(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024049585
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】ベーンの製造方法、ベーン、及びベーンを備える圧縮機、及び冷凍サイクル装置
(51)【国際特許分類】
F04C 18/356 20060101AFI20240403BHJP
F04C 29/00 20060101ALI20240403BHJP
【FI】
F04C18/356 P
F04C29/00 B
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022155889
(22)【出願日】2022-09-29
(71)【出願人】
【識別番号】000006611
【氏名又は名称】株式会社富士通ゼネラル
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 崇洋
(72)【発明者】
【氏名】泉 泰幸
(72)【発明者】
【氏名】古川 基信
【テーマコード(参考)】
3H129
【Fターム(参考)】
3H129AA04
3H129AA05
3H129AA13
3H129AB03
3H129BB31
3H129CC05
3H129CC38
(57)【要約】
【課題】ベーンの先端面と側面と端面とに必要な耐摩耗性、耐焼き付き性を確保すると共に、ベーンの製造コストを低減する。
【解決手段】ベーンの製造方法は、シリンダと、シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、シリンダの両端を塞ぐ端板と、を備える圧縮機に用いられ、シリンダとピストンとの間に形成されるシリンダ室を吸入室と圧縮室とに区画するようにシリンダのベーン溝に設けられるベーンの製造方法であって、ピストンの外周面に対して摺動する先端面を有するベーンを、Cr含有量が4.5[wt%]を超える母材によって形成し、ベーンの少なくとも先端面に高硬度コーティング層を形成し、高硬度コーティング層の形成後にベーンを窒化処理する。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダと、前記シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、前記シリンダの両端を塞ぐ端板と、を備える圧縮機に用いられ、前記シリンダと前記ピストンとの間に形成されるシリンダ室を吸入室と圧縮室とに区画するように前記シリンダのベーン溝に設けられるベーンの製造方法であって、
前記ピストンの外周面に対して摺動する先端面を有する前記ベーンを、Cr含有量が4.5[wt%]を超える母材によって形成し、
前記ベーンの少なくとも前記先端面に高硬度コーティング層を形成し、
前記高硬度コーティング層の形成後に前記ベーンを窒化処理する、ベーンの製造方法。
【請求項2】
前記ベーン溝の内面に対して摺動する側面と、前記端板に対して摺動する端面と、を有する前記ベーンに、前記窒化処理によって窒化拡散層を形成し、
前記ベーンの前記側面及び前記端面に形成された前記窒化拡散層上の窒化化合物層を削る、
請求項1に記載のベーンの製造方法。
【請求項3】
前記窒化化合物層を削ることによって前記窒化拡散層を露出させる、
請求項2に記載のベーンの製造方法。
【請求項4】
前記ベーンに前記高硬度コーティング層を形成する前に、前記ベーンを焼き入れし、その後、焼き戻しを行う、
請求項1ないし3のいずれか1項に記載のベーンの製造方法。
【請求項5】
前記ベーンに前記高硬度コーティング層を形成するとき、隣り合う前記ベーンの対向する面同士を接触させるように複数の前記ベーンを配列し、前記複数のベーンの各先端面に前記高硬度コーティング層を一括して形成する、
請求項1に記載のベーンの製造方法。
【請求項6】
DLC、CrN、Cr2Nのいずれかによって前記高硬度コーティング層を形成する、
請求項1に記載のベーンの製造方法。
【請求項7】
ステンレス鋼を母材として前記ベーンを形成する、
請求項1に記載のベーンの製造方法。
【請求項8】
シリンダと、前記シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、前記シリンダの両端を塞ぐ端板と、を備える圧縮機に用いられ、前記シリンダと前記ピストンとの間に形成されるシリンダ室を吸入室と圧縮室とに区画するように前記シリンダのベーン溝に設けられるベーンであって、
前記ピストンの外周面と摺動する先端面と、前記シリンダのベーン溝の各内面と摺動する第1側面及第2側面と、各端板と摺動する第1端面及び第2端面と、を有し、Cr含有量が4.5[wt%]を超える母材によって形成され、
少なくとも前記先端面に高硬度コーティング層が形成され、
少なくとも前記第1側面、前記第2側面、前記第1端面及び前記第2端面に窒化拡散層が形成され、
前記先端面は、窒化拡散層が形成されない領域を有する、ベーン。
【請求項9】
前記第1側面及び前記第2側面、前記第1端面及び前記第2端面は、前記窒化拡散層が露出している、
請求項8に記載のベーン。
【請求項10】
前記高硬度コーティング層は、DLC、CrN、Cr2Nのいずれかである、
請求項8に記載のベーン。
【請求項11】
ステンレス鋼を母材として形成された、
請求項8に記載のベーン。
【請求項12】
前記高硬度コーティング層の硬度は、1500[HV]以上である、
請求項8に記載のベーン。
【請求項13】
請求項8ないし12のいずれか1項に記載のベーンと、前記シリンダと、前記ピストンと、前記端板と、を備える圧縮機。
【請求項14】
