(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024049591
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】レーザ溶接継手およびレーザ溶接方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240403BHJP
B23K 26/32 20140101ALI20240403BHJP
C22C 38/38 20060101ALI20240403BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20240403BHJP
B23K 35/30 20060101ALN20240403BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
B23K26/32
C22C38/38
C22C38/60
B23K35/30 320A
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022155897
(22)【出願日】2022-09-29
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】長尾 涼太
(72)【発明者】
【氏名】岩田 匠平
(72)【発明者】
【氏名】原 亜怜
(72)【発明者】
【氏名】石神 篤史
(72)【発明者】
【氏名】安藤 彰芳
【テーマコード(参考)】
4E168
【Fターム(参考)】
4E168BA38
4E168BA83
4E168DA23
4E168DA28
4E168FB03
(57)【要約】
【課題】耐摩耗鋼板の溶接継手に関して、レーザ溶接方法を用いることにより、熱影響部の軟化領域を低減させた溶接継手を提供する。
【解決手段】板厚tが3~15mm、ビッカース硬さHVが425以上の鋼板を突き合わせてレーザ溶接により接合された溶接金属を有するレーザ溶接継手であって、鋼板の化学組成が質量%で、C:0.15~0.35%、Si:0.20~0.55%、Mn:0.50~1.60%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Cr:0.80%以下を含有し、必要に応じて、Ti:0.020%以下およびB:0.010%以下のうちから選ばれた1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚(t)が3~15mm、ビッカース硬さ(HV)が425以上の鋼板を突き合わせてレーザ溶接により接合されたレーザ溶接継手であって、前記鋼板の化学組成が質量%で、C:0.15~0.35%、Si:0.20~0.55%、Mn:0.50~1.60%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Cr:0.80%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とするレーザ溶接継手。
【請求項2】
前記化学組成に加えて、さらに質量%で、Ti:0.020%以下およびB:0.010%以下のうちから選ばれた1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のレーザ溶接継手。
【請求項3】
前記板厚(t)と前記溶接金属のビード幅(W)の比(t/W)が1.0以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のレーザ溶接継手。
【請求項4】
板厚(t)が3~15mm、ビッカース硬さ(HV)が425以上で、化学組成が質量%で、C:0.15~0.35%、Si:0.20~0.55%、Mn:0.50~1.60%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Cr:0.80%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼板を突き合わせてレーザ溶接により接合して溶接継手を得ることを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項5】
前記化学組成に加えて、さらに質量%で、Ti:0.020%以下およびB:0.010%以下のうちから選ばれた1種以上を含有することを特徴とする請求項4に記載のレーザ溶接方法。
【請求項6】
前記レーザ溶接において、溶加材が、下記の式(1)のCIの値が0.25質量%以上を満たす化学組成を有することを特徴とする請求項4または5に記載のレーザ溶接方法。
CI=[C]+[Si]/24+[Mn]/6 ・・・ (1)
