(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024049476
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】残留応力分布の算出方法、装置及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G01L 1/00 20060101AFI20240403BHJP
【FI】
G01L1/00 B
G01L1/00 M
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022155717
(22)【出願日】2022-09-29
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-03-12
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127845
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】玉城 史彬
(72)【発明者】
【氏名】石渡 亮伸
(57)【要約】
【課題】塑性変形を受けた金属板において応力の方向を揃えて残留応力の分布を算出する残留応力分布の算出方法、装置及びプログラムを提供する。
【解決手段】本発明に係る残留応力分布の算出方法は、塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出するものであって、金属板31を塑性変形させる変形過程における金属板31の変形部位33の表面変形履歴を取得し、取得した表面変形履歴から変形部位33に生じるひずみ履歴とスピン履歴とを取得する工程(S10)と、金属板31の変形部位33に設定した各測定点の材料座標系における応力を変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新する工程(S20)と、変形終了時における各測定点の材料座標系における応力を、グローバル座標系における応力に変換し、残留応力分布を算出する工程(S30)と、を含むものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出する残留応力分布の算出方法であって、
変形履歴取得工程と、逐次応力更新工程と、残留応力分布算出工程と、を含み、
前記変形履歴取得工程は、
前記金属板の変形部位の表面に複数の測定点を設定し、前記金属板を塑性変形させる変形過程における前記各測定点の三次元座標を測定することにより、前記変形部位の変形開始から変形終了までの表面変形履歴を取得する表面変形履歴取得ステップと、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のひずみ履歴を取得するひずみ履歴取得ステップと、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のスピン履歴を取得するスピン履歴取得ステップと、を有し、
前記逐次応力更新工程は、
前記ひずみ履歴取得ステップにおいて取得した前記ひずみ履歴から取得ひずみ増分を算出する取得ひずみ増分算出ステップと、
前記ひずみ履歴取得ステップにおいて前記ひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみの増分であって前記変形部位の変形状態を仮定して仮定ひずみ増分を算出する仮定ひずみ増分算出ステップと、
前記スピン履歴取得ステップにおいて取得した前記スピン履歴から取得スピン増分を算出する取得スピン増分算出ステップと、
前記取得ひずみ増分と、前記仮定ひずみ増分と、前記取得スピン増分と、を用いて、前記各測定点の応力増分を材料構成則に従って算出する応力増分算出ステップと、
前記各測定点について算出した前記応力増分を用いて、前記各測定点の材料座標系における応力を前記変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新する逐次応力更新ステップと、を有し、
前記残留応力分布算出工程は、
前記逐次応力更新ステップにおいて逐次更新して求めた前記変形過程の変形終了時における前記各測定点の材料座標系における応力をグローバル座標系における所定方向のグローバル応力値に変換し、該変換した前記各測定点のグローバル応力値を前記変形部位の残留応力分布として求める応力座標系変換ステップを有する、ことを特徴とする残留応力分布の算出方法。
【請求項2】
前記残留応力分布算出工程は、前記応力座標系変換ステップにおいて求めた前記変形部位の残留応力分布を表示する残留応力分布表示ステップをさらに有する、ことを特徴とする請求項1記載の残留応力分布の算出方法。
【請求項3】
前記仮定ひずみ増分算出ステップは、前記変形部位の変形過程から変形状態を仮定し、該仮定した変形状態での塑性力学理論に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の残留応力分布の算出方法。
【請求項4】
前記仮定ひずみ増分算出ステップは、前記金属板の変形過程の有限要素解析により前記変形部位の変形状態を仮定し、該仮定した変形状態に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の残留応力分布の算出方法。
【請求項5】
塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出する残留応力分布の算出装置であって、
変形履歴取得ユニットと、逐次応力更新ユニットと、残留応力分布算出ユニットと、を備え、
前記変形履歴取得ユニットは、
前記金属板の変形部位に設定した複数の測定点について前記金属板を塑性変形させる変形過程において測定した三次元座標を、前記変形部位の変形開始から変形終了までの表面変形履歴として取得する表面変形履歴取得部と、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のひずみ履歴を取得するひずみ履歴取得部と、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のスピン履歴を取得するスピン履歴取得部と、を有し、
前記逐次応力更新ユニットは、
前記ひずみ履歴取得部により取得した前記ひずみ履歴から取得ひずみ増分を算出する取得ひずみ増分算出部と、
前記ひずみ履歴取得部により前記ひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみの増分であって前記変形部位の変形状態を仮定して仮定ひずみ増分を算出する仮定ひずみ増分算出部と、
前記スピン履歴取得部により取得した前記スピン履歴から取得スピン増分を算出する取得スピン増分算出部と、
前記取得ひずみ増分と、前記仮定ひずみ増分と、前記取得スピン増分と、を用いて、前記各測定点の応力増分を材料構成則に従って算出する応力増分算出部と、
前記各測定点について算出した前記応力増分を用いて、前記各測定点の材料座標系における応力を前記変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新する逐次応力更新部と、を有し、
前記残留応力分布算出ユニットは、
前記逐次応力更新部により逐次更新して求めた前記変形過程の変形終了時における前記各測定点の材料座標系における応力をグローバル座標系における所定方向のグローバル応力値に変換し、該変換した前記各測定点のグローバル応力値を前記変形部位の残留応力分布として求める応力座標系変換部を有する、ことを特徴とする残留応力分布の算出装置。
【請求項6】
前記残留応力分布算出ユニットは、前記応力座標系変換部により求めた前記変形部位の残留応力分布を表示する残留応力分布表示部をさらに有する、ことを特徴とする請求項5記載の残留応力分布の算出装置。
【請求項7】
前記仮定ひずみ増分算出部は、前記変形部位の変形過程から変形状態を仮定し、該仮定した変形状態での塑性力学理論に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とする請求項5又は6に記載の残留応力分布の算出装置。
【請求項8】
前記仮定ひずみ増分算出部は、前記金属板の変形過程の有限要素解析により前記変形部位の変形状態を仮定し、該仮定した変形状態に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とする請求項5又は6に記載の残留応力分布の算出装置。
【請求項9】
塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出する残留応力分布の算出プログラムであって、
コンピュータを、変形履歴取得ユニットと、逐次応力更新ユニットと、残留応力分布算出ユニットと、して実行させる機能を備え、
前記変形履歴取得ユニットを、
前記金属板の変形部位に設定した複数の測定点について前記金属板を塑性変形させる変形過程において測定した三次元座標を、前記変形部位の変形開始から変形終了までの表面変形履歴として取得する表面変形履歴取得部と、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のひずみ履歴を取得するひずみ履歴取得部と、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のスピン履歴を取得するスピン履歴取得部と、して機能させ、
前記逐次応力更新ユニットを、
