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特開2024-45038胃癌の高度リンパ節転移を検出するためのバイオマーカー、それを用いた検出方法及び検出試薬
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024045038
(43)【公開日】2024-04-02
(54)【発明の名称】胃癌の高度リンパ節転移を検出するためのバイオマーカー、それを用いた検出方法及び検出試薬
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/574 20060101AFI20240326BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240326BHJP
【FI】
G01N33/574 Z
G01N33/53 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023147899
(22)【出願日】2023-09-12
(31)【優先権主張番号】P 2022148747
(32)【優先日】2022-09-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(71)【出願人】
【識別番号】510126379
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立病院機構
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】堀内 弥生
(72)【発明者】
【氏名】梁 明秀
(72)【発明者】
【氏名】大島 貴
(72)【発明者】
【氏名】宮城 洋平
(72)【発明者】
【氏名】廣島 幸彦
(72)【発明者】
【氏名】小堀 宏樹
(57)【要約】
【課題】胃癌の臨床分類におけるステージ分類でStage IIIに分類される胃癌の高度リンパ節転移診断マーカーの検証を目的とし、Stage III胃癌症例おいて転移検出の補助となる方法を提案する。
【解決手段】線維芽細胞成長因子受容体1(Fibroblast growth factor receptor 1 ;FGFR1)を、胃癌の高度リンパ節転移を検出するためのバイオマーカーとして使用し、ヒト体液中のFGFR1の濃度を測定し、FGFR1の濃度が基準値よりも高い場合には、胃癌の高度リンパ節転移が検出されたとし、当該基準値は、胃癌の高度リンパ節転移が認められなかったヒト体液中のFGFR1濃度である、方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
線維芽細胞成長因子受容体1(Fibroblast growth factor receptor 1 ;FGFR1)からなる、胃癌の高度リンパ節転移を検出するためのバイオマーカー。
【請求項2】
ヒト体液中のFGFR1の濃度を測定し、その測定値から胃癌の高度リンパ節転移を検出する方法。
【請求項3】
FGFR1の濃度が基準値よりも高い場合には、胃癌の高度リンパ節転移が検出されたとし、当該基準値は、胃癌の高度リンパ節転移が認められなかったヒト体液中のFGFR1濃度から定められたものである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記体液が、血液又は尿である、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
FGFR1の濃度を測定する方法が免疫学的測定法である、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項6】
FGFR1を特異的に認識する抗体を用いて行われる、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
FGFR1を特異的に認識する抗体を含有することを特徴とする、請求項5に記載の方法に使用するための検出試薬又は検出キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト体液中の線維芽細胞成長因子受容体1(Fibroblast growth factor receptor 1 ;FGFR1)の濃度を指標として、胃癌の高度リンパ節転移を検出する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
