(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024049025
(43)【公開日】2024-04-09
(54)【発明の名称】運転能力判定システムおよび運転能力判定方法
(51)【国際特許分類】
G08G 1/00 20060101AFI20240402BHJP
【FI】
G08G1/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022155244
(22)【出願日】2022-09-28
(71)【出願人】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100154380
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100081972
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 豊
(72)【発明者】
【氏名】松野 俊文
(72)【発明者】
【氏名】岩間 大輝
【テーマコード(参考)】
5H181
【Fターム(参考)】
5H181AA01
5H181FF10
(57)【要約】
【課題】運転に支障をきたすことなく運転能力を判定する。
【解決手段】運転能力判定システム10は、車両のサイズの情報とともに、車両の時系列の操舵角の変化を示す操舵角データを取得する情報取得部13と、第1時点までに取得された時系列の操舵角データに基づいて第1時点よりも後の第2時点で予測される操舵角と、第2時点で取得された実際の操舵角との間の予測誤差を算出し、算出された予測誤差に基づいて運転者の操舵のぶれの大きさを表す評価値を算出する評価値算出部16と、算出された評価値を所定の判定閾値と比較し、比較結果に基づいて運転者の運転能力を評価する認知機能評価部17と、取得されたサイズの情報に基づいて、第1時点から第2時点までの時間間隔および判定閾値の少なくとも一方を設定する設定部14と、を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のサイズの情報とともに、前記車両の時系列の操舵角の変化を示す操舵角データを取得する情報取得部と、
前記情報取得部により第1時点までに取得された時系列の操舵角データに基づいて前記第1時点よりも後の第2時点で予測される操舵角と、前記第2時点で取得された実際の操舵角との間の予測誤差を算出し、算出された予測誤差に基づいて運転者の操舵のぶれの大きさを表す評価値を算出する評価値算出部と、
前記評価値算出部により算出された評価値を所定の判定閾値と比較し、比較結果に基づいて運転者の運転能力を判定する運転能力判定部と、
前記情報取得部により取得されたサイズの情報に基づいて、前記第1時点から前記第2時点までの時間間隔および前記判定閾値の少なくとも一方を設定する設定部と、を備えることを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項2】
請求項1に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記情報取得部は、前記車両の前後方向の長さの情報を前記サイズの情報として取得し、
前記設定部は、前記情報取得部により取得された前記車両の前後方向の長さの情報に基づいて、前記時間間隔および前記判定閾値の少なくとも一方を設定することを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項3】
請求項1に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記情報取得部は、前記車両のホイールベースの情報を前記サイズの情報として取得し、
前記設定部は、前記情報取得部により取得された前記車両のホイールベースの情報に基づいて、前記時間間隔および前記判定閾値の少なくとも一方を設定することを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項4】
請求項3に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記設定部は、前記ホイールベースが短いほど前記時間間隔を短く設定し、前記ホイールベースが短いほど前記判定閾値を大きく設定することを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項5】
請求項3に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記設定部は、
前記情報取得部により取得されたホイールベースの情報に基づいて、前記時間間隔の最適値を決定し、
