IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大同特殊鋼株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-鋼材及び金型 図1
  • 特開-鋼材及び金型 図2
  • 特開-鋼材及び金型 図3
  • 特開-鋼材及び金型 図4
  • 特開-鋼材及び金型 図5
  • 特開-鋼材及び金型 図6
  • 特開-鋼材及び金型 図7
  • 特開-鋼材及び金型 図8
  • 特開-鋼材及び金型 図9
  • 特開-鋼材及び金型 図10
  • 特開-鋼材及び金型 図11
  • 特開-鋼材及び金型 図12
  • 特開-鋼材及び金型 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024046069
(43)【公開日】2024-04-03
(54)【発明の名称】鋼材及び金型
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240327BHJP
   C22C 38/46 20060101ALI20240327BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240327BHJP
   C21D 1/32 20060101ALN20240327BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240327BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20240327BHJP
【FI】
C22C38/00 302E
C22C38/46
C22C38/60
C21D1/32
C21D9/00 M
C21D8/06 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022151231
(22)【出願日】2022-09-22
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】河野 正道
【テーマコード(参考)】
4K032
4K042
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA12
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA28
4K032AA29
4K032AA30
4K032AA31
4K032AA33
4K032AA34
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032BA02
4K032CA03
4K032CD01
4K032CF02
4K032CF03
4K042AA25
4K042BA02
4K042BA04
4K042BA05
4K042BA14
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA04
4K042CA05
4K042CA07
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD05
4K042DE02
4K042DE05
4K042DE06
(57)【要約】
【課題】SA性、被削性、衝撃値、耐ヒートチェック性、及び、軟化抵抗性の5特性のすべてが良好である鋼材及び金型を提供すること。
【解決手段】鋼材は、0.25≦C≦0.37mass%、0.08≦V≦0.28mass%、6.60≦Mn+Cr≦7.40mass%、Mn/Cr≦0.150、Mn≧0.60mass%、Cr≦6.60mass%、Cu+Ni≦0.84mass%、0.40≦Si≦0.90mass%、0.60≦Mo≦2.00mass%、0.001≦Al≦0.080mass%、及び、0.003≦N≦0.040mass%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。金型は、このような鋼材からなり、質量が2000kg以上である。
【選択図】図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.25≦C≦0.37mass%、
0.08≦V≦0.28mass%、
6.60≦Mn+Cr≦7.40mass%、
Mn/Cr≦0.150、
Mn≧0.60mass%、
Cr≦6.60mass%、
Cu+Ni≦0.84mass%、
0.40≦Si≦0.90mass%、
0.60≦Mo≦2.00mass%、
0.001≦Al≦0.080mass%、及び、
0.003≦N≦0.040mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼材。
【請求項2】
さらに、下記A~D群のうちから選ばれた1群又は2群以上を含有する請求項1に記載の鋼材。
A群:
0.30<W≦2.00mass%、及び、
0.30<Co≦1.00mass%
のうちから選ばれた1種又は2種
B群:
0.0002<B≦0.0080mass%
C群:
0.006<S≦0.180mass%、
0.0005<Ca≦0.0500mass%、
0.03<Se≦0.50mass%、
0.005<Te≦0.100mass%、
0.01<Bi≦0.50mass%、及び、
0.03<Pb≦0.50mass%
のうちから選ばれた1種又は2種以上
D群:
0.004<Nb≦0.100mass%、
0.004<Ta≦0.100mass%、
0.004<Ti≦0.100mass%、及び、
0.004<Zr≦0.100mass%
のうちから選ばれた1種又は2種以上
【請求項3】
質量が3000kg以上であり、
縦方向の寸法(L1)、横方向の寸法(L2)、及び、高さ方向の寸法(L3)のうち、最小の寸法(Lmin)が300mm以上である
請求項1又は2に記載の鋼材。
【請求項4】
請求項1に記載の鋼材から製造され、質量が2000kg以上である金型。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材及び金型に関し、さらに詳しくは、質量及びサイズが共に大きい金型の製造に好適な鋼材及びこれを用いた金型に関する。
【背景技術】
【0002】
金型には使用中に応力や熱が繰り返し作用するため、金型用の鋼材には、硬さ、耐衝撃性、耐ヒートチェック性、耐摩耗性などの複数の特性に優れていることが求められる。そのため、このような特性を備えた鋼材に関し、従来から種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、所定量のC、Si、Mn、Cr、Mo、及び、Vを含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる熱間工具鋼が開示されている。
同文献には、
(A)Si量を0.01mass%以上0.25mass%未満とすると、金型形状への加工が工業的に可能となる程度の被削性と、汎用金型鋼(例えば、JIS SKD61)よりも高い熱伝導率とを備えた熱間工具鋼が得られる点、並びに、
(B)Mn量、Cr量、Mo量、及び、V量を最適化すると、高い焼入れ性と、高い衝撃値とを備えた熱間工具鋼が得られる点
が記載されている。
【0004】
金型の製造工程は、一般に、
(a)金型の製造に適した鋼材を製造する第1工程と、
(b)得られた鋼材から金型を製造する第2工程と
を備えている。
【0005】
第1工程(金型用の鋼材の製造工程)は、様々な工程を含む。主な工程は、溶解工程、精錬工程、鋳造工程、均質化熱処理工程、熱間加工工程、焼きならし工程、焼戻し工程、及び、球状化焼鈍工程である。これらの内、焼きならし工程と焼戻し工程のいずれか一方又は双方は、省略されることがある。
【0006】
第2工程(鋼材からの金型の製造工程)の1つとして、HT工程がある。
HT工程は、一般に、
(a)球状化焼鈍された鋼材を大まかな金型形状に機械加工(荒加工)する工程と、
(b)荒加工された金型に対して、焼入れ(H)及び焼戻し(T)を行う工程と、
(c)焼入れ及び焼戻しが行われた金型に対して、仕上げの機械加工を行う工程と、
(d)必要に応じて、仕上げ加工された金型に対し、表面改質を行う工程と
を備えている。
【0007】
HT工程に供される鋼材、及び、HT工程で製造される金型に求められる特性は、
(1)球状化焼鈍(SA)性、
(2)被削性、
(3)焼入れ速度が小さい場合の衝撃値、
(4)耐ヒートチェック性、及び、
(5)軟化抵抗性
である。
【0008】
また、焼入れ速度が小さい場合においても高い衝撃値を得るためには、
(a)粗大な異物が少ないこと、
(b)焼入れ時のオーステナイト結晶粒が微細であること、及び、
(c)焼入れ性が高いこと
の3要因を満たしていることが必要である。
【0009】
しかしながら、上述した5つの特性のすべてを満たす鋼材を製造することは、容易ではない。例えば、ダイカスト金型用の汎用鋼であるSKD61は、SA性及び被削性に優れているが、衝撃値、耐ヒートチェック性及び軟化抵抗性に劣っている。
一方、SKD61の欠点(衝撃値、耐ヒートチェック性及び軟化抵抗性)を改良した鋼材は、一般に、SA性及び被削性に劣っている。すなわち、上述した5つの特性に及ぼす合金元素の影響が相反するために、5つの特性を同時に高めることが非常に難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2011-001572号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、SA性、被削性、衝撃値、耐ヒートチェック性、及び、軟化抵抗性の5特性のすべてが良好である鋼材を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、鋼材の質量及びサイズがともに大きい場合であっても、SA性、被削性、衝撃値、耐ヒートチェック性、及び、軟化抵抗性の5特性のすべてが良好である鋼材を提供することにある。
さらに、本発明が解決しようとする他の課題は、このような鋼材から製造される金型を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明に係る鋼材は、
0.25≦C≦0.37mass%、
0.08≦V≦0.28mass%、
6.60≦Mn+Cr≦7.40mass%、
Mn/Cr≦0.150、
Mn≧0.60mass%、
Cr≦6.60mass%、
Cu+Ni≦0.84mass%、
0.40≦Si≦0.90mass%、
0.60≦Mo≦2.00mass%、
0.001≦Al≦0.080mass%、及び、
0.003≦N≦0.040mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
【0013】
本発明に係る金型は、本発明に係る鋼材から製造され、質量が2000kg以上であるものからなる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る鋼材の大きな特徴は、2つある。1つ目の特徴は、C量とV量が相対的に少ないことである。これにより、粗大な異物に起因する衝撃値の低下を抑制することができる。一方、C量とV量が少なくなると、焼入れ時のオーステナイト結晶粒が粗大化しやすい。しかしながら、C量及びV量を少なくすると同時に、適量のAl及びNを添加し、かつ、焼入れ条件を調整すると、焼入れ時のオーステナイト結晶粒の粗大化に起因する衝撃値の低下を抑制することができる。
