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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024048732
(43)【公開日】2024-04-09
(54)【発明の名称】コイルばねの製造方法及びコイルばね
(51)【国際特許分類】
   F16F 1/06 20060101AFI20240402BHJP
   F16F 1/02 20060101ALI20240402BHJP
   C21D 9/02 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
F16F1/06 A
F16F1/02 B
C21D9/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022154807
(22)【出願日】2022-09-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】早川 守
(72)【発明者】
【氏名】藤川 拓海
(72)【発明者】
【氏名】寺本 真也
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 環輝
(72)【発明者】
【氏名】千葉 隆弘
(72)【発明者】
【氏名】牧野 泰三
(72)【発明者】
【氏名】根石 豊
【テーマコード(参考)】
3J059
4K042
【Fターム(参考)】
3J059AB11
3J059AD04
3J059AD06
3J059BA01
3J059BC02
3J059EA09
3J059EA20
4K042AA01
4K042BA09
4K042BA14
4K042DA06
4K042DC02
(57)【要約】
【課題】疲労特性に優れたコイルばねの製造方法を提供する。
【解決手段】コイルばねの製造方法は、常温における基地の線膨張係数との差が13.0×10-6-1以上である介在物を含む鋼材からなるコイルばねを製造する方法であって、常温又は常温よりも低い温度でセッチングをする工程を含み、前記コイルばねは、表面から深さ0.50~1.50mmの位置に存在する前記介在物に隣接する前記基地における、前記コイルばねに荷重を負荷したときの最大主応力面に垂直に作用する残留応力の最大値が300MPa以下である。
【選択図】図15
【特許請求の範囲】
【請求項1】
常温における基地の線膨張係数との差が13.0×10-6-1以上である介在物を含む鋼材からなるコイルばねを製造する方法であって、
常温又は常温よりも低い温度でセッチングをする工程を含み、
前記コイルばねは、表面から深さ0.50~1.50mmの位置に存在する前記介在物に隣接する前記基地における、前記コイルばねに荷重を負荷したときの最大主応力面に垂直に作用する残留応力の最大値が300MPa以下である、コイルばねの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記セッチングの際の温度が常温よりも低い、コイルばねの製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記セッチングの際の温度が10℃以下である、コイルばねの製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記セッチングの際の温度が0℃以下である、コイルばねの製造方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記介在物がTiB、TiC、TiN、ZrB、ZrC、ZrN、VB、VC、VN、NbB、NbC、TaB、TaC、CrN、Mo、MoC、W、WC、BC、SiC、SiB、Si、AlN、Al、AlTi、TiO、及びSiOからなる群から選択される1種又は2種以上である、コイルばねの製造方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記介在物の円相当径が50.0μm以下であり、
円相当径が1.0~50.0μmの前記介在物の数密度が断面100mm当たり1個以上である、コイルばねの製造方法。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか一項に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記セッチングをする工程の前に、300~600℃で熱処理する工程をさらに含む、コイルばねの製造方法。
【請求項8】
常温における基地の線膨張係数との差が13×10-6-1以上である介在物を含む鋼材からなり、
