(mm/日)以上となった。また、実施例2(爆砕処理した木質培地)では、菌糸の平均伸長速度は0.71(mm/日)以上となった。
【0058】
H4007菌株の場合、比較例1では、菌糸の平均伸長速度は0.76(mm/日)であった。それに対し、実施例1では、菌糸の平均伸長速度は0.86(mm/日)以上となった。また、実施例2では、菌糸の平均伸長速度は0.81(mm/日)以上となった。
【0059】
OGR3菌株の場合、比較例1では、菌糸の平均伸長速度は0.41(mm/日)であった。それに対し、実施例1では、菌糸の平均伸長速度は0.46(mm/日)以上となった。また、実施例2では、菌糸の平均伸長速度は0.53(mm/日)以上となった。
【0060】
程度の差は認められるものの、いずれの菌株においても、実施例の方が比較例よりも菌糸伸長速度が増加した。この試験結果から、改質処理又は爆砕処理した木質培地を基材とする培養材を用いることにより、C.chaetospiraに属する菌を、明らかに良好に培養できることが確認された。
【0061】
(菌の大量培養)
菌を接種する培養材を増量することにより、大量のC.chaetospiraに属する菌を培養することができる。つまり、C.chaetospiraに属する菌や、その培養材などの実用化が可能になる。
【0062】
例えば、上述したのと同様に、木質培地:米糠:ふすまが、6:2:2(体積比)または8:1:1(体積比)となるように培養材を調整し、その培養材をガラス瓶等、高温高圧滅菌が可能な容器に入れる。その容器に密閉しない程度に蓋を載せた状態で、高圧蒸気滅菌処理(121℃90分)する。冷却後、培養材に菌を接種する。
【0063】
約25℃に保持できる清潔な場所において、その容器を密閉しない状態で静置する。そうして、28日間以上培養すれば、C.chaetospiraに属する菌が増殖した大量の培養材を得ることができる。
【0064】
(ヒユ科の苗への菌の接種)
ヒユ科の苗に、C.chaetospiraに属する菌を接種する試験を行った。
【0065】
C.chaetospiraに属する各菌が増殖した培養材を、滅菌したミルサーで十分に粉砕混合した後、滅菌した所定の有機培養土に対して、体積比で10%となるように、培養材を添加した。これを試験用の培養土とした(実施例)。
【0066】
具体的には、MNB12菌株を用いた培養土を「実施例1」とし、H4007菌株を用いた培養土を「実施例2」とし、OGR3菌株を用いた培養土を「実施例3」とした。そして、無菌の培養材を添加したものをコントロールとした(比較例)。
【0067】
試験では、ヒユ科の植物として、ホウレンソウ(Spinacia oleracea)、テンサイ(Beta vulgaris ssp. vulgaris)、 アマランサス(Amaranthus cruentus)を使用した。
【0068】
これら各種の種子を準備し、その種子を各培養土に移植した。それにより、各実施例では苗に菌を接種した。
【0069】
(栽培試験1)
MNB12菌株を用いた培養土(実施例1)に関して、ホウレンソウの栽培試験を行った。
【0070】
種子を播いた各サンプル(培養土)は、25℃の恒温条件下で、3週間栽培した。栽培期間中、栽培用のLEDライトを用いて点灯および消灯を定期的に繰り返すことで、日照時間が14時間となるように設定した。
【0071】
栽培試験では、植物に高塩濃度ストレスを与えた。具体的には、ホウレンソウを、25℃の恒温条件下で栽培し発芽させた。そして、本葉が開葉した時点で、所定濃度の塩化ナトリウム水溶液(17.5g/L)を50mL与えた。更に、本葉が開葉した時点の1週間後にも、先と同じ濃度の塩化ナトリウム水溶液を50mL与え、本葉の開葉から2週間栽培した。
【0072】
(栽培試験結果)
栽培試験の結果を、
図3に示す。
図3に示す数値は、栽培後の各サンプルの苗の成長量を示している。具体的には、試験終了時において、各サンプルにおける8つの個体の各々の地上部分の乾燥重量を計測した。その計測値の平均値(乾燥重量平均値)をもって成長量とした。
