(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024048873
(43)【公開日】2024-04-09
(54)【発明の名称】断熱材
(51)【国際特許分類】
F16L 59/14 20060101AFI20240402BHJP
C04B 35/83 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
F16L59/14
C04B35/83
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022155007
(22)【出願日】2022-09-28
(71)【出願人】
【識別番号】000000158
【氏名又は名称】イビデン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 敏樹
(72)【発明者】
【氏名】太田 祐介
(72)【発明者】
【氏名】野村 健太
(72)【発明者】
【氏名】折戸 暁則
【テーマコード(参考)】
3H036
【Fターム(参考)】
3H036AB15
3H036AB24
3H036AC01
3H036AE01
(57)【要約】
【課題】 耐久性に優れた断熱材を提供する。
【解決手段】 炭素繊維を含む基材と、上記基材の表面に形成される、熱分解炭素を含む熱分解炭素層と、を備える断熱部材を有する断熱材であって、上記断熱部材は、発熱体を収容する内部空間を有する筒形状を有し、上記断熱部材は、発熱体側の外周面である第1主面と、発熱体と反対側の外周面である第2主面と、上記第1主面と上記第2主面とを接続する端面と、を有し、上記断熱部材の端面、上記断熱部材の上記第1主面のうち上記端面からの長さが上記断熱部材の20%までの領域、及び、上記断熱部材の上記第2主面、からなる群から選択される少なくとも1箇所に、上記基材の表面に上記熱分解炭素層が形成されていない露出部が存在している、ことを特徴とする断熱材。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維を含む基材と、前記基材の表面に形成される、熱分解炭素を含む熱分解炭素層と、を備える断熱部材を有する断熱材であって、
前記断熱部材は、発熱体を収容する内部空間を有する筒形状を有し、
前記断熱部材は、発熱体側の外周面である第1主面と、発熱体と反対側の外周面である第2主面と、前記第1主面と前記第2主面とを接続する端面と、を有し、
前記断熱部材の前記端面、前記断熱部材の前記第1主面のうち前記端面からの長さが前記断熱部材の20%までの領域、及び、前記断熱部材の前記第2主面、からなる群から選択される少なくとも1箇所に、前記基材の表面に前記熱分解炭素層が形成されていない露出部が存在していることを特徴とする断熱材。
【請求項2】
前記露出部は、前記断熱部材の前記端面、及び/又は、前記第2主面に存在している、請求項1に記載の断熱材。
【請求項3】
前記露出部は、前記第2主面のうち前記端面からの長さが前記断熱部材の長さの20%までの領域に存在している、請求項1又は2に記載の断熱材。
【請求項4】
前記断熱部材の全表面積に対する前記露出部の面積の割合が、1%~4.9%である、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の断熱材。
【請求項5】
前記熱分解炭素層は、厚さが2μm~60μmである、請求項1又は2に記載の断熱材。
【請求項6】
前記基材が、前記炭素繊維のニードルマット又は前記炭素繊維の抄造体である、請求項1又は2に記載の断熱材。
【請求項7】
前記炭素繊維の平均繊維長が、2mm~8mmである、請求項1又は2に記載の断熱材。
【請求項8】
前記基材と前記熱分解炭素層との間に、さらに、炭素繊維間に炭素系粒子を含有する下地層を有する、請求項1又は2に記載の断熱材。
【請求項9】
前記下地層の表面には前記炭素繊維が露出している、請求項8に記載の断熱材。
【請求項10】
前記下地層の前記炭素系粒子及び前記炭素繊維は、互いに炭素系接着材で接合されている、請求項8に記載の断熱材。
【請求項11】
前記炭素系粒子は、黒鉛、カーボンブラック、ガラス状カーボン粒子、及び炭素繊維を粉砕した粒子からなる群から選択される少なくとも1つの炭素系粒子である、請求項8に記載の断熱材。
【請求項12】
前記炭素系粒子は、平均粒子径が10nm~500μmである、請求項8に記載の断熱材。
【請求項13】
前記下地層は、厚さが10μm~1000μmである、請求項8に記載の断熱材。
【請求項14】
前記断熱部材の前記外周面を覆う、炭素繊維からなる筒形状の成形体をさらに有する、請求項1又は2に記載の断熱材。
【請求項15】
前記断熱部材と前記成形体とは、互いに分離可能な状態で接している、請求項14に記載の断熱材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、断熱材に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維を用いた断熱材は、耐熱温度が高く断熱性能も優れることから、単結晶引き上げ装置、セラミック焼結炉など、高温炉用断熱材として広く利用されている。
【0003】
炭素繊維を用いた断熱材は、炭素繊維による伝熱を抑制するため、気孔率の高いフェルト、抄造体などの形態で広く利用されている。一般に、フェルトは変形性があるため、空いた空間に充填して当該空間を埋める部材や、他の部品を囲む断熱材として利用される。一方、抄造体は高い形状保持性を有するため、所定の形状に加工し、断熱部品として利用される。なお、フェルトは、圧縮した後、バインダによって固定することにより、形状保持性の良い断熱部品として使用することもできる。
【0004】
炭素繊維を用いた断熱材は、炉内での酸化、機械的な摩擦などにより、繊維の脱落を起こし、パーティクルを発生させることがある。また、このような不具合が、放射に対する断熱性の低下を引き起こすことがある。
【0005】
このような課題を解決するため、特許文献1には、嵩密度0.1~0.4g/cm3の炭素質断熱部材と、嵩密度0.3~2.0g/cm3の炭素質保護層と、炭素質保護層よりも嵩密度の大きい熱分解炭素皮膜と、を有する複合炭素質断熱材において、炭素質断熱部材の表面の少なくとも一部に炭素質保護層を接合して接合体を形成し、接合体の表面のうち少なくとも炭素質断熱部材の面に熱分解炭素皮膜層を形成することで、使用時の炭素繊維の消耗、劣化、粉化を抑制し、断熱特性に優れた複合炭素質断熱材を得ることが開示されている。
【0006】
