(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024048782
(43)【公開日】2024-04-09
(54)【発明の名称】伝熱部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 11/12 20060101AFI20240402BHJP
C25D 11/04 20060101ALI20240402BHJP
F28F 13/02 20060101ALI20240402BHJP
H01L 23/427 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
C25D11/12 Z
C25D11/04 101A
F28F13/02 A
H01L23/46 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022154871
(22)【出願日】2022-09-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(2021年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/相界面制御による熱・物質移動促進プロセス技術開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願)
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中島 大希
(72)【発明者】
【氏名】高田 保之
(72)【発明者】
【氏名】森 昌司
(72)【発明者】
【氏名】黒谷 昇平
【テーマコード(参考)】
5F136
【Fターム(参考)】
5F136CC31
5F136FA02
(57)【要約】
【課題】冷媒の沸騰を促進する効果を長期間にわたって維持することができる伝熱部材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】伝熱部材1は、金属または金属元素を含む無機化合物からなる母材2と、母材2に含まれる金属元素の酸化物からなり、母材2上に形成された酸化物層3とを有する。酸化物層3は、伝熱部材1の表面に開口311を有し、開口311の平均開口径が5nm以上70nm以下である第一部分312と、平均孔径が第一部分312の平均開口径よりも大きく、第一部分312に連なる第二部分313とを備えた複数の細孔31を有している。第二部分313の平均深さが600nm以上20μm以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属または金属元素を含む無機化合物からなる母材と、
前記母材に含まれる金属元素の酸化物からなり、前記母材上に形成された酸化物層と、を有する伝熱部材であって、
前記酸化物層は、前記伝熱部材の表面に開口を有し、前記開口の平均開口径が5nm以上70nm以下である第一部分と、平均孔径が前記第一部分の平均開口径よりも大きく、前記第一部分に連なる第二部分とを備えた複数の細孔を有しており、
前記第二部分の平均深さが600nm以上20μm以下である、伝熱部材。
【請求項2】
前記第二部分の平均孔径が70nm以上1000nm以下である、請求項1に記載の伝熱部材。
【請求項3】
前記第一部分の平均深さが100nm以上2μm以下である、請求項1に記載の伝熱部材。
【請求項4】
前記第二部分の平均深さが前記第一部分の平均深さの3倍以上である、請求項1に記載の伝熱部材。
【請求項5】
前記母材がアルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されている、請求項1~4のいずれか1項に記載の伝熱部材。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載の伝熱部材の製造方法であって、
前記母材に第一処理条件で陽極酸化処理を施すことにより、前記母材の表面に平均開口径が5nm以上70nm以下である複数の細孔を備えた酸化物層を形成し、
その後、前記母材に、前記第一処理条件とは異なる第二処理条件で陽極酸化処理を施し、複数の前記細孔のうち一部の細孔を成長させることにより、前記第一部分に連なる前記第二部分を形成する、伝熱部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、伝熱部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エアーコンディショナーやチラー、ボイラー、熱機関発電機等の発熱量の大きい機器には、沸騰冷却器などの冷媒の相変化を利用した冷却システムが組み込まれていることがある。また、近年では、この種の冷却システムが発熱密度の高い半導体部品やデータセンター用電子機器等の冷却に用いられることもある。
【0003】
冷媒の沸騰を利用した冷却システムは、冷却対象の機器と熱的に接触可能に構成された受熱面と、冷媒に接触可能に構成された放熱面とを備えた伝熱部材を有している。この種の冷却システムは、伝熱部材の放熱面に接触した冷媒を沸騰させることにより、冷却対象の機器を効率よく冷却することができるように構成されている。また、冷媒の沸騰を促進する技術として、例えば特許文献1には、液体の沸騰が生じる面に高さ10nm~1000nmの凹凸体が密集した面粗さを有することを特徴とする沸騰伝熱面が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述したように、冷媒の沸騰を利用した冷却システムにおいては、伝熱部材の放熱面に接触した冷媒を沸騰させることにより冷却対象の機器を効率よく冷却することができる。しかし、特許文献1に記載された沸騰伝熱面は、例えば冷媒の沸騰を繰り返し行う場合や、冷媒中に長期間浸漬された場合等に冷媒が沸騰しにくくなり、沸騰開始時における放熱面近傍の冷媒の過熱度が上昇する傾向がある。このように、放熱面に接触した冷媒が沸騰しにくくなると、放熱面から冷媒に移動する熱量が少なくなり、冷却対象の機器の温度の上昇を招くおそれがある。
