(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024049667
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】金属焼結体および金属焼結体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 33/02 20060101AFI20240403BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20240403BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20240403BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20240403BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20240403BHJP
【FI】
C22C33/02 C
B22F3/24 K
C21D6/00 102E
C21D1/06 A
C22C38/00 304
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022156027
(22)【出願日】2022-09-29
(71)【出願人】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091292
【弁理士】
【氏名又は名称】増田 達哉
(74)【代理人】
【識別番号】100173428
【弁理士】
【氏名又は名称】藤谷 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【弁理士】
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】川崎 琢
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA33
4K018BA17
4K018BB04
4K018BC11
4K018BC12
4K018CA09
4K018CA11
4K018CA29
4K018CA31
4K018CA44
4K018DA03
4K018DA31
4K018DA32
4K018EA51
4K018EA60
4K018FA11
4K018KA58
4K018KA63
(57)【要約】
【課題】Niフリーであるとともに、高い耐食性を有する金属焼結体、および、かかる金属焼結体を製造可能な金属焼結体の製造方法を提供すること。
【解決手段】フェライト系ステンレス鋼の組成、窒素および不純物で構成され、平均厚さが200μm以上であり、窒素原子が固溶している侵入型窒素固溶層を有し、表面からの深さが200μmの位置におけるビッカース硬さが、250以上であることを特徴とする金属焼結体。また、相対密度が99.0%以上であることが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト系ステンレス鋼の組成、窒素および不純物で構成され、
平均厚さが200μm以上であり、窒素原子が固溶している侵入型窒素固溶層を有し、
表面からの深さが200μmの位置におけるビッカース硬さが、250以上であることを特徴とする金属焼結体。
【請求項2】
相対密度が99.0%以上である請求項1に記載の金属焼結体。
【請求項3】
JIS G 0577:2014に規定されているステンレス鋼の孔食電位測定方法のB法に準じて測定される電流密度が100μA/cm2となる電位が、700mV以上である請求項1または2に記載の金属焼結体。
【請求項4】
Cと、
含有率が0.05質量%以上1.50質量%以下のNbと、
を含有し、
Nbの含有量に対するCの含有量の比をC/Nbとするとき、C/Nbが、0.10以上1.80以下である請求項1または2に記載の金属焼結体。
【請求項5】
フェライト系ステンレス鋼の組成および不純物で構成され、平均厚さが150μm以上の緻密層を表面に有する未処理焼結体を用意する工程と、
前記未処理焼結体に窒素吸収処理を施すことにより、前記緻密層に窒素原子を固溶させ、平均厚さが200μm以上の侵入型窒素固溶層を有する金属焼結体を得る工程と、
を有することを特徴とする金属焼結体の製造方法。
【請求項6】
前記窒素吸収処理は、
窒素ガスの分圧が0.02MPa以上0.18MPa以下である窒素雰囲気において、
前記未処理焼結体を、1150℃以上1300℃以下の処理温度で、60分以上の処理時間、加熱する処理である請求項5に記載の金属焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属焼結体および金属焼結体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、主としてFe-Cr系合金で構成された基材と、主としてM(ただし、Mは、Ti、Pt、Pd、Rd、Hf、V、Nb、Ta、Zr、Au、Ru、Cr、Cu、Fe、AlおよびInから選択される1種または2種以上)で構成された被膜と、を有する装飾品が開示されている。
【0003】
また、特許文献1には、装飾品の基材中におけるNiの含有率が0.05wt%以下であること、基材は、表面付近に窒素原子が添加されることにより、オーステナイト化されたオーステナイト化層を有するものであること、および、オーステナイト化層の厚さが5~500μmであること、が開示されている。
【0004】
Niの含有率が前記範囲内であれば、装飾品を時計用外装部品に適用したとき、時計のムーブメントが外部磁場によって悪影響を受けにくくすることができる。また、時計用外装部品による金属アレルギーの発生を効果的に防止できる。
【0005】
さらに、特許文献1には、基材の表面付近をオーステナイト化する処理として、窒素雰囲気下で熱処理を施すオーステナイト化処理が挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
オーステナイト化処理では、基材の表面に窒素原子が添加されるが、窒素原子の添加が不足していると、窒素固溶層の厚さを十分に確保することができない。一方、窒素原子の添加が過剰になると、かえって窒素固溶層が変性し、基材の耐食性が低下する。このため、特許文献1に記載の装飾品では、窒素固溶層における窒素原子の固溶量を最適化することが困難であり、耐食性を十分に高めることができないという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の適用例に係る金属焼結体は、
