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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024049608
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】製造プロセス制御システム
(51)【国際特許分類】
   G05B 13/04 20060101AFI20240403BHJP
   C04B 7/38 20060101ALI20240403BHJP
【FI】
G05B13/04
C04B7/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022155930
(22)【出願日】2022-09-29
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】513246090
【氏名又は名称】ADAPTEX株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】須藤 航太
(72)【発明者】
【氏名】香月 毅
(72)【発明者】
【氏名】小比賀 理延
(72)【発明者】
【氏名】大西 諒
【テーマコード(参考)】
5H004
【Fターム(参考)】
5H004GA07
5H004GB01
5H004HA04
5H004HB04
5H004JB22
5H004KC27
(57)【要約】
【課題】複数のタイプの外乱が混在又は連続的に印加しても、安定した制御性能を示すモデル予測制御を実現することである。
【解決手段】製造プロセス制御システムは、製造プラント1を制御するための第1指令D1を出力するモデル予測制御部110と、第1指令D1に、製造プラント1から出力された制御現在値PVとノミナルモデル121を用いて算出された制御予測値CVとの差分DVを基に得られた補償値D2を付加する補償付加部130と、を有する。付加される補償値D2がサイバーシステム200を用いて最適化されたものである。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
製造プラントを制御するための第1指令を出力するモデル予測制御部と、
前記第1指令に、前記製造プラントから出力された制御現在値とノミナルモデルを用いて算出された制御予測値との差分を基に得られた補償値を付加する補償付加部と、を備え、
前記付加される補償値がサイバーフィジカルシステムを用いて最適化されたものである、製造プロセス制御システム。
【請求項2】
前記補償付加部によって前記第1指令に付加される前記補償値は、前記製造プラントから出力された制御現在値とノミナルモデルを用いて算出された制御予測値との差分に基づく値に最適可調整パラメータを乗ずることによって算出され、
前記最適可調整パラメータは、前記サイバーフィジカルシステムにおけるシミュレーションで決定される、請求項1に記載の製造プロセス制御システム。
【請求項3】
前記サイバーフィジカルシステムにおいて、前記最適可調整パラメータの候補である複数の可調整パラメータそれぞれについてシミュレーションを実行し、シミュレーション結果に基づいて、前記複数の可調整パラメータの中から前記最適可調整パラメータを決定する、請求項2に記載の製造プロセス制御システム。
【請求項4】
前記最適可調整パラメータの候補である複数の可調整パラメータには、0より大きく且つ1より小さい実数が少なくとも1つ含まれる、請求項3に記載の製造プロセス制御システム。
【請求項5】
前記最適可調整パラメータが、0以上且つ1以下の実数である、請求項2~4のいずれか1項に記載の製造プロセス制御システム。
【請求項6】
前記製造プラントが、セメント製造工場のセメントクリンカの原料調合プロセスに関するものである、請求項1~4のいずれか1項に記載の製造プロセス制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モデル予測制御を用いた製造プロセスのシステム制御において外乱による影響を抑制する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
モデル予測制御(Model Predictive Control、以後「MPC」と称する場合もある。)は、鉄鋼、石油化学、セメントなどの製造プロセスの自動制御システムとして広く用いられている。
【0003】
MPCは、非観測外乱やモデル誤差などによって追従性が損なわれたり振動などの不安定挙動が引き起こされたりする場合があり、特に、ランプ状の外乱(以後「ランプ外乱」と称する場合もある。)が印加された場合には定常偏差(以後「オフセット」と称する場合もある。)が残ることが知られている。この定常偏差は、MPCが制御周期に応じて実測値をゼロ次ホールドすることを基本にしつつ、制御アルゴリズムがステップ状の外乱や設定値変更に対してのみオフセットフリーな制御系、いわゆるI型の制御構造であることに起因するものである。
