(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024045015
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】ポリマー化合物の分解方法、分解性接着剤組成物及びそれを用いてなる接合体の分離方法、分解性塗料組成物及びそれを用いてなる塗膜の除去方法、並びに繊維強化プラスチックに含まれる繊維を回収する方法
(51)【国際特許分類】
C08J 11/16 20060101AFI20240326BHJP
C09J 201/06 20060101ALI20240326BHJP
C09D 201/06 20060101ALI20240326BHJP
【FI】
C08J11/16
C09J201/06
C09D201/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023126777
(22)【出願日】2023-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2022150423
(32)【優先日】2022-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 刊行物名:日本化学会第103春季年会講演予稿集、第K301-3am-08頁、発行者:公益社団法人日本化学会、発行年月日:令和5年3月8日 集会名:日本化学会第103春季年会、主催者:公益社団法人日本化学会、開催日:令和5年3月24日
(71)【出願人】
【識別番号】592218300
【氏名又は名称】学校法人神奈川大学
(74)【代理人】
【識別番号】100151183
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】木原 伸浩
【テーマコード(参考)】
4F401
4J038
4J040
【Fターム(参考)】
4F401AA21
4F401AA26
4F401AD02
4F401CA67
4F401CA70
4F401CA75
4F401EA90
4J038DB001
4J038DG001
4J038NA01
4J038NA10
4J040EC001
4J040EF001
4J040GA13
4J040GA22
4J040JA01
4J040JB02
4J040LA06
4J040PA42
(57)【要約】
【課題】反応性ガスを用いた乾式処理によりポリ(ジアシルヒドラジン)を分解する方法、及びそれを用いたポリ(ジアシルヒドラジン)のさらなる応用手段を提供すること。
【解決手段】下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物、すなわちポリ(ジアシルヒドラジン)に窒素酸化物と接触させることにより、このポリマー化合物を分解及び低分子量化させればよい。このとき用いられる窒素酸化物は気体なので、この分解方法は乾式処理となる。なお、上記化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物に窒素酸化物を接触させる工程を含むことを特徴とするポリマー化合物の分解方法。
【化1】
(上記化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。)
【請求項2】
前記ポリマー化合物が、エポキシ樹脂の硬化物、ビニルポリマーの架橋体及びポリウレタンからなる群より選択される少なくとも1つである請求項1記載のポリマー化合物の分解方法。
【請求項3】
下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物を含むことを特徴とし、窒素酸化物と接触させることで分解することを特徴とする分解性接着剤組成物。
【化2】
(上記化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。)
【請求項4】
請求項3記載の分解性接着剤組成物の硬化物により接着されている接合体において、前記硬化物に窒素酸化物を接触させることを特徴とする接合体の分離方法。
【請求項5】
下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物を含むことを特徴とし、窒素酸化物と接触させることで分解することを特徴とする分解性塗料組成物。
【化3】
(上記化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。)
