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特開2024-46854多糖、多糖の生産方法、細菌およびその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024046854
(43)【公開日】2024-04-05
(54)【発明の名称】多糖、多糖の生産方法、細菌およびその利用
(51)【国際特許分類】
   C08B 37/00 20060101AFI20240329BHJP
   C12P 1/04 20060101ALI20240329BHJP
   C12P 19/04 20060101ALI20240329BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20240329BHJP
   A61K 31/716 20060101ALI20240329BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20240329BHJP
【FI】
C08B37/00 P
C12P1/04 A
C12P19/04 C
C12N1/20 E
C12N1/20 A
A61K31/716
A61P31/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022152182
(22)【出願日】2022-09-26
(71)【出願人】
【識別番号】598096991
【氏名又は名称】学校法人東京農業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100179578
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 和弘
(74)【代理人】
【識別番号】100195062
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 涼子
(72)【発明者】
【氏名】浦井 誠
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4C086
4C090
【Fターム(参考)】
4B064AF11
4B064AF21
4B064CA02
4B064CC04
4B064DA02
4B065AA01X
4B065AA15X
4B065AC14
4B065BC31
4B065BC50
4B065CA22
4B065CA44
4C086AA01
4C086AA02
4C086AA03
4C086EA22
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB35
4C090AA01
4C090AA04
4C090AA09
4C090BA45
4C090BB02
4C090BB18
4C090BB33
4C090BB35
4C090BB36
4C090BB53
4C090BC24
4C090BD03
4C090BD35
4C090BD37
4C090CA42
4C090DA09
(57)【要約】
【課題】水に対する溶解性に優れる多糖を提供する。
【解決手段】多糖は、N-アセチルグルコサミンがβ-1,3グリコシド結合およびβ-1,4グリコシド結合によって連結した構造を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多糖であって、
N-アセチルグルコサミンがβ-1,3グリコシド結合およびβ-1,4グリコシド結合によって連結した構造を有する、多糖。
【請求項2】
請求項1に記載の多糖において、
β-1,3グリコシド結合とβ-1,4グリコシド結合とを交互に備える、
多糖。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の多糖を含む組成物。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の多糖を含む抗菌剤。
【請求項5】
請求項4に記載の抗菌剤において、
黄色ブドウ球菌と肺炎桿菌との少なくとも一方の増殖を抑制するための抗菌剤。
【請求項6】
多糖の生産方法であって、
パエニバシラス属細菌とバシラス属細菌とを共培養することにより、前記パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させる工程を含む、
多糖の生産方法。
【請求項7】
請求項6に記載の多糖の生産方法において、
前記工程において、寒天培地にて前記パエニバシラス属細菌と前記バシラス属細菌とを共培養する、
多糖の生産方法。
【請求項8】
多糖の生産方法であって、
バシラス属細菌の分泌物の存在下において、パエニバシラス属細菌を培養することにより、前記パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させる工程を含む、
多糖の生産方法。
【請求項9】
請求項8に記載の多糖の生産方法において、
