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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024044737
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】糸状菌変異株及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/15 20060101AFI20240326BHJP
   C12N 15/56 20060101ALI20240326BHJP
   C12N 9/42 20060101ALI20240326BHJP
   C12N 9/24 20060101ALI20240326BHJP
   C12P 19/14 20060101ALI20240326BHJP
【FI】
C12N1/15 ZNA
C12N15/56
C12N9/42
C12N9/24
C12P19/14 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022150461
(22)【出願日】2022-09-21
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度~令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/高生産性微生物創製に資する情報解析システムの開発」のうち、「糸状菌を用いた有用タンパク質同時生産制御による有効性検証」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】掛下 大視
(72)【発明者】
【氏名】漁 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】志田 洋介
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 渉
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 直美
(72)【発明者】
【氏名】油谷 幸代
(72)【発明者】
【氏名】石谷 孔司
(72)【発明者】
【氏名】矢追 克郎
【テーマコード(参考)】
4B050
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050DD03
4B050KK15
4B050LL05
4B064AF01
4B064CA05
4B064CB07
4B064DA20
4B065AA70X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA01
4B065CA31
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】グルコースに起因する酵素生産阻害が抑制された糸状菌変異株の構築、及び当該糸状菌を用いた、多糖分解酵素の製造方法、バイオマスからの糖の製造方法及びバイオマスの糖化方法の提供。
【解決手段】以下の(a)~(c)より選ばれるタンパク質の発現が親株に比べて低下又は喪失した糸状菌変異株:
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質、
(c)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)~(c)より選ばれるタンパク質の発現が親株に比べて低下又は喪失した糸状菌変異株:
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質、
(c)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質。
【請求項2】
前記タンパク質の発現が喪失している、請求項1記載の糸状菌変異株。
【請求項3】
前記タンパク質がCel1bである、請求項1記載の糸状菌変異株。
【請求項4】
前記タンパク質をコードする遺伝子が欠失又は不活性化された請求項1~3のいずれか1項に記載の糸状菌変異株。
【請求項5】
前記タンパク質をコードする遺伝子が、以下の(d)~(i)のいずれかで示される請求項4記載の糸状菌変異株:
(d)配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号1に示す塩基配列と80%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(f)配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(g)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(h)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(i)配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項6】
糸状菌がトリコデルマ属に属する、請求項1~5のいずれか1項に記載の糸状菌変異株。
【請求項7】
糸状菌がトリコデルマ・リーセイである、請求項1~5のいずれか1項に記載の糸状菌変異株。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養し、培養物中にセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを生成、蓄積させる工程、及び当該培養物からセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを採取する工程を含むセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか1項に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質及びグルコースの存在下で培養し、培養物中にセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを生成、蓄積させる工程、及び当該培養物からセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを採取する工程を含むセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法。
【請求項10】
培地中に、セルラーゼ誘導物質を総量で0.1~40質量%含有し、グルコースを0.5~15質量%含有する、請求項9記載のセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法。