【0015】
大きな特徴の2つ目は、Cr量及びMn量を個別に規定すると同時に、「Mn+Cr」及び「Mn/Cr」というパラメータを導入し、Mn量とCr量の最適範囲を見出したことである。Mn量及びCr量を最適化すると、SA性が向上し、焼入れ性の低下に起因する衝撃値の低下が抑制され、かつ、軟化抵抗性が向上する。
特に、「SA性」と「焼入れ性」、及び、「焼入れ性」と「軟化抵抗性」は、それぞれ、元素の影響が相反する特性である。しかしながら、Cr量及びMn量を最適化すると、これらを両立させることが可能となる。
【0016】
さらに、「被削性」と「耐ヒートチェック性」は、一般に、元素の影響が相反する特性である。これに対し、本発明においては、上述した2つの特徴に加えて、Si量が最適化されているので、被削性と耐ヒートチェック性とを両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】C量と衝撃値との関係を示す図である。
図2】V量と衝撃値との関係を示す図である。
図3】C量とV量の範囲を示す図である。
図4】CCT線図の模式図である。
図5】鋼種による臨界冷速Xの違いの模式図である。
図6】臨界冷速に及ぼすMn+Cr量の影響を示す図である。
図7】焼入れ速度が小さい場合において、衝撃値に及ぼすMn+Cr量の影響を示す図である。
【0018】
図8】SA後の試験片の硬さに及ぼすMn/Crの影響を示す図である。
図9】Mn量とCr量の範囲を示す図である。
図10】被削性に及ぼすSi量の影響を示す図である。
図11】耐ヒートチェック性に及ぼすSi量の影響を示す図である。
図12】破壊靱性に及ぼすMoの影響を示す図である。
図13】試験片の切り出し位置を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 鋼材]
[1.1. 組成]
[1.1.1. 主構成元素]
本発明に係る鋼材は、以下のような元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0020】
(1)0.25≦C≦0.37mass%:
直径0.5μm未満の微細な粒子(炭化物、炭窒化物)は、焼入れ加熱時にオーステナイト結晶粒の成長を抑制する「ピン止め粒子」として機能する。C量が少なくなりすぎると、焼入れ加熱時にピン止め粒子の量が不足する。その結果、結晶粒が粗大化し、衝撃値、破壊靱性値、延性などの鋼材特性が劣化する場合がある。
また、C量が少なくなりすぎると、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)が過度に高くなる。その結果、焼入れ性は高くなるが、衝撃値が低下する場合がある。
【0021】
さらに、C量が少なくなりすぎると、560~600℃における焼戻しで45HRC以上の硬さを得にくい。高い耐ヒートチェック性を確保したい場合には、45HRC以上の硬さが必要である。
従って、C量は、0.25mass%以上である必要がある。C量は、好ましくは、0.26mass%以上、さらに好ましくは、0.27mass%以上である。
【0022】
一方、C量が過剰になると、鋳造時に粗大な炭化物や炭窒化物が晶出する場合がある。これらは、衝撃値を低下させる「異物」となる。粗大な異物を熱処理(均質化熱処理、焼きならし、球状化焼鈍)で固溶させ、消失させることは難しい。粗大な異物は、焼入れ焼戻し後においても固溶しきらずに、残存する場合が多い。粗大な異物は、均質化熱処理時に固溶してサイズが小さくなるが、それでも直径が3μmを超える状態で観察される。固溶しきらずに残存した異物は、破壊の起点となり、衝撃値や疲労強度を低下させる原因となる。
【0023】
さらに、熱間加工によりインゴットをブロック状や棒状の鋼材に成形した場合において、熱間加工後の冷却速度が遅い時には、衝撃値が低下する場合がある。C量が過剰になると、この現象が明瞭になる。
従って、C量は、0.37mass%以下である必要がある。C量は、好ましくは、0.36mass%以下、さらに好ましくは、0.35mass%以下である。
【0024】
(2)0.08≦V≦0.28mass%:
Vは、鋼中のC及び/又はNと結合し、炭化物、炭窒化物、及び/又は、窒化物を形成する。これらは、いずれもピン止め粒子として機能する。そのため、V量が少なくなりすぎると、焼入れ加熱時にピン止め粒子の量が不足する。
また、V量が少なくなりすぎると、焼戻し時に2次硬化の程度が小さくなる。その結果、560~600℃で焼戻した場合に、45HRC以上の硬さを得にくい。
従って、V量は、0.08mass%以上である必要がある。V量は、好ましくは、0.09mass%以上、さらに好ましくは、0.10mass%以上である。
【0025】
一方、V量が過剰になると、粗大な異物が増加する。また、熱間加工後の冷却速度が小さくなった場合において、衝撃値が低下する現象が明瞭になることがある。
従って、V量は、0.28mass%以下である必要がある。V量は、好ましくは、0.27mass%以下、さらに好ましくは、0.26mass%以下である。
【0026】
(3)6.60≦Mn+Cr≦7.40mass%:
Mn及びCrは、いずれも、焼入れ性に影響を与える。Mn+Cr量が少なくなりすぎると、焼入れ性が不足する。その結果、特に、大きな金型の内部(焼入れ速度が小さくなる領域)において、衝撃値の低下が著しくなる場合がある。従って、Mn+Cr量は、6.60mass%以上である必要がある。Mn+Cr量は、好ましくは、6.65mass%以上、さらに好ましくは、6.70mass%以上である。
【0027】
一方、Mn+Cr量が過剰になると、熱伝導率の低下が著しくなる。その結果、熱応力の増大による耐ヒートチェック性の劣化を招く。従って、Mn+Cr量は、7.40mass%以下である必要がある。Mn+Cr量は、好ましくは、7.35mass%以下、さらに好ましくは、7.30mass%以下である。
【0028】
(4)Mn/Cr≦0.150:
鋼中に含まれるCrの質量に対するMnの質量の比(Mn/Cr)は、SA性に影響を与える。Mn/Crが大きくなりすぎると、SA性が悪化する。そのため、Ac3点を超える加熱温度のSAにおいて、98HRB以下に軟化させるためには、冷却速度を10℃/H未満にする必要がある。その結果、SA工程が長くなり、生産性が低下する。また、結晶粒が粗大である場合において、Mn/Crが大きい時には、SA不良が発生しやすい。
従って、Mn/Crは、0.150以下である必要がある。Mn/Crは、好ましくは、0.148以下、さらに好ましくは、0.145以下である。
【0029】
(5)Mn≧0.60mass%:
Mnは、焼入れ性に影響を与える。Mn量が少なくなりすぎると、焼入れ性が悪化する。Mn量が少ない場合において焼入れ性を確保するためには、Cr量を多くする必要がある。しかしながら、Cr量が過剰になると、後述する不具合が顕在化する場合がある。
従って、Mn量は、0.60mass%以上である必要がある。Mn量は、好ましくは、0.62mass%以上、さらに好ましくは、0.65mass%以上である。
【0030】
(6)Cr≦6.60mass%:
Cr量が過剰になると、軟化抵抗性が低下する。すなわち、ダイカスト金型として使用中に溶湯と接触している金型表面は高温になるが、高温に加熱された金型表面は軟化しやすくなる。軟化により高温強度が低下すると、耐ヒートチェック性も悪化する。また、最高硬さを超えた領域の軟化が顕著となり、焼戻し硬さの調整が難しくなる。これは、硬さが炉温の変動に敏感であるためである。
【0031】
また、Cr量が過剰になると、熱伝導率が低下する。その結果、熱応力が高くなり、耐ヒートチェック性も悪化する。さらに、Si量が0.50mass%以下である場合において、Cr量を多くすると、被削性の低下が著しくなる。
従って、Cr量は、6.60mass%以下である必要がある。Cr量は、好ましくは、6.55mass%以下、さらに好ましくは、6.50mass%以下である。
【0032】
(7)Cu+Ni≦0.84mass%:
本発明では、上述したように、SA性、焼入れ性、及び、軟化抵抗性をCrとMnのバランス(Cr量、Mn量、Mn+Cr量、Mn/Cr比)で確保している。これに対し、Cu及びNiは、いずれも焼入れ性を高める効果を有するが、SA性を劣化させる。さらに、Cu及びNiは、軟化抵抗への影響はあまり大きくないが、むしろSA性への悪影響が目立つ。また、CuがNiより多い場合は熱間加工性が悪くなる。そこで、CuとNiについては総量で規定し、かつ、その総量は、焼入れ性やSA性への影響が小さい範囲を上限として規定する。
【0033】
合金元素が鋼の焼入れ性を高める効果の指標として、「焼入れ性特性値」がある。焼入れ性特性値は、その値が大きいほど、焼入れ性を高める効果が高いことを意味する。焼入れ性特性値は、合金元素の種類と、その添加量ごとに決まっている。成分の異なる鋼の焼入れ性は、合金元素の種類と量に応じた焼入れ性特性値の加算値で評価する。
【0034】
ここで、Mnを0.10mass%添加した時の焼入れ性特性値は0.125である。一方、Niを0.42mass%添加した時の焼入れ性特性値は0.062であり、Cuを0.42mass%添加した時の焼入れ性特性値も0.062である。つまり、CuとNiをそれぞれ0.42mass%添加(合計0.84mass%添加)した時の焼入れ性特性値(加算値)は、0.124である。この値は、Mnを0.10mass%添加した時の焼入れ性特性値(=0.125)とほぼ同等である。これは、Cu+Ni量が0.84mass%以下である場合には、焼入れ性改善に対して影響が小さいことを意味する。Cu+Ni量が0.84mass%程度では、高温強度の向上に対する影響も小さい。
【0035】
一方、Cu+Ni量が0.84mass%程度になると、様々な不具合が顕在化する。具体的には、熱間加工時に割れやすくなる、SA性が劣化する、コストが増加する、などである。そのため、Cu+Ni量は、0.84mass%以下である必要がある。焼入れ性を確保するためのMn+Cr量が6.60mass%以上であることから、Cu+Ni量が0.84mass%以下であれば、焼入れ性に大きく影響しないことは明らかである。Cu+Ni量は、好ましくは、0.78mass%以下、さらに好ましくは、0.72mass%以下である。
【0036】
(8)0.40≦Si≦0.90mass%:
Si量が少なくなりすぎると、被削性が低下し、大きな金型の機械加工を工業的に安定して行うことが難しい。特に、本発明の鋼材は、大きな金型の製造を想定しているため、削る量も多く、被削性の良さが求められる。従って、Si量は、0.40mass%以上である必要がある。Si量は、好ましくは、0.45mass%以上、さらに好ましくは、0.50mass%以上である。
【0037】
一方、C量、V量、及び、N量が多い場合において、Si量が過剰である時には、粗大な晶出物が多くなる場合がある。また、熱間加工後の冷却速度が小さかった場合、衝撃値が低下する現象が明瞭となる場合がある。さらに、熱伝導率の低下によって金型として使用した時の熱応力が高くなり、耐ヒートチェック性が悪化する場合がある。従って、Si量は、0.90mass%以下である必要がある。Si量は、好ましくは、0.85mass%以下、さらに好ましくは、0.80mass%以下である。