前記ひずみ履歴取得部により取得した前記ひずみ履歴から取得ひずみ増分を算出する取得ひずみ増分算出部と、
前記ひずみ履歴取得部により前記ひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみの増分であって前記変形部位の変形状態を仮定して仮定ひずみ増分を算出する仮定ひずみ増分算出部と、
前記スピン履歴取得部により取得した前記スピン履歴から取得スピン増分を算出する取得スピン増分算出部と、
前記取得ひずみ増分と、前記仮定ひずみ増分と、前記取得スピン増分と、を用いて、前記各測定点の応力増分を材料構成則に従って算出する応力増分算出部と、
前記各測定点について算出した前記応力増分を用いて、前記各測定点の材料座標系における応力を前記変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新する逐次応力更新部と、して機能させ、
前記残留応力分布算出ユニットを、
前記逐次応力更新部により逐次更新して求めた前記変形過程の変形終了時における前記各測定点の材料座標系における応力をグローバル座標系における所定方向のグローバル応力値に変換し、該変換した前記各測定点のグローバル応力値を前記変形部位の残留応力分布として求める応力座標系変換部として機能させる、ことを特徴とする残留応力分布の算出プログラム。
【請求項10】
前記残留応力分布算出ユニットを、前記応力座標系変換部により求めた前記変形部位の残留応力分布を表示する残留応力分布表示部、としてさらに機能させる、ことを特徴とする請求項9記載の残留応力分布の算出プログラム。
【請求項11】
前記仮定ひずみ増分算出部は、前記変形部位の変形過程から変形状態を仮定し、該仮定した変形状態での塑性力学理論に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とする請求項9又は10に記載の残留応力分布の算出プログラム。
【請求項12】
前記仮定ひずみ増分算出部は、前記金属板の変形過程の有限要素解析により前記変形部位の変形状態を仮定し、該仮定した変形状態に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とする請求項9又は10に記載の残留応力分布の算出プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出する残留応力分布の算出方法、装置及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
金属板のプレス成形により製造されたプレス成形品(例えば自動車用のプレス成形品)により生じる残留応力は、当該プレス成形品の疲労寿命や遅れ破壊特性に影響を及ぼすことが知られている。そのため、プレス成形後にプレス成形品に生じる残留応力を把握することは、プレス成形品を使用した製品の疲労寿命等を保証する上で重要である。
【0003】
従来より、X線又は超音波を用いた残留応力の測定、金属板の変形過程におけるひずみの測定による残留応力の算出、さらには、プレス成形過程の有限要素解析による残留応力の予測、等が行われている。
X線を用いて残留応力を測定する技術としては、例えば特許文献1には、資料にX線を照射した際に当該試料から発する回折X線を検出し、その回折X線の情報に基づいて試料内部の応力を非破壊で測定する技術が開示されている。
一方、超音波を用いて残留応力を測定する技術としては、例えば特許文献2には、塑性変形した被検査体(例えば、金属板等)に超音波を発生させ、測定された超音波の音速情報に基づいて残留応力を非破壊で測定する技術が開示されている。
【0004】
プレス成形品に生じる残留応力を求める技術としては、特許文献3には、金属板における残留応力を測定する部位のひずみ履歴と材料構成則に従い、変形開始から終了までの応力を逐次更新し、変形終了後の残留応力を算出する技術が開示されている。
また、プレス成形過程の有限要素解析による残留応力の予測に関しては、一般的に広く使用されている有限要素解析ソフトにより行うことが可能であり、このような有限要素解析においては材料構成則の高精度化が進められている。例えば、非特許文献1に開示されている材料構成則(以下、「Y-Uモデル」という)は、プレス成形品の残留応力の予測に重要なスプリングバック解析の高精度化に寄与している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-333409号公報
【特許文献2】特開2011-196953号公報
【特許文献3】特許6981521号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】F. Yoshida and T. Uemori, International Journal of Mechanical Sciences 45 (2003) 1687-1702.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示されたX線を利用した応力の測定や特許文献2に開示された超音波による残留応力の測定は、X線が入射又は超音波が発生する領域内で試料(金属板等)が均一であることを仮定している。そのために、これらの測定技術は、2種類以上の相を持つ金属板(例えば、DP(Dual Phase)鋼板等)の残留応力を正確に測定することが困難であるという課題があった。
その上、特許文献1及び特許文献2の技術はいずれも変形後の残留応力を測定するものであって、変形中の応力履歴を測定することはできないという課題があった。
【0008】
特許文献3に開示された技術によれば、ひずみ履歴と材料構成則を利用して残留応力を算出する過程で応力を遂次計算しているため、変形中の応力履歴を取得することが可能ではある。しかしながら、変形部位の局所的な応力を計算するものであるため、大きな変形を伴う場合や、測定対象である金属板自体の剛体移動や回転を伴う場合、応力やひずみの座標系が変形前の座標系と乖離してしまう。その結果、逐次計算される応力の発生方向が不明瞭であるという課題があった。
【0009】
さらに、特許文献1~特許文献3の技術は、いずれも特定の1点の応力を求める技術であり、残留応力の分布を得るためには、複数箇所の応力を繰り返し測定することが必要であるという課題があった。
【0010】
これらの技術に対して、有限要素解析により残留応力を予測する方法によれば、前記技術の課題の一つであった残留応力の分布の算出は容易に行うことが可能であった。しかしながら、有限要素解析に用いる有限要素解析ソフトに与える入力値(形状、材料特性、変形特性、境界条件等)が残留応力の予測結果に大きく影響する。そのため、有限要素解析により残留応力を正確に予測するためには、金属板の材料特性だけではなく、塑性変形を加える工具の変形特性や金属板と工具の接触条件や摺動特性といった境界条件等の種々の入力値をより正確な値にする必要があった。さらに、金属板の破壊を伴うせん断変形等の場合には、破壊の条件を有限要素解析モデルに組み込む必要があり、残留応力を高精度に予測することは非常に困難であるという課題があった。
【0011】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を正確にかつ容易に算出する残留応力分布の算出方法、装置及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)本発明に係る残留応力分布の算出方法は、塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出するものであって、
変形履歴取得工程と、逐次応力更新工程と、残留応力分布算出工程と、を含み、
前記変形履歴取得工程は、
前記金属板の変形部位の表面に複数の測定点を設定し、前記金属板を塑性変形させる変形過程における前記各測定点の三次元座標を測定することにより、前記変形部位の変形開始から変形終了までの表面変形履歴を取得する表面変形履歴取得ステップと、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のひずみ履歴を取得するひずみ履歴取得ステップと、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のスピン履歴を取得するスピン履歴取得ステップと、を有し、
前記逐次応力更新工程は、
前記ひずみ履歴取得ステップにおいて取得した前記ひずみ履歴から取得ひずみ増分を算出する取得ひずみ増分算出ステップと、
前記ひずみ履歴取得ステップにおいて前記ひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみの増分であって前記変形部位の変形状態を仮定して仮定ひずみ増分を算出する仮定ひずみ増分算出ステップと、
前記スピン履歴取得ステップにおいて取得した前記スピン履歴から取得スピン増分を算出する取得スピン増分算出ステップと、
前記取得ひずみ増分と、前記仮定ひずみ増分と、前記取得スピン増分と、を用いて、前記各測定点の応力増分を材料構成則に従って算出する応力増分算出ステップと、
前記各測定点について算出した前記応力増分を用いて、前記各測定点の材料座標系における応力を前記変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新する逐次応力更新ステップと、を有し、
前記残留応力分布算出工程は、
前記逐次応力更新ステップにおいて逐次更新して求めた前記変形過程の変形終了時における前記各測定点の材料座標系における応力をグローバル座標系における所定方向のグローバル応力値に変換し、該変換した前記各測定点のグローバル応力値を前記変形部位の残留応力分布として求める応力座標系変換ステップを有する、ことを特徴とするものである。
