IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 千葉大学の特許一覧

<>
  • 特開-潜熱蓄熱材組成物 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024046336
(43)【公開日】2024-04-03
(54)【発明の名称】潜熱蓄熱材組成物
(51)【国際特許分類】
   C09K 5/06 20060101AFI20240327BHJP
【FI】
C09K5/06 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022151656
(22)【出願日】2022-09-22
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】劉 醇一
(72)【発明者】
【氏名】塚田 学
(72)【発明者】
【氏名】石川 誠也
(72)【発明者】
【氏名】星野 勝義
(57)【要約】
【課題】適用温度範囲を調整でき、単位質量当たりの蓄熱量が大きく、かつ熱利用効率に優れる潜熱蓄熱材組成物を提供する。
【解決手段】糖アルコールの類縁体を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖アルコールの類縁体を含むことを特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項2】
糖アルコールと、前記糖アルコールの類縁体を含むことを特徴とする請求項1に記載の潜熱蓄熱材組成物。
【請求項3】
前記糖アルコールの類縁体は、該糖アルコールのハロゲン置換体であることを特徴とする請求項1または2に記載の潜熱蓄熱材組成物。
【請求項4】
前記糖アルコールの類縁体は、該糖アルコールのフッ素置換体であることを特徴とする請求項1または2に記載の潜熱蓄熱材組成物。
【請求項5】
前記糖アルコールの類縁体は、該糖アルコールの塩素置換体であることを特徴とする請求項1または2に記載の潜熱蓄熱材組成物。
【請求項6】
前記糖アルコールが、エリスリトール、トレイトール、アラビニトール、キシリトール、リビトール、イジトール、ダルシトール、ソルビトール、マンニトール、ボレミトール、イノシトール、クエルシトールからなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の潜熱蓄熱材組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固液相転移を利用した潜熱蓄熱材組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素排出規制によって化石燃料の使用量削減が求められている。化石燃料を燃焼させて得ていた既存の熱エネルギの一部を代替する技術として、これまで未利用であった産業排熱などの熱エネルギを蓄熱材に蓄熱することにより利用する蓄熱技術の研究が広く進められている。
【0003】
蓄熱技術としては、例えば顕熱蓄熱法による水を使用した温水蓄熱が従来から知られている。温水蓄熱は、安全で安価な水を蓄熱材として用いることができる一方で、放熱損失があるため長時間の蓄熱が不可能である点、顕熱量が小さいため大量の水が必要となり蓄熱設備のコンパクト化が困難である点、熱出力温度が熱エネルギの利用量に応じて非定常である点などの問題があり、熱利用効率が低い。
【0004】
顕熱蓄熱法よりも熱利用効率が高い蓄熱技術として潜熱蓄熱法が挙げられる。潜熱蓄熱法は、物質の相転移による吸熱発熱現象を用いるため、顕熱蓄熱法に比べて蓄熱材の単位質量当たりの蓄熱量が大きくなる。潜熱蓄熱材としては、酢酸ナトリウム3水和物などの水和物塩、エリスリトールなどの糖アルコール、アルミニウム合金などの固液相転移を利用したものがある。
【0005】
特許文献1には、エリスリトールに窒素原子を有する複素環化合物としてイミダゾール環を有する化合物を添加することにより、エリスリトールの融点以上の高温における蓄熱操作と放熱操作を繰り返すことによる熱劣化を抑制し、耐久性、繰り返し安定性を向上させた潜熱蓄熱材組成物が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10-251629号公報(第2頁~第4頁、第1図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の潜熱蓄熱材組成物は、窒素原子を有する複素環化合物を添加することにより、エリスリトールの酸化や熱分解による熱劣化を原因とする熱損失を抑制できるものの、エリスリトールなどの糖アルコールは、放熱操作時には固有の融解温度を下回っても固体化しない過冷却現象が起こるため、目的温度における迅速な放熱操作を行うためには、リン酸塩、硫酸塩、ピロリン酸塩、炭酸塩、無機酸のカルシウム塩、無機酸のアルミニウム塩、無機酸の銀塩、ハロゲン化銀、炭素数16以上の脂肪酸金属塩、脂肪酸アミド化合物などの公知の過冷却防止剤を別途添加する必要がある。