【0038】
(9)0.60≦Mo≦2.00mass%:
Mo量が少なくなりすぎると、焼戻し時の2次硬化の程度が小さくなる。そのため、Mo量が少なくなりすぎると、560~600℃で焼戻した時に、45HRC以上の硬さを得にくい。また、軟化抵抗性と高温強度が不足し、耐ヒートチェック性が悪化する場合がある。従って、Mo量は、0.60mass%以上である必要がある。Mo量は、好ましくは、0.70mass%以上、さらに好ましくは、0.80mass%以上である。
【0039】
一方、Mo量が過剰になると、被削性が低下する。特に、Si量が少ない場合において、Mo量が過剰である時には、被削性の低下が著しい。また、Mo量が過剰になると、破壊靱性が低下する場合がある。この傾向は、Si量が多い場合に顕在化する。従って、Mo量は、2.00mass%以下である必要がある。Mo量は、好ましくは、1.95mass%以下、さらに好ましくは、1.90mass%以下である。
【0040】
(10)0.001≦Al≦0.080mass%:
本発明に係る鋼材は、C量とV量が既存の熱間ダイス鋼(SKD61)よりも大幅に少ない。このため、焼入れ加熱時のピン止め粒子となるV系の炭化物、炭窒化物、及び窒化物の量がSKD61よりも少ない。そこで、本発明においては、オーステナイト結晶粒の成長抑制にAlN粒子も併用する。
【0041】
Al量が少なくなりすぎると、精錬時に酸素の低減が難しくなり、酸化物が増えて衝撃値が低下する場合がある。また、Al量が少なくなりすぎると、ピン止め粒子となるAlNの量が不足する。その結果、焼入れ加熱時にオーステナイト結晶粒が粗大化し、衝撃値、破壊靱性、及び/又は、延性が低下する場合がある。従って、Al量は、0.001mass%以上である必要がある。Al量は、好ましくは、0.002mass%以上、さらに好ましくは、0.003mass%以上である。
【0042】
一方、Al量が過剰になると、粗大なアルミナ粒子が増え、衝撃値や疲労強度が低下する場合がある。また、熱伝導率が低下し、耐ヒートチェック性が悪化する場合がある。従って、Al量は、0.080mass%以下である必要がある。Al量は、好ましくは、0.070mass%以下、さらに好ましくは、0.060mass%以下である。
なお、被削性改善のためにCaを添加する場合、化合物の形態を適正化する上でAl量が非常に重要となる。
【0043】
(11)0.003≦N≦0.040mass%:
本発明においては、焼入れ加熱時のオーステナイト相中にAlN粒子を分散させるため、Al量と併せてN量も規定する。N量が少なくなりすぎると、ピン止め粒子となるAlNの量が不足する。その結果、焼入れ加熱時にオーステナイト結晶粒が粗大化し、衝撃値、破壊靱性値、及び/又は、延性が低下する場合がある。また、N量が少なくなりすぎると、同じくピン止め粒子であるV系の炭窒化物や窒化物の量も不足する場合がある。従って、N量は、0.003mass%以上である必要がある。N量は、好ましくは、0.004mass%以上、さらに好ましくは、0.005mass%以上である。
【0044】
一方、通常の精錬で調整可能な量を超えるN量を添加するためには、専用の設備を用いたNの積極添加が必要となり、素材コストが上昇する。また、N量が過剰になると、粗大な晶出物が増加する場合がある。この傾向は、C量、Si量、及び、V量が多い場合に顕在化する。さらに、N量が過剰になると、粗大なAlNが過度に多くなり、衝撃値が低下する場合がある。従って、N量は、0.040mass%以下である必要がある。N量は、好ましくは、0.038mass%以下、さらに好ましくは、0.036mass%以下である。
【0045】
(12)不可避的不純物:
本発明に係る鋼材は、不可避的不純物が含まれていても良い。本発明に係る鋼材に不純物として含有され得る元素及びその含有量としては、以下のようなものがある。
P≦0.03mass%、S≦0.006mass%、O≦0.006mass%、
W≦0.30mass%、Co≦0.30mass%、B≦0.0002mass%、
Nb≦0.004mass%、Ta≦0.004mass%、
Ti≦0.004mass%、Zr≦0.004mass%、
Ca≦0.0005mass%、Se≦0.03mass%、
Te≦0.005mass%、Bi≦0.01mass%、Pb≦0.03mass%、
Mg≦0.02mass%。
【0046】
本発明において「含有量」とは、偏析の濃い部分、偏析の薄い部分、及び、偏析が平均的である部分を含む、所定の質量の鋼材(好ましくは、1元素の分析当たり1グラム以上)を酸に溶解し、化学的な分析手法によって導き出された「鋼材の平均的な元素量」を表す。
【0047】
[1.1.2. 副構成元素]
本発明に係る鋼材は、上述した主構成元素及び不可避的不純物に加えて、以下のような1又は2以上の元素をさらに含んでいても良い。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0048】
[A. A群]
(13)0.30<W≦2.00mass%:
本発明に係る鋼材は、従来の熱間ダイス鋼よりもC量及びV量が少ないため、用途によっては強度が不足する場合がある。このような場合、高強度化のためにWを添加することが有効である。このような効果を得るためには、W量は、0.30mass%超が好ましい。W量は、さらに好ましくは、0.80mass%以上である。
【0049】
一方、W量が過剰になると、素材コストが上昇する。また、偏析の顕在化による機械的性質の劣化や異方性の増大を招く場合がある。従って、W量は、2.00mass%以下が好ましい。W量は、さらに好ましくは、1.50mass%以下である。
【0050】
(14)0.30<Co≦1.00mass%:
Coは、Wと同様に、強度を向上させる作用がある。そのため、強度が不足する場合、高強度化のためにCoを添加することが有効である。このような効果を得るためには、Co量は、0.30mass%超が好ましい。Co量は、さらに好ましくは、0.50mass%以上である。
【0051】
一方、Co量が過剰になると、素材コストが上昇する。また、偏析の顕在化による機械的性質の劣化や異方性の増大を招く場合がある。従って、Co量は、1.00mass%以下が好ましい。Co量は、さらに好ましくは、0.90mass%以下である。
なお、本発明に係る鋼材は、Co又はWのいずれか一方を含むものでも良く、あるいは、双方を含むものでも良い。
【0052】
[B. B群]
(15)0.0002<B≦0.0080mass%:
鋼材中のP量が相対的に多い場合、粒界に偏析するPが粒界強度を下げ、衝撃値が低下する。粒界強度を改善するためには、Bの添加が有効である。粒界強度を改善するためには、Bは、鋼中において単独で(化合物を形成せずに)存在している必要がある。BがBNを形成すると、B添加の効果が失われる。そこで、Nを含有する鋼材に、粒界強度の改善を目的としてBを添加する際には、NをB以外の元素と結合させる必要がある。
【0053】
具体的には、窒化物を形成しやすいTi、Zr、Nbなどの窒化物形成元素とNとを結合させるのが好ましい。これらの元素は、不純物レベルの含有量でも効果はあるが、不足する場合には、不純物レベルを超える量を添加するのが好ましい。
なお、BNは、鋼材の被削性を改善する効果がある。そのため、被削性の改善を目的としてBを添加する場合には、鋼材中に窒化物形成元素を積極的に添加する必要はない。
【0054】
上述したような効果を得るためには、B量は、0.0002mass%以上が好ましい。B量は、さらに好ましくは、0.0003mass%以上、さらに好ましくは、0.0004mass%以上である。
一方、必要以上にBを添加しても、効果に差がなく、実益がない。また、B量が過剰になると、鋼材のコストを増大させる。従って、B量は、0.0080mass%以下が好ましい。B量は、さらに好ましくは、0.0075mass%以下、さらに好ましくは、0.0070mass%以下である。
【0055】
[C. C群]
(16)0.006<S≦0.180mass%:
(17)0.0005<Ca≦0.0500mass%:
(18)0.03<Se≦0.50mass%:
(19)0.005<Te≦0.100mass%:
(20)0.01<Bi≦0.50mass%:
(21)0.03<Pb≦0.50mass%:
【0056】
本発明に係る鋼材において、被削性を改善するには、快削元素の添加が有効である。快削元素としては、具体的には、S、Ca、Se、Te、Bi、及び、Pbが挙げられる。本発明に係る鋼材は、これらのいずれか1種の快削元素を含むものでも良く、あるいは、2種以上を含むものでも良い。
【0057】
十分な快削性を得るためには、各快削元素の含有量は、それぞれ、上記の下限値より多いことが好ましい。
一方、快削元素の含有量が過剰になると、熱間加工時に割れやすくなる。また、快削元素の含有量が過剰になると、衝撃値、疲労強度、耐ヒートチェック性などが低下する場合がある。従って、各快削元素の含有量は、それぞれ、上記の上限値以下が好ましい。
【0058】
[D. D群]
(22)0.004<Nb≦0.100mass%:
(23)0.004<Ta≦0.100mass%:
(24)0.004<Ti≦0.100mass%:
(25)0.004<Zr≦0.100mass%:
【0059】
本発明に係る鋼材は、V及びAl以外の炭窒化物形成元素を添加し、炭化物、炭窒化物、及び/又は、窒化物を増量しても良い。炭窒化物形成元素としては、具体的には、Nb、Ta、Ti、及び、Zrが挙げられる。本発明に係る鋼材は、これらのいずれか1種の炭窒化物形成元素を含むものでも良く、あるいは、2種以上を含むものでも良い。
【0060】
オーステナイト結晶粒の過度の粒成長を抑制するためには、各炭窒化物形成元素の含有量は、それぞれ、上記の下限値より多いことが好ましい。
一方、炭窒化物形成元素の含有量が過剰になると、炭化物、炭窒化物、及び/又は、窒化物が粗大な状態で鋳造時に晶出する。粗大な晶出粒子は、均質加熱処理時、SA時、及び焼入れ時においても消失せずに異物として残存し、衝撃値や疲労強度を低下させる原因となる。従って、各炭窒化物形成元素の含有量は、それぞれ、上記の上限値以下が好ましい。
【0061】
[1.2. 鋼材の特性]
[1.2.1. 質量及びサイズ]
上述したように、HT工程に供される鋼材、及び、HT工程で製造される金型に求められる特性は、SA性、被削性、衝撃値、耐ヒートチェック性、及び、軟化抵抗性の5特性である。これらの5特性の中でも、大きな鋼材で問題となるのは、大きな鋼材から製造された大きな金型の内部の衝撃値が低いことである。
【0062】
大きな金型において衝撃値が低下する原因の1つ目は、大きな鋼材の内部には大きな異物が晶出しやすいことである。これは、大きな鋼材の内部において、インゴット製造時の凝固速度が小さいことによる。
大きな金型において衝撃値が低下する原因の2つ目は、熱間加工後の冷却速度が小さいために、炭化物が析出しやすいことである。
大きな金型において衝撃値が低下する原因の3つ目は、大きな鋼材の内部において、焼入れ速度が小さくなることである。
【0063】