特許文献1に記載された熱分解炭素皮膜はガス遮断性に優れる。しかし、断熱材を構成する炭素繊維間に気体が含まれていることがあり、この気体が加熱等により膨張すると、熱分解炭素皮膜で表面が覆われた断熱材においては、膨張した気体の逃げ場がなくなり、熱分解炭素皮膜を破壊してしまうことがあった。
【0007】
特許文献2には、単結晶引き上げ装置用の断熱材において、炭素質繊維成形体に含まれる気体の脱気を促し、内部の気体の排出を短時間で行うために、熱分解炭素からなる被膜を、炭素質繊維成形体の全表面積の5~95%の範囲に形成することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000-327441号公報
【特許文献2】特開平11-228281号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献2は、熱分解炭素からなる皮膜を、全面積の5~95%の面積に形成することしか開示していない。換言すると、特許文献2は、熱分解炭素からなる皮膜を形成しない領域をどこに設けるか、という点については何ら開示しておらず、熱分解炭素からなる皮膜を設けない領域の位置によっては、加熱炉内で発生するガスと炭素質繊維成形体との反応を防ぐことができない、という問題があった。そのため、断熱材の劣化・消耗の進行を防ぐことが難しかった。
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされた発明であり、本発明の目的は、耐久性に優れた断熱材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の断熱材は、炭素繊維を含む基材と、上記基材の表面に形成される、熱分解炭素を含む熱分解炭素層と、を備える断熱部材を有する断熱材であって、上記断熱部材は、発熱体を収容する内部空間を有する筒形状を有し、上記断熱部材は、発熱体側の外周面である第1主面と、発熱体と反対側の外周面である第2主面と、上記第1主面と上記第2主面とを接続する端面と、を有し、上記断熱部材の上記端面、上記断熱部材の上記第1主面のうち上記端面からの長さが上記断熱部材の20%までの領域、及び、上記断熱部材の上記第2主面、からなる群から選択される少なくとも1箇所に、上記基材の表面に上記熱分解炭素層が形成されていない露出部が存在している、ことを特徴とする。
【0012】
本発明の断熱材は、断熱部材の端面、断熱部材の第1主面のうち端面からの長さが断熱部材の20%までの領域、及び、断熱部材の第2主面、からなる群から選択される少なくとも1箇所に、基材の表面に上記熱分解炭素層が形成されていない露出部が存在している。
断熱部材の端面、断熱部材の第1主面のうち端面からの長さが断熱部材の20%までの領域、及び、断熱部材の第2主面、からなる群から選択される少なくとも1箇所に上記露出部が形成されていると、加熱炉内で発生するガスと炭素繊維を含む基材との遮断性(ガス遮断性ともいう)を維持したまま、断熱材の脱気によって熱分解炭素層が破壊されることを防ぐことができる。
【0013】
本発明の断熱材において、上記露出部は、上記断熱部材の上記端面、及び/又は、上記第2主面に存在していることが好ましい。
露出部が断熱部材の端面、及び/又は、第2主面に存在していると、加熱炉内で発生するガスと炭素繊維を含む基材との接触の可能性をさらに低下させることができる。
【0014】
本発明の断熱材において、上記露出部は、上記断熱部材の上記第2主面のうち上記端面からの長さが上記断熱部材の長さの20%までの領域に存在していることが好ましい。
第2主面のうち端面からの長さが断熱部材の長さの20%までの領域には露出部を形成しやすい。
【0015】
本発明の断熱材においては、上記断熱部材の全表面積に対する上記露出部の面積の割合が、1%~4.9%であることが好ましい。
断熱部材の全表面積に対する露出部の面積の割合が上記範囲であると、充分なガス遮断性を発揮しつつ、断熱材の脱気によって熱分解炭素層が破壊されることを防ぐことができる。
【0016】
本発明の断熱材において、上記熱分解炭素層は、厚さが2μm~60μmであることが好ましい。
熱分解炭素層の厚さが2μm~60μmであると、優れたガス遮断性と放射熱の遮断性とを両立させることができる。
【0017】
本発明の断熱材において、上記基材が、上記炭素繊維のニードルマット又は上記炭素繊維の抄造体であることが好ましい。
炭素繊維のニードルマット及び炭素繊維の抄造体は、ランダムに配置された炭素繊維で構成されるため、高い断熱性を発揮することができ、本発明の断熱材を構成する基材として特に好適である。
【0018】
本発明の断熱材において、上記炭素繊維の平均繊維長が、2mm~8mmであることが好ましい。
炭素繊維の平均繊維長が上記範囲であると、断熱材の強度を高めやすい。さらに、炭素繊維が配向しにくいため、誘導加熱炉に用いた場合に、誘導加熱による発熱を最小限に抑えることができる。
【0019】
本発明の断熱材において、上記基材と上記熱分解炭素層との間に、さらに、炭素繊維間に炭素系粒子を含有する下地層を有することが好ましい。
本発明の断熱材が上記下地層を有していると、表面の熱分解炭素層と接合することで、熱分解炭素層を安定的に保持することができる。
【0020】
本発明の断熱材において、上記下地層の表面には上記炭素繊維が露出していることが好ましい。
下地層の表面に炭素繊維が露出していると、熱分解炭素層が炭素繊維と直接接合するので、下地層と熱分解炭素層との接合強度を高めることができ、下地層と熱分解炭素層との間の層間剥離を防止することができる。
【0021】
本発明の断熱材において、上記下地層の上記炭素系粒子及び上記炭素繊維は、互いに炭素系接着材で接合されていることが好ましい。
下地層を構成する炭素系粒子及び炭素繊維が、互いに炭素系接着材で接合されていると、下地層が強固となり、熱分解炭素層との接合強度が高まる。
【0022】
本発明の断熱材において、上記炭素系粒子は、黒鉛、カーボンブラック、ガラス状カーボン粒子、及び炭素繊維を粉砕した粒子からなる群から選択される少なくとも1つの炭素系粒子であることが好ましい。
黒鉛、カーボンブラック、ガラス状カーボン粒子、及び炭素繊維を粉砕した粒子からなる群から選択される少なくとも1つの炭素系粒子は、不純物が少なく、断熱材を構成する炭素繊維及び熱分解炭素層と同じカーボン系の材料であるため、高温域での耐久性が高い。
【0023】
本発明の断熱材において、上記炭素系粒子は、平均粒子径が10nm~500μmであることが好ましい。
