(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024005015
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240110BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022104977
(22)【出願日】2022-06-29
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】月原 望
(72)【発明者】
【氏名】パサート アノンサック
(72)【発明者】
【氏名】福井 治世
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF07
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF25
4K029AA04
4K029BA58
4K029BD05
4K029DD06
4K029EA01
4K029EA03
4K029EA04
4K029EA08
4K029FA04
(57)【要約】 (修正有)
【課題】長い工具寿命を有する切削工具を提供する。
【解決手段】基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、前記切削工具は、すくい面、前記すくい面に連なる逃げ面、および、前記すくい面と前記逃げ面との境界部分からなる切れ刃を含み、前記被膜は、TiAlCeN層を含み、前記TiAlCeN層は、前記逃げ面に位置する第1のTiAlCeN層と、前記すくい面に位置する第2のTiAlCeN層と、前記切れ刃に位置する第3のTiAlCeN層と、を有する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記切削工具は、
すくい面、
前記すくい面に連なる逃げ面、および、
前記すくい面と前記逃げ面との境界部分からなる切れ刃を含み、
前記被膜は、TiAlCeN層を含み、
前記TiAlCeN層は、
前記逃げ面に位置する第1のTiAlCeN層と、
前記すくい面に位置する第2のTiAlCeN層と、
前記切れ刃に位置する第3のTiAlCeN層と、を有し、
前記第1のTiAlCeN層の組成は、Tix1Aly1Cez1Nであり、
前記第2のTiAlCeN層の組成は、Tix2Aly2Cez2Nであり、
前記第3のTiAlCeN層の組成は、Tix3Aly3Cez3Nであり、
ここで、
x1+y1+z1=1、
x2+y2+z2=1、
x3+y3+z3=1、
0.300<y1≦0.700、
0.300<y2≦0.700、
0.300<y3≦0.700、
0<z1≦0.090、
0<z2≦0.090、
0.010<z3≦0.100、
z3-z1≧0.010、および、
z3-z2≧0.010である、切削工具。
【請求項2】
前記TiAlCeN層の厚さは、0.5μm以上15μm以下である、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記被膜は、さらに第1層を含み、
前記第1層は、
周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、アルミニウムおよび珪素からなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、
前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素と、からなる第1化合物からなる、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記第1群は、チタン、クロム、アルミニウムおよび珪素からなる、請求項3に記載の切削工具。
【請求項5】
前記被膜の厚さは、0.5μm以上15μm以下である、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項6】
前記被膜は、前記TiAlCeN層と前記第1層とが交互に積層された多層構造を含む、請求項3に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具の性能向上のため、超硬合金、立方晶窒化硼素焼結体等からなる基材の表面を被覆する被膜の開発が進められている。例えば、特許文献1には、工具基体の表面に、組成式:(Ti1-x-yAlxMy)Nz(該組成式において、Mは、周期表の第6族元素、Y、Si、La、Ceの少なくとも一つ)で表される複合窒化物皮膜を含む切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1において、例えば、Mとしてセリウム(Ce)を用いたTiAlCeN膜は、高い硬度を有し、切れ刃の耐摩耗性に優れる。一方、該TiAlCeN膜を高硬度材の高能率加工に用いた場合、逃げ面およびすくい面で被膜が損傷し、工具寿命が低下する傾向がある。
【0005】
そこで、本開示は、長い工具寿命を有する切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記切削工具は、
すくい面、
前記すくい面に連なる逃げ面、および、
前記すくい面と前記逃げ面との境界部分からなる切れ刃を含み、
前記被膜は、TiAlCeN層を含み、
前記TiAlCeN層は、
前記逃げ面に位置する第1のTiAlCeN層と、
前記すくい面に位置する第2のTiAlCeN層と、
前記切れ刃に位置する第3のTiAlCeN層と、を有し、
前記第1のTiAlCeN層の組成は、Tix1Aly1Cez1Nであり、
前記第2のTiAlCeN層の組成は、Tix2Aly2Cez2Nであり、
前記第3のTiAlCeN層の組成は、Tix3Aly3Cez3Nであり、
ここで、
x1+y1+z1=1、
x2+y2+z2=1、
x3+y3+z3=1、
0.300<y1≦0.700、
0.300<y2≦0.700、
0.300<y3≦0.700、
0<z1≦0.090、
0<z2≦0.090、
0.010<z3≦0.100、
z3-z1≧0.010、および、
z3-z2≧0.010である、切削工具である。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、長い工具寿命を有する切削工具を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態に係る切削工具の一例を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、
図1の切削工具の断面図であり、
図1のII-II線矢視方向から見た断面図である。
【
図3】
図3は、
図1の斜線部分を示す図であり、III領域を示す断面斜視図である。
【
図4】
図4は、
図2に示す断面図において、切れ刃にホーニング加工が施されている場合の部分図である。
【
図5】
図5は、
図3に示す断面斜視図において、切れ刃にホーニング加工が施されている場合の断面斜視図である。
【
図6】
図6は、
図2に示す断面図において、切れ刃にネガランド加工が施されている場合の部分図である。
【
図7】
図7は、
図3に示す断面斜視図において、切れ刃にネガランド加工が施されている場合の断面斜視図である。
【
図8】
図8は、
図2に示す断面図において、切れ刃にホーニング加工とネガランド加工とが施されている場合の部分図である。
【
図9】
図9は、
図3に示す断面斜視図において、切れ刃にホーニング加工とネガランド加工とが施されている場合の断面斜視図である。
【
図10】
図10は、本開示の一実施形態に係る切削工具の被膜の一例を示す模式的断面図である。
【
図11】
図11は、切削工具の切断位置を説明するための図である。
【
図12】
図12は、切削工具の切断位置を説明するための図である。
【
図13】
図13は、TiAlCeN層の組成の測定における測定視野の設定方法を説明するための図である。
【
図14】
図14は、本開示の一実施形態に係る切削工具の被膜の一例を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の切削工具は、
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記切削工具は、
すくい面、
前記すくい面に連なる逃げ面、および、
前記すくい面と前記逃げ面との境界部分からなる切れ刃を含み、
前記被膜は、TiAlCeN層を含み、
前記TiAlCeN層は、
前記逃げ面に位置する第1のTiAlCeN層と、
前記すくい面に位置する第2のTiAlCeN層と、
前記切れ刃に位置する第3のTiAlCeN層と、を有し、
前記第1のTiAlCeN層の組成は、Tix1Aly1Cez1Nであり、
前記第2のTiAlCeN層の組成は、Tix2Aly2Cez2Nであり、
前記第3のTiAlCeN層の組成は、Tix3Aly3Cez3Nであり、
ここで、
x1+y1+z1=1、
x2+y2+z2=1、
x3+y3+z3=1、
0.300<y1≦0.700、
