(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024048806
(43)【公開日】2024-04-09
(54)【発明の名称】トリプトファン選択的修飾剤、およびこれを用いたTrp-S結合含有化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07K 1/113 20060101AFI20240402BHJP
C07K 1/13 20060101ALI20240402BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
C07K1/113
C07K1/13
C07K19/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022154918
(22)【出願日】2022-09-28
(71)【出願人】
【識別番号】592068200
【氏名又は名称】学校法人東京薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】林 良雄
(72)【発明者】
【氏名】田口 晃弘
(72)【発明者】
【氏名】崔 岩
(72)【発明者】
【氏名】志田 颯
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA40
4H045BA51
4H045BA54
4H045BA57
4H045BA70
4H045BA71
4H045BA72
4H045FA50
4H045FA52
4H045FA60
4H045FA61
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】従来法のような過酷な反応条件を用いずとも、高い効率でペプチドやタンパク質のような生体分子の化学修飾を達成しうる手段を提供する。
【解決手段】下記化学式1で表される化合物またはその塩を、チオエーテル基を有する化合物の存在下で、トリプトファン残基を含有する分子における前記トリプトファン残基を選択的に修飾するためのトリプトファン選択的修飾剤として用いる:
化学式1中の符号は、明細書において定義されている通りである。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式1で表される化合物またはその塩からなり、チオエーテル基を有する化合物の存在下で、トリプトファン残基を含有する分子における前記トリプトファン残基を選択的に修飾するための、トリプトファン選択的修飾剤:
【化1】
化学式1において、
Vは、窒素原子または炭素原子であり、
Wは、他の環員原子と一緒になって、Vが窒素原子のときにはピリジン環、ピラジン環、イミダゾール環、オキサゾール環、キノリン環、イソキノリン環、キノキサリン環、フェナントロリン環、プテリジン環およびアゾシン環からなる群から選択される含窒素複素環を形成し、Vが炭素原子のときにはベンゼン環、1H-ピロール環、フラン環、ナフタレン環、ベンゾ[h]キノリン環、ピリド[2,3-b]ピラジン環、シクロオクタ-1,3,5,7-テトラエン環からなる群から選択される芳香環を形成し、
Xは、-O-、-NH-または単結合であり、
Yは、Xが単結合のときには塩素原子であり、Xが-O-または-NH-のときには、置換もしくは非置換のC1~C20のアルキル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルケニル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルキニル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルキル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルケニル基、置換もしくは非置換のC6~C20のアリール基、置換もしくは非置換のC3~C20のヘテロアリール基および置換もしくは非置換の電子吸引性を有する脂肪族ヘテロ環由来の1価の基からなる群から選択される基であり、
Zは、前記含窒素複素環または前記芳香環上に存在するニトロ基を表し、
p、qおよびrは、それぞれ独立して、0または1であり、
sは、0~10の整数を表し、
L
0およびL
1は、それぞれ独立して、化学的に安定な構造を有するリンカーを表し、
A
aおよびA
bは、それぞれ独立して、-CH=CH-、-C≡C-、-C(=O)-、-C(=O)-O-、-O-C(=O)-、-O-、C1~C20のオキシアルキレン基、C1~C20のアルキレンオキシ基、-C(=O)-NH-、-NH-C(=O)-、-NH-C(=O)-NH-、ヒドラジン、トリアゾール、スルホン、スルホキシド、スルホン酸エステル、スルホンアミド、スルフィン酸エステル、スルフィンアミド、ピペリジンおよびジオキサンからなる群から選択される基であり、
Rは、水素原子、置換もしくは非置換のC1~C20のアルキル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルケニル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルキニル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルキル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルケニル基、置換もしくは非置換のC6~C20のアリール基、置換もしくは非置換のC3~C20のヘテロアリール基、アミノ基、ヒドロキシ基、任意の化合物が有する特定の官能基と共有結合しうる基を末端に含む基G、または機能性物質に由来する基FMである。
【請求項2】
Vは窒素原子であり、Wは、他の環員原子と一緒になって前記ピリジン環を形成する、請求項1に記載のトリプトファン選択的修飾剤。
【請求項3】
Xは-O-であり、Yは、置換もしくは非置換のC6~C20のアリール基である、請求項1または2に記載のトリプトファン選択的修飾剤。
【請求項4】
L
0およびL
1は、それぞれ独立して、置換または非置換のC1~C20のアルキレン基、置換または非置換のC2~C20のアルケニレン基、置換または非置換のC2~C20のアルキニレン基、置換または非置換のC3~C20のシクロアルキレン基、置換または非置換のC3~C20のシクロアルケニレン基、置換または非置換のC6~C20のアリーレン基、置換または非置換のC3~C20のヘテロアリーレン基、-NH-、-O-、-S-、-C(=O)-NH-、-NH-C(=O)-、-O-、-C(=O)-O-、-O-C(=O)-、-S-、-C(=O)-、ポリオキシアルキレン基および下記化学式(a)で表される基:
【化2】
化学式(a)において、
R
aは、置換または非置換のC1~C15のアルキレン基を表す、
からなる群から選択される(ここで、これらのアルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基、シクロアルキレン基、シクロアルケニレン基、アリーレン基およびヘテロアリーレン基は置換基を有していてもよい)、請求項1または2に記載のトリプトファン選択的修飾剤。
【請求項5】
Aaが、-C(=O)-、-C(=O)-O-、-O-C(=O)-、-O-、-C(=O)-NH-および-NH-C(=O)-からなる群から選択される基である、請求項1または2に記載のトリプトファン選択的修飾剤。
【請求項6】
pが0である、請求項1または2に記載のトリプトファン選択的修飾剤。
【請求項7】
Rが、任意の化合物が有する特定の官能基と共有結合しうる基を末端に含む基Gであり、前記基Gが、アゾメチンイリド基、ニトロン基、ニトリルイリド基、ジアゾメチル基、アジド基、ニトリルオキシド基、アルケニル基およびアルキニル基からなる群から選択される1種または2種以上の基を含む、請求項1または2に記載のトリプトファン選択的修飾剤。
【請求項8】
Rが、機能性物質に由来する基FMであり、前記機能性物質が、薬物、放射性物質、蛍光化学物質、発光団、蛍光タンパク質、発光タンパク質、磁性体、酵素、補酵素、生理活性物質、DNA、RNAおよびPEGからなる群から選択される1種または2種以上を含む、請求項1または2に記載のトリプトファン選択的修飾剤。
【請求項9】
分子内にトリプトファン残基を有する化合物Aを、チオエーテル基を有する化合物Bが存在する反応系で、請求項1または2に記載のトリプトファン選択的修飾剤と接触させて、前記化学式1で表される化合物に含まれる硫黄原子と前記トリプトファン残基との間に共有結合を形成させることを含む、Trp-S結合含有化合物の製造方法。
【請求項10】
前記反応系にさらに酸が存在する、請求項9に記載のTrp-S結合含有化合物の製造方法。
【請求項11】
前記化合物Aがペプチドまたはタンパク質である、請求項9に記載のTrp-S結合含有化合物の製造方法。
【請求項12】
前記化合物Aと前記化合物Bとが単一の化合物であり、前記チオエーテル基が、前記ペプチドまたはタンパク質において修飾の対象とされる前記トリプトファン残基の近傍に存在するメチオニン残基に由来する基である、請求項9に記載のTrp-S結合含有化合物の製造方法。
【請求項13】
前記化合物Aがタンパク質であり、前記タンパク質は、遺伝子組み換えにより、
所望の位置にトリプトファン残基が挿入されたものであるか、
所望の位置のアミノ酸残基がトリプトファン残基に改変されたものであるか、
所望の位置のトリプトファン残基が欠失されたものであるか、
所望の位置のトリプトファン残基が他のアミノ酸残基に改変されたものである、
所望の位置にメチオニン残基が挿入されたものであるか、
所望の位置のアミノ酸残基がメチオニン残基に改変されたものであるか、
所望の位置のメチオニン残基が欠失されたものであるか、または、
所望の位置のメチオニン残基が他のアミノ酸残基に改変されたものである、
請求項9に記載のTrp-S結合含有化合物の製造方法。
【請求項14】
前記化合物Aが、還元型チオール基を有するシステイン残基を2以上有するペプチドまたはタンパク質であり、
前記化合物Aを前記トリプトファン選択的修飾剤と接触させる前に、保護基を用いて前記還元型チオール基を保護し、
次いで、還元型チオール基が保護された前記化合物Aを前記トリプトファン選択的修飾剤と接触させた後に、前記還元型チオール基を脱保護することをさらに含む、請求項9に記載のTrp-S結合含有化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリプトファン選択的修飾剤、およびこれを用いたTrp-S結合含有化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ペプチドやタンパク質のような生体分子の化学修飾は、医薬品の創製や生理機能の解明に繋がる重要な基盤技術である。そのため、より効率的な化学修飾法の技術開発や新たな方法論の構築は、創薬やケミカルバイオロジー研究の分野において、画期的な機能性分子の創製に貢献できる可能性がある。
【0003】
ペプチドやタンパク質のような生体分子への一般的な化学修飾は、リジン残基やシステイン残基のような求核性アミノ酸残基に対し、それぞれN-ヒドロキシスクシンイミドを用いた活性エステル法や、マレイミド誘導体を用いた共役付加反応法を用いて行われる。しかしながら、両残基は生体分子の生理機能発現に重要な役割を果たすことが多く、化学修飾によりその機能が損なわれる可能性がある。また、タンパク質中には両残基が複数存在する場合があり、均質性の高い修飾体を得ることは困難である。
【0004】
一方で、生体分子中のトリプトファン残基を標的とした化学修飾法が開発されてきた。トリプトファンは真核生物において最も希少なアミノ酸であり、全アミノ酸の約1%しか占めていないが(非特許文献1)、ほとんどのタンパク質に存在する。そのため、当該残基に対する特異的、選択的な反応は有望な化学修飾法の創製に繋がる可能性がある。これまでに、N-ブロモスクシンイミド、スルホキシドなどの酸化剤を用いた「酸化法」(従来法1;非特許文献2)やパラジウム触媒等を用いた重金属試薬によるインドール環の「C-H activation法」による修飾法が報告されている(従来法2;非特許文献3)。しかしながら、求核性アミノ酸とは異なりトリプトファンは反応性が低いため、従来法を用いてトリプトファンを修飾するには強酸性、高温、有害な重金属試薬や有機溶媒の使用など過酷な反応条件が必要であり、生体分子への適応は難しいものが多い。また、酸化剤を用いる場合、過酸化体の副生も問題となる。
【0005】
近年では、トリプトファンが天然アミノ酸の中で最大のモル吸光率および光イオン化能を有していることに着目し、光誘導電子移動を利用した電気化学的修飾法が報告されている(非特許文献4)。また、このような手法はチロシン残基に対しても応用可能である(非特許文献5)。これらの電気化学的修飾法は、生体分子に対して温和な条件(水性緩衝液、低濃度)での化学修飾を可能にするが、スケールアップ時の反応効率について検討する必要がある。
【0006】
以上のことから、従来法とは異なる独自かつ効率的な化学修飾法の開発が求められる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】D. Gilis et al., Genome Biol., 2001, 2(11), research0049.1-0049.12.
