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特開2024-47326巻上機、巻上機システム、および状態推定システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024047326
(43)【公開日】2024-04-05
(54)【発明の名称】巻上機、巻上機システム、および状態推定システム
(51)【国際特許分類】
   B66D 1/46 20060101AFI20240329BHJP
   B66C 13/46 20060101ALI20240329BHJP
   B66C 13/16 20060101ALI20240329BHJP
   B66C 13/22 20060101ALI20240329BHJP
【FI】
B66D1/46 Z
B66C13/46 E
B66C13/16 F
B66C13/16 G
B66C13/22 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022152881
(22)【出願日】2022-09-26
(71)【出願人】
【識別番号】502129933
【氏名又は名称】株式会社日立産機システム
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】桃井 康行
(72)【発明者】
【氏名】渡部 道治
(72)【発明者】
【氏名】家重 孝二
(72)【発明者】
【氏名】及川 裕吾
(72)【発明者】
【氏名】田上 達也
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 隆文
(72)【発明者】
【氏名】百瀬 峻也
【テーマコード(参考)】
3F204
【Fターム(参考)】
3F204AA02
3F204CA05
3F204FA01
3F204FA05
3F204FB03
3F204FE04
(57)【要約】
【課題】 物理モデルの構築なしに、巻上機に係る状態を推定する。
【解決手段】 モータを備え、モータを制御して吊荷の巻上げおよび巻下げを行う巻上機であって、モータの運転情報を取得する運転情報取得部と、運転情報取得部により取得された運転情報と、巻上機に係る状態を推定可能に学習されている状態推定式とに基づいて、巻上機に係る状態を推定する状態推定部とを有し、状態推定式は、巻上機の機種によらない共通推定部と、巻上機の機種ごとに異なる機種固有推定部とから構成される巻上機。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータを備え、前記モータを制御して吊荷の巻上げおよび巻下げを行う巻上機であって、
前記モータの運転情報を取得する運転情報取得部と、
前記運転情報取得部により取得された運転情報と、前記巻上機に係る状態を推定可能に学習されている状態推定式とに基づいて、
前記巻上機に係る状態を推定する状態推定部とを有し、
前記状態推定式は、
前記巻上機の機種によらない共通推定部と、前記巻上機の機種ごとに異なる機種固有推定部とから構成される巻上機。
【請求項2】
請求項1に記載の巻上機において、
前記吊荷を取付可能なロープを備え、
前記状態推定部は、
前記巻上機に係る状態として、前記ロープに取り付けられている吊荷の質量、前記吊荷の加速度、前記ロープの張力、前記モータの回転負荷、前記ロープの緊張状態、前記モータの温度、および前記吊荷の荷振れ量のうちの少なくとも1つを推定する巻上機。
【請求項3】
請求項1に記載の巻上機において、
前記モータの運転情報は、
前記モータへ印加する電圧値、前記モータの制御部への指令周波数、前記モータの回転数、前記モータに入力する駆動電流値、前記モータのベクトル制御における励磁電流値、前記モータのベクトル制御におけるトルク電流値、前記モータへの入力トルク値、前記モータに入力する指令速度、および、前記モータに入力する指令速度に対する前記モータの回転数の滑り値、前記モータの温度、前記モータの劣化度、前記モータの動力伝達系に接続している構成要素の劣化度のうちの少なくとも1つの情報が含まれる巻上機。
【請求項4】
請求項3に記載の巻上機において、
前記状態推定部が前記巻上機に係る状態の推定に用いる前記モータの運転情報は、時系列情報である巻上機。
【請求項5】
請求項1に記載の巻上機において、
前記状態推定部は、
前記状態推定式により得られた状態推定値を、巻上機ごとに補正する状態推定出力補正部を有する巻上機。
【請求項6】
モータを備え、前記モータを制御して吊荷の巻上げおよび巻下げを行う巻上機を有する巻上機システムにおいて、
前記モータの運転情報を取得する運転情報取得部と、
前記運転情報取得部により取得された運転情報と前記巻上機に係る状態を推定可能に学習されている状態推定式とに基づいて前記巻上機に係る状態を推定する状態推定部と、
前記巻上機に係る状態の推定に用いられる状態推定式を学習する学習装置と、
を備え、
前記状態推定式は、
前記巻上機の機種によらない共通推定部と、前記巻上機の機種ごとに異なる機種固有推定部とから構成され、
前記学習装置は、
前記モータの運転情報と前記巻上機に係る状態を示す情報とが対応付けられた学習データを蓄積する学習データ蓄積部と、
前記学習データ蓄積部により蓄積されている前記学習データを用いて前記状態推定式を学習する学習部と、
前記学習部により学習された前記状態推定式を蓄積する学習結果蓄積部と、
を備え、
前記学習部は、
標準機種での前記運転情報と前記状態が対応付けられた標準学習データに基づき、前記標準機種の状態推定式を学習し、
標準機種以外の機種での前記運転情報と前記状態が対応付けられた機種別学習データに基づいて、前記状態推定式をチューニングする巻上機システム。
【請求項7】
モータを備え、前記モータを制御して吊荷の巻上げおよび巻下げを行う巻上機を有する巻上機システムにおいて、
前記モータの運転情報を取得する運転情報取得部と、
前記運転情報取得部により取得された運転情報と前記巻上機に係る状態を推定可能に学習されている状態推定式とに基づいて、前記巻上機に係る状態を推定する状態推定部と、
前記巻上機に係る状態の推定に用いられる状態推定式を学習する学習装置と、
を備え、
前記状態推定部は、
前記状態推定式により得られた状態推定値を、前記巻上機ごとに補正する状態推定出力補正部を有する巻上機システム。
【請求項8】
請求項7に記載の巻上機システムにおいて、
前記状態推定式により得られた状態推定値と前記巻上機の実状態の測定値との対応関係に基づき、前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータを同定する状態推定出力補正パラメータ同定部を有する巻上機システム。
【請求項9】