フェライト系ステンレス鋼の組成、窒素および不純物で構成され、
平均厚さが200μm以上であり、窒素原子が固溶している侵入型窒素固溶層を有し、
表面からの深さが200μmの位置におけるビッカース硬さが、250以上である。
【0009】
本発明の適用例に係る金属焼結体の製造方法は、
フェライト系ステンレス鋼の組成および不純物で構成され、平均厚さが150μm以上の緻密層を表面に有する未処理焼結体を用意する工程と、
前記未処理焼結体に窒素吸収処理を施すことにより、前記緻密層に窒素原子を固溶させ、平均厚さが200μm以上の侵入型窒素固溶層を有する金属焼結体を得る工程と、
を有する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態に係る金属焼結体の表層近傍を模式的に示す部分拡大断面図である。
【
図2】金属焼結体のビッカース硬さの深さ分布の一例を示すグラフである。
【
図4】サンプルNo.1の金属焼結体の切断面についての観察像である。
【
図5】サンプルNo.12の金属焼結体の切断面についての観察像である。
【
図6】サンプルNo.1(実施例)の金属焼結体から得られた電位と電流密度との関係、および、サンプルNo.12(比較例)の金属焼結体から得られた電位と電流密度との関係を、それぞれ示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の金属焼結体および金属焼結体の製造方法を添付図面に基づいて詳細に説明する。
【0012】
1.金属焼結体
実施形態に係る金属焼結体について説明する。
【0013】
実施形態に係る金属焼結体は、フェライト系ステンレス鋼の組成と、N(窒素)と、不純物と、で構成されている。このような金属焼結体は、粉末冶金技術により製造される。粉末冶金技術では、焼結用金属粉末とバインダーとを含む組成物を、所望の形状に成形した後、脱脂処理および焼結処理に供することにより、所望の形状の金属焼結体を得ることができる。これにより、複雑で微細な形状の金属焼結体をニアネットシェイプ、すなわち最終形状に近い形状で製造することができる。また、フェライト系ステンレス鋼の組成は、Niの含有率が実質的にゼロである。このため、実施形態に係る金属焼結体は、Niフリーの利点を有するものとなる。
【0014】
1.1.構造
図1は、実施形態に係る金属焼結体1の表層近傍を模式的に示す部分拡大断面図である。
【0015】
図1に示す金属焼結体1は、表面SF近傍に位置する侵入型窒素固溶層NLを有している。侵入型窒素固溶層NLとは、表面SF側からの窒素の固溶により、フェライト組織αの一部がオーステナイト化された領域である。侵入型窒素固溶層NLは、主にオーステナイト組織γで構成され、腐食しにくく、耐食性に優れる。
【0016】
金属焼結体1では、侵入型窒素固溶層NLの厚さtが十分に厚いため、耐食性が特に良好である。侵入型窒素固溶層NLの平均厚さは、200μm以上であり、好ましくは250μm以上であり、より好ましくは300μm以上である。
【0017】
なお、侵入型窒素固溶層NLの平均厚さの上限値は、特に設定されていなくてもよいが、窒素を安定して固溶させられる深さを考慮すると、例えば3000μm以下に設定されればよく、好ましくは2000μm以下に設定されればよい。
【0018】
侵入型窒素固溶層NLの平均厚さは、10か所以上で厚さtを測定し、平均した値である。厚さtは、次のように測定される。
【0019】
まず、金属焼結体1の断面を光学顕微鏡で観察する。光学顕微鏡では、色調や結晶状態によってフェライト組織とオーステナイト組織とを区別することができる。次に、表面SFからオーステナイト組織の厚さを測定する。この測定値が、侵入型窒素固溶層NLの厚さtである。
【0020】
1.2.組成
フェライト系ステンレス鋼の組成としては、例えば、JIS規格に規定される化学成分が挙げられる。JIS規格では、フェライト系ステンレス鋼の鋼種を記号で表している。この鋼種としては、例えば、SUS405、SUS410L、SUS429、SUS430、SUS430F、SUS430LX、SUS430J1L、SUS443J1、SUS434、SUS436J1L、SUS436L、SUS444、SUS445J1、SUS445J2、SUSXM27、SUS447J1、SUH409、SUH409L等が挙げられる。
【0021】
また、N(窒素)は、JIS規格で規定されている範囲内で含まれていてもよいし、JIS規格で規定されている範囲を超えて含まれていてもよい。Nは、金属焼結体1の表面から内部に向かって吸収させる処理によって添加される。Nの吸収により、金属焼結体1の組織は、フェライト組織からオーステナイト組織に変化する。これにより、金属焼結体1の表面には、オーステナイト組織による良好な硬度および耐食性が付与される。
【0022】
実施形態に係る金属焼結体1における各元素の含有率は、好ましくは以下の通りである。
Cの含有率:0.02質量%以上1.00質量%以下
Siの含有率:1.00質量%以下
Mnの含有率:1.00質量%以下
Pの含有率:0.03質量%以下
Sの含有率:0.02質量%以下
Crの含有率:12.0質量%以上30.0質量%以下
Nbの含有率:0.05質量%以上1.50質量%以下
Nの含有率:1.00質量%以下
【0023】
また、上記元素以外の残部は、Feおよび不純物である。
特に、Nの含有率は、0.05質量%以上0.80質量%以下であることがより好ましく、0.15質量%以上0.70質量%以下であることがさらに好ましい。Nの含有率が前記範囲内であれば、金属焼結体1の表面から十分な厚さに窒素を固溶させることができるとともに、過剰なNによる副生成物の析出およびそれによる耐食性や機械的特性の低下を抑制することができる。これにより、金属焼結体1の十分な高硬度化および高耐食化を図ることができる。
【0024】
また、C(炭素)は、JIS規格で規定されている範囲内で含まれていてもよいし、JIS規格で規定されている範囲を超えて含まれていてもよい。Cは、焼結を阻害する物質、例えば酸化ケイ素や酸化クロム等の酸化物を還元する。酸化物の還元反応としては、例えば、以下の反応式で表される反応が挙げられる。
【0025】
SiO2(s)+C(s)→SiO(g)+CO(g)
Cr2O3(s)+3C(s)→2Cr(s)+3CO(g)