【非特許文献2】D. Manzanares et al., Biochemistry, 2007, 46, 5604-5615.
【非特許文献3】J. Ruiz-Rodriguez et al., Chem. Eur. J., 2010, 16, 1124-1127.
【非特許文献4】S. J. Tower et al., J. Am. Chem. Soc., 2020, 142, 9112-9118.
【非特許文献5】S. Sato et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2013, 52, 8681-8684.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、従来法のような過酷な反応条件を用いずとも、高い効率でペプチドやタンパク質のような生体分子の化学修飾を達成しうる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その過程で、驚くべきことに、所定の化学構造を有する化合物が、チオエーテル化合物の存在下でトリプトファン残基との間で共有結合を形成することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明の一形態によれば、下記化学式1で表される化合物またはその塩からなり、チオエーテル基を有する化合物の存在下で、トリプトファン残基を含有する分子における前記トリプトファン残基を選択的に修飾するための、トリプトファン選択的修飾剤が提供される:
【0011】
【0012】
化学式1において、
Vは、窒素原子または炭素原子であり、
Wは、他の環員原子と一緒になって、Vが窒素原子のときにはピリジン環、ピラジン環、イミダゾール環、オキサゾール環、キノリン環、イソキノリン環、キノキサリン環、フェナントロリン環、プテリジン環およびアゾシン環からなる群から選択される含窒素複素環を形成し、Vが炭素原子のときにはベンゼン環、1H-ピロール環、フラン環、ナフタレン環、ベンゾ[h]キノリン環、ピリド[2,3-b]ピラジン環、シクロオクタ-1,3,5,7-テトラエン環からなる群から選択される芳香環を形成し、
Xは、-O-、-NH-または単結合であり、
Yは、Xが単結合のときには塩素原子であり、Xが-O-または-NH-のときには、置換もしくは非置換のC1~C20のアルキル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルケニル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルキニル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルキル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルケニル基、置換もしくは非置換のC6~C20のアリール基、置換もしくは非置換のC3~C20のヘテロアリール基および置換もしくは非置換の電子吸引性を有する脂肪族ヘテロ環由来の1価の基からなる群から選択される基であり、
Zは、前記含窒素複素環または前記芳香環上に存在するニトロ基を表し、
p、qおよびrは、それぞれ独立して、0または1であり、
sは、0~10の整数を表し、
L0およびL1は、それぞれ独立して、化学的に安定な構造を有するリンカーを表し、
AaおよびAbは、それぞれ独立して、-CH=CH-、-C≡C-、-C(=O)-、-C(=O)-O-、-O-C(=O)-、-O-、C1~C20のオキシアルキレン基、C1~C20のアルキレンオキシ基、-C(=O)-NH-、-NH-C(=O)-、-NH-C(=O)-NH-、ヒドラジン、トリアゾール、スルホン、スルホキシド、スルホン酸エステル、スルホンアミド、スルフィン酸エステル、スルフィンアミド、ピペリジンおよびジオキサンからなる群から選択される基であり、
Rは、水素原子、置換もしくは非置換のC1~C20のアルキル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルケニル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルキニル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルキル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルケニル基、置換もしくは非置換のC6~C20のアリール基、置換もしくは非置換のC3~C20のヘテロアリール基、アミノ基、ヒドロキシ基、任意の化合物が有する特定の官能基と共有結合しうる基を末端に含む基G、または機能性物質に由来する基FMである。
【0013】
また、本発明の他の形態によれば、分子内にトリプトファン残基を有する化合物Aを、チオエーテル基を有する化合物Bが存在する反応系で、上記形態に係るトリプトファン選択的修飾剤と接触させて、前記化学式1で表される化合物に含まれる硫黄原子と前記トリプトファン残基との間に共有結合を形成させることを含む、Trp-S結合含有化合物の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来法のような過酷な反応条件を用いずともトリプトファン残基の化学修飾を達成することができる。これを利用することにより、例えば、ペプチドやタンパク質等の分子内に含まれるメチオニン残基の近傍に位置するトリプトファン残基を選択的に修飾することも可能となる。また、本発明を利用することにより、トリプトファン残基に種々の機能性物質を連結することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、実施例において、Npys修飾トリプトファン誘導体を合成した際の、エントリー1における反応条件での反応の経時的な様子を表すHPLCチャートである。
【
図2】
図2は、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤を用いたトリプトファン残基でのスルフェニル化の推定反応機構を示す図である。
【
図3】
図3は、実施例において、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤を用いてペプチド(Ac-Ala-Ala-Trp-Ala-Met-NH
2)に対してスルフェニル化反応を実施した際の反応の経時的な様子を表すHPLCチャートである。
【
図4】
図4は、実施例において、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤を用いてペプチド(Ac-ニューロメジンB)に対してスルフェニル化反応を実施した際の反応の経時的な様子を表すHPLCチャートである。
【
図5】
図5は、実施例において、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤を用いてタンパク質(リゾチーム)に対してスルフェニル化反応を実施した際の反応の経時的な様子を表すHPLCチャート、および反応混合物中に含まれる化合物の質量分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を説明する。
【0017】
本発明の一形態は、下記化学式1で表される化合物またはその塩からなり、チオエーテル基を有する化合物の存在下で、トリプトファン残基を含有する分子における前記トリプトファン残基を選択的に修飾するための、トリプトファン選択的修飾剤である:
【0018】
【0019】
化学式1において、Vは、窒素原子または炭素原子であり、好ましくは窒素原子である。また、Wは、他の環員原子と一緒になって、Vが窒素原子のときにはピリジン環、ピラジン環、イミダゾール環、オキサゾール環、キノリン環、イソキノリン環、キノキサリン環、フェナントロリン環、プテリジン環およびアゾシン環からなる群から選択される含窒素複素環を形成し、Vが炭素原子のときにはベンゼン環、1H-ピロール環、フラン環、ナフタレン環、ベンゾ[h]キノリン環、ピリド[2,3-b]ピラジン環、シクロオクタ-1,3,5,7-テトラエン環からなる群から選択される芳香環を形成する。すなわち、好ましい一実施形態において、Vは窒素原子であり、Wは、他の環員原子と一緒になって上記含窒素複素環を形成する。さらに好ましくは、Vは窒素原子であり、Wは、他の環員原子と一緒になってピリジン環を形成する。
【0020】
化学式1において、Xは、-O-、-NH-または単結合である。なかでも、Xは-O-であることが好ましい。
【0021】
化学式1において、Yは、Xが単結合のときには塩素原子である。ここで、Vが窒素原子である(Wがピリジン環を形成する)場合に、Xが単結合でありYが塩素原子である化合物としては、3-ニトロ-2-ピリジンスルフェニルクロリド(Npys-Cl)が挙げられる。一方、Yは、Xが-O-または-NH-のときには、置換もしくは非置換のC1~C20のアルキル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルケニル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルキニル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルキル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルケニル基、置換もしくは非置換のC6~C20のアリール基、置換もしくは非置換のC3~C20のヘテロアリール基および置換もしくは非置換の電子吸引性を有する脂肪族ヘテロ環由来の1価の基からなる群から選択される基である。ここで、「電子吸引性を有する脂肪族ヘテロ環由来の1価の基」は、電子吸引性構造を有する脂肪族ヘテロ環化合物などに相当するものとして、例えば、ペプチド合成におけるカルボン酸の活性エステルを形成するアルコールからヒドロキシ基を除いた1価の基が挙げられる。より詳細には、続・医薬品の開発(第14巻、ペプチド合成)(廣川書店)の第164~173頁の表5.7~5.11に記載されている1価の基、または当該頁に記載されている化合物由来の1価の基が挙げられる。なお、これらの基の具体例は、以下の通りである。