炭素系粒子の平均粒子径が10nm~500μmであると、炭素繊維のすき間に薄く下地層を形成することができ、断熱材において、炭素繊維と熱分解炭素層との接合を高いレベルで確保することができる。また、熱伝導率が高くなりやすい下地層の厚さが厚くなり過ぎることを防止することができる。
【0024】
本発明の断熱材において、上記下地層は、厚さが10μm~1000μmであることが好ましい。
下地層の厚さが1000μm以下であると、断熱性能の低下を抑えることができる。
下地層の厚さが10μm以上であると、炭素繊維の劣化によるパーティクルの発生を充分抑えることができる。
【0025】
本発明の断熱材は、上記断熱部材の上記外周面を覆う、炭素繊維からなる筒形状の成形体をさらに有することが好ましい。
本発明の断熱材が、断熱部材の外周面を覆う、炭素繊維からなる筒形状の成形体を更に有していると、断熱性能をさらに高めることができる。
【0026】
本発明の断熱材において、上記断熱部材と上記成形体とは、互いに分離可能な状態で接していることが好ましい。
断熱部材と成形体とが互いに分離可能な状態で接していると、断熱部材が劣化・消耗した場合であっても断熱部材だけを交換することができる。そのため、断熱材の交換に要する時間を短縮することができ、さらに交換する断熱材の量も少なくなる。従って、断熱材の交換コストを低くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】
図1は、本発明の断熱材の一例を模式的に示す斜視図である。
【
図4】
図4は、本発明の断熱材を用いて構成される加熱装置の一例を模式的に示す一部切り欠き斜視断面図である。
【
図6】
図6は、本発明の断熱材の別の一例を模式的に示す断面図である。
【
図7】
図7は、本発明の断熱材のさらに別の一例を模式的に示す断面図である。
【
図8】
図8は、本発明の断熱材のさらに別の一例を模式的に示す断面図である。
【
図9】
図9は、消耗試験後の比較例1に係る断熱材の表面の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。しかしながら、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において適宜変更して適用することができる。
【0029】
[断熱材]
本発明の断熱材は、炭素繊維を含む基材と、上記基材の表面に形成される、熱分解炭素を含む熱分解炭素層と、を備える断熱部材を有する断熱材であって、上記断熱部材は、発熱体を収容する内部空間を有する筒形状を有し、上記断熱部材は、発熱体側の外周面である第1主面と、発熱体と反対側の外周面である第2主面と、上記第1主面と上記第2主面とを接続する端面と、を有し、上記断熱部材の上記端面、上記断熱部材の上記第1主面のうち上記端面からの長さが上記断熱部材の20%までの領域、及び、上記断熱部材の上記第2主面、からなる群から選択される少なくとも1箇所に、上記基材の表面に上記熱分解炭素層が形成されていない露出部が存在している、ことを特徴とする。
【0030】
(断熱部材)
断熱部材は、炭素繊維を含む基材と、基材の表面に形成される、熱分解炭素を含む熱分解炭素層と、を備える。
【0031】
断熱部材は、発熱体を収容する内部空間を有する筒形状である。
断熱部材は、発熱体側の外周面である第1主面と、発熱体と反対側の外周面である第2主面と、第1主面と第2主面とを接続する端面と、を有する。
【0032】
(基材)
基材を構成する炭素繊維の平均繊維径は、1μm~20μmが好ましい。
炭素繊維の平均繊維径が20μm以下であると、炭素繊維自体による伝導伝熱の効果を抑制することができる。また炭素繊維の平均繊維径が1μm以上であると、遮光性に優れ、放射伝熱を抑制することができる。
【0033】
炭素繊維の平均繊維長は、2mm~10000mmが好ましい。
また、炭素繊維の平均繊維長は、2mm~8mmであってもよく、10mm~10000mmであってもよい。
【0034】
炭素繊維は、ピッチ系炭素繊維、PAN系炭素繊維のいずれでも利用できるとともに、黒鉛質、炭素質いずれの炭素繊維も利用することができる。
【0035】
基材は、炭素繊維のニードルマット、又は、炭素繊維の抄造体であることが好ましい。
炭素繊維のニードルマット及び炭素繊維の抄造体は、ランダムに配置された炭素繊維で構成されるため、高い断熱性を発揮することができ、断熱部材を構成する基材として特に好適である。
【0036】
基材が炭素繊維のニードルマットである場合、炭素繊維の平均繊維長は、10mm~10000mmであることが好ましい。
基材が炭素繊維の抄造体である場合、炭素繊維の平均繊維長は、2mm~8mmであることが好ましい。
【0037】
(熱分解炭素層)
炭素繊維を含む基材の表面には、熱分解炭素層が形成される。
熱分解炭素層は、熱分解炭素を含む層である。
基材の表面に熱分解炭素層が形成されることにより、ガス遮断性と放射熱の遮断性を向上させることができる。
なお、基材の表面に熱分解炭素層が形成されているかどうかは、断熱部材の断面を偏光顕微鏡等で観察することで確認することができる。
【0038】
熱分解炭素層の厚さは特に限定されないが、2μm~60μmであることが好ましい。
熱分解炭素層の厚さは、断熱部材の切断面を偏光顕微鏡等で観察することにより確認することができる。
【0039】
(下地層)
断熱部材は、基材と熱分解炭素層との間に、さらに、炭素繊維間に炭素系粒子を含有する下地層を有していてもよい。
なお、下地層を構成する上記炭素繊維は、基材を構成する炭素繊維と同一である。
【0040】
下地層の厚さは、特に限定されないが、10μm~1000μmであることが好ましい。
下地層の厚さが1000μm以下であると、断熱性能の低下を抑えることができる。
下地層の厚さが10μm以上であると、下地層と熱分解炭素層との接合強度を充分に確保することができる。
【0041】
炭素系粒子は、黒鉛、カーボンブラック、ガラス状カーボン粒子、及び炭素繊維を粉砕した粒子からなる群から選択される少なくとも1つの炭素系粒子であることが好ましい。
黒鉛、カーボンブラック、ガラス状カーボン粒子、及び炭素繊維を粉砕した粒子からなる群から選択される少なくとも1つの炭素系粒子は、不純物が少なく、断熱材を構成する炭素繊維及び熱分解炭素層と同じカーボン系の材料であるため、高温域での耐久性が高い。
【0042】
ガラス状カーボン粒子とは、フェノール樹脂の炭化物などの難黒鉛化性炭素を粉砕したものである。
炭素繊維を粉砕した粒子は、ミルド炭素繊維ともいう。ミルド炭素繊維の平均繊維長は、例えば20μm~500μmであることが好ましい。
【0043】
炭素系粒子は、平均粒子径が10nm~500μmであることが好ましい。