【0006】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、冷媒の沸騰を促進する効果を長期間にわたって維持することができる伝熱部材及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、金属または金属元素を含む無機化合物からなる母材と、
前記母材に含まれる金属元素の酸化物からなり、前記母材上に形成された酸化物層と、を有する伝熱部材であって、
前記酸化物層は、前記伝熱部材の表面に開口を有し、前記開口の平均開口径が5nm以上70nm以下である第一部分と、平均孔径が前記第一部分の平均開口径よりも大きく、前記第一部分に連なる第二部分とを備えた複数の細孔を有しており、
前記第二部分の平均深さが600nm以上20μm以下である、伝熱部材にある。
【0008】
また、本発明の他の態様は、前記の態様の伝熱部材の製造方法であって、
前記母材に第一処理条件で陽極酸化処理を施すことにより、前記母材の表面に平均開口径が5nm以上70nm以下である複数の細孔を備えた酸化物層を形成し、
その後、前記母材に、前記第一処理条件とは異なる第二処理条件で陽極酸化処理を施し、複数の前記細孔のうち一部の細孔を成長させることにより、前記第一部分に連なる前記第二部分を形成する、伝熱部材の製造方法にある。
【発明の効果】
【0009】
前記伝熱部材の酸化物層には、前記第一部分及び前記第二部分を備えた複数の細孔が設けられている。かかる形状を有する細孔は、過熱状態の冷媒と接触した際に冷媒の気化を促進し、多数の気泡を発生させることができる。また、前記細孔の第一部分は比較的開口径の小さい開口を有しているため、成長した気泡を速やかに伝熱部材から脱離させることができる。
【0010】
また、前記細孔の第一部分の平均孔径を第二部分の平均開口径よりも小さくすることにより、細孔内への液相の冷媒の進入を抑制することができる。さらに、前記細孔の第二部分の平均深さを前記特定の範囲とすることにより、例えば冷媒の沸騰を繰り返し行う場合や、冷媒中に長期間浸漬された場合等においても細孔内に十分な量の気体を保持することができる。細孔内に保持された気体は、冷媒の温度が上昇した際に気泡核の生成に寄与するため、細孔内に気体を保持することにより、冷媒からの気泡の発生、即ち冷媒の沸騰を促進することができる。それ故、前記伝熱部材は、冷媒の沸騰を繰り返し行う場合や、冷媒中に長期間浸漬された場合等においても、冷媒の沸騰を促進し、冷媒の過熱度が比較的低い間に冷媒を沸騰させることができる。
【0011】
以上の結果、前記伝熱部材は、冷媒の沸騰を促進する効果を長期間にわたって維持することができる。
【0012】
また、前記の態様の製造方法においては、陽極酸化処理を二段階で行うことにより、母材の表面に酸化物層を形成するとともに、酸化物層に第一部分と第二部分とを備えた細孔を形成する。このように、陽極酸化処理という電気化学的手法を用いることにより、前記特定の形状を有する細孔を容易に形成することができる。
【0013】
以上のように、前記の態様によれば、冷媒の沸騰を促進する効果を長期間にわたって維持することができる伝熱部材及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、実施例における伝熱部材の要部を示す一部断面図である。
【
図2】
図2は、実施例における、第一陽極酸化処理が施された後の伝熱部材の要部を示す一部断面図である。
【
図3】
図3は、実験例における伝熱部材の斜視図である。
【
図4】
図4は、実験例における試験体S1の酸化物層の表面の電子顕微鏡像である。
【
図5】
図5は、実験例における試験体S1の酸化物層の断面の電子顕微鏡像である。
【
図6】
図6は、実験例においてサブクールプール沸騰実験に用いた実験装置を模式的に示した説明図である。
【
図7】
図7は、実験例における沸騰曲線の例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(伝熱部材)
前記伝熱部材は、例えば、冷却対象の機器と熱的に接触可能に構成された受熱面と、冷媒に接触可能に構成された放熱面とを有している。伝熱部材の母材は、金属または金属元素を含む無機化合物から構成されている。母材を構成する金属としては、例えば、アルミニウム、アルミニウム合金、チタン及びチタン合金等の、陽極酸化処理により多孔質酸化膜を形成可能な金属を使用することができる。また、母材を構成する無機化合物としては、例えば、リン化インジウム(InP)等の、陽極酸化処理により多孔質酸化膜を形成可能な金属を使用することができる。伝熱部材の冷却性能を高めるとともに、材料コストを低減する観点からは、前記伝熱部材の母材は、アルミニウム、アルミニウム合金、チタンまたはチタン合金のうちいずれか1種の金属であることが好ましく、アルミニウムまたはアルミニウム合金のうちいずれか1種の金属であることがより好ましい。
【0016】
伝熱部材の母材として用いられるアルミニウムの化学成分は特に限定されることはなく、例えば、1000系アルミニウムなどを母材として使用することができる。また、伝熱部材の母材として用いられるアルミニウム合金の化学成分は特に限定されることはなく、例えば、2000系合金、3000系合金、4000系合金、5000系合金、6000系合金及び7000系合金などを母材として使用することができる。熱伝導性の観点からは、伝熱部材の母材が1000系アルミニウムまたは6000系合金から構成されていることが好ましい。
【0017】
母材上には、母材に含まれる金属元素の酸化物からなる酸化物層が設けられている。例えば、母材がアルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されている場合、酸化物層はアルミナから構成されている。また、母材がチタンまたはチタン合金から構成されている場合、酸化物層はチタニアから構成されている。酸化物層は、伝熱部材の表面全体に設けられていてもよく、表面の一部の領域に設けられていてもよい。冷媒との熱交換を効率よく行う観点からは、酸化物層は、少なくとも伝熱部材の放熱面に設けられていることが好ましい。
【0018】