【0008】
特許文献1のような潜熱蓄熱材組成物の融解時(蓄熱操作時)に吸収される熱量に対する凝固時(放熱操作時)に放出される熱量の割合、すなわち潜熱蓄熱材組成物の熱利用効率を向上させるためには、十分な量の過冷却防止剤を添加して過冷却を緩和させる必要があるが、窒素原子を有する複素環化合物に加え、過冷却防止剤がさらに添加されることによって潜熱蓄熱材組成物における単位質量当たりの蓄熱量が小さくなってしまうという問題があった。また、このような潜熱蓄熱材組成物は、未利用であった産業排熱などの熱エネルギに対応した多岐にわたる温度範囲での使用できることが求められている。
【0009】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、適用温度範囲を調整でき、単位質量当たりの蓄熱量が大きく、かつ熱利用効率に優れる潜熱蓄熱材組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明の潜熱蓄熱材組成物は、
糖アルコールの類縁体を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、固液相転移を用いた潜熱蓄熱材組成物において、糖アルコールの類縁体を含むことにより、潜熱蓄熱材組成物の適用温度範囲を調整でき、さらにその含有率や組み合わせによっては、過冷却を緩和できる。また、糖アルコールの類縁体は、糖アルコールの過冷却緩和機能を有するだけでなく、無置換の糖アルコールと同様に自身が潜熱蓄熱材として機能するため、単位質量当たりの蓄熱量が大きく、かつ熱利用効率に優れる潜熱蓄熱材組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例の潜熱蓄熱材組成物においてエリスリトールのジフルオロ体が結晶核として働いている様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
発明者らは、試行錯誤の研究の末、糖アルコールの類縁体、例えばエリスリトールのジフルオロ体等は、無置換のエリスリトールと比べて適用温度範囲が変化し、さらには過冷却が緩和されるという知見を得て、この知見を基に過冷却の緩和メカニズムが分子間相互作用の変化による結晶の核生成の安定あるいは促進によるものと推測されることに着眼し、適用温度範囲を調整でき、単位質量当たりの蓄熱量が大きく、かつ熱利用効率に優れる潜熱蓄熱材組成物を作製することができた。
【0014】
以下、本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明は多くの異なる形態による実施が可能であり、以下に示す実施形態や実施例の例示に限定されるものではない。
【0015】
本発明に係る潜熱蓄熱材組成物(以下、「本組成物」という。)は、糖アルコールの類縁体(以下「糖アルコール類縁体」という。)を含有している。本組成物において、糖アルコール類縁体は潜熱蓄熱材かつ過冷却防止剤として機能する。なお、本組成物は、無置換の糖アルコールを含有せず、糖アルコール類縁体の含有率が100重量%であってもよい。
【0016】
本組成物に含有される糖アルコール類縁体としては、例えばグリセリン、エリスリトール、トレイトール、アラビニトール、キシリトール、リビトール、イジトール、ダルシトール、ソルビトール、マンニトール、ボレミトール、ペルセイトール、D-エリトロ-D-ガラクト-オクチトール、イノシトール、クエルシトールなどが有するヒドロキシ基の一部または全部を置換基で置換した置換体が挙げられ、エリスリトール、マンニトールの置換体が好ましく、エリスリトール、マンニトールの置換体がさらに好ましい。これは、特にエリスリトール、マンニトールの置換体は、他の糖アルコールの置換体と比べて低温状態で水飴状(シロップ状)となりにくく、凝固させやすい特性を有するためである。
【0017】
また、本組成物に含有される糖アルコール類縁体は、適用温度範囲を調整できる限りにおいて特に制限されないが、さらに過冷却を緩和する観点からハロゲン置換体、すなわちフッ素置換体、塩素置換体、臭素置換体、ヨウ素置換体であることが好ましく、さらにフッ素置換体あるいは塩素置換体であることが好ましい。また、本組成物に含有される糖アルコールのハロゲン置換体は、二置換体であることが好ましい。
【0018】