前記コイルばねは、表面から深さ0.50~1.50mmの位置に存在する前記介在物に隣接する前記基地における、前記コイルばねに荷重を負荷したときの最大主応力面に垂直に作用する残留応力の最大値が300MPa以下である、コイルばね。
【請求項9】
請求項8に記載のコイルばねであって、
前記残留応力の最大値が100MPa以下である、コイルばね。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイルばねの製造方法及びコイルばねに関する。
【背景技術】
【0002】
高サイクルの負荷を受ける高張力鋼の機械部品では、介在物等の内部欠陥を起点とする内部疲労破壊による部品の折損のリスクを低減することが必要となる。内部疲労破壊では、その起点となる介在物の大きさや高応力部位での介在物の存在確率が大きく影響を及ぼすと考えられる。従来、介在物を起点とする疲労限を予想する方法が定式化されており、一様な応力下ではこのような推定式による疲労限を予想することができる。このような考え方から、ショットピーニングや窒化を施し、圧縮残留応力を表面部に付与したコイルばねが開発されている。
【0003】
特許第3930715号公報には、非金属介在物の大きさを15μm以下とした鋼を素材とし、コイリング後460℃以上で窒化処理を施して表面硬さをHv700以上となるようにし、少なくとも2回のショットピーニングを施した後、210℃以上でセッチングを施した高強度ばねが開示されている。
【0004】
特開2010-117191号公報には、表面に欠陥を有する部材に過大応力を負荷してセッチングを行うことにより、欠陥の先端部に引張塑性変形領域を形成し、過大応力を除荷して欠陥の先端部に圧縮残留応力場を形成することにより、部材の疲労限度を向上させる表面欠陥材の疲労限度向上方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3930715号公報
【特許文献2】特開2010-117191号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ショットピーニングによって圧縮残留応力を付与する方法では、ショットピーニングによって圧縮残留応力を付与できる深さ(クロッシングポイント、0.5mm未満)までに存在する介在物の周りの鋼材の疲労特性を向上させることはできるものの、それよりも深い領域に存在する介在物の周りの鋼材の疲労特性を改善することはできない。より深部の領域に存在する介在物の周りの鋼材の疲労特性を改善することができれば、清浄度の低い材料でも高疲労強度を実現することが可能となり、プロセス削減による環境負荷低減や製造コストの低減につながるものと期待される。
【0007】
特開2010-117191号公報には、表面に欠陥を有する部材に過大応力を負荷してセッチングを行うことによって欠陥の先端部に圧縮残留応力場を形成することが記載されている。同公報には、圧縮残留応力場を形成するために必要な過大応力の大きさを算出する方法が詳しく記載されているが、過大応力を加えるための具体的な方法は記載されていない。また同公報は、表面欠陥がき裂である場合を想定しており、介在物による疲労破壊に関するものではない。
【0008】
本発明の課題は、疲労特性に優れたコイルばねの製造方法を提供すること、及び疲労特性に優れたコイルばねを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施形態によるコイルばねの製造方法は、常温における基地の線膨張係数との差が13.0×10-6-1以上である介在物を含む鋼材からなるコイルばねを製造する方法であって、常温又は常温よりも低い温度でセッチングをする工程を含み、前記コイルばねは、表面から深さ0.50~1.50mmの位置に存在する前記介在物に隣接する前記基地における、前記コイルばねに荷重を負荷したときの最大主応力面に垂直に作用する残留応力の最大値が300MPa以下である。
【0010】
本発明の一実施形態によるコイルばねは、常温における基地の線膨張係数との差が13×10-6-1以上である介在物を含む鋼材からなり、前記コイルばねは、表面から深さ0.50~1.50mmの位置に存在する前記介在物に隣接する前記基地における、前記コイルばねに荷重を負荷したときの最大主応力面に垂直に作用する残留応力の最大値が300MPa以下である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、疲労特性に優れたコイルばねが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、コイルばねの外観の一例を示す図である。