酸化物層には、伝熱部材の表面に開口を有する第一部分と、第一部分に連なる第二部分とを備えた複数の細孔が形成されている。また、第一部分における開口の平均開口径は5nm以上70nm以下であり、第二部分の平均孔径は第一部分の平均開口径よりも大きい。なお、このように、細孔の開口径が細孔の内部の孔径よりも小さい細孔を、リエントラント型キャビティということがある。
【0019】
第一部分における平均開口径が5nm以上である細孔は、冷媒の気化により生じる気泡の過度の成長を抑制し、気泡の大きさが比較的小さい間に伝熱部材から気泡を脱離させることができる。そのため、前記伝熱部材は、冷却対象の機器を効率よく冷却することができる。かかる作用効果をより高める観点からは、細孔の第一部分の平均開口径は10nm以上であることが好ましく、15nm以上であることがより好ましく、20nm以上であることがさらに好ましい。
【0020】
また、第一部分における平均開口径が70nm以下である細孔は、細孔の外部から内部への液相の冷媒の進入を抑制することができる。これにより、細孔の内部に気体が保持されやすくなり、冷媒の沸騰を促進する効果を長期間にわたって維持することができる。かかる効果をより確実に得る観点からは、細孔の第一部分の平均開口径は60nm以下であることが好ましく、50nm以下であることがより好ましく、40nm以下であることがさらに好ましい。
【0021】
伝熱部材からの気泡の脱離を促進する効果をより高めるとともに、細孔の内部への液相の冷媒の進入をより効果的に抑制する観点からは、細孔の第一部分の平均開口径は10nm以上60nm以下であることが好ましく、15nm以上50nm以下であることがより好ましく、20nm以上40nm以下であることがさらに好ましい。
【0022】
前述した第一部分の平均開口径の算出方法は以下の通りである。まず、酸化物層の表面を電子顕微鏡により観察し、酸化物層の表面の電子顕微鏡像を取得する。そして、電子顕微鏡像中に存在する複数の細孔から無作為に10本以上の細孔を選択し、個々の細孔の開口の円相当直径、つまり、開口の面積と等しい面積を有する円の直径を計測する。このようにして得られた第一部分の円相当直径の算術平均値を、第一部分の平均開口径とする。
【0023】
細孔の第一部分の平均深さは100nm以上2μm以下であることが好ましく、150nm以上1μm以下であることがより好ましく、200nm以上500nm以下であることがさらに好ましい。この場合には、細孔の内部への液相の冷媒の進入をより効果的に抑制するとともに、細孔内の気体をより容易に細孔の外部に導き、気泡の形成を促進させることができる。
【0024】
前述した細孔の第一部分の平均深さの算出方法は以下の通りである。まず、伝熱部材の酸化物層を破断させる、伝熱部材を切断する、あるいは伝熱部材を樹脂に包埋した後機械研磨を行うなどの方法により、酸化物層の厚み方向に概ね平行な断面を露出させる。この断面を電子顕微鏡により観察し、電子顕微鏡像を取得する。そして、電子顕微鏡像中に存在する複数の細孔から無作為に3本以上の細孔を選択し、個々の細孔の第一部分における、孔径が概ね同程度である部分の深さを測定する。このようにして得られた第一部分の深さの算術平均値を、第一部分の平均深さとする。
【0025】
細孔の第二部分は、第一部分に連なっており、第一部分の先端から母材に向かって延在している。第二部分の平均孔径は、第一部分の平均開口径よりも大きければよい。第二部分の平均孔径は、70nm以上1000nm以下であることが好ましい。この場合には、第二部分の容積をより大きくすることができる。その結果、第二部分に保持される気体の量をより多くし、より長期間にわたって冷媒の沸騰を促進する効果を維持することができる。かかる作用効果をより高める観点からは、第二部分の平均孔径は、90nm以上800nm以下であることがより好ましく、100nm以上600nm以下であることがさらに好ましく、110nm以上400nm以下であることが特に好ましい。
【0026】
前述した細孔の第二部分の平均孔径の算出方法は以下の通りである。まず、伝熱部材の酸化物層を破断させる、伝熱部材を切断する、あるいは伝熱部材を樹脂に包埋した後機械研磨を行うなどの方法により、酸化物層の厚み方向に概ね平行な断面を露出させる。この断面を電子顕微鏡により観察し、電子顕微鏡像を取得する。そして、電子顕微鏡像中に存在する複数の細孔から無作為に4本以上の細孔を選択し、個々の細孔の第二部分における、第二部分の深さ方向の中央部の孔径を測定する。このようにして得られた第二部分の孔径の算術平均値を、第二部分の平均孔径とする。
【0027】
第二部分の平均深さは600nm以上20μm以下である。第二部分の平均深さを600nm以上とすることにより、第二部分の容積を大きくし、細孔内に十分な量の気体を保持することができる。その結果、長期間にわたって冷媒の沸騰を促進する効果を維持することができる。かかる作用効果をより高める観点からは、第二部分の平均深さは、800nm以上であることが好ましく、1μm以上であることがより好ましい。
【0028】
また、第二部分の平均深さは第一部分の平均深さの3倍以上であることが好ましい。この場合には、第二部分の容積をより大きくし、細孔内に保持できる気体の量をより多くすることができる。その結果、より長期間にわたって冷媒の沸騰を促進する効果を維持することができる。なお、第一部分の平均深さに対する第二部分の平均深さの比の上限は、例えば300であればよい。
【0029】
前述した細孔の第二部分の平均深さの算出方法は以下の通りである。まず、伝熱部材の酸化物層を破断させる、伝熱部材を切断する、あるいは伝熱部材を樹脂に包埋した後機械研磨を行うなどの方法により、酸化物層の厚み方向に概ね平行な断面を露出させる。この断面を電子顕微鏡により観察し、電子顕微鏡像を取得する。そして、電子顕微鏡像中に存在する複数の細孔から無作為に3本以上の細孔を選択し、個々の細孔の底から第一部分の下端、つまり、細孔の孔径が概ね開口径と等しい部分の下端までの深さを測定する。このようにして得られた第二部分の深さの算術平均値を、第二部分の平均深さとする。
【0030】