また、本組成物に含有される糖アルコール類縁体は、フッ素置換体や塩素置換体以外にも、アミノ基置換体やメチル基置換体等であることが好ましい。これは、フルオロ基と同様に置換基であるアミノ基、メチル基等が分子間で水素結合を形成するヒドロキシ基(-OH)とサイズが近いためである。
【0019】
なお、本組成物に含有される糖アルコール類縁体は、潜熱蓄熱材かつ過冷却防止剤として利用可能であれば、上述したもの以外の他の糖アルコール類縁体であってもよい。また、本組成物に含有される糖アルコール類縁体は、1種類に限らず、異なる種類の糖アルコール類縁体が複数組み合わせられていてもよい。この場合、本組成物に含有される少なくとも1種類の糖アルコール類縁体が潜熱蓄熱材かつ過冷却防止剤として利用可能であれば、例えば他の糖アルコール類縁体は、潜熱蓄熱材あるいは過冷却防止剤のいずれかとして機能するものであればよい。
【0020】
本組成物は、糖アルコール類縁体の他に、無置換の糖アルコールを含有し、これらが混合されていることが好ましい。本組成物において、糖アルコールは潜熱蓄熱材として機能する。
【0021】
本組成物に含有される糖アルコールとしては、例えばグリセリン、エリスリトール、トレイトール、アラビニトール、キシリトール、リビトール、イジトール、ダルシトール、ソルビトール、マンニトール、ボレミトール、ペルセイトール、D-エリトロ-D-ガラクト-オクチトール、イノシトール、クエルシトールなどが挙げられ、エリスリトール、ダルシトール、マンニトールが好ましく、エリスリトール、マンニトールがさらに好ましい。これは、エリスリトール、ダルシトール、マンニトールは、他の糖アルコール、例えばキシリトールなどと比べて低温状態で水飴状(シロップ状)となりにくいためである。
【0022】
なお、本組成物に含有される糖アルコールは、潜熱蓄熱材として利用可能であれば、上述したもの以外の他の糖アルコールであってもよい。また、本組成物に含有される糖アルコールは、1種類に限らず、異なる種類の糖アルコールが複数組み合わせられていてもよい。
【0023】
また、本組成物に含有される糖アルコールは、結晶の核生成を安定あるいは促進させ過冷却を緩和する観点から、本組成物に含有される糖アルコール類縁体の置換前の糖アルコールと同じものであることが好ましいが、これに限らず、異なる糖アルコールであってもよい。
【0024】
本組成物は、糖アルコール類縁体と糖アルコールを混合することにより、適用温度範囲を調整できる限りにおいて糖アルコール類縁体の含有率は特に制限されない。
【0025】
また、本組成物は、糖アルコールの融点を大きく変化させず、かつ過冷却の緩和と熱利用効率の向上を高水準で可能とする観点から、糖アルコール類縁体の種類や糖アルコールとの組み合わせによって適正な含有率の範囲が存在する。例えば、本組成物におけるエリスリトールのジフルオロ体の含有率は、10重量%以下であることが好ましく、エリスリトールのジクロロ体の含有率は、75重量%以上であることが好ましい。なお、エリスリトールのジフルオロ体は、少量をエリスリトールと混合することにより高水準の性能を発揮できる。また、エリスリトールのジクロロ体は、単体で高水準の性能を発揮できる。
【0026】
なお、本実施形態における「高水準」とは、例えば糖アルコールとしてエリスリトールを用いた場合、本組成物における熱利用効率が65%以上となり、かつエリスリトール単体に対する本組成物の過冷却度が15%以上低下していることを意味する。また、過冷却度とは、本組成物の過冷却温度が緩和された割合を示すものであり、糖アルコール単体の過冷却温度と本組成物の過冷却温度から算出することができる。
【0027】
本組成物は、実質的に糖アルコール類縁体と、糖アルコールと、から構成されている。なお、本組成物は、糖アルコール類縁体および糖アルコール以外の不可避的不純物を含んでいてもよい。また、本組成物は、糖アルコール類縁体および糖アルコール以外の第3物質を含有していてもよい。
【0028】
本組成物に含有される第3物質としては、糖アルコール類縁体、糖アルコール以外の他の潜熱蓄熱材、糖アルコール類縁体以外の過冷却防止剤、充填材、酸化防止剤、光安定剤、難燃剤、粘性調整剤、可塑剤、滑剤、防腐剤、防かび剤、抗菌剤、防藻剤、消泡剤、レベリング剤、着色剤、香料、化学物質吸着剤、光触媒、吸放湿性粉粒体などが挙げられる。
【0029】
また、本組成物に含有される第3物質の添加量は、糖アルコール類縁体および糖アルコールの機能に悪影響を与えない限りにおいて特に制限されない。
【0030】
本組成物においては、糖アルコール類縁体が含有されることで、水素結合による糖アルコールの分子間相互作用が変化し、結晶の核生成を安定あるいは促進させるように働くことにより、糖アルコールの過冷却を緩和できるものと推測される。
