(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024047158
(43)【公開日】2024-04-05
(54)【発明の名称】アルマイトの染色方法
(51)【国際特許分類】
C25D 11/18 20060101AFI20240329BHJP
C25D 11/04 20060101ALI20240329BHJP
【FI】
C25D11/18 305
C25D11/04 302
C25D11/18 301F
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022152617
(22)【出願日】2022-09-26
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】500322228
【氏名又は名称】株式会社長尾製作所
(71)【出願人】
【識別番号】591224788
【氏名又は名称】大分県
(74)【代理人】
【識別番号】100114627
【弁理士】
【氏名又は名称】有吉 修一朗
(74)【代理人】
【識別番号】100182501
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 靖之
(74)【代理人】
【識別番号】100175271
【弁理士】
【氏名又は名称】筒井 宣圭
(74)【代理人】
【識別番号】100190975
【弁理士】
【氏名又は名称】遠藤 聡子
(72)【発明者】
【氏名】長尾 浩司
(72)【発明者】
【氏名】川野 光
(72)【発明者】
【氏名】江田 善昭
(72)【発明者】
【氏名】谷口 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】安友 政登
(72)【発明者】
【氏名】上野 竜太
(57)【要約】 (修正有)
【課題】発色性に優れたカラーアルマイトを提供することができるカラーアルマイト及びアルマイトの染色方法を提供する。
【解決手段】アルマイトの染色方法は、染液調製工程と、陽極酸化処理工程と、吸着処理工程と、着色処理工程を備える。染液調整工程では、ヒドロキシル体インジゴを含む、沈殿の生じた懸濁液に蒸留水を加え、遠心分離して沈殿を得た。この沈殿にエタノールを加え、沈殿を溶解させて染色液とした。吸着処理工程では、染液調整工程で調整した染色液に、陽極酸化処理工程を経たアルマイトを浸漬して、染色液に含まれるヒドロキシル体インジゴを、アルマイト皮膜の細孔中に吸着させる。着色処理工程では、吸着処理工程にて染色液に浸漬したアルマイトを、染色液から引き上げて、付着したエタノールを乾燥させ、アルマイトを空気酸化させ、アルマイト皮膜の微細な細孔内に吸着したヒドロキシル体インジゴを酸化し、ケトン体インジゴにした。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケトン体インジゴが固定されたカラーアルマイト。
【請求項2】
前記ケトン体インジゴは、アルミニウムの陽極酸化皮膜の細孔内に固定された
請求項1に記載のカラーアルマイト。
【請求項3】
前記細孔内に、ケトン体インジルビンが固定された
請求項1及び請求項2に記載のカラーアルマイト。
【請求項4】
前記細孔は、細孔径分布にて、実質的な孔径が5nm~25nmの範囲内である
請求項2に記載のカラーアルマイト。
【請求項5】
ケトン体インジゴ及びケトン体インジルビンが固定されたカラーアルマイト。
【請求項6】
アルミニウムの陽極酸化皮膜の細孔内に、所定の着色剤前駆物質を吸着させる吸着工程と、
前記吸着工程の後、化学反応により前記所定の着色剤前駆物質をケトン体インジゴに変化させる着色工程とを備える
アルマイトの染色方法。
【請求項7】
前記所定の着色剤前駆物質は、ヒドロキシル体インジゴを含み、
前記化学反応は、酸化反応である
請求項6に記載のアルマイトの染色方法。
【請求項8】
前記吸着工程では、前記ヒドロキシル体インジゴを有機溶剤に溶解させて染色液として用いる
請求項7に記載のアルマイトの染色方法。
【請求項9】
前記ヒドロキシル体インジゴは、天然藍由来のインジゴを還元して得られたアルコキシド体インジゴを含む溶液をろ過または遠心分離すると共に、その上清を還元して得られた
請求項7または請求項8に記載のアルマイトの染色方法。
【請求項10】
前記所定の着色剤前駆物質は、ヒドロキシル体インジルビンを含み、
前記着色工程では、前記ヒドロキシル体インジルビンを、ケトン体インジルビンに変化させる
請求項6または請求項7に記載のアルマイトの染色方法。
【請求項11】
前記所定の着色剤前駆物質は、インジゴゾールOを含み、
前記化学反応は、酸化反応である
請求項6に記載のアルマイトの染色方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカラーアルマイト及びアルマイトの染色方法に関する。詳しくは、ケトン体インジゴをアルマイトの細孔に封入し、発色性に優れたカラーアルマイトを提供することができるカラーアルマイト及びアルマイトの染色方法に係るものである。
【背景技術】
【0002】
従前より、アルミニウムの表面処理方法として陽極酸化法を用いて、アルミニウムを着色することが行われている。
【0003】
この陽極酸化法では、染色対象であるアルミニウムの表面に、微細な細孔を持つ酸化アルミニウム(アルマイト)皮膜を形成して、表面硬度を向上させると共に、この微細な細孔内に着色剤を吸着させ、沸騰水、または、酢酸ニッケルや酢酸コバルトなどによって細孔を封孔することで着色を安定化させることができる。
【0004】
また、着色されたアルマイトは、カラーアルマイトと呼ばれ、種々の発色成分を用いてアルミニウムを着色する方法が提案されている(例えば、特許文献1及び特許文献2参照)。
【0005】
また、近年、カラーアルマイトの処理において、伝統的な染色材料の一つである藍で着色するニーズがある。藍を用いた染色技法や本技法で染められた布地は藍染めと呼ばれ、古くから親しまれてきた。そのため、アルミニウムを藍で着色することにより、伝統と現在のアルミニウムの融合製品として製品の付加価値が向上することが期待できる。
【0006】
ここで、藍の染色成分はインジゴ((E)-[2,2'-biindolinylidene]-3,3'-dione))である。タデ科植物などに含まれているインドキシル(1H-indol-3-ol)の配糖体であるインジカン((2S,3R,4S,5S,6R)-2-((1H-indol-3-yl)oxy)-6-(hydroxymethyl)tetrahydro-2H-pyran-3,4,5-triol)が、酵素によって加水分解してインドキシルとなり、さらに酸化してインジゴになる。また、インジゴは、天然藍由来の成分や、化学合成したインジゴが、染料として一般的に用いられている。
【0007】
なお、以下、インジゴ((E)-[2,2'-biindolinylidene]-3,3'-dione))については、その官能基に基づき、「ケトン体インジゴ」と称するものとする。
【0008】
このケトン体インジゴは、濃紺色であるが、水に不溶であり、生地を染色する場合、そのままでは染色できないので、これをアルカリ下で還元して、水に可溶なロイコ体インジゴ(Disodium(E)-[2,2'-biindolinylidene]-3,3'-bis(olate))にして、生地の繊維に染み込ませることが可能となる。
【0009】
なお、以下、ロイコ体インジゴについては、その官能基に基づき、「アルコキシド体インジゴ」と称するものとする。
【0010】
そして、生地に染み込ませたアルコキシド体インジゴを空気中の酸素で酸化することによって、青色のケトン体インジゴにする方法が古来より行われている。この方法は、建て染めと呼ばれ、生地に対して、繰り返し染色操作をすることで、藍色の濃さを調整することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2005-517090号公報
