IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 花王株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人長岡技術科学大学の特許一覧

特開2024-44738変異糸状菌、及びそれを用いたタンパク質の製造方法
<>
  • 特開-変異糸状菌、及びそれを用いたタンパク質の製造方法 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024044738
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】変異糸状菌、及びそれを用いたタンパク質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/15 20060101AFI20240326BHJP
   C12N 9/30 20060101ALI20240326BHJP
   C12N 15/56 20060101ALN20240326BHJP
【FI】
C12N1/15 ZNA
C12N9/30
C12N15/56
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022150462
(22)【出願日】2022-09-21
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度~令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/高生産性微生物創製に資する情報解析システムの開発」のうち、「糸状菌を用いた有用タンパク質同時生産制御による有効性検証」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】掛下 大視
(72)【発明者】
【氏名】漁 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】新井 俊陽
(72)【発明者】
【氏名】志田 洋介
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 渉
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 直美
(72)【発明者】
【氏名】油谷 幸代
(72)【発明者】
【氏名】石谷 孔司
(72)【発明者】
【氏名】矢追 克郎
【テーマコード(参考)】
4B050
4B065
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050DD03
4B050LL05
4B050LL10
4B065AA70X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA27
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】糸状菌におけるタンパク質生産性の制御。
【解決手段】配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子又はこれに相当する遺伝子の発現が強化又は抑制されている、変異糸状菌。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1のヌクレオチド配列又はこれと少なくとも98%の同一性を有するヌクレオチド配列からなる遺伝子の発現が強化又は抑制されている、変異糸状菌。
【請求項2】
前記遺伝子の発現が抑制され且つタンパク質生産性が向上している、請求項1記載の変異糸状菌。
【請求項3】
前記遺伝子が欠失又は不活性化している、請求項2記載の変異糸状菌。
【請求項4】
前記遺伝子の発現が強化され且つタンパク質生産性が低減している、請求項1記載の変異糸状菌。
【請求項5】
前記タンパク質がセルラーゼ及びキシラナーゼからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項2~4のいずれか1項記載の変異糸状菌。
【請求項6】
前記糸状菌がトリコデルマ属菌である、請求項1~5のいずれか1項記載の変異糸状菌。
【請求項7】
請求項2又は3記載の変異糸状菌を培養することを含む、タンパク質の製造方法。
【請求項8】
前記タンパク質がセルラーゼ及びキシラナーゼからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記糸状菌がセルラーゼ誘導物質の存在下で培養される、請求項7又は8記載の方法。
【請求項10】
前記糸状菌がトリコデルマ属菌である、請求項7~9のいずれか1項記載の方法。
【請求項11】
培養物から前記タンパク質を回収することをさらに含む、請求項7~10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
宿主糸状菌において、配列番号1のヌクレオチド配列又はこれと少なくとも98%の同一性を有するヌクレオチド配列からなる遺伝子の発現を強化又は抑制することを含む、変異糸状菌の製造方法。
【請求項13】
前記遺伝子の発現を抑制することを含み、且つ前記変異糸状菌はタンパク質生産性が向上している、請求項12記載の方法。
【請求項14】
前記遺伝子を欠失又は不活性化することを含む、請求項13記載の方法。
【請求項15】
前記遺伝子の発現を強化することを含み、且つ前記変異糸状菌はタンパク質生産性が低減している、請求項12記載の方法。
【請求項16】