炭素系粒子の平均粒子径が10nm~500μmであると、炭素繊維のすき間に薄く下地層を形成することができ、断熱材において、炭素繊維と熱分解炭素層との接合を高いレベルで確保することができる。また、熱伝導率が高くなりやすい下地層の厚さが厚くなり過ぎることを防止することができる。
【0044】
炭素系粒子と炭素繊維は、互いに炭素系接着材で接合されていることが好ましい。
下地層を構成する炭素系粒子及び炭素繊維が、互いに炭素系接着材で接合されていると、下地層が強固となり、熱分解炭素層との接合強度が高まる。
【0045】
炭素系接着材とは、有機バインダが非酸化性雰囲気下で加熱されることで炭化したものである。詳細は後述する。
【0046】
下地層の表面には、炭素繊維が露出していることが好ましい。
下地層の表面に炭素繊維が露出していると、熱分解炭素層が炭素繊維と直接接合するので、下地層と熱分解炭素層との接合強度を高めることができ、下地層と熱分解炭素層との間の層間剥離を防止することができる。
【0047】
(露出部)
熱分解炭素層は、基材のほぼすべての表面に形成されているが、一部、基材の表面に熱分解炭素層が形成されていない露出部が存在する。
露出部には、基材が露出していてもよいし、下地層が露出していてもよい。
【0048】
露出部は、以下の(1)~(3)のうちの少なくとも1箇所に存在している。
(1)断熱部材の端面
(2)断熱部材の第1主面のうち端面からの長さが断熱部材の20%までの領域
(3)断熱部材の第2主面
なお、上記(1)~(3)以外の領域に露出部は形成されていない。
【0049】
すなわち、露出部は、断熱部材の端面、断熱部材の第1主面のうち端面からの長さが断熱部材の長さの20%までの領域、及び、断熱部材の第2主面、からなる群から選択される少なくとも1箇所に存在し、上記以外の領域に露出部は存在しない。
露出部が上記(1)~(3)のうちの少なくとも1箇所に存在していると、断熱材のガス遮断性を維持したまま、断熱材の脱気によって熱分解炭素層が破壊されることを防ぐことができる。
【0050】
露出部は、以下の(1)及び/又は(3)に存在していることが好ましい。
(1)断熱部材の端面
(3)断熱部材の第2主面
この場合、上記(1)及び(3)以外の領域に露出部は形成されていない。
【0051】
すなわち、露出部は、断熱部材の端面、及び/又は、断熱部材の第2主面に存在し、上記以外の領域に露出部は存在しないことが好ましい。
露出部が断熱部材の端面、及び/又は、第2主面に存在していると、加熱炉内で発生するガスと炭素繊維を含む基材との接触の可能性をさらに低下させることができる。
【0052】
上記(3)は、以下の(3’)であることがより好ましい。
(3’)断熱部材の第2主面のうち端面からの長さが断熱部材の長さの20%までの領域
断熱部材の第2主面のうち端面からの長さが断熱部材の長さの20%までの領域には露出部を形成しやすい。
【0053】
断熱部材の全表面積に対する露出部の面積の割合は、1%~4.9%であることが好ましい。
断熱部材の全表面積に対する露出部の面積の割合が上記範囲であると、充分なガス遮断性を発揮しつつ、断熱材の脱気によって熱分解炭素層が破壊されることを防ぐことができる。なお、断熱部材の全表面積とは、断熱部材の第1主面、第2主面及び端面の表面積の合計である。
【0054】
露出部は、断熱部材の1箇所だけに設けられていてもよいし、複数箇所に設けられていてもよいが、断熱材の脱気を効率よく行う観点から、露出部は複数箇所に設けられていることが好ましい。
なお、露出部が断熱部材の複数箇所に設けられている場合、それらの面積の合計を、露出部の面積とする。
【0055】
断熱部材の厚さは、特に限定されないが、3~550mmであることが好ましい。
なお、断熱部材の厚さは、断熱部材の、発熱体側の面と、発熱体側の面とは反対側の面との間の最短距離である。
【0056】
断熱部材の外形形状は、発熱体を収容するための内部空間を有する筒形状である。
【0057】
断熱部材の内側に形成される空間の、長手方向に直交する方向における断面形状は、特に限定されず、例えば、真円、楕円等の円形であってもよく、四角形、五角形、六角形等の多角形であってもよい。
【0058】
断熱部材の嵩密度は、特に限定されないが、0.05~0.4g/cm3であることが好ましい。
断熱部材の嵩密度は、断熱部材の重量を、断熱部材の外形寸法より求めた体積で除することで測定することができる。
【0059】
断熱部材は、最初から筒形状に成形されたものでなくてもよい。
すなわち、断熱部材は、筒形状を複数個に分割した形状の複数の断熱部材の集合体であってもよい。
また断熱部材は、平面視略矩形形状の炭素繊維からなるシート状成形体を、内側に発熱体を収容するための柱状の空間が形成されるように変形させたものであってもよい。
【0060】
シート状成形体を筒形状に変形させる場合、シート状成形体の端部同士が接触する部分(接触部)は、互いに分離可能な状態で接していてもよいし、炭素系接着材等により互いに接合されていてもよいし、炭素繊維等で縫合されていてもよい。
【0061】
本発明の断熱材は、断熱部材の外周面を覆う、炭素繊維からなる筒形状の成形体をさらに有していてもよい。
上記成形体は、炭素繊維からなり、内側に断熱部材を収容可能な略柱状の空間を有する。
本発明の断熱材が、断熱部材の外周面を覆う炭素繊維からなる筒形状の成形体(以下、単に成形体ともいう)を有していると、断熱性能をさらに高めることができる。
【0062】
成形体は、断熱部材よりも一回り大きな筒形状であることが好ましい。
成形体の厚さは、3~50mmであることが好ましい。
【0063】
成形体には、断熱部材を構成する炭素繊維からなる基材と同じものを好適に用いることができる。
なお、成形体を構成する炭素繊維の種類、平均繊維長及び平均繊維径は、炭素繊維からなる基材と同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0064】
成形体の嵩密度は特に限定されないが、0.05~0.4g/cm3であることが好ましい。
【0065】
成形体の表面には、断熱部材と同様に、下地層や熱分解炭素層が形成されていてもよい。
【0066】
断熱部材と成形体とは、互いに分離可能な状態で接していることが好ましい。
断熱部材と成形体とが互いに分離可能な状態で接していると、断熱部材が劣化・消耗した場合であっても断熱部材だけを交換することができる。そのため、断熱材の交換に要する時間を短縮することができ、さらに交換する断熱材の量も少なくなる。従って、断熱材の交換コストを低くすることができる。
