(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024049004
(43)【公開日】2024-04-09
(54)【発明の名称】研磨パッド及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B24B 37/24 20120101AFI20240402BHJP
H01L 21/304 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
B24B37/24 C
H01L21/304 622F
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022155215
(22)【出願日】2022-09-28
(71)【出願人】
【識別番号】000005359
【氏名又は名称】富士紡ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 七重
(72)【発明者】
【氏名】喜樂 香枝
(72)【発明者】
【氏名】宮内 慶樹
(72)【発明者】
【氏名】中村 結衣
(72)【発明者】
【氏名】テイ ウィン
【テーマコード(参考)】
3C158
5F057
【Fターム(参考)】
3C158AA07
3C158CB01
3C158CB03
3C158CB10
3C158DA12
3C158DA17
3C158EA01
3C158EA11
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3C158EB19
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3C158EB29
5F057AA12
5F057AA24
5F057BA15
5F057CA12
5F057DA03
5F057EB03
5F057EB13
(57)【要約】
【課題】経時的な研磨レートの安定性が高く、また研磨レートの立ち上がり性能に優れた研磨パッド及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】湿式成膜法により形成され、複数の連通気泡が内在するポリウレタン樹脂シートを研磨層として含む研磨パッドであって、
前記研磨層は、パルスNMRにより決定される、結晶相、中間相、非晶相の3成分の存在比をそれぞれA1、A2、A3(%)とした場合において、次の条件:
(i) 乾燥時の中間相成分存在比A2dry(%)に対する湿潤時の中間相成分存在比A2wet(%)の差(A2wet-A2dry)が-20%以上、
(ii) 乾燥時の非晶相成分存在比A3dry(%)に対する湿潤時の非晶相成分存在比A3wet(%)の差(A3wet-A3dry)が30%以下、
を満たす研磨パッド。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿式成膜法により形成されるポリウレタン樹脂シートを研磨層として含む研磨パッドであって、
前記研磨層は、パルスNMRで得られる自由誘導減衰信号(FID)を最小二乗法によってスピン-スピン緩和時間T2の長い成分から順に差し引き、波形分離することにより、スピン-スピン緩和時間T2の長い方から順に、結晶相、中間相、非晶相の3成分に分け、各相の存在比をそれぞれA1、A2、A3(%)とした場合において、次の条件:
(i) 乾燥時の中間相成分存在比A2dry(%)に対する湿潤時の中間相成分存在比A2wet(%)の差(A2wet-A2dry)が-20%以上、
(ii) 乾燥時の非晶相成分存在比A3dry(%)に対する湿潤時の非晶相成分存在比A3wet(%)の差(A3wet-A3dry)が30%以下、
(ただし、「乾燥時」は、温度25℃、相対湿度50%の恒温恒湿槽中に48時間保持する条件であり、「湿潤時」は、アスピレーターにて減圧しながら20±2℃の脱イオン水中に10分浸漬する条件である。)
を満たす研磨パッド。
【請求項2】
前記研磨層が、湿潤時の非晶相緩和時間T2(3)wetが乾燥時の非晶相緩和時間T2(3)dryの6~15倍であることを特徴とする、請求項1記載の研磨パッド。
【請求項3】
ポリウレタン樹脂シートが、少なくともポリイソシアネート化合物(A)とポリオール化合物(B)とを含む樹脂溶液の硬化物であるポリウレタン樹脂を含み、前記(B)ポリオール化合物としてエチレングリコールを含む、請求項1記載の研磨パッド。
【請求項4】
ポリウレタン樹脂シートの厚みが0.5~3.0mmの範囲内である、請求項1記載の研磨パッド。
【請求項5】
ポリウレタン樹脂と、非極性油と、溶媒とを含む樹脂溶液組成物を、成膜基材に塗布する工程、及び
前記樹脂溶液組成物が塗布された成膜基材を凝固液に浸漬して前記樹脂溶液組成物を凝固することにより湿式成膜されたポリウレタン樹脂シートを形成する工程、
を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の研磨パッドの製造方法。
【請求項6】
前記非極性油の含有量が前記樹脂溶液組成物のポリウレタン樹脂質量に対して1~10質量%である、請求項5記載の研磨パッドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、研磨パッド及びその製造方法に関する。特に、シリコン、ハードディスク、液晶ディスプレイ用のマザーガラス、半導体デバイスを研磨するための研磨パッド及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学材料、半導体デバイス、ハードディスク、ガラス基板などの材料の表面には平坦性が求められるため、研磨パッドを用いた遊離砥粒方式の研磨が行われている。遊離砥粒方式は、研磨パッドと被研磨物の間に砥粒を含むスラリ(研磨液)を供給しながら被研磨物の加工面を研磨加工する方法である。
半導体デバイス等の研磨に用いる研磨パッドは、被研磨物の無欠陥化、平坦化特性が高度に要求されるようになり、仕上げ研磨工程を中心に軟質研磨パッドを利用するケースが増えている。
CMP技術では、生産性の効率化や歩留まり向上の観点から研磨レートを安定化させる必要がある。特に、研磨開始時の研磨速度は、定常状態での研磨速度に比べて小さくなるため、研磨速度がほぼ一定となるまでダミー研磨にかかる時間(立ち上げ処理時間)をより短縮することが求められる。
