(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024046937
(43)【公開日】2024-04-05
(54)【発明の名称】歯車およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
F16H 55/17 20060101AFI20240329BHJP
C21D 7/06 20060101ALI20240329BHJP
C21D 9/32 20060101ALI20240329BHJP
F16H 55/06 20060101ALI20240329BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20240329BHJP
C22C 38/22 20060101ALN20240329BHJP
【FI】
F16H55/17 Z
C21D7/06 A
C21D9/32 A
F16H55/06
C22C38/00 301Z
C22C38/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022152319
(22)【出願日】2022-09-26
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹内 悠太
(72)【発明者】
【氏名】浅田 崇史
(72)【発明者】
【氏名】松本 伸彦
(72)【発明者】
【氏名】樽谷 一郎
【テーマコード(参考)】
3J030
4K042
【Fターム(参考)】
3J030AA12
3J030AC10
3J030BA01
3J030BA02
3J030BA05
3J030BC03
3J030BC10
3J030CA10
4K042AA18
4K042BA03
4K042BA04
4K042BA09
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA15
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA06
4K042DB01
4K042DB04
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD02
4K042DD03
4K042DE02
4K042DE06
4K042EA01
(57)【要約】
【課題】歯元側(特に隅肉部)の曲げ(疲労)強度の向上を図れる歯車を提供する。
【解決手段】本発明は、歯元側の隅肉部は、表面から200μm深い位置における圧縮残留応力が600MPa以上ある歯車である。その最表面付近における圧縮残留応力も600MPa以上あるとよい。大きな圧縮残留応力は歯元側だけに付与されていてもよく、例えば、歯末面の圧縮残留応力は、表面から200μm深い位置で400MPa以下でもよい。このような歯車は、少なくとも歯元側の隅肉部をレーザピーニングして得られる。歯車は、平歯車やはすば歯車等の円筒歯車の他、かさ歯車や食い違い歯車でもよい。本発明の歯車は、例えば、減速機、変速機、駆動切替装置、伝動機等に利用される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯元側の隅肉部は、表面から200μm深い位置における圧縮残留応力が600MPa以上ある歯車。
【請求項2】
前記隅肉部は、最表面付近における圧縮残留応力が600MPa以上ある請求項1に記載の歯車。
【請求項3】
歯末面は、表面から200μm深い位置における圧縮残留応力が500MPa以下である請求項1に記載の歯車。
【請求項4】
少なくとも歯元側の隅肉部をレーザピーニングして請求項1~3のいずれかに記載の歯車を得る製造方法。
【請求項5】
前記レーザピーニングは、歯末面になされない請求項4に記載の歯車の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯車等に関する。
【背景技術】
【0002】
動力伝達、減速、変速等は、通常、噛合する少なくとも一対の歯車(歯車列)を備えた歯車装置によりなされる。このような歯車は、高負荷を受けつつ高速回転することが多く、曲げ強さ、歯面強さ、耐摩耗性等の機械的特性が求められる。
【0003】
このため、歯車(「歯」または「歯面」)の機械的特性の向上や確保に関する提案は多くなされており、例えば、下記の特許文献に関連する記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014-210294