前記工程において、寒天培地にて前記パエニバシラス属細菌を培養する、
多糖の生産方法。
【請求項10】
パエニバシラス属細菌であって、
バシラス属細菌と共培養することにより多糖を分泌する、
パエニバシラス属細菌。
【請求項11】
請求項10に記載のパエニバシラス属細菌において、
受領番号がNITE AP-03754である、
パエニバシラス属細菌。
【請求項12】
バシラス属細菌であって、
パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させるための分泌物を分泌する、
バシラス属細菌。
【請求項13】
請求項12に記載のバシラス属細菌において、
受領番号がNITE AP-03755である、
バシラス属細菌。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、多糖、多糖の生産方法、細菌およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、機能性物質として、キチンやキトサンが知られている。例えば、特許文献1には、キチンを含む抗菌剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2019-099573号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、キチンやキトサンは、水に対する溶解性において改善の余地があった。このため、水に対する溶解性に優れる多糖の開発が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下の形態として実現することが可能である。
【0006】
(1)本発明の一形態によれば、多糖が提供される。この多糖は、N-アセチルグルコサミンがβ-1,3グリコシド結合およびβ-1,4グリコシド結合によって連結した構造を有する。この形態の多糖によれば、水に対する溶解性に優れる。
【0007】
(2)上記(1)に記載の多糖において、β-1,3グリコシド結合とβ-1,4グリコシド結合とを交互に備えていてもよい。この形態の多糖によれば、水に対する溶解性に優れる。
【0008】
(3)本開示の他の形態によれば、上記(1)または上記(2)に記載の多糖を含む組成物が提供される。この形態の組成物によれば、水に対する溶解性に優れる。
【0009】
(4)本開示の他の形態によれば、上記(1)または上記(2)に記載の多糖を含む抗菌剤が提供される。この形態の抗菌剤によれば、水に対する溶解性に優れる。
【0010】
(5)上記(4)に記載の抗菌剤は、黄色ブドウ球菌と肺炎桿菌との少なくとも一方の増殖を抑制するための抗菌剤であってもよい。この形態の抗菌剤によれば、黄色ブドウ球菌や肺炎桿菌の増殖を抑制できる。
【0011】
(6)本開示の他の形態によれば、多糖の生産方法が提供される。この多糖の生産方法は、パエニバシラス属細菌とバシラス属細菌とを共培養することにより、前記パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させる工程を含む。この形態の多糖の生産方法によれば、共培養によってパエニバシラス属細菌に多糖を分泌させるので、生物資源由来の多糖を生産できる。
【0012】
(7)上記(6)に記載の多糖の生産方法において、前記工程において、寒天培地にて前記パエニバシラス属細菌と前記バシラス属細菌とを共培養してもよい。この形態の多糖の生産方法によれば、寒天培地にて共培養を行うので、多糖の分泌量を増大させることができる。
【0013】
(8)本開示の他の形態によれば、多糖の生産方法が提供される。この多糖の生産方法は、バシラス属細菌の分泌物の存在下において、パエニバシラス属細菌を培養することにより、前記パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させる工程を含む。この形態の多糖の生産方法によれば、バシラス属細菌の分泌物の存在下においてパエニバシラス属細菌に多糖を分泌させるので、生物資源由来の多糖を生産できる。
【0014】
(9)上記(8)に記載の多糖の生産方法において、前記工程において、寒天培地にて前記パエニバシラス属細菌を培養してもよい。この形態の多糖の生産方法によれば、寒天培地にて培養を行うので、多糖の分泌量を増大させることができる。
【0015】
(10)本開示の他の形態によれば、パエニバシラス属細菌が提供される。このパエニバシラス属細菌は、バシラス属細菌と共培養することにより多糖を分泌する。この形態のパエニバシラス属細菌によれば、バシラス属細菌と共培養することにより多糖を分泌するので、生物資源由来の多糖の生産に利用できる。
【0016】
(11)上記(10)に記載のパエニバシラス属細菌において、受領番号がNITE AP-03754であってもよい。この形態のパエニバシラス属細菌によれば、生物資源由来の多糖の生産に利用できる。
【0017】