【特許文献2】特公昭46-22843号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ここで、生地を藍染めする手法である建て染めを、カラーアルマイトに適用しようとした場合、アルミニウム及びその酸化物は、両性金属及び両性化合物であり、アルカリ性のアルコキシド体インジゴを作用させるとアルマイトが変質してしまうため、この方法ではアルミニウムを染色することができなかった。
【0013】
また、ケトン体インジゴを溶解力の高い有機溶媒に溶かして染色しようとすると、DMSO(ジメチルスルホキシド)やDMF(N,Nジメチルホルムアミド)などの強極性溶媒により、濃紺色の溶液が得られるが、溶液中でインジゴの分子が凝集しやすく、単分子の状態になりにくいため、アルマイトの微細な細孔の中に、ケトン体インジゴを充分に吸着させることができなかった。
【0014】
また、特許文献2に記載された方法では、アルミニウムを陽極酸化処理し、陽極酸化溶液を水洗して乾燥させ、その後、インジゴ系等の水に不溶性の色素を濃硫酸に溶解した溶液に、アルミニウムを浸漬させて色素を吸着させるが、乾燥が不充分なまま濃硫酸に浸すと、水と濃硫酸が激しく反応し、発熱や突沸が生じるため、染色の前に充分に乾燥させる必要があった。
【0015】
一方で、陽極酸化処理をしたアルミニウムは速やかに染色する必要があり、時間の経過と共に、染色されにくくなってしまうが、上記のとおり、特許文献2に記載された方法では、染色処理の前の乾燥に時間を要するため、充分に染色できないおそれがあった。
【0016】
また、特許文献2に記載された方法では、強力な脱水作用で皮膚や粘膜に薬傷を生じる濃硫酸を用いるため、処理時の取り扱いに充分に注意しなければならなかった。また、濃硫酸の廃液の処理のために、多量のアルカリ溶液が必要となる問題もあった。
【0017】
このように、従前の技術では、ケトン体インジゴをカラーアルマイトの染料として用い、インジゴ単体でアルミニウムを、紺色や青色、または、藍色に充分に着色することが困難であった。
【0018】
本発明は、以上の点に鑑みて創案されたものであり、ケトン体インジゴをアルマイトの細孔に封入し、発色性に優れたカラーアルマイトを提供することができるカラーアルマイト及びアルマイトの染色方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上述した目的を達成するために、本発明のカラーアルマイトは、ケトン体インジゴが固定されたことを特徴としている。
【0020】
ここで、カラーアルマイトにケトン体インジゴが固定されたことによって、紺色や青色、または、藍色等のケトン体インジゴにより生じる藍本来の色でアルミニウムを呈色させ、かつ、充分に着色したカラーアルマイトとすることができる。
【0021】
また、ケトン体インジゴが、アルミニウムの陽極酸化皮膜の細孔内に固定された場合には、ケトン体インジゴを細孔内に吸着させ、これを封孔することで、着色した状態を安定化させることができる。
【0022】
また、細孔内に、ケトン体インジルビンが固定された場合には、ケトン体インジゴの青色系統の発色に加えて、ケトン体インジルビンに由来する赤色や赤紫色を含めて、アルマイトを呈色させることができる。このケトン体インジルビンの赤色系統の色が含まれることで、合成インジゴではなし得ず、天然藍由来の成分で生地を染色した際に見られるような、自然な風合いを生じるカラーアルマイトにすることができる。
【0023】
また、細孔が、細孔径分布にて、実質的な孔径が5nm~25nmの範囲内である場合には、アルミニウムの陽極酸化皮膜の細孔の大部分に、ケトン体インジゴを内包させ、吸着させることができる。なお、ここでいう実質的な孔径とは、細孔径分布において、分布の割合の大部分を占める孔径を指すが、同大部分を占める孔径から外れた孔径として、少数が存在することを含むことを意味している。
【0024】
また、上述した目的を達成するために、本発明のカラーアルマイトは、ケトン体インジゴ及びケトン体インジルビンが固定されたことを特徴としている。
【0025】
ここで、カラーアルマイトに、ケトン体インジゴ及びケトン体インジルビンが固定されたことによって、ケトン体インジゴに由来する青色系統の色と、ケトン体インジルビンに由来する赤色系統の色を含めて、アルマイトを呈色させることができる。これにより、合成インジゴではなく、天然藍由来の成分で生地を染色した際に見られるような、自然な風合いを生じるカラーアルマイトにすることができる。
【0026】
また、上述した目的を達成するために、本発明のアルマイトの染色方法は、アルミニウムの陽極酸化皮膜の細孔内に、所定の着色剤前駆物質を吸着させる吸着工程と、前記吸着工程の後、化学反応により前記所定の着色剤前駆物質をケトン体インジゴに変化させる着色工程とを備える。
【0027】
ここで、吸着工程で、アルミニウムの陽極酸化皮膜の細孔内に、所定の着色剤前駆物質を吸着させることによって、染色成分となる物質を、アルミニウムの細孔内に効率よく充填することが可能となる。即ち、アルミニウムの陽極酸化皮膜の細孔の孔径サイズより、小さな所定の着色剤前駆物質を用いることで、多数の細孔の中に、着色剤前駆物質を入れることが可能となる。
【0028】
また、着色工程で、吸着工程の後、化学反応により所定の着色剤前駆物質をケトン体インジゴに変化させることによって、アルミニウムの陽極酸化皮膜の細孔の中で、着色剤前駆物質はケトン体インジゴに変化し、多数の細孔の中に、ケトン体インジゴが入った状態とすることができる。また、これを細孔内に封入することで、ケトン体インジゴで充分に染色されたカラーアルマイトとすることができる。
【0029】
また、所定の着色剤前駆物質は、ヒドロキシル体インジゴを含み、化学反応は、酸化反応である場合には、陽極酸化処理をしたアルマイトを、ヒドロキシル体インジゴを含む溶液に浸漬する処理で、細孔内にヒドロキシル体インジゴを入れることができる。また、その後、浸漬後にアルマイトを乾燥させ、空気酸化させることで、容易に、ヒドロキシル体インジゴを、ケトン体インジゴに変化させ、ケトン体インジゴの色に着色させることができる。
【0030】
また、吸着工程で、ヒドロキシル体インジゴを有機溶剤に溶解させて染色液として用いる場合には、水に不溶なヒドロキシル体インジゴを有機溶剤で溶液状にして、陽極酸化処理をしたアルマイトに作用させやすくすることができる。
【0031】
また、ヒドロキシル体インジゴは、天然藍由来のインジゴを還元して得られたアルコキシド体インジゴを含む溶液をろ過または遠心分離すると共に、その上清を還元して得られた場合には、混在する天然藍を染色液に加工する工程で使用するカルシウム化合物の含量を減らすことができる。即ち、炭酸カルシウム等のカルシム化合物を、ろ過または遠心分離で除去して、原料中に含まれる含量を少なくすることができる。これにより、アルコキシド体インジゴを塩酸等で還元して、ヒドロキシル体インジゴに変化させる際に、カルシウム化合物と塩酸との反応を減らし、ヒドロキシル体インジゴの収量を高めることができる。この結果、アルミニウムの陽極酸化皮膜の細孔内にケトン体インジゴを効率よく吸着でき、一層、アルマイトを染色することができる。
【0032】
また、所定の着色剤前駆物質は、ヒドロキシル体インジルビンを含み、着色工程で、ヒドロキシル体インジルビンを、ケトン体インジルビンに変化させる場合には、陽極酸化処理をしたアルマイトの細孔内にヒドロキシル体インジルビンも入れることができる。また、細孔内で、ヒドロキシル体インジジルビンを、ケトン体インジルビンに変化させ、ケトン体インジゴの青色系統の発色に加えて、ケトン体インジルビンの色も含めて着色させることができる。このインジルビンの赤色系統の色が含まれることで、合成インジゴではなく、天然藍由来の成分で生地を染色した際に見られるような、自然な風合いを生じるカラーアルマイトにすることができる。
【0033】