請求項8に記載の巻上機システムにおいて、
前記状態推定出力補正パラメータ同定部は前記巻上機とネットワークを介して接続されるコンピュータに設けられ、
前記巻上機は、
前記状態推定式により得られた状態推定値もしくは該状態推定値の基となる前記モータの運転情報、並びに、前記巻上機の実状態の測定値を前記コンピュータへ送信し、
前記コンピュータは、
前記状態推定出力補正パラメータ同定部により前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータを同定し、同定された結果を前記巻上機に送信し、
前記巻上機は、
送信された結果に基づき前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータを更新する巻上機システム。
【請求項10】
請求項7に記載の巻上機システムにおいて、
前記モータの運転情報から前記巻上機の劣化状態を推定する劣化状態推定部と、
前記劣化状態推定部により推定された巻上機の劣化状態推定値と前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータとの対応関係を蓄積する状態推定出力補正パラメータ蓄積部と、を有し、
前記状態推定出力補正パラメータ蓄積部に蓄積された対応関係に基づき、前記劣化状態推定部により推定される劣化状態推定値に対応した前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータに更新する巻上機システム。
【請求項11】
請求項10に記載の巻上機システムにおいて、
前記巻上機の劣化状態は、
前記モータの劣化度、および、前記モータの動力伝達系に接続している構成要素の劣化度のうちの少なくとも1つを含む巻上機システム。
【請求項12】
請求項10に記載の巻上機システムにおいて、
前記状態推定部により推定された状態推定値と前記巻上機の実状態との誤差が大きいと判断された場合、
前記状態推定値と前記巻上機の実状態の測定値との対応関係を取得し、
前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータを同定する状態推定出力補正パラメータ同定部により取得された対応関係に基づき、前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータを同定し、
前記劣化状態推定部により推定された劣化状態推定値と同定された前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータとを前記状態推定出力補正パラメータ蓄積部に追加する巻上機システム。
【請求項13】
請求項12に記載の巻上機システムにおいて、
前記状態推定出力補正パラメータ蓄積部は、前記巻上機とネットワークを介して接続されるコンピュータに設けられ、
前記巻上機は、
劣化状態推定部により推定された巻上機の劣化状態推定値もしくは該劣化状態推定値の基となる前記モータの運転情報を前記コンピュータへ送信し、
前記コンピュータは、
前記状態推定出力補正パラメータ蓄積部に蓄積された前記劣化状態推定値と前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータとの対応関係に基づき、送信された前記劣化状態推定値に対応した前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータを取得し、取得した結果を前記巻上機に送信し、
前記巻上機は、
送信された結果に基づき前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータを更新し、
前記状態推定部により推定された状態推定値と前記巻上機の実状態との誤差が大きいと判断された場合、前記巻上機は、
前記劣化状態推定値及び前記状態推定値もしくは推定の基となる前記モータの運転情報、並びに、
前記巻上機の実状態の測定値を前記コンピュータに送信し、
前記コンピュータは、
前記状態推定出力補正パラメータ同定部により送信された情報に基づき前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータを同定し、前記劣化状態推定値と同定された前記状態推定出力補正部の演算式及びパラメータとを前記状態推定出力補正パラメータ蓄積部に追加する巻上機システム。
【請求項14】
モータを備えた装置の状態を推定する状態推定システムであって、
前記モータの運転情報を取得する運転情報取得部と、
前記運転情報取得部により取得された運転情報と、前記装置に係る状態を推定可能に学習されている状態推定式とに基づいて、前記装置に係る状態を推定する状態推定部とを有し、
前記状態推定式は、
前記装置の機種によらない共通推定部と、前記装置の機種ごとに異なる機種固有推定部とから構成される状態推定システム。
【請求項15】
モータを備えた装置の状態を推定する状態推定システムであって、
前記モータの運転情報を取得する運転情報取得部と、
前記運転情報取得部により取得された運転情報と、前記装置に係る状態を推定可能に学習されている状態推定式とに基づいて、前記装置に係る状態を推定する状態推定部とを有し、
前記状態推定部は、
前記状態推定式により得られた状態推定値を、前記装置ごとに補正する状態推定出力補正部を有する状態推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、巻上機、巻上機システム、および状態推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、巻上機の熟練作業者の高齢化、巻上機の設置台数の増加による人手不足等に伴い、経験の浅い作業者(未習熟作業者)が増加している。そのため、未習熟作業者でも安全かつ高効率な搬送を実現できる巻上機が求められている。巻上機の運用に際しては、吊荷の質量をはじめとする様々な運転状態を操作者に通知して運搬操作を支援するだけでなく、過負荷防止、寿命予測、劣化状態の診断、荷振れの抑制、吊荷が地面から離れる地切りの検出等の様々なニーズがある。
【0003】