【0026】
上式では、(s)が固体、(g)が気体を表す。この例では、酸化ケイ素SiO2が炭素Cと反応し、気化しやすい物質に変化して成形体中から除去される。また、酸化クロムが金属クロムに還元される。その結果、焼結を阻害しやすい酸化物を成形体中から減らすことができ、金属焼結体1の高密度化を図ることができる。
【0027】
一方、上記の還元反応では、副生成物としてガスが発生する。このガスは、金属焼結体1の内部に残留するおそれがある。そこで、本実施形態に係る金属焼結体1では、CおよびNb(ニオブ)が併用されることにより、このガスの残留が抑制されている。
【0028】
具体的には、C(炭素)およびNb(ニオブ)が併用されることで、焼結時、焼結用金属粉末の粒子表面にNbC(炭化ニオブ)が析出する。このNbCは、焼結用金属粉末が焼結に至るとき、焼結速度を遅らせることができ、成形体(脱脂体)の表面における急速な焼結の進行を抑制する。これにより、成形体の表面と内部とで焼結の進度の差を小さくすることができ、内部にガスが残留するのを抑制するとともに、表面に形成される緻密層をより厚くすることができる。この緻密層は、焼結処理後に行う窒素吸収処理において、急激な窒素の吸収を抑制することに寄与する。窒素の急激な吸収を抑制することは、Cr2N等の副生成物の発生を抑制し、侵入型窒素固溶層NLの耐食性を高めることにつながる。なお、緻密層の形成方法は、上記の方法に限定されない。例えば、NbC以外の析出物によって焼結速度を遅らせるようにしてもよい。
【0029】
Cの含有率は、より好ましくは0.05質量%以上0.50質量%以下とされ、さらに好ましくは0.08質量%以上0.30質量%以下とされる。Cの含有率が前記下限値を下回ると、Nbの量に対してCの量が不足し、その他の元素の含有率によっては、前述した還元反応が生じにくくなったり、NbCの析出が減少したりするおそれがある。一方、Cの含有率が前記上限値を上回ると、Nbの量に対してCの量が過剰になり、その他の元素の含有率によっては、焼結反応が阻害され、焼結密度が低下するおそれがある。また、金属焼結体1において、耐食性を低下させる析出物が生じやすくなるおそれがある。
【0030】
Nbの含有率は、好ましくは0.10質量%以上1.20質量%以下とされ、より好ましくは0.15質量%以上0.70質量%以下とされる。Nbの含有率が前記下限値を下回ると、Cの量に対してNbの量が不足するため、緻密層が薄くなり、侵入型窒素固溶層NLも薄くなるおそれがある。一方、Nbの含有率が前記上限値を上回ると、Cの量に対してNbの量が過剰になって、焼結密度が低くなったり、析出物が生じやすくなったりするため、硬度や耐食性が低下するおそれがある。
【0031】
また、Nbの含有量に対するCの含有量の比をC/Nbとするとき、C/Nbは、0.10以上1.80以下であるのが好ましく、0.20以上1.20以下であるのがより好ましく、0.30以上1.00以下であるのがさらに好ましい。これにより、Cの含有量とNbの含有量のバランスを最適化することができる。その結果、金属焼結体1は、適量のNbCを含み、より厚い緻密層を有するとともに、焼結密度の高いものとなる。厚い緻密層が得られれば、最終的に十分な厚さの侵入型窒素固溶層NLが得られる。
【0032】
また、Cの含有率とNbの含有率の和をC+Nbとするとき、C+Nbは、0.20質量%以上1.50質量%以下であるのが好ましく、0.25質量%以上1.20質量%以下であるのがより好ましく、0.30質量%以上0.80質量%以下であるのがさらに好ましい。これにより、適度なNbCを析出させることができ、全体として高密度で、かつ、緻密層が十分に厚い金属焼結体1が得られる。
【0033】
Si(ケイ素)の含有率は、前述したように、1.00質量%以下とされるが、好ましくは0.20質量%以上0.80質量%以下とされ、より好ましくは0.30質量%以上0.50質量%以下とされる。これにより、金属焼結体1の焼結密度をより高めることができる。
【0034】
Cr(クロム)の含有率は、前述したように、12.0質量%以上30.0質量%以下とされるが、好ましくは15.0質量%以上25.0質量%以下とされ、より好ましくは18.0質量%以上23.0質量%以下とされる。これにより、金属焼結体1の耐食性および耐熱性を高めることができる。
【0035】
金属焼結体1は、必要に応じて、Mo、Ni、Al、Ti、CuおよびZrの少なくとも1種を含有していてもよい。
【0036】
Mo(モリブデン)の含有率は、3.00質量%以下であるのが好ましく、0.70質量%以上2.80質量%以下であるのがより好ましく、1.80質量%以上2.60質量%以下であるのがさらに好ましい。
【0037】
Ni(ニッケル)、Al(アルミニウム)、Ti(チタン)、Cu(銅)およびZr(ジルコニウム)の含有率は、それぞれ、1.00質量%以下であるのが好ましく、0.10質量%以上0.80質量%以下であるのがより好ましい。
【0038】
Fe(鉄)および不純物は、前述した成分以外の残部を占める。
このうち、Feは、金属焼結体1の主成分であり、含有率が最も高い。Feの含有率は、60質量%以上であるのが好ましく、70質量%以上であるのがより好ましい。
【0039】
不純物の濃度は、元素ごとに0.10質量%以下であるのが好ましく、0.05質量%以下であるのがより好ましい。また、不純物の濃度の合計は、1.00質量%以下であるのが好ましい。なお、この範囲内であれば、不可避的に混入した元素であっても、意図的に添加された元素であっても、金属焼結体1が奏する効果に影響を与えないので、不純物とみなすことができる。
【0040】
なお、不純物は、O(酸素)を含んでいてもよい。酸素の濃度は、0.50質量%以下であるのが好ましく、0.30質量%以下であるのがより好ましい。この程度であれば、Oが含まれていても、金属焼結体1の特性に影響を及ぼさない。
【0041】
1.3.分析方法
上記の組成は、以下のような分析手法により特定される。
【0042】
分析手法としては、例えば、JIS G 1257:2000に規定された鉄及び鋼-原子吸光分析法、JIS G 1258:2007に規定された鉄及び鋼-ICP発光分光分析法、JIS G 1253:2002に規定された鉄及び鋼-スパーク放電発光分光分析法、JIS G 1256:1997に規定された鉄及び鋼-蛍光X線分析法、JIS G 1211~G 1237に規定された重量・滴定・吸光光度法等が挙げられる。
【0043】