【0022】
【0023】
なかでも、「電子吸引性を有する脂肪族ヘテロ環由来の1価の基」は、置換または非置換の、スクシンイミジル基、マレイミジル基、フタルイミジル基または5-ノルボルネン-2,3-ジカルボキシイミジル基であることが好ましい。
【0024】
また、Yは、置換もしくは非置換のC1~C20のアルキル基、またはもしくは非置換のC6~C20のアリール基であることが好ましく、置換もしくは非置換のC6~C20のアリール基であることがより好ましく、置換されたC6~C20のアリール基であることがさらに好ましく、置換されたC6~C12のアリール基であることがいっそう好ましく、置換されたフェニル基であることが特に好ましく、ハロゲン原子で置換されたフェニル基であることが最も好ましい。Yがハロゲン原子で置換されたフェニル基である化合物としては、例えば、4-フルオロフェニル 3-ニトロ-2-ピリジンスルフェナート(Npys-OPh(pF);後述の実施例参照)が挙げられる。
【0025】
本明細書において、アルキル基の例としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、1,2-ジメチルプロピル基、n-ヘキシル基、1,3-ジメチルブチル基、1-イソプロピルプロピル基、1,2-ジメチルブチル基、n-ヘプチル基、1,4-ジメチルペンチル基、2-メチル-1-イソプロピルプロピル基、1-エチル-3-メチルブチル基、n-オクチル基、2-エチルヘキシル基、3-メチル-1-イソプロピルブチル基、2-メチル-1-イソプロピル基、1-tert-ブチル-2-メチルプロピル基、n-ノニル基、3,5,5-トリメチルヘキシル基などが挙げられる。
【0026】
本明細書において、アルケニル基の例としては、ビニル基、アリル基、イソプロペニル基、1-ブテニル基、2-ブテニル基、2-メチル-2-プロペニル基、1-メチル-2-プロペニル基、2-メチル-1-プロペニル基、ペンテニル基、1-ヘキセニル基、3,3-ジメチル-1-ブテニル基などが挙げられる。
【0027】
本明細書において、アルキニル基の例としては、エチニル基、1-プロピニル基、2-プロピニル基、1-ブチニル基、2-ブチニル基、3-ブチニル基、3-メチル-1-プロピニル基、2-メチル-3-プロピニル基、ペンチニル基、1-ヘキシニル基、3-メチル-1-ブチニル基、3,3-ジメチル-1-ブチニル基などが挙げられる。
【0028】
本明細書において、シクロアルキル基の例としては、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基などが挙げられる。
【0029】
本明細書において、シクロアルケニル基の例としては、シクロブテニル基、シクロペンテニル基、シクロヘキセニル基などが挙げられる。
【0030】
本明細書において、アリール基の例としては、フェニル基、1-ナフチル基、2-ナフチル基、1-アントラセニル基、2-アントラセニル基、9-アントラセニル基などが挙げられる。
【0031】
本明細書において、ヘテロアリール基の例としては、2-チエニル基、4-ピリジル基、3-ピリジル基、2-ピリジル基、1-ピリジル基、2-フリル基、2-ピリミジニル基、2-ベンゾチアゾリル基、1-イミダゾリル基、1-ピラゾリル基、ベンゾトリアゾール-1-イル基、7-アザベンゾトリアゾール-1-イル基などが挙げられる。
【0032】
本明細書において、アジド基の例としては、メチルアジド基、エチルアジド基、n-プロピルアジド基、i-プロピルアジド基、n-ブチルアジド基、s-ブチルアジド基、i-ブチルアジド基、t-ブチルアジド基、n-ペンチルアジド基、n-ヘキシルアジド基、n-へプチルアジド基、n-オクチルアジド基などが挙げられる。
【0033】
また、本明細書において、ある基が「置換されている」という場合、当該基を置換しうる置換基としては、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子、アルキル基、アリール基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アルコキシカルボニル基、アシルオキシ基、アシル基、アルキルスルファニル基、アリールスルファニル基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、アリールアミノ基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、ホルミル基、メルカプト基、スルホ基、スルフィン酸基、グアニジノ基、カルバモイル基、チオール基、チオエーテル基、メシル基、p-トルエンスルホニル基、アミノ基、ニトロ基、シアノ基、トリフルオロメチル基、トリクロロメチル基、トリメチルシリル基、ホスフィニコ基、ホスホノ基などが挙げられる。これらの置換基もまた、ハロゲン原子、アルキル基、アリール基、アルコキシ基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、ニトロ基、シアノ基などによってさらに置換されていてもよい。ただし、置換された後の基が置換される前の基と同じ定義に含まれるような置換は考えないものとする。
【0034】
化学式1において、Zは、Wが形成する前記含窒素複素環または前記芳香環上に存在するニトロ基を表す。
【0035】
化学式1において、pは、0または1である。pが0のときにはL0は存在せずにAaまたはAbまたはRが直接、Wが形成する環に結合し、pが1のときにはL0が存在する。好ましい一実施形態において、pは0である。
【0036】
化学式1において、qは、0または1である。qが0のときにはL1は存在せず、qが1のときにはL1が存在する。
【0037】
化学式1において、rは、0または1である。rが0のときにはAbは存在せず、rが1のときにはAbが存在する。
【0038】
化学式1において、sは、0~10の整数である。sが0のときには[(Aa)-(L1)q]が存在せず、sが1~10の整数のときには[(Aa)-(L1)q]がs個繰り返して存在する。なお、sは好ましくは0~5であり、より好ましくは0または1である。
【0039】
化学式1において、L0およびL1は、存在する場合にはそれぞれ独立して、化学的に安定な構造を有するリンカーを表す。このようなリンカーの具体的な構造について特に制限はないが、例えば、置換または非置換のC1~C20のアルキレン基、置換または非置換のC2~C20のアルケニレン基、置換または非置換のC2~C20のアルキニレン基、置換または非置換のC3~C20のシクロアルキレン基、置換または非置換のC3~C20のシクロアルケニレン基、置換または非置換のC6~C20のアリーレン基、置換または非置換のC3~C20のヘテロアリーレン基、-NH-、-O-、-S-、-C(=O)-NH-、-NH-C(=O)-、-O-、-C(=O)-O-、-O-C(=O)-、-S-、-C(=O)-、ポリオキシアルキレン基が挙げられる。また、L0およびL1は、下記化学式(a)で表される基:
【0040】
【0041】
であってもよい。ここで、化学式(a)において、Raは、置換または非置換のC1~C15のアルキレン基を表し、好ましくはC1~C8のアルキレン基を表し、より好ましくはC1~C4のアルキレン基を表し、特に好ましくはC1~C2のアルキレン基を表し、最も好ましくはC2のアルキレン基(特にはエチレン基)を表す。L0およびL1として好ましくは、C1~C6のアルキレン基(特にはエチレン基)、分子量100~1000のポリオキシアルキレン基、または上記化学式(a)で表される基が用いられる。
【0042】
化学式1において、AaおよびAbは、存在する場合にはそれぞれ独立して、-CH=CH-、-C≡C-、-C(=O)-、-C(=O)-O-、-O-C(=O)-、-O-、C1~C20のオキシアルキレン、C1~C20のアルキレンオキシ、-C(=O)-NH-、-NH-C(=O)-、-NH-C(=O)-NH-、ヒドラジン、トリアゾール、スルホン、スルホキシド、スルホン酸エステル、スルホンアミド、スルフィン酸エステル、スルフィンアミド、ピペリジンおよびジオキサンからなる群から選択される基である。なかでも、AaおよびAbとして好ましくは、-C(=O)-、-C(=O)-O-、-O-、C1~C20のオキシアルキレン、C1~C20のアルキレンオキシ、-O-C(=O)-、-C(=O)-NH-または-NH-C(=O)-が用いられる。
【0043】
化学式1において、Rは、水素原子、置換もしくは非置換のC1~C20のアルキル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルケニル基、置換もしくは非置換のC2~C20のアルキニル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルキル基、置換もしくは非置換のC3~C20のシクロアルケニル基、置換もしくは非置換のC6~C20のアリール基、置換もしくは非置換のC3~C20のヘテロアリール基、アミノ基、ヒドロキシ基、任意の化合物が有する特定の官能基と共有結合しうる基を末端に含む基G、または機能性物質に由来する基FMである。
【0044】
Rとしての「任意の化合物が有する特定の官能基と共有結合しうる基を末端に含む基G」とは、クリックケミストリーを活用した1,3-双極子付加環化反応を行うことができる官能基を意味する。「1,3-双極子(1,3-dipole)」とは、三原子からなる4π電子化学種であり、アルケニル基やアルキニル基などの親双極子(dipolarophile)を有する化合物と付加環化反応を起こし、5員複素環化合物を形成するものを意味する。よって、Rが「1,3-双極子」を有するとき、任意の化合物の特定の官能基は「親双極子」を有し、逆にRが「親双極子」を有するとき、任意の化合物の特定の官能基は「1,3-双極子」を有することができる。
【0045】
