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特開2024-44335バインダー成分及び水性インクジェットインク
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024044335
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】バインダー成分及び水性インクジェットインク
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/322 20140101AFI20240326BHJP
   B41M 5/00 20060101ALI20240326BHJP
   B41J 2/01 20060101ALI20240326BHJP
【FI】
C09D11/322
B41M5/00 120
B41J2/01 501
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022149788
(22)【出願日】2022-09-21
(71)【出願人】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100220205
【弁理士】
【氏名又は名称】大西 伸和
(72)【発明者】
【氏名】嶋中 博之
(72)【発明者】
【氏名】釜林 純
(72)【発明者】
【氏名】吉川 幸男
(72)【発明者】
【氏名】大久保 利江
(72)【発明者】
【氏名】西 涼香
【テーマコード(参考)】
2C056
2H186
4J039
【Fターム(参考)】
2C056EA13
2C056FC01
2H186AB12
2H186BA08
2H186DA09
2H186DA10
2H186FB11
2H186FB15
2H186FB16
2H186FB17
2H186FB22
2H186FB25
2H186FB29
2H186FB55
4J039AB12
4J039AD03
4J039AD09
4J039BC10
4J039BC13
4J039BE01
4J039BE12
4J039BE22
4J039EA36
4J039EA39
4J039FA02
4J039GA24
(57)【要約】
【課題】ポリプロピレン系基材、ポリエチレン系基材、及びポリエステル系基材に対する密着性及び耐摩擦性に優れた乾燥皮膜を形成しうる、環境に配慮された水性インクジェットインク用のバインダー成分を提供する。
【解決手段】下記要件(1)等を満たす水性インクジェットインク用のバインダー成分である。
[要件(1)]:
スチレンに由来する構成単位(i)、イソボルニル(メタ)アクリレートに由来する構成単位(ii)、並びにエチルアクリレート等のアクリレート系モノマーに由来する構成単位(iii)を有するポリマーからなるエマルジョン粒子を含有するエマルジョンであり、構成単位(i)と構成単位(ii)の合計の含有量が、60~90質量%であり、構成単位(i)、構成単位(ii)、及び構成単位(iii)の質量比が、(i):(ii):(iii)=5~40:20~70:10~40である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記要件(1)及び(2)を満たす水性インクジェットインク用のバインダー成分。
[要件(1)]:
スチレンに由来する構成単位(i)、イソボルニル(メタ)アクリレートに由来する構成単位(ii)、並びにエチルアクリレート、ブチルアクリレート、ラウリルアクリレート、及びオクタデシルアクリレートからなる群より選択される少なくとも一種のアクリレート系モノマーに由来する構成単位(iii)を有するポリマーからなるエマルジョン粒子を含有するエマルジョンであり、
前記ポリマー中、前記構成単位(i)と前記構成単位(ii)の合計の含有量が、60~90質量%であり、
前記ポリマー中、前記構成単位(i)、前記構成単位(ii)、及び前記構成単位(iii)の質量比が、(i):(ii):(iii)=5~40:20~70:10~40であり、
前記ポリマー中、前記構成単位(i)、前記構成単位(ii)、及び前記構成単位(iii)の合計の含有量が、80質量%以上である。
[要件(2)]:
下記一般式(1)で表される界面活性剤の存在下でモノマー成分を乳化重合して得られる、数平均粒子径50~250nmのエマルジョン粒子を含有するエマルジョンであり、
前記モノマー成分100質量部に対する、前記界面活性剤の量が、2~10質量部である。
R-O-(CHCHO)-SO-X ・・・(1)
(前記一般式(1)中、Rは、炭素数8~18のアルキル鎖を含む有機基を示し、nは、1~40の数を示し、Xは、アンモニウムイオン、有機アンモニウムイオン、リチウムイオン、ナトリウムイオン、又はカリウムイオンを示す)
【請求項2】
前記一般式(1)中、Rが、1以上のα,β-不飽和結合を有する基である請求項1に記載のバインダー成分。
【請求項3】
水、水溶性有機溶剤、着色剤、及び請求項1に記載のバインダー成分を有する水性インクジェットインク。
【請求項4】
ポリエチレン系ワックス成分をさらに含有する請求項3に記載の水性インクジェットインク。
【請求項5】
前記着色剤が、顔料、顔料分散剤、及び水を含む分散媒体を含有する顔料分散液であり、
前記顔料分散剤が、下記要件(3)~(7)を満たすポリマーである請求項3に記載の水性インクジェットインク。
[要件(3)]:
メタクリル酸に由来する構成単位(iv)、及び生物材料由来のメタクリレートに由来する構成単位(v)を有し、酸価が30~250mgKOH/gである。
[要件(4)]:
前記ポリマー中の前記構成単位(v)の含有量が、50質量%以上である。
[要件(5)]:
前記ポリマーの数平均分子量が5,000~20,000であり、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が2.5以下である。
[要件(6)]:
前記ポリマー中のカルボキシ基の少なくとも一部が、アルカリで中和されている。
[要件(7)]:
前記生物材料由来のメタクリレートが、エチルメタクリレート、テトラヒドロフルフリルメタクリレート、及びイソボルニルメタクリレートからなる群より選択される少なくとも二種である。
【請求項6】
前記顔料分散剤が、A鎖及びB鎖を有するA-Bブロックコポリマーであり、
前記A鎖が、前記構成単位(iv)を有しない、数平均分子量3,000~10,000のポリマーブロックであり、
前記B鎖が、前記構成単位(iv)を有するポリマーブロックである請求項5に記載の水性インクジェットインク。
【請求項7】
前記水溶性有機溶剤が、プロピレングリコールと、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、及びトリプロピレングリコールモノメチルエーテルからなる群より選択される少なくとも一種と、を含み、
前記水溶性有機溶剤の含有量が、3~30質量%である請求項3~6のいずれか一項に記載の水性インクジェットインク。
【請求項8】
ポリプロピレン系基材、ポリエチレン系基材、及びポリエステル系基材からなる群より選択される少なくとも一種の被印刷基材に印刷するために用いられる請求項3~6のいずれか一項に記載の水性インクジェットインク。
【請求項9】
25℃における粘度が、2.9~3.3mPa・sである請求項3~6のいずれか一項に記載の水性インクジェットインク。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性インクジェットインク用のバインダー成分、及びそれを用いた水性インクジェットインクに関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット印刷は、高機能化により、個人用、事務用、業務用、記録用、カラー表示用、カラー写真用と多岐にわたって使用されている。さらに、近年、従来のオフィス用のコンシューマ型のインクジェットプリンタや大判印刷用ワイドフォーマットインクジェットプリンタから、産業用途としてのインクジェット印刷機へとその適用範囲が拡大している。インクジェット印刷は、画像印刷の版が不要であることから、少量多品種産業用印刷物をオンデマンドで得ることができる印刷方法として適している。なお、環境への配慮から、水性インクジェットインクによるインクジェット印刷が盛んに提案されている。
【0003】
産業用途としては、例えば、サインディスプレイ、屋外広告、施設サイン、ディスプレイ、POP広告、交通広告、パッケージング、容器、ラベル等の用途がある。これらの用途に適用される印刷基材(記録媒体)としては、紙、ボール紙、写真紙、インクジェット専用紙等の紙媒体;ポリ塩化ビニル、ポリオレフィン、ポリエステル、ナイロン等のプラスチック媒体;綿布、エステル布、ナイロン生地、不織布等の布地;等を挙げることができる。さらに、産業用途の場合、版が不要なオンデマンド印刷が主流であるとともに、高速印刷適性が要求されている。そして、染料を色材として含有する水性インクジェットインクで記録した画像は、耐水性や耐光性等の耐久性に乏しいことから、顔料を色材として含有する水性インクジェットインクが使用されている。
【0004】