請求項13に記載の圧縮機と、前記圧縮機で圧縮された冷媒を凝縮させる凝縮器と、前記凝縮器で凝縮された冷媒を減圧する減圧器と、前記減圧器で減圧された冷媒を蒸発させる蒸発器と、を備える冷凍サイクル装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベーンの製造方法、ベーン、及びベーンを備える圧縮機、冷凍サイクル装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ロータリ圧縮機の圧縮部としては、シリンダと、シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、シリンダの両端をそれぞれ塞ぐ端板と、を備えており、シリンダの内周面とピストンの外周面との間に形成されるシリンダ室を吸入室と圧縮室とに区画するように、ベーンがシリンダのベーン溝に設けられているものがある。
【0003】
この種のベーンの外周面は、ピストンの外周面に対して摺動する先端面と、ベーン溝の内面に対して摺動する側面と、端板に対して摺動する端面と、を有している。したがって、ベーンには、繰り返し摺動しても摩耗しにくい耐摩耗性と、摺動による摩擦熱で過熱しても変質しにくい耐焼き付き性が求められる。特にベーンの先端面は、ピストンとの摺動時の大きな面圧に耐えられる高い硬度(耐摩耗性)が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013-155749号公報
【特許文献2】特開昭60-26195号公報
【特許文献3】特開平11-280648号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1では、高速度鋼を母材として形成されたベーンを窒化処理することでベーンの表面全体に窒化拡散層を形成し、その後、窒化拡散層の全体に高硬度コーティング層としてDLC(ダイヤモンドライクカーボン)層を形成している。高速度鋼自体はCr含有量が少ない鋼材(例えば、Cr含有量が3.8[wt%]~4.5[wt%]程度)であり、ベーンを窒化処理するだけでは耐摩耗性、耐焼き付き性を十分に得られない。そこで、ベーンの表面全体にさらに高硬度コーティング層を形成して、耐摩耗性、耐焼き付き性を確保している。しかし、特許文献1のようにベーンの表面全体に高硬度コーティング層を形成する場合、高硬度コーティング層を形成する粒子をベーンの表面に適切に付着させるために、処理する複数のベーン同士の距離を離して処理炉内に配置することになる。このため、一度にコーティング処理できるベーンの個数が少なくなり、ベーンの製造コストが増大する問題がある。
【0006】
一方、Cr含有量が多い鋼材を母材としたベーンが開示された先行技術も知られている(特許文献2)。特許文献2では、Cr含有量が多い鋼材を母材として形成されたベーンを窒化処理してベーンの表面に窒化拡散層を形成するだけで、耐摩耗性、耐焼き付き性を確保している。しかし、特許文献2に記載されるようなベーンは、側面及び端面の耐摩耗性、耐焼き付き性が十分に得られるが、ピストンによって大きな面圧を受ける先端面の硬度が不足し、先端面の摩耗が進行するおそれがある。また、このようなベーンは、Cr含有量が多い鋼材を窒化処理することで、ベーンの表面に形成された窒化拡散層の上に、硬く脆い窒化化合物層、いわゆる白層が厚く形成されてしまう。このため、仮にベーンの硬度をさらに高めるために高硬度コーティング層を形成しようとしても、窒化化合物層と共に高硬度コーティング層が剥離するおそれがあり、高硬度コーティング層の密着性が乏しい問題がある。
【0007】
特許文献3には、窒化処理によって表面に窒化化合物層が形成されたベーンと高硬度コーティング層との密着性を高める技術が記載されている。特許文献3では、ベーンを窒化処理した後、高硬度コーティング層を形成する前に、高硬度コーティング層の構成分子のイオンをベーンに照射している。これにより、ベーンの表面に、高硬度コーティング層の構成分子とベーンの母材の構成分子とが結合した混合層が形成される。そして、混合層の上に高硬度コーティング層を形成することで、窒化化合物層が形成されたベーンと高硬度コーティング層との密着性を高められる。しかし、特許文献3のように混合層を形成する特殊な工程を追加すると、ベーンの製造コストが増大する問題がある。
【0008】
開示の技術は、上記に鑑みてなされたものであって、ベーンの先端面と側面と端面とに必要な耐摩耗性、耐焼き付き性を確保すると共に、ベーンの製造コストを低減できるベーンの製造方法、ベーン、及びベーンを備える圧縮機、冷凍サイクル装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願の開示するベーンの製造方法の一態様は、シリンダと、シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、シリンダの両端を塞ぐ端板と、を備える圧縮機に用いられ、シリンダとピストンとの間に形成されるシリンダ室を吸入室と圧縮室とに区画するようにシリンダのベーン溝に設けられるベーンの製造方法であって、ピストンの外周面に対して摺動する先端面を有するベーンを、Cr含有量が4.5[wt%]を超える母材によって形成し、ベーンの少なくとも先端面に高硬度コーティング層を形成し、高硬度コーティング層の形成後に前記ベーンを窒化処理する。
【発明の効果】
【0010】
本願の開示するベーンの製造方法の一態様によれば、ベーンの先端面と側面と端面とに必要な耐摩耗性、耐焼き付き性を確保すると共に、ベーンの製造コストを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施例のベーンを備える圧縮機を示す縦断面図である。
【
図2】
図2は、実施例の圧縮機の圧縮部を示す分解斜視図である。
【
図3】
図3は、実施例のベーンを示す斜視図である。
【
図4】
図4は、実施例のベーンの高硬度コーティング層及び窒化拡散層を示す断面図である。
