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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024043880
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】月経前症候群の重症度の予測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/497 20060101AFI20240326BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240326BHJP
【FI】
G01N33/497 Z
G01N33/50 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022149106
(22)【出願日】2022-09-20
(71)【出願人】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】505195384
【氏名又は名称】国立大学法人奈良国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤井 敏雄
(72)【発明者】
【氏名】森田 悠治
(72)【発明者】
【氏名】松浦 希実
(72)【発明者】
【氏名】矢野(森本) 恵子
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CB09
2G045DA02
2G045DA28
2G045DA29
2G045DA74
(57)【要約】
【課題】月経前症候群の重症度を予測する非侵襲的な方法の提供。
【解決手段】被験者の皮膚から放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物の量を指標として、被験者の血中エストロゲン濃度および/または月経前症候群の重症度を予測する方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の皮膚から一定時間内に放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物の量を指標として、被験者の血中エストロゲン濃度および/または月経前症候群の重症度を予測する方法。
【請求項2】
被験者の肘の内側または腋の皮膚から放散される生体ガスを対象とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
被験者の皮膚から放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物として、エチルメルカプタン、デカナール、プロパノール、2-エチル-1-ヘキサノール、およびオクタン酸から選択される1種以上の化合物の量を測定することを含む、被験者の血中エストロゲン濃度を予測する、請求項1記載の方法。
【請求項4】
被験者の皮膚から放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物として、2-デカノン、アセトン、2-エチル-1-ヘキサノール、2-ヘキサノン、デカン酸、ノナン酸、酢酸、2-ノナノン、γ-ヘキサノラクトン、2-ヘキセナールおよび2-オクタノンから選択される1種以上の化合物の量を測定することを含む、被験者の月経前症候群の重症度を予測する、請求項1記載の方法。
【請求項5】
月経周期の異なる時点での、皮膚から放散される1種以上の化合物の量を測定し、その量の変化に基づいて月経前症候群の重症度を予測する、請求項1記載の方法。
【請求項6】
月経周期の異なる時点が、月経後(排卵前期)と黄体中期または月経後(排卵前期)と月経前(黄体後期)の2つの時点である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
被験者の皮膚から放散される化合物の量の変化の実測値を予測変数とし、月経前症候群の重症度を応答変数とするOrthogonal Partial Least Squares(OPLS)法または Partial Least Squares(PLS)法を用いて予測モデルを作製し、予測モデルに基づいて被験者の月経前症候群の重症度を予測する、請求項5記載の方法。
【請求項8】
被験者の肘の内側の皮膚から放散される2-デカノン、アセトン、2-エチル-1-ヘキサノール、2-ヘキサノン、デカン酸、ノナン酸および酢酸から選択される1種以上の化合物の量を測定することを含む、請求項4~7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
被験者の腋の皮膚から放散されるアセトン、2-ノナノン、ノナン酸、γ-ヘキサノラクトン、2-ヘキセナールおよび2-オクタノンから選択される1種以上の化合物の量を測定することを含む、請求項4~7のいずれか1項記載の方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者の皮膚から生体ガスとして放散される1種以上の化合物の量を指標として、被験者の月経前症候群の重症度を予測する方法に関する。本発明はまた、被験者の皮膚から放散される1種以上の化合物の量を指標として、被験者の血中エストロゲン濃度を予測する方法に関する。
【0002】
具体的には、本発明は、被験者の皮膚から放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物の量を指標として被験者の血中エストロゲン濃度および/または月経前症候群の重症度を予測することを特徴とする。
【背景技術】
【0003】
月経は思春期から閉経までの期間、女性ホルモンの変動によって生じる女性共通の生理現象である。多くの女性は月経周期に依存して様々な体調変化を経験し、これを月経随伴症状と呼ぶ。
【0004】