そこで、耐久性が向上した印刷画像を記録すべく、皮膜形成しうるアクリル系又はウレタン系のバインダー成分を添加したインクジェット用のインクが提案されている(特許文献1及び2)。なお、水性の顔料インクジェットインクでは、顔料を安定して微分散させる必要がある。このため、界面活性剤や高分子分散剤を用いて顔料を経時的に安定して微分散させた顔料分散液、及びこれを用いたインクジェット用のインクが提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4157868号公報
【特許文献2】特表2009-515007号公報
【特許文献3】国際公開第2013/008691号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1~3で提案されたインクジェット用のインクであっても、記録される画像の基材への密着性や、耐摩擦性等の耐久性については必ずしも十分であるとはいえず、さらなる性能向上が要求されている。
【0007】
ところで、昨今の地球温暖化傾向、二酸化炭素排出問題、資源問題、及び海洋プラスチック問題等に鑑み、省エネ対応、リサイクル対応、及び環境にやさしい材料等の環境配慮型の技術の重要性が増している。このような状況の下、従来の水性インクジェットインクや水性顔料分散液に配合される、顔料を分散させるための分散剤としては、石油材料に由来するモノマー等の原材料を用いて合成された高分子分散剤が用いられている。すなわち、従来の水性インクジェットインクで記録される画像は、石油材料由来の材料で形成されていることから、必ずしも環境配慮型の技術が適用されているとはいえなかった。すなわち、ポリ乳酸やポリヒドロキシアルカン酸等の生分解性プラスチックで形成された容器やラベル等の印刷基材がインクジェット印刷に適用される一方で、このような印刷基材に記録される画像には環境配慮型の技術が適用されていないといった課題があった。
【0008】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、ポリプロピレン系基材、ポリエチレン系基材、及びポリエステル系基材に対する密着性及び耐摩擦性に優れた乾燥皮膜を形成しうる、環境に配慮された水性インクジェットインク用のバインダー成分を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、このバインダー成分を用いた、ポリプロピレン系基材、ポリエチレン系基材、及びポリエステル系基材に対する密着性及び耐摩擦性に優れた乾燥皮膜である画像を形成しうる水性インクジェットインクを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、以下に示すバインダー成分が提供される。
[1]下記要件(1)及び(2)を満たす水性インクジェットインク用のバインダー成分。
[要件(1)]:
スチレンに由来する構成単位(i)、イソボルニル(メタ)アクリレートに由来する構成単位(ii)、並びにエチルアクリレート、ブチルアクリレート、ラウリルアクリレート、及びオクタデシルアクリレートからなる群より選択される少なくとも一種のアクリレート系モノマーに由来する構成単位(iii)を有するポリマーからなるエマルジョン粒子を含有するエマルジョンであり、
前記ポリマー中、前記構成単位(i)と前記構成単位(ii)の合計の含有量が、60~90質量%であり、
前記ポリマー中、前記構成単位(i)、前記構成単位(ii)、及び前記構成単位(iii)の質量比が、(i):(ii):(iii)=5~40:20~70:10~40であり、
前記ポリマー中、前記構成単位(i)、前記構成単位(ii)、及び前記構成単位(iii)の合計の含有量が、80質量%以上である。
[要件(2)]:
下記一般式(1)で表される界面活性剤の存在下でモノマー成分を乳化重合して得られる、数平均粒子径50~250nmのエマルジョン粒子を含有するエマルジョンであり、
前記モノマー成分100質量部に対する、前記界面活性剤の量が、2~10質量部である。
R-O-(CHCHO)-SO-X ・・・(1)
(前記一般式(1)中、Rは、炭素数8~18のアルキル鎖を含む有機基を示し、nは、1~40の数を示し、Xは、アンモニウムイオン、有機アンモニウムイオン、リチウムイオン、ナトリウムイオン、又はカリウムイオンを示す)
[2]前記一般式(1)中、Rが、1以上のα,β-不飽和結合を有する基である前記[1]に記載のバインダー成分。
【0010】
また、本発明によれば、以下に示す水性インクジェットインクが提供される。
[3]水、水溶性有機溶剤、着色剤、及び前記[1]又は[2]に記載のバインダー成分を有する水性インクジェットインク。
[4]ポリエチレン系ワックス成分をさらに含有する前記[3]に記載の水性インクジェットインク。
[5]前記着色剤が、顔料、顔料分散剤、及び水を含む分散媒体を含有する顔料分散液であり、前記顔料分散剤が、下記要件(3)~(7)を満たすポリマーである前記[3]又は[4]に記載の水性インクジェットインク。
[要件(3)]:
メタクリル酸に由来する構成単位(iv)、及び生物材料由来のメタクリレートに由来する構成単位(v)を有し、酸価が30~250mgKOH/gである。
[要件(4)]:
前記ポリマー中の前記構成単位(v)の含有量が、50質量%以上である。
[要件(5)]:
前記ポリマーの数平均分子量が5,000~20,000であり、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が2.5以下である。
[要件(6)]:
前記ポリマー中のカルボキシ基の少なくとも一部が、アルカリで中和されている。
[要件(7)]:
前記生物材料由来のメタクリレートが、エチルメタクリレート、テトラヒドロフルフリルメタクリレート、及びイソボルニルメタクリレートからなる群より選択される少なくとも二種である。
[6]前記顔料分散剤が、A鎖及びB鎖を有するA-Bブロックコポリマーであり、前記A鎖が、前記構成単位(iv)を有しない、数平均分子量3,000~10,000のポリマーブロックであり、前記B鎖が、前記構成単位(iv)を有するポリマーブロックである前記[5]に記載の水性インクジェットインク。
[7]前記水溶性有機溶剤が、プロピレングリコールと、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、及びトリプロピレングリコールモノメチルエーテルからなる群より選択される少なくとも一種と、を含み、
前記水溶性有機溶剤の含有量が、3~30質量%である前記[3]~[6]のいずれかに記載の水性インクジェットインク。
[8]ポリプロピレン系基材、ポリエチレン系基材、及びポリエステル系基材からなる群より選択される少なくとも一種の被印刷基材に印刷するために用いられる前記[3]~[7]のいずれかに記載の水性インクジェットインク。
[9]25℃における粘度が、2.9~3.3mPa・sである前記[3]~[8]のいずれかに記載の水性インクジェットインク。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ポリプロピレン系基材、ポリエチレン系基材、及びポリエステル系基材に対する密着性及び耐摩擦性に優れた乾燥皮膜を形成しうる、環境に配慮された水性インクジェットインク用のバインダー成分を提供することができる。また、本発明の課題とするところは、このバインダー成分を用いた、ポリプロピレン系基材、ポリエチレン系基材、及びポリエステル系基材に対する密着性及び耐摩擦性に優れた乾燥皮膜である画像を形成しうる水性インクジェットインクを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<水性インクジェットインク用のバインダー成分>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明の水性インクジェットインク用のバインダー成分(以下、単に「バインダー成分」又は「バインダー」とも記す)の一実施形態は、下記要件(1)及び(2)を満たす。
【0013】
[要件(1)]:
スチレンに由来する構成単位(i)、イソボルニル(メタ)アクリレートに由来する構成単位(ii)、並びにエチルアクリレート、ブチルアクリレート、ラウリルアクリレート、及びオクタデシルアクリレートからなる群より選択される少なくとも一種のアクリレート系モノマーに由来する構成単位(iii)を有するポリマーからなるエマルジョン粒子を含有するエマルジョンであり、
ポリマー中、構成単位(i)と構成単位(ii)の合計の含有量が、60~90質量%であり、
ポリマー中、構成単位(i)、構成単位(ii)、及び構成単位(iii)の質量比が、(i):(ii):(iii)=5~40:20~70:10~40であり、
ポリマー中、構成単位(i)、構成単位(ii)、及び構成単位(iii)の合計の含有量が、80質量%以上である。
【0014】
[要件(2)]:
下記一般式(1)で表される界面活性剤の存在下でモノマー成分を乳化重合して得られる、数平均粒子径50~250nmのエマルジョン粒子を含有するエマルジョンであり、モノマー成分100質量部に対する、界面活性剤の量が、2~10質量部である。
【0015】
R-O-(CHCHO)-SO-X ・・・(1)