【0013】
(2)上記(1)に記載のものにおいて、
前記残留応力分布算出工程は、前記応力座標系変換ステップにおいて求めた前記変形部位の残留応力分布を表示する残留応力分布表示ステップをさらに有する、ことを特徴とするものである。
【0014】
(3)上記(1)又は(2)に記載のものにおいて、
前記仮定ひずみ増分算出ステップは、前記変形部位の変形過程から変形状態を仮定し、該仮定した変形状態での塑性力学理論に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とするものである。
【0015】
(4)上記(1)又は(2)に記載のものにおいて、
前記仮定ひずみ増分算出ステップは、前記金属板の変形過程の有限要素解析により前記変形部位の変形状態を仮定し、該仮定した変形状態に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とするものである。
【0016】
(5)本発明に係る残留応力分布の算出装置は、塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出するものであって、
変形履歴取得ユニットと、逐次応力更新ユニットと、残留応力分布算出ユニットと、を備え、
前記変形履歴取得ユニットは、
前記金属板の変形部位に設定した複数の測定点について前記金属板を塑性変形させる変形過程において測定した三次元座標を、前記変形部位の変形開始から変形終了までの表面変形履歴として取得する表面変形履歴取得部と、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のひずみ履歴を取得するひずみ履歴取得部と、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のスピン履歴を取得するスピン履歴取得部と、を有し、
前記逐次応力更新ユニットは、
前記ひずみ履歴取得部により取得した前記ひずみ履歴から取得ひずみ増分を算出する取得ひずみ増分算出部と、
前記ひずみ履歴取得部により前記ひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみの増分であって前記変形部位の変形状態を仮定して仮定ひずみ増分を算出する仮定ひずみ増分算出部と、
前記スピン履歴取得部により取得した前記スピン履歴から取得スピン増分を算出する取得スピン増分算出部と、
前記取得ひずみ増分と、前記仮定ひずみ増分と、前記取得スピン増分と、を用いて、前記各測定点の応力増分を材料構成則に従って算出する応力増分算出部と、
前記各測定点について算出した前記応力増分を用いて、前記各測定点の材料座標系における応力を前記変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新する逐次応力更新部と、を有し、
前記残留応力分布算出ユニットは、
前記逐次応力更新部により逐次更新して求めた前記変形過程の変形終了時における前記各測定点の材料座標系における応力をグローバル座標系における所定方向のグローバル応力値に変換し、該変換した前記各測定点のグローバル応力値を前記変形部位の残留応力分布として求める応力座標系変換部を有する、ことを特徴とするものである。
【0017】
(6)上記(5)に記載のものにおいて、
前記残留応力分布算出ユニットは、前記応力座標系変換部により求めた前記変形部位の残留応力分布を表示する残留応力分布表示部をさらに有する、ことを特徴とするものである。
【0018】
(7)上記(5)又は(6)に記載のものにおいて、
前記仮定ひずみ増分算出部は、前記変形部位の変形過程から変形状態を仮定し、該仮定した変形状態での塑性力学理論に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とするものである。
【0019】
(8)上記(5)又は(6)に記載のものにおいて、
前記仮定ひずみ増分算出部は、前記金属板の変形過程の有限要素解析により前記変形部位の変形状態を仮定し、該仮定した変形状態に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とするものである。
【0020】
(9)本発明に係る残留応力分布の算出プログラムは、塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出するものであって、
コンピュータを、変形履歴取得ユニットと、逐次応力更新ユニットと、残留応力分布算出ユニットと、して実行させる機能を備え、
前記変形履歴取得ユニットを、
前記金属板の変形部位に設定した複数の測定点について前記金属板を塑性変形させる変形過程において測定した三次元座標を、前記変形部位の変形開始から変形終了までの表面変形履歴として取得する表面変形履歴取得部と、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のひずみ履歴を取得するひずみ履歴取得部と、
前記取得した前記変形部位の表面変形履歴から、前記変形過程における前記変形部位のスピン履歴を取得するスピン履歴取得部と、して機能させ、
前記逐次応力更新ユニットを、
前記ひずみ履歴取得部により取得した前記ひずみ履歴から取得ひずみ増分を算出する取得ひずみ増分算出部と、
前記ひずみ履歴取得部により前記ひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみの増分であって前記変形部位の変形状態を仮定して仮定ひずみ増分を算出する仮定ひずみ増分算出部と、
前記スピン履歴取得部により取得した前記スピン履歴から取得スピン増分を算出する取得スピン増分算出部と、
前記取得ひずみ増分と、前記仮定ひずみ増分と、前記取得スピン増分と、を用いて、前記各測定点の応力増分を材料構成則に従って算出する応力増分算出部と、
前記各測定点について算出した前記応力増分を用いて、前記各測定点の材料座標系における応力を前記変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新する逐次応力更新部と、して機能され、
前記残留応力分布算出ユニットを、
前記逐次応力更新部により逐次更新して求めた前記変形過程の変形終了時における前記各測定点の材料座標系における応力をグローバル座標系における所定方向のグローバル応力値に変換し、該変換した前記各測定点のグローバル応力値を前記変形部位の残留応力分布として求める応力座標系変換部として機能させる、ことを特徴とするものである。
【0021】
(10)上記(9)に記載のものにおいて、
前記残留応力分布算出ユニットを、前記応力座標系変換部により求めた前記変形部位の残留応力分布を表示する残留応力分布表示部、としてさらに機能させる、ことを特徴とするものである。
【0022】
(11)上記(9)又は(10)に記載のものにおいて、
前記仮定ひずみ増分算出部は、前記変形部位の変形過程から変形状態を仮定し、該仮定した変形状態での塑性力学理論に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とするものである。
【0023】
(12)上記(9)又は(10)に記載のものにおいて、
前記仮定ひずみ増分算出部は、前記金属板の変形過程の有限要素解析により前記変形部位の変形状態を仮定し、該仮定した変形状態に基づいて前記仮定ひずみ増分を算出する、ことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0024】
以上、本発明においては、金属板を塑性変形させる変形過程における変形部位のひずみ履歴とスピン履歴を取得し、変形部位に設定した複数の測定点について材料座標系の応力を逐次更新して求める。そして、変形終了時の材料座標系の応力をグローバル座標系における所定方向の応力値に座標変換する。これにより、塑性変形を受けた金属板の変形部位の材料座標系の向きが変化する場合であっても、応力の方向を揃えて変形部位における高精度な残留応力の分布を求めることができる。
また、本発明により、変形中の高精度な応力分布の履歴を取得することが可能となる。
さらに、有限要素法では予測困難な金属板の破壊を伴うせん断変形等についても、金属板に生じた残留応力の分布を正確かつ容易に算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の実施の形態に係る残留応力分布の算出方法における処理の流れを示すフロー図である。
【
図2】金属板の曲げ変形前後における材料座標系及びグローバル座標系の向きの変化を説明する図である((a)変形前、(b)変形後)。
【
図3】本実施の形態に係る残留応力分布の算出装置の構成を説明する図である。
【
図4】本実施の形態に係る残留応力分布の算出方法において、3つ測定点について測定した変形前後の三次元座標から、各測定点の表面変形履歴と、当該3つの測定点からなる領域に生じるひずみとスピンを説明する図である((a)変形前、(b)変形後)。
【
図5】実施例において、試験対象とした金属板の形状を示す図である。
【
図6】実施例において、単軸引張変形を付与した金属板の変形部位に生じる引張方向の残留応力の分布を算出した結果を示すグラフである。
【
図7】実施例において、発明例として、単軸引張変形を付与した金属板の変形部位に生じる引張方向の残留応力の分布を本発明に係る方法により求めた結果を示すコンター図である。