ここで、[元素]は、前記溶加材における当該元素の含有量(質量%)を示す。
【請求項7】
前記板厚(t)と前記溶接金属のビード幅(W)の比(t/W)が1.0以上であることを特徴とする請求項4または5に記載のレーザ溶接方法。
【請求項8】
前記板厚(t)と前記溶接金属のビード幅(W)の比(t/W)が1.0以上であることを特徴とする請求項6に記載のレーザ溶接方法。
【請求項9】
前記レーザ溶接方法における、レーザ溶接出力が3~20kW、溶接速度が1.0~5.0m/minであることを特徴とする請求項4または5に記載のレーザ溶接方法。
【請求項10】
前記レーザ溶接方法における、レーザ溶接出力が3~20kW、溶接速度が1.0~5.0m/minであることを特徴とする請求項6に記載のレーザ溶接方法。
【請求項11】
前記レーザ溶接方法における、レーザ溶接出力が3~20kW、溶接速度が1.0~5.0m/minであることを特徴とする請求項7に記載のレーザ溶接方法。
【請求項12】
前記レーザ溶接方法における、レーザ溶接出力が3~20kW、溶接速度が1.0~5.0m/minであることを特徴とする請求項8に記載のレーザ溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建設機械、産業機械、造船、土木、建築等の鋼構造物の各種部材として使用される耐摩耗鋼板の溶接継手に係り、特にレーザ溶接によって接合された耐摩耗鋼板のレーザ溶接継手およびそのレーザ溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
耐摩耗鋼板の多くは、溶接施工に供される。従来の耐摩耗鋼板の溶接にはガスシールドアーク溶接が使われている。一般的なガスシールドアーク溶接では、溶接金属の硬さの低下、並びに母材の熱影響部(以下、「HAZ」ともいう。)およびその周辺に母材より軟化した領域が広く形成されることが課題であった。特許文献1では耐摩耗鋼板の溶接継手の製造方法として、特定の成分に調整したフラックス入りワイヤをガスシールドアーク溶接に用いることで、溶接金属の硬さを母材並みに維持する方法が行われている。しかしながら、この方法では母材の熱影響部における軟化領域の大きさを抑制することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
以上のように、耐摩耗鋼板のガスシールドアーク溶接継手では、溶接部およびその周辺に軟化領域が広く形成されるという課題があった。本発明は、このような現状に鑑みてなされたもので、耐摩耗鋼板の溶接継手に関して、レーザ溶接方法を用いることにより、熱影響部の軟化領域を低減させた溶接継手を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、耐摩耗鋼の溶接継手における軟化領域の低減方法を鋭意検討した。その結果、一定条件下で溶接継手の作製にレーザ溶接を適用し、低溶接入熱とすることで溶接部の軟化を低減できることを見出した。さらに、溶接ビードの幅を所定の範囲に制限することにより、耐摩耗鋼の溶接継手における軟化領域を縮小できるという知見を得た。
【0006】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものであり、本発明の要旨は、次のとおりである。
〔1〕板厚(t)が3~15mm、ビッカース硬さ(HV)が425以上の鋼板を突き合わせてレーザ溶接により接合されたレーザ溶接継手であって、前記鋼板の化学組成が質量%で、C:0.15~0.35%、Si:0.20~0.55%、Mn:0.50~1.60%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Cr:0.80%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とするレーザ溶接継手。
〔2〕前記〔1〕において、前記化学組成に加えて、さらに質量%で、Ti:0.020%以下およびB:0.010%以下のうちから選ばれた1種以上を含有することを特徴とするレーザ溶接継手。
〔3〕前記〔1〕または〔2〕において、前記板厚(t)と前記溶接金属のビード幅(W)の比(t/W)が1.0以上であることを特徴とするレーザ溶接継手。
〔4〕板厚(t)が3~15mm、ビッカース硬さ(HV)が425以上で、化学組成が質量%で、C:0.15~0.35%、Si:0.20~0.55%、Mn:0.50~1.60%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Cr:0.80%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼板を突き合わせてレーザ溶接により接合して溶接継手を得ることを特徴とするレーザ溶接方法。