具体的には、例えばSPECTRO社製固体発光分光分析装置、特にスパーク放電発光分光分析装置、モデル:SPECTROLAB、タイプ:LAVMB08Aや、株式会社リガク製ICP装置CIROS120型が挙げられる。
【0044】
また、特にC(炭素)およびS(硫黄)の特定においては、JIS G 1211:2011に規定された酸素気流燃焼(高周波誘導加熱炉燃焼)-赤外線吸収法も用いられる。具体的には、LECO社製炭素・硫黄分析装置、CS-200が挙げられる。
【0045】
さらに、特にN(窒素)およびO(酸素)の特定においては、JIS G 1228:1997に規定された鉄及び鋼-窒素定量方法、JIS Z 2613:2006に規定された金属材料の酸素定量方法通則も用いられる。具体的には、LECO社製酸素・窒素分析装置、TC-300/EF-300、LECO社製酸素・窒素・水素分析装置、ONH836等が挙げられる。
【0046】
1.4.特性
金属焼結体1では、表面SFからの深さが200μmの位置におけるビッカース硬さが、250以上である。このような硬さを持つ金属焼結体1は、Niフリーであるとともに、表面の硬度が十分に高いものとなる。このため、高い耐摩耗性を有する金属焼結体1が得られる。特に、表面SFからの深さが200μmの位置は、表面SFから十分に深いことから、表面SF近傍に析出した析出物の影響を受けにくく、侵入型窒素固溶層NLの母相に由来する物性を測定可能な位置である。このため、この位置で測定されたビッカース硬さが前記範囲内であれば、侵入型窒素固溶層NLの十分に深い位置までオーステナイト組織が安定していることを裏付けている。
【0047】
上記位置でのビッカース硬さは、次のように測定される。
まず、前述したように、金属焼結体1の断面を光学顕微鏡で観察する。次に、表面SFからの深さが200μmの位置でビッカース硬さを測定する。なお、硬さ試験機には、ビッカース硬度計が用いられる。また、測定荷重は、5kgf(49N)、荷重保持時間は10秒とする。
【0048】
また、上記位置におけるビッカース硬さは、275以上であるのが好ましく、300以上であるのがより好ましい。
【0049】
図2は、金属焼結体1のビッカース硬さの深さ分布の一例を示すグラフである。なお、
図2では、侵入型窒素固溶層NLを有する金属焼結体1について取得したビッカース硬さの深さ分布とともに、侵入型窒素固溶層NLを形成する前の未処理焼結体について取得したビッカース硬さの深さ分布を併せて図示している。
【0050】
図2に示すように、侵入型窒素固溶層NLは、約1000μmの深さまでビッカース硬さを高めるように作用している。深さ200μmの位置では、侵入型窒素固溶層NLを形成する前のビッカース硬さは約200であるのに対し、侵入型窒素固溶層NLを形成した後のビッカース硬さは約325である。
【0051】
また、
図2の例では、表面SFからの深さが400μmの位置におけるビッカース硬さが約325である。したがって、
図2の例では、深さ200μmにおけるビッカース硬さと、深さ400μmにおけるビッカース硬さと、の差が、ゼロである。この例のように金属焼結体1では、深さ200μmにおけるビッカース硬さと、深さ400μmのおけるビッカース硬さと、の差が、100以下であるのが好ましく、50以下であるのがより好ましい。ビッカース硬さは、金属焼結体1の表面SFから深さ方向における金属組織の変化を表している。そして、2か所のビッカース硬さの差が前記範囲内であれば、十分な深さまでオーステナイト化が図られていること、および、金属組織がオーステナイト組織からフェライト組織へと徐々に変化していることがわかる。つまり、2か所のビッカース硬さの差が前記範囲内であることは、金属焼結体1の表面全体にわたって耐食性や表面硬度の向上が図られていることがわかる。
【0052】
また、金属焼結体1の相対密度は、99.0%以上であるのが好ましく、99.5%以上であるのがより好ましい。金属焼結体の相対密度が前記範囲内であれば、金属焼結体の機械的特性、硬度および耐食性が特に良好になる。金属焼結体1の相対密度は、アルキメデス法により測定される。
【0053】
金属焼結体1の耐食性は、JIS G 0577:2014に規定されているステンレス鋼の孔食電位測定方法のB法に準じて評価することができる。B法は、3.5質量%の塩化ナトリウム水溶液中における動電位法による孔食電位測定法である。そして、B法により、金属焼結体1についての電流密度が100μA/cm2となるときの孔食電位を測定する。つまり、電流密度が100μA/cm2となる電位を便宜的に腐食が進行し始めた電位、すなわち孔食電位とする。また、孔食電位は、飽和カロメル電極(SCE)基準値とする。塩化ナトリウム水溶液のpHは7とし、温度は30℃とする。また、電位掃引速度は20mV/分とする。
【0054】
このような方法で測定された金属焼結体1の孔食電位は、700mV以上であることが好ましく、800mV以上であることがより好ましく、900mV以上であるのがさらに好ましい。孔食電位が前記範囲内であれば、金属焼結体1の腐食が十分に抑えられ、特に良好な耐食性が得られる。
【0055】
なお、孔食電位の上限値は、特に設定されていなくてもよいが、個体差を抑えるという観点では、2000mV以下であることが好ましい。
【0056】
以上のような金属焼結体1は、例えば、自動車用部品、自転車用部品、鉄道車両用部品、船舶用部品、航空機用部品、宇宙輸送機用部品のような輸送機器用部品、パソコン用部品、携帯電話端末用部品、タブレット端末用部品、ウェアラブル端末用部品のような電子機器用部品、冷蔵庫、洗濯機、冷暖房機のような電気機器用部品、工作機械、半導体製造装置のような機械用部品、原子力発電所、火力発電所、水力発電所、製油所、化学コンビナートのようなプラント用部品、時計用部品、金属食器、宝飾品、眼鏡フレームのような装飾品、医療用メス、鉗子のような医療器具、の全体または一部を構成する材料として用いられる。
【0057】
2.焼結用金属粉末
次に、前述した金属焼結体1の製造に用いる焼結用金属粉末の一例について説明する。
【0058】
この焼結用金属粉末には、製造しようとする金属焼結体1に対応する組成を有する粉末が用いられる。したがって、焼結用金属粉末には、フェライト系ステンレス鋼の組成に対し、必要に応じてCおよびNbが添加された粉末が用いられる。また、必要に応じて、金属焼結体1の組成よりもC(炭素)の量を増やしてもよい。Cは、金属焼結体1の製造の過程で消費されるため、その分を見越して添加しておくのが好ましい。
