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特開2024-46021電池集電体用アルミニウム合金箔及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024046021
(43)【公開日】2024-04-03
(54)【発明の名称】電池集電体用アルミニウム合金箔及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20240327BHJP
   B21B 3/00 20060101ALI20240327BHJP
   B22D 11/06 20060101ALI20240327BHJP
   H01M 4/66 20060101ALI20240327BHJP
【FI】
C22C21/00 A
B21B3/00 J
B22D11/06 360C
H01M4/66 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022151159
(22)【出願日】2022-09-22
(71)【出願人】
【識別番号】399054321
【氏名又は名称】東洋アルミニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100117400
【弁理士】
【氏名又は名称】北川 政徳
(72)【発明者】
【氏名】村松 賢治
(72)【発明者】
【氏名】秋山 聡太郎
(72)【発明者】
【氏名】村上 巧
【テーマコード(参考)】
4E004
5H017
【Fターム(参考)】
4E004SD03
5H017AA03
5H017BB01
5H017BB02
5H017BB06
5H017EE05
5H017HH00
5H017HH01
5H017HH03
5H017HH08
5H017HH09
5H017HH10
(57)【要約】
【課題】箔圧延後の引張強度と伸び、そして電池製造工程中で予想される低温熱処理、特に120℃熱処理後の引張強度と伸びいずれにも優れた集電体用アルミニウム合金箔を提供することを目的とする。
【解決手段】アルミニウム合金箔であって、アルミニウム合金箔の組成が、Fe含有量が0.15質量%以上0.3質量%未満、Si含有量が0.8質量%超え1.5質量%未満、残部がAlと不可避不純物からなり、アルミニウム合金箔表面に存在する金属間化合物の平均円相当径が1.0μm以下であり、アルミニウム合金箔表面に存在する円相当径3.0μmを超える金属間化合物の数密度が2.0×10個/mm以下であることを特徴とする電池集電体用アルミニウム合金箔を用いる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金箔であって、
(1)前記アルミニウム合金箔の組成が、鉄(Fe)含有量が0.15質量%以上0.3質量%未満、ケイ素(Si)含有量が0.8質量%超え1.5質量%未満、残部がアルミニウム(Al)と不可避不純物からなり、
(2)前記アルミニウム合金箔表面に存在する金属間化合物の平均円相当径が1.0μm以下であり、
(3)前記アルミニウム合金箔表面に存在する円相当径3.0μmを超える金属間化合物の数密度が2.0×10個/mm以下である
ことを特徴とする、電池集電体用アルミニウム合金箔。
【請求項2】
前記アルミニウム合金箔の、圧延後の電気比抵抗に対する、120℃、1時間熱処理後の電気比抵抗の減少量が、0.03μΩ・cm以上である、請求項1に記載の電池集電体用アルミニウム合金箔。
【請求項3】
厚さ12μmでの圧延後の引張強度が235N/mm以上、伸びが3.0%以上である、請求項1又は2に記載の電池集電体用アルミニウム合金箔。
【請求項4】
厚さ12μmでの120℃、1時間熱処理後の引張強度が225N/mm以上、伸びが2.5%以上である、請求項1又は2に記載の電池集電体用アルミニウム合金箔。
【請求項5】
組成が鉄(Fe)含有量が、0.15質量%以上0.3質量%未満、ケイ素(Si)含有量が0.8質量%超え1.5質量%未満、残部がアルミニウム(Al)と不可避不純物からなる溶湯を冷却速度250℃/sec以上で鋳造し鋳造板を得る鋳造工程と、前記鋳造板を冷間圧延しアルミニウム合金箔を得る圧延工程とを有する、電池集電体用アルミニウム合金箔の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電池集電体用アルミニウム合金箔、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、リチウムイオン二次電池の正極集電体には、アルミニウム箔が使用されている。近年、リチウムイオン二次電池においては限られた容積の中で高容量化するために、活物質層の体積と密度を高めること、また集電体やその他の部品について省スペースであることが求められる。例えば、正極集電体に使用されるアルミニウム箔の厚さは12μm程度であるが、今後さらに薄箔化を要求される可能性がある。