【請求項6】
請求項5記載の分解性塗料組成物により形成された塗膜を備えた塗装面に窒素酸化物を接触させることを特徴とする塗装面からの塗膜の除去方法。
【請求項7】
下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物をマトリクスとして含む繊維強化プラスチックに窒素酸化物を接触させることで前記マトリクスを分解させ、前記繊維強化プラスチックに含まれている繊維を分離回収することを特徴とする繊維強化プラスチックに含まれる繊維を回収する方法。
【化4】
(上記化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマー化合物の分解方法、分解性接着剤組成物及びその接合体の分離方法、分解性塗料組成物及びその塗膜の除去方法、並びに繊維強化プラスチックに含まれる繊維を回収する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護の観点等から、廃棄しても自然に分解されるような、生分解性高分子や光分解性高分子に代表される分解性高分子材料の開発が盛んに行われている。しかし、生分解性高分子や光分解性高分子は、通常の使用環境において経時的な劣化を伴うことが問題となっている。
【0003】
このため、使用時に経時的に劣化することなく、廃棄時に速やかに分解可能なポリマー化合物が求められており、廃棄時に酸化剤により容易に分解可能な高分子化合物として、ジカルボン酸又はその反応性誘導体(酸クロライドや活性エステル誘導体)と、ヒドラジン又はジカルボン酸のジヒドラジドとを重縮合させて得られるポリ(ジアシルヒドラジン)が数例提案されている(例えば、特許文献1、2を参照)。
【0004】
このポリ(ジアシルヒドラジン)は、上記のように酸化剤により容易に分解することができるので、プラスチック製品の廃棄物問題を解消し得るばかりでなく、例えば、これを接着剤組成物に応用すれば、酸化剤を用いることで容易に接合状態を解除することのできる接着剤組成物になるし、塗料組成物に応用すれば、酸化剤を用いることで容易に塗膜を剥離することのできる塗料組成物になると期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-022315号公報
【特許文献2】特開2011-052075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、ポリ(ジアシルヒドラジン)が酸化剤で容易に分解される特性を応用することで、様々な製品展開が期待される。ところで、上記特許文献にもある通り、ポリ(ジアシルヒドラジン)は、酸素分子のようなラジカル性の酸化剤では分解されない一方で、次亜塩素酸ナトリウムのような酸化剤で容易に分解される性質がある。このような酸化剤の多くは水溶液の状態で酸化作用を発現するものであり、ゆえに、ポリ(ジアシルヒドラジン)を酸化剤で分解しようとすると、その水溶液を用いた湿式での処理を行わなければならない。しかしながら、ポリ(ジアシルヒドラジン)の応用製品の適用先が水の使用を嫌う場合も考えられる。そのため、上記のような湿式処理だけでなく、反応性ガスを用いた乾式処理でポリ(ジアシルヒドラジン)を分解する手段を提供できれば、その用途をさらに拡大できると考えられる。
【0007】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであり、反応性ガスを用いた乾式処理によりポリ(ジアシルヒドラジン)を分解する方法、及びそれを用いたポリ(ジアシルヒドラジン)のさらなる応用手段を提供することを目的とする。なお、本明細書において、ポリ(ジアシルヒドラジン)とは、下記化学式(1)で表す2価の基(ジアシルヒドラジン構造)を複数備えた化合物を表すものとし、必ずしも下記化学式(1)で表す2価の基を繰り返し構造として含む化合物のみを意味するものではない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、以上の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物、すなわちポリ(ジアシルヒドラジン)を窒素酸化物と接触させることで容易に分解されることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は、以下のようなものを提供する。