酸化物層には、前述した第一部分及び第二部分を備えた細孔、つまり、リエントラント型キャビティの他に、前記特定の形状以外の形状を有する細孔が形成されていてもよい。例えば、前述したように、母材に二段階で陽極酸化処理を行う方法により酸化物層を形成する場合、酸化物層の表面には、前記第一部分と同様の開口径及び深さを有する第二細孔が形成され得る。このような第二細孔は、酸化物層と冷媒との接触面積を増大させるとともに、気泡の発生を促進する効果を有する。そのため、酸化物層に、前記特定の形状を有する細孔に加え、伝熱部材の表面に開口を有し、開口の平均開口径が5nm以上70nm以下である第二細孔を設けることにより、伝熱部材の冷却性能をより向上させることができる。
【0031】
前記伝熱部材の形状は特に限定されることはない。伝熱部材は、例えば、ヒートパイプやヒートシンク、熱交換フィン等として構成されていてもよい。
【0032】
(冷却システム)
前記伝熱部材を備えた冷却システムは、例えば、伝熱部材と、伝熱部材の酸化物層に接触する冷媒とを備えている。例えば前記伝熱部材がパイプである場合、パイプの内表面に酸化物層を設けるとともに、パイプの内部に冷媒等を封入することにより、冷却システムとしてのヒートパイプを構成することができる。また、例えば前記伝熱部材が板状のヒートシンクである場合、伝熱部材の一方の面に半導体素子等の発熱体を搭載し、他方の面に酸化物層を設け、酸化物層と冷媒とを接触させればよい。
【0033】
冷媒としては、エタノール、プロパノール及びイソプロパノールなどの炭化水素、ハイドロフルオロカーボン(HFC)、ハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、ハイドロフルオロオレフィン(HFO)及びハイドロフルオロエーテル(HFE)などのフッ素化合物、二酸化炭素及びアンモニア等を使用することができる。冷媒としては、沸点が100℃未満である冷媒を使用することが好ましく、エタノールやハイドロフルオロエーテルを利用することが特に好ましい。このような冷媒を用いることにより、半導体素子や電子機器の温度が過度に上昇して動作不良となる前に冷媒を沸騰させ、半導体素子や電子機器の温度の更なる上昇を抑制することができる。それ故、沸点が100℃未満である冷媒を備えた冷却システムは、半導体素子や電子機器の冷却に好適である。
【0034】
冷却システムは、冷媒が沸騰し始める際の、前記酸化物層上における冷媒の過熱度が20K以下となるように構成されていることが好ましく、18K以下となるように構成されていることがより好ましく、16K以下となるように構成されていることがさらに好ましい。この場合には、酸化物層に接触した冷媒がより沸騰しやすくなり、冷却対象の機器の温度が過度に上昇する前に効率よく冷却を行うことができる。
【0035】
(伝熱部材の製造方法)
前記伝熱部材を製造するに当たっては、まず、母材に第一処理条件で陽極酸化処理を施すことにより、母材の表面に平均開口径が5nm以上70nm以下である複数の細孔を備えた酸化物層を形成する。その後、母材に、第一処理条件とは異なる第二処理条件で陽極酸化処理を施し、複数の細孔のうち一部の細孔を成長させることにより、第一部分に連なる第二部分を形成すればよい。なお、以下において、二段階の陽極酸化処理における一段階目の陽極酸化処理を第一陽極酸化処理といい、二段階目の陽極酸化処理を第二陽極酸化処理という。
【0036】
第一陽極酸化処理においては、母材の表面に酸化物層を形成するとともに、酸化物層に、前記細孔の第一部分に対応する部分を形成する。第一陽極酸化処理においては、定電圧直流電解法、定電流直流電解法及びパルス電解法などの種々の方法により酸化物層を形成することができる。第一陽極酸化処理においては、定電圧直流電解法またはパルス電解法により母材の表面に酸化物層を形成することが好ましい。この場合には、所望の形状を備えた細孔を容易に形成することができる。
【0037】
第一陽極酸化処理における処理条件、つまり第一処理条件は、母材の材質及び電解方法等に応じて適宜設定すればよい。例えば、定電圧直流電解法によりアルミニウムまたはアルミニウム合金からなる母材の表面に酸化物層を形成する場合には、硫酸やリン酸などの電解質を含む酸性電解液を用いてもよく、メタホウ酸ナトリウム等の電解質を含むアルカリ性電解液を用いてもよい。この場合、印加電圧は例えば10~70Vの範囲から適宜設定することができる。また、電解液の温度は例えば0~40℃の範囲から適宜設定することができる。
【0038】
また、定電流直流電解法によりアルミニウムまたはアルミニウム合金からなる母材の表面に酸化物層を形成する場合には、硫酸やリン酸などの電解質を含む酸性電解液を用い、電流密度を例えば1~20mA/cm2とし、電解液の温度を例えば0~40℃とすればよい。また、パルス電解法によりアルミニウムまたはアルミニウム合金からなる母材の表面に酸化物層を形成する場合には、硫酸やリン酸などの電解質を含む酸性電解液を用い、印加電圧を10~70Vとし、デューティ比を0.2~0.8とし、電解液の温度を0~40℃とすればよい。
【0039】
また、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる母材の表面に酸化物層を形成する場合には、アルカリ性電解液を用いた交流アルマイト処理を行うこともできる。この場合、アルカリ性電解液としては、例えばリン酸ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、ピロリン酸カリウムおよびメタリン酸ナトリウム等のリン酸塩;水酸化ナトリウムおよび水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム等の炭酸塩;水酸化アンモニウム;あるいは、これらの混合物を電解質として含む水溶液を用いることができる。
【0040】
第二陽極酸化処理は、第一陽極酸化処理の後に続けて行ってもよい。また、第一陽極酸化処理が完了した後、別の処理を行った後に第二陽極酸化処理を行うこともできる。第二陽極酸化処理においては、第一陽極酸化処理において酸化物層に形成された細孔のうち一部の細孔が成長し、第二部分が形成される。より具体的には、細孔における、第一陽極酸化処理において形成された部分の先端に、当該部分よりも孔径の大きい部分が形成される。これにより、第一陽極酸化処理において酸化物層に形成された細孔が、リエントラント型キャビティにおける第一部分または第二細孔となり、第二陽極酸化処理において第一部分の先端から成長した部分が第二部分となる。第二陽極酸化処理においては、定電圧直流電解法またはパルス電解法により母材の表面に酸化物層を形成することが好ましい。この場合には、所望の形状を備えた細孔を容易に形成することができる。