特に地切りに関しては、吊荷の重心位置からずれた点を吊り上げることで、地切りの瞬間に吊荷が大きく振れたり、玉掛ワイヤーが切断したりする等の危険な状態が生じる可能性があるため、作業者の安全を確保するうえで無視できない。そのため、未習熟作業者でも安全に地切りを行うための技術が提案されている。この点、巻上機を構成するモータの電流値と回転数とを取得し、それぞれを比較した結果を用いて、地切り直前を検知することで安全を確保する技術が開示されている(特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-66893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1によれば、モータからの出力情報を用いて地切りが検出できる。しかしながら、モータの電流値は、軸受、歯車等の動力伝達系の劣化、モータ温度の変化等、巻上機を構成する複数の要素の影響を受けるため、地切りの検出の精度を高めるには、条件分岐を加味して物理モデルの作成を精密に行う必要がある。また、地切りに加えて、吊荷の質量の推定、モータの温度推定等、巻上機に係る様々な状態の推定(「状態推定」と記す)を加える場合においても、各状態推定の対象の項目(「推定項目」と記す)の推定を行うための物理モデルの構築およびパラメータの設定が必要となる。したがって、物理モデルを用いる状態推定では、推定精度を高めることと、推定項目を増やすことの両者に共通して、モデル化すべき物理項目の因子が増えるために、パラメータの設定が容易でない。
【0006】
本発明の目的は、物理モデルの構築なしに、巻上機などの装置に係る状態を推定することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一例としては、モータを備え、前記モータを制御して吊荷の巻上げおよび巻下げを行う巻上機であって、
前記モータの運転情報を取得する運転情報取得部と、
前記運転情報取得部により取得された運転情報と、前記巻上機に係る状態を推定可能に学習されている状態推定式とに基づいて、
前記巻上機に係る状態を推定する状態推定部とを有し、
前記状態推定式は、
前記巻上機の機種によらない共通推定部と、前記巻上機の機種ごとに異なる機種固有推定部とから構成される巻上機である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、巻上機などの装置に係る状態を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の巻上機システムに係る構成の一例を示す図である。
図2】本発明の巻上機に係る構成の一例を示す図である。
図3】本発明の巻上機に係る構成の一例を示す図である。
図4】本発明の巻上機に係る構成の一例を示す図である。
図5】実施例1による巻上機システムの機能構成の一例を示す図である。
図6】実施例1による状態推定式の一例を示す図である。
図7】実施例1による状態推定式の学習・調整手順の一例を示す図である。
図8】実施例1による状態推定式の学習・調整における機構構成の一例を示す図である。
図9】実施例1による学習・調整を行う場合の巻上機システムの機能構成の一例を示す図である。
図10】実施例2における状態推定式出力と実状態の測定値との相関の一例を示す図である。
図11】実施例2による状態推定部の構成の一例を示す図である。
図12】実施例3による状態推定部の構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための実施例を詳述する。ただし、本発明は、実施例に限定されるものではない。
【実施例0011】
(基本形、機種差補正)
本実施例では、モータを備え、モータを制御して吊荷の巻上げおよび巻下げを行う巻上機を例に挙げて説明する。例えば、巻上機は、モータの運転情報を取得する運転情報取得部と、運転情報取得部により取得された運転情報から巻上機に係る状態を推定する状態推定部とを備える。巻上機に係る状態は、巻上機を構成するモータの状態、吊荷が取り付けられている吊り具の状態、吊荷の状態等である。例えば、状態推定部は、運転情報と巻上機に係る状態を示す情報とが対応付けられた学習データを用いて学習されている状態推定式に基づいて、少なくとも1つ以上の巻上機に係る状態を推定する。
【0012】
上記構成によれば、適切な学習に基づいた状態推定式を用いることで、物理モデルの構築がなくても、モータの運転情報から様々な巻上機に係る状態を予測できるようになる。また、上記構成によれば、複数の因子が影響し合う複雑な系における巻上機に係る状態を推定できる。また、上記構成によれば、共通する物理的背景がある推定項目の推定値と、関連がある推定項目の推定値とを同時に算出することもできる。
【0013】
次に、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。以下の記載および図面は、本発明を説明するための例示であって、説明の明確化のため、適宜、省略および簡略化がなされている。本発明は、他の種々の形態でも実施することが可能である。特に限定しない限り、各構成要素は、単数でも複数でも構わない。
【0014】
なお、以下の説明では、図面において同一要素については、同じ番号を付し、説明を適宜省略する。また、同種の要素を区別しないで説明する場合には、枝番を含む参照符号のうちの共通部分(枝番を除く部分)を使用し、同種の要素を区別して説明する場合は、枝番を含む参照符号を使用することがある。例えば、本明細書等において、巻上機を特に区別しないで説明する場合には、「巻上機101」と記載し、個々の巻上機を区別して説明する場合には、「巻上機101-1」、「巻上機101-2」のように記載することがある。
【0015】
また、本明細書等における「第1」、「第2」、「第3」等の表記は、構成要素を識別するために付するものであり、必ずしも、数または順序を限定するものではない。また、構成要素の識別のための番号は、文脈毎に用いられ、1つの文脈で用いた番号が、他の文脈で必ずしも同一の構成を示すとは限らない。また、ある番号で識別された構成要素が、他の番号で識別された構成要素の機能を兼ねることを妨げるものではない。
【0016】
実施例1について、図1図8を用いて説明する。図1において、100は、全体として本実施例による巻上機システムを示す。
【0017】
図1は、巻上機システム100に係る構成の一例を示す図である。巻上機システム100は、巻上機101を搭載したクレーン110と、操作端末120とを含んで構成されている。
【0018】
クレーン110は、建屋(図示せず)の両壁に沿って設けられたランウェイ111と、ランウェイ111の上を移動するガーダ112と、ガーダ112に沿って移動するトロリ113とを含んで構成される。ガーダ112およびトロリ113には、それぞれを駆動する搬送モータが接続されている。トロリ113には、巻上機101が設けられており、巻上機101から吊り下げられたロープが吊荷130に玉掛けされている。
【0019】
なお、ここで挙げた「ロープ」という用語は、吊荷130の吊り下げに用いる吊り具を総称する用語として用いている。すなわち、「ロープ」には、いわゆるロープだけでなく、チェーン、ベルト、ワイヤー、ケーブル、紐、縄等が含まれる。また、以下では、吊荷130の運搬に係る機械を「製品」と記すことがある。製品には、少なくとも巻上機101が含まれる。なお、製品は、クレーン110であってもよいが、製品によっては、ランウェイ111、ガーダ112、トロリ113等が含まれない。