ここで、Rに適用可能な「1,3-双極子」としては、アゾメチンイリド基、ニトロン基、ニトリルイリド基、ジアゾメチル基、アジド基、ニトリルオキシド基などが挙げられる。また、Rに適用可能な「親双極子」としては、アルケニル基、アルキニル基が挙げられる。例えば、Rがニトロン基を末端に含む基であるとき、アルケニル基を有する化合物と付加環化反応を起こし、イソオキサゾール環を形成する。また、Rがアジド基を末端に含む基であるとき、アルキニル基を有する化合物と付加環化反応を起こし、トリアゾール環を形成する(ヒュスゲン環化付加反応)。また、Rがニトリルオキシド基を末端に含む基であるとき、アルケニル基を有する化合物と付加環化反応を起こし、イソオキサゾール環を形成する。上述の例において、Rが「1,3-双極子」を有し、任意の化合物が「親双極子」を有する場合について例示したが、Rが「親双極子」を有し、任意の化合物が「1,3-双極子」を有する場合であっても同様の反応を行うことができる。なかでも、Rは、アルキニル基またはアジド基を末端に含む基が好ましく、無置換または置換基を有する炭素数2~8の直鎖状または分岐鎖状のアルキニル基、あるいは、炭素数1~8の直鎖状または分岐鎖状のアルキル基を有するアジド基がより好ましい。高い親水性を保つ観点から、炭素数2~3の直鎖状または分岐鎖状のアルキニル基もしくは、炭素数1~2の直鎖状のアルキル基を有するアジド基であることが特に好ましい。
【0046】
Rとしての「機能性物質に由来する基FM」とは、種々の機能を有する任意の物質から生じた1価の基である。ここで、機能性物質としては、例えば、薬物、放射性物質、蛍光化学物質、発光団、蛍光タンパク質、発光タンパク質、磁性体、酵素、補酵素、生理活性物質、DNA、RNA、PEG等の特定の機能を有する物質が挙げられる。
【0047】
ここで例えば、機能性物質として放射性物質、蛍光化学物質、発光団、蛍光タンパク質、発光タンパク質、磁性体等を採用した場合、これらの物質はシグナルを発しうるものであることから、当該シグナルを検出することにより、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤が結合した分子を検出することができる。また、がん等の特定の疾患のイメージング、診断等にも用いることができる。
【0048】
さらに、機能性物質として薬物、酵素、補酵素、生理活性物質等を採用した場合、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤の作用により特定の部位にこれらの機能性物質を送達することが可能であり、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤をDDSの薬物送達担体として用いることができる。また、機能性物質として放射性物質を採用した場合、放射性物質をがんの放射線治療剤として利用することもできる。
【0049】
さらに、機能性物質としてDNAやRNAを採用した場合、これらのDNAまたはRNAを介してさらに他の物質と結合したり、他の物質を捕捉したりすることができる。例えば、DNAまたはRNAを介して基板に結合させることにより、バイオセンサーやマイクロアレイとして用いることができる。また、機能性物質としてDNAやRNAを採用した場合には、細胞特異的にDNAやRNAを導入することも可能である。この際、導入するDNAやRNAとしては、RNAi(RNA干渉)を引き起こすdsRNA等のRNA鎖、アンチセンスRNA鎖、およびこれらのRNAを発現するDNA鎖、アンチセンスDNA鎖等が挙げられ、この場合、細胞内で特定の遺伝子の転写・発現を抑制することができる。また、形質転換のための導入遺伝子を本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤を用いて導入することもできる。
【0050】
また、機能性物質としてPEG(ポリエチレングリコール)を採用した場合には、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤に対して、安定性が向上し、体内での半減期が長くなる等の新たな機能を付与することが可能である。
【0051】
(本発明の化合物の用途)
本発明者らは、上述した本発明の化合物(またはその塩)が、驚くべきことに、チオエーテル基を有する化合物の存在下で、トリプトファン残基と選択的に反応して結合するというトリプトファン選択的修飾剤としての機能を有していることを発見した。そして、本発明に係る化合物をトリプトファン選択的修飾剤として用いることで、従来の手法のように過酷な反応条件を用いなくとも、簡便な処理によって短時間に、かつ、化学的に安定な手法により、ペプチドやタンパク質等の有機化合物を選択的に修飾することが可能となるという優れた効果も奏される。すなわち、本発明の他の形態によれば、Trp-S結合含有化合物の製造方法もまた、提供される。この製造方法は、分子内にトリプトファン残基を有する化合物(以下、「化合物A」とも称する)を、チオエーテル基を有する化合物(以下、「化合物B」とも称する)の存在下、上述した本発明の一形態に係るトリプトファン選択的修飾剤と接触させて、前記化学式1で表される化合物に含まれる硫黄原子と前記トリプトファン残基との間に共有結合を形成させることを含む点に特徴がある。
【0052】
ここで、トリプトファン選択的修飾剤による修飾の対象となる「分子内にトリプトファン残基を有する化合物(化合物A)」の構造は特に制限されない。化合物Aとしては、例えば、アミノ酸、ペプチド(オリゴペプチド、ポリペプチド)、タンパク質などのアミノ酸残基含有化合物のほか、高分子化合物、低分子化合物、並びにそれらの同位体を含む誘導体が挙げられる。なかでも、化合物Aはペプチドまたはタンパク質であることが好ましい。
【0053】
化合物Aがペプチドまたタンパク質である場合、これらのペプチドまたはタンパク質は、天然由来のものであってもよいし、人工的に合成されたものであってもよい。ペプチドまたはタンパク質が人工的に合成されたものである場合、その合成方法について特に制限はなく、従来公知の知見が適宜参照されうる。ペプチドの人工的な合成方法としては、「固相合成法」および「液相合成法」が知られており、固相合成法の場合はさらにFmoc法およびBoc法が知られている。化合物Aがペプチドである場合、当該ペプチドはいずれの方法で合成してもよい。また、タンパク質の合成方法としては、所望のタンパク質を合成するように形質転換された、形質転換体を用いる方法が挙げられる。一例において、上記形質転換体は、細菌(大腸菌など)、酵母(出芽酵母、油性酵母など)、昆虫、動物または植物である。合成されたタンパク質は、宿主細胞または細胞外(培地など)から単離し、実質的に純粋かつ均一なタンパク質として精製することができる。タンパク質の分離および精製は、通常のタンパク質の分離および精製で使用されている分離方法および精製方法を使用すればよい。
【0054】
なお、上述した方法によってトリプトファン残基を修飾する対象となる化合物Aは、例えば、「分子内に1つのトリプトファン残基を有する化合物」である。かような形態によれば、化合物Aに含まれるトリプトファン残基との間で選択的にTrp-S結合を形成することができ、所望のTrp-S結合含有化合物を高収率かつ高純度で製造することができる。
【0055】
ここで、トリプトファン残基を修飾する対象となる化合物Aがペプチドであるような場合、この化合物Aは分子内に2つ以上のトリプトファン残基を含んでいる可能性がある。したがって、このような場合に特定のトリプトファン残基のみを選択的に修飾したい場合には、修飾したくないトリプトファン残基を保護基で保護しておく必要がある。化合物Aがペプチドである場合、このような保護基の導入は、上述したペプチドの合成の際に、所望の位置にトリプトファン残基が保護されたアミノ酸を導入しておくことで達成されうる。なお、かような手法においてペプチドの合成の際に用いられる「トリプトファン残基が保護されたアミノ酸」におけるトリプトファン残基の保護基としては、例えば、側鎖のアミノ基に対するBoc保護基、Ac保護基、ベンジルオキシカルボニル保護基、2、4-ジクロロベンジルオキシカルボニル保護基、2-クロロベンジルオキシカルボニル保護基、2,2,2-トリクロロエトキシカルボニル保護基、ホルミル保護基、4-メトキシ-2,3,6-トリメチルベンゼンスルホニル基、メシチレンベンゼンスルホニル保護基などが挙げられる。
【0056】
また、「チオエーテル基を有する化合物(化合物B)」の構造についても特に制限されない。なお、「チオエーテル基」とは、エーテル基の酸素原子を硫黄原子で置換した基である。化合物Bの具体例としては、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド、ジメチルトリスルフィド、ジエチルスルフィド、ジペンチルスルフィド、tert-ブチルメチルスルフィド、ジビニルスルフィド、ジフェニルスルフィド、ジフェニルジスルフィド、ジフェニルトリスルフィド、チオアニソール、ビス(ヒドロキシフェニル)スルフィド、ジトリルスルフィド、ジトリルジスルフィド、ビス(ニトロフェニル)スルフィド、ビス(アミノフェニル)スルフィド、ビス(クロロフェニル)スルフィド、ビス(メトキシフェニル)スルフィド、ジベンゾイルスルフィド、ジベンゾイルジスルフィド、ジベンジルスルフィド、ジベンジルジスルフィド、ジベンジルトリスルフィド、ジベンジルテトラスルフィド、ジベンジルペンタスルフィド、ジベンジルヘキサスルフィド、ジベンジルヘプタスルフィド、ジベンジルオクタスルフィド、ジシクロヘキシルスルフィド、ジシクロヘキシルジスルフィド、メチルシクロヘキシルスルフィド、メチルフェニルスルフィド、メチルアリルスルフィド、メチルベンジルスルフィド、フェニルアリルスルフィド、フェニルビニルスルフィド、フェニルベンジルスルフィド、フェニルスチリルスルフィド、フェニルシンナミルスルフィド、フェニルベンゾイルスルフィド、フェニルフェナシルスルフィド、フェニルシクロヘキシルスルフィド、トリルベンジルスルフィド、ベンジルアリルスルフィド、トリメチレンスルフィド、トリメチレンジスルフィド、テトラメチレンスルフィド、テトラメチレンジスルフィド、ペンタメチレンスルフィド、チオフェン、4H-チイン、ベンゾチオフェン、ジベンゾチオフェン、チアクロマン、チアキサンテン、ジエチルチオアセタール、α-フェニル-ジエチルチオアセタール、1,1-ビス(エチルチオ)プロパン、1,1-ビス(エチルチオ)プロペン、1,4-ビス(メチルジチオ)シクロヘキサン、1,3-ジチオラン、1,3-ジチアン、1,4-ジチアン、1,4-ジチエン、1,4-ジチアジエン、チアントレン、1,3,5-トリチアン、ポリフェニレンスルフィド、メチオニン;エチオニン、N-ホルミルエチオニン、S-アデノシルメチオニン等のメチオニン誘導体などが挙げられる。これらの化合物は、単独で使用しても2種以上を混合して使用してもよい。