月経随伴症状のうち、月経前症候群(Premenstrual Syndrome、以下本明細書においてPMSと記載する)は、月経前にたとえば、発汗、ほてり、下腹部痛などの身体症状、いらいらなどの精神症状、人につらくあたってしまうなどの社会症状などが起こり、月経が始まる事で急速に消失していく症状を指す。その頻度は全女性の50~80%にのぼり、約5~7%は治療が必要と感じているとの報告がある。PMSは黄体期(排卵から月経までの期間)の後半にエストロゲンとプロゲステロンが急激に低下し、脳内のホルモンや神経伝達物質の異常を引き起こすことが原因と考えられている。
【0005】
PMSの治療法としては、薬物療法であれば経口避妊薬などの女性ホルモン薬や消炎鎮痛薬の投与が行われ、非薬物療法であれば患者自身が自分のリズムを知って気分転換やリラックスすること、あるいはハーブ類、カルシウム、マグネシウムなどの食品を摂取するなどのセルフケアを行うことも重要とされている(非特許文献1)。
【0006】
また、女性は一般的に40代後半になると卵巣機能の低下により、エストロゲンおよびプロゲステロンの分泌量が低下する。エストロゲンの分泌低下は卵胞刺激ホルモンの過剰な分泌を引き起こし、ホットフラッシュ、ほてり、のぼせなどの更年期症状をもたらす。更年期にみられる様々な症状の中で器質的変化に起因しない症状を更年期症状と呼び、その中で日常生活に支障を来すものが更年期障害と呼ばれる。更年期障害の治療としては、薬物療法であれば、エストロゲン製剤を投与するホルモン補充療法、漢方薬を用いる漢方療法、向精神薬投与などが行われ、非薬物療法としてカウンセリング、各種心理療法などが行われる(非特許文献2および3)。
【0007】
一方、体臭や口臭として知られる皮膚ガスや呼気ガスなどの生体ガスには多様な揮発性化学成分が含まれることが知られている。生体ガスの成り立ちには体内の代謝や環境からの外来因子、皮膚表面における微生物的・化学的反応などが複雑に関わっているが、その組成は年齢やストレス、特定の疾病などにより変化することが報告されている。生体ガスは非侵襲的に測定できることから、疾病の早期診断や健康状態のリアルタイム計測など、健康分野への応用が検討されている(特許文献1、非特許文献4および5)。しかしながら、これまでに、PMSや更年期症状の評価に関して、生体ガスとの関連で検討されたことはなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2019/008973
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】白土等、昭和学士会誌、第77巻、第4号、360-366頁、2017年
【非特許文献2】高松、女性心身医学、第19巻、第2号、170頁、平成26年11月
【非特許文献3】大坪、女性心身医学、第24巻、第3号、294-298頁、2020年3月
【非特許文献4】関根等、臨床環境医学、第25巻、第2号、69-75頁、2016年
【非特許文献5】川上等、室内環境、第21巻、第1号、19-30頁、2018年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
PMSなどの月経随伴症状や更年期症状による体調不良は、その発症時期や症状の重さの個人差が非常に大きいため、他の一般的な疾病との区別や重症度に関し自ら判断するのは難しい場合がある。また、これらの月経随伴症状には、簡易かつ客観的な生化学指標、生理学指標がないことが自らによる判断を困難にしており、それによって、医療機関の受診機会を逃しやすいという問題がある。客観的な指標として、エストロゲンやプロゲステロン等の女性ホルモンの血中濃度や、基礎体温などの体温測定が使用されることもあるが、前者は医師による採血と診断が必要であり、後者は変化が微細であるため、自らが判断するための手段としては難しく十分でない。
簡便、非侵襲かつ客観的な指標が確立できれば、女性の月経随伴症状に関する、自己判断やセルフマネジメントが大きく改善され、現代における女性のQOLの改善に大きく役立つと考えられる。従って、本発明は、PMSの重症度を予測する方法、特に非侵襲的な方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、皮膚ガス成分の種類および放散量を月経周期と関連づけて分析し、それによりPMSや更年期症状など、月経に関連する体調変化の評価に利用する可能性について種々検討した。
【0012】
その結果、皮膚ガス中に含まれる成分の量が、月経周期によって変動すること、その変化が血中エストロゲン濃度と相関性を有すること、更にPMSの重症度とも相関すること等を見出し、本発明を完成するに到った。
【0013】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1. 被験者の皮膚から一定時間内に放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物の量を指標として、被験者の血中エストロゲン濃度および/または月経前症候群の重症度を予測する方法。
2. 被験者の肘の内側または腋の皮膚から放散される生体ガスを対象とする、上記1記載の方法。
3. 被験者の皮膚から放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物として、エチルメルカプタン、デカナール、プロパノール、2-エチル-1-ヘキサノール、およびオクタン酸から選択される1種以上の化合物の量を測定することを含む、被験者の血中エストロゲン濃度を予測する、上記1または2記載の方法。
4. 被験者の皮膚から放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物として、2-デカノン、アセトン、2-エチル-1-ヘキサノール、2-ヘキサノン、デカン酸、ノナン酸、酢酸、2-ノナノン、γ-ヘキサノラクトン、2-ヘキセナールおよび2-オクタノンから選択される1種以上の化合物の量を測定することを含む、被験者の月経前症候群の重症度を予測する、上記1または2記載の方法。