【0003】
このリチウムイオン二次電池の製造方法は、一般的に下記の工程となる。まず、集電体となるアルミニウム箔等の金属箔の表面上に、活物質とバインダー樹脂と溶剤を混練したスラリーを塗工する。この際、正極となる金属箔には正極活物質を、負極となる金属箔には負極活物質を含むスラリーをそれぞれ塗工する。次に、スラリー塗工した金属箔を例えば100~150℃程度で加熱し溶剤を揮発させ乾燥を行う。さらに、活物質層の密度を高めるために、乾燥後の金属箔にプレス加工を施し電極材を得る。この、プレス加工中にプレス効率を上げるために加熱することもある。その後、例えば120~160℃程度でさらに乾燥を行う場合もある。このようにして製造した電極材を所望の形状に裁断あるいは打ち抜く。そして、正極電極材とセパレータと負極電極材とを積層や捲回したうえで、引き出し用タブ材等と接続した後、ケース又はラミネートパック中に収納する。次に、ケース又はラミネートパック中に電解液を注液し、封止した後、初回の充放電やエージングなどを行うことにより、リチウムイオン二次電池が製造される。
前記の製造工程は、あくまで一例であるが、集電体であるアルミニウム箔は、プレス及び捲回といった多様な加工及び熱履歴を経ることになる。アルミニウム箔は厚みが薄くなるほどこれらの製造工程内で破断しやすいため、破断せずに安定して製造する目的でアルミニウム箔の機械特性の改善、特に引張強度と伸びを改善する技術が数多く提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1では、集電体用アルミニウム箔の構成として、Fe含有量を0.3質量%以上3.0質量%以下、Si含有量を0.8質量%以上1.5質量%以下に規定し、またアルミニウム合金箔中に存在する大径晶出物の平均直径を制御することで、その機械特性を箔の厚さ15μm以下で引張強度170N/mm以上280N/mm以下、伸び4%以上10%以下とする技術を開示している。
また、特許文献2では、Fe含有量を0.15質量%以上0.7質量%以下、Si含有量を0.2質量%以上0.8質量%以下含有し、Si含有量/Fe含有量比が0.7以上2.5以下であり、圧延後の引張強さが180MPa以上、箔の厚さ12μmでの伸びが3.0%以上であり、低温熱処理後にも伸び特性を維持している電池集電体用アルミニウム合金箔が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2010/100924号パンフレット
【特許文献2】特開2017-186629号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記特許文献1においては、電池の製造工程中にあるような100~160℃の低温熱処理後の引張強度、伸びに関する記載はない。また、集電体用アルミニウム箔の製造方法として、鋳塊を得る工程の溶湯の冷却速度を100℃/sec以上500℃/sec以下と規定しているが、実施例の中で冷却速度の最大は182℃/secにとどまっており、鋳造方法については連続鋳造としているが具体的な記載はない。さらに、正極集電体のアルミニウム箔には純Al系、Al-Fe系がよく使われるが、これらのアルミニウム箔は電池の製造工程中にある100~160℃の低温熱処理を行うと、伸びが著しく低下する事が知られている。この現象は現在も原因が解明されていないが、熱処理温度が低温のため回復・再結晶が起こりにくい事が伸びの低下に影響していると予想される。
また、前記特許文献2において、実施例中での引張強度の最高値は224MPaであり、近年の薄箔化の要求に応えるにはさらなる高強度化が必要である。
【0007】
そこで、本発明は、前記問題点に鑑みてなされたものであり、箔圧延後の引張強度と伸び、そして電池製造工程中で予想される低温熱処理、特に120℃熱処理後の引張強度と伸びいずれにも優れた電池集電体用アルミニウム合金箔を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明者は種々検討した結果、アルミニウム合金箔において、Fe、Siの含有量と、アルミニウム合金箔表面に存在する金属間化合物の大きさ及び数密度を制御することで、箔圧延後及び120℃熱処理後における高強度及び高伸び性、が得られることを見出した。
