(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024049375
(43)【公開日】2024-04-09
(54)【発明の名称】分離膜エレメント
(51)【国際特許分類】
B01D 69/00 20060101AFI20240402BHJP
B01D 69/10 20060101ALI20240402BHJP
B01D 69/12 20060101ALI20240402BHJP
B01D 71/56 20060101ALI20240402BHJP
C02F 1/44 20230101ALI20240402BHJP
【FI】
B01D69/00
B01D69/10
B01D69/12
B01D71/56
C02F1/44 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023162440
(22)【出願日】2023-09-26
(31)【優先権主張番号】P 2022154561
(32)【優先日】2022-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山本 直樹
(72)【発明者】
【氏名】加藤 慧
(72)【発明者】
【氏名】西口 芳機
(72)【発明者】
【氏名】広沢 洋帆
(72)【発明者】
【氏名】尾形 雅美
【テーマコード(参考)】
4D006
【Fターム(参考)】
4D006GA03
4D006HA62
4D006JA02A
4D006JA05A
4D006JA06A
4D006JA15A
4D006JA18A
4D006JA19A
4D006JA27A
4D006KC16
4D006KD22
4D006KD24
4D006MA03
4D006MA08
4D006MA09
4D006MA10
4D006MA24
4D006MB02
4D006MB10
4D006MB11
4D006MB15
4D006MB16
4D006MB20
4D006MC22
4D006MC28
4D006MC32
4D006MC45
4D006MC48
4D006MC48X
4D006MC56X
4D006MC62
4D006MC63
4D006MC65X
4D006NA41
4D006NA46
4D006PA01
4D006PB03
4D006PB05
4D006PC11
(57)【要約】
【課題】分離膜エレメントにおいて、封止部への原水中の溶質の流入を防ぎ、膜剥がれを抑制し、安定的に造水できる分離膜エレメントを提供する。
【解決手段】基材と、前記基材上に設けられた多孔質層と、前記多孔質層上に設けられた分離機能層から成る複合半透膜を含む分離膜エレメントであって、前記複合半透膜は、少なくとも前記基材の空隙に封止材を含む領域Aとそれ以外の領域Bを有し、前記領域Aの分離機能層表面の静的接触角は80°以上であり、前記領域Bの分離機能層表面の静的接触角は、79°以下である分離膜エレメント。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に設けられた多孔質層と、前記多孔質層上に設けられた分離機能層から成る複合半透膜を含む分離膜エレメントであって、前記複合半透膜は、少なくとも前記基材の空隙に封止材を含む領域Aとそれ以外の領域Bを有し、前記領域Aの分離機能層表面の静的接触角は80°以上であり、前記領域Bの分離機能層表面の静的接触角は、79°以下である分離膜エレメント。
【請求項2】
前記領域Aの分離機能層表面は撥水層を備え、前記撥水層の厚みは50μm以下である請求項1に記載の分離膜エレメント。
【請求項3】
前記領域Aの撥水層の厚みは10μm以下である請求項2に記載の分離膜エレメント。
【請求項4】
前記撥水層は、少なくともフッ素またはケイ素を含む請求項2または3に記載の分離膜エレメント。
【請求項5】
前記領域Aが、多官能アミンと多官能ハロゲン化物との重合物である架橋ポリアミドを含み、フッ素原子を持つ化合物が前記架橋ポリアミドと化学結合されてなる請求項4に記載の分離膜エレメント。
【請求項6】
前記領域Aにおける基材空隙率は10%以下である請求項1~3のいずれかに記載の分離膜エレメント。
【請求項7】
前記分離膜エレメントは液体処理用途の逆浸透膜エレメントであることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の分離膜エレメント。
【請求項8】