本発明に係る鋼材は、C量とV量が少なく、Mn量とCr量を適正化しているので、大きな異物や、熱間加工後の小さな冷却速度や、小さな焼入れ速度の影響が小さい。すなわち、本発明に係る鋼材は、質量及びサイズが共に大きい場合であっても、SA性、被削性、衝撃値、耐ヒートチェック性、及び、軟化抵抗性の5特性を高い次元で両立させることができる。
【0064】
例えば、鋼材の組成及び製造条件を最適化すると、上記の5特性のすべてが実用レベルに到達していることに加えて、質量が3000kg以上である鋼材が得られる。鋼材の組成及び製造条件をさらに最適化すると、質量が4000kg以上、あるいは、5000kg以上である鋼材であっても製造することができる。
【0065】
また、鋼材の組成及び製造条件を最低化すると、上記の特性を備えていることに加えて、縦方向の寸法(L1)、横方向の寸法(L2)、及び、高さ方向の寸法(L3)のうち、最小のサイズ(Lmin)が300mm以上である鋼材が得られる。鋼材の組成及び製造条件をさらに最適化すると、Lminが350mm以上、あるいは、400mm以上である鋼材であっても製造することができる。
ここで、「縦方向の寸法(L1)」、「横方向の寸法(L2)」、及び、「高さ方向の寸法(L3)」とは、それぞれ、鋼材に外接する最小体積の直方体の3辺の長さをいう。
【0066】
[1.2.2. 硬さ]
本発明において、「鋼材の硬さ」とは、
(a)SAが施された鋼材の断面の中央付近(凝固速度が遅い領域)から試験片を切り出し、
(b)その試験片を用いて、室温において測定されたロックウェルBスケール硬さ
をいう。
【0067】
図13に、試験片の切り出し位置を説明するための模式図を示す。例えば、鋼材がa[mm]×b[mm]×c[mm](a≦b≦c、a≧300mm)のブロック材10である場合、c軸方向の端面からa[mm]×b[mm]×d[mm]の第1素材12を切り出す。dは、特に限定されないが、30~70mmが好ましい。
次に、第1素材12のab面のほぼ中央から、e[mm]×f[mm]×d[mm]の第2素材14を切り出す。e、fの値は、特に限定されないが、e=90~120mm、f=130~160mmが好ましい。さらに、第2素材14から硬さ測定用の試験片を切り出し、これを用いて硬さを測定する。
【0068】
本発明に係る鋼材に対して適切な条件下でSAを行うと、鋼材の硬さが適度に低下し、機械加工が可能となる。鋼材の組成及び製造条件(特に、SA条件)を最適化すると、室温における硬さは98HRB以下となる。鋼材の組成及び/又は製造条件をさらに最適化すると、室温における硬さは、97HRB以下、あるいは、96HRB以下となる。
【0069】
[1.2.3. 衝撃値]
本発明において、「鋼材の衝撃値」とは、
(a)SAが施された鋼材の断面の中央付近(凝固速度が遅い領域)から角棒(12mm×12mm×55mm)を切り出し、
(b)角棒を熱処理することにより44.5~45.5HRCに調質し、
(c)調質された角棒から衝撃試験片を作製し、
(d)15~35℃において衝撃試験を実施することにより得られる衝撃値
をいう。
【0070】
角棒の切り出し位置は、硬さ測定用試験片の切り出し位置と同様である。すなわち、図13に示す第2素材14から角棒を切り出す。
【0071】
角棒を調質するための「熱処理」とは、
(a)角棒を950℃で1H保持した後、950℃から750℃までを8℃/minで冷却し、750℃から500℃までを5℃/minで冷却し、500℃から200℃までを0.5℃/minで冷却し、200℃から100℃以下までを任意の冷却速度で冷却し、
(b)続いて、560℃から600℃の温度域への加熱と、100℃以下への冷却を1サイクルとする熱処理を1回以上行う
処理をいう。
【0072】
「衝撃試験片」とは、JIS Z2242に準ずる試験片(10mm×10mm×50mm、ノッチ先端の円弧半径:1mm、ノッチ深さ:2mm、ノッチ底下部の試験片断面積:0.8cm2)をいう。
「衝撃値(J/cm2)」とは、吸収エネルギー[J]を試験片ノッチ底下部の断面積(0.8[cm2])で割った値をいう。
「平均衝撃値(J/cm2)」とは、10本以上(好ましくは、10本~20本)の衝撃試験片の衝撃値の平均値をいう。
「低衝撃値率(%)」とは、衝撃試験を行った衝撃試験片の総本数(n0)に対する、衝撃値が20[J/cm2]未満である衝撃試験片の本数(n)の割合(=n×100/n0)をいう。
【0073】
本発明に係る鋼材において、組成及び製造条件を最適化すると、サイズが大きいにもかかわらず高い衝撃値を示し、かつ、衝撃値のバラツキの小さい鋼材が得られる。
具体的には、組成及び製造条件を最適化すると、平均衝撃値が25[J/cm2]以上であり、かつ、低衝撃値率が30%以下である鋼材が得られる。
組成及び製造条件をさらに最適化すると、平均衝撃値は、26[J/cm2]以上、あるいは、27[J/cm2]以上となる。
また、組成及び製造条件をさらに最適化すると、低衝撃値率は、20%以下、あるいは、10%以下となる。
【0074】
[1.2.4. 旧オーステナイト結晶粒径]
鋼材の「旧オーステナイト結晶粒径」とは、
(a)衝撃試験片、又は、これと同一条件下で熱処理された試験片を作製し、
(b)試験片を腐食して旧オーステナイト結晶粒界を現出させ、あるいは、結晶方位解析で旧オーステナイト結晶粒界を判別し、
(c)1つの視野に結晶粒が50個以上含まれるような倍率で試験片を観察し、視野中に含まれる個々の旧オーステナイト結晶粒の円相当径を算出する
ことにより得られる値をいう。
「旧オーステナイト結晶粒径の平均値」とは、合計面積が0.5mm2以上である1又は2以上の視野に含まれるすべての旧オーステナイト結晶粒の結晶粒径の平均値をいう。
【0075】
本発明に係る鋼材は、相対的に多量のピン止め粒子を含むため、焼入れ加熱時にオーステナイト結晶粒が粗大化しにくい。鋼材の組成及び製造条件を最適化すると、旧オーステナイト結晶粒径の平均値は、150μm以下となる。鋼材の組成及び製造条件をさらに最適化すると、旧オーステナイト結晶粒径の平均値は、135μm以下、あるいは、120μm以下となる。
【0076】
[2. 金型]
本発明に係る金型は、本発明に係る鋼材からなり、以下のような特性を持つ。
【0077】
[2.1. 質量及びサイズ]
本発明に係る鋼材は、質量及びサイズが相対的に大きい場合であっても、SA性、被削性、衝撃値、耐ヒートチェック性、及び、軟化抵抗性に優れているという特徴がある。そのため、このような鋼材を用いると、質量及びサイズが相対的に大きい場合であっても、衝撃値、耐ヒートチェック性、及び、軟化抵抗性に優れた金型が得られる。
【0078】
金型の組成及び製造条件を最適化すると、衝撃値、耐ヒートチェック性、及び、軟化抵抗性が実用レベルに到達していることに加えて、質量が2000kg以上である金型が得られる。金型の組成及び製造条件をさらに最適化すると、質量が3000kg以上、あるいは、4000kg以上である金型であっても製造することができる。
【0079】
また、金型の組成及び製造条件を最低化すると、上記の特性を備えていることに加えて、縦方向の寸法(L'1)、横方向の寸法(L'2)、及び、高さ方向の寸法(L'3)のうち、最小の寸法(L'min)が250mm以上である金型が得られる。金型の組成及び製造条件をさらに最適化すると、L'minが300mm以上、あるいは、350mm以上である金型であっても製造することができる。
ここで、「縦方向の寸法(L'1)」、「横方向の寸法(L'2)」、及び、「高さ方向の寸法(L'3)」とは、それぞれ、金型に外接する最小体積の直方体の3辺の長さをいう。
【0080】
[2.2. 硬さ]
本発明において、「金型の硬さ」とは、
(a)金型の表面から試験片を切り出し、
(b)その試験片を用いて、室温において測定されたロックウェルCスケール硬さ
をいう。
または、携帯型の硬さ試験機(硬度計)で金型の表面をロックウェルCスケールで評価しても良い。また、携帯型の硬さ試験機(硬度計)によって評価される硬さ(例えば、ショア硬さ)をロックウェルCスケール硬さに換算しても良い。
【0081】
本発明に係る金型は、質量及びサイズが相対的に大きい場合であっても、高い硬さが得られる。金型の組成及び製造条件を最適化すると、室温における硬さは、38~48HRCとなる。金型の組成及び製造条件をさらに最適化すると、室温における硬さは、39~49HRC、あるいは、40~50HRCとなる。
【0082】
[2.3. 衝撃値]
本発明において、「金型の衝撃値」とは、
(a)金型の最も厚い部分の中央からJIS Z2242に準ずる衝撃試験片を切り出し、
(b)15~35℃において衝撃試験を実施することにより得られる衝撃値
をいう。
「衝撃値」、「平均衝撃値」、及び、「低衝撃値率」の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0083】
本発明に係る金型において、組成及び製造条件を最適化すると、サイズが大きいにもかかわらず高い衝撃値を示し、かつ、衝撃値のバラツキの小さい金型が得られる。
具体的には、組成及び製造条件を最適化すると、平均衝撃値が25[J/cm2]以上であり、かつ、低衝撃値率が30%以下である金型が得られる。
組成及び製造条件をさらに最適化すると、平均衝撃値は、26[J/cm2]以上、あるいは、27[J/cm2]以上となる。
また、組成及び製造条件をさらに最適化すると、低衝撃値率は、20%以下、あるいは、10%以下となる。
【0084】
[2.4. 旧オーステナイト結晶粒径]
金型の「旧オーステナイト結晶粒径」とは、
(a)金型の最も厚い部分の中央から試験片を作製し、
(b)試験片を腐食して旧オーステナイト結晶粒界を現出させ、あるいは、結晶方位解析で旧オーステナイト結晶粒界を判別し、
(c)1つの視野に結晶粒が50個以上含まれるような倍率で試験片を観察し、視野中に含まれる個々の旧オーステナイト結晶粒の円相当径を算出する
ことにより得られる値をいう。
「旧オーステナイト結晶粒径の平均値」とは、合計面積が0.5mm2以上である1又は2以上の視野に含まれるすべての旧オーステナイト結晶粒の結晶粒径の平均値をいう。
【0085】
本発明に係る金型は、相対的に多量のピン止め粒子を含むため、焼入れ加熱時にオーステナイト結晶粒が粗大化しにくい。金型の組成及び製造条件を最適化すると、旧オーステナイト結晶粒径の平均値は、150μm以下となる。金型の組成及び製造条件をさらに最適化すると、旧オーステナイト結晶粒径の平均値は、135μm以下、あるいは、120μm以下となる。
【0086】
[3. 鋼材の製造方法]
本発明に係る鋼材の製造方法は、
(a)所定の組成となるように配合された原料を溶解し、溶湯を精錬し、溶湯を鋳型に鋳造する第1工程と、
(b)鋳塊を均質化熱処理する第2工程と、
(c)均質加熱処理後の鋳塊を熱間加工する第3工程と、
(d)必要に応じて、熱間加工後の粗形材の焼きならしを行う第4工程と、
(e)必要に応じて、粗形材の焼戻しを行う第5工程と、
(f)粗形材の球状化焼鈍を行う第6工程と
を備えている。
【0087】
[3.1. 第1工程]
まず、所定の組成となるように配合された原料を溶解し、溶湯を精錬し、溶湯を鋳型に鋳造する(第1工程)。溶解条件、精錬条件、及び、鋳造条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。
【0088】
[3.2. 第2工程]
次に、鋳塊を均質化熱処理する(第2工程)。均質化熱処理は、凝固時に生じた成分偏析を薄め、凝固時に晶出した異物をできるだけ固溶させることで、成分を均質化するために行われる。均質化熱処理の条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。