【請求項11】
請求項1~7のいずれか1項に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養して得られる培養物をバイオマス糖化剤として用いる、バイオマスからの糖の製造方法。
【請求項12】
請求項1~7のいずれか1項に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養して得られる培養物をバイオマス糖化剤として用いる、バイオマスの糖化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸状菌変異株、及び当該糸状菌を用いた多糖分解酵素の製造に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオマスは、化石資源を除いた再生可能な生物由来の有機性資源である。その中でもセルロース系バイオマスが注目を浴びている。セルロースを分解することで糖を製造し、得られた糖から化学変換や微生物を用いた発酵技術により石油資源の代替物やバイオ燃料などの有用資源を製造する技術の開発が、世界中で行われている。
【0003】
セルロース系バイオマスは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンを主成分として構成される。このようなバイオマスは、セルロースを分解するセルラーゼ、ヘミセルロースを分解するヘミセルラーゼ、キシラナーゼなどが相乗的に作用することにより、複雑な形式で分解されることが知られている。セルロース系バイオマスの有効活用にあたっては、セルロースやヘミセルロースを高効率に分解可能な糖化酵素の開発が必要となる。
【0004】
セルロースをグルコースにまで効率的に分解するには、上記の各種セルラーゼが総合的に機能することが必要であり、またキシランはセルロースについで植物に多く含まれる多糖類であるため、多種のセルラーゼ及びキシラナーゼを生産するトリコデルマ(Trichoderma)等の糸状菌は植物性多糖の分解菌として注目されてきた(非特許文献1)。
【0005】
特に、トリコデルマは、セルラーゼ及びキシラナーゼを同時に生産することが可能であり、しかもその複合酵素を大量に生産することから、セルラーゼ生産の宿主として検討がされてきた(非特許文献2)。
しかしながら、これら糸状菌を用いて工業的にセルラーゼ及びキシラナーゼを生産するためには、安価大量生産のための技術開発、更なる高生産な菌株の作製が必要である。
【0006】
一般的に微結晶性セルロースであるアビセルなどがセルラーゼ生産に用いられるが、高価であり工業用途への使用はコスト的に困難である。また、セルロース基質は不溶性のものが多く、工業プロセス上の負荷からも安価・可溶性の炭素源であるグルコースなどを用いることが望ましい。しかしながら、グルコースを用いた糸状菌の培養においては、カタボライト抑制と呼ばれる制御機構により、生産性の低下、または飽和が起こることが知られている。カタボライト抑制には、アスペルギルス(Aspergillus)属糸状菌などにおいては、広域制御型転写因子CreAや、CreB、CreC、CreD等が関与していることが知られており(特許文献1、2)、これらの因子を制御することによりカタボライト抑制を調節できると考えられているが、いまだグルコース阻害の回避は不充分であると考えられている。また、トリコデルマ属糸状菌においても、カタボライト抑制に関して機構解析が進められている(特許文献3、非特許文献3)。特許文献4には、コレステロール合成酵素群遺伝子の転写遺伝子Sre1の発現が親株に比べて低下又は喪失した糸状菌変異株を用いたグルコースに起因する酵素生産阻害が抑制されたセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法が開示されている。特許文献5及び非特許文献4には、チューブリンを機能低減又は機能喪失させた糸状菌変異株を用いたグルコースに起因する酵素生産阻害が抑制されたセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法が開示されている。
【0007】
一方、トリコデルマ・リーセイは、β-グルコシダーゼの1つであり、GH(Glycoside hydrolase family)1に属する酵素であるCel1bを有する(非特許文献5)。Cel1bは、同じくGH1に属するCel1aとともに、細胞内で、セルラーゼ誘導に必要な酵素として機能する。Cel1aとCel1bは、それぞれいずれかが欠損してもセルラーゼの誘導を遅延させるが、特にCel1aが欠損した場合に遅延がみられ、Cel1aとCel1bの同時欠損では、セルラーゼ誘導を大きく遅延させるもしくは誘導が行われないことが報告されている(非特許文献6、7)。しかし、グルコース高濃度存在下でのCel1bとセルラーゼ生産の関係について詳細は明らかではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2014-168424号公報
【特許文献2】特開2015-39349号公報
【特許文献3】特表平11-512930号公報
【特許文献4】国際公開公報第2017/018471号
【特許文献5】国際公開公報第2018/025929号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】近藤昭彦、天野良彦、田丸浩、「バイオマス分解酵素研究の最前線-セルラーゼ・ヘミセルラーゼを中心として-」、シーエムシー出版、10頁~19頁
【非特許文献2】小笠原渉、志田洋介、「化学と生物」 vol.50、公益社団法人 日本農芸化学会,50巻,8号,592頁~599頁,2012年08月
【非特許文献3】Amore A1, Giacobbe S, Faraco V. Curr Genomics. 2013 Jun;14(4):230-49
【非特許文献4】Shibata N, Kakeshita H, Igarashi K, Takimura Y, Shida Y, Ogasawara W, Koda T, Hasunuma T, Kondo A. Biotechnol Biofuels. 2021 Feb;14(1):39
【非特許文献5】Guo B, Sato N, Biely P, Amano Y, Nozaki K. Appl Microbiol Biotechnol. 2016 Jun;100(11):4959-68
【非特許文献6】Zhou Q, Xu J, Kou Y, Lv X, Zhang X, Zhao G, Zhang W, Chen G, Liu W. Eukaryot Cell. 2012 Nov;11(11):1371-81