宿主糸状菌において配列番号1のヌクレオチド配列又はこれと少なくとも98%の同一性を有するヌクレオチド配列からなる遺伝子の発現を抑制することを含む、糸状菌におけるタンパク質生産性の向上方法。
【請求項17】
前記遺伝子を欠失又は不活性化することを含む、請求項16記載の方法。
【請求項18】
宿主糸状菌において配列番号1のヌクレオチド配列又はこれと少なくとも98%の同一性を有するヌクレオチド配列からなる遺伝子の発現を強化することを含む、糸状菌におけるタンパク質生産性の低減方法。
【請求項19】
前記タンパク質がセルラーゼ及びキシラナーゼからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項13~18のいずれか1項記載の方法。
【請求項20】
前記糸状菌がトリコデルマ属菌である、請求項12~19のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変異糸状菌、及びそれを用いたタンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース系バイオマスを分解して糖を製造し、得られた糖からバイオ燃料などの有用資源を製造する技術が開発されている。セルロース系バイオマスは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンを主成分として構成され、その分解には、セルラーゼ、キシラナーゼなどの、セルロースやヘミセルロースを分解可能な糖化酵素が用いられる。
【0003】
糖化酵素の生産菌として、トリコデルマ(Trichoderma)などの糸状菌が注目されている。特に、トリコデルマは、セルラーゼ及びキシラナーゼを同時に生産可能であることから、バイオマス分解用の酵素の生産菌として有用である。特許文献1には、チューブリンを機能低減又は機能喪失させた糸状菌変異株をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養して得られる培養物を、バイオマス糖化剤として用いることが開示されている。特許文献2には、Sre1の発現が親株に比べて低下又は喪失した糸状菌変異株を用いたセルラーゼ及び/又はキシラナーゼの製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開公報第2018/025929号
【特許文献2】国際公開公報第2017/018471号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、糸状菌のタンパク質生産性の制御に関する。また本発明は、タンパク質生産性が制御された変異糸状菌、及び該変異糸状菌を用いたタンパク質の製造方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、糸状菌のタンパク質生産性の制御に関わる遺伝子を新たに見出した。該遺伝子の発現を調節することで、糸状菌のタンパク質生産性を制御することが可能になる。
【0007】
したがって、本発明は、配列番号1のヌクレオチド配列又はこれと少なくとも98%の同一性を有するヌクレオチド配列からなる遺伝子の発現が強化又は抑制されている、変異糸状菌を提供する。
また本発明は、前記変異糸状菌を培養することを含む、タンパク質の製造方法を提供する。
さらに本発明は、宿主糸状菌において、配列番号1のヌクレオチド配列又はこれと少なくとも98%の同一性を有するヌクレオチド配列からなる遺伝子の発現を強化又は抑制することを含む、変異糸状菌の製造方法を提供する。
さらに本発明は、宿主糸状菌において配列番号1のヌクレオチド配列又はこれと少なくとも98%の同一性を有するヌクレオチド配列からなる遺伝子の発現を強化又は抑制することを含む、糸状菌におけるタンパク質生産性の低減又は向上方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、新たに見出された糸状菌のタンパク質生産性の制御に関わる遺伝子、且つ当該遺伝子の発現を調節することによる、糸状菌のタンパク質生産性を制御するための新たな技術を提供する。当該技術に基づいて、本発明は、タンパク質生産性が向上又は低減した変異糸状菌を提供する。該タンパク質生産性が向上した該変異糸状菌は、タンパク質製造に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】変異糸状菌におけるタンパク質生産量の向上。黒丸の破線はPCΔ32755を、黒丸の実線はその親株PC-3-7を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書において、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列の同一性は、Lipman-Pearson法(Science,1985,227:1435-1441)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGENETY Ver.12のホモロジー解析プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0011】
本明細書において、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列に関する「少なくとも90%の同一性」とは、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、さらに好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは98.5%以上、さらに好ましくは99%以上、さらに好ましくは99.5%以上の同一性をいう。