2020年度における日本の癌による死亡数は約38万人であり、胃癌による死亡数は、男性で12.6%(死亡数が多い部位で全体2位)、女性で9.2%(同全体5位)であり、依然多くの人が罹患し死亡している。2021年度の部位別の死亡予測数も2020年度と同水準であり、我が国にとって早期に診断・治療を開始することが重要な疾患である(非特許文献1)。
【0003】
胃癌等の固形癌は、早期診断・早期治療によって治癒可能な疾患であるが、進行した場合には外科治療のみならず、化学療法や放射線治療を併用した集学的治療が行われている。遠隔転移を有するStage IV以外の局所進行胃癌の標準治療は外科的切除および化学療法であるが、リンパ節転移個数が7個以上のリンパ節転移陽性(N3)を有する進行胃癌は,上記治療を行なっても,極めて予後が悪いことが知られている。その理由として,手術では取りきれない微小転移を有している可能性があげられている。
【0004】
術前補助化学療法のメリットは、手術では取りきれない微小転移に対して手術前に制御できる可能性があること、腫瘍局所における血管構築が破壊されていないため、腫瘍への抗癌剤の到達が良好であり,患者の状態(PS)が術後より良好であるため、薬剤強度の高い抗癌剤の選択が可能なことなどがあげられている。一方デメリットとして、効果がない場合には胃癌が進行する可能性があることがあげられている。術前補助化学療法が最も有効と考えられる症例は手術可能ではあるが、手術では取りきれない微小転移を有する症例と考えられ、N3のような高度リンパ節転移を有する症例に多く含まれると考えられている(非特許文献2)。
【0005】
現在行われている胃癌のリンパ節転移診断は、そのほとんどがCT検査による画像診断でなされている(非特許文献3)。しかし、治療を始める前に診断した「術前リンパ節転移診断」と術後の病理診断による「術後リンパ節転移診断」の一致率(正診性)は、現状では非常に低いため、術前化学療法が最も効果的と考えられる手術では取りきれない微小転移を有する症例が多く含まれると考えられている。高度リンパ節転移を有する症例を、血清診断マーカーのように簡便で、かつ、これまでのCTによる画像診断と併せて正診性を向上させることができるような補助診断法の構築が求められている。
【0006】
現在使用されている体外診断用医薬品の腫瘍マーカーであるCEAやCA19-9は胃癌の腫瘍量を反映しており、再発や病状の進行を見るためなどに用いられるが、癌のリンパ節転移診断には用いられていない。
【0007】
癌の転移診断に関わる方法は多数報告されている。例えば、組織診断を行うマイクロアレイを用いた検討で、正常なリンパ節と比較し、胃癌腫からの転移を伴うリンパ節では特定の遺伝子マーカーの発現レベル高値になることに基づき転移を診断する方法が報告されている(特許文献1)。また胃癌の肝転移を検出する方法として、血清及び胃癌組織を対象にSYT7、MFSD4、ETNKの発現量による胃癌の肝転移を検出する方法(特許文献2)や血清及び胃癌組織を試料として癌の遠隔転移の予後を検査する方法(特許文献
3)なども報告されている。
【0008】
線維芽細胞成長因子受容体(FGFR)は4種類が同定されており、細胞外免疫グロブリン様ドメイン、疎水性膜貫通領域、細胞内チロシンキナーゼドメインからなる膜貫通型の受容体型チロシンキナーゼである。細胞外グロブリン様ドメインは線維芽細胞増殖因子(FGF)が結合することで、下流のシグナルのカスケードを動かし、様々な細胞応答を引き起こすことが知られている(非特許文献4)。
【0009】
特にFGFR1は、骨髄で好酸球系細胞が原因不明に増殖する好酸球増多症の診断マーカーとしても知られている。WHO分類2008において、「好酸球増多症とPDGFRA、PDGFRB、またはFGFR1遺伝子異常を有する骨髄・リンパ性腫瘍」のカテゴリーが新たに新設されている(非特許文献5、6)。3つの遺伝子はともにチロシンキナーゼ活性を有するが、その異常亢進が好酸球増多症の原因であるため、3つの遺伝子の鑑別を行うことが重要であると示唆されている(特許文献4)。
【0010】