【0089】
[3.3. 第3工程]
次に、均質加熱処理後の鋳塊を熱間加工する(第3工程)。熱間加工は、鋳塊を所望の形状を有する粗形材にするために行われる。熱間加工の条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。
【0090】
[3.4. 第4工程]
次に、必要に応じて、熱間加工後の粗形材の焼きならしを行う(第4工程)。焼きならしは、粗形材の組織を均一化、微細化する必要がある場合に行われる。焼ならし条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。なお、焼きならし工程は、省略することができる。
【0091】
[3.4. 第5工程]
次に、必要に応じて、粗形材の焼戻しを行う(第5工程)。焼戻しは、焼きならし後の冷却過程で生じたマルテンサイトあるいはベイナイトを焼戻す必要がある場合や、球状化焼鈍に備えて炭化物を析出させる必要がある場合に行われる。焼戻し条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。なお、焼戻し工程は、省略することができる。
【0092】
[3.5. 第6工程]
次に、粗形材の球状化焼鈍を行う(第6工程)。これにより、本発明に係る鋼材が得られる。
本発明において、「球状化焼鈍(SA)」とは、
(a)鋼材を炉内で、Ac3点-10℃~Ac3点+50℃の温度(以下、「SA処理温度」ともいう)に加熱することにより、「オーステナイト相中に炭化物が分散し、かつ、フェライト相が非常に少ないか、又は、皆無である組織」とし、
(b)上記組織を有する鋼材に対し、徐冷法又は恒温保持法を適用する
処理をいう。
【0093】
「徐冷法」とは、
(a)SA処理温度から5~60℃/Hで制御冷却し、母相をフェライトに変態させてゆくと共に炭化物を成長させ、
(b)オーステナイトがなくなったところで制御冷却を終了し、鋼材を炉から取り出す
方法をいう。
この場合、制御冷却の冷却速度は、鋼材の成分や粒径に応じて最適な条件を選択するのが好ましい。また、オーステナイトがなくなる温度は、鋼材の成分や制御冷却時の冷却速度にもよるが、550~800℃程度である。
【0094】
「恒温保持法」とは、
(a)SA処理温度から任意の冷却速度で冷却し、620~780℃の温度域で恒温保持することによって、母相をフェライトに変態させてゆくと共に炭化物を成長させ、
(b)オーステナイトがなくなったところで恒温保持を終了し、鋼材を炉から取り出す
方法をいう。
この場合、オーステナイトがなくなる保持時間は、鋼材の成分や粒径にもよるが、1~24H程度である。
【0095】
SA処理温度は、鋼材の成分にもよるが、830~950℃であることが多い。徐冷法及び恒温保持法のいずれを用いた場合であっても、SA後の鋼材の硬さは、およそ98HRB以下(およそ、240Hv以下)であり、荒加工(機械加工によって、大まかな金型形状に加工すること)が容易な軟質状態である。
【0096】
[4. 金型の製造方法]
本発明に係る金型は、
(a)球状化焼鈍された鋼材を荒加工する第1工程と、
(b)荒加工された金型に対して、焼入れ及び焼戻しを行う第2工程と、
(c)焼入れ及び焼戻しが行われた金型に対して、仕上げの機械加工を行う第3工程と、
(d)必要に応じて、仕上げ加工された金型に対し、表面改質を行う第4工程と
を備えている。
各工程の方法及び条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。
【0097】
[5. 作用]
HT工程に供される鋼材、及び、HT工程で製造される金型に求められる特性は、
(1)球状化焼鈍(SA)性、
(2)被削性、
(3)焼入れ速度が小さい場合の衝撃値、
(4)耐ヒートチェック性、及び、
(5)軟化抵抗性
である。以下、主にダイカストを例にして、この5特性が必要な理由を説明する。
【0098】
[5.1. SA性]
SAは、オーステナイトが完全になくなるまで行い、その後に鋼材を炉から取り出すのが好ましい。鋼材を炉から出した時点で鋼材に未変態のオーステナイトが残留していると、そのオーステナイトが炉出し後の冷却でベイナイトやマルテンサイトに変態する。
【0099】
このような鋼材では、
(a)ベイナイトやマルテンサイトからなる硬い(400Hv以上)部分と、
(b)フェライトの母相中に炭化物が分散した部分、すなわち、SA組織となった軟質な(98HRB以下≒240Hv以下)部分と
が混在している。
硬い部分と軟質な部分が混在する状態は、「SA不良」と呼ばれ、焼入れ性の高い鋼材やSA加熱時のオーステナイト結晶粒が粗大な場合に発生しやすい。
【0100】
SA不良の鋼材からHT工程で金型を製造すると、以下の3つの不具合が発生する。
(A)荒加工の際、硬い部分が機械加工(切削)の工具を激しく損耗させ、工具寿命が短くなる。
(B)硬い部分が荒加工された金型の表面に模様となって現れ、平滑な面が得られない。
(C)焼入れ加熱時において、硬い部分付近に粗大なオーステナイト結晶粒が発生し、これによって金型の衝撃値が低下し、金型寿命が短くなる。
【0101】
従って、金型用の鋼材には、SA処理で、硬さが400Hv以上である「硬い部分」が存在せず、240Hv以下に軟化させることが可能である鋼材、すなわち、「SA性の良い鋼材」が求められる。
しかしながら、SA性の良い鋼材は、一般に、焼入れ性が悪い。また、SA性の良い鋼材は、一般に、高C-低Mnである場合が多い。このような鋼材は、焼入れ時の冷却中に炭化物が析出しやすく、フェライト変態も進行しやすいため、ベイナイトやマルテンサイト組織を得にくい(焼入れ性が低い)。すなわち、一般に、「SA性の良さ」と「焼入れ性の高さ」は、相反する。
これに対し、本発明に係る鋼材は、Cr量及びMn量を最適化している。そのため、本発明に係る鋼材は、焼入れ性を著しく損なうことなく、良好なSA性を示す。
【0102】
[5.2. 被削性]
機械加工に供される鋼材には、高速で加工しても加工工具をあまり摩耗させないことが求められる。工具の摩耗が激しいと、工具の交換頻度が高くなり、加工コストが増加する。一方、工具の摩耗を避けるために加工速度を下げると、加工効率が低下する。以上の理由から、金型用の鋼材には、低コストで効率的に加工できること、すなわち、「被削性の良さ」が求められる。
【0103】
一方で、被削性の良い鋼材は、一般に、Si、P、及び/又は、Sを多く含有する。このような鋼材から作製された金型は、一般に、耐ヒートチェック性が悪い。「耐ヒートチェック性が悪い」とは、ヒートチェックが発生しやすく、かつ、進展しやすいことをいう。以下に、その理由を説明する。
【0104】
高Siの鋼材は、熱伝導率が低い。熱伝導率の低い鋼材から製造した金型をダイカストに用いると、金型表面の温度振幅が大きくなるために、発生する熱応力が高くなる。
高Pの鋼材から製造した金型は、靱性が低い。そのため、このような金型をダイカストに用いると、亀裂の発生や進展が容易になる。
さらに、高Sの鋼材は、相対的に多量の硫化物を含む。このような鋼材から製造した金型では、硫化物が亀裂の起点や進展経路となるため、亀裂の発生や進展が容易である。
【0105】
すなわち、Si、P、及び/又は、Sを相対的に多量に含有する鋼材は、被削性が良好である。しかし、このような鋼材を金型として使用すると、マトリックスに高い熱応力が作用する。そのため、熱疲労亀裂であるヒートチェックが発生し、進展しやすい。すなわち、「被削性の良さ」と「耐ヒートチェック性の良さ」は、相反する。
これに対し、本発明に係る鋼材は、実質的にP及びSを含まず、かつ、Si量を最適化している。そのため、本発明に係る鋼材は、耐ヒートチェック性を著しく損なうことなく、良好な被削性を示す。
【0106】
[5.3. 焼入れ速度が小さい場合の衝撃値]
金型は、焼入れ焼戻しにより、所定の硬さに調質された状態で用いられる。金型には、硬さだけでなく、高い衝撃値も必要である。この理由は、衝撃値の高い金型は大割れしにくいためである。
【0107】
高い衝撃値を得るためには、以下の3項目を満たす必要がある。すなわち、
(a)粗大な異物が少ないこと、
(b)焼入れ時のオーステナイト結晶粒が微細であること、
(c)焼入れ性が高いこと
である。
【0108】
[5.3.1. 粗大な異物が少ないこと]
「異物」とは、マトリックスとは組成の異なる物質であり、炭化物、窒化物、炭窒化物、硫化物、酸化物などを指す。
本発明において、「粗大な異物」とは、大きさ(=円相当径)が3μm以上である異物をいう。
【0109】
金型に応力が作用した際、粗大な異物は、亀裂の起点になりやすく、発生した亀裂の伝搬経路となりやすい。従って、高い衝撃値を得るためには、粗大な異物は少ないほど良い。
異物には、1種類の金属元素を含むものと、2種以上の金属元素を含むものとがある。従来のダイカスト金型用鋼はC量とV量が多いため、粗大な異物は、通常、Vを含む炭化物や炭窒化物からなる。V系の炭化物や炭窒化物のサイズや量は、鋼材の化学成分だけでなく、鋳造時の凝固速度、均質化熱処理の温度や時間などにも影響される。
【0110】
[5.3.2. 焼入れ時のオーステナイト結晶粒が微細であること]
オーステナイトからマルテンサイトやベイナイトが生成する際に、オーステナイト結晶粒は数個のパケットに分割される。また、各パケットは、それぞれ、複数の帯状のブロックに分割される。この場合において、マルテンサイトやベイナイトのブロックが短いほど、亀裂は伝搬しにくくなる。ブロックは、オーステナイト結晶粒界を超えられない。
従って、焼入れ時のオーステナイト結晶粒が微細であれば、変態組織のブロックも微細になり、衝撃値が高くなる。焼入れ時のオーステナイト結晶粒径は、鋼材の化学成分だけでなく、焼入れ加熱温度や保持時間などにも影響される。
【0111】
[5.3.3. 焼入れ性が高いこと]
金型が大きくなると、焼入れ時の冷却速度が小さくなる。この傾向は、特に金型の内部で顕著である。このため、近年の金型の大型化に伴って、金型内部の冷却速度が小さくなり、衝撃値の低下が問題になってきた。
【0112】
[5.3.4. 高衝撃値]
以上の経緯から、焼入れ速度が小さい場合においても高い衝撃値が得られる鋼材、すなわち、「焼入れ性の良い鋼材」が強く求められている。「焼入れ性が良い」とは、換言すれば、焼入れ速度が小さい場合であっても粗大なベイナイトを生成しないことをいう。
【0113】
一方、焼入れ性の良い鋼材は、SA性が悪い。一般に、焼入れ性の良い鋼材は、低C-高Ni-高Mnである。このような鋼材は、SAの徐冷中に炭化物が析出しにくく、フェライト変態も進行しにくいため、SA組織(フェライトの母相中に炭化物が分散した組織)を得にくいからでる。
これに対し、本発明に係る鋼材は、Cr量及びMn量を最適化している。そのため、本発明に係る鋼材は、SA性を著しく損なうことなく、良好な焼入れ性を示す。
【0114】
[5.4. 耐ヒートチェック性]
ダイカスト金型の表面は、溶湯との接触による温度上昇と、離型剤の塗布による冷却とのサイクルに晒される。このような温度振幅によって熱応力が発生し、さらに型締めや射出による機械応力も加わり、金型表面には疲労による亀裂(ヒートチェック)が発生する。亀裂に溶湯が入り込んで凝固すると、その凝固部分が鋳造表面に転写され、美観を損なう原因となる。