(一般式(1)中、Rは、炭素数8~18のアルキル鎖を含む有機基を示し、nは、1~40の数を示し、Xは、アンモニウムイオン、有機アンモニウムイオン、リチウムイオン、ナトリウムイオン、又はカリウムイオンを示す)
【0016】
構成単位(i)は、スチレンに由来する構成単位である。このため、構成単位(i)は芳香族環を有する構成単位である。芳香族環を有する構成単位を含むポリマーとすることで、ポリエステル系基材との密着性を向上させることができる。また、スチレンのホモポリマーのガラス転移温度(Tg)が100℃と高いため、ポリマーのTgが上昇するとともに、ポリマー自体が硬くなるので、形成される皮膜の耐擦過性などの耐久性を向上させることができる。さらに、乳化重合の際に安定的にエマルジョン粒子を形成することが可能であり、異物発生を抑制することができる。また、その構造にα,β-不飽和結合を有する基(アリル基、マレイン酸基等)を含む界面活性剤を乳化重合時に用いた場合に、スチレンはα,β-不飽和結合との共重合性が良好であることから、界面活性剤をポリマーの構成成分として含ませることが可能であり、未反応の界面活性剤がほとんど残存しない。
【0017】
構成単位(ii)は、イソボルニル(メタ)アクリレートに由来する構成単位である。イソボルニル(メタ)アクリレートのホモポリマーのTgは比較的高いため、イソボルニル(メタ)アクリレートに由来する構成単位を含むことで、ポリマー自体が硬くなり、形成される皮膜の耐擦過性などの耐久性を向上させることができる。なお、イソボルニルアクリレートのホモポリマーのTgは90℃であり、イソボルニルメタクリレートのホモポリマーのTgは155℃である。また、イソボルニル(メタ)アクリレートは炭素数が多いため、構成単位(ii)を含むことで、オレフィン系基材との密着性を向上させることができる。さらに、イソボルニル(メタ)アクリレートのエステル残基であるイソボルニル基は、松脂や松精油から得られたα-ピネンを異性化してカンフェンとして得られるボルネオールを(メタ)アクリル酸とのエステル化反応で得られる残基である。すなわち、イソボルニル(メタ)アクリレートは、植物由来の材料を使用したカーボンニュートラルな化合物であり、環境に配慮されたものであることから、本実施形態のバインダー成分は地球温暖化防止に寄与することができる。
【0018】
構成単位(iii)は、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、アクリル酸ラウリル、及びアクリル酸オクタデシルからなる群より選択される少なくとも一種のアクリレート系モノマーに由来する構成単位である。この構成単位(iii)を含むことで、ポリマーを可塑化することが可能となり、エマルジョン粒子の造膜性を向上させることができる。また、アクリル酸エチルのエステル残基であるエチル基は、デンプンや糖を分解して得られる、又は発酵によって得られるエタノールの残基である。アクリル酸ブチルのエステル残基であるブチル基は、バイオマス発酵等によって得られるブタノールの残基であり、アクリル酸ラウリル及びアクリル酸オクタデシルは、パーム核油やヤシ油等の油脂の加水分解物である脂肪酸を分留して長鎖アルカン酸を分取し、分取した長鎖アルカン酸を水素還元して得られた長鎖アルキルアルコールの残基である。このため、これらのアルコールを用いて得られる上記のアクリレート系モノマーは、植物由来の材料を使用したカーボンニュートラルな化合物であり、環境に配慮されたものであることから、本実施形態のバインダー成分は地球温暖化防止に寄与することができる。
【0019】
ポリマー中、構成単位(i)と構成単位(ii)の合計の含有量は60~90質量%であり、好ましくは65~85質量%である。構成単位(i)と構成単位(ii)の合計の含有量が60質量%未満であると、基材への密着性及び耐擦過性が不十分になる。一方、構成単位(i)と構成単位(ii)の合計の含有量が90質量%超であると、ポリマーのTgが高くなりすぎてしまい、造膜性が低下する。
【0020】
ポリマー中、構成単位(i)、構成単位(ii)、及び構成単位(iii)の質量比が、(i):(ii):(iii)=5~40:20~70:10~40である。なお、構成単位(i)の含有量に比して、構成単位(ii)の含有量が多いことが好ましい。ポリマー中の構成単位(iii)の含有量は10~40質量%であり、好ましくは10~30質量%である。構成単位(iii)の含有量が10質量%未満であると、構成単位(i)や構成単位(ii)の含有量が相対的に増加するので、ポリマーのTgが高くなりすぎてしまい、造膜性が低下する。一方、構成単位(iii)の含有量が40質量%超であると、形成される皮膜が軟質になり、耐摩擦性や耐薬品性が低下する。
【0021】
なお、ポリマー中、構成単位(i)、構成単位(ii)、及び構成単位(iii)の合計の含有量は、80質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがさらに好ましい。なお、ポリマーは、構成単位(i)、構成単位(ii)、及び構成単位(iii)のみで実質的に構成されていることが特に好ましい。ポリマー中の構成単位(i)、構成単位(ii)、及び構成単位(iii)の合計の含有量が80質量%未満であると、その他の構成単位の特性が顕著となる場合がある。
【0022】
ポリマーは、構成単位(i)、構成単位(ii)、及び構成単位(iii)以外のその他の構成単位を含んでいてもよい。その他の構成単位を構成するモノマーとしては、メチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、t-ブチル、ヘキシル、シクロヘキシル、トリメチルシクロヘキシル、t-ブチルシクロヘキシル、オクチル、2-エチルヘキシル、デシル、イソデシル、ドデシル、テトラデシル、ヘキサデシル、オクタデシル、ジシクロペンテニル、ジシクロペンタニル、アダマンチル、ベンジル、テトラヒドロフルフリル、2-ヒドロキシエチル、2-ヒドロキシプロピル、4-ヒドロキシブチル、メトキシエチル、エトキシエチル、ブトキシエチル、エトキシエトキシエチル、ブトキシエトキシエチル、ポリエチレングリコールモノメチルエーテル、ジメチルアミノエチル、ジエチルアミノエチル、トリフルオロメチル、パーフルオロアルキル、ポリジメチルシロキサン等のアルキル(メタ)アクリレート;(メタ)アクリル酸;スチレン、ビニルトルエン、ビニルナフタレン、酢酸ビニル、塩化ビニル、N-ビニルピロリドン等のビニル系モノマー;等を挙げることができる。
【0023】
本実施形態のバインダー成分は、前述のスチレン、イソボルニル(メタ)アクリレート、及びアクリレート系モノマーを含むモノマー成分を下記一般式(1)で表される界面活性剤の存在下で乳化重合して得られる、エマルジョン粒子を含有するエマルジョンである。
【0024】
R-O-(CHCHO)-SO-X ・・・(1)
(前記一般式(1)中、Rは、炭素数8~18のアルキル鎖を含む有機基を示し、nは、1~40の数を示し、Xは、アンモニウムイオン、有機アンモニウムイオン、リチウムイオン、ナトリウムイオン、又はカリウムイオンを示す)
【0025】
この界面活性剤は、ポリエチレングリコール鎖を有するノニオン性部分と、スルホン酸塩を含むアニオン性部分とを有するノニオン-アニオン型の界面活性剤である。このような界面活性剤の存在下で乳化重合することで、いわゆる「ブツ」等の異物が析出しにくく、微細なエマルジョン粒子が形成され、保存安定性に優れたエマルジョンを得ることができる。また、得られるエマルジョンは起泡性が少なく、水性インクジェットインクのバインダー成分として好適である。
【0026】
なお、本実施形態のバインダー成分である上記のエマルジョンは、一般式(1)で表される特定の界面活性剤の存在下でモノマー成分を乳化重合することによって得ることができ、他の界面活性剤の存在下で乳化重合したり、乳化重合以外の方法で重合したりしても、実質的に得ることができない。そして、このような方法によって調製されるエマルジョンであるバインダー成分のエマルジョン粒子の粒子径以外の物性や特性を一般的な装置等を使用して測定等することは実質的に困難又は不可能である。
【0027】
一般式(1)中のRは、炭素数8~18のアルキル鎖を含む有機基である。炭素数8~18のアルキル鎖としては、オクチル基、2-エチルヘキシル基、ノニル基、デシル基、ドデシル基、オクタデシル基、及びトリメチルデシル基等の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル鎖を挙げることができる。Rは、アルキル鎖がエチレングリコール鎖の片末端に直接エーテル結合していることが好ましい。一般式(1)で表される界面活性剤の具体例としては、ポリエチレングリコールモノドデシルエーテルスルホン酸塩、ポリエチレングリコールモノオクタデシルエーテルスルホン酸塩等を挙げることができる。また、一般式(1)中のXは、エマルジョンの安定性を維持する観点から、アンモニウムイオン及びナトリウムイオンが好ましい。
【0028】
一般式(1)中、Rは、1以上のα,β-不飽和結合を有する基であることが好ましい。すなわち、重合性基を有する界面活性剤を用いることが好ましい。このような界面活性剤の存在下で乳化重合することで、形成されるポリマー中に界面活性剤に由来する構造が含まれることになるので、水中に安定的に乳化されたエマルジョン粒子を形成することができる。また、用いた界面活性剤が分散媒体中に遊離せず、ほとんどが形成されるポリマーに組み込まれるので、このエマルジョンをバインダー成分として含有する水性インクジェットインクの吐出安定性を向上させることができる。