すなわち、本発明は以下の特徴を備える。
【0009】
[1]アルミニウム合金箔であって、(1)前記アルミニウム合金箔の組成が、鉄(Fe)含有量が0.15質量%以上0.3質量%未満、ケイ素(Si)含有量が0.8質量%超え1.5質量%未満、残部がアルミニウム(Al)と不可避不純物からなり、(2)前記アルミニウム合金箔表面に存在する金属間化合物の平均円相当径が1.0μm以下であり、(3)前記アルミニウム合金箔表面に存在する円相当径3.0μmを超える金属間化合物の数密度が2.0×10個/mm以下であることを特徴とする、電池集電体用アルミニウム合金箔。
【0010】
[2]前記アルミニウム合金箔の、圧延後の電気比抵抗に対する、120℃、1時間熱処理後の電気比抵抗の減少量が、0.03μΩ・cm以上である、[1]に記載の電池集電体用アルミニウム合金箔。
[3]厚さ12μmでの圧延後の引張強度が235N/mm以上、伸びが3.0%以上である、[1]又は[2]に記載の電池集電体用アルミニウム合金箔。
[4]厚さ12μmでの120℃、1時間熱処理後の引張強度が225N/mm以上、伸びが2.5%以上である、[1]~[3]のいずれかに記載の電池集電体用アルミニウム合金箔。
【0011】
[5]組成が、鉄(Fe)含有量が0.15質量%以上0.3質量%未満、ケイ素(Si)含有量が0.8質量%超え1.5質量%未満、残部がアルミニウム(Al)と不可避不純物からなる溶湯を冷却速度250℃/sec以上で鋳造し鋳造板を得る鋳造工程と、前記鋳造板を冷間圧延しアルミニウム合金箔を得る圧延工程とを有する、電池集電体用アルミニウム合金箔の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔は、薄箔化したとしても、圧延後と120℃低温熱処理後の引張強度と伸びに優れるので、電池集電体として用いた際に、電池の工程内で破断しにくく、かつ電池の体積当たりの電池容量を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
本発明にかかる電池集電体用のアルミニウム合金箔は、所定量のFe、及びSiを含み、残部はAlと不可避不純物を含む箔である。
この電池集電体用アルミニウム合金箔は、後述するように、Feとそれよりも多量のSiを含有する組成を有する。かかる組成を有するので、SiはAlやFeと結合したAl-Fe-Si系の金属間化合物として存在するばかりでなく、AlやFeと結合していない単体Siとしても存在する。この単体Siはアルミニウム母相に固溶した状態や、Siのみからなる晶析出物といった形態で存在していると考えられる。この単体Siの挙動が低温熱処理した後のアルミニウム合金箔の伸び特性に大きな影響を及ぼしていると考えられる。
【0014】
本発明の製造方法では、溶湯冷却速度の高い双ロール鋳造法(Twin Roll Casting鋳造法:TRC鋳造法)を採用することで、単体Siは晶出物としてだけではなく、アルミニウム母相中に過飽和に固溶した状態が得られる。アルミニウム母相中に固溶したSiは低温熱処理中でも容易に拡散するので、過飽和に固溶したSiは、Siのみからなる析出物として析出する。通常、低温熱処理ではアルミニウム箔の製造工程中の圧延で入った歪を十分には除去できず不均一な回復状態となり、伸び低下を引き起こすと推測される。しかし本発明では、低温熱処理を施した際に回復とSi析出が同時に起こることで歪の回復状態に変化が起きていると考えられる。そのため、低温熱処理後においても十分な引張伸びを有する。
【0015】
また、TRC鋳造にすることで、Fe含有量が少量でありながらも、圧延後の引張強度と伸びに優れていることを見出した。これは、TRC鋳造の溶湯冷却速度が速いので、アルミニウム合金箔中の晶出物が微細化されることと、アルミニウム母相中のFe固溶量が増加しているためと考えられる。
さらにまた、アルミニウム合金箔中のSi含有量を多くした場合は、晶出物が粗大化しやすく箔圧延工程においてピンホールの発生が増大するおそれがあるが、これもTRC鋳造による晶出物の微細化によって解決される。
【0016】
[鉄含有量]
本発明の電池集電体用アルミニウム合金箔に含まれる鉄(Fe)は、結晶粒微細化等により引張強度、伸びや圧延性を改善する元素であり、アルミニウム箔には一般に添加されている成分である。TRC鋳造することで前記効果はより顕著に得られる。