0.300<y2≦0.700、
0.300<y3≦0.700、
0<z1≦0.090、
0<z2≦0.090、
0.010<z3≦0.100、
z3-z1≧0.010、および、
z3-z2≧0.010である、切削工具である。
【0010】
本開示によれば、長い工具寿命を有する切削工具を提供することが可能となる。
【0011】
(2)上記(1)において、前記TiAlCeN層の厚さは、0.5μm以上15μm以下であることが好ましい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0012】
(3)上記(1)または(2)において、前記被膜は、さらに第1層を含み、
前記第1層は、
周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、アルミニウムおよび珪素からなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、
前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素と、からなる第1化合物からなることが好ましい。
【0013】
これによると、工具寿命が更に向上する。
【0014】
(4)上記(3)において、前記第1群は、チタン、クロム、アルミニウムおよび珪素からなることが好ましい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0015】
(5)上記(1)から(4)のいずれかにおいて、前記被膜の厚さは、0.5μm以上15μm以下であることが好ましい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0016】
(6)上記(3)または(4)において、前記被膜は、前記TiAlCeN層と前記第1層とが交互に積層された多層構造を含むことが好ましい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0017】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の切削工具の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0018】
本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0019】
本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。たとえば「TiCN」と記載されている場合、TiCNを構成する原子数の比は、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。
【0020】
本開示において、数値範囲下限および上限として、それぞれ1つ以上の数値が記載されている場合は、下限に記載されている任意の1つの数値と、上限に記載されている任意の1つの数値との組み合わせも開示されているものとする。例えば、下限として、a1以上、b1以上、c1以上が記載され、上限としてa2以下、b2以下、c2以下が記載されている場合は、a1以上a2以下、a1以上b2以下、a1以上c2以下、b1以上a2以下、b1以上b2以下、b1以上c2以下、c1以上a2以下、c1以上b2以下、c1以上c2以下が開示されているものとする。
【0021】
まず、本発明者らは、長い工具寿命を有する切削工具を得るために、高硬度材の高能率加工における従来の工具の損傷形態について検討した。このような加工条件では、切れ刃では摩耗が生じやすい。逃げ面では、境界摩耗と呼ばれる被削材との接触境界部での亀裂の進展が生じやすい。これにより、被削材の面粗度が悪化する。すくい面では切りくずの擦過衝撃により被膜に微小チッピングが生じ、基材まで損傷が到達しやすい。
【0022】
上記の検討から、切削工具が長い工具寿命を有するためには、切れ刃においては優れた耐摩耗性を有し、逃げ面およびすくい面においては優れた耐欠損性を有することが重要であると推察される。一方、耐摩耗性と耐欠損性とは相反する特性であるため、同一の被膜中で、耐欠損性および耐摩耗性を向上させることは困難であった。
【0023】
本発明者らは、鋭意検討の結果、切削工具の切れ刃と、すくい面または逃げ面とにおいて、被膜の組成を変化させることにより、切れ刃における耐欠損性と、すくい面または逃げ面における耐摩耗性とをバランス良く向上させることにより、切れ刃への負荷が大きい加工条件においても、長い工具寿命を有する切削工具を得た。以下、本発明の一実施形態(以下「本実施形態」とも記す)について説明するが、本実施形態はこれらに限定されるものではない。
【0024】
[実施形態1:切削工具(1)]
本開示の一実施形態の切削工具は、
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
該切削工具は、
すくい面、
該すくい面に連なる逃げ面、および、
該すくい面と該逃げ面との境界部分からなる切れ刃を含み、
該被膜は、TiAlCeN層を含み、
該TiAlCeN層は、
該逃げ面に位置する第1のTiAlCeN層と、
該すくい面に位置する第2のTiAlCeN層と、
該切れ刃に位置する第3のTiAlCeN層と、を有し、
該第1のTiAlCeN層の組成は、Tix1Aly1Cez1Nであり、
該第2のTiAlCeN層の組成は、Tix2Aly2Cez2Nであり、
該第3のTiAlCeN層の組成は、Tix3Aly3Cez3Nであり、
ここで、
x1+y1+z1=1、
x2+y2+z2=1、
x3+y3+z3=1、
0.300<y1≦0.700、
0.300<y2≦0.700、
0.300<y3≦0.700、
0<z1≦0.090、
0<z2≦0.090、
0.010<z3≦0.100、
z3-z1≧0.010、および、
z3-z2≧0.010である、切削工具である。
【0025】
本開示の切削工具は、高硬度材の高能率加工においても、長い工具寿命を有することができる。その理由は以下(i)~(iii)の通りと推察される。
【0026】
(i)本実施形態の切削工具において、切れ刃に位置する第3のTiAlCeN層の組成は、Tix3Aly3Cez3Nであり、ここで、x3+y3+z3=1、0.300<y3≦0.700、及び、0.010<z3≦0.100である。すなわち、第3のTiAlCeN層は、チタン(Ti)とアルミニウム(Al)とセリウム(Ce)の原子数の合計に対してAlを30原子%超70原子%以下含み、かつ、Ceを1.0原子%超10.0原子%以下含む。これにより、第3のTiAlCeN層は、優れた耐摩耗性を有することができ、切れ刃の摩耗が抑制される。
【0027】
(ii)本実施形態の切削工具において、第1のTiAlCeN層および第2のTiAlCeN層は、第3のTiAlCeN層よりも、TiとAlとCeの原子数の合計に対するCeの原子数の百分率が、1%以上少ない。このため、第1のTiAlCeN層および第2のTiAlCeN層は、第3のTiAlCeN層よりも高い靱性を有する。よって、第1のTiAlCeN層は、逃げ面における亀裂の進展を抑制することができる。また、第2のTiAlCeN層は、すくい面における微小チッピングの発生を抑制することができる。
【0028】
(iii)上記の通り、本実施形態の切削工具は、切れ刃における耐摩耗性と、すくい面及び逃げ面における耐欠損性とがバランス良く向上している。よって、本開示の切削工具は、高硬度材の高能率加工においても、長い工具寿命を有することができる。
【0029】
<切削工具の構造>
図1に示されるように、本実施形態の切削工具1は、上面、下面および四つの側面を含む表面を有しており、全体として、上下方向にやや薄い四角柱形状である。また、切削工具1には、上下面を貫通する貫通孔が形成されており、切削工具1の4つの側面の境界部分においては、隣り合う側面同士が円弧面で繋がれている。
【0030】
本実施形態の切削工具1では、上面および下面がすくい面11を成し、4つの側面(およびこれらを繋ぐ円弧面)が逃げ面12を成す。また、すくい面11と逃げ面12の境界部分が切れ刃13として機能する。換言すれば、本実施形態の切削工具1の表面(上面、下面、四つの側面、これらの側面を繋ぐ円弧面、および貫通孔の内周面)は、すくい面11、該すくい面に連なる逃げ面12、および、すくい面11と逃げ面12との境界部分からなる切れ刃13を含む。
【0031】
すくい面11および逃げ面12の境界部分、すなわち切れ刃13、とは、「すくい面11と逃げ面12との境界を成す稜線Eと、すくい面11および逃げ面12のうち稜線E近傍となる部分と、を併せた部分」を意味する。「すくい面11および逃げ面12のうち稜線E近傍となる部分」とは、切削工具1の切れ刃13の形状によって決定される。以下に、切削工具1が、シャープエッジ形状の工具、ホーニング加工が施されたホーニング形状の工具、およびネガランド加工が施されたネガランド形状の工具の場合について説明する。
【0032】
図2および
図3に、シャープエッジ形状の切削工具1を示す。このようなシャープエッジ形状の切削工具1において、「すくい面11および逃げ面12のうち稜線E近傍となる部分」は、稜線Eからの距離(直線距離)Dが、50μm以下の領域(