【0009】
(1)本発明は、下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物に窒素酸化物を接触させる工程を含むことを特徴とするポリマー化合物の分解方法である。
【化1】
(上記化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。)
【0010】
(2)また本発明は、上記ポリマー化合物が、エポキシ樹脂の硬化物、ビニルポリマーの架橋体及びポリウレタンからなる群より選択される少なくとも1つである(1)項記載のポリマー化合物の分解方法である。
【0011】
(3)本発明は、下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物を含むことを特徴とし、窒素酸化物と接触させることで分解することを特徴とする分解性接着剤組成物でもある。
【化2】
(上記化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。)
【0012】
(4)本発明は、上記(3)項記載の分解性接着剤組成物の硬化物により接着されている接合体において、上記硬化物に窒素酸化物を接触させることを特徴とする接合体の分離方法でもある。
【0013】
(5)本発明は、下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物を含むことを特徴とし、窒素酸化物と接触させることで分解することを特徴とする分解性塗料組成物でもある。
【化3】
(上記化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。)
【0014】
(6)本発明は、上記(5)項記載の分解性塗料組成物により形成された塗膜を備えた塗装面に窒素酸化物を接触させることを特徴とする塗装面からの塗膜の除去方法でもある。
【0015】
(7)本発明は、下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物をマトリクスとして含む繊維強化プラスチックに窒素酸化物を接触させることで上記マトリクスを分解させ、上記繊維強化プラスチックに含まれている繊維を分離回収することを特徴とする繊維強化プラスチックに含まれる繊維を回収する方法でもある。
【化4】
(上記化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。)
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、反応性ガスを用いた乾式処理によりポリ(ジアシルヒドラジン)を分解する方法、及びそれを用いたポリ(ジアシルヒドラジン)のさらなる応用手段が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明のポリマー化合物の分解方法の一実施態様、分解性接着剤組成物の一実施形態、それを用いてなる接合体の分離方法の一実施態様、分解性塗料組成物の一実施形態、それを用いてなる塗膜の除去方法、及び繊維強化プラスチックに含まれる繊維を回収する方法の一実施態様についてそれぞれ説明する。なお、本発明は、以下の実施形態や実施態様に何ら限定されるものではなく、本発明の範囲において適宜変更を加えて実施することができる。
【0018】
<ポリマー化合物の分解方法>
まずは、本発明のポリマー化合物の分解方法の一実施態様について説明する。本発明のポリマー化合物の分解方法は、下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物に窒素酸化物を接触させる工程を含むことを特徴とする。なお、下記化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。また、「下記化学式(1)で表す2価の基を備えた」ポリマー化合物とは、ポリマー化合物の分子中に下記化学式(1)で表す構造を含む化合物であることを意味する。
【0019】
【0020】
ポリマー化合物が上記化学式(1)で表す構造を備えると、窒素酸化物と接触した際に下記の化学反応を経て分解する。下記の化学反応では、一酸化窒素及び二酸化窒素により分解される例を示したが、下記の化学反応式で表す通り、上記化学式(1)で表す構造に含まれる窒素原子がニトロソ化されることがこの分解反応の引き金となっており、このようなニトロソ化を引き起こすことのできる窒素酸化物であれば特に限定されない。
