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特開2024-48246イオンビーム照射装置およびイオンビーム照射方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024048246
(43)【公開日】2024-04-08
(54)【発明の名称】イオンビーム照射装置およびイオンビーム照射方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/425 20060101AFI20240401BHJP
   H01L 21/265 20060101ALI20240401BHJP
【FI】
H01L21/425
H01L21/265 603C
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022154177
(22)【出願日】2022-09-27
(71)【出願人】
【識別番号】302054866
【氏名又は名称】日新イオン機器株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小野田 正敏
(72)【発明者】
【氏名】後藤 亮介
(72)【発明者】
【氏名】永尾 友一
(72)【発明者】
【氏名】宇井 利昌
(57)【要約】
【課題】ディスプレイのTFTを形成する酸化物半導体膜の抵抗値を低減できるイオンビーム照射装置およびイオンビーム照射方法を提供する。
【解決手段】ディスプレイパネルの製造工程で使用され、酸化物半導体膜を有する照射対象物Tに所定のイオンを含むイオンビームを照射するイオンビーム照射装置10Aにおいて、照射対象物Tを加熱する加熱装置30を備え、加熱装置30が照射対象物Tを加熱した後、少なくとも一部のイオンが酸化物半導体膜を貫通し得るようイオンビームIBを照射する構成とする。
【選択図】図1


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディスプレイパネルの製造工程で使用され、酸化物半導体膜を有する照射対象物に所定のイオンを含むイオンビームを照射するイオンビーム照射装置であって、
前記照射対象物を加熱する加熱装置を備え、
前記加熱装置が前記照射対象物を加熱した後、少なくとも一部の前記イオンが前記酸化物半導体膜を貫通し得るよう前記イオンビームを照射するイオンビーム照射装置。
【請求項2】
前記イオンが、ホウ素イオン、ネオンイオン、アルゴンイオンのいずれかである請求項1に記載のイオンビーム照射装置。
【請求項3】
前記照射対象物が、所定の基材により形成され、前記ディスプレイパネルに柔軟性を与える基材層を有しており、
前記加熱装置が、前記基材の耐熱温度以下の温度で前記照射対象物を加熱する請求項1または2に記載のイオンビーム照射装置。
【請求項4】
前記加熱装置が、前記照射対象物に光を照射して前記照射対象物を加熱するランプを備える請求項1に記載のイオンビーム照射装置。
【請求項5】
前記加熱装置が、複数の前記ランプが所定の位置に配置されたランプユニットを複数有する請求項4に記載のイオンビーム照射装置。
【請求項6】
前記加熱装置が、抵抗加熱により前記照射対象物を加熱する抵抗加熱部を備える請求項1または2に記載のイオンビーム照射装置。
【請求項7】
ディスプレイパネルの製造工程で使用され、酸化物半導体膜を有する照射対象物に所定のイオンを含むイオンビームを照射するイオンビーム照射方法であって、
前記照射対象物を加熱する第一の工程と、
前記第一の工程より後に、前記酸化物半導体膜の内部に少なくとも一部の前記イオンが前記酸化物半導体膜を貫通し得るよう前記イオンビームを照射する第二の工程と、
を含むイオンビーム照射方法。
【請求項8】
前記イオンが、ホウ素イオン、ネオンイオン、アルゴンイオンのいずれかである請求項7に記載のイオンビーム照射方法。
【請求項9】
前記照射対象物が、所定の基材により形成され、前記ディスプレイパネルに柔軟性を与える基材層を有しており、
前記第一の工程では、前記基材の耐熱温度以下の温度で前記照射対象物を加熱する請求項7または8に記載のイオンビーム照射方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディスプレイ製造工程で使用され、ディスプレイを形成する照射対象物にイオンビームを照射するイオンビーム照射装置およびイオンビーム照射方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、フラットパネルディスプレイを構成する薄膜トランジスタ(TFT)を形成する半導体材料に酸化物半導体を用いる研究開発が進められている。特に、IGZOと呼ばれるIn-Ga-Zn-O系の酸化物半導体を使用したディスプレイは既に量産されており、市販のスマートフォンやタブレット端末等に採用されている。
【0003】
特許文献1には、基板上に酸化物半導体材料により形成された半導体膜に低抵抗化処理を行うことが記載されており、低抵抗化処理の一例として、アルゴンまたは水素を用いたプラズマ処理を行うことがあげられている。また、発明者らは、プラズマ処理に変わる低抵抗化処理としてイオン注入を提案しており、アルゴンやボロン等のイオンを酸化物半導体膜にイオン注入することで、酸化物半導体膜の抵抗値が低減されることを確認している。そして、これらの処理と比較して酸化物半導体膜の抵抗値をさらに低減できる装置および方法があれば有益である。
【0004】
また、近年、薄型で折り曲げ可能なフレキシブルディスプレイが提案されている。フレキシブルディスプレイの一例としては、フォルダブルディスプレイと称される折り畳み可能なディスプレイがあげられる。その他にもディスプレイを屈曲させることができ、ディスプレイを端末の筐体内に巻き込むように収容させることが可能なローラブルディスプレイ等が提案されている。このようなフレキシブルディスプレイを採用することにより、携帯性や収納性を損なうことなく端末の表示画面を大きくすることが可能となる。