【0004】
制御システムへの外乱による定常偏差をなくす方法として、印加される外乱を推定する外乱オブザーバを制御システムに組み込む方法が知られている。
【0005】
例えば、特許文献1には、モデル予測制御機能部から出力された制御量予測値とプラントから出力された制御量信号との差である制御量予測誤差を計算する制御量予測誤差計算ステップと、予めモデル予測制御機能部により取得されたステップ応答終端値と制御量予測誤差計算ステップで計算された制御量予測誤差とに基づいて外乱推定値を計算する外乱推定ステップと、外乱推定ステップにより計算された外乱推定値に基づいてモデル予測制御機能部により計算された操作量を修正した修正操作量を出力する外乱抑制ステップを備えることを特徴とする外乱制御方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-204784号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の技術は、モデル予測制御機能部により計算された操作量から外乱推定部により計算された外乱推定値に補正係数εを乗じた値を減じて修正操作量とするものであるが、タイプの異なる外乱が同時に複数印加されたり異なるタイプの外乱が経時的に連続して印加されたりすると制御の安定性が損なわれて補正係数εを定めるのが難しい。しかしながら、特許文献1には、かかる補正係数εの決定方法については何ら記載されていない。
【0008】
本発明の課題は、複数のタイプの外乱が混在又は連続的に印加しても、安定した制御性能を示すモデル予測制御を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の製造プロセス制御システムは、製造プラントを制御するための第1指令を出力するモデル予測制御部と、前記第1指令に、前記製造プラントから出力された制御現在値とノミナルモデルを用いて算出された制御予測値との差分を基に得られた補償値を付加する補償付加部と、を備え、前記付加される補償値がサイバーフィジカルシステム(CyberPhysical System、以後「CPS」と称する場合もある)を用いて最適化されたものである。
【0010】
これにより、製造プロセスにどのようなタイプの外乱が同時に又は連続して印加しても、実際の製造プロセスを乱すことなくモデル予測制御への外乱の影響を除去する最適な操作量をリアルタイムに求めることが可能であると共に、この操作量によって外乱の影響の除去だけでなくモデル予測制御のモデル化誤差の影響をも除去することが可能になる。
【0011】
また、本発明の製造プロセス制御システムは、前記補償付加部によって前記第1指令に付加される前記補償値は、前記製造プラントから出力された制御現在値とノミナルモデルを用いて算出された制御予測値との差分に基づく値に最適可調整パラメータを乗ずることによって算出され、前記最適可調整パラメータは、前記サイバーフィジカルシステムにおけるシミュレーションで決定される、としてもよい。
【0012】
これにより、外乱によっては、制御量現在値と制御量予測値との差分に基づく値そのままの補償値を付加すると却って制御を乱してしまう場合があるところ、そのような悪影響を回避しながら個々の外乱に応じた制御が可能になる。
【0013】
また、本発明の製造プロセス制御システムは、前記サイバーフィジカルシステムにおいて、前記最適可調整パラメータの候補である複数の可調整パラメータそれぞれについてシミュレーションを実行し、シミュレーション結果に基づいて、前記複数の可調整パラメータの中から前記最適可調整パラメータを決定する、としてもよい。
【0014】
これにより、可調整パラメータの最適値の探査領域が、最適可調整パラメータの候補である複数の可調整パラメータの数に限定されるので、サイバーフィジカルシステムでのシミュレーションによる可調整パラメータの最適値の探査の迅速化が可能になる。
【0015】
また、本発明の製造プロセス制御システムは、前記最適可調整パラメータの候補である複数の可調整パラメータには、0より大きく且つ1より小さい実数が少なくとも1つ含まれる、としてもよい。
【0016】
これにより、モデル予測制御部110のみでの制御や外乱オブザーバ120の出力を加工しないで組込んだモデル予測制御という従来技術で対応できない場合に対して、対応できる可能性があり、制御の安定性を図ることが可能となる。
【0017】
また、本発明の製造プロセス制御システムは、前記最適可調整パラメータが、0以上且つ1以下の実数である、としてもよい。これは、製造プラントに印加される外乱によっては、必ずしも外乱オブザーバ120の出力を加えない方が、制御が安定することもあるためである。
【0018】