【0031】
また、糖アルコール類縁体は、上述した過冷却緩和機能を有するだけでなく、無置換の糖アルコールと同様に自身が潜熱蓄熱材としても機能するため、本組成物の単位質量当たりの蓄熱量が大きくなる。
【0032】
以上、本組成物は、糖アルコール類縁体を含有することにより、単位質量当たりの蓄熱量の減少を抑制しつつ、過冷却を緩和し、さらには熱利用効率を向上させることが可能となるものであり、無置換の糖アルコール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であるだけでなく、糖アルコール類縁体の含有率および糖アルコールとの組み合わせによって、融点と過冷却温度の制御が可能となり、実用的な幅広い温度範囲で蓄熱操作と放熱操作が可能となる潜熱蓄熱材組成物となっている。
【実施例0033】
ここで、上記実施形態に係る実施例1の潜熱蓄熱材組成物を実際に作製し、その効果を確認した。以下具体的に説明する。
【0034】
電子天秤でエリスリトール(下記立体構造式1-1参照)、エリスリトールのジフルオロ体(下記立体構造式1-2参照)を所定量ずつ測り取り、これらを乳鉢に入れて混合することにより、エリスリトール(Ery):エリスリトールのジフルオロ体(Ery2F)の混合比99:1、95:5、90:10、75:25、50:50、25:75、0:100の潜熱蓄熱材組成物を調整した。
【0035】
【化1】
【0036】
そして、混合比の異なる潜熱蓄熱材組成物の試料1~7について、次の条件でRigaku社製の示差走査熱量測定装置(DSC)を使用して、それぞれ試料温度を温度プロセスに従って変化させながら、標準サンプルと試料1~7の温度を測定し、その温度差から熱量を測定した結果について説明する。
【0037】
標準サンプル=α-Al
昇降温速度=5℃/min
温度プロセス=30℃→140℃→-20℃→30℃
【0038】
【表1】
【0039】
表1に示されるように、混合比の異なる試料1~7の全てにおいて、エリスリトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であることを確認した。また、試料1~7の全てにおいて、エリスリトール単体から融点と凝固点の少なくともいずれかが変化することを確認した。すなわち、エリスリトールのジフルオロ体の含有率によって潜熱蓄熱材組成物の適用温度範囲を調整できることを確認した。
【0040】
また、試料1,2,3,7において、55.1~78.5℃の範囲に過冷却が緩和し熱利用効率が向上した。試料1,2,3,7において、過冷却度が15%以上低下し(過冷却温度83.4℃以下となり)、エリスリトールのジフルオロ体の含有率が10重量%以下である試料1,2,3において、熱利用効率が65%以上に向上した。また、試料1,2,3において、エリスリトール単体の融点に近い値を保ちながら、過冷却を緩和することができた。
【0041】
また、エリスリトールのジフルオロ体単体である試料7は、エリスリトール単体の融点から低下し、過冷却を緩和することができた。
【0042】
なお、試料2,3,4,5においては、複数の融点が現れ、明確な融点が現れなかった。また、試料4,6においては、複数の凝固点が現れ、明確な凝固点が現れなかった。これは、エリスリトールとエリスリトールのジフルオロ体との混合が不十分であったため、試料内における各成分の分布が不均一となり、複数の融点や凝固点が現れたものと推測される。
【0043】
すなわち、エリスリトールとエリスリトールのジフルオロ体との混合状態が改善されることにより、試料2~6における融点や凝固点が明確に現れる可能性があるものと推測される。
【0044】
次に、上述した潜熱蓄熱材組成物において、過冷却度が大きく低下し、熱利用効率にも優れる試料1,2,3について、試料温度を温度プロセスに従って複数サイクル変化させた結果について説明する。なお、表1は、1サイクル目の結果に相当する。
【0045】
【表2】
【0046】
表2に示されるように、2サイクル目については、試料1~3の全てにおいて、1サイクル目と比べて融点に大きな変化はなく、エリスリトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であることを確認した。
【0047】
また、試料1において、1サイクル目と近い凝固点が現れ、過冷却の緩和が維持された。詳しくは、試料1において、過冷却度が15%以上低下し(過冷却温度83.4℃以下となり)、熱利用効率が65%以上に向上しており、過冷却の緩和と熱利用効率の向上を高水準で維持可能であることを確認した。なお、試料1において、1サイクル目、2サイクル目共に、エリスリトールのジフルオロ体単体である試料7と近い凝固点が現れる傾向があることから、少量のエリスリトールのジフルオロ体が近接するエリスリトールと水素結合を形成し結晶核として働いている可能性が推測される(図1参照)。