【非特許文献7】Xu J, Zhao G, Kou Y, Zhang W, Zhou Q, Chen G, Liu W. Eukaryot Cell. 2014 Aug;13(8):1001-13
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、グルコースに起因する酵素生産阻害が抑制された糸状菌変異株の構築、及び当該糸状菌を用いた、多糖分解酵素の製造方法、バイオマスからの糖の製造方法及びバイオマスの糖化方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討した結果、全く意外にもCel1bの発現を喪失した糸状菌変異株で、セルラーゼ又はキシラナーゼ生産におけるグルコース阻害が飛躍的に抑制され、当該菌株が当該酵素を生産するための糸状菌として有用であることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は以下に係るものである。
[1]以下の(a)~(c)より選ばれるタンパク質の発現が親株に比べて低下又は喪失した糸状菌変異株:
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質、
(c)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質。
[2]上記[1]の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養する工程、培養物中にセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを生成、蓄積させる工程、及び当該培養物からセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを採取する工程を含むセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法。
[3]上記[1]に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質及びグルコースの存在下で培養し、培養物中にセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを生成、蓄積させる工程、及び当該培養物からセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを採取する工程を含むセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法。
[4]上記[1]に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養して得られる培養物をバイオマス糖化剤として用いる、バイオマスからの糖の製造方法。
[5]上記[1]に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養して得られる培養物をバイオマス糖化剤として用いる、バイオマスの糖化方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、セルラーゼやキシラナーゼの生産においてグルコースによる酵素生産阻害が抑制された糸状菌が提供され、当該糸状菌を用いることで、高濃度のグルコースが存在するような培養条件でもセルラーゼ及び/又はキシラナーゼ生産が可能となる。さらには、当該糸状菌を用いることによりバイオマスを糖化して糖を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】セルラーゼ誘導物質でトリコデルマ・リーセイのセルラーゼ発現を誘導したときのタンパク質生産性を示す図。黒丸の破線がPC-3-7株、黒丸の実線がPCΔCel1b株を示す。
図2】セルラーゼ誘導物質に10%グルコースを加えて培養した場合のPC-3-7株のタンパク質生産性を示す図。黒丸の破線がグルコース非添加、黒丸の実線がグルコース添加を示す。
図3】セルラーゼ誘導物質に10%グルコースを加えて培養した場合のPCΔCel1b株のタンパク質生産性を示す図。黒丸の破線がグルコース非添加、黒丸の実線がグルコース添加を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書において、アミノ酸配列及びヌクレオチド配列の同一性はLipman-Pearson法(Lipman,DJ.,Pearson.WR.:Science,1985,227:1435-1441)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0016】
本明細書において、別途定義されない限り、アミノ酸配列又は塩基配列におけるアミノ酸又は塩基の欠失、置換、付加又は挿入に関して使用される「1又は数個」とは、例えば、1~12個、好ましくは1~8個、より好ましくは1~4個であり得る。また本明細書において、アミノ酸又は塩基の「付加」には、配列の一末端及び両末端への1又は数個のアミノ酸又は塩基の付加が含まれる。
【0017】
本明細書において、別途定義されない限り、ハイブリダイゼーションに関する「ストリンジェントな条件」とは、配列同一性が約80%以上若しくは約90%以上のヌクレオチド配列を有する遺伝子の確認を可能にする条件である。「ストリンジェントな条件」としては、Molecular Cloning-A LABORATORY MANUAL THIRD EDITION(Joseph Sambrook, David W. Russell, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2001)記載の条件が挙げられる。当業者は、プローブのヌクレオチド配列や濃度、長さ等に応じて、ハイブリダイゼーション溶液の塩濃度、温度等を調節することにより、ストリンジェントな条件を適切に作り出すことができる。一例を示せば、上記「ストリンジェントな条件」とは、ハイブリダイゼーション条件としては、5×SSC、70℃以上が好ましく、5×SSC、85℃以上がより好ましく、洗浄条件としては、1×SSC、60℃以上が好ましく、1×SSC、73℃以上がより好ましい。上記SSC及び温度条件の組み合わせは例示であり、当業者であれば、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーを決定する上記若しくは他の要素を適宜組み合わせることにより、適切なストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0018】
本明細書において、遺伝子の上流及び下流とは、それぞれ、対象として捉えている遺伝子又は領域の5’側及び3’側に続く領域を示す。別途定義されない限り、遺伝子の上流及び下流とは、遺伝子の翻訳開始点からの上流領域及び下流領域には限定されない。
