(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024047310
(43)【公開日】2024-04-05
(54)【発明の名称】炭素繊維強化剤、強化炭素繊維及び炭素繊維強化複合材料
(51)【国際特許分類】
D06M 15/263 20060101AFI20240329BHJP
C08J 5/04 20060101ALI20240329BHJP
D06M 15/227 20060101ALI20240329BHJP
D06M 101/40 20060101ALN20240329BHJP
【FI】
D06M15/263
C08J5/04 CER
C08J5/04 CEZ
D06M15/227
D06M101:40
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022152858
(22)【出願日】2022-09-26
(71)【出願人】
【識別番号】592216384
【氏名又は名称】兵庫県
(71)【出願人】
【識別番号】593006630
【氏名又は名称】学校法人立命館
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122297
【弁理士】
【氏名又は名称】西下 正石
(72)【発明者】
【氏名】今井 岳志
(72)【発明者】
【氏名】三原 久明
【テーマコード(参考)】
4F072
4L033
【Fターム(参考)】
4F072AA07
4F072AB10
4F072AB28
4F072AC05
4F072AD23
4F072AG03
4F072AG17
4F072AH02
4F072AK14
4L033AA09
4L033AB01
4L033AC12
4L033CA12
4L033CA18
(57)【要約】
【課題】炭素繊維を強化し、炭素繊維に賦形性を付与することができる、炭素繊維強化剤を提供すること。
【解決手段】16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸又はその一部重合体を有する電解質であって、該カルボキシル基は、その一部が塩基性物質で中和されてカルボン酸アニオン基に変換されているものである電解質を含む、炭素繊維強化剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸又はその一部重合体を有する電解質であって、該カルボキシル基は、その一部が塩基性物質で中和されてカルボン酸アニオン基に変換されているものである電解質を含む、炭素繊維強化剤。
【請求項2】
16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸又はその一部重合体、及び塩基性物質を含む炭素繊維強化剤であって、該カルボキシル基は、その一部が塩基性物質で中和されてカルボン酸アニオン基に変換されているものである、炭素繊維強化剤。
【請求項3】
更に、酸化触媒を含む、請求項1に記載の炭素繊維強化剤。
【請求項4】
前記塩基性物質はアルカリ金属又はアルカリ土類金属を含む物質である請求項1に記載の炭素繊維強化剤。
【請求項5】
前記脂肪酸は植物に由来するものである請求項1に記載の炭素繊維強化剤。
【請求項6】
前記脂肪酸はリノール酸又はリノレン酸である請求項1に記載の炭素繊維強化剤。
【請求項7】
16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸の一部重合体は、102~108のポリスチレン換算分子量を有する、請求項1に記載の炭素繊維強化剤。
【請求項8】
16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸又はその一部重合体は、1.3~96%のカルボン酸アニオン基の含有率を有する請求項1に記載の炭素繊維強化剤。
【請求項9】
炭素繊維と、該炭素繊維に含ませた、請求項1~8のいずれか1項に記載の炭素繊維強化剤とを含む、強化剤含有炭素繊維。
【請求項10】
請求項9に記載の強化剤含有炭素繊維を、酸素が存在する環境下で加熱する工程を包含する、強化炭素繊維の製造方法。
【請求項11】
炭素繊維と、炭素繊維に結合された、16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸又はその一部重合体を有する電解質であって、該カルボキシル基は、その一部が塩基性物質で中和されてカルボン酸アニオン基に変換されているものである電解質とを含む、強化炭素繊維。
【請求項12】
請求項11に記載の強化炭素繊維と、マトリックス樹脂とを含む、炭素繊維強化複合材料。
【請求項13】
請求項9に記載の強化剤含有炭素繊維を含む炭素繊維シートを提供する工程、及び
該炭素繊維シートを加熱成形する工程、
を包含する、炭素繊維シート賦形物の製造方法。
【請求項14】
請求項13に記載の方法により得られた炭素繊維シート賦形物にマトリックス樹脂を含浸させる工程、及び
該マトリックス樹脂を硬化させる工程、
を包含する、炭素繊維強化複合材料賦形物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維強化複合材料に関し、特に、炭素繊維強化複合材料に使用される炭素繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維強化複合材料の一つに、炭素繊維からなる強化材とマトリックス樹脂とにより形成される炭素繊維強化複合材料(以下、「CFRP」ということがある。)がある。
【0003】
炭素繊維強化複合材料のマトリックス樹脂としては、エポキシ樹脂や、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、フェノール樹脂などの種々の樹脂が使用され、中でもエポキシ樹脂が広く使われている。
【0004】
一方、炭素繊維強化複合材料の炭素繊維は、再生セルロース、ポリアクリロニトリル、ピッチ等を出発原料として得られ、その化学組成の約90%以上が炭素からなる繊維が使用されている。このような炭素繊維は、例えば高強度炭素繊維や高弾性炭素繊維等に区分され、軽量で比強度および比弾性率において優れ、しかも耐熱性や耐薬品性にも優れていることから、広範囲にわたる用途の炭素繊維強化複合材料に使用されている。
【0005】
炭素繊維は、伸度が小さくかつ脆い性質を有するために、機械的摩擦等によって毛羽が発生しやすい。そのため、このような毛羽の発生の抑制等を目的として、炭素繊維強化複合材料の製造工程において炭素繊維にサイジング処理が施される。このサイジング処理によって、炭素繊維に集束性を付与することにより毛羽の発生を抑えることが可能となる。