【0005】
フレキシブルディスプレイを構成し、表面上にTFTが形成される基板としては、薄型ガラスやポリイミド等のプラスチックフィルム等があげられる。基板にプラスチックフィルムを用いると、薄型ガラスを使用する場合と比較して、基板の耐熱温度が低くなることになる。したがって、基板にプラスチックフィルムを用いる場合には、ガラス基板を使用する場合と比較して、ディスプレイを製造する各工程を低温で行う必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2018-170319
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ディスプレイのTFTを形成する酸化物半導体膜の抵抗値を低減できるイオンビーム照射装置およびイオンビーム照射方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のイオンビーム照射装置は、
ディスプレイパネルの製造工程で使用され、酸化物半導体膜を有する照射対象物に所定のイオンを含むイオンビームを照射するイオンビーム照射装置であって、
前記照射対象物を加熱する加熱装置を備え、
前記加熱装置が前記照射対象物を加熱した後、前記酸化物半導体膜の内部に少なくとも一部の前記イオンが前記酸化物半導体膜を貫通し得るよう構成とされている。
【0009】
この構成によれば、加熱装置によって昇温された酸化物半導体膜にイオンビームが照射されることになる。発明者らは、室温下で照射対象物にイオンビームを照射した場合と比較して、照射対処物を加熱した後にイオンビームを照射すると酸化物半導体膜の抵抗値が低減されることを確認した。抵抗値が低減された理由は、明確には解明されてはいないが、発明者らは以下の(a)~(c)のうちのいずれかひとつ、または複数の要因によるものと考えている。
(a)酸化物半導体膜が昇温された状態でイオンビームが照射されることで、酸化物半導体膜中の金属元素同士が結合することによりキャリアが生成される。あるいは、イオンビームが照射されることによって切断された酸化物半導体膜中の金属元素同士の結合が昇温によって結合し直すことで、キャリア散乱の増加(キャリア減少、秩序性低下)が抑制された。
(b)昇温された酸化物半導体膜にイオンビームが照射されることで、酸化物半導体膜中分子の秩序性が向上し、キャリア移動度が増大する。あるいは、酸化物半導体膜にイオンビームが照射されることで酸化物半導体膜中分子の秩序性低下が抑制され。キャリア移動度の低下が抑制される。
(c)酸化物半導体膜の昇温によって、イオンビーム照射によって酸化物半導体膜の金属元素と酸素の結合が切断されることが抑制され、キャリア散乱の増大が抑制され、キャリア移動度の低下が抑制された。
なお、本発明のイオンビーム照射装置における「前記加熱装置が前記照射対象物を加熱した後、前記酸化物半導体膜の内部に少なくとも一部の前記イオンが到達し得るよう前記イオンビームを照射する」というのは、加熱装置が照射対象物を加熱しながら、前記酸化物半導体膜の内部に少なくとも一部の前記イオンが到達し得るよう前記イオンビームを照射対象物にイオンビームを照射することを含む概念である。本発明のイオンビーム照射装置は、加熱装置により室温または所定の温度から昇温された状態の酸化物半導体膜にイオンビームが照射されるものであればよい。
また、本発明のイオン注入装置においては、照射対象物に少なくとも一部の前記イオンが前記酸化物半導体膜を貫通し得るようにイオンビームが照射される。したがって、照射されるイオンがすべて酸化物半導体膜内に留められる場合と比較して、酸化物半導体膜を構成する原子間の結合がより多く切断されることで、より多くのキャリアが生成される。
【0010】
また、本発明のイオンビーム照射装置は、前記イオンが、ホウ素イオン、ネオンイオン、アルゴンイオンのいずれかである構成とされていてもよい。
【0011】
また、本発明のイオンビーム照射装置は、前記照射対象物が、所定の基材により形成され、前記ディスプレイパネルに柔軟性を与える基材層を有しており、前記加熱装置が、前記基材の耐熱温度以下の温度で前記照射対象物を加熱する構成とされていてもよい。
【0012】
また、本発明のイオンビーム照射装置は、前記加熱装置が、前記照射対象物に光を照射して前記照射対象物を加熱するランプを備える構成とされていてもよい。
【0013】
また、本発明のイオンビーム照射装置は、前記加熱装置が、複数の前記ランプが所定の位置に配置されたランプユニットを複数有する構成とされていてもよい。
【0014】
この構成によれば、照射対象物の大きさが変わった場合であってもランプユニットの配置または使用するランプユニットの個数を変えることで加熱装置を構成することができる。
【0015】
また、本発明のイオンビーム照射装置は、前記加熱装置が、抵抗加熱により前記照射対象物を加熱する抵抗加熱部を備える構成とされていてもよい。
【0016】
この構成によれば、照射対象物を抵抗加熱により加熱できることから、例えば加熱装置がランプヒータによって構成される場合と比較して、照射対象物をより均一に加熱することができる。
【0017】
本実施形態におけるイオンビーム照射方法は、
ディスプレイパネルの製造工程で使用され、酸化物半導体膜を有する照射対象物に所定のイオンを含むイオンビームを照射するイオンビーム照射方法であって、
前記照射対象物を加熱する第一の工程と、
前記第一の工程より後に、前記酸化物半導体膜の内部に少なくとも一部の前記イオンが到達し得るよう前記イオンビームを照射する第二の工程と、を含む。
【0018】
この方法によれば、室温または所定の温度から昇温された酸化物半導体膜にイオンビームが照射されることになる。発明者らは、室温下で照射対象物にイオンビームを照射した場合と比較して、照射対処物を加熱してイオンビームを照射したところ酸化物半導体膜の抵抗値が低減されることを確認した。