【
図5】
図5は、実施例のベーンの先端部を拡大して示す断面図である。
【
図6】
図6は、実施例のベーンの製造方法を説明するための模式図である。
【
図7】
図7は、実施例のベーンの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【
図8】
図8は、実施例における高硬度コーティング層の形成工程の一例を説明するための模式図である。
【
図9】
図9は、実施例における高硬度コーティング層の形成工程の他の例を説明するための模式図である。
【
図10】
図10は、実施例の圧縮機を備える冷凍サイクル装置を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本願の開示するベーンの製造方法及びベーンの実施例を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の実施例によって、本願の開示するベーンの製造方法及びベーンが限定されるものではない。
【実施例0013】
(圧縮機の構成)
図1は、実施例のベーンを備える圧縮機を示す縦断面図である。
図1に示すように、圧縮機1は、本体容器10の内部に、冷媒をアキュムレータ25から吸入して圧縮した冷媒を本体容器10の内部に吐出する圧縮部12と、圧縮部12を駆動するモータ11と、が収容され、圧縮部12で圧縮された高圧冷媒を本体容器10の内部に吐出し、さらに吐出管107を通して冷凍サイクルに吐出するロータリ圧縮機である。また、圧縮機1は、モータ11の駆動力を圧縮部12に伝える回転軸15と、本体容器10の外周面に固定されたアキュムレータ25を備える。
【0014】
本体容器10には、冷凍サイクルの低圧冷媒を圧縮部12に吸入するための上圧縮部吸入管102T及び下圧縮部吸入管102Sが本体容器10を貫通して設けられている。詳しくは、本体容器10に上ガイド管101Tが例えばろう付けによって固定され、上圧縮部吸入管102Tは上ガイド管101Tの内側を通って上ガイド管101Tに例えばろう付けによって固定されている。同様に、本体容器10に下ガイド管101Sが例えばろう付けによって固定され、下圧縮部吸入管102Sは下ガイド管101Sの内側を通って下ガイド管101Sに例えばろう付けによって固定されている。
【0015】
圧縮部12で圧縮された高圧冷媒を本体容器10の内部から冷凍サイクルに吐出するための吐出管107が本体容器10における上部を貫通して設けられている。本体容器10における下部には、圧縮機1全体を支持するベース部材310が溶接によって固定されている。
【0016】
アキュムレータ25は、アキュムレータ25の内部に冷凍サイクルから冷媒を吸入するアキュムレータ吸入管27と、気体冷媒を圧縮部12に送るための上気液分離管31T及び下気液分離管31Sと、を備える。アキュムレータ吸入管27は、アキュムレータ25における上部に接続されている。上気液分離管31Tは、上連絡管104Tを介して上圧縮部吸入管102Tと接続されている。下気液分離管31Sは、下連絡管104Sを介して下圧縮部吸入管102Sと接続されている。
【0017】
図2は、実施例の圧縮機1の圧縮部12を示す分解斜視図である。
図1及び
図2に示すように、圧縮部12は、上シリンダ121Tと、下シリンダ121Sと、中間仕切板140と、上端板160Tと、下端板160Sと、を有しており、上端板160T、上シリンダ121T、中間仕切板140、下シリンダ121S、下端板160Sの順に積層され、複数のボルト175により固定されている。上端板160Tには主軸受部161Tが設けられている。下端板160Sには副軸受部161Sが設けられている。回転軸15には主軸部153と、上偏心部152Tと、下偏心部152Sと、副軸部151と、が設けられている。回転軸15は、圧縮部12に支持される主軸部153及び副軸部151を有する。回転軸15の主軸部153が上端板160Tの主軸受部161Tに嵌め込まれ、回転軸15の副軸部151が下端板160Sの副軸受部161Sに嵌め込まれることにより、回転軸15は主軸受部161T及び副軸受部161Sに回転自在に支持される。
【0018】
モータ11は、外側に配置されたステータ111と、内側に配置されたロータ112と、を有している。ステータ111は、本体容器10の内周面10aに例えば焼嵌めや溶接によって固定されている。ロータ112は、回転軸15に焼嵌めによって固定されている。
【0019】
本体容器10の内部には、圧縮部12の摺動部材の潤滑、及びシリンダ室内の高圧部と低圧部とのシールのために、圧縮部12がほぼ浸漬する量の潤滑油18が封入されている。
【0020】
次に、
図2を用いて圧縮部12を詳しく説明する。上シリンダ121Tには内部に円筒状の上中空部130Tが設けられ、上中空部130Tには上ピストン125Tが配置されている。上ピストン125Tは回転軸15の上偏心部152Tに嵌め込まれている。下シリンダ121Sには内部に円筒状の下中空部130Sが設けられ、下中空部130Sには下ピストン125Sが配置されている。下ピストン125Sは回転軸15の下偏心部152Sに嵌め込まれている。
【0021】
上シリンダ121Tには上中空部130Tから外周側へ延びる上ベーン溝128Tが設けられており、上ベーン溝128Tに上ベーン127Tが配置されている。上シリンダ121Tには外周から上ベーン溝128Tに通じる上スプリング穴124Tが設けられており、上スプリング穴124Tに上スプリング126Tが配置されている。下シリンダ121Sには下中空部130Sから外周側へ延びる下ベーン溝128Sが設けられており、下ベーン溝128Sに下ベーン127Sが配置されている。下シリンダ121Sには外周から下ベーン溝128Sに通じる下スプリング穴124Sが設けられており、下スプリング穴124Sに下スプリング126Sが配置されている。