【0019】
<糸状菌変異株の構築>
本発明の糸状菌変異株は、以下の(a)~(c)より選ばれるタンパク質(以下、本発明のタンパク質とも称する)の発現が親株に比べて低下又は喪失した糸状菌株である。
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質、
(c)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質。
配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質は、β-グルコシダーゼ(EC 3.2.1.21)の1つで、GH(Glycoside hydrolase family)1に属する酵素である。当該タンパク質は、UniProtデータベースにてEntry:Q7Z9M2として登録されているCel1bに相当する。当該タンパク質と他のβ-グルコシダーゼとのアミノ酸配列の同一性は、Metarhizium robertsii ARSEF 23由来のβ-グルコシダーゼとは75%、Aspergillus fischeri NRRL 181由来のβ-グルコシダーゼとは74%である。
【0020】
トリコデルマ・リーセイにおいては、10種のβ-グルコシダーゼが存在し、そのうちGH1に属するものが2種(Cel1a及びCel1b)、GH3に属するものが8種である。Cel1a及びCel1bのアミノ酸配列の同一性は53%である。Cel1a及びCel1bは、細胞内でセルラーゼ誘導に必要な酵素として機能し、それぞれいずれかが欠損してもセルラーゼの誘導を遅延させるが、特にCel1aが欠損した場合に遅延がみられ、Cel1aとCel1bの同時欠損では、セルラーゼ誘導を大きく遅延させるもしくは誘導が行われないことが報告されている(前記非特許文献5、6)。斯様に、Cel1bを欠損させればタンパク質の生産性が親株に比べて低下すると考えられていたところ、Cel1bの発現を喪失した糸状菌変異株において、タンパク質の生産性が抑制されず(図1)、セルラーゼ又はキシラナーゼ生産におけるグルコース阻害が飛躍的に抑制されたこと(図3)は全く意外であった。
【0021】
配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列としては、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは97%、より好ましくは98%又はより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列が挙げられる。
【0022】
本発明のタンパク質の「発現」とは、当該タンパク質をコードする遺伝子から、翻訳産物(即ち、タンパク質)が産生され、且つ機能的な状態でその作用部位に局在することをいう。本発明のタンパク質の発現が低下したとは、結果として、糸状菌変異株の菌体内に存在する当該タンパク質の量が、親株におけるそれに比べて有意に低下している状態を意味する。したがって、本発明の糸状菌変異株における本発明のタンパク質の発現を低下又は喪失させる手段には、遺伝子レベル、転写レベル、転写後調節レベル、翻訳レベル、翻訳後修飾レベルでの改変が包含される。
【0023】
「本発明のタンパク質の発現が親株に比べて低下した」とは、糸状菌が有する当該タンパク質の発現量が親株に比べて低下していること、より具体的には親株と比較して、菌体内の当該タンパク質の発現量が、通常50%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下に低下し、それによりその活性もまた同様に低下していることを意味する。最も好ましくは、本発明のタンパク質の発現量が0%、すなわち当該タンパク質の発現喪失である。
尚、本発明のタンパク質の発現量の比較は、当該タンパク質の発現量に基づき実施される。
本発明のタンパク質の発現量は、ウェスタンブロッティングや免疫組織染色等の周知の免疫学的手法により測定することが出来る。
【0024】
本発明のタンパク質の発現が親株に比べて低下又は喪失した糸状菌変異株は、好適には、親株の糸状菌の染色体DNA上の当該タンパク質をコードする遺伝子(以下、本発明の遺伝子とも称する)を欠失又は不活性化することにより取得することができる。ここで、本発明の遺伝子とは、ORFを含む転写領域及び当該遺伝子のプロモーター等の転写調節領域からなるDNAを意味する。
本発明の遺伝子としては、具体的には以下が挙げられる:
(d)配列番号1に示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号1に示すヌクレオチド配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(f)配列番号1に示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(g)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(h)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(i)配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
ここで、配列番号1に示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドは、cel1b遺伝子である。
【0025】
本発明の遺伝子の欠失又は不活性化は、当該遺伝子の塩基配列上の1つ以上の塩基に対する変異の導入、すなわち当該遺伝子の塩基配列の一部若しくは全部の欠失、当該塩基配列に対する別の塩基配列の置換若しくは挿入(この場合、本発明のタンパク質のアミノ酸配列は、親株と同一であってもよいし、異なっていてもよい)等が挙げられる。
【0026】
塩基に対する変異を導入する領域としては、例えば、本発明の遺伝子の転写領域、及び当該遺伝子のプロモーターやエンハンサー(転写活性化領域)などの転写調節領域を挙げることができ、好ましくは転写領域を挙げることができる。
【0027】
本発明の遺伝子の転写調節領域としては、例えば、染色体DNA上における当該遺伝子の転写領域の5’末端より上流側30塩基までの領域を挙げることができる。本発明の遺伝子の転写活性化領域としては、上流側-500塩基から-1000塩基に相当する領域を挙げることができる。
【0028】