【0057】
さらに、「チオエーテル基を有する化合物(化合物B)」は、メチオニン(Met)残基を有するペプチドやタンパク質であってもよい。この場合、化合物Bは、修飾の対象である化合物Aとは異なる分子であってもよいが、化合物Bは化合物Aと同じ分子であり(つまり、化合物Aと化合物Bとが単一の化合物であり)、化合物Bが提供するチオエーテル基が、当該ペプチドまたはタンパク質において修飾の対象とされるトリプトファン残基の近傍に存在するメチオニン残基に由来する基であることが好ましい。このような実施形態によれば、本発明の一形態に係るトリプトファン選択的修飾剤と修飾の対象である化合物(ペプチドまたはタンパク質)のみを溶媒中で混合するという極めて簡便な操作によってトリプトファン残基に対する選択的な修飾を行うことができるという利点がある。なお、メチオニン残基がトリプトファン残基の「近傍」に位置するとは、上述した修飾反応が進行する位置にこれらの残基が存在する限り特に制限されない。例えば、ペプチドまたはタンパク質のアミノ酸配列の一次構造におけるこれらの残基間の距離は、例えば1~20アミノ酸残基であり、好ましくは1~15アミノ酸残基であり、より好ましくは1~10アミノ酸残基であり、さらに好ましくは1~5アミノ酸残基であり、特に好ましくは1~3アミノ酸残基であり、最も好ましくは1アミノ酸残基(上記残基はペプチド結合を介して連結されている)である。ただし、アミノ酸配列の一次構造において遠く離れたメチオニン残基とトリプトファン残基とがペプチドやタンパク質の三次構造等の立体構造に起因して「近傍」に存在することもよくあることである。本発明においては、このような場合ももちろん、技術的範囲に包含されるものである。
【0058】
ここで、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤を用いて修飾したい対象がペプチドである場合に、当該ペプチドがトリプトファン残基および/またはメチオニン残基を含んでいないこともありうる。このような場合には、当該ペプチドの合成の際に、所望の位置にトリプトファン残基および/またはメチオニン残基が導入されるように当該ペプチドのアミノ酸配列を改変することで、修飾対象のペプチドにトリプトファン残基および/またはメチオニン残基を導入して、化合物Aとすることができる。この場合、トリプトファン残基および/またはメチオニン残基を導入する部位は、上記ペプチドの活性の発現に悪影響を及ぼさない部位であることが好ましい。
【0059】
また、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤を用いて修飾したい対象がタンパク質である場合には、遺伝子組み換えの手法を用いて上記タンパク質のアミノ酸配列を改変したものに対して修飾を施すことでより選択的かつ効率的にトリプトファン残基の修飾が可能となる。
【0060】
例えば、化合物Aがタンパク質である場合に、当該タンパク質は、遺伝子組み換えにより、所望の位置にトリプトファン残基が挿入されたものであるか、または、所望の位置のアミノ酸残基がトリプトファン残基に改変されたものでありうる。この手法は、上記タンパク質の三次構造において、タンパク質粒子の表面に修飾可能なトリプトファン残基が存在しないような場合に、修飾可能なトリプトファン残基をタンパク質粒子の表面に導入するといった目的で用いられうる。
【0061】
また、化合物Aがタンパク質である場合に、当該タンパク質は、遺伝子組み換えにより、所望の位置のトリプトファン残基が欠失されたものであるか、または、所望の位置のトリプトファン残基が他のアミノ酸残基に改変されたものでありうる。この手法は、上記タンパク質の三次構造において、タンパク質粒子の表面に修飾可能なトリプトファン残基が複数存在しているような場合に、修飾したくないトリプトファン残基を除去するといった目的で用いられうる。
【0062】
さらに、化合物Aがタンパク質である場合に、当該タンパク質は、遺伝子組み換えにより、所望の位置にメチオニン残基が挿入されたものであるか、または、所望の位置のアミノ酸残基がメチオニン残基に改変されたものでありうる。この手法は、上記タンパク質の三次構造において、タンパク質粒子の表面のトリプトファン残基の近傍にメチオニン残基が存在しないような場合に、トリプトファン残基の近傍にメチオニン残基を導入するといった目的で用いられうる。
【0063】
また、化合物Aがタンパク質である場合に、当該タンパク質は、遺伝子組み換えにより、所望の位置のメチオニン残基が欠失されたものであるか、または、所望の位置のメチオニン残基が他のアミノ酸残基に改変されたものでありうる。この手法は、上記タンパク質の三次構造において、タンパク質粒子の表面に修飾可能なトリプトファン残基がその近傍のメチオニン残基とともに複数存在しているような場合に、修飾したくないトリプトファン残基の近傍のメチオニン残基を除去するといった目的で用いられうる。
【0064】
ところで、本発明に係る化学式1で表される化合物の一部は、分子内に2つ(以上)の還元型チオール基を有する化合物(例えば、ペプチドやタンパク質)と接触させることにより、上記2つ(以上)の還元型チオール基の間にジスルフィド結合を形成させる機能を有する(つまり、ジスルフィド化試薬として働く)ことが知られている(国際公開第2017/200109号)。したがって、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤を用いた修飾の対象である化合物Aがペプチドまたはタンパク質である場合に、上記修飾剤によってジスルフィド結合が形成されうる還元型チオール基を含む構造(例えば、システイン残基)が2つ以上含まれている場合(つまり、化合物Aが、還元型チオール基を有するシステイン残基を2以上有するペプチドまたはタンパク質である場合)には、化合物Aを上記トリプトファン選択的修飾剤と接触させる前に、保護基を用いて上記化合物Aに含まれる還元型チオール基を保護し、次いで、還元型チオール基が保護された化合物Aをトリプトファン選択的修飾剤と接触させた後に、当該還元型チオール基を脱保護することが好ましい。このような構成とすることにより、本発明に係る化学式1で表される化合物がジスルフィド化試薬として働くのを防止しつつ、トリプトファン選択的修飾剤としてのみ機能させることが可能となる。
【0065】
本形態に係るTrp-S結合含有化合物の製造方法においては、化合物Aを、化合物Bが存在する反応系で、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤と接触させることにより行う。これにより、化学式1で表される化合物に含まれる硫黄原子と、化合物Aに含まれるトリプトファン残基との間に共有結合が形成されて、Trp-S結合含有化合物が得られる。
【0066】
化合物Aと化合物Bとを接触させる具体的な手法について特に制限はないが、通常は溶媒中において化合物Aと化合物Bとを接触させる。溶媒についても特に制限はないが、溶媒は水を含むことが好ましい。また、溶媒としては水に代えて緩衝液を用いることができ、水、緩衝液および有機溶媒のいずれかを組み合わせて用いてもよい。一方、有機溶媒を組み合わせて用いる場合は、水と混和する有機溶媒が好ましく、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、アセトン、ジメチルスルホキシド、アルコール、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサンなどが挙げられ、この有機溶媒としてはアセトニトリルが好ましい。
【0067】
また、反応の収率を向上させるという観点から、反応系には、酸がさらに存在することが好ましい。この酸の酸解離定数(pKa)は、6以下であることが好ましく、5以下であることがより好ましく、4以下であることがさらに好ましく、3以下であることがいっそう好ましく、2以下であることが特に好ましく、1以下であることが最も好ましい。pKaが6以下の酸としては、例えば、酢酸、スルホン酸、塩酸、硝酸、リン酸、リン酸モノエステル、リン酸ジエステル、亜リン酸、亜リン酸エステル、次亜リン酸や、トリフルオロ酢酸、クロロ酢酸、ジクロロ酢酸、トリクロロ酢酸等のハロゲン化アルキルカルボン酸、ペンタフルオロ安息香酸、2,4,6-トリフルオロメチル安息香酸等のハロゲン化アリールカルボン酸などが挙げられる。なかでも、酢酸またはハロゲン化アルキルカルボン酸が好ましく、ハロゲン化アルキルカルボン酸がより好ましく、トリフルオロ酢酸がさらに好ましい。反応系における酸の濃度について特に制限はないが、好ましくは5~85体積%であり、より好ましくは20~80体積%であり、さらに好ましくは30~80体積%である。
【0068】
反応条件についても特に制限はなく、反応温度は例えば10~40℃、好ましくは20~30℃であり、反応時間は例えば0.5~96時間、好ましくは2~72時間、より好ましくは5~60時間、さらに好ましくは10~54時間である。反応圧力についても制限はなく、通常は常圧(大気圧)下で行えばよい。また、反応で用いられる本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤および化合物Bの添加量は、化合物Aの量に応じて増減すればよい。例えば、化合物A 1当量に対し、本発明に係るトリプトファン選択的修飾剤および化合物Bの量は1当量~過剰量用いることが好ましく、より好ましくは1当量~2当量用いる。反応の完結は、溶液中の化合物Aの消費を一般的な分析手法に基づいて判断すればよい。例えば、適用可能な分析手法として、HPLC、NMR、TLC、IR、MSスペクトル、滴定等が挙げられる。
【0069】
反応後、トリプトファン選択的修飾剤、目的生成物であるTrp-S結合含有化合物、未反応の化合物Aおよび化合物B、並びに化合物Aおよび/または化合物Bが反応の進行とともに変化した化合物は、一般的な精製手法により精製することができる。