請求項1~3のいずれかに記載の分離膜エレメントを用いて、供給側流体を濃縮水と透過側流体に分離する工程を有する造水方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は供給側流体と透過側流体の混合を防ぐ分離膜リーフの封止部の膜剥離抑制し、安定的に造水できる分離膜エレメントに関する。
【背景技術】
【0002】
海水及びかん水、食品用液体等に含まれるイオン性物質またはタンパク質等の溶質を除くための技術においては、近年、省エネルギー及び省資源のためのプロセスとして、分離膜エレメントによる分離法の利用が拡大している。分離膜エレメントによる分離法に使用される分離膜は、その孔径や分離機能の点から、精密ろ過膜、限外ろ過膜、ナノろ過膜、逆浸透膜、正浸透膜に分類される。これらの膜は、例えば海水、かん水及び有害物を含んだ水等からの飲料水の製造、工業用超純水の製造、並びに、排水処理及び有価物の回収、牛乳濃縮プロセス等に用いられており、目的とする分離成分及び分離性能によって使い分けられている。
【0003】
分離膜エレメントとしては様々な形態があるが、分離膜の一方の面に供給側流体を供給し、他方の面から透過側流体を得る点では共通している。分離膜エレメントは、束ねられた多数の分離膜を備えることで、1個の分離膜エレメント当たりの膜面積が大きくなるように、つまり1個の分離膜エレメント当たりに得られる透過側流体の量が大きくなるように形成されている。分離膜エレメントとしては、用途や目的にあわせて、スパイラル型、中空糸型、プレート・アンド・フレーム型、回転平膜型又は平膜集積型等の各種の形状が提案されている。
【0004】
例えば、逆浸透ろ過には、スパイラル型分離膜エレメントが広く用いられる。スパイラル型分離膜エレメントは、集水管と、集水管の周囲に巻き付けられた分離膜とを備える。
【0005】
分離膜は、基材と基材上に設けられた多孔質層と、多孔質上に設けられた分離機能層からなり、一般的に二つ折りした間に、供給側流体(つまり被処理水)を分離膜表面へ供給する供給側流路材を配置したものと、供給側流体に含まれる成分を分離する分離膜及び分離膜を透過し分離された透過側流体を集水管へと導くための透過側流路材が積層されることで形成される。ここでは供給側流体と透過側流体の混合を防ぐ封止部を形成するため封止材を分離膜端部(3辺)に塗布して分離膜リーフを作製し、この分離膜リーフの単数または複数を集水管の周囲にスパイラル状に巻き付けることによって、スパイラル型エレメントは製造される。スパイラル型分離膜エレメントは、供給側流体に高い圧力を付与することができるので、透過側流体を多く取り出すことができる点で好ましく用いられている。
【0006】
スパイラル型エレメントは、分離膜リーフを有するが、複数の分離膜リーフの透過側面同士が接着剤により封止されており、供給側流体の混入を防いでいる。
【0007】
分離膜リーフの封止方法については、例えば特許文献1に、ホットメルトタイプのテープ状接着剤を用いて封止し、仮固定した上で電磁波を照射することにより分離膜周辺部を接着する方法が開示されている。また特許文献2、3には、分離膜に熱加工されていない基材を用いることやプライマーを使用することで多孔質体表層近傍まで封止材を含浸させる方法、特許文献4には、接着面粗面化による封止面積拡大、封止材の含浸性を改善する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7-204471号公報
【特許文献2】特開2006-68644号公報
【特許文献3】特開平10-000341号公報
【特許文献4】特開2006-247629号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来の接着性向上を目的とした封止法は、基材や封止材の制約が多いという課題があった。さらに、分離膜リーフ部への塩やタンパク質等の溶質の流入による浸透圧によって生じる膜剥離を抑制できないという問題点があった。
【0010】
そこで本発明は、供給側流体と透過側流体の混合を防ぐ分離膜リーフの封止部の膜剥離抑制し、安定的に造水できる分離膜エレメントを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明は、下記(1)~(8)のいずれかの構成を備える。
(1)基材と、上記基材上に設けられた多孔質層と、上記多孔質層上に設けられた分離機能層から成る複合半透膜を含む分離膜エレメントであって、上記複合半透膜は、少なくとも上記基材の空隙に封止材を含む領域Aとそれ以外の領域Bを有し、上記領域Aの分離機能層表面の静的接触角は80°以上であり、上記領域Bの分離機能層表面の静的接触角は、79°以下である分離膜エレメント。