なお、本発明のイオンビーム照射方法における、「前記第一の工程より後に、前記酸化物半導体膜の内部に少なくとも一部の前記イオンが到達し得るよう前記イオンビームを照射する第二の工程」とは、前記照射対象物を加熱しながら前記酸化物半導体膜の内部に少なくとも一部の前記イオンが到達し得るよう前記イオンビームを照射することを含む。本発明のイオンビーム照射方法は、加熱装置により室温または所定の温度から昇温された状態の酸化物半導体膜にイオンビームが照射されるものであればよい。
また、本発明のイオン注入方法においては、照射対象物に少なくとも一部の前記イオンが前記酸化物半導体膜を貫通し得るようにイオンビームが照射される。したがって、照射されるイオンがすべて酸化物半導体膜内に留められる場合と比較して、酸化物半導体膜を構成する原子間の結合がより切断されることで、より多くのキャリアが生成される。
【0019】
また、本発明のイオンビーム照射方法は、前記イオンが、ホウ素イオン、ネオンイオン、アルゴンイオンのいずれかであってよい。
【0020】
また、前記対象物が、所定の基材により形成され、前記ディスプレイパネルに柔軟性を与える基材層を有しており、前記第一の工程では、前記基材の耐熱温度以下の温度で前記照射対象物を加熱するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、ディスプレイのTFTを形成する酸化物半導体膜の抵抗値を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の第一実施形態における第一のイオンビーム照射装置を示す模式図。
図2】第一実施形態における処理室の内部を部分的に示す模式図。
図3】第一実施形態における保持装置を示す側面図。
図4】第一実施形態における加熱装置の変形例を示す正面図。
図5】本発明の第二実施形態における第二のイオンビーム照射装置を示す模式図
図6】第一実施形態および第二実施形態における照射対象物を示す断面図。
図7】第一実施形態および第二実施形態における照射対象物の変形例を示す断面図。
図8】本発明のイオンビーム照射方法を説明するフローチャート。
図9】、IGZO膜に各種のイオン種を用いて、室温注入、室温注入後300℃アニール処理、および300℃高温注入のそれぞれを行った後、シート抵抗値を測定した結果を示すグラフ。
図10】厚さ50nmのIGZO膜に、ホウ素イオン(B)を使用して、室温注入、室温注入後300℃アニール処理、および300℃高温注入のそれぞれを行った場合における、イオンエネルギーに対するシート抵抗値を測定した結果を示すグラフ。
図11】厚さ25nmのIGZO膜に、ホウ素イオン(B)を使用して、室温注入、および300℃高温注入のそれぞれを行った場合における、イオンエネルギーに対するシート抵抗値を測定した結果を示すグラフ。
図12】IGZO膜の膜密度、および、IGZO膜に熱処理、ホウ素イオン注入、ホウ素イオン注入後熱処理、およびホウ素イオン高温注入をそれぞれ行った後のIGZO膜の膜密度を測定した結果を示す表。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の第一実施形態である第一のイオンビーム照射装置10Aについて説明する。
図1に示された第一のイオンビーム照射装置10Aは、液晶ディスプレイや有機ELディスプレイ等のディスプレイパネルを製造する工程で使用され、本発明の照射対象物に相当する対象物TにイオンビームIBを照射する装置である。また、第一のイオンビーム照射装置10Aは、特に、図6に示された酸化物半導体膜102を有する対象物Tに対してイオンビームIBを照射する装置である。なお、第一のイオンビーム照射装置10Aは、酸化物半導体膜を有する対象物TにのみイオンビームIBを照射可能とされているものに限らない。例えば、第一のイオンビーム照射装置10Aは、低温ポリシリコン膜が形成された照射対象物にイオンビームIBを照射する場合にも使用可能であってもよい。つまり、第一のイオンビーム照射装置10Aは、酸化物半導体膜を有する対象物TにイオンビームIBを照射し得る機能を備えるものであればよい。
【0024】
図6に示されるように、本実施形態における対象物Tは、矩形状のガラス基板である基板101上にTFTが形成されるものである。基板101上には酸化物半導体膜102が形成され、酸化物半導体膜102は絶縁膜103により覆われている。また、絶縁膜103上には金属により形成されたゲート104が形成されている。なお、図6においては、本発明の理解を容易にするため、本発明の要旨に関わる構成のみが簡略化されて示されている。酸化物半導体膜102は基板101の表面上に直接形成されている必要はなく、例えば、基板101上に形成された不図示の絶縁膜上に形成されていてよい。なお、本実施形態における酸化物半導体膜102は、IGZO(酸化インジウムガリウム亜鉛:InGaZnO)であるが、これに限定されるものではない。例えば、酸化物半導体膜102は、酸化インジウム亜鉛(ITZO)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化インジウムガリウム(IGO)、酸化インジウムスズ(ITO)、酸化インジウム(InO)であってもよい。
【0025】
図1に示すように、第一のイオンビーム照射装置10Aは、イオン源ユニット11と、イオンビーム輸送ユニット12と、処理ユニット13を備えている。イオン源ユニット11は、外部から供給される原料からプラズマを生成するプラズマ生成室11aと、プラズマ生成室11a内で生成したプラズマに含まれるイオンをイオンビームIBとして引き出すための引出電極11bを備えている。また、イオン源ユニット11は、プラズマ生成室11aから引き出されたイオンを加速させるための加速電極11cをさらに備えている。
【0026】