【0029】
α,β-不飽和結合を有する基としては、(メタ)アクリロイル基、アリル基、1-メチルエチレン基、マレイン酸基等を挙げることができる。Rが、1以上のα,β-不飽和結合を有する基である界面活性剤としては、下記式(A)で表される化合物を挙げることができる。
【0030】
【0031】
上記式(A)で表される化合物(界面活性剤)の市販品としては、以下商品名で、アクアロンKHシリーズ(第一工業製薬社製);ラテムルPD-104、PD-105(花王社製);アデカリアソープSRシリーズ、SRシリーズ(旭電化社製);などを挙げることができる。
【0032】
モノマー成分を乳化重合する際に用いる、一般式(1)で表される界面活性剤の量は、モノマー成分100質量部に対して、2~10質量部であり、好ましくは3~5質量部である。界面活性剤の量が、モノマー成分100質量部に対して2質量部未満であると、形成されるエマルジョン粒子が過剰に大きくなるとともに、異物が発生しやすくなり、エマルジョン粒子の安定性が低下する。一方、界面活性剤の量が、モノマー成分100質量部に対して10質量部超であると、得られるエマルジョンをバインダー成分として含有するインクで記録した画像の耐水性が低下するとともに、エマルジョンの粘度が過度に高くなりすぎてしまい、泡立ちが激しくなる場合がある。
【0033】
エマルジョンに含まれるエマルジョン粒子の数平均粒子径は、50~250nmであり、好ましくは80~150nmである。エマルジョン粒子の数平均粒子径が50nm未満であると、このエマルジョンをバインダー成分として含有するインクの粘度が過度に上昇することがある。一方、エマルジョン粒子の数平均粒子径が250nm超であると、このエマルジョンをバインダー成分として含有するインクを用いた場合に記録ヘッドが詰まりやすくなる場合がある。
【0034】
重合媒体としての水中、過硫酸カリウム等の水溶性過酸化物;4,4’-アゾビス(4-シアノ吉草酸)等の水溶性アゾ化合物;等のラジカル発生剤を用いてモノマー成分を乳化重合することができる。より具体的には、前述の界面活性剤を水に溶解させておき、モノマー成分を滴下して重合する方法;モノマー成分に界面活性剤を溶解させておき、水に滴下して重合する方法;モノマーに界面活性剤を溶解させて水に添加し、ディスパーなどの撹拌機で撹拌させて乳化させた後に重合する方法;等を挙げることができる。重合条件は、使用するラジカル発生剤の半減期温度等に応じて任意に設定すればよい。また、触媒を加えて重合温度を低下させて重合することも可能である。
【0035】
重化重合は、従来公知のラジカル重合であってもよく、リビングラジカル重合であってもよい。なかでも、リビングラジカル重合によってモノマー成分を乳化重合することで、分子量がより揃ったポリマーのエマルジョン粒子が形成されるために好ましい。具体的なリビングラジカル重合法としては、原子移動ラジカル重合法(ATRP法)、可逆的付加開裂型連鎖移動重合法(RAFT法)、ニトロキサイド法(NMP法)、有機テルル法(TERP法)、可逆的移動触媒重合法(RTCP法)、可逆的触媒媒介重合法(RCMP法)等を挙げることができる。
【0036】
乳化重合の際に重合媒体として用いる水には、エマルジョンの乾燥を防止すべく、エチレングリコールやプロピレングリコール等の高沸点の水溶性有機溶剤を添加してもよい。また、形成されるエマルジョン粒子を安定化すべく、その他の界面活性剤を併用してもよい。得られるエマルジョンには、消泡剤、防腐剤、レベリング剤、PH調整剤、ワックス、防カビ剤等の添加剤を含有させてもよい。
【0037】
エマルジョン粒子を形成するポリマーの数平均分子量(Mn)は、形成する皮膜のさらなる耐擦過性及び密着性向上の観点から、20,000~500,000であることが好ましく、50,000~300,000であることがさらに好ましい。本明細書におけるポリマーの数平均分子量(Mn)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定されるポリスチレン換算の値である。
【0038】
エマルジョンの25℃における粘度は、3~200mPa・sであることが好ましく、5~50mPa・sであることがさらに好ましい。エマルジョンの粘度が高すぎると、このエマルジョンを含有するインクの粘度が過度に上昇しやすく、吐出不良等の不具合が生じやすくなる場合がある。エマルジョンの25℃におけるpHは、エマルジョン粒子の安定性向上の観点から、7~12であることが好ましく、7.5~9.5であることがさらに好ましい。乳化重合時に用いる一般式(1)で表される界面活性剤は、スルホン酸基を有する。そして、このスルホン酸基が中和されることでエマルジョン粒子の安定性が向上するので、エマルジョンの液性は、塩が中和されるアルカリ性であることが好ましい。
【0039】
<水性インクジェットインク>
本発明の水性インクジェットインク(以下、単に「水性インク」又は「インク」とも記す)の一実施形態は、水、水溶性有機溶剤、着色剤、及び前述のバインダー成分を有する。
【0040】
(水)
本実施形態のインクは水性のインクジェットインクであり、必須成分として水を含有する。水としては、イオン交換水、蒸留水、及び精製水等を用いることが好ましい。インク中の水の含有量は、インク全量を基準として、30~90質量%であることが好ましい。
【0041】
(水溶性有機溶剤)
本実施形態のインクは、水溶性有機溶剤を含有する。本実施形態のインクは、ポリプロピレン系基材、ポリエチレン系基材、及びポリエステル系基材等の浸透性が低いプラスチックフィルム等の基材に印刷するのに好適なインクである。このため、水溶性有機溶剤としては、保湿剤として機能するだけでなく、被印刷基材として用いるプラスチックフィルムに対する濡れ性が良好なものを用いることが好ましい。さらに、被印刷基材表面のレベリング剤として機能しうるとともに、バインダー成分の造膜性を向上させる造膜助剤としても機能しうる水溶性有機溶剤を用いることが好ましい。
【0042】
水溶性有機溶剤としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール系溶媒;アセトン等のケトン系溶媒;エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール等のアルキレングリコール系溶媒;エチレングリコールメチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、トリプロピレングリコールモノメチルエーテル等のアルキレングリコールモノアルキルエーテル系溶媒;グリセリン、ジグリセリン、グリセリンのエチレンオキサイド付加物等のグリセリン系溶媒;2-ピロリドン、N-メチルピロリドン、3-メトキシ-N,N-ジメチプロピオンアミド、3-ブトキシ-N,N-ジメチルプロピオンアミド等のアミド系溶媒;テトラメチル尿素、ジメチルイミダゾリジノン等の尿素系溶媒;エチレンカーボネート、ジメチルカーボネート等のカーボネート系溶媒;等を挙げることができる。
【0043】
バインダー成分で形成される皮膜中に水溶性有機溶媒が多く残存すると、皮膜の耐水性、被印刷基材への密着性、及び耐摩擦性が低下することがある。このため、揮発性がある程度高い水溶性有機溶剤を用いることが好ましい。以上の観点から、水溶性有機溶剤は、プロピレングリコール(沸点188℃)と、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(沸点230℃)、トリエチレングリコールモノブチルエーテル(沸点278℃)、プロピレングリコールモノメチルエーテル(沸点121℃)、プロピレングリコールモノエチルエーテル(沸点132.8℃)、プロピレングリコールモノプロピルエーテル(沸点150℃)、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル(沸点189.6℃)、及びトリプロピレングリコールモノメチルエーテル(沸点243℃)からなる群より選択される少なくとも一種と、を含むことが好ましい。
【0044】
インク中の水溶性有機溶剤の含有量は、インク全量を基準として、3~30質量%であることが好ましく、5~25質量%であることがさらに好ましい。水溶性有機溶剤の含有量が3質量%未満であると、インクが乾燥しやすくなるとともに、プラスチックフィルムの表面においてレベリング剤としての機能が発揮されにくくなることがある。一方、水溶性有機溶剤の含有量が30質量%超であると、インクの粘度が高くなり、インクの吐出性が低下する場合があるとともに、インクの安定性が低下しやすくなることがある。また、バインダー成分が析出したり、顔料が凝集したりする場合がある。さらに、水溶性有機溶剤の含有量が多すぎると、印刷皮膜中に水溶性有機溶剤が残存しやすくなるので、ブロッキングが生じやすくなるとともに、画像の耐水性や耐擦性等の物性が低下することがある。
【0045】
(着色剤)