【0012】
本明細書における「1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列」とは、好ましくは1個以上10個以下、より好ましくは1個以上5個以下、さらに好ましくは1個以上3個以下のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列をいう。また本明細書における「1個又は数個のヌクレオチドが欠失、置換、付加、又は挿入されたヌクレオチド配列」とは、好ましくは1個以上30個以下、より好ましくは1個以上15個以下、さらにより好ましくは1個以上9個以下のヌクレオチドが欠失、置換、付加、又は挿入されたヌクレオチド配列をいう。本明細書において、アミノ酸又はヌクレオチドの「付加」には、配列の一末端及び両末端へのアミノ酸又はヌクレオチドの付加が含まれる。
【0013】
本明細書において、遺伝子に関する「上流」及び「下流」とは、該遺伝子の転写方向の上流及び下流をいう。例えば、遺伝子の「上流配列」「下流配列」とは、それぞれDNAセンス鎖において該遺伝子の3’側及び5’側に位置する配列をいう。
【0014】
本明細書において、制御領域と遺伝子との「作動可能な連結」とは、遺伝子と制御領域とが、該遺伝子が該制御領域の制御の下で発現し得るように連結されていることをいう。遺伝子と制御領域との「作動可能な連結」の手順は当業者に周知である。
【0015】
本発明は、糸状菌のタンパク質生産性の制御に関わることが新たに見出された遺伝子、及び当該遺伝子を用いた糸状菌のタンパク質生産性制御に関する。
【0016】
本発明において糸状菌のタンパク質生産性制御に用いられる遺伝子(以下、「本発明の遺伝子)とも称する)は、配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子又はこれに相当する遺伝子である。配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子は、データベースJGI Genome Portal Trichoderma reesei v2.0([mycocosm.jgi.doe.gov/Trire2/Trire2.home.html])においてProtein iD: 32755として、及びNCBI Proteinデータベース([www.ncbi.nlm.nih.gov/protein])において、uncharacterized protein TRIREDRAFT_32755として識別されるアミノ酸配列(配列番号2)をコードする遺伝子である。配列番号2のアミノ酸配列は、転写制御因子の機能を持つことが推定される。
【0017】
本発明において用いられる配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子に「相当する遺伝子」の例としては、配列番号1のヌクレオチド配列と少なくとも90%の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つ転写制御因子として機能する遺伝子が挙げられる。あるいは、配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子と極めて高い配列同一性を有する遺伝子、例えば、配列番号1のヌクレオチド配列に対して1個又は数個のヌクレオチドが欠失、置換、付加又は挿入されたヌクレオチド配列からなる遺伝子;ならびに、配列番号1のヌクレオチド配列と98%以上、好ましくは98.5%以上、より好ましくは99%以上、さらに好ましくは99.5%以上の配列同一性を有する遺伝子もまた、該「相当する遺伝子」の例として挙げられる。
【0018】
一態様において、本発明は、上述の本発明の遺伝子の発現が改変された変異糸状菌を提供する。より詳細には、本発明の変異糸状菌は、本発明の遺伝子の発現が強化又は抑制されているものである。本発明の遺伝子の発現を改変することにより、本発明の変異糸状菌は、タンパク質生産性が改変されている。一実施形態において、本発明の変異糸状菌は、本発明の遺伝子の発現が抑制されており、且つタンパク質生産性が向上している。別の一実施形態において、本発明の変異糸状菌は、本発明の遺伝子の発現が強化されており、且つタンパク質生産性が低減している。
【0019】
本明細書において、変異糸状菌における本発明の遺伝子の「発現の強化」及び「発現の抑制」とは、それぞれ、変異糸状菌における本発明の遺伝子の発現量が、該変異糸状菌の親糸状菌(すなわち、本発明の遺伝子が改変されていない宿主糸状菌)に比べて強化及び抑制されていることをいう。本発明の遺伝子の発現が強化された変異糸状菌は、本発明の遺伝子の発現量が、その親糸状菌と比べて向上し、好ましくは、親糸状菌の発現量の110%以上、より好ましくは120%以上、さらに好ましくは150%以上に向上する。一方、本発明の遺伝子の発現が抑制された変異糸状菌は、本発明の遺伝子の発現量が、その親糸状菌と比べて低下し、好ましくは、親糸状菌の発現量の50%以下、より好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%以下に低下する。さらに好ましくは、本発明の遺伝子の発現が抑制された変異糸状菌では、本発明の遺伝子の発現は検出できない程度(例えば、後述する遺伝子発現解析手法での陰性対照又はバックグラウンドの発現レベル以下)に消失している。
【0020】