また、所定の着色剤前駆物質は、インジゴゾールOを含み、化学反応は、酸化反応である場合には、陽極酸化処理をしたアルマイトを、インジゴゾールOを含む溶液に浸漬する処理で、細孔内にインジゴゾールOを入れることができる。また、その後、浸漬後にアルマイトを塩化鉄(III)や亜硝酸と反応させる酸化反応によって、容易に、インジゴゾールOを、ケトン体インジゴに変化させ、ケトン体インジゴの色に着色させることができる。また、インジゴゾールOは空気中で安定しており、かつ、水溶性の化合物であるため、吸着や着色の処理を容易なものにできる。なお、インジゴゾールOは、ヒドロキシル体インジゴに硫酸エステルナトリウム塩を反応させて合成することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明に係るカラーアルマイトは、ケトン体インジゴをアルマイトの細孔に封入し、発色性に優れたカラーアルマイトを提供することが可能なものとなっている。
また、本発明に係るアルマイトの染色方法は、ケトン体インジゴをアルマイトの細孔に封入し、発色性に優れたカラーアルマイトが提供可能な方法となっている。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図3】実施例1のアルマイト試験片におけるアルマイト皮膜のSEM像と、アルマイト細孔径分布のヒストグラムである。
【
図4】陽極酸化処理の条件を変えて処理したアルマイト試験片におけるアルマイト皮膜のSEM像と、アルマイト細孔径分布のヒストグラムである。
【
図5】染液原料として合成インジゴを用いる場合の染色液の調製のフローの一例と、染液原料として沈殿藍を用いる場合の染色液の調製のフローの一例を示した説明図である。
【
図6】吸引ろ過による沈殿をX線回折した測定結果を示す図である。
【
図7】実施例7に係るアルマイト染色表面切削物の赤外吸収スペクトルである。
【
図8】合成インジゴ試薬と比較例2の染色剤の赤外吸収スペクトルである。
【
図9】実施例8に係るアルマイト染色表面切削物の赤外吸収スペクトルである。
【
図10】実施例11に係る熱抽出ガスクロマトグラフ質量分析のマスクロマトグラフである。
【
図11】実施例12に係る薄層クロマトグラフィーの結果を示す写真および模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の実施の形態(以下、「実施の形態」と称する)について図面を参照しながら内容を説明し、本発明の理解に供する。本発明を適用したアルマイトの染色方法の一例であるアルマイトの染色方法の各工程と、本方法で製造されたカラーアルマイトについて説明する。
【0037】
なお、以下に示す実施の形態は、本発明の技術思想を具体化するための例示であって、本発明は以下の方法に特定されるものではない。また、本明細書は特許請求の範囲に示される部材を、実施の形態の内容に特定するものでは決してない。特に実施の形態に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は特に特定的な記載がない限りは、本発明の範囲をそれのみに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。なお、各図面が示す部材の大きさや位置関係等は、説明を明確にするため誇張していることがある。さらに以下の説明において、同一の名称、符号については同一もしくは同質の部材を示しており、詳細説明を適宜省略する。
【0038】
[本発明の第1の実施の形態]
本発明の第1の実施の形態であるアルマイトの染色方法は、染液調製工程と、陽極酸化処理工程と、吸着処理工程と、着色処理工程を備える。
【0039】
[染液調整工程]
染液調整工程では、ケトン体インジゴを含む染液原料から、ヒドロキシル体インジゴを含む染色液を調製する工程である(
図1参照)。
【0040】
なお、本発明の第1の実施の形態におけるケトン体インジゴとは、次式で示される化合物である。
【0041】
【0042】
また、本発明の第1の実施の形態におけるアルコキシド体インジゴとは、次式で示される化合物である。
【0043】
【0044】
また、本発明の第1の実施の形態におけるヒドロキシル体インジゴとは、次式で示される化合物である。
【0045】
【0046】
この染液調整工程では、水酸化ナトリウム溶液に、ケトン体インジゴを含む染液原料と、ハイドロサルファイトナトリウムを加え、ケトン体インジゴを還元し、アルコキシド体インジゴとした(
図1中の符号S1)。還元が進むと、褐色の溶液となり、時間と共に色が薄くなっていく。
【0047】
また、染液調整工程では、アルコキシド体インジゴを含む溶液に塩酸を加え、アルコキシド体インジゴを還元し、ヒドロキシル体インジゴとした(
図1中の符号S2)。塩酸を加えると、青緑色の沈殿が生じ、沈殿を含む懸濁液となった。このヒドロキシル体インジゴは中性である。
【0048】
また、染液調整工程では、ヒドロキシル体インジゴを含む、沈殿の生じた懸濁液に蒸留水を加え、遠心分離して沈殿を得た。また、この沈殿にエタノールを加え、沈殿を溶解させて染色液とした(
図1中の符号S3)。
【0049】
ここで、染液調整工程では、染液原料として、天然藍の葉に由来する沈殿藍や、合成インジゴを用いることができる。また、ここで使用する沈殿藍や合成インジゴは、既知の手法で調整された物質を用いることができる。
【0050】
また、必ずしも、染液調整工程では、ケトン体インジゴを含む染液原料を還元する際に、水酸化ナトリウム溶液と、ハイドロサルファイトナトリウムを用いる必要はなく、アルカリ下の還元処理であれば、種々の手法が採用しうる。例えば、染液原料を灰汁等の石灰と反応させる処理や、微生物の酵素を利用した発酵による処理等を採用することも可能である。
【0051】
[陽極酸化処理工程]
陽極酸化処理工程では、着色の対象となるアルミニウムを陽極で電解処理して、微細な細孔を持つ酸化アルミニウム(アルマイト)皮膜を形成した。
【0052】
また、陽極酸化処理工程では、アルミニウム板を陽極として、硫酸水溶液に浸漬させ、一定時間通電することで、アルミニウムの表面が酸化され、表面に多数の微細な細孔が形成されたアルマイト皮膜(陽極酸化皮膜)が形成される。
【0053】
ここで、陽極酸化処理工程では、陽極酸化処理の方法として、既知の種々の手法が採用しうる。
【0054】
[吸着処理工程]
吸着処理工程では、染液調整工程で調整した染色液に、陽極酸化処理工程を経たアルマイトを浸漬して、染色液に含まれるヒドロキシル体インジゴを、アルマイト皮膜の細孔中に吸着させる(
図1中の符号S4)。この吸着処理工程では、陽極酸化処理の後、アルマイトを速やかに染色液に浸漬した。
【0055】
[着色処理工程]
着色処理工程では、吸着処理工程にて染色液に浸漬したアルマイトを、染色液から引き上げて、付着したエタノールを乾燥させ、アルマイトを空気酸化させ、アルマイト皮膜の微細な細孔内に吸着したヒドロキシル体インジゴを酸化し、ケトン体インジゴにした(
図1中の符号S5)。
【0056】
この、着色処理工程では、アルマイトは、染色液から引き上げた時点ではほとんど着色してないが、空気酸化させると徐々に紺色に染まっていった。
【0057】
また、着色処理工程では、一定時間、空気酸化させて紺色に染まったアルマイトを、沸騰水に入れ、封孔処理を行った(
図1中の符号S6)。
【0058】
この封孔処理により、アルマイト皮膜の微細な細孔の内部に、酸化アルミニウムが生成し、ケトン体インジゴが細孔内に入った状態で細孔が塞がれ、アルマイト皮膜表面を化学的に不活性な状態とした。
【0059】
封孔処理を経て、紺色に着色し、かつ、着色を安定化させたカラーアルマイトを製造した。封孔処理で形成された酸化アルミニウムの膜は薄く、細孔内に封入されたケトン体インジゴから生じる紺色の色ははっきりと見え、しっかりと紺色に着色されたカラーアルマイトとなった。
【0060】
ここで、必ずしも、アルマイトの封孔処理として沸騰水が用いられる必要はなく、アルマイト皮膜中の微細な細孔を塞ぐことができれば、種々の既知の手法が採用しうる。例えば、90℃以上の酢酸ニッケルの水溶液による封孔処理や、加圧蒸気による封孔処理を行うこともできる。
【0061】