イオンビーム輸送ユニット12は、真空排気された内部をイオンビームIBが通過する真空容器12aと質量分析器12bを備えており、イオンビームIBをイオン源ユニット11から処理ユニット13の有する処理室14内に輸送する。イオンビームIBは、真空容器12aの内部を通過する間、質量分析器12bによって質量分離され、所望のイオンから成るイオンビームIBが処理室14内に導入される。処理室14内に導かれたイオンビームIBが対象物Tに照射されることで、対象物Tにイオンビーム照射処理が施される。本実施形態におけるイオン源ユニット11およびイオンビーム輸送ユニット12は、ディスプレイ製造工程で使用されるイオンビーム照射装置において広く知られた構成が採用されている。
【0027】
処理ユニット13は、内部で対象物Tに対するイオンビーム照射処理が施される処理室14と、処理室14に通じる搬送室15と、搬送室15に隣接するロードロック室16を有する。また、処理ユニット13は、ロードロック室16との間で対象物Tの受け渡しを行う受渡部17を備えている。受渡部17は、本実施形態においては特定の仕切られた内部空間を有する部屋として構成されているが、ロードロック室16の外側で大気圧下に置かれた領域であってもよい。
【0028】
搬送室15およびロードロック室16は、受渡部17から処理室14の内部に対象物Tを搬入し、処理後の対象物Tを処理室14から受渡部17に搬出する経路である搬送経路L1を構成する。第一のイオンビーム照射装置10Aは、搬送経路L1を二つ備えており、一方を第一搬送経路L1a、他方を第二搬送経路L1bと称するものとする。なお、搬送経路L1に沿った対象物Tの搬送は、不図示の複数の搬送ロボットによって行われる。
【0029】
第一のイオンビーム照射装置10Aは、二つの搬送経路L1、すなわち第一搬送経路L1aおよび第二搬送経路L1bを有することに伴い、二つの搬送室15および二つのロードロック室16を備えている。本実施形態においては、二つの搬送室15のうち、一方を第一搬送室15a、他方を第二搬送室15bと称するものとする。また、二つのロードロック室16のうち、一方を第一ロードロック室16a、他方を第二ロードロック室16bと称するものとする。また、第一ロードロック室16aに対応する受渡部17を特に第一受渡部17a、第二ロードロック室16bに対応する受渡部17を特に第二受渡部17bと称するものとする。なお、第一受渡部17aと第二受渡部17bは別個に独立した部屋または領域である必要はない。例えば、対象物Tが同一箇所から第一ロードロック室16aおよび第二ロードロック室16bのそれぞれに搬入される構成であってもよい。
【0030】
第一のイオンビーム照射装置10Aにおいては、第一搬送室15aおよび第一ロードロック室16aが第一搬送経路L1aを構成し、第二搬送室15bおよび第二ロードロック室16bが第二搬送経路L1bを構成する。
【0031】
また、第一ロードロック室16aと第一受渡部17aとの間には第一ロードロック室16a内部を第一受渡部17aから隔離する第一ゲートバルブ19aが配置されている。また、第一ロードロック室16aと第一搬送室15aとの間には互いの内部空間を隔離する第二ゲートバルブ19bが配置されている。同様に、第二ロードロック室16bと第二受渡部17bとの間に第三ゲートバルブ19cが配置され、第二ロードロック室16bと第二搬送室15bとの間には第四ゲートバルブ19dが配置されている。
【0032】
第一搬送経路L1a沿って搬送される対象物Tは、まず、第一ゲートバルブ19aが開いており第二ゲートバルブ19bが閉じられている状態で、第一受渡部17aから第一ロードロック室16a内に搬入される。そして、第一ゲートバルブ19aが閉じられた後、第一ロードロック室16aが不図示の排気ポンプにより真空排気された後、第二ゲートバルブ19bが開けられる。その後、対象物Tは第一ロードロック室16aから第一搬送室15a内を通過して処理室14内に搬送され、処理室14内において所定のイオンビーム照射処理が施される。当該処理が施された対象物Tは、処理室14内から再び第一搬送室15a内を通過して第一ロードロック室16a内に搬送される。そして、第二ゲートバルブ19bが閉じられ、第一ロードロック室16a内に所定のガスまたは空気が導入されることで第一ロードロック室16a内が大気圧下に復帰される。その後、第一ゲートバルブ19aが開けられ、対象物Tが第一受渡部17aに搬出される。
【0033】
同様に、第二搬送経路L1b沿って搬送される対象物Tは、まず、第三ゲートバルブ19cが開いており第四ゲートバルブ19dが閉じられた状態で、第二受渡部17bから第一ロードロック室16a内に搬入される。そして、第三ゲートバルブ19cが閉じられた後、第二ロードロック室16bが不図示の排気ポンプにより真空排気された後、第四ゲートバルブ19dが開けられる。その後、対象物Tは第二ロードロック室16bから第二搬送室15b内を通過して処理室14内に搬送され、処理室14内において所定のイオンビーム照射処理が施される。当該処理が施された対象物Tは、処理室14内から再び第二搬送室15b内を通過して第二ロードロック室16b内に搬送される。そして、第四ゲートバルブ19dが閉じられ、第二ロードロック室16b内に所定のガスまたは空気が導入されることで第二ロードロック室16b内が大気圧下に復帰される。その後、第三ゲートバルブ19cが開けられ、対象物Tが第二受渡部17bに搬出される。
【0034】
処理室14の内部には、対象物Tを保持する保持装置20と、対象物Tを加熱する加熱装置30が配置されている。第一のイオンビーム照射装置10Aは、保持装置20を二つ備えている。本実施形態においては、第一搬送経路L1aに沿って処理室14内に搬入された対象物Tを保持する一方の保持装置20を第一保持装置20aと称し、第一保持装置20aに保持される対象物Tを第一対象物T1と称するものとする。同様に、第二搬送経路L1bに沿って処理室14内に搬入された対象物Tを保持する他方の保持装置20を第二保持装置20bと称し、第二保持装置20bに保持される対象物Tを第二対象物T2と称するものとする。
【0035】