転写領域への塩基の変異の導入は、本発明のタンパク質の発現を低下又は喪失させる塩基の変異であれば、塩基の種類及び数に制限はないが、塩基の欠失としては、好ましくは10塩基以上、より好ましくは20塩基以上、さらに好ましくは100塩基以上、特に好ましくは200塩基以上の転写領域の一部、最も好ましくは転写領域全部の欠失を挙げることができる。塩基の置換としては、転写領域の5’末端から150番目以内の塩基、好ましくは100番目以内の塩基、より好ましくは50番目以内の塩基、特に好ましくは30番目以内の塩基、最も好ましくは20番目以内の塩基を置換してナンセンスコドンを導入する置換を挙げることができる。塩基の挿入としては、転写領域の5’末端から150番目以内の塩基、好ましくは100番目以内の塩基、より好ましくは50番目以内の塩基、特に好ましくは30番目以内の塩基、最も好ましくは20番目以内の塩基の直後に、50塩基以上、好ましくは100塩基以上、より好ましくは200塩基以上、さらに好ましくは500塩基以上、特に好ましくは1kb以上のDNA断片を付加することを挙げることができる。塩基の付加の好ましい態様としては、ハイグロマイシン耐性遺伝子、オーレオバシジン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子、又は当該糸状菌が有さないアセトアミダーゼ遺伝子等の栄養要求性遺伝子の導入を挙げることができる。
【0029】
糸状菌の染色体DNA上の本発明の遺伝子に塩基の変異を導入する方法としては、例えば、相同組換えを利用した方法を挙げることができる。一般的な相同組換えを利用した方法としては、塩基が欠失、置換又は挿入された変異遺伝子を、本発明の遺伝子の上流領域及び下流領域の間に挿入することにより、薬剤耐性遺伝子又は栄養要求性遺伝子を有したDNA断片を作成し、当該DNA断片を利用して、塩基の欠失等を導入したい宿主細胞内の当該遺伝子の遺伝子配座にて相同組換えを起こす方法を挙げることができる。
【0030】
相同組換えを利用した具体的な方法としては、i)当該相同組換え用DNA断片を常法により親株の糸状菌に導入した後、薬剤耐性又は栄養要求性を指標にして相同組換えによって染色体DNA上に当該相同組換え用DNA断片が組込まれた形質転換株を選択し、ii)得られた形質転換株の染色体DNAを鋳型としてPCRを行う。この際のプライマーは当該遺伝子の塩基が欠失、置換又は挿入された場所が増幅されるように設計されている。当該遺伝子の本来の長さが増幅されず、塩基の欠失、置換又は挿入を反映した長さが増幅された株を選択し、iii)最終的にサザン解析にて染色体DNAの当該遺伝子座にのみ変異型遺伝子が導入されており、それ以外の場所には導入されていない株を取得することができる。
【0031】
親株の染色体DNA上の本発明の遺伝子に塩基の変異を導入する方法としては、他にもバクテリオファージや接合を利用する方法を挙げられる。
【0032】
また、本発明の糸状菌変異株は、親株の糸状菌を突然変異処理法に付した後、本発明のタンパク質の発現が親株と比較して低下又は喪失した菌株を選択することによっても得ることが出来る。突然変異処理法としては、具体的には、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)、エチルニトロソウレア、紫外線による処理(新版 微生物実験法、1999年、126-134頁、講談社サイエンティフィック)、放射線の照射等が挙げられる。また、種々のアルキル化剤や発癌物質も変異原として用いることができる。
【0033】
あるいは、本発明の糸状菌変異株は、人工DNA切断酵素(artificial DNA nucleases又はProgrammable nuclease)を用いたゲノム編集によっても得ることが出来る。
【0034】
また、本発明の遺伝子に変異を導入せずに本発明のタンパク質の発現を低下させることもできる。このような方法としては、例えば、タンパク質をコードする遺伝子の転写産物を分解する活性を有する核酸、或いは当該転写産物からタンパク質への翻訳を抑制する核酸の導入が挙げられる。このような核酸としては、当該タンパク質をコードするmRNAの塩基配列と相補的又は実質的に相補的な塩基配列或いはその一部を含む核酸が挙げられる。
【0035】
本発明のタンパク質をコードするmRNAの塩基配列と実質的に相補的な塩基配列とは、対象糸状菌体内の生理的条件下において、当該mRNAの標的配列に結合してその翻訳を阻害し得る程度の相補性を有する塩基配列を意味し、具体的には、例えば、当該mRNAの塩基配列と完全相補的な塩基配列(すなわち、mRNAの相補鎖の塩基配列)と、オーバーラップする領域に関して、約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上、最も好ましくは約97%以上の同一性を有する塩基配列である。
【0036】
より具体的には、本発明のタンパク質をコードするmRNAの塩基配列と相補的又は実質的に相補的な塩基配列としては、上述の(d)~(i)で示したポリヌクレオチドが挙げられる。
【0037】
好適な本発明のタンパク質をコードするmRNAとしては、例えば、配列番号1に示される塩基配列を含むトリコデルマ・リーセイのCel1bをコードするmRNAを挙げることが出来る。
【0038】
「本発明のタンパク質をコードするmRNAの塩基配列と相補的又は実質的に相補的な塩基配列の一部」とは、当該タンパク質をコードするmRNAに特異的に結合することができ、且つ当該mRNAからのタンパク質の翻訳を阻害し得るものであれば、その長さや位置に特に制限はないが、配列特異性の面から、標的配列に相補的又は実質的に相補的な部分を少なくとも10塩基以上、好ましくは約15塩基以上、より好ましくは約20塩基以上含むものである。
【0039】
具体的には、本発明のタンパク質をコードするmRNAの塩基配列と相補的又は実質的に相補的な塩基配列又はその一部を含む核酸として、以下の(j)~(l)のいずれかのものが好ましく例示される。
(j)本発明のタンパク質をコードするmRNAに対するアンチセンスRNA
(k)本発明のタンパク質をコードするmRNAに対するsiRNA(small interfering RNA)
(l)本発明のタンパク質をコードするmRNAに対するリボザイム
【0040】
本発明における親株としては、本発明のタンパク質を発現し、且つセルラーゼ活性及び/又はキシラナーゼ活性を有する糸状菌であれば、限定されず、真菌門(Eumycota)及び卵菌門(Oomycota)に属する糸状菌が挙げられる。具体的には、上記糸状菌としては、トリコデルマ属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、ニューロスポラ(Neurospora)属、フサリウム(Fusarium)属、クリソスポリウム(Chrysosporium)属、フミコーラ(Humicola)属、エメリセラ(Emericella)属、及びハイポクレア(Hypocrea)属の糸状菌が挙げられるが、好ましくはトリコデルマ属の糸状菌である。