【
図8】実施例において、比較例として、単軸引張変形を付与した金属板の変形部位に生じる引張方向の残留応力の分布を有限要素解析により求めた結果を示すコンター図である。
【
図9】実施例において、発明例及び比較例として、単軸引張変形を付与した金属板の変形部位の測定点A~Dに生じる引張方向の残留応力を求めた結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の実施の形態に係る残留応力分布の算出方法、装置及びプログラムを説明するに先立ち、本発明に至った経緯について説明する。
【0027】
<本発明に至った経緯>
前述した特許文献3に開示された方法では、塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力を金属板の各位置で定義された座標系に基づいて算出するため、変形過程の途中で金属板自体の回転変形により座標系の向きが変化すると残留応力の発生方向が不明瞭になるという課題があった。
【0028】
塑性変形を受けた金属板の材料座標系の向きが変化する一例として、
図2に示すような、曲げ変形する金属板31について考える。
図2において、(a)は曲げ変形前の金属板31、(b)は曲げ変形後の金属板31、を示している。ここで、金属板31の各位置で定義される座標系を材料座標系と称す。これに対し、変形する金属板31を外部から見た時の座標系をグローバル座標系と称す。
【0029】
曲げ変形前の金属板31においては、
図2(a)に示すように、材料座標系の向きは金属板31における位置によらず一定であり、グローバル座標系の向きと一致している。
これに対し、曲げ変形後の金属板31においては、
図2(b)に示すように、金属板31における位置の違いによって材料座標系の向きは異なり、グローバル座標系の向きと乖離している。
【0030】
すなわち、材料座標系は、金属板31の変形に応じて座標系の向きが変化し、金属板31における位置の違いにより座標系の向きが異なる。
これに対し、グローバル座標系は、材料座標系とは異なり、金属板31の変形に関わらず向きは変化せず、金属板31における位置によらず同一の座標系である。
【0031】
金属板の変形部位における残留応力の分布を算出するためには、金属板における複数の位置について残留応力を算出する必要がある。しかしながら、特許文献3に開示された方法で算出される残留応力は、応力を算出する位置の材料座標系に従うものである。そのため、複数の位置における残留応力を算出する場合、位置によって残留応力の方向が異なるためにばらつきが生じて不揃いとなってしまう可能性があった。
【0032】
残留応力の方向を揃えるためには、残留応力を算出した位置ごとの材料座標系の向きに基づいて残留応力の方向を一致させればよいと考えられる。しかしながら、特許文献3に開示された方法では、ひずみ履歴のみを用いて変形過程における応力を逐次計算している。そのため、変形過程において金属板がどのような向きに変化しているかが分からず、応力を計算する位置毎の材料座標系の向きに関する情報を得ることはできなかった。
【0033】
そこで、発明者らは、このような課題を解決するために鋭意検討した。その結果、金属板の変形過程におけるひずみの履歴だけでなく、複数の位置における材料座標系の回転(以降、「スピン」と呼ぶ)の履歴についても取得することを想起した。
そして、スピンの履歴を、金属板の各位置の変形過程において逐次更新される、材料座標系のグローバル座標系に対する向きに関する情報、として取得する。さらに、金属板の各位置において材料座標系に従って算出した残留応力を取得したスピンに基づいてグローバル座標系における所定の方向の応力に変換することで、複数の位置における残留応力の向きを揃えてその分布が得られることを見い出した。
【0034】
本発明は、上記検討の結果に基づいてなされたものであり、具体的には以下の構成を備えたものである。
【0035】
<残留応力分布の算出方法>
本発明の実施の形態に係る残留応力分布の算出方法は、塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出するものである。そして、本実施の形態に係る残留応力分布の算出方法は、
図1に示すように、変形履歴取得工程S10と、逐次応力更新工程S20と、残留応力分布算出工程S30と、を含むものである。
以下、
図3に例示するように、パンチ41とダイ43とを用いて曲げ変形させた金属板31の変形部位33に生じる残留応力の分布を算出する場合について、上記の各工程について説明する。
【0036】
≪変形履歴取得工程≫
変形履歴取得工程S10は、金属板31を塑性変形させる変形過程における金属板31の変形部位33の表面変形履歴を取得し、取得した表面変形履歴から変形部位33に生じるひずみ履歴とスピン履歴とを取得する工程である。そして、変形履歴取得工程S10は、
図1に示すように、表面変形履歴取得ステップS11と、ひずみ履歴取得ステップS13と、スピン履歴取得ステップS15と、を有する。
【0037】
(表面変形履歴取得ステップ)
まず、表面変形履歴取得ステップS11においては、金属板31の変形部位33の表面に複数の測定点を設定する。そして、金属板31を塑性変形させる変形過程における各測定点の三次元座標を測定することにより、変形部位33の変形開始から変形終了までの表面変形履歴を取得する。
【0038】
本実施の形態では、
図3に示すように、金属板31の変形部位33の表面を撮影可能な位置に2台のカメラ11及びカメラ13を設置する。そして、各測定点の三次元座標をデジタル画像相関法(Digital Image Correlation、以下、「DIC」という)により測定する。
【0039】
DICにおいては、カメラ11及びカメラ13を用いて金属板31の変形過程における変形部位33の表面を所定の時間間隔で撮像し、各時間ステップにおいて撮像した画像(以下、「DIC画像」という)を画像解析する。これにより、変形開始から変形終了までの各時間ステップにおける各測定点の三次元座標を測定することができる。
【0040】
(ひずみ履歴取得ステップ)
次に、ひずみ履歴取得ステップS13において、表面変形履歴取得ステップS11で取得した変形部位33の表面変形履歴から、変形過程における変形部位33のひずみ履歴を取得する。
【0041】
(スピン履歴取得ステップ)
さらに、スピン履歴取得ステップS15において、表面変形履歴取得ステップS11で取得した変形部位33の表面変形履歴から、変形過程における変形部位33のスピン履歴を取得する。
【0042】
変形履歴取得工程S10における具体的な処理について、
図4に示すように、金属板31の変形部位33に3つの測定点を設定した場合を例として説明する。
【0043】
まず、
図4に示すように、金属板31の変形部位33に複数の測定点を設定し、変形過程において所定の時間間隔で各測定点の三次元座標を測定する。
【0044】
図4において、変形過程のある時間ステップにおける各測定点の座標を変形前の座標X
iとし、当該時間ステップから所定の時間間隔が経過した後の時間ステップにおける各測定点の座標を変形後の座標x
iとする(i=0,1,2)。
【0045】
そして、変形前の時間ステップにおいて3つの測定点からなる領域a1が、変形後の時間ステップにおいて領域a2へと変形した場合、3つの測定点からなる領域の変形により生じるひずみとスピンは次のように算出することができる。
【0046】
変形前の領域a1と変形後の領域a2のそれぞれについて座標X0及びx0の測定点を基準とする。そして、座標Xi、xi(i=1、2)の測定点の基準点(X0又はx0)からの相対的な位置を、それぞれ、dXi=Xi-X0(i=1、2)、dxi=xi-x0(i=1、2)と表す。この時、dxi=FdXiを満たすFを変形勾配テンソルと呼ぶ。
【0047】
一般に、複数の測定点からなる領域の変形は前述の3つの測定点の変位から求める必要はなく、以下の式(1)で表すことができる。
【数1】
【0048】
式(1)を変形勾配テンソルFについて解くと、式(2)となる。
【数2】
【0049】
さらに、変形勾配テンソルFを用いて、右コーシー・グリーン変形テンソルC及び右ストレッチテンソルUは、それぞれ式(3)及び(4)で表される。
【数3】
【0050】
これらを用いて、対数ひずみテンソル(ヘンキーひずみテンソルE)及びスピンテンソルRは、それぞれ、式(5)及び式(6)で定義される。
【数4】
【0051】
式(5)において、ヘンキーひずみテンソルEは、変形開始から変形終了までの各時間ステップにおけるひずみである。
また、式(6)において、スピンテンソルRは、変形開始から変形終了までの各時間ステップにおけるスピンである。
【0052】
前述したように、DICによる変形履歴の取得においては、まず、変形過程における金属板31の変形部位33の表面を所定の時間間隔で撮像する。
次に、各時間ステップにおいて撮像したDIC画像を画像解析し、変形部位33に設定した各測定点の三次元座標(Xi、xi)を測定する。
続いて、測定した各測定点の三次元座標から、変形部位33の所定位置におけるヘンキーひずみテンソルEとスピンテンソルRを算出する(式(1)~式(6))。
【0053】
そして、変形開始から変形終了までの各時間ステップにおいて算出したヘンキーひずみテンソルEをひずみ履歴として取得する(S13)。
同様に、変形開始から変形終了までの各時間ステップにおいて算出したスピンテンソルRをスピン履歴として取得する(S13)。
【0054】
≪逐次応力更新工程≫