【0115】
よって、金型には、ヒートチェックが発生しにくいこと、すなわち、「耐ヒートチェック性が良いこと」が求められる。
上述したように、「被削性の良さ」と「耐ヒートチェック性の良さ」は、相反する。一般に、耐ヒートチェック性の良い鋼材は、Si量、P量、及び、S量が少ない。しかしながら、このような鋼材は、切削工具に凝着しやすく、切削面に潤滑作用をもたらすS化合物が少なく、高靱性で粘りがあるため、被削性に劣る。
これに対し、本発明に係る鋼材は、実質的にP及びSを含まず、かつ、Si量を最適化している。そのため、本発明に係る鋼材は、被削性を著しく損なうことなく、良好な耐ヒートチェック性を示す。
【0116】
[5.5. 軟化抵抗性]
ダイカスト金型の表面は、溶湯との接触によって温度が上昇する。鋳造ショット数が増えると、高温に晒される累積時間も長くなるために、金型表面の硬さが低下することもある。このような軟化は、高温強度の低下を招き、その結果として耐ヒートチェック性が悪化する。
【0117】
以上の理由から、ダイカスト金型には軟化しにくいこと、すなわち、「軟化抵抗性の高さ」が求められる。但し、低Cr化で軟化抵抗性を高めた鋼材は、高温強度が低い点に注意を要する。低Cr鋼は、高温での固溶強化に乏しいためである。高温強度の低下は、耐ヒートチェック性を劣化させる。すなわち、「軟化抵抗性の良さ」と「耐ヒートチェック性の良さ」は、相反する。
これに対し、本発明に係る鋼材は、Cr量及びMn量を最適化している。そのため、本発明に係る鋼材は、焼入れ性や耐ヒートチェック性を著しく損なうことなく、良好な軟化抵抗性を示す。
【実施例0118】
[1. 好適な元素量の検証試験]
[1.1. 概要]
本発明において達成すべき項目を改めて以下に示す。
(1)SA性
(2)被削性
(3)焼入れ速度が小さい場合の衝撃値
(a)粗大な異物が少ないこと
(b)焼入れ時のオーステナイト結晶粒が微細であること
(c)焼入れ性が高いこと
(4)耐ヒートチェック性
(5)軟化抵抗性
【0119】
以下の検証試験では、(3)(a)以外を対象とした。理由は3つある。
1つ目の理由は、(3)(a)は、凝固速度の小さい工業的なサイズ(質量が8ton以上)のインゴットから製造された鋼材でしか正確な検証ができないからである。
2つ目の理由は、実際に8ton以上のインゴットを用いて大きな鋼材を製造すると、コストと調査時間が過大になるからである。
3つ目の理由は、(3)(a)の影響は非常に大きいため、衝撃値への(3)(b)又は(3)(c)への影響を正確に検証するには、(3)(a)の影響を排除すべきだからである。
【0120】
そこで、凝固速度の大きいインゴット(質量150kgの小さなインゴット)から、断面の小さい鋼材(直径:82mm×長さ:3000mm程度)を製造した。次いで、その鋼材から作製した試験片に対して、工業的な製法(すなわち、大きな金型用鋼材及び大きな金型の製造方法)を模擬した熱処理を行った。こうすることで、当該鋼材が工業的なサイズのインゴットから金型を製造した時の「(3)(a)以外の」特性を適正に評価できると考えられる。
一方、(3)(a)は、実際に凝固速度の小さい工業的なサイズのインゴット(質量が8ton以上のインゴット)から製造した鋼材で評価した。
【0121】
[1.2. C量の上限値の検証試験]
[1.2.1. 試料の作製]
[A. SA状態の丸棒の作製]
以下では、C量が0.37mass%を超えた場合における衝撃値の低下を検証した。
鋼材の成分(mass%)は、0.90Si-0.06Cu-0.13Ni-0.81Mn-6.23Cr-1.79Mo-0.019Al-0.028N-0.28Vとし、C量を系統的に変化させた。これらの鋼種を150kgのインゴットに鋳込んだ。インゴットを製造した後、均質化熱処理、熱間加工、焼きならし、焼戻し、及び、SAを行った。なお、今回の検証では、焼きならし及び焼戻しを実施したが、これらの処理を省略しても良い。上記の工程により、直径:82mm×長さ:3000mm程度のSA状態の鋼材(丸棒)を製造した。
【0122】
[B. 熱間加工を模擬した角棒の熱処理]
SA状態の丸棒から、12mm×12mm×55mmの角棒10本を作製した。
得られた角棒に対して、工業的な熱間加工時のオーステナイト結晶粒径を再現するための加熱を行った。すなわち、真空中、1240℃において2Hの保持を行った。工業的な工程では、熱処理は必ずしも真空中で行わないが、温度履歴を模擬することが検証の目的であるため、真空中で熱処理を行った。
【0123】
次に、角棒に対し、インゴットをサイズの大きな鋼材に熱間加工した後の冷却を模擬した熱処理を行った。すなわち、上記1240℃での2H保持に続き、1000℃までを1℃/minで冷却し、1000℃から600℃までを0.5℃/minで冷却した。
C量が多い鋼種の場合、この温度区間においてオーステナイト結晶粒界に炭化物が析出した。炭化物の形状は、棒状、V字状、W字状、又は、波状であり、長軸方向のサイズは0.5~3μmであった。析出した炭化物は、大型の鋼材において凝固時に晶出する異物に比べてサイズが小さいものの、粒界で断続的に連なって結晶粒界を覆うように分布していた。このような粒界炭化物が存在している場合、粒界で破壊しやすくなり、衝撃値は大きく低下する。
【0124】
600℃以下の温度域では、真空炉に不活性ガスを導入して3~4Torr(0.40~0.53kPa)に加圧し、さらに不活性ガスを強制対流させ、角棒を急冷した。
600℃以下の冷却速度は、工業的に製造されるサイズの大きな鋼材を模擬していない。しかしながら、この評価の目的が「熱間加工後の高温域で析出した粒界炭化物の影響」を調査することであるため、600℃以下の冷却履歴が上記のような履歴であっても目的は達せられる。粒界炭化物は、熱間加工後の「焼きならし-焼戻し-SA-焼入れ焼戻し」でも消失せず、最終的に金型まで残留して衝撃値を大きく低下させる。
【0125】
[C. 角棒の焼きならし、焼戻し、SA、焼入れ、及び、焼戻し]
次に、熱間加工を模擬した熱処理を施した角棒に対し、真空中において、工業的な製法に準じた焼きならし、焼戻し、及び、SAを行った。
さらに、SA状態の角棒を真空焼入れした。すなわち、真空中において、角棒を950℃で1H保持した。次いで、真空炉へ不活性ガスを導入して3~4Torr(0.40~0.53kPa)に加圧し、さらに不活性ガスを強制対流させることにより角棒を急冷し、角棒を100℃以下まで冷却した。
【0126】
焼入れ時の950℃から100℃への冷却時間は60min以内であった。すなわち、角棒の冷却は、工業的に製造されるサイズの大きな鋼材の冷却とは異なっている。しかしながら、この評価の目的が「熱間加工後の高温域で析出した粒界炭化物の影響」を調査することであるため、焼入れが急冷であっても目的は達せられる。
【0127】
続いて、焼入れ後の角棒に対し、さらに焼戻しを行った。焼戻しは、560℃で2H保持後、100℃以下へ冷却することにより行った。
さらに、焼戻しを追加した。すなわち、上記の角棒を560~600℃で所定時間保持後、100℃以下へ冷却した。この処理を1回以上実施し、角棒を44.5~45.5HRCに調質した。保持の温度と時間、処理の回数は、鋼種(C量)によって変えた。これは、C量が異なると、軟化抵抗も異なるためである。
【0128】
[1.2.2. 試験方法]
44.5~45.5HRCに調質した角棒から衝撃試験片を作製した。衝撃試験片の形状は、JIS Z2242に準じた形状(10mm×10mm×50mm、ノッチ先端の円弧半径:1mm、ノッチ深さ:2mm、ノッチ底下部の試験片断面積:0.8cm2)とした。得られた衝撃試験片を用いて、衝撃試験を15~35℃において実施した。
評価には衝撃値を用いた。ここで言う衝撃値[J/cm2]とは、吸収エネルギー[J]を試験片ノッチ底下部の断面積0.8cm2で割った値であり、試験片10本の平均値を指す。
【0129】
[1.2.3. 結果]
ダイカスト金型に必要な衝撃値は、負荷の小さい金型では20J/cm2以上、負荷の大きい金型では25J/cm2以上である。また、衝撃値が30J/cm2以上のダイカスト金型では、破壊の危険性がかなり低下する。
この評価では焼入れは急冷であるが、実際の大きな金型で焼入れが緩冷の場合、衝撃値は5J/cm2程度は低下する。そこで、ここでは、良否判定を行うための衝撃値の閾値を25J/cm2とした。
【0130】
図1に、C量と衝撃値との関係を示す。試験に用いた衝撃試験片は、大きな金型と異なり、焼入れが急冷である。それにもかかわらず、C量が過剰になると衝撃値が20J/cm2未満となる試験片が発生した。このことから、熱間加工後の高温域で析出する粒界炭化物の影響は非常に大きいことが分かる。図1より、衝撃値が25J/cm2以上となるのは、C量が0.37mass%以下の鋼種であることが分かる。
【0131】
[1.3. V量の上限値の検証試験]
[1.3.1. 衝撃試験片の作製及び衝撃試験]
以下では、V量が0.28mass%を超えた場合における衝撃値の低下を検証した。
鋼材の成分(mass%)は、0.37C-0.90Si-0.04Cu-0.13Ni-0.82Mn-6.21Cr-1.97Mo-0.013Al-0.028Nとし、V量を系統的に変化させた。これらの鋼種を150kgのインゴットに鋳込んだ。以下、C量の検証試験と同様にして、衝撃試験片を作製し、衝撃試験を実施した。
【0132】
[1.3.2. 衝撃試験の結果]
図2に、V量と衝撃値との関係を示す。試験に用いた衝撃試験片は、大きな金型と異なり、焼入れが急冷である。それにもかかわらず、V量が過剰になると衝撃値が20J/cm2未満となる試験片が発生した。このことから、熱間加工後の高温域で析出する粒界炭化物の影響は非常に大きいことが分かる。図2より、衝撃値が25J/cm2以上となるのは、V量が0.28mass%以下の鋼種であることが分かる。
【0133】
[1.3.3. C量とV量の好適な範囲]
図3に、C量とV量の範囲を示す。本発明においては、「硬さ」、「粗大な異物の量」、「熱間加工後に析出する粒界炭化物の量」、及び、「ピン止め粒子の量」を考慮してC量とV量を規定した。従来の熱間ダイス鋼は、C量が0.32mass%以上であり、かつ、V量が0.30mass%以上である。これに対し、本発明に係る鋼材は、C量が0.37mass%以下であり、かつ、V量が0.28mass%以下であるため、C量とV量の領域が従来鋼とは異なる。
また、本発明は、焼入れ温度においても従来鋼とは異なる。従来鋼の焼入れ温度は、CとVを充分に固溶させるため、1010~1040℃と高温である。これに対し、CとVが少ない本発明の焼入れ温度は、920~980℃と低温で良く、焼き入れた金型の変形が小さく、金型に割れも発生しにくいというメリットがある。
【0134】
[1.4. Mn+Cr量の下限値の検証試験]
[1.4.1. 臨界冷速の概要]
以下では、Mn+Cr量を最適化することで焼入れ性が向上し、これによって焼入れ速度が小さい場合でも高い衝撃値が得られることを検証した。
焼入れ性の評価には、CCT線図が使われることも多い。鋼材を焼入れ温度から等速で冷却する工程中の寸法変化(収縮→膨張→収縮)によって変態点を判定した。
【0135】