【0041】
前記トリコデルマ属の糸状菌としては、トリコデルマ・リーセイ、トリコデルマ・ロンジブラキアタム(Trichoderma longibrachiatum)トリコデルマ・ハリジアウム(Trichoderma harzianum)、トリコデルマ・コニンギ(Trichoderma koningii)及びトリコデルマ・ヴィリデ(Trichoderma viride)等が挙げられるが、好ましくはトリコデルマ・リーセイであり、より好ましくはトリコデルマ・リーセイPC-3-7株(ATCC 66589)である。
【0042】
親株である糸状菌は、野生型株であってもよく、当該野生型株から人工的に育種された株でもよく、そのゲノム中の塩基配列が置換、付加、欠失又は修飾された変異型株(変異体)又は突然変異体であってもよい。
【0043】
本発明の糸状菌変異株の好適な例としては、トリコデルマ・リーセイPC-3-7株(ATCC 66589)のcel1b遺伝子を相同的組換えにより欠失させ、Cel1bの発現を喪失させることにより得られる糸状菌が挙げられ、具体的には、後述する実施例に開示したトリコデルマ・リーセイPCΔCel1bを挙げることができる。
【0044】
斯くして構築された本発明の糸状菌変異株は、菌体内の本発明のタンパク質の発現が親株と比べて低下又は喪失していることに起因して、セルラーゼ又はキシラナーゼの生産において親株よりもグルコースによる阻害が抑えられる。
したがって、本発明の糸状菌変異株を用いれば、グルコースが培地中に高濃度で存在している場合においても、セルラーゼ又はキシラナーゼの生産性低下が抑えられる。
【0045】
<セルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造>
本発明の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養し、培養物中にセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを生成、蓄積させ、当該培養物からセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを採取することにより、セルラーゼ及び/又はキシラナーゼを製造することができる。
【0046】
ここで、「セルラーゼ誘導物質」としては、セルラーゼ生産性糸状菌のセルラーゼ生産を誘導する物質であれば制限はないが、例えばセルロース;ソホロース;並びにセロビオース、セロトリオース、セロテトラオース、セロペンタオース及びセロヘキサオース等のセロオリゴ糖から選ばれる化合物を挙げることができる。
【0047】
ここで、セルロースには、グルコースがβ-1,4-グルコシド結合により重合した重合体及びその誘導体が包含される。グルコースの重合度は特に限定されない。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、又はエステル化等の誘導体が挙げられる。さらに、セルロースは、配糖体であるβグルコシド、リグニン及び/又はヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロース、さらにペクチン等との複合体であってもよい。セルロースは、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよい。
【0048】
セルラーゼ誘導物質は、一括添加(バッチ法)、分割添加(フェドバッチ法)あるいは連続添加(フィード法)等の任意の方法で添加することができる。培地中に添加するセルラーゼ誘導物質の量は、本発明の糸状菌がセルラーゼ及び/又はキシラナーゼ産生を誘導できる量であればよく、添加法によっても異なるが、培地に対して、総量で、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.5質量%以上、より好ましくは1質量%以上であり、かつ好ましくは40質量%以下、より好ましくは35質量%以下、より好ましくは30質量%以下である。また、好ましくは0.1~40質量%、より好ましくは0.5~35質量%、より好ましくは1~30質量%である。
このうち、一括添加する場合の添加量は、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.5質量%以上、より好ましくは1質量%以上であり、かつ好ましくは16質量%以下、より好ましくは14質量%以下、より好ましくは12質量%以下である。また、好ましくは0.1~16質量%、より好ましくは0.5~14質量%、より好ましくは1~12質量%である。
【0049】
本発明の方法で用いられる培地は、炭素源、窒素源、無機塩、ビタミンなど、本発明の糸状菌の増殖並びにセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの生産に必要な栄養素を含む限り、合成培地、天然培地のいずれでもよい。
【0050】
炭素源としては、本発明の糸状菌変異株が資化できる炭素源であればいずれでもよく、具体的には、上記したセルラーゼ誘導物質の他、グルコース、フラクトースのような糖質、エタノール、グリセロールのようなアルコール類、酢酸のような有機酸類などを挙げることができる。これらは単独で、又は複数を組み合わせて使用することができる。
本発明の糸状菌変異株は、培養開始時にグルコースが培地中に存在している場合においても、セルラーゼ又はキシラナーゼの生産性が抑制されない。この場合、グルコースの添加量は、培地に対して、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.5質量%以上、より好ましくは2.5質量%以上であり、かつ好ましくは15質量%以下、より好ましくは12質量%以下、より好ましくは10質量%以下である。また、好ましくは0.1~15質量%、より好ましくは0.5~12質量%、より好ましくは2.5~10質量%である。また、培地中のセルラーゼ誘導物質とグルコースの量は、質量比で10:1~1:4であるのが好ましく、4:1~1:2であるのがより好ましい。
【0051】
窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウム等のアンモニウム塩、アミン等の窒素化合物、ペプトン、大豆加水分解物のような天然窒素源などを挙げることができる。
【0052】
無機塩としては、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、炭酸カリウムなどを挙げることができる。
【0053】
ビタミンとしては、ビオチンやチアミンなどをあげることができる。さらに必要に応じて本発明の糸状菌が生育に要求する物質を添加することができる。