逐次応力更新工程S20は、金属板31の変形部位33に設定した各測定点の材料座標系における応力(以下、「ローカル応力」ともいう)を変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新する工程である。
そして、逐次応力更新工程S20は、
図1に示すように、取得ひずみ増分算出ステップS21と、仮定ひずみ増分算出ステップS23と、取得スピン増分算出ステップS25と、応力増分算出ステップS27と、逐次応力更新ステップS29と、を有する。
【0055】
(取得ひずみ増分算出ステップ)
まず、取得ひずみ増分算出ステップS21において、ひずみ履歴取得ステップS13で取得したひずみ履歴から取得ひずみ増分を算出する。
【0056】
取得ひずみ増分とは、ひずみ履歴取得ステップS13においてひずみ履歴を取得したひずみの増分である。
表面変形履歴取得ステップS11において変形部位33に設定した各測定点の変形過程における三次元座標を表面変形履歴として取得した場合、ひずみ履歴取得ステップS13において取得するひずみ履歴は面内2方向のひずみと面内のせん断ひずみである。そのため、取得ひずみ増分算出ステップS21において算出される取得ひずみ増分は、面内2方向のひずみ及び面内のせん断ひずみのそれぞれのひずみ増分である。
【0057】
そして、取得ひずみ増分は、ひずみ履歴を取得した時間ステップごとに算出する。各時間ステップにおける取得ひずみ増分は、例えば、当該時間ステップにおけるひずみとその前後の時間ステップにおけるひずみから算出することができる。
【0058】
(仮定ひずみ増分算出ステップ)
次に、仮定ひずみ増分算出ステップS23において、仮定ひずみ増分を算出する。
仮定ひずみ増分とは、ひずみ履歴取得ステップS13においてひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみの時間ステップ毎のひずみ増分である。そして、ひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみは、変形部位33の変形過程から変形状態を仮定し、仮定した変形状態における塑性力学理論に基づいて求めることができる。
【0059】
前述したように、ひずみ履歴取得ステップS13においては、変形部位33の表面の面内2方向(x方向及びy方向)それぞれのひずみεx及びεyと、面内(xy平面)のせん断ひずみεxyと、の3成分のひずみが算出される。
【0060】
しかしながら、金属板31の変形部位33には、面内方向のひずみ成分だけではなく、面外方向(z方向)のひずみ成分を含めた6成分のひずみ(εx、εy、εz、εxy、εyz、εzx)が生じている。
【0061】
一般的に、変形過程における金属板31の表面は自由表面となっているので、金属板31の表面の垂直方向には応力が生じない。すなわち、金属板31の変形部位33の変形状態を平面応力状態と仮定することができる。
【0062】
そして、仮定した変形状態での塑性力学理論に基づいて、DICにより取得した表面変形履歴により取得されるひずみ(εx、εy及びεxy)と、未知の面外方向を含むひずみ(εz、εyz、εzx)と、により面外方向の応力増分を与える式が得られる。
【0063】
ここで、変形部位33の変形状態を平面応力状態であると仮定すると、面外方向の応力増分は0となるので、塑性力学理論に基づくひずみと応力増分の式を用いて、面外方向のひずみ(εz)を一義に算出することができる。
【0064】
すなわち、金属板31の変形過程から変形部位33の変形状態を仮定し、仮定した変形状態における塑性力学理論に基づいて、ひずみ履歴取得ステップS13においてひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみを求めることができる。
【0065】
このように、仮定ひずみ増分算出ステップS23では、変形過程の各時間ステップにおいてひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみを変形部位の変形状態を仮定して算出する。そして、前述した取得ひずみ増分と同様、変形過程の各時間ステップにおいて変形部位の変形状態を仮定して算出したひずみ(仮定ひずみ)から仮定ひずみ増分を算出する。各時間ステップにおける仮定ひずみ増分は、前述した取得ひずみ増分と同様、当該時間ステップとその前後の時間ステップにおいて求めたひずみから算出することができる。
【0066】
なお、仮定ひずみ増分算出ステップS23は、上記のとおり変形状態を仮定して求めたひずみから算出するものに限らず、他の仮定した変形状態に基づいて仮定ひずみ増分の値を与える場合を含む。
【0067】
(取得スピン増分算出ステップ)
続いて、取得スピン増分算出ステップS25において、スピン履歴取得ステップS15で取得したスピン履歴から取得スピン増分を算出する。ここで、取得スピン増分とは、所定の時間間隔で取得した変形部位33の時間ステップごとのスピンの増分である。
各時間ステップにおける取得スピン増分は、例えば、当該時間ステップにおけるスピンとその前後の時間ステップにおけるスピンから算出することができる。
【0068】
(応力増分算出ステップ)
続いて、応力増分算出ステップS27において、取得ひずみ増分及び仮定ひずみ増分と取得スピン増分とを用いて、変形過程における変形部位33の応力増分を算出する。
【0069】
応力増分の算出には弾塑性力学に基づく材料構成則を用いることができる。このとき、材料座標系における応力増分は、ひずみ増分(取得ひずみ増分及び仮定ひずみ増分)とスピン増分とにより式(7)に示す関係で表される。
【数5】
【0070】
式(7)において、ひずみ増分テンソルDは1時間ステップでのひずみテンソルEの増加量であり、スピン増分テンソルWは1時間ステップでのスピンテンソルRの増加量である。
【0071】
さらに、式(7)における弾塑性係数テンソルC
epは、式(8)で与えることができる。
【数6】
【0072】
本実施の形態では、材料構成則の一例として、バウシンガー効果を高精度に再現可能である非特許文献1に開示されているY-Uモデルに基づいて、ひずみ増分(取得ひずみ増分、仮定ひずみ増分)から応力増分を算出する。
【0073】
Y-Uモデルは、限界曲面内を降伏曲面が移動する二曲面モデルに分類することができ、限界曲面(中心β、半径R)及び降伏曲面(中心α、半径Y)の発展がひずみ増分により以下の式(9)で定義されている。
【0074】
【0075】
このとき、式(8)は式(10)で表される。
【数8】
【0076】
このように、ひずみ増分とスピン増分が明らかとなれば材料構成則に従って応力増分が得られる。
【0077】
なお、材料構成則は、前述のY-Uモデルに限るものではなく、任意の材料構成則に従って弾塑性係数テンソルを計算してもよい。
例えば、Y-Uモデルではなく等方硬化を仮定した材料構成則を用いた場合、弾塑性係数テンソルC
epは、式(11)で表される。
【数9】
【0078】
また、弾塑性係数テンソルCepを与えるのに用いる降伏関数fには、等方性であるvon Misesの降伏関数のみではなく、材料(金属板)の異方性を高精度に表現可能なHill’48やYld2000-2d等、任意の降伏関数を用いることが可能である。
【0079】
(逐次応力更新ステップ)
続いて、逐次応力更新ステップS29において、各測定点について算出した応力増分を用いて、各測定点の材料座標系における応力を変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新する。
【0080】
逐次応力更新ステップS29では、まず、変形過程のある時間ステップにおいて、各測定点について算出した応力増分を用いてローカル応力を更新する(S29a)。
そして、全ての測定点についてローカル応力を更新したか否かを判定する(S29b)。
【0081】
全ての測定点についてローカル応力を更新していないと判定された場合(S29b)、
図1に示すように、当該測定点について前述したS21、S23、S25及びS27の各処理を実行し、ローカル応力を更新する(S29a)。
【0082】
全ての測定点についてローカル応力を更新したと判定された場合(S29b)、金属板の変形終了であるか否か、すなわち、金属板の変形終了まで次の時間ステップがあるか否かを判定する(S29c)。
【0083】
変形終了ではないと判定された場合、変形過程の次の時間ステップに進む。そして、全ての測定点について、取得ひずみ増分の算出(S21)、仮定ひずみ増分の算出(S23)と、取得スピン増分の算出(S25)と、応力増分の算出(S27)、ローカル応力の更新(S29a)、応力更新の判定(S29b)と、を実行する。
このように、逐次応力更新ステップS29においては、S29a~S29cの処理を行うことで、変形開始から変形終了までの全ての測定点のローカル応力を逐次更新する。
【0084】
≪残留応力分布算出工程≫
残留応力分布算出工程S30は、変形終了時における各測定点のローカル応力を、グローバル座標系におけるグローバル応力値に変換し、残留応力分布を算出する工程である。本実施の形態において、残留応力分布算出工程S30は、応力座標系変換ステップS31と、残留応力分布表示ステップS33と、を有する。
【0085】
(応力座標系変換ステップ)
まず、応力座標系変換ステップS31において、逐次応力更新工程S20で変形開始から変形終了まで逐次更新した各測定点のローカル応力のうち、変形終了時のローカル応力を、グローバル座標系における所定方向の応力の値(グローバル応力値)に変換する。そして、応力座標系変換ステップS31においては、変換した各測定点のグローバル応力値を変形部位の残留応力分布として求める。