また、第一のイオンビーム照射装置10Aは、加熱装置30を二つ備えており、第一対象物T1を加熱する加熱装置30を第一加熱装置30a、第二対象物T2を加熱する加熱装置30を第二加熱装置30bと称するものとする。図1および図2に示すように、第一加熱装置30aおよび第二加熱装置30bはともに処理室14の内壁に設置されている。
【0036】
図1に破線で示すように、保持装置20は、対象物Tを保持した状態で処理室14内の所定の移送経路22に沿って直線移動するように構成されている。より詳細には、保持装置20は図2に示す保持体21に対象物Tを保持させた状態で保持体21を移送経路22に沿って移送させる装置である。つまり、対象物Tは保持装置20の有する保持体21に保持された状態で移送経路22に沿って直線移動する。
【0037】
第一のイオンビーム照射装置10Aは、対象物Tが移送経路22に沿って直線移動する間にイオンビームIBを横切るように構成されている。つまり、対象物TがイオンビームIBを横切ることによって、対象物Tにイオンビーム照射処理が施される。なお、第一のイオンビーム照射装置10Aは、対象物Tを移送経路22に沿って一又は複数回往復移動させ、対象物TがイオンビームIBを複数回横切るように構成されるものであってもよい。
【0038】
第一のイオンビーム照射装置10Aは、保持装置20を二つ備えることにより、移送経路22を二つ有する。二つの移送経路22のうち、第一保持装置20aに対応する移送経路22を第一移送経路22a、第一保持装置20aに対応する移送経路22を第二移送経路22bと称するものとする。第一保持装置20aは、第一対象物T1を図1に示す第一始点Paと第一終点Qaとの間を往復移動させる。また、第二保持装置20bは、第二対象物T2を図1に示す第二始点Pbと第二終点Qbとの間を往復移動させる。
【0039】
図2に示すように、保持装置20は、載置された対象物Tを保持する櫛状の保持体21を備えており、保持体21は所定の回転軸Aまわりに回転動作し得る構成とされている。図3に示すように、処理室14内に搬入された対象物Tは、寝かせされた状態の保持体21に載置され、不図示のクランプによって保持体21に保持される。その後、保持体21が起き上がるように回転軸Aまわりに回転動作する。この回転動作によって対象物Tが起き上がり、図3に破線で示すように対象物Tが加熱装置30と対向した状態となる。すると、加熱装置30が作動して対象物Tを所定時間加熱し、その直後に保持体21が移送経路22に沿って移動し始める。保持体21が移送経路22に沿って移動するのに伴い、対象物Tが第一始点Paから第一終点Qa、または第二始点Pbから第二終点Qbに移動し、この間に対象物TがイオンビームIBを横切り、対象物TにイオンビームIBが照射される。
【0040】
処理室14内で対象物Tに対するイオンビーム照射処理が施された後、保持体21が再び回転軸Aまわりに回転動作することで対象物Tは再び寝かされた状態となり、不図示の搬送ロボットにより搬送経路L1に沿って外部に搬出される。
【0041】
より詳細には、処理室14内に搬入され、第一保持装置20aに保持された第一対象物T1は、第一始点Paにおいて第一加熱装置30aと対向しており、第一始点Paにおいて第一加熱装置30aに加熱される。第一加熱装置30aによって加熱された第一対象物T1は第一保持装置20aにより、第一始点Paから第一終点Qaに搬送され、この間に第一対象物T1にイオンビームIBが照射される。その後、第一対象物T1は再び第一始点Paに戻った後、処理室14から搬出される。同様に、処理室14内に搬入され、第二保持装置20bに保持された第二対象物T2は、第二始点Pbにおいて第二加熱装置30bと対向しており、第二始点Pbにおいて第二加熱装置30bに加熱される。第二加熱装置30bによって加熱された第二対象物T2は第二保持装置20bにより、第二始点Pbから第二終点Qbに搬送され、この間に第二対象物T2にイオンビームIBが照射される。その後、第二対象物T2は再び第二始点Pbに戻った後、処理室14から搬出される。
【0042】
第一のイオンビーム照射装置10Aにおいては、加熱装置30が対象物Tを加熱した直後にイオンビームIBが照射するように構成されているが、室温または所定の温度から昇温された状態の対象物TにイオンビームIBを照射し得るものであればよい。例えば、第一のイオンビーム照射装置10Aは、加熱装置30が搬送室15またはロードロック室16に配置されていてもよい。また、第一のイオンビーム照射装置10Aは、搬送室15またはロードロック室16等に配置された加熱装置30とは異なる装置によって、予備的に対象物Tを加熱する構成を備えていてもよい。
【0043】
本実施形態の加熱装置30は、対象物TにイオンビームIBが照射されるより前に対象物Tを加熱するものであり、加熱装置30は赤外線を放出するハロゲンランプにより構成されるランプヒータである。より詳細には、図2に示すように、加熱装置30は、複数のランプ31が所定の位置に配置された複数のランプユニット32と、各ランプユニット32を制御する制御部33を備えている。本実施形態においては、各ランプユニット32には、縦方向に3個、横方向に4個、合計12個のランプ31が配置されている。また、本実施形態における加熱装置30は、このランプユニット32が、ランプユニット32の筐体の長手方向を水平方向に向けた状態で、縦方向に2個、横方向に2個並べられた構成である。
【0044】
制御部33は、各ランプユニット32を制御するものであるが、ランプ31のオン・オフを制御するだけでなく、ランプ31の出力を変化させるものであってもよい。また、制御部33は、対象物Tの表面温度を測定した測定結果等によってランプユニット32を制御するものであってもよい。
【0045】