【0041】
第二陽極酸化処理における処理条件、つまり第二処理条件は、母材の材質及び電解方法等に応じて適宜設定すればよい。例えば、定電圧直流電解法により第二陽極酸化処理を行う場合には、硫酸やリン酸などの電解質を含む酸性電解液を用いてもよく、メタホウ酸ナトリウム等の電解質を含むアルカリ性電解液を用いてもよい。この場合、印加電圧は例えば100~300Vの範囲から適宜設定することができる。また、電解液の温度は例えば0~40℃の範囲から適宜設定することができる。定電圧直流電解法により第二陽極酸化処理を行う場合、第二処理条件における印加電圧は、第一処理条件における印加電圧よりも高いことが好ましい。これにより、第二陽極酸化処理によって形成される部分の孔径をより確実に大きくし、第二部分をより容易に形成することができる。
【0042】
また、第二陽極酸化処理においては、パルス電解法や、アルカリ性電解液を用いた交流アルマイト処理により第二ポーラス層を形成することも可能である。
【0043】
第一陽極酸化処理と第二陽極酸化処理とを連続して行う場合、第一陽極酸化処理における印加電圧を第二陽極酸化処理における印加電圧に切り替えることもできるが、第一陽極酸化処理における印加電圧から、ある程度の時間をかけて第二陽極酸化処理における印加電圧に連続的に変更することが好ましい。第一陽極酸化処理における印加電圧を緩やかに変化させて第二陽極酸化処理を行うことにより、高電圧の急激な印加による酸化物層の不均一成長を抑制することができる。
【実施例0044】
(実施例)
前記伝熱部材の実施例を、
図1及び
図2を参照しつつ説明する。本例の伝熱部材1は、
図1に示すように、金属または金属元素を含む無機化合物からなる母材2と、母材2に含まれる金属元素の酸化物からなり、母材2上に形成された酸化物層3と、を有している。酸化物層3は、伝熱部材1の表面に開口311を有し、開口311の平均開口径が5nm以上70nm以下である第一部分312と、平均孔径が第一部分312の平均開口径よりも大きく、第一部分312に連なる第二部分313とを備えた複数の細孔31を有している。また、細孔31の第二部分313の平均深さは600nm以上20μm以下である。
【0045】
本例の伝熱部材1の母材2は、アルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されている。酸化物層3はアルミナから構成されており、母材2上に積層され、細孔31を有しないバリア層32と、伝熱部材1の最表面に露出しており、細孔31の第一部分312を備えた第一ポーラス層33と、バリア層32と第一ポーラス層33との間に介在し、細孔31の第二部分313を備えた第二ポーラス層34と、を有している。
【0046】
第一ポーラス層33における細孔31の第一部分312は、酸化物層3の厚み方向に概ね平行な方向に延在しており、深さ方向の全体にわたって概ね均一な孔径を有している。また、第一ポーラス層33における細孔31の第一部分312は、いずれか1つの第二部分313に連なっている。
【0047】
また、第一ポーラス層33は、細孔31の第一部分312の他に、第二部分313に連なっていない複数の第二細孔35を有している。第二細孔35は、伝熱部材1の表面に開口351を有している。また、第二細孔35は、酸化物層3の厚み方向に概ね平行な方向に延在しており、深さ方向の全体にわたって概ね均一な孔径を有している。第二細孔35の平均開口径及び平均深さは、細孔31の第一部分312と同様である。
【0048】
第二ポーラス層34における細孔31の第二部分313は、第一ポーラス層33における細孔31の第一部分312のうち、いずれか1つの第一部分312に連なっている。また、第二部分313は、概ね平行な方向に延在しており、深さ方向の全体にわたって概ね均一な孔径を有している。
【0049】
本例の伝熱部材1の製造方法は、例えば以下の通りである。まず、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる母材2を所望の形状に成形した後、第一陽極酸化処理を行う。第一陽極酸化処理における電解方法は定電圧直流電解法または定電流直流電解法とし、電解液は硫酸やリン酸などの電解質を含む酸性電解液とする。定電圧直流電解法により第一陽極酸化処理を行う場合には、例えば、印加電圧を20Vとし、電解液の温度を0~40℃とすればよい。このような条件で第一陽極酸化処理を行うことにより、母材2上に酸化物層30を形成することができる。このようにして形成された酸化物層30は、母材2上に積層されたバリア層32と、バリア層32上に積層された第一ポーラス層33とから構成されており、第一ポーラス層33には、開口361の平均開口径が5nm以上70nm以下である細孔36が形成されている。
【0050】
第一陽極酸化処理が完了した後に、第二陽極酸化処理を行う。第二陽極酸化処理における電解方法は定電圧直流電解法とし、電解液はリン酸を電解質として含む酸性電解液とする。また、第二陽極酸化処理においては、第一陽極酸化処理が完了した時点から例えば2.5分かけて印加電圧を120Vまで上昇させ、この印加電圧を維持する。第二陽極酸化処理における電解液の温度は10℃とする。このような条件で第二陽極酸化処理を行うことにより、
図2における酸化物層30を成長させることができる。
【0051】
第二陽極酸化処理においては、
図2における酸化物層30の厚みの増大とともに、第一ポーラス層33に形成された細孔36のうち一部の細孔36が成長し、第一陽極酸化処理において形成された部分(つまり、第一部分312)の先端に、当該部分よりも孔径の大きい部分(つまり、第二部分313)が形成される。従って、第二陽極酸化処理を行うことにより、
図1に示すように、バリア層32と第一ポーラス層33との間に第二ポーラス層34を形成することができる。また、