〔5〕前記〔4〕において、前記化学組成に加えて、さらに質量%で、Ti:0.020%以下およびB:0.010%以下のうちから選ばれた1種以上を含有することを特徴とするレーザ溶接方法。
〔6〕前記〔4〕または〔5〕における前記レーザ溶接において、溶加材が、下記の式(1)のCIの値が0.25質量%以上を満たす化学組成を有することを特徴とするレーザ溶接方法。
CI=[C]+[Si]/24+[Mn]/6 ・・・ (1)
ここで、[元素]は、前記溶加材における当該元素の含有量(質量%)を示す。
〔7〕前記〔4〕ないし〔6〕のいずれか一つにおいて、前記板厚(t)と前記溶接金属のビード幅(W)の比(t/W)が1.0以上であることを特徴とするレーザ溶接方法。
〔8〕前記〔4〕ないし〔7〕のいずれか一つにおいて、前記レーザ溶接方法における、レーザ溶接出力が3~20kW、溶接速度が1.0~5.0m/minであることを特徴とするレーザ溶接方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、耐摩耗鋼板について、溶接部の軟化領域を低減させたレーザ溶接継手を提供することができ、産業上格段の効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明に係るレーザ溶接継手の断面マクロ形状を示す模式図である。
【
図2】本発明に係るレーザ溶接継手の溶接金属周辺のビッカース硬さ分布を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本発明に至る経緯]
溶接によって形成される溶接継手部の溶接金属および熱影響部(HAZ)では、母材(鋼板)の原質部に比べて硬度が低下する領域(以下、「軟化領域」という。)が存在する。
【0010】
図1に溶接金属周辺の断面マクロ形状の模式図を示す。板厚tの鋼板1をレーザ溶接によって接合して中央部の溶接金属2が形成される。溶接金属2に接する両側の鋼板1部分が熱影響部(HAZ)3である。溶接金属2の上部(溶接側)には、溶接金属が盛り上がったビード部が形成されるが、形成された表面ビードの幅がビード幅Wである。ビッカース硬さを測定する場合には、鋼板1の表層から0.5mmの深さ位置で鋼板面に平行に溶接金属断面のビッカース硬さを測定する。測定間隔は0.2~0.3mmピッチとした。
【0011】
その測定結果の一例を
図2に示す。この図から、鋼板(母材)部分の硬さは高く維持されているが、熱影響部から硬さが減少し、溶接金属部では硬さが若干戻るが、溶接金属の中央部分ではまた硬さが減少している。本発明においては、母材の硬さの平均値を求め、その平均値よりも硬さが低い領域を「軟化領域」と定義した。
【0012】
従って、耐摩耗鋼板の溶接継手における軟化領域を低減させるためには、熱影響部の幅を縮小させることが重要である。一般的に、熱影響部の幅は、溶接入熱の増加に伴い拡大するため、熱影響部の幅を縮小させるためには、溶接入熱量を抑える必要がある。
【0013】
本発明では、一般的なガスシールドアーク溶接の代替として溶接入熱量が小さいレーザ溶接を選定し、耐摩耗鋼板に適用すると、熱影響部の幅を縮小でき、結果として軟化領域の幅の縮小が可能となることがわかった。
【0014】
また、耐摩耗鋼板は、高い硬度を有するため、通常の溶接で溶接金属の硬度を母材と同等以上にすることは困難であり、溶接金属も軟化領域となる。しかしながら、本発明では、I形開先による溶接が可能なレーザ溶接を適用することにより、溶接金属の幅を低減させた。
【0015】
さらに、後述するように、軟化領域の幅の縮小には、耐摩耗鋼板の板厚t(mm)と溶接金属のビード幅W(mm)の比(t/W)を1.0以上に収めることが、より好ましいことがわかった。
【0016】
以上の知見から得られた本発明について、以下に詳しく説明する。
【0017】
[鋼板]
まず、本発明の対象となる耐摩耗鋼板の板厚(t)とビッカース硬さ(HV)について説明する。
【0018】
鋼板の板厚(t)は、3~15mmと規定した。3mm未満では、耐摩耗鋼板の生産性が悪化し、15mmを超えると、本発明の溶接条件範囲では溶接欠陥が発生する可能性が高くなるからである。好ましくは、3.2~14.5mmである。
【0019】
また、ビッカース硬さ(HV)は、425以上と限定した。HVが425未満では、本発明が対象とする耐摩耗鋼板には該当しないからである。上限は、650以下とすることが好ましい。
【0020】
なお、ビッカース硬さ試験は、JIS Z 2244-1の規格に基づき実施した。本発明においては、試験荷重(試験力F)として、4.903N(硬さ記号は、HV0.5)を選択して実施した。この試験結果をHVとして表した。
【0021】