ランプユニット32を使用する数または配置は、対象物Tの大きさによって変更すればよい。図4は、加熱装置30の変形例を示しており、この変形例においては、加熱装置30は、ランプユニット32が筐体の長手方向を鉛直方向に向けた状態で、縦方向に2個、横方向に4個並べられた構成とされている。このように、ランプユニット32の配置または個数を変更することで、対象物Tの大きさに応じた加熱装置30を容易に製作することができる。
【0046】
加熱装置30は本実施形態に示す形態に限定されるものではない。第一のイオンビーム照射装置10Aは、加熱装置30が対象物Tを加熱しながら、酸化物半導体膜102の内部に少なくとも一部のイオンが到達し得るようイオンビームIBを対象物TにイオンビームIBを照射するものであってもよい。つまり、第一のイオンビーム照射装置10Aは、加熱装置30により室温または所定の温度から昇温された状態の酸化物半導体膜102にイオンビームを照射し得るものであればよい。例えば、保持装置20に対象物Tを加熱する機能を備えるようにして加熱装置30を構成してもよい。
【0047】
次に、第一実施形態の第一のイオンビーム照射装置10Aを使用したイオンビーム照射方法について説明する。
本実施形態におけるイオンビーム照射方法は、図6に示す対象物Tの酸化物半導体膜102にイオンビームIBに含まれる少なくとも一部のイオンを到達させるようにイオンビームIBを照射するものである。発明者らは、加熱された酸化物半導体膜102にイオンビームIBを照射することにより、酸化物半導体膜102の抵抗値が低減されることを発見した。シート抵抗が低減する理由は明確に解明されたわけではないが、発明者らは以下の(a)~(c)のうちのいずれかひとつ、または複数の要因によるものと考えている。
(a)酸化物半導体膜が昇温された状態でイオンビームが照射されることで、酸化物半導体膜中の金属元素同士が結合することによりキャリアが生成される。あるいは、イオンビームが照射されることによって切断された酸化物半導体膜中の金属元素同士の結合が昇温によって結合し直すことで、キャリア散乱の増加(キャリア減少、秩序性低下)が抑制された。
(b)昇温された酸化物半導体膜にイオンビームが照射されることで、酸化物半導体膜中分子の秩序性が向上し、キャリア移動度が増大する。あるいは、酸化物半導体膜にイオンビームが照射されることで酸化物半導体膜中分子の秩序性低下が抑制され。キャリア移動度の低下が抑制される。
(c)酸化物半導体膜の昇温によって、イオンビーム照射によって酸化物半導体膜の金属元素と酸素の結合が切断されることが抑制され、キャリア散乱の増大が抑制され、キャリア移動度の低下が抑制された。
【0048】
発明者らは、対象物Tの表面に同一条件で形成されたIGZO膜にH、He、B、C、N、O、F、Ne、PHx、Arの各種正イオンについて、室温で各イオン種をイオン注入する処理(以下、室温注入)、室温注入した後に対象物Tを300℃に加熱するアニールを行う処理(以下、室温注入後300℃加熱)、対象物Tを300℃に加熱した状態で各イオン種をイオン注入する処理(以下、300℃高温注入)を行い、各処理後のIGZO膜のシート抵抗を測定した。また、比較のため、室温でのIGZO膜のシート抵抗値、および、300℃のアニール処理を行った後のIGZO膜のシート抵抗値を測定した。図9は、その結果を示すグラフである。
【0049】
この測定に使用した対象物Tは、いずれもガラス基板上に厚さ50nmで形成されたIGZO膜が形成されたものであり、各処理ではいずれも当該IGZO膜に1×1015ions/cmの同一条件で各種イオンを注入した。
【0050】
図9に示されるように、測定を行ったいずれのイオン種においても、室温注入、および室温注入後300℃加熱処理を行った場合と比較し、300℃高温注入を行うことによってシート抵抗値が低下することが確認された。特に、ホウ素イオン(B)、ネオンイオン、アルゴンイオン(Ar)を注入した場合には、300℃高温注入を行った後の抵抗値が1×10Ω/sq. 以下であるとともに、室温注入後300℃加熱処理を行った場合と比較してシート抵抗値が著しく低下した。
【0051】
すなわち、ホウ素イオン(B)、ネオンイオン、アルゴンイオン(Ar)のいずれかを含むイオンビームIBを用いることによって、対象物Tを300℃の比較的低温に加熱する場合であっても、IGZO膜の抵抗値を実用に十分に低下させることができることが確認された。
【0052】
また、発明者らは、ホウ素イオン(B)を使用し、厚さ50nmのIGZO膜に、イオンエネルギーを変化させて、室温注入、室温注入後300℃加熱処理、および300℃高温注入のそれぞれを行った後、各IGZO膜のシート抵抗値を測定した。図10は、その結果を示すグラフである
【0053】
図10において、室温注入後300℃加熱処理の場合では、イオンエネルギーが10~20keVの領域では室温注入と比較してシート抵抗値が減少しているが、30~80keVの領域では室温注入と比較してシート抵抗値が増加している。これは、10~20keVの領域では、まず室温注入によってIGZO膜中に酸素欠損が生じることで電子が生成され、その後の熱処理中に酸素欠損が修復されると同時に、IGZO膜中ホウ素と酸素が結合し、新たな酸素欠損が追加で生成されることによるものと考えられる。
【0054】
これに対し、30~80keVの領域では、ホウ素イオンのイオン注入時に多くのホウ素イオンがIGZO膜を貫通してしまい、その後の熱処理においては、新たな酸素欠損が追加で生成されることなく、酸素欠損が修復されることによるものと考えられる。
【0055】
一方、300℃高温注入を行った場合には、20~80keVのすべての領域において、室温注入および室温注入後300℃加熱処理と比較して、シート抵抗値が低減されている。これは、予め300℃に加熱された対象物Tにホウ素イオンが注入されることにより、酸素欠損が生成され、キャリアが生成される。同時にホウ素イオンの注入によって切断されたIGZO膜中の未結合手がすぐに結合手へと回復することで、室温注入の場合と比較してシート抵抗値が下がったものと推察される。
【0056】