図2における細孔36のうち、第二陽極酸化処理において成長しなかった細孔36は
図1における第二細孔35となる。
【0052】
本例の伝熱部材1の酸化物層3には、第一部分312及び第二部分313を備えた複数の細孔31が設けられている。かかる形状を有する細孔31は、過熱状態の冷媒と接触した際に冷媒の気化を促進し、多数の気泡を発生させることができる。また、細孔31の第一部分312は比較的開口径の小さい開口311を有しているため、成長した気泡を速やかに伝熱部材1から脱離させることができる。
【0053】
また、細孔31の第一部分312の平均開口径は第二部分313の平均孔径よりも小さいため、細孔31内への液相の冷媒の進入が抑制される。それ故、伝熱部材1の細孔31内には、例えば冷媒の沸騰を繰り返し行う場合や、冷媒中に長期間浸漬された場合等においても細孔31内に気体が保持されやすい。そして、細孔31内の気体が冷媒の沸騰を促進することにより、冷媒の沸騰を促進する効果を長期間にわたって維持することができる。
【0054】
(実験例)
本例においては、種々の構造を有する酸化物層を備えた伝熱部材の冷却性能を説明する。なお、本実験例において用いる符号のうち、既出の実施例において用いた符号と同一のものは、特に説明のない限り既出の実施例における構成要素等と同様の構成要素等を表す。
【0055】
本例の伝熱部材101は、
図3に示すように、円柱状を呈するロッド部11と、ロッド部11の第一の端部111から径方向外方に延出したフィン部12と、を有している。ロッド部11の直径は30mmであり、フィン部12の直径は50mmである。伝熱部材101の受熱面13は、ロッド部11における第二の端部112、つまり、フィン部12を有しない側の端部に配置されている。伝熱部材101の放熱面14は、伝熱部材101におけるフィン部12を有する側の端面、つまり、ロッド部11の第一の端部111の表面及びフィン部12の表面から構成されており、放熱面14には細孔31及び第二細孔35を備えた酸化物層3が設けられている。伝熱部材101の母材2は、合金番号A5056で表される化学成分を有するアルミニウム合金から構成されている。
【0056】
本例の伝熱部材101の製造方法は、例えば以下の通りである。まず、円柱状の母材2に切削加工を施してロッド部11及びフィン部12を形成する。次いで、母材2の放熱面14以外の表面を保護材により被覆する。この状態で、定電圧直流電解法により第一陽極酸化処理を行う。第一陽極酸化処理における電解液中の電解質の種類、濃度、浴温度、印加電圧及び電圧の印加時間は、表1に示す値とする。
【0057】
第一陽極酸化処理が完了した後、連続して第二陽極酸化処理を行う。第二陽極酸化処理における電解方法は定電圧直流電解法とする。また、第二陽極酸化処理においては、第一陽極酸化処理が完了した時点から2.5分かけて印加電圧を表1に示す値まで上昇させ、この印加電圧を保持する。第二陽極酸化処理における電解液中の電解質の種類、濃度、浴温度及び電圧の印加時間は、表1に示す値とする。
【0058】
以上により、表1に示す試験体S1~S3を得ることができる。試験体S1~S3の放熱面14に設けられた酸化物層3は、第一部分312と、第二部分313とを備えた細孔31を有している。一例として、
図4に試験体S1の酸化物層3の表面の電子顕微鏡像を示す。
図4における比較的コントラストの明るい部分は酸化物層3の表面であり、比較的コントラストの暗い部分は細孔31の開口311または第二細孔35の開口351である。
【0059】
また、
図5に、試験体S1の酸化物層3を破断させてなる断面の電子顕微鏡像を示す。
図5の下部は母材2であり、母材2上に酸化物層3の破断面が露出している。
図5に示すように、酸化物層3の表面近傍には、比較的孔径の小さい細孔31の第一部分312及び第二細孔35が存在しており、酸化物層3の内部には第一部分312よりも孔径の大きい第二部分が存在している。
【0060】
試験体S1~S3における、細孔31の第一部分312の平均開口径、第一部分312の平均深さ、第二部分313の平均孔径及び第二部分313の平均深さは表2に示す通りである。なお、第一部分312の平均開口径は、前述したように、酸化物層3の表面の電子顕微鏡像に基づいて算出することができる。また、第一部分312の平均深さ、第二部分313の平均孔径及び第二部分313の平均深さは、前述したように、酸化物層3の断面の電子顕微鏡像に基づいて算出することができる。
【0061】
また、表1及び表2に示す試験体R1~R4は、試験体S1~S3との比較のための試験体である。試験体R1~R2は、細孔31の第一部分312の平均開口径等が表2に示す値である以外は、試験体S1~S4と同様の構成を有している。試験体R1~R2の製造方法は、第一陽極酸化処理及び第二陽極酸化処理における処理条件を表1に示すように変更した以外は、試験体S1~S4の製造方法と同様である。
【0062】
試験体R3を製造するに当たっては、試験体S1~S4の作製に用いた母材と同様の母材を準備した後、定電流直流電解法により第一陽極酸化処理を行う。このようにして得られた伝熱部材を試験体R3とする。第一陽極酸化処理における電流密度は5mA/cm
2とする。また、第一陽極酸化処理における電解質の種類、濃度、浴温度及び電流の印加時間は表1に示す通りとする。なお、定電圧直流電解法においては印加電圧が変動し得るため、表1の「印加電圧」欄には記号「-」を記載した。試験体R3は、
図2に示すように、バリア層32上に第一ポーラス層33が積層されており、第二ポーラス層34を有しない。試験体R3の第一ポーラス層33における細孔36の平均開口径等は表2に示す値である。
【0063】
試験体R4は、酸化物層3を有しておらず、母材2のみから構成されている。
【0064】
伝熱部材101の冷却性能は、サブクールプール沸騰実験における熱伝達率に基づいて評価することができる。
【0065】
サブクールプール沸騰実験に用いる実験装置4を
図6に示す。実験装置4は、断熱材料からなり筒状を呈する断熱部41と、断熱部41の筒内に配置された冷媒プール42と、冷媒プール42内に配置され、伝熱部材101を加熱する熱源部43と、冷媒プール42内の冷媒Cを脱気するための真空ポンプ44と、を有している。