【0059】
フェライト系ステンレス鋼は、本来、拡散速度が速い。このため、フェライト系ステンレス鋼粉末を含む成形体では、表面と内部とで焼結の進度に差が生じやすい。そうすると、内部よりも先に表面の焼結が完了し、内部には焼結に伴って生じるガスが残留する。その結果、焼結が完了した緻密な層(緻密層)は、表層に極薄く形成される一方、内部はガスの残留に伴う密度の低い領域となる。そうすると、緻密層が極薄くなってしまう。
【0060】
これに対し、上記のようなCおよびNbの量を調整した焼結用金属粉末を用いることで、焼結速度を遅らせることができる。これにより、表面と内部とで焼結の進度の差が小さくなる。その結果、内部にガスが残留するのを抑制するとともに、表面に形成される緻密層をより厚くすることができる。このような厚い緻密層は、後述する窒素吸収処理において、急激な窒素の吸収を抑制する作用を有する。この作用により、急激な窒素の吸収に伴うCr2N等の副生成物の発生を抑制することができる。これにより、副生成物の少ない侵入型窒素固溶層NLを得ることができ、高い耐食性を有する金属焼結体1が得られる。また、副生成物の発生を抑制することで、侵入型窒素固溶層NLの緻密性および均一性をより高めることができるので、より高い表面硬度を有する金属焼結体1が得られる。
【0061】
焼結用金属粉末の平均粒径は、特に限定されないが、0.5μm以上30.0μm以下であるのが好ましく、0.5μm以上15.0μm以下であるのがより好ましく、1.0μm以上10.0μm以下であるのがさらに好ましい。これにより、金属焼結体1に形成される侵入型窒素固溶層NLにおいて、さらなる緻密化を図ることができる。
【0062】
なお、焼結用金属粉末の平均粒径が前記下限値を下回った場合、粉末が凝集しやすく、充填性が下がるため、焼結密度が低下するおそれがある。一方、焼結用金属粉末の平均粒径が前記上限値を上回った場合、成形時の充填性が低下するため、焼結密度が低下するおそれがある。
【0063】
平均粒径とは、レーザー回折式粒度分布測定装置を用いて取得された焼結用金属粉末の体積基準での累積粒度分布において、頻度の累積が小径側から50%である粒子径D50のことをいう。
【0064】
焼結用金属粉末について、前述した累積粒度分布において、頻度の累積が小径側から10%であるときの粒子径をD10とし、小径側からの累積値が90%となるときの粒子径をD90とするとき、(D90-D10)/D50は、1.0以上2.5以下程度であるのが好ましく、1.2以上2.3以下程度であるのがより好ましい。(D90-D10)/D50は粒度分布の広がりの程度を示す指標であるが、この指標が前記範囲内であることにより、焼結用金属粉末の充填性が特に良好になる。その結果、高密度の金属焼結体1を製造することができる。
【0065】
3.焼結体の製造方法
図3は、金属焼結体1の製造方法を示す工程図である。
【0066】
図3に示す金属焼結体1の製造方法は、組成物調製工程S102と、成形工程S104と、脱脂工程S106と、焼結工程S108と、窒素吸収工程S110と、を有する。以下、各工程について順次説明する。
【0067】
3.1.組成物調製工程
組成物調製工程S102では、焼結用金属粉末と有機バインダーとを含む成形用組成物を得る。
【0068】
焼結用金属粉末は、アトマイズ法により製造されたものであるのが好ましく、水アトマイズ法または回転水流アトマイズ法により製造されたものであるのがより好ましい。アトマイズ法は、溶湯を、高速で噴射された液体または気体に衝突させることにより、微粉化するとともに冷却して、金属粉末を製造する方法である。焼結用金属粉末をアトマイズ法によって製造することにより、微小な粉末を効率よく製造することができる。
【0069】
なお、焼結用金属粉末には、例えば、加熱処理、プラズマ処理、オゾン処理、還元処理等の各種前処理が施されていてもよい。
【0070】
有機バインダーとしては、脱脂処理および焼結処理において短時間で分解可能な樹脂が用いられる。かかる樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体等のポリオレフィン、ポリメチルメタクリレート、ポリブチルメタクリレート等のアクリル系樹脂、ポリスチレン等のスチレン系樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル、ポリエーテル、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドンまたはこれらの共重合体、各種ワックス、パラフィン、高級脂肪酸、高級アルコール、高級脂肪酸エステル、高級脂肪酸アミド等が挙げられ、これらのうち1種または2種以上を混合して用いることができる。
【0071】
なお、成形用組成物の形態としては、例えば、混練物、造粒粉末等が挙げられる。
有機バインダーの混合比率は、成形用組成物の0.2質量%以上20.0質量%以下程度であるのが好ましく、0.5質量%以上15.0質量%以下程度であるのがより好ましい。
【0072】
組成物中には、これらの他に、可塑剤、滑剤、酸化防止剤、脱脂促進剤、界面活性剤等の各種添加物が添加されていてもよい。
【0073】
3.2.成形工程
成形工程S104では、成形用組成物を目的とする形状に成形する。これにより、成形体が得られる。
【0074】
成形方法としては、例えば、射出成形法、圧縮成形法、押出成形法、積層造形法等が挙げられる。このうち、積層造形法としては、例えば、材料押出堆積法やバインダージェッティング法が挙げられる。
【0075】
3.3.脱脂工程
脱脂工程S106では、成形体に脱脂処理を施し、脱脂体を得る。
【0076】
脱脂処理としては、例えば、成形体を加熱して有機バインダーを分解する方法、有機バインダーを分解するガスに成形体を曝す方法等が挙げられる。脱脂処理により、成形体中の有機バインダーの全部または一部が除去される。
【0077】
成形体を加熱する方法を用いる場合、成形体の加熱条件は、有機バインダーの組成や配合量によって若干異なるものの、温度が100℃以上750℃以下、時間が0.1時間以上20時間以下であるのが好ましく、温度が150℃以上600℃以下、時間が0.5時間以上15時間以下であるのがより好ましい。
【0078】
成形体を加熱する際の雰囲気は、特に限定されず、窒素、アルゴンのような不活性雰囲気、大気のような酸化性雰囲気、またはこれらの雰囲気を減圧した減圧雰囲気等が挙げられる。
【0079】