上記課題に対し、研磨布のナップ層の開口部の平均径を規定して、孔の開口している部分の面積よりも開口していない壁となる部分の面積を多くすることにより、立ち上げ処理時間を低減させる軟質研磨パッドが提案されている(特許文献1)。
また、ナップ層の表面に開口した気泡の開口径と表面から開口した気泡の最深部までの距離の比を規定して、研磨中において開口した気泡への研磨スラリの流入、保持、排出が円滑に行われることにより、研磨レートの向上や安定した研磨特性を得るとともに、立ち上げ処理時間を短縮して生産性を向上させる軟質研磨パッドが提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006-75914号公報
【特許文献2】特開2007-160474号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の軟質研磨パッドでは、被研磨物を研磨していくにつれ研磨レートが変動してしまい、安定した研磨レートが得られなかった。そのため、被研磨物の研磨量にバラツキが生じやすく、製品の品質を一定に保つことが難しかった。また、従来の軟質研磨パッドでは、立ち上げ処理に依然として時間を要しており、さらなる時間の短縮が必要とされていた。
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、安定した研磨レートで継続的に被研磨物を研磨することができる研磨パッド及びその製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、立ち上げ処理時間を無くす或いは極力短くすることができる研磨パッド及びその製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、立ち上げ処理時間が短く、かつ研磨レートが比較的高い研磨パッド及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、鋭意研究の結果、パルスNMR法で決定される結晶相、中間相、非晶相の3成分のうち、中間相と非晶相の乾燥時と湿潤時の差が比較的小さい研磨パッドが、立ち上げ処理時間が短く、安定した研磨レートで非研磨物を研磨することができることを見いだし、本発明を完成した。
本発明は、以下の態様を含む。
[1] 湿式成膜法により形成され、複数の連通気泡が内在するポリウレタン樹脂シートを研磨層として含む研磨パッドであって、
前記研磨層は、パルスNMRで得られる自由誘導減衰信号(FID)を最小二乗法によってスピン-スピン緩和時間T2の長い成分から順に差し引き、波形分離することにより、スピン-スピン緩和時間T2の長い方から順に、結晶相、中間相、非晶相の3成分に分け、各相の存在比をそれぞれA1、A2、A3(%)とした場合において、次の条件:
(i) 乾燥時の中間相成分存在比A2dry(%)に対する湿潤時の中間相成分存在比A2wet(%)の差(A2wet-A2dry)が-20%以上、
(ii) 乾燥時の非晶相成分存在比A3dry(%)に対する湿潤時の非晶相成分存在比A3wet(%)の差(A3wet-A3dry)が30%以下、
(ただし、「乾燥時」は、温度25℃、相対湿度50%の環境下に48時間保持する条件であり、「湿潤時」は、アスピレーターにて減圧しながら20±2℃の脱イオン水中に10分浸漬する条件である。)
を満たす研磨パッド。
[2]前記研磨層が、湿潤時の非晶相緩和時間T2(3)wetが乾燥時の非晶相緩和時間T2(3)dryの6~15倍であることを特徴とする、上記[1]記載の研磨パッド。
[3]ポリウレタン樹脂シートが、少なくともポリイソシアネート化合物(A)とポリオール化合物(B)とを含む樹脂溶液組成物の硬化物であるポリウレタン樹脂を含み、前記(B)ポリオール化合物としてエチレングリコールを含む、上記[1]記載の研磨パッド。
[4]ポリウレタン樹脂シートの厚みが0.5~3.0mmの範囲内である、上記[1]記載の研磨パッド。
[5]ポリウレタン樹脂と、非極性油と、溶媒とを含む樹脂溶液組成物を、成膜基材に塗布する工程、及び
前記樹脂溶液組成物が塗布された成膜基材を凝固液に浸漬して前記樹脂溶液組成物を凝固することにより湿式成膜されたポリウレタン樹脂シートを形成する工程、
を含む、上記[1]~[4]のいずれか1に記載の研磨パッドの製造方法。
[6]前記非極性油の含有量が前記樹脂溶液組成物のポリウレタン樹脂質量に対して1~10質量%である、上記[5]記載の研磨パッドの製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、研磨レートの安定性が高い研磨パッドを得ることが出来る。また、本発明によれば、研磨レートの立ち上がり性能に優れ、また研磨レートが比較的高い研磨パッドを得ることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】実施例、比較例の研磨パッド(ポリウレタン樹脂シート)の乾燥時の中間相成分存在比A2dry(%)に対する湿潤時の中間相成分存在比A2wet(%)の変化を示すグラフである。
【
図2】実施例、比較例の研磨パッド(ポリウレタン樹脂シート)の乾燥時の非晶相成分存在比A3dry(%)に対する湿潤時の非晶相成分存在比A3wet(%)の変化を示すグラフである。
【
図3】実施例、比較例の研磨パッド(ポリウレタン樹脂シート)の湿潤時の非晶相緩和時間T2(3)wetが乾燥時の非晶相緩和時間T2(3)dryの変化を示すグラフである。
【
図4】実施例1の研磨パッド(バフ処理工程前のポリウレタン樹脂シート)の断面写真である。涙型気泡と微小気泡が見られる。
【
図5】実施例及び比較例の研磨パッド(ポリウレタン樹脂シート)の水接触角(ぬれやすさの指標)を測定したグラフである。
【
図6】パルスNMR法で測定したときの時間-自由誘導減衰信号の曲線、及びその曲線をスピン- スピン緩和時間の違いを基に最小二乗法を用いて非晶相(L成分)、中間相(M成分)、結晶相(S成分)に波形分離した際の曲線を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を実施するための形態を説明する。
<<研磨パッド>>
本発明の研磨パッドは、光学材料、半導体ウエハ、半導体デバイス、ハードディスク用基板等の研磨に用いられ、特に半導体ウエハの上に酸化物層、銅などの金属層が形成されたデバイスを化学機械研磨(CMP)するのに好適に用いられる。