(2)上記領域Aの分離機能層表面は撥水層を備え、上記撥水層の厚みは50μm以下である(1)に記載の分離膜エレメント。
(3)上記領域Aの撥水層の厚みは10μm以下である(2)に記載の分離膜エレメント。
(4)上記撥水層は、少なくともフッ素またはケイ素を含む(2)または(3)に記載の分離膜エレメント。
(5)前記領域Aが、多官能アミンと多官能ハロゲン化物との重合物である架橋ポリアミドを含み、フッ素原子を持つ化合物が前記架橋ポリアミドと化学結合されてなる(4)に記載の分離膜エレメント。
(6)上記領域Aにおける基材空隙率は10%以下である(1)から(5)のいずれかに記載の分離膜エレメント。
(7)上記分離膜エレメントは液体処理用途の逆浸透膜エレメントであることを特徴とする(1)から(6)のいずれかに記載の分離膜エレメント。
(8)(1)から(7)のいずれかに記載の分離膜エレメントを用いて、供給側流体を濃縮水と透過側流体に分離する工程を有する造水方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、分離膜リーフ封止部にのみ撥水性を付与することで、造水量を保持しつつ封止部の基材または多孔質部への原水中の溶質の流入を抑制でき、水洗時に発生する膜剥がれを抑制可能な造水量に優れた分離膜エレメントを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明における分離膜エレメントの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.分離膜エレメント
(基材)
基材は、分離膜に強度を与え、十分な透水性を有していればよい。基材の構造および組成は、複合半透膜として公知の技術を適用可能である。具体的には、基材としては、ポリエステル、ポリアミド、ポリオレフィン、またはこれらの混合物若しくは共重合体等のポリマーで構成される布帛が挙げられる。基材における多孔質層塗布面は、十分な強度と平滑性を得るために熱や圧力を加えることによりカレンダーロール等が複数重なった積層体であることが好ましい。基材の厚みは10~200μmの範囲内にあることが好ましく、より好ましくは30~150μmの範囲内である。なお、本書において、特に付記しない限り、厚みとは、相加平均値を意味する。すなわち、厚みは、断面観察で厚み方向に直交する方向(膜の面方向)に20点等分の厚みの相加平均値を算出することで求められる。
【0015】
(多孔質体)
多孔質体は熱可塑性樹脂によって形成されることが望ましい。ここで、熱可塑性の樹脂とは、鎖状高分子物質からできており、加熱すると外力によって変形または流動する性質が表れる樹脂のことをいう。
【0016】
上記の多孔質体としては、例えば、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアミド、ポリエステル、セルロース系ポリマー、ビニルポリマー、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルホン又はポリフェニレンオキシド等の高分子層が挙げられる。これらの素材の中では化学的、機械的、熱的に安定性が高く、成型が容易であることからポリスルホン、ポリエーテルスルホンが一般的に使用できる。
【0017】
(分離機能層)
分離機能層としては、例えば、イオン等の分離が十分行なえるほど緻密であり、かつ、水との親和性が高く十分な水透過性を有する、ポリアミドを主成分とする分離機能層が挙げられる。ポリアミドは、例えば、多官能性アミンと多官能性酸ハロゲン化物との界面重縮合により形成することができる。
【0018】
(分離膜エレメントの構成)
図1に示すように、分離膜エレメント(1)は、集水管(2)と、集水管(2)の周囲に巻回された分離膜リーフ(3)を備える。
図1に示すx軸の方向が、集水管(2)の長手方向である。またy軸やz軸等の方向が、集水管(2)の長手方向に対し垂直な方向である。
【0019】
分離膜リーフ(3)は、供給側の面および透過側の面を有し、供給側の面が互いに向かい合い、かつ透過側が互いに向かい合うように配置された複数の複合半透膜と、複合半透膜の供給側の面の間に配置された供給側流路材(4)とを有する。なお、例えば1枚の膜が、透過側または供給側の面を内側にして折りたたまれ、それが集水管(2)の周囲に巻囲されている場合も、「複数の分離膜」が設けられている場合も含められる。