【0070】
本形態に係る製造方法において用いられるトリプトファン選択的修飾剤が例えば化学式1のRとして機能性物質に由来する基FMを有している場合には、当該製造方法によって製造されたTrp-S結合含有化合物も上記基FMを有するものとなる。このようにして、原料である化合物Aに対して基FMに起因する種々の機能を付与することが可能となる。そして、上述したように基FMとしては極めて広範かつ多様な機能性物質に由来するものを用いることが可能である。したがって、本発明は、種々の化合物に対して広範かつ多様な機能を付与することにより化合物のバリエーションを著しく増加させることができるという非常に優位性の高い技術を提供するものである。
【0071】
なお、以下の実施形態も本発明の範囲に含まれる:請求項2の特徴を有する請求項1に記載の修飾剤;請求項3の特徴を有する請求項1または2に記載の修飾剤;請求項4の特徴を有する請求項1~3のいずれかに記載の修飾剤;請求項5の特徴を有する請求項1~4のいずれかに記載の修飾剤;請求項6の特徴を有する請求項1~5のいずれかに記載の修飾剤;請求項7の特徴を有する請求項1~6のいずれかに記載の修飾剤;請求項1~8のいずれかに記載の修飾剤を用いる請求項9に記載の製造方法;請求項10の特徴を有する請求項9に記載の製造方法;請求項11の特徴を有する請求項9または10に記載の製造方法;請求項12の特徴を有する請求項9~11のいずれかに記載の製造方法;請求項13の特徴を有する請求項9~12のいずれかに記載の製造方法;請求項14の特徴を有する請求項9~13のいずれかに記載の製造方法。
【実施例0072】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0073】
[1.一般情報]
核磁気共鳴スペクトル(NMR)の測定には、Bruker AVANCE-III(400MHz)を用いた。質量分析スペクトル(HRMS(ESI)m/z)は、micromass LCTで測定した。1H-NMRデータ中、NMRシグナルのパターンで、sはシングレット、dはダブレット、tはトリプレット、qはカルテット、mはマルチプレット、Jはカップリング定数、Hzはヘルツ、CDCl3は重クロロホルム、CD3ODは重メタノールを意味する。1H-NMRデータ中、水酸基(OH)、アミノ基(NH2)、カルボキシル基(COOH)のプロトン等は、ブロードバンドになり確認ができない場合には、データに記載しない。HRMS(ESI)m/zのデータ中、Mは分子量、[M+H]+、[M+Na]+は分子イオンピークを意味する。
【0074】
[2.Npys誘導体の合成]
まず、論文(J. Pept. Sci., 2018, 24, e3070.)の記載に基づき、Npys-OPh(pF)を合成した。
【0075】
[3.Npys修飾トリプトファン誘導体合成における溶媒検討]
【0076】
【0077】
Cbz-Trp-OH(1.0当量)を含む溶媒(下記の表1、Entry1~7)に、室温にてエチルスルフィド(1.0当量)およびNpys-OPh(pF)(1.0当量)を添加し、同温度にて48時間撹拌した。反応溶液の一部を採取し、生成したNpys修飾Trp誘導体P1をHPLCにて分析した。また、化合物P1の検量線に基づきHPLC収率を算出した。結果を下記の表1に示す。
【0078】
【0079】
反応溶媒を75%酢酸水溶液で行なったところ、化合物P1は55%の収率で得られた(エントリー1)。また、エントリー2のように添加剤として塩化リチウム(Org. Biomol. Chem., 2020, 18, 7094-7097.)を用いると、若干の収率向上が見られた(収率60%)。酸濃度37.5%において、トリフルオロ酢酸(TFA)のような解離定数(pKa)が低い(pKa=0.23)酸を用いると、酢酸と比較して反応は効率的に進行することが示された(エントリー4:収率95%)。一方で、エントリー5~エントリー7のようにヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)または2,2,2-トリフルオロエタノール(TFE)などの酸を用いた場合や、酸を用いない場合には、低収率であることもわかった。
【0080】
ここで、エントリー1における反応条件での反応の経時的な様子を表すHPLCチャートを
図1に示す。ここで、
図1に示す*は4-フルオロフェノールに対応するピークであり、**はNpysの二量体に対応するピークである。
図1に示すチャートから、反応1時間後に、まずピロロインドリン誘導体P2、P3が生成し、時間経過に伴いNpys修飾Trp誘導体P1に収束したことが確認された。これらの結果から、
図2に示すような反応機構により本スルフェニル化反応は進行すると考えられる。
【0081】
[4.Npys修飾トリプトファン誘導体((S)-2-(((benzyloxy)carbonyl)amino)-3-(2-((3-nitropyridin-2-yl)thio)-1H-indol-3-yl)propanoic acid、P1)の合成]
【0082】
【0083】
Cbz-Trp-OH(50.0mg,148μmol)の酢酸水溶液(3:1,v/v,1.5mL)に、室温にてエチルスルフィド(15.9μL,148μmol)およびNpys-OPh(pF)(59.0mg,222μmol)を添加し、同温度にて72時間撹拌した。反応溶液を酢酸エチルで抽出した。有機層を水、飽和食塩水で洗浄した後、硫酸マグネシウムで乾燥した。ろ過後、母液を減圧留去し、得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール:アセトン=70:1:1)で精製することで、Npys修飾トリプトファン誘導体(P1)を黄色固体として得た(23.9mg,48.5μmol,収率33%)。
【0084】
【0085】
なお、上述したピロロインドリン誘導体P2およびP3の化学構造を同定する目的で、以下ではこれらの化合物を合成し、各種機器データを取得した。
【0086】
[5.ピロロインドリン誘導体((2S)-1-((benzyloxy)carbonyl)-3a-((3-nitropyridin-2-yl)thio)-1,2,3,3a,8,8a-hexahydropyrrolo[2,3-b]indole-2-carboxylic acid, P2)の合成]
【0087】
【0088】
Cbz-Trp-OH(100.0mg,296μmol)の75%酢酸水溶液(1.5mL)に、室温にてエチルスルフィド(31.8μL,296μmol)およびNpys-OPh(pF)(78.7mg,296μmol)を添加し、4℃にて42時間撹拌した。反応溶液を酢酸エチルで抽出した。有機層を水、飽和食塩水で洗浄した後、硫酸マグネシウムで乾燥した。ろ過後、母液を減圧留去し、得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール:アセトン=70:1:1)で精製することで、ピロロインドリン誘導体(P2)を黄色固体として得た(15.5mg,31.5μmol,収率11%)。
【0089】
【0090】
[ピロロインドリン誘導体((2S)-1-((benzyloxy)carbonyl)-3a-((3-nitropyridin-2-yl)thio)-1,2,3,3a,8,8a-hexahydropyrrolo[2,3-b]indole-2-carboxylic acid, P3)の合成
【0091】
【0092】
Cbz-Trp-OH(50.0mg,148μmol)の酢酸水溶液(3:1,v/v,1.5mL)に、室温にてエチルスルフィド(15.9μL,148μmol)およびNpys-OPh(pF)(59.0mg,222μmol)を添加し、同温度にて1時間撹拌した。反応溶液を酢酸エチルで抽出した。有機層を水、飽和食塩水で洗浄した後、硫酸マグネシウムで乾燥した。ろ過後、母液を減圧留去し、得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール:アセトン=70:1:1)およびHPLCで精製することで、ピロロインドリン誘導体(P3)を黄色固体として得た(26.8mg,54.3μmol,収率37%)。
【0093】
【0094】
[6.アミノ酸に対する反応選択性]
【0095】
【0096】
Npys-OPh(pF)(1当量)に、室温にてCbz保護アミノ酸誘導体(1当量)の酢酸水溶液(3:1,v/v,100mM)を添加した。次いで、エチルスルフィド(1当量)を添加し、同温度にて1.5時間撹拌した。反応溶液の一部を希釈し、その溶液中に含まれるNpys修飾されたアミノ酸誘導体の分子量を質量分析測定(HRMS)により解析した。結果を下記の表2に示す。
【0097】
【0098】
[7.ペプチドにおけるトリプトファン残基の修飾]
(7-1.ペプチド合成)
Ac-Ala-Ala-Trp-Ala-Ala-NH2(ペプチドa;Ac-AAWAA-NH2;配列番号1)の合成
Fmoc-Rink-amide resin(90.9mg,40.0mmol)に20%ピペリジン/DMF溶液を添加し、室温にて振とうした。ろ過にて反応溶液を除去した後、Fmoc-アミノ酸誘導体(3当量)、1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt・H2O、3当量)およびN,N’-ジイソプロピルカルボジイミド(DIPCI、3当量)を用い、Fmoc-固相ペプチド合成法にてペプチド鎖を伸長した。得られたH-Ala-Ala-Trp(Boc)-Ala-Ala-NH-resin(配列番号2)にDMF、無水酢酸(3当量)およびDIPEA(3当量)を添加し、室温にて60分振とうして、ペプチドのN末端のAc化を行った。得られた樹脂(Ac-Ala-Ala-Trp(Boc)-Ala-Ala-NH-resin;配列番号3)をDMF、メタノールおよびジエチルエーテルで洗浄した後、乾燥した。乾燥樹脂にTFA:H2O(95:5,v/v,5mL)を添加し、室温にて3時間撹拌した。反応溶液をろ過し、窒素吹きつけにて反応溶液を留去した。得られた残渣に氷冷したジエチルエーテルを添加し、ペプチドを析出させた。さらに氷冷したジエチルエーテルで2回洗浄し、乾燥した。粗生成物をHPLC(gradient:milliQ(0.1%TFA)/CH3CN(0.1%TFA)=76:24 to 60:40 over 16min,flow late 5mL/min,UV:230nm,column:SunfireTM Prep C18 OBDTM 5μm,19x150mm Column)にて精製することで目的のペプチド(ペプチドa)を得た(12.5mg,23.7μmol,収率59%)。