図3において、点ハッチングが施される領域)と定義される。したがって、シャープエッジ形状の切削工具1における切れ刃13とは、
図3において点ハッチングが施される領域に対応する部分となる。
【0033】
図4および
図5に、ホーニング加工が施されたホーニング形状の切削工具1を示す。
図4および
図5においては、切削工具1の各部の他、すくい面11を含む仮想平面R、逃げ面12を含む仮想平面F、仮想平面Rと仮想平面Fとが交差してなる仮想稜線EE、すくい面11と仮想平面Rとの乖離の境界となる仮想境界線ER、および逃げ面12と仮想平面Fとの乖離の境界となる仮想境界線EFが示されている。なお、ホーニング形状の切削工具1において、上記の「稜線E」は、「仮想稜線EE」と読み替える。
【0034】
このようなホーニング形状の切削工具1において、「すくい面11および逃げ面12のうち仮想稜線EE近傍となる部分」は、仮想境界線ERおよび仮想境界線EFとに挟まれる領域(
図5において点ハッチングが施される領域)と定義される。したがって、ホーニング形状の切削工具1における切れ刃13とは、
図5において点ハッチングが施される領域に対応する部分となる。
【0035】
図6および
図7に、ネガランド加工が施されたネガランド形状の切削工具1を示す。
図6および
図7においても、切削工具1の各部の他、すくい面11を含む仮想平面R、逃げ面12を含む仮想平面F、仮想平面Rと仮想平面Fとが交差してなる仮想稜線EE、すくい面11と仮想平面Rとの乖離の境界となる仮想境界線ER、および逃げ面12と仮想平面Fとの乖離の境界となる仮想境界線EFが示されている。なお、ネガランド形状の切削工具1においても、上記の「稜線E」は、「仮想稜線EE」と読み替える。
【0036】
このようなネガランド形状の切削工具1において、「すくい面11および逃げ面12のうち仮想稜線EE近傍となる部分」は、仮想境界線ERおよび仮想境界線EFとに挟まれる領域(
図7において点ハッチングが施される領域)と定義される。したがって、ネガランド形状の切削工具1における切れ刃13とは、
図7において点ハッチングが施される領域に対応する部分となる。
【0037】
図8および
図9に、ホーニングとネガランドとが組み合された加工が施された形状の切削工具1を示す。
図8および
図9においても、切削工具1の各部の他、すくい面11を含む仮想平面R、逃げ面12を含む仮想平面F、仮想平面Rと仮想平面Fとが交差してなる仮想稜線EE、すくい面11と仮想平面Rとの乖離の境界となる仮想境界線ER、および逃げ面12と仮想平面Fとの乖離の境界となる仮想境界線EFが示されている。なお、ネガランド形状の切削工具1においても、上記の「稜線E」は、「仮想稜線EE」と読み替える。なお、仮想平面Rは、すくい面11のうち切れ刃13に近い平面を含む面とする。
【0038】
このような形状の切削工具1において、「すくい面11および逃げ面12のうち仮想稜線EE近傍となる部分」は、仮想境界線ERおよび仮想境界線EFとに挟まれる領域(
図8において点ハッチングが施される領域)と定義される。したがって、当該切削工具1における切れ刃13とは、
図8において点ハッチングが施される領域に対応する部分となる。
【0039】
図1には、旋削加工用刃先交換型切削チップとしての切削工具1が示されるが、切削工具1はこれに限られず、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどを例示できる。
【0040】
また、切削工具1が刃先交換型切削チップ等である場合、切削工具1は、チップブレーカを有するものも、有さないものも含まれ、また、切れ刃13は、その形状がシャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)(
図1~
図3参照)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)(
図4および
図5参照)加工されたもの、ネガランド(面取りをしたもの)(
図6および
図7参照)加工されたもの、ホーニング加工とネガランド加工とが組み合されたもの(
図8および
図9参照)のいずれをも含み得る。
【0041】
図2に示されるように、上記切削工具1は、基材2と、該基材2上に配置された被膜3とを備える。被膜3は、基材2の表面の一部に設けられていてもよいし、全面に設けられていてもよい。被膜3が基材2の表面の一部に配置される場合は、該基材2の表面の一部は、稜線Eまたは仮想稜線EEからの距離(直線距離)Dが200μm以内の領域を全て含む。本開示の効果を奏する限り、被膜3の構成が部分的に異なったりしていたとしても本実施形態の範囲を逸脱するものではない。
【0042】
<基材>
図2および
図3に示されるように、本実施形態の基材2は、すくい面2aと、逃げ面2bとを有する。また、すくい面2aと逃げ面2bとの境界部分が切れ刃2cを成す。「すくい面2aと逃げ面2bとの境界部分」とは、上述の「すくい面11と逃げ面12との境界部分」と同様に、「すくい面2aと逃げ面2bとの境界を成す稜線と、すくい面2aおよび逃げ面2bのうち稜線近傍となる部分と、を併せた部分」を意味する。また「すくい面2aと逃げ面2bのうち稜線近傍となる部分」とは、切削工具1の切れ刃13の形状がシャープエッジ形状であるか、ホーニング形状であるか、ネガランド形状であるかによって、上述のように定義されることとなる。
【0043】
基材2としては、この種の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。たとえば、超硬合金(WC基超硬合金、WC及びCoを含む超硬合金、更にTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加した超硬合金など)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。これらの各種基材の中でも、特にWC基超硬合金、サーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これは、これらの基材が特に高温における硬度と強度とのバランスに優れ、切削工具の基材として優れた特性を有するためである。
【0044】
<被膜>
実施形態1の被膜3は、TiAlCeN層を有する。本実施形態の被膜3は、TiAlCeN層を有する限り、他の層を含んでも良いし、含まなくても良い。他の層としては、たとえば、第1層が挙げられる。
図10に示されるように、第1層31は、基材2とTiAlCeN層30との間に設けられることができる。この場合、第1層31は下地層32に該当する。第1層31は、被膜3の最表面に設けられることができる。この場合、第1層31は表面層33に該当する。被膜は、下地層32および表面層33の一方又は両方を含むことができる。該第1層の詳細については後述する。
【0045】
被膜3の積層構成は、被膜20全体に亘って一様である必要はなく、部分的に積層構成が異なっていてもよい。
【0046】
被膜3の厚さは、0.5μm以上15μm以下が好ましい。被膜の厚さが0.5μm未満であると、工具寿命が不十分となる傾向がある。被膜の厚さが15μm超であると、加工時に被膜内に応力が発生し、剥離または破壊が生じやすくなる。被膜の厚さは、1.0μm以上12.0μm以下がより好ましく、3.0μm以上7.0μm以下が更に好ましい。被膜の厚さの測定方法については、後述する。
【0047】
<TiAlCeN層>
本実施形態のTiAlCeN層は、逃げ面12に位置する第1のTiAlCeN層と、すくい面11に位置する第2のTiAlCeN層と、切れ刃13に位置する第3のTiAlCeN層と、を有する。すなわち、1層のTiAlCeN層中に、第1のTiAlCeN層からなる領域と、第2のTiAlCeN層からなる領域と、第3のTiAlCeN層からなる領域とが存在する。
【0048】
≪組成≫
第1のTiAlCeN層の組成は、Tix1Aly1Cez1Nであり、第2のTiAlCeN層の組成は、Tix2Aly2Cez2Nであり、第3のTiAlCeN層の組成は、Tix3Aly3Cez3Nである。ここで、x1、y1、z1、x2、y2、z2、x3、y3及びz3は、以下の(1)~(11)を満たす。
(1)x1+y1+z1=1、
(2)x2+y2+z2=1、
(3)x3+y3+z3=1、
(4)0.300<y1≦0.700、
(5)0.300<y2≦0.700、
(6)0.300<y3≦0.700、
(7)0<z1≦0.090、
(8)0<z2≦0.090、
(9)0.010<z3≦0.100、
(10)z3-z1≧0.010、
(11)z3-z2≧0.010
【0049】
上記y1の下限は、第1のTiAlCeN層の耐熱性向上の観点から、0.300超であり、0.310以上が好ましく、0.320以上が好ましく、0.330以上が好ましく、0.350以上が好ましく、0.400以上がより好ましい。上記y1の上限は、第1のTiAlCeN層の硬度向上の観点から、0.700以下であり、0.650以下が好ましく、0.600以下がより好ましい。上記y1は、0.300超0.700以下であり、0.350以上0.650以下が好ましく、0.450以上0.600以下が更に好ましい。