[鋼板の化学組成]
次に、本発明に係るレーザ溶接継手に用いる鋼板の化学組成のうち、基本組成について説明する。なお、以下、化学組成における「%」は、「質量%」であることを意味する。
【0022】
鋼板の基本組成は、C:0.15~0.35%、Si:0.20~0.55%、Mn:0.50~1.60%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Cr:0.80%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるものである。以下に、各組成について詳述する。
【0023】
[C:0.15~0.35%]
Cは、鋼板表層の硬さを増加させ、耐摩耗性を向上させる作用を有する元素である。この効果を得るために、C含有量を0.15%以上とする。一方、C含有量が0.35%を超えると靭性が低下する。そのため、C含有量は0.35%以下とする。従って、C含有量は、0.15~0.35%と限定した。なお、好ましくは、0.17~0.33%であり、より好ましくは、0.20~0.30%である。
【0024】
[Si:0.20~0.55%]
Siは、脱酸剤として作用する元素である。また、Siは、鋼中に固溶し、固溶強化により硬さを上昇させる作用を有している。これらの効果を得るために、Si含有量を0.20%以上とする。一方、Si含有量が0.55%を超えると、靭性が低下する。そのため、Si含有量を0.55%以下とする。従って、Si含有量は、0.20~0.55%の範囲内を満足する必要がある。なお、好ましくは、0.22~0.55%であり、より好ましくは、0.24~0.53%である。
【0025】
[Mn:0.50~1.60%]
Mnは、鋼の焼入れ性を増加させる作用を有する元素であり、鋼板表層の硬さを増加させ、耐摩耗性を向上させる作用を有する元素である。この効果を得るために、Mn含有量を0.50%以上とする。一方、Mn含有量が1.60%を超えると、靭性が低下することに加えて、合金コストが過度に高くなってしまう。そのため、Mn含有量は1.60%以下とする。従って、Mn含有量は、0.50~1.60%の範囲内を満足する必要がある。なお、好ましくは、0.52~1.58%であり、より好ましくは、0.55~1.55%である。
【0026】
[P:0.050%以下]
Pは、不可避的不純物として含有される元素であり、粒界に偏析することによって母材の靱性を低下させるなど、悪影響を及ぼす。そのため、できる限りP含有量を低くすることが望ましいが、0.050%以下であれば許容できる。従って、P含有量は、0.050%以下を満足する必要がある。なお、好ましくは、0.001~0.040%であり、より好ましくは、0.001~0.030%である。
【0027】
[S:0.050%以下]
Sは、不可避的不純物として含有される元素であり、MnS等の硫化物系介在物として鋼中に存在し、母材の靱性を低下させるなど、悪影響を及ぼす。そのため、できる限りS含有量を低くすることが望ましいが、0.050%以下であれば許容できる。従って、S含有量は、0.050%以下を満足する必要がある。なお、好ましくは、0.001~0.040%であり、より好ましくは、0.001~0.030%である。
【0028】
[Cr:0.80%以下]
Crは、鋼板表層の硬さを増加させ、耐摩耗性を向上させる作用を有する元素である。しかし、Cr含有量が0.80%を超えると靭性の低下を招く。そのため、Cr含有量は0.80%以下とする。従って、Cr含有量は、0.80%以下と限定した。なお、好ましくは、0.01~0.78%であり、より好ましくは、0.05~0.75%である。
【0029】
[任意的選択組成]
本発明に係るレーザ溶接継手に用いる鋼板は、上述した組成が基本組成である。本発明では、さらにこの基本組成に加えて、任意的選択組成として、必要に応じて、Ti:0.020%以下およびB:0.010%以下のうちから選ばれた1種以上を含有することができる。
【0030】
[Ti:0.020%以下]
Tiは、窒化物形成傾向が強く、Nを固定して固溶Nを低減する作用を有する元素である。そのため、Tiの添加により、母材および溶接金属の靭性を向上させることができる。また、TiとBの両者が添加される場合、TiがNを固定することによってBNの析出が抑制され、その結果、Bの焼入れ性向上効果が助長される。しかし、Ti含有量が0.020%を超えると、TiCが多量に析出し、加工性を低下させる。そのため、Tiを含有する場合、Ti含有量は0.020%以下とするのが好ましい。より好ましくは、0.001~0.018%である。
【0031】
[B:0.010%以下]