【0020】
図2図4は、巻上機101に係る構成の一例を示す図である。巻上機101は、ロープを巻きとる巻上ドラム210、巻上ドラム210を回転させる動力源であるモータ220、モータ220から巻上ドラム210へ円滑に動力を伝えるための軸受230を含んで構成されている。本実施例においては、モータ220は、三相の電動モータを想定しているが、本実施例の効果は、モータ220の種類にはよらないため、直流モータ等の様々なモータ220が適用できる。また、モータ220からの動力は、歯車、ベルト等を介して伝達されてもよい。
【0021】
ガーダ112およびトロリ113の各々に設置されている搬送モータと、巻上機101に設置されているモータ220とは、操作端末120からの操作指令により回転動作する。これにより、巻上機101においては巻上げ動作および巻下げ動作が行われ、ガーダ112およびトロリ113については定められた方向への移動が行われるため、吊荷130を巻上げ、所定の位置に搬送し、巻下げる、という一連の搬送作業が行われる。なお、吊荷130は、クレーン110で運搬する対象であり、クレーン110の構成要素ではないことに注意されたい。
【0022】
ここで、巻上機101に係る状態であって、状態推定が行われる代表的な状態について説明する。巻上機システム100は、地切り時において、吊荷130の質量(「吊荷質量」と記す)、ロープが緊張または弛緩している確率(「緊張状態」と記す)、およびモータ220の温度(「モータ温度」と記す)を推定し、地切り直後において、吊荷130の荷振れ量(「荷振れ量」と記す)を推定する。
【0023】
なお、吊荷質量については、モータ220に加わる負荷と強く関係しているものであるため、巻上機システム100は、吊荷質量に加えてまたは代えて、運動方程式の第2法則の関係式で表現される状態(力、加速度等)を推定することも可能である。すなわち、巻上機システム100は、吊荷130の加速度、ロープに加わる張力、動力伝達系を含めたモータ220の回転負荷(負荷トルク)等も推定できる。
【0024】
本実施例において、地切り時を想定している理由は、地切り時は、主に巻上機101のモータ220が駆動するために、状態推定の実施に際して、その他の因子の影響を受けにくいことが主である。ただし、状態推定は、地切り時に限らず、搬送中、巻下げ時にも継続して実行していても構わない。なお、地切りは、図2に示される吊荷130が地面240に置かれた状態から、図3に示される吊荷130が地面240から離れた状態までをさす。
【0025】
ここで、図4を用いて、地切り時の吊荷130とトロリ113との位置関係にずれが生じた場合を説明する。地切り時は、トロリ113が吊荷130の重心410の直上に配置されるのが望ましいが、図4に示すように、トロリ113が吊荷130の重心410からずれた位置に配置される場合もある。この場合、地切り後の荷振れ量が大きくなることがある。
【0026】
図5は、巻上機システム100における制御信号の演算処理系の構成(巻上機システム100の機能構成)の一例を示す図である。
【0027】
操作端末120は、状態表示部521と、操作入力部522とを備える。なお、操作端末120は、CPU等の演算装置523、半導体メモリ等の主記憶装置524、ハードディスク等の補助記憶装置525、通信装置526、ディスプレイおよびタッチパネルを組み合わせた入出力装置527等のハードウェアを備える。各ハードウェアの周知動作については適宜省略して説明を進める。なお、操作端末120は、ティーチングペンダントでもよいし、スマートフォン、タブレット端末、ノートパソコン、デスクトップパソコンといった端末でもよい。操作端末120は、専用端末として提供されてもよいし、操作端末120の機能がアプリケーションとして提供され、操作者の各自の端末において利用されてもよい。
【0028】
操作端末120の機能(状態表示部521、操作入力部522等)は、例えば、演算装置523が補助記憶装置525に格納されたプログラムを主記憶装置524に読み出して実行すること(ソフトウェア)により実現されてもよいし、専用の回路等のハードウェアにより実現されてもよいし、ソフトウェアとハードウェアとが組み合わされて実現されてもよい。なお、操作端末120の1つの機能は、複数の機能に分けられていてもよいし、複数の機能は、1つの機能にまとめられていてもよい。また、操作端末120の機能の一部は、別の機能として設けられてもよいし、他の機能に含められていてもよい。また、操作端末120の機能の一部は、操作端末120と通信可能な他のコンピュータにより実現されてもよい。
【0029】
状態表示部521は、例えば、吊荷質量の推定値と、モータ温度の推定値と、振れ量の推定値とを数値として入出力装置527に表示する。加えて、状態表示部521は、例えば、緊張状態の推定値を「緊張」または「弛緩」のいずれかとして入出力装置527に表示する。ただし、必要に応じて、状態表示部521による表示が省略されていても構わない。
【0030】
操作入力部522は、ボタン、レバー、ハンドル、ジョイスティック、キーボード、マウス等の入出力装置527を操作者が操作して巻上機101に操作指令を入力するためのインターフェースである。操作入力部522は、ディスプレイおよびタッチパネルを組み合わせたインターフェース(ハードウェア)であってもよいし、スマートフォン等のデバイス上で実現されたインターフェース(ソフトウェア)であってもよい。操作入力部522は、入出力装置527の操作者による操作に応じて、移動量、目的地の座標、場所の名称等を入力してもよい。操作入力部522は、工場内に設置された巻上機101等を管理する運用管理システム、生産管理システム等の他のシステムとリンクして、他のシステムの情報をもとに操作指令を入力するようにしてもよい。さらには、操作入力部522は、事前にプログラムされた操作指令を自動で入力する自動運転機能を備えてもよい。
【0031】
なお、本実施例では、状態表示部521および操作入力部522は、操作端末120に実装されているが、巻上機101に実装されてもよい。例えば、状態表示部521は、巻上機101に搭載の基板に設けられてもよい。
【0032】
次に、巻上機101について説明する。巻上機101は、モータ220と、モータ制御部511と、運転情報取得部512と、状態推定部513と、を備える。また、巻上機101は、CPU等の演算装置514、半導体メモリ等の主記憶装置515、ハードディスク等の補助記憶装置516、および通信装置517等のハードウェアを備える。
【0033】