本明細書において、変異糸状菌における「タンパク質生産性の向上」及び「タンパク質生産性の低減」とは、それぞれ、該変異糸状菌におけるタンパク質生産量が、その親糸状菌に比べて向上及び低減していることをいう。タンパク質生産性が向上した本発明の変異糸状菌によるタンパク質生産量は、その親糸状菌によるタンパク質の生産量と比べて、好ましくは103%以上、より好ましくは105%以上、さらに好ましくは108%以上に向上している。一方、タンパク質生産性が低減した本発明の変異糸状菌によるタンパク質生産量は、その親糸状菌によるタンパク質の生産量と比べて、好ましくは95%以下、より好ましくは90%以下、さらに好ましくは80%以下に低下している。好ましくは、本明細書におけるタンパク質生産性は、培養2~7日後、より好ましくは72~120時間後における糸状菌のタンパク質生産量を基準とする。
【0021】
本発明の変異糸状菌において生産性が向上又は低減するタンパク質の種類は特に限定されないが、好ましくは、該糸状菌の細胞外に放出される分泌タンパク質(好ましくは酵素)であり、より好ましくは、セルロース系バイオマスの分解に関わる糖化酵素であり、さらに好ましくは、セルラーゼ及びキシラナーゼからなる群より選択される少なくとも1種である。本明細書において、「セルラーゼ」とは、セルロースを分解する酵素の総称であり、セルロースの分子内部から切断するエンドグルカナーゼ(EC 3.2.1.4);セルロースの還元末端又は非還元末端から分解し、セロビオースを遊離するエキソグルカナーゼ(セロビオヒドロラーゼ、EC 3.2.1.91);及び、β-グルコシダーゼ(EC 3.2.1.21)を包含する。また本明細書において、「キシラナーゼ」とは、キシランのβ1-4結合を加水分解し、キシロースを生成する酵素(EC 3.2.1.8)をいう。
【0022】
遺伝子の発現量は、ノザンブロッティング、定量PCR、マイクロアレイ等の通常の手法により測定することができる。タンパク質の発現量は、ウェスタンブロッティング、比色定量、クロマトグラフィー等の通常の手法により測定することができる。
【0023】
本発明の変異糸状菌は、宿主糸状菌(親)において、上述の本発明の遺伝子の発現を強化又は抑制することによって製造することができる。一実施形態において、本発明の変異糸状菌は、本発明の遺伝子の発現を強化することによって製造された、タンパク質生産性が低減した変異糸状菌である。好ましい実施形態において、本発明の変異糸状菌は、本発明の遺伝子の発現を抑制することによって製造された、タンパク質生産性が向上した変異糸状菌である。
【0024】
宿主糸状菌における遺伝子の発現を抑制する手段としては、該遺伝子を欠失又は不活性化させることが挙げられる。遺伝子を欠失又は不活性化させる手段としては、該遺伝子の配列の一部もしくは全部の削除;該遺伝子のプロモーター領域に対する削除や突然変異導入による該プロモーターの不活性化、などが挙げられる。
【0025】
遺伝子の発現を抑制するための別の手段としては、該遺伝子の発現産物を低減又は機能喪失させることが挙げられる。発現産物の低減の手段の例としては、アンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNA等による、該遺伝子の転写物の翻訳阻害が挙げられる。発現産物を機能喪失させる手段の例としては、該遺伝子の配列に対する別の配列の置換もしくは挿入又は突然変異導入による、あるいはアプタマーや抗体などの阻害物質による、発現したペプチドの不活性化(例えば転写因子機能の阻害)が挙げられる。
【0026】
上記の遺伝子配列の削除、置換、挿入や、突然変異導入のための具体的な手法としては、例えば、エチルメタンスルホネート、N-メチル-N-ニトロソグアニジン、亜硝酸等の化学的変異原又は紫外線、X線、ガンマ線、イオンビーム等の物理的変異原による突然変異誘発、部位特異的変異導入法、Dieffenbachら(Cold Spring Harbar Laboratory Press,New York,581-621,1995)に記載の方法、などが挙げられる。部位特異的変異導入の手法としては、相同組換え法、Splicing overlap extension(SOE)PCR(Horton et al.,Gene 77,61-68,1989)を利用した方法、ODA法(Hashimoto-Gotoh et al.,Gene,152,271-276,1995)、Kunkel法(Kunkel,T.A.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,1985,82,488)、人工DNA切断酵素(artificial DNA nucleases又はProgrammable nuclease)を用いたゲノム編集、などが挙げられる。あるいは、Site-Directed Mutagenesis System Mutan-SuperExpress Kmキット(タカラバイオ社)、TransformerTM Site-Directed Mutagenesisキット(Clonetech社)、KOD-Plus-Mutagenesis Kit(東洋紡社)等の市販の部位特異的変異導入用キットを利用することもできる。
【0027】