またFGFR1は8p11骨髄増殖症候群(EMS)の発生にも関与していることが示されている。8p11-12染色体遺伝子座に存在するFGFR1遺伝子が、転座によりペアとなる遺伝子と新たな融合遺伝子やキメラタンパク質を形成することにより発症する。FGFR1シグナル伝達の調節異常が、癌の形成及び進行を引き起こすことが知られている(非特許文献7、8)。
【0011】
さらに該患者から採取した癌細胞を用いた評価で、FGFR1は癌再発可能性の予測遺伝子の一つとしても報告されている(特許文献5)。該当文献において予後診断のRNAの一つとして提案されており、RNA転写産物または発現産物の発現レベルを評価することで癌再発の可能性を予測することが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2007-275054号公報
【特許文献2】国際公開第2016/181979A1号パンフレット
【特許文献3】特開2006-119064号公報
【特許文献4】国際公開第2016/073825号パンフレット
【特許文献5】国際公開第2005/039382号パンフレット
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】がんの統計2022(公益財団法人 がん研究振興財団)
【非特許文献2】胃癌治療ガイドライン第6版(日本胃癌学会編)
【非特許文献3】日本臨床外科学会HP https://www.ringe.jp/civic/20200302/
【非特許文献4】Babina IS, et al., Nat. Rev. Cancer. Vol.17, 318-332 (2017)
【非特許文献5】造血器腫瘍のWHO分類第4版(2008年)
【非特許文献6】J. Gotlib, et al., Leukrmia, Vol.22, 1999-2010 (2008)
【非特許文献7】Courtney C. Jackson, et, al., Human Pathology Vol.41, 461-476 (2010)
【非特許文献8】Ming Zhao, et, al. Oncotarget, Vol.10, (No. 1), pp: 30-44 (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明では、胃癌の臨床分類におけるステージ分類でStage IIIに分類される胃癌の高度リンパ節転移診断マーカーの検証を目的とし、Stage III胃癌症例において転移検出の補助となる方法を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、鋭意研究の結果、Stage III胃癌症例を対象に、市販ELISA kitを用いたイムノアッセイにて高度リンパ節転移ありの検体群(N3検体群)と、リンパ節転移なしの検体群(N0検体群)を用いてFGFR1を測定した結果、N3検体群のFGFR1の濃度はN0検体群と比較して有意に高いことを見出し、以下の本発明を完成した。
【0016】
即ち本発明は以下の通りである。
[1]線維芽細胞成長因子受容体1(Fibroblast growth factor receptor 1 ;FGFR1)からなる、胃癌の高度リンパ節転移を検出するためのバイオマーカー。
[2]ヒト体液中のFGFR1の濃度を測定し、その測定値から胃癌の高度リンパ節転移を検出する方法。
[3]FGFR1の濃度が基準値よりも高い場合には、胃癌の高度リンパ節転移が検出されたとし、当該基準値は、胃癌の高度リンパ節転移が認められなかったヒト体液中のFGFR1濃度から定められたものである、[2]に記載の方法。
[4]前記体液が、血液又は尿である、[2]又は[3]に記載の方法。
[5]FGFR1の濃度を測定する方法が免疫学的測定法である、[2]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]FGFR1を特異的に認識する抗体を用いて行われる、[5]に記載の方法。
[7]FGFR1を特異的に認識する抗体を含有することを特徴とする、[5]又は[6]に記載の方法に使用するための検出試薬又は検出キット。
【発明の効果】
【0017】
本発明を用いた方法は、従来の胃癌のリンパ節転移を確認する内視鏡検査と比較し低侵襲性である利点がある。ヒト体液中のFGFR1の濃度を測定し、その測定値から転移を検出することにより、術前化学療法の判断基準を提案でき、医師による治療の選定の大きな補助となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施例1で測定した、高度リンパ節転移が認められるN3検体群とリンパ節転移が認められないN0検体群でFGFR1測定値を対比した結果を示すボックスプロットである。P<0.001(Mann Whitney test)。