このように、注入されるホウ素イオンのエネルギーに依らず、300℃高温注入を行うことによって、室温注入および室温注入後300℃加熱処理を行う場合よりもさらにIGZO膜のシート抵抗値を低下させることができることが確認された。
【0057】
発明者らはさらに、IGZO膜の厚さを変えて同様の測定を行った。詳細には、ホウ素イオン(B)を使用し、厚さ25nmのIGZO膜に、イオンエネルギーを変化させて、室温注入および300℃高温注入のそれぞれを行った後、各IGZO膜のシート抵抗値を測定した。図11は、その結果を示すグラフである
【0058】
図11から理解されるように、厚さ25nmのIGZO膜を使用する場合であっても、注入されるイオンのエネルギーに依らず、300℃高温注入を行うことによって、室温注入と比較して、IGZO膜のシート抵抗値を低減させることができることが確認された。つまり、IGZO膜を薄くする場合であっても、300℃高温注入を行うことによってIGZO膜のシート抵抗値を低下させることができる。
【0059】
さらに、IGZO膜の厚さが50nmと25nmのいずれの場合であっても、イオンエネルギーによらず、IGZO膜のシート抵抗値を1×10Ω/sq. 未満に低下させられることが確認された。
【0060】
図9図11から理解されるように、IGZO膜が形成された対象物Tを300℃以下で処理したい場合、対象物Tに室温注入を行った後に300℃でのアニール処理を行う場合よりも、対象物Tを300℃に加熱した状態でイオン注入する場合のほうが、IGZO膜の抵抗値をより低減できる。
【0061】
さらに、300℃に加熱した対象物Tに、ホウ素イオン(B)、ネオンイオン、アルゴンイオン(Ar)をイオン注入することによって、IGZO膜のシート抵抗値を1×10Ω/sq. 未満に低減することができる。特に、厚さ25nmのIGZO膜においてもシート抵抗値をIGZO膜のシート抵抗値を1×10 Ω/sq.未満に低減することができることから、半導体膜をより薄くすることが求められるデバイスへの適用も可能となる。
【0062】
発明者らはさらに、XRR(X-Ray Reflectivity)分析によって、イオン注入されない未注入のアモルファスIGZO(a―IGZO)膜、熱処理したa―IGZO膜、室温でホウ素イオン(B)注入したa―IGZO膜、ホウ素イオン(B)注入した後に熱処理したa―IGZO膜、および、高温注入したa―IGZO膜のそれぞれの膜密度を測定した。図12はその結果を示す表である。
【0063】
図12から、ホウ素イオン(B)注入した後に熱処理したa―IGZO膜では、室温でホウ素イオン(B)注入とa―IGZO膜と膜密度がほぼ変わらない。これに対し、高温注入したa―IGZO膜では、ホウ素イオン(B)注入した後に熱処理したa―IGZO膜と比較して、膜密度が0.08g/cm増加している。
【0064】
ホウ素イオン(B)注入した後に熱処理したa―IGZO膜において、未注入の場合と比較して膜密度が小さくなっているのは、イオン注入によってIGZO膜の結晶から酸素が欠損して金属原子の未結合手が増大することに起因する。この場合、結晶中の自由電子の電子移動度が低下することなる。
【0065】
これに対し、高温注入したa―IGZO膜では、室温注入の場合と比較しても膜密度はほぼ変化していない。高温注入する場合、イオン注入した後に熱処理する場合と比較して、結合手および膜密度が増大し、電子移動度が増大する。したがって、IGZO膜への高温注入は高い応答性が求められるデバイスにも適用可能となる。
【0066】
本実施形態にかかるイオンビーム照射方法においては、酸化物半導体膜102にイオンビームIBが照射されることで、酸化物半導体膜102内部に酸素または金属の欠損が生じることが酸化物半導体膜102の抵抗値を低減させる要因の一つと考えられる。つまり、本実施形態のイオンビーム照射方法においては、イオンビームIBに含まれるイオンを酸化物半導体膜102内に留めるようにイオンビームIBを照射する必要はない。イオンビームIBに含まれる少なくとも一部のイオンが酸化物半導体膜102を貫通し得るようにビームエネルギーを設定して照射し、これにより酸化物半導体膜102内により多くの欠損を生じさせるようにしてもよい。
【0067】
まず、プラズマ生成室11a内で例えば、アルゴンイオンを含むプラズマを生成する。その後、プラズマ生成室11aで生成したプラズマに含まれるイオンをイオンビームとして引き出し、イオンビームIBを、イオンビーム輸送ユニット12を通過させることで質量分離し、アルゴンイオンから成るイオンビームIBを処理室14内に導く。
【0068】
一方、図8に示すように、照射対象物である対象物Tを加熱する第一の工程S1を行う。より具体的には、第一の工程S1では、搬送経路L1に沿って処理室14内に搬送された対象物Tを、保持装置20に保持させた状態で加熱装置30により加熱する。対象物Tが加熱されることにより、酸化物半導体膜102が昇温する。その後、対象物Tを移送経路22に沿って移送させ、対象物TにイオンビームIBを対象物Tに照射する第二の工程S2を行う。
【0069】
第一のイオンビーム照射装置10Aは、第一対象物T1にイオンビームIBが照射される間に、第二対象物T2を第二保持装置20bに保持させて待機させるように構成されている。これにより、第一対象物T1にイオンビーム照射処理が施された後、すぐに第二対象物T2を加熱し第二対象物T2にイオンビーム照射処理を施すことができる。また、第一のイオンビーム照射装置10Aは、第二対象物T2にイオンビームIBが照射される間に、第一対象物T1を第一保持装置20aに保持させて待機させるように構成されている。これにより、第二対象物T2にイオンビーム照射処理が施された後、すぐに第一対象物T1を加熱し第一対象物T1にイオンビーム照射処理を施すことができる。つまり、第一のイオンビーム照射装置10Aは、搬送経路L1を複数備えることによって、対象物Tにイオンビーム照射処理を施す工程のスループットを向上させることができる。
【0070】