【0021】
【0022】
上記化学反応式に示すように、化学式(1)で表す構造を備えたポリマー化合物は、窒素酸化物と接触することでニトロソ化される。このニトロソ化を受けることにより上記破線で囲んだ部分が優れた脱離基となり、環境中に存在する水分子がこの脱離基に隣接するカルボニル基を攻撃することでその脱離基が脱離して分子が切断される。その後、脱離した化合物は脱水によりアジドに変換される。これらの反応を経て、ポリマー化合物は分解されて低分子量化する。
【0023】
分解対象となるポリマー化合物としては、上記化学式(1)で表す構造を備えたものであれば特に限定されない。また、上記化学式(1)で表す構造は、ポリマー化合物の繰り返し単位として主鎖に含まれてもよいし、ポリマー化合物の側鎖に含まれてもよいし、ポリマー鎖同士を架橋する架橋構造に含まれてもよい。このようなポリマー化合物の一例としては、エポキシ樹脂の硬化物、ビニルポリマーの架橋体、ポリウレタン等を挙げることができる。なお、エポキシ樹脂の硬化物やビニルポリマーの架橋体等は、複数のポリマー鎖が架橋されて極めて大きな分子量をもつ硬化物となる。厳密には、こうした硬化物をポリマー化合物と呼ばない場合もあるかもしれないが、本発明では、こうした硬化物も含めた高分子化合物をポリマー化合物と呼ぶ。
【0024】
エポキシ樹脂の硬化物は、ポリエポキシ化合物とポリオール化合物とアミン等の硬化触媒とを含むエポキシ樹脂を硬化させたものである。本発明におけるエポキシ樹脂の硬化物は、その分子中に上記化学式(1)で表す構造を備える。エポキシ樹脂の多くは、ビスフェノールAのようなビスフェノール化合物がポリオール化合物として用いられる。こうしたビスフェノール化合物として、例えば、下記のような合成経路で得た化合物を用いることにより、エポキシ樹脂の硬化体であるポリマー化合物中に上記化学式(1)で表す構造を導入することができる。なお、なお、下記では説明のために4種類のビスフェノ-ル化合物を例に挙げたが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0025】
【0026】
【0027】
ビスフェノール化合物のようなポリフェノール化合物を合成するには、上記のように、フェノールのカルボン酸ヒドラジドを合成し、次いでビスアセトキシヨードベンゼン等のような酸化剤を用いて、酸化的に縮合させればよい。ここで用いる酸化剤としては、この他に、過硫酸水素カリウム、硫酸水素カリウム、及び硫酸カリウムの複塩、ビス(トリフルオロアセトキシ)ヨードベンゼン、並びにヨードソベンゼン等を例示することができる。
【0028】
上記のような手順で得た、上記化学式(1)で表す2価の基を備えたビスフェノール化合物は、イミダゾール等のような塩基触媒の存在下で、例えば下記のようにポリエポキシ化合物と反応して硬化する。
【0029】
【0030】
上記化学反応式のように反応して硬化した状態のポリマー化合物の主鎖には上記化学式(1)で表す2価の基が含まれており、既に説明した通り、窒素酸化物と接触させることにより(C=O)-NH間の結合が切断されて分解し低分子量化する。このようにして硬化物が低分子量化されると、それは非常に脆い状態になるので容易に除去することが可能になる。
【0031】
ビニルポリマーの架橋体は、例えば、(A)エチレン性不飽和結合を備えたモノマーと、(B)分子内に上記化学式(1)で表す2価の基を備えた、2以上のエチレン性不飽和結合を有する架橋剤とをラジカル重合させることで得られる。このような架橋剤は、例えば、下記化学反応式のように塩化(メタ)アクリロイルとヒドラジンとを塩基存在下で反応させることで得られる。なお、本明細書において、(メタ)アクリロイルとは、アクリロイル及び/又はメタクリロイルを意味する。
【0032】
【0033】
上記のようにして得た架橋剤は、例えば、アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)のような重合開始剤の存在下、エチレン性不飽和結合を備えたモノマー(例えば、ビニルモノマー)とともに重合してビニルポリマーの架橋体を形成させる。この架橋体は、架橋部分に上記化学式(1)で表す2価の基を備え、窒素酸化物と接触することで架橋部分が切断される。
【0034】
【0035】
エチレン性不飽和結合を備えたモノマーとしては、エチレン、スチレン、アクリル酸、アクリル酸エステル、メタアクリル酸エステル、アクリルアミド、N-置換アクリルアミド、N,N-二置換アクリルアミド、アクリロニトリル、ブタジエン、酢酸ビニル等を挙げることができる。