決定された最適値が所定範囲内のとき、前記時間間隔を前記最適値に設定するとともに、前記判定閾値を基準値に設定し、
前記最適値が前記所定範囲の上限値より大きいとき、前記時間間隔を前記上限値に設定するとともに、前記判定閾値を前記基準値よりも小さく設定し、
前記最適値が前記所定範囲の下限値より小さいとき、前記時間間隔を前記下限値に設定するとともに、前記判定閾値を前記基準値よりも大きく設定することを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項6】
請求項5に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記所定範囲は、前記情報取得部により取得された時系列の操舵角データのサンプリング周期以上の範囲であることを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項7】
請求項5または6に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記所定範囲は、前記予測誤差の算出精度を確保するために予め定められた範囲であることを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項8】
請求項1~3のいずれか1項に記載の運転能力判定システムにおいて、
前記情報取得部により取得された操舵角データに基づいて、運転者に所定の負荷が作用しているか否かを判定する負荷判定部をさらに備え、
前記評価値算出部は、前記情報取得部により取得された操舵角データに基づいて、運転者の平均的な操舵のぶれの大きさを表す第1評価値を算出するとともに、算出された前記第1評価値と、前記情報取得部により取得された操舵角データのうち、前記負荷判定部により前記所定の負荷が作用していると判定された期間の操舵角データと、に基づいて、前記所定の負荷が作用したときの運転者の操舵のぶれの大きさを表す第2評価値を算出し、
前記運転能力判定部は、前記評価値算出部により算出された前記第2評価値を前記判定閾値と比較し、比較結果に基づいて運転者の運転能力を評価することを特徴とする運転能力判定システム。
【請求項9】
コンピュータによりそれぞれ実行される、
車両のサイズの情報とともに、前記車両の時系列の操舵角の変化を示す操舵角データを取得する情報取得ステップと、
前記情報取得ステップで第1時点までに取得された時系列の操舵角データに基づいて前記第1時点よりも後の第2時点で予測される操舵角と、前記第2時点で取得された実際の操舵角との間の予測誤差を算出し、算出された予測誤差に基づいて運転者の操舵のぶれの大きさを表す評価値を算出する評価値算出ステップと、
前記評価値算出ステップで算出された評価値を所定の判定閾値と比較し、比較結果に基づいて運転者の運転能力を判定する運転能力判定ステップと、
前記情報取得ステップで取得されたサイズの情報に基づいて、前記第1時点から前記第2時点までの時間間隔および前記判定閾値の少なくとも一方を設定する設定ステップと、を含むことを特徴とする運転能力判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の運転者の運転能力を判定する運転能力判定システムおよび運転能力判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の装置として、従来、運転者の安全運転能力を測定するようにした装置が知られている(例えば特許文献1参照)。この特許文献1記載の装置では、運転者に対し間欠的に音声出力による負荷を与えて注意力を分散させ、負荷状態と無負荷状態とで操舵のぶれを表すステアリングエントロピー値をそれぞれ算出し、負荷状態と無負荷状態とで算出されたぶれ評価値の差に基づいて運転者の安全運転能力を評価する。
【0003】
高齢運転者等の運転能力を評価し、必要に応じて運転免許の返納や運転支援機能の導入等を検討するきっかけを与えることで、交通の安全性を向上し、持続可能な輸送システムの発展に寄与することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1記載の装置では、運転者の安全運転能力を評価するために運転者に負荷を与える必要があるため、運転の支障になる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様である運転能力判定システムは、車両のサイズの情報とともに、車両の時系列の操舵角の変化を示す操舵角データを取得する情報取得部と、第1時点までに取得された時系列の操舵角データに基づいて第1時点よりも後の第2時点で予測される操舵角と、情報取得部により第2時点で取得された実際の操舵角との間の予測誤差を算出し、算出された予測誤差に基づいて運転者の操舵のぶれの大きさを表す評価値を算出する評価値算出部と、評価値算出部により算出された評価値を所定の判定閾値と比較し、比較結果に基づいて運転者の運転能力を判定する運転能力判定部と、情報取得部により取得されたサイズの情報に基づいて、第1時点から第2時点までの時間間隔および判定閾値の少なくとも一方を設定する設定部と、を備える。