【0067】
以下、図面を参照しながら、本発明の断熱材の一例を説明する。
図1は、本発明の断熱材の一例を模式的に示す斜視図である。
図2は、
図1におけるII-II線断面図である。
【0068】
図1に示すように、断熱材1は、断熱部材10を備える。
断熱部材10は、発熱体を収容するための円柱形状の空間30を内側に有する。
また、断熱部材10は、長手方向(
図1中、Z方向)に伸びる略円筒形状を有している。長手方向(Z方向)に直交するX方向及びY方向に平行な面に対し、断熱部材10をZ方向から見た上面視形状は、環状である。
【0069】
空間30は発熱体(図示しない)を収容するための空間であるから、断熱材1は発熱体の周囲を覆う断熱材である。
【0070】
図2に示すように、断熱部材10は、発熱体を収容する空間30側に配置される面(第1主面10a)と、発熱体側の面とは反対側に配置される面(第2主面10b)と、第1主面10aと第2主面10bを接続する、長手方向の両端部にあたる端面10cを有している。
【0071】
図3は、
図2の破線で囲った領域の部分拡大図である。ただし、
図3では、断熱部材以外の構成を省略している。
図3に示すように、断熱部材10は、炭素繊維からなる基材13と、熱分解炭素層11とを有している。
断熱部材10は、基材と13と熱分解炭素層11との間に、下地層12を有していてもよい。
断熱部材10の厚さは、第1主面10aと第2主面10bとの最短距離であり、
図3において、両矢印d
10で示される長さである。
【0072】
熱分解炭素層11は、熱分解炭素を含む層である。
図3に示すように、断熱部材10の第1主面10a、第2主面10b、及び、端面10cには、熱分解炭素を含む熱分解炭素層11a、11b、11cがそれぞれ形成されている。
【0073】
下地層12は、炭素繊維間に炭素系粒子を含有する層である。
図3に示すように、熱分解炭素層11と基材13との間に下地層12が設けられていてもよい。
下地層は、断熱部材10の第1主面10a側に設けられる下地層12aと、第2主面10b側に設けられる下地層12bと、端面10c側に設けられる下地層12cと、を有していてもよい。
【0074】
断熱材1が使用される場合、
図1、
図2に示す空間30に発熱体が配置される。
このことを
図4を用いて説明する。
【0075】
図4は、本発明の断熱材を用いて構成される加熱装置の一例を模式的に示す一部切り欠き斜視断面図である。
図4に示す加熱装置100は、断熱材1と、るつぼ50と、るつぼ50を加熱させるための誘導加熱用コイル70と、を備えている。
誘導加熱用コイル70が発生させる誘導電流によりるつぼ50が加熱される。従って、るつぼ50は発熱体である。
るつぼ50は空洞51を有している。従って、加熱装置100は、誘導加熱用コイル70によりるつぼ50を発熱させることで、空洞51に配置した物質を加熱することができる。
【0076】
発熱体であるるつぼ50の周囲は、断熱材1により覆われている。
発熱体であるるつぼ50が配置されている空間は、断熱材1が有する空間30の一部又は全部である。
断熱材1の外周面には、誘導加熱用コイル70が巻きつけられている。
【0077】
加熱装置100では、発熱体であるるつぼ50と断熱材1とは直接接触しているが、発熱体であるるつぼ50と断熱材1との間に適宜隙間が設けられていてもよい。
【0078】
図4に示す加熱装置100において、るつぼ50を構成する材料は、導体であれば特に限定されないが、高温(特に2000℃以上)における耐熱性及び耐久性に優れた黒鉛が好ましい。
【0079】
発熱体は上記のような、固体及び液体を加熱するためのものに限定されない。
例えば、発熱体は、黒鉛製の筒形状を有し、内部を通過するガスを加熱するものであってもよい。
また、発熱体は直接通電加熱されるヒーターであってもよく、発熱体と断熱材の間に被加熱体が入る隙間があってもよい。
【0080】
図5は、
図4に破線で示す領域の部分拡大図である。
図5に示すように、断熱部材10の第1主面10aには熱分解炭素層11が形成されているため、発熱体50から発せられる放射光を反射して放射伝熱を防ぐとともに、ガス遮断性に優れる。
【0081】
また、
図5に示すように、断熱部材10の表面には、熱分解炭素層11が形成されていない露出部111が存在する。
【0082】
断熱部材10の表面は、発熱体側に配置される第1主面10a(
図5中、A
1で示される領域)、発熱体と反対側に配置される第2主面10b(
図5中、A
2で示される領域)、及び、端面10c(
図5中、A
3で示される領域)からなる。
また、発熱体側に配置される第1主面10a(領域A
1)は、端面10cからの距離が断熱部材10の長さの20%までの領域(
図5中、A
11で示される領域)と、それ以外の領域(
図5中、A
12で示される領域)に分けられる。
同様に、発熱体と反対側に配置される第2主面10b(領域A
2)は、端面10cからの距離が断熱部材10の長さの20%までの領域(
図5中、A
21で示される領域)と、それ以外の領域(
図5中、A
22で示される領域)に分けられる。
【0083】
露出部111は、領域A3、領域A11及び領域A2からなる群から選択される少なくとも1箇所のみに存在している。
換言すると、本発明の断熱材において、領域A12には露出部111が形成されない。
【0084】
例えば、
図5に示す断熱材1を構成する断熱部材10では、領域A
2の一部である領域A
21のみに2箇所、露出部111が存在している。
【0085】
断熱部材10の上記領域のみに露出部111が存在することで、ガス遮断性を維持したまま、断熱材の脱気によって熱分解炭素層が破壊されることを防ぐことができる。
【0086】
図5に示す断熱材1では、断熱部材10の表面のうち、領域A
21に露出部111が形成されているが、露出部111は、領域A
12以外の領域に存在していてもよい。
【0087】
なお、
図5では発熱体50と断熱部材10とは密着しているが、発熱体50と断熱部材10との間を適宜調製して隙間を設けてもよい。隙間は、
図2に示す空間30に、空間30よりも寸法の小さい発熱体50を収容することで残った空間30の一部でもある。
【0088】
露出部が設けられている位置が異なる断熱材の例を、
図6、
図7及び
図8に示す。
【0089】
図6は、本発明の断熱材の別の一例を模式的に示す断面図である。
図6に示す断熱材2では、露出部111が、断熱部材10の表面のうち、領域A
11で示す領域に設けられている。
【0090】
図7は、本発明の断熱材のさらに別の一例を模式的に示す断面図である。