【0054】
培養は、好ましくは振とう培養や通気攪拌培養のような好気的条件で行う。培養温度は好ましくは10℃以上、より好ましくは20℃以上、より好ましくは25℃以上であり、且つ好ましくは50℃以下、より好ましくは42℃以下、より好ましくは35℃以下である。また、好ましくは10~50℃、より好ましくは20~42℃、より好ましくは25~35℃である。
培養時のpHは3~9、好ましくは4~5である。培養時間は、10時間~10日間、好ましくは2~7日間である。
【0055】
培養終了後、培養物を回収し、必要に応じて超音波や加圧等による菌体破砕処理を行い、ろ過や遠心分離等によって固液分離した後、限外ろ過、塩析、透析、クロマトグラフィー等を適宜組み合わせることによりセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを取得できる。なお、分離精製の程度は特に限定されない。培養上清やその粗分離精製物自体をセルラーゼ及びキシラナーゼとして利用することもできる。
【0056】
尚、本発明において、「セルラーゼ」とは、セルロースを分解する酵素の総称であり、セルロースの分子内部から切断するエンドグルカナーゼ(EC 3.2.1.4);セルロースの還元末端又は非還元末端から分解し、セロビオースを遊離するエキソグルカナーゼ(セロビオヒドロラーゼ、EC 3.2.1.91)及びβ-グルコシダーゼ(EC 3.2.1.21)を包含する。
「キシラナーゼ」とは、キシランのβ1-4結合を加水分解し、キシロースを生成する酵素(EC 3.2.1.8)である。
本明細書において、「セルラーゼ及び/又はキシラナーゼ」とは、セルラーゼ及びキシラナーゼからなる群より選択される少なくとも1種を意味する。
【0057】
本発明の糸状菌変異株を用いたセルロース又はキシランの分解又は糖化、及び単糖の製造は、公知の方法を用いて行うことができる。
すなわち、上述した、本発明の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養して得られる培養物をバイオマス糖化剤とし、これとセルロース又はキシラン含有物質(バイオマス)を水性媒体中に共存させ、撹拌または振とうしながら加温することにより、バイオマスを分解または糖化し、単糖を製造することができる。
セルロース又はキシラン含有物質としては、上記培地に含めるセルラーゼ誘導物質として挙げたものを利用することができる。
バイオマスの分解又は糖化において、反応液のpH及び温度は、セルラーゼ又はキシラナーゼが失活しない範囲内であればよく、一般的に、常圧で反応を行う場合、温度は5~95℃、pHは1~11の範囲で行われる。
バイオマスの分解又は糖化の工程は、バッチ式で行っても、連続式で行ってもよい。
【0058】
上述した実施形態に関し、本発明においては更に以下の態様が開示される。
<1>以下の(a)~(c)より選ばれるタンパク質の発現が親株に比べて低下又は喪失した糸状菌変異株:
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質、
(c)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質。
<2>前記タンパク質の発現が喪失している、<1>の糸状菌変異株。
<3>前記タンパク質がCel1bである、<1>の糸状菌変異株。
<4>前記タンパク質をコードする遺伝子が欠失又は不活性化された<1>~<3>のいずれか1項に記載の糸状菌変異株。
<5>前記タンパク質をコードする遺伝子が、以下の(d)~(i)のいずれかで示される<4>の糸状菌変異株:
(d)配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号1に示す塩基配列と80%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(f)配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(g)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(h)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(i)配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つβ-グルコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
<6>糸状菌がトリコデルマ属に属する、<1>~<5>のいずれか1項に記載の糸状菌変異株。
<7>糸状菌がトリコデルマ・リーセイである、<1>~<5>のいずれか1項に記載の糸状菌変異株。
<8><1>~<7>のいずれか1項に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養し、培養物中にセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを生成、蓄積させる工程、及び当該培養物からセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを採取する工程を含むセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法。
<9><1>~<7>のいずれか1項に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質及びグルコースの存在下で培養し、培養物中にセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを生成、蓄積させる工程、及び当該培養物からセルラーゼ及び/又はキシラナーゼを採取する工程を含むセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法。
<10>培地中に、セルラーゼ誘導物質を総量で0.1~40質量%、好ましくは0.5~35質量%、より好ましくは1~30質量%含有し、グルコースを0.1~15質量%、好ましくは0.5~12質量%、より好ましくは2.5~10質量%含有する、<9>のセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法。
<11>セルラーゼ誘導物質とグルコースが、質量比で10:1~1:4、好ましくは4:1~1:2である<10>のセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法。
<12><1>~<7>のいずれか1項に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養して得られる培養物をバイオマス糖化剤として用いる、バイオマスからの糖の製造方法。