【0022】
上ベーン127Tの一端が上スプリング126Tによって上ピストン125Tに押し当てられることにより、上シリンダ121Tの上中空部130Tにおいて上ピストン125Tの外側の空間が、上シリンダ室である上吸入室131Tと上圧縮室133Tに区画される。上シリンダ121Tには、外周から上吸入室131Tに連通する上吸入穴135Tが設けられている。上吸入穴135Tには上圧縮部吸入管102Tが接続されている。下ベーン127Sの一端が下スプリング126Sによって下ピストン125Sに押し当てられることにより、下シリンダ121Sの下中空部130Sにおいて下ピストン125Sの外側の空間が、下シリンダ室である下吸入室131Sと下圧縮室133Sに区画される。下シリンダ121Sには、外周から下吸入室131Sに連通する下吸入穴135Sが設けられている。下吸入穴135Sには下圧縮部吸入管102Sが接続されている。
【0023】
上端板160Tには、上端板160Tを貫通して上圧縮室133Tに連通する上吐出穴190Tが設けられている。上端板160Tには、上吐出穴190Tを開閉するリード弁である上吐出弁200Tと、上吐出弁200Tの反りを規制する上吐出弁押さえ201Tと、が上リベット202Tによって固定されている。上端板160Tの上側には、上吐出穴190Tを覆う上端板カバー170Tが配置され、上端板160Tと上端板カバー170Tとで閉塞される上端板カバー室180Tが形成される。上端板カバー170Tは、上端板160Tと上シリンダ121Tとを固定する複数のボルト175によって上端板160Tに固定される。上端板カバー170Tには、上端板カバー室180Tと本体容器10の内部を連通する上端板カバー吐出穴172が設けられている。また、圧縮部12が本体容器10内に設けられる際、本体容器10の内周面10aが上端板160Tの外周面182aに焼き嵌めされると共に、本体容器10と溶接された複数の溶接部V(
図4)によって接合される。本実施例における上端板160Tの構造の詳細については後述する。
【0024】
下端板160Sには、下端板160Sを貫通して下圧縮室133Sに連通する下吐出穴190Sが設けられている。下端板160Sには、下吐出穴190Sを開閉するリード弁である下吐出弁200Sと、下吐出弁200Sの反りを規制する下吐出弁押さえ201Sと、が下リベット202Sによって固定されている。下端板160Sの下側には、下吐出穴190Sを覆う下端板カバー170Sが配置され、下端板160Sと下端板カバー170Sとで閉塞される下端板カバー室180Sを形成する(
図1参照)。下端板カバー170Sは、下端板160Sと下シリンダ121Sとを固定する複数のボルト175によって下端板160Sに固定される。
【0025】
また、圧縮部12には、下端板160S、下シリンダ121S、中間仕切板140、上端板160T及び上シリンダ121Tを貫通し、下端板カバー室180Sと上端板カバー室180Tとを連通する冷媒通路穴136(
図2参照)が設けられている。
【0026】
以下に、回転軸15の回転による冷媒の流れを説明する。回転軸15の回転によって、回転軸15の上偏心部152Tに嵌め込まれた上ピストン125T、及び下偏心部152Sに嵌め込まれた下ピストン125Sが公転運動することにより、上吸入室131T及び下吸入室131Sが容積を拡大しながら冷媒を吸入する。冷媒の吸入路として、冷凍サイクルの低圧冷媒は、アキュムレータ吸入管27を通してアキュムレータ25の内部に吸入され、気体冷媒だけが上気液分離管31T及び下気液分離管31Sに吸入される。上気液分離管31Tに吸入された気体冷媒は、上連絡管104Tと上圧縮部吸入管102Tとを通って上吸入室131Tに吸入される。同様に、下気液分離管31Sに吸入された気体冷媒は、下連絡管104Sと下圧縮部吸入管102Sとを通って下吸入室131Sに吸入される。
【0027】
次に、回転軸15の回転による吐出冷媒の流れを説明する。回転軸15の回転によって、回転軸15の上偏心部152Tに嵌合された上ピストン125Tが公転運動することにより、上圧縮室133Tが容積を縮小しながら冷媒を圧縮し、圧縮した冷媒の圧力が上吐出弁200Tの外側の上端板カバー室180Tの圧力よりも高くなったとき、上吐出弁200Tが開いて上圧縮室133Tから上端板カバー室180Tへ冷媒を吐出する。上端板カバー室180Tに吐出された冷媒は、上端板カバー170Tに設けられた上端板カバー吐出穴172から本体容器10内に吐出される。
【0028】
また、回転軸15の回転によって、回転軸15の下偏心部152Sに嵌め込まれた下ピストン125Sが公転運動することにより、下圧縮室133Sが容積を縮小しながら冷媒を圧縮し、圧縮した冷媒の圧力が下吐出弁200Sの外側の下端板カバー室180Sの圧力よりも高くなったとき、下吐出弁200Sが開いて下圧縮室133Sから下端板カバー室180Sへ冷媒を吐出する。下端板カバー室180Sに吐出された冷媒は、冷媒通路穴136及び上端板カバー室180Tを通って上端板カバー170Tに設けられた上端板カバー吐出穴172Tから本体容器10内に吐出される。
【0029】
本体容器10内に吐出された冷媒は、ステータ111の外周に設けられた上下を連通する切欠き(図示せず)、又はステータ111の巻線部の隙間(図示せず)、又はステータ111とロータ112との隙間115(
図1参照)を通ってモータ11の上方に導かれ、本体容器10の上部に配置された吐出管107から吐出される。
【0030】