【0086】
各測定点について求めたローカル応力をσとし、グローバル座標系における所定の方向をベクトルnとすると、グローバル座標系でのグローバル応力値σ
gは、式(12)により算出することができる。
【数10】
【0087】
グローバル座標系における所定方向は、グローバル座標系で表される方向であれば特に限定されるものではなく、応力の方向を揃えて算出する方向を適宜設定すればよい。
【0088】
(残留応力分布表示ステップ)
続いて、残留応力分布表示ステップS33においては、応力座標系変換ステップS31で求めた変形部位の残留応力分布を表示する。
【0089】
残留応力分布を表示させるためには、例えば、グローバル応力値を求めた各測定点の座標を変形部位のDIC画像上での座標に変換するとよい。
【0090】
変形部位33のDIC画像上での座標に変換にするためには、式(13)により、グローバル座標系における各測定点の座標(X,Y,Z)をDIC画像上の二次元平面における座標(u,v)に変換することができる。
【数11】
【0091】
なお、本実施の形態では、残留応力分布算出工程S30は、逐次応力更新工程S20の終了後に行うものであった。もっとも、変形過程における変形部位33のひずみ分布を表示させるには、逐次応力更新ステップS29において、タイムステップ毎に全ての測定の応力更新の終了後(S29b)に、残留応力分布算出工程S30をタイムステップ毎に実施してもよい。
【0092】
以上、本実施の形態に係る残留応力分布の算出方法においては、金属板31を塑性変形させる変形過程における変形部位33のひずみ履歴とスピン履歴を取得し、変形部位33に設定した複数の測定点について材料座標系の応力を逐次更新して求める。そして、変形終了時の各測定点の材料座標系の応力をグローバル座標系における所定方向のグローバル応力値に変換する。これにより、塑性変形を受けた金属板31の変形部位33の材料座標系の向きが変化する場合であっても、応力の方向を揃えて変形部位33における残留応力の分布を求めることができる。
【0093】
なお、上記の説明において、残留応力分布算出工程S30は、グローバル座標系のグローバル応力値を表示する残留応力分布表示ステップS33を有するものであったが、本発明は、残留応力分布表示ステップS33を有するものに限るものではない。
【0094】
また、本実施の形態に係る残留応力分布の算出方法において、仮定ひずみ増分算出ステップS23は、金属板における変形部位の変形過程からその変形状態を仮定し、仮定した変形状態での塑性力学理論に基づいて仮定ひずみ増分を算出するものであった。
もっとも、本発明において、仮定ひずみ増分算出ステップは、金属板が塑性変形する過程の有限要素解析を行い、その結果から変形部位の変形状態(例えば、ひずみ比)を仮定するものであってもよい。
【0095】
金属板の変形過程の有限要素解析により変形部位の変形状態を仮定して仮定ひずみ増分を算出する場合、金属板全体を解析対象とする必要はなく、変形部位とその近傍のみをモデル化して有限要素解析を実施すればよい。これにより、金属板全体を解析対象とした有限要素解析に比べると、より短時間で変形部位の変形状態を仮定することが可能となる。
【0096】
特に、板厚方向の応力が高精度に計算できるソリッド要素を用いた有限要素解析は、計算時間が大幅に増大するため、一般的なプレス成形品のプレス成形解析に用いられることは少ない。しかしながら、変形部位を含む金属板の一部を解析対象とするものであれば、ソリッド要素を用いて有限要素解析を行ったとしても、短時間かつ高精度に変形部位の変形状態を予測することができる。
したがって、本発明においては、ソリッド要素による有限要素解析による予測された変形状態を仮定し、変形過程におけるひずみ履歴とスピン履歴の取得を組み合わせることにより、さらに高精度な残留応力分布の算出が可能となる。
【0097】
<残留応力分布の算出装置>
本発明の実施の形態に係る残留応力分布の算出装置(以下、「残留応力分布算出装置」という)は、塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出するものである。
以下、
図3に示すように、パンチ41とダイ43とを用いて塑性変形させた金属板31に生じる残留応力の分布を算出する場合について、残留応力分布算出装置1の各構成を説明する。
【0098】
残留応力分布算出装置1は、一例として
図3に示すように、表示装置3と、入力装置5と、主記憶装置7と、補助記憶装置9と、カメラ11及びカメラ13と、測定制御・演算処理部15と、を備えている。
【0099】
残留応力分布算出装置1において、表示装置3、入力装置5、主記憶装置7、補助記憶装置9及び測定制御・演算処理部15は、PC(パーソナコンピュータ)等によって構成されたものを適用することができる。この場合、表示装置3と、入力装置5と、主記憶装置7と、補助記憶装置9と、カメラ11及びカメラ13は、測定制御・演算処理部15に接続され、測定制御・演算処理部15からの指令によってそれぞれの機能が実行される。
【0100】
表示装置3は、カメラ11及びカメラ13により撮像した変形部位33の画像や、算出した残留応力分布の表示等に用いられ、液晶モニター等で構成される。
【0101】
入力装置5は、変形部位33の画像や残留応力分布の表示指示や、操作者による条件入力等に用いられ、キーボードやマウス等で構成される。
【0102】
主記憶装置7は、カメラ11及びカメラ13により金属板31の変形部位33を撮像した画像や、残留応力分布を算出するためのプログラム等といった各種ファイルの記憶等に用いられ、ハードディスク等で構成される。
【0103】
補助記憶装置9は、測定制御・演算処理部15で使用するデータの一時保存や演算に用いられ、RAM(Random Access Memory)等で構成される。
【0104】
カメラ11及びカメラ13は、金属板31の変形過程における変形部位33の表面をステレオ撮影するものである。
【0105】
測定制御・演算処理部15は、変形部位33の表面変形履歴の測定を制御する測定制御部17と、測定した表面変形履歴に基づいて残留応力分布を算出するための演算処理を行う演算処理部19と、を有する。
【0106】
測定制御部17は、画像撮影手段21と、三次元座標算出手段23と、を有する。
画像撮影手段21は、2台のカメラ11及びカメラ13により、金属板31の変形過程における変形部位33の表面の所定の時間間隔での撮像を制御するものである。
三次元座標算出手段23は、撮像した画像を画像解析することにより、変形部位33に設定した複数の測定点について変形過程における三次元座標を算出するものである。
【0107】
本実施の形態において、三次元座標算出手段23は、カメラ11とカメラ13とにより金属板31の変形部位33をステレオ撮影した画像をDICにより画像処理し、変形部位33に設定した複数の測定点の三次元座標を算出する。
【0108】
DICにおいては、金属板31の変形過程において変形部位の表面を所定の時間間隔で撮像し、各時間ステップにおいて撮像した画像(以下、「DIC画像」という)を画像解析する。これにより、変形開始から変形終了までの各時間ステップにおける各測定点の三次元座標で測定することができる。
【0109】
演算処理部19は、変形履歴取得ユニット25と、逐次応力更新ユニット27と、残留応力分布算出ユニット29と、を有する。
【0110】
≪変形履歴取得ユニット≫
変形履歴取得ユニット25は、金属板31を塑性変形させる変形過程における金属板31の変形部位33の表面変形履歴を取得し、取得した表面変形履歴から変形部位33に生じるひずみ履歴とスピン履歴とを取得するものである。
変形履歴取得ユニット25は、
図3に示すように、表面変形履歴取得部25aと、ひずみ履歴取得部25bと、スピン履歴取得部25cと、を有する。
【0111】
表面変形履歴取得部25aは、金属板31の変形部位33に設定した複数の測定点について金属板31を塑性変形させる変形過程において測定した三次元座標を、変形部位33の変形開始から変形終了までの表面変形履歴として取得するものである。
【0112】
ひずみ履歴取得部25bは、表面変形履歴取得部25aにより取得した変形部位33の表面変形履歴から、変形過程における変形部位33のひずみ履歴を取得するものである。
【0113】
スピン履歴取得部25cは、表面変形履歴取得部25aにより取得した変形部位33の表面変形履歴から、変形過程における変形部位33のスピン履歴を取得するものである。
【0114】
≪逐次応力更新ユニット≫
逐次応力更新ユニット27は、金属板31の変形部位33に設定した各測定点の材料座標系における応力を変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新して求めるものである。
逐次応力更新ユニット27は、
図3に示すように、取得ひずみ増分算出部27aと、仮定ひずみ増分算出部27bと、取得スピン増分算出部27cと、応力増分算出部27dと、逐次応力更新部27eと、を有する。
【0115】
(取得ひずみ増分算出部)
取得ひずみ増分算出部27aは、ひずみ履歴取得部25bにより取得したひずみ履歴から取得ひずみ増分を算出するものである。
取得ひずみ増分とは、ひずみ履歴取得部25bによりひずみ履歴を取得したひずみの増分である。
【0116】