【0066】
冷媒プール42は、断熱部41に対面して配置された側壁部421と、側壁部421の上端に当接し、冷媒プール42の頂面を構成する頂壁部422と、側壁部421の下端に当接し、冷媒プール42の底面を構成する底壁部423と、を有しており、側壁部421、頂壁部422及び底壁部423によって囲まれる内部空間に冷媒Cを貯留することができるように構成されている。
【0067】
頂壁部422には、凝縮器424、熱電対425、上部冷媒ヒーター426及び冷媒クーラー427が取り付けられている。凝縮器424は、冷媒プール42内の冷媒Cの蒸気を凝縮させ、液相の冷媒Cとして冷媒プール42内へ戻すことができるように構成されている。熱電対425は、頂壁部422を貫通して配置されており、冷媒Cの温度を測定することができるように構成されている。
【0068】
上部冷媒ヒーター426及び冷媒クーラー427は熱源部43の上方に配置されている。上部冷媒ヒーター426及び冷媒クーラー427は図示しない温度調整装置に接続されており、冷媒Cを加熱または冷却することによって冷媒Cの温度を調整することができるように構成されている。
【0069】
熱源部43は、冷媒プール42の底壁部423上に配置されている。熱源部43は、ケース431と、ケース431内に配置されたヒーター432と、を有している。ヒーター432は、有底筒状を呈しており、伝熱部材101のロッド部11を挿入することができるように構成されている。また、ケース431とヒーター432との間には、断熱材433が介在している。断熱材433は、伝熱部材101のロッド部11及びヒーター432を覆うように配置されている。これにより、ヒーター432及びロッド部11が熱源部43の周囲から熱的に絶縁されている。
【0070】
ケース431は、その頂面に開口434を有している。ケース431の開口434には、伝熱部材101のフィン部12が配置される。
【0071】
また、底壁部423には下部冷媒ヒーター428が取り付けられている。下部冷媒ヒーター428は熱源部43の周囲に配置されている。下部冷媒ヒーター428は、上部冷媒ヒーター426及び冷媒クーラー427と同様に図示しない温度調整装置に接続されており、冷媒Cを加熱することによって冷媒Cの温度を調整することができるように構成されている。
【0072】
真空ポンプ44は、冷媒プール42の外部に配置されており、頂壁部422に取り付けられた配管441及び真空バルブ442を介して冷媒プール42に接続されている。
【0073】
次に、サブクールプール沸騰実験の実験方法を説明する。まず、十分に乾燥させた伝熱部材101のロッド部11に、複数の熱電対45を、ロッド部11の長手方向に間隔をあけて取り付ける。これらの熱電対45は、図示しないデータ処理装置に接続される。データ処理装置は、熱電対45により測定されたロッド部11の温度に基づき、放熱面14の温度及び放熱面14から冷媒Cへ流れ出す熱流束を算出することができるように構成されている。
【0074】
次に、フィン部12の外周にステンレスリング(図示略)を取り付ける。そして、伝熱部材101のロッド部11をヒーター432内に挿入し、放熱面14がケース431の開口434から露出するように伝熱部材101を配置する。次いで、放熱面14を基準とした場合の液面の高さが120mmとなるように、冷媒プール42内に冷媒Cを注ぎ入れる。なお、本例においては、冷媒Cとして、純度99.5%のエタノールまたはハイドロフルオロエーテル(3M社製「Novec(登録商標) HFE-7100」)のいずれかを使用する。
【0075】
次に、以下の手順により、冷媒Cの脱気を行う。まず、上部冷媒ヒーター426、冷媒クーラー427及び下部冷媒ヒーター428により冷媒Cの温度を飽和温度まで上昇させる。次いで、ヒーター432により伝熱部材101を加熱し、放熱面14上の冷媒Cを沸騰させる。この状態を30分間保持した後、ヒーター432による加熱を停止する。その後、真空ポンプ44を用いて冷媒プール42内を減圧し、冷媒Cを脱気する。そして、伝熱部材101に取り付けられた複数の熱電対45のうち最も放熱面14に近い熱電対45の温度が冷媒Cの飽和温度以下となった時点で冷媒Cの脱気を完了し、冷媒プール42内を大気圧まで復圧する。冷媒プール42内を大気圧まで復圧した後、24時間静置することにより、伝熱部材101が冷媒Cに長期間浸漬された状態を模擬する。
【0076】
以上のようにして測定の準備を行った後、上部冷媒ヒーター426、冷媒クーラー427及び下部冷媒ヒーター428により再び冷媒Cの温度を飽和温度まで上昇させる。そして、放熱面14及び冷媒Cの温度が定常状態に達してから2分後に、ヒーター432により伝熱部材101の加熱を開始し、受熱面13への入熱量を段階的に増加させる。また、伝熱部材101の加熱開始とともに、熱電対45によるロッド部11の温度の測定を開始し、この結果に基づいて沸騰曲線を作成する。
【0077】
図7に、一例として、冷媒Cとしてハイドロフルオロエーテル(HFE)を用いる場合の試験体S1及び試験体R4の沸騰曲線を示す。
図7における横軸は放熱面14上の冷媒Cの過熱度(つまり、放熱面14の温度から冷媒Cの沸点を差し引いた値)の常用対数である。また、
図7における縦軸は、伝熱部材101及び冷媒Cの温度が定常状態に達した時点から2分間に放熱面14から冷媒Cへ流れ出す熱流束の値の平均値の常用対数である。なお、符号Bが付された点は、後述するように未沸騰状態から沸騰状態へ遷移する点であるため、沸騰開始前後で伝熱部材101及び冷媒Cの温度が変化する。そのため、この点については、沸騰開始前の30秒間の熱流束の平均値を示す。
【0078】
本例の方法で実験を行う場合、受熱面13からの入熱量が増大し始めると、放熱面14上の冷媒Cが沸騰しないまま、放熱面14と冷媒Cとの熱交換が行われる。また、放熱面14上の冷媒Cの温度は、受熱面13からの入熱によって徐々に上昇し、冷媒Cが過熱状態となる。従って、
図7に示すように、試験開始から冷媒Cの沸騰までの間の沸騰曲線は緩やかな右上がりの曲線となる。
【0079】