5. 月経周期の異なる時点での、皮膚から放散される1種以上の化合物の量を測定し、その量の変化に基づいて月経前症候群の重症度を予測する、上記1、2または4記載の方法。
6. 月経周期の異なる時点が、月経後(排卵前期)と黄体中期または月経後(排卵前期)と月経前(黄体後期)の2つの時点である、上記5記載の方法。
7. 被験者の皮膚から放散される化合物の量の変化の実測値を予測変数とし、月経前症候群の重症度を応答変数とするOrthogonal Partial Least Squares(OPLS)法または Partial Least Squares(PLS)法を用いて予測モデルを作製し、予測モデルに基づいて被験者の月経前症候群の重症度を予測する、上記5記載の方法。
8. 被験者の肘の内側の皮膚から放散される2-デカノン、アセトン、2-エチル-1-ヘキサノール、2-ヘキサノン、デカン酸、ノナン酸および酢酸から選択される1種以上の化合物の量を測定することを含む、上記4~7のいずれか記載の方法。
9. 被験者の腋の皮膚から放散されるアセトン、2-ノナノン、ノナン酸、γ-ヘキサノラクトン、2-ヘキセナールおよび2-オクタノンから選択される1種以上の化合物の量を測定することを含む、上記4~7のいずれか記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、皮膚ガス中の成分を分析することで、被験者のPMSの重症度、並びに血中エストロゲン濃度を予測することができるため、被験者のQOLの向上につなげることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】月経周期に連動して設定した試験日を示す。月経期(M期):月経開始から7日目までのうちの1日、排卵前期(P期):次回月経予定日の17日前から排卵日検査薬(新ドゥーテストLH、ロート製薬(株))を使用し、試験責任医師が陽性と判定した翌日、黄体中期(ML期):排卵前期の実績からおよそ7日後の1日、黄体後期(LL期):次回月経予定日のおよそ3日前の1日。
図2-1】Kruskal-Wallis 法で月経周期間に有意傾向以上の差が認められた肘からの皮膚ガスを示す。横軸:月経周期、縦軸:皮膚ガス放散量(ng cm-2 h-1)。Steel-Dwass 検定結果:† p < 0.10、* p < 0.05、** p < 0.01。
図2-2】図2-1の続き。
図3】Kruskal-Wallis 法で月経周期間に有意傾向以上の差が認められた腋からの皮膚ガスを示す。横軸:月経周期、縦軸:皮膚ガス放散量(ng cm-2 h-1)。Steel-Dwass 検定結果:† p < 0.10、* p < 0.05。
図4】血中エストラジオール(E2)と有意な相関のあった肘からの皮膚ガスの散布図を示し、点線は近似曲線である。横軸:血中エストラジオール濃度(pg / ml)、縦軸:皮膚ガス放散量(ng cm-2 h-1)。R2:決定係数。
図5】血中エストラジオール(E2)と有意な相関のあった腋からの皮膚ガスの散布図を示し、点線は近似曲線である。横軸:血中エストラジオール濃度(pg / ml)、縦軸:皮膚ガス放散量(ng cm-2 h-1)。R2:決定係数。
図6】血中プロゲステロン(PRG)と有意な相関のあった肘からの皮膚ガスの散布図を示し、点線は近似曲線である。横軸:血中プロゲステロン濃度(ng / ml)、縦軸:皮膚ガス放散量(ng cm-2 h-1)。R2:決定係数。
図7】血中プロゲステロン(PRG)と有意な相関のあった腋からの皮膚ガスの散布図を示し、点線は近似曲線である。横軸:血中プロゲステロン濃度(ng / ml)、縦軸:皮膚ガス放散量(ng cm-2 h-1)。R2:決定係数。
図8】血中エストラジオール(E2)濃度の皮膚ガス放散量(肘、ng cm-2 h-1)からの予測値(pg / ml)および実測値(pg / ml)。R2:決定係数。
図9】血中プロゲステロン(PRG)濃度の皮膚ガス放散量(肘、ng cm-2 h-1)からの予測値(ng / ml)および実測値(ng / ml)。R2:決定係数。
図10】皮膚ガス(肘)から、OPLSにより予測したPMS重症度スコアと実際のPMS重症度スコアの比較を示す。横軸:OPLSによるPMS重症度スコアの予測値、縦軸:PMS重症度スコア実測値。
図11】皮膚ガス(腋)から、OPLSにより予測したPMS重症度スコアと実際のPMS重症度スコアの比較を示す。横軸:OPLSによるPMS重症度スコアの予測値、縦軸:PMS重症度スコア実測値。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、被験者の皮膚から生体ガスとして放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物の量を指標として、被験者の血中エストロゲン濃度および/または月経前症候群の重症度を予測する方法に関する。
本発明の方法における対象となる被験者はヒトであり、月経を有する女性である。
【0017】
月経前症候群(PMS)とは、月経随伴症状のうち、月経前3~10日の間続く精神的あるいは身体的症状で、月経発来とともに減退ないし消失するものである(日本産婦人科学会編 産科婦人科用語集・用語解説集改訂第3版,日本産婦人科学会事務局,2013)。
【0018】
従来、PMSで生じる月経随伴症状およびその重症度の診断には、症状、American college of obstetricians and gynecologists practice、Menstrual Distress Questionnaire(MDQ、Moos RH.、Psychosom Med.、30:853-867、1968)、modified Menstrual Distress Questionnaire(mMDQ、小田川等、昭和医会誌、第68巻、第3号、155-161頁、2008)などが用いられている。mMDQは、MDQを日本人に合うよう改良されたものである(白土等、昭和学士会誌、第77巻、第4号、369-366頁、2017も参照されたい)。本発明の方法は、これらの従来法に代えて、または従来法と組み合わせて使用することができる。