また、本発明の第1の実施の形態では、吸着処理工程及び着色処理工程を1回行う方法だけでなく、これらの工程を複数回行うことも可能である。即ち、1回目の着色処理工程の後、乾燥させたアルマイトを、再度、染色液へと浸漬し、乾燥させる工程を繰り返し行ってもよい。
【0062】
この染色液への浸漬と乾燥を、例えば、3回繰り返した場合、回が進むにつれて、アルマイトの紺色が濃くなっていく。また、工程を繰り返した後、封孔処理を行うと、濃い紺色に染まったまま、処理後も濃い色を維持していた。
【0063】
以上で説明した本発明の第1の実施の形態では、ケトン体インジゴを含む染液原料を出発点として、ケトン体インジゴを、アルコキシド体インジゴ、さらに、ヒドロキシル体インジゴへと変化させ、ヒドロキシル体インジゴを含む染色液に、アルマイトを浸漬させ、アルマイト皮膜の細孔内に、ヒドロキシル体インジゴを吸着させた。
【0064】
また、アルマイト皮膜の細孔内のヒドロキシル体インジゴを酸化し、ケトン体インジゴに戻すことで、ケトン体インジゴに由来する紺色をアルマイトに付与することができる。本発明の第1の実施の形態では、ケトン体インジゴで充分に着色されたカラーアルマイトを製造することができる。
【0065】
また、着色されたアルマイトは、濃い紺色を呈色し、生地を藍染めしたような色合いを有し、伝統的な藍染めの色と、アルミニウムの質感が融合した、付加価値の高いカラーアルマイトを製造することができる。
【0066】
[本発明の第2の実施の形態]
続いて、本発明の第2の実施の形態であるアルマイトの染色方法について、以下説明する。以下に示す本発明の第2の実施の形態では、工程の大部分は、上述した本発明の第1の実施の形態と共通しているため、重複した内容についての説明は省略する。
【0067】
本発明の第2の実施の形態で、第1の実施の形態と異なる点は、染液原料として沈殿藍のみを用いる点(合成インジゴを用いない)、染液調整工程において、ヒドロキシル体インジゴへと還元する前に、アルコキシド体を含む溶液をろ過、または、遠心分離を行う点、及び、最終的に染色されたカラーアルマイトの染色成分として、ケトン体インジゴに加えて、ケトン体インジルビンが含まれる点にある。以下、第1の実施の形態と異なる点につき説明する。
【0068】
なお、本発明の第2の実施の形態におけるケトン体インジルビンとは、次式で示される化合物である。
【0069】
【0070】
また、本発明の第2の実施の形態におけるアルコキシド体インジルビンとは、次式で示される化合物である。
【0071】
【0072】
また、本発明の第2の実施の形態におけるヒドロキシル体インジルビンとは、次式で示される化合物である。
【0073】
【0074】
本発明の第2の実施の形態の染液調整工程では、染液原料として、天然藍の葉に由来する沈殿藍を用いる。沈殿藍の調製方法の一例を以下に示す。
【0075】
まず、藍草の葉を水中で発酵させると、インドキシルの配糖体であるインジカンが浸出して、これが酸化されてインジゴ(ケトン体インジゴ)が生成する。この反応を利用し、ケトン体インジゴを含んだ成分泥状で取り出したものが沈殿藍(泥藍)となる。
【0076】
より詳細には、例えば、新鮮な藍草の葉を水の中で、一~二昼夜発酵させる。葉の残滓を除去して、液に適当量の石灰乳を加えて、よくかき混ぜる。ケトン体インジゴを含んだ青色成分が沈殿するので、しばらく放置した後に上澄み液を捨てる。残った泥状の沈殿が沈殿藍となる。
【0077】
なお、インジカンとは、次式で示される化合物である。
【0078】
【0079】
また、インドキシルとは、次式で示される化合物である。
【0080】
【0081】
また、本発明の第2の実施の形態の染液調整工程は、基本的な内容は、上記の第1の実施の形態における染液調整工程と重複している。ここで、第2の実施の形態の染液調整工程では、水酸化ナトリウム溶液に、沈殿藍からなる染液原料と、ハイドロサルファイトナトリウムを加え、得られた懸濁液をろ紙で吸引ろ過を行い、ろ液を得た。
【0082】
ここで、沈殿藍には、ケトン体インジゴと、ケトン体インジルビンが含まれている。ケトン体インジルビンは赤色や赤紫色を呈する赤色系統の成分であり、青色のケトン体インジゴと共に、天然藍の色を構成している。
【0083】
また、染液調整工程では、沈殿藍がアルカリ下で還元処理されることで、ケトン体インジゴはアルコキシド体インジゴに、ケトン体インジルビンは、アルコキシド体インジルビンへと、それぞれ還元される。
【0084】
また、沈殿藍には、炭酸カルシウムをはじめとした、天然藍を染色液に加工する工程で使用するカルシウム化合物が含まれている。そこで、第2の実施の形態では、染液原料を還元処理した後、その懸濁液に対して、ろ紙で吸引ろ過を行う。吸引ろ過により、固形のカルシウム化合物が除去されたろ液を得ることができる。
【0085】
もし、炭酸カルシウム等が反応液中に混在していると、次工程の、塩酸を加える還元処理において、塩酸と炭酸カルシウムが反応してしまい、アルコキシド体インジゴや、アルコキシド体インジルビンと反応する塩酸が少なくなってしまう。そのため、懸濁液の吸引ろ過を行ってろ液とすることで、塩酸との反応効率を高めることができる。
【0086】
また、塩酸と炭酸カルシウムが反応すると二酸化炭素が発生し、反応液が吹きこぼれてしまうおそれがあるが、吸引ろ過にて炭酸カルシウムを除去することで、これを抑止できる。
【0087】
得られたろ液に対して、塩酸を加え、アルコキシド体インジゴ及びアルコキシド体インジルビンを還元して、ヒドロキシル体インジゴと、ヒドロキシル体インジルビンとした。塩酸の添加に伴い、黄白色の沈殿が生じ、これが濃青色の沈殿を含む懸濁液となった。また、この懸濁液に蒸留水を加え、遠心分離して沈殿を得た。また、この沈殿にエタノールを加え、沈殿を溶解させて染色液とした
【0088】
ここで、本発明の第2の実施の形態の染液調整工程では、沈殿藍に含まれるカルシウム化合物の除去の方法として、ろ紙による吸引ろ過だけでなく、その他の分離除去方法を採用することができる。例えば、遠心分離機を用いて、懸濁液を遠心分離して、分離後の上清を、その後の工程に用いることができる。
【0089】
また、本発明の第2の実施の形態の染液調整工程では、吸引ろ過または遠心分離の工程は、空気下で行うことができるが、酸素のない不活性な雰囲気下で行うことがより好ましい。吸引ろ過等を酸素のない不活性な雰囲気下で行うことで、アルコキシド体インジゴが空気下で酸化されて、ケトン体インジゴに戻ることを抑止し、アルコキシド体インジゴからヒドロキシル体インジゴを生成する効率を高めることができる。また、空気下で吸引ろ過等を行う場合には、作業を簡便に行うことができる。
【0090】
本発明の第2の実施の形態では、吸着処理工程において、染液調整工程で調整した染色液に、陽極酸化処理工程を経たアルマイトを浸漬して、染色液に含まれるヒドロキシル体インジゴ及びヒドロキシル体インジルビンを、アルマイト皮膜の細孔中に吸着させる。
【0091】
また、本発明の第2の実施の形態では、着色処理工程において、吸着処理工程にて染色液に浸漬したアルマイトを、染色液から引き上げて、付着したエタノールを乾燥させ、アルマイトを空気酸化させ、アルマイト皮膜の微細な細孔内に吸着したヒドロキシル体インジゴと、ヒドロキシル体インジルビンを酸化し、それぞれ、ケトン体インジゴと、ケトン体インジルビンにした。
【0092】
この、着色処理工程では、アルマイトは、染色液から引き上げた時点ではほとんど着色してないが、空気酸化させると徐々に、濃い紺色に染まっていった。また、紺色に染まったアルマイトを、沸騰水に入れ、封孔処理を行った。アルマイトの色は青色だけでなく、赤色や赤紫色の色味も含み、自然な風合いで染色されていた。
【0093】
また、本発明の第2の実施の形態では、第1の実施の形態と同様に、吸着処理工程及び着色処理工程を1回行う方法だけでなく、これらの工程を複数回行うことも可能である。
【0094】
以上で説明した本発明の第2の実施の形態では、ケトン体インジゴ及びケトン体インジルビンを含む沈殿藍を染液原料とし、ケトン体を、アルコキシド体、さらに、ヒドロキシル体へと変化させ、染色液に、アルマイトを浸漬させ、アルマイト皮膜の細孔内に、ヒドロキシル体インジゴ及びヒドロキシル体インジルビンを吸着させた。