【0099】
【0100】
Ac-Ala-Ala-Trp-Ala-Met-NH2(ペプチドb;Ac-AAWAM-NH2;配列番号4)の合成
Fmoc-Rink-amide resin(90.9mg,40.0mmol)を用い、ペプチドaと同様の合成により乾燥樹脂Ac-Ala-Ala-Trp(Boc)-Ala-Met-NH-resin(配列番号5)を得た。得られた乾燥樹脂にTFA:H2O(95:5,v/v,5mL)を添加し、室温にて3時間撹拌した。反応溶液をろ過し、窒素吹きつけにて反応溶液を留去した。得られた残渣に氷冷したジエチルエーテルを添加し、ペプチドを析出させた。さらに氷冷したジエチルエーテルで2回洗浄し、乾燥した。粗生成物をHPLC(gradient:milliQ(0.1%TFA)/CH3CN(0.1%TFA)=73:27 to 60:40 over 13min,flow late 5mL/min,UV:230nm,column:COSMOSIL 5C4-AR-300,Packed Column 4.6 mmI.D.x250mm)にて精製することで目的のペプチド(ペプチドb)を得た(12.4mg,21.0μmol,収率52%)。
【0101】
【0102】
Ac-ニューロメジンB(Ac-Gly-Asn-Leu-Trp-Ala-Thr-Gly-His-Phe-Met-NH2;配列番号6)の合成
Fmoc-Rink-amide resin(681mg,0.30mmol)を用い、ペプチドaと同様の合成により乾燥樹脂H-Gly-Asn(Trt)-Leu-Trp(Boc)-Ala-Thr(t-Bu)-Gly-His(Trt)-Phe-Met-NH-resin(配列番号7)(1168mg)を得た。このうち、584mgをペプチドAc-Ala-Ala-Trp-Ala-Ala-NH2の合成と同様の方法にて、ペプチドのN末端のAc化を行った。得られた乾燥樹脂Ac-Gly-Asn(Trt)-Leu-Trp(Boc)-Ala-Thr(t-Bu)-Gly-His(Trt)-Phe-Met-NH-resin(配列番号8)をTFA:トリイソプロピルシラン:1,3-ジメトキシベンゼン:1,2-エタンジチオール(90:2.5:5.0:2.5,v/v/v/v, 5mL)を添加し、室温にて3時間撹拌した。反応溶液をろ過し、窒素吹きつけにて反応溶液を留去した。得られた残渣に氷冷したジエチルエーテルを添加し、ペプチドを析出させた。さらに氷冷したジエチルエーテルで2回洗浄し、乾燥した。粗生成物をHPLC(gradient:milliQ(0.1%TFA)/CH3CN(0.1%TFA)=70:30 to 55:45 over 15 min,flow late 5mL/min,UV:230nm,column:SunfireTM Prep C18 OBDTM 5μm,19x150mm Column)にて精製することで目的のAc-ニューロメジンBを得た(37.9mg,32.3μmol,収率22%)。
【0103】
【0104】
グルカゴンの合成
Fmoc-Thr(t-Bu)-Trt-Peg-resin(0.20mmol/g,500mg,0.10mmol)を用い、ペプチドaと同様の合成により乾燥樹脂H-His(Trt)-Ser(t-Bu)-Gln(Trt)-Gly-Thr(t-Bu)-Phe-Thr(t-Bu)-Ser(t-Bu)-Asp(Ot-Bu)-Tyr(t-Bu)-Ser(t-Bu)-Lys(Boc)-Tyr(t-Bu)-Leu-Asp(Ot-Bu)-Ser(t-Bu)-Arg(Pbf)-Arg(Pbf)-Ala-Gln(Trt)-Asp(Ot-Bu)-Phe-Val-Gln(Trt)-Trp(Boc)-Leu-Met-Asn(Trt)-Thr(t-Bu)-O-resin(配列番号9)を得た。得られた乾燥樹脂にTFA:H2O:トリイソプロピルシラン:1,2-エタンジチオール(94:2.5:1.0:2.5,v/v/v/v,10mL)を添加し、室温にて3時間撹拌した。反応溶液をろ過し、窒素吹きつけにて反応溶液を留去した。得られた残渣に氷冷したジエチルエーテルを添加し、ペプチドを析出させた。さらに氷冷したジエチルエーテルで2回洗浄し、乾燥した。粗生成物をHPLC(gradient:milliQ (0.1%TFA)/CH3CN(0.1%TFA)=70:30 to 55:45 over 15min,flow late 5mL/min,UV:230nm, column:SunfireTM Prep C18 OBDTM 5μm,19x150mm Column)にて精製することで目的のグルカゴンを得た(105mg,26.7μmol,27%)。
【0105】
【0106】
メラニン凝集ホルモン(Melanin-concentrating hormone(MCH))の合成
論文(Eur. J. Org. Chem., 2021, 956-963.)の記載に基づき、MCHを合成した。
【0107】
(7-2.ペプチドへの化学修飾の検討)
ペプチドに対するスルフェニル化反応を調べるために、Trp/Met残基含有ペプチドとしてペプチドb(Ac-Ala-Ala-Trp-Ala-Met-NH
2)を用いた。下記の表3のエントリー1に示すように、75%酢酸水溶液中、Npys-OPh(pF)(1当量)を用いて上記ペプチドのスルフェニル化反応を行なったところ、72時間後のNpys修飾体のHPLC収率は91%であった。この反応の経時的な様子を表すHPLCチャートを
図3に示す。
【0108】
上述したZ-Trp-OHに対するスルフェニル化反応のように、本実験においても時間経過に伴い収束するピークが見られた。このため、ペプチドを対象とした場合においてもピロロインドリン型修飾体P1、P2を経由し、Npys修飾ペプチドP3に収束されたものと考えられる。一方で、Met残基を有さないペプチドa(Ac-Ala-Ala-Trp-Ala-Ala-NH2)を用いた場合、反応は進行せずNpys修飾体の生成は確認されなかった(エントリー2)。この結果から、ペプチドにおいてもMet残基の側鎖チオエーテル構造を触媒とし、Trp残基へのスルフェニル化が進行することが示唆された。
【0109】
続いて、より複雑な構造を有する生理活性ペプチドにおけるNpys修飾を検討した。a-ヘリックス構造を有するグルカゴン(30残基)では収率60%(Npys-OPh(pF)を2当量使用すると収率74%)であり(エントリー3)、ジスルフィド結合を有するMCH(19残基、7番目および16番目のCys残基間にジスルフィド結合)では、74%のHPLC収率にて修飾体が確認された(エントリー4)。
【0110】
【0111】
ここで、上記の表3に示す各エントリーの実験方法を以下に記載する。
【0112】
Ac-AAWAM-NH2(ペプチドb)の化学修飾(表3のエントリー1)
Ac-AAWAM-NH2(ペプチドb)のAcOH:H2O(3:1,v/v)溶液(1当量,1mM)に、室温にてNpys-OPh(pF)のAcOH:H2O(3:1,v/v)溶液(1当量,1mM)を添加し、同温度にて72時間攪拌した(ペプチドの最終濃度:0.5mM)。反応追跡は、反応溶液の一部を希釈し、HPLCにて解析した(HPLC条件:0.1%TFA水溶液中で5%CH3CNから75%CH3CNへの線形濃度勾配(35分間)、流速1.0mL/min、230nmで検出、Column:COSMOSIL Packed Column 5C18-AR-II 4.6IDx150mm)。72時間後におけるNpys修飾ペプチドP3のHPLC収率は91%であった。
【0113】
【0114】
Ac-AAWAA-NH2(ペプチドa)の化学修飾(表3のエントリー2)
Ac-AAWAA-NH2(ペプチドa)のAcOH:H2O(3:1,v/v)溶液(1当量,1mM)に、室温にてNpys-OPh(pF)のAcOH:H2O(3:1,v/v)溶液(1当量,1mM)を添加し、同温度にて72時間攪拌した(ペプチドの最終濃度:0.5mM)。反応追跡は、反応溶液の一部を希釈し、HPLCにて解析した。72時間後の反応溶液を質量分析したところ、Npys修飾ペプチドの質量は検出されなかった。
【0115】
グルカゴンの化学修飾(表3のエントリー3)
グルカゴンのAcOH:H2O(3:1,v/v)溶液(1当量,1mM)に、室温にてNpys-OPh(pF)のAcOH:H2O(3:1,v/v)溶液(1当量,1mM)を添加し、同温度にて72時間攪拌した(ペプチドの最終濃度:0.5mM)。反応追跡は、反応溶液の一部を希釈し、HPLCにて解析した。72時間後におけるNpys修飾ペプチドのHPLC収率は60%であった。また、Npys-OPh(pF)を2当量用いた場合のNpys修飾ペプチドのHPLC収率は74%であった。
【0116】
【0117】
メラニン凝集ホルモン(MCH)の化学修飾(表3のエントリー4)
メラニン凝集ホルモンのAcOH:H2O(3:1,v/v)溶液(1当量,1mM)に、室温にてNpys-OPh(pF)のAcOH:H2O(3:1,v/v)溶液(1当量,1mM)を添加し、同温度にて72時間攪拌した(ペプチドの最終濃度:0.5mM)。反応追跡は、反応溶液の一部を希釈し、HPLCにて解析した。72時間後におけるNpys修飾ペプチドのHPLC収率は74%であった。
【0118】
【0119】
(7-3.ペプチドの化学修飾における反応溶媒の検討)
Ac-ニューロメジンBの溶液(1当量、1mM)に、室温にてNpys-OPh(pF)の溶液(1当量、1mM)を添加し、同温度にて撹拌した(ペプチドの最終濃度:0.5mM)。この際、反応溶媒および反応時間を下記の表4に示すように変化させて実験を行なった。反応追跡は、反応溶液の一部を希釈し、HPLCにて解析した(HPLC条件:0.1%TFA水溶液中で5%CH
3CNから75%CH