【0020】
分離膜リーフ(3)は重ねられ、向かい合う透過側の面の間は、透過側流体が集水管(2)に流れるように、分離膜において、巻回方向内側の一辺のみにおいて開放され、他の三辺においては封止材によって封止される。透過側流体はこの封止材によって原水から隔離される。
【0021】
さらに複合半透膜の透過側の面の間には透過側流路材(5)が配置され、分離膜リーフ(3)と共に集水管の周りに巻囲されることで分離膜エレメント(1)が形成される。
【0022】
分離膜エレメント(1)の一方の端面からは、供給側流体が供給される。供給側流体は、分離膜エレメント(1)の集水管(2)の長手方向を移動しながら分離され、分離膜を透過した透過側流体は集水管(2)側面の孔から集水管(2)内部を通り、その端部から排出される。また、ろ過されなかった供給側流体は、濃縮水として、分離膜エレメント(1)の他方の端面から排出される。
【0023】
(領域Aおよび領域B)
複合半透膜は、少なくとも前記基材の空隙に封止材を含む領域Aとそれ以外の領域Bを有する。分離膜リーフは、供給側流体と透過側流体の混合を防ぐ分離膜リーフの封止部を有するが、運転時に塩やタンパク質等が基材あるいは多孔質体の空隙部分に流入し、その時に発生した浸透圧により多孔質体が基材から剥離する。その結果、供給側流体が透過側流路に流れ込み、透過側流体と混合され分離効率が低下するため、後述する領域Aを設けることが有効である。
【0024】
領域Aの分離機能層表面の静的接触角は、撥水性領域まで大きいことで封止部に対応する領域Aでは封止基材または封止多孔質部への水・溶質の流入を防ぐことができる。一方で、液体分離有効部に対応する領域Bの分離機能層表面の静的接触角は、親水性領域まで小さいことにより水との高い親和性を付与でき、十分な水透過性を発現できる。
【0025】
領域Aの分離機能層表面の静的接触角は、80°以上であり、100°以上が好ましい。上記範囲に制御することにより、領域Aの分離機能層表面には高撥水性を付与でき、水・溶質の流入を防ぐことができる。また、領域Bの分離機能層表面の静的接触角は79°以下であり、50°以下が好ましく、30°以下が特に好ましい。上記範囲に制御することにより、領域Bの分離機能層表面には親水性を付与でき、高い透水性を示す緻密な分離機能層を得ることができる。静的接触角は、静的接触角測定装置によって測定できる。詳細は後述する。
【0026】
また
図2に示すように、領域Aは、複合半透膜の集水管の長手方向の両端部に設けられた領域A1(301)および領域A2(302)と、巻回方向の外側端部に設けられた領域A3(303)を有する。領域A1および領域A2は、巻囲後に分離膜エレメントの封止両端のエッジカットをするため領域A3と比べて狭くなることがある。
【0027】
領域A1およびA2、A3の面積が小さいほど、液体処理に有効な領域B(304)の面積が増加するため、造水量の増加につながる。
【0028】
領域A1および領域A2の幅は膜長に対して7%以下が好ましく、さらに5%以下が好ましい。また、A3の幅は膜長に対して10%以下が好ましく、さらに7%以下が好ましい。ここで膜長とは、集水管長手方向と平行な分離膜の長さであり、
図1、2中では(6)に相当する。また、領域A1、A2、A3の幅はそれぞれ
図2中の(305)、(306)、(307)に相当する。
【0029】
(領域Aの封止材)
領域Aに含有している封止材としては、テープや接着剤など撥水性を有するものであれば限定されず、アラミドテープやポリエステルテープなどのテープ類、ウレタン系接着剤、エポキシ系接着剤、ホットメルト接着剤等の接着剤も使用することができる。
【0030】
(領域Aの基材空隙率)
上記領域Aにおける基材部分は、供給側流体と透過側流体の混合を防ぐための十分な封止性を得るため、封止材が基材の空隙に含浸していることが好ましい。領域Aの基材空隙率は、封止材により空隙が埋められた状態で10%以下が好ましく、さらに5%以下が好ましい。
【0031】
(撥水層)
複合半透膜の領域Aの分離機能層表面は撥水層を備えていても良い。撥水層が設けられていることにより基材または多孔質部への水・溶質の流入を防ぐことができる。
【0032】
領域Aの撥水層厚みは、厚み50μm以下が好ましく、30μm以下がさらに好ましく、10μm以下が特に好ましい。上記厚み範囲内に制御することで分離膜リーフを集水管に巻き付ける際の巻囲性低下や充填面積低下を抑制できる。撥水層厚みは領域Aの断面構造をSEMで1万倍にて観察することで測定できる。詳細は後述する。