【0048】
また、試料2,3において、1サイクル目よりも凝固点が低くなり、過冷却の緩和が弱まった。これは、融解と凝固の繰り返しにより、2サイクル目の試料2,3におけるエリスリトールのジフルオロ体の混合状態が1サイクル目から変化した可能性が推測される。
【0049】
さらに、2サイクル目の結果が良好であった試料1のみ、3サイクル目を行った結果、1サイクル目、2サイクル目と比べて融点に大きな変化はなく、エリスリトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であることを確認した。
【0050】
また、試料1において、3サイクル目については、1サイクル目、2サイクル目から凝固点が約10℃低下したが、過冷却度が15%以上低下し(過冷却温度83.4℃以下となり)、熱利用効率が65%以上に向上しており、過冷却の緩和と熱利用効率の向上を高水準で維持可能である、すなわち繰り返し安定性に優れることを確認した。
【0051】
次に、エリスリトール(上記立体構造式1-1参照)、エリスリトールのテトラフルオロ体(下記立体構造式1-3参照)を所定量ずつ測り取り、これらを乳鉢に入れて混合することにより、エリスリトール(Ery):エリスリトールのテトラフルオロ体(Ery4F)の混合比99:1、95:5、90:10、75:25、50:50、25:75、0:100に調整した潜熱蓄熱材組成物の試料11~17について、同一条件で標準サンプルと試料11~17の温度を測定し、その温度差から熱量を測定した結果について説明する。
【0052】
【化2】
【0053】
【表3】
【0054】
表3に示されるように、混合比の異なる試料12~17において、エリスリトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であることを確認した。また、試料11~16において、エリスリトール単体から融点と凝固点の少なくともいずれかが変化することを確認した。すなわち、エリスリトールのテトラフルオロ体の含有率によって潜熱蓄熱材組成物の適用温度範囲を調整できることを確認した。なお、エリスリトールのテトラフルオロ体単体である試料17は、凝固せず、単体では潜熱蓄熱材組成物として使用できなかった。
【0055】
また、試料12において、75.9℃に過冷却が緩和し熱利用効率が向上した。詳しくは、試料12において、過冷却度が15%以上低下し(過冷却温度83.4℃以下となり)、熱利用効率が65%以上に向上した。
【0056】
なお、試料11~15においては、複数の融点が現れ、明確な融点が現れなかった。また、試料11,13,14においては、複数の凝固点が現れ、明確な凝固点が現れなかった。これは、エリスリトールとエリスリトールのテトラフルオロ体との混合が不十分であったため、試料内における各成分の分布が不均一となり、複数の融点や凝固点が現れたものと推測される。
【0057】
すなわち、エリスリトールとエリスリトールのテトラフルオロ体との混合状態が改善されることにより、試料11~15における融点や凝固点が明確に現れる可能性があるものと推測される。また、エリスリトールのテトラフルオロ体の含有率が1重量%と最も小さい試料11においても、複数の融点および凝固点が現れたことから、エリスリトールのテトラフルオロ体は、上述したジフルオロ体よりもエリスリトールとの混合が難しいものと推測される。
【0058】
次に、上述した潜熱蓄熱材組成物において、過冷却度が大きく低下し、熱利用効率にも優れる試料12と、エリスリトールのテトラフルオロ体の含有率が10重量%以下の試料11,13について、試料温度を温度プロセスに従って複数サイクル変化させた結果について説明する。なお、表3は、1サイクル目の結果に相当する。
【0059】
【表4】
【0060】
表4に示されるように、2サイクル目については、試料11~13の全てにおいて、1サイクル目と傾向が異なり、試料11,13においても明確な凝固点が現れた。これは、2サイクル目において試料11,13におけるエリスリトールとエリスリトールのテトラフルオロ体の混合状態が改善されたためであると推測される。特に、試料13においては過冷却が緩和された。
【0061】
また、試料12は、1サイクル目よりも過冷却度と熱利用効率が共に低下した。このように、エリスリトールのテトラフルオロ体を使用した潜熱蓄熱材組成物は、上述したエリスリトールのジフルオロ体を使用した場合と比べて繰り返し安定性に劣ることを確認した。