巻上機101の機能(モータ制御部511、運転情報取得部512、状態推定部513等)は、例えば、演算装置514が補助記憶装置516に格納されたプログラムを主記憶装置515に読み出して実行すること(ソフトウェア)により実現されてもよいし、専用の回路等のハードウェアにより実現されてもよいし、ソフトウェアとハードウェアとが組み合わされて実現されてもよい。なお、巻上機101の1つの機能は、複数の機能に分けられていてもよいし、複数の機能は、1つの機能にまとめられていてもよい。また、巻上機101の機能の一部は、別の機能として設けられてもよいし、他の機能に含められていてもよい。また、巻上機101の機能の一部は、巻上機101と通信可能な他のコンピュータにより実現されてもよい。
【0034】
なお、本実施例では、無線通信によるデータ送信を想定しているが、有線ケーブルを用いた通信を行っても効果は変わらない。例えば、操作端末120で入力された操作指令は、通信装置526および通信装置517を介して、巻上機101に送信される。
【0035】
モータ制御部511は、操作端末120の操作入力部522で入力された操作指令を入力として、操作指令に従ってモータ220を動かすモータ制御指令を生成し、モータ220に出力する。また、モータ制御部511は、モータ220に出力したモータ制御指令の一部または全てを運転情報取得部512に送信する。ただし、モータ制御部511から運転情報取得部512へのモータ制御指令の送信は、モータ220を経由して行われてもよい。
【0036】
運転情報取得部512は、状態推定部513に送信する運転情報を取得する。運転情報は、状態推定部513における状態推定に利用するモータ220の運転に関する入出力情報であり、モータ制御指令の一部または全てを示す情報である。例えば、運転情報は、モータ220へ印加する電圧値、モータ220の制御部(インバータ)への指令周波数、モータ220に対して設けられているエンコーダのセンサ値から算出されるモータ回転数、モータ220に入力する駆動電流値、モータ220のベクトル制御における励磁電流値および/またはトルク電流値、モータ220への入力トルク値、モータ220に入力する指令速度、モータ220に入力する指令速度に対するモータ220の回転数の滑り値、モータ温度、モータの劣化度、モータの動力伝達系に接続している構成要素の劣化度等の情報である。
【0037】
状態推定部513は、運転情報取得部512が取得した運転情報から、補助記憶装置516に記憶されている状態推定式を用いて状態推定する。
【0038】
本実施例では、巻上機101の出荷前工程において、モータ220に対する所定の運転を示す運転情報と、当該所定の運転における巻上機101に係る状態を示す状態情報(吊荷質量、緊張状態、モータ温度、および荷振れ量を示す情報)とで構成されるデータを収集し、モータ特性の個体差等を考慮した、高精度な状態推定式の学習が行われる。以下、収集された運転情報と状態情報とのデータセットを「学習データ」と記す。また、本実施例の巻上機101は、運用工程において、運転情報と学習済みの状態推定式とを用いて状態推定する。
【0039】
なお、学習データの状態情報は、状態推定式を学習するために設定された数値または分類であり、例えば、人手によって設定されてもよいし、自動で設定されてもよい。以下では、このように学習用に設定された数値および分類を「参照値」と記し、状態推定式を用いて推定された数値および分類を「推定値」と記して区別する。
【0040】
状態推定式は、運転情報を入力として、吊荷質量、緊張状態、などを出力(算出)する式である。したがって、1つのモータ220に対して巻上機101の状態(推定項目)を複数推定する。言い換えれば、複数の推定項目のそれぞれが、入力とする運転情報を共有している。
【0041】
入力とする運転情報は、現在のサンプル(運転情報)でもよいが、本実施例においては、過去から現在までの一定数のサンプルの時系列情報としている。過去の運転情報まで利用できれば、状態推定式の表現力が向上し、例えば、モータ220のヒステリシス等も考慮した状態推定式を獲得できるためである。ただし、CPUの演算性能、記憶装置の容量等の制約によって、データ容量が制限される場合には、少なくとも地切り後の運転情報が取得されていればよい。
【0042】
図6は、状態推定式の一例(ネットワーク600)を示す図である。図6では、ネットワーク600におけるマルチタスク推定のネットワーク構成を示す。より具体的には、ネットワーク600は、入力層610のノード数がN、共有層620の数が「2」、各推定項目に分岐した固有層630の数が「1」である全結合型のニューラルネットワークである。入力層610に対して、運転情報を与え、各推定項目の値を算出する。この場合、各層の間における状態推定式は、(式1)となる。
【0043】
u=Wx+b ・・・ (式1)
ここで、xは、各層の入力ベクトルであり、入力層610においては運転情報を連結させたベクトル(以下、「運転情報ベクトル」と記す)である。uは、各層の出力を示すベクトルである。なお、uベクトルは、吊荷質量、モータ温度、荷振れ量の出力層においてはスカラー値となり、緊張状態の出力層においては、「緊張」または「弛緩」のそれぞれの確率となる。また、例えば、吊荷質量を推定する場合には、推定値そのものでもよいし、製品の定格荷重に対する吊荷質量の推定値の割合でもよい。後者の場合、定格荷重1tの製品でu=0.5である場合、吊荷質量の推定値は、500kgとなる。Wは、運転情報ベクトルxのそれぞれの要素に対する重みを示す係数行列である。bは、バイアスを示すベクトルである。
【0044】
なお、状態推定部513は、後処理として、移動平均フィルタ等のローパスフィルタを用いることで、状態推定後の時系列ノイズを除去してもよい。
【0045】
ところで、複数の状態を推定する場合、状態推定式の演算の一部を共有することが可能である。これは、推定項目が同じモータ220の運転情報から推定できる項目であり、推定項目に関連(例えば、依存関係)が存在することから可能となる。より具体的に説明する。緊張状態の演算においては、所定の吊荷質量を超過した場合に「緊張」判定を出力する等の方法もあり得ることから、吊荷質量と緊張状態とは、同じ運転情報から推定できる関係にある。言い換えれば、吊荷質量と緊張状態とは、それぞれを推定するために必要な物理的背景が共通している。このことから、状態推定式を、複数の推定項目の演算で共有可能な共有層620と、推定項目毎に異なる固有層630に分割することができる。
【0046】
また、機種が異なると、使用されるモータの定格荷重、応答性、使用されるギアボックスや軸受けなど動力伝達部品の特性が異なり、状態推定式の各層係数行列やバイアスなどのパラメータが異なってくる。モータ220の運転情報からの状態推定演算は、すべての機種で汎用的に使用可能な抽象的なレベルの演算と、その演算のパラメータ及び演算結果を機種により補正する演算に分割できる。そこで、状態推定式をすべての機種に共通な共通推定部640と機種により異なる機種固有推定部650に分割するように学習することで機種差を考慮する。