【0019】
本発明の方法は、被験者の皮膚から放散される生体ガス中の成分の存在及び量を検出/測定することを特徴とする。一般に、生体ガスには呼気ガスと皮膚から放散されるいわゆる「皮膚ガス」が含まれるが、本発明の方法の測定対象は皮膚ガスに限られる。
【0020】
本発明における皮膚ガスの捕集方法は、皮膚表面から放散されるガスを捕集できるものであれば限定されないが、たとえば、捕集剤からなる捕集体(なお、本明細書において、捕集用途を有する素材の性質を述べる際には捕集剤と、その素材の一定量からなる集合体は捕集体と、捕集体と捕集のために必要な部品を組み合わせたものを捕集装置と表記することがある。)を皮膚に一定時間固定して捕集する方法が環境ガスの影響を小さくできる点で好ましく、この場合も捕集剤を皮膚に密着させない方法が汗等の影響を小さくする点で好ましい。
【0021】
捕集剤を皮膚に固定する時間は、測定しようとする皮膚ガスの放散量等によって異なるが、使用する皮膚ガス捕集剤が捕集されたガスで飽和しない範囲の時間であれば限定されない。たとえば、皮膚ガスを十分に捕集しつつ被験者の負担を重くしない観点から、5分以上、10分以上、15分以上、20分以上、30分以上、1時間以上、1.5時間以上が好ましく、8時間以下、6時間以下、3時間以下、1時間以下が好ましい。捕集部位は皮膚が露出している部位であればいずれの部位でもよいが、たとえば、ガスを十分に捕集しつつ被験者の負担を重くしない観点から、前腕、肘の内側、腋、膝の裏側、首の後ろ側、腹が好ましく、肘の内側、腋がより好ましい。
【0022】
本発明の方法は、限定するものではないが、一例として、特許第4654045号に記載されたような皮膚ガス捕集装置を用いて皮膚ガスを捕集するPassive Flux Sampler(PFS)法を利用することができる。そのような皮膚ガス捕集装置は、たとえばジーエルサイエンス株式会社やAIREX株式会社から入手することができる。また皮膚ガスの分析をAIREX株式会社、ヒューマン・メタボローム・テクノロジー社に委託して行うこともできる。
【0023】
本発明の方法において測定対象となる化合物は、皮膚から放散されて皮膚ガス中に含まれる様々な揮発性低分子化合物であって、特にアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物が含まれる。
【0024】
測定対象となるアルコール類としては、たとえばプロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール、2-エチル-1-ヘキサノール、デカノール等が挙げられる。
【0025】
測定対象となるアルデヒド類としては、プロパナール、ブタナール、ヘキサナール、2-ヘキセナール、ヘプタナール、デカナール、吉草酸アルデヒド、イソ吉草酸アルデヒド等が挙げられる。
【0026】
測定対象となる脂肪酸類としては、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、ヘキサン酸、3-ヒドロキシ-3-メチルヘキサン酸、3-メチル-2-ヘキセン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、7-オクテン酸、ノナン酸、デカン酸等が挙げられる。
【0027】
測定対象となるケトン類としては、アセトン、2-ヘキサノン、2-オクタノン、2-ノナノン、2-デカノン、2-ドデカノン、2-ペンタデカノン等が挙げられる。
測定対象となる硫黄化合物としては、メチルメルカプタン、エチルメルカプタン、アリルメルカプタン、アリルメチルジスルフィド等が挙げられる。
測定対象となるラクトン類としては、γ-ヘキサノラクトン等が挙げられる。
【0028】
ガス成分(化合物)の測定方法には、たとえば、特定のガス成分のみをセンサーで選択的に測定する方法、多様なガス成分をたとえばいったん捕集剤などで捕集したのちに、機器分析を行う方法などがある。ガス成分の捕集にもちいる捕集剤は、皮膚ガスの捕集ができるものであればいずれでもよいが、ガス成分の種類に合わせて異なるものを使い分けてもよい。たとえば、目的とする化合物の極性などに着目して選択することができる。本発明においては、たとえば、シリカ、セルロース、ニトロセルロース、繊維状活性炭等などからなるものを使用できる。シリカからなるものは、極性化合物の捕集にも優れ汎用性があり、その後に使う抽出溶媒が限定されにくいため好適に使用できる。なかでもシリカモノリス構造をもつものや、シリカノール基にC18鎖を結合させたものは好適である。
【0029】
特定のガス(化合物)をセンサーで選択的に測定する方法には、検出方法により、半導体式、接触燃焼式、電気化学式、赤外線式などが知られている。本発明に使用するセンサーは、目的のガスが測定できるものであれば限定されない。
【0030】
ガス成分の機器分析には、たとえば、ガス成分が捕集された捕集剤をガスクロマトグラフにセットして捕集剤にキャリアガスを通気し直接分析する方法や、捕集剤に捕集したガス成分を溶媒抽出してガスクロマトグラフィーや液体クロマトグラフィーで分析する方法などがある。溶媒抽出する場合、捕集剤に捕集したガスを定量的に抽出できる溶媒であればよく、たとえばジクロロメタンや二硫化炭素を使用することができる。本発明の方法ではこれらいずれの方法を使用してもよい。
【0031】
測定対象の化合物はいずれも構造及び性質が既知のものであり、したがってこれを同定および定量するための条件は、当業者であれば容易に決定することができる。
【0032】
皮膚ガスにおける各化合物の放散量は、捕集体に各化合物の既知量を添加して分析した検量線をもとに算出する。また、PFS法の場合、皮膚ガス中の各化合物の放散量(皮膚ガスとして放散された各化合物の量)は、捕集剤の表面積、捕集時間に相関する(たとえば、Scientific Reports, 2020 Jan 16;10(1):465. doi: 10.1038/s41598-019-57258-1を参照されたい)。すなわち、皮膚ガスとして放散された特定の化合物を定量するとき、たとえば以下の手順で進めることができる:
(1)PFS法により目的とする化合物の既知量を、一定の捕集体(特定の捕集剤についてその表面積を一定としたもの)に直接スパイクし、一定の条件で溶媒抽出する。次に、GC-MSなどの分析機器を用いて、一定の条件で分析し、分析機器のレスポンス強度と、抽出された化合物の量の関係式(検量線)を作成する。
(2)(1)と同じ形状からなるPFS法で捕集した皮膚ガス中の化合物について、同じ条件で抽出、分析し、(1)で作成した検量線から計算される化合物の量を、捕集剤の表面積および捕集時間で除した値を皮膚ガス中の放散量として算出する。
すなわち、得られた化合物の量は一定時間、一定皮膚面積あたりで皮膚ガスとして放散された化合物の量として表記することができる。
【0033】
一実施形態において、本発明の方法は、被験者の皮膚から放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物として、エチルメルカプタン、デカナール、プロパノール、2-エチル-1-ヘキサノール、およびオクタン酸から選択される1種以上、すなわち1種、2種、3種、4種または5種の化合物の量を測定することを含む、被験者の血中エストロゲン濃度を予測する、上記方法である。しかしながら、上記の化合物に加えて、他の化合物を合わせて測定しても良い。エストロゲンには、エストロン(E1)、エストラジオール(E2)およびエストリオール(E3)が存在するが、本発明の方法において特に適したエストロゲンはエストラジオールである。
本方法は、被験者の肘の内側または腋の皮膚から放散される生体ガスを対象として実施することが好適である。
【0034】
血中エストラジオール濃度は、被験者の年齢、月経周期における時期等により変動し得るが、おおよそ20~500pg/mlの範囲である。本発明者等は、被験者の皮膚から放散されるエチルメルカプタン、デカナール、プロパノール、およびオクタン酸の量は血中エストラジオール濃度と正の相関を示し、2-エチル-1-ヘキサノールの量は血中エストラジオール濃度と負の相関を示すことを確認した。これら化合物の量の変動を観察することは、血中エストラジオール濃度の変動の予測に繋がり、たとえば、年齢や月経周期に起因するような状態変化の自己把握に繋げることができる。
【0035】
別の実施形態において、本発明の方法は、被験者の皮膚から放散されるアルコール類、アルデヒド類、脂肪酸類、ケトン類、硫黄化合物、およびラクトン類から選択される1種以上の化合物として、2-デカノン、アセトン、2-エチル-1-ヘキサノール、2-ヘキサノン、デカン酸、ノナン酸、酢酸、2-ノナノン、γ-ヘキサノラクトン、2-ヘキセナールおよび2-オクタノンから選択される1種以上、すなわち1種、2種、3種、4種、5種、6種、7種、8種、9種、10種または11種の化合物の量を測定することを含む、被験者の月経前症候群の重症度を予測する、上記1または2記載の方法である。しかしながら、上記の化合物に加えて、他の化合物を合わせて測定しても良い。
本方法は、被験者の肘の内側または腋の皮膚から放散される生体ガスを対象として実施することが好適である。
【0036】
本明細書において、「月経前症候群」とは、月経前3~10日間に存在し、月経開始後に消失する抑うつ、怒り、不安などの情緒的症状、並びに頭痛、関節痛、腹部膨満感などの身体的症状を含み、「月経前症候群の重症度」は、限定するものではないが、たとえばこれらの症状が全体的に軽度であるか重度であるかを判定する尺度になり得る。
【0037】
重症度は被験者の主観による部分もあり、また相対的なものであって、具体的な数値として示すことは困難であるが、たとえばPMSの主観的症状評価法であるmodified Menstrual Distress Questionnaire (mMDQ)想起法について述べる。mMDQ想起法では、評価項目35項目に対するアンケート回答を点数化しその合計スコアの差分(以下、本段落においてスコアという。)で評価するものであり、被験者集団内におけるスコアの相対的位置によって重症度を評価することができる。
【0038】
たとえば、婦人科受診中の者や市販薬やサプリメントを服用する者を含む15~49歳の女性きわめて多数例を対象としたTanakaらの研究(International Journal of Women's Health 2014:6 11-23)では、mMDQスコアが上位10%であった者(スコアは215以上)をvery strong、上位10~25%であった者(スコアは148~214)をstrong、上位25~50%であった者(スコア103~147)をslightly strong、上位50%未満をmoderate and below(スコア102以下)としている。
【0039】
本発明の方法においても、限定するものではないが、便宜的にmMDQスコアが被験者集団の中央値以上である者を重症(たとえばスコアが26以上)、中央値未満を軽症とみなすことができる(たとえばスコアが26未満)。mMDQスコアの中央値は、被験者集団の性質によって異なり、Tanakaらの研究結果(被験者が15~49歳女性、婦人科受診中の者や市販薬・サプリメントを服用するものを含む)と本明細書の実施例(被験者が20歳代女性、医薬品・健康食品を服用しない者でありPMS症状の安定している者)では隔たりがある(中央値102vs26)。すなわち、スコアの中央値には被験者集団の背景が反映されること、本明細書の実施例における被験者は軽症の者が多かったことが理解される。さらに言えば、受診中の者や市販薬などを服用中の者を含まない集団においてはmMDQスコアが10~50程度、受診中の者や市販薬などを服用中の者を含む場合は50~150程度が、被験者集団内における中央値になり得る。したがって、重症度の評価においては、診察や治療の必要性を認識して医療機関で受診している患者を含む集団での相対的位置であるのか、PMS症状が安定し、特に治療等の必要性を認識していない被験者の集団での相対的位置であるのかに留意する必要がある。しかしながら、本発明の方法は、医療機関での受診に先立って実施可能な簡便、非侵襲かつ客観的なデータを取得できる方法であるため、受診の必要性を認識していない被験者も含めた女性全般を対象として月経前症候群の(相対的)重症度を判定・予測することが好ましい。