一方、宿主糸状菌における遺伝子の発現を強化する手段としては、該宿主に対して該遺伝子をコードするポリヌクレオチドを外部から発現可能に導入する方法;宿主ゲノム上の該遺伝子の制御領域を改変することで、該遺伝子の転写量を向上させる方法、などが挙げられる。例えば、目的の遺伝子を含むベクター又はDNA断片を宿主糸状菌に導入すればよい。必要に応じて、該導入される目的遺伝子は、制御領域と作動可能に連結されていてもよい。該目的遺伝子に連結される制御領域は、該ベクター又はDNA断片が導入された宿主内で、導入された遺伝子を発現させるための配列であり、例えば、プロモーターやターミネーター等の発現調節領域、複製開始点などが挙げられる。該制御領域の種類は、ベクター又はDNA断片を導入する宿主の種類に応じて適宜選択することができる。該ベクター又はDNA断片に含まれる目的遺伝子及び制御領域は、宿主の核に導入されてもよいが、宿主ゲノムに導入されてもよい。あるいは、該ベクター又はDNA断片に含まれる目的の遺伝子を宿主ゲノムに導入し、該ゲノム上の高発現プロモーターと作動可能に連結させてもよい。あるいは、高発現プロモーターを含むベクター又はDNA断片を宿主に導入し、宿主ゲノム上の目的の遺伝子と該高発現プロモーターを作動可能に連結してもよい。好ましくは、該ベクターは発現ベクターである。
【0028】
宿主糸状菌へのベクター又はDNA断片の導入には、一般的な形質転換法、例えばエレクトロポレーション法、トランスフォーメーション法、トランスフェクション法、接合法、プロトプラスト-PEG法、パーティクル・ガン法、アグロバクテリウム法等を用いることができる。ベクター又はDNA断片を宿主のゲノムに導入する手段としては、相同組換え法、人工DNA切断酵素を用いたゲノム編集などが挙げられる。
【0029】
本発明の変異糸状菌の宿主糸状菌(親)としては、上述の本発明の遺伝子を保有する糸状菌であれば、特に限定されない。該宿主糸状菌の例としては、トリコデルマ属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、ニューロスポラ(Neurospora)属、フサリウム(Fusarium)属、クリソスポリウム(Chrysosporium)属、フミコーラ(Humicola)属、エメリセラ(Emericella)属、ハイポクレア(Hypocrea)属などの糸状菌が挙げられる。好ましくは、該宿主糸状菌は、セルラーゼ、キシラナーゼ等の糖化酵素を発現する糸状菌であり、より好ましくは、トリコデルマ属菌である。該トリコデルマ属菌の例としては、トリコデルマ・リーセイ(Trichoderma reesei)、トリコデルマ・ロンジブラキアタム(Trichoderma longibrachiatum)、トリコデルマ・ハリジアウム(Trichoderma harzianum)、トリコデルマ・コニンギ(Trichoderma koningii)、トリコデルマ・ヴィリデ(Trichoderma viride)などが挙げられ、好ましくはトリコデルマ・リーセイであり、より好ましくは、トリコデルマ・リーセイPC-3-7株又はその変異株である。
【0030】
したがって、好ましい実施形態において、本発明の変異糸状菌は、上述の本発明の遺伝子の発現が強化又は抑制された変異トリコデルマ属菌である。より好ましい実施形態において、本発明の変異糸状菌は、上述の本発明の遺伝子の発現が強化又は抑制された、トリコデルマ・リーセイ、好ましくはトリコデルマ・リーセイPC-3-7株の変異株である。
【0031】
上述の手順により宿主糸状菌における本発明の遺伝子の発現を調節することによって、タンパク質生産性が向上又は低減した変異糸状菌を製造することができる。したがって、本発明の別の一態様は、宿主糸状菌における本発明の遺伝子の発現を調節することによる糸状菌におけるタンパク質生産性の制御方法である。当該方法の一実施形態は、タンパク質生産性の向上方法であり、宿主糸状菌における本発明の遺伝子の発現を抑制することを含む。当該方法の別の一実施形態は、タンパク質生産性の低減方法であり、宿主糸状菌における本発明の遺伝子の発現を強化することを含む。
【0032】
本発明に従ってタンパク質生産性が向上された変異糸状菌は、タンパク質生産の微生物学的生産において有用である。したがって、本発明はまた、タンパク質生産性が向上された本発明の変異糸状菌を培養することを含む、タンパク質の製造方法を提供する。当該方法で製造される目的タンパク質の種類は特に限定されないが、好ましくは分泌タンパク質(好ましくは酵素)であり、より好ましくはセルロース系バイオマスの分解に関わる糖化酵素であり、さらに好ましくはセルラーゼ及びキシラナーゼからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0033】
本発明の変異糸状菌を培養するための培地及び培養条件は、該変異糸状菌の宿主の種類や、目的タンパク質の種類に応じて適宜選択することができる。一般的には、該変異糸状菌の宿主に対して通常用いられる培地及び培養条件を採用することができる。
【0034】
本発明の変異糸状菌の培養は、好ましくは振とう培養や通気攪拌培養のような好気的条件で行われる。培養温度は、好ましくは10~50℃、より好ましくは20~42℃、さらに好ましくは25~35℃である。培養物のpHは、好ましくはpH3~9、より好ましくはpH4~5である。培養時間は、好ましくは10時間~10日間、より好ましくは2~7日間である。
【0035】
当該培養のための培地は、炭素源、窒素源、無機塩、ビタミンなどの本発明の変異糸状菌の増殖に必要な物質を含む限り、合成培地、天然培地のいずれでもよい。
【0036】