【特許文献2】特開2013-241961
【特許文献3】特開2009-236822
【特許文献4】特開平6-172852
【特許文献5】特開平5-93224
【特許文献6】特開昭61-55470
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1~4には、ショットピーニングによる歯面の表面改質に関する記載がある。特許文献1は歯面疲労強度(ピッチング強度)の向上を目的としており、特許文献2は歯面のなじみ性(平滑化)の向上を目的としている。特許文献3は、熱処理後のショットピーニングによる圧縮残留応力の評価方法を提案している。特許文献4は、投射されるショットの弾道上にスリットを介在させて、圧縮残留応力を付与する歯底部以外の表面損傷を抑止している。
【0006】
このようなショットピーニングでは、表面から浅い領域(高々深さ100μm以下さらには75μm以下の範囲)に圧縮残留応力が付与されるに過ぎず、深い領域(例えば深さ150μm超)まで圧縮残留応力を付与できない。
【0007】
特許文献5では、浸炭焼入・焼戻した歯底部をさらに高周波焼入れ(再加熱処理)している。この場合でも、表面から浅い領域(深さ100μm以下の範囲)にしか圧縮残留応力が付与されない(特許文献5の
図3参照)。
【0008】
特許文献6では、隅角部を含む歯底面に加工硬化層を形成し、隅角部より上方の歯面に焼入硬化層を形成している。この場合、歯元側の硬さを他部よりも小さくして歯元側の靱性向上(高寿命化)を図れても、歯元側の曲げ強度の向上は図れない。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来とは異なる手法により、曲げ(疲労)強度の向上を図れる歯車等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、レーザピーニングによる圧縮残留応力の局所的な付与により、歯の曲げ(疲労)強度を効率的に向上させ得ることを見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《歯車》
本発明は、歯元側の隅肉部は、表面から200μm深い位置における圧縮残留応力が600MPa以上ある歯車である。
【0012】
本発明の歯車は、少なくとも歯元側の隅肉部において、従来の歯車には観られなかった深い位置にまで大きな圧縮残留応力が付与されている。これにより、噛合する歯の隅肉部に作用する引張応力が低減され、隅肉部付近で生じ得る応力集中や亀裂進展等が抑制されて、曲げ(疲労)強度に優れた歯車(単に「高強度歯車」という。)が得られる。
【0013】
《歯車の製造方法》
本発明は歯車の製造方法としても把握される。例えば、本発明は、少なくとも歯元側の隅肉部をレーザピーニングして、上述した歯車が得られる製造方法でもよい。レーザピーニングは、歯元側の表面(隅肉部、歯元面、歯底面等)にだけなされて、歯先側の歯面(歯末面)等にはなされなくてもよい。これにより、大きな引張応力が集中的に作用する部位だけに、大きな圧縮残留応力を深くまで効率的に付与できる。
【0014】
レーザピーニングによれば、ショットピーニングと異なり、レーザ照射が可能な限り、隅肉部等のような局所や狭所にも表面改質を適確に行える。例えば、レーザピーニングによれば、ショットピーニングで生じ得る処理不要な部分(例えば歯先側)の粗面化や損傷(欠損)等も回避できる。
【0015】
なお、歯車の表面改質処理は、レーザピーニングのみでもよいし、熱処理(浸炭(浸窒)焼入れ、窒化等)やショットピーニングとレーザピーニングを組み合わせてなされてもよい。
【0016】
《歯車装置》
本発明は、噛合する少なくとも一対の歯車を備える歯車装置としても把握される。その少なくとも一つの歯車の隅肉部に、上述した圧縮残留応力の付与、またはレーザピーニングによる表面改質処理がなされているとよい。
【0017】
《その他》
(1)本明細書でいう「隅肉部」は、30°接線法(HOFER)により定まる危険断面と歯元側の表面(歯面または歯底面)との交線を含む領域である。危険断面は、特に断らない限り、正・負の転位量を問わず、30°接線法により定める。敢えていえば、隅肉部は、その交線を含み、全幅が5mm以内、3mm以内さらには1.5mm以内である歯幅方向へ延在する帯状領域と考えてもよい。本明細書でいう「隅肉部」は、適宜、最表面のみならず、深さを有する表面近傍域(例えば、表面からの深さが1mmさらには0.8mmの範囲)も含む。
【0018】