【0050】
上記z1の下限は、第1のTiAlCeN層の耐摩耗性向上の観点から、0超であり、0.001以上が好ましく、0.005以上が好ましく、0.010以上がより好ましい。上記z1の上限は、第1のTiAlCeN層の耐欠損性向上の観点から、0.090以下であり、0.065以下が好ましく、0.060以下が好ましく、0.040以下が好ましく、0.020以下がより好ましい。上記z1は、0超0.090以下であり、0.005以上0.040以下が好ましく、0.010以上0.020以下が更に好ましい。
【0051】
上記y2の下限は、第2のTiAlCeN層の耐熱性向上の観点から、0.300超であり、0.310以上が好ましく、0.320以上が好ましく、0.330以上が好ましく、0.350以上が好ましく、0.400以上がより好ましい。上記y2の上限は、第2のTiAlCeN層の膜硬度向上の観点から、0.700以下であり、0.650以下が好ましく、0.600以下がより好ましい。上記y2は、0.300超0.700以下であり、0.350以上0.650以下が好ましく、0.400以上0.600以下が更に好ましい。
【0052】
上記z2の下限は、第2のTiAlCeN層の耐摩耗性向上の観点から、0超であり、0.001以上が好ましく、0.005以上が好ましく、0.010以上がより好ましい。上記z2の上限は、第2のTiAlCeN層の耐欠損性向上の観点から、0.090以下であり、0.064以下が好ましく、0.060以下が好ましく、0.040以下が好ましく、0.020以下がより好ましい。上記z2は、0超0.090以下であり、0.005以上0.040以下が好ましく、0.010以上0.020以下が更に好ましい。
【0053】
上記y3の下限は、第3のTiAlCeN層の耐熱性向上の観点から、0.300超であり、0.310以上が好ましく、0.320以上が好ましく、0.330以上が好ましく、0.350以上が好ましく、0.400以上がより好ましい。上記y3の上限は、第3のTiAlCeN層の硬度向上の観点から、0.700以下であり、0.650以下が好ましく、0.600以下がより好ましい。上記y3は、0.300超0.700以下であり、0.350以上0.650以下が好ましく、0.400以上0.600以下が更に好ましい。
【0054】
上記z3の下限は、第3のTiAlCeN層の耐摩耗性向上の観点から、0.010超であり、0.011以上が好ましく、0.015以上が好ましく、0.020以上がより好ましく、0022以上がさらに好ましい。上記z3の上限は、第3のTiAlCeN層の耐欠損性向上の観点から、0.100以下であり、0.095以下が好ましく、0.080以下が好ましく、0.065以下が好ましく、0.060以下が好ましく、0.050以下が好ましく、0.030以下がより好ましい。上記z3は、0.010超0.100以下であり、0.015以上0.050以下が好ましく、0.020以上0.030以下が更に好ましい。
【0055】
z3-z1の下限は、TiAlCeN層の耐摩耗性と耐欠損性とをバランス良く向上させる観点から、0.010以上であり、0.013以上が好ましく、0.015以上がより好ましい。z3-z1の上限は、TiAlCeN層の耐剥離性向上の観点から、0.099以下が好ましく、0.090以下が好ましく、0.050以下がより好ましく、0.035以下がより好ましく、0.030以下が更に好ましい。z3-z1は、0.010以上0.090以下が好ましく、0.013以上0.050以下がより好ましく、0.015以上0.030以下が更に好ましい。
【0056】
z3-z2の下限は、TiAlCeN層の耐摩耗性と耐欠損性とをバランス良く向上させる観点から、0.010以上であり、0.013以上が好ましく、0.015以上がより好ましい。z3-z2の上限は、TiAlCeN層の耐剥離性向上の観点から、0.099以下が好ましく、0.090以下が好ましく、0.050以下がより好ましく、0.035以下がより好ましく、0.030以下が更に好ましい。z3-z2は、0.010以上0.090以下が好ましく、0.013以上0.050以下がより好ましく、0.015以上0.030以下が更に好ましい。
【0057】
上記x1は、x1=1-y1-z1により算出することができる。上記x2は、x2=1-y2-z2により算出することができる。上記x3は、x3=1-y3-z3により算出することができる。
【0058】
上記x1、y1、z1、x2、y2、z2、x3、y3、及び、z3は、エネルギー分散型X線分光器を備える走査型電子顕微鏡(SEM-EDS)を用いて、TiAlCeN層の各領域(逃げ面領域、すくい面領域、および切れ刃領域)における各組成を測定することにより求めることができる。具体的な測定方法について、以下に説明する。
【0059】
(A1)切削工具1を、被膜3の厚み方向に沿う断面が露出するように切断することにより、測定試料を得る。切断の位置は、切削工具の実際の使用状況を鑑みて、以下の通り決定する。
【0060】
図11および
図12は、切削工具の切断位置を説明するための図である。切削工具1が、コーナー部分(円弧を描く頂角の部分)の切れ刃13によって被削材を切削すべく使用される場合には、
図11に示されるように、コーナー部分を二等分する線L1を含み、かつ、被膜3の厚み方向に沿う断面が露出するように切断する。一方、切削工具1が、ストレート部分(直線を描く部分)の切れ刃13によって被削材を切削すべく使用される場合には、
図12に示されるように、ストレート部分の切れ刃に垂直な線L2を含み、かつ、被膜3の厚み方向に沿う断面が露出するように切断する。必要に応じて、露出する切断面を研磨処理して、切断面を平滑にする。
【0061】
(B1)上記の切断面をSEM-EDSを用いて5000倍で観察し、逃げ面に位置する第1のTiAlCeN層を含むように、被膜の厚み方向15μm以上×厚み方向に垂直な方向15μm以上の矩形の測定視野を3箇所設定する。測定視野の厚み方向は、第1のTiAlCeN層を全て含むように設定する。該第1のTiAlCeN層が、稜線Eまたは仮想稜線EEからの距離が100μm以上200μm以下である逃げ面に位置する第1のTiAlCeN層となるように測定視野を設定する。
【0062】
図13に示されるように、上記3箇所の測定視野は、各測定視野の厚み方向(
図13において矢印Tで示される方向)の辺同士が接して、各測視野同士が連続するように設定される。各測定視野の一部は重なっていてもよい(
図13において、重なっている部分は斜線にて示される。)。この場合は、各測定視野の厚み方向に垂直な方向(
図13において矢印Hで示される方向)の辺の重なる部分の長さが2μm以下となるように設定される。
【0063】
(C1)上記3箇所の測定視野のそれぞれにおいて、第1のTiAlCeN層の領域を特定する。具体的には、それぞれの測定視野についてSEM-EDSによる元素マッピングを行い、Ti、AlおよびCeが含まれる層を特定する。該特定された層が第1のTiAlCeN層に該当する。
【0064】
(D1)上記3箇所の測定視野のそれぞれについて、第1のTiAlCeN層におけるAlとTiとCeとの組成比を分析し、Al、TiおよびCeの原子数の合計に対するTiの割合x1、Alの割合y1、Ceの割合z1を算出する。3箇所の測定視野のx1の平均値が、本実施形態の第1のTiAlCeN層の組成Tix1Aly1Cez1Nにおけるx1に該当する。3箇所の測定視野のy1の平均値が、本実施形態の第1のTiAlCeN層の組成Tix1Aly1Cez1Nにおけるy1に該当する。3箇所の測定視野のz1の平均値が、本実施形態の第1のTiAlCeN層の組成Tix1Aly1Cez1Nにおけるz1に該当する。
【0065】
すくい面に位置する第2のTiAlCeN層の組成Tix2Aly2Cez2Nにおけるx2、y2、z2についても、測定視野の位置を第2のTiAlCeN層を含むように設定する以外は、上記のx1、y1、z1と同様の方法で測定される。該測定視野は、該測定視野に含まれる第2のTiAlCeN層が、稜線Eまたは仮想稜線EEからの距離が200μm以下であるすくい面に位置する第2のTiAlCeN層となるように設定される。
【0066】
切れ刃に位置する第3のTiAlCeN層の組成Tix3Aly3Cez3Nにおけるx3、y3、z3についても、測定視野の位置を第3のTiAlCeN層を含むように設定する以外は、上記のx1、y1、z1と同様の方法で測定される。該測定視野は、該測定視野に含まれる第3のTiAlCeN層が、稜線Eまたは仮想稜線EEからの距離が50μm以下である切れ刃に位置する第3のTiAlCeN層となるように設定される。
【0067】
上述のSEM-EDS解析は、たとえば走査型電子顕微鏡(S-3400N型、日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて、以下の条件で測定することができる。
加速電圧 :15kV
プロセスタイム :5