【0006】
上記のようなマトリックス樹脂と炭素繊維からなる炭素繊維強化複合材料は、マトリックス樹脂を薄く塗布した離型紙上に炭素繊維束を一方向に並べるプリプレグ法、樹脂浴中に炭素繊維を浸し、通過させるディッピング法等により得ることができる。また、織機により炭素繊維を織布に加工した後にマトリックス樹脂を含浸させて炭素繊維強化複合材料を得ることができる。
【0007】
炭素繊維複合材料の高性能化の要望はますます高まってきており、マトリックス樹脂の高靭性化および高強度化とともに、炭素繊維強化複合材料の層間靭性を高められるサイジング剤の開発が望まれている。そこで、毛羽の発生抑制などを目的に施されているサイジング処理に、炭素繊維とマトリックス樹脂との接着性を高める効果を付与する検討が行なわれている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一方、炭素繊維強化複合材料に使用される炭素繊維を強化することは、従来から知られていない。また、炭素繊維強化複合材料に使用される炭素繊維について、マトリックス樹脂を塗布する前に、炭素繊維強化複合材料賦形物に応じた形状に賦形することも、従来から知られていない。
【0010】
本発明は、炭素繊維を強化し、炭素繊維に賦形性を付与することができる、炭素繊維強化剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、以下の態様を含むものである。
[態様1]
16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸又はその一部重合体を有する電解質であって、該カルボキシル基は、その一部が塩基性物質で中和されてカルボン酸アニオン基に変換されているものである電解質を含む、炭素繊維強化剤。
【0012】
[態様2]
16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸又はその一部重合体、及び塩基性物質を含む炭素繊維強化剤であって、該カルボキシル基は、その一部が塩基性物質で中和されてカルボン酸アニオン基に変換されているものである、炭素繊維強化剤。
【0013】
[態様3]
更に、酸化触媒を含む、態様1又は2の炭素繊維強化剤。
【0014】
[態様4]
前記塩基性物質はアルカリ金属又はアルカリ土類金属を含む物質である態様1~3のいずれかの炭素繊維強化剤。
【0015】
[態様5]
前記脂肪酸は植物に由来するものである態様1~4のいずれかの炭素繊維強化剤。
【0016】
[態様6]
前記脂肪酸はリノール酸又はリノレン酸である態様1~5のいずれかの炭素繊維強化剤。
【0017】
[態様7]
16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸の一部重合体は、102~108のポリスチレン換算分子量を有する、態様1~6のいずれかの炭素繊維強化剤。
【0018】
[態様8]
16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸又はその一部重合体は、1.3~96%のカルボン酸アニオン基の含有率を有する態様1~7のいずれかの炭素繊維強化剤。
【0019】
[態様9]
炭素繊維と、該炭素繊維に含ませた、態様1~8のいずれかの炭素繊維強化剤とを含む、強化剤含有炭素繊維。
【0020】
[態様10]
態様9の強化剤含有炭素繊維を、酸素が存在する環境下で加熱する工程を包含する、強化炭素繊維の製造方法。
【0021】
[態様11]
炭素繊維と、炭素繊維に結合された、16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸又はその一部重合体を有する電解質であって、該カルボキシル基は、その一部が塩基性物質で中和されてカルボン酸アニオン基に変換されているものである電解質とを含む、強化炭素繊維。
【0022】
[態様12]
態様11の強化炭素繊維と、マトリックス樹脂とを含む、炭素繊維強化複合材料。
【0023】
[態様13]
態様9の強化剤含有炭素繊維を含む炭素繊維シートを提供する工程、及び
該炭素繊維シートを加熱成形する工程、
を包含する、炭素繊維シート賦形物の製造方法。
【0024】
[態様14]
態様13の方法により得られた炭素繊維シート賦形物にマトリックス樹脂を含浸させる工程、及び
該マトリックス樹脂を硬化させる工程、
を包含する、炭素繊維強化複合材料賦形物の製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、炭素繊維を強化し、炭素繊維に賦形性を付与することができる、炭素繊維強化剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の炭素繊維強化剤で強化した後の炭素繊維の弾性率と、強化前の炭素繊維の弾性率とを、比較したグラフである。
【
図2】本発明の炭素繊維強化剤で強化した後の炭素繊維、強化前の炭素繊維、FADPフィルムについて、赤外吸収スペクトルを比較したグラフである。
【
図3】実施例4にて製造した強化炭素繊維シートを切削加工した外観と一般的な方法で製造したCFRPシートを切削加工した外観とを対比した写真である。
【
図4】実施例4にて各シート賦形物の切削加工に使用した木工用エンドミルの刃先の使用前後の外観を対比した写真である。
【
図5】実施例5にて製造したCFRPの立体形状を示す写真である。
【
図6】実施例6にて製造したCFRPの立体形状を示す写真である。
【
図7】実施例7にてCFRP成形物を製造するために使用するサポート材の形状を示す写真である。
【
図8】実施例7にて製造したCFRPの外部形状を示す写真である。
【
図9】実施例7にて製造したCFRPの内部形状を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
<炭素繊維強化剤>
本発明の炭素繊維強化剤は、不飽和脂肪酸のカルボキシル基の一部が塩に変換された構造を有する電解質(以下、脂肪酸由来多価電解質(Fatty Acid Derived Polyelectrolyte)の略語として「FADP」ということがある。)を含む。炭素繊維は親油性であり、不飽和脂肪酸は、炭素繊維の内部に浸透する能力に優れている。また、不飽和脂肪酸は不飽和基を有しており、これらが重合することで、硬化することができる。本発明の炭素繊維強化剤は、硬化性を向上させるために酸化触媒を含んでもよい。酸化触媒は、不飽和脂肪酸の酸化重合反応に使用する触媒として以下に説明するものを使用することができる。