圧縮残留応力の付与や表面改質処理は、隅肉部のみに限らず、噛合時に大きな引張応力が生じる範囲になされてもよい。例えば、危険断面に生じる最大主応力の50%以上となる主応力が作用する範囲、歯底円(通常、歯溝の最深位置)から基準円(ピッチ円)に至る範囲、歯底から噛み合い開始点(噛み合い開始径と歯面の交線)に至る範囲などが対象とされてもよい。なお、歯車に作用する最大主応力値は数値解析により求められ得る。
【0019】
また、圧縮残留応力の付与や表面改質処理は、各歯の両側になされてもよいし片側になされてもよい。歯車の回転方向や歯面へ作用する力の方向が限定的または偏在的な場合、大きな引張応力が作用する一方側のみが対象とされてもよい。
【0020】
(2)本明細書でいう歯車に係る名称等は、特に断らない限り、日本産業規格(JIS)の規定に基づく(例えばJIS B0102等)。また、歯筋に直交する歯断面(二次元)に基づいて、適宜、「~面」を「~線」、「~線」を「~点」という。例えば、危険断面と歯面の交線を危険断面点、かみ合い開始線をかみ合い開始点等という。
【0021】
(3)特に断らない限り、本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。特に断らない限り、本明細書でいう「x~yMPa」はxMPa~yMPaを意味する。他の単位系についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】噛合する平歯車(解析モデル)に作用する主応力の分布を示す。
【
図2B】そのはすば歯車に予め付与した残留応力分布を示す。
【
図3】表面改質処理した試験片に生じた残留応力の分布を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、歯車やその製造方法などに適宜該当し得る。方法に関する構成要素も物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0024】
《歯車》
(1)歯形
歯形は、インボリュート歯形、サイクロイド歯形、トロコイド歯形等のいずれでもよい。歯は、外歯でも内歯でもよい。歯車は、標準歯車でも転位歯車でもよい。本明細書では、適宜、代表的なインボリュート歯形の標準歯車(外歯)を例示しつつ説明する。
【0025】
(2)形態等
歯車は、その形態、分類、種類等を問わない。歯車は、円筒歯車、かさ歯車、食違歯車等のいずれでもよい。円筒歯車(平行軸歯車)は、例えば、平歯車、内歯車、はすば歯車、やまば歯車ラック、はすばラック等である。かさ歯車(交差軸歯車)は、例えば、すぐばかさ歯車、まがりばかさ歯車等である。食違歯車(食違軸歯車)は、例えば、ねじ歯車、円筒ウォームギヤ等である。
【0026】
(3)材質
表面から深い位置まで大きな圧縮残留応力が付与される高強度歯車は、通常、鋼材(焼結材、鋼材を母材とする複合材等を含む。)からなる。鋼材の化学組成は、歯車の仕様、熱処理の種類等に応じて適宜選択される。熱処理がなされる歯車は、通常、合金鋼からなる。浸炭(浸窒)焼入れ、窒化等がなされる歯車には、例えば、肌焼き鋼のように、炭素量が少ない合金鋼(C≦0.35%、さらには0.25%)が用いられる。
【0027】
鋼材の化学組成は、例えば、その全体を100質量%(単に「%」という。)として、C:0.1~0.35%さらには0.15~0.25%である。また、Mo:0.1~0.35%さらには0.15~0.25%と、Cr:0.5~1.5%さらには0.9~1.2%との少なくとも一方が含まれるとよい。Mn:0.4~1.2%さらには0.6~0.9%、Si:0.1~0.4%さらには0.15~0.35%などが含まれてもよい。
【0028】
(4)歯面
歯面には、例えば、表面から深さ100~2500μm、200~2000μmさらには500~1000μmの範囲に有効硬化層が形成されているとよい。有効硬化層の深さは、最表面から550HVとなる位置までの距離である(JIS G 0557)。ビッカース硬さや有効硬化層深さは、例えば、任意に選択した5箇所における測定値の算術平均値から特定される。
【0029】
有効硬化層は、例えば、高周波焼入、窒化(軟窒化含む)、浸炭焼入、浸炭窒化等の表面硬化処理により形成される。このような表面硬化処理は、レーザピーニング前になされるとよい。その処理後の最表層は、例えば、ビッカース硬さが600HV以上、700HV以上さらには800HV以上あるとよい。
【0030】
(5)残留応力