(12)本開示の他の形態によれば、バシラス属細菌が提供される。このバシラス属細菌は、パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させるための分泌物を分泌する。この形態のバシラス属細菌によれば、パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させるための分泌物を分泌するので、パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させることができる。
【0018】
(13)上記(12)に記載のバシラス属細菌において、受領番号がNITE AP-03755であってもよい。この形態のバシラス属細菌によれば、パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させることができる。
【0019】
なお、本発明は、種々の形態で実現することが可能である。例えば、多糖を含む組成物の生産方法、多糖を含む抗菌剤の生産方法、多糖の生産キット、パエニバシラス属細菌とバシラス属細菌とを含む細菌群、多糖の生産方法によって得られた多糖、多糖の抗菌剤としての利用、パエニバシラス属細菌の多糖生産のための利用、バシラス属細菌の多糖生産のための利用等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】多糖の生産方法の一例を示す工程図。
図2】多糖の生産方法を説明するための説明図。
図3】多糖の生産方法の他の例を示す工程図。
図4】実験1の結果を示す説明図。
図5】実験2の結果を示す説明図。
図6】実験3の結果を示す説明図。
図7】実験4の結果を示す説明図。
図8】実験6の黄色ブドウ球菌の結果を示す説明図。
図9】実験6のクレブシエラ肺炎桿菌の結果を示す説明図。
図10】単糖組成分析の結果を示す説明図。
図11H NMR分析の結果を示す説明図。
図1213C NMR分析の結果を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本開示の一実施形態によれば、多糖が提供される。この多糖は、N-アセチルグルコサミンがβ-1,3グリコシド結合およびβ-1,4グリコシド結合によって連結した構造を有する。この多糖は、下記式(1)に示されるように、β-1,3グリコシド結合とβ-1,4グリコシド結合とを交互に備えることが好ましい。
【0022】
【化1】
【0023】
式中、nは240以上の整数であり、NAcはN-アセチル基を示している。式中のnは、抗菌性を高める観点から、480以上であることが好ましく、1,200以上であることがより好ましい。式中のnは、水に対する溶解性を高める観点から、4,800以下であることが好ましく、3,600以下であることがより好ましく、2,400以下であることがさらに好ましい。
【0024】
本開示の多糖の平均分子量は、抗菌性を高める観点から、10万以上であることが好ましく、20万以上であることがより好ましく、50万以上であることがさらに好ましい。本開示の多糖の平均分子量は、水に対する溶解性を高める観点から、200万以下であることが好ましく、150万以下であることがより好ましく、100万以下であることがさらに好ましい。
【0025】
本開示における多糖は、β-1,6グリコシド結合を実質的に含まないことが好ましい。本明細書において、「β-1,6グリコシド結合を実質的に含まない」とは、多糖を13C NMRにて分析した場合に、6位炭素が60ppm付近に検出されることを意味する。
【0026】
一般に、N-アセチルグルコサミンがβ-1,4グリコシド結合によって直鎖状に連結した構造を有するキチンは、水を始めとする多くの溶媒に対して溶解性が低い。これに対し、本開示の多糖は、水に対する溶解性が比較的高いという特徴を有する。このため、本開示の多糖は、汎用性に優れる。
【0027】
本開示の他の形態によれば、N-アセチルグルコサミンがβ-1,3グリコシド結合およびβ-1,4グリコシド結合によって連結した構造を有する多糖を含む組成物が提供される。この組成物の用途は、特に限定されないが、例えば、抗菌剤、抗真菌剤、保湿剤、創傷治癒剤、柔軟剤、皮膚外用剤、整髪剤、化粧品、機能性食品、医薬品、医療材料、繊維、固定化担体等が挙げられる。この組成物の形態は、特に限定されないが、例えば、液状、ジェル状、ペースト状、粉末状、顆粒状、繊維状等であってもよい。上記組成物には、多糖以外の任意の成分が含まれていてもよい。任意の成分としては、特に限定されないが、例えば、緩衝剤、溶媒、安定剤、増粘剤、防腐剤、酸化防止剤、乳化剤、界面活性剤、芳香剤、着色剤等が挙げられる。任意の成分は、用途や形態に応じて適宜選択されるものであり、1種を用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0028】