次に、潤滑油18の流れを説明する。本体容器10の下部に封入されている潤滑油18は、回転軸15の遠心力により回転軸15の内部(図示せず)を通って圧縮部12に供給される。圧縮部12に供給された潤滑油18は、冷媒に巻き込まれ霧状となって冷媒と共に本体容器10の内部に排出される。霧状となって本体容器10の内部に排出された潤滑油18はモータ11の回転力によって遠心力で冷媒と分離され、油滴となって再び本体容器10の下部に戻る。しかし一部の潤滑油18は分離されずに冷媒と共に冷凍サイクルに排出される。冷凍サイクルに排出された潤滑油18は冷凍サイクルを循環してアキュムレータ25に戻り、アキュムレータ25の内部で分離されアキュムレータ25における下部に滞留する。アキュムレータ25における下部に滞留した潤滑油18は吸入冷媒と共に上吸入室131T、下吸入室131Sに吸入される。
【0031】
(圧縮機の特徴的な構成)
次に、実施例の圧縮機1の特徴的な構成について説明する。実施例の特徴には、上ベーン127T及び下ベーン127S(以下、ベーン127とも称する。)の表面に形成された高硬度コーティング層211、窒化拡散層212が含まれる。上ベーン127Tと下ベーン127Sは構造が同一であるため、以下、上ベーン127Tについて説明し、下ベーン127Sの説明を省略する。
【0032】
図3は、実施例のベーンを示す斜視図である。
図3に示すように、上ベーン127Tは、上ピストン125Tの外周面に対して摺動する先端面129aと、上ベーン溝128Tの内面に対して摺動する第1側面129b及び第2側面129cと、を有する。また、上ベーン127Tは、上端板160Tの端面に対して摺動する第1端面129dと、端板としての中間仕切板140の端面に対して摺動する第2端面129eと、上スプリング126Tによって押圧される背面129fと、を有する。なお、下ベーン127Sについて補足すると、下ベーン127Sは、端板としての中間仕切板140の端面に対して摺動する第1端面129dと、下端板160Sの端面に対して摺動する第2端面129eと、を有する。
【0033】
上ベーン127Tは、鉄系の金属材料である母材によって形成されており、第1側面129b及び第2側面129c、第1端面129d及び第2端面129eがそれぞれ平坦な板状に形成されている。実施例における上ベーン127Tは、Cr(クロム)の含有量が4.5[wt%]を超える母材によって形成されている。母材の一例としては、Crの含有量が16[wt%]~18[wt%]程度のSUS440C(ステンレス鋼の一種)、Crの含有量が4.8[wt%]~5.5[wt%]程度のSKD61(ダイス鋼の一種)、Crの含有量11.0[wt%]~13.0[wt%]程度のSKD11(ダイス鋼の一種)などが用いられている。
【0034】
このように上ベーン127Tは、Crの含有量が4.5[wt%]を超える母材によって形成されることで耐摩耗性及び耐焼き付き性が適正に確保されている。また、上ベーン127Tは、Crの含有量が10[wt%]を越えるステンレス鋼によって形成される場合には、特に摺動面積が広い第1側面129b及び第2側面129cの耐摩耗性、耐焼き付き性を十分に確保できる。
【0035】
上ベーン127Tの先端面129aは、第1端面129d及び第2端面129eに直交する方向から見たときに、円弧状に形成されている。上ベーン127Tの背面129fには、上スプリング126Tの端部が係合する係合部138が、平坦な背面129fの一部を切り欠いて形成されている。
【0036】
図4は、実施例のベーン127の高硬度コーティング層及び窒化拡散層を示す断面図である。
図4は、ベーン127の第1端面129d及び第2端面129eに直交する断面図である。
図5は、実施例のベーン127の先端部を拡大して示す断面図である。
図5は、ベーン127の第1側面129b及び第2側面129cに直交する断面図である。
【0037】
図4に示すように、上ベーン127Tの先端面129aには、高硬度コーティング層211が形成されている。また、上ベーン127Tの外周面には、窒化処理によって、先端面129aの外周縁部(例えば、先端面129aにおいて、第1側面129b、第2側面129c、第1端面129d、第2端面129eのそれぞれに隣接する箇所)を除き、第1側面129b及び第2側面129cの全域、第1端面129d及び第2端面129eの全域、背面129f及び係合部138の表面138aの全域に窒化拡散層212が形成されており、窒化拡散層212の上に、窒化化合物層213、いわゆる白層が形成されている。なお、窒化化合物層213は、窒化処理された上ベーン127Tの寸法精度や面精度を確保するために所定の厚さ以下になるように削られてもよい。また、窒化化合物層213は、窒化拡散層212の上から完全に除去されることで上ベーン127Tの外表面に窒化拡散層212が露出されてもよく、多孔質性の窒化化合物層213の摩耗を未然に防げる。
【0038】
図5に示すように、上ベーン127Tの先端面129aの全域には、高硬度コーティング層211が形成されている。高硬度コーティング層211は、例えば、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)、CrN(窒化クロム)、Cr2N(窒化二クロム)等である。高硬度コーティング層211の硬度は、1500[HV]以上であり、上ベーン127Tの先端面129aの耐摩耗性が適正に確保されている。一方、上ベーン127Tの第1側面129b、第2側面129c、第1端面129d、第2端面129eに形成された窒化拡散層212または窒化化合物層213の硬度は、900[HV]以上であることが望ましい。
【0039】
上ベーン127Tの各製造工程については後述するが、実施例の上ベーン127Tには、高硬度コーティング層211の形成後に窒化拡散層212が形成されている。このため、上ベーン127Tの先端面129aは、
図4及び
図5に示すように、窒化拡散層212が形成されない領域Aを有する。
【0040】
(圧縮機が備えるベーンの製造方法)
以上のように構成された圧縮機1が備えるベーン127の製造方法について説明する。
図6は、実施例のベーン127の製造方法を説明するための模式図である。