【0036】
また、重合開始剤としては、加熱によりラジカルを発生させるものが挙げられ、過硫酸ナトリウム、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム等の過硫酸塩;過酸化水素、t-ブチルパーオキシド、メチルエチルケトンパーオキシド等の過酸化物;アゾニトリル化合物、アゾアミジン化合物、環状アゾアミジン化合物、アゾアミド化合物、アルキルアゾ化合物、2,2’-アゾビス(2-アミジノプロパン)ジヒドロクロリド、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジヒドロクロリド等のアゾ化合物等が挙げられる。
【0037】
ポリウレタンは、ジイソシアナート化合物とジオール化合物との重縮合反応により合成されるポリマー化合物である。このジオール化合物として、上記化学式(1)で表す構造を備えたものを用いることにより、上記化学式(1)で表す構造を備えたポリウレタンを得ることができる。このようなジオール化合物としては、例えば、化学式(1)の構造を備えたビスフェノール化合物等として既に説明したものと同様に、アルコールのカルボン酸ヒドラジドの酸化的な縮合反応によって合成することができる。なお、アルコールのカルボン酸ヒドラジドは、フェノールのカルボン酸ヒドラジドと同様に、アルコールのカルボン酸をエステル化した後、ヒドラジンと反応させることによって容易に合成することができる。この合成で用いるアルコールのカルボン酸としては、グリコール酸、乳酸、酒石酸、クエン酸等多くの化合物が知られており、これらを制限なく用いることができる。
【0038】
ポリマー化合物の分解に用いる窒素酸化物としては、一酸化窒素、二酸化窒素、三酸化窒素、亜酸化窒素、三酸化二窒素、四酸化二窒素、五酸化二窒素等を挙げることができ、これらの中でも、一酸化窒素及び二酸化窒素を好ましく挙げることができる。これら窒素酸化物は、分解対象であるポリマー化合物に気体の状態で接触される。このため、本発明の分解方法は、上記特許文献のように次亜塩素酸塩の水溶液を用いた湿式処理ではなく、乾式処理により実行することが可能であり、分解対象が水を嫌う物体に適用されている場合であっても問題無く適用可能である。このような用途の一例としては、BGA(ボールグリッドアレイ)チップを電気回路基板に実装する際のアンダーフィルとすることが挙げられる。BGAチップを電気回路基板に実装した場合、チップと電気回路基板との間の熱膨張率の違いにより、基板への素子実装の際のリフロー工程等で熱負荷がかかった際にBGAチップの端子が電気回路基板のパッドからずれてしまって電気接続不良を生じることがある。こうした不良の修復や、またはその他の理由により、アンダーフィルにより固定されたチップを外して、再度基板へ実装し直す場合がある。このよう場面において、窒素酸化物の気体をこれに接触させる乾式処理により、アンダーフィルを容易に除去することができる。
【0039】
窒素酸化物により分解されたポリマー化合物は、非常に脆くなり、容易に除去することが可能となる。このため、ポリマー化合物が、接着剤として用いられていた場合には接着対象から容易にそれを除去することが可能であるし、塗膜を形成していた場合には塗装面から容易にそれを除去することが可能である。
【0040】
<分解性接着剤組成物>
次に本発明の分解性接着剤組成物について説明する。本発明の分解性接着剤組成物は、下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物を含むことを特徴とし、窒素酸化物と接触させることで分解することを特徴とする。なお、化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。
【0041】
【0042】
すなわち、本発明の分解性接着剤組成物は、上記本発明のポリマー化合物の分解方法にて説明したポリマー化合物を含むものである。したがって、この接着剤組成物により形成された硬化物は、上記ポリマー化合物を含むものであり、窒素酸化物に接触させることで分解し低分子量化する。分解し低分子量化した硬化物は、最早硬化物としての堅牢性を失っており、非常に脆く容易に除去することが可能である。なお、窒素酸化物については、上記本発明の分解方法にて述べた通りなので、ここでの説明を省略する。
【0043】