本開示の他の形態によれば、N-アセチルグルコサミンがβ-1,3グリコシド結合およびβ-1,4グリコシド結合によって連結した構造を有する多糖を含む抗菌剤が提供される。多糖が有する抗菌性としては、特に限定されないが、例えば、病原性細菌のバイオフィルムの形成を阻害するような静菌性が挙げられる。病原性細菌としては、特に限定されないが、例えば、黄色ブドウ球菌や肺炎桿菌、表皮ブドウ球菌、ウェルシュ菌、セレウス菌、連鎖球菌、腸球菌、ナイセリア菌、モラクセラ菌、腸炎ビブリオ、ピロリ菌、レジオネラ菌、サルモネラ菌、緑膿菌、結核菌、非結核性抗酸菌、カンジダ、クリプトコッカス、大腸菌、白癬菌、軟腐病菌、潰瘍病菌、黒腐病菌、根頭癌腫病菌等が挙げられる。本開示の抗菌剤は、黄色ブドウ球菌と肺炎桿菌との少なくとも一方の増殖を抑制するための抗菌剤であってもよい。抗菌剤における多糖の濃度は、抗菌性を高める観点から、10μg/mL以上であることが好ましく、20μg/mL以上であることがより好ましく、50μg/mL以上であることがさらに好ましく、100μg/mL以上であることが特に好ましい。抗菌剤における多糖の濃度は、多糖の凝集を抑制する観点から、2000μg/mL以下であることが好ましく1500μg/mL以下であることがより好ましく、1000μg/mL以下であることがさらに好ましく、500μg/mL以下であることが特に好ましい。本開示の抗菌剤によれば、上記構造を有する多糖を含むので、従来報告されているような抗菌剤とは異なる抗菌性を有する。このため、耐性菌の出現や菌叢の破壊等への対応可能性を高めることができる。
【0029】
本開示の他の形態によれば、多糖の生産方法が提供される。図1は、多糖の生産方法の一例を示す工程図である。この生産方法は、パエニバシラス属細菌とバシラス属細菌とを共培養することにより、パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させる工程(P10)を含む。
【0030】
パエニバシラス属細菌(Paenibacillus sp.)としては、バシラス属細菌と共培養することにより多糖を分泌する細菌である限り、特に限定されないが、例えば、ヒトの表皮において生存可能な細菌であってもよい。パエニバシラス属細菌としては、特に限定されないが、例えば、受領番号 NITE AP-03754で示される細菌や、Paenibacillus polymyxaや、Paenibacillus macerans等が挙げられる。なお、受領番号NITE AP-03754にかかる寄託の受領機関は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センターであり、受領日は2022年9月20日である。
【0031】
バシラス属細菌(Bacillus sp.)としては、パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させるための分泌物を分泌する細菌である限り、特に限定されないが、例えば、ヒトの表皮において生存可能な細菌であってもよい。バシラス属細菌としては、特に限定されないが、例えば、受領番号 NITE AP-03755で示される細菌や、Bacillus subtilis natto等のBacillus subtilis等が挙げられる。なお、受領番号NITE AP-03755にかかる寄託の受領機関は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センターであり、受領日は2022年9月20日である。
【0032】
本開示において、「共培養」とは、2種以上の細菌を一緒に培養することを意味する。培養の態様としては、特に限定されないが、例えば、液体培地や固体培地を用いた培養が挙げられる。培養の態様としては、多糖の分泌量を増大させる観点から、寒天培地やゼラチン培地等の固体培地を用いて培養を行うことが好ましく、寒天培地にて培養を行うことがより好ましい。培地としては、特に限定されないが、例えば、YNB培地、LB培地、ニュートリエント培地、トリプトソイ培地、YM培地,YPD培地、PD培地、SD培地等が挙げられる。共培養の態様としては、特に限定されないが、多糖の分泌量を増大させる観点から、パエニバシラス属細菌がバシラス属細菌によって取り囲まれるように培養されることが好ましい。
【0033】
図2は、多糖の生産方法を説明するための説明図である。図2の紙面上側には、パエニバシラス属細菌を単独で培養した様子が示されており、図2の紙面下側には、パエニバシラス属細菌とバシラス属細菌とを共培養した様子が示されている。図2の紙面下側に示されるように、バシラス属細菌は、シグナル分子としての分泌物を分泌する。これにより、パエニバシラス属細菌のコロニーに形態変化が生じ、菌体外多糖(EPS:Extracellular polysaccharides)の生産が誘導される。
【0034】
バシラス属細菌が分泌する分泌物によってパエニバシラス属細菌が多糖を分泌するメカニズムは、定かではないが、以下のような推定メカニズムが推定される。すなわち、近傍に存在する他種細菌同士は、互いに分泌する様々な分子を認識して相互作用していると考えられるところ、パエニバシラス属細菌は、バシラス属細菌からシグナル分子を受容することによって、菌体外多糖を分泌すると推定される。一般に、菌体外多糖は、捕食者からの攻撃や有害物質等のストレスからの保護や、接着能等に関わると考えられるため、細菌にとって重要な役割を担う重要な因子である。