【0040】
本発明の方法において、被験者の皮膚から放散される上記の化合物の量を測定することにより、mMDQスコアとの相関関係が実証され、従って、主観的なスコアとしてではなく、実際に被験者の月経前症候群の重症度を推定可能なデータを取得することが可能である。さらに言えば、受診中の者や市販薬など服用中の者を含まない集団において、被験者皮膚から放散される上記化合物の量を測定することで、mMDQスコアとの相関関係がより明確に実証され、この集団において、月経前症候群の重症度がより明確に推定可能なデータとして取得されうる。また、たとえば、そのような被験者集団におけるmMDQスコアの中央値を基準値として予め取得しておくことで、特定の被験者が実際にmMDQスコアを計算することなく、本発明の方法によって月経前症候群の重症度の予測をすることができる。なお、本明細書において、mMDQスコアを「重症度スコア」または「PMS重症度スコア」と記載することがある。
【0041】
本方法は、限定するものではないが、好ましくは、月経周期の異なる時点での生体ガス中の1種以上の化合物の量を測定し、その変化に基づいて月経前症候群の重症度を予測することができる方法である。月経周期の異なる時点とは、特に限定するものではないが、たとえば月経後(排卵前期)と黄体中期、月経後(排卵前期)と月経前(黄体後期)、または黄体中期と月経前(黄体後期)の2つの時点とすることができる。好ましくは、月経後(排卵前期)と黄体中期、または月経後(排卵前期)と月経前(黄体後期)であり、より好ましくは月経後(排卵前期)と月経前(黄体後期)の2つの時点である。
【0042】
本方法はまた、得られた化合物の量を統計的に解析する方法を適用して月経前症候群の予測に使用することができる。解析方法としては既知の多様な多変量解析法が使用可能であり、その解析方法は、たとえば生体ガス中の上記化合物の濃度変化の実測値を予測変数とし、月経前症候群の重症度を応答変数とした、単回帰分析法、重回帰分析法、主成分分析法、主成分回帰分析法、Partial Least Squa(PLS)法、Orthogonal Partial Least Squares(OPLS)法、または機械学習法などを用いて予測モデルを作製し、予測モデルに基づいて被験者の月経前症候群の重症度を予測する方法とすることができる。
【0043】
より具体的には、本発明者等は、使用する解析方法において、月経前症候群の重症度スコア(mMDQスコア)を応答変数とし、黄体後期と排卵前期に採取される生体ガス中の個々の化合物の量の差を予測変数とした。本発明においては全ての変数が連続変数であり、予測変数間の共相関が否定できないことと、解析に供する検体数と予測変数の数を勘案し、Orthogonal Partial Least Squares(OPLS)法およびPartial Least Squares(PLS)法がより良い候補として考えられる。
【0044】
ここで、PLS(Partial Least Squares)法およびOPLS(Orthogonal Partial Least Squares )法は、高次元の予測変数から少数の潜在変数に置き換え、その潜在変数を用いて目的変数を表現する方法である。OPLS法はPLS法を拡張した解析手法であり、合成する潜在変数同士が直交するように予測変数を合成することにより、変動に対して寄与率の高い予測変数をより明確化することができる。また、PLS法およびOPLS(Orthogonal projections to latent structures)法は、高次元の予測変数から応答変数の変動を表すような潜在変数を合成し、それを用いて回帰分析を行う手法である。PLS及びOPLSのモデル構築にあたっては、予測性の高いモデルが得られるよう、交差検証を行う。具体的には、モデル構築用データをいくつかのグループに分割し、あるグループをモデル検証用に、その他のグループをモデル構築用に用いて予測精度の見積りを行い、最も予測精度の良い成分数を採用する。
【0045】
なお、PLSおよびOPLSの具体的な使用は、多変量解析ソフトウェアSIMCA(登録商標、Sartorius Stedim Biotech社)などを用いて実施することができる。
【0046】
一態様では、本方法は、被験者の肘の内側の皮膚から放散される生体ガス中の2-デカノン、アセトン、2-エチル-1-ヘキサノール、2-ヘキサノン、デカン酸、酢酸、およびノナン酸から選択される1種以上、すなわち1種、2種、3種、4種、5種、6種または7種の化合物の量を測定するものとすることができる。
【0047】
別の態様では、本方法は、被験者の腋の皮膚から放散される生体ガス中のアセトン、2-ノナノン、ノナン酸、γ-ヘキサノラクトン、2-ヘキセナールおよび2-オクタノンから選択される1種以上、すなわち1種、2種、3種、4種、5種または6種の化合物の量を測定するものとすることができる。
【0048】
本発明の好適な態様として、本発明の方法は、たとえば、月経後(排卵前期)と月経前(黄体後期)に被験者の肘または腋の皮膚から一定時間に放散される2-デカノン、アセトン、2-エチル-1-ヘキサノール、2-ヘキサノン、デカン酸、ノナン酸、酢酸、2-ノナノン、γ-ヘキサノラクトン、2-ヘキセナールおよび2-オクタノンの量を多変量解析することにより、modified Menstrual Distress Questionnaire (mMDQ)想起法による重症度スコアを予測することができる。
【実施例0049】
以下、実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