本発明の分解性接着剤組成物は、上記ポリマー化合物と溶剤とを含み、溶剤が蒸発することでポリマー化合物の硬化物となるタイプの組成物でもよいし、上記ポリマー化合物の前駆体を含み化学反応により硬化物となるタイプの組成物でもよい。後者のタイプの組成物の一例としては、ポリエポキシ化合物とポリオール化合物とアミンなどの硬化触媒とを含んだいわゆるエポキシ接着剤組成物や、(A)エチレン性不飽和結合を備えたモノマーと、(B)分子内に上記化学式(1)で表す2価の基を備えた、2以上のエチレン性不飽和結合を有する架橋剤と、(C)重合開始剤とを含んだビニル系接着剤組成物を挙げることができる。なお、本発明の分解性接着剤組成物は、これらに限定されるものではない。
【0044】
エポキシ接着剤組成物は、ポリエポキシ化合物、ポリオール化合物、及びアミン等の硬化触媒を含み、その硬化物として上記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物を与える。ポリエポキシ化合物としては、エポキシ接着剤組成物用途として数多くの市販品が存在するので、それを入手して用いることができる。また、ポリオール化合物としては、既に説明したような、化学式(1)で表す2価の基を備えたビスフェノール化合物を好ましく挙げることができる。硬化触媒としてのアミン化合物としては、イミダゾール等を好ましく挙げることができる。これらの成分が反応して、化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物となる硬化物を与えることや、それが窒素酸化物と接触した際に分解することについては既に説明した通りなので、ここでの説明を省略する。
【0045】
ビニル系接着剤組成物は、(A)エチレン性不飽和結合を備えたモノマー、(B)分子内に上記化学式(1)で表す2価の基を備えた、2以上のエチレン性不飽和結合を有する架橋剤、及び(C)重合開始剤を含み、その硬化物として上記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物を与える。これらの各成分については、上記ビニルポリマーの架橋体の説明にて既に述べた通りなので、ここでの説明を省略する。また、この硬化物が上記化学式(1)で表す構造を備え、それが窒素酸化物と接触した際に分解することについても既に述べた通りである。
【0046】
<接合体の分解方法>
上記分解性接着剤組成物の硬化物により接着されている接合体において、その硬化物に窒素酸化物を接触させることを特徴する接合体の分離方法もまた、本発明の一つである。これについては、上記分解性接着剤組成物の説明にて既に述べた通りなので、ここでの説明を省略する。
【0047】
<分解性塗料組成物>
次に本発明の分解性接着剤組成物について説明する。本発明の分解性塗料組成物は、下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物を含むことを特徴とし、その塗膜が窒素酸化物と接触することで分解することを特徴とする。なお、化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。
【0048】
【0049】
すなわち、本発明の分解性塗料組成物は、上記本発明のポリマー化合物の分解方法にて説明したポリマー化合物を含むものである。なお、この分解性塗料組成物において、ポリマー化合物は、塗膜を形成させるためのバインダーとして機能する成分となる。したがって、この塗料組成物により形成された塗膜は、窒素酸化物に接触させることで分解し低分子量化する。塗膜を形成するバインダーが分解し低分子量化することにより、塗膜が脆くなり、塗装面から塗膜を容易に除去することができるようになる。なお、窒素酸化物については、上記本発明の分解方法にて述べた通りなので、ここでの説明を省略する。
【0050】
本発明の分解性塗料組成物は、バインダーとしての上記ポリマー化合物と顔料と溶剤とを含み、溶剤が蒸発することにより、ポリマー化合物が造膜し塗膜を形成させる。このポリマー化合物が窒素酸化物と接触することにより分解し低分子量化することは既に説明した通りである。
【0051】
<塗装面からの塗膜の除去方法>
上記分解性塗料組成物により形成された塗膜を備えた塗装面に窒素酸化物を接触させることを特徴とする塗装面からの塗膜の除去方法もまた、本発明の一つである。これについては、上記分解性接着剤組成物の説明にて既に述べた通りなので、ここでの説明を省略する。
【0052】