【0007】
本発明の別の態様である運転能力判定方法は、コンピュータによりそれぞれ実行される、車両のサイズの情報とともに、車両の時系列の操舵角の変化を示す操舵角データを取得する情報取得ステップと、情報取得ステップで第1時点までに取得された時系列の操舵角データに基づいて第1時点よりも後の第2時点で予測される操舵角と、第2時点で取得された実際の操舵角との間の予測誤差を算出し、算出された予測誤差に基づいて運転者の操舵のぶれの大きさを表す評価値を算出する評価値算出ステップと、評価値算出ステップで算出された評価値を所定の判定閾値と比較し、比較結果に基づいて運転者の運転能力を判定する運転能力判定ステップと、情報取得ステップで取得されたサイズの情報に基づいて、第1時点から第2時点までの時間間隔および判定閾値の少なくとも一方を設定する設定ステップと、を含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、運転に支障をきたすことなく運転能力を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】走行区間と運転負荷ついて説明するための図。
【
図2】本発明の実施形態に係る運転能力判定システムの要部構成の一例を示すブロック図。
【
図3】車両の操舵角の変動について説明するための図。
【
図4】時系列の操舵角の変化について説明するための図。
【
図5】
図2の設定部による予測誤差の算出周期の設定について説明するための図。
【
図7】
図2の演算部により実行される処理の一例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、
図1~
図7を参照して本発明の実施形態について説明する。本発明の実施形態に係る運転能力判定システムは、車両の運転者の運転能力を判定する。一般に、運転者の運転行動は、認知、判断、および操作の3要素で構成される。これらの要素のうちの認知、判断に関わる人の知的機能である「認知機能」に係る能力は、加齢に伴って徐々に低下することが知られている。認知機能が低下すると、車両を安全に運転することが難しくなる。運転者が車両を運転したときの走行データに基づいて認知機能に係る運転能力を判定し、運転者自身やその家族が認知機能の低下を把握することで安全運転を支援できる。
【0011】
図1は、走行区間と運転負荷ついて説明するための図である。
図1に示すように、運転行動によって運転者にかかる運転負荷は、道路形状などの異なる走行区間に応じて変化する。例えば、S字カーブやクランク路の走行中、駐車スペースでの駐車中などは運転負荷が大きくなる。すなわち、車両の移動量あたりに運転者に要求される操舵が多く、車両の走行軌跡が複雑な形状となるような走行区間では、運転負荷が大きくなる。この場合、操舵の頻度が高いことに加え、アクセルやブレーキの操作と連携してステアリングを操作する必要があり、車両感覚も要求されるなど、高い運転技能が必要となる。このような走行区間(高負荷区間)では、運転者の運転技能が運転の安定性に大きく影響する。
【0012】
一方、直線路の走行中などは運転負荷がほとんどかからない。すなわち、車両の移動量あたりに運転者に要求される操舵がほとんどなく、車両の走行軌跡が極めて単純な形状となる走行区間では、運転負荷がほとんどなくなる。このような走行区間(無負荷区間)では、運転者の運転技能が運転の安定性にほとんど影響しない。
【0013】
カーブ路の走行中、複数車線の道路での車線変更中、交差点での右左折中などは、これらの中間の運転負荷となる。このような走行区間(低負荷区間)でも、運転者の運転技能は運転の安定性にそれほど影響しない。
【0014】
ただし、無負荷区間や低負荷区間であっても、例えば中央分離帯がない片側1車線の高速道路(対面通行区間)の走行中は、運転者が自車線の状況と対向車線の状況とを認識する必要が生じる。この場合、自車線と対向車線との間での視線移動が発生することで運転者の心的活動が増え、認知に係る運転負荷(以下、「認知負荷」と称する)が高くなる。交通量が多い複数車線の区間、標識や交通信号機が多く設けられている区間、繁華街などの歩行者が多い区間、見通しの悪いカーブ路や交差点などの死角が多い区間、複数の道路が交わる区間などでも、視線移動が要求されるため、認知負荷が高くなる。