【0095】
また、アルマイト皮膜の細孔内のヒドロキシル体インジゴ及びヒドロキシル体インジルビンを酸化し、ケトン体に戻すことで、ケトン体インジゴ及びケトン体インジルビンに由来する紺色、特に、青色及び赤色の色味をアルマイトに付与することができる。本発明の第2の実施の形態では、ケトン体インジゴ及びケトン体インジルビンで充分に着色されたカラーアルマイトを製造することができる。
【0096】
また、着色されたアルマイトは、濃い紺色を呈色し、天然藍で生地を藍染めしたような自然な色合いを有し、伝統的な藍染めの色と、アルミニウムの質感が融合した、付加価値の高いカラーアルマイトを製造することができる。
【0097】
[本発明の第3の実施の形態]
続いて、本発明の第3の実施の形態であるアルマイトの染色方法について、以下説明する。以下に示す本発明の第3の実施の形態では、上記の第1の実施の形態と異なり、染液原料の成分として、ケトン体インジゴではなく、インジゴゾールO(Disodium-1H,1'H-[2,2'-biindole]-3,3'-diyl bis(sulfate))を用いている。以下、第1の実施の形態及び第2の実施の形態と異なる点を中心に説明する。
【0098】
なお、インジゴゾールOとは、次式で示される化合物である。
【0099】
【0100】
本発明の第3の実施の形態で用いるインジゴゾールOは,ヒドロキシル体インジゴに硫酸エステルナトリウム塩を反応させて合成することができる。また、インジゴゾールOは、水溶性であり、かつ、空気中で安定な化合物である。
【0101】
本発明の第3の実施の形態では、染色液調製工程において、インジゴゾールOを蒸留水に溶かして染色液とする。
【0102】
また、本発明の第3の実施の形態では、吸着処理工程において、染液調整工程で調整した染色液に、陽極酸化処理工程を経たアルマイトを浸漬して、染色液に含まれるインジゴゾールOを、アルマイト皮膜の細孔中に吸着させる。
【0103】
また、本発明の第3の実施の形態では、着色処理工程において、染色液に浸漬した後のアルマイトに、塩化鉄(III)または亜硝酸を作用させて酸化処理を行った。この酸化処理により、アルマイト皮膜の細孔中のインジゴゾールOが、ケトン体インジゴに変化し、アルマイトをケトン体インジゴの色に着色させた。アルマイトを酸化処理すると徐々に紺色に染まっていった。
【0104】
また、着色処理工程では、紺色に染まったアルマイトを、沸騰水に入れ、封孔処理を行った。
【0105】
また、本発明の第3の実施の形態では、第1の実施の形態及び第2の実施の形態と同様に、吸着処理工程及び着色処理工程を1回行う方法だけでなく、これらの工程を複数回行うことも可能である。
【0106】
以上で説明した本発明の第3の実施の形態では、インジゴゾールOを染液原料とし、水に溶解させたインジゴゾールOを染色液として、アルマイトを浸漬させ、アルマイト皮膜の細孔内に、インジゴゾールOを吸着させた。
【0107】
また、アルマイト皮膜の細孔内のインジゴゾールOを酸化し、ケトン体インジゴに戻すことで、ケトン体インジゴに由来する紺色をアルマイトに付与することができる。本発明の第3の実施の形態では、ケトン体インジゴで充分に着色されたカラーアルマイトを製造することができる。
【0108】
また、本発明の第3の実施の形態では、インジゴゾールOが水溶性であり、かつ、空気中で安定した化合物であることから、染色液の調製や吸着処理を容易に行いやすくなると共に、アルマイトを充分に染色することが可能となる。
【0109】
以上のとおり、本発明に係るカラーアルマイトは、ケトン体インジゴをアルマイトの細孔に封入し、発色性に優れたカラーアルマイトを提供することが可能なものとなっている。
また、本発明に係るアルマイトの染色方法は、ケトン体インジゴをアルマイトの細孔に封入し、発色性に優れたカラーアルマイトが提供可能な方法となっている。
【実施例0110】
以下、本発明の実施例を説明する。
【0111】
[実施例1]
500mL三口フラスコにスターラーチップを入れ、窒素を500mL/分の速さで流通置換しながら、水酸化ナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製特級)を14g秤量して、蒸留水200mLを加えて溶解させた。これに合成インジゴ(富士フイルム和光純薬(株)社製特級)2gと、ハイドロサルファイトナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製)6gを加え、マグネチックスターラとマントルヒータを用いて、50℃で2時間、インジゴを還元させた。反応が進むと褐色の水溶液となり、時間と共に色は薄くなっていく。その後、4Nの塩酸を20mL/分の速さで100mL滴下させた。塩酸を滴下すると青緑色の沈殿が生じ、懸濁液となる。沈殿も含めて懸濁液を5000rpmで5分間遠心分離((株)コクサン社製H-201HF、20℃)して沈殿を得た。沈殿に蒸留水を加え、手で振とうして、再度遠心分離をした。この操作を2回繰り返して沈殿を洗浄し、沈殿を得た。沈殿にエタノール(富士フイルム和光純薬(株)社製特級)を加えて染色液Bを得た。
【0112】
また、染色の対象とするアルミニウム試験片に、以下の条件で陽極酸化処理を行い、アルマイト試験片とした。なお、以下、アルマイト試験片とは、陽極酸化処理を経たものを意味するものとする。
試料(陽極):5000系アルミニウム板
陰極:鉛板
水溶液:9.8%硫酸水溶液
電圧:13V、電流2.2A
処理時間:30分
【0113】
アルミニウム試験片を陽極酸化処理した後、すぐに、陽極酸化液を水で洗い流し、ただちに染色液に浸漬させた。浸漬後、アルマイト試験片を引き上げた時点では、青色に染色されていなかった。その後、エタノールを乾燥させ、空気酸化させたところ、アルマイト試験片が徐々に紺色に染まって行き、沸騰水による封孔処理後も紺色を維持していた。
【0114】
染色液から引き上げた直後は、アルマイトの銀白色であって、徐々に紺色に染色されているのは、浸漬によって、無色のヒドロキシル体インジゴがアルミニウム陽極酸化皮膜の微細な細孔の中に入り、エタノールの乾燥とヒドロキシル体インジゴの空気酸化が徐々に進み、ケトン体インジゴになるためである。
【0115】
なお、実施例1で用いたアルマイト皮膜における微細な細孔を示した走査電子顕微鏡像(日本電子製JSM-7400F)を
図2に示す。
図2中の多数の黒色の点が、微細な細孔である。
【0116】
また、実施例1のアルマイト試験片について、アルマイト皮膜の細孔における細孔径分布を次の方法で確認した。アルミニウム試験片を、前記の条件で陽極酸化処理後、5×5mm程度に切断し、アルマイト試験片の水分を拭き取った後、アルミニウム製試料載置台に、カーボン両面テープで固定した。また、アルマイト試験片の表面をOsでコーティングした。SEM条件(加速電圧:5kV、WD:3mm)にて、走査電子顕微鏡でアルマイト試験片を観察し、表面の100個の細孔径を、ImageJを用いてSEM像を計測して、細孔径分布をヒストグラムで表現した。
【0117】
図3では、上段に走査電子顕微鏡像を示し、下段に、アルマイト細孔径分布のヒストグラムを示している。実施例1のアルマイト試験片では、アルマイト皮膜中の微細な細孔の細孔径分布において、実質的な孔径が5nm~20nmの範囲内であり、平均孔径は11.9nmであった。なお、
図3の下段のグラフの横軸の数値は、例えば、「15」であれば、10~15nmの範囲を示している。
【0118】
なお、
図4では、陽極酸化処理の条件を変えて処理した(電圧:13V、電流2.2A、処理時間:45分)アルマイト試験片について、同様に、アルマイト皮膜の細孔における細孔径分布を確認した結果を示している。ここでの条件では、アルマイト皮膜中の微細な細孔の細孔径分布において、実質的な孔径が10nm~25nmの範囲内であり、平均孔径は16.5nmであった。なお、
図4の下段のグラフの横軸の数値は、例えば、「15」であれば、10~15nmの範囲を示している。