図7は、実施例のベーン127の製造方法を説明するためのフローチャートである。
【0041】
図6及び
図7に示すように、Cr(クローム)の含有量が4.5[wt%]を超える母材によってベーン127を形成する(ステップS1)。これにより、ベーン127の耐摩耗性及び耐焼き付き性が適正に確保される。実施例では、例えば、Crの含有量が16[wt%]~18[wt%]程度のステンレス鋼によってベーン127を形成する。Crの含有量が10[wt%]を越えるステンレス鋼によってベーン127を形成することで、特に摺動面積が広い第1側面129b及び第2側面129cの耐摩耗性、耐焼き付き性を十分に確保できる。
【0042】
続いて、本実施例では、ベーン127を形成した後、ベーン127を焼き入れすることにより(ステップS2)、母材の耐摩耗性、機械的強度を高める。ベーン127の焼き入れ後、ベーン127を焼き戻しすることにより(ステップS3)、母材の靭性が高められる。
【0043】
次に、ベーン127の先端面129aに、高硬度コーティング層211を形成する(ステップS4)。高硬度コーティング層211は、例えば、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)、CrN(窒化クロム)、Cr2N(窒化二クロム)等の各種のコーティングのいずれかによって形成される。これにより、ベーン127の先端面129aの耐摩耗性が高められる。
【0044】
高硬度コーティング層211の形成は、例えば、真空蒸着、スパッタリングによって形成される。また、本実施例では、ベーン127の先端面129aのみに高硬度コーティング層211を形成するようにしたことで、高硬度コーティング層211を形成しない側面129b、129c同士及び端面129d、129e同士を接触させて複数のベーン127を配列してコーティングを行うことが可能になる。このため、1度にコーティングを行えるベーン127の個数を増やせるので、ベーン127の製造コストの低減を図ることができる。
【0045】
実施例の製造方法は、ベーン127の先端面129aのみに高硬度コーティング層211を形成する工程を有することに限定されない。必要に応じて、ベーン127の先端面129aに加えて、例えば、後述する
図8や
図9にて示されるような複数のベーン127を一度にまとめてコーティングする場合には、第1側面129b、第2側面129c、第1端面129d、第2端面129eの4つの面のうちのいずれか1つの面または複数の面に、高硬度コーティング層211が形成されていてもよい。また、ベーン127の先端面129aに加えて、例えば、第1側面129b、第2側面129c、第1端面129d、第2端面129eのそれぞれにおける、先端面129aと隣接する部分に、高硬度コーティング層211が形成されていてもよい。
【0046】
続いて、高硬度コーティング層211の形成後、ベーン127を窒化処理する。窒化処理は、ガス窒化やガス軟窒化、イオン窒化等が例示される。窒化処理では、母材の表面から内部に窒素原子が浸透し拡散することで、母材の外表面付近に窒化拡散層212や窒化化合物層213が形成される。実施例では、ベーン127の窒化処理によって、ベーン127の第1側面129b及び第2側面129c、第1端面129d及び第2端面129e、背面129f及び係合部138の表面138aに、窒化拡散層212が形成されると共に、窒化拡散層212よりも外表面側に窒化化合物層213が形成される。
【0047】
このように実施例では、ベーン127を窒化処理する前に、ベーン127の先端面129aに高硬度コーティング層211を形成する。このため、高硬度コーティング層211は、ベーン127に形成される窒化化合物層213の上(外表面側)に形成されることが避けられるので、高硬度コーティング層211と先端面129aとの密着性が確保されるとともに、高硬度コーティング層211によって先端面129aの耐摩耗性、耐焼き付き性が高められる。このため、高硬度コーティング層211の密着性を高めるための混合層を形成するといった特殊な工程を追加する必要がなく、ベーン127の製造コストの低減を図れる。また、ベーン127を窒化処理することで、ベーン127の第1側面129b及び第2側面129c、第1端面129d及び第2端面129eの耐摩耗性、耐焼き付き性が確保される。
【0048】
最後に、ベーン127の窒化化合物層213を削る(ステップS6)。この工程では、
窒化化合物層213の厚さが所定厚さ(例えば、1[μm])以下になるように窒化化合物層213を削る。また、この工程では、ベーン127の第1側面129b及び第2側面129c、第1端面129d及び第2端面129eに形成された窒化化合物層213をそれぞれ削る。これにより、窒化処理に伴ってベーン127の表面に生じた微少な膨らみや微小な凹部を有する表層を削り、第1側面129b及び第2側面129c、第1端面129d及び第2端面129eを平坦面とすることで、上ベーン溝128T(下ベーン溝128S)の内面、上端板160T(下端板160S)及び中間仕切板140の端面に対して摺動するベーン127の寸法精度や面精度(平面度)を確保できる。
【0049】
なお、窒化化合物層213を削る工程では、窒化化合物層213が完全に除去されるまで削られることで、窒化拡散層212がベーン127の外部へ露出されてもよい。これにより、硬度が高い一方で多孔質なために脆い窒化化合物層213が、高い面圧で摺動する際に摩耗してしまうのを未然に防ぐことができる。実施例では、ベーン127の第1側面129b及び第2側面129c、第1端面129d及び第2端面129e、背面129f及び係合部138の表面138aの窒化化合物層213がそれぞれ除去されて窒化拡散層212が露出されるが、例えば、摺動面積が広い第1側面129b及び第2側面129cの窒化化合物層213が完全に除去されて窒化拡散層212が露出され、第1端面129d及び第2端面129e、背面129f及び係合部138の表面138aの窒化化合物層213は、完全には除去されずに窒化拡散層212を覆っていてもよい。