【0033】
また撥水層は、少なくともフッ素またはケイ素が含まれていることが望ましい。フッ素系樹脂は表面自由エネルギーが小さいため高い撥水性を発現させることができ、ケイ素含有樹脂は、ケイ素の側鎖に様々な官能基を持たせることができるため撥水性を付与することが可能となり、これらは従来公知の樹脂を使用することができる。具体的には、フッ素化剤やケイ素含有樹脂を、分離膜リーフの領域Aに固定させることが好ましい。接触させる工程は、分離機能層の形成後であれば特に限定されない。フッ素化剤としては、1-クロロメチル-4-フルオロ-1,4-ジアゾニアビシクロ[2.2.2]オクタン ビス(テトラフルオロボラート)(Selectfluor(登録商標))、N-フルオロベンゼンスルホンイミド、1-フルオロピリジニウムテトラフルオロボラートであり、好適な有機ケイ素化合物は、有機化合物の炭素原子1個以上をケイ素原子で置換した化合物であるシラン、シロキサン結合(Si-O-Si)を有するシロキサン、シロキサン結合が連なり高分子となったポリシロキサンが挙げられる。
【0034】
フッ素化剤やケイ素含有樹脂とポリアミドの反応手段は特に限定されないが、例えばフッ素化剤を含む水溶液(以下、「フッ素化剤水溶液」と記載することがある。)に分離膜リーフ領域A分離機能層表面に塗布する方法が好ましい。フッ素化剤水溶液中のフッ素化剤の濃度は0.01重量%~10重量%が好ましく、より好ましくは0.1~1重量%である。
【0035】
化学処理の方法としてはフッ素化剤水溶液を10℃以上100℃以下、より好ましくは20℃以上80℃以下で処理することが望ましい。温度を10℃以上とすることで反応の効率を向上させることができ、100℃以下とすることでフッ素化剤の分解を抑制することができる。
【0036】
フッ素化剤水溶液とポリアミドを有する分離膜リーフの接触時間は10秒~1日が好ましく、実用性と反応効率の両立を考慮すると30秒~30分がより好ましい。
【0037】
本発明の領域Aは、架橋ポリアミドとフッ素原子をもつ化合物を有していれば特に限定されないが、架橋ポリアミドとフッ素原子をもつ化合物が化学結合されていることが好ましい。化学結合されていることで、フッ素原子をもつ化合物の流出を防ぎ、長期間にわたり高い膜剥がれ抑制効果を維持することができる。
【0038】
フッ素原子を有する化合物は特に限定されないが、ポリアミドに架橋する場合、ポリアミドの未反応の末端官能基であるアミノ基または酸ハライドと反応させ、化学結合を形成可能な官能基を有する構造が好ましい。
【0039】
具体的には、1H,1H-ヘプタフルオロブチルアミン、1H,1H-トリデカフルオロヘプチルアミン等のアミン化合物、パーフルオロヘキサン酸、パーフルオロオクタン酸、パーフルオロノナン酸、パーフルオロデカン酸、パーフルオロコハク酸、パーフルオログルタル酸等のカルボン酸類が例示される。
【0040】
これらのフッ素原子をもつ化合物は分離機能層表面に存在することが好ましく、界面重合により形成した架橋ポリアミドの表面にフッ素原子をもつ化合物を接触させることが好ましい。
【0041】
撥水層にフッ素、ケイ素が含まれるかは領域Aの分離機能層面表層からX線光電子分光法(XPS)によりフッ素原子、ケイ素原子を分析することで判定できる。具体的には、「Journal of Polymer Science」,Vol.26,559-572(1988)及び「日本接着学会誌」,Vol.27,No.4(1991)で例示されているX線光電子分光法(XPS)を用いることにより求めることができる。詳細条件は後述する。
【0042】
(分離膜エレメントの利用方法)
本発明の分離膜エレメントは、海水淡水化、食品用途水など溶質を含む原水を処理する際に使用できる。領域Aと領域Bからなる分離膜リーフの領域Aにのみ撥水性を付与することで領域Bの透水性を維持しつつ、領域Aの膜剥がれを抑制する。
【0043】
本発明の分離膜エレメントは、供給側流体を濃縮水と透過側流体に分離する工程を有する。液体原水には、汚れ成分(ファウラント)が含まれるため、長時間に渡って透過側流体を造水すると、ファウラントが分離膜表面に吸着し、長期間に渡り安定した脱塩処理を行うことができない場合がある。そのため、分離膜エレメントを用いた造水方法では、例えば、次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カルシウム等の次亜塩素酸塩や過酸化水素水などの洗浄液を供給側流体として通液し、分離膜表面を洗浄する洗浄工程を有する。
【0044】