【0028】
本発明の炭素繊維強化剤は、炭素繊維の内部に浸透し、硬化することで、炭素繊維の強度を向上させる。また、本発明の炭素繊維強化剤を含む炭素繊維に形状を付与し、その後、炭素繊維強化剤を硬化させることで、炭素繊維に付与した形状を固定することができる。
【0029】
不飽和脂肪酸としては、例えば、16個以上の炭素原子と2個以上の二重結合とカルボキシル基とを有する脂肪酸を使用する。不飽和脂肪酸は、2個以上の二重結合を有することで、重合反応時に架橋構造を形成することができ、得られる成形体の耐薬品性、耐熱性又は強度が向上する。不飽和脂肪酸の二重結合の数は、好ましくは、2~6個、より好ましくは2~4個、更に好ましくは2又は3個である。また、不飽和脂肪酸の炭素原子数は、入手容易性の観点から、好ましくは、16~22個、より好ましくは16~20個、更に好ましくは18個である。
【0030】
不飽和脂肪酸の具体例としては、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸及びドコサヘキサエン酸等が挙げられる。中でも好ましい不飽和脂肪酸はリノール酸、リノレン酸及びアラキドン酸である。環境負荷を小さくする観点から、不飽和脂肪酸は、好ましくは植物に由来するものであり、より好ましくは、リノール酸、α-リノレン酸及びγ-リノレン酸である。不飽和脂肪酸は、単一の種類を使用して良く、複数種類を混合して使用してもよい。
【0031】
不飽和脂肪酸は、不飽和脂肪酸の不飽和基のうち、それらの一部同士が結合した構造を有していてもよい。つまり、本発明の炭素繊維強化剤は、不飽和脂肪酸の一部重合体を含んでもよい。そうすることで、強化する炭素繊維の構造又は特性を考慮して、炭素繊維強化剤の粘度又は炭素繊維内部への浸透性を適宜調節することができる。前記不飽和脂肪酸の一部重合体は未だ不飽和基を有しており、これらが更に重合することで、硬化性を示すことができる。
【0032】
不飽和脂肪酸の重合は、酸素の存在下に不飽和基同士を酸化重合反応させることで行う。酸化重合反応は、例えば、不飽和脂肪酸を空気中で撹拌するか、不飽和脂肪酸に空気を吹き込み、空気中の酸素と接触させることで、行うことができる。酸化重合反応を促進するために、必要に応じて、加熱するか、触媒を使用しても良い。酸化重合反応は、不飽和脂肪酸を部分的に重合させて一部重合体が得られる条件下で行う。
【0033】
加熱して酸化重合反応を行う場合は、反応温度を、例えば、100~350℃、好ましくは150~300℃、より好ましくは、200~280℃とする。加熱温度が100℃未満であると酸化重合反応の促進が不十分になることがあり、300℃を超えると不飽和脂肪酸の揮発量が増加して高分子電解質の収量が減少することがある。
【0034】
酸化重合反応に使用する触媒としては、従来から知られている酸化触媒を使用してよい。使用しうる触媒の具体例としては、乾性油のドライヤーとして用いられているCo、Mn、Pb、Ca、Zn、Cu、Zr、Ce、Fe、Pd、Pt、Sn、Mo、W、Ti、V、Rh、Ni、Zr、Al、Ag、B、Crの金属粉末あるいはこれらの酸化物、水酸化物、硫酸塩、硝酸塩、塩化物、酢酸塩、ナフテン酸塩、あるいは有機系の酸化剤であるアントラセンやメチルエチルケトンパーオキサイド、過酸化ベンゾイル等が挙げられる。
【0035】
人体や環境への負荷の観点から、酸化触媒としては、有機系や鉄以外の重金属系の触媒よりも鉄系の触媒が望ましく、3塩化鉄、2塩化鉄、3硝酸鉄、3硫酸アンモニウム鉄、2硫酸アンモニウム鉄等のラジカル重合開始剤を使用することが好ましい。
【0036】
酸化重合反応の反応時間は反応温度及び触媒の種類等の反応条件に応じて変化するが、好ましくは、室温環境下で液体である一部重合体が得られる時間である。一般には、0~24時間、好ましくは0~3時間の間で適宜調節される。反応時間が長すぎる場合、重合体の流動性が低下して、炭素繊維表面への塗布性又は炭素繊維内部への浸透性が不足することがある。
【0037】
本発明の炭素繊維強化剤は、不飽和脂肪酸の一部重合体を含む場合、好ましくは108以下のTHF溶出時のポリスチレン換算分子量を有する。前記一部重合体のTHF溶出時のポリスチレン換算分子量が108を超える場合、炭素繊維強化剤の流動性が不足し、炭素繊維表面への塗布性又は炭素繊維内部への浸透性が不十分になることがある。前記一部重合体のTHF溶出時のポリスチレン換算分子量は、好ましくは102~106、より好ましくは102~104である。
【0038】
不飽和脂肪酸又は不飽和脂肪酸の一部重合体は、塩基性物質と反応させる。そのことで、不飽和脂肪酸に由来するカルボキシル基の一部をカルボン酸アニオン基に変換する。塩基性物質は、カルボキシル基をカルボン酸アニオン基に変換する程度の塩基性を有するものであれば、その種類は限定されないが、典型的な例には、アルカリ金属又はアルカリ土類金属を含む物質がある。使用しうる塩基性物質の具体例としては、NaOH、KOH、Ca(OH)2、K(OH)、Li(OH)、Mg(OH)2、Ba(OH)2、Zn(OH)2、アンモニア、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等が挙げられる。
【0039】
一部の塩基性物質は溶解させるのに時間を要することや、2価の塩基性物質はイオン架橋によって流動性が低下する。かかる問題を軽減する観点から、塩基性物質としては、NaOH、KOH等の水溶性の1価の塩基性物質を使用することが好ましい。
【0040】
塩基性物質と反応させる前の一部重合体中のカルボキシル基の数を基準にしたカルボン酸アニオン基の数の割合(以下、「カルボン酸アニオン基の含有率」という。)は、好ましくは、約1.3~96%である。一部重合体のカルボン酸アニオン基の含有率が1.3%未満であると、高分子電解質の熱可塑性が不十分になることがあり、96%を超えると、得られる成形体の強度が低下することがある。カルボン酸アニオン基の含有率は、より好ましくは6~50%、更に好ましくは8~35%である。
【0041】
本発明の炭素繊維強化剤は、不飽和脂肪酸に由来するカルボキシル基の一部が塩に変換された構造を有する。そのため、そのカルボキシル基がカルボン酸アニオン基に変換された結果、主鎖同士が電気的に反発し、相互に絡み合うことが抑制されて、優れた流動性を示すことができる。本発明の炭素繊維強化剤の流動性は、酸素の不存在下に加熱することで、促進することができる。