本発明の第1の態様の研磨パッドは、湿式成膜法により形成されるポリウレタン樹脂シートを含む研磨パッドである。湿式成膜法により形成されるポリウレタン樹脂シートは、複数の連通気泡を含んでいてもよい。複数の連通気泡は、涙形状気泡と、当該涙形状気泡よりもサイズの小さい複数のほぼ球状の微小気泡とを含み、これらが互いに連通しているものである。(
図4参照)。
本発明の第1の態様の研磨パッドの研磨層は、パルスNMRで得られる自由誘導減衰信号(FID)を最小二乗法によってスピン-スピン緩和時間T2の長い成分から順に差し引き、波形分離することにより、スピン-スピン緩和時間T2の長い方から順に、結晶相、中間相、非晶相の3成分に分け、各相の存在比をそれぞれA1、A2、A3(%)とした場合において、次の条件:
(i) 乾燥時の中間相成分存在比A2dry(%)に対する湿潤時の中間相成分存在比A2wet(%)の差(A2wet-A2dry)が-20%以上、
(ii) 乾燥時の非晶相成分存在比A3dry(%)に対する湿潤時の非晶相成分存在比A3wet(%)の差(A3wet-A3dry)が30%以下、
(ただし、「乾燥時」は、温度25℃、相対湿度50%の環境下に48時間保持する条件であり、「湿潤時」は、アスピレーターにて減圧しながら20±2℃の脱イオン水中に10分浸漬する条件である。)
【0009】
(パルスNMR)
パルスNMRの測定は、パルスNMR測定装置を用い、solid echo法にて、90°pulse 0.5s、繰り返し時間:4s、積算回数:128回、温度:40℃にて測定する。
solid echo(ソリッドエコー)法については、既によく知られているため詳細は省略するが、主にガラス状および結晶性高分子などの緩和時間の短い試料の測定に用いられるものである。デッドタイムを見かけ上除く方法で、2つの90°パルスを、位相を90°変えて印加する90°x-τ-90°yパルス法で、X軸方向に90°パルスを加えると、デッドタイム後に自由誘導減衰(FID)信号が観測される。FID信号が減衰しない時間τに、第2の90°パルスをy軸方向に加えると,t=2τの時点で磁化の向きがそろってエコーが現れる。得られたエコーは90°パルス後のFID信号に近似することが出来る。
パルスNMRの解析結果から物性と相分離構造と組成との関連を解析する方法は既によく知られており、パルスNMRで得られる自由誘導減衰(FID)信号を最小二乗法によってスピン-スピン緩和時間T2の長い成分から順に差し引いて、波形分離することにより、3成分に分けることができ、緩和時間の長い成分が運動性の大きな成分であり非晶相、短い成分が運動性の小さな成分であり結晶相、中間の成分は中間相であると定義し(中間相と非晶相の成分分けが困難な場合は中間相として解析)、ガウス型関数及びローレンツ型関数による計算式を用いて、各成分の成分量(存在比)が求められる(例えば、「固体NMR(高分解能NMRとパルスNMR)によるポリウレタン樹脂の相分離構造解析」(DIC Technical Review N.12,pp.7~12,2006)を参照)。
【0010】
パルスNMRの測定について詳説すると、以下の通りである。まず、直径1cmのガラス管に、1~2mm角程度に刻んだサンプルを1~2cmの高さまで詰めた試料を磁場の中に置き、高周波パルス磁場を加えた後の巨視的磁化の緩和挙動を測定すると、
図6に示すように自由誘導減衰(FID)信号が得られる(横軸:時間(μ秒)、縦軸:自由誘導減衰信号)。得られたFID信号の初期値は測定試料中のプロトンの数に比例しており、測定試料に3つの成分がある場合には、FID信号は3成分の応答信号の和として現れる。一方、試料中に含まれる各成分は運動性に差があるため、成分間で応答信号の減衰の速さが異なり、スピン-スピン緩和時間T2が相違する。そのため、最小二乗法により3成分に分けることができ、スピン-スピン緩和時間T2の長い方から順にそれぞれ非晶相、中間相、結晶相となる(
図6参照)。非晶相は分子運動性の大きな成分、結晶相は分子運動性の小さな成分であり、その中間の成分が中間相となる。
以下、より詳細なフィッティング方法(運動性の異なる3成分に分離する方法)を示す。BRUKER社製の解析ソフトウエア「TD-NMR Analyzer」を用い、製品マニュアルに従って、得られた緩和曲線を以下の計算式(1)でフィッティングを行い、測定で得られた3成分に由来する曲線から、各成分の比率及び緩和時間を求める。本実施形態においてフィッティングは、緩和時間T2の短い方から、ワイブル係数をW(1)=2.0、W(2)=1.0、W(3)=1.0として行った。
式(1)
【0011】
「各相の存在比」とは夫々の相の存在割合(%)である。本書では結晶相、中間相、非晶相の各相の存在比をそれぞれA1、A2、A3(%)と呼ぶ。また、本明細書では一定の条件下の湿潤時あるいは乾燥時の存在比を、例えばA2wet(湿潤時)、A2dry(乾燥時)のようにwet、dryなどの言葉を付して区別する。一般的には、非晶相の割合が低い程、硬いウレタンになる。また、中間相が少ない程、結晶相と非晶相とが明確に相分離した構造となり、歪の起きにくい弾性特性を有する傾向となり、逆に中間相が多い程、結晶相と非晶相の相分離が明確でない構造となり、遅延弾性特性を有する傾向がある。本明細書において「乾燥時」は温度25℃、相対湿度50%の環境下に48時間保持する条件であり、「湿潤時」はベルジャー中でアスピレーターにて減圧しながら20±2℃の脱イオン水中に10分浸漬する条件(研磨層の発泡内部まで水を浸水させる条件)である。
上述のとおり、1H-パルスNMRで観測されるスピン-スピン緩和時間T2は、結晶相、中間相、非晶相の順に緩和時間が遅くなる。中間相は非晶相よりも緩和時間が速く、運動性が拘束された非晶相と考えられる。研磨パッドの研磨面にスラリがなじむと、中間相として拘束されていた分子鎖の一部に水分子が結合されて運動性の高い非晶相成分となると考えられる。本発明においては、乾燥状態から湿潤状態へ移行した際の中間相成分A2の減少を抑制することで、乾燥状態から湿潤状態へ移行した際の非晶相成分A3の過度な増加を抑制することができ、研磨安定性が得られる。乾燥時に対する湿潤時の中間相成分A2の存在比の差が-20%以上であり((A2wet-A2dry)≧-20%)(すなわち中間相の存在比が乾燥時に対して湿潤時に減少傾向でかつ最大20%であり)、乾燥時に対する湿潤時の非晶相成分A3の存在比の差が30%以下であれば((A3wet-A3dry)≦30%)(すなわち結晶相の存在比が乾燥時に対して湿潤時に増加傾向でかつ最大30%であれば)、パッドがソフトセグメントとしてふるまう成分が増えすぎず、研磨レートが不安定になることや、研磨レートが不足することを防ぐことができる。