第二の工程S2においては、イオンビームIBに含まれるアルゴンイオンを酸化物半導体膜102の内部に到達させる必要がある。したがって、イオンビームIBのビームエネルギーを適切に設定する必要があるが、このイオンビームIBの最適なビームエネルギーは、酸化物半導体膜102を構成する酸化物半導体の材料や膜厚、または、酸化物半導体膜102を覆う絶縁膜103の有無または当該絶縁膜103の厚さ寸法等によって変化する。
【0071】
また、図7に示すように、対象物Tは、基板101と酸化物半導体膜102の間に剥離層105および基材層106を有する構成であってもよい。この変形例では、基材層106は、例えばポリイミドを基材としており、基材層106は、対象物Tから形成されるディスプレイパネルに柔軟性を与えるものであり。
【0072】
基材層106は、剥離層105を介してガラス基板である基板101から剥離された場合に、ディスプレイに柔軟性を与えるフレキシブル基板層として機能する。つまり、対象物Tからフレキシブルディスプレイが作成される場合には、当該フレキシブルディスプレイが基材層106を有することにより、折り曲げることや屈曲させることができるようになる。
【0073】
この場合、第一のイオンビーム照射装置10Aの加熱装置30の有する制御部33は、対象物Tを加熱する温度が、基材層106を形成するポリイミド等の基材の耐熱温度を越えることがないよう加熱装置30を制御する。
【0074】
本実施形態のイオンビーム照射方法によれば、酸化物半導体膜102の抵抗値を低下させることができる。したがって、対象物Tから形成されるディスプレイパネルの厚さ寸法を低減させることができ、ディスプレイパネルの薄型化に寄与する。また、いわゆるフォルダブルディスプレイやローラブルディスプレイと称される、折り曲げや折り畳み、巻き取り式の収容方法が採用されるディスプレイ装置において本発明のイオンビーム照射装置およびイオンビーム照射方法は特に有用である。
【0075】
次に、本発明の第二実施形態における、第二のイオンビーム照射装置10Bについて説明する。ただし、第一実施形態の第一のイオンビーム照射装置10Aと同一の機能を有する構成は第一実施形態と同一の符号を付与し、その説明を省略する。また、第二のイオンビーム照射装置10Bは、第一のイオンビーム照射装置10Aと同一のイオン源ユニット11およびイオンビーム輸送ユニット12が使用されており、図5においてはこれらの構成が省略されて示されている。
【0076】
第二のイオンビーム照射装置10Bは、加熱室40および加熱室40内に配置された抵抗加熱装置41を備える。抵抗加熱装置41は、抵抗加熱により対象物Tを加熱するものである。抵抗加熱装置41は、通電することにより発熱する不図示の発熱体を内部に有しており、当該発熱体を発熱させることによって抵抗加熱部41aに載置された対象物Tを加熱するものである。つまり、第二のイオンビーム照射装置10Bにおいては、対象物Tは、抵抗加熱によって発熱する抵抗加熱部41aを介して加熱される。第二のイオンビーム照射装置10Bにおいては、抵抗加熱部41aと接触した状態で対象物Tを加熱でき、ランプヒータである加熱装置30と比較して、対象物Tをより均一に加熱することができ、対象物Tの温度の面内均一性を高めることができる。
【0077】
図5に示すように、第二のイオンビーム照射装置10Bは、処理室14につながる搬送室15を一つ備えている。また、搬送室15には、二つのロードロック室16、16および加熱室40が接続されている。
【0078】
第二のイオンビーム照射装置10Bにおいては、対象物Tは、図5に示す第三搬送経路L2aおよび第四搬送経路L2bに沿って搬送される。第三搬送経路L2aおよび第四搬送経路L2bのいずれにおいても、ロードロック室16に搬入された対象物Tは、搬送室15を経由してまず加熱室40に搬入される。加熱室40に搬入された対象物Tは、抵抗加熱部41aに載置されて抵抗加熱装置41によって加熱される。その後、処理室14に搬入されてイオンビームIBが照射される。そして、再び、搬送室15およびロードロック室16を経由して受渡部17に搬出される。
【0079】
第二のイオンビーム照射装置10Bにおいては、一つの対象物Tが加熱されている間に、別の対象物Tが加熱室40内で加熱されるよう構成されている。例えば、図5に示すように、第三搬送経路L2aを経由して処理室14に搬入された第三対象物T3にイオンビームIBが照射される間、第四搬送経路L2bを経由して加熱室40に搬入された第四対象物T4が加熱されている。第三対象物T3にイオンビームIBが照射されて処理室14から搬出されると、第四対象物T4が処理室14に搬入され、第四対象物T4にイオンビームIBが照射される。また、この間に、加熱室40には再び第三搬送経路L2aを経由した対象物Tが搬入されて加熱される。
【0080】
つまり、第二実施形態の第二のイオンビーム照射装置10Bは、一方の対象物TにイオンビームIBが照射される間に別の対象物Tを加熱することにより、対象物Tに対するイオンビーム照射処理のスループットを向上させることができる。さらに、第二のイオンビーム照射装置10B、および、第二のイオンビーム照射装置10Bを使用したイオンビーム照射方法においては、加熱された対象物TにイオンビームIBが照射されることで、酸化物半導体膜102の抵抗値が低減させる。
【0081】
本発明は前記実施形態および前記変形例に限られず、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0082】
IB イオンビーム
T 対象物
10A、10B イオンビーム照射装置
11 イオン源ユニット
12 イオンビーム輸送ユニット
13 処理ユニット
14 処理室
20 保持装置
30 加熱装置
31 ランプ
32 ランプユニット
40 加熱室
41 抵抗加熱装置
101 基板
102 酸化物半導体膜
106 基材層

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12