図2図2は、図1の領域Aを拡大して示す図であって、素線への応力の作用を模式的に示す図である。
図3図3は、介在物の周りの応力の作用を模式的に示す図である。
図4図4は、熱処理温度から常温に戻る際に介在物の周りに生じる引張応力を模式的に示す図である。
図5図5は、低温でのセッチングによる引張残留応力低減のメカニズムを模式的に示す図である。
図6図6は、本発明の一実施形態によるコイルばねの製造方法のフロー図である。
図7図7は、解析モデルの模式図である。
図8図8は、基地の応力-ひずみ曲線である。
図9図9は、解析モデルに加えた温度履歴及び荷重履歴のパターンを示す図である。
図10図10は、図9のA時点における、y面に対して垂直に作用する応力の分布を示す等高線図である。
図11図11は、図9のB時点における、y面に対して垂直に作用する応力の分布を示す等高線図である。
図12図12は、図9のC時点における、y面に対して垂直に作用する応力の分布を示す等高線図である。
図13図13は、図9のD時点における、y面に対して垂直に作用する応力の分布を示す等高線図である。
図14図14は、図9のE時点における、y面に対して垂直に作用する応力の分布を示す等高線図である。
図15図15は、セッチングの際の温度と、介在物に隣接する基地におけるy面に対して垂直に作用する応力の最大値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、鋼材中の介在物の種類と疲労特性との関係を調査している過程で、介在物の線膨張係数と疲労特性とに相関があることを見出した。具体的には、介在物の線膨張係数と基地(マトリックス)の線膨張係数との差が大きいほど、鋼材の疲労限度が低くなる傾向があることを見出した。このことから、介在物の周りの疲労強度の低下には、外力の影響の他に、熱応力の影響があることが示唆された。
【0014】
本発明者らは、この知見に基づき、鋼材中の介在物の周りの微小要素をモデル化して有限要素法による計算を行い、介在物の周りの応力分布と製造プロセスとの関係を検討した。その結果、従来、温間で行われているセッチングを常温又は常温よりも低い温度で行うことで、介在物の周りの基地の引張残留応力を低減できる、又は介在物の周りの基地に圧縮残留応力を付与できることを見出した。
【0015】
図1は、コイルばね1の外観の一例を示す図である。図2は、図1の領域Aを拡大して示す図であって、素線への応力の作用を模式的に示す図である。コイルばね1に荷重が負荷されると、1巻き毎に周期的に主応力が分布する線素の中でも最大主応力が生じる線素において、図2に示すように、線素の表面にせん断応力τが発生する。このせん断応力τは線素の表面付近ほど大きく、線素の中心に近づくほど小さくなる。このせん断応力τは、線素の線軸に対して45°方向の最大主応力σ1と、最大主応力σ1の方向と直交する方向の最小主応力σ2とに分解することができる。
【0016】
図3は、介在物11の周りの応力の作用を模式的に示す図である。コイルばねに繰り返し負荷が作用すると、介在物11の周りに上述した最大主応力の方向に引張応力が繰り返し負荷される。
【0017】
図4は、熱処理温度から常温に戻る際に介在物11の周りに生じる引張応力を模式的に示す図である。コイルばねの製造プロセスでは一般的に、300~600℃程度での熱処理が行われる。熱処理温度から常温に戻る際、基地の線膨張係数が介在物の線膨張係数よりも大きいため、基地は介在物の周りで十分に収縮することができず、介在物の周りの基地は介在物の周方向に引張応力を受ける。これによって、介在物の周りに引張残留応力が発生し、特に基地との線膨張係数差の大きい介在物の周りにおいて、疲労強度の低下が起こる。
【0018】
図5は、低温でのセッチングによる引張残留応力低減のメカニズムを模式的に示す図である。セッチングを常温又は常温よりも低い温度で行うことによって、外力による負荷(ねじり負荷)と、熱応力による負荷とが重ね合わされ、介在物の周りに過大荷重が負荷される。この過大荷重によって、過大荷重が加わった領域が局所的に降伏し、塑性変形領域10aが生じる。この状態から外力を除去(除荷)すると、塑性変形領域の周りの領域は弾性変形するため、塑性変形領域10aは圧縮応力を受ける。これによって、介在物の周りの基地の引張残留応力を低減できるか、又は介在物の周りの基地に圧縮残留応力を付与することができる。セッチングを低温で行うほど、過大荷重が大きくなり、介在物の周りの基地の引張残留応力をより低減できるか、又は介在物の周りの基地により大きな圧縮残留応力を付与することができる。
【0019】
本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、本発明の一実施形態によるコイルばねの製造方法及びコイルばねについて説明する。