【0012】
乾燥時の中間相成分存在比A2dry(%)に対する湿潤時の中間相成分存在比A2wet(%)の差(A2wet-A2dry)は、好ましくは0~-20%であり、さらに好ましくは0未満-10%以上である。
乾燥時の非晶相成分存在比A3dry(%)に対する湿潤時の非晶相成分存在比A3wet(%)の差(A3wet-A3dry)は、好ましくは0~30%であり、さらに好ましくは5~20質量%であり、よりさらに好ましくは10~15%である。
【0013】
(スピン-スピン緩和時間T2)
「スピン-スピン緩和時間(T2)」は分子運動性の指標として用いられ、数値が大きいほど運動性が高い事を示す。一般に、結晶相は運動性が低いのでT2が小さくなり、逆に非晶相のT2は高くなり、ジオールの分子量が高いほど運動性が高まりT2の値は大きくなる。
スピンースピン緩和時間T2が分子運動性の尺度となる理由は、分子運動の相関時間τcとT2の関係から理解される。τcは、ある運動状態にある分子が分子衝突を起こす平均的な時間を表し、T2の値はτcの増加と逆比例して短くなることが知られている。これは分子運動性が低下するにつれてT2が短くなることを示す。
本明細書では、非晶相の緩和時間T2をT2(3)とも記載する。また、本明細書では一定の条件下の湿潤時あるいは乾燥時の非晶相の緩和時間T2を、それぞれ、T2(3)wet、T2(3)dryとも呼ぶ。このときの湿潤条件と乾燥条件は、「乾燥時」は、温度25℃、相対湿度50%の環境下に48時間保持する条件であり、「湿潤時」はベルジャー中でアスピレーターにて減圧しながら20±2℃の脱イオン水中に10分浸漬する条件(研磨層の発泡内部まで水を浸水させたサンプル)である。
【0014】
本発明の研磨層において、湿潤時の非晶相緩和時間T2(3)wetは、乾燥時の非晶相緩和時間T2(3)dryよりも6~15倍の範囲で増加することが好ましい。さらに好ましくは7~13倍である。
スラリが研磨パッド表面になじんだ状態では、研磨パッド材料の極性分子が水の分子と水素結合している。水素結合により強固に周囲の分子からの束縛を受けているウレタン樹脂成分は、パルス法NMR測定により対象核1Hの自由誘導減衰信号を測定すると、自由誘導減衰信号は変化が速く、すなわち緩和時間が短くなる。一方、水分子同士の結合が多い場合は束縛状態が緩いため、分子運動性が大きく、自由誘導減衰信号は変化が遅く、すなわち緩和時間が長くなる。本発明の研磨パッドは乾燥状態から湿潤状態となった場合に非晶相成分の緩和時間を十分に大きくすることができ、水素結合により拘束される樹脂成分、つまりソフトセグメントと水の結合量を抑制することができるため樹脂の軟化が抑えられ、研磨レート安定性につながるものと考えられる。
【0015】
(ポリウレタン樹脂シート)
(A)ポリイソシアネート化合物
本明細書において、ポリイソシアネート化合物(A)とは、分子内に2つ以上のイソシアネート基を有する化合物を意味する。
ポリイソシアネート化合物(A)としては、分子内に2つ以上のイソシアネート基を有していれば特に制限されるものではない。例えば、分子内に2つのイソシアネート基を有するジイソシアネート化合物としては、例えば、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、フェニレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート等の芳香族ジイソシアネート:ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、4,4’-ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、水添トリレンジイソシアネート、水添キシリレンジイソシアネート等の脂肪族または脂環族ジイソシアネートなどが挙げられる。
芳香族ジイソシアネート、脂肪族または脂環族ジイソシアネートの更なる例としては、m-フェニレンジイソシアネート、p-フェニレンジイソシアネート、2,6-トリレンジイソシアネート(2,6-TDI)、2,4-トリレンジイソシアネート(2,4-TDI)、ナフタレン-1,4-ジイソシアネート、ジフェニルメタン-4,4’-ジイソシアネート(MDI)、4,4’-メチレン-ビス(シクロヘキシルイソシアネート)(水添MDI)、3,3’-ジメトキシ-4,4’-ビフェニルジイソシアネート、3,3’-ジメチルジフェニルメタン-4,4’-ジイソシアネート、キシリレン-1,4-ジイソシアネート、4,4’-ジフェニルプロパンジイソシアネート、トリメチレンジイソシアネート、1,6-ヘキサメチレンジイソシアネート、プロピレン-1,2-ジイソシアネート、ブチレン-1,2-ジイソシアネート、シクロヘキシレン-1,2-ジイソシアネート、シクロヘキシレン-1,4-ジイソシアネート、p-フェニレンジイソチオシアネート、キシリレン-1,4-ジイソチオシアネート、エチリジンジイソチオシアネート等を挙げることができる。
これらの中でも得られるポリウレタンの物性のバランスが好ましい点、工業的に安価に多量に入手が可能な点で、ポリイソシアネート化合物(A)としてジフェニルメタン-4,4’-ジイソシアネート(MDI)、1,6-ヘキサメチレンジイソシアネート及びイソホロンジイソシアネートを含むことが好ましく、ジフェニルメタン-4,4’-ジイソシアネート(MDI)を含むことがより好ましい。
【0016】
これらのポリイソシアネート化合物(A)は、単独で用いてもよく、複数のポリイソシアネート化合物を組み合わせて用いてもよい。
【0017】
(B)ポリオール化合物
本明細書において、ポリウレタン樹脂シートは、少なくともポリイソシアネート化合物(A)とポリオール(B)とを反応させることにより得ることができる。
ポリオール化合物(B)は、分子内に2つ以上のアルコール性水酸基(OH)を有する化合物を意味する。
【0018】
高分子ジオールであるポリオール化合物(B)としては、例えば、ポリエーテルジオール、ポリエステルジオールなどが挙げられる。これらの高分子ジオールは単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0019】