【0119】
[実施例2]
実施例1で得られた染色液Bをポリエチレン製容器に保管し、保管6日後に、プラスチック製タッパ容器に入れた。5cm×10cmのアルマイト試験片を染色液Bに浸漬させた後、乾燥し、空気酸化させたところ、実施例1と同程度の紺色に染まった(1回浸漬)。
【0120】
また、別の5cm×10cmのアルマイト試験片を染色液Bに浸漬させた後、乾燥し、空気酸化させた。この染色液Bへの浸漬、乾燥及び空気酸化を3回繰り返したところ、回を増すごとに、アルマイト試験片は、非常に濃い紺色に染まった。沸騰水による封孔処理後も紺色を維持していた。なお、染色操作を繰り返して紺色を濃くしていく操作は、伝統的な藍染めと同じである。
【0121】
また、実施例2として作成した、1回浸漬のアルマイトと、3回浸漬のアルマイトに対して、色差計により染色後の色を測定した。色差計は、コニカミノルタ(株)社製のCM-3500dあるいはCR-300を用いた。また、測定結果として、L*/a*/b*色空間を用いて、染色されたアルマイト試験片の色を数値化した。
【0122】
実施例2に対する色差計の計測の結果、1回浸漬のアルマイト試験片は、L*/a*/b*=43.81/-6.57/-20.24であり、3回浸漬のアルマイト試験片は、L*/a*/b*=34.25/3.47/-11.91であった。
【0123】
[比較例1]
溶解力の高い有機溶媒である、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、1-メチル-2-ピロリドン(NMP)、テトラヒドロフラン(THF)、ジクロロメタン、ピリジンのそれぞれに、合成インジゴ(富士フイルム和光純薬(株)社製特級)を6g/Lの濃度で溶解させて、プラスチック製タッパ容器に入れた。これに5cm×10cmのアルマイト試験片を、各タッパ容器内の染色液に浸漬させて引き上げたが、いずれも染色されなかった。なお、比較のために、アゾ染料にアルマイト試験片を浸漬させたものは、わずかな浸漬時間でアルマイト試験片が染色された。
【0124】
また、比較例1の各染色液を2mL分取し、0.2μmプレフィルターでろ過すると、いずれの染色液においても、フィルターの目詰まりが生じた。合成インジゴを有機溶媒で溶解させた溶液は濃紺色であるが、その溶液中には、0.2μm以上の粒子が多く含まれることを示した。このことから、溶液中でケトン体インジゴの分子が凝集してしまい、単分子の状態になりにくいことから、アルマイトの微細な細孔の中に、ケトン体インジゴを充分に吸着させることができないことが示唆された。また、0.2μm以下の凝集物は、0.2μmフィルターを通過して、染色液は青色を呈するが、アルマイト細孔径の5~25nmには侵入できないサイズが多数を占めると考えられる。
【0125】
[比較例2]
市販のアルマイト用紺色染色剤(奥野製薬工業(株)社製:TAC BLUE BRF 507)3gを、蒸留水500mLに溶解して染色液Cを得た。5cm×10cmのアルマイト試験片を、染色液Cに浸漬させた後に引き上げると、濃い紺色に染色された。沸騰水による封孔処理後も紺色を維持していた。比較例2では、実施例1と異なり、無色から徐々にではなく、一気にアルマイト試験片が紺色に染色される。これは、アルミニウム陽極酸化皮膜の微細細孔に紺色の染料が入るためである。また、色差計による測定結果は、L*/a*/b*=31.10/2.39/―17.02であった。
【0126】
[比較例3]
比較例2と同様に、アルマイト試験片を染色した後に、沸騰水による封孔処理をすることなく、染色液Cに再度浸漬させたが、実施例3とは異なり、比較例1から染色の濃さが増すことはなかった。
【0127】
[比較例4]
比較例2と同じアルマイト用紺色染色剤を、蒸留水、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、1-メチル-2-ピロリドン(NMP)、テトラヒドロフラン(THF)、アセトン、ジクロロメタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエタン、エタノールに、それぞれ6g/Lの濃度で溶解させた。1cm×1cmのアルマイト試験片を、各染色液に浸漬させた。各染色液のうち、最も濃く紺色に染色されたものは蒸留水であり、その次はエタノール、さらにその次はNMPであった。DMSO、DMF、アセトン、THFはわずかに染色された。ジクロロメタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエタンについては、アルマイト試験片は染色されなかった。
【0128】
[比較例5]
実施例1で用いた合成インジゴを、DMFに6g/Lの濃度で溶解させ、超音波洗浄機を用いて10分間分散させて、染色液を得た。1cm×1cmのアルマイト試験片を、大気圧下で染色液に浸漬したところ、アルマイト試験片は染色されなかった。また、染色液に、1cm×1cmのアルマイト試験片を浸漬させたものを、アスピレータで減圧した後に大気開放させ、真空含浸を試みたが、アルマイト試験片は染色されなかった。
【0129】
[比較例6]
1cm×1cmのアルマイト試験片を予めメタノールに浸漬させた後に、比較例4の操作をしたが、アルマイト試験片は、大気圧下でも真空含浸でも染色されなかった。
【0130】
[比較例7]
実施例1で用いた合成インジゴ2.5gを、150mLのDMSO、DMF、NMPにそれぞれ溶解させ、超音波ホモジナイザー((有)大岳製作所社製No.5205、シャフト径φ20mm、出力150W間欠運転)で、3分間超音波分散させて、その後、遠心分離機((株)コクサン社製H-201HF、20℃、5000rpm)で、5分間遠心分離し、上澄みを回収して染色液を得た。1cm×1cmのアルマイト試験片を染色液に浸漬させたが、アルマイト試験片は染色されなかった。
【0131】
[実施例3]
実施例1及び実施例2で用いた合成インジゴと異なり、染液原料として、伝統的手法で作製された沈殿藍(徳島県産)を用いた。
500mL三口フラスコにスターラーチップを入れ、窒素を500mL/分の速さで流通置換しながら、水酸化ナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製特級)を14g秤量して、蒸留水200mLを加えて溶解させた。ここに沈殿藍50gとハイドロサルファイトナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製)6gを加え、マグネチックスターラとマントルヒータを用いて50℃で1時間、インジゴを還元させた。反応が進むと褐色の水溶液となり、時間とともに色は薄くなっていく。その後、4Nの塩酸を20mL/分の速さで100mL滴下させた。塩酸を滴下すると、青緑色の沈殿が生じ懸濁液となる。また、滴下が進むと気泡が発生した。沈殿も含めて懸濁液を、5000rpmで5分間遠心分離((株)コクサン社製H-201HF、20℃)して、沈殿を得た。この沈殿にエタノールを加えて、染色液を得た。
【0132】
染色液をプラスチック製タッパ容器に入れ、5cm×10cmのアルマイト試験片を染色液に浸漬させた後に、乾燥し、空気酸化させた。染色液への5分間浸漬と空気酸化の処理を1回として、1回のみの染色と、3回繰り返した染色をした。また、15分間浸漬と空気乾燥による染色をした。各染色の後に、沸騰水に15分間浸漬させて封孔処理をした。
【0133】
実施例3では、5分間浸漬3回の試料と、15分間浸漬1回の試料では、5分間浸漬3回の試料の方が、色は濃いものの、5分間浸漬1回の試料も含めて、染色後のアルマイト試験片は、いずれも、合成インジゴを用いた染色に比べて、色が薄かった。
【0134】
なお、
図5に、染液原料として合成インジゴを用いる場合の染色液の調製のフローの一例と、染液原料として沈殿藍を用いる場合の染色液の調製のフローの一例を示している。
【0135】
[実施例4]