図2】実施例1で、高度リンパ節転移が認められる検体とリンパ節転移が認められなかった検体におけるFGFR1の受信者動作特性(ROC)曲線解析の結果を示す図である。
図3】比較例1で、既存腫瘍マーカーであるCA19-9を用いて、高度リンパ節転移が認められるN3検体群とリンパ節転移が認められないN0検体群の測定値を対比した結果を示すボックスプロットである。P=0.262(Mann Whitney test)。
図4】比較例1で、高度リンパ節転移が認められる検体とリンパ節転移が認められなかった検体におけるCA19-9の受信者動作特性(ROC)曲線解析の結果を示す図である。
図5】比較例2で、既存腫瘍マーカーであるCEAを用いて、高度リンパ節転移が認められるN3検体群とリンパ節転移が認められないN0検体群の測定値を対比した結果を示すボックスプロットである。P=0.356(Mann Whitney test)。
図6】比較例2で、高度リンパ節転移が認められる検体とリンパ節転移が認められなかった検体におけるCEAの受信者動作特性(ROC)曲線解析の結果を示す図である。
図7】作製例1で、作製した精製ポリクローナル抗体を用いて、購入した組換えFGFR1をウェスタンブロットで検出した結果を示す図である。
図8】実施例2で、高度リンパ節転移が認められた検体とリンパ節転移が認められなかった検体とにそれぞれ含まれるFGFR1を、作製した精製ポリクローナル抗体を用いてウェスタンブロットで検出した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の第一の態様は、胃癌における高度リンパ節転移を検出するためのバイオマーカーである。本発明のバイオマーカーは、ヒト体液中に存在するFGFR1からなる。
【0020】
本発明のFGFR1は選択的スプライシングにより多数のアイソフォーム(21種)と疾患に関わるバリアントが報告されているが、これらいずれかの配列を有するものでもよく、またすべてであってもよい。
【0021】
後述の実施例が示す通り、胃癌における高度リンパ節転移が認められたヒト体液中のFGFR1の濃度(レベルともいう)は、リンパ節転移が認められなかったそれに比べて有意に高い。そのため、検体中のFGFR1は、胃癌におけるリンパ節転移を検出するための指標となり得る。
【0022】
本態様の別の側面は、FGFR1の、胃癌の高度リンパ節転移を検出するためのバイオマーカーとしての使用である。
【0023】
かかる知見に基づく本発明の第二の態様は、ヒト体液中のFGFR1濃度を測定し、その測定値から胃癌の高度リンパ節転移を検出する方法である。この方法は、通常はインビトロ(in vitro)で行われる。また、ヒト体液中におけるFGFR1の濃度の測
定は、通常イムノアッセイで行われる。術前化学療法を選択する際にヒト体液中のFGFR1濃度を測定することで、治療を選択するための判断材料が提供される。
【0024】
なお、本発明の方法は、胃癌の高度リンパ節転移を検出する段階までを含むものであり、該転移の診断や術前化学療法等に関する最終的な判断行為は含まれない。医師は、本発明の方法による検出結果等を参照して、胃癌の高度リンパ節転移の有無を診断したり治療方針を決定したりする。そのため、本発明の方法は、胃癌の高度リンパ節転移の有無を診断するための情報を提供する方法と言い換えてもよい。
【0025】
本明細書において胃癌の臨床分類上Stage IIIとは、がんの深さの程度(深達度)であるTカテゴリー、リンパ節への転移の有無であるNカテゴリー、別の臓器への転移有無であるMカテゴリーで分類された結果、がんが固有筋層よりも深く浸潤していて、いくつかの領域でリンパ節転移がある状態を指す。
【0026】
本明細書において「高度リンパ節転移」とは、所属リンパ節転移が7個以上の症例(TNM分類でN3)を指す。外科治療の前に高度リンパ節転移の有無が判明することは、術前補助化学療法の選択の一助となりえる。
【0027】
ヒト検体中のFGFR1は、試料中のFGFR1タンパク質又はその断片の測定により調べることができる。FGFR1は、3つのドメインを持つ膜タンパク質であるが、FGFR1全長タンパク質及びその断片には、遊離して存在するものの他、他のタンパク質等