【0050】
なお、ベーン127の耐摩耗性を確保する観点では、窒化化合物層213の硬度が窒化拡散層212よりも高いので、ベーン127の窒化拡散層212の上に窒化化合物層213が形成されていても支障がない。このため、本実施例の製造方法は、窒化化合物層213を削る工程を有することに限定されず、窒化拡散層212の上に窒化化合物層213が残されてもよい。この場合、窒化化合物層213を削らずに済むので、工数を削減してベーン127の製造を容易化することができる。
【0051】
図8は、実施例における高硬度コーティング層211の形成工程の一例を説明するための模式図である。
図9は、実施例における高硬度コーティング層211の形成工程の他の例を説明するための模式図である。
【0052】
ベーン127の先端面129aに高硬度コーティング層211を形成する形成工程では、ベーン127に高硬度コーティング層211を形成するとき、隣り合わせに置かれたベーン127の対向する面同士を接触させるように複数のベーン127を配列し、複数のベーン127の各先端面129aに高硬度コーティング層211を一括して形成する。これにより、1度の形成工程で高硬度コーティング層211を形成できるベーン127の個数を増やせるので、ベーン127の製造コストを低減できる。ここで、隣り合うベーン127同士の対向する面は、第1側面129b及び第2側面129c、第1端面129d及び第2端面129eを含む。
【0053】
具体的には
図8に示すように、処理炉内に複数のベーン127を配列する場合、隣り合うベーン127の各側面129b、129c同士、すなわち、対向する第1側面129bと第2側面129cが接するように並べることで、複数のベーン127の各先端面129aに高硬度コーティング層211を形成する。このように、ベーン127へのコーティングのマスキング部材として他のベーン127を利用することで、ベーン127のコーティングを施さない面へのマスキング工程を削減することもできる。
【0054】
処理炉内に複数のベーン127を配列する他の例として、
図9に示すように、隣り合うベーン127の各側面129b、129c同士、すなわち、対向する第1側面129bと第2側面129cが接するように並べると共に、隣り合うベーン127の各端面129d、129e同士、すなわち、対向する第1端面129dと第2端面129eが接するように並べてもよい。これにより、1度の形成工程で高硬度コーティング層211を形成できるベーン127の個数を更に増やし、ベーン127の製造コストを更に低減できる。
【0055】
(冷凍サイクル装置の構成)
ここで、圧縮機1を備える冷凍サイクル装置2の一例を説明する。
図10は、実施例の圧縮機1を備える冷凍サイクル装置2を示す模式図である。
【0056】
図10に示すように、実施例の冷凍サイクル装置2は、本体容器10及びアキュムレータ26を有する圧縮機1と、圧縮機1で圧縮された冷媒を凝縮させる凝縮器(第1熱交換器4と第2熱交換器6のいずれか一方)と、凝縮器で凝縮された冷媒を減圧する減圧器としての膨張弁5と、膨張弁5で減圧された冷媒を蒸発させる蒸発器(第1熱交換器4と第2熱交換器6のいずれか他方)と、圧縮機1から吐出された冷媒が循環する配管7と、を備える。
【0057】
圧縮機1から吐出された冷媒が流れる配管7の流路には、冷媒の流れを切り替える四方弁8が設けられている。例えば、冷凍サイクル装置2を暖房運転する場合、
図10中に実線の矢印で示すように冷媒が循環し、室内熱交換器である第1熱交換器4が凝縮器に相当し、室外熱交換器である第2熱交換器6が蒸発器に相当する。なお、冷凍サイクル装置2を冷房運転する場合には、
図10中に点線の矢印で示すように冷媒が循環し、室外熱交換器である第2熱交換器6が凝縮器に相当し、室内熱交換器である第1熱交換器4が蒸発器に相当する。
【0058】
(実施例の効果)
上述したように、実施例のベーン127の製造方法は、上ピストン125T(下ピストン125S)の外周面に対して摺動する先端面129aを有する上ベーン127T(下ベーン127S)を、Cr含有量が4.5[wt%]を超える母材によって形成し、上ベーン127T(下ベーン127S)の少なくとも先端面129aに高硬度コーティング層211を形成し、高硬度コーティング層211の形成後に上ベーン127T(下ベーン127S)を窒化処理する。このように、上ベーン127T(下ベーン127S)を窒化処理する前に、上ベーン127T(下ベーン127S)の先端面129aに高硬度コーティング層211を形成することで、高硬度コーティング層211が窒化化合物層213の上に形成されることが避けられるので、高硬度コーティング層211と先端面129aとの密着性が確保され、高硬度コーティング層211によって先端面129aの耐摩耗性、耐焼き付き性が高められる。このため、高硬度コーティング層211の密着性を高めるための工程を追加する必要がなく、上ベーン127T(下ベーン127S)の製造コストの低減を図れる。また、上ベーン127T(下ベーン127S)を窒化処理することで、上ベーン127T(下ベーン127S)の第1側面129b及び第2側面129c、第1端面129d及び第2端面129eの耐摩耗性、耐焼き付き性が確保される。
【0059】
したがって、実施例のベーン127の製造方法によれば、ベーン127の先端面129aと、第1側面129b及び第2側面129cと、第1端面129d及び第2端面129eとに必要な耐摩耗性、耐焼き付き性を確保すると共に、ベーン127の製造コストを低減する。また、例えば、高硬度コーティング層211をベーン127の先端面129aのみに形成することで、高硬度コーティング層211を形成しない側面129b、129c同士及び端面129d、129e同士を接触させて複数のベーン127を配列してコーティングを行うことが可能になる。このため、1度にまとめてコーティングを行えるベーン127の個数を増やせるので、ベーン127の製造コストの低減を図れる。