【0042】
<強化炭素繊維>
本発明の炭素繊維強化剤は、炭素繊維に接触させ、硬化させて、炭素繊維を強化することができる。炭素繊維の表面において、液体などが接触する部分には、酸素との相互作用によりフェノール系官能基が存在する。本発明の炭素繊維強化剤を炭素繊維に接触させて加熱処理した際に、炭素繊維強化剤と炭素繊維の表面との間に、共有結合が形成され、両者が共有結合した、新たな化合物が生成する。
【0043】
炭素繊維は、炭素繊維強化剤と接触させて加熱した場合に、炭素繊維強化剤と炭素繊維の表面との間が共有結合によって強固に結合し、炭素繊維強化剤は重合することで硬化することから、炭素繊維の強度が向上する。
【0044】
本発明の強化炭素繊維は、炭素繊維の表面に塗布するか、炭素繊維の内部に含ませる等の方法により、炭素繊維と本発明の炭素繊維強化剤とを接触させ、酸素が存在する環境下で加熱することにより、製造することができる。
【0045】
炭素繊維としては、ポリアクリロニトリル系やピッチ系、レーヨン(セルロース)系等の種々の炭素繊維を用いることができる。炭素繊維は、炭素繊維の束、織物、編み物又は積層体等の加工品であってもよい。炭素繊維の加工品の具体例として、炭素繊維織物等の炭素繊維シートが挙げられる。但し、炭素繊維の表面にサイジング剤等の被膜が存在する場合は、使用する前に除去することが好ましい。
【0046】
炭素繊維は、その表面に酸素を含む官能基を有するものが好ましい。炭素繊維表面の酸素を含む官能基は、適宜、電解酸化処理などの表面酸化処理を行うことにより形成・増加させることができる。酸素を含む官能基の例としては、水酸基、カルボキシル基、カルボニル基などが挙げられる。
【0047】
炭素繊維強化剤を塗布する量は、炭素繊維に対し、2~200%(w/w)が好ましい。炭素繊維を積層する場合は、炭素繊維強化剤を完全硬化させるために2~100%(w/w)が好ましい。積層した状態で、繊維が乱れないようマトリックス樹脂を十分に含侵させるためには10~40%(w/w)が好ましい。
【0048】
炭素繊維強化剤を塗布する量は、好ましくは、炭素繊維強化剤を含む炭素繊維を加熱処理して得られる強化炭素繊維内部に、マトリックス樹脂を含侵させるのに必要な空隙を確保することができるように調節する。即ち、強化炭素繊維の内部に炭素繊維が占める体積比をA、炭素繊維強化剤が占める体積比をB、空隙が占める体積比をCとした場合に(即ち、A+B+C=1)、強化炭素繊維内部にマトリックス樹脂を含侵させるのに必要な空隙Cの比率は、例えば0.1~0.7、好ましくは0.2~0.5、より好ましくは0.25~0.45である。
【0049】
ある一形態において、炭素繊維強化剤を塗布する量は、炭素繊維に対し、5~70%(w/w)、好ましくは10~50%(w/w)、より好ましくは15~30%(w/w)である。炭素繊維強化剤の塗布量が5%(w/w)未満である場合は、炭素繊維の強度の向上又は賦形性が不十分になり、炭素繊維強化剤の塗布量が70%(w/w)を超える場合は、マトリックス樹脂を含侵させるのに必要な空隙を確保することが困難になる。
【0050】
炭素繊維強化剤は炭素繊維に潤滑作用をもたらし、炭素繊維の破断・飛散を抑制し、柔軟性を向上させる。炭素繊維強化剤を含む炭素繊維は、型押し成形することで、賦形することができる。また、型押し成形を、酸素の存在下で加熱して行うことで、炭素繊維強化剤が硬化して、炭素繊維に付与した形状を固定することができる。
【0051】
炭素繊維強化剤を含む炭素繊維の加熱温度は、共有結合を形成させるために適宜調節されるが、一般に、80~350℃、好ましくは180~350℃、より好ましくは250~350℃である。加熱温度が高すぎる場合は、炭素繊維強化剤が部分的に分解、ガス化する可能性がある。
【0052】
炭素繊維強化剤を含む炭素繊維の加熱時間は、共有結合を形成させるために適宜調節されるが、一般に、1~240分、好ましくは1~60分、より好ましくは1~10分である。加熱時間が短すぎる場合、強化炭素繊維の強度の向上が不十分になり、長すぎると強度が低下する可能性がある。
【0053】
炭素繊維強化剤を含む炭素繊維を賦形及び加熱処理する場合、一般的なプリプレグと異なり、マトリックス樹脂を使用する前に、炭素繊維の賦形が完了する。賦形した炭素繊維は型崩れせず、パンチプレス機による穴開け加工、ニッパーやハサミによる切断加工が可能であり、追加の加工が容易である。また、マトリックス樹脂使用前に成形が完了しているので、成形型無しでマトリックス樹脂を含侵させ、硬化させて、炭素繊維強化複合材料を製造することが可能である。
【0054】
従来、CFRPを加工する際は、工具による切削加工、研磨剤を用いたウォータージェット切断、レーザー切断などの方法が適用されてきた。ウォータージェット切断は微細な切断や穴あけ加工が困難であり、レーザー切断は厚みのある材料には適用が難しいため、工具による切削加工がとりわけ広く用いられている。しかし、CFRPは高い機械的強度を持つため、切削加工時に用いる工具寿命が短いことが課題となっており、CFRP製品製造のコスト増大を引き起こしている。そのため、難削材であるCFRPの易加工化もしくは工具寿命の延長は大きな利点を提供する。
【0055】
<炭素繊維強化複合材料>
本発明の強化炭素繊維は、マトリックス樹脂と組み合わせてプリプレグおよび炭素繊維強化複合材料として用いることができる。
【0056】
プリプレグおよび炭素繊維強化複合材料のマトリックス樹脂としては、熱硬化性樹脂を用いることが好ましい。熱硬化性樹脂としては、例えば、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂、シアネートエステル樹脂およびビスマレイミド樹脂等の樹脂およびこれらの変性体、これらを2種類以上ブレンドした樹脂が挙げられる。なかでも、機械特性のバランスに優れ、硬化収縮が小さいという利点を有するため、エポキシ樹脂を用いることが好ましい。
【0057】
エポキシ樹脂に用いるエポキシ化合物としては、特に限定されるものではなく、ビスフェノール型エポキシ化合物、アミン型エポキシ化合物、フェノールノボラック型エポキシ化合物、クレゾールノボラック型エポキシ化合物、レゾルシノール型エポキシ化合物、フェノールアラルキル型エポキシ化合物、ナフトールアラルキル型エポキシ化合物、ジシクロペンタジエン型エポキシ化合物、ビフェニル骨格を有するエポキシ化合物、イソシアネート変性エポキシ化合物、テトラフェニルエタン型エポキシ化合物、トリフェニルメタン型エポキシ化合物等のなかから1種類以上を選択して用いることができる。