と結合ないしは会合した形態で検体中に存在するものが包含される。従って、本発明においてバイオマーカーとして使用される「FGFR1」という語には、検体中に遊離して存在するFGFR1全長タンパク質及びその部分断片、並びに他のタンパク質又はタンパク質断片と結合ないしは会合した形態で検体中に存在するFGFR1及びその部分断片が包含される。
【0028】
本発明における検体とは、ヒト体液であり、血液(全血、血清、血漿等)、尿等を用いることができるが、血液を用いることが望ましく、特に血清を用いることがさらに望ましい。本発明の方法に用いられる検体は、被験者から採取された、すなわち単離された検体を指す。検体を採取されるヒト(被験者)は、通常、胃癌患者で臨床分類上Stage IIIが対象となる。
【0029】
本発明の方法の測定を行う時期は、胃癌治療を始める前に確定する「進行度分類」作成時が望ましい。通常は、胃カメラや造影検査で病変が発見された場合、病変の一部をとって生検で確定診断を行う。この診断を元に、それぞれの病状に合った適切な治療法を検討するため、CT検査などで進行度や転移有無を診断するが、本発明の方法による検出結果を合わせることで、リンパ節転移の可能性を判定でき、術前化学療法を行う判断の一助となる。
また、本発明の方法の測定を行う時期は、胃癌に対し加療した後であってもよい。例えば、外科的切除を施した後の経過観察において転移の有無を判断する際に本発明の方法による検出結果を参照することで、リンパ節転移の可能性を判定でき、化学療法を行う判断の一助となる。
【0030】
ヒト検体中のFGFR1を測定する方法は、免疫学的測定法、液体クロマト法、電気泳動法、質量分析法等定量性のある測定法であれば特に限定されないが、免疫学的測定法は大掛かりな機器類が不要であり測定操作も簡便なので、本発明においても好ましく用いることができる。
免疫学的測定自体はこの分野において周知である。免疫学的測定法を反応形式に基づいて分類すると、サンドイッチ法、競合法、凝集法、ウェスタンブロット法等があり、また、標識に基づいて分類すると、酵素免疫分析、放射免疫分析、蛍光免疫分析等がある。本発明においては、定量的検出が可能な免疫学的測定方法のいずれを用いてもよい。特に限定されないが、例えば、サンドイッチELISA等のサンドイッチ法を好ましく用いることができる。
本発明に用いられる抗体の製法は特に限定はなく、典型的には、マウス、ウサギ等の非ヒト動物で調製された非ヒト動物ポリクローナル又はモノクローナル抗体である。また、上述の通りFGFR1のアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列も公知であるので、常法のハイブリドーマ法等によりFGFR1の特定部位を特異的に認識するFGFR1抗体を調製して用いてもよい。
【0031】
本発明に用いられる抗体はポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよい。ポリクローナル抗体として抗血清を用いてもよい。本発明において、ポリクローナル抗体という語には、精製前の抗血清も包含される。また、抗体に代えて該抗体の抗原結合性断片を用いることもできる。以下、本明細書において、文脈からそうではないことが明らかな場合を除き、「抗体」という語には当該抗体の抗原結合性断片も包含される。ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、抗原結合性断片は、いずれも周知の常法により調製することができる。
【0032】
具体的には、FGFR1の特定部位を認識するポリクローナル抗体は、例えば、当該部位を特異的に認識するモノクローナル抗体を複数種混合して得ることができる。又は、化学合成等の周知の手法により調製したFGFR1の当該部位を含むポリペプチド、又はこ
れらをコードするポリヌクレオチドなどを免疫原として適宜アジュバントと共に非ヒト動物に免疫し、該動物から採取した血液から抗血清を得て、該抗血清中のポリクローナル抗体(非ヒト動物抗可溶性FGFR1ポリクローナル抗体)を精製することで得ることができる。免疫は、被免疫動物中での抗体価を上昇させるため、通常数週間かけて複数回行なう。抗血清中の抗体の精製は、例えば、硫酸アンモニウム沈殿や陰イオンクロマトグラフィーによる分画、アフィニティーカラム精製等により行なうことができる。