図7に示す断熱材3では、露出部111が、断熱部材10の表面のうち、領域A
3で示す領域に設けられている。
【0091】
図8は、本発明の断熱材のさらに別の一例を模式的に示す断面図である。
図8に示す断熱材4では、露出部111が、断熱部材10の表面のうち、領域A
22で示す領域に設けられている。
【0092】
[断熱材の製造方法]
本発明の断熱材は、本発明の断熱材を構成する断熱部材を製造する方法により製造することができる。
本発明の断熱材が、断熱部材の外周面を覆う炭素繊維からなる筒形状の成形体をさらに有する場合については、後述する。
【0093】
本発明の断熱材を構成する断熱部材は、例えば、炭素繊維の成形体を準備する成形体準備工程と、炭素繊維の成形体の表面に、炭素系粒子を含有するスラリーを含浸し、下地層を形成する下地層形成工程と、下地層を形成した成形体の表面の一部にマスキングを施した状態で熱分解炭素を含む熱分解炭素層を形成する熱分解炭素層形成工程と、を有する方法により製造することができる。
【0094】
(成形体準備工程)
成形体準備工程では、炭素繊維の成形体を準備する。
【0095】
炭素繊維の成形体を得る方法としては、ニードリング法や抄造法が挙げられる。
【0096】
ニードリング法の場合、例えば、平均繊維長が10mm~10000mmの炭素繊維をシート状に積層し、ニードリングにより無機繊維同士を交絡させることで炭素繊維からなる成形体を得ることができる。
【0097】
抄造法の場合、例えば、平均繊維長が2mm~8mmの炭素繊維を水等の分散媒に分散させた懸濁液を準備し、型を用いて抄造することで、炭素繊維からなる成形体を得ることができる。
【0098】
抄造に用いる型は平面でもよいが、目的の形状の曲面型でもよい。
すなわち、成形体準備工程で得られる成形体は、最初から筒形状であってもよいが、この時点では筒形状ではなく、例えば、平面視略矩形形状であってもよい。
成形体の形状が平面視略矩形形状の場合には、後述する変形工程により筒形状に変形させる。
【0099】
抄造法の場合、懸濁液には有機バインダが含まれていてもよい。
懸濁液に有機バインダが含まれていると、抄造時に炭素繊維同士が固定されて、成形性が向上する。また、炭素繊維からなる成形体に有機バインダが残留して炭素繊維同士を拘束することができるため、後述の下地層形成工程よりも前の段階における成形体のハンドリング性を向上させることができる。
【0100】
なお、懸濁液に含まれていてもよい有機バインダには、後述する下地層形成工程で用いてもよい有機バインダと同様のものを好適に用いることができる。
【0101】
成形体準備工程で用いられる炭素繊維としては、断熱部材を構成する炭素繊維を好適に用いることができる。
炭素繊維の成形体が、断熱部材を構成する基材となる。
【0102】
(下地層形成工程)
下地層形成工程では、炭素繊維の成形体の表面に、炭素系粒子を含有するスラリーを含浸させ、焼成することによって下地層を形成する。
【0103】
焼成条件は特に限定されないが、温度700~2100℃、非酸化性雰囲気で1~12時間焼成を行うことが好ましい。
なお、非酸化性雰囲気には、不活性雰囲気及び還元性雰囲気を含む。
【0104】
不活性雰囲気は、主成分を不活性ガスとする雰囲気である。
不活性ガスとしては、窒素、アルゴン等が挙げられる。
【0105】
還元性雰囲気は、主成分を還元性ガスとする雰囲気である。
還元性ガスとしては、水素、一酸化炭素、炭化水素、塩素等が挙げられる。
【0106】
下地層形成工程で用いられる炭素系粒子としては、断熱部材を構成し得る炭素系粒子を好適に用いることができる。
【0107】
下地層形成工程では、表面に炭素繊維を露出させることが好ましい。
表面に炭素繊維を露出させる方法としては、下地層形成工程において、成形体に含浸させるスラリー量を、本来成形体に含浸させられる量よりも少し減らす方法が挙げられる。
これにより、成形体の表面にスラリーが含浸されていない部分が生じ、炭素繊維が露出することとなる。
【0108】
下地層形成工程で用いるスラリーには、有機バインダが含まれていてもよい。
スラリーに有機バインダが含まれていると、成形体をスラリーに浸漬した際に、炭素系粒子が成形体の表面近傍に留まりやすくなるため、下地層が厚くなりすぎることを防ぐことができる。
【0109】
有機バインダとしては、非酸化性雰囲気で加熱することにより炭化する有機バインダ、及び、非酸化性雰囲気での加熱により分解するなどして残渣を生じない有機バインダの両方を用いることができる。
また、有機バインダは、溶媒に溶解するものであってもよく、溶媒中に微粒子として分散するものであってもよい。
【0110】
有機バインダが、非酸化性雰囲気で加熱することにより炭化する有機バインダである場合には、炭化した有機バインダが炭素系接着材として機能し、炭素系粒子と炭素繊維とを強固に接合することができる。また、成形体の表面に偏在することとなる下地層を構成する炭素系粒子が炭素繊維から脱落することを防止することができる。
【0111】
炭化する有機バインダとしては、例えば、フェノール樹脂、ポリビニルアルコール(PVA)及びピッチ等が挙げられる。
【0112】
スラリーに有機バインダが含まれない場合、成形体をスラリーに浸漬した後に、有機バインダ溶液を成形体の表面に含浸させることが好ましい。
これにより、スラリーに有機バインダが含まれている場合と同様に、有機バインダが炭素系接着材として機能し、炭素系粒子と炭素繊維とを強固に接合することができる。
【0113】
下地層形成工程においては、まず炭素系粒子と溶媒を含有し、かつ有機バインダを含有しないスラリーに成形体を浸漬させ、続いて有機バインダ溶液に成形体を浸漬することで、成形体の内部への有機バインダの浸透を少なくし、断熱性能の低下を抑制することができる。
【0114】
(熱分解炭素層形成工程)
熱分解炭素層形成工程では、下地層を形成した成形体の表面の一部にマスキングを施した状態で熱分解炭素を含む熱分解炭素層を形成する。
マスキングを施した部分には熱分解炭素層が形成されないため、露出部となる。
【0115】
下地層の上に熱分解炭素層を形成する方法は特に限定されないが、例えば、CVD炉を用いて化学気相成長により熱分解炭素層を形成する方法が挙げられる。
CVD炉を用いて熱分解炭素層を形成する工程をCVD工程ともいう。
【0116】
CVD工程の条件は特に限定されない。
原料ガスは炭化水素ガスが利用でき、例えばメタン、エタン、プロパン、エチレンなどが利用できる。
【0117】
CVD工程の温度は例えば800~2000℃が好ましい。
CVD工程の温度が800℃以上であると、原料ガスが容易に分解するので熱分解炭素層を形成しやすい。