【0062】
次に、エリスリトール(立体構造式1-1参照)、エリスリトールのジクロロ体(下記立体構造式1-4参照)を所定量ずつ測り取り、これらを乳鉢に入れて混合することにより、エリスリトール(Ery):エリスリトールのジクロロ体(Ery2Cl)の混合比99:1、95:5、90:10、75:25、50:50、25:75、0:100に調整した潜熱蓄熱材組成物の試料21~27について、同一条件で標準サンプルと試料21~27の温度を測定し、その温度差から熱量を測定した結果について説明する。
【0063】
【化3】
【0064】
【表5】
【0065】
表5に示されるように、混合比の異なる試料21~27の全てにおいて、エリスリトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であることを確認した。また、試料21~27の全てにおいて、エリスリトール単体から融点と凝固点の少なくともいずれかが変化することを確認した。すなわち、エリスリトールのジクロロ体の含有率によって潜熱蓄熱材組成物の適用温度範囲を調整できることを確認した。
【0066】
また、試料22,24,26,27において、57.2~97.7℃の範囲に過冷却が緩和し熱利用効率が向上した。エリスリトールのジクロロ体の含有率が75重量%以上である試料26,27において、過冷却度が15%以上低下し(過冷却温度83.4℃以下となり)、熱利用効率が65%以上に向上した。
【0067】
また、エリスリトールのジクロロ体単体である試料27は、エリスリトール単体の融点に近い値を保ちながら、過冷却を緩和することができ、熱利用効率は65%以上に向上した。
【0068】
なお、試料21,22,23,24においては、複数の融点が現れ、明確な融点が現れなかった。また、試料21,23,25においては、複数の凝固点が現れ、明確な凝固点が現れなかった。これは、エリスリトールとエリスリトールのジクロロ体との混合が不十分であったため、試料内における各成分の分布が不均一となり、複数の融点や凝固点が現れたものと推測される。
【0069】
すなわち、エリスリトールとエリスリトールのジクロロ体との混合状態が改善されることにより、試料21~25における融点や凝固点が明確に現れる可能性があるものと推測される。
【0070】
次に、エリスリトール(上記立体構造式1-1参照)、ジチオエリスリトール(下記立体構造式1-5参照)を所定量ずつ測り取り、これらを乳鉢に入れて混合することにより、エリスリトール(Ery):ジチオエリスリトール(ErySH)の混合比99:1、95:5、90:10に調整した潜熱蓄熱材組成物の試料31~33について、同一条件で標準サンプルと試料31~33の温度を測定し、その温度差から熱量を測定した結果について説明する。
【0071】
【化4】
【0072】
【表6】
【0073】
表6に示されるように、混合比の異なる試料31~33の全てにおいて、エリスリトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であることを確認した。また、試料31~33の全てにおいて、エリスリトール単体から融点と凝固点の少なくともいずれかが変化することを確認した。すなわち、ジチオエリスリトールの含有率によって潜熱蓄熱材組成物の適用温度範囲を調整できることを確認した。
【0074】
また、試料32において、77.3℃に過冷却が緩和した。詳しくは、試料32において、過冷却度が15%以上低下し(過冷却温度83.4℃以下となり)、熱利用効率が65%以上に向上した。
【0075】
なお、試料32,33においては、複数の融点が現れ、明確な融点が現れなかった。また、試料33においては、複数の凝固点が現れ、明確な凝固点が現れなかった。これは、エリスリトールとジチオエリスリトールとの混合が不十分であったため、試料内における各成分の分布が不均一となり、複数の融点や凝固点が現れたものと推測される。
【0076】
すなわち、エリスリトールとジチオエリスリトールとの混合状態が改善されることにより、試料31~33における融点や凝固点が明確に現れる可能性があるものと推測される。
【0077】
表1~6に示されるように、エリスリトール類縁体の含有率や組み合わせによって潜熱蓄熱材組成物の適用温度範囲を調整できることを確認した。なお、エリスリトールのジフルオロ体単体(試料7)と、エリスリトールのジクロロ体単体(試料27)は、エリスリトールと混合しなくても過冷却を緩和することができ、特にエリスリトールのジクロロ体単体(試料27)は、エリスリトール単体の融点に近い値を保ちながら、過冷却の緩和と熱利用効率の向上を高水準で可能とすることを確認した。