本発明では、親水化されたジオール化合物を用いることが好ましい。例えば、ジオール化合物中のメチレン基に対する酸素原子の割合を増加させること、親水性の官能基を導入すること等により、親水化されたジオール化合物を得ることができる。具体的には、例えば、従来用いられたポリエステルジオール化合物であるアジピン酸と1,4-ブタンジオールないしエチレングリコールを含むポリオールとの反応により得られた化合物に対して、ポリオール中のエチレングリコールの存在モル比率を高めた化合物とすることで、親水性を向上させることができる。すなわち、ポリウレタン樹脂中の繰り返し単位あたりのメチレン基の数が1,4-ブタンジオールでは4つであるのに対して、エチレングリコールでは2つであるため、メチレン基に対する酸素原子の割合が増加することになり、これにより親水性が向上することとなる。
親水化されたジオール化合物と多価イソシアネート化合物とを反応させることにより、得られるポリウレタン樹脂は、親水性が高められることとなる。すなわち、ジオール化合物の親水性の度合を高めるほど、ポリウレタン樹脂の親水性が高められる。このため、得られるポリウレタン樹脂シートでは、スラリに対する親和性が高まり、立ち上がり性を向上させ研磨安定性を向上させることができる。
ポリオール化合物の親水化により生じるポリウレタン樹脂シートのぬれやすさの指標として、ポリウレタン樹脂シートの水接触角を測定することにより評価してもよい。
【0020】
ポリエーテルジオールとしては、例えば、ポリ(エチレングリコール)、ポリ(プロピレングリコール)、ポリ(テトラメチレングリコール)、ポリ(メチルテトラメチレングリコール)などが挙げられる。これらのポリエーテルジオールは、単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0021】
ポリエステルジオールとしては、例えば、ジカルボン酸またはそのエステル、無水物等のエステル形成性誘導体と低分子ジオールとを直接エステル化反応またはエステル交換反応させることにより製造できる。
ポリエステルジオールを構成するジカルボン酸としては、例えば、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジカルボン酸、2-メチルコハク酸、2-メチルアジピン酸、3-メチルアジピン酸、3-メチルペンタン二酸、2-メチルオクタン二酸、3,8-ジメチルデカン二酸、3,7-ジメチルデカン二酸等の炭素数4~12の脂肪族ジカルボン酸;テレフタル酸、イソフタル酸、オルトフタル酸等の芳香族ジカルボン酸;等が挙げられる。これらのジカルボン酸は、単独で使用してもよいし、2 種以上を併用してもよい。
ポリエステルジオールを構成する低分子ジオールとしては、例えば、エチレングリコール、1,3-プロパンジオール、2-メチル-1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、ネオペンチルグリコール、1,5-ペンタンジオール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、1,8-オクタンジオール、2-メチル-1,8-オクタンジオール、1,9-ノナンジオール、1,10-デカンジオール等の脂肪族ジオール; シクロヘキサンジメタノール、シクロヘキサンジオール等の脂環式ジオール; 等が挙げられる。これらの低分子ジオールは、単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。低分子ジオールの炭素数としては、例えば、6以上12以下が挙げられる。
【0022】
(C)鎖伸長剤
本発明のポリウレタン樹脂シートの作製において用いられるポリウレタン樹脂は、上記(A)ポリイソシアネート化合物及び(B)ポリオール化合物に加えて、さらに鎖伸長剤(C)を含んでいてもよい。鎖伸長剤(C)は、ポリオール化合物(B)100質量部に対して、0.5~30質量部添加されることが好ましく、1~20質量部添加されることがより好ましく、2~10質量部添加されることがさらに好ましい。
鎖伸長剤(C)としては、活性水素基を含んだ低分子化合物、例えば、エチレングリコール、ジエチレンリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、ヘキサメチレングリコール、サッカロース、メチレングリコール、グリセリン、ソルビトール等の脂肪族ポリオール化合物;ビスフェノールA、4,4’-ジヒドロキシジフェニル、4,4’-ジヒドロキシジフェニルエーテル、4,4’-ジヒドロキシジフェニルスルホン、水素添加ビスフェノールA、ハイドロキノン等の芳香族ポリオール化合物、エチレンジアミン、1,2-プロパンジアミン、1,6-ヘキサメチレンジアミン、ピペラジン、2-メチルピペラジン、2,5-ジメチルピペラジン、イソホロンジアミン、4,4’-ジシクロヘキシルメタンジアミン、3,3’-ジメチル-4,4’-ジシクロヘキシルメタンジアミン、1,2-シクロヘキサンジアミン、1,4-シクロヘキサンジアミン、アミノエチルエタノールアミン、ヒドラジン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン等のジアミン類、アミノアルコールや水などを用いることができる。これらの鎖伸長剤は単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0023】
(D)その他の成分
本発明のポリウレタン樹脂シートを製造するための樹脂溶液組成物は、さらに添加剤を含むことができる。添加剤は、好ましくは、成膜助剤、カーボンブラックなどからなる群より選択される。
成膜助剤としては、親水性活性剤、疎水性活性剤、セルロース誘導体などが挙げられる。親水性添加剤としては、例えば、ラウリル硫酸ナトリウム、カルボン酸塩、スルホン酸塩、硫酸エステル塩、燐酸エステル塩等のアニオン界面活性剤、親水性のエステル系、エーテル系、エステル・エーテル系、アミド系等のノニオン界面活性剤が挙げられる。疎水性添加剤としては、例えば、ノニオン系界面活性剤、より具体的には、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、パーフルオロアルキルエチレンオキサイド付加物、グリセリン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ポリエーテル変性シリコンなどが挙げられる。セルロース誘導体としては、セルロースアセテート、セルロースプロピオネート、セルロースブチレート、セルロースバレレート、セルロースアセテートブチレート等のエステル系セルロース誘導体や、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のエーテル系セルロース誘導体、アセチルエチルセルロース、アセトキシプロピルセルロース等のエーテルエステル系セルロース誘導体が挙げられる。