【0047】
次に、学習データについて説明する。学習データを収集する条件(「収集条件」と記す)には、トロリ113に対する吊荷130の位置ずれ、荷揚げの際の楊重のパターンを含んでもよい。なお、楊重のパターンとは、高速巻上げモード、低速巻上げモード等の巻上げモード、巻上速度等のことである。収集される学習データは、巻上機101の運用上想定される地切りのパターンをより満遍なく網羅されることが望ましく、その結果、より高精度に状態推定が可能になる。
【0048】
また、学習データの収集時における吊荷質量のパターンについては、0kgから過負荷となる重さ(巻上機101の定格荷重を超える重さ)までを徐々にかつ均等な幅で実施することが望ましい。また、収集条件として、巻上機101で吊り上げる最大荷重、定格荷重、無負荷のうち少なくとも1つが含まれていることが望ましい。定格荷重は、製品の機種ごとの代表的な設計点であること、最大荷重は、製品の安全上確認すべき動作点であること、無負荷は、荷重ばらつき等のノイズの影響が最も少ないデータを取り得る動作点であることが理由である。
【0049】
次に、巻上機の機種開発段階での状態推定式の学習・調整手順について説明する。
【0050】
図7は巻上機の機種開発段階での状態推定式の学習・調整手順を示す図、図8は学習・調整の機能構成図を示す図、図9は学習・調整を行う学習装置を付加した巻上機システムを示す図である。標準となる機種の開発段階で標準状態推定式の学習(S701、S702)が行われ、それをベースに開発される新型機種では標準状態推定式のチューニング(S703、S704)が行われる。
【0051】
学習・調整を行う場合には、図5に示す巻上機システムに対して、学習装置910と、学習データ条件入力部921と、学習データ設定部922と、を付加する。学習装置910は、学習データ蓄積部911と、学習部912と、学習結果蓄積部913と、を備える。なお、学習装置910は、CPU等の演算装置914、半導体メモリ等の主記憶装置915、ハードディスク等の補助記憶装置916、通信装置917等のハードウェアを備える。各ハードウェアの周知動作については適宜省略して説明を進める。
【0052】
学習装置910の機能(学習データ蓄積部911、学習部912、学習結果蓄積部913等)は、例えば、演算装置914が補助記憶装置916に格納されたプログラムを主記憶装置915に読み出して実行すること(ソフトウェア)により実現されてもよいし、専用の回路等のハードウェアにより実現されてもよいし、ソフトウェアとハードウェアとが組み合わされて実現されてもよい。なお、学習装置910の1つの機能は、複数の機能に分けられていてもよいし、複数の機能は、1つの機能にまとめられていてもよい。また、学習装置910の機能の一部は、別の機能として設けられてもよいし、他の機能に含められていてもよい。
【0053】
学習データ蓄積部911は、操作端末120の学習データ設定部922で設定された学習データを補助記憶装置916に蓄積する。
【0054】
学習部912は、学習データ蓄積部911から学習データを読み込み、状態推定式を学習する。
【0055】
学習結果蓄積部913は、学習部912により学習された状態推定式を補助記憶装置916に蓄積し、適宜、状態推定部513に状態推定式を送信する。
【0056】
学習データ条件入力部921は、学習フェーズにおいて、モータ220または吊荷130の状態、巻上機101の個体識別番号等の学習データ条件を入力するためのインターフェースである。ここで、学習データ条件は、運転情報取得部512で取得される運転情報に対応した巻上機101の運転条件(例えば、地切り条件)であり、少なくとも吊荷質量、緊張状態、モータ温度、荷振れ量のうちのいずれかの状態情報(参照値)が対応付けられている。また、学習データ条件は、製品の機種名、個体識別番号等の情報を含んでもよい。学習データ条件入力部921のインターフェースは、操作入力部522のインターフェースと共通で利用されてもよいし、別のインターフェースとして実装されてもよい。
【0057】
学習データ設定部922は、学習データ条件入力部921から入力された学習データ条件と、運転情報取得部512から送信された運転情報とを対応付けて1セットの学習データとして設定し、学習装置910に送信する。
【0058】
なお、学習装置910の機能の全部または一部は、巻上機101、操作端末120と同一筐体、もしくは、通信可能な他のコンピュータ、クラウドサーバにより実現されてもよい。
【0059】
学習・調整手順の各ステップでは以下の処理が行われる。
【0060】
ステップS701:巻上機システムは、標準となる機種で、吊荷質量、トロリ113に対する吊荷130の位置ずれ、楊重のパターンにバリエーションを持たせた条件(標準収集条件)下で、地切り試験を行った際の学習データ(「標準機種学習データ」と記す)を収集する。標準機種学習データは、運転情報(回転数、電流値等)と地切り条件(吊荷質量、位置ずれ等)とを含むデータである。なお、地切り条件は、巻上機101の操作者により入力される条件、収集条件の一部または全てが自動で設定された条件等であり、地切り時の状態情報(参照値)を含む。
【0061】
ステップS702:巻上機システムは、ステップS701で収集した標準機種学習データを用いて、共通推定部と機種固有推定部を含め標準状態推定式を学習する。例えば、ネットワーク600について、誤差逆伝播法による係数行列Wおよびバイアスbの最適化学習を実行する。
【0062】
ステップS703:巻上げ機システムは、標準機種をベースに開発した新型機種で、吊荷質量、トロリ113に対する吊荷130の位置ずれ、楊重のパターンにバリエーションを持たせた条件(機種別収集条件)下で、地切り試験を行った際の学習データ(「機種別学習データ」と記す)を収集する。機種別収集条件は標準収集条件に比べてバリエーションを少なくてよい。
【0063】
ステップS704:巻上機システムは、ステップS703で収集した機種別学習データを用いて、機種固有推定部のみをチューニングする。例えば、ネットワーク600について、標準状態推定式の共通推定部640のパラメータはそのまま使用して、機種固有推定部650のみ誤差逆伝播法による係数行列Wおよびバイアスbの最適化学習を実行する。
【0064】
なお、上記の学習・調整に使用する学習データには、温度情報を含めてもよい。モータの応答性や、動力伝達部で使用しているグリースなどの潤滑剤は、温度により特性が変化する。そのため、学習データを収集する際に、モータ温度が異なる条件のデータも含めることで、温度変化にロバストな状態推定式を得ることができる。なお、製品ごとのモータ特性の個体差が少ない場合には、ステップS703、S704は必須ではない。