着色剤としては、従来公知の染料や顔料を用いることができる。耐水性、発色性、色濃度、及び鮮明性等の観点から、顔料を用いることが好ましい。また、顔料、顔料分散剤、及び水を含む分散媒体を含有する顔料分散液を着色剤として用いることが好ましい。
【0046】
顔料としては、水性インクジェットインクに用いられる従来公知の有機顔料及び無機顔料を用いることができる。有機顔料としては、フタロシアニン系、アゾ系、アゾメチンアゾ系、アゾメチン系、アンスラキノン系、ぺリノン・ペリレン系、インジゴ・チオインジゴ系、ジオキサジン系、キナクリドン系、イソインドリン系、イソインドリノン系、ジケトピロロピロール系、キノフタロン系、インダスレン系顔料等の有彩色顔料;ファーネスブラック、ランプブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラック等のカーボンブラック顔料;等を挙げることができる。無機顔料としては、体質顔料、酸化チタン系顔料、酸化鉄系顔料、スピンネル顔料等を挙げることができる。
【0047】
印刷物(画像)に隠蔽力が必要とされる場合以外は、有機系の微粒子顔料を用いることが好ましい。高精彩で透明性を示す印刷物が必要とされる場合には、ソルトミリング等の湿式粉砕又は乾式粉砕で微細化した顔料を用いることが好ましい。ノズル詰まりの回避等を考慮すると、1.0μm超の粒子径を有する顔料を除去した、数平均粒子径0.2μm以下の有機顔料や、数平均粒子径0.4μm以下の無機顔料を用いることが好ましい。
【0048】
顔料の具体例をカラーインデックス(C.I.)ナンバーで示すと、C.I.ピグメントイエロー12、13、14、17、20、24、74、83、86、93、94、95、97、109、110、117、120、125、128、129、137、138、139、147、148、150、151、153、154、155、166、168、175、180、181、185、191;C.I.ピグメントオレンジ16、36、43、51、55、59、61、64、71、73;C.I.ピグメントレッド4、5、9、23、48、49、52、53、57、97、112、122、123、144、146、147、149、150、166、168、170、176、177、180、184、185、192、202、207、214、215、216、217、220、221、223、224、226、227、228、238、240、242、254、255、264、269、272;C.I.ピグメントバイオレット19、23、29、30、37、40、50;C.I.ピグメントブルー15、15:1、15:3、15:4、15:6、22、60、64;C.I.ピグメントグリーン7、36;C.I.ピグメントブラック7;C.I.ピグメントホワイト6;等を挙げることができる。
【0049】
なかでも、水性インクジェットインクに適しているとともに、発色性、分散性、及び耐候性等の観点から、C.I.ピグメントイエロー74、83、109、128、139、150、151、154、155、180、181、185等の黄色顔料;C.I.ピグメントレッド122、170、176、177、185、269、C.I.ピグメントバイオレット19、23等の赤色顔料;C.I.ピグメントブルー15:3、15:4、15:6等の青色顔料;C.I.ピグメントブラック7等の黒色顔料;C.I.ピグメントホワイト6等の白色顔料;が好ましい。
【0050】
顔料は、未処理の顔料;その表面に官能基が導入された自己分散性顔料;カップリング剤や活性剤等の表面処理剤若しくはポリマー等で表面処理された、又はカプセル化等された処理顔料;のいずれであってもよい。自己分散性顔料は、カルボキシ基、スルホン酸基、及びリン酸基等の酸性基が顔料粒子の表面に導入されており、これらの酸性基を中和して水に親和させることで、顔料分散剤を用いなくてもインク中に分散しうる易分散化顔料である。これに対して、未処理の顔料、表面処理された顔料、及びカプセル化された顔料は、顔料分散剤を併用することが好ましい。
【0051】
上記の顔料は、顔料分散液として着色剤に用いられることが好ましく、自己分散性顔料を含有する顔料分散液を用いることが好ましい。また、顔料分散剤や界面活性剤等を用いて分散媒体中に顔料を分散させた顔料分散液を用いることもできる。顔料分散剤としては、数平均分子量が1,000~20,000であり、酸価が50~250mgKOH/gであるビニル系ポリマーがアルカリで中和されたものを用いることが好ましい。この顔料分散剤は、通常、顔料分散液中に微分散又は溶解した状態で含有される。
【0052】
ビニル系ポリマーは、カルボキシ基、スルホン酸基、及びリン酸基等の酸性基を有することが好ましい。カルボキシ基等の酸性基をアルカリで中和することで水に親和させ、インク中に微分散又は溶解させることができる。酸性基を有するビニル系ポリマーは、酸性基を有するモノマーに由来する構成単位を有する。酸性基を有するモノマーとしては、(メタ)アクリル酸、(無水)マレイン酸、(無水)イタコン酸、スチレンカルボン酸、水酸基を有する(メタ)アクリレート系モノマーに無水カルボン酸、二塩基酸、又はポリカルボン酸を反応させてモノエステル化したモノマー、ビニルスルホン酸、アクリルアミドメチルプロピンスルホン酸、ビニルリン酸、メタクリロイルオキシエチルリン酸等を挙げることができる。
【0053】
ビニル系ポリマーを構成する、酸性基を有するモノマー以外のモノマーとしては、スチレン、ビニルトルエン、ビニルナフタレン等の芳香族ビニルモノマー;(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシル等の(メタ)アクリレート系モノマー;酢酸ビニル等のビニルエステル系モノマー;ビニルピリジン、ビニルイミダゾール等の複素環ビニルモノマー;等を挙げることができる。
【0054】
ビニル系ポリマーの具体例としては、スチレン-アクリル酸共重合体、スチレン-マレイン酸共重合体、スチレン-アクリル酸エチル-アクリル酸共重合体、スチレン-アクリル酸-アクリル酸エトキシエチル共重合体、スチレン-メタクリル酸共重合体、スチレン-メタクリル酸-メタクリル酸2-ヒドロキシエチル共重合体、メタクリル酸ベンジル-メタクリル酸共重合体、スチレン-メタクリル酸-メタクリル酸ジメチルアミノエチル-アクリル酸ブチル共重合体、スチレン-マレイン酸-マレイン酸のポリエチレングリコールプロピレングリコールモノブチルエーテルモノアミンのアミド化物共重合体、スチレン-メタクリル酸メチル-メタクリル酸2-エチルヘキシル-メタクリル酸共重合体等を挙げることができる。
【0055】
ビニル系ポリマーの数平均分子量は、1,000~20,000であることが好ましく、3,000~15,000であることがさらに好ましく、5,000~13,000であることが特に好ましい。ビニル系ポリマーの数平均分子量が1,000未満であると、顔料に対する吸着性が不足する場合があるとともに、形成される印刷皮膜の強度が低下することがある。一方、ビニル系ポリマーの数平均分子量が20,000超であると、インクの粘度が過度に上昇するとともに、非ニュートニアン性の粘度を示しやすくなり、吐出安定性が低下することがある。
【0056】
ビニル系ポリマーの酸価は、50~250mgKOH/gであることが好ましく、75~150mgKOH/gであることがさらに好ましく、85~130mgKOH/であることが特に好ましい。ビニル系ポリマーの酸価が50mgKOH/g未満であると、アルカリで中和しても水に溶解しにくくなり、顔料分散剤としての機能が不足する場合がある。一方、ビニル系ポリマーの酸価が250mgKOH/g超であると、水溶解性が高くなりすぎる場合がある。このため、インクの粘度が過度に上昇するとともに、カルボキシ基等の親水性の酸性基の量が多くなるので、形成される印刷皮膜の耐水性が低下する場合がある。
【0057】
ビニル系ポリマーは、従来公知の方法にしたがって合成することができる。例えば、アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ系開始剤や過酸化ベンゾイル等の過酸化物系開始剤の存在下、モノマー単独の塊状重合、乳化重合、インクジェットインク用の水溶性有機溶剤を用いる溶液重合によって、ビニル系ポリマーを得ることができる。そして、得られたビニル系ポリマーをアルカリ物質で中和すれば、顔料分散剤とすることができる。また、顔料分散剤の溶液を顔料と混合した後、貧溶剤に添加する又は酸で処理することで、顔料分散剤を析出させ、顔料を処理又はカプセル化してポリマー処理顔料を調製してもよい。ビニル系ポリマーを製造する重合法としては、リビングラジカル重合法が好ましい。ビニル系ポリマーは、ランダムコポリマー、ブロックコポリマー、グラフトコポリマー、グラジエントコポリマー、星形ポリマー、デンドリマー等の高次構造を有するポリマーのいずれであってもよい。
【0058】
顔料分散剤は、下記要件(3)~(7)を満たすポリマーであることが好ましい。
【0059】
[要件(3)]:
メタクリル酸に由来する構成単位(iv)、及び生物材料由来のメタクリレートに由来する構成単位(v)を有し、酸価が30~250mgKOH/gである。
【0060】
[要件(4)]:
ポリマー中の構成単位(v)の含有量が、50質量%以上である。
【0061】
[要件(5)]:
ポリマーの数平均分子量が5,000~20,000であり、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が2.5以下である。