スペクトルレンジ:0~20keV
チャンネル数 :1K
フレーム数 :150
X線取り出し角度:30°。
【0068】
同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0069】
本実施形態の第1のTiAlCeN層の組成Tix1Aly1Cez1Nにおいて、Ti、Al及びCeの原子数の合計AM1に対するNの原子数AN1の比AN1/AM1は、製造上必然的に0.8~1.2の範囲である。本実施形態の第2のTiAlCeN層の組成Tix2Aly2Cez2Nにおいて、Ti、Al及びCeの原子数の合計AM2に対するNの原子数AN2の比AN2/AM2は、製造上必然的に0.8~1.2の範囲である。本実施形態の第3のTiAlCeN層の組成Tix3Aly3Cez3Nにおいて、Ti、Al及びCeの原子数の合計AM3に対するNの原子数AN3の比AN3/AM3は、製造上必然的に0.8~1.2の範囲である。
【0070】
上記比AN1/AM1、比AN2/AM2及び比AN3/AM3は、ラザフォード後方散乱(RBS)法により測定できる。上記比AN1/AM1、比AN2/AM2及び比AN3/AM3が前記の範囲であれば、本開示の効果が損なわれないことが確認されている。
【0071】
≪厚さ≫
本実施形態において、TiAlCeN層の厚さは、0.5μm以上15μm以下が好ましい。TiAlCeN層の厚さが0.5μm未満であると、TiAlCeN層による耐摩耗性および耐欠損性の向上効果が得られにくく、工具寿命が不十分となる傾向がある。TiAlCeN層の厚さが15μm超であると、加工時にTiAlCeN層内に応力が発生し、剥離または破壊が生じやすくなる。TiAlCeN層の厚さは、1μm以上12μm以下がより好ましく、3μm以上7μm以下が更に好ましい。TiAlCeN層の厚さの測定方法は以下の通りである。
【0072】
(A2)上記第1のTiAlCeN層の組成の測定方法の(A1)に記載の方法と同一の方法で、切削工具を被膜の厚み方向に沿う断面が露出するように切断し、測定試料を得る。
【0073】
(B2)上記の断面を走査型電子顕微鏡(S-3400N型、日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて1500倍で観察し、TiAlCeN層の厚さを、基材の表面の法線方向に沿って、すくい面および逃げ面のそれぞれにおいて任意の3箇所ずつ測定する。これらの算術平均が「TiAlCeN層の厚さ」に該当する。上記SEMの測定条件は、上記第1のTiAlCeN層の組成の測定方法の(D1)に記載の測定条件と同一とする。
【0074】
同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0075】
本実施形態において、被膜の厚さ、および、第1層の厚さも上記と同一の手順で測定される。これらの厚さについても、同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0076】
≪結晶構造≫
本実施形態において、TiAlCeN層は立方晶型結晶構造を有することが好ましい。これによると、TiAlCeN層は、高い硬度および優れた耐摩耗性を有することができる。ここで、「TiAlCeN層は立方晶型結晶構造を有する」とは、TiAlCeN層のX線回折スペクトルを測定した場合に、立方晶型結晶構造由来のピークが観察され、立方晶型結晶構造以外の結晶構造(たとえば、ウルツ型結晶構造)由来のピークが観察されない(すなわち、検出限界以下である)ことを意味する。このようなX線回折スペクトルは、以下のようにして測定される。
【0077】
工具の逃げ面の平坦な任意の一部分を切り出して、これをホルダーに固定し、サンプルを準備し、必要に応じて研磨処理することにより、測定対象とする表面を平滑にする。なお、TiAlCeN層上に他の層が形成されている場合には、その層を研磨等により除去した上で、TiAlCeN層の表面を平滑にする。次に、X線回折装置(XRD)を用いてTiAlCeN層のX線回折を行い、X線回折スペクトルを得る。
【0078】
上述のX線回折は、たとえば、X線回折装置(SmartLab(登録商標)、リガク株式会社製)を用いて、以下の条件で測定することができる。
回折法 :θ-2θ法
X線源 :Cu-Kα線(1.541862Å)
検出器 :D/Tex Ultra250
管電圧 :45kV
管電流 :200mA
スキャンスピード:20°/分
スキャン範囲 :15~85°
スリット :2.0mm。
【0079】
≪第1層≫
本実施形態の被膜3は、さらに第1層を含み、該第1層は、周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、アルミニウムおよび珪素からなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、該第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素と、からなる第1化合物からなることが好ましい。周期表の第4族元素には、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)およびハフニウム(Hf)が含まれる。周期表の第5族元素には、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)およびタンタル(Ta)が含まれる。周期表の第6族元素には、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)およびタングステン(W)が含まれる。
【0080】
上記第1群は、チタン、クロム、アルミニウムおよび珪素からなることが好ましい。すなわち、第1層は、チタン、クロム、アルミニウムおよび珪素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、チタン、クロム、アルミニウムおよび珪素からなる群より選ばれる少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素と、からなる第1化合物からなることが好ましい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0081】
上記第1化合物としては、例えば、TiAlN、TiAlSiCN、TiAlSiON、TiAlSiN、TiCrSiN、TiAlCrSiN、AlCrN、AlCrO、AlCrSiN、TiZrN、TiAlMoN、TiAlNbN、TiSiN、AlCrTaN、AlTiVN、TiB2、TiCrHfN、CrSiWN、TiAlCN、TiSiCN、AlZrON、AlCrCN、AlHfN、CrSiBON、CrAlBN、TiAlWN、AlCrMoCN、TiAlBN、TiAlCrSiBCNO、ZrN、ZrB2、ZrCN、CrSiBN、AlCrBNが挙げられる。
【0082】
上記第1層は、基材とTiAlCeN層との間に設けられることができる。この場合、第1層は下地層に該当する。下地層は、基材と被膜との密着性を向上させることができ、被膜の耐摩耗性も向上する。第1層が下地層の場合、第1層はTiAlN、TiNまたはAlCrNからなることが好ましい。この場合、第1層の厚さは、0.2μm以上10μm以下が好ましく、1μm以上5μm以下がより好ましい。
【0083】
上記第1層は、被膜の最表面に設けられることができる。この場合、第1層は表面層に該当する。表面層は、被膜の耐熱亀裂性及び耐摩耗性を向上させることができる。第1層が表面層の場合、第1層は、TiCN、TiAlBN、TiAlSiNまたはTiNからなることが好ましい。この場合、第1層の厚さは、0.2μm以上10μm以下が好ましく、1μm以上5μm以下がより好ましい。
【0084】
[実施形態2:切削工具(2)]
本開示の一実施形態(以下、「実施形態2」とも記す。)の切削工具は、TiAlCeN層と第1層とが交互に積層された多層構造を含むこと以外は、実施形態1と同一の構成とすることができる。従って、以下では、多層構造について説明する。
【0085】
≪多層構造≫
図14に示されるように、本実施形態の被膜3は、TiAlCeN層30と第1層31とが交互に積層された多層構造を含むことが好ましい。これによると、TiAlCeN層と第1層との界面付近で、切削工具の使用時に生じる被膜の表面からの亀裂の進展を抑制することができる。よって、切削工具の工具寿命が向上する。
【0086】
上記多層構造は、第1のTiAlCeN層と第1層とが交互に積層された第1の多層構造と、第2のTiAlCeN層と第1層とが交互に積層された第2の多層構造と、第3のTiAlCeN層と第1層とが交互に積層された第2の多層構造と、を含むことができる。第1の多層構造は逃げ面に位置し、第2の多層構造はすくい面に位置し、第3の多層構造は切れ刃に位置する。
【0087】