炭素源としては、本発明の変異糸状菌が資化できる炭素源であればいずれでもよく、例えば、グルコース、フルクトース、セルラーゼのような糖質、エタノール、グリセロールのようなアルコール類、酢酸のような有機酸類、などを挙げることができる。窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウム等のアンモニウム塩、アミン等の窒素化合物、ペプトン、大豆加水分解物のような天然窒素源、などを挙げることができる。これらの炭素源及び窒素源は、各々、単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。これらの炭素源及び窒素源は、一括添加(バッチ法)、分割添加(フェドバッチ法)、連続添加(フィード法)等の任意の方法で培地に添加することができる。
【0037】
無機塩としては、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、炭酸カリウムなどを挙げることができる。ビタミンとしては、ビオチンやチアミンなどをあげることができる。さらに必要に応じて本発明の糸状菌が生育に要求する物質を添加することができる。
【0038】
目的タンパク質がセルラーゼ、キシラナーゼ等のセルロース系バイオマスの分解に関わる糖化酵素である場合、本発明の変異糸状菌をセルラーゼ誘導物質の存在下で培養することが好ましい。該セルラーゼ誘導物質としては、セルラーゼ生産性糸状菌のセルラーゼ生産を誘導する物質であれば限定されないが、例えばセルロース;ソホロース;ならびに、セロビオース、セロトリオース、セロテトラオース、セロペンタオース及びセロヘキサオース等のセロオリゴ糖から選ばれる化合物を挙げることができる。
【0039】
該セルロースには、グルコースがβ-1,4-グルコシド結合により重合した重合体及びその誘導体が包含される。グルコースの重合度は特に限定されない。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、又はエステル化等による誘導体が挙げられる。さらに、該セルロースは、配糖体であるβグルコシドであっても、リグニン及び/又はヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロースであっても、又はペクチン等との複合体であってもよい。該セルロースは、結晶性セルロースであっても、非結晶性セルロースであってもよい。
【0040】
上記のセルラーゼ誘導物質は、一括添加(バッチ法)、分割添加(フェドバッチ法)、連続添加(フィード法)等の任意の方法で培地に添加することができる。培地中に添加するセルラーゼ誘導物質の量は、本発明の変異糸状菌による目的の糖化酵素の産生を誘導できる量であればよく、添加法によっても異なるが、培地に対して、総量で、好ましくは0.1~40質量%、より好ましくは0.5~35質量%、さらに好ましくは1~30質量%であり得る。例えば、一括添加する場合の添加量は、好ましくは0.1~16質量%、より好ましくは0.5~14質量%、さらに好ましくは1~12質量%である。
【0041】
以上の手順で本発明の変異糸状菌を培養し、目的タンパク質を製造させる。培養後、培養物から目的タンパク質を回収する。必要に応じて、回収した目的タンパク質をさらに精製してもよい。培養物から目的タンパク質を回収又は精製する方法は、特に限定されず、公知の回収又は精製方法に従って行えばよい。例えば、培養物を回収し、必要に応じて超音波や加圧等による菌体破砕処理を行い、次いで傾斜法、ろ過、遠心分離などにより細胞成分を除去した後、残った目的タンパク質を含む画分を回収すればよい。必要に応じて回収した画分を濃縮して、晶析法、イオン交換法、溶剤抽出法等の方法、又はこれらの組み合わせにかけることで、該目的タンパク質を精製することができる。
【0042】
本発明によるタンパク質の製造方法において、変異糸状菌の培養及び目的タンパク質の回収は、回分式、半回分式及び連続式のいずれの方法で行ってもよい。例えば、目的タンパク質が分泌タンパク質である場合、培養後の変異糸状菌を、菌体破砕処理することなく培養物から分離し、タンパク質製造に再利用することができる。
【0043】
本発明の例示的実施形態として、以下の物質、製造方法、用途、方法等をさらに本明細書に開示する。但し、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0044】
〔1〕配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子又はこれに相当する遺伝子の発現が強化又は抑制されている、変異糸状菌。
〔2〕好ましくは、前記配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子に相当する遺伝子が、
配列番号1のヌクレオチド配列と少なくとも90%の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つ転写制御因子として機能する遺伝子であるか;
配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子と98%以上、より好ましくは98.5%以上、さらに好ましくは99%以上、さらに好ましくは99.5%以上の配列同一性を有する遺伝子であるか;又は
配列番号1のヌクレオチド配列に対して1個又は数個のヌクレオチドが欠失、置換、付加又は挿入されたヌクレオチド配列からなる遺伝子である、
〔1〕記載の変異糸状菌。
〔3〕好ましくは、前記遺伝子の発現が抑制され且つタンパク質生産性が向上している、〔1〕又は〔2〕記載の変異糸状菌。
〔4〕好ましくは、前記遺伝子が欠失又は不活性化している、〔3〕記載の変異糸状菌。
〔5〕好ましくは、前記遺伝子の発現産物が低減又は機能喪失している、〔3〕記載の変異糸状菌。