【0062】
[要件(6)]:
ポリマー中のカルボキシ基の少なくとも一部が、アルカリで中和されている。
【0063】
[要件(7)]:
生物材料由来のメタクリレートが、エチルメタクリレート、テトラヒドロフルフリルメタクリレート、及びイソボルニルメタクリレートからなる群より選択される少なくとも二種である。
【0064】
上記のポリマー(顔料分散剤)の酸価が30mgKOH/g未満であると、ポリマーが水に溶解しにくくなることがある。一方、ポリマーの酸価が250mgKOH/g超であると、水溶解性が高くなりすぎてしまい、インクの粘度が過度に上昇したり、画像の耐水性が低下したりする。ポリマーの酸価は、50~150mgKOH/gであることがさらに好ましい。
【0065】
ポリマーは、その構造中のカルボキシ基の少なくとも一部がアルカリで中和されることで水に溶解する。アルカリとしては、アンモニア;ジメチルアミノエタノール等の有機アミン;水酸化ナトリウム及び水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物;等を用いることができる。なかでも、乾燥性の高いアンモニアを用いることが好ましい。
【0066】
ポリマー中、生物材料由来のメタクリレートに由来する構成単位(v)の含有量は、50質量%以上、好ましくは80質量%以上である。生物材料由来のメタクリレートに由来する構成単位(v)を多く含むことで、環境に配慮されたポリマーとすることができる。生物材料由来のメタクリレートは、エチルメタクリレート、テトラヒドロフルフリルメタクリレート、及びイソボルニルメタクリレートからなる群より選択される少なくとも二種である。テトラヒドロフルフリルメタクリレートは、トウモロコシの芯等から得られるフルフラールの水素化物であるアルコール(テトラヒドロフルフリルアルコール)を用いたメタクリレートである。テトラヒドロフルフリル環やイソボルニル基は顔料に吸着しやすく、顔料の分散性を高めることができる。また、これらのメタクリレートは、バインダー成分(エマルジョン)に含まれるエマルジョン粒子を形成するポリマーの構成モノマーと同様の構造を有するので、相溶性の観点で好適である。
【0067】
ポリマーは、構成単位(iv)及び構成単位(v)以外のその他の構成単位を有してもよい。その他の構成単位を構成するモノマーはメタクリレート系モノマーであることが、リビングラジカル重合により構造制御しうる点で好ましい。
【0068】
ポリマーの数平均分子量(Mn)は、5,000~20,000、好ましくは7,000~13,000である。また、ポリマーの分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)は、2.5以下である。ポリマーの数平均分子量(Mn)が5,000未満であると、顔料への吸着性が低く、分散後に脱離しやすくなって分散性が低下することがある。一方、ポリマーの数平均分子量(Mn)が20,000超であると、インクの粘度が過度に上昇することがある。
【0069】
顔料分散剤として用いる上記のポリマーは、例えば、有機溶剤を用いる溶液重合により、アゾ系ラジカル発生剤や過酸化物系ラジカル発生剤の存在下でラジカル重合することによって製造することができる。有機溶剤としては、水性インクジェットインクに用いる水溶性有機溶剤と同一の水溶性有機溶剤を用いることが好ましい。重合後、アルカリを溶解させた水溶液を添加してカルボキシ基の少なくとも一部を中和し、イオン化させて水に溶解させることができる。
【0070】
上記のポリマーの構造は、ランダム構造、ブロック構造、及びグラフト構造のいずれであってもよい。なかでも、顔料分散剤として用いる上記のポリマーは、A鎖及びB鎖を有するA-Bブロックコポリマーであることが好ましい。そして、A鎖は、構成単位(iv)を有しない、数平均分子量3,000~10,000のポリマーブロックであることが好ましい。また、B鎖は、構成単位(iv)を有するポリマーブロックであることが好ましい。
【0071】
A鎖は、カルボキシ基を有しない水不溶性のポリマーブロックである。このため、水不溶性のA鎖が顔料に強く吸着又は堆積し、顔料をカプセル化することで顔料からポリマーが脱離しにくく、分散媒体中に顔料を安定的に長期にわたって分散させることができる。A鎖の数平均分子量(Mn)は、3,000~10,000、好ましくは5,000~8,000である。A鎖の数平均分子量(Mn)が3,000未満であると、顔料への吸着性が低下することがある。一方、A鎖の数平均分子量(Mn)が10,000超であると、ポリマー自体が水不溶になりやすく、顔料への吸着性が発揮できない場合がある。
【0072】
上記のA-Bブロックコポリマーは、リビングアニオン重合法、リビングカチオン重合法、及びリビングラジカル重合法等のリビング性を有する重合法によって製造することが好ましい。なかでも、条件、材料、及び装置等の観点から、リビングラジカル重合法によって製造することが好ましい。リビングラジカル重合法のなかでも、有機化合物を触媒として用いるとともに、有機ヨウ化物を重合開始化合物として用いるRTCP法やRCMP法が好ましい。これらの方法は、比較的安全な市販の化合物を使用し、重金属や特殊な化合物を使用せず、コスト及び精製の面で有利である。さらに、成長末端を第3級のヨウ素とすることで、精度のよいブロック構造を一般的な設備で容易に形成することができる。
【0073】
A鎖とB鎖のいずれを先に重合してもよい。但し、B鎖を先に重合すると、重合系にメタクリル酸が残存する場合がある。この場合、その後に重合するA鎖にメタクリル酸に由来する構成単位が導入されてしまうことがある。このため、A鎖を先に重合した後、B鎖を重合することが好ましい。
【0074】
(顔料分散液の製造方法)
顔料分散液は、上述の顔料や顔料分散剤を使用し、従来公知の方法にしたがって顔料を分散媒体中に分散させることによって製造することができる。顔料分散液中の顔料の含有量は、有機顔料の場合は1~30質量%とすることが好ましく、10~25質量%とすることがさらに好ましい。また、無機顔料の場合は5~70質量%とすることが好ましく、30~50質量%とすることがさらに好ましい。顔料分散剤の含有量は、顔料100質量部に対して、5~100質量部とすることが好ましく、10~50質量部とすることがさらに好ましい。
【0075】
顔料、顔料分散剤、及び水を含む分散媒体の混合物中に、ペイントシェイカー、ボールミル、アトライター、サンドミル、横型メディアミル、コロイドミル、ロールミル等を使用して顔料を微分散させることで、顔料分散液を調製することができる。顔料分散液は、遠心分離機やフィルターを使用して粗大粒子を除去することが好ましい。また、必要に応じて、その他の添加剤を添加してもよい。
【0076】
(バインダー成分)
本実施形態のインクは、前述の水性インクジェットインク用のバインダー成分を含有する。着色剤が染料である場合における、インク中のバインダー成分(固形分)の含有量は、染料100質量部に対して、20~505質量部であることが好ましい。一方、着色剤が顔料である場合における、インク中のバインダー成分(固形分)の含有量は、顔料100質量部に対して、50~505質量部であることが好ましく、100~400質量部であることがさらに好ましい。顔料100質量部に対するバインダー成分の固形分の量が50質量部未満であると、形成される印刷皮膜のプラスチックフィルムへの密着性や耐摩耗性がやや不足する場合がある。一方、顔料100質量部に対するバインダー成分の固形分の量が505質量部超であると、顔料濃度が相対的に低下するので、画像の発色性等がやや低下する場合がある。
【0077】
(ワックス成分)
インクには、ワックス成分をさらに含有させることができる。ワックス成分としては、ポリエチレン系ワックス成分、ポリオレフィン系ワックス成分、及びシリコーン系ワックス成分等を挙げることができる。なかでも、ポリエチレン系ワックス成分(ワックスエマルジョン)を用いることが好ましい。ワックス成分は、プラスチックフィルムに対する親和性が高いため、ワックス成分を含有させることで、密着性により優れた印刷皮膜を形成することができる。さらに、ワックス成分はバインダー成分と相分離して表面にブリードしやすいので、印刷皮膜の耐摩擦性をより向上させることができる。また、ポリエチレン系ワックス成分は疎水性が高いので、耐久性により優れた印刷皮膜を形成することができる。
【0078】
ワックス成分は、水に分散させた分散液の状態で用いることが好ましい。インク中のワックス成分の含有量は、インク全量を基準として、0.1~2.5質量%とすることが好ましく、0.3~1.5質量%とすることがさらに好ましい。
【0079】
(その他の添加剤)
インクには、従来公知のその他の成分をさらに含有させてもよい。その他の成分としては、界面活性剤、防腐剤、前述の水溶性有機溶剤以外の有機溶剤、レベリング剤、表面張力調整剤、pH調整剤、紫外線吸収剤、光安定剤、酸化防止剤、フィラー、増粘剤、消泡剤、防カビ剤、帯電防止剤、金属微粒子、磁性粉等の添加剤を挙げることができる。
【0080】