実施例3と同様に、染液原料として沈殿藍を用いた。500mL三口フラスコにスターラーチップを入れ、窒素を500mL/分の速さで流通置換しながら、水酸化ナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製特級)を14g秤量して、蒸留水200mLを加えて溶解させた。ここに沈殿藍50gと、ハイドロサルファイトナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製)6gを加え、マグネチックスターラとマントルヒータを用いて50℃で1時間、インジゴを還元させた。得られた懸濁液を、5Bろ紙で吸引ろ過して、ろ液を得た。ろ液を別の500mL三口フラスコに入れ、4Nの塩酸を10mL/分の速さで100mL滴下させると、黄白色の沈殿が生じ、これが濃青色になった。また、実施例3とは異なり、気泡は発生しなかった。これは、吸引ろ過によって、沈殿藍中の炭酸カルシウムが分離除去されたためと考えられる。得られた懸濁液を、5000rpmで5分間遠心分離((株)コクサン社製H-201HF、20℃)して、上澄みを分離し、沈殿を蒸留水に分散させて洗浄し、再度、5000rpmで5分間遠心分離して、上澄みを分離し、沈殿を得た。この沈殿に、実施例3よりも少量のエタノールを加えて染色液を得た。
【0136】
染色液をプラスチック製タッパ容器に入れ、5cm×10cmのアルマイト試験片を染色液に浸漬させた後に乾燥し、空気酸化させた。5分間浸漬1回と、5分間浸漬3回の染色を、それぞれした後、沸騰水で15分間の封孔処理をした。
【0137】
その結果、5分間浸漬1回の試料では、染色されたアルマイト試験片の色が、実施例3よりも濃くなり、5分間浸漬3回では、より一層濃く染色された。また、実施例3の色差計による測定結果は、5分間浸漬1回の試料で、L*/a*/b*=71.28/-5.79/-3.12であり、5分間浸漬3回の試料で、L*/a*/b*=44.32/-5.32/-18.95であった。
【0138】
実施例4では、吸引ろ過によって、沈殿藍に含まれる炭酸カルシウムを除去したことによって、炭酸カルシウムと塩酸の反応が抑えられたこと、及び、エタノール量を少なくしたことによる染色液の高濃度化によって、アルマイト試験片の染色を濃くすることができた。また、吸引ろ過による沈殿を、X線回折して、炭酸カルシウムが含まれていることを確認した(
図6参照)。
【0139】
[実施例5]
実施例3と同様に、染液原料として沈殿藍を用いた。1Lセパラブル三口フラスコに窒素を500mL/分の速さで流通置換しながら、水酸化ナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製特級)70g秤量して、蒸留水1Lを加えて溶解させた。ここに沈殿藍250gとハイドロサルファイトナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製)30gを加え、マグネチックスターラと水浴を用いて、50℃で1時間、インジゴを還元させた。得られた懸濁液を、5Bろ紙で吸引ろ過して、ろ液を得た。ろ液を別の1Lセパラブル三口フラスコに入れ、4Nの塩酸を10mL/分の速さで500mL滴下した。得られた懸濁液を、5Bろ紙で吸引ろ過して、沈殿を得た。この沈殿を50mLのエタノールに溶解して染色液を得た。この染色液を用いて、1分間浸漬1回と、1分間浸漬3回の染色を、それぞれした後、沸騰水で15分間の封孔処理をした。
【0140】
実施例5では、実施例4よりも、1分間浸漬1回の試料と、1分間浸漬3回の試料のいずれも濃い紺色に染色された。また、色差計による測定結果は、1分間浸漬1回の試料は、L*/a*/b*=45.99/-8.04/-22.08であり、1分間浸漬3回の試料は、L*/a*/b*=25.62/3.27/-7.13であった。
【0141】
実施例5では、染色液のインジゴ濃度を濃くすることによって、染色の濃さを濃くすることができた。また、実施例4では、生成したヒドロキシル体インジゴを、遠心分離によって回収したが、実施例5では、遠心分離より簡便なろ過により、生成したヒドロキシル体インジゴを回収し、問題なく染色液を得ることができた。
【0142】
[実施例6]
実施例5で得られた染色液をポリエチレン製容器に入れて保管し、保管2日後(翌日)、及び、保管7日後に、アルマイト試験片に対して、1分間浸漬3回の染色を行ったところ、染色液の作製直後と同様の濃さで、アルマイト試験片を染色することができた。また、実施例6では、色差計による測定結果は、L*/a*/b*=50.31/-8.21/-23.10であった。
【0143】
[実施例7]
実施例2の合成インジゴによるアルマイト染色物と、実施例5の沈殿藍によるアルマイト染色物の表面を、それぞれルーターで切削し、得られた切粉をマイクロチューブに入れ、アセトンを加えて超音波洗浄機で分散させた。分散液を遠心分離(ヤマト科学(株)社製CIBITAN-II、10krpm、10分)して、アルマイトの切粉を沈降分離した。上澄み液を、赤外分光分析用の金蒸着プレートに滴下し乾固させ、赤外分光分析(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製iN10、反射法)で、赤外吸収スペクトルを得た。比較のために、合成インジゴ試薬そのものを、KBr錠剤による透過法で、赤外吸収スペクトルを得た(
図7参照)。なお、
図7に示す赤外吸収スペクトルは、上段が実施例5に由来する試料であり、中段が実施例2に由来する試料であり、下段が比較のための合成インジゴ試薬そのものに由来する試料の結果を、それぞれ示している。
【0144】
その結果、合成インジゴによるアルマイト染色表面切削物(
図7中の中段)と、沈殿藍によるアルマイト染色表面切削物(
図7中の上段)のいずれもから、合成インジゴ(
図7中の下段)と同じ赤外吸収スペクトルが得られた。このことから、アルマイト染色物中のケトン体インジゴの存在を確認する手段として、赤外分光分析が有効であることがわかった。なお、
図8に示すように、合成インジゴ試薬そのものの赤外吸収スペクトル(
図8中の上段)は、比較例2(TAC BLUE BRF 507)の赤外吸収スペクトル(
図8中の下段)とは、明らかに異なっていた。
【0145】
[実施例8]
一般的なアルマイト染色液は、染色物質が水に溶解している液体であるが、上記の実施例1~実施例7のインジゴ染色液は、アルマイト皮膜の細孔に吸着するまでは透明な、エタノール可溶な状態であるが、これらは空気酸化することにより、青色のケトン体インジゴになり、エタノールに不溶となる。このように、ケトン体インジゴは、エタノールに不溶なため、空気酸化のときに、アルマイト皮膜の細孔内ではなく、アルマイト表面がエタノール溶液で濡れていると、エタノールの乾固と、空気酸化によって、アルマイト表面にケトン体インジゴが析出する可能性がある。
【0146】
そこで、ケトン体インジゴが、アルミニウム陽極酸化皮膜の微細な細孔内に存在することを確認するために、アルミニウム板1枚と、陽極酸化アルミニウム(アルマイト)板2枚を用意して、実施例5の染色液に浸漬させた後に、アルマイト1枚のみを沸騰水で封孔処理した。これら3枚をDMFに1日間浸漬させたところ、封孔処理したアルマイトのみ染色された紺色が保持された。
【0147】
また、合成インジゴ及び沈殿藍を用いたアルマイト染色を行い、沸騰水による封孔処理したものをDMF浸漬して、アルマイト表面に付着しているインジゴを溶解させた後に、実施例7と同様に、アルマイト染色物の表面を、それぞれルーターで切削し、アルマイト染色表面切削物から、赤外吸収スペクトルを得たところ、ケトン体インジゴが確認できた(
図9参照)。このことから、アルマイト皮膜の微細な細孔内に、ケトン体インジゴが存在していることが確認できた。なお、
図9に示す赤外吸収スペクトルは、上段が沈殿藍に由来する染色液で染色した試料であり、中段が合成インジゴに由来する染色液で染色した試料であり、下段が比較のための合成インジゴ試薬そのものに由来する試料の結果を、それぞれ示している。
【0148】
[実施例9]