【0078】
また、エリスリトールとエリスリトールのジフルオロ体を混合した潜熱蓄熱材組成物は、エリスリトールのジフルオロ体の含有率が10重量%以下、エリスリトールとエリスリトールのジクロロ体を混合した潜熱蓄熱材組成物は、エリスリトールのジクロロ体の含有率が75重量%以上において、それぞれエリスリトール単体の融点に近い値を保ちながら、潜熱蓄熱材組成物の過冷却度の低下と熱利用効率の向上を高水準で可能とすることを確認した。
【0079】
また、エリスリトールとエリスリトールのテトラフルオロ体を混合比95:5で混合した試料12、エリスリトールとジチオエリスリトールを混合比95:5で混合した試料32においても、それぞれエリスリトール単体の融点に近い値を保ちながら、潜熱蓄熱材組成物の過冷却度の低下と熱利用効率の向上を高水準で可能とすることを確認した。なお、例えば、エリスリトールとエリスリトールのテトラフルオロ体を混合比99:1で混合した試料11、エリスリトールとジチオエリスリトールを混合比99:1で混合した試料31については、混合状態が改善されることにより、良好な結果が得られる可能性があるものと推測される。
【0080】
このように、エリスリトールと混合されるエリスリトール類縁体の含有率は、置換基の種類や数の違いによって適正な含有率の範囲が異なるものと推測される。また、本実施例では好ましい結果が得られなかったエリスリトールのテトラフルオロ体やジチオエリスリトールについても、適正な含有率の範囲や糖アルコール、他の糖アルコール類縁体との組み合わせが存在するものと推測される。
【0081】
以上、本実施例1の潜熱蓄熱材組成物は、エリスリトール類縁体を適正な含有率で含有するだけで、適用温度範囲の調整でき、単位質量当たりの蓄熱量の減少を抑制しつつ、過冷却を緩和し、さらには熱利用効率を向上させることができる。さらに、本実施例1の潜熱蓄熱材組成物は、エリスリトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であるだけでなく、エリスリトールに添加されるエリスリトール類縁体の種類および含有率によって、放熱操作時の凝固点を調整することができる。
【実施例0082】
ここで、上記実施形態に係る実施例2の潜熱蓄熱材組成物を実際に作製し、その効果を確認した。以下具体的に説明する。
【0083】
電子天秤でD-マンニトール(下記立体構造式2-1参照)、D-マンニトールのオクタフルオロ体(下記立体構造式2-2参照)を所定量ずつ測り取り、これらを乳鉢に入れて混合することにより、D-マンニトール(DM):オクタフルオロ体(DM8F)の混合比75:25、50:50、25:75、0:100の潜熱蓄熱材組成物を調整した。
【0084】
【化5】
【0085】
そして、混合比の異なる潜熱蓄熱材組成物の試料101~104について、次の条件でRigaku社製の示差走査熱量測定装置(DSC)を使用して、それぞれ試料温度を温度プロセスに従って変化させながら、標準サンプルと試料101~104の温度を測定し、その温度差から熱量を測定した結果について説明する。
【0086】
標準サンプル=Al
昇降温速度=3℃/min
温度プロセス=70℃→180℃→70℃→30℃
【0087】
【表7】
【0088】
表7に示されるように、混合比の異なる試料102~103において、D-マンニトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であることを確認した。また、D-マンニトールと混合した試料101~103においては凝固点が現れ、D-マンニトール単体から融点と凝固点の少なくともいずれかが変化することを確認した。すなわち、D-マンニトールのオクタフルオロ体の含有率によって適用温度範囲の調整できることを確認した。なお、D-マンニトールのオクタフルオロ体単体である試料104は、凝固せず、単体では潜熱蓄熱材組成物として使用できなかった。
【0089】
また、試料103において、43.0℃に過冷却が緩和した。詳しくは、試料103において、過冷却度が10%以上低下した(過冷却温度45.1℃以下となった)。
【0090】
なお、試料101,102においては、過冷却の緩和は見られなかった。
【0091】
すなわち、表7に示されるように、D-マンニトールとD-マンニトールのオクタフルオロ体を混合した潜熱蓄熱材組成物は、D-マンニトールのオクタフルオロ体の含有率が75重量%以上において、潜熱蓄熱材組成物の過冷却度を低下させることを確認した。
【0092】
なお、D-マンニトールと混合されるD-マンニトール類縁体の含有率は、前記実施例1におけるエリスリトールと混合されるエリスリトール類縁体との関係と同様に、置換基の種類や数の違いによって適正な含有率の範囲が異なるものと推測される。