【0035】
多糖の生産方法は、上記工程P10の前に、パエニバシラス属細菌とバシラス属細菌とを準備する工程等を備えていてもよい。また、多糖の生産方法は、上記工程P10の後に、分泌された多糖を回収する工程や、回収された多糖を精製する工程等を含んでいてもよい。
【0036】
多糖を回収する工程としては、特に限定されないが、例えば、培地からパエニバシラス属細菌の菌体を掻き取る工程を含んでいてもよい。回収された多糖を精製する工程としては、特に限定されないが、例えば、掻き取られた菌体をバッファーに懸濁した後に、遠心分離によって細胞を除去する工程を含んでいてもよい。その後、例えば、酵素処理やアルコール処理、酸処理、アルカリ処理、熱処理、抽出処理、透析処理、フィルター濾過等の各種処理を必要に応じて組み合わせて行うことによって、多糖を精製してもよい。より具体的には、例えば、核酸分解酵素およびタンパク質分解酵素による処理、クロロホルム抽出、エタノール沈殿および透析を、この順番に行う方法が挙げられる。なお、精製された多糖を凍結乾燥してもよい。
【0037】
図3は、多糖の生産方法の他の例を示す工程図である。この生産方法は、バシラス属細菌の分泌物の存在下において、パエニバシラス属細菌を培養することにより、パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させる工程(P20)を含む。バシラス属細菌、バシラス属細菌の分泌物およびパエニバシラス属細菌は、上述のとおりである。バシラス属細菌の分泌物は、パエニバシラス属細菌を培養するための培地に予め添加されていてもよく、パエニバシラス属細菌の培養途中に、塗布または付着されてもよい。
【0038】
多糖の生産方法は、上記工程P20の前に、パエニバシラス属細菌とバシラス属細菌の分泌物とを準備する工程等を備えていてもよい。より具体的に、この工程は、例えば、パエニバシラス属細菌に多糖を分泌させるための分泌物を、バシラス属細菌を培養することによって分泌させる工程や、バシラス属細菌から分泌された分泌物を回収する工程や、回収された分泌物を精製する工程等を備えていてもよい。また、多糖の生産方法は、上記工程P20の後に、パエニバシラス属細菌から分泌された多糖を回収する工程や、回収された多糖を精製する工程等を含んでいてもよい。
【0039】
本開示の多糖の生産方法によれば、環境負荷の少ない生物資源由来の多糖を生産できる。このため、環境中への排出に起因する生態系の破壊を抑制できる。また、生物資源由来の多糖を生産できるので、毒性の少ない抗菌剤等の組成物を提供できる。
【実施例0040】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
<材料>
パエニバシラス属細菌として、受領番号 NITE AP-03754で示されるPaenibacillus sp. NB2株(以下、単に「NB2株」とも呼ぶ)を、ヒトの表皮から単離した。また、パエニバシラス属細菌として、Paenibacillus macerans NBRC 15307を、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンターから購入した。バシラス属細菌として、受領番号 NITE AP-03755で示されるBacillus sp. NB4株(以下、単に「NB4株」とも呼ぶ)を、ヒトの表皮から単離した。また、バシラス属細菌として、Bacillus subtilisを、市販の納豆(ミツカン社製)から単離した。
【0042】
<実験1:NB4株との共培養によるNB2株の菌体外多糖の生産>
濁度を0.1に調製したNB4株およびNB2株の菌液を、1%のカザミノ酸および0.1%グルコースを添加したYNB寒天培地に滴下した。その後、30℃で2日間培養した。NB2株のコロニー形態変化を、目視観察した。
【0043】
図4は、実験1の結果を示す説明図である。図4は、寒天培地の写真を示している。図4に示すように、NB4株のコロニーに近接したNB2株のコロニーについて、形態変化が認められ、顕著にムコイド化することがわかった。この結果から、NB4株とNB2株とを共培養すると、NB2株において菌体外多糖(以下、「NB2EPS」とも呼ぶ)の生産が誘導されることがわかった。
【0044】
<実験2:NB4株との共培養によるパエニバシラス属細菌の菌体外多糖の生産>
濁度を0.1に調製したNB4株およびP. macerans NBRC 15307の菌液を、1%のカザミノ酸および0.1%グルコースを添加したYNB寒天培地に滴下した。その後、30℃で2日間培養した。P. macerans NBRC 15307のコロニー形態変化を、目視観察した。
【0045】