【0073】
図3に示すように、ホウレンソウの場合、実施例の成長量は459.8mgであったのに対し、比較例の成長量は217.5mgであった。
【0074】
ホウレンソウの試験において、比較例よりも実施例の方が、苗の成長が促進されることが確認された。
【0075】
(栽培試験2)
各菌株を用いた培養土(実施例1~3)に関して、ホウレンソウを含めたヒユ科の植物の栽培試験を行った。
【0076】
種子を播いた各サンプル(培養土)は、25℃の恒温条件下で、4週間栽培した。栽培期間中、栽培用のLEDライトを用いて点灯および消灯を定期的に繰り返すことで、日照時間が14時間となるように設定した。
【0077】
栽培試験では、植物に高塩濃度ストレスを与えた。具体的には、各植物を、25℃の恒温条件下で栽培し発芽させた。そして、本葉が開葉した時点で、所定濃度(17.5g/L)の塩化ナトリウム水溶液を50mL与えた。更に、本葉が開葉した時点の1週間後には、植物に23.3g/Lの濃度で塩化ナトリウム水溶液を50mL与え、播種から4週間栽培した。
【0078】
(栽培試験結果)
図4に、栽培試験結果を示す。
図4は、栽培後における各サンプルの苗の比較例に対する成長促進率(%)を表している(比較例の乾燥重量平均値に対する実施例の乾燥重量平均値の百分率)。
【0079】
図4に示すように、ホウレンソウの場合、実施例1~3の各々における成長促進率は、それぞれ192%、119%、199%であった。テンサイの場合、実施例1~3の各々における成長促進率は、それぞれ112%、140%、123%であった。アマランサスの場合、実施例2~3の各々における成長促進率は、それぞれ319%、209%であった(実施例1は未実施)。
【0080】
このように、C.chaetospiraに属する菌を、ヒユ科の苗の根に接種することにより、菌株によって程度の差は認められるものの、高塩濃度の過酷な条件下においても、ヒユ科の苗の成長が促進されるということが実証された。ヒユ科の苗の根を、C.chaetospiraに属する菌に感染させれば、ヒユ科の苗の成長促進効果だけでなく、ヒユ科の苗に様々な耐性を付与する効果も期待できる。
【0081】
従って、C.chaetospiraに属する菌を苗の根に接種するステップを含む方法により、不適切な生育条件でも、ヒユ科の苗を、安定して生育させることが可能になる。
【0082】
<ヒユ科の苗の生産方法の具体例>
上述した試験結果に基づけば、栽培前や栽培中のタイミングで、ヒユ科の苗、例えば、ホウレンソウなどの根にC.chaetospiraに属する菌を接種すればよい。
【0083】
いったん、これらの苗の根にC.chaetospiraに属する菌が感染してしまえば、その後は菌との共生により、成長促進や耐性付与などの有利な効果を得ることが可能になる。苗の根にC.chaetospiraに属する菌を接種する方法としては、様々考えられる。
【0084】
例えば、上述した培養材を使用すれば、C.chaetospiraに属する菌を、安価で大量に培養することが可能になる。特に上述した培養材の場合、その基材が木材砕片であるため、そのままの状態で栽培資材として利用できる利点がある。
【0085】
そして、苗は、ポットや育苗箱を用いて育苗する場合が多いので、ポットや育苗箱に、C.chaetospiraに属する菌が培養された状態の培養材を単独で、または他の培養材とともに充填し、そこにヒユ科の植物の種をまいたり、ヒユ科の植物の苗を植えたりして育苗してもよい。そうすれば、従来と同じようにヒユ科の植物を育苗するだけで、C.chaetospiraに属する菌を、ヒユ科の苗の根に接種することができる。
【0086】
また、大量に培養したC.chaetospiraに属する菌を用いて、C.chaetospiraに属する菌を高濃度で含む水溶液(菌液)を作製し、その菌液にヒユ科の苗の根を浸漬して、菌液をその根に付着させる処理を行ってもよい。この場合も、大量の苗に簡単に菌を接種できる。