歯車は、少なくとも隅肉部に所定の圧縮残留応力が付与されているとよい。具体的にいうと、最表面から200μm深い位置で、圧縮残留応力が600MPa以上(「残留応力が-600MPa以下」と同義、以下同様)、650MPa以上、700MPa以上さらには750MPa以上あるとよい。また、最表面付近でも、圧縮残留応力が600MPa以上、650MPa以上、700MPa以上さらには750MPa以上あるとよい。最表面付近と200μm深さ位置との中間域や他領域における圧縮残留応力の分布は問わない。敢えていうなら、最表面側の圧縮残留応力が、その内側(例えば、200μm深さ位置)の圧縮残留応力より大きいと、歯車の曲げ強度が向上し易い。
【0031】
圧縮残留応力は、大きな引張応力が作用し得る領域にだけ付与されていてもよいし、歯表面に作用する引張応力に対応して分布していてもよいし、歯の略全面(隅肉部、歯底面を含む)に付与されていてもよい。通常、歯先側よりも歯元側で大きな引張応力が作用するため、歯先側の歯面(歯末面)における圧縮残留応力は、200μm深さ位置で500MPa以下、450MPa以下さらには400MPa以下でもよい。
【0032】
《レーザピーニング》
レーザピーニングにより、深くまで大きな圧縮残留応力を付与できる。圧縮残留応力は、パルスレーザの照射により生じたアブレーションの膨脹抑制に起因するプラズマ衝撃波によって付与される。アブレーションは、レーザの照射域にある原子等が、気化、蒸発、蒸散、飛散等して放出される現象である。このとき放出される粒子(放出粒子)は、電離した荷電粒子(狭義のプラズマ)には限られないが、アブレーションにより生じる衝撃波を適宜「プラズマ衝撃波」という。
【0033】
パルスレーザは、アブレーションを生じさせ得るパワー密度(エネルギー密度/フルエンス)をもつ短パルスレーザであるとよい。パワー密度は、例えば、1~100GW/cm2、2~50GW/cm2さらには3~25GW/cm2である。パワー密度は、レーザ出力をレーザスポット面積で除して求まる。パルス幅は、例えば、0.1~100ns、1~50nsさらには3~10nsである。
【0034】
パルスレーザの波長は、鋼材に対する吸収率が大きく、アブレーションの膨脹を抑止する物質(透明体)に対する透過率が大きいとよい。例えば、1100~300nmさらには700~400nmである。本明細書でいう波長は、基本波長でも、変換後の波長(第2高調波、第3高調波等)でもよい。基本光源に代表的なYAGレーザを用いる場合、例えば、基本波長:1064nm、第2高調波:532nmまたは第3高調波:355nmのパルスレーザが利用される。
【0035】
基本光源となるレーザ(媒質)の種類は問わず、固体レーザ、気体レーザ、液体レーザ等のいずれでもよい。Nd:YAGレーザ、Nd:YVO4レーザ、Yb:fiberレーザなどの固体レーザが多用される。半導体レーザ(GaAs、GaAlAs、GaInAs等)を基本光源としてもよい。
【0036】
パルスレーザを照射する繰返し周波数は、例えば、1~50Hz、4~25Hzさらには7~15Hzである。繰返し周波数は、1秒間に照射されるパルス数である。パルスレーザのカバレージは、例えば、100~15000%、500~12000%さらには1000~9000%である。カバレージ(Cv)は、単位面積あたりのレーザ重畳率(%)であり、次式により算出される。
Cv=100×Ap×Np(%)、
Ap:スポット面積(mm2)、Np:照射密度(パルス数/mm2)
【0037】
カバレージ(Cv)は、換言すると、被処理面(歯表面)の面積(S)に対して、レーザ照射がなされた総面積(A)の割合である。レーザビームの断面形状が円形である場合、Ap=πd2/4、A=Ap×N(d:スポット径、N:照射されたパルス総数)となり、Cv=100×A/S=100×Ap×N/S(%)となる。
【0038】
繰返し周波数やカバレージは、過大であると処理効率が低下し、過小であると圧縮残留応力が低下し得る。
【0039】
レーザ照射域の移動速度(レーザの走査速度)、移動する照射域を重畳させる割合(パルスラップ率)などは適宜調整される。繰返し周波数にも依るが、走査速度は、例えば、0.1~5000mm/sさらには1~1000mm/s、パルスラップ率は、例えば、10~100%未満さらには20~95%である。
【0040】
レーザ照射は、アブレーションまたはプラズマにより生じる膨脹が抑制される雰囲気下でなされるとよい。これにより、被処理面に大きな衝撃力が作用して、深くまで大きな圧縮残留応力が付与される。具体的にいうと、パルスレーザが照射される被処理面は、透明体(例えば、水や油等の液体、ガラスや樹脂等の固体)で覆われているとよい。透明体は、膜状(例えば、液膜、ガラスや樹脂等のコーティング)でもよいが、水等の液体であると、形状が複雑な歯の表面も容易に覆うことができる。