〔6〕好ましくは、前記遺伝子の発現が強化され且つタンパク質生産性が低減している、〔1〕又は〔2〕記記載の変異糸状菌。
〔7〕前記タンパク質が、
好ましくは分泌タンパク質であり、
より好ましくはセルロース系バイオマスの分解に関わる糖化酵素であり、
さらに好ましくはセルラーゼ及びキシラナーゼからなる群より選択される少なくとも1種である、
〔3〕~〔6〕のいずれか1項記載の変異糸状菌。
〔8〕前記糸状菌が、
好ましくはトリコデルマ属菌であり、
より好ましくはトリコデルマ・リーセイである、
〔1〕~〔7〕のいずれか1項記載の変異糸状菌。
【0045】
〔9〕前記〔3〕~〔5〕のいずれか1項記載の変異糸状菌を培養することを含む、タンパク質の製造方法。
〔10〕前記タンパク質が、
好ましくは分泌タンパク質であり、
より好ましくはセルロース系バイオマスの分解に関わる糖化酵素であり、
さらに好ましくはセルラーゼ及びキシラナーゼからなる群より選択される少なくとも1種である、
〔9〕記載の方法。
〔11〕好ましくは前記糸状菌がセルラーゼ誘導物質の存在下で培養される、〔9〕又は〔10〕記載の方法。
〔12〕前記糸状菌が、
好ましくはトリコデルマ属菌であり、
より好ましくはトリコデルマ・リーセイである、
〔9〕~〔11〕のいずれか1項記載の方法。
〔13〕好ましくは培養物から前記タンパク質を回収することをさらに含む、〔9〕~〔12〕のいずれか1項記載の方法。
【0046】
〔14〕宿主糸状菌において、配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子又はこれに相当する遺伝子の発現を強化又は抑制することを含む、変異糸状菌の製造方法。
〔15〕好ましくは、前記配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子に相当する遺伝子が、
配列番号1のヌクレオチド配列と少なくとも90%の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つ転写制御因子として機能する遺伝子であるか;
配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子と98%以上、より好ましくは98.5%以上、さらに好ましくは99%以上、さらに好ましくは99.5%以上の配列同一性を有する遺伝子であるか;又は
配列番号1のヌクレオチド配列に対して1個又は数個のヌクレオチドが欠失、置換、付加又は挿入されたヌクレオチド配列からなる遺伝子である、
〔14〕記載の方法。
〔16〕好ましくは、前記遺伝子の発現を抑制することを含み、且つ前記変異糸状菌はタンパク質生産性が向上している、〔14〕又は〔15〕記載の方法。
〔17〕好ましくは、前記遺伝子を欠失又は不活性化することを含む、〔16〕記載の方法。
〔18〕好ましくは、前記遺伝子の発現産物を低減又は機能喪失させることを含む、〔16〕記載の方法。
〔19〕好ましくは前記遺伝子の発現を強化することを含み、且つ前記変異糸状菌はタンパク質生産性が低減している、〔14〕又は〔15〕記載の方法。
〔20〕前記タンパク質が
好ましくは分泌タンパク質であり、
より好ましくはセルロース系バイオマスの分解に関わる糖化酵素であり、
さらに好ましくはセルラーゼ及びキシラナーゼからなる群より選択される少なくとも1種である、
〔16〕~〔19〕のいずれか1項記載の方法。
〔21〕前記糸状菌が、
好ましくはトリコデルマ属菌であり、
より好ましくはトリコデルマ・リーセイである、
〔14〕~〔20〕のいずれか1項記載の方法。
【0047】
〔22〕宿主糸状菌において配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子又はこれに相当する遺伝子の発現を抑制することを含む、糸状菌におけるタンパク質生産性の向上方法。
〔23〕好ましくは、前記遺伝子を欠失又は不活性化することを含む、〔22〕記載の方法。
〔24〕好ましくは、前記遺伝子の発現産物を低減又は機能喪失させることを含む、〔22〕記載の方法。
〔25〕宿主糸状菌において配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子又はこれに相当する遺伝子の発現を強化することを含む、糸状菌におけるタンパク質生産性の低減方法。
〔26〕好ましくは、前記配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子に相当する遺伝子が、
配列番号1のヌクレオチド配列と少なくとも90%の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つ転写制御因子として機能する遺伝子であるか;
配列番号1のヌクレオチド配列からなる遺伝子と98%以上、より好ましくは98.5%以上、さらに好ましくは99%以上、さらに好ましくは99.5%以上の配列同一性を有する遺伝子であるか;又は
配列番号1のヌクレオチド配列に対して1個又は数個のヌクレオチドが欠失、置換、付加又は挿入されたヌクレオチド配列からなる遺伝子である、
〔22〕~〔25〕のいずれか1項記載の方法。
〔27〕前記タンパク質が
好ましくは分泌タンパク質であり、
より好ましくはセルロース系バイオマスの分解に関わる糖化酵素であり、
さらに好ましくはセルラーゼ及びキシラナーゼからなる群より選択される少なくとも1種である、
〔22〕~〔26〕のいずれか1項記載の方法。
〔28〕前記糸状菌が、
好ましくはトリコデルマ属菌であり、
より好ましくはトリコデルマ・リーセイである、
〔22〕~〔27〕のいずれか1項記載の方法。