【0033】
モノクローナル抗体の周知の作製方法の一例として、ハイブリドーマ法を挙げることができる。具体的には、例えば、上記のように免疫した非ヒト動物から脾細胞やリンパ球のような抗体産生細胞を採取し、これをミエローマ細胞と融合させてハイブリドーマを調製し、FGFR1の特定部位と結合する抗体を産生するハイブリドーマを選択し、これを増殖させて培養上清から非ヒト動物抗FGFR1特定部位を特異的に認識するモノクローナル抗体を得ることができる。
【0034】
「抗原結合性断片」とは、例えば免疫グロブリンのFab断片やF(ab’)断片のような、当該抗体の対応抗原に対する結合性(抗原抗体反応性)を維持している抗体断片を意味する。このような抗原結合性断片もイムノアッセイに利用可能であることは周知であり、もとの抗体と同様に有用である。Fab断片やF(ab’)断片は、周知の通り、抗体をパパインやペプシンのようなタンパク分解酵素で処理することにより得ることができる。なお、抗原結合性断片は、Fab断片やF(ab’)断片に限定されるものではなく、対応抗原との結合性を維持しているいかなる断片であってもよく、遺伝子工学的手法により調製されたものであってもよい。また、例えば、遺伝子工学的手法により、一本鎖可変領域(scFv: single chain fragment of variable region)を大腸菌内で発現させた抗体を用いることもできる。scFvの作製方法も周知であり、上記の通りに作製したハイブリドーマのmRNAを抽出し、一本鎖cDNAを調製し、免疫グロブリンH鎖及びL鎖に特異的なプライマーを用いてPCRを行なって免疫グロブリンH鎖遺伝子及びL鎖遺伝子を増幅し、これらをリンカーで連結し、適切な制限酵素部位を付与してプラスミドベクターに導入し、それで大腸菌を形質転換し、大腸菌からscFvを回収することによりscFvを作製することができる。このようなscFvも「抗原結合性断片」に包含される。
【0035】
免疫学的測定法自体は周知の技術であるが、簡単に記載すると、例えば、サンドイッチ法では、FGFR1に結合する抗体を固相に不動化し(固相化抗体)、試料と反応させ、必要に応じて洗浄後、固相化抗体と同一又は異なる部位でFGFR1に結合する抗体に標識を付した標識抗体を反応させ、洗浄後、固相に結合した標識抗体を測定する。
【0036】
標識抗体の測定は、標識物質からのシグナルを測定することにより行なうことができる。シグナルの測定方法は、標識物質の種類に応じて適宜選択される。例えば、酵素標識の場合、該酵素に対応した発色基質、蛍光基質又は発光基質等の基質を該酵素と反応させ、その結果発生する発色や発光等のシグナルを吸光光度計やルミノメータ等の適当な機器で測定することにより、酵素活性を求め測定対象物を測定することができる。例えば、標識物質としてALPを用いる場合、3-(4-メトキシスピロ(1,2-ジオキセタン-3,2’-トリシクロ[3.3.1.13,7]デカン)-4-イル)フェニルホスフェート2ナトリウム(例えば商品名AMPPD)などの発光基質を用いることができる。標識抗体は、標識物質が当該抗体に直接結合されていてもよいし、ビオチン又はハプテン等の特異結合分子を抗体に結合させ、標識物質を結合した特異結合分子のパートナー(ストレプトアビジン又はハプテン抗体等)を反応させることにより、間接的に標識物質が結合されていてもよい。FGFR1を種々の濃度で含む濃度既知の標準試料について、抗FGFR1抗体又はその抗原結合性断片を用いて免疫学的測定を行ない、標識からのシグナルの量と標準試料中のFGFR1の濃度との相関関係をプロットして検量線を作成しておき、
FGFR1が未知の検体について同じ操作を行なって標識からのシグナル量を測定し、測定値をこの検量線に当てはめることにより、検体中のFGFR1を定量することができる。
【0037】
ヒト体液中のFGFR1レベルが高いか否かは、胃癌の高度リンパ節転移が認められなかった患者群の体液中のFGFR1レベル(濃度)から、統計学的に適切に算出して定められた基準値を閾値とし、この閾値との比較により判断することができる。そして、FGFR1レベルの測定値が、この基準値よりも高い場合には、胃癌の高度リンパ節転移が検出されたとすることができる。この閾値は、年代ごと(例えば、30歳未満、30歳代、40歳代、50歳代など)、性別ごと、人種ごとに設定してもよい。