有機バインダーを分解するガスに成形体を曝す方法としては、例えば酸脱脂法が用いられる。酸脱脂法は、酸含有雰囲気下で成形体を加熱することにより、酸の触媒作用を利用して脱脂する方法である。酸脱脂法によれば、有機バインダーを低温でも短時間で分解することができるので、体積の大きな成形体であっても、効率よく脱脂処理を施すことができる。
【0080】
酸含有雰囲気とは、有機バインダーを分解可能な酸を含む雰囲気のことをいう。酸としては、例えば、硝酸、シュウ酸、オゾン等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。また、これらの酸と他のガスとを混合した混合ガスを用いるようにしてもよい。混合ガスの一例としては、発煙硝酸が挙げられる。なお、雰囲気圧力は、大気圧下であっても、減圧下であっても、加圧下であってもよい。
【0081】
酸含有雰囲気下における成形体の加熱条件は、前述した加熱条件よりも低温または短時間で済む。このため、成形体に加える熱量を減らすことができ、焼結用金属粉末の酸化を抑制しやすい。
【0082】
3.4.焼結工程
焼結工程S108では、脱脂体に焼結処理を施し、未処理焼結体を得る。未処理焼結体とは、後述する窒素吸収処理に供される被処理物のことをいう。未処理焼結体は、前述したフェライト系ステンレス鋼の組成および不純物で構成され、平均厚さが150μm以上の緻密層を表面に有している。
【0083】
焼結温度は、焼結用金属粉末の組成比や粒径等によって異なるが、一例として980℃以上1330℃以下程度とされる。また、好ましくは1050℃以上1260℃以下程度とされる。
【0084】
また、焼結時間は、0.2時間以上7時間以下とされるが、好ましくは1時間以上6時間以下程度とされる。
【0085】
焼結処理の雰囲気は、例えば、水素等の還元性雰囲気、窒素、アルゴンのような不活性雰囲気、またはこれらの雰囲気を減圧した減圧雰囲気等が挙げられる。減圧雰囲気の圧力は、常圧(100kPa)未満であれば、特に限定されないが、10kPa以下であるのが好ましく、1kPa以下であるのがより好ましい。これにより、脱脂体中に残留するガスを特に効率よく排出し、最終的に得られる金属焼結体1の高密度化を図ることができる。
【0086】
なお、別の方法で作製した未処理焼結体を用意できれば、焼結工程S108以前の各工程は、未処理焼結体を用意する工程(未処理焼結体準備工程)で置き換えてもよい。
【0087】
未処理焼結体が有する緻密層の平均厚さは、150μm以上であり、好ましくは200μm以上であり、より好ましくは300μm以上である。緻密層の平均厚さが前記範囲内であれば、後述する窒素吸収処理において、急激な窒素の吸収を抑制することができる。これにより、窒素吸収処理による副生成物の発生を抑制することができる。
【0088】
なお、緻密層の平均厚さの上限値は、特に設定されていなくてもよいが、安定して形成可能な厚さを考慮すると、例えば1000μm以下に設定されればよく、好ましくは500μm以下に設定されればよい。
【0089】
ここで、緻密層とは、異物が少ない領域、すなわち、高密度部を主とする領域である。緻密層の平均厚さは、以下の手順で測定、算出される。
【0090】
まず、未処理焼結体の断面を電子顕微鏡で観察し、観察像上で表面に接する、例えば100μm×100μmの範囲Mを選択する。次に、範囲Mに対して2値化の画像処理を行い、密度や組成の違いによって濃度が異なることを利用し、高密度部および異物を特定する。次に、異物について、面積率と平均径とを算出する。なお、面積率は、範囲Mの面積に対する、範囲Mに映っている異物の面積の合計の比率である。また、平均径は、範囲Mに映っている異物を無作為に10個選択し、それらの直径を計測した後、10個の計測値を平均した値である。なお、範囲Mに映っている異物の数が10個未満の場合には、異物の全数についての計測値を平均した値である。
【0091】
また、このようにして算出された異物の面積率および平均径が、面積率0.50%以下および平均径2.5μm以下という条件を満たすか否かを、正方形である範囲Mの一辺の長さを変えながら調べる。そして、前記条件が満たされるときの最大長さが緻密層の厚さとなる。そして、10か所以上において厚さを測定し、平均値を求めることにより、緻密層の平均厚さが得られる。
【0092】
3.5.窒素吸収工程
窒素吸収工程S110では、未処理焼結体に窒素吸収処理を施す。これにより、緻密層に窒素原子を侵入固溶させ、平均厚さが200μm以上の侵入型窒素固溶層NLを有する金属焼結体1を得る。
【0093】
窒素吸収処理は、窒素存在下で未処理焼結体を加熱する処理であれば、その処理条件は特に限定されない。未処理焼結体は、前述したように緻密層を有しているので、窒素吸収処理において急激な窒素の吸収を抑制し、Cr2N等の副生成物の発生を抑制する。これにより、副生成物の少ない侵入型窒素固溶層NLを得ることができ、高い耐食性を有する金属焼結体1が得られる。
【0094】
一例として、窒素吸収処理を行う窒素雰囲気の窒素ガスの分圧は、0.02MPa以上0.18MPa以下であるのが好ましく、0.05MPa以上0.15MPa以下であるのがより好ましい。また、窒素吸収処理の処理温度は、1150℃以上1300℃以下であるのが好ましく、1150℃以上1250℃以下であるのがより好ましい。さらに、この処理温度での加熱時間(処理時間)は、60分以上であるのが好ましく、90分以上300分以下であるのがより好ましく、120分以上240分以下であるのがさらに好ましい。
【0095】
以上のような処理条件によれば、未処理焼結体が有する緻密層に対し、ゆっくりと窒素を吸収させることができる。つまり、緻密層を有さない焼結体は、溶製材に比べて隙間が多いため、窒素の吸収が急激に進む。これに対し、緻密層を有する未処理焼結体では、窒素の吸収速度が小さいため、窒素の吸収が過剰であることに伴う副生成物の発生を抑制することができる。その結果、侵入型窒素固溶層NLにおける副生成物の発生量を特に少なく抑えることができる。
【0096】
窒素は、オーステナイト生成元素であるため、侵入型窒素固溶層NLではオーステナイト化が進行する。これにより、侵入型窒素固溶層NLでは、オーステナイト組織に由来する高い硬度および高い耐食性が得られる。
【0097】
なお、窒素ガスの分圧や処理時間等によって、金属焼結体1におけるNの含有率を調整することができる。例えば、窒素ガスの分圧を高めたり、処理時間を長くしたりすることにより、金属焼結体1におけるNの含有率を高めることができる。