【実施例0048】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0049】
実施例1 変異糸状菌の作製
(1)遺伝子欠損用プラスミドDNAの構築
トリコデルマ・リーセイPC-3-7株(ATCC 66589)のゲノムDNA上のTRIREDRAFT_32755をコードする遺伝子(以下「32755遺伝子」と称する、配列番号1)を、ウリジン合成酵素遺伝子(pyr4)発現カセットとの相同組換えにより欠損させるための、遺伝子欠損用プラスミドを構築した。
【0050】
PC-3-7株のゲノムDNAを鋳型に、表1に示すプライマーを用いたPCRにより、32755遺伝子の上流配列及び下流配列、ならびにpyr4発現カセット(pyr4遺伝子のプロモーター、構造遺伝子及びターミネーターを含む断片)を増幅した。得られた上流配列及び下流配列とpyr4発現カセットを、Gibson Assembly Master Mix(New England Biolabs社)を用いてpUC118のHincII制限酵素切断断片に挿入することで、遺伝子欠損用プラスミドを構築した。
【0051】
得られたプラスミドを用いてE.coli DH5α(タカラバイオ社)のコンピテントセルを形質転換した。アンピシリン耐性株として得られた形質転換体の中から、コロニーPCRと抽出したプラスミドの制限酵素切断パターンとに基づいて、目的のプラスミドを保持する菌株を選別した。選別した形質転換体を、アンピシリン添加LB培地を用いて培養した(37℃、一晩)。得られた菌体から、QIAGEN Plasmid Midi Kit(QIAGEN社)を用いてプラスミドを回収し、精製した。得られた遺伝子欠損用プラスミドをpUCΔ32755-pyr4と称する。pUCΔ32755-pyr4は、トリコデルマ・リーセイのゲノムDNA由来の32755遺伝子の上流配列及び下流配列と、それらの間に配置されたpyr4発現カセットとを含む。
【0052】
【表1】
【0053】
(2)遺伝子欠損変異糸状菌株の作製
トリコデルマ・リーセイPC-3-7株(ATCC 66589)のウリジン要求性株に対して、上記(1)で構築したpUCΔ32755-pyr4による形質転換を行った。プラスミドの導入はプロトプラスト-PEG法で行った。形質転換体はウリジンを含まない完全合成培地より、ウリジン生合成能にて選抜した。得られた形質転換体の中から、32755遺伝子の位置にpyr4が挿入された32755遺伝子欠損株の候補を、コロニーPCRにより選別した。さらに得られた候補株の中から、pyr4カセットが二重交叉により目的の位置に1コピーだけ導入された株をサザン解析により選別した。この1コピーpyr4を有する組換え株を、32755遺伝子欠損変異糸状菌株(PCΔ32755)として取得した。
【0054】
実施例2 変異糸状菌を用いたタンパク質製造
(1)変異糸状菌株の培養
形質転換体の酵素生産性は、以下に示す培養により評価した。前培養として500mLフラスコに培地を50mL仕込み、10個/mLになるようトリコデルマ・リーセイPC-3-7株(親株)と実施例1で作製したPCΔ32755のそれぞれの胞子を植菌し、28℃、220rpmにて振とう培養した(プリス社製PRXYg-98R)。培地組成は以下の通りである。1% グルコース、0.14% (NHSO、0.2% KHPO、0.03% CaCl・2HO、0.03% MgSO・7HO、0.1% ハイポリペプトンN、0.05% Bacto Yeast extract、0.1% Tween 80、0.1% Trace element、50mM 酒石酸バッファー(pH4.0)。Trace elementの組成は以下の通りであった:6mg HBO、26mg (NHMo24・4HO、100mg FeCl・6HO、40mg CuSO・5HO、8mg MnCl・4HO、200mg ZnClを蒸留水にて100mLにメスアップ。
2日間の前培養後、ジャーファーメンター(バイオット社製BMZ)を用いて本培養を行った。上記前培養液を5%(v/v%)植菌し、5日間培養を行った。炭素源として10% 粉末セルロース(KCフロック(登録商標)W-400G、日本製紙)とし、その他の培地成分は以下の通りである。0.42% (NHSO、0.2% KHPO、0.03% CaCl・2HO、0.03% MgSO・7HO、0.1% ハイポリペプトンN、0.05% Bacto Yeast extract、0.1% Tween 80、0.1% Trace element、0.2% Antifoam PE-L。ジャーファーメンターの設定は以下の通りである。温度:28℃、通気量:0.5vvm、pH4.5(5% アンモニア水で調整)、撹拌数は700rpm一定。本培養は5日間(120時間)行った。
【0055】
(2)タンパク質生産性の評価
(1)で得られた培養上清中におけるタンパク質濃度を調べた。
タンパク質濃度は、バイオ・ラッドプロテインアッセイ(バイオ・ラッド社)を用いて、培養上清の595nmにおける吸光度を測定し、ウシγグロブリンを標準タンパク質とした検量線をもとに培養上清中のタンパク質濃度(mg/mL)を計算した。
【0056】
タンパク質濃度の測定結果を、それぞれ図1に示す。図1に示すとおり、32755遺伝子が欠損した変異糸状菌PCΔ32755は親株(PC-3-7)と比較してタンパク質生産量が向上していた。これら変異糸状菌におけるタンパク質生産量の親株に対する向上率は、PCΔ32755で最大8%(72時間培養)であった。
図1
【配列表】
2024044738000001.xml