運転時に基材あるいは多孔質体の空隙部分に流入した塩やタンパク質等が有する浸透圧が、この洗浄工程で分離膜表面との浸透圧差を生じさせ、封止部の多孔質体が基材から剥離する。
【0045】
本発明の分離膜エレメントは、分離膜リーフ封止部に撥水性を付与することで、封止部の基材または多孔質部への原水中の溶質の流入を抑制でき、洗浄工程時に発生する膜剥がれを抑制できる。その結果、供給側流体が透過側流路に流れ込み、透過側流体と混合することで分離効率の低下を防ぐ造水方法を提供できる。
【実施例0046】
以下実施例をもって本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0047】
A. 静的接触角測定
ファウラント等を取り除くため分離膜リーフ全体を超純水で洗浄し、25℃で12時間真空乾燥した後に、接触角測定装置台上(協和界面科学株式会社製 接触角計 (Drop Master 500))に分離機能層側が上になり、平らになるように固定した。シリンジ針の先から2μLの水滴を出し、分離膜の直上から垂直に近づけることで、分離機能層表面に水滴を付着させた。シリンジ針を分離機能層から遠ざけることで、シリンジ針を付着した水滴から離した。水滴がシリンジ針から離れてから1秒後の水滴と分離機能層表面が成す角度を1秒後の接触角、水滴がシリンジ針から離れてから30秒後の水滴と分離機能層表面が成す角度を30秒後の接触角として測定した。測定は測定装置付属のカメラで記録保存し、測定装置付属の解析ソフトを用いて所定時間の接触角を算出した。1つの試料において3箇所で測定を行って得られた値の平均値を静的接触角とした。
【0048】
B.基材空隙率測定
基材空隙率は、走査型電子顕微鏡より観察した。領域Aの複合半透膜を凍結割断法で割断して切片サンプルを作製し、切片サンプルを500倍で断面観察した。同様の操作を無作為に抽出した合計50個の切片サンプルで行い、50個の画像データを得た。なお、SEMを観察する前には、サンプルに白金または白金-パラジウムまたは四塩化ルテニウム、好ましくは四塩化ルテニウムを薄くコーティングして3~6kVの加速電圧条件で前処理をした。
【0049】
基材空隙率を算出するために、得られた断面画像をImageJにより8bitに変換し、閾値の最大値を115、最小値を0にして、範囲内を黒、それ以外を白とする二値化処理を行った。上記手順によって得られた二値化画像中の基材領域全体に対する白色部分の面積の割合を基材空隙率とした。
【0050】
C. 撥水層
(厚み測定)
撥水層厚みの測定は、領域Aの複合半透膜を凍結割断法で割断して切片サンプルを作製し、切片サンプルをSEMにより1万倍で断面観察により行った。撥水層厚みを測定するためには、得られた断面画像をImageJ(パブリックドメイン)により8bitに変換し、閾値の最大値を115、最小値を0にして、範囲内を黒、それ以外を白とする二値化処理を行った。得られた二値化画像から、スケールやノギスを用いて、厚み方向に直交する方向(膜の面方向)に、表層から空隙が出現するまでの厚みを無作為に抽出した10点測定した。同様の操作を5つの切片サンプルで行い、1サンプルあたり無作為に抽出した10点の合計50個の厚みデータの相加平均を算出し、撥水層厚みとした。
【0051】
(撥水層のフッ素・ケイ素原子の検出)
撥水層表面のフッ素原子とケイ素原子はX線光電子分光法(XPS)による下記の測定条件で得られた結果から検出した。
【0052】
測定装置:Quantera SXM(PHI社製)
励起X線:monochromatic Al Kα1,2線(1486.6eV)
X線径:0.2mm
なお、XPSによる測定がおよぶのは試料表面から最大でも10nm程度の深さまでであり、本測定では30°で測定した。
【0053】
D.分離膜リーフ封止部の膜剥がれ
供給側流体して、pH6.5、60000mg/LのNaCl水溶液を用い、運転圧力5.5MPa、温度25℃の条件下で24時間運転した後、濃度を32000mg/Lに変更し、120分間運転した。その後、供給側流体を70℃の純水に変えて30分間の運転後に分離膜エレメントを解体して分離膜リーフ封止部の膜剥がれ発生の有無を確認した。
【0054】
同様の試験を異なる分離膜エレメントで20回実施し、膜剥がれ発生が2回以下で優、3回以上5回以下が良、6回以上8回以下を可、9回以上を不可と判定した。
【0055】
E. 造水量