【0065】
次に、本実施例の効果について説明する。
【0066】
一般的に、巻上機101においてモータ220から出力される動力は、軸受230、ベルト、歯車チェーン、ブレーキ等の動力伝達系における様々な構成要素(構成部品)の損失の影響を受ける。そのため、物理モデルにより状態推定するためには、個々の巻上機101の負荷について、吊荷質量に起因する因子、動力伝達系の構成要素に起因する因子、モータ特性の個体差に起因する因子等の要素を切り分けて検討する必要がある。
【0067】
一方で、状態推定の精度を高める場合には、因子ごとに定式化した係数を個々の製品ごとにチューニングする必要があり、係数の設定に時間を要する。加えて、物理モデルが複雑化するために、状態推定の計算負荷も高くなるため、高精度の演算を高速に実行するために必要な制御基板のコストが高くなりやすい等、実現が容易でない。
【0068】
これに対して、本実施例に記載したような、学習データに基づく状態推定式を用いた場合、(式1)において係数行列Wおよびバイアスbを適切な行列およびベクトルに設定することで、吊荷質量、緊張状態、モータ温度、および荷振れ量を高精度で推定できる。また、学習によって、特徴量の抽出およびパラメータの調整が自動的に行われるため、検討に要する負担を抑制できる。加えて、複雑な物理モデルを用いないため、計算負荷も低くなり、制御基板のコスト増加も抑えることができる等のメリットが生じる。
【0069】
上記は、1つの状態(単独の状態)を推定する場合においても得ることができる効果であるが、さらに本実施例に示したような複数の状態を1つの運転情報から推定するケースでは、さらにその効果が高まる。
【0070】
例えば、本実施例における状態推定では、ニューラルネットワークを用いており、複数の推定項目の演算の一部を共有層620において共有している。これは、複数の推定項目が、同じモータ220の運転情報から推定できる項目であったり、推定項目に関連(例えば、依存関係)がある項目であったりするために可能となっている。
【0071】
より具体的に説明する。緊張状態の演算においては、所定の吊荷質量を超過した場合に「緊張」判定を出力する等の方法もあり得ることから、吊荷質量と緊張状態とは、同じ運転情報から推定できる関係にある。言い換えれば、吊荷質量と緊張状態とは、それぞれを推定するために必要な物理的背景が共通している。
【0072】
上記に示したように、同じ運転情報から推定できる情報と、依存関係にある情報とをまとめて1つの状態推定式から推定することにより、演算処理およびパラメータ設定を必要最低限に抑えつつ、巻上機101に係る多くの状態を同時に推定することが可能となる。したがって、1つのモータ220に対して多くの状態を推定するほど、学習を用いた状態推定の効果が高くなる。
【0073】
さらに、機種ごとに異なる機種固有推定部のみをチューニングすることで、機種ごとに高精度な推定が可能となり、また、新型機種の状態推定式の学習工数を減らすことができる。
【0074】
なお、本実施例では、ニューラルネットワークを用いた状態推定を想定したが、教師あり学習の様々な手法をとり得る。例えば、本実施例では、吊荷質量の推定、モータ温度の推定、荷振れ量の推定を回帰演算、緊張状態を分類演算で推定しているが、求める推定値の形式によって、単純な線形回帰、ランダムフォレスト、サポートベクターマシン、ロジスティック回帰等、様々な学習方法が利用できる。
【0075】
また、本実施例においては、1つにまとまったニューラルネットワークを1つの状態推定式として扱い、複数の状態を推定しているが、これを複数の状態推定式に分解してもよい。
【0076】
以上の仕組みにより、巻上機システム100は、吊荷質量、緊張状態などの状態を高精度で推定できる状態推定式を、容易なパラメータ設定で提供できる。また、吊荷質量の推定値を利用して過負荷防止制御、寿命予測等を行ったり、緊張状態の推定値を利用して地切りを検出してもよい。同様にして、これ以外の状態を推定することも可能であり、例えば、荷振れ量を推定し、その推定値を利用して危険な振れの場合の緊急停止、荷振れ低減制御等を行ってもよい。
【実施例0077】
(個体別補正)
実施例2について、図10図11を用いて説明する。本実施例における各要素の構成および基本的な動作については実施例1と同様であるため、本実施例の特徴を中心に説明する。
【0078】
実施例1により機種ごとに最適な状態推定式を提供することが可能となったが、同じ機種であっても個体個体でも特性差が生じる。これは、個体ごとに機械部品(ギア、軸受け)の加工誤差・組み立て誤差、モータの巻き線抵抗、潤滑状態(グリース状態)が、わずかながらも異なるためである。そこで、個体毎に補正を行うことで、より状態推定の精度を高める。
【0079】
補正方法の原理を図10を用いて説明する。図10は状態推定式により推定された推定値(状態推定式出力)と実状態の測定値との関係を示す図である。この関係を製品個体ごとに測定することが可能であり、得られた関係に基づき状態推定式出力を補正する。
【0080】
図11は状態推定式の補正を加えた状態推定部の構成の一例を示す図である。状態推定式600の後段に補正を行う状態推定出力補正部を設ける。ここで推定項目ごとの状態推定式の出力と実状態の測定値とから同定された演算式及びその演算式のパラメータに基づく補正演算710、720が実行される。
【0081】
なお、補正式及びその補正式のパラメータは、状態推定式の出力によっても調整可能となるようにしてもよい。これは、例えばモータ温度により特性が変化するため、推定されたモータ温度を反映した補正を行うことで、より精度を高めることができる。
【0082】
状態推定式の出力と実状態の測定値から補正式及びそのパラメータを同定する状態推定出力補正パラメータ同定部は、学習装置910、巻上機101、操作端末120と同一筐体、もしくは、通信可能な他のコンピュータ、クラウドサーバ上に設けられてもよい。クラウドサーバ上に設けられた場合には、巻上機で収集された状態推定式による状態推定値、もしくは、その推定の基となるモータ運転情報、並びに、実状態の測定値をクラウドサーバへ送信し、クラウドサーバ上で補正式及びパラメータを同定し、それを巻上機が受信して巻上機内の状態推定出力補正部を更新するようにすればよい。クラウドサーバを用いることで、演算量が多い補正式・パラメータの同定演算を実行でき、より高精度な補正を行うことが可能な補正式・パラメータが取得できる。
【0083】
また、補正式及びその補正式のパラメータの同定は、製品出荷前もしくは巻上機設置後に行なえばよい。巻上機設置後に同定を行った場合には、最終的な装置の組み立て誤差の影響や巻上機の設置高さの違いによるロープの自重の影響も補正することができる。