CVD工程の温度が2000℃以下であると、炭素繊維の昇華が抑制され変質が防止できる。
【0118】
成形体を構成する炭素繊維が炭素質の場合、CVD工程の温度は1700℃以下であることが望ましい。
炭素質の炭素繊維は高い温度に曝すと黒鉛質に変質し、熱伝導率
が高くなるなどの変質が起こるようになる。そのため、1700℃以下の温度でCVD工程を実施することにより、炭素繊維の黒鉛質への変質を抑制し、成形体の断熱性を維持することができる。
【0119】
下地層を形成した成形体の表面にマスキングを施す方法としては、例えば、成形体の表面にセラミックブロックを接触させる方法が挙げられる。この方法では、成形体の表面のうちセラミックブロックと接触していた部分に熱分解炭素層が形成されず、露出部となる。
【0120】
従って、発熱体を覆うよう配置した際に、発熱体側となる面(第1主面に相当する面)のうち端面からの長さが断熱部材の長さの20%までの距離の部分、発熱体と反対側となる面(第2主面に相当する面)、及び、端面となる面の少なくとも1箇所にマスキングを施した状態で上記CVD工程を行うことで、断熱部材を製造することができる。
ここで得られた断熱部材は、本発明の断熱材を構成する断熱材であり、本発明の断熱材そのものでもある。
【0121】
(変形工程)
なお、成形体準備工程で準備される成形体の外形形状は、最初から筒形状でなくてもよい。
例えば、成形体準備工程で、平面視略矩形形状の成形体(シート状成形体)を作製し、これを変形工程により筒形状に変形させてもよい。
なお、下地層形成工程及び/又は熱分解炭素層形成工程を行う場合、変形工程は下地層形成工程及び熱分解炭素層形成工程よりも前に行うことが好ましい。
【0122】
シート状成形体は、例えば、長手方向に対向する第1端面及び第2の端面と、該長手方向に直交する厚さ方向に対向する第1主面及び第2主面と、該長さ方向及び該厚さ方向に直交する幅方向に対向する第1側面及び第2側面を有する平面視略矩形形状であってもよい。
ここで、第1主面及び第2主面のうち、発熱体側となる主面は熱分解炭素層である。
【0123】
シート状成形体における第1端面と第2端面の間の距離は、シート状成形体の長さであり、断熱部材の内周の長さに相当する。
【0124】
シート状成形体における第1主面と第2主面の間の距離は、シート状成形体の厚さであり、断熱部材の厚さに相当する。
【0125】
シート状成形体における第1側面と第2側面の間の距離は、シート状成形体の幅であり、断熱部材の高さに相当する。
【0126】
シート状成形体を変形させて断熱部材とする際、シート状成形体の第1端面及び第2端面は、互いに分離可能な状態で接していてもよく、炭素系接着材等で接着されていてもよく、糸等で縫合されていてもよい。糸は、焼成により焼失するものであってもよく、焼成により焼失しないものであってもよい。
【0127】
本発明の断熱材が、断熱部材の外周面を覆う炭素繊維からなる筒形状の成形体をさらに有する場合、上述した本発明の断熱材の製造方法に加えて、さらに、断熱部材の外周面を覆う炭素繊維からなる筒形状の成形体を準備する工程と、得られた成形体で断熱部材の外周面を覆う工程と、により製造することができる。
【0128】
炭素繊維からなる筒形状の成形体を準備する工程は、上述した成形体準備工程と同様の工程を用いて、炭素繊維を所定の形状に成形すればよい。
【0129】
本発明の断熱材は、例えば、加熱炉等の加熱装置に好適に用いることができる。
本発明の断熱材において、基材が炭素繊維の抄造体である場合には、特に、誘導加熱炉に好適に用いることができる。
また本発明の断熱材は、例えば、SiやSiCの単結晶成長装置において、るつぼを保温(断熱)するための断熱材として好適に用いることができる。
【0130】
本明細書には以下の事項が開示されている。
【0131】
本開示(1)は炭素繊維を含む基材と、前記基材の表面に形成される、熱分解炭素を含む熱分解炭素層と、を備える断熱部材を有する断熱材であって、
前記断熱部材は、発熱体を収容する内部空間を有する筒形状を有し、
前記断熱部材は、発熱体側の外周面である第1主面と、発熱体と反対側の外周面である第2主面と、前記第1主面と前記第2主面とを接続する端面と、を有し、
前記断熱部材の前記端面、前記断熱部材の前記第1主面のうち前記端面からの長さが前記断熱部材の20%までの領域、及び、前記断熱部材の前記第2主面、からなる群から選択される少なくとも1箇所に、前記基材の表面に前記熱分解炭素層が形成されていない露出部が存在していることを特徴とする断熱材である。
【0132】
本開示(2)は前記露出部は、前記断熱部材の前記端面、及び/又は、前記第2主面に存在している、本開示(1)に記載の断熱材である。
【0133】
本開示(3)は前記露出部は、前記断熱部材の前記第2主面のうち前記端面からの長さが前記断熱部材の長さの20%までの領域に存在している、本開示(1)又は(2)に記載の断熱材である。
【0134】
本開示(4)は前記断熱部材の全表面積に対する前記露出部の面積の割合が、1%~4.9%である、ことを特徴とする本開示(1)~(3)のいずれかとの任意の組合せの断熱材である。
【0135】
本開示(5)は前記熱分解炭素層は、厚さが2μm~60μmである、本開示(1)~(4)のいずれかとの任意の組合せの断熱材である。
【0136】
本開示(6)は前記基材が、前記炭素繊維のニードルマット又は前記炭素繊維の抄造体である、本開示(1)~(5)のいずれかとの任意の組合せの断熱材である。
【0137】
本開示(7)は前記炭素繊維の平均繊維長が、2mm~8mmである、本開示(1)~(6)のいずれかとの任意の組合せの断熱材である。
【0138】
本開示(8)は前記基材と前記熱分解炭素層との間に、さらに、炭素繊維間に炭素系粒子を含有する下地層を有する、本開示(1)~(7)のいずれかとの任意の組合せの断熱材である。
【0139】
本開示(9)は前記下地層の表面には前記炭素繊維が露出している、本開示(8)に記載の断熱材である。
【0140】
本開示(10)は前記下地層の前記炭素系粒子及び前記炭素繊維は、互いに炭素系接着材で接合されている、本開示(8)又は(9)に記載の断熱材である。
【0141】
本開示(11)は前記炭素系粒子は、黒鉛、カーボンブラック、ガラス状カーボン粒子、及び炭素繊維を粉砕した粒子からなる群から選択される少なくとも1つの炭素系粒子である、本開示(8)~(10)のいずれかとの任意の組合せの断熱材である。
【0142】
本開示(12)は前記炭素系粒子は、平均粒子径が10nm~500μmである、本開示(8)~(11)のいずれかとの任意の組合せの断熱材である。