TiAlCeN層と第1層との積層数は、TiAlCeN層と第1層とをそれぞれ一層以上含む限り、特に限定されない。積層数とは、多層構造に含まれるTiAlCeN層および第1層との合計数を示す。積層数は、10以上5000以下が好ましく、200以上5000以下が好ましく、400以上2000以下がより好ましく、500以上1000以下が更に好ましい。多層構造において、最も基材に近い層は、TiAlCeN層であってもよいし、第1層であってもよい。また多層構造において、最も基材から離れている層は、TiAlCeN層であってもよいし、第1層であってもよい。ここで、TiAlCeN層とは、第1のTiAlCeN層、第2のTiAlCeN層または第3のTiAlCeN層を意味する。
【0088】
上記多層構造の厚さは、0.5μm以上15μm以下が好ましく、1μm以上12μm以下がより好ましい。多層構造の厚さは、実施形態1に記載のTiAlCeN層の厚さの測定方法において、測定対象を多層構造とすることにより測定される。
【0089】
同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0090】
上記多層構造において、TiAlCeN層及び第1層は、それぞれ厚さが2nm以上50nm以下が好ましい。このような薄層が交互に繰り返されることにより、亀裂の進展を抑制でき、層間剥離も抑制される。TiAlCeN層及び第1層のそれぞれ厚さが2nm未満になると、亀裂進展の抑制効果が低減する可能性がある。またTiAlCeN層及び第1層のそれぞれ厚さが50nmを超えると、層間剥離の抑制効果が低減する可能性がある。
【0091】
上記多層構造において、TiAlCeN層及び第1層は、それぞれの厚さが2nm以上50nm以下が好ましく、4nm以上40nm以下がより好ましく、5nm以上30nm以下が更に好ましい。
【0092】
上記多層構造におけるTiAlCeN層及び第1層のそれぞれの厚さの測定方法は以下の通りである。
【0093】
(A3)上記第1のTiAlCeN層の組成の測定方法の(A1)に記載の方法と同一の方法で、切削工具を被膜の厚み方向に沿う断面が露出するように切断し、測定試料を得る。
【0094】
(B3)上記の断面を走査型電子顕微鏡(S-3400N型、日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて約100万倍で観察する。1つのTiAlCeN層において、3箇所の厚さを測定する。該3箇所の厚さの算術平均値を算出し、該算術平均値を該TiAlCeN層の厚さとする。1つの第1層において、3箇所の厚さを測定する。該3箇所の厚さの算術平均値を算出し、該算術平均値を該第1層の厚さとする。
【0095】
3つの異なるTiAlCeN層のそれぞれについて、上記の手順でTiAlCeN層の厚さを測定する。3つのTiAlCeN層の厚さの算術平均値を求める。該算術平均値を、多層構造におけるTiAlCeN層の厚さとする。3つの異なる第1層のそれぞれについて、上記の手順で第1層の厚さを測定する。3つの第1層の厚さの算術平均値を求める。該算術平均値を、多層構造における第1層の厚さとする。
【0096】
同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0097】
多層構造におけるTiAlCeN層の組成は、以下の手順で測定される。実施形態1に記載のTiAlCeN層の組成(x1、y1、z1、x2、y2、z2、x3、y3、z3)の測定方法の手順(A1)~(D1)と同一の方法で3箇所の測定視野を設定する。
【0098】
各測定視野において、第1のTiAlCeN層、第2のTiAlCeN層および第3のTiAlCeN層をそれぞれ5層ずつ任意に選択して測定し、第1のTiAlCeN層、第2のTiAlCeN層および第3のTiAlCeN層のそれぞれについて5層の平均組成を求める。
【0099】
5層の第1のTiAlCeN層の平均組成を、該測定視野における第1のTiAlCeN層の組成とする。3箇所の測定視野の第1のTiAlCeN層の平均組成を、本実施形態の多層構造における第1のTiAlCeN層の組成とする。
【0100】
5層の第2のTiAlCeN層の平均組成を、該測定視野における第2のTiAlCeN層の組成とする。3箇所の測定視野の第2のTiAlCeN層の平均組成を、本実施形態の多層構造における第2のTiAlCeN層の組成とする。
【0101】
5層の第3のTiAlCeN層の平均組成を、該測定視野における第3のTiAlCeN層の組成とする。3箇所の測定視野の第3のTiAlCeN層の平均組成を、本実施形態の多層構造における第3のTiAlCeN層の組成とする。
【0102】
同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0103】
[実施形態3:切削工具の製造方法]
実施形態3では、実施形態1または実施形態2の切削工具の製造方法について説明する。該製造方法は、基材を準備する工程と、該基材上に被膜を形成する工程とを含むことができる。各工程の詳細について、以下に説明する。
【0104】
≪基材を準備する工程≫
基材を準備する工程では、基材2が準備される。基材2は、実施形態1に記載の基材を用いることができる。
【0105】
例えば、基材として超硬合金を用いる場合は、市販の基材を用いてもよく、一般的な粉末冶金法で製造してもよい。一般的な粉末冶金法で製造する場合、例えば、ボールミル等によってWC粉末とCo粉末等とを混合して混合粉末を得る。該混合粉末を乾燥した後、所定の形状に成形して成形体を得る。さらに該成形体を焼結することにより、WC-Co系超硬合金(焼結体)を得る。次いで該焼結体に対して、ホーニング処理等の所定の刃先加工を施すことにより、WC-Co系超硬合金からなる基材を製造することができる。上記以外の基材であっても、この種の基材として従来公知のものであればいずれも準備可能である。
【0106】
≪被膜を形成する工程≫
被膜を形成する工程では、基材2上に被膜3を形成する。本実施形態では、物理蒸着(Physical Vapor Deposition;PVD)法により、被膜3を形成することができる。PVD法の具体例としては、アークイオンプレーティング(Arc Ion Plating;AIP)法、バランスドマグネトロンスパッタリング(Balanced Magnetron Sputtering;BMS)法、およびアンバランスドマグネトロンスパッタリング(Unbalanced Magnetron Sputtering;UBMS)法等が挙げられる。本実施形態では、アークイオンプレーティングを用いることが好ましい。
【0107】
AIP法では、ターゲット材を陰極(カソード)としてアーク放電を生起する。これにより、ターゲット材を蒸発、イオン化させる。そして負のバイアス電圧が印加された基材2の表面にイオンを堆積させる。AIP法は、ターゲット材のイオン化率において優れている。具体的な成膜方法は、以下の通りである。
【0108】
成膜装置のチャンバ内に、ターゲット材および基材を設置する。基材は、回転可能な基材ホルダに保持される。形成しようとする被膜の組成に応じて、Ti、Al、Ce等の粒径をそれぞれ変化させた合金製ターゲットや、組成の異なる複数のターゲットを用いることができる。なお、反応ガス圧および/または基材ホルダの回転速度を調整することによっても、被膜の組成を変化させることができる。
【0109】
続いて、Arイオンによるイオンボンバードメント処理により、基材2の表面を洗浄する。イオンボンバードメント処理の条件は、従来公知の条件を用いることができる。
【0110】
被膜が下地層としての第1層を含む場合は、基材2の表面に第1層を形成する。例えば、基材2の表面に、TiAlN層、TiN層またはAlCrN層を形成する。該第1層の形成方法は、従来公知の方法を用いることができる。
【0111】
次に、基材上または下地層上にTiAlCeN層を形成する。TiAlCeN層の形成条件としては、ターゲット材からなる陰極にアークをパルスで印加する方法(以下、「方法A」とも記す。)、および、成膜中に窒素ガスに加えて、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)などの希ガスを導入する方法(以下、「方法B」とも記す。)、を用いることができる。
【0112】
方法Aでは、チャンバ内に窒素ガスを導入し、基材2を保持する基材ホルダを回転させながら、ターゲット材からなる陰極にアークをパルスで印加して、アーク放電を生起し、ターゲット材を蒸発、イオン化させる。そして負の一定のバイアス電圧が印加された基材2上にTiAlCeN層を形成させる。方法Aにより、切れ刃上に形成される第3のTiAlCeN層のCe含有率(原子%)は、逃げ面上に形成される第1のTiAlCeN層およびすくい面に位置する第2のTiAlCeN層中のCe含有率(原子%)よりも大きくなることは、本発明者らが新たに見出した。この理由は、以下の通りと推察される。
【0113】
アークをパルスで印加すると、イオンに高いエネルギーが与えられて、基材2に向かって飛んでいくイオンの量が増加する。この時、Ceは重い元素であるため、エネルギーが強く、Ceイオンが基材2へ到達した際に、基材2表面に存在する他の元素(Al、Tiなど)を弾き飛ばす。一般的に、基材に一定のバイアス電圧をかけると、切れ刃に電子が集中する。このため、Ceイオンは切れ刃において、すでに存在するAlやTiを弾き飛ばし、切れ刃にCeが残存しやすくなることで、切れ刃のTiAlCeN層では、Ce含有率(原子%)が増加する。よって、切れ刃上に形成される第3のTiAlCeN層のCe含有率(原子%)は、逃げ面上に形成される第1のTiAlCeN層およびすくい面上に形成される第2のTiAlCeN層中のCe含有率(原子%)よりも大きくなる。