医師は、ヒト体液中のFGFR1レベルに基づいて胃癌の高度リンパ節転移が検出された結果等を参照して、最終的に該転移の有無を診断したり治療方針を決定したりする。
【0038】
本発明の胃癌の高度リンパ節転移を検出する方法は、がん治療の方針の一助とすることができる。すなわち、本発明により、患者における胃癌、特にStage IIIの胃癌を治療する方法であって、
(i)患者から採取した体液中のFGFR1濃度を測定する工程、
(ii)前記測定値が予め設定した基準値を超える場合に、胃癌の高度リンパ節転移が検出されたと同定する工程、及び
(iii)(ii)で高度リンパ節転移が検出されたと同定された患者に対して該転移の診断を行い、治療を施す工程、を含む方法が提供される。治療としては、特に限定されないが、外科的切除及びそれに先立つ術前補助化学療法の組み合わせが好ましい。
【0039】
また本発明の第三の態様は、FGFR1を特異的に認識する抗体を含有する、胃癌の高度リンパ節転移を検出する方法に使用するための試薬に関する。
【0040】
この検出試薬は、FGFR1を特異的に認識する抗体ないし抗原結合性断片のみからなっていてもよいし、これら抗体又はその抗原結合性断片の安定化等に有用な他の成分をさらに含んでいてもよい。また、これら抗体又はその抗原結合性断片は、標識物質ないしはビオチン等の特異結合分子が結合した形態や、プレート、粒子等の固相に固定化された形態であってもよい。
【0041】
本発明の第四の態様はまた、上記した本発明の検出試薬を含む、リンパ節転移を検出するキットであってもよい。当該キットは免疫学的測定キットであり、免疫学的測定に必要な他の試薬類等も含んでいてよい。免疫学的測定に必要な他の試薬類は周知である。例えば、当該キットには、上記した検出試薬のほか、検体希釈液、洗浄液、及び、標識抗体に使用されている標識物質が酵素の場合には該酵素の基質液等がさらに含まれ得る。また、キットには通常、使用説明書が含まれる。
【0042】
本態様の別の側面は、FGFR1を特異的に認識する抗体の、胃癌の高度リンパ節転移を検出するための試薬又はキットの製造における使用である。また別の側面は、FGFR1を特異的に認識する抗体の、胃癌の高度リンパ節転移の検出における使用である。また別の側面は、胃癌の高度リンパ節転移の検出のために使用される、FGFR1を特異的に認識する抗体である。
【実施例0043】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0044】
<実施例1>FGFR1を検出するELISA Kitを用いた測定
胃癌のリンパ節転移有無が判明している患者血清検体は、採血後後、-80℃で保存した。患者情報を照合し、胃癌を原発とした高度リンパ節転移有無の照合を行い、転移が認められた患者血清32検体(N3検体群)、転移が認められなかった15検体(N0検体群)を用いた。
【0045】
N3検体群の男女比率は男性22検体、女性10検体、N0検体群は男性11検体、女性4検体であった。年齢の中央値はN3検体群で67歳、N0検体群は66歳であった。
【0046】
FGFR1の測定は、購入したHuman Fibroblast growth factor receptor 1 ELISA Kit(MyBio Source社)を使用した。検体の測定は添付の希釈液を用いて4倍希釈し、添付のプロトコル通りに行った。
【0047】
結果を図1に示す。N0検体群と比較して、N3検体群では明らかに血清中のFGFR1濃度が高値であった。高度リンパ節転移が認められたN3検体群の中央値が3.80ng/mLであったのに対し、リンパ節転移が認められなかったN0検体群の中央値は0.72ng/mLであった。
【0048】
表1及び図2は、血清中のFGFR1による胃癌の高度リンパ節転移の検出能をROC解析により評価した結果である。この結果より、独立変数である血清中のFGFR1濃度と二分変数である癌転移の有無というアウトカムとの関係が示唆された。また、ROC曲線下面積(AUC: area under the curve)は0.904であった。
【0049】
【表1】
【0050】
<比較例1>既存腫瘍マーカー(CA19-9)を用いた測定
腫瘍マーカーであるCA19-9の測定値と比較を行った。比較データは実施例1で使用した検体の電子カルテを参照した。
【0051】