[実施例1 月経周期依存的に変化する皮膚ガスの同定]
女性の月経周期および性ホルモンと、皮膚ガス放散量との関係を調べるために、20代の女性を被験者としてヒト試験を実施した。
被験者の選択基準、除外基準は以下のとおりである。自由意思に基づいた同意が得られた被験者に対してスクリーニングを実施し、選択基準、除外基準、modified Menstrual Distress Questionnaire (mMDQ)想起法スコアから被験者を選定した。
【0051】
選択基準
(1) 同意取得時の年齢が20歳以上30歳未満の女性。
(2) 月経周期に伴うPMS症状(症状の内容・度合)が安定している者。
(3) 試験の目的・内容の十分な説明を受け、同意能力があり、よく理解した上で自発的に試験への参加を志願し、書面で試験参加に同意した者。
【0052】
除外基準
(1) 女性ホルモンに関連した疾病に関して治療中の者、および関連する医薬品や健康食品を使用している者。
(2) 過去3か月の月経周期が18日以下または45日以上*1の者、毎月の月経周期が極端に不安定な者。
(3) 妊娠している、または試験期間中に妊娠の意思がある者、授乳中の者。
(4) 糖尿病、腎・肝疾患、心疾患などの重篤な疾患、甲状腺疾患、副腎疾患、その他代謝性疾患に罹患している者、治療中の者、既往歴のある者。
(5) BMI*2が18.5 kg/m2未満または32 kg/m2以上の者。
(6) 薬物依存およびアルコール依存の既往歴あるいは現病歴がある者。
(7) 喫煙の習慣がある者。
(8) 試験期間中に海外旅行などで長期不在の予定があり、一月経周期分の試験日が確保できない者。
(9) 食品の摂取や医薬品を使用する試験、化粧品および医薬品などを塗布する試験に参加中の者、参加の意思がある者。
(10) 機能性食品を開発・製造・販売する企業に勤めている者。
(11) その他試験責任医師が被験者として不適当と判断した者。
*1:正常月経周期は25日~38日の間で、一般的に変動幅は6日と定義されているため、6日を許容範囲とした。
*2:BMI(体格指数:Body Mass Index)は次の式で計算される値で、肥満の程度を知るための指数である。BMI=体重(kg)÷(身長(m)×身長(m))
【0053】
試験を完遂した12名の被験者スコアは表1のとおりである。
【0054】
【表1】
【0055】
試験期間は被験者の月経周期1周期分(約1か月)とした。この期間内に、図1に示すように月経周期(月経期(M期)、排卵前期(P期)、黄体中期(ML期)および黄体後期(LL期))に連動して4日間の試験日を設定し、皮膚ガスの採取、採血、およびアンケートを実施した。
【0056】
皮膚ガスの採取は、AIREX株式会社が提供する、揮発性有機化合物捕集器具を用いるパッシブフラックスサンプラー(Passive Flux Sampler、以下PFSと記載する)を用いて実施した。PFSはスクリュキャップの裏側にジーエルサイエンス製のシリカ系吸着剤MonoTrap DCC18 が固定されている。
【0057】
試験実施者は、被験者が昼食後最低1時間経過したのちに、その腋の下および肘の内側(肘窩)に医療用のメンディングテープでPFSを皮膚に密着させて固定し、2時間保持させた。回収したPFSは分析に供するまでの間、密封した状態で-20℃で保存したのち、皮膚ガス成分を二硫化炭素で抽出し、ガスクロマトグラフィー質量分析法(以下GC-MS)で分析し、あらかじめ標準サンプルから作成した検量線に基づいて定量化した。
【0058】
分析対象の皮膚ガス成分は、従来皮膚ガス中に含まれることが報告されている成分を含む、下記65種の化合物とした(たとえば関根等、臨床環境医学、第25巻、第2号、69-75頁、2016を参照されたい)。
【0059】
【表2】
【0060】
次いで、測定部位ごとにノンパラメトリック検定であるKluskal Wallis法で月経周期による有意差があるかを検定した。p < 0.05を有意とし、p < 0.10を有意傾向とした。Kluskal Wallis法で有意傾向以上の差(p < 0.10)が検出された皮膚ガス成分についてSteel-Dwass法で各月経周期の有意差を検定した。結果を表3および4、並びに図2-1、2-2および3に示す。
【0061】
Kluskal Wallis法で検定した結果、肘では7成分が有意に、4成分が有意傾向に異なっており(表3)、腋では5成分が有意に、3成分が有意傾向に異なっていた(表4)。
肘と腋の結果を比較検討したところ、プロパナールが両部位で有意に差があった。また、2-ノナノンが両部位で有意傾向を示した。
【0062】
Kluskal Wallis法で月経周期による有意傾向以上の差が認められた皮膚ガス成分の試験日ごとの放散量について、図2-1および図2-2(肘)、図3(腋)にそれぞれ示した。
【0063】
【表3】
【0064】
【表4】
【0065】
表3ならびに図2-1および2-2に示すように、Steel-Dwass法で検定した結果、肘ではプロパナールがM期において、LL期より有意に高い値を示した。さらに、3-ヒドロキシ-3-メチルヘキサン酸、ヘキサノール、ヘプタナール、オクタノールなどがM期において他期のいずれかより、有意または有意傾向に高い値を示しており、特にM期において皮膚ガス放散量が変化していることが示唆された。2-ノナノンはM期において低値となったが、Steel-Dwass法では有意差は認められなかった。
【0066】
表4および図3に示すように、Steel-Dwass法で検定した結果、腋においては、プロパナールは肘同様、M期においてLL期より有意に、P期より有意傾向に高い値を示した。また、プロピオン酸はM期において、ML期より有意に低く、2-ノナノンはM期において、ML期より有意傾向に低かった。さらに、ヘプタン酸はML期において、P期より有意に、LL期より有意傾向に低く、2-ドデカノンはML期において、LL期より有意傾向に高かった。Steel-Dwass法ではヘキサン酸、ヘプタノール、アリルメチルスルフィドについては、有意差は認められなかった。