【0041】
《歯車装置》
本発明の歯面を備えた装置として、例えば、減速機、変速機、駆動切替装置、伝動機等がある。具体的にいえば、マニュアルトランスミッション(MT)、オートマチックトランスミッション(AT)等である。
【実施例0042】
噛合する歯車の隅肉部に作用する主応力と、その主応力に及ぼす圧縮残留応力の影響とを数値解析により評価した。また、表面改質処理により歯の表面へ導入され得る圧縮残留応力の分布を実験により調べた。このような具体例に基づいて、以下で本発明をより詳細に説明する。
【0043】
[第1実施例/数値解析1]
図1に示す断面形状の平歯車対について、噛合する歯に作用する主応力を次のような数値解析により求めた。
【0044】
(1)モデル
各歯車は同形状の標準平歯車(転位なし)とした。その諸元は、モジュール:2、歯数:25、圧力角:20°、歯先円直径:54mm、歯底円直径:45mm、基準円(ピッチ円)直径:50mm、隅肉部の曲率半径(隅R):0.76mm、歯幅(軸方向の厚さ):20mmとした。各歯形は、径方向に延在する中心線(対称線)に関して対称なインボリュート歯形(外歯)とした。
図1中には、30°接線法に基づく危険断面点(対称線から30°をなす線分が隅肉部の円弧に内接する位置)も併せて示した。
【0045】
(2)条件
歯車の材料特性は、鋼材を想定して、ヤング率:200GPa、ポアソン比:0.3、密度:7.874×10-6kg/mm3、歯車面間の摩擦係数:0.1とした(他の実施例も同様)。
【0046】
駆動側の歯車(
図1の下側歯車)は15rpmの強制回転、非駆動側の歯車(
図1の上側歯車)の負荷トルクは30Nm(反回転方向)とした。境界条件として、歯内側は剛体拘束、回転中心と歯内側はカップリング拘束とした。数値解析は、ソフトウエア:Abaqus(ダッソーシステムズ株式会社)を用いて、有限要素法および動的陽解法により行なった。(他の実施例も同様)。
【0047】
(3)評価
基準円上で噛合する駆動側の歯車(歯幅中央付近)に発生する主応力を上述した数値解析により求めた。それにより得られたコンター図を
図1に併せて示した。なお、引張応力は正値、圧縮応力は負値で示した(残留応力も同様)。
【0048】
図1から明らかなように、噛合している歯面には、歯底円との交点(歯底)付近から、基準円との交点(ピッチ点)付近にかけて、引張の主応力が発生している。また、隅肉部(危険断面点付近)で引張の最大主応力が発生していた。
【0049】
これらの結果から、少なくとも隅肉部に、さらにいえば、かみ合い開始点(若しくはピッチ点)から歯底付近までの範囲に、圧縮残留応力を付与することにより歯の曲げ強度を向上させ得ると推察される。
【0050】
[第2実施例/数値解析2/試料20~25]
図2Aに示す一対のはすば歯車について、噛合する歯に作用する主応力を次のような数値解析により求めた。
【0051】
(1)モデル
いずれの歯形もインボリュート歯形とした。各歯車の諸元は次の通りとした。
【0052】
駆動側の小歯車は、モジュール:2.03、歯数:29、圧力角:18°、ねじれ角:27°、歯先円直径:71.5mm、歯底円直径:59.3mm、基準円(ピッチ円)直径:66.1mm、隅肉部の曲率半径:0.76mm、歯幅:12.5mmとした。
【0053】
非駆動側の大歯車は、モジュール:2.03、歯数:43、圧力角:18°、ねじれ角:27°、歯先円直径:103.4mm、歯底円直径:91.2mm、基準円(ピッチ円)直径:98.0mm、隅肉部の曲率半径:0.76mm、歯幅:20mmとした。
【0054】
(2)条件
駆動側の小歯車(
図2Aの上側歯車)は15rpmの強制回転、非駆動側の大歯車(
図1の上側歯車)の負荷トルクは100Nm(反回転方向)とした。境界条件として、歯内側は剛体拘束(
図2A中の破線部分)、回転中心と歯内側はカップリング拘束とした。小歯車の歯元側の格子メッシュ層には、
図2Bに示す残留応力分布に相当する静水圧応力を予め付与した。最表面と最表面から深さ200μmの位置(単に「200μm深さ」という。)における初期残留応力値(単に「残留応力」という。)は表1にも示した。
【0055】