供給側流体として、pH6.5、32000mg/LのNaCl水溶液を用い、運転圧力5.5MPa、温度25℃の条件下で120分間運転した後に、1分間のサンプリングを行い、1日あたりの透水量を造水量(m3/m2/d)として表した。なお、回収率は8%とした。
【0056】
同様の試験を異なる分離膜エレメントで20回実施し、算術平均した際の造水量が0.7m3/m2/d以上で優、0.4m3/m2/d以上0.7m3/m2/d未満が良、0.4m3/m2/d未満を不可と判定した。
【0057】
F. 除去率
造水量の測定における1分間の運転で用いた供給側流体およびサンプリングした透過側流体についてTDS濃度を伝導率測定により求め、下記式からTDS除去率を算出した。
【0058】
TDS除去率(%)=100×{1-(透過側流体中のTDS濃度 / 供給側流体中のTDS濃度)}
同様の試験を異なる分離膜エレメントで20回実施し、算術平均した際の除去率が99.6%以上で優、99.0%以上99.6%未満が良、99.0%未満を不可と判定した。
【0059】
(実施例1)
基材であるポリエステル不織布(厚み90μm)上にポリスルホン(PSf)の15重量%DMF溶液を25℃の条件下でキャストし、純水中に5分間放置し、多孔性支持体を作製した。ポリスルホン層の厚みは40μmであった。
【0060】
作製した多孔性支持体をm-フェニレンジアミン(m-PDA)の3重量%水溶液中に2分間浸漬し、該支持体を垂直方向にゆっくりと引き上げ、エアーノズルから窒素を吹き付け支持膜表面から余分な水溶液を取り除いた後、トリメシン酸クロリド(TMC)0.165重量%を含むデカン溶液を表面が完全に濡れるように塗布して1分間静置したのち、膜を垂直にして余分な溶液を液切りして除去し、純水で洗浄することで、架橋芳香族ポリアミド分離機能層を有する複合半透膜を作製した。
【0061】
次に、このように作製した複合半透膜を、分離膜エレメントでの有効面積が8.5m2となるように裁断し、複合半透膜4辺の端部から100mmの範囲にコート剤としてフッ素系界面活性剤(サーフロン)を塗布し、30秒風乾後に、折り畳み加工し、供給側流路材を挟み込んで分離膜リーフを作製した。
【0062】
得られた分離膜リーフの透過側面に透過側流路材としてトリコット(厚み:0.26mm)を積層し、分離膜リーフ端部3辺に封止材を塗布し、集水管(幅:1016mm)にスパイラル状に巻き付け巻囲体の外周面をテープで固定後、両端のエッジカットと端板取り付けを行い、一方の側面から供給側流路材が供給され濃縮水が排出される、直径が4インチの分離膜エレメントを作製した。
【0063】
分離膜エレメントを圧力容器に入れて、供給側流体として、pH6.5、60000mg/LのNaCl水溶液を運転圧力5.5MPa、温度25℃の条件下で24時間運転した。次に、供給側流体をpH6.5、32000mg/LのNaCl水溶液を運転圧力5.5MPa、温度25℃の条件下で120分間運転した後に、造水量および除去率を測定した。その後、供給側流体を70℃の純水に変えて30分間の運転後に分離膜エレメントを解体して分離膜リーフ封止部の膜剥がれ、領域A、領域Bの静的接触角を確認した。得られた結果を表1に示した。
【0064】
(実施例2)
実施例1と同様の操作で得られた複合半透膜に対して、溶質との低親和性を有するフッ素含有分子を架橋するために1H,1H-ヘプタフルオロブチルアミンを2000ppm、DMT-MMを5000ppmとなるよう調整した溶液に、25℃で1時間接触させた。その後、1分間水洗し、複合半透膜を得た。このように作製した複合半透膜を、分離膜エレメントでの有効面積が8.5m2となるように裁断し、複合半透膜4辺の端部から100mmの範囲にコート剤としてPPS粘着テープ(寺岡製作所製)を塗布した以外は、実施例1と同様に分離膜エレメントを作製し、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表1に示した。
【0065】
(実施例3)
コート剤をカプトン粘着テープ(寺岡製作所製)に変更したこと以外は実施例1と同様に分離膜エレメントを作製し、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表1に示した。
【0066】
(実施例4)
コート剤をシリコーン系塗料(エスケー化研製)に変更したこと以外は実施例2と同様に分離膜エレメントを作製し、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表1に示した。
【0067】
(実施例5)