前記電池集電体用アルミニウム合金箔の鉄(Fe)の含有量は、0.15質量%以上0.3質量%未満であり、0.2質量%以上0.27質量%未満がより好ましい。前記範囲であれば電池集電体用アルミニウム合金箔として優れた機械特性を示すことができる。鉄(Fe)含有量が0.15質量%より少ないと、引張強度が不十分となる傾向があり、一方、鉄(Fe)含有量が0.3質量%を超えると、低温熱処理後の伸びに悪影響を及ぼす傾向がある。
【0017】
[ケイ素含有量]
本発明の電池集電体用アルミニウム合金箔に含まれるケイ素(Si)は、TRC鋳造により、アルミニウム母相中へのケイ素(Si)の固溶度を高くし、かつ、ケイ素(Si)のみからなる晶出物を微細にすることで強度向上と低温熱処理後の伸び改善が期待できる。
前記電池集電体用アルミニウム合金箔のケイ素(Si)の含有量は、0.8質量%を超え1.5質量%未満であり、0.85質量%以上1.2質量%未満がより好ましい。0.8質量%以下だと低温熱処理後の伸びが得られにくく、1.5質量%以上になるとTRC鋳造時に粗大な晶出物や中心線偏析等が生じてしまい、箔圧延時でのピンホールの多発や伸び低下の恐れがある。
【0018】
[不可避不純物]
本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔を構成する成分の残部は、アルミニウム(Al)と不可避不純物からなる。この不可避不純物とは、アルミニウム合金箔の製造時に不可避的に混入した元素をいう。この不可避不純物は、本発明におけるアルミニウム合金箔の特性に影響を与えない範囲で含んでもよい。
この不可避不純物としては、例えば、マンガン(Mn)、銅(Cu)、バナジウム(V)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)等の遷移元素、マグネシウム(Mg)、亜鉛(Zn)、ホウ素(B)、ガリウム(Ga)、ビスマス(Bi)等の元素を含有する。これら各元素の含有量は、アルミニウム合金箔中に、それぞれ0.05質量%以下とすることが好ましい。
【0019】
[金属間化合物]
本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔表面に存在する金属間化合物の平均円相当径は1.0μm以下であり、好ましくは0.8μm以下である。前記範囲であれば高強度および高伸びが得られやすいとともに低温熱処理後の特性にも優れる。平均円相当径1.0μmを超えるような粗大な金属間化合物では十分な強度および伸びが得られにくい。同様の理由で円相当径3.0μmを超える金属間化合物の数密度は2.0×10個/mm以下であり、好ましくは1.0×10個/mm以下である。
ここでの金属間化合物とは、アルミニウム合金箔表面を例えば走査型電子顕微鏡で観察し、反射電子像(組成像)で撮影した際に、アルミニウム母相とは異なるコントラストを持つ粒子である。金属間化合物はAl-Fe系、Al‐Fe‐Si系等の金属間化合物を指すが、これに限定されない。ただし、Siのみからなる粒子はアルミニウムと原子番号が近く、前記観察方法でアルミニウム母相とコントラスト差が付かないため、これに含まない。
【0020】
[製造方法]
次に、本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔の製造方法について説明する。
本発明にかかるアルミニウム合金箔の製造方法は、前記組成範囲になるようにアルミニウム母合金を調製し、これを加熱してアルミニウム合金溶湯を作製し、前記アルミニウム合金溶湯を所定の冷却速度で鋳造して鋳造板を作製する鋳造工程、及び前記鋳造板を冷間圧延して箔にする圧延工程を有する製造方法である。
【0021】
[鋳造工程]
鉄(Fe)含有量が0.15質量%以上0.3質量%未満、ケイ素(Si)含有量が0.8質量%超え1.5質量%未満、残部がアルミニウム(Al)と不可避不純物からなるように、アルミニウム地金、各種添加金属元素、またはそれらを含んだアルミニウム母合金を調製し、680~1000℃で加熱し、前記組成を有するアルミニウム合金溶湯にする。その溶湯をTRC鋳造法で鋳造し、鋳造板を作製する。TRC鋳造では250℃/sec以上と高い溶湯冷却速度で鋳造することが可能である。鋳造厚みは特に限定されないが、冷却速度や歩留まりの観点から5~8mmの厚さが好ましい。
【0022】
本発明では、一般的なDC鋳造(Direct Chill Casting鋳造)よりも凝固時の溶湯冷却速度が速いTRC鋳造が好ましい。DC鋳造では数℃~数十℃/secの冷却速度に対し、TRC鋳造では250℃/sec以上の冷却速度となる。TRC鋳造にすることでアルミニウム合金箔中に含まれる金属間化合物の微細化、さらにFe、Siの高い過飽和固溶状態となる。そのためFe含有量を少なく抑えながらも高強度・高伸びのアルミニウム合金箔を得ることができる。また金属間化合物の微細分散とSiの高い過飽和固溶状態は低温熱処理後の伸び低下抑制に有効であると予想される。