【0058】
また、硬化剤としては特に限定はされないが、芳香族アミン硬化剤、ジシアンアミドもしくはその誘導体などが挙げられる。また、脂環式アミン等のアミン、フェノール化合物、酸無水物、ポリアミドアミノ、有機酸ヒドラジド、イソシアネートを芳香族アミン硬化剤に併用して用いることもできる。
【0059】
なかでも多官能のグリシジルアミン型エポキシ樹脂と芳香族ジアミン硬化剤を含有したエポキシ樹脂を使用することが好ましい。一般に多官能のグリシジルアミン型エポキシ樹脂と芳香族ジアミン硬化剤を含有したマトリックス樹脂は、架橋密度が高く、炭素繊維強化複合材料の耐熱性および圧縮強度を向上させることができる。
【0060】
多官能のグリシジルアミン型エポキシ樹脂としては、例えば、テトラグリシジルジアミノジフェニルメタン、トリグリシジルアミノフェノールおよびトリグリシジルアミノクレゾールなどを好ましく使用することができる。多官能のグリシジルアミン型エポキシ樹脂は耐熱性を高める効果があり、その割合は、全エポキシ樹脂100質量%中、30~100質量%含まれていることが好ましい。グリシジルアミン型エポキシ樹脂の割合が30質量%以上の場合は、炭素繊維強化複合材料の圧縮強度が向上し、耐熱性に優れる。
【0061】
芳香族ジアミン硬化剤としては、エポキシ樹脂硬化剤として用いられる芳香族アミン類であれば特に限定されるものではないが、具体的には、3,3’-ジアミノジフェニルスルホン(3,3’-DDS)、4,4’-ジアミノジフェニルスルホン(4,4’-DDS)、ジアミノジフェニルメタン(DDM)、ジアミノジフェニルエーテル(DADPE)、ビスアニリン、ベンジルジメチルアニリン、2-(ジメチルアミノメチル)フェノール(DMP-10)、2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノール(DMP-30)、DMP-30のトリ-2-エチルヘキシル酸塩等、およびそれらの異性体、誘導体を好ましく使用することができる。これらは、単独で用いても、あるいは2種以上の混合物を用いてもよい。
【0062】
上記の芳香族ジアミン硬化剤は、全エポキシ樹脂に対する化学量論量の50~120質量%含まれていることが好ましく、60~120質量%がより好ましく、さらに好ましくは70~90質量%である。芳香族アミン硬化剤が、全エポキシ樹脂に対する化学量論量の50質量%以上で得られる樹脂硬化物の耐熱性が良好になる。また、芳香族アミン硬化剤が120質量%以下の場合は、得られる樹脂硬化物の靱性が向上する。
【0063】
また、エポキシ樹脂の硬化を促進する目的に効果促進剤を配合することもできる。硬化促進剤としては、ウレア化合物、第三級アミンとその塩、イミダゾールとその塩、トリフェニルホスフィンまたはその誘導体、カルボン酸金属塩やルイス酸、ブレンステッド酸類とその塩類などが挙げられる。
【0064】
炭素繊維強化複合材料のマトリックス樹脂には、得られる樹脂硬化物の靭性等の物性を向上させるため、ポリエーテルスルホン及びポリエーテルイミド等の熱可塑性樹脂を配合することができる。熱可塑性樹脂は、特に含浸性を中心としたプリプレグ作製工程に支障をきたさないように、エポキシ樹脂組成物中に均一溶解しているか、粒子の形態で微分散していることが好ましい。
【0065】
さらに、マトリックス樹脂を改質するために、マトリックス樹脂に用いられる熱硬化性樹脂以外の熱硬化性樹脂、エラストマー、フィラー、ゴム粒子、熱可塑性樹脂粒子、無機粒子およびその他の添加剤を配合することもできる。
【0066】
プリプレグは、上記のマトリックス樹脂をメチルエチルケトンやメタノール等の溶媒に溶解して低粘度化し、含浸させるウェット法と、加熱により低粘度化し、含浸させるホットメルト法(ドライ法)等により作製することができる。
【0067】
ウェット法は、強化炭素繊維をマトリックス樹脂の溶液に浸漬した後、引き上げ、オーブン等を用いて溶媒を蒸発させる方法であり、また、ホットメルト法は、加熱により低粘度化したマトリックス樹脂を直接炭素繊維に含浸させる方法、またはマトリックス樹脂から作製したコーティングフィルムを一旦離型紙等の上に載置しておき、次いで強化炭素繊維の両側又は片側から前記フィルムを重ね、加熱加圧することにより、強化炭素繊維にマトリックス樹脂を含浸させる方法である。ホットメルト法によれば、プリプレグ中に残留する溶媒が実質上皆無となるため好ましい方法である。
【0068】
炭素繊維強化複合材料は、得られたプリプレグを積層後、積層物に圧力を付与しながらマトリックス樹脂を加熱硬化させる方法等により作製することができる。ここで熱および圧力を付与する方法には、プレス成形法、オートクレーブ成形法、バギング成形法、ラッピングテープ法および、内圧成形法および真空圧成形法等が採用される。炭素繊維強化複合材料は、プリプレグを介さず、例えば、フィラメントワインディング法、ハンド・レイアップ法、レジン・インジェクション・モールディング法、“SCRIMP(登録商標)”、レジン・フィルム・インフュージョン法およびレジン・トランスファー・モールディング法等の成形法によっても作製することができる。
【0069】
一般に、プリプレグ材を賦形するためには、成形型内に配置した状態で高圧プレスするか、その成形型内に配置した状態で減圧下内部のボイドを除去する作業が必要になる。また、樹脂を含浸させていない既存のプリフォーム炭素繊維は、そのまま成形型無しの状態で母材の樹脂に浸漬した場合、減圧下、内部の気泡が抜ける際に型崩れを起こす。つまり、従来の炭素繊維シート材料は、成形型無しで賦形し、所望の形状のCFRP成形物に加工することはできない。
【0070】
一方、本発明の賦形強化炭素繊維は、そのまま母材の樹脂に浸漬し、減圧した場合でも型崩れせず、取り出して樹脂を硬化させることで、型無しで所望の形状のCFRP成形物を作製することができる。
【0071】
成形型の使用を省略できる結果、大きな特徴として、既存の方法では不可能あるいは困難であった複雑な形状のCFRP成形物を作製することができるようになる。例えば、炭素繊維織物から折り紙や髪飾りのような形状のCFRP成形物を作製することができる。
【0072】
仕口や継手で接合したCFRP成形物を得ようとする場合、成形型を用いて母材の樹脂を含浸させ、硬化させたCFRPシート材料を切削加工して接合する手法が考えられる。しかしながら、CFRPシート材料は極めて高い強度を持つため、切削工具に大きな負荷がかかる。また、接合部分は再度接着剤を塗布し、塗り残しおよび気泡が混入しないよう慎重に組み合わせる必要があるため、多大な手間を必要とする。