試料20は残留応力が全体的に零であり、試料21~23は最表面における残留応力が異なるが200μm深さにおける残留応力が略同等であり、試料24、25は最表面における残留応力が略同等で200μm深さにおける残留応力が異なる。歯車の材料特性、解析手法等は既述した通りとした。
【0056】
(3)評価
各試料の小歯車(歯幅中央付近)の歯元側(隅肉部)に発生する最大主応力(解析値)を表1に併せて示した。試料21~25については、試料20に対する最大主応力の低下率も併せて示した。
【0057】
表1から明らかなように、先ず、予め付与した残留応力により、隅肉部に生じる最大主応力が大幅に低減されることが分かった。
【0058】
次に、試料21と試料22~25の比較から、最表面の圧縮残留応力が大きいほど、隅肉部に生じる最大主応力も低減されることが分かった。
【0059】
さらに、試料22、24、25の比較から、最表面の圧縮残留応力が同等でも、200μm深さの圧縮残留応力が大きいほど、隅肉部に生じる最大主応力が低減されることも分かった。
【0060】
これらから、歯元側の隅肉部において、最表面と200μm深さにおける圧縮残留応力が大きいほど、歯の曲げ強度を向上させられると推察される。
【0061】
[第3実施例/実験/試料30~32]
表面改質処理により基材表面付近に付与される残留応力を、試料を実際に製作して調査した。具体的には次の通りである。
【0062】
《試料の製作》
(1)基材
肌焼き鋼(JIS SCM420)からなる基材(50×25×10mm)の表面に、次のような改質処理を施した。
【0063】
(2)熱処理
基材表面にガス浸炭(930℃×160分間)した試験片(試料30)を製作した。このとき、CP(carbon potential):0.7~1.2とした。浸炭処理後の基材(850℃)を油(130℃)に浸漬して急冷した。油焼入れ後の基材を低温焼戻し(160℃×90分間)した。
【0064】
(3)ショットピーニング
試験片(試料30)の浸炭表面に、次のような二段ショットピーニングを施した試験片(試料31)も製作した。
【0065】
一段目のショットピーニングは、投射材(鋼球、硬さ:700HV、粒径:0.6mm)を空気圧:0.3MPaで試験片の表面に吹き付けた。このとき、カバレージ:300%とした。さらに、その試験片表面へ、投射材(鋼球、硬さ:700HV、粒径:0.1mm)を空気圧:0.2MPaで、カバレージ:300%となるまで吹き付けて、二段目のショットピーニングを行なった。
【0066】
(4)レーザピーニング
試験片(試料30)の表面に、次のようなレーザピーニングを施した試験片(試料32)も製作した。
【0067】
純水(透明体)を入れた水槽中へ試験片を配置し、被処理面(浸炭表面)へパルスレーザを照射した。この際、Nd;YAGの第二高調波(波長:532nm)を光源として、パルス幅:6ns、パワー密度:17GW/cm2、スポット径(照射域):1.0mm、繰返し周波数:10Hz、カバレージ:7700%とした。
【0068】
《測定》
各試料の表面近傍(表層域)にある圧縮残留応力(MPa)を、X線応力測定装置(パルステック工業株式会社製μ-X360s)により測定した。測定は、Cosα法により、X線源:Cr-Kα、管電圧:30kV、管電流:1.5mA、コリメータ径:φ1mm、測定格子面:(211)として行った。こうして得られた最表面から1000μm深さまでの残留応力分布を
図3にまとめて示した。なお、残留応力は、X線の侵入深さ(約5μm)とコリメータ径(φ1mm)からなる領域における平均値である。
【0069】
《評価》
図3から明らかなように、浸炭焼入れのみ(試料30)では、最表面に引張残留応力が生じ、200μm深さにおける圧縮残留応力も高々300MPa程度に留まった。
【0070】
二段ショットピーニングした場合(試料31)、最表面の圧縮残留応力が700MPa程度となったが、200μm深さにおける圧縮残留応力は、浸炭焼入れのみの場合と同様に300MPa程度に留まった。
【0071】
一方、レーザピーニングした場合(試料32)、最表面の圧縮残留応力が1020MPa程度であると共に、200μm深さにおける圧縮残留応力も約700MPa程度となった。つまり、レーザピーニングによれば、ショットピーニングと異なり、最表面付近のみならず、内部深くまで、大きな圧縮残留応力を付与できることがわかった。
【0072】
《考察》
第1実施例~第3実施例を総合的に考察すると、歯元側の隅肉部にレーザピーニングを施すことにより、隅肉部(危険断面付近)の最大主応力(引張応力)を大幅に低減でき、曲げ強度に優れた歯車が得られることが確認された。
【0073】