また、本発明の製造プロセス制御システムは、製品製造プラントがセメント製造工場のセメントクリンカの原料調合プロセスに関するものである、としてもよい。
【0019】
これにより、複数の制御目標や操作端が存在し、長いむだ時間や工程遅れがあり、且つ、原料添加量などの制御量のほとんどに上下限制約が必要なセメントクリンカの原料調合プロセスを、モデル予測制御を用いて安定して制御することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】セメント工場でのセメントクリンカの原料調合プロセスの概略構成図。
図2】一般的なモデル予測制御を用いた製造プロセス制御システムを示すブロック図。
図3図2に示す製造プロセス制御システムによって制御されたセメントクリンカの原料調合プロセスにおける水硬率の変動例を示す推移図。
図4】外乱オブザーバとサイバーフィジカルシステムを組み込んだモデル予測制御による製造プロセス制御システムを示すブロック図。
図5】モデル予想制御されたセメントクリンカ原料調合プロセスの水硬率の実機トレンドを基に、3種類の可調整パラメータ(αn=0,0.75,1.0)を用いた場合のシミュレーション結果を示すトレンド図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に、本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては同一の参照番号を付し、重複する説明は省略する。なお、セメントクリンカの原料調合プロセスでの実施形態を例として本発明を説明するが、本発明はセメントクリンカの原料調合プロセスに限定されるものではない。
【0022】
[セメントクリンカの原料調合プロセスについて]
図1は、セメント製造工場でのセメントクリンカの原料調合プロセスの概略構成図である。図1では、原料の流れが実線の矢印で示されており、情報の流れが破線の矢印で示されている。セメントクリンカの原料調合プロセスは、調合後の原料(以後「調合原料」と称する場合もある。)が目標の化学組成となるようにCaO、Al、SiO、Feを主成分とする天然原料、副産原料、リサイクル原料などの多種の原料を混合、乾燥、粉砕しながら調合するプロセスである。
【0023】
前記各原料はコンスタントフィードウェアなどの定量供給機10で原料貯蔵庫などから引出された後、他の原料との混合、乾燥、粉砕の1つ以上が連続的に複数回行われ、調合を終えた最終の調合原料が原料貯蔵用の調合原料サイロ11に収容される。そして、原料貯蔵用の調合原料サイロ11に移送途中の調合原料は、搬送経路から代表試料が採取されて必要な前処理を行った後、蛍光X線分析装置などの化学分析装置12によって化学成分が測定される。その後、分析結果として得られた化学組成値を基に、調合原料の化学組成が目標値となるように各原料の最適な調合比率が制御装置13において演算されて各原料の定量供給機10などに制御指令RVが出力される。
【0024】
前記調合比率について説明する。
セメントクリンカの原料調合プロセスの目的は、調合原料を焼成して得られるセメントクリンカが、それぞれ所定の割合の4種類のセメントクリンカ鉱物から構成されるようにすることである。ここで、原料調合プロセスの制御因子として調合原料の化学組成値(元素量)を用いても、純物質を原料に用いていないためにプロセスを安定させることが困難である。そのため、一般的に主要化学成分4種(CaO、Al、SiO、Fe)間の比率(以後「調合比率」と称する場合もある。)を制御する方法が用いられている。以下に、代表的な調合比率である水硬率(以後「HM」と称する場合もある。)、珪酸率(以後「SM」と称する場合もある。)、鉄率(以後「IM」と称する場合もある。)を示す。
水硬率(HM)=CaO/(Al+SiO、Fe) ・・・(1)
珪酸率(SM)=SiO/(Al+Fe) ・・・(2)
鉄率(IM)=Al/Fe ・・・(3)
【0025】
また、セメントクリンカの原料調合プロセス内には、例えば、むだ時間が90分程度の原料供給機や、30分を超えるような時定数を有する操作端が存在し、また、調合原料の代表試料のサンプリングから化学分析の完了までには数十分の時間が必要となる。
【0026】
セメントクリンカの原料調合プロセスには、上記の長いむだ時間や時定数の他にも、複数の制御目標と操作端の存在や操作量の上下限制約などがあるために、単純なフィードバック制御では安定した調合比率の制御が困難である。そのため、例えば特開2011-145950公報のように、プロセスモデルに基づいて被制御量の変化を予測して操作量を変化させるモデル予測制御装置及びプログラムが開発され、用いられている。
【0027】