図5は、実験2の結果を示す説明図である。図5は、寒天培地の写真を示している。図5に示すように、NB4株のコロニーに近接するP. macerans NBRC 15307のコロニーについて、ムコイド型コロニーとなることが認められた。この結果から、バシラス属細菌とパエニバシラス属細菌とを共培養すると、パエニバシラス属細菌において菌体外多糖の生産が誘導されることが示唆された。
【0046】
<実験3:NB4株の培養物による菌体外多糖の生産>
NB4株を、1%のカザミノ酸および0.1%グルコースを添加したYNB寒天培地に植菌し、30℃で5日間培養した。培養した寒天培地を冷凍、解凍した後、10,000×G、10分間の条件で遠心分離を行った。上清を、0.22μmの滅菌フィルター(Millex-GV、メルクミリポア社製)を用いてフィルター滅菌した後、直径8mmのペーパーディスク(アドバンテック社製)に浸漬させた。NB2株をYNB寒天培地のプレート全体に塗抹し、塗抹直後にペーパーディスクを留置して、30℃で2日間培養した。対照区として、YNB培地成分を浸漬させたペーパーディスクを用いた。NB2株のコロニー形態変化を、目視観察した。
【0047】
図6は、実験3の結果を示す説明図である。図6は、寒天培地の写真を示している。図6に示すように、対照区においては、ムコイド化が認められなかった。これに対し、NB4株の培養物を含むペーパーディスクに近接するNB2株は、顕著にムコイド化することがわかった。この結果から、NB4株と共培養した場合と同様に、NB4株の培養物の存在下において、NB2株において菌体外多糖の生産が誘導されることがわかった。
【0048】
<実験4:バシラス属細菌の培養抽出物による菌体外多糖の生産>
B. subtilisを、1%のカザミノ酸および0.1%グルコースを添加したYNB寒天培地に植菌し、30℃で5日間培養した。培養した寒天培地を冷凍、解凍した後、10,000×G、10分間の条件で遠心分離を行った。上清を、0.22μmの滅菌フィルター(Millex-GV、メルクミリポア社製)を用いてフィルター滅菌した後、直径8mmのペーパーディスク(アドバンテック社製)に浸漬させた。NB2株をYNB寒天培地のプレートに植菌し、植菌直後に、NB2株と重ならないようにペーパーディスクを留置して、30℃で2日間培養した。NB2株のコロニー形態変化を、目視観察した。
【0049】
図7は、実験4の結果を示す説明図である。図7は、寒天培地の写真を示している。図7に示すように、B. subtilisの培養抽出物を含むペーパーディスクに近接するパエニバシラス属細菌について、ムコイド型コロニーとなることが認められた。この結果から、バシラス属細菌の培養物の存在下において、パエニバシラス属細菌において菌体外多糖の生産が誘導されることが示唆された。
【0050】
<実験5:多糖の単離および精製>
1%のカザミノ酸および0.5%グルコースを添加したYNB寒天培地上に、NB4株とNB2株とを共に植菌し、30℃で5日間培養することによって、多糖を生産した。ムコイド化したNB2株の菌体を、リン酸バッファー(PBS(-)、富士フイルム和光純薬社製)に懸濁した後、200rpm、30℃、1時間の条件で振盪することによって、菌体外物質を細胞から遊離させた。10,000×G、10分間の条件で遠心分離を行い、上清を回収した。核酸分解酵素としてDNaseI(NIPPON GENE社製)、RNase(nacalai tesque社製)を加えて37℃で2時間反応させた後、タンパク質分解酵素としてProteinase K(Merck社製)を加えて37℃で2時間反応させた。この溶液に対して等量のクロロホルムを添加して撹拌し、6,000×G、10分間の条件で遠心分離を行い、水層を回収した。この溶液に対して3倍量のエタノールを加えて撹拌し、10,000×G、10分間、4℃の条件で遠心分離を行い、沈殿物を回収した。この沈殿物をMilli-Q水に溶解後、透析膜(積水マテリアルソリューション社製)を用いてMilli-Q水に対して透析し、その後、凍結乾燥した。透析の結果から、NB2EPSの分子量は、15000以上であることが示唆された。
【0051】
<実験6:病原性細菌に対する多糖のバイオフィルム形成阻害活性の測定>
96穴ポリスチレンプレートに、LB液体培地および0~250μg/mLのNB2EPS水溶液を添加し、供試菌株を接種した。供試菌として、Staphylococcus aureus ATCC29213(黄色ブドウ球菌)、Klebsiella pneumoniae ATCC10031(クレブシエラ肺炎桿菌)を用いた。37℃で一晩培養後、培養液を取り除き、蒸留水で3回洗浄した。染色液として0.1%クリスタルバイオレットを添加することによって15分間染色した後に、染色液を取り除き、蒸留水で3回洗浄した。70%エタノールを添加し、室温で15分間放置して色素を抽出し、EPOCH2(BioTek社製)を用いて590nmの吸光度を測定した。なお、サンプル数は、16とした。
【0052】