<繊維強化プラスチックに含まれている繊維を回収する方法>
次に、本発明の繊維強化プラスチックに含まれている繊維を回収する方法について説明する。本発明の繊維強化プラスチックに含まれている繊維を回収する方法は、下記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物をマトリクスとして含む繊維強化プラスチックに窒素酸化物を接触させることでマトリクスを分解させ、前記繊維強化プラスチックに含まれている繊維を分離回収することを特徴とする。なお、化学式(1)において、波線を付した結合は、他の原子への結合手を表す。
【0053】
【0054】
繊維強化プラスチック(以下、FRPとも呼ぶ。)は、軽量ではあるものの弾性率が小さく強度の低いプラスチックに、弾性率が大きく、引張強度の高いガラス繊維や炭素繊維等の強化材を組み合わせることで強度を高めた複合材料であり、良好な機械的性質等を示すことから、運輸機器、住宅設備用機器、プ-ル、建材など幅広い分野で用いられている。特に、炭素繊維を強化材とした炭素繊維強化プラスチック(以下、CFRPとも呼ぶ。)は、軽量かつ鋼鉄に匹敵する強度を備えるとされ、自動車や航空機等において従来用いられてきた鋼板を置き換える素材として広く用いられている。
【0055】
しかしながら、FRPは、その優れた耐久性や強度ゆえに廃棄物処理の問題を生じがちである。また、CFRPに用いられる炭素繊維は、優れた特性を示す一方で非常に高価であり、廃棄されるCFRPから炭素繊維を回収して再利用が可能であれば、環境面でもコスト面でも大変有用である。本発明は、このような要請に応えるものであり、上記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物をマトリクスとして含むFRPに窒素酸化物を接触させることで、マトリクスであるポリマー化合物を分解して低分子量化させる。低分子量化したマトリクスは容易に崩壊させることができるので、マトリクスの中に含まれている繊維を容易に取り出すことが可能になる。
【0056】
FRPは、ガラス繊維や炭素繊維等の繊維にマトリクスとなる材料を含浸させ、これを所望の形状に成形した後に硬化させたものであるのが一般的である。こうした繊維としては、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維等を挙げることができ、これらの中でも炭素繊維を好ましく挙げることができる。これら繊維としては、繊維が一方向に並んだ一方向材や、平織、綾織、朱子織等の織布材や、不織布材等が例示される。
【0057】
マトリクスを構成するポリマー化合物としては、上記化学式(1)で表す2価の基を備えるものであれば限定されない。このようなポリマー化合物として、エポキシ樹脂の硬化物や、ビニルポリマーの架橋体を好ましく挙げることができる。これらをマトリクスとするFRPは、使用時には十分な耐久性を示す一方で、使用後は窒素酸化物を接触させることによりマトリクスを簡単に除去できる。
【0058】
エポキシ樹脂の硬化物は、ポリエポキシ化合物とポリオール化合物とアミンなどの硬化触媒とを含むエポキシ樹脂を硬化させたものである。この硬化前のエポキシ樹脂を上記の繊維に含浸させ、その後、エポキシ樹脂を硬化させることでFRPとなる。
【0059】
例えば、通常のエポキシ樹脂ではビスフェノ-ルA等のようなビスフェノ-ル化合物がポリオール化合物として使われるが、こうしたビスフェノ-ル化合物の分子内に上記化学式(1)で表す2価の基を導入することを好ましく挙げられる。このようなポリオール化合物については、上記本発明のポリマー化合物の分解方法の説明で述べたものを用いることができる。
【0060】
ビニルポリマーの架橋体は、(A)エチレン性不飽和結合を備えたモノマーと、(B)分子内に上記化学式(1)で表す2価の基を備えた、2以上のエチレン性不飽和結合を有する架橋剤とをラジカル重合させることで得られる。これら(A)と(B)とラジカル重合開始剤とを混合して液状の重合性組成物を調製し、この重合性組成物を繊維に含浸させてから、これを加熱して重合性組成物を硬化させることでFRPとなる。これら、(A)、(B)及びラジカル重合開始剤については、上記本発明のポリマー化合物の分解方法の説明で述べたものを用いることができる。
【実施例0061】
以下、実施例を示すことにより、さらに具体的に本発明を説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0062】