【0073】
一方で、本発明の強化炭素繊維シートは、切削等の加工を容易に行うことができる。また、複数の加工品を組み合せる場合、組み立てた状態で母材の樹脂を含浸させることができる。そのため、接合部含め強化炭素繊維の構造物全体を一様かつ同時に脱気して、その内部に樹脂を行き渡らせることができる。特に、成形型が不要であることから、バギングフィルムと組み合わせることで、成形型では賦形することが難しいか、あるいは高コストとなる大型のCFRP成形物を製造することができる。
【0074】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0075】
<実施例1>
強化炭素繊維の製造
以下の炭素繊維を準備した。
【0076】
【0077】
炭素繊維を長さ15cmに裁断した。これをアセトン中に24時間浸漬後、取り出してアセトンで表面を共洗いし、ホットプレート上で片面5分ずつ[??]400℃にて加熱することで、サイジング剤を除去した。
【0078】
炭素繊維を束にし、束を中央部で切断し、FADPを塗布する試料、および塗布しない対照試料を調製した。
【0079】
リノール酸、リノール酸に対し2.5%(w/w)の水酸化ナトリウム(NaOH)、及びリノール酸に対し0.001%(w/w)の3塩化鉄(FeCl3)を混合してFADP塗布液を調製した。FADP塗布用の炭素繊維の束に、FADP塗布液を、炭素繊維に対し20%(w/w)の量で塗布した。炭素繊維はFADP塗布液を吸収した。
【0080】
FADP塗布液を吸収させた炭素繊維を、空気の存在下、300℃で5分加熱することで、炭素繊維中でFADPを硬化させた。
【0081】
FADP処理した炭素繊維の束と、未処理の炭素繊維の束とを、長さ50mmに切断した。炭素繊維の束(ASA-80I;断面積0.025 mm2、TR30S;断面積0.025 mm2、K63712;断面積0.45 mm2)を、引張試験機(TA.XT Plus(商品名)、Stable Micro Systems社製)のクランプにセットし、炭素繊維の長さ方向に引張ることにより、破断強度を測定した。引張試験は各試料について3回行い(n=3)、平均値を算出した。
【0082】
未処理の炭素繊維の引張強度を100%として換算した、FADP処理した炭素繊維の引張強度を表2及び
図1に示す。
【0083】
【0084】
いずれもt検定(片側、等分散)で0.05以下となり、FADP処理によって炭素繊維の引張強度が有意に上昇しており、弾性率が上昇したことが確認された。
【0085】
<実施例2>
強化炭素繊維の赤外吸収スペクトル分析
炭素繊維織物(「TR3110MS」(商品名)、三菱化学社製、厚さ約0.25mm)を準備した。これをアセトン中に24時間浸漬した後、取り出してアセトンで表面を共洗いし、縦10cm横10cmの寸法に切り出し、ホットプレート上で片面5分ずつ400℃にて加熱することで、サイジング剤を除去した。
【0086】
リノール酸、リノール酸に対し2.5%(w/w)の水酸化ナトリウム(NaOH)、及びリノール酸に対し0.001%(w/w)の3塩化鉄(FeCl3)を混合してFADP塗布液を調製した。炭素繊維織物に、FADP塗布液を、炭素繊維織物に対し20%(w/w)の量で塗布した。炭素繊維織物はFADP塗布液を吸収した。
【0087】
FADP塗布液を吸収させた炭素繊維織物を、空気の存在下、300℃で5分加熱することで、炭素繊維中でFADPを硬化させた。
【0088】
FADPの密度が0.9g/cm3、TR3110MS中の炭素繊維の密度が1.8g/cm3であることから、FADP処理した炭素繊維の重量を測定することで、FADP処理した炭素繊維の体積組成を測定した。炭素繊維中、炭素繊維、FADP及び空隙の体積比は、VTR3110M=0.49、VFADP=0.15、空隙=残量であった。
【0089】
次いで、FADP塗布液をガラスプレートに塗布し、形成された塗膜を、空気の存在下、300℃で10分間加熱させることでFADPフィルムを作製した。
【0090】
FADP処理炭素繊維織物、サイジング剤除去後FADP未処理の炭素繊維織物、及びFADPフィルムについて、FT-IR装置(Nicolet iS50(商品名)、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を使用して赤外吸収スペクトルを測定した。結果を
図2に示す。
【0091】
FADP処理炭素繊維織物の赤外吸収スペクトルには、元の炭素繊維(即ち、サイジング剤除去後FADP未処理のもの)およびFADPフィルムにはみられない、1240cm-1のピークが確認された。
【0092】
芳香族エーテルは、アルキルエーテルの1140~1070cm-1よりも高波数の1300~1200cm-1に強いピークが現れることが知られており(The C-O Bond III: Ethers By a Knockout. Spectroscopy,2017,32,22~26)、1240cm-1のピークは、芳香族エーテルに対応するピークと考えられる。
【0093】
炭素繊維の表面において、液体などが接触する部分には、酸素との相互作用によりフェノール系官能基が存在すると考えられる。上記実験結果を考慮すると、FADPと炭素繊維とを加熱処理した際に、FADPと炭素繊維の表面との間に、エーテル結合が形成され、FADPと炭素繊維とが共有結合した、新たな化合物が生成したものと考えられる。
【0094】
炭素繊維は、FADPを含ませて加熱した場合に、FADPと炭素繊維の表面との間が共有結合によって強固に結合し、FADPは重合することで硬化することから、実施例1に示される通り、その弾性率が上昇すると考えられる。
【0095】
<実施例3>
炭素繊維強化複合材料の製造
以下の炭素繊維織物を準備した。
【0096】
【0097】
炭素繊維織物をアセトン中に24時間浸漬した後、取り出してアセトンで表面を共洗いし、縦15cm横15cmの寸法に切り出し、ホットプレート上で片面5分ずつ400℃にて加熱することで、サイジング剤を除去した。尚、F637400については、横糸のガラス繊維を手で除去し、縦糸(「K63712」(商品名))のみを集め、金属クリップで固定することで、縦15cm横15cmの寸法になるように並行に並べた。
【0098】