【0015】
また、交差点において対向車線を越えて車両の進行方向を変更する旋回動作(車両の左側通行が採用されている国や地域では右折、右側通行が採用されている国や地域では左折。以下では、単に「右折」と称する。)を行うときは、運転者が車両の目標軌跡を認識するにあたり、前方の対向車線の状況を把握しつつ、右折した先の走行車線の状況を把握する必要が生じる。この場合も、前方の対向車線と右折した先の走行車線との間での視線移動が発生し、認知負荷が高くなる。
【0016】
このような認知負荷が高まる走行区間(以下、「特定区間」と称する)では、運転者の認知機能の状態が運転の安定性に影響する。特定区間の走行データを他の区間と識別可能な態様で取得し、その走行データに基づいて運転の安定性を評価することで、運転者の認知機能に係る運転能力を判定することができる。例えば、車両の時系列の位置情報を取得し、取得された位置情報に基づいて、地図情報において予め設定された特定区間の走行データを識別することができる。
【0017】
しかしながら、一般に、車両のホイールベース(前輪の中心から後輪の中心までの長さ)が短いほど、車体がふらつきやすく、運転者の操舵が乱され、走行データに基づいて運転者自身の運転の安定性を評価することが難しくなる。そこで本実施形態では、車両のホイールベースや全長(車両の前後方向の長さ)等の車両のサイズ(車格)に応じて走行データの取り扱い方を変えることで、認知機能に係る運転能力を適切に判定できるよう、以下のように運転能力判定システムを構成する。なお、以下では、車両のサイズ(車格)としてホイールベースを用いる例を説明する。以下の説明において、車両ホイールベースが短い/長いことは、車両の全長が短い/長いことと同義であり、車両のサイズ(車格)が小さい/大きいことと同義である。
【0018】
図2は、運転能力判定システム(以下、システム)10の要部構成の一例を示すブロック図である。
図2に示すように、システム10は、CPUなどの演算部11、ROM,RAMなどの記憶部12、およびその周辺回路などを有するコンピュータを含んで構成される。演算部11は、情報取得部13と、設定部14と、負荷判定部15と、評価値算出部16と、認知機能評価部17と、情報出力部18として機能する。記憶部12には、演算部11が実行するプログラムや設定値などの情報が記憶される。システム10は、車両に搭載された車載装置として構成されてもよく、車両の外部に設けられたサーバ装置等として構成されてもよく、車載装置と外部サーバ装置等とを組み合わせたものとして構成されてもよい。
【0019】
情報取得部13は、予め登録された運転者ごとに、車両のホイールベースの情報とともに、車両の時系列の走行データを取得する。例えば、各運転者が日常的に運転する予め登録された車両のホイールベースの情報を取得するとともに、その車両で測定された走行データを取得する。ホイールベースの情報は、ホイールベースの数値の情報であってもよく、車両の型式の情報であってもよい。車両の型式の情報に基づいて、その車両のホイールベースを特定することができる。情報取得部13により取得された車両のホイールベースの情報は、予め登録された運転者ごとのユーザ情報として記憶部12に記憶される。
【0020】
走行データには、少なくとも、所定周期(サンプリング周期)で検出された、運転者によるステアリング(ステアリングホイール、ハンドル)の操舵角θの変化を示す時系列の操舵角データが含まれる。走行データには、車両の時系列の位置情報なども含まれる。走行データは、例えば、車両に搭載されたTCU(テレマティクス制御装置)を介して所定周期(通信周期)で車両からシステム10に送信される。情報取得部13は、予め登録された車両から送信された走行データを、予め登録された運転者ごとの時系列の走行データとして取得する。情報取得部13により取得された時系列の走行データは、ユーザ情報とともに、予め登録された運転者ごとの走行データとして記憶部12に記憶される。
【0021】
設定部14は、記憶部12に記憶されたホイールベースの情報に基づいて、後述する評価値算出部16による予測誤差e(n)の算出周期および後述する認知機能評価部17が使用する判定閾値の少なくとも一方を設定する。
【0022】
負荷判定部15は、記憶部12に記憶された走行データに基づいて、単位時間ごとに、運転者に所定の認知負荷が作用しているか否かを判定する。より具体的には、負荷判定部15は、車両の時系列の位置情報に基づいて、単位時間ごとの走行区間が、
図1の無負荷区間または低負荷区間(無負荷・低負荷区間)であるか高負荷区間であるかを判定する。さらに、負荷判定部15は、単位時間ごとの走行区間が、無負荷・低負荷区間のうち、地図情報において予め設定された特定区間であるか否かを判定する。