【0020】
[コイルばねの製造方法]
本実施形態によるコイルばねの製造方法で対象とするコイルばねは、コイルばねを構成する鋼材が、基地(マトリックス)との線膨張係数の差が13.0×10-6-1以上である介在物を含むものである。基地と介在物との線膨張係数の差が大きいほど、介在物の周りでの疲労強度の低下が大きく、後述するセッチング工程による効果が大きくなるためである。基地と介在物との線膨張係数の差は、好ましくは13.5×10-6-1以上であり、さらに好ましくは15.5×10-6-1以上である。基地と介在物との線膨張係数の差の上限は特に限定しないが、例えば23.0×10-6-1である。なお、「線膨張係数」及び「線膨張係数の差」は、注記のない限り、常温における値を意味するものとする。
【0021】
基地の線膨張係数は、鋼材の種類に依存するが、コイルばね用に用いられる鋼材では、概ね23.0×10-6-1程度である。したがって、介在物の線膨張係数は、10.0×10-6-1以下であることが好ましい。このような介在物としては例えば、TiB、TiC、TiN、ZrB、ZrC、ZrN、VB、VC、VN、NbB、NbC、TaB、TaC、CrN、Mo、MoC、W、WC、BC、SiC、SiB、Si、AlN、Al、AlTi、TiO、及びSiO等がある。すなわち、本実施形態によるコイルばねの製造方法は、介在物がTiB、TiC、TiN、ZrB、ZrC、ZrN、VB、VC、VN、NbB、NbC、TaB、TaC、CrN、Mo、MoC、W、WC、BC、SiC、SiB、Si、AlN、Al、AlTi、TiO、及びSiOからなる群から選択される1種又は2種以上であってもよい。本実施形態によるコイルばねの製造方法は、介在物がVCである場合に特に好適である。
【0022】
コイルばねを構成する鋼材に含まれる介在物の円相当径は、50.0μm以下であることが好ましい。すなわち、コイルばねを構成する鋼材は、円相当径が50.0μmを超える介在物を含まないことが好ましい。50.0μmを超える介在物が存在すると、十分な疲労強度を確保することが困難な場合がある。コイルばねを構成する鋼材に含まれる介在物の円相当径は、より好ましくは45.0μm以下である。
【0023】
また、円相当径が1.0~50.0μmの介在物の数密度が、断面100mm当たり1個以上であることが好ましい。介在物の数密度が1個/100mm未満の場合には、介在物による鋼材の疲労強度への影響はもともと小さいと考えられるためである。なお、円相当径が1.0μm未満の介在物の数密度は特に限定しない。円相当径が1.0μm未満の介在物による鋼材の疲労強度への影響は小さいと考えられるためである。
【0024】
上述した介在物に関する条件以外は、コイルばねを構成する鋼材について特に制限はない。本実施形態によるコイルばねを構成する鋼材としては例えば、コイルばね用の鋼材として一般的に用いられる高張力鋼の鋼材を用いることができる。本実施形態によるコイルばねを構成する鋼材は、好ましくは、1600MPa以上の降伏強さを有し、より好ましくは1700MPa以上、さらに好ましくは1800MPa以上の降伏強さを有する。
【0025】
図6は、本発明の一実施形態によるコイルばねの製造方法のフロー図である。この製造方法は、コイリング(ステップS1)、熱処理(ステップS2)、研磨(ステップS3)、ショットピーニング(ステップS4)、二次熱処理(ステップS5)及びセッチング(ステップS6)の各工程を含んでいる。
【0026】
上述した鋼材をコイル状に成形してコイルばねの中間品を製造する(コイリング(ステップS1))。コイリング後、コイリングによって生じた残留応力を除去するための熱処理(低温焼鈍し)を行う(ステップS2)。この熱処理の温度は、特に限定されないが、例えば300~600℃である。熱処理の温度の下限は、好ましくは360℃であり、さらに好ましくは400℃である。熱処理の温度の上限は、好ましくは480℃であり、さらに好ましくは440℃である。
【0027】
熱処理後、必要に応じて端面の研磨を行う(ステップS3)。研磨は、省略される場合がある。熱処理後又は研磨後、ショットピーニングを行って、鋼材の表面に圧縮残留応力を付与する(ステップS4)。ショットピーニングは、複数回行ってもよい。
【0028】
ショットピーニング後、必要に応じて二次熱処理を行う(ステップS5)。二次熱処理は、省略される場合がある。二次熱処理は微視的ひずみを除去して耐へたり性を向上させる目的で行われ、一般にコイリング後の熱処理(ステップS2)よりも低温で行われる。二次熱処理(ステップS5)の温度は、特に限定されないが、例えば200~250℃である。