成膜助剤を添加剤として添加する場合には、0.1~10質量%であることが好ましい。
ポリウレタン樹脂シートは、上述した樹脂溶液組成物を重合・硬化(凝固)させることにより製造できる。
【0024】
(E)非極性油
本発明のポリウレタン樹脂シートはさらに非極性油を含んでいてもよく、含むことが好ましい。
非極性油とは、炭素と水素のみからなる油剤を意味しており、具体的には、イソデカン、イソドデカン、イソヘキサデカン、水添ポリイソブテン等のC8~C16イソアルカン非極性油等が挙げられる。本発明において非極性油は、質量平均分子量が300~5000であることが好ましく、500~3000であることがより好ましい。非極性油を用いることで隣接する涙形状気泡の間である樹脂壁部分に存在する複数の球状の微小気泡のサイズを小さくし微小気泡数を増加させることができ、研磨初期でも研磨液に対するなじみを向上させ、樹脂壁の強度を上げることができるためパッドの剛性を維持しながら水へのなじみ性を向上させて、それにより研磨レートを向上させることができる。
非極性油の含有量は、ポリウレタン樹脂シート質量(100質量%)に対して、好ましくは1~10質量%であり、より好ましくは2~7質量%の範囲内である。配合量が1質量%以上であれば、隣接する涙形状気泡の間にある樹脂壁部分に存在する比較的サイズの大きな複数の球状の微小気泡のサイズを小さくして、微小気泡数を増加させることができ、研磨初期でも研磨スラリに対するなじみ性を向上させる効果を得ることができ、10質量%未満では、ポリウレタン樹脂の相分離が見られず、ポリウレタン樹脂シートが過度に収縮せずに平坦なシートを得ることができるため、かかる範囲であることが好ましい。非極性油が適切な量で添加されることで乾燥状態から湿潤状態に移行した場合に、中間相成分の減少量、及び、非晶相成分の増加量を小さくすることができる。
【0025】
(ポリウレタン樹脂シート厚み及びバフ量)
本発明の研磨パッドにおけるポリウレタン樹脂シートの厚みに特に制限はないが、例えば、0.5~3.0mm、好ましくは0.5~2.0mm、より好ましくは1.0~1.5mmの範囲で用いることができる。
また、ポリウレタン樹脂シートはバフ処理をされていてもよい。バフ処理工程では、厚みが一様となるよう成膜樹脂のスキン層側にバフ処理が施されることが好ましい。バフ処理によるスキン層側の研削量は、好ましくは30~300μm、より好ましくは50~150μmである。この範囲であればポリウレタン樹脂シートの厚みが均一化され研磨面にスラリを保持する開孔を十分に確保することができる。
【0026】
<<研磨パッドの製造方法>>
本発明の研磨パッドの製造方法は、従来公知の湿式成膜法により製造することができる。好ましくは、ポリウレタン樹脂と、非極性油と、溶媒とを含む樹脂溶液組成物を、成膜基材に塗布する工程、及び、前記樹脂溶液組成物が塗布された成膜基材を凝固液に浸漬して前記樹脂溶液組成物を凝固することにより湿式成膜されたポリウレタン樹脂シートを形成する工程を含む方法である。
さらに詳細には、本発明の研磨パッドの製造方法は、樹脂溶液組成物を準備する工程(準備工程)、樹脂溶液組成物を成膜基材に塗布する工程(塗布工程)、前記樹脂溶液組成物が塗布された成膜基材を凝固液に浸漬して前記樹脂溶液組成物を凝固する凝固再生工程を含んでいてもよい。
湿式成膜を行った後、洗浄乾燥を行う工程(洗浄乾燥工程)を含んでいてもよく、さらに、必要に応じて、シートの表面平坦化のための研削・除去工程を含んでいてもよい。
湿式成膜工程では、上述した(A)ポリイソシアネート化合物及び(B)ポリオール化合物から製造されるポリウレタン樹脂と非極性油とを水混和性の有機溶媒に溶解させた樹脂溶液組成物を成膜用基材に連続的に塗布し、これを水系凝固液に浸漬することでポリウレタン樹脂をシート状に凝固再生させる。このようにして得られたシートの内部には、ポリウレタン樹脂の凝固再生に伴い発生した多数の発泡が含まれている。発泡は複数の連通気泡を含む。複数の連通気泡には、涙形状気泡と、当該涙形状気泡よりもサイズの小さい複数のほぼ球状の微小気泡が含まれており、これらが互いに連通している。そして、これを洗浄後乾燥させて長尺状のポリウレタン樹脂シートを得ることができる。
以下、ポリウレタン樹脂からポリウレタン樹脂シートを製造するための各工程について説明する。
【0027】
<準備工程>
準備工程(樹脂溶液組成物を準備する工程)では、上述したポリウレタン樹脂と非極性油とを、該ポリウレタン樹脂を溶解可能で水混和性の有機溶媒に溶解させ、さらに、所望により添加剤を添加し、均一になるよう混合して、ポリウレタン樹脂の樹脂溶液組成物を調製する。樹脂溶液組成物は、必要に応じて濾過により凝集塊等を除去した後、真空下で脱泡しておくことが好ましい。ポリウレタン樹脂を溶解可能で水混和性の有機溶媒としては、例えば、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N-メチルピロリドン(NMP)、メチルエチルケトン(MEK)等の極性溶媒が挙げられる。また、樹脂溶液組成物中のポリウレタン樹脂の濃度に限定はないが、例えば、10~50質量%とすることができる。さらに、樹脂溶液組成物には、例えば、発泡を促進させる親水性活性剤や、ポリウレタン樹脂の凝固再生を安定化させる疎水性活性剤などの成膜安定剤、及び、発泡形成を安定化させるためのカーボンブラック等の添加剤を添加することができる。
【0028】
<塗布工程>
塗布工程では、準備工程で調製された樹脂溶液組成物を、常温下でナイフコータ等を用いて帯状の成膜基材に略均一に塗布するなどして塗膜を形成する。このとき、ナイフコータと成膜基材との間隙(クリアランス)を調整することで、樹脂溶液組成物の塗布厚さ(塗布量)を調整することができる。