【0023】
評価値算出部16は、記憶部12に記憶された操舵角データに基づいて、運転者個人の平均的な操舵のぶれの大きさを表すα値と、認知負荷が高まったときの運転者の操舵のぶれの大きさを表すHp値とを算出する。より具体的には、評価値算出部16は、負荷判定部15により無負荷・低負荷区間を走行中であると判定された期間の操舵角データに基づいてα値を算出する。また、評価値算出部16は、算出されたα値と、負荷判定部15により特定区間を走行中であると判定された期間の操舵角データとに基づいてHp値を算出する。
【0024】
図3は、車両の操舵角θの変動について説明するための図である。車両の運転が安定した状態では、操舵がぶれることなく滑らかに行われ、操舵角θの変動が小さくなる。一方、運転が不安定な状態では、操舵がぶれ、操舵角θの変動が大きくなる。
【0025】
より具体的には、
図3に示すように、特定の時点nの直前の時点n-3,n-2,n-1の実際の操舵角θ(n-3),θ(n-2),θ(n-1)に基づいて、時点(n-1)を中心とする2次テイラー展開により時点nの予測操舵角θp(n)を算出する。予測操舵角θp(n)は、操舵が滑らかに行われたと仮定した推定値であるため、実際の操舵が滑らかに行われた場合は、実際の操舵角θ(n)に一致し、実際の操舵がぶれた場合は、ぶれの程度に応じて実際の操舵角θ(n)から乖離する。このような、ぶれの程度は、下式(i)により算出される予測誤差e(n)として表すことができる。
e(n)=θ(n)-θp(n) ・・・(i)
【0026】
図4は、時系列の操舵角θの変化について説明するための図である。
図4に示すように、車体のヨー角や操舵角θの単位時間あたりの変化量は、ホイールベースが短いほど大きく、ホイールベースが長いほど小さくなる。このため、有意な予測誤差e(n)を算出するには、ホイールベースが長いほど予測誤差e(n)の算出周期、すなわち
図3に示す時点n-1から時点nまでの時間間隔を十分長くとる必要がある。
【0027】
図5は、設定部14による予測誤差e(n)の算出周期の設定について説明するための図である。設定部14は、記憶部12に記憶されたホイールベースの情報と、予め定められた特性(例えば、
図5に実線で示すような特性)とに基づいて、予測誤差e(n)の算出周期の最適値を算出する。最適値は、ホイールベースが短いほど短く、ホイールベースが長いほど長く設定される。
【0028】
設定部14は、ホイールベースに基づいて算出された最適値が所定範囲内のとき、予測誤差e(n)の算出周期を最適値に設定する。より具体的には、最適値が操舵角θのサンプリング周期以上、かつ、予測誤差e(n)の算出精度を確保するために予め定められた適正範囲内(例えば、100ms~300ms程度)のときは、予測誤差e(n)の算出周期が最適値に設定される。この場合、予測誤差e(n)の算出周期は、例えば、操舵角θのサンプリング周期の整数倍の値のうち、最適値に最も近い値に設定され、必要に応じて間引かれた操舵角データに基づいて予測操舵角θp(n)および予測誤差e(n)が算出される。
【0029】
最適値が所定範囲の上限値(
図5の例では適正範囲の上限値)より大きいときは、予測誤差e(n)の算出周期が所定範囲の上限値に設定される。この場合、予測誤差e(n)の算出周期は、例えば、操舵角θのサンプリング周期の整数倍の値のうち、適正範囲内の最大値に設定され、必要に応じて間引かれた操舵角データに基づいて予測操舵角θp(n)および予測誤差e(n)が算出される。
【0030】
最適値が所定範囲の下限値(
図5の例ではサンプリング周期)より小さいときは、予測誤差e(n)の算出周期が所定範囲の下限値に設定される。この場合、予測誤差e(n)の算出周期は、操舵角θのサンプリング周期に設定され、記憶部12に記憶されたすべての操舵角データに基づいて予測操舵角θp(n)および予測誤差e(n)が算出される。
【0031】
図6は、操舵のぶれの程度の度数表示を例示する図であり、予測誤差e(n)の度数表示の一例を示す。評価値算出部16は、無負荷・低負荷区間の操舵角データに基づいて各時点nの予測操舵角θp(n)、予測誤差e(n)を算出し、実線で示すような予測誤差e(n)の度数分布における90パーセンタイル値(α値)を算出する。操舵が滑らかで操舵のぶれが少ないほど、予測誤差e(n)の度数分布が、操舵のぶれがない“0°”を中心としたシャープな形状となり、α値が小さくなる。一方、操舵のぶれが多いほど、予測誤差e(n)の度数分布がブロードな形状となり、α値が大きくなる。
【0032】