【0114】
方法AにおけるTiAlCeN層の形成条件は以下とすることができる。
基材温度 :450~600℃
バイアス電圧:-30~-300V
アーク電流 :100~200A
パルスアーク周波数:0.2~1.0kHz
反応ガス圧 :3~6Pa
窒素ガス流量:500~2000sccm
【0115】
従来のTiAlCeN層の成膜では、ターゲット材からなる陰極に一定アークを印加していた。これによると、Ceのエネルギーは大きいものの、重いために基材への到達量が少なく、Al及びTiを弾き飛ばす効果が小さい。よって、TiAlCeN層の組成は、逃げ面、すくい面および切れ刃においてほぼ同一であり、上記z3-z1≧0.010、および、z3-z2≧0.010の関係を満たすことができない。なお、従来、パルスアークは、ドロップレットを改善する方法として使われており、被膜の組成を制御するためにパルスアークを用いることは、当業者が想到しない方法であった。
【0116】
方法Bでは、チャンバ内に窒素ガスおよびアルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)などの希ガスを導入し、基材2を保持する基材ホルダを回転させながら、ターゲット材からなる陰極に一定アークを印加して、アーク放電を生起し、ターゲット材を蒸発、イオン化させる。そして負の一定のバイアス電圧が印加された基材2上にTiAlCeN層を形成させる。方法Bにより、切れ刃上に形成される第3のTiAlCeN層のCe含有率(原子%)は、逃げ面上に形成される第1のTiAlCeN層およびすくい面に位置する第2のTiAlCeN層中のCe含有率(原子%)よりも大きくなることは、本発明者らが新たに見出した。この理由は、以下の通りと推察される。
【0117】
チャンバ内に希ガスを導入すると、基材上で、成膜と同時にスパッタリングが生じ、被膜の原料が弾き飛ばされる。一般的に、基材に一定のバイアス電圧をかけると、切れ刃に電子が集中する。スパッタリングを行う希ガスのイオンは、該切れ刃の電子に集中するため、切れ刃でよりスパッタリングが生じる。Ceが弾き飛ばされる割合(スパッタリング率)は、AlおよびTiが弾き飛ばされる割合よりも小さい。よって、切れ刃上の第3のTiAlCeN層のCe含有率(原子%)は、逃げ面上の第1のTiAlCeN層およびすくい面上の第2のTiAlCeN層中のCe含有率(原子%)よりも大きくなる。
【0118】
方法BにおけるTiAlCeN層の形成条件は以下とすることができる。
基材温度:450~600℃
バイアス電圧:-50~-500V
アーク電流(一定):80~220A
反応ガス圧:3~6Pa
窒素ガス流量:500~2000sccm
希ガス流量:20~500sccm
【0119】
従来のTiAlCeN層の成膜では、窒素ガスを導入し、希ガスは導入しなかった。これによると、スパッタイオンが存在せずスパッタリングが生じないため、TiAlCeN層の組成は、逃げ面、すくい面および切れ刃においてほぼ同一であり、上記z3-z1≧0.010、および、z3-z2≧0.010の関係を満たすことができない。なお、従来、希ガスを導入すると、成膜レートが小さくなるという不都合が生じると考えられていたため、希ガスを導入することは、当業者が採用しない方法であった。
【0120】
TiAlCeN層と第1層とが交互に積層された多層構造は、TiAlCeN層成膜用のターゲットと、第1層成膜用のターゲットとをチャンバ内に設置し、回転ホルダの回転周期を、例えば2~5rpmとすることにより形成することができる。
【0121】
次に、被膜が表面層としての第1層を含む場合は、TiAlCeN層の表面に第1層を形成する。例えば、TiAlCeN層の表面に、TiCN層、TiAlBN層、TiAlSiN層またはTiN層を形成する。該第1層の形成方法は、従来公知の方法を用いることができる。
【0122】
以上より、基材2と、該基材2上に設けられた被膜3とを備える切削工具1を製造することができる。
【0123】
[付記1]
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記切削工具は、
すくい面、
前記すくい面に連なる逃げ面、および、
前記すくい面と前記逃げ面との境界部分からなる切れ刃を含み、
前記被膜は、TiAlCeN層を含み、
前記TiAlCeN層は、
前記逃げ面に位置する第1のTiAlCeN層と、
前記すくい面に位置する第2のTiAlCeN層と、
前記切れ刃に位置する第3のTiAlCeN層と、を有し、
前記第1のTiAlCeN層の組成は、Tix1Aly1Cez1Nであり、
前記第2のTiAlCeN層の組成は、Tix2Aly2Cez2Nであり、
前記第3のTiAlCeN層の組成は、Tix3Aly3Cez3Nであり、
ここで、
x1+y1+z1=1、
x2+y2+z2=1、
x3+y3+z3=1、
0.300<y1≦0.700、
0.300<y2≦0.700、
0.300<y3≦0.700、
0<z1≦0.090、
0<z2≦0.090、
0.010<z3≦0.100、
z3-z1≧0.010、および、
z3-z2≧0.010である、切削工具。
【0124】
[付記2]
前記TiAlCeN層の厚さは、0.5μm以上15μm以下である、付記1に記載の切削工具。
【0125】
[付記3]
前記被膜は、さらに第1層を含み、
前記第1層は、
周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、アルミニウムおよび珪素からなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、
前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素と、からなる第1化合物からなる、付記1または付記2に記載の切削工具。
【0126】
[付記4]
前記第1群は、チタン、クロム、アルミニウムおよび珪素からなる、付記3に記載の切削工具。
【0127】
[付記5]
前記被膜の厚さは、0.5μm以上15μm以下である、付記1から付記4のいずれか1項に記載の切削工具。
【0128】
[付記6]
前記被膜は、前記TiAlCeN層と前記第1層とが交互に積層された多層構造を含む、付記3または付記4に記載の切削工具。
【実施例0129】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0130】
[実施例1]
<切削工具の作製>
以下のようにして、切削工具を作製し、工具寿命を評価した。
≪基材を準備する工程≫
基材として、立方晶窒化硼素焼結体製の旋削用切削チップ(型番:DNGA150408(住友電工ハードメタル社製))を準備した。基材をアークイオンプレーティング装置の基材ホルダに設置した。
【0131】
≪被膜を形成する工程≫
ターゲット材として、表1の「ターゲット材組成」の「TiAlCeN層」および「第1層」欄に記載の組成を有する焼結合金を準備した。例えば、試料11では、TiAlCeN層形成用のターゲット材(以下、「TiAlCeN層用ターゲット」とも記す。)として、原子数の比が「Ti:Al:Ce=0.55:0.35:0.10」である焼結合金、および、第1層形成用のターゲット材(以下、「第1層用ターゲット」とも記す。)として、原子数の比が「Ti:Al:B=0.50:0.45:0.05」である焼結合金を準備した。
【0132】
上記ターゲット材をアークイオンプレーティング装置のアーク式蒸発源に設置した。2種類のターゲット材を用いる場合は、それぞれ異なるアーク式蒸発源に設置した。次に、該装置のチャンバ内を0.5Pa以下の真空にして基材温度を450℃に加熱した後、Arガスをチャンバ内に導入して2.5PaのAr雰囲気とした。この状態で基材に-800Vのバイアス電圧を印加してArガスによるイオンボンバードメント処理を行い、基材の表面を洗浄した。
【0133】
(試料1~試料6、試料14、試料15、試料17、試料18、試料20、試料22、試料23、試料1-2、試料1-6、試料1-7)
チャンバ内に窒素ガスを導入して3.5Paの反応雰囲気とした。基材2を保持する基材ホルダを回転させながら、ターゲット材からなる陰極にアークをパルスで印加して、アーク放電を生起し、ターゲット材を蒸発、イオン化させた。そして負の一定のバイアス電圧が印加された基材2上にTiAlCeN層を形成し、切削工具を得た。成膜時のバイアス電圧、アーク電流およびパルスアークの周波数は表1の「TiAlCeN層形成条件」に示されるとおりである。例えば、試料1では、バイアス電圧-30V、アーク電流130A、パルスアークの周波数は0.5kHzである。成膜時の基材温度は500℃、窒素ガス流量は900sccmとした。
【0134】
(試料7~試料9、試料16、試料21)