<13><1>~<7>のいずれか1項に記載の糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養して得られる培養物をバイオマス糖化剤として用いる、バイオマスの糖化方法。
【実施例0059】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0060】
実施例1 糸状菌変異株の作製
(1)遺伝子欠損用プラスミドDNAの構築
トリコデルマ・リーセイPC-3-7株(ATCC 66589)のゲノムDNA上のTRIREDRAFT_22197(1,4-β-グルコシダーゼ)をコードする遺伝子(以下、cel1bと称する、配列番号1)を、ウリジン合成酵素遺伝子(pyr4)発現カセットとの相同組換えにより欠損させるための、遺伝子欠損用プラスミドを構築した。
【0061】
PC-3-7株のゲノムDNAを鋳型に、表1に示すプライマーを用いたPCRにより、cel1b遺伝子の上流配列及び下流配列、ならびにpyr4発現カセット(pyr4遺伝子のプロモーター、構造遺伝子及びターミネーターを含む断片)を増幅した。得られた上流配列及び下流配列とpyr4発現カセットを、Gibson Assembly Master Mix(New England Biolabs社)を用いてpUC118のHincII制限酵素切断断片に挿入することで、遺伝子欠損用プラスミドを構築した。
【0062】
得られたプラスミドを用いてE.coli DH5α(タカラバイオ社)のコンピテントセルを形質転換した。アンピシリン耐性株として得られた形質転換体の中から、コロニーPCRと抽出したプラスミドの制限酵素切断パターンとに基づいて、目的のプラスミドを保持する菌株を選別した。選別した形質転換体を、アンピシリン添加LB培地を用いて培養した(37℃、一晩)。得られた菌体から、QIAGEN Plasmid Midi Kit(QIAGEN社)を用いてプラスミドを回収し、精製した。得られた遺伝子欠損用プラスミドをpUCΔcel1b-pyr4と称する。pUCΔcel1b-pyr4は、トリコデルマ・リーセイのゲノムDNA由来のcel1b遺伝子の上流配列及び下流配列と、それらの間に配置されたpyr4発現カセットとを含む。
【0063】
【表1】
【0064】
(2)遺伝子欠損糸状菌変異株の作製
トリコデルマ・リーセイPC-3-7株(ATCC 66589)のウリジン要求性株に対して、上記(1)で構築したpUCΔcel1b-pyr4による形質転換を行った。プラスミドの導入はプロトプラスト-PEG法で行った。形質転換体はウリジンを含まない完全合成培地より、ウリジン生合成能にて選抜した。得られた形質転換体の中から、cel1b遺伝子の位置にpyr4が挿入されたcel1b遺伝子欠損株の候補を、コロニーPCRにより選別した。さらに得られた候補株の中から、pyr4カセットが二重交叉により目的の位置に1コピーだけ導入された株をサザン解析により選別した。この1コピーpyr4を有する組換え株を、cel1b遺伝子欠損糸状菌変異株(PCΔcel1b)として取得した。
【0065】
実施例2 糸状菌変異株を用いたタンパク質製造
(1)糸状菌変異株の培養
形質転換体の酵素生産性は、以下に示す培養により評価した。前培養として500mLフラスコに培地を50mL仕込み、10個/mLになるようトリコデルマ・リーセイPC-3-7株(親株)と実施例1で作製したPCΔcel1bのそれぞれの胞子を植菌し、28℃、220rpmにて振とう培養した(プリス社製PRXYg-98R)。培地組成は以下の通りである。1% グルコース、0.14% (NHSO、0.2% KHPO、0.03% CaCl・2HO、0.03% MgSO・7HO、0.1% ハイポリペプトンN、0.05% Bacto Yeast extract、0.1% Tween 80、0.1% Trace element、50mM 酒石酸バッファー(pH4.0)。Trace elementの組成は以下の通りであった:6mg HBO、26mg (NHMo24・4HO、100mg FeCl・6HO、40mg CuSO・5HO、8mg MnCl・4HO、200mg ZnClを蒸留水にて100mLにメスアップした。
2日間の前培養後、ジャーファーメンター(バイオット社製BMZ)を用いて本培養を行った。上記前培養液を5%(v/v%)植菌し、5日間培養を行った。炭素源として10% 粉末セルロース(KCフロック(登録商標)W-400G(日本製紙))とし、その他の培地成分は以下の通りである。0.42% (NHSO、0.2% KHPO、0.03% CaCl・2HO、0.03% MgSO・7HO、0.1% ハイポリペプトンN、0.05% Bacto Yeast extract、0.1% Tween 80、0.1% Trace element、0.2% Antifoam PE-L。ジャーファーメンターの設定は以下の通りである。温度:28℃、通気量:0.5vvm、pH4.5(5% アンモニア水で調整)、撹拌数は700rpm一定。本培養は5日間(120時間)行った。
【0066】
(2)タンパク質生産性の評価
(1)で得られた培養上清中におけるタンパク質濃度を調べた。
タンパク質濃度は、バイオ・ラッドプロテインアッセイ(バイオ・ラッド社)を用いて、培養上清の595nmにおける吸光度を測定し、ウシγグロブリンを標準タンパク質とした検量線をもとに培養上清中のタンパク質濃度(mg/mL)を計算した。
その結果、PCΔcel1b株は、PC-3-7株(親株)と比べてタンパク質生産性が向上していることが分かった(図1)。
【0067】
実施例3 糸状菌変異株のグルコース存在下での培養
(1)糸状菌変異株の培養
培地にグルコースを添加した培養実験は、炭素源として、10% 結晶セルロース(FD101(登録商標)、旭化成)または10% FD101(旭化成)+10% グルコースとした。その他の培地成分は実施例2(1)と同じである。ジャーファーメンターの設定は以下の通りである。温度:28℃、通気量:1.0vvm、pH4.5(5% アンモニア水で調整)、撹拌数は900rpm一定。本培養は5日間(120時間)行った。
【0068】
(2)タンパク質生産性の評価
(1)で得られた培養上清中におけるタンパク質濃度を実施例2(2)と同様に調べた。
その結果、PCΔcel1b株は、バッチ培養において、培地調整時に高濃度にグルコースを仕込んで培養を開始しても、PC-3-7株(親株)のように、タンパク質(セルラーゼ)生産が低下する(図2)ことなく、タンパク質生産をすることが分かった(図3)。
図1
図2
図3
【配列表】
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