成膜基材としては、可撓性フィルム、不織布、織布等を用いることができる。成膜基材として不織布や織布を用いる場合は、樹脂溶液組成物の塗布時に樹脂溶液組成物が成膜基材内部へ浸透するのを抑制するため、基材を予め水又は有機溶媒水溶液(DMFと水との混合液等)に浸漬する前処理(目止め)を行うことが好ましい。
【0029】
<凝固再生工程>
凝固再生工程では、塗布工程で得られた塗膜(樹脂溶液組成物が塗布された成膜基材)を、ポリウレタン樹脂に対して貧溶媒である凝固液(例えば、水や水を主成分とする溶媒)に浸漬し、樹脂溶液組成物の塗布膜を内部に多数の発泡を有するシート状に凝固再生させる。
凝固液中では、一般に、まず、塗布された樹脂溶液組成物の表面に微多孔の形成された厚さ数μm程度のスキン層が形成され、その後、樹脂溶液組成物中の有機溶媒と凝固液との置換の進行によりポリウレタン樹脂が成膜用基材の片面にシート状に凝固再生する。このとき、典型的には、有機溶媒が樹脂溶液組成物から脱溶媒し、有機溶媒と凝固液とが置換することにより、スキン層の下側(成膜基材側)にスキン層に形成された微多孔より孔径が大きく、シートの厚み方向に丸みを帯びた断面略三角状の発泡が略均等に分散した状態で形成された発泡層が形成されるが、発泡構造はこれに限らない。
【0030】
<洗浄・乾燥工程>
洗浄・乾燥工程では、凝固再生工程で凝固再生したポリウレタン樹脂シートが成膜基材から剥離され、水等の洗浄液中で洗浄されてポリウレタン樹脂中に残留する有機溶媒が除去される。洗浄後、得られたポリウレタン樹脂シートを必要に応じてシリンダ乾燥機等で乾燥させる。
シリンダ乾燥機は内部に熱源を有するシリンダを備える乾燥機であり、ポリウレタン樹脂シートがシリンダの周面に沿って通過することで乾燥する。乾燥後のポリウレタン樹脂シートは、ロール状に巻き取られる。
【0031】
<研削・除去工程>
研削・除去工程では、ポリウレタン樹脂シートの両面のうちの少なくとも一方を、バフ処理又はスライス処理で研削及び/又は一部除去する。バフ処理又はスライス処理の方法に特に制限はなく、公知の方法により研削することができる。具体的には、サンドペーパーによる研削が挙げられる。バフ処理やスライス処理によりポリウレタン樹脂シートの厚みの均一化を図ることができ、ポリウレタン樹脂シートの表面をより平坦にすることができるため、被研磨物に対する押圧力を一層均等化し、被研磨物の平坦性を向上させることができる。
【0032】
研磨パッドが、研磨層(ポリウレタン樹脂シート)に加えて、基材や中間層等の他の層を有する複層構造の場合には、研磨層にこれらの層が接合される。接合には、アクリル系接着剤等の感圧型接着剤を使用することができる。
次いで、円形等の所望の形状に裁断した後、汚れや異物等の付着が無いことを確認する等の検査を行い、研磨パッドを完成させる。
【0033】
さらに、本発明の研磨パッドは、必要に応じて、溝加工やエンボス加工や穴加工(パンチング加工)を表面に施してもよく、基材及び/又は粘着層を研磨層と張り合わせてもよく、光透過部を備えてもよい。
溝加工及びエンボス加工の形状に特に制限はなく、例えば、格子型、同心円型、放射型などの形状が挙げられる。
【0034】
本発明の研磨パッドを使用するときは、研磨パッドを研磨層の研磨面が被研磨物と向き合うようにして研磨機の研磨定盤に取り付ける。研磨機としては、片面研磨機、両面研磨機いずれも使用できるが、以下に、具体例として、片面研磨機を使用した場合の研磨工程について説明する。
まず、片面研磨機の保持定盤に被研磨物を保持させる。次いで、保持定盤と対向するように配置された研磨定盤に研磨パッドを装着する。そして、被研磨物と研磨パッドとの間に砥粒(研磨粒子)を含むスラリ(研磨スラリ)を供給すると共に、被研磨物を研磨パッドの方に所定の研磨圧にて押圧しながら研磨定盤ないし保持定盤を回転させることで、被研磨物を化学的機械的研磨により研磨する。
【実施例0035】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。
各実施例及び比較例において、特段の指定のない限り、「%」は「質量%」、「部」とは「質量部」を意味するものとする。
【0036】
[実施例1]
アジピン酸、エチレングリコールを構成単位とする数平均分子量2000のポリエステルポリオール100質量部と鎖伸長剤としてエチレングリコール16質量部を含むポリエステルMDI(ジフェニルメタンジイソシアネート)ポリウレタン樹脂を用いた。前記樹脂の30%ジメチルホルムアミド(DMF)溶液100部に対して、非極性油であるクリスボンアシスターSD-8i(DIC株式会社製)2部、粘度調整用のDMF25部を混合し、樹脂溶液組成物を調製した。用いたポリウレタン樹脂の樹脂モジュラスは、6MPaであった。得られた樹脂溶液組成物を用い、湿式成膜法により厚さ1.15mmポリウレタン樹脂シートを作製した。得られたポリウレタン樹脂シートのスキン層側をバフ処理量0.1mmとしバフ番手♯180のサンドペーパーを使用してバフ処理し、バフ処理面と反対面側に厚み0.188mmのPET製の樹脂基材を接着剤で貼り合わせて研磨パッドを製造した。
【0037】
[比較例1]
アジピン酸、1,4-ブタンジオールを構成単位とする数平均分子量2000のポリエステルポリオール100質量部と鎖伸長剤としてエチレングリコール12質量部を含むポリエステルMDIポリウレタン樹脂を用いた。この30%ポリウレタン樹脂溶液の100部に対して、親水性添加剤のラウリル硫酸ナトリウム(SLS)の5部を添加し、粘度調整用のDMFの25部を混合し樹脂溶液組成物を調製した。用いたポリウレタン樹脂の樹脂モジュラスは、6MPaであった。得られた樹脂溶液組成物を用い、湿式成膜法により厚さ0.90mmのポリウレタン樹脂シートを作製し、実施例1と同様にバフ処理量0.1mmとしバフ番手♯180のサンドペーパーを使用してバフ処理し、バフ処理面と反対面側に厚み0.188mmのPET製の樹脂基材を接着剤で貼り合わせて研磨パッドを製造した。
【0038】
[比較例2]
アジピン酸、エチレングリコールを構成単位とする数平均分子量2000のポリエステルポリオール100質量部と鎖伸長剤としてエチレングリコール16質量部を含むポリエステルMDI(ジフェニルメタンジイソシアネート)ポリウレタン樹脂を用いた。前記樹脂の30%DMF溶液の100部に対して、粘度調整用のDMF25部を混合し樹脂溶液組成物を調製した。用いたポリウレタン樹脂の樹脂モジュラスは、6MPaであった。得られた樹脂溶液組成物を用い、実施例1と同様にして湿式成膜法により厚さ1.15mmポリウレタン樹脂シートを作製した。得られたポリウレタン樹脂シートのスキン層側をバフ処理量0.1mmとしバフ番手♯180のサンドペーパーを使用してバフ処理し、バフ処理面と反対面側に厚み0.188mmのPET製の樹脂基材を接着剤で貼り合わせて研磨パッドを製造した。