図4に、CCT線図の模式図を示す。図4中、「●」は、上記の基準で判定された変態温度であり、焼入れ温度からの等速の冷却速度がそれぞれ異なるデータを表す。●を基に、変態温度に該当する線を引く。実線は確度の高い線を表し、破線は推測された線を表す。図4中、マルテンサイトとベイナイトの境界を通過する冷速(矢印の線)が臨界冷速Xである。
【0136】
臨界冷速Xは、MnやCrなどの影響を大きく受ける。図5に、鋼種による臨界冷速Xの違いの模式図を示す。図5において、鋼Bのベイナイトの位置は、鋼Aのそれより右側(長時間側)にある。これは、鋼BのXが鋼Aのそれより小さいことを表す。
すなわち、鋼Bは、Xが小さくても微細な組織(マルテンサイト、又は、低温で変態したベイナイト)になりやすい。このように、Xが小さい鋼を「焼入れ性が良い」と扱う。焼入れ性の良い鋼は、Xが小さくなる「大きな金型」でも焼が入りやすく、微細な組織になりすい。
【0137】
[1.4.2. SA状態の丸棒の作製]
以下では、焼入れ性と衝撃値に及ぼすMn+Cr量の影響を検証した。
鋼材の成分(mass%)は、0.32C-0.45Si-0.08Cu-0.11Ni-1.06Mo-0.18V-0.028Al-0.011Nとし、Mn量とCr量を系統的に変化させた。これらの鋼種を150kgのインゴットに鋳込んだ。以下、C量の検証試験と同様にして、直径:82mm×長さ:3000mm程度のSA状態の鋼材(丸棒)を作製した。
【0138】
[1.4.3. 試験方法]
[A. 臨界冷速の測定]
SA状態の丸棒から、概略形状が直径:4mm×長さ:10mmの試験片を作製した。この試験片を950℃の焼入れ温度に加熱し、任意の等速で100℃以下まで冷却した。その際の寸法変化(収縮→膨張→収縮)から、変態点を判定した。さらに、得られた変態点から、臨界冷速Xを求めた。
【0139】
[B. 衝撃試験]
SA状態の丸棒から、12mm×12mm×55mmの角棒10本を作製した。この角棒を真空中において、950℃で1H保持した後、焼入れを行った。焼入れ時の冷却速度は、950℃から750℃までを8℃/min、750℃から500℃までを5℃/min、500℃から200℃までを0.5℃/minとし、200℃から100℃以下への冷却速度は特に制御しなかった。
上記の焼入れ工程は、2000kg以上の大きな金型を焼き入れた場合の、最も冷却速度の小さい内部を想定した例の1つである。200℃に到達時、相変態はほぼ完了しているため、そこから100℃以下への冷却速度は特に制御しなかった。
【0140】
続いて、角棒の焼戻しを行った。焼戻しは、560℃で2H保持後、100℃以下へ冷却することにより行った。
さらに、焼戻しを追加した。すなわち、上記の角棒を560~600℃で所定時間保持後、100℃以下へ冷却した。この処理を1回以上実施し、角棒を44.5~45.5HRCに調質した。保持の温度と時間、処理の回数は、鋼種(Mn量とCr量)によって変えた。これは、Mn量及び/又はCr量が異なると、軟化抵抗が異なるためである。
【0141】
44.5~45.5HRCに調質した角棒から衝撃試験片を作製した。衝撃試験片の形状は、JIS Z2242に準じた形状(10mm×10mm×50mm、ノッチ先端の円弧半径:1mm、ノッチ深さ:2mm、ノッチ底下部の試験片断面積:0.8cm2)とした。得られた衝撃試験片を用いて、衝撃試験を15~35℃において実施した。
評価には衝撃値を用いた。ここで言う衝撃値[J/cm2]とは、吸収エネルギー[J]を試験片ノッチ底下部の断面積0.8cm2で割った値であり、試験片10本の平均値を指す。
【0142】
[1.4.4. 結果]
[A. 臨界冷速]
図6に、臨界冷速に及ぼすMn+Cr量の影響を示す。図6より、Mn+Cr量が多くなるほど、臨界冷速が小さくなること、すなわち、焼入れ性が高くなることが分かる。
【0143】
[B. 衝撃試験]
以上によって、Mn+Cr量が多くなるほど、焼入れ性が高くなることが分かった。以下では、Mn+Cr量を多くする効果を、焼入れ速度が小さい場合の衝撃値で実際に検証した。焼入れ性が高くても(Xが小さくても)、マルテンサイト変態点が高い場合には衝撃値が高くならないからである。
【0144】
図7に、焼入れ速度が小さい場合において、衝撃値に及ぼすMn+Cr量の影響を示す。図7より、Mn+Cr量が多くなるほど衝撃値が高くなることが分かる。なお、図7では、マルテンサイトやベイナイトの変態が起こる500℃~200℃の温度域における冷却速度を0.5℃/minとした。
衝撃値が25J/cm2以上となるのは、Mn+Cr量が6.60mass%以上の鋼種であった。Mn+Cr量が6.60mass%の鋼種の場合、10本の試験片中、衝撃値が20J/cm2未満の試験片は1本であった。
さらに、衝撃値が30J/cm2以上となるのは、Mn+Cr量が6.70mass%以上の鋼種であった。Mn+Cr量が6.70mass%の鋼種の場合、10本の試験片中、衝撃値が20J/cm2未満である試験片は1本もなかった。
【0145】
なお、衝撃試験片の破断面には、粗大な異物は観察されなかった。これらが、鋼材の全部位に渡って存在しない保証はない。しかしながら、10本の衝撃試験片の評価で、衝撃値が20J/cm2未満となる試験片が1本以下であったことから、異物が存在したとしても、その量は僅かであると推定される。
また、衝撃試験後の破断した試験片を腐食して、金属組織を観察した。その結果、旧オーステナイト結晶粒径の平均値は、25~80μm程度と微細であった。
以上によって、(3)(a)の影響が僅少な条件下において、(3)(b)及び(3)(c)の効果を確認することができた。
【0146】
[1.5. Mn/Crの上限値の検証試験]
[1.5.1. 試験片の作製]
以下では、SA性に及ぼすMn/Crの影響を検証した。
Mn+Cr量の検証試験と同様にして、SA状態の丸棒を作製した。次いで、SA状態の丸棒から、SA性評価用の試験片(12mm×12mm×20mm)を作製した。この試験片に対して、大きな金型用素材の製造工程中の「熱間加工-焼きならし-焼戻し-球状化焼鈍」を模擬した真空熱処理を行い、SA性を評価した。なお、今回の検証では、焼きならしと焼戻しを実施したが、これらの処理を省略しても良い。
【0147】
真空熱処理工程の詳細は、以下の通りである。すなわち、まず、試験片を真空中において、1240℃で0.5H保持した。これは、熱間加工材の粗大な結晶粒を再現するための処理である。1240℃で0.5H保持した後、炉内に窒素ガスを導入し、窒素ガスを加圧して強制対流させ、試験片を100℃以下まで冷却した。
【0148】
引き続き、試験片を真空中において、970℃で1H保持した。これは、焼きならしを模擬している。970℃で1H保持した後、炉内に窒素ガスを導入し、窒素ガスを加圧して強制対流させ、試験片を100℃以下まで冷却した。
引き続き、試験片を真空中において、680℃で6H保持した。これは、焼戻しを模擬している。680℃で6H保持した後、炉内に窒素ガスを導入し、窒素ガスを加圧して強制対流させ、試験片を100℃以下まで冷却した。
【0149】
最後に、SAを行った。すなわち、試験片を真空中において、900℃で1H保持した。その後、そのまま真空中において、600℃までを15℃/Hで冷却した。以降は、炉内に窒素ガスを導入し、窒素ガスを加圧して強制対流させ、試験片を100℃以下まで冷却した。
上記の真空熱処理工程は、大きな金型用鋼材を製造する工程とは厳密には同じでないが、加熱温度やSAの冷速など、SA性を評価する上で重要な条件は工業的な工程を模擬できている。
【0150】
[1.5.2. 硬さの評価]
SA後の試験片の硬さを室温で評価した。図8に、SA後の試験片の硬さに及ぼすMn/Crの影響を示す。図8より、Mn/Crを0.150以下にすると、SA後の硬さが98HRB以下になることが分かる。また、図8より、Mn/Crを0.145以下にすると、SA後の硬さが97HRB以下になることが分かる。
さらに、Mn/Crが0.145以下である場合、SA後の冷却速度(890℃から600℃までの冷却速度)を20℃/Hに大きくしても、SA後の硬さは98HRB以下に軟化した。
【0151】
[1.5.3. Mn量とCr量の好適な範囲]
以上より、Mn量とCr量の好適な範囲が定められた。図9に、Mn量とCr量の範囲を示す。図9の5本の線で囲まれる5角形の領域が本発明に係る鋼材の範囲である。
【0152】
本発明では、Mn量、Cr量、Mn+Cr量、及び、Mn/Crというパラメータの導入により、(1)SA性、(3)焼入れ性、及び、(5)軟化抵抗性が高く保たれるMn量とCr量の狭い範囲を見出した。また、元素の影響が相反する(1)SA性と(3)焼入れ性を両立させ、かつ、元素の影響が相反する(3)焼入れ性と(5)軟化抵抗性も両立させることができた。
【0153】
[1.6. Si量の下限値及び上限値の検証試験]
[1.6.1. SA状態の丸棒の作製]
以下では、被削性及び耐ヒートチェック性に及ぼすSi量の影響を検証した。
鋼材の成分(mass%)は、0.31C-0.81Mn-0.08Cu-0.11Ni-6.19Cr-1.01Mo-0.18V-0.028Al-0.011Nとし、Si量を系統的に変化させた。これらの鋼種を150kgのインゴットに鋳込んだ。以下、C量の検証試験と同様にして、直径:82mm×長さ:3000mm程度のSA状態の鋼材(丸棒)を作製した。いずれの鋼種も、98HRB以下に軟化していた。
【0154】
[1.6.2. 試験方法]
[A. 被削性評価]
SA状態の丸棒から、53mm×53mm×200mmの試験片を作製した。この試験片を切削工具で切削し、切削工具の摩耗量を測定した。切削工具の摩耗量が300μmに到達した時点における切削距離を工具寿命とした。切削距離が長くなるほど、被削性は良いと判断される。
【0155】
[B. 耐ヒートチェック性試験]
SA状態の丸棒から、直径:72mm×厚さ:50mmの円柱状試験片を作製した。次いで、円柱状試験片に対し、図7で用いた衝撃試験片(Mn+Cr量の検証試験)と同様にして焼入れ及び焼戻しを行い、45HRC程度に調質した。
【0156】
調質された試験片の片側の端面(直径72mmの面)に、加熱と冷却の温度サイクルを与えた。580℃への高周波加熱と、噴射水による100℃以下への冷却を1サイクルとし、これを10,000サイクル与えた。
10,000サイクル後の試験片を中央付近で縦に切断し、加熱冷却面に発生した亀裂(ヒートチェック)の深さを評価した。耐ヒートチェック性は、観察された複数の亀裂の中から深い順に3本の亀裂を選定し、3本の亀裂の深さの平均値(以下、これを「亀裂深さ」ともいう)で評価した。
【0157】
[1.6.3. 結果]
[A. 被削性試験]
図10に、被削性に及ぼすSi量の影響を示す。Si量が0.40mass%未満である場合、工具寿命は、「被削性が悪い」と評価される既存鋼と同等であった。Si量が0.40mass%未満である場合、被削性が悪く、切削加工の工数が膨大となる。特に、大きな金型では切削量が多いため、被削性が悪いと工業的に成立しにくい。
図10より、Si量が0.40mass%以上になると、工具寿命が15m以上になることが分かる。また、Si量が0.80mass%以上になると、「被削性が非常に良い」と評価されるSKD61と同等の工具寿命が得られることが分かる。
【0158】
[B. 耐ヒートチェック性試験]
図11に、耐ヒートチェック性に及ぼすSi量の影響を示す。Si量が0.9mass%を超えると、亀裂深さは、耐ヒートチェック性の悪い既存鋼(SKD61など)と同等となった。大きな金型では、ヒートチェックの補修が容易でないことに加え、金型に作用する荷重も大きいため、ヒートチェックを起点とした大割れに至りやすい。図11より、Si量は、0.90mass%以下が好ましいことが分かる。