ここで、セメントクリンカの主要原料である、石灰石(CaO主原料)や珪石(SiO主原料)は天然原料であるために産地や採取箇所による化学成分の変動が生じ、石炭灰や各種汚泥(共にAl主原料)および製鉄汚泥(Fe主原料)などの副産物や産業廃棄物等リサイクル原料は供給場所や供給ロットによる化学成分の変動が生じる。これらセメントクリンカの各原料については、予め大凡の化学組成は把握されているが、セメントクリンカの原料調合プロセスでは、全ての原料の化学組成が使用前に確認されるわけではなく、また主成分を同一にする複数種の原料が同一の原料貯蔵設備から混合されて供給されることも通常であるため、セメントクリンカの原料調合プロセスにおいては、供給される各原料に化学組成の変動が常に生じている。
【0028】
図2は、一般的なモデル予測制御を用いた製造プロセス制御システムを示すブロック図である。図2に示すように、製造プロセス制御システムは、製造プラント1を制御するための第1指令D1を出力するモデル予測制御部110を有する。モデル予測制御部110には、製造プラント1の設定値SVと製造プラント1での制御現在値PVが入力される。それらの差分(SV-PV)をゼロにするための第1指令D1がモデル予測制御部110から出力される。モデル予測制御部110から出力された第1指令D1は、製造プラント1を制御するための制御指令RVとして製造プラント1に入力される。図2に示す制御システムには外乱オブザーバはない。
【0029】
図3は、図2に示す製造プロセス制御システムによって制御されたセメントクリンカの原料調合プロセスにおける水硬率の変動例を示す推移図である。図3に示す例は、セメントクリンカの原料調合プロセスにおいて30分間隔で測定されたHMの60時間の推移例である。図3において水硬率(HM)の値を、HM1,HM2,HM3,HM4,HM5,HM6,HM7と表記している。HM1からHM7に向かうにつれて水硬率(HM)の値が等間隔で大きくなる。図3では、20時間以上安定した制御が続いた期間T1の後、HM4からHM5までの1単位程の上昇がランプ状に生じる期間T2があり、期間T2の後に24時間以上の周期を持つ変動を有する期間T4に変化している。また、ランプ状変動の期間T2の後の品位が安定している制御の期間T3時には、さらにHM5からMH6までの1単位以上の突発的な変動(T5)が印加されている。このように、セメントクリンカの原料調合プロセスにはランプ状、周期的、突発的な変動が常に生じている。
【0030】
これらの変動は、その大きさがモデル予測制御における通常のばらつきよりも大きいことから、外乱による変動として認識される。なお、この外乱の主因は、前述のセメントクリンカ原料の品位変動である。
【0031】
ランプ外乱に対しては、特許文献1のように、モデル予測制御に外乱オブザーバを組込んで、ランプ外乱による定常偏差を打ち消すようにモデル予測値に修正する方法が知られている。しかしながら、セメントクリンカの原料調合プロセスの様に複数タイプの外乱が生じるプロセスにおいては、単調な外乱補償方法では安定した制御が困難である。
【0032】
そこで、本発明においては、モデル予測制御と外乱オブザーバの組み合わせに、さらにサイバーシステム200を組み込むことによってあらゆる外乱への補償動作を可能にした。図4は、外乱オブザーバ120とサイバーシステム200を組み込んだモデル予測制御による製造プロセス制御システムを示すブロック図である。
【0033】
図4では、情報の流れを実線の矢印で示し、情報の合流を〇で、分岐を●で示している。また、図4では、フィジカルシステム100(実空間)と、かかるフィジカルシステム100を模擬するためのサイバーシステム200(仮想空間)が並列して記されている。
【0034】
図4を説明する。
フィジカルシステム100は、製造プラント1を制御するための第1指令D1を出力するモデル予測制御部110と、外乱オブザーバ120と、補償付加部130と、を有する。フィジカルシステム100において、モデル予測制御部110へは製造プラント1の設定値SVと製造プラント1での制御現在値PV(実測値)が入力され、それらの差分(SV-PV)がゼロになる第1指令D1がモデル予測制御部110から出力される。
【0035】
モデル予測制御部110から出力された第1指令D1には、外乱補償調整器131が出力する補償値D2が付加されて修正補償値D3となる。修正補償値D3は、制御指令RVとして製造プラント1に入力される。
【0036】
外乱補償調整器131が出力する補償値D2を説明する。
修正補償値D3が入力されたノミナルモデル121(不確かさを含まない制御対象のモデル)からの制御予測値CVと、製造プラント1での制御現在値PV(実測値)との差分DVが、製造プラント1に入力された外乱と考える。その外乱の影響を最小化するための操作量が、外乱補償調整器131が出力する補償値D2である。
【0037】
図4では、製造プラント1での制御現在値PV(実測値)とノミナルモデル121からの制御予測値CVとの差分DVを外乱補償器122に入力して、その差分DVを最小化する操作量D4を外乱補償器122から出力する。ここで、ノミナルモデル121と外乱補償器122の組合せが、外乱オブザーバ120に相当する。