【0093】
以上、本実施例2の潜熱蓄熱材組成物は、D-マンニトール類縁体を適正な含有率で含有するだけで、適用温度範囲の調整でき、単位質量当たりの蓄熱量の減少を抑制しつつ、過冷却を緩和させることができる。さらに、本実施例2の潜熱蓄熱材組成物は、D-マンニトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であるだけでなく、D-マンニトールに添加されるD-マンニトール類縁体の種類および含有率によって、放熱操作時の凝固点を調整することができる。
【0094】
また、潜熱蓄熱材組成物は、D-マンニトールのオクタフルオロ体以外のD-マンニトール類縁体、例えばD-マンニトールのジフルオロ体等を適正な含有率で含有するだけで、単位質量当たりの蓄熱量の減少を抑制しつつ、過冷却を緩和し、さらには熱利用効率を向上させることができるものと推測される。
【実施例0095】
ここで、上記実施形態に係る実施例3の潜熱蓄熱材組成物を実際に作製し、その効果を確認した。以下具体的に説明する。
【0096】
電子天秤でD-マンニトール(上記立体構造式2-1参照)、エリスリトールのジフルオロ体(上記立体構造式1-2参照)を所定量ずつ測り取り、これらを乳鉢に入れて混合することにより、D-マンニトール(DM):エリスリトールのジフルオロ体(Ery2F)の混合比75:25、50:50、25:75の潜熱蓄熱材組成物を調整した。
【0097】
そして、混合比の異なる潜熱蓄熱材組成物の試料201~203について、前記実施例2と同じ条件でRigaku社製の示差走査熱量測定装置(DSC)を使用して、それぞれ試料温度を温度プロセスに従って変化させながら、標準サンプルと試料201~203の温度を測定し、その温度差から熱量を測定した結果について説明する。
【0098】
【表8】
【0099】
表8に示されるように、混合比の異なる試料201~203において、D-マンニトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であることを確認した。また、試料201~203の全てにおいて、D-マンニトール単体から融点と凝固点の少なくともいずれかが変化することを確認した。すなわち、エリスリトールのジフルオロ体の含有率によって適用温度範囲の調整できることを確認した。
【0100】
また、試料201,202において、40.9~49.5℃の範囲に過冷却が緩和し、試料201において熱利用効率が向上した。詳しくは、エリスリトールのジフルオロ体の含有率が25重量%以下である試料201において、熱利用効率が80%以上に向上した。
【0101】
なお、試料203においては、過冷却の緩和は見られなかった。
【0102】
すなわち、表8に示されるように、D-マンニトールとエリスリトールのジフルオロ体を混合した潜熱蓄熱材組成物は、エリスリトールのジフルオロ体の含有率が25重量%以下において、潜熱蓄熱材組成物の過冷却度の低下と熱利用効率の向上を可能とすることを確認した。
【0103】
なお、D-マンニトールと混合されるエリスリトール類縁体の含有率は、前記実施例1におけるエリスリトールと混合されるエリスリトール類縁体との関係と同様に、置換基の種類や数の違いによって適正な含有率の範囲が異なるものと推測される。
【0104】
以上、本実施例3の潜熱蓄熱材組成物は、エリスリトール類縁体を適正な含有率で含有するだけで、糖アルコールの種類が異なる場合であっても、適用温度範囲の調整でき、単位質量当たりの蓄熱量の減少を抑制しつつ、過冷却を緩和し、かつ熱利用効率を向上させることができる。さらに、本実施例3の潜熱蓄熱材組成物は、D-マンニトール単体の融点以下における蓄熱操作が可能であるだけでなく、D-マンニトールに添加されるエリスリトール類縁体の種類および含有率によって、放熱操作時の凝固点を調整することができる。
【0105】
以上、これら実施形態および実施例により、固液相転移を用いた潜熱蓄熱材組成物において、適用温度範囲を調整でき、単位質量当たりの蓄熱量が大きく、かつ熱利用効率に優れる潜熱蓄熱材組成物を提供することができる。
[産業上の利用可能性]
【0106】
本発明は、単位質量当たりの蓄熱量が大きく、かつ熱利用効率に優れる車載用潜熱蓄熱材、地域熱供給用潜熱蓄熱材、空調設備用潜熱蓄熱材として産業上の利用可能性がある。また、本発明は、糖アルコール類縁体の含有率および糖アルコールとの組み合わせにより、単位質量当たりの蓄熱量の減少を抑制しつつ過冷却度を調整可能であるため、これまで未利用であった産業排熱などの熱エネルギに対応した多岐にわたる温度範囲での使用が可能であり、応用範囲は広い。
図1