【0143】
本開示(13)は前記下地層は、厚さが10μm~1000μmである、本開示(8)~(12)のいずれかとの任意の組合せの断熱材である。
【0144】
本開示(14)は前記断熱部材の前記外周面を覆う、炭素繊維からなる筒形状の成形体をさらに有する、本開示(1)~(13)のいずれかとの任意の組合せの断熱材である。
【0145】
本開示(15)は前記断熱部材と前記成形体とは、互いに分離可能な状態で接している、本開示(14)に記載の断熱材である。
【0146】
(実施例)
以下、本発明をより具体的に開示した実施例を示す。なお、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0147】
(実施例1)
[断熱部材の製造]
[成形体準備工程]
炭素繊維(平均繊維径:13μm、平均繊維長:3.3mm)を抄造法により成形し、炭素繊維からなる円筒形状の成形体(内径95mm、高さ190mm、厚さ10mmの円筒形状)を得た。
この成形体を不活性雰囲気下で2000℃に加熱して、成形体に含まれる有機バインダ(フェノール樹脂)を炭素化した。
【0148】
[下地層形成工程]
円筒形状の成形体の表面を加工して形状を整えた後、有機バインダ及び炭素系粒子を含有するスラリーを円筒形状の成形体の表面の全部に塗布した。
なお、炭素系粒子としては、平均粒子径が10μmの黒鉛粒子を用いた。また有機バインダとしてはフェノール樹脂を用いた。
【0149】
続いて、スラリーを塗布した円筒形状の成形体を還元性雰囲気の炉に入れ、温度2000℃で1時間加熱することで、炭素繊維間に炭素系粒子が配置され、炭素系粒子と炭素繊維とが互いに炭素系接着材で接合されている下地層を、炭素繊維からなる基材の表面に形成した。
【0150】
この時点で下地層の表面を偏光顕微鏡で観察したところ、炭素繊維の一部が表面に露出していることを確認した。また、スラリー中の有機バインダが還元性雰囲気下で加熱されることにより炭素化した炭素系接着材によって、炭素系粒子と炭素繊維とが接合されていることを確認した。
【0151】
[CVD工程]
続いて、下地層が形成された円筒形状の成形体をCVD炉に入れ、一度炉内を真空引きして炉内の気圧を下げた後、原料ガスを導入して、下地層の表面に熱分解炭素層を形成した。
円筒形状の成形体は支持ピンの上に載置され、支持ピンにより点支持された状態で熱分解炭素層を形成した。
【0152】
上記CVD工程において、円筒形状の成形体の表面には下地層が形成されているため、上記工程では原料ガスが成形体の内部にまで浸透せず、表面に沈積する。このとき、表面に露出した炭素繊維がアンカーとなって、炭素繊維からなる成形体と熱分解炭素層とを強固に接続する。
【0153】
支持ピンに接触した部分はマスキングが施された部分であり、熱分解炭素層が形成されない領域(露出部)となる。
支持ピンは、円筒形状の成形体の幅方向の端部から30mmの位置に、円周方向に沿って36mm間隔で設けられた、先端(上面)が直径10mmの円である円錐形のセラミックブロックである。セラミックブロックの総数は10個であった。
なお、断熱部材の嵩密度を測定したところ、0.18g/cm3であった。
【0154】
断熱部材には、発熱体と反対側の主面(第2主面)の一方の端部から断熱部材の長さの16%の位置に、シート状成形体の円周方向に沿って30mm間隔で直径10mmの円形の露出部が合計10個設けられていた。
断熱部材の全表面積は131947mm2であり、露出部の総面積は785mm2であった。
従って、断熱部材の全表面積に対する露出部の面積の割合は、0.6%であった。
【0155】
断熱部材を厚さ方向に沿って切断し、切断面のうち表面近傍を偏光顕微鏡で観察したところ、断熱部材の表面には厚さ20μmの熱分解炭素層が形成されており、さらに、熱分解炭素層の直下に厚さ100μmの下地層が形成されていることを確認した。
【0156】
(比較例1)
マスキングを施さずにCVD工程を実施したほかは、実施例1と同様の手順で比較例1に係る断熱材を得た。
比較例1に係る断熱材を構成する断熱部材には、露出部は存在しない。
【0157】
(比較例2)
CVD工程におけるセラミックブロックの位置を円筒形状の成形体の内側で、端面から95mmの位置に、30mm間隔で配置するように変更したほかは、実施例1と同様の手順で比較例2に係る断熱材を得た。
比較例2に係る断熱材を構成する断熱部材では、発熱体側となる第1主面の、断熱部材の端面から50%の領域に30mm間隔で直径10mmの円形の露出部が10個設けられていた。
断熱部材の全表面積に対する露出部の面積の割合は、実施例1と同様であった。
【0158】
[消耗試験]
黒鉛製るつぼ(外径95mm、内径85mm、高さ190mmの円筒形状)に、SiC粉末を入れ、蓋をした状態で、実施例1及び比較例1に係る断熱材を構成する断熱部材の内側の空間に挿入し、不活性雰囲気で、高周波誘導加熱により2350℃で12時間加熱した。
加熱終了後に、断熱部材の内側からるつぼを取り出した後、断熱部材のるつぼ側の表面を目視で観察し、断熱部材の劣化の程度及び、熱分解炭素層に破損が生じていないかを確認した。
【0159】
実施例1に係る断熱材には、断熱部材の劣化がほとんどみられず、また、熱分解炭素層に破損は生じていなかった。
【0160】
一方で、実施例1に係る断熱材には、熱分解炭素層に破損痕がみられた。
比較例1に係る断熱材では、消耗試験により熱分解炭素層に破損が生じており、破損した部分を中心として断熱部材の劣化が進行していることを確認した。
【0161】
また、比較例2に係る断熱材では、露出部を中心として断熱部材の劣化が進行していることを確認した。
【0162】
以上の結果より、本発明の断熱材は、ガス遮断性を維持したまま、断熱材の脱気によって熱分解炭素層が破壊されることを防ぐことができ、耐久性に優れることを確認した。
【符号の説明】
【0163】
1、2、3、4 断熱材
10 断熱部材
10a 断熱部材の発熱体側の面(第1主面)
10b 断熱部材の発熱体側の面とは反対側の面(第2主面)
10c 断熱部材の端面
11 熱分解炭素層
11a 断熱部材の第1主面に設けられる熱分解炭素層
11b 断熱部材の第2主面に設けられる熱分解炭素層
11c 断熱部材の端面に設けられる熱分解炭素層
12 下地層
12a 断熱部材の第1主面側に設けられた下地層
12b 断熱部材の第2主面側に設けられた下地層
12c 断熱部材の端面側に設けられた下地層
13 基材
30 発熱体を収容する空間
50 発熱体(るつぼ)
51 空洞
70 誘導加熱用コイル
100 加熱装置
111 露出部