操舵が多く、操舵のぶれに対する運転技能の影響が大きい高負荷区間を除外した無負荷・低負荷区間の操舵角データを利用することで、運転者の平均的な操舵のぶれの大きさを表すα値を適切に算出することができる。
【0033】
さらに、評価値算出部16は、算出されたα値と、特定区間の操舵角データとに基づいて、Hp値を算出する。より具体的には、特定区間の操舵角データに基づいて各時点nの予測操舵角θp(n)、予測誤差e(n)を算出し、破線で示すような予測誤差e(n)の度数分布をα値に基づいて9つの範囲P1~P9に分ける。すなわち、8つの基準値-5α,-2.5α,-α,-0.5α,0.5α,α,2.5α,5αに基づいて、9つの範囲P1(~-5α),P2(-5α~-2.5α),P3(-2.5α~-α),P4(-α~-0.5α),P5(-0.5α~0.5α),P6(0.5α~α),P7(α~2.5α),P8(2.5α~5α),P9(5α~)に分ける。そして、各範囲P1~P9の割合p1~p9に基づいて、下式(ii)によりステアリングエントロピー値(Hp値)を算出する。
Hp=-Σpi・log9pi ・・・(ii)
【0034】
Hp値は、操舵の滑らかさを表し、操舵のぶれが少なく予測誤差e(n)の度数分布がシャープになるほど小さい値となり、操舵のぶれが多く予測誤差e(n)の度数分布がブロードになるほど大きい値となる。視線移動が多く操舵のぶれに対する認知機能の影響が大きい特定区間の操舵角データを利用することで、通常の状態に比して認知負荷が高まったときの運転者の操舵のぶれの大きさを表すHp値を適切に算出することができる。
【0035】
認知機能評価部17は、評価値算出部16により算出されたHp値に基づいて運転者の認知機能を評価する。より具体的には、認知機能評価部17は、認知負荷が高まったときの操舵のぶれの大きさを表すHp値を、所定の判定閾値と比較し、比較結果に基づいて、その運転者の認知機能に係る運転能力が車両を安全に運転するための基準以上であるか否かを判定する。例えば、日常的な運転の走行データに基づいて算出されるHp値が判定閾値を下回った場合は、運転者の認知機能が低下し、車両を安全に運転するための基準を下回ったと評価する。
【0036】
設定部14は、記憶部12に記憶されたホイールベースの情報に基づいて判定閾値を設定する。より具体的には、ホイールベースに基づいて算出された予測誤差e(n)の算出周期の最適値が
図5の所定範囲内であり、予測誤差e(n)の算出周期を最適値に設定するときは、判定閾値を予め定められた基準値(標準値)に設定する。一方、予測誤差e(n)の算出周期の最適値が
図5の所定範囲外であり、予測誤差e(n)の算出周期を最適値以外の値に設定するときは、判定閾値を基準値から補正した値に設定する。
【0037】
より具体的には、予測誤差e(n)の算出周期の最適値が
図5の所定範囲の上限値より大きく、予測誤差e(n)の算出周期を所定範囲の上限値(またはその付近の値)に設定するときは、判定閾値を基準値より小さくなるように補正した値に設定する。すなわち、ホイールベースが長く、算出周期の最適値が予測誤差e(n)の算出精度を確保するための適正範囲の上限値より大きいときは、十分な予測誤差e(n)を観測することが難しくなる。このため、操舵のぶれの大きさを表すHp値についての判定閾値が小さくなるように補正することで、運転者の認知機能に係る運転能力の判定基準を厳しくする。
【0038】
また、予測誤差e(n)の算出周期の最適値が
図5の所定範囲の下限値より小さく、予測誤差e(n)の算出周期を所定範囲の下限値(またはその付近の値)に設定するときは、判定閾値を基準値より大きくなるように補正した値に設定する。すなわち、ホイールベースが短く、算出周期の最適値が予測誤差e(n)の算出精度を確保するための適正範囲の下限値や操舵角θのサンプリング周期より小さいときは、大きい予測誤差e(n)が観測されやすくなる。このため、操舵のぶれの大きさを表すHp値についての判定閾値が大きくなるように補正することで、運転者の認知機能に係る運転能力の判定基準を緩くする。
【0039】
情報出力部18は、認知機能評価部17による評価結果を運転者本人や家族などのユーザ端末に送信する。例えば、予め登録されたメールアドレス宛てに通知を送信することができる。この場合、通知をきっかけに、運転者本人や家族などが運転免許の返納や運転支援機能が充実した車両への代替えなどを検討することができる。走行データに基づく客観的な情報が提供されるため、運転者本人にとって自身の認知機能の現状を受け入れやすく、早期に適切な対応を検討することができる。
【0040】