一方、TRC鋳造における冷却速度の上限は、特に限定されないが、TRC鋳造機の能力の観点から、1000℃/sec以下がよく、600℃/sec以下が好ましい。
【0023】
[圧延工程]
[冷間圧延]
得られた鋳造板は、定法によって冷間圧延を行い所望の厚さのアルミニウム合金箔にする。圧延性の向上や固溶・析出状態を制御するために、冷間圧延工程の途中で中間焼鈍を1回または2回以上実施してもよい。
【0024】
[中間焼鈍]
本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔の製造方法において、中間焼鈍工程はあっても無くてもよいが、圧延性の改善の目的で、アルミニウム合金箔の特性に影響が出ない範囲で行っても良い。
中間焼鈍の時間は、生産効率上20時間以下が好ましい。また、中間焼鈍はバッチ焼鈍で行っても連続焼鈍ライン(CAL)で行ってもよい。連続焼鈍ラインを使った場合、急速加熱および急速冷却ができるのでアルミニウム合金中に過飽和に固溶したFeやSiの析出を抑制しつつ圧延性の改善ができるので好ましい。
【0025】
[均質化熱処理]
本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔の製造方法においては、均質化熱処理工程を含まないことが好ましい。均質化熱処理工程を行うと、高い冷却速度を有する鋳造工程により過飽和固溶した添加元素が析出し、組織の粗大化を招くため、十分な高強度、伸びを兼ね備えるという、この発明の特徴を発揮しにくくなるおそれがある。
【0026】
[熱間圧延]
本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔の製造方法においては、熱間圧延工程を含まないことが好ましい。熱間圧延工程を行うと、高い冷却速度を有する鋳造工程により過飽和固溶した添加元素が析出し、組織の粗大化を招き、十分な高強度、伸びを兼ね備えるという、この発明の特徴を発揮しにくくなるおそれがある。
【0027】
[アルミニウム合金箔の特性]
[電気比抵抗]
本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔は、圧延後の電気比抵抗に対する120℃1時間熱処理後の電気比抵抗の減少量が、0.03μΩ・cm以上であり、より好ましくは0.05μΩ・cm以上である。電気比抵抗減少量とは、圧延後のアルミニウム合金箔の電気比抵抗と120℃1時間熱処理した後のアルミニウム合金箔の電気比抵抗との差をいう。アルミニウム合金箔に120℃という低温熱処理を施したとしても歪回復による電気比抵抗への影響はほぼ無いと考えられ、Al-Fe系やAl-Fe-Si系金属間化合物の析出も起こりにくいと考えられるので、ここでの電気比抵抗減少は単体Siがアルミニウム母相から析出したことによるものと推測される。つまり、本願において電気比抵抗減少量はアルミニウム母相に固溶していたSiが熱処理によって析出した量(濃度)と正の相関関係にある。電気比抵抗減少量が上記範囲であれば、120℃熱処理後の伸び低下を抑制することができる。
なお、ここでいう圧延後とは、アルミニウム合金箔を箔圧延する圧延工程を行いアルミニウム合金箔が常温に冷却された後から、120℃低温熱処理の前までの間を指す。
【0028】
[引張強度、伸び]
本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔は、厚さ12μmにおける圧延後の引張強度235N/mm以上、伸び3.0%以上であることが好ましく、より好ましくは引張強度245N/mm以上、伸び3.5%以上である。上記範囲であれば、電池製造工程においてアルミニウム合金箔の破断を抑制できる。
【0029】
[120℃熱処理後の引張強度、伸び]
本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔は、厚さ12μmで120℃、1時間熱処理後の引張強度225N/mm以上、伸び2.5%以上であることが好ましく、より好ましくは引張強度240N/mm以上、伸び3.0%以上である。上記範囲であれば、電池製造工程においてアルミニウム合金箔の破断を抑制できる。
【0030】
[箔厚]