【0067】
[実施例2 女性ホルモンと相関のある皮膚ガスの同定]
月経が女性ホルモン依存的な生理現象であることから、血中エストラジオール(E2)と血中プロゲステロン(PRG)と有意な相関のある皮膚ガスの同定を試みた。
【0068】
E2およびPRGの定量は、血清を試料として電気化学発光免疫測定法(ECLIA法)により測定した。E2、PRG、および実施例1で得られた各皮膚ガスの測定値について、E2、PRGとのPeasonの相関係数およびp値を求めた。結果を図4~7および表5~8に示す。
【0069】
血中E2濃度との関係では、肘ではエチルメルカプタン、デカナール、プロパノール、2-エチル-1-ヘキサノールなどの化合物が有意な相関を示した(表5)。これらの4成分について、血中エストラジオールと放散量との関係を図4に示す。
腋ではオクタン酸、デカノールが有意な相関を示した(表6)。これらの2成分について、血中エストラジオールと放散量との関係を図5に示す。
【0070】
血中PRG濃度との関係では、肘では2-ノナノン、ペンタノール、酪酸が有意な相関を示した(表7)。これらの3成分について、血中エストラジオールと放散量との関係を図6に示す。
【0071】
腋では7-オクテン酸、イソ吉草酸、2-ペンタデカノン、γ-ヘキサノラクトンが有意な相関を示した(表8)。7-オクテン酸、イソ吉草酸および2-ペンタデカノンについて、血中エストラジオールと放散量との関係を図7に示す。
【0072】
【表5】
【0073】
【表6】
【0074】
【表7】
【0075】
【表8】
【0076】
次いで、表4に示した皮膚ガス成分放散量から血中E2濃度、表6に示した皮膚ガス成分放散量から血中PRG濃度をそれぞれ予測する重回帰分析を実施した。重回帰モデルによるE2およびPRGの予測値を縦軸、実測値を横軸とするグラフを図8および図9にそれぞれ示す。近似直線のE2に対する決定係数はR2=0.66、PRGに対してはR2=0.40 となっており、単独のガス成分の近似直線よりも大きく改善した。
このことから、複数の皮膚ガスの測定により、血中のE2およびPRG濃度を推定できる可能性が示された。特に、血中E2濃度の予測において有用な情報を得ることができることが示された。
【0077】
[実施例3 PMS重症度と関連のある皮膚ガスの同定]
被験者の月経随伴症状について、実施例1で設定した4回の試験日ごとに、PMSの主観的症状評価法であるmodified Menstrual Distress Questionnaire (mMDQ)想起法によるアンケートを実施した。各被験者について、4回の試験日の平均値を質問項目ごとに計算し、各平均値の合計スコアをもとめた。次に月経前(LL期)の合計スコアから月経後(P期)の合計スコアを引き、その値(以下、mMDQスコアということもある)が全被験者の中央値26未満であった被験者をPMS軽症群、26以上の被験者をPMS重症群とした。被験者全体のmMDQスコアは25.3±14.5であった。軽症群のmMDQスコアは13.4±6.2、重症群のmMDQスコアは37.3±8.9となった。
【0078】
PMS症状は月経前LL期と月経後のP期の症状の差であることから、LL期-P期の皮膚ガス放散量を差引いた値(以下、変化量または変化値ということがある)について、Mann-WhitneyのU検定を実施し、軽症群と重症群で変化量が有意に異なる皮膚ガスを特定した。
【0079】
その結果、表9に示すように、肘では2-デカノン、アセトン、2-エチル-1-ヘキサノールの変化量が有意に、また、2-ヘキサノン、デカン酸、ノナン酸、酢酸の変化量が有意傾向に異なっていた。腋では、表10に示すように、アセトンの変化量が有意に、2-ノナノン、ノナン酸、γ-ヘキサノラクトン、2-ヘキセナール、2-オクタノンの変化量が有意傾向に異なっていた。
【0080】
有意傾向以上の差が検出された成分のうち、肘では6成分中の3成分がケトン体、2成分が脂肪酸であった。腋では6成分のうち、3成分がケトン体、1成分が脂肪酸であった。これらの変化量はいずれも重症群の方が軽症群よりも大きかった。また、アセトンは肘と腋の両方で重症群のほうが有意に増加していた(アセトンは重症群において月経後より月経前の値が大きいが、軽症群ではこのようなことは認められなかった)。これらのことから、重症群では、脂肪酸やその代謝物と考えられるカルボニル化合物の量が月経前において増加したり、脂肪酸の代謝や酸化状態がPMS重症度と関連があることが示唆された。
【0081】
【表9】
【0082】
【表10】
【0083】
[実施例4 皮膚ガスを用いたPMS重症度の評価]
肘、もしくは腋の皮膚ガスによるPMS重症度の予測を目的とし、皮膚ガスを予測変数、PMS重症度を応答変数とした予測モデルをOrthogonal Partial Least Squares(OPLS)法により作成した。
【0084】
予測変数である皮膚ガスは、実施例3において、軽症群と重症群で有意傾向以上の差があった皮膚ガスのLL期-P期の放散量の変化値を用い、応答変数であるPMS重症度には、月経前後のmMDQの合計値の差を用いた。各変数はオートスケーリングにて平均0、標準偏差1となるよう標準化を行って使用した。OPLSによる予測モデルはSIMCA ver13 (Umetrics社、スウェーデン)を用い、7分割交差検証法により精度検証を行い、Q2(交差検証で得られる寄与率)が最大となるようにした。
【0085】
肘および腋からの皮膚ガス放散量から得られたPMS重症度の予測値と実測値の散布図を、R2(寄与率)、Q2 およびRMSEE(Root Mean Square Error of Estimation)を図10および図11に示す。R2(寄与率)が0.5より高いこと、RMSEEの値が許容できる値であることから、LL期とP期におけるこれらの皮膚ガス放散量の差が、PMS症状の重症度の評価に有用である可能性がある。
図1
図2-1】
図2-2】
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11