CA19-9の測定結果を図3に示す。リンパ節転移が認められなかったN0検体群の中央値が4.60U/mLであったのに対し、リンパ節転移が認められたN3検体群の中央値は10.8U/mLであった。
【0052】
表2及び図4は、血清中のCA19-9によるリンパ節転移の検出能をROC解析により評価した結果である。ROC曲線下面積は0.603であった。
【0053】
【表2】
【0054】
<比較例2>既存腫瘍マーカー(CEA)を用いた測定
腫瘍マーカーであるCEAの測定値と比較を行った。比較データは実施例1で使用した検体の電子カルテを参照した。
【0055】
CEAの測定結果を図5に示す。リンパ節転移が認められなかったN0検体群の中央値が2.20ng/mLであったのに対し、リンパ節転移が認められたN3検体群の中央値は2.25ng/mLであった。
【0056】
表3及び図6は、血清中のCEAによるリンパ節転移の検出能をROC解析により評価した結果である。ROC曲線下面積は0.585であった。
【0057】
【表3】
【0058】
<作製例1>精製ポリクローナル抗体の作製
FGFR1のアミノ酸配列のうち、178~189位に相当する12アミノ酸からなるペプチドを合成した(ジェンスクリプトジャパン株式会社にて合成)。これをImject mcKLH(Thermo社製)にコンジュゲーションし、既知の方法(Rabbit免疫法)でウサギ(ニュージーランドホワイト)に免疫して、FGFR1を検出する抗血清を作製した(北山ラベス株式会社にて作製)。抗血清はMonoSpin L ProA(ジーエルサイエンス社製)にて粗精製した。得られた粗精製画分を、組換えFGFR1(CUSABIO社製)を固定化したHiTrap(登録商標) NHS-acti
vated HP Column(Cytiva社製)でアフィニティー精製を行い、精製ポリクローナル抗体を得た。得られた精製ポリクローナル抗体を用いて、購入した組換えFGFR1(CUSABIO社製)を、ウェスタンブロットで検出した。
図7に示す結果の通り、50kDa付近に濃いバンドが検出され、得られた精製ポリクローナル抗体で組換えFGFR1を検出できることが確認された。
【0059】
<実施例2>精製ポリクローナル抗体を用いたウェスタンブロット法による血清中のFGFR1検出
実施例1で使用した検体の中から、転移が認められた患者血清2検体(N3検体群)、
転移が認められなかった患者血清2検体(N0検体群)を用いた。
【0060】
対象の検体をプロトコルに従い、High Select(登録商標)Top14 Abundant Protein Depletion Mini Spin Columns(Thermo社製)にて前処理を行った。得られた溶出液のタンパク質濃度を測定し、1μg/Laneとなるように5-20%グラジエントゲルにアプライし、SDS
/PAGEを行った。泳動後、転写装置を用いてPVDF膜にタンパク質を転写した。タンパク質が転写されたPVDF膜をブロッキングワン(ナカライ社製)を用いて室温で1時間ブロッキングを行った。即ち、ブロッキングワン中に作製例1で作製した精製ポリクローナル抗体を1.0μg/mLとなるように調整し、ブロッキング操作後のPVDF膜
を浸漬し、室温で1時間反応を行った。反応後、TBST bufferにて3回洗浄を行った。次に、ブロッキングワンで10,000倍に希釈した西洋ワサビペルオキシダー
ゼ(HRP)標識抗ウサギIgG(Abcam社製)溶液を調製し、洗浄後のPVDF膜を浸漬し、室温で1時間反応を行った。反応後、TBST bufferにて3回洗浄後、ECL Prime Western Blotting Detection Reagent(GEヘルスケア社製)にて発光させ、CCDカメラで検出確認を行った。また検出したバンドのシグナル解析はMulti Gauge(富士フイルム)を用いて行った。
【0061】
結果を図8に示す。図8から明らかなように、作製した精製ポリクローナル抗体を用いたウェスタンブロットの結果から、転移が認められた検体では、転移が認められなかった検体に比べて明らかに濃いバンドが50kDa付近に検出できた。
【0062】
またシグナル解析結果を表4に示す。転移が認められた検体では、転移が認められなかった検体に比べて明らかに高いシグナルを示した。
【0063】
【表4】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8