図7は、システム10の演算部11により実行される処理の一例を示すフローチャートである。このフローチャートに示す処理は、例えば定期的に実行される。先ずステップS1で、記憶部12に記憶されたホイールベースの情報および走行データを読み出す。次いでステップS2で、ステップS1で読み出されたホイールベースの情報に基づいて、予測誤差e(n)の算出周期の最適値を算出する。次いでステップS3で、ステップS2で算出された最適値が所定範囲内であるか否かを判定する。
【0041】
ステップS3で肯定されると、ステップS4に進み、予測誤差e(n)の算出周期をステップS2で算出された最適値に設定するとともに、Hp値の判定閾値を基準値に設定する。一方、ステップS3で否定されると、ステップS5に進み、予測誤差e(n)の算出周期をステップS2で算出された最適値に近い所定範囲内の値に設定するとともに、Hp値の判定閾値を基準値から補正した値に設定する。
【0042】
次いでステップS6で、ステップS1で読み出された走行データに基づいて、単位時間ごとの走行区間が無負荷・低負荷区間であるか高負荷区間であるかを判定する。また、無負荷・低負荷区間の走行データに基づいて、単位時間ごとの走行区間が特定区間であるか否かを判定する。次いでステップS7で、ステップS6で無負荷・低負荷区間を走行中であると判定された期間の操舵角データに基づいて、ステップS4またはS5で設定された算出周期で予測操舵角θp(n)および予測誤差e(n)を算出し、α値を算出する。また、算出されたα値と、ステップS6で特定区間を走行中であると判定された期間の操舵角データとに基づいて、ステップS4またはS5で設定された算出周期で予測操舵角θp(n)および予測誤差e(n)を算出し、Hp値を算出する。次いでステップS8で、ステップS7で算出されたHp値をステップS4またはS5で設定された判定閾値と比較し、比較結果に基づいて運転者の認知機能に係る運転能力を評価する。次いでステップS9で、ステップS8の評価結果を事前に登録されたメールアドレス宛てに送信し、処理を終了する。
【0043】
このように、日常的な走行データのみに基づいて運転者の運転能力を判定するための指標となるα値およびHp値を算出できるため、運転に支障をきたすことなく運転能力を判定することができる(ステップS1~S8)。また、日常的な走行データのみに基づいて運転者の認知機能が自動的に評価され、評価結果が本人や家族に通知されるため、車両を運転する高齢者と離れて暮らす家族の見守り負担を軽減することができる(ステップS1~S9)。また、車両のホイールベースを考慮して予測誤差e(n)の算出周期やHp値の判定閾値を設定するため、ホイールベースの長短によらず、運転者の運転能力を適切に判定することができる(ステップS2~S5)。
【0044】
本実施形態によれば以下のような作用効果を奏することができる。
(1)システム10は、車両のホイールベースの情報とともに、車両の時系列の操舵角θの変化を示す操舵角データを取得する情報取得部13と、情報取得部13により時点n-1までに取得された時系列の操舵角データに基づいて時点n-1よりも後の時点nで予測される操舵角θp(n)と、時点nで取得された実際の操舵角θ(n)との間の予測誤差e(n)を算出し、算出された予測誤差e(n)に基づいて運転者の操舵のぶれの大きさを表す評価値を算出する評価値算出部16と、評価値算出部16により算出された評価値を所定の判定閾値と比較し、比較結果に基づいて運転者の運転能力を判定する認知機能評価部17と、情報取得部13により取得されたホイールベースの情報に基づいて、時点n-1から時点nまでの時間間隔(予測誤差e(n)の算出周期)および判定閾値の少なくとも一方を設定する設定部14と、を備える(
図2)。
【0045】
このように、日常的な走行データに基づいて運転者の運転能力を判定するための指標となる評価値を算出することで、運転に支障をきたすことなく運転者の運転能力を判定することができる。また、車両のホイールベースを考慮して予測誤差e(n)の算出周期やHp値の判定閾値を設定することで、ホイールベースの長短によらず、運転者の運転能力を適切に判定することができる。
【0046】
(2)設定部14は、ホイールベースが短いほど予測誤差e(n)の算出周期を短く設定し、ホイールベースが短いほど判定閾値を大きく設定する。すなわち、ホイールベースが短い車両については、操舵角θの予測誤差e(n)の算出周期を短く設定することで、車両の特性として予測誤差e(n)が大きく出る影響を軽減し、評価値の算出精度を向上する。また、運転能力の判定閾値を基準値より大きくなるように補正した値に設定することで、車両の特性として予測誤差e(n)が大きく出る影響を考慮し、運転能力の判定基準を緩くする。
【0047】