図8は、実験6の黄色ブドウ球菌の結果を示す説明図である。図9は、実験6のクレブシエラ肺炎桿菌の結果を示す説明図である。図8および図9において、横軸はNB2EPSの濃度(μg/mL)を示し、縦軸は590nmの吸光度を示している。なお、図8および図9では、NB2EPSを添加しなかったサンプル(0μg/mL NB2EPS)に対する1%水準の有意差が示されている。図8および図9に示すように、黄色ブドウ球菌、クレブシエラ肺炎桿菌ともに、NB2EPSを添加することによって、590nmの吸光度が有意に低下した。この結果から、NB2EPSの添加によって、病原性細菌のバイオフィルムの形成が阻害されることが示唆された。
【0053】
<実験7:多糖の構造解析>
多糖を構成する単糖の組成分析を、以下のように行った。NB2EPSを、4Mトリフルオロ酢酸を用いて100℃、3時間の条件で酸加水分解した後に、ABEE Labeling Kit(株式会社J-オイルミルズ社製)を用いて、取扱説明書の指示に従ってABEE標識し、その後、HPLC分析に供与した。HPLC分析は、Nexeraシステム(島津社製)、内径4.6mm、長さ75mmのC18カラム(J-ケミカル社製)を用いて、0.2M ホウ酸カリウム緩衝液/アセトニトリル(93/7)を溶離液とし、流量を1mL/min、カラム温度を30℃として、蛍光検出器 RF-20AXS(島津社製)で検出した(Ex.305、Em.360nm)。保持時間を、標準単糖と比較した。NMR分析は、NB2EPSを重水に溶解し、ECZ600(日本電子社製)を用いてNMR(600MHz)測定した。
【0054】
図10は、単糖組成分析の結果を示す説明図である。図10に示すように、保持時間25min.において、N-アセチル-D-グルコサミンのピークが顕著に検出された。このことから、NB2EPSの主要構成単糖は、N-アセチル-D-グルコサミンであることがわかった。
【0055】
図11は、H NMR分析の結果を示す説明図である。図11に示すように、多糖に特徴的なスペクトルが検出された。より具体的に、4.9ppmのピークは、β結合しているN-アセチルグルコサミンの1位のHであり、4.0ppm付近の重複したピークは、N-アセチルグルコサミンの2~6位のHであると考えられる。また、2.4ppmのピークは、N-アセチル基のHに由来すると考えられる。
【0056】
図12は、13C NMR分析の結果を示す説明図である。図12に示すように、13C NMR分析においても、H NMR分析と同様に、多糖に特徴的なスペクトルが検出された。より具体的には、2種類のN-アセチルグルコサミンのシグナルが検出されたことから、NB2EPSは、N-アセチルグルコサミン2残基の繰り返し構造を有することが示唆された。100ppm付近の2つのピークは、β結合しているN-アセチルグルコサミンの1位のCであり、60ppm付近のピークは、グリコシド結合していない6位のCであると考えられる。N-アセチルグルコサミンの2位および5位には水酸基が存在しないことから、この2残基のN-アセチルグルコサミンは、1→3結合、および1→4結合のグリコシド結合を有することが示唆された。以上の結果から、NB2EPSの構造は、以下に示す糖鎖構造の繰り返しであることが示唆された。なお、式中のnは、整数であり、GluNAcは、N-アセチルグルコサミンを示している。
[→4)-β-D-GlcNAc-(1→3)-β-D-GlcNAc-(1→]n
【0057】
<実験8:多糖のキチナーゼ処理>
キチンを分解する酵素であるキチナーゼ(シグマアルドリッチ社製)を、NB2EPSに添加し、37℃で16時間処理した。その後、上述の方法と同様の方法によりH NMR分析を行ったところ、キチナーゼ処理の前後においてNMRのスペクトルに差が認められなかった。したがって、NB2EPSは、キチナーゼにより分解されないことが示唆された。この結果から、パエニバシラス属細菌が生産する多糖の構造は、キチンのようなβ-1,4結合のポリマーではないことが示唆された。
【0058】
現在報告されている天然に存在するN-アセチル-D-グルコサミンのポリマーは、N-アセチルグルコサミンがβ-1,4結合で直鎖状に結合したキチン、および、β-1,6結合で直鎖状に結合したPIA(polysaccharide intercellular adhesin)のみであり、NB2EPSは、新規構造を有する多糖であると考えられる。
【0059】
本発明は、上述の実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、実施例中の技術的特徴は、上述の課題の一部または全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部または全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
図1
図2
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図4
図5
図6
図7
図8
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図10
図11
図12