3CNへの線形濃度勾配(35分間)、流速1.0mL/min、230nmで検出、Column:HITACHI LaChrom II C
18-(5μm) P/N 889-0911 4.6ID×150mm)。このようにして得られたNpys修飾ペプチドP3のHPLC収率を下記の表4に示す。また、表4のエントリー1~3の反応の経時的な様子を表すHPLCチャートを
図4に示す。ここで、
図4に示す*は、Ac-ニューロメジンBの1酸素化体に対応するピークである。
【0120】
【0121】
【0122】
表4に示すエントリー1~エントリー3のように、75%AcOH溶液で反応を行なったところ、24、48、72時間でのNpys修飾ペプチドP3のHPLC収率は、それぞれ73、82、86%であった。また、
図4に示すように、本反応においても、まずピロロインドリン型修飾ペプチドP1、P2が生成し、時間経過に伴いNpys修飾ペプチドP3に収束したと考えられる。次に、反応溶媒に含まれる酢酸の濃度を75%から50%、20%、5%、1%と低くしたとしても、それぞれ82%、75%、71%、65%、55%の収率でNpys修飾ペプチドP3を得ることが可能であった。
【0123】
[8.タンパク質におけるトリプトファン残基の修飾]
(8-1.Npys誘導体(化合物3)の合成)
【0124】
【0125】
まず、論文(Asian J. Org. Chem., 2015, 4, 1030-1033.)の記載に基づき、6-(ベンジルチオ)-5-ニトロニコチン酸(化合物1)を合成した。
【0126】
N-(3-アジドプロピル)-6-(ベンジルチオ)-5-ニトロニコチンアミド(化合物2)の合成
化合物1(1.41g,4.93mmol)のDMF溶液(13mL)に、室温にて3-アジドプロパン-1-アミン(0.99g,9.86mmol)、HATU(2-(1H-7-アザベンゾトリアゾール-1-イル)-1,1,3,3-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート)(2.25g,5.92mmol)およびDIPEA(ジイソプロピルエチルアミン)(1.02mL,5.92mmol)を添加し、同温度にて2時間30分撹拌した。反応溶液を減圧留去し、得られた残渣を酢酸エチルに溶解させ、10%クエン酸水溶液、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、水、飽和食塩水で洗浄、Na2SO4で乾燥した。ろ過後、母液を減圧留去し、得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=1:1)で精製することで、黄色固体(化合物2)を得た(1.62g,4.35mmol,収率88%)。
【0127】
【0128】
N-(3-アジドプロピル)-6-((4-フルオロフェノキシ)チオ)-5-ニトロニコチンアミド(化合物3)の合成
化合物2(109mg,0.293mmol)を含むジクロロメタン:1,2-ジクロロエタンの混合溶液(1:1,v/v,3mL)に、室温にて塩化スルフリル(52.0μL,0.644mmol)およびピリジン(11.8μL,0.147mmol)を添加し、同温度にて1時間撹拌した。反応溶液を減圧留去し、ヘキサンで共沸した。得られた残渣は精製することなく次の反応に用いた。得られた残渣をジクロロメタン:1,2-ジクロロエタン混合溶液(1:1,v/v,3mL)に溶解させ、氷冷撹拌下、p-フルオロフェノール(39.4mg,0.352mmol)およびDIPEA(101μL,0.586mmol)を添加し、室温にて15分間撹拌した。反応溶液を減圧留去し、得られた残渣をクロロホルムに溶解させ、10%クエン酸水溶液、水、飽和食塩水で洗浄、Na2SO4で乾燥した。ろ過後、母液を減圧留去し、得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=2:1)で精製することで、黄色固体(化合物3)を得た(82.9mg,0.211mmol,2段階の収率72%)。
【0129】
【0130】
(8-2.蛍光分子-Npys誘導体の合成)
【0131】
【0132】
まず、論文(J. Am. Chem. Soc., 2006, 128, 1414-1415.およびACS Chem. Biol., 2008, 3, 567-576.)の記載に基づき、tert-ブチル20-アジド-3,6,9,12,15,18-ヘキサオキサイコサノエート(化合物4)を合成した。
【0133】
一方、論文(J. Am. Chem. Soc., 2016, 138, 10798-10801.)の記載に基づき、蛍光団を有する化合物5を合成した。
【0134】
tert-ブチル20-(4-(((9-(2-(メトキシカルボニル)フェニル)-3-オキソ-3H-キサンテン-6-イル)オキシ)メチル)-1H-1,2,3-トリアゾール-1-イル)-3,6,9,12,15,18-ヘキサオキサイコサノエート(化合物6)の合成
化合物4(231mg,0.55mmol)のt-BuOH:H2O:DMFの混合溶媒(3:1:1,v/v/v,16mL)に、65℃にて化合物5(211mg,0.55mmol)を添加し、同温度にて1時間撹拌した。次いで、同温度にてCuSO4・5H2O(6.87mg,0.028mmol)およびアスコルビン酸ナトリウム(55.5mg,0.28mmol)を添加し、24時間撹拌した。反応溶液を減圧留去し、得られた残渣を酢酸エチルに溶解させ、水、飽和食塩水で洗浄、Na2SO4で乾燥した。ろ過後、母液を減圧留去し、得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール=25:1)で精製することで、茶色固体(化合物6)を得た(297.24mg,0.37mmol,収率67%)。
【0135】
【0136】
20-(4-(((9-(2-(メトキシカルボニル)フェニル)-3-オキソ-3H-キサンテン-6-イル)オキシ)メチル)-1H-1,2,3-トリアゾール-1-イル)-3,6,9,12,15,18-ヘキサオキサイコサン酸(化合物7)の合成
化合物6(281.81mg,0.35mmol)に室温にて4N HCl/ジオキサン(6mL)を添加し、同温度にて24時間撹拌した。反応溶液を減圧留去し、得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール=10:1)で精製することで、茶色固体(化合物7)を得た(176.22mg,0.24mmol,収率67%)。
【0137】
【0138】
メチル2-(6-((1-(1-((5aS,6R,6aR)-1-(3-(6-((4-フルオロフェノキシ)チオ)-5-ニトロニコチンアミド)プロピル)-1,4,5,5a,6,6a,7,8-オクタヒドロシクロプロパ[5,6]シクロオクタ[1,2-d][1,2,3]トリアゾール-6-イル)-3,14-ジオキソ-2,7,10,16,19,22,25,28,31-ノナオキサ-4,13-ジアザトリトリアコンタン-33-イル)-1H-1,2,3-トリアゾール-4-イル)メトキシ)-3-オキソ-3H-キサンテン-9-イル)ベンゾエート(化合物10)の合成
化合物7(59.98mg,0.080mmol)のDMF溶液(2mL)に、室温にてHOBt・H2O(1-ヒドロキシベンゾトリアゾール一水和物)(18.38mg,0.120mmol)、EDC・HCl(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)-カルボジイミド塩酸塩)(19.94mg,0.104mmol)、化合物8(25.92mg,0.080mmol)およびDIPEA(26.5μL,0.160mmol)を順次添加し、同温度にて遮光下、終夜撹拌した。反応溶媒を減圧留去し、得られた残渣をクロロホルムに溶解させ、水、飽和食塩水で洗浄、Na2SO4で乾燥した。ろ過後、母液を減圧留去し、化合物9を得た(82.61mg,0.078mmol)。化合物9は精製することなく次の反応に用いた。
【0139】
【0140】
続いて、化合物9(82.61mg,0.078mmol)を含むCH3CN:H2O混合溶液(3:1,v/v,2.6mL)に、室温にて化合物3(30.60mg,0.078mmol)を添加し、同室温にて暗所で1時間45分攪拌した。反応溶媒を減圧留去し、得られた残渣をクロロホルムに溶解させ、水、飽和食塩水で洗浄、Na2SO4で乾燥した。ろ過後、母液を減圧留去し、得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール=10:1)およびHPLC(gradient:milliQ(0.1%TFA)/CH3CN(0.1%TFA)=60:40 to 40:60 over 20min,flow late 5 mL/min,UV:365nm,column:SunfireTM Prep C18 OBDTM 5μm,19x150mm Column)にて精製することで、黄色固体(化合物10)を得た(23.61mg,16.30μmol,収率21%)。
【0141】
【0142】
(8-3.リゾチームへの修飾)
リゾチーム(3.95mg,0.2μmol)の50%酢酸水溶液に、化合物10(2mg,1.3μmol)の酢酸溶液を添加することで、反応混合物を75%酢酸水溶液にした。この反応溶液を室温にて19時間振とうさせた(リゾチームの最終濃度:0.5mM;化合物10の最終濃度:3.25mM)。反応追跡は、反応溶液の一部を希釈し、HPLCにて解析した(HPLC条件:0.1%TFA水溶液中で5%CH
3CNから95%CH
3CNへの線形濃度勾配(40分間)、流速1.0mL/min、230nmで検出、Column:COSMOSIL Packed Column 5C
18-AR-II 4.6IDx150mm)。また、MALDI-TOF MASSにて反応開始19時間後の反応溶液に含まれる化合物の質量分析測定を行い、Npysが1分子付加した修飾体(Npys修飾体)の生成を確認した(found:15653.86)。反応溶液をHPLCにて精製することで、Npys修飾体を獲得した。
図5に、リゾチームに対してスルフェニル化反応を実施した際の反応の経時的な様子を表すHPLCチャート、および反応混合物中に含まれる化合物の質量分析の結果を示す。