例えば、表面変形履歴取得部25aにより変形部位33の表面に設定した各測定点の変形過程における三次元座標を表面変形履歴として取得した場合、ひずみ履歴取得部25bにより取得するひずみ履歴は面内2方向のひずみ及び面内のせん断ひずみである。この場合、取得ひずみ増分算出部27aにより算出される取得ひずみ増分は、面内2方向のひずみ及び面内のせん断ひずみのそれぞれのひずみ増分である。
【0117】
そして、取得ひずみ増分は、変形過程においてひずみ履歴を取得した時間ステップごとに算出する。各時間ステップにおける取得ひずみ増分は、例えば、当該時間ステップにおけるひずみとその前後の時間ステップにおけるひずみから算出することができる。
【0118】
(仮定ひずみ増分算出部)
仮定ひずみ増分算出部27bは、仮定ひずみ増分を算出する。
仮定ひずみ増分とは、ひずみ履歴取得部25bによりひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみのひずみ増分である。そして、ひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみは、変形部位33の変形過程から変形状態を仮定し、仮定した変形状態における塑性力学理論に基づいて算出することができる。
【0119】
仮定ひずみ増分算出部27bによる仮定ひずみ増分の算出は、前述した本実施の形態に係る残留応力分布の算出方法の仮定ひずみ増分算出ステップS23と同様の手順により行うものとすればよい。
【0120】
すなわち、まず、金属板31の変形部位33の変形状態を平面応力状態と仮定する。そして、仮定した変形状態での塑性力学理論に基づいて、ひずみ履歴取得部25bに取得した面内2方向のひずみ及び面内のせん断ひずみと、未知の面外方向を含むひずみと、により、面外方向の応力増分を与える式を得る。
【0121】
ここで、変形部位33の変形状態を平面応力状態であると仮定すると、面外方向の応力増分は0となるので、塑性力学理論に基づくひずみと応力増分の式を用いることにより、面外方向のひずみを一義に算出することができる。
【0122】
このように、仮定ひずみ増分算出部27bは、変形過程の各時間ステップにおいてひずみ履歴を取得したひずみ以外のひずみを変形部位33の変形状態を仮定して算出する。そして、前述した取得ひずみ増分と同様、変形過程の各時間ステップにおいて変形部位の変形状態を仮定して算出したひずみから仮定ひずみ増分を算出する。各時間ステップにおける仮定ひずみ増分は、前述した取得ひずみ増分と同様、当該時間ステップとその前後の時間ステップにおいて求めたひずみから算出することができる。
【0123】
なお、仮定ひずみ増分算出部27bは、上記のとおり変形状態を仮定して求めたひずみから算出するものに限らず、他の仮定した変形状態に基づいて仮定ひずみ増分の値を与えるものであってもよい。
【0124】
(取得スピン増分算出部)
取得スピン増分算出部27cは、スピン履歴取得部25cにより取得したスピン履歴から取得スピン増分を算出するものである。ここで、取得スピン増分とは、所定の時間間隔で求めた変形部位のスピンの増分である。
各時間ステップにおける取得スピン増分は、例えば、当該時間ステップにおけるスピンとその前後の時間ステップにおけるスピンから算出することができる。
【0125】
(応力増分算出部)
応力増分算出部27dは、取得ひずみ増分及び仮定ひずみ増分と取得スピン増分とを用いて、変形過程における変形部位33の応力増分を算出する。
応力増分算出部27dによる応力増分の算出は、前述した本実施の形態に係る残留応力分布の算出方法の応力増分算出ステップS27と同様の手順で行うものとすることができる。
【0126】
応力増分算出部27dによる応力増分の算出においては、材料構成則として、前述したように、バウシンガー効果を高精度に再現可能であるY-Uモデル(非特許文献1)を好適に適用することができる。
もっとも、応力増分算出部27dは、材料構成則としてY-Uモデルを適用するものに限らず、任意の材料構成則を適用するものであってもよい。
また、材料構成則により弾塑性係数テンソルCepを与えるのに用いる降伏関数fとしては、等方性であるvon Misesの降伏関数に限らず、材料(金属板)の異方性を高精度に表現可能なHill’48やYld2000-2d等、任意の降伏関数を用いてもよい。
【0127】
(逐次応力更新部)
逐次応力更新部27eは、各測定点について算出した応力増分を用いて、各測定点の材料座標系における応力(ローカル応力)を変形過程の変形開始から変形終了まで逐次更新する。
【0128】
逐次応力更新部27eは、まず、変形過程のある時間ステップにおいて、各測定点について算出した応力増分を用いてローカル応力を更新する。
【0129】
次に、逐次応力更新部27eは、全ての測定点についてローカル応力の更新を終了したか否かを判定する。全ての測定点についてローカル応力の更新を終了していないと判定した場合、ローカル応力を更新していない測定点について、取得ひずみ増分算出部27a、仮定ひずみ増分算出部27b、取得スピン増分算出部27c、応力増分算出部27d、による処理を行う。そして、逐次応力更新部27eは、ローカル応力を更新していない測定点のローカル応力を更新する。
【0130】
全ての測定点についてローカル応力を更新したと判定した場合、逐次応力更新部27eは、金属板31の変形終了であるか否か、すなわち、金属板31の変形終了まで次の時間ステップがあるか否かを判定する。
【0131】
変形終了ではないと判定した場合、変形過程の次の時間ステップに進み、全ての測定点について、取得ひずみ増分算出部27a、仮定ひずみ増分算出部27b、取得スピン増分算出部27c、応力増分算出部27d、による処理を行う。そして、全ての測定点についてローカル応力を更新する。
変形終了であると判定した場合、逐次応力更新部27eによる処理は終了する。
【0132】
このように、逐次応力更新ユニット27は、変形開始から変形終了までの全ての測定点の材料座標系の応力を逐次更新する。
【0133】
≪残留応力分布算出ユニット≫
残留応力分布算出ユニット29は、変形終了時における各測定点の材料座標系の応力を、グローバル座標系における応力に変換し、残留応力分布を算出するものである。
本実施の形態において、残留応力分布算出ユニット29は、応力座標系変換部29aと、残留応力分布表示部29bと、を有する。
【0134】
(応力座標系変換部)
応力座標系変換部29aは、逐次応力更新ユニット27により変形開始から変形終了まで逐次更新して求めた各測定点の材料座標系の応力のうち、変形終了時における応力を、グローバル座標系における所定の方向の応力の値(グローバル応力値)に変換する。そして、応力座標系変換部29aは、変換した各測定点のグローバル応力値を変形部位33の残留応力分布として求める。
【0135】
各測定点について求めた材料座標系のローカル応力をσとし、グローバル座標系における所定の方向をベクトルnとすると、前述した式(12)によりグローバル座標系でのグローバル応力値σgを算出することができる。
【0136】
(残留応力分布表示部)
残留応力分布表示部29bは、応力座標系変換部29aにより求めた変形部位33の残留応力分布を表示するものである。
残留応力分布表示部29bにより残留応力分布を表示するためには、前述した残留応力分布表示ステップS33と同様に、グローバル応力値を求めた各測定点の座標を変形部位33のDIC画像上での座標に変換するとよい。
変形部位33のDIC画像上での座標に変換にするためには、前述した式(13)により、グローバル座標系における各測定点の座標(X,Y,Z)をDIC画像上の二次元平面における座標(u,v)に変換することができる。
【0137】
このように、本実施の形態に係る残留応力分布算出装置1によれば、変形終了時の変形部位33の全測定点に対して、グローバル座標系の応力値に変換して応力値を表示することで、応力の発生方向を揃えて高精度な残留応力の分布を表示することができる。
また、本発明により、変形中の構成度な応力分布の履歴を取得することが可能となる。
さらに、有限要素法では予測困難な金属板の破壊を伴うせん断変形等についても、金属板に生じた残留応力の分布を正確かつ容易に算出することができる。
【0138】
<残留応力分布の算出プログラム>
本発明の実施の形態は、コンピュータを、前述した残留応力分布算出装置1の各部を機能させる残留応力分布の算出プログラムとして構成することができる。
【0139】
すなわち、本実施の形態に係る残留応力分布の算出プログラムは、塑性変形を受けた金属板に生じる残留応力の分布を算出するものである。そして、本実施の形態に係る残留応力分布の算出プログラムは、コンピュータを、残留応力分布算出装置1の変形履歴取得ユニット25と、逐次応力更新ユニット27と、残留応力分布算出ユニット29として、実行させる機能を有するものである。
【0140】
ここで、残留応力分布の算出プログラムは、変形履歴取得ユニット25を、表面変形履歴取得部25a、ひずみ履歴取得部25b、スピン履歴取得部25c、として機能させるものである。
また、残留応力分布の算出プログラムは、逐次応力更新ユニット27を、取得ひずみ増分算出部27aと、仮定ひずみ増分算出部27bと、取得スピン増分算出部27cと、応力増分算出部27dと、逐次応力更新部27eと、して機能させるものである。
【0141】
さらに、残留応力分布の算出プログラムは、残留応力分布算出ユニット29を、応力座標系変換部29aと、残留応力分布表示部29bと、して機能させるものである。
【0142】