コート剤をエマルジョン型シリコーン(モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ製)水溶液に変更したこと以外は実施例1と同様に分離膜エレメントを作製し、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表1に示した。
【0068】
(実施例6)
コート剤をフッ素系撥水剤(ラクナ油脂製)に変更したこと以外は実施例1と同様に分離膜エレメントを作製し、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表1に示した。
【0069】
(実施例7)
コート剤をフッ素コーティング剤(ハーベス製)に変更したこと以外は実施例1と同様に分離膜エレメントを作製し、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表1に示した。
【0070】
(実施例8)
コート剤をエマルジョン型シリコーン(モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ製)水溶液をダイコーターで塗布したこと以外は実施例1と同様に分離膜エレメントを作製し、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表2に示した。
【0071】
(実施例9)
コート剤を分離膜リーフ作成後に塗布したこと以外は実施例5と同様に分離膜エレメントを作製し、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表2に示した。
【0072】
(実施例10)
実施例1と同様の操作で得られた複合半透膜に対して、親水性処理のために、35℃、pH3の0.3重量%亜硝酸ナトリウム水溶液に1分間浸漬させた後、0.1重量%の亜硫酸ナトリウム水溶液に2分間浸漬した。その後、1分間水洗し、複合半透膜を得た。このように作製した複合半透膜を、分離膜エレメントでの有効面積が8.5m2となるように裁断し、複合半透膜4辺の端部から100mmの範囲にコート剤としてフッ素コーティング剤(ハーベス製)を塗布した以外は、実施例2と同様に分離膜エレメントを作製し、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表2に示した。
【0073】
(実施例11)
実施例1と同様の操作で得られた複合半透膜に対して、分離膜エレメントでの有効面積が8.5m2となるように裁断し、複合半透膜4辺の端部から100mmの範囲に対してのみ、溶質との低親和性を有するフッ素含有分子を架橋するために1H,1H-トリデカフルオロヘプチルアミンを2000ppmとなるよう調整した溶液に25℃で1時間接触させ、送風機を使い25℃の空気を吹き付けて乾燥させた後、水洗し、分離膜リーフを得た。得られた分離膜リーフを用いて、実施例1と同様に分離膜エレメントを作製し、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表2に示した。
【0074】
(比較例1)
コート剤を塗布しなかったこと以外は実施例1と同様に分離膜エレメントを得て、実施例1と同様の評価を実施した。得られた結果を表2に示した。
【0075】
領域Aは、静的接触角が52°であったため原水中の溶質が封止部へ流入し、水洗工程で膜剥がれが生じた。
【0076】
(比較例2)
実施例1で得られた複合半透膜を、1H,1H-トリデカフルオロヘプチルアミンを20000ppmとなるよう調整した溶液に25℃で1時間接触させ、送風機を使い25℃の空気を吹き付けて乾燥させた後、水洗し、比較例2の複合半透膜を得て、比較例1と同様に分離膜エレメントを得た。得られた結果を表2に示した。
【0077】
領域Aは、静的接触角が102°であったため膜剥がれは抑制できたが、領域Bの接触角が92°であったため、造水量が低下した。
【0078】
(比較例3)
実施例1で得られた複合半透膜に対して、コート剤としてフッ素系界面活性剤(サーフロン)を全範囲に塗布し、比較例3の複合半透膜を得て、比較例1と同様に分離膜エレメントを得た。得られた結果を表2に示した。
【0079】
領域Aは、静的接触角が112°であったため膜剥がれは抑制できたが、領域Bの接触角が110°であったため、著しく造水量が低下した。
【0080】
【0081】
【0082】
表1および表2に示す結果から明らかなように、実施例1~11の分離膜エレメントは、十分な造水性、塩除去性を備え、かつ分離膜リーフ封止部の膜剥離を抑制できているといえる。