Bは、焼入れ性を向上させる作用を有する元素である。従って、Bを添加することにより耐摩耗性を向上させることができる。しかし、B含有量が0.010%を超えると溶接性が低下する。そのため、Bを添加する場合、B含有量を0.010%以下とするのが好ましい。より好ましくは、0.001~0.008%である。
【0032】
[残部組成]
上記した組成以外の残部組成は、Feおよび不可避的不純物からなる。不可避的不純物としては、例えば、N、O(酸素)、Nb、Mo、V、W、Sn、Sb、As、Pb、Bi、REMなどが挙げられる。不可避的不純物の含有量の合計が0.10%以下であれば許容できる。
【0033】
なお、前述の基本組成および任意的選択組成を満足する限り、これら以外の不可避的不純物元素が含まれることを妨げるものではなく、そのような実施態様も本発明の技術的範囲に含まれる。
【0034】
[溶接金属の化学組成]
続いて、本発明に係るレーザ溶接により形成された溶接金属の化学組成について説明する。
【0035】
溶接金属の化学組成は、溶加材を用いない場合には、基本的に鋼板組成と同じであるが、レーザ溶接時に溶加材を用いる場合には、その溶加材の化学組成が一部混入する。
【0036】
[溶接金属の化学組成]
溶接金属の基本の化学組成は、C:0.15~0.35%、Si:0.20~0.55%、Mn:0.50~1.60%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Cr:0.80%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。さらに上記の基本組成に加えて、Ti:0.020%以下およびB:0.010%以下のうちから選ばれた1種以上を含有しても良い。
【0037】
[C:0.15~0.35%]
溶接金属中のCは、硬度を上昇させる作用を有する元素である。この効果を得るために、C含有量を0.15%以上とするのが好ましい。一方、C含有量が0.35%を超えると靭性が低下する。そのため、C含有量は0.35%以下とするのが好ましい。なお、より好ましくは、0.17~0.33%である。
【0038】
[Si:0.20~0.55%]
Siは、脱酸剤として作用する元素である。また、Siは、鋼中に固溶し、固溶強化により硬さを上昇させる作用を有している。これらの効果を得るために、Si含有量を0.20%以上とするのが好ましい。一方、Si含有量が0.55%を超えると、靭性が低下する。そのため、Si含有量を0.55%以下とするのが好ましい。なお、より好ましくは、0.22~0.55%である。
【0039】
[Mn:0.50~1.60%]
Mnは、鋼の焼入れ性を増加させる作用を有する元素であり、溶接金属の硬さを増加させ、耐摩耗性を向上させる作用を有する元素である。この効果を得るために、Mn含有量を0.50%以上とするのが好ましい。一方、Mn含有量が1.60%を超えると、靭性が低下することに加えて、合金コストが過度に高くなってしまう。そのため、Mn含有量は1.60%以下とするのが好ましい。なお、より好ましくは、0.52~1.58%である。
【0040】
[P:0.050%以下]
Pは、不可避的不純物として含有される元素であり、粒界に偏析して耐高温割れ性に悪影響を及ぼすため、できる限りP含有量を低くすることが望ましいが、0.050%以下であれば許容できる。従って、P含有量は、0.050%以下とするのが好ましい。なお、より好ましくは、0.001~0.030%である。
【0041】
[S:0.050%以下]
Sは、不可避的不純物として含有される元素であり、粒界に偏析して耐高温割れ性に悪影響を及ぼすため、できる限りS含有量を低くすることが望ましいが、0.050%以下であれば許容できる。従って、S含有量は、0.050%以下とするのが好ましい。なお、より好ましくは、0.001~0.030%である。
【0042】
[Cr:0.80%以下]
Crは、溶接金属の強度を増加させる元素である。しかし、Cr含有量が0.80%を超えると靭性の低下を招く。そのため、Cr含有量は0.80%以下とするのが好ましい。なお、より好ましくは、0.01~0.78%である。
【0043】
[Ti:0.020%以下およびB:0.010%以下のうちから選ばれた1種以上]
Tiは、窒化物形成傾向が強く、Nを固定して固溶Nを低減する作用を有する元素である。そのため、Tiの添加により、溶接金属の靭性を向上させることができる。また、TiとBの両者が添加される場合、TiがNを固定することによってBNの析出が抑制され、その結果、Bの焼入れ性向上効果が助長される。しかし、Ti含有量が0.020%を超えると、TiCが多量に析出し、加工性を低下させる。そのため、Tiを含有する場合、Ti含有量は0.020%以下とするのが好ましい。より好ましくは、0.001~0.018%である。
【0044】