(3)設定部14は、情報取得部13により取得されたホイールベースの情報に基づいて予測誤差e(n)の算出周期の最適値を決定し、決定された最適値が所定範囲内のとき、予測誤差e(n)の算出周期を最適値に設定するとともに、判定閾値を基準値に設定する(
図7のステップS2~S4)。また、最適値が所定範囲の上限値より大きいとき、予測誤差e(n)の算出周期を上限値に設定するとともに、判定閾値を基準値よりも小さく設定し、最適値が所定範囲の下限値より小さいとき、予測誤差e(n)の算出周期を下限値に設定するとともに、判定閾値を基準値よりも大きく設定する(ステップS5)。このように、可能な場合は予測誤差e(n)の算出周期を最適値に設定することを優先することで、評価値の算出精度を向上することができる。ホイールベースの長短によらず精度よく評価値を算出することで、車格の異なる車両で算出された評価値同士を適切に比較することができる。
【0048】
(4)所定範囲は、情報取得部13により取得された時系列の操舵角データのサンプリング周期以上の範囲である(
図5)。すなわち、予測誤差e(n)の算出周期は、操舵角θのサンプリング周期の整数倍(1倍または2倍以上)の値に設定され、予測操舵角θp(n)および予測誤差e(n)は、すべての操舵角データまたは間引かれた操舵角データに基づいて算出される。
【0049】
(5)所定範囲は、予測誤差e(n)の算出精度を確保するために予め定められた範囲である。すなわち、予測誤差e(n)の算出周期は、予測誤差e(n)の算出精度を確保するために予め定められた適正範囲内(例えば、100ms~300ms程度)に設定され、これにより予測誤差e(n)の算出精度が確保される。
【0050】
(6)システム10は、情報取得部13により取得された操舵角データに基づいて、運転者に所定の認知負荷が作用しているか否かを判定する負荷判定部15をさらに備える(
図2)。評価値算出部16は、情報取得部13により取得された操舵角データに基づいて、運転者の平均的な操舵のぶれの大きさを表すα値を算出するとともに、算出されたα値と、情報取得部13により取得された操舵角データのうち、負荷判定部15により所定の認知負荷が作用していると判定された期間の操舵角データと、に基づいて、所定の認知負荷が作用したときの運転者の操舵のぶれの大きさを表すHp値を算出する。認知機能評価部17は、評価値算出部16により算出されたHp値を判定閾値と比較し、比較結果に基づいて運転者の認知機能に係る運転能力を判定する。このように、認知負荷が高まる特定区間の走行データに基づいて認知負荷が高まったときの運転者の操舵のぶれの大きさを表すHp値を算出し、判定閾値と比較することで、運転者の認知機能に係る運転能力が基準以上であるか否かを判定することができる。
【0051】
上記実施形態では、無負荷・低負荷区間を走行したときの操舵角データに基づいてα値を算出し、特定区間を走行したときの操舵角データに基づいてHp値を算出する例を説明したが、評価値算出部は、このようなものに限らない。評価値算出部は、運転者ごとの操舵角データに基づいて各運転者の操舵のぶれの大きさを表す評価値を算出するものであれば、どのようなものでもよい。
【0052】
以上では、本発明を運転能力判定システムとして説明したが、本発明は、運転能力判定方法として用いることもできる。すなわち、運転能力判定方法は、コンピュータによりそれぞれ実行される、車両のホイールベースの情報とともに、車両の時系列の操舵角θの変化を示す操舵角データを取得する情報取得ステップS1と、情報取得ステップS1で時点n-1までに取得された時系列の操舵角データに基づいて時点n-1よりも後の時点nで予測される操舵角θp(n)と、時点nで取得された実際の操舵角θ(n)との間の予測誤差e(n)を算出し、算出された予測誤差e(n)に基づいて運転者の操舵のぶれの大きさを表す評価値を算出する評価値算出ステップS6と、評価値算出ステップS6で算出された評価値を所定の判定閾値と比較し、比較結果に基づいて運転者の認知機能に係る運転能力を判定する認知機能評価ステップS7と、情報取得ステップS1で取得されたホイールベースの情報に基づいて、時点n-1から時点nまでの時間間隔(予測誤差e(n)の算出周期)および判定閾値の少なくとも一方を設定する設定ステップS4,S5と、を含む(
図7)。
【0053】
以上の説明はあくまで一例であり、本発明の特徴を損なわない限り、上述した実施形態および変形例により本発明が限定されるものではない。上記実施形態と変形例の1つまたは複数を任意に組み合わせることも可能であり、変形例同士を組み合わせることも可能である。
【符号の説明】
【0054】
10 運転能力判定システム(システム)、11 演算部、12 記憶部、13 情報取得部、14 設定部、15 負荷判定部、16 評価値算出部、17 認知機能評価部、18 情報出力部