チャンバ内に窒素ガスおよび表1の「TiAlCeN層形成条件」の「方法B」に記載の種類の希ガスを導入し、基材2を保持する基材ホルダを回転させながら、ターゲット材からなる陰極に一定アークを印加して、アーク放電を生起し、ターゲット材を蒸発、イオン化させた。そして負の一定のバイアス電圧が印加された基材2上にTiAlCeN層を形成させて切削工具を得た。成膜時のチャンバ内圧力(反応ガス圧)は、4Paとした。成膜時の基材温度は550℃、窒素ガス流量は1000sccm、成膜時のバイアス電圧、アーク電流および希ガスの流量は表1の「TiAlCeN層形成条件」に示されるとおりである。
【0135】
(試料10)
チャンバ内に窒素ガスおよび表1の「TiAlCeN層形成条件」の「方法B」に記載の種類の希ガスを導入し、基材2を保持する基材ホルダを回転させながら、ターゲット材からなる陰極に一定アークを印加して、アーク放電を生起し、ターゲット材を蒸発、イオン化させた。そして負の一定のバイアス電圧が印加された基材2上にTiAlCeN層を形成させた。成膜時のチャンバ内圧力(反応ガス圧)は、3Paとした。成膜時の基材温度は450℃、窒素ガス流量は600sccm、成膜時のバイアス電圧、アーク電流および希ガス流量は表1の「TiAlCeN層形成条件」に示されるとおりとした。
【0136】
次に、第1層用ターゲットを用いて、ガス導入口から窒素ガスおよびメタンガスを導入し、基材ホルダを回転させながら、TiAlCeN層上に表面層としての第1層(TiCN層)を形成し、切削工具を得た。
【0137】
(試料11、試料1-5)
チャンバ内に窒素ガスおよび表1の「TiAlCeN層形成条件」の「方法B」に記載の種類の希ガスを導入し、基材2を保持する基材ホルダを回転させながら、ターゲット材からなる陰極に一定アークを印加して、アーク放電を生起し、ターゲット材を蒸発、イオン化させた。そして負の一定のバイアス電圧が印加された基材2上にTiAlCeN層を形成させた。成膜時の希ガスの流量は、表1の「TiAlCeN層形成条件」に示される通りである。成膜時のチャンバ内圧力(反応ガス圧)は、3.5Paとした。成膜時の基材温度は600℃、窒素ガス流量は800sccm、バイアス電圧、アーク電流および希ガス流量は表1の「TiAlCeN層形成条件」に示されるとおりとした。
【0138】
次に、第1層用ターゲットを用いて、ガス導入口から窒素ガスを導入し、基材ホルダを回転させながら、TiAlCeN層上に表面層としての第1層(TiAlBN層)を形成し、切削工具を得た。
【0139】
(試料13)
TiAlCeN層用ターゲットと、AlCrN層用ターゲットをチャンバ内で隣り合う位置に配置する。チャンバ内に窒素ガスを導入して3.5Paの反応雰囲気とした。基材ホルダを5rpmで回転させながら、ターゲット材からなる陰極にアークをパルスで印加して、アーク放電を生起し、ターゲット材を蒸発、イオン化させた。そして負の一定のバイアス電圧が印加された基材2上にTiAlCeN層とAlCrN層とを交互に形成し、多層構造からなる被膜を形成し、切削工具を得た。成膜時のバイアス電圧、アーク電流およびパルスアークの周波数は表1の「TiAlCeN層形成条件」に示されるとおりである。成膜時の基材温度は550℃、窒素ガス流量は900sccmとした。
【0140】
(試料12)
チャンバ内に窒素ガスを導入して3.5Paの反応雰囲気とした。基材2を保持する基材ホルダを回転させながら、ターゲット材からなる陰極にアークをパルスで印加して、アーク放電を生起し、ターゲット材を蒸発、イオン化させた。そして負の一定のバイアス電圧が印加された基材2上にTiAlCeN層を形成し、切削工具を得た。成膜時のバイアス電圧、アーク電流およびパルスアークの周波数は表1の「TiAlCeN層形成条件」に示されるとおりである。成膜時の基材温度は600℃、窒素ガス流量は700sccmとした。
【0141】
次に、第1層用ターゲットを用いて、ガス導入口から窒素ガスを導入し、基材ホルダを回転させながら、TiAlCeN層上に表面層としての第1層(TiAlSiN層)を形成し、切削工具を得た。
【0142】
(試料19)
窒素ガスをチャンバ内に導入して3.5Paの雰囲気とした。この状態で、アーク電流で第1層用ターゲット表面で放電させ、基材側にバイアス電圧を印加し、基材ホルダを回転させながら、基材の表面に下地層としての第1層(TiN層)を形成した。
【0143】
次に、試料1と同一の形成条件(反応雰囲気、基材温度、バイアス電圧、アーク電流、パルスアーク周波数、窒素ガス流量)で基材上にTiAlCeN層を形成し、切削工具を得た。
【0144】
(試料1-1、試料1-3、試料1-8、試料1-9)
チャンバ内に窒素ガスを導入して3.5Paの反応雰囲気とした。基材2を保持する基材ホルダを回転させながら、ターゲット材からなる陰極に一定アークを印加して、アーク放電を生起し、ターゲット材を蒸発、イオン化させた。そして負の一定のバイアス電圧が印加された基材2上にTiAlCeN層を形成し、切削工具を得た。成膜時の基材温度は550℃、窒素ガス流量は1000sccm、バイアス電圧、アーク電流は表1の「TiAlCeN層形成条件」に示されるとおりとした。
【0145】
(試料1-4)
TiAlCeN層用ターゲットと、AlCrN層用ターゲットをチャンバ内で隣り合う位置に配置する。チャンバ内に窒素ガスを導入して3.5Paの反応雰囲気とした。基材ホルダを5rpmで回転させながら、ターゲット材からなる陰極に一定アークを印加して、アーク放電を生起し、ターゲット材を蒸発、イオン化させた。そして負の一定のバイアス電圧が印加された基材2上にTiAlCeN層とAlCrN層とを交互に形成し、多層構造からなる被膜を形成し、切削工具を得た。成膜時の基材温度は450℃、バイアス電圧は-100V、アーク電流は120A、窒素ガス流量は1000sccmとした。
【0146】
【0147】
<評価>
≪被膜の構成≫
得られた各試料の切削工具のTiAlCeN層について、逃げ面に位置する第1のTiAlCeN層の組成Tix1Aly1Cez1N、すくい面に位置する第2のTiAlCeN層の組成Tix2Aly2Cez2N、および、切れ刃に位置する第3のTiAlCeN層の組成Tix3Aly3Cez3Nを測定した。具体的な測定方法は、実施形態1および実施形態2に示される通りである。結果を表2および表3の「第1のTiAlCeN層」の「y1」、「z1」欄、「第2のTiAlCeN層」の「y2」、「z2」欄および「第3のTiAlCeN層」の「y3」、「z3」欄に示す。さらに、「z3-z1」および「z3-z2」の値も表2および表3に示す。全ての試料において、x1+y1+z1=1、x2+y2+z2=1、x3+y3+z3=1であることが確認された。また、全ての試料において、第1のTiAlCeN層の組成Tix1Aly1Cez1NにおけるTi、Al及びCeの原子数の合計AM1に対するNの原子数AN1の比AN1/AM1、第2のTiAlCeN層の組成Tix2Aly2Cez2NにおけるTi、Al及びCeの原子数の合計AM2に対するNの原子数AN2の比AN2/AM2、及び、第3のTiAlCeN層の組成Tix3Aly3Cez3NにおけるTi、Al及びCeの原子数の合計AM3に対するNの原子数AN3の比AN3/AM3は、0.8~1.2の範囲であることが確認された。
【0148】
得られた各試料の切削工具のTiAlCeN層、第1層、および、被膜合計の厚さを測定した。具体的な測定方法は、実施形態1および実施形態2に示される通りである。結果を表2および表3の「厚さ(μm)」の「TiAlCeN層」、「第1層(下地層)」、「第1層(表面層)」および「被膜合計」に示す。試料13および試料1-4の「多層構造(3.0μm) TiAlCeN層(6nm)/AlCrN層(6nm)」との記載は、被膜が厚さ6nmのTiAlCeN層と厚さ6nmのAlCrN層とが交互に積層された多層構造を含み、該多層構造の全体の厚さが3.0μmであることを示す。
【0149】
得られた各試料の切削工具のTiAlCeN層の結晶構造を測定した。全ての試料において、TiAlCeN層は立方晶型結晶構造を有することが確認された。
【0150】
≪切削試験≫
各試料の切削工具を用いて以下の条件で切削試験を行い、チッピングが発生、または、摩耗量が0.2mmとなるまでの切削距離(km)を測定した。該切削距離が長いほど、切削工具の工具寿命が長いと判断される。結果を表2および表3の「切削試験」の「距離(km)」欄に示す。
【0151】
(切削条件)
被削材:SCM415焼入鋼丸棒
切削速度Vc:200m/min
送り量f:0.2mm/rev
切り込み量ap:0.2mm
湿式
上記の切削条件は、高硬度材の高能率加工に該当する。
【0152】
【0153】
【0154】
<考察>
試料1~試料23の切削工具は実施例に該当する。試料1-1~試料1-9の切削工具は比較例に該当する。試料1~試料23の切削工具(実施例)は、試料1-1~試料1-9(比較例)の切削工具より、長い工具寿命を有することが確認された。
【0155】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。