Bは、焼入れ性を向上させる作用を有する元素である。従って、Bを添加することにより耐摩耗性を向上させることができる。しかし、B含有量が0.010%を超えると溶接性が低下する。そのため、Bを添加する場合、B含有量を0.010%以下とするのが好ましい。より好ましくは、0.001~0.008%である。
【0045】
[残部組成]
上記した組成以外の残部組成は、Feおよび不可避的不純物からなる。不可避的不純物としては、例えば、N、O(酸素)、Nb、Mo、V、W、Sn、Sb、As、Pb、Bi、REMなどが挙げられる。不可避的不純物の含有量の合計が0.10%以下であれば許容できる。
【0046】
なお、前述の基本組成および任意的選択組成を満足する限り、これら以外の不可避的不純物元素が含まれることを妨げるものではなく、そのような実施態様も本発明の技術的範囲に含まれる。
【0047】
[溶加材とCI値]
レーザ溶接において、母材(鋼板)の板厚が大きい場合や、母材間の間隔(以下、「ギャップ」ともいう。)が大きい場合に、開先内を溶接金属で満たして溶接欠陥を防ぐために、開先に溶加材を供給しつつレーザ溶接を行うことが好ましい。
【0048】
溶加材の化学組成について、以下の式(1)に示すCIの値が0.25質量%以上であることが、より好ましい。
CI=[C]+[Si]/24+[Mn]/6 ・・・ (1)
ここで、[元素]は、前記溶加材における当該元素の含有量(質量%)を示す。
【0049】
上記の式(1)は、溶加材の化学組成のうち、C、SiおよびMnに着目して求めた指標である。このC、Si、Mnは、いずれも溶接金属の硬さを増加させる元素である。この効果を得るために、上記の式(1)から求めたCIの値が、0.25%以上を満たす溶加材を使用することがより好ましい。0.25%未満では、溶接金属の硬さを確保する効果が少ないからである。さらに好ましくは、0.27%以上である。なお、溶接時の割れ防止の観点から望ましくは、0.40%以下とする。
【0050】
なお、溶加材は、溶製した鋼材を線引き加工して得られたものであり、そのワイヤ径は、0.9~1.6mmφであることが好ましい。
【0051】
[鋼板の板厚tとビード幅Wとの関係]
前述したように、溶接金属周辺の軟化領域の幅を低減するためには、鋼板の板厚tとビード幅Wの比(t/W)が1.0以上であることが好ましい。1.0未満では、溶接金属の幅が大きく、軟化領域自体が大きくなるからである。より好ましくは、1.5以上である。なお、溶接欠陥防止の観点から望ましくは、10.0以下とする。
【0052】
[レーザ溶接方法]
レーザ溶接方法は、鋼板をレーザ切断し、I型の端面同士を開先幅(ルートギャップ):0~0.5mmの突き合わせI型開先として、10kWのファイバーレーザ溶接機または20kWのCO2レーザ溶接機を用いて行う。また、溶加材を用いる場合には、溶加材を供給しながら行うことができる。
【0053】
このときの好適な溶接条件としては、次のとおりである。
・レーザ溶接の出力:3~20kW
・溶接速度:1000~5000mm/min
・シールドガス:100%ArまたはHe、N2など
・溶接入熱量:800~5000J/cm
【実施例0054】
耐摩耗鋼板(母材)を用いてレーザ溶接方法により突合せ溶接継手を作製し、軟化領域の大きさを評価する実験を行った。レーザ溶接方法による本発明例の結果と、その他に比較例としてMAG溶接方法により溶接した結果をまとめた。なお、レーザ溶接条件としては、レーザ出力:4~15kw、溶接速度:2000~4000mm/min、シールドガス:100%Arで実施した。このときの開先幅(ルートギャップ)は、0~0.5mmとした。表1に、用いた母材の化学組成(質量%)、板厚t(mm)、母材のビッカース硬さHV(平均値)と、レーザ溶接およびMAG溶接の溶接条件を示す。また、溶加材を添加した実施例では、その溶加材の化学組成(質量%)とCIの値を掲載した。さらに、溶接後に得られた溶接金属のビード幅W(mm)を測定し、板厚tとの比(t/W)を求めた。
【0055】
【0056】
次に、軟化領域の評価については、表層0.5mm位置の溶接部断面においてビッカース硬さ試験を実施し、溶接部を横断して硬さ分布を取得した。前述したように、母材の平均硬さより低い領域を軟化領域とし、その幅が10mm以下を良(○)、10mm超えを不可(×)として評価した。その評価結果を表2に示す。
【0057】
【0058】
本発明例では、軟化領域が10mm以下と小さく抑えられていることが確認された。一方、比較例1と比較例2では、軟化領域が25mm以上と広く形成されていることが確認された。また、比較例3では溶接欠陥が発生し、好ましい溶接継手が得られなかった。さらに、比較例4では母材のビッカース硬さが足りず、軟化領域は小さくても耐摩耗性が不足していることが確認された。