本発明にかかる電池集電体用アルミニウム合金箔は、厚さ7μm以上15μm以下であることが好ましく、9μm以上12μm以下がより好ましい。7μm未満であると圧延時のフラットネス制御やピンホール発生が問題となり、また電池製造工程中に破断しやすくなる。15μmより厚くなると薄箔化の要求に対して応えられない。
【実施例0031】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明の内容を一層明確にする。まず、この実施例で用いた試験方法を下記に示す。
【0032】
(試験方法)
[組成]
各実施例および比較例の組成は、誘導結合プラズマ発光分光分析法によって測定した。測定装置としては、サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)製:iCAP6500DUO、もしくは(株)島津製作所製:ICPS-8100などが挙げられる。
【0033】
[引張試験]
引張方向が圧延方向と平行になるように15mm幅×200mm長さの短冊型試験片を切り出し、引張試験機は(株)東洋精機製作所製のストログラフVES5Dを使い、引張速度3mm/minで、チャック間距離100mmを標点距離として試験した。試験は3回実施し、その平均値を算出した。引張試験は圧延後と120℃熱処理後で実施した。
【0034】
[金属間化合物]
アルミニウム合金箔表面を電界放出形走査電子顕微鏡(日本電子(株)製JSM-7200F)により倍率1000倍で観察した。金属間化合物を観やすくするために反射電子像(組成像)で撮影した。金属間化合物のサイズは画像解析・計測ソフトウェアWinROOF2021(三谷商事(株) バージョン5.4.0)を使って評価した。解析ソフト内の画像処理でコントラスト・明るさを調整し、金属間化合物を明確にする。その後、単一しきい値による2値化で、アルミニウム合金箔表面の金属間化合物部分のデータを抽出できるように2値化処理した。2値化処理されたデータで円相当径0.3μm以下の部分を削除するようにデータ処理し、残された円相当径0.3μmを超える部分で金属間化合物の平均粒子径を算出した。0.3μm以下を削除した理由としては、2値化処理されたデータの内で小さすぎるものは微小な表面凹凸など金属間化合物以外のものを含んでしまう可能性が高いためである。また円相当径3.0μmを超える金属間化合物の個数を計測し、単位面積当たりの個数を算出した。ランダムに5視野で撮影し、その平均値を求めた。
【0035】
[電気比抵抗]
圧延方向が長手となるように15mm幅×200mm長さの短冊試験片を切り出した。試験片の電気抵抗値は日置電機(株)製3541抵抗計を使用して圧延後と120℃熱処理後それぞれ測定した。測定時の端子間距離は115mmとした。
電気比抵抗ρは、ρ=R・A/Lで算出できる。Rは電気抵抗値、Aは通電断面積、Lは通電長さである。通電断面積Aは箔厚×試験片幅15mmであり、通電長さLは端子間距離の115mmである。
【0036】
(実施例1~6、比較例1~5)
表1に示す各組成からなるアルミニウム合金を溶解し、その溶湯を脱ガス・脱介在物処理した後にTRC鋳造で厚さ7mmの鋳造板を作製した。さらに鋳造板を冷間圧延し厚さ12μmまたは10μmのアルミニウム合金箔とした。その後、前記アルミニウム合金箔に120℃で1時間保持する熱処理を施した。得られたアルミニウム合金箔について、前記の各試験を行った。その結果を表1に示す。
【0037】
(比較例6)
表1記載の組成でDC鋳造により鋳塊を作製した。鋳塊を面削後、表1記載の温度で均質化熱処理を行った後、熱間圧延により厚さ7mmの板とした。その後は実施例と同様に冷間圧延と120℃熱処理を施した。得られたアルミニウム合金箔について、前記の各試験を行った。その結果を表1に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
[結果]
実施例1~6ではFe、Siの含有量が規定内であり、またTRC鋳造により金属間化合物も微細であるため、硬質、120℃熱処理後ともに優れた強度、伸びが得られた。
一方、比較例1、2はSiの含有量が規定を下回り、120℃熱処理後の伸びが十分に得られなかった。
また、比較例3はSiの含有量が規定を上回り、圧延後の伸びが3%を下回った。アルミニウム合金箔表面の外観もスジっぽく、伸びに悪影響を及ぼした。
さらに、比較例4はFeの含有量が規定を下回り、熱処理前後ともに強度が不十分であった。
さらにまた、比較例5はFeの含有量が規定を上回り、120℃熱処理後の伸びが十分に得られなかった。
また、比較例6は鋳造方法がTRCではないため、金属間化合物が粗大であり、強度、伸びいずれも優れた値は得られなかった。