【0039】
<パルスNMR測定試料準備>
乾燥試料:実施例1,比較例1~2の研磨パッドを円形ポンチで直径8mmの大きさに打ち抜き、円形状の試料を作製した。作製した円形試料を10mmφのパルスNMR測定用試料管に1~1.2cmの高さまで積み重ねて入れ、25℃、相対湿度50%の恒温恒湿槽中に48時間保持し、パルスNMR測定試料とした。
湿潤試料:実施例1,比較例1~2の研磨パッドを円形ポンチで直径8mmの大きさに打ち抜き、円形状の試料を作製した。20±2℃の脱イオン水を入れたビーカーに切り出した試料を投入しベルジャーを被せ、ベルジャー中でアスピレーターにて10分間陰圧にして脱気・浸水させ、前記試料をキムタオルでくるみ、表面水分をふき取り、10mmφのパルスNMR測定用試料管に1~1.2cmの高さまで積み重ねて入れ、パルスNMR測定試料とした。なお、比較例1のみ脱気・浸水時間10分では水中に浸漬しなかったため、脱気・浸水時間を延長し、試料が浸水した脱気・浸水後60分に試料を取り出し測定に供した。
<パルスNMRの測定>
上記で準備した測定試料を用い、以下の条件でパルスNMRにより構造解析を行った。
パルスNMR測定条件
パルスNMR装置 Bruker社 Minispec mq20
測定手法 Solid echo法
積算回数 128回
積算測定間隔 0.5s
繰り返し時間 4.0s
測定温度 40℃
上記の装置、条件にて、試験管に準備した円形サンプルについてパルスNMRの測定を行った。BRUKER社製の解析ソフトウエア「TD-NMR Analyzer」を用い、製品マニュアルに従って、得られた緩和曲線を以下の計算式(1)でフィッティングを行い、得られた減衰曲線とフィッティング曲線が一致するよう、最小二乗法により解析し、研磨層中の結晶相、中間及び非晶相の割合(存在比(%))、並びに、緩和時間(T2)を求めた。本実施形態においてフィッティングは、緩和時間T2の短い方から、ワイブル係数をW(1)=2.0、W(2)=1.0、W(3)=1.0として行った。
【0040】
表1
*樹脂溶液組成物のポリウレタン樹脂質量に対する質量%
【0041】
<<ぬれやすさの指標>>
実施例1、比較例1~2の研磨パッドの水接触角を、自動接触角計DropMaster DM500(協和界面科学社製)を用いて測定した。300秒以内に接触角が90度を下回るものを〇、90度を下回らないものを×と評価した。
接触角の測定は具体的には、温度20℃、湿度60%の条件の下にて、注射針から水滴1滴を研磨パッド表面に滴下し、滴下してから300秒までの動的接触角の経時変化をn数3で測定した。結果を表1及び
図3のグラフに示す。
一般的に接触角が90度より大きい場合を撥水性(水をはじく、水にぬれにくい)と言われており、実施例1および比較例2の研磨パッドでは50~100秒で接触角が90度を下回り、ぬれやすく水馴染みが良いことが示された。一方、比較例1では300秒が経過しても接触角が90度を下回ることはなく、ぬれにくく水馴染みが悪いことが示された。
【0042】
<<A硬度>>
研磨層のA硬度は、JIS K7311準拠して、研磨パッドから試料片(10cm×10cm)を切り出し、複数枚の該試料片を厚さが4.5mm以上となるように重ね、A硬度計を用いて測定した。
実施例および比較例の各研磨パッドについて、以下の研磨条件で研磨加工を行い、研磨レートおよび研磨安定性を測定した。
なお、研磨パッドの表面は、予め、ダイヤモンドドレッサを用いて、圧力9N、研磨ヘッドおよび研磨定盤の回転数54rpm、超純水供給量200ml/min、ドレッシング時間30分のドレッシング条件でドレッシングしてから研磨評価に用いた。
【0043】
<<研磨試験>>
各実施例及び比較例の研磨パッドについて、以下の研磨条件で研磨加工を行い、研磨レートを測定した。
<研磨条件>
使用研磨機:(株)荏原製作所製、商品名「F-REX300」
研磨速度(定盤回転数):70rpm
加工圧力:176g/cm2
スラリ:コロイダルシリカスラリ(pH:11.5)
スラリ流量:200mL/分
研磨時間:60秒
被研磨物:TEOS(Tetra Ethyl Ortho Silicate)付きシリコンウェハ
【0044】
<平均研磨レート>
研磨レートは、研磨加工前後の膜厚の差である研磨量を、研磨時間で除して表したものであり、研磨加工前後のウエハ上のTEOS膜について、各々121箇所の厚み測定結果の平均値から各点において研磨された厚さを研磨時間で除することにより研磨レート(Å/分)を求めた。厚み測定は、光学式膜厚膜質測定器(KLAテンコール社製、商品名「ASET-F5x」、測定:DBSモード)を用い、25枚目、50枚目、100枚目以降は100枚ごとに測定した。測定した研磨レートの平均をとり平均研磨レートとした。
【0045】
<立ち上げ処理枚数>
研磨初期の研磨レートが速やかに安定化するか否かを下記のように評価した。すなわち、ウエハの研磨処理枚数に対する研磨レートを追跡し、傾向としての研磨レートの増加が見られなくなった研磨処理枚数を「立ち上げ処理枚数」とした。この「立ち上げ処理枚数」が少ないほど、研磨初期の研磨レートが速やかに安定化することを意味する。
【0046】
<研磨レート安定性評価>
研磨均一性は、研磨レートの評価時に測定した121箇所の厚みのバラツキを表したものであり、測定した各研磨レートより研磨レートの最大値、最小値、平均値、及び研磨レートの標準偏差を求め、下記式により研磨レート安定性及び研磨均一性を評価した。
なお、研磨レート安定性は数値が低く、かつ、処理枚数による変動が小さいほど、研磨安定性が高いことを示す。
研磨レート安定性(%)=(研磨レート標準偏差/研磨レート平均値)×100
【0047】
【0048】
研磨試験の結果、比較例1の研磨パッドは研磨初期から600枚のウエハ研磨終了まで研磨レートが上がり続け、研磨レートが安定せず立ち上げ処理枚数を計測できず、研磨レート安定性が悪かった。比較例2の研磨パッドは比較例よりも研磨レート安定性が向上したが、研磨レートが低かった。実施例1の研磨パッドでは立ち上げ処理に要したウエハの枚数が最も少なく、研磨レート安定性が高く優れた研磨パッドであった。