【0038】
製造プラント1での制御現在値PV(実測値)と制御予測値CVの差分DVには、外乱の他にも、例えばモデル化誤差なども含まれているが、本発明の製造プロセス制御システムでは、それらも外乱と同時に補償する。
【0039】
ここで、差分DVを最小化する操作量D4を直接的にモデル予測制御部110の出力(第1指令D1)に付加した場合、ランプ状の外乱については十分な外乱抑制が可能であるが、例えば、突発的な外乱が生じた場合には補償動作が大き過ぎてしまい制御を返って乱すことになる。
【0040】
そこで、本発明では、プロセスに存在する外乱のタイプ、大きさ、影響される時間の長さなどに応じた調整を簡便に行うために、差分DVを最小化する操作量D4に、サイバーシステム200で得られた最適可調整パラメータαを乗して得られる補償値D2を用いる。
【0041】
最適可調整パラメータαの決定方法を説明する。
サイバーシステム200は、フィジカルシステム100を模擬するために、モデル予測制御部110に相当する第2モデル予測制御部210と、製造プラント1を模擬するノミナルモデルで構成される第2製造プラント201と、外乱オブザーバ120に相当する第2外乱オブザーバ220と、外乱補償調整器131に相当する第2外乱補償調整器231と、パラメータ設定部240と、を有する。第2外乱オブザーバ220は、ノミナルモデル121に相当する第2ノミナルモデル221と、外乱補償器122に相当する第2外乱補償器222と、を有する。
【0042】
先ず、外乱に関する情報である差分DVを、フィジカルシステム100からサイバーシステム200に供給して、第2製造プラント201の出力に付加する。ノミナルモデルである第2製造プラント201の出力に差分DVを付加することで、フィジカルシステム100における製造プラント1の制御現在値PVを模擬する予測制御現在値pvを算出可能となる。
【0043】
次に、差分DVが入力されたサイバーシステム200において、第2外乱オブザーバ220が操作量d4を出力する。具体的には、第2製造プラント201での予測制御現在値pvと第2ノミナルモデル221からの制御予測値cvとの差分dvを第2外乱補償器222に入力して、その差分dvを最小化する操作量d4を第2外乱補償器222が出力する。
【0044】
次に、サイバーシステム200において、第2外乱オブザーバ220から得られた操作量d4に任意の可調整パラメータαnを乗じた修正操作量(αn×d4)を補償値d2とするシミュレーションを、複数の可調整パラメータαnで実施する。複数の可調整パラメータαnの数は、シミュレーションの実行回数であり、2以上である。試行する可調整パラメータαnは、パラメータ設定部240により第2外乱補償調整器231に設定される。
【0045】
最後に、この複数回のシミュレーションの中で最も良好な制御性能が得られたシミュレーション回の可調整パラメータαnを、最適可調整パラメータαに設定する。最も良好か制御性能は、設定値SVと予測制御現在値pvとで定めることができる。そして、得られた最適可調整パラメータαは、パラメータ設定部240からフィジカルシステム100に出力される。
【0046】
サイバーシステム200でのシミュレーションに付与される複数の可調整パラメータαnは、0より大きく且つ1より小さい値が少なくとも1つ含まれていればよく、その数値範囲は、0以上且つ1以下である。一例として、0.01、0.25、0.50、0.75、0.99の5つについてシミュレーションを実施することが挙げられる。当然であるが、シミュレーションを行うための計算機資源を有するのならば、可調整パラメータαnをより細かく振って上記Nの値を大きくして、N個の可調整パラメータαnによるシミュレーションを実行し、実行したN個の可調整パラメータαnから最適可調整パラメータαを求めればよい。
【0047】
最適可調整パラメータαが入力されたフィジカルシステム100では、外乱補償調整器131において、外乱補償器122から出力された操作量D4に最適可調整パラメータαが乗じて得られる値(α×D4)が補償値D2として、モデル予測制御部110からの第1指令D1に付加する制御が実行される。
【0048】
このようにサイバーシステム200にフィジカルシステム100の環境を再現してシミュレーションを行うことによって、実際の製造プロセスを乱すことなく体系的に最適可調整パラメータαを得ることができ、製造プロセスのモデル予測制御の制御性能を向上させることが可能になる。
【実施例0049】
[セメント製造工場のセメントクリンカの原料調合プロセスデータを用いた計算例]