放熱面14上の冷媒Cの温度がさらに上昇し、冷媒Cの過熱度がある点に到達すると、冷媒Cが沸騰し始める。
図7においては、冷媒Cが未沸騰状態から沸騰状態に遷移する点に符号Bを付した。沸騰を開始した後は、冷媒Cが気化する際に伝熱部材101から熱が奪われ、放熱面14の温度が低下するため、放熱面14の過熱度が一旦低下する。さらに、冷媒Cの気化によって伝熱部材101から冷媒Cに移動する熱量が増大するため、放熱面14から冷媒Cへ流れ出す熱流束が増大する。従って、
図7に示すように、冷媒Cが沸騰し始めた時点(つまり、符号Bで示す点)から定常状態に達するまでの間の沸騰曲線は、左上がりの曲線となる。
【0080】
そして、冷媒Cの沸騰が定常状態に達すると、過熱度の上昇とともに、熱流束の値が増大する。従って、
図7に示すように、冷媒Cの沸騰が定常状態に達した後の沸騰曲線は、再び右上がりの曲線となる。また、沸騰後においては、冷媒の気化により伝熱部材から冷媒に移動する熱量が増大するため、沸騰後における沸騰曲線の傾きは、沸騰前における沸騰曲線の傾きよりも大きくなる。
【0081】
図7には、伝熱部材101の沸騰曲線との比較のため、Rohsenowの式(下記式(1))に基づいて予測した、放熱面14を平滑面と仮定した場合における核沸騰の熱流束を実線Lで示す。なお、下記式(1)におけるC
pは定積比熱[J kg
-1 K
-1]であり、ΔTは過熱度[K]であり、L
lvは蒸発潜熱[J kg
-1]であり、qは熱流束[W m
-2]であり、μは絶対粘度[Pa s]であり、σは表面張力[N m
-1]であり、ρは液相の冷媒Cの密度[kg m
-3]であり、ρ
gは冷媒Cの蒸気の密度[kg m
-3]であり、kは冷媒Cの熱伝導率[W m
-1 K
-1]である。また、C
sf及びnは、冷媒Cと伝熱部材101の材質との組み合わせに依存するパラメータである。本例におけるC
sfの値は0.0008とし、nの値は1.18とした。これらの値は、文献(I.L.Pioro et al 1999)から引用した値である。
【0082】
【0083】
伝熱部材101における冷媒Cの沸騰を促進する効果は、沸騰開始時の冷媒Cの過熱度が低いほど高い。試験体と冷媒Cとを表3に示すように組み合わせた場合における、沸騰開始時の冷媒Cの過熱度を表3に示す。
【0084】
【0085】
【0086】
【0087】
表3に示したように、前記特定の形状の細孔31を備えた試験体S1~S3は、冷媒Cとしてエタノールを用いる場合及びHFEを用いる場合のいずれにおいても、比較的低い過熱度で冷媒Cを沸騰させることができる。
【0088】
これに対し、細孔31の第二部分313の平均深さが短い試験体R1~R2における沸騰開始時の過熱度は、試験体S1~S4に比べて高くなる。これは、試験体R1~R2における細孔31の容積が小さく、細孔31内に保持できる気体の量が不十分であるため、冷媒Cの沸騰を促進させる効果が得られないことが原因と考えられる。
【0089】
また、リエントラント型キャビティを有しない試験体R3における沸騰開始時の過熱度は、試験体S1~S4に比べて高くなる。これは、試験体R3の酸化物層3に設けられた細孔31の孔径が細孔31の全長にわたって比較的大きく、試験の準備中に細孔31内に液相の冷媒Cが容易に進入し、細孔31内に気体を保持することができないことが原因と考えられる。
【0090】
また、細孔31を有しない試験体R4における沸騰開始時の過熱度は、試験体S1~S4に比べて高くなる。これは、試験体の表面に気体を保持可能な細孔31が存在しないため、冷媒Cの沸騰を促進させる効果が得られないことが原因と考えられる。
【0091】
さらに、
図7に示すように、細孔31を有しない試験体R4は、試験体S1に比べて、冷媒Cの沸騰が定常状態に達した後における沸騰曲線の傾きが低く、細孔31を有する試験体に比べて冷媒Cが沸騰した後の熱流束が小さい。従って、試験体S1と試験体R4との比較から、伝熱部材101の放熱面14に細孔31を有する酸化物層3を設けることにより、冷媒Cが沸騰した後の冷却性能を格段に向上できることが理解できる。
【0092】
以上、実施例及び実験例に基づいて本発明に係る伝熱部材101及びその製造方法の具体的な態様を説明したが、本発明に係る伝熱部材101及びその製造方法の態様は、実施例及び実験例の態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。
【0093】
例えば、本発明の一態様は、以下の[1]~[5]に係る伝熱部材にある。
【0094】
[1]金属または金属元素を含む無機化合物からなる母材と、
前記母材に含まれる金属元素の酸化物からなり、前記母材上に形成された酸化物層と、を有する伝熱部材であって、
前記酸化物層は、前記伝熱部材の表面に開口を有し、前記開口の平均開口径が5nm以上70nm以下である第一部分と、平均孔径が前記第一部分の平均開口径よりも大きく、前記第一部分に連なる第二部分とを備えた複数の細孔を有しており、
前記第二部分の平均深さが600nm以上20μm以下である、伝熱部材。
【0095】
[2]前記第二部分の平均孔径が70nm以上1000nm以下である、[1]に記載の伝熱部材。
[3]前記第一部分の平均深さが100nm以上2μm以下である、[1]または[2]に記載の伝熱部材。
【0096】
[4]前記第二部分の平均深さが前記第一部分の平均深さの3倍以上である、[1]~[3]のいずれか1つに記載の伝熱部材。
[5]前記母材がアルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されている、[1]~[4]のいずれか1つに記載の伝熱部材。
【0097】
また、本発明の他の態様は、以下の[6]に係る伝熱部材の製造方法にある。
[6][1]~[5]のいずれか1つに記載の伝熱部材の製造方法であって、
前記母材に第一処理条件で陽極酸化処理を施すことにより、前記母材の表面に平均開口径が5nm以上70nm以下である複数の細孔を備えた酸化物層を形成し、
その後、前記母材に、前記第一処理条件とは異なる第二処理条件で陽極酸化処理を施し、複数の前記細孔のうち一部の細孔を成長させることにより、前記第一部分に連なる前記第二部分を形成する、伝熱部材の製造方法。