【0060】
また、実施例のベーン127の製造方法は、ベーン127の第1側面129b及び第2側面129c、第1端面129d及び第2端面129eに形成された窒化拡散層212上の窒化化合物層213をそれぞれ削る。これにより、窒化処理に伴って微少に変形したベーン127の表層を削り、上ベーン溝128T(下ベーン溝128S)の内面、上端板160T(下端板160S)及び中間仕切板140の端面に対して摺動するベーン127の寸法精度や面精度を確保できる。
【0061】
また、実施例のベーン127の製造方法は、窒化化合物層213を削ることによって窒化拡散層212を露出させる。これにより、窒化化合物層213が除去されるので、ベーン127からの窒化化合物層213の剥離を未然に防げる。
【0062】
また、実施例のベーン127の製造方法は、ベーン127に高硬度コーティング層211を形成する前に、ベーン217を焼き入れし、その後、焼き戻しを行う。これにより、ベーン127の母材の耐摩耗性(硬度)を更に高められる。
【0063】
また、実施例のベーン127の製造方法は、ベーン127に高硬度コーティング層211を形成するとき、隣り合うベーン127の対向する面同士を接触させるように複数のベーン127を配列し、複数のベーン127の各先端面129aに高硬度コーティング層211を一括して形成する。これにより、1度の形成工程で高硬度コーティング層211を形成できるベーン127の個数を増やせるので、ベーン127の製造コストを低減できる。また、ベーン127へのコーティングのマスキング部材として他のベーン127を利用することで、ベーン127のコーティングを施さない面へのマスキング工程を削減することもできる。
【0064】
また、実施例のベーン127の製造方法は、DLC、CrN、Cr2Nのいずれかによって高硬度コーティング層211を形成する、これにより、高硬度コーティング層211の硬度が1500[HV]以上に確保されるので、ベーン127の先端面129aの耐摩耗性を適正に確保できる。
【0065】
また、実施例のベーン127の製造方法は、ステンレス鋼を母材としてベーン127を形成する。これにより、Crの含有量が10[wt%]を越えるステンレス鋼によってベーン127が形成されるので、特に摺動面積が広い第1側面129b及び第2側面129cの耐摩耗性、耐焼き付き性を十分に確保できる。
【0066】
なお、本実施例では、圧縮機1として、上シリンダ121Tと下シリンダ121Sの2つのシリンダ121を備える2シリンダ式のロータリ圧縮機を例示したが、シリンダ121を1つだけ備える1シリンダ式のロータリ圧縮機であってもよい。
シリンダと、前記シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、前記シリンダの両端を塞ぐ端板と、を備える圧縮機に用いられ、前記シリンダと前記ピストンとの間に形成されるシリンダ室を吸入室と圧縮室とに区画するように前記シリンダのベーン溝に設けられるベーンの製造方法であって、
前記ピストンの外周面に対して摺動する先端面を有する前記ベーンを、Cr含有量が4.5[wt%]を超える母材によって形成し、
前記ベーンの少なくとも前記先端面に高硬度コーティング層を形成し、
前記高硬度コーティング層の形成後に前記ベーンを窒化処理し、
前記ベーン溝の内面に対して摺動する側面と、前記端板に対して摺動する端面と、を有する前記ベーンに、前記窒化処理によって窒化拡散層を形成し、
前記ベーンの前記側面及び前記端面に形成された前記窒化拡散層上の窒化化合物層を削ることによって前記窒化拡散層を露出させる、ベーンの製造方法。
前記ベーンに前記高硬度コーティング層を形成するとき、隣り合う前記ベーンの対向する面同士を接触させるように複数の前記ベーンを配列し、前記複数のベーンの各先端面に前記高硬度コーティング層を一括して形成する、
請求項1に記載のベーンの製造方法。
シリンダと、前記シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、前記シリンダの両端を塞ぐ端板と、を備える圧縮機に用いられ、前記シリンダと前記ピストンとの間に形成されるシリンダ室を吸入室と圧縮室とに区画するように前記シリンダのベーン溝に設けられるベーンであって、
前記ピストンの外周面と摺動する先端面と、前記シリンダのベーン溝の各内面と摺動する第1側面及び第2側面と、各端板と摺動する第1端面及び第2端面と、を有し、Cr含有量が4.5[wt%]を超える母材によって形成され、
少なくとも前記先端面に高硬度コーティング層が形成され、
少なくとも前記第1側面、前記第2側面、前記第1端面及び前記第2端面は、窒化拡散層が露出し、
前記先端面は、窒化拡散層が形成されない領域を有する、ベーン。
本願の開示するベーンの製造方法の一態様は、シリンダと、シリンダの内周面に沿って公転するピストンと、シリンダの両端を塞ぐ端板と、を備える圧縮機に用いられ、シリンダとピストンとの間に形成されるシリンダ室を吸入室と圧縮室とに区画するようにシリンダのベーン溝に設けられるベーンの製造方法であって、ピストンの外周面に対して摺動する先端面を有するベーンを、Cr含有量が4.5[wt%]を超える母材によって形成し、ベーンの少なくとも先端面に高硬度コーティング層を形成し、高硬度コーティング層の形成後に前記ベーンを窒化処理し、ベーン溝の内面に対して摺動する側面と、端板に対して摺動する端面と、を有するベーンに、窒化処理によって窒化拡散層を形成し、ベーンの側面及び端面に形成された窒化拡散層上の窒化化合物層を削ることによって窒化拡散層を露出させる。