【0159】
[1.7. Mo量の下限値及び上限値の検証試験]
[1.7.1. SA状態の丸棒の作製]
以下では、破壊靱性に及ぼすMo量の影響を検証した。
鋼材の成分(mass%)は、0.28C-0.48Si-0.82Mn-0.07Cu-0.12Ni-6.23Cr-0.18V-0.026Al-0.010Nとし、Mo量を系統的に変化させた。これらの鋼種を150kgのインゴットに鋳込んだ。以下、C量の検証試験と同様にして、直径:82mm×長さ:3000mm程度のSA状態の鋼材(丸棒)を作製した。いずれの鋼種も、98HRB以下に軟化していた。
【0160】
[1.7.2. 破壊靱性の測定]
SA状態の丸棒から、13mm×62mm×65mmの板材を作製した。次いで、板材に対し、図7で用いた衝撃試験片(Mn+Cr量の検証試験)と同様にして焼入れ及び焼戻しを行い、45HRC程度に調質した。
この板材から、概形12.5mm×61mm×64mmの破壊靱性試験片(ノッチと2つの穴を有する試験片)を作製した。さらに、室温で、破壊靱性を評価した。
【0161】
[1.7.3. 結果]
図12に、破壊靱性に及ぼすMoの影響を示す。Mo量が少なすぎる場合及び多すぎる場合のいずれの場合も、破壊靱性値は低下した。金型に発生した亀裂の急激な進展を防ぐには、破壊靱性は高いほど良い。図12より、Mo量を0.60mass%以上2.00mass%以下にすると、破壊靱性値が30MPa・m0.5以上になることが分かる。
【0162】
[2. 大型インゴットを用いた検証試験]
[2.1. 概要]
好適な元素量の検証試験では、研究的な小サイズ(150kg)のインゴットを用いて、断面の小さい鋼材を製造し、その鋼材から作製した試験片に対して工業的な製法(大きな金型用鋼材及び大きな金型の製法)を模擬した熱処理を行った。これにより、当該鋼材が工業的な製法で製造され、金型になった場合の「3(a)以外」の特性を適正に評価することができた。
【0163】
一方、以下の実施例では、実際に質量8ton以上のインゴットを用いて、本発明の効果を確認した。この場合、鋼材を焼入れ及び焼戻して、内部の衝撃値を検証した。すなわち、上記「3(a)」を検証した。その他の特性は、好適な元素量の検証試験において、検証が終了しているからである。
【0164】
[2.2. 試料の作製]
[2.2.1. ブロック材の作製]
表1に、特性を検証した鋼(実施例1~13、比較例1~3)の組成を示す。比較例1は、JIS SKD6(AISI H11)に相当する。比較例2は、SKD6のSi-Mn-Crを調整した市販鋼に相当し、SKD6よりも焼入れ性と耐ヒートチェック性が優れている鋼である。比較例3は、C量とV量が本発明の上限を超えている鋼である。なお、表1には、記載していないが、いずれの鋼にもPなどの不純物元素が上述した上限値を超えない範囲で含まれている。
【0165】
【表1】
【0166】
これらの鋼を、質量約21tonのインゴットに鋳込んだ。21tonのインゴットは、10ton程度のインゴットよりも凝固速度がさらに小さくなるため、粗大な異物が衝撃値に影響を与えやすい。このような悪条件下において、C量とV量の妥当性を検証した。
【0167】
21tonインゴットに対し、高温かつ長時間の均質化熱処理を行った後、熱間加工によりブロック状に成形した。このブロック材に対し、焼ならし、焼戻し、及び、球状化焼鈍を行い、最終的に740mm×1060mm×2440mm(質量約15ton)の球状化焼鈍材を得た。インゴットとブロック材の質量の差(約6ton)は、品質や形状に問題があるため、除去した部分の質量である。
【0168】
なお、焼きならし、焼戻し、及び、球状化焼鈍は、それぞれ、鋼種によって適正な条件を設定した。例えば、焼きならし及び球状化焼鈍の加熱温度は、Ac3点以上で、かつ、未固溶炭化物が存在する温度とした。また、焼戻し温度は、Ac1点未満とした。変態点や未固溶炭化物の量は、鋼種によって異なる。
【0169】
[2.2.2. 第2素材の作製]
粗大な異物が多い部位は、凝固速度の小さい中心付近である。そこで、図13に示すように、ブロック材10(a=740mm、b=1060mm、c=2440mm、w≒15000kg)のc軸方向の端部から、第1素材12を切り出した。次いで、第1素材12のab面のほぼ中央から、第2素材14を切り出した。なお、この実験において、d=35mm、e=95mm、f=135mmとした。
【0170】
[2.3. 試験方法]
[2.3.1. 硬さ]
第2素材14(95mm×135mm×35mm)の角部分から、15mm×15mm×35mmの小片を切り出した。この小片を研削及び研磨し、硬さが測定できる平行度や面粗さに調整した。この小片を用いて、室温でロックウェルBスケール硬さを測定した。
【0171】
[2.3.2. 衝撃試験]
第2素材14(95mm×135mm×35mm)から、12mm×12mm×55mmの角棒20本を作製した。得られた角棒に対し、焼入れを行った。
【0172】
実施例1~13及び比較例3の場合、真空中において角棒を950℃で1H保持した後、焼入れを行った。焼入れ時の冷却速度は、950℃から750℃までを8℃/min、750℃から500℃までを5℃/min、500℃から200℃までを0.5℃/minとし、200℃から100℃以下への冷却速度は特に制御しなかった。
また、比較例1、2の場合、真空中において角棒を1030℃で1H保持した後、焼入れを行った。焼入れ時の冷却速度は、1030℃から750℃までを8℃/minとし、750℃以下は実施例1~13と同様とした。
【0173】
なお、上記の焼入れ工程は、2000kg以上の大きな金型を焼き入れた場合の、最も冷却速度の小さい内部を想定した例の一つである。200℃に到達した時点で相変態はほぼ完了しているため、そこから100℃以下への冷却速度は特に制御しなかった。
【0174】
続いて、560℃で2H保持した後、100℃以下に冷却する焼戻しを行った。さらに、角棒に対し、560℃~600℃で保持した後、100℃以下に冷却する焼戻しを追加した。この追加の焼戻しを1回以上実施し、角棒を44.5~45.5HRCに調質した。保持の温度と時間、処理の回数は、鋼種によって変えた。合金元素の含有量が異なると、軟化抵抗が異なるためである。
【0175】
およそ45HRCに調質された20本の角棒から、20本の衝撃試験片を作製した。さらに、15~35℃において衝撃試験を実施した。
【0176】
[2.3.3. 旧オーステナイト結晶粒径]
衝撃試験後の試験片を腐食して旧オーステナイト結晶粒界を現出させた。さらに、顕微鏡にて金属組織を観察し、旧オーステナイト結晶粒径を求めた。
【0177】
[2.4. 結果]
[2.4.1. 硬さ]
実施例1~13及び比較例1~3のいずれも、SA後の硬さは98HRB以下であった。Mn/Cr≦0.150であれば、球状化焼鈍で充分に軟化することが再確認された。
【0178】
[2.5.2. 衝撃試験]
表2に、平均衝撃値、20[J/cm2]未満の本数、及び、低衝撃値率を示す。実施例1~13は、いずれも、平均衝撃値が25[J/cm2]以上であり、かつ、低衝撃値率が30%以下であった。実施例1~13は、焼入れ性が高い(Mn+Cr量が多い)ことに加え、C量とV量が少ないため、粗大な異物が少ない。この結果、凝固速度の小さい大断面材の中央付近から切り出した素材を緩速焼入れしても、衝撃値は高位安定であった。但し、CやVに由来する粗大な異物は皆無ではなく、またCやVを含まない異物も存在するため、衝撃値が20[J/cm2]未満の試験片も低い確率で発生した。
【0179】
一方、比較例1~3は、平均衝撃値が25[J/cm2]未満であり、低衝撃値率が30%を超えた。比較例1~3は、焼入れ性が低い(Mn+Cr量が少ない)ことに加え、C量とV量が多いため、粗大な異物が多くなる。この結果、凝固速度の小さい大断面材の中央付近から切り出した素材を緩速焼入れすると、衝撃値が低くなった。
比較例3は、実施例1~13に比べてC量とV量を増量した鋼である。そのため、比較例3は、焼入れ性は高いが、粗大な異物が多くなった。その結果、比較例3の衝撃値は、実施例1~13より低下した。すなわち、大断面材の場合、衝撃値を焼入れ性だけで評価できないことは明らかであり、C量とV量を少なくすることの重要性を確認できた。
【0180】
【表2】
【0181】
[2.5.3. 旧オーステナイト結晶粒径]
実施例1~13及び比較例3の場合、旧オーステナイト結晶粒径の平均値は、30~120μmであった。一方、比較例1、2の場合、旧オーステナイト結晶粒径の平均値は、25~75μmであった。すなわち、いずれの鋼種も、衝撃値に悪影響を及ぼす粗大粒組織(平均粒径が150μmを超える組織)ではなかった。
【0182】
実施例1~13は、C量とV量が少ないため、結晶粒は粗大化しやすい。しかしながら、Al量やN量を適正化し、かつ、焼入れ温度を適正化することで、結晶粒の粗大を抑制することができた。この点もまた、実施例1~13の衝撃値を高位安定化させることに寄与したと考えられる。但し、実施例1~13の旧オーステナイト結晶粒径の平均値は、図7の評価に用いた試料(150kgのインゴットから作製した試料)のそれよりも大きい傾向にあった。
【0183】
[3. 汎用性]
以上、ダイカスト金型を想定して検証を行ったが、本発明は、ダイカストに限らず、各種の鋳造に用いられる金型や部品に適用できる。また、鋳造の他にも、鍛造、ホットスタンプ、押出加工、樹脂の射出成形、樹脂のブロー成形、ゴムや繊維強化プラスチックの成形又は加工、などに用いられる金型や部品に適用できる。
また、上記の検証においては、鋼材を950℃から焼入れ、560~600℃で焼戻し、約45HRCに調質して特性を評価したが、用途に応じて幅広い焼入れ温度と焼戻し温度で、幅広い硬さに調整した鋼材を金型や部品に適用できる。
【0184】
特性の検証では、溶製のブロック材を用いたが、本発明に係る鋼材を粉末、棒材、線材、又は、板材にして利用することもできる。
例えば、本発明に係る鋼材を粉末にすれば、積層造形(SLM方式、LMD方式など)やPPWなどの各種の逐次成形に適用できる。
また、本発明に係る鋼材を溶製の棒材とすれば、それから金型や部品を製造することもできる。あるいは、本発明に係る鋼材を溶製の棒材や線材とすれば、それをTIG溶接やレーザー溶接を用いて肉盛る積層造形や補修に適用できる。
また、本発明に係る鋼材を板材とすれば、その接合によって金型や部品を製造することも可能である。もちろん、本発明に係る鋼材からなる部材を接合して、金型や部品を製造することも可能である。
【0185】
上記の通り、本発明に係る鋼材は、様々な形状を有する部材に適用できる。また、本発明に係る鋼材からなる様々な形状の素材から、種々の方法を用いて金型や部品を製造し、あるいは、それらの補修が可能である。
【0186】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0187】
本発明に係る鋼材は、鋳造、鍛造、ホットスタンプ、押出加工、射出成形、ブロー成形などの各種加工に用いられる金型やその部品として用いることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13