【0063】
まずは、ジアシルヒドラジン部位(上記化学式(1)で表す2価の基)を備えたモデル化合物1を用いて、これに窒素酸化物を接触させたときの生成物を調べた。亜硝酸ナトリウム6.911g(0.1002mol)に濃硫酸10mLを少しずつ加え、発生した一酸化窒素と二酸化窒素の混合気体を、アルゴン気流を用いて無水塩化カルシウム管を通して化合物1(0.0309g、0.1029mmol)に20分間吹き付けた。得られた生成物を薄層クロマトグラフィーで展開したところ、化合物1のスポットは消失し、新たに2種類の化合物に対応するスポットが確認された。これらの化合物について1H-NMRスペクトル及びIRスペクトルにて確認したところ、化合物2及び3であることが確認された。このことから、上記化学式(1)で表す2価の基を備えた化合物が、窒素酸化物を接触させることにより分解することを確認した。
【0064】
【0065】
ヒドラジン一水和物20g(0.4mol)と水酸化ナトリウム40g(1mol)を水400mLに溶解させ、この溶液に、0℃で、アクリル酸クロリド80g(0.88mol)をテトラヒドロフラン100mLに溶解させた溶液を30分間かけて滴下した。析出した結晶を濾取し、少量の冷水で洗浄した。濾液は、連続抽出装置を用いて酢酸エチルで抽出し、この抽出液からも結晶を析出させた。得られた結晶を合わせ、真空乾燥することで、40g(収率70%)のジアクリロイルヒドラジン4を無色結晶として得た。
【0066】
・アクリル系硬化物の調製とその分解反応
N,N-ジメチルアクリルアミド(DMA)と、上記の手順で合成したジアクリロイルヒドラジン4と、2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)とを、モル比で95:5:2となるように混合して重合性組成物を調製した。この重合性組成物を基板に塗布してから100℃で加熱することで、基板上に硬化膜を形成させた。得られた硬化膜に、上記と同様の手順で調製した一酸化窒素と二酸化窒素の混合気を20分間接触させたところ、その硬化膜が脆くなり、少しの力を加えただけで粉々になった。
【0067】
・エポキシ系硬化物の調製とその分解とその分解反応
特開2011-236381号公報の段落0054~0057の手順に従って、下記化学式で示す1,2-ビス[3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパニル]ヒドロシン(化合物5)を得た。
【化17】
【0068】
ビスフェノールA型エポキシ樹脂(Epon828、Shell社製、エポキシ当量184~194)50質量部、ビスフェノールF型エポキシ樹脂(830LVP、大日本イ
ンキ化学工業株式会社製、エポキシ当量163)50質量部、化合物5を80質量部、イミダゾール5質量部、シリカフィラー(シリカアエロジールR972、日本アエロジル社製)3質量部、チクソ剤(ステリアリン酸アミド)2質量部、及びシリコーンカップリング剤(KBM803、信越化学工業株式会社製)1質量部を混合し、エポキシ樹脂組成物を調製した。このエポキシ樹脂組成物を基板に塗布してから180℃で加熱することで、基板上に硬化膜を形成させた。得られた硬化膜に、上記と同様の手順で調製した一酸化窒素と二酸化窒素の混合気を20分間接触させたところ、その硬化膜が脆くなり、少しの力を加えただけで粉々になった。
【0069】
以上に示す通り、上記化学式(1)で表す2価の基を備えたポリマー化合物、すなわちポリ(ジアシルヒドラジン)は、窒素酸化物と接触させることにより分解して、容易に除去可能なものになることがわかる。
【0070】
【0071】
ジヒドラジド6(2.50g、10.0mmol)のジメチルホルムアミド(DMF;10mL)溶液にテレフタル酸クロリド7(2.03g、10.0mmol)を加え、空気に触れないように栓をして2時間撹拌した。得られた溶液にDMF(40mL)を加えて薄め、激しく撹拌しながらメタノール(500mL)に注ぎ、生じた沈殿を濾過してからメタノールでよく洗浄し、真空乾燥することでポリジアシルヒドラジン8を得た。
【0072】
・ポリジアシルヒドラジンの分解
ポリジアシルヒドラジン8の粉末に上記と同様の手順で調製した一酸化窒素と二酸化窒素の混合気を1時間接触させた。生成物は見かけ上変化がないが、メタノールに完全に溶解した。ポリジアシルヒドラジン8はメタノールに不溶であることから、ポリジアシルヒドラジン8が低分子化合物にまで分解していることを確認した。