実施例3と同様に、染液原料として沈殿藍を用いた。500mL三口フラスコに窒素を500mL/分の速さで流通置換しながら、水酸化ナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製特級)14g秤量して、蒸留水21mLを加えて溶解させた。ここに、沈殿藍50gと、ハイドロサルファイトナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製)6gを蒸留水24mLに溶解させた液を加え、マグネチックスターラと水浴を用いて、50℃で1時間、インジゴを還元させた。得られた懸濁液を、5Bろ紙で吸引ろ過して、ろ液を得た。ろ液を500mL三口フラスコに入れ、12N塩酸を10mL/分の速さで40mL滴下した。得られた懸濁液にエタノール80mLを加え、染色液を得た。
【0149】
染色液をチャック付きポリ袋に入れ、5cm×10cmのアルマイト試験片を、1分間浸漬させて、乾燥させ、カラーアルマイトを得た。また、5cm×10cmのアルマイト試験片を、1分間浸漬と乾燥を1回とし、これを3回繰り返した後に、沸騰水に15分間浸漬させて、封孔処理して、カラーアルマイトを得た。
【0150】
実施例9では、1回浸漬の試料及び3回浸漬の試料共に、薄い青味を帯びたカラーアルマイトが得られた。また、色差計による測定結果は、1回浸漬の試料は、L*/a*/b*=80.18/-0.28/1.11であり、3回浸漬の試料は、L*/a*/b*=73.24/-1.41/0.72であった。
【0151】
[実施例10]
実施例3と同様に、染液原料として沈殿藍を用いた。1Lセパラブル三口フラスコに窒素を500mL/分の速さで流通置換しながら、水酸化ナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製特級)70g秤量して、蒸留水1Lを加えて溶解させた。ここに沈殿藍250gと、ハイドロサルファイトナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)社製)30gを加え、マグネチックスターラと水浴を用いて50℃で1時間、インジゴを還元させた。得られた懸濁液を、5Bろ紙で吸引ろ過して、ろ液を得た。ろ液を別の1Lセパラブル三口フラスコに入れ、4Nの塩酸を10mL/分の速さで500mL滴下した。得られた懸濁液を、5Bろ紙で吸引ろ過して、沈殿を得た。この沈殿をろ紙ごとハサミで4等分して、サンプル瓶にそれぞれ入れた。それぞれのサンプル瓶に、エタノール、2-プロパノール(イソプロピルアルコール:IPA)、アセトン、または、THFを、20mLずつ入れ、手で振とうさせて染色液を得た。
【0152】
この染色液に、1cm×5cmのアルマイト試験片を、1分間浸漬と乾燥を1回とし、これを3回繰り返した後に、沸騰水に15分間浸漬させて、封孔処理し、カラーアルマイトを得た。
【0153】
実施例10では、IPA、アセトン、THFは共に、エタノールと同様に、アルマイト試験片を紺色に染色することができた。また、色差計による測定結果は、エタノール、IPA、THF、アセトンの順に、L*/a*/b*=47.54/-6.02/-17.76、L*/a*/b*=36.88/0.59/-20.77、L*/a*/b*=35.73/0.03/-20.88、L*/a*/b*=39.53/-4.25/-24.39であった。
【0154】
[実施例11]
沈殿藍を用いたアルマイト染色を行い、実施例8と同様に作製したアルマイト染色表面の切削粉を、熱抽出ガスクロマトグラフ質量分析をした。熱抽出装置は、フロンティアラボ社製EGA/PY-3030Dを用いた。ガスクロマトグラフ質量分析装置は、サーモサイエンティフィック社製ISQ/TRACE1310を用いた。カラムは、DB5MASS(カラム長さ30m、内径0.25mm、膜厚0.25μm)を用いた。熱抽出条件は50℃から300℃まで10℃/分の速さで昇温させて300℃で10分間保持した。昇温と保持の間、熱抽出物は、約マイナス180℃の温度でコールドトラップして捕集した。ガスクロマトグラフ質量分析条件は、キャリアガス:ヘリウム、インレット温度:320℃、オーブン初期温度:50℃、昇温速度:20℃/分、到達温度:300℃、保持時間:5分、イオン源温度:280℃、トランスファー温度:300℃、スプリット比:100:1、m/z:262、234、205、103、76、104とした。
【0155】
切削粉を12.4mg採取して、熱抽出用のステンレス試料容器に入れ、切削粉の飛散防止のために、グラスウールを切削粉の上に被せた。これを熱抽出装置に入れ、前記条件で熱抽出してコールドトラップし、前記条件でガスクロマトグラフ質量分析をした。また、比較のために、試薬として入手したケトン体インジゴ(富士フイルム和光純薬(株)社製)およびケトン体インジルビン(東京化成工業(株)製)を、極少量ずつ、同様に熱抽出して、ガスクロマトグラフ質量分析を行った。これら3つの試料のマスクロマトグラフを
図10に示す。
【0156】
また、試薬のケトン体インジゴとケトン体インジルビンは、構造異性体で、ベンゼン環や複素環が共通しており、マスフラグメントパターンでは区別が難しい。そのため、リテンションタイムに注目すると、ケトン体インジゴ(試薬)と切削紛のリテンションタイムは一致しておらず、切削紛にインジルビンが含まれているために、リテンションタイムが早くなっていると推測できる。以上のことから、沈殿藍を用いたアルマイト染色をしたアルマイト染色表面の切削粉には、ケトン体インジゴ及びケトン体インジルビンが含まれることが明らかとなった。なお、切削紛のピーク形状が、後方(右側)にテーリングしているのは、今回の化合物とカラムの極性が最適でなかったためと思われる。
【0157】
[実施例12]
沈殿藍を用いたアルマイト染色を行い、実施例8と同様に作製したアルマイト染色表面の切削粉に対して、少量のアセトンを加えて振とうした後に、遠心分離により上澄みアセトン溶液を得た。この溶液は赤紫色をしていた。この溶液を薄層クロマトグラフィー(TLC)で成分分離をした。また、比較のために、試薬のケトン体インジゴ(富士フイルム和光純薬(株)社製)、及び、試薬のケトン体インジルビン(東京化成工業(株))にアセトンを加えて作製した溶液についても、同時に成分分離した。展開溶媒は、ジエチルエーテルとノルマルヘキサンを体積比2:1で混合した溶液を用いた。添加後のTLCの写真および模式図を
図11に示す。
【0158】
Rf値=スポットの移動距離/溶媒の移動距離とすると、試薬のケトン体インジゴは、Rf=0.21と、Rf=0.48にスポットがあるが、どちらも非常に薄い(
図11参照)。これは、ケトン体インジゴが、アセトンにはほぼ溶解しないためと考えられる。また、試薬のケトン体インジゴにおけるRf=0.21のスポットは、試薬に含まれる不純物のケトン体インジルビンと考えられる。
【0159】
また、試薬のケトン体インジルビンにも、Rf=0.21とRf=0.48にスポットがあるが(
図11参照)、明らかに、Rf=0.21のスポットが濃く、さらに、Rf=0.21のスポットは赤紫色であることから、Rf=0.21のスポットは、ケトン体インジルビンと考えられる。試薬のケトン体インジルビンにおけるRf=0.48のスポットは、試薬に含まれる不純物のケトン体インジゴと考えられる。
【0160】
また、試薬のケトン体インジゴ及び試薬のケトン体インジルビンと比較して、切削紛には、Rf=0.21とRf=0.48にスポットがあることから(
図11参照)、切削紛に、Rf=0.48のケトン体インジゴに加えて、Rf=0.21のケトン体インジルビンが含まれていると考えられる。よって、実施例12のアルマイト皮膜の微細な細孔内には、ケトン体インジゴ及びケトン体インジルビンが存在していると考えられる。
本発明はアルマイトの染色方法に関する。詳しくは、ケトン体インジゴをアルマイトの細孔に封入し、発色性に優れたカラーアルマイトを提供することができるアルマイトの染色方法に係るものである。
本発明は、以上の点に鑑みて創案されたものであり、ケトン体インジゴをアルマイトの細孔に封入し、発色性に優れたカラーアルマイトを提供することができるアルマイトの染色方法を提供することを目的とする。