【0098】
ただし、窒素ガスの分圧が前記下限値を下回ると、緻密層の厚さによっては、窒素を十分に吸収させることができないおそれがある。一方、窒素ガスの分圧が前記上限値を上回ると、緻密層の厚さによっては、窒素の吸収が急激に進むおそれがある。窒素の吸収が急激に進んだ場合、十分な深さまでオーステナイト化できないおそれがある。
【0099】
また、窒素吸収処理は、上記処理条件で未処理焼結体を加熱した後、未処理焼結体を急冷するようにしてもよい。窒素吸収処理に供された未処理焼結体の急冷に伴って、副生成物の発生を抑制することができる。なお、前述した緻密層を有する未処理焼結体を用いることで、窒素吸収処理における窒素の急激な吸収を抑制することができるので、急冷条件を緩和することも許容される。つまり、急冷条件を厳密に設定しなくても、副生成物の少ない侵入型窒素固溶層NLを効率よく得ることができる。急冷の方法としては、例えば、水冷、油冷等が挙げられる。
【0100】
急冷時の降温速度は、特に限定されないが、50[℃/秒]以上であるのが好ましく、100[℃/秒]以上であるのがより好ましい。これにより、侵入型窒素固溶層NLにおける副生成物の発生をより効果的に抑制することができる。
【0101】
4.実施形態が奏する効果
以上のように、実施形態に係る金属焼結体1は、フェライト系ステンレス鋼の組成、窒素および不純物で構成され、平均厚さが200μm以上であり、窒素原子が固溶している侵入型窒素固溶層NLを有する。また、表面SFからの深さが200μmの位置におけるビッカース硬さが、250以上である。
【0102】
このような構成によれば、フェライト系ステンレス鋼の組成を有しているため、Niフリーの特徴を持つ金属焼結体1が得られる。このような金属焼結体1は、例えば金属アレルギーの人が触れても悪影響を及ぼしにくい製品に適用可能である。また、上記のような構成によれば、侵入型窒素固溶層NLに窒素原子が侵入固溶し、オーステナイト組織が得られる。これにより、侵入型窒素固溶層NLは、腐食しにくくなるため、高い耐食性を有する金属焼結体1が得られる。
【0103】
また、金属焼結体1は、相対密度が99.0%以上であることが好ましい。このような金属焼結体1では、金属焼結体の機械的特性、硬度および耐食性が特に良好になる。
【0104】
また、金属焼結体1では、孔食電位が700mV以上であることが好ましい。孔食電位は、JIS G 0577:2014に規定されているステンレス鋼の孔食電位測定方法のB法に準じて測定される電流密度が100μA/cm2となる電位である。
【0105】
このような孔食電位を満たすことにより、金属焼結体1の腐食が十分に抑えられ、特に良好な耐食性が得られる。
【0106】
また、金属焼結体1は、Cと、含有率が0.05質量%以上1.50質量%以下のNbと、を含有することが好ましい。そして、Nbの含有量に対するCの含有量の比をC/Nbとするとき、C/Nbが、0.10以上1.80以下であることが好ましい。
【0107】
これにより、金属焼結体1において、侵入型窒素固溶層NLに十分な厚さを確保することができ、かつ、焼結密度が低下したり、析出物が生じたりするのを抑制することができる。その結果、硬度や耐食性が特に高い侵入型窒素固溶層NLを有する金属焼結体1を得ることができる。
【0108】
また、実施形態に係る金属焼結体の製造方法は、未処理焼結体準備工程と、窒素吸収工程S110と、を有する。未処理焼結体準備工程では、フェライト系ステンレス鋼の組成および不純物で構成され、平均厚さが150μm以上の緻密層を表面に有する未処理焼結体を用意する。窒素吸収工程S110では、未処理焼結体に窒素吸収処理を施すことにより、緻密層に窒素原子を固溶させ、平均厚さが200μm以上の侵入型窒素固溶層を有する金属焼結体を得る。
【0109】
このような金属焼結体の製造方法によれば、Niフリーの特徴を持ち、高い耐食性および耐摩耗性を有する金属焼結体を、効率よく製造することができる。
【0110】
また、窒素吸収処理は、窒素ガスの分圧が0.02MPa以上0.18MPa以下である窒素雰囲気において、未処理焼結体を、1150℃以上1300℃以下の処理温度で、60分以上の処理時間、加熱する処理であることが好ましい。
【0111】
このような窒素吸収処理を施すことにより、未処理焼結体が有する緻密層に対し、徐々に窒素を吸収させることができる。その結果、侵入型窒素固溶層NLにおける副生成物の発生量を特に少なく抑えることができる。
【0112】
なお、窒素雰囲気は、窒素ガスを含んでいればよく、全圧は大気圧であってもよいし、大気圧超であってもよい。
【0113】
以上、本発明の金属焼結体および金属焼結体の製造方法について、好適な実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。例えば、金属焼結体は、上述した焼結用金属粉末とは異なる金属粉末を用いて製造された焼結体であってもよい。
【実施例0114】
次に、本発明の実施例について説明する。
5.金属焼結体の製造
5.1.サンプルNo.1
まず、水アトマイズ法により製造された焼結用金属粉末とバインダーとを含む混練物(組成物)を調製した。なお、焼結用金属粉末には、表1に示す組成を有する平均粒径8.0μmの粉末を用いた。また、バインダーには、ポリプロピレンとワックスの混合物を使用した。混練物におけるバインダーの混合比率は10質量%とした。
【0115】
次に、混練物を射出成形機で成形し、成形体を得た。なお、成形体の形状は、縦15mm、横15mm、高さ3mmの直方体とした。次に、成形体に脱脂処理を施し、脱脂体を得た。脱脂処理は、窒素雰囲気下、450℃で2時間、成形体を加熱する処理とした。
【0116】
次に、脱脂体に焼結処理を施し、未処理焼結体を得た。焼結処理は、アルゴン雰囲気下、1250℃で3時間、脱脂体を加熱する処理とした。また、未処理焼結体が有する緻密層の平均厚さは、表2に示す通りである。
【0117】
次に、未処理焼結体に窒素吸収処理を施し、金属焼結体を得た。窒素吸収処理の処理条件は、表2に示す通りである。なお、窒素雰囲気は、窒素ガス100%の雰囲気とし、窒素雰囲気の全圧は窒素の分圧と等しい。
【0118】
5.2.サンプルNo.2~11
焼結用金属粉末の組成を表1に示すように変更し、かつ、未処理焼結体の構成および窒素吸収処理の条件を表2に示すように変更した以外は、サンプルNo.1と同様にして金属焼結体を得た。
【0119】
5.3.サンプルNo.12