外乱オブザーバ120を組込んだモデル予測制御に、さらにサイバーシステム200を組込むことの効果を確認するため、モデル予想制御されたセメントクリンカ原料調合プロセスの水硬率の実機トレンドを用いて、可調整パラメータαnを以下の3条件にした場合の挙動をシミュレーションした結果を図5に示す。ここで、条件1は外乱オブザーバ120を組込まないモデル予測制御のみでの制御、条件2は従来技術である外乱オブザーバ120の出力を加工しないで組込んだモデル予測制御、条件3は本発明の実施例に相当する外乱オブザーバ120の出力を調整して組込んだモデル予測制御の一例である。
条件1:αn=0(すなわち、図4のD3=D1)
条件2:αn=1.0(すなわち、図4のD3=D1+D4)
条件3: αn=0.75(すなわち、図4のD3=D1+0.75×D4)
【0050】
上記の3つの制御において設定値(SV)は全ての条件1~3で共通して同一の値であり、図5では細い実線で示されている。図5において水硬率(HM)の値を、図3同様に任意単位を用いてHM1~HM8と表記しており、これらの値は全ての条件1~3のグラフで共通している。HM1からHM8に向かうにつれて水硬率(HM)の値が等間隔で大きくなる。
【0051】
図5において、αn=0、すなわち外乱オブザーバ120を組込まないモデル予測制御のみの場合の水硬率の挙動から、この24時間の実機運転では、数時間の正側のランプ状変動を受けた後に約半日間の負側のランプ状変動を受け、その後に安定した制御状態になっていることと、約1時間の突発的な正側の外乱を正側のランプ状変動時と安定した制御時の2回受けていることが分かる。
【0052】
上記のモデル予測制御による水硬率の挙動に対して、外乱オブザーバ120を組込んで制御した場合が図5のαn=1の場合である。このαn=1での水硬率の挙動を見ると、外乱オブザーバ120によって正側及び負側の2つのオフセットが解消されている。その一方、全域に渡って水硬率に大きな変動(ハンチング)が生じている。
【0053】
このように外乱オブザーバ120を組込んだモデル予測制御は、ランプ外乱を良好に制御することはできるが、異なる種類の外乱が同時に又は連続して印加された際に制御が安定しない場合がある。
【0054】
図5のαn=0.75の場合は、モデル予測制御部110から出力された第1指令D1に、製造プラント1から出力された制御現在値PVとノミナルモデル121を用いて算出された制御予測値CVとの差分DVを基に得られた補償値D2を付加する制御であって、補償値D2がサイバーシステム200を用いて最適化されたものである。
【0055】
上記の最適可調整パラメータα=0.75は、最適可調整パラメータαの候補である複数の可調整パラメータαn(0.25、0.50、0.75)それぞれについてサイバーシステム200でシミュレーションし、最も良好な制御が得られた可調整パラメータαn=0.75を最適可調整パラメータαに設定したものである。シミュレーションは、過去データを用いて過去の所定期間についてシミュレーションしている。
【0056】
αn=0.75での水硬率の挙動を見ると、正側及び負側の2つのオフセットが解消されると共に、全域の変動の振幅がαn=1の場合よりも小さくなっており、安定した制御が得られている。
【0057】
図5に示すように、本発明によれば、外乱の種類、大きさ、印加タイミングの影響を除去するだけでなく、それが長いむだ時間や工程遅れを有するプロセスに生じる場合であっても、安定した制御が可能である。
【0058】
最適可調整パラメータαの選定は、モデル予測制御部110のみでの制御や外乱オブザーバ120の出力を加工しないで組込んだモデル予測制御という従来技術のみで十分に制御できる場合もあることから、モデル予測制御部110のみの制御となる可調整パラメータαn=0.01(又は0)と、外乱オブザーバ120の出力を加工しないで組込んだモデル予測制御となる可調整パラメータαn=0.99(又は1)と、を最適可調整パラメータαの候補に含めれば、ほとんどの場合において安定した制御を得ることができる。
【0059】
[変形例]
上記実施形態では、サイバーシステム200において実行した複数回のシミュレーション結果について、設定値SVと予測制御現在値pvとに基づいて人が評価し、最適可調整パラメータαの候補である複数の可調整パラメータαn(0.25、0.50、0.75)から1つの可調整パラメータを最適可調整パラメータαに決定しているが、これに限定されない。例えば、設定値SVと予測制御現在値pvとに基づいて、最適可調整パラメータαの候補である複数の可調整パラメータαnから最適可調整パラメータαを自動で決定するパラメータ決定部を設けて自動化してもよい。
【符号の説明】
【0060】
1 :製造プラント
100 :フィジカルシステム
110 :モデル予測制御部
121 :ノミナルモデル
130 :補償付加部
200 :サイバーシステム
CV :制御予測値
D1 :第1指令
D2 :補償値
DV :差分
PV :制御現在値
α :最適可調整パラメータ
αn :可調整パラメータ
図1
図2
図3
図4
図5