インクに界面活性剤を含有させることで、インクの表面張力を制御することができる。界面活性剤としては、シリコーン系、アセチレングリコール系、フッ素系、アルキレンオキサイド系、及び炭化水素系の界面活性剤等を挙げることができる。なかでも、シリコーン系、アセチレングリコール系、フッ素系の界面活性剤が好ましい。界面活性剤は、一般的に、インクが発泡する原因となったり、フィルム表面でインクが弾かれる原因となったりすることがある。さらに、界面活性剤を用いることで顔料が凝集しやすくなることがあるので、界面活性剤の添加量を調整することが好ましい。インク中の界面活性剤の含有量は、インク全量を基準として、0~3.5質量%とすることが好ましく、0.01~2.0質量%とすることがさらに好ましい。
【0081】
防腐剤としては、安息香酸ナトリウム、ベンズイミダゾール、チアベンダゾール、ソルビタン酸カリウム、ソルビタン酸ナトリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、チアゾスルファミド、及びピリジンチオールオキシド等を挙げることができる。インク中の防腐剤の含有量は、インク全量を基準として、0.05~2.0質量%であることが好ましく、0.1~1.0質量%であることがさらに好ましい。
【0082】
着色剤が染料である場合において、インク中の染料の含有量は、インク全量を基準として、0.5~30.0質量%であることが好ましい。また、着色剤が顔料である場合において、インク中の顔料の含有量は、インク全質量を基準として、0.1~25.0質量%であることが好ましく、0.2~20質量%であることがさらに好ましい。形成する印刷皮膜(画像)の耐水性、耐光性、及び発色性等を向上させる観点から、着色剤として顔料を用いることが好ましい。
【0083】
(インクの物性)
インクの粘度は、顔料の種類等を考慮しつつ、記録ヘッドのノズルからインクジェット方式によって吐出しうる適度な粘度に調整される。例えば、有機顔料を含有するインクの粘度は、2~10mPa・sであることが好ましい。また、無機顔料を含有するインクの粘度は、5~30mPa・sであることが好ましい。
【0084】
特に、インクの25℃における粘度は、2.9~3.3mPa・sであることが好ましく、3.0~3.2mPa・sであることがさらに好ましい。インクの粘度を上記の範囲(すなわち、低粘度)することで、高粘度対応の記録ヘッド等を用意することなく、既存の記録ヘッドを備えた市販のインクジェット記録装置に対応することができる。なお、インクに用いる前述のバインダー成分はエマルジョンであり、液媒体中に溶解しているポリマー分が少ない。このため、前述のバインダー成分を用いることで、インクの粘度を上記の範囲とすることができる。
【0085】
インクのpHは、7.0~10.0であることが好ましく、7.5~9.5であることがさらに好ましい。インクのpHが7.0未満であると、バインダー成分(ポリマー)が析出しやすくなるとともに、顔料が凝集しやすくなることがある。一方、インクのpHが10.0超であると、アルカリ性が強くなるので、取り扱いにくくなる場合がある。
【0086】
インクの表面張力は、インクジェット記録装置の性能等に応じて適宜設定される。例えば、インクの表面張力は、15~45mN/mであることが好ましく、20~40mN/mであることがさらに好ましい。
【0087】
(被印刷基材)
本実施形態のインクを用いることで、プラスチックフィルム等の被印刷基材に対して密着性が高く、耐摩擦性に優れた印刷皮膜(画像)を形成することができる。プラスチックフィルムの構成材料となるプラスチックとしては、ポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリハロゲン化ビニル系樹脂、セルロース系樹脂、ポリスチレン系樹脂、ポリメタクリレート系樹脂、ポリアクリロニトリル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、ポリビニルアルコール系樹脂等を挙げることができる。
【0088】
ポリオレフィン系樹脂としては、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリα-オレフィン、ポリエチレン酢酸ビニル、ポリエチレンビニルアルコール、ポリシクロオレフィン等を挙げることができる。ポリエステル系樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレチンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリ乳酸等を挙げることができる。ポリアミド系樹脂としては、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン610等を挙げることができる。ポリハロゲン化ビニル系樹脂としては、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリフロロエチレン等を挙げることができる。
【0089】
安価で入手が容易であるとともに、一般的には密着性や耐摩擦性に優れた印刷皮膜を形成しにくい、ポリオレフィン系樹脂製のフィルムに印刷することが好ましく、ポリエチレン系樹脂製のフィルムや、ポリプロピレン系樹脂製のフィルムに印刷することが好ましい。また、耐久性やコスト等の観点から、ポリエステル系樹脂製のフィルムに印刷することも好ましい。本実施形態のインクは、ポリプロピレン系基材、ポリエチレン系基材、及びポリエステル系基材等の被印刷基材にインクジェット方式で印刷するためのインクとして好適である。
【0090】
プラスチックフィルムは無延伸であってもよいし、一軸延伸や二軸延伸等の延伸されたものであってもよい。プラスチックフィルムの表面(印刷面)は、無処理であってもよいし、プラズマ処理、コロナ処理、放射線処理、シランカップリング処理等の表面処理がなされていてもよい。プラスチックフィルムは、単層構造であっても多層構造であってもよいし、アルミ蒸着や透明蒸着がなされていてもよい。プラスチックフィルムの厚さは、1~500μmであることが好ましく、5~200μmであることがさらに好ましい。プラスチックフィルムは、顔料や染料で着色されていてもよいし、カーボンブラック、シリカ、炭酸カルシウム、ガラス繊維、セルロースナノフィバー等の補強用フィラーが添加されたものであってもよい。
【0091】
本実施形態のインクは、サーマルヘッドやピエゾヘッド等の記録ヘッドを備えるインクジェットプリンタに適用し、インクジェット記録方法によって、前述のプラスチックフィルムを含む各種の被印刷基材に画像を記録(印刷)することができる。被印刷基材としては、前述のプラスチックフィルムの他、紙、印画紙、写真光沢紙、繊維、布地、セラミックス、金属、成形物等を用いることができる。記録される画像(印刷皮膜)は、高彩度、高発色性、密着性、及び耐摩擦性等の耐久性に優れた、いわゆる乾燥皮膜である。本実施形態のインクを用いることで、生物材料由来の成分を含む、環境に優しく、カーボンニュートラルな乾燥皮膜が形成された印刷物を得ることができる。
【実施例0092】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0093】
<バインダーの製造>
(合成実施例1)
イオン交換水252部を反応容器に入れ、窒素をバブリングしながら78℃に加温した。別容器に、スチレン(St)30部、イソボルニルアクリレート(IBXA)60部、ラウリルアクリレート(LA)10部、及びポリエチレングリコールモノドデシルエーテルスルホン酸アンモニウム塩(LA-12)(商品名「ハイテノールLA-12」、第一工業薬品社製)3部を入れ、均一に混合してモノマー混合液を調製した。IBXAは、松脂や松精油から得たα-ピネンを異性化して得られるボルネオールのアクリレートであり、植物由来のアルコールのアクリレートである。また、LAは、パーム油やヤシ油等の油脂の加水分解物である脂肪酸を分留し、得られたラウリン酸を水素還元して得たドデカノールのアクリレートである。過硫酸カリウム(KPS)3部を反応容器に添加した後、調製したモノマー混合液を2時間かけて滴下した。78℃で4時間重合し、青味白色のエマルジョンであるバインダーE-1を得た。壁面等にブツ(析出物)は生じていなかった。200メッシュでろ過したところ、メッシュにろ過残りはなかった。サンプリングした一部を150℃の乾燥機で乾燥させて恒量に達した時点の残分から算出した固形分は、29.9%であった。0.1mol/L水酸化ナトリウム水溶液を添加してエマルジョンのpHを9.0に調整した。動的光散乱式の粒子径分布測定装置(商品名「nanoSAQRA」、大塚電子社製)を使用して測定したエマルジョン粒子の数平均粒子径は、120.0nmであった。
【0094】
20mLサンプル瓶にエマルジョン10gを入れ、30回振とうさせた。振とう後に泡立ちが見られたが、1分後には消えていた。以下、振とう後に泡立ちが消えない場合を「×」、1分後に泡立ちが消滅した場合を「△」、振とうしても泡立ちが少ない場合を「〇」と評価した。
【0095】
(合成実施例2~8、合成比較例1~5)
表1及び2に示す処方としたこと以外は、前記の合成実施例1と同様にして、ポリマーエマルジョンであるバインダーE-2~8、H-1~5を得た。表1及び2の略号の意味を以下に示す。