窒素吸収処理を省略した以外は、サンプルNo.1と同様にして金属焼結体を得た。
【0120】
5.4.サンプルNo.13~18
焼結用金属粉末の組成を表1に示すように変更し、かつ、未処理焼結体の構成および窒素吸収処理の条件を表2に示すように変更した以外は、サンプルNo.1と同様にして金属焼結体を得た。
【0121】
【0122】
なお、表1では、本発明に相当するものを「実施例」、本発明に相当しないものを「比較例」としている。
【0123】
6.未処理焼結体の構成
各実施例および各比較例で得られた未処理焼結体を切断した。そして、切断面を研磨し、研磨面を電子顕微鏡で観察した。
次に、観察像から、緻密層の平均厚さを算出した。算出結果を表2に示す。
【0124】
7.金属焼結体の構成
7.1.Nの含有率
各実施例および各比較例で得られた金属焼結体について、Nの含有率を測定した。測定結果を表2に示す。
【0125】
7.2.断面の観察
各実施例および各比較例で得られた金属焼結体を切断した。そして、切断面を研磨し、研磨面を電子顕微鏡で観察した。
次に、観察像から、侵入型窒素固溶層の平均厚さを算出した。算出結果を表2に示す。
【0126】
また、サンプルNo.1の金属焼結体の切断面についての観察像を
図4に示す。
図4に示すように、サンプルNo.1の金属焼結体では、表面から内部に向かって広がる侵入型窒素固溶層が確認できる。また、侵入型窒素固溶層の内部には、フェライト組織が残っていることも確認できる。
【0127】
一方、サンプルNo.12の金属焼結体の切断面についての観察像を
図5に示す。
図5に示すように、サンプルNo.12の金属焼結体では、窒素吸収処理が省略されているため、侵入型窒素固溶層が確認できない。
【0128】
7.3.ビッカース硬さ
各実施例および各比較例で得られた金属焼結体の切断面のうち、表面からの深さが200μmの位置、および、400μmの位置において、ビッカース硬さを測定した。測定結果を表2に示す。
【0129】
8.金属焼結体の評価
8.1.相対密度
各実施例および各比較例で得られた金属焼結体について、JIS Z 2501:2000に規定の方法に準じて相対密度を算出した。算出結果を表2に示す。
【0130】
8.2.耐食性
各実施例および各比較例で得られた金属焼結体について、JIS G 0577:2014に規定されているステンレス鋼の孔食電位測定方法のB法に準じて、孔食電位を測定した。そして、測定した孔食電位を、以下の評価基準に照らして評価した。評価結果を表2に示す。
【0131】
A:孔食電位が900mV以上である
B:孔食電位が800mV以上900mV未満である
C:孔食電位が700mV以上800mV未満である
D:孔食電位が600mV以上700mV未満である
E:孔食電位が500mV以上600mV未満である
F:孔食電位が500mV未満である
【0132】
8.3.耐摩耗性
各実施例および各比較例で得られた金属焼結体について、JIS K 7218:1986に規定の摩擦摩耗試験を行った。具体的には、まず、オーステナイト系ステンレス鋼SUS316Lで試験用ピンを作製し、各実施例および各比較例で得られた金属焼結体で試験用ディスクを作製した。
【0133】
次に、これらの試験用ピンおよび試験用ディスクを、往復摩擦摩耗試験機であるピンオンディスク試験機にセットし、試験用ディスクの表面で試験用ピンを往復摺動させた。そして、長さ10mmを600回往復摺動させた後の摩耗量を気温25℃で測定した。そして、サンプルNo.12の金属焼結体で測定された摩耗量を基準にしたとき、各サンプルNo.の金属焼結体で測定された摩耗量を以下の評価基準に照らして相対的に評価した。評価結果を表2に示す。
【0134】
A:摩耗量が基準よりも特に少ない
B:摩耗量が基準よりも少ない
C:摩耗量が基準よりもやや少ない
D:摩耗量が基準よりもやや多い
E:摩耗量が基準よりも多い
F:摩耗量が基準よりも特に多い
【0135】
【0136】
表2に示すように、各実施例の金属焼結体は、各比較例の金属焼結体に比べて、十分な厚さの侵入型窒素固溶層を有し、かつ、表面からの深さが200μmの位置におけるビッカース硬さが十分に高いことが認められた。そして、各実施例の金属焼結体は、耐食性および耐摩耗性の双方が良好であることも認められた。
【0137】
また、各実施例の金属焼結体では、表面からの深さが400nmの位置におけるビッカース硬さも十分に高く、しかも、200nmの位置と400nmの位置とのビッカース硬さの差が少ないことも認められた。このことから、各実施例の金属焼結体では、安定したオーステナイト組織が十分な深さまで形成されていると考えられる。
【0138】
また、サンプルNo.1(実施例)の金属焼結体から得られた電位と電流密度との関係、および、サンプルNo.12(比較例)の金属焼結体から得られた電位と電流密度との関係を、それぞれグラフとして
図6に示す。なお、
図6では、電流密度が100μA/cm
2である位置に破線を引いた。この破線と各グラフとの交点に対応する電位がそれぞれの孔食電位である。また、
図6には、併せて、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS316L)の溶製材から得られた電位と電流密度との関係を「参考例1」として示している。さらに、
図6には、併せて、フェライト系ステンレス鋼(SUS445J2)の溶製材に窒素吸収処理を施したサンプルから得られた電位と電流密度との関係を「参考例2」として示している。なお、参考例2のサンプルに施した窒素吸収処理の処理条件は、窒素の分圧が0.20MPa、処理温度が1200℃、処理時間が300分という条件である。
【0139】
図6に示すグラフから、サンプルNo.1(実施例)の金属焼結体から得られる孔食電位は、サンプルNo.12(比較例)の金属焼結体から得られる孔食電位に比べて十分に高いことがわかった。特に、前者の孔食電位は、一般に耐食性が高いとされているオーステナイト系ステンレス鋼の溶製材から得られた孔食電位や、窒素吸収処理を施したフェライト系ステンレス鋼の溶製材から得られた孔食電位を上回っている。このため、各実施例の金属焼結体が示す耐食性は、オーステナイト系ステンレス鋼と同等以上の良好なものであることが認められた。
1…金属焼結体、NL…侵入型窒素固溶層、S102…組成物調製工程、S104…成形工程、S106…脱脂工程、S108…焼結工程、S110…窒素吸収工程、SF…表面、t…厚さ、α…フェライト組織、γ…オーステナイト組織