【0084】
さらに、補正式及びその補正式のパラメータは操作者が直接設定できるようにしてもよい。これらを測定結果により同定する場合には、周辺環境や使用条件により測定結果に誤差が含まれ、正確な同定がなされない恐れがある。操作者が直接設定することにより、誤差の影響を鑑みて、より望ましい設定を行うことが可能となる。
【0085】
以上のようにすれば、同じ機種でも個体ごとに特性差があった場合でも、状態を高精度に推定することができる。また、個体ごとに補正できることで、設計段階で個体差に対する尤度を少なくすることも可能となり、設計時間の短縮やコスト低減などの効果も期待できる。
【実施例0086】
(劣化状態補正)
実施例3について、図12を用いて説明する。本実施例における各要素の構成および基本的な動作については実施例1、実施例2と同様であるため、本実施例の特徴を中心に説明する。
【0087】
巻上機を出荷し設置後の運用段階においては、装置の劣化により特性が変化し、推定された状態と実状態とのずれが大きくなる。そこで、運用による装置の劣化状態による補正を行う。
【0088】
装置の劣化状態は、具体的にはモータの軸受けの摩耗や潤滑剤の劣化によるモータの劣化度、あるいは、動力伝達系に接続している軸受けやギヤなどの構成要素の摩耗や潤滑剤の劣化による動力伝達系構成要素の劣化度を指標とすればよい。これらの劣化度はモータの運転情報の特徴量と相関があり、予めモータの運転情報と装置の劣化度(劣化状態)との対応関係を求め、その関係に基づきモータの運転情報から装置の劣化状態を推定する。装置の劣化による特性変化は個体ごとの特性変化と同程度であり、劣化の影響を考慮して状態推定出力の補正を行う。
【0089】
図12は劣化状態の補正を加えた状態推定部の構成の一例を示す図である。モータの運転情報から劣化状態を推定する劣化状態推定部800により劣化状態を推定し、予め劣化状態と状態推定出力補正の補正式及びパラメータとの対応関係を蓄積した状態推定出力補正パラメータ蓄積部830から推定された劣化状態に対応した補正式・パラメータを呼び出し、状態推定出力補正部700を更新する。状態推定出力補正パラメータ蓄積部は、劣化状態をインデックスとしたデータベースや、劣化状態に対する関数として定義されたものでもよい。状態推定出力補正パラメータ蓄積部から呼び出された補正式・パラメータが適切ではなく、装置の劣化により状態推定値と実状態との誤差が大きくなったと判断された場合には、新たに劣化状態と状態推定出力の補正式・パラメータとの対応関係を蓄積し、劣化状態による補正の精度を高めるようにする。具体的には、推定状態の誤差が大きいと判断された時点での状態推定式600の出力と実状態の測定値から状態推定出力補正パラメータ同定部730により補正式・パラメータを同定し、同定された結果と劣化状態推定部800により推定された劣化状態を状態推定出力補正パラメータ蓄積部830に追加する。
【0090】
なお、状態推定出力補正パラメータ蓄積部は、学習装置910、巻上機101、操作端末120と同一筐体、もしくは、通信可能な他のコンピュータ、クラウドサーバ上に設けられてもよい。クラウドサーバ上に設けられた場合には、巻上機上の劣化状態推定部で推定された劣化状態もしくはその推定の基となるモータ運転情報をクラウドサーバへ送信し、送信された劣化状態に対応した補正式・パラメータを状態推定出力補正パラメータ蓄積部から呼び出して巻上機へ送信し、巻上機は受信されたデータで状態推定出力補正部を更新する。また、巻上機で測定された実状態もクラウドサーバへ送信し、クラウドサーバ上で補正式・パラメータの同定と劣化状態との対応関係の蓄積部への追加を行うようにしてもよい。クラウドサーバを用いることで、劣化状態と補正式・パラメータとの対応関係の蓄積データを増やすことができ、より最適な補正式・パラメータによる高精度な推定が可能となる。
【0091】
以上のようにすれば、装置を運用し劣化しても状態推定を高精度に行うことができる。また、劣化状態の補正を行うことにより、設計段階で劣化に対する尤度を少なくすることが可能となり、設計時間の短縮やコスト低減などの効果も期待できる。さらには、劣化状態を逐次補正し装置状態を保全することが可能となり、劣化による消費電力悪化の抑制などの効果が期待できる。
【実施例0092】
(個体差・劣化状態の別の補正方法)
実施例4について説明する。本実施例における各要素の構成および基本的な動作については実施例1から実施例3と同様であるため、本実施例の特徴を中心に説明する。
【0093】
個体差や劣化状態を補正する方法として、実施例1と同様に、代表的な特性を示す個体や劣化状態ごとに状態推定式の機種固有推定部のみをチューニングする。巻上機システムは、特性の異なる個体や劣化状態ごとに、吊荷質量、トロリ113に対する吊荷130の位置ずれ、楊重のパターンにバリエーションを持たせた条件(個体別・状態別収集条件)下で、地切り試験を行った際の学習データ(「個体別・状態別学習データ」と記す)を収集する。個体別・状態別収集条件は標準収集条件に比べてバリエーションを少なくてよい。そして、収集した個体別・状態別学習データを用いて、機種固有推定部のみをチューニングする。例えば、ネットワーク600について、標準状態推定式の共通推定部640のパラメータはそのまま使用して、機種固有推定部650のみ誤差逆伝播法による係数行列Wおよびバイアスbの最適化学習を実行する。これにより、個体や劣化状態ごとに最適な状態推定式を得ることができる。
【0094】
得られた状態推定式は学習結果蓄積部に蓄積する。学習に用いた個体や劣化状態以外で状態推定を行う場合には、蓄積された状態推定式から特性の類似した個体・劣化状態の状態推定式を抽出し、状態推定を行う。または、類似した特性の個体・劣化状態の状態推定式を抽出し状態推定を行い、その結果を特性の類似性により重みづけした平均値を状態推定値とするようにしてもよい。
【0095】
以上のようにすれば、個体や状態劣化による特性差があっても状態推定を高精度に行うことができる。以上述べた実施例は巻上機を対象としたが、本発明は巻上機以外にもモータを搭載した装置の状態推定システムとして適用することも可能である。
【0096】
なお、本発明は上記したいくつかの実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。上記の実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。各実施例の構成について、他の構成の追加、削除、置換をすることも可能である。
【符号の説明】
【0097】
100……巻上機システム、101……巻上機、120……操作端末、910……学習装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12