【0029】
ショットピーニング後又は熱処理後、セッチングを行う(ステップS6)。通常、セッチングは、コイルばねの耐へたり性を向上させる目的で行われるため、温間、すなわち、常温よりも高い温度で行われる。これに対し、本実施形態では、常温又は常温よりも低い温度でセッチングを行う。
【0030】
常温又は常温よりも低い温度でセッチングを行うことによって、外力による負荷(ねじり負荷)と、熱応力による負荷とが重ね合わされ、介在物の周りに過大荷重が負荷される。この過大荷重によって、過大荷重が加わった領域が局所的に降伏し、塑性変形領域が生じる。この状態から外力を除去(除荷)すると、塑性変形領域の周りの領域は弾性変形するため、塑性変形領域は圧縮応力を受ける。これによって、介在物の周りの基地の引張残留応力を低減できるか、又は介在物の周りの基地に圧縮残留応力を付与することができる。
【0031】
セッチングは、常温よりも低い温度で行うことが好ましい。セッチングを低温で行うほど、過大荷重が大きくなり、介在物の周りの基地の引張残留応力をより低減できるか、又は介在物の周りの基地により大きな圧縮残留応力を付与することができる。セッチングの際の温度は、より好ましくは10℃以下であり、さらに好ましくは0℃以下であり、さらに好ましくは-60℃以下であり、さらに好ましくは-90℃以下であり、さらに好ましくは-190℃以下である。
【0032】
低温でセッチングを行う方法としては、これに限定されないが、冷媒を吹付ながらセッチングを行うことや、冷媒に浸漬しながらセッチングを行うこと、冷媒により熱交換を行い冷却された空間でセッチングを行うことが挙げられる。冷媒としては、これに限定されないが、氷、氷―塩の混合体、ドライアイス、エタノール-ドライアイスの混合体、エタノール、液体窒素、フロン等が挙げられる。
【0033】
以上の工程によって、本実施形態によるコイルばねが製造される。なお、本実施形態によるコイルばねの製造方法は、常温又は常温よりも低い温度でセッチングをする工程(ステップS6)を含んでいればよく、図6に示した製造方法に種々の変更を施して実施することが可能である。例えば、セッチングを熱処理(ステップS2)の後、二次熱処理(ステップS5)の前に行ってもよい。ただし、セッチングの後に高温で熱処理を行うと残留応力が解法されてしまうため、セッチングの後には300℃以上の熱処理を行わないことが好ましい。
【0034】
[コイルばね]
本発明の一実施形態によるコイルばねは、表面から深さ0.50~1.50mmの位置に存在する介在物に隣接する基地における、コイルばねに荷重を負荷したときの最大主応力面に垂直に作用する残留応力の最大値が300MPa以下である。以下の説明では、「コイルばねに荷重を負荷したときの最大主応力面に垂直に作用する残留応力」を「主応力方向の残留応力」という。
【0035】
ここで、「コイルばねに荷重を負荷したときの最大主応力面」とは、より具体的には、図2を用いて説明したように、コイルばねの素線の線軸に対して45°方向が法線方向ととなる面である。「介在物に隣接する基地」とは、より具体的には、介在物との界面から200nm以下の距離の領域にある基地を意味する。「介在物に隣接する基地における主応力方向の残留応力の最大値」とは、より具体的には、着目している介在物に隣接する基地のなかで、主応力方向の残留応力が最も大きい位置における主応力方向の残留応力の値を意味する。
【0036】
介在物の周りの残留応力は例えば、FIB-DIC ring core法によって測定することができる。FIB-DIC ring core法では具体的には、コイルばねからサンプルを切り出し、観察された介在物を対象に、微細なマーカーを付与し、介在物に近い領域の基地を切除することで残留応力を開放させ、解法された歪み量及び残留応力値を計測する。
【0037】
表面から深さ0.50~1.50mmの位置に存在する介在物の周りの基地の残留応力に着目するのは、以下の理由による。まず、表面から深さ0.50mm未満の領域については、ショットピーニング等によって残留応力を低減することが比較的容易であるため、この領域に存在する介在物は通常はコイルばねの疲労強度に大きな影響を与えない。また、コイルばねに荷重を負荷したときに生じる応力は、コイルばねの素線の中心に近づくにしたがって小さくなる。そのため、表面から深さ1.50mmよりも深い位置に存在する介在物も、コイルばねの疲労強度に大きな影響を与えない。
【0038】