・IBXMA:イソボルニルメタクリレート(松脂や松精油から得たα-ピネンを異性化してカンフェンとして得られるボルネオールのメタクリレートであり、植物由来のアルコールのアクリレート)
・EA:エチルアクリレート(発酵によって得たエタノールのアクリレート)
・BA:ブチルアクリレート(発酵によって得たブタノールのアクリレート)
・StA:ステアリルアクリレート(パーム油やヤシ油等の油脂の加水分解物である脂肪酸を分留し、得られたステアリン酸を水素還元して得たステアリルアルコールのアクリレート)
・KH-10:ポリオキシエチレン-1-(アリルオキシメチル)アルキルエーテル硫酸エステルアンモニウム塩(商品名「アクアロンKH-10」、第一工業製薬社製)
・POELA:ポリ(n=23)ポリエチレングリコールモノラウリルエーテル
【0096】
【0097】
【0098】
<顔料分散剤の製造>
(製造例1)
ジエチレングリコールモノブチルエーテル(BDG)100部を反応容器に入れ、窒素をバブリングして80℃に加温した。別容器に、エチルメタクリレート(EMA)20部、IBXMA30部、テトラヒドロフルフリルメタクリレート(THFMA)30部、メタクリル酸20部、及び2,2-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)1.5部を入れ、撹拌して均一なモノマー溶液を調製した。EMAは、発酵法で得たエタノールのメタクリレートである。THFMAは、とうもろこしから得たフルフリルアルコールのメタクリレートである。調製したモノマー溶液を反応容器内に2時間かけて滴下した。滴下してから1時間後にAIBN1.5部を添加し、80℃でさらに5時間反応させた。冷却後、28%アンモニア水11.6部及びイオン交換水62.7部の混合物を添加してポリマーを水溶液化し、淡褐色透明のポリマー溶液である顔料分散剤G-1の水溶液を得た。得られた顔料分散剤G-1(ポリマー)のMnは12,600、PDI(=Mw/Mn)は2.05、酸価は130.0mgKOH/gであった。また、顔料分散剤G-1の水溶液のpHは8.7であり、固形分は36.5%であった。
【0099】
(製造例2)
反応容器に、BDG283.1部、THFMA59.6部、IBXMA59.6部、ヨウ素2.0部、2,2-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)(V-70)3.6部、及びN-アイオドスクシンイミド(NIS)0.1部を入れ、窒素をバブリングしながら45℃に加温した。45℃で4時間重合してA鎖を形成させた。GPCで測定したA鎖のMnは5,100、PDIは1.21であり、重合率は約100%であった。
【0100】
次いで、THFMA119部及びメタクリル酸30.2部の混合物を添加し、45℃で4時間重合してB鎖を形成させた。GPCを測定したとろ、A鎖のピークが高分子量側にシフトし、A鎖からB鎖が伸長したA-Bブロックコポリマーが形成されたことを確認した。A-BブロックコポリマーのMnは10,700、PDIは1.31であり、B鎖のMnは5,600(=10,700-5,100)であった。固形分から算出した重合率は約100%であった。A-Bブロックコポリマーの酸価は73.0mgKOH/gであり、重合率を考慮して算出したB鎖の酸価は132.0mgKOH/gであった。
【0101】
反応液を室温まで冷却した後、28%アンモニア水23.4部及び水118.5部の混合物を添加してポリマーを水溶液化し、淡褐色透明のポリマー溶液である顔料分散剤G-2の水溶液を得た。得られた顔料分散剤G-2の水溶液のpHは9.2であり、固形分は41.1%であった。
【0102】
<インクの製造>
(実施例1)
イオン交換水864部に、顔料分散剤G-1の水溶液411部(ポリマー150部)及びC.I.ピグメントブルー15:3(PB15:3、大日精化工業社製)600部を添加し、ディゾルバーで十分撹拌混合して混合物を得た。得られた混合物を、横型媒体分散機(商品名「ダイノミル0.6リットルマルチラボ」、シンマルエンタープライゼス社製、ジルコニア製ビーズの径:0.5mm)を使用し、周速7m/sで分散処理してミルベース中に顔料を十分に分散させた。遠心分離処理(7,500rpm、20分間)した後、10μmのメンブレンフィルターでろ過して粗粒を除去した。イオン交換水を添加して濃度を調整し、顔料濃度14%である水性の顔料分散液B-1を得た。
【0103】
バインダーE-1を水で希釈し、固形分25%のバインダー溶液を得た。得られたバインダー溶液16.0部、顔料分散液B-1 28.6部、プロピレングリコール18.0部、界面活性剤(商品名「シルフェイスSAG503A」、日信化学社製)0.5部、ポリエチレンワックス0.7部、及び水36.2部を混合し、十分撹拌した後、ポアサイズ5μmのメンブランフィルターでろ過して、インクI-1を得た。得られたインクI-1の25℃における粘度は、3.2mPa・sであった。
【0104】
(実施例2)
イオン交換水517.5部に、顔料分散剤G-2の水溶液182.5部(ポリマー75.0部)及びC.I.ピグメントブルー15:3(PB15:3、大日精化工業社製)300部を添加し、ディゾルバーで十分撹拌混合して混合物を得た。そして、得られた混合物を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、顔料濃度14%である水性の顔料分散液B-2を得た。
【0105】
さらに、得られた顔料分散液B-2を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、インクI-2を得た。得られたインクI-1の25℃における粘度は、2.9mPa・sであった。
【0106】
(実施例3~9、比較例1~3)
表3及び4に示す材料を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、インクI-2~9、HI-1~3を得た。
【0107】
<評価>
プレートヒーター付きのインクジェット印刷機(商品名「MMP825H」、マスターマインド社製)、及び以下に示す被印刷基材を用意した。そして、調製したインクを使用し、インクジェット記録方式で画像を記録して印刷物を得た。
具体的には、プレートヒーターを用いて表面温度が55℃になるように被印刷基材を加熱してから各インクを付与して印刷し、90℃に温めた恒温槽にて10分間乾燥させて印刷物を得た。
[被印刷基材]
・OPPフィルム(ポリプロピレンフィルム、フタムラ化学社製、50μm)
・PETフィルム(ポリエチレンテレフタレートフィルム、フタムラ化学社製、50μm)
【0108】
(吐出安定性)
印刷中のインクの吐出状態等を目視で観察し、以下に示す評価基準にしたがってインクの吐出安定性を評価した。結果を表3及び4に示す。
〇:吐出不良が認められなかった。
△:インク液滴の他に微少のスプラッシュが認められた。
×:途中で吐出しなくなった、又はドットの飛び散りが認められた。
【0109】
(印刷物)
印刷物(画像)の外観を目視で観察し、以下に示す評価基準にしたがって印刷物の状態を評価した。結果を表3及び4に示す。
〇:スジやムラが認められず、均一な印刷物であった。
×:スジやムラが認められた。
【0110】
(密着性)
画像にセロファンテープを十分に押し当ててから剥離した。被印刷基材からの画像の剥がれ具合を目視で観察し、以下に示す評価基準にしたがって画像の密着性を評価した。結果を表3及び4に示す
◎:まったく剥がれなかった。
〇:僅かに剥がれた。
△:剥がれなかった面積よりも、剥がれた面積の方が小さかった。
×:剥がれなかった面積よりも、剥がれた面積の方が大きかった。
【0111】
(耐乾摩擦性及び耐湿摩擦性)
学振型摩擦堅牢度試験機(商品名「RT-300」、大栄科学社製)を使用し、乾燥した白布を500gの加重で画像の表面を100往復する乾摩擦試験を行った。
また、水で湿らせた白布を200gの加重で画像の表面を100往復する湿摩擦試験を行った。
摩擦試験後の画像の剥がれ具合を目視で観察し、以下に示す評価基準にしたがって画像の耐乾摩擦性及び耐湿摩擦性を評価した。結果を表3及び4に示す。
◎:まったく剥がれなかった。
○:僅かに剥がれた。
△:剥がれなかった面積よりも、剥がれた面積の方が小さかった。
×:剥がれなかった面積よりも、剥がれた面積の方が大きかった。
【0112】
(耐エタノール性)
画像表面に70%エタノール水溶液を滴下して10秒間放置した。放置後、画像表面を綿棒で往復し、画像(塗膜)が剥がれた回数を計測した。そして、以下に示す評価基準にしたがって画像の耐エタノール性を評価した。結果を表3及び4に示す。
◎:20回以上
〇:10回以上20回未満
△:5回以上10回未満
×:すぐに剥がれた~5回未満
【0113】
【0114】
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明のバインダーを用いることで、ポリプロピレン系基材、ポリエチレン系基材、及びポリエステル系基材に対する密着性及び耐摩擦性に優れた画像等の乾燥皮膜を形成しうる、環境に配慮された低粘度の水性インクジェットインクを提供することができる。そして、本発明の水性インクジェットインクは、屋外用途ディスプレイ印刷や大量高速印刷に好適であるとともに、水性フレキソ印刷インキ、水性塗料、及び水性筆記具用インキ等としても有用である。