以上、本実施の形態に係る残留応力分布の算出装置及びプログラムにおいては、金属板31を塑性変形させる変形過程における変形部位33のひずみ履歴とスピン履歴を取得し、変形部位33に設定した複数の測定点について材料座標系の応力を逐次更新して求める。そして、変形終了時の材料座標系の応力をグローバル座標系における所定方向の応力値に座標変換する。これにより、塑性変形を受けた金属板の変形部位の材料座標系の向きが変化する場合であっても、応力の方向を揃えて変形部位における高精度な残留応力の分布を求めることができる。
また、本発明により、変形中の構成度な応力分布の履歴を取得することが可能となる。
さらに、有限要素法では予測困難な金属板の破壊を伴うせん断変形等についても、金属板に生じた残留応力の分布を正確かつ容易に算出することができる。
【0143】
なお、上記の説明において、残留応力分布算出ユニット29は、各測定点の材料座標系のローカル応力をグローバル座標系の所定の方向の応力値に変換したグローバル応力値を表示する残留応力分布表示部29bを有するものであった。もっとも、本発明は、残留応力分布表示部29bを有するものに限るものではない。
【0144】
また、本実施の形態に係る残留応力分布の算出装置及びプログラムにおいて、仮定ひずみ増分算出部27bは、金属板31における変形部位33の変形過程から仮定した変形状態での塑性力学理論に基づいて仮定ひずみ増分を算出するものであった。もっとも、本発明において、仮定ひずみ増分算出部は、金属板が塑性変形する過程の有限要素解析を行い、その結果から変形部位の変形状態(例えば、ひずみ比)を仮定するものであってもよい。
【0145】
金属板の変形過程の有限要素解析により変形部位の変形状態を仮定し、仮定ひずみ増分を算出する場合、前述したように、金属板全体を解析対象とする必要はなく、変形部位とその近傍のみをモデル化して有限要素解析を実施すればよい。これにより、金属板全体を解析対象とした有限要素解析に比べると、より短時間で変形部位の変形状態を仮定することが可能となる。さらに、有限要素解析において板厚方向の応力を高精度に計算できるソリッド要素を用いることも可能となり、より高精度に残留応力分布を算出することができる。
【0146】
なお、本発明に係る残留応力分布の算出装置及びプログラムは、各測定点の三次元座標をDICにより測定することに限定するものではなく、変形開始から変形終了まで所定の時間間隔で各測定点の三次元座標を測定できるものであればよい。
また、本発明に係る残留応力分布の算出装置及びプログラムの表面変形履歴取得部は、変形開始から変形終了までの所定の時間間隔で測定した各測定点の三次元座標を表面変形履歴として取得するものであってもよい。
【0147】
前述のとおり、本発明は、金属板における変形部位の表面変形履歴に基づいてひずみ履歴とスピン履歴を取得することで残留応力分布を算出するものである。そのため、従来技術のようにX線や超音波を用いた残留応力の測定で問題であった2種類以上の相を持つ均一でない金属板についても、正確に残留応力分布を算出することができる。
【0148】
また、前述したように、有限要素解析において残留応力分布を高精度に予測するためには大幅な計算時間を必要としたり、割れやせん断などの破断を伴う場合は解析が困難であった。
特に、塑性変形を受けた金属板は、当該金属板の端面から破壊することが多いため、疲労寿命や遅れ破壊特性を把握するために金属板端面の残留応力分布を正確に求めることが重要である。
これに対し、本発明によれば、金属板を塑性変形させる変形過程における当該金属板の変形部位(端面等)のひずみ履歴とスピン履歴を容易に測定することができるので、金属板端面の残留応力分布を正確に算出することができる。
【0149】
なお、上記の説明は、Y-Uモデルを用いて応力増分を算出する場合についてのものであったが、Y-Uモデルでは、応力-ひずみ関係が速度系で定義されているため、非線形変形の場合、ひずみ増分を十分に小さくしなければ応力増分に誤差を生じる。そのため、Y-Uモデルを用いて応力増分を算出する場合においては、ひずみ増分が10-6以下となるように、表面変形履歴として各測定点の三次元座標を取得する時間間隔を調整することが好ましい。
【0150】
また、本発明において取得した表面変形履歴は測定ノイズを含むと考えられ、このような測定ノイズを含む表面変形履歴から取得されるひずみ履歴とスピン履歴もノイズを含むことが懸念される。
【0151】
そのため、ひずみ履歴から算出される微小なひずみ増分(取得ひずみ増分)を用いて応力増分を算出すると、ひずみ履歴のノイズが応力増分に及ぼす影響が大きくなり、逐次算出される応力の精度が低くなる場合がある。このような場合においては、ノイズ除去のためローパスフィルター等によりひずみ履歴をスムージングすることで、高精度な残留応力分布の算出をすることができて好ましい。
【0152】
さらに、本発明によれば、従来技術のように変形終了後の残留応力だけでなく、変形中の応力を知ることができる。そのため、その変形体に生じた最大の応力や、プレス成形においては、スプリングバックにより解放された応力を算出することが可能である。
【実施例0153】
本発明に係る残留応力分布の算出方法の作用効果の検証を行ったので、以下、これについて説明する。
【0154】
実施例では、
図5に示す金属板51の引張試験により塑性変形させ、金属板51における変形部位53に所定の引張変形を付与して生じる残留応力の分布を、本発明に係る方法により算出した(発明例)。
さらに、比較例として、金属板51に引張変形を付与する過程の有限要素解析を行い、変形部位53に生じる残留応力の分布を求め、発明例として求めた残留応力分布との誤差を算出した。
なお、発明例及び比較例において、金属板51は引張強度が780、980、1470MPa級の鋼板とした。
【0155】
発明例においては、まず、DICにより、金属板51に引張変形を付与する変形過程において所定の時間間隔で変形部位53を撮像し、変形部位53に設定した各測定点の三次元座標の測定により表面変形履歴を取得した。そして、取得した表面変形履歴から、変形過程における変形部位53のひずみ履歴とスピン履歴を取得した。
【0156】
次に、取得したひずみ履歴及びスピン履歴から算出される取得ひずみ増分及び取得スピン増分と、変形部位53の変形状態を仮定して算出される仮定ひずみ増分と、を用いて、変形過程における変形部位53の応力増分を算出した。変形過程における変形部位53の応力増分の算出において、本実施例では、変形部位53の変形状態として平面応力状態を仮定した。
【0157】
続いて、算出した応力増分を用いて変形部位53の応力を逐次更新し、変形過程の変形開始から変形終了までの各時間ステップにおける変形部位53の材料座標系における応力を算出した。そして、変形終了時の材料座標系における応力をグローバル座標系における引張方向の応力に変換した。
【0158】
さらに、比較例として、金属板51の単軸引張試験の有限要素解析を行い、変形過程における金属板51の変形部位53の応力分布を算出し、発明例として求めた残留応力分布と比較した。
【0159】
表1に、発明例及び比較例として求めた、変形終了時における金属板51の長手方向中央から±25mmの範囲における残留応力の平均値と、平均平方二乗誤差RMSE(Root Mean Square Error)を示す。
【0160】
【0161】
表1より、金属板51に用いた鋼板の引張強度によらず、発明例は比較例と良好に一致していることが分かる。
【0162】
図6に、780級の鋼板を金属板51とした場合について、金属板51の幅方向中央線上における引張方向の残留応力分布を示す。
図6において、発明例と比較例による残留応力の算出値は、金属板51の中央から±6mmの範囲を除けば良好に一致しており、本発明により残留応力の分布を正確に算出できることが確認された。
【0163】
さらに、
図6のグラフから、金属板51の中央部にくびれが生じて板厚方向に変形が集中し始めており、その結果として、応力が集中していることが確認することができる。
【0164】
一方で、金属板51の中央付近では、発明例と比較例の残留応力の値に乖離がある。この乖離については、以下のように考察される。
【0165】
有限要素解析においては、解析要素サイズがくびれ変形部のような局所変形の再現性に影響することが知られている。解析要素サイズが小さいほど、一部の解析要素のみへの変形が集中し、より狭い範囲に局所変形が起きやすいため、局所的に高い応力が生じやすくなる。しかしながら、解析要素サイズは材料の板厚などに応じて決定されることが多く、有限要素解析で算出されたくびれ部の変形状態と実際の材料の変形状態は一致しているとは限らない。
これに対し、本発明に係る方法においては、金属板に生じたくびれ部における変形を実際に測定しているため、実際の変形を基に残留応力を算出している本発明の方がより高精度であると考えられる。
【0166】
さらに、金属板51の表面に残留応力分布を表示した例として、発明例によるものを
図7に、比較例によるものを
図8に示す。
【0167】
図7に示すように、発明例においては残留応力が集中している個所を正確に予測できていることが分かる。
図7に示す金属板51の変形部位53におけるA、B、C及びDの各位置における引張方向の残留応力の発明例及び比較例の結果を
図9に示す。
【0168】
図9に示すように、Aの位置においては、発明例と比較例との間で残留応力の値に乖離が見られるものの、B、C及びDの位置においては、発明例における残留応力の値は比較例と良好に一致していることが分かる。
【0169】
以上の結果より、本発明に係る方法によれば、塑性変形を受けた金属板の変形部位に生じる残留応力の分布を精度よく算出できることが示された。