本実施形態では、表面から深さ0.50~1.50mmの位置に存在する介在物に隣接する基地における、主応力方向の残留応力の最大値を300MPa以下にする。これによって、介在物が存在する場合であっても、介在物による疲労強度の低下を抑制することができる。主応力方向の残留応力の最大値は、より好ましくは100MPa以下であり、さらに好ましくは50MPa以下であり、さらに好ましくは0MPa以下(圧縮残留応力)である。
【0039】
以上、本発明の一実施形態によるコイルばねの製造方法、及びコイルばねを説明した。本実施形態によれば、疲労強度に優れたコイルばねが得られる。
【実施例0040】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明は、これらの実施例に限定されない。
【0041】
鋼材中の介在物の周りの微小要素をモデル化して有限要素法による計算を行い、介在物の周りの応力分布と製造プロセスとの関係を検討した。図7は、解析モデルの模式図である。半径2μmの円形の介在物を中心とする20μm×20μmの領域について、対称性を考慮して1/4の10μm×10μmの領域を計算対象とした。
【0042】
基地の材料物性は、膨張係数:23×10-6×K-1、ヤング率:206GPa、ポアソン比:0.3とした。介在物はVCを想定し、線膨張係数:6.88×10-6×K-1、ヤング率:262GPa、ポアソン比:0.3とした。図8は、基地の応力-ひずみ曲線である。基地の降伏強さは約1800MPaである。
【0043】
図9は、解析モデルに加えた温度履歴及び荷重履歴のパターンを示す図である。上段が温度履歴、下段が荷重履歴である。まず、残留応力除去焼鈍を模擬して420℃に加熱し、その後、温度T1(400℃、200℃、20℃又は-196℃)まで冷却した。温度T1でセッチング応力800MPaの荷重を加えた。温度T1に保持したまま荷重を除去し、その後、温度を常温(20℃)にした。
【0044】
図7に示すように、セッチングの際の負荷は、解析モデルのy方向の一方の端辺に対してx方向に800MPaの引張応力を加え、x方向の一方の端辺に対して800MPaの圧縮応力を加えることで行った。y方向の他方の端辺はy方向拘束、x方向の他方の端辺はx方向拘束とした。図7のy方向が最大主応力方向に対応し、y面が最大主応力面に対応する。線径4.0mmの素線の表面から深さ1.33mmの位置に介在物があるとして計算を行った。
【0045】
図10図14はそれぞれ、図9のA時点~E時点における、y面に対して垂直に作用する応力(以下「σyy」という。)の分布を示す等高線図である。
【0046】
図10は、420℃に加熱した時点(図9のA時点)におけるσyyの分布である。図10は、加熱によって残留応力が除去され、全要素の応力が0になっていることを示している。
【0047】
図11は、温度T1(400℃、200℃、20℃又は-196℃)まで冷却した時点(図9のB時点)におけるσyyの分布である。基地の線膨張係数が介在物の線膨張係数よりも大きいため、基地は介在物の周りで十分に収縮することができず、介在物の周りの基地は介在物の周方向に引張応力を受ける。そのため、介在物のx方向の端部の近傍でσyyが大きくなる。また、温度T1が低い程、σyyが大きくなる。
【0048】
図12は、温度T1でセッチング応力800MPaの荷重を加えた時点(図7のC時点)におけるσyyの分布である。図13は、温度T1に保持したまま荷重を除去した時点(図7のD時点)におけるσyyの分布であり、図14は、その後、温度を常温(20℃)にした時点(図7のE時点)におけるσyyの分布である。
【0049】
図14に示すように、温度T1を-196℃にした解析モデルでは、介在物に隣接する基地のσyyは、介在物のx方向の端部に隣接する位置で最大値を示し、その値は-243MPaであった。すなわち、温度T1を-196℃にした解析モデルでは、介在物に隣接する基地のσyyは、介在物の全周にわたって圧縮応力であった。
【0050】
同様の解析を、介在物の深さが1.00mm及び2.00mmの場合についても行った。図15は、温度T1と、介在物に隣接する基地におけるσyyの最大値との関係を示すグラフである。図15に示すように、温度T1を低くすることで、介在物に隣接する基地におけるσyyの最大値を小さくできることが分かる。
【0051】
以上、本発明の実施の形態を説明した。上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
図1
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図7
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図11
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図15