リノール酸に対し2.5%(w/w)の水酸化ナトリウム(NaOH)、及びリノール酸に対し0.001%(w/w)の3塩化鉄(FeCl3)を混合してFADP塗布液を調製した。炭素繊維織物に、FADP塗布液を、炭素繊維織物に対し20%(w/w)の量で塗布した。炭素繊維織物はFADP塗布液を吸収した。
【0099】
複数の炭素繊維織物を積層(TR3110MS:8層、K63712:4層)し、「テフロン」(商品名)フィルムで挟み、0.1MPaの圧力でプレスした。この状態で、空気の存在下、250℃で20分加熱することで、炭素繊維中のFADPを硬化させた。
【0100】
FADPの密度が0.9g/cm3、TR3110MSおよびK63712中の炭素繊維の密度がそれぞれ1.8g/cm3、2.1g/cm3であることから、FADP処理した炭素繊維の重量を測定することでFADP処理した炭素繊維織物の体積組成を測定した。炭素繊維織物中、炭素繊維、FADP及び空隙の体積比を表4に示す。
【0101】
【0102】
サイジング剤除去後FADP未処理の炭素繊維織物についても、同様に寸法を調整し、複数積層し、同条件で加熱およびプレスした。
【0103】
エポキシ樹脂(「GM6800」(商品名)、日本特殊塗料社製)を準備し、これを容器に入れ、FADP処理炭素繊維織物積層体、サイジング剤除去後FADP未処理の炭素繊維織物積層体をエポキシ樹脂に浸漬した。エポキシ樹脂及び炭素繊維織物積層体を収納した容器をデシケーターに入れ、減圧することで1時間脱気し、その後取り出した。
【0104】
エポキシ樹脂に浸漬した炭素繊維織物積層体を「テフロン」(商品名)フィルムで挟み、0.1MPaの圧力でプレスした。この状態で、40℃で24時間加熱することで、エポキシ樹脂を硬化させた。
【0105】
その後、炭素繊維織物積層体から、縦150mm、横15mm、厚さ2mmの試験片を切り出し、JIS K 7074-1988に準拠して試験機(「AG -20kNXDplus」(商品名)、島津製作所製)を使用して、3点曲げ試験を行い、曲げ強度及び弾性率を測定した。3点曲げ試験は、各試料について2回行い(n=2)、測定値の平均を算出した。なお、「K63712」(商品名)を用いた試験片は一方向材として、繊維と垂直方向に力が加わるよう設置向きを調整した。
【0106】
【0107】
炭素繊維織物積層体は、FADP処理を行った結果、曲げ弾性率が向上した。一方、曲げ強度については、FADP処理の前後で上昇するか低下するか、明確な傾向が得られなかった。このことから、FADPは、炭素繊維を強化すること、及び炭素繊維へのエポキシ樹脂の浸潤を阻害しないことが、考えられる。FADPは一部がイオン化した脂肪酸を基本構造としていることから、石鹸と同様に親油性の官能基と親水性の官能基の両方を有しており、相溶化剤としての効果を持つ。これにより、FADP処理後も母材樹脂の十分な浸潤が可能となったと考えられる。
【0108】
<実施例4>
強化炭素繊維の加工性の向上
【0109】
FADPで強化したエポキシ含侵前の炭素繊維は硬く脆い性質を持つため、安価な工具で加工ができる。そこで、例として以下木工用のCNC(「Genmitsu CNCルーター1810-PRO」(商品名)、SainSmart社製)を用いて、FADPで強化した炭素繊維とエポキシ含侵後のCFRPの加工性の違いを比較した。尚、切削にはCNCに付属していた。木工用のエンドミル(V Bit End Mill 20 Degree 0.1mm Tip 3.175mm Shaft(商品名)、SainSmart社製)を用いた。
【0110】
まず、炭素繊維織物(TR3110MS、三菱ケミカル社製)をアセトン中に24時間浸漬した後、取り出してアセトンで表面を共洗いし、縦75mm横55mmの寸法に切り出し、ホットプレート上で片面5分ずつ400℃にて加熱することで、サイジング剤を除去した。
【0111】
リノール酸に対し2.5%(w/w)の水酸化ナトリウム(NaOH)、及びリノール酸に対し0.001%(w/w)の3塩化鉄(FeCl3)を混合してFADP塗布液を調製した。炭素繊維織物に、FADP塗布液を、炭素繊維織物に対し20%(w/w)の量で塗布した。炭素繊維織物はFADP塗布液を吸収した。
【0112】
空気の存在下、180℃で1時間加熱することで、炭素繊維中のFADPを硬化させた。さらに、このFADPを含む炭素繊維を8枚積層し、1.5mmの厚さとなるよう250℃で10分プレスし、賦形および硬化を完了した。
【0113】
FADPの密度が0.9g/cm3、TR3110MS中の炭素繊維の密度が1.8g/cm3であることから、FADP処理した炭素繊維の重量を測定することで、FADP処理した炭素繊維の体積組成を測定した。炭素繊維中、炭素繊維、FADP及び空隙の体積比は、VTR3110M=0.53、VFADP=0.15、空隙=残量であった
【0114】
この縦75mm横55mm厚さ1.5mmのプレートをCNCにより加工した。プレートには直径30mm深さ1.0mmの円形の表面加工および直径30mmの穴あけ加工を施した。ツールパス設定はソフトウェア(Fusion 360, Autodesk社製)で自動処理し、エンドミルが中心から渦状に外側へ向かうよう設定した。エンドミルの回転速度は10,000rpm、送り速度は300mm/分の、仕上げを含まない荒加工とした。対照として、サイジング剤除去後に同枚数の炭素繊維を積層し、エポキシを含侵および厚さ1.5mmとなるようプレス下で硬化させたCFRPプレートを用いた。
【0115】
その結果、FADPで賦形した炭素繊維織物は、特に問題なく切削が完了し、仕上げで問題となる程度のバリや層間剥離の発生はみられなかった(
図3左側)。一方、対照となるCFRPは切削開始後しばらくするとエンドミルの刃先が欠け(
図4)、CFRP上の円形の切削部中心の直径約2mmの範囲がクレーター状に欠け(
図3右側)、この中心部以外の切削深さが足りなくなった。また、途中から異音とともに刃先の送りが断続的となったため、加工を表面加工時の途中で中断した。
【0116】
この結果から、FADPで賦形した炭素繊維は、従来の切削加工の対象であるCFRPと比較して極めて優れた加工性を有していることが示された。この後、エポキシを含侵および硬化させることで荒加工が完了したCFRPが得られるため、CFRP切削用の工具の使用は仕上げ加工時のみあるいは不要となるため、CFRP切削用の工具の寿命が大幅に延びると考えられる。
【0117】
<実施例5>
複雑な形状のCFRP成形物の製造
炭素繊維織物「ASA-80I」(商品名、サカイオーベックス社製)をアセトン中に24時間浸漬した後、取り出してアセトンで表面を共洗いし、縦15cm横15cmの寸法に2枚切り出し、ホットプレート上で片面5分ずつ400℃にて加熱することで、サイジング剤を除去した。
【0118】
リノール酸に対し2.5%(w/w)の水酸化ナトリウム(NaOH)、及びリノール酸に対し0.001%(w/w)の3塩化鉄(FeCl3)を混合してFADP塗布液を調製した。炭素繊維織物に、FADP塗布液を、炭素繊維織物に対し20%(w/w)の量で塗布した。炭素繊維織物はFADP塗布液を吸収した。
【0119】
2枚重ねた状態で空気の存在下、280℃で10分加熱することで、炭素繊維中のFADPを硬化させた。
【0120】
カッターで数か所切り込みを入れ、上下にある程度広げた状態で四隅をテフロンの板上でクリップ留めし、オーブン中で200℃5分ほど静置後に冷却することで、クリップを外した後も広がった状態に賦形できる。
【0121】
サイジング剤除去後FADP未処理の炭素繊維織物についても、同様に寸法を調整し、カッターで切り込みを入れたが、型崩れを起こし、織物が切り込み部分で断片化して剥がれ落ちてしまい、加工することができなかった。
【0122】
エポキシ樹脂(「GM6800」(商品名)、日本特殊塗料社製)を準備し、これを容器に入れ、FADPで賦形した炭素繊維織物をエポキシ樹脂に浸漬した。エポキシ樹脂及び炭素繊維織物を収納した容器をデシケーターに入れ、減圧することで10分間脱気し、その後取り出した。その結果、成形型を用いることなく、
図5に示すようなハニカム様構造の成形体を得た。
【0123】
<実施例6>
複雑な形状のCFRP成形物の製造
炭素繊維織物「TR3110MS」(商品名、三菱ケミカル社製)をアセトン中に24時間浸漬した後、取り出してアセトンで表面を共洗いし、縦15cm横15cmの寸法に切り出し、ホットプレート上で片面5分ずつ400℃にて加熱することで、サイジング剤を除去した。
【0124】
リノール酸に対し2.5%(w/w)の水酸化ナトリウム(NaOH)、及びリノール酸に対し0.001%(w/w)の3塩化鉄(FeCl3)を混合してFADP塗布液を調製した。炭素繊維織物に、FADP塗布液を、炭素繊維織物に対し20%(w/w)の量で塗布した。炭素繊維織物はFADP塗布液を吸収した。
【0125】
空気の存在下、280℃で10分加熱することで、炭素繊維中のFADPを硬化させた。
【0126】
幅6mm、長さ40mmの寸法でカッターナイフを使って切り出し、4.5mm地点、20mm地点おおよび36mm地点にそれぞれカッターナイフを使って上下2mm切り込みを入れた。
【0127】
幅6mm、長さ28mmの寸法で6片カッターナイフを使って切り出し、各4mm地点、14mm地点および26mm地点にそれぞれカッターナイフを使って片側に2mm切り込みを入れた。
【0128】
幅6mm、長さ25mmの寸法で2片カッターナイフを使って切り出し、各5mm地点および20mm地点にそれぞれカッターナイフを使って片側に2mm切り込みを入れた。
【0129】
それぞれの断片の切り込みをしならせながら組み合わせ、FADPで賦形した格子状の炭素繊維織物を得た。
【0130】
エポキシ樹脂「GM6800」(商品名、日本特殊塗料社製)を準備し、これを容器に入れ、FADPで賦形した格子状の炭素繊維織物をエポキシ樹脂に浸漬した。エポキシ樹脂及び炭素繊維織物を収納した容器をデシケーターに入れ、減圧することで10分間脱気し、その後取り出した。
【0131】
そこから、ブロワーで余分な樹脂を除きながら、接合部に適切な量のエポキシが残るよう調整し、室温27℃24時間、エポキシを硬化させた。その結果、成形型を用いることなく、
図6のような格子状の成形物を得た。
【0132】
<実施例7>
中空形状のCFRP成形物の製造
国際特許出願第PCT/JP2022/031675号に記載されたバイオプラスチックにおいて、塩基性物質の使用量を増大させることで、耐熱性かつ水溶性の成形物を作製することができる。例えば、この成形物をサポート材として使用することで、曲線的な形状を持つ中空構造のCFRP成型物を作製することができる。
【0133】
リノール酸に対し12%(w/w)の水酸化ナトリウム(NaOH)、及びリノール酸に対し0.001%(w/w)の3塩化鉄(FeCl3)を混合し、空気の存在下280℃で1時間攪拌することで水溶性のFADPを調製した。50%(w/w)となるようセルロース粉末(富士フィルム和光純薬社製)にFADPを加え、よく混錬した。
【0134】
この混合物を、手技にて厚み約3cm縦横が約10cmの
図7のような形状にし、120℃30分、160℃1時間オーブンにて加熱することで硬化させ、耐熱性かつ水溶性のサポート材を作製した。
【0135】
次にリノール酸に対し2.5%(w/w)の水酸化ナトリウム(NaOH)、及びリノール酸に対し0.001%(w/w)の3塩化鉄(FeCl3)を混合してFADP塗布液を調製した。幅約3cm長さ約1.5mの炭素繊維織物に、FADP塗布液を、炭素繊維織物に対し20%(w/w)の量で塗布した。炭素繊維織物はFADP塗布液を吸収した。
【0136】
サポート材のまわりに上記のFADPを塗布した炭素繊維織物をハンドレイアップし、空気の存在下、180℃で1時間加熱することで、炭素繊維中のFADPを硬化させた。
【0137】
FADPによる硬化および賦形が完了した炭素繊維織物を水中に30分漬け、サポート材を崩壊させた。内部のサポート材を除去した炭素繊維織物を十分な量の水でよく洗い、50℃1時間オーブン中で乾燥させた。なお、崩壊したサポート材は乾燥させることで再利用可能なため回収した。
【0138】
当該のFADPによる硬化および賦形が完了した炭素繊維織物のチューブ状の先端4カ所をはさみで切り揃え、縦横が9.5cmとなるよう長さを調整した。
【0139】
エポキシ樹脂「GM6800」(商品名、日本特殊塗料社製)を準備し、これを容器に入れ、FADPで賦形した炭素繊維織物をエポキシ樹脂に浸漬した。エポキシ樹脂及び炭素繊維織物を収納した容器をデシケーターに入れ、減圧することで10分間脱気し、その後取り出し、室温27℃24時間、エポキシ樹脂を硬化させた。その結果、
図8のような曲線的な外部形状と
図9のような曲線的な内部形状をもつ中空構造のCFRP成形物を作製することができた。
【0140】
このように、耐熱性かつ水溶性のサポート材、及び賦形後に容易に加工でき、かつ成形型無しの状態でも形状を維持したままエポキシ樹脂を含侵させることができる本発明の強化炭素繊維シートを使用することで、パイプ状の先端部や中心部の曲面部を含